種別
業種
- ニデック 2026年 ニデック アクティビスト・オアシスの株式取得とガバナンス改善要求 2025年 ニデック 会計不正の発覚と第三者委員会——「業績至上」経営の破綻 2025年 ニデック 牧野フライス製作所への同意なきTOB提案と撤回 2024年 ニデック 岸田光哉氏の社長就任と集団指導体制への移行 2023年 ニデック TAKISAWA(滝澤鉄工所)への同意なきTOBと成立 2019年 ニデック エンブラコ社を買収 2010年 ニデック Emerson Electric Co.のモータ・コントロール事業を買収 2006年 ニデック Valeo S.A.のモータ&アクチュエータ事業を買収 2003年 ニデック 三協精機製作所の買収と再建 1997年 ニデック 企業買収による成長モデルの確立 1995年 ニデック 最終赤字に転落。HDD向け需要が一時的に減少 1994年 ニデック HDD用スピンドルモータへの集中と、主力依存からの脱却 1989年 ニデック 信濃特機を買収(HDD向けモータ) 1979年 ニデック HDD向けスピンドルモータの製造開始 1973年 ニデック ニデック創業——資本金200万円の精密小型モータが、米国経由の信用でHDDモータの世界シェアへ
- ホンダ 2026年 ホンダ 「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字 2025年 ホンダ 日産との経営統合構想への踏み込みと、二カ月弱での協議打ち切り 2021年 ホンダ 「2040年 四輪EV・FCV100%」宣言による脱エンジンへの転換 2021年 ホンダ 英国スウィンドン工場の閉鎖と欧州完成車生産からの全面撤退 2021年 ホンダ 早期退職優遇制度「ライフシフト・プログラム」と想定の2倍を超えた応募 2017年 ホンダ 狭山工場の閉鎖と寄居工場への国内四輪生産の集約 2013年 ホンダ 埼玉製作所寄居工場が稼働 2002年 ホンダ 埼玉製作所・和光工場を閉鎖 1995年 ホンダ 「規模の論理」に背を向けた単独路線と川本改革 1989年 ホンダ 欧州統轄会社ホンダモーターヨーロッパを設立 1978年 ホンダ 日本メーカー初の北米四輪現地生産(HAM設立) 1974年 ホンダ CVCCエンジンの独力開発と石油危機下の四輪シェア逆転 1973年 ホンダ 創業者2人の同時引退と河島喜好氏への事業承継 1960年 ホンダ 本田技術研究所を分社化 1959年 ホンダ 二輪車の北米輸出を積極化 1952年 ホンダ 二輪車の増産投資 1949年 ホンダ 藤沢武夫氏が参画 1948年 ホンダ 本田技研工業創業——旧軍払下げの補助エンジンから始めた戦後二輪国産化 1946年 ホンダ 旧軍払下げエンジンから起こした本田技術研究所の創業と、完成車への転身
- ソフトバンクG 2025年 ソフトバンクG 米半導体設計Ampere Computingの65億ドル買収 2025年 ソフトバンクG OpenAIへの巨額出資とAIインフラ「スターゲート」 2023年 ソフトバンクG アームがナスダックに上場 2020年 ソフトバンクG 米エヌビディアへのアーム売却——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール 2020年 ソフトバンクG エリオットの株主還元要求と、4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い 2019年 ソフトバンクG ソフトバンク・ビジョン・ファンド2が活動を開始 2017年 ソフトバンクG ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成 2016年 ソフトバンクG 英ARM買収——IoT・AI時代を見据えた過去最大3.3兆円のM&A 2013年 ソフトバンクG 米スプリント買収による北米携帯市場への進出 2012年 ソフトバンクG スプリント株の70%取得を発表 2010年 ソフトバンクG 「ソフトバンク新30年ビジョン」を発表 2004年 ソフトバンクG 福岡ダイエーホークスの買収と球団保有 2004年 ソフトバンクG 日本テレコムの買収と固定・携帯通信への布石 2001年 ソフトバンクG ADSL参入とYahoo!BBの危機 1999年 ソフトバンクG 純粋持株会社に移行 1997年 ソフトバンクG 相次ぐ買収と「拡大路線」への懸念 1996年 ソフトバンクG 米ヤフーとの合弁によるヤフー株式会社の設立 1986年 ソフトバンクG 孫正義氏が社長に復帰 1983年 ソフトバンクG 大森康彦氏が社長に就任 1981年 ソフトバンクG 日本ソフトバンクの創業とパソコンソフト卸売事業の立ち上げ
- セブン&アイHD 2025年 セブン&アイHD クシュタールの買収提案への対抗と、資本政策による独立の維持 2025年 セブン&アイHD セブン&アイとアリマンタシォン・クシュタールの経営統合(2025年破談) 2023年 セブン&アイHD バリューアクトの株主提案とセブン&アイのコンビニ集団への収斂 2023年 セブン&アイHD そごう・西武を事業売却 2020年 セブン&アイHD 米スピードウェイの210億ドル買収——日本小売業で過去最大級の海外M&A 2016年 セブン&アイHD カリスマ会長・鈴木敏文氏の退任と井阪新体制への移行 2016年 セブン&アイHD セブン&アイ・ネットメディアがニッセンHDを完全子会社化 2015年 セブン&アイHD イトーヨーカ堂「GMS撤退戦」——祖業スーパーの40店閉鎖 2014年 セブン&アイHD ニッセンHDを買収(TOB) 2006年 セブン&アイHD そごう・西武百貨店など11社が子会社に 2005年 セブン&アイHD 3社共同株式移転によるセブン&アイ・ホールディングスの設立と親子上場の解消 2005年 セブン&アイHD 東京証券取引所市場第一部に上場 1989年 セブン&アイHD 集中出店(ドミナント)を武器にした共同配送・単品管理と鮮度経営の確立 1974年 セブン&アイHD セブンイレブンの創業とフランチャイズ方式の採用
- NTT 2025年 NTT NTTによるNTTデータグループの完全子会社化と親子上場の解消(2025年成立) 2025年 NTT NTTデータグループの完全子会社化によるグループ再結集 2024年 NTT 改正NTT法が成立 2020年 NTT NTTによるNTTドコモの完全子会社化と親子上場の解消(2020年成立) 2020年 NTT NTTドコモの完全子会社化——4.3兆円の国内最大TOBによる上場子会社の解消 2019年 NTT 海外システム構築事業の統合と「One NTT」体制の構築 2019年 NTT 次世代通信基盤「IOWN」構想を発表 2018年 NTT 全額出資子会社のNTTを設立 2010年 NTT エヌ・ティ・ティ・データがDimension Dataに公開買付けを実施 2001年 NTT 西日本電信電話が営業赤字に転落 2001年 NTT 約11万人の再配置計画を決議 2000年 NTT 共用型πシステムを止め、各家庭へ光を直結するFTTHへ固定網を切り替えた基盤投資 1999年 NTT NTTコミュニケーションズの設立と国際通信への進出 1999年 NTT 民営化NTTの純粋持株会社体制への再編と地域・長距離の分社 1998年 NTT NTTドコモの株式上場——稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 1988年 NTT データ通信事業の営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信に譲渡 1985年 NTT 公社の民営化に伴い発足 1966年 NTT 電話の積滞が160万個に到達 1964年 NTT 電話加入者数が633万に到達 1952年 NTT 逓信省・電気通信省から電信電話事業を承継して発足
- 三菱商事 2025年 三菱商事 過去最大の総額1.2兆円で米シェールガス開発会社エーソンを買収 2025年 三菱商事 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2024年 三菱商事 事業ポートフォリオの入れ替えを本格化 2019年 三菱商事 中部電力と共同で蘭エネコを約5000億円で買収 2016年 三菱商事 チリ銅山AASへの巨額投資と2,712億円の減損 2014年 三菱商事 セルマック社を買収(ノルウェー・サケ養殖) 2003年 三菱商事 日商岩井と共同新設分割でメタルワンを設立 2000年 三菱商事 ダイエーからのローソン株取得と資本業務提携 1995年 三菱商事 「GNPカンパニー」からの脱却と槙原稔社長のトップダウン改革 1990年 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収——日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1988年 三菱商事 チリのエスコンディーダ銅鉱山開発プロジェクト開始 1974年 三菱商事 TRI PETCH ISUZU SALES COMPANYを設立 1969年 三菱商事 ブルネイLNG開発への参画と事業投資への転換 1954年 三菱商事 三菱商事創業——GHQに解体された旧三菱商事から1954年の四社合同へ 1918年 三菱商事 三菱の営業部門を「三菱商事」として分離
- キヤノン 2026年 キヤノン 3度目の社長交代と、御手洗氏冨士夫会長による「並走」体制 2025年 キヤノン 医療機器事業ののれん1651億円減損と本社一体化による立て直し 2023年 キヤノン 取締役候補を全員男性としたキヤノンと、御手洗会長の賛成率50.59% 2016年 キヤノン 東芝メディカルシステムズの6655億円買収と医療への本格参入 2015年 キヤノン Axis Communicationsを買収発表 2009年 キヤノン 「自前主義」を返上した初の大型買収——蘭オセの連結子会社化 1995年 キヤノン 御手洗氏冨士夫氏の社長就任と連結経営・自前主義への転換 1981年 キヤノン バブルジェット記録方式の開発に成功 1977年 キヤノン 賀来氏龍三郎氏の社長抜擢と事業部制による事務機集中 1975年 キヤノン レーザープリンターの開発に成功 1970年 キヤノン 半導体製造装置を発表 1968年 キヤノン 普通紙複写機(PPC)分野に参入 1964年 キヤノン 事務機分野に本格参入 1957年 キヤノン カメラ不況により減収決算へ 1933年 キヤノン キヤノン創業——医・証券・技術の三者結合が興した国産高級カメラ
- ツルハHD 2025年 ツルハHD ツルハホールディングスとウエルシアホールディングスの経営統合(2025年・イオン主導) 2025年 ツルハHD ウエルシア統合とイオンによる子会社化 2020年 ツルハHD 連邦型の「放任」からグループシナジーへ、鶴羽順社長の方針転換 2017年 ツルハHD 杏林堂グループ・HD(浜松市中央区)を子会社化 2013年 ツルハHD ハーティウォンツ(広島市中区)を子会社化 2007年 ツルハHD 連邦型M&Aによる全国チェーン化 ── くすりの福太郎からドラッグイレブンまで 2005年 ツルハHD ツルハHDに商号変更 1995年 ツルハHD ジャスコと業務・資本提携契約を締結 1989年 ツルハHD ツルハが全店POSレジを導入し店舗数100店に到達 1975年 ツルハHD クスリのツルハコントロールセンターを旭川市に設立 1963年 ツルハHD ツルハ薬局を設立 1956年 ツルハHD ツルハ薬局に屋号変更 1929年 ツルハHD 鶴羽薬師堂を創業
- デンソー 2026年 デンソー パワー半導体の垂直統合をめざしたローム買収提案とその取り下げ 2025年 デンソー スパークプラグ・排気ガスセンサー事業の日本特殊陶業への譲渡——電動化集中に向けた内燃機関成熟事業の切り離し 2020年 デンソー 燃料ポンプの樹脂製インペラ不具合に伴うグループ横断の大規模リコールと品質費用の計上 2020年 デンソー トヨタ自動車から広瀬製作所を譲受 2017年 デンソー 富士通テンを買収 2010年 デンソー 大阪証券取引所を上場廃止 2007年 デンソー デンソー・インターナショナル・アジアを設立 1999年 デンソー トヨタの支配力強化と系列見直しのなかでの自立模索 1980年 デンソー 冷暖房機器(カーエアコン)の売上が急拡大 1974年 デンソー 高棚製作所を新設(安城市) 1967年 デンソー 安城工場を新設(安城製作所) 1958年 デンソー 電気洗濯機から撤退 1953年 デンソー ロバート・ボシュとの業務資本提携——品質と製品領域を借りて築いた技術自立の土台 1950年 デンソー 企業再建案を発表。473名の解雇 1949年 デンソー 日本電装を設立
- 亀田製菓 2025年 亀田製菓 米国子会社 Mary's Gone Crackers の全株式譲渡 2025年 亀田製菓 TH FOODS の残り50%取得による完全子会社化 2025年 亀田製菓 自社ブランド事業から撤退 2023年 亀田製菓 売上成長から利益重視への方針転換と、主力4ブランドへの集中 2019年 亀田製菓 マイセン・マイセンファインフードを子会社化 2012年 亀田製菓 康師傅との合弁を解消 2012年 亀田製菓 Mary's Gone Crackers, Inc.を子会社化 2005年 亀田製菓 康師傅控股有限公司との合弁で天津亀田食品有限公司を設立 1996年 亀田製菓 主食米の販売を開始 1987年 亀田製菓 亀田第二工場(現・亀田工場(工業団地))を新設 1976年 亀田製菓 白根工場を新設 1962年 亀田製菓 本社を新設移転 1957年 亀田製菓 亀田町農産加工農業協同組合を母体に亀田製菓を設立
- TOPPAN(凸版印刷) 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 米Sonocoの軟包装・熱成形容器事業を約1,800百万米ドルで取得し北米軟包装を面化 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 半導体フォトマスク事業の分社化とテクセンドフォトマスクの東証プライム上場 2023年 TOPPAN(凸版印刷) 創業123年で「凸版印刷」の看板を外す持株会社化とTOPPANホールディングスへの改称 2019年 TOPPAN(凸版印刷) 図書印刷を完全子会社化 2019年 TOPPAN(凸版印刷) INTERPRINT GmbHを買収 2014年 TOPPAN(凸版印刷) 群馬センター工場を新設 2009年 TOPPAN(凸版印刷) 初の純損失▲77億円を計上 2008年 TOPPAN(凸版印刷) シンガポールSNP Corporationを買収 1998年 TOPPAN(凸版印刷) トッパン・フォームズが東京証券取引所一部に上場 1981年 TOPPAN(凸版印刷) 澤村嘉一氏の急逝により鈴木和夫氏が社長に就任 1975年 TOPPAN(凸版印刷) 福崎工場を新設 1965年 TOPPAN(凸版印刷) Moore社との合弁でトッパン・ムーア・ビジネスフォームを設立 1945年 TOPPAN(凸版印刷) 空襲で本社と下谷・本所の両工場を焼失 1923年 TOPPAN(凸版印刷) 関東大震災で本所分工場が全焼、本社工場も類焼
- 日本製鉄 2025年 日本製鉄 3Dのコングロマリットディスカウント批判と社長再任反対キャンペーンへの対峙 2025年 日本製鉄 USスチールの完全子会社化——約2兆円のクロスボーダー買収を政治の壁を越えて完遂 2025年 日本製鉄 米大統領がUSスチールの買収禁止命令を発出 2023年 日本製鉄 呉製鉄所を閉鎖 2023年 日本製鉄 USスチールの買収を発表 2019年 日本製鉄 日本製鉄に商号変更 2016年 日本製鉄 国内4位・日新製鋼の子会社化——鋼材デフレ下の高炉再編 2016年 日本製鉄 日新製鋼の子会社化を発表 2012年 日本製鉄 新日本製鐵と住友金属工業の経営統合(2012年成立・新日鉄住金の誕生) 2011年 日本製鉄 住友金属工業との経営統合を発表 2007年 日本製鉄 アルセロール・ミタルへの対抗——ミタルとの提携覚書と3社連合の資本防衛 2007年 日本製鉄 住友金属工業・神戸製鋼所との3社連合を強化 2006年 日本製鉄 ミタルがアルセロールを買収 1999年 日本製鉄 LSI事業部を廃止し半導体から撤退 1998年 日本製鉄 粗鋼生産の世界首位から転落 1988年 日本製鉄 釜石製鉄所の高炉を停止 1987年 日本製鉄 第4次合理化と管理職への「能力賃金」導入 1987年 日本製鉄 営業損失200億円を計上 1978年 日本製鉄 第1次合理化案を発表 1970年 日本製鉄 八幡・富士合併後の内部統合と「双頭の巨人」の摩擦 1970年 日本製鉄 八幡製鐵と富士製鐵の合併・新日本製鐵の誕生(1970年成立) 1969年 日本製鉄 富士製鐵との合併を正式発表 1969年 日本製鉄 公正取引委員会が合併中止を勧告 1958年 日本製鉄 公開販売制度が発足 1950年 日本製鉄 過度経済力集中排除法により日本製鐵が解散 1934年 日本製鉄 官営八幡製鉄所と民間5社の合同により日本製鐵を設立 1901年 日本製鉄 官営八幡製鐵所が操業を開始
- 日本精工 2026年 日本精工 NTNとの共同持株会社設立による経営統合 2025年 日本精工 ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し 2023年 日本精工 ステアリング事業をADTechに吸収分割、NSKステアリング&コントロール社に商号変更 2015年 日本精工 内山俊弘が10代社長に就任 2013年 日本精工 NSKベアリング・マニュファクチュアリング・メキシコ社を設立 2004年 日本精工 2期連続の最終赤字を経ての委員会等設置会社への移行 2003年 日本精工 純損失▲26億円、2期連続の最終赤字 2002年 日本精工 ITバブル崩壊で純損失▲176億円に転落 1990年 日本精工 英国最大の軸受メーカーUPIの全株式取得と、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1987年 日本精工 NSK韓国社を設立 1977年 日本精工 販売会社から現地生産への移行と、豪州・英国・米国への工場設置 1964年 日本精工 ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナー社を設立 1959年 日本精工 石部工場を設立 1937年 日本精工 藤沢工場を設立
- 名古屋鉄道 2026年 名古屋鉄道 名鉄百貨店本店の閉店と完全子会社の解散、115億円の債権放棄 2026年 名古屋鉄道 名鉄百貨店を解散し115億2000万円の債権を放棄 2025年 名古屋鉄道 名古屋駅地区再開発計画の事業化決定と、施工難による再検証・見直しへの着手 2022年 名古屋鉄道 名古屋証券取引所のプレミア市場に移行 2012年 名古屋鉄道 鉄道センタービルが竣工 2005年 名古屋鉄道 中部国際空港開港に合わせた空港線(常滑〜中部国際空港間)の新設 1999年 名古屋鉄道 不採算路線・多角化事業の見直しと分社化、中部圏への経営資源集中 1999年 名古屋鉄道 中部圏への資源集中に着手 1989年 名古屋鉄道 名古屋鉄道金山駅の営業開始 1979年 名古屋鉄道 豊田線(赤池・梅坪間)の工事が完成 1965年 名古屋鉄道 名鉄百貨店・明治村・バスターミナルを核とする多角化とグループ経営の構築 1957年 名古屋鉄道 名鉄ビル全館完成 1935年 名古屋鉄道 愛知電気鉄道を吸収合併 1921年 名古屋鉄道 名古屋電気鉄道の郡部線事業を譲受け
- コーエーテクモHD 2025年 コーエーテクモHD 襟川恵子氏の資産運用を本業と並ぶ収益源に育てた財務戦略 2025年 コーエーテクモHD 鯉沼久史氏への社長交代 ── 襟川夫妻が15年かけた引き継ぎ計画 2020年 コーエーテクモHD コーエーテクモゲームスの本社を、移転 2017年 コーエーテクモHD 『仁王』全世界販売本数100万本を突破 2014年 コーエーテクモHD 『ゼルダ無双』を発売 2011年 コーエーテクモHD ガストを完全子会社化 2009年 コーエーテクモHD 光栄とテクモの経営統合 ── スクウェア・エニックスの買収提案の拒否と対等統合 2008年 コーエーテクモHD テクモとコーエーが経営統合に関する「統合契約書」を締結 1996年 コーエーテクモHD テクモ、対戦格闘ゲーム『DEAD OR ALIVE』を発売 1986年 コーエーテクモHD テクモ、家庭用ソフト第一弾『マイティボンジャック』を発売 1983年 コーエーテクモHD 光栄、『信長の野望』を発売 1978年 コーエーテクモHD 襟川陽一が「光栄」を創業 1967年 コーエーテクモHD テクモの前身、日本ヨットが設立
- エア・ウォーター 2026年 エア・ウォーター 全社的な不適切会計と子会社の資金横領、有価証券報告書の提出延長 2026年 エア・ウォーター 旧村上ファンド系による株式取得と増配・自己株取得の要求への対応 2026年 エア・ウォーター 2026年3月期を最終赤字へ下方修正 2020年 エア・ウォーター 各地域事業会社を8社から3社に統合 2019年 エア・ウォーター コールケミカル事業を新日鐵住金と新日鉄住金化学へ譲渡 2012年 エア・ウォーター ゴールドパックを株式取得により完全子会社化 2007年 エア・ウォーター 日本海水に資本参加 2000年 エア・ウォーター 共同酸素と合併 1993年 エア・ウォーター 大同酸素と合併 1983年 エア・ウォーター エア・プロダクツ・アンド・ケミカルズと資本提携 1979年 エア・ウォーター 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 1967年 エア・ウォーター 酸素オンサイトプラントを建設 1955年 エア・ウォーター LPガスの販売を開始 1944年 エア・ウォーター 堺工場を新設
- ソニー 2025年 ソニー 金融事業の一部分離・再上場(税制適格パーシャル・スピンオフ) 2022年 ソニー ホンダとのEV合弁ソニー・ホンダモビリティ設立──スマホの次の成長軸としてのモビリティー参入 2021年 ソニー 吉田憲一郎氏のパーパス経営と純粋持株会社体制への移行 2020年 ソニー 金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化(約4,000億円のTOB) 2019年 ソニー サードポイントの事業分離要求とソニーの統合堅持 2014年 ソニー 平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡 2012年 ソニー 過去最大の純損失を計上 2009年 ソニー 初の営業赤字・純損失を計上 2003年 ソニー エリクソンとの携帯電話合弁「ソニー・エリクソン」の設立と、赤字下の追加出資による事業継続 1994年 ソニー PlayStation参入と家庭用ゲーム市場への進出 1989年 ソニー CBSレコードとコロンビア映画の連続買収──ハードとソフトの垂直統合 1988年 ソニー CBS Records Inc.を買収 1979年 ソニー ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立 1968年 ソニー CBS Inc.との合弁でシービーエス・ソニーレコードを設立 1955年 ソニー トランジスタ技術の導入と自社ブランド「SONY」による米国輸出 1946年 ソニー ソニー創業——井深大氏と盛田昭夫氏が資本金19万円で興した「理想工場」 1946年 ソニー 井深大氏らが疎開工場を捨て、資本金19万円で東京通信工業を設立
- NIPPON EXPRESSHD 2026年 NIPPON EXPRESSHD カナダ物流大手Metro Supply Chain Groupの買収と資産圧縮の同時進行 2023年 NIPPON EXPRESSHD 基幹システム開発失敗をめぐるアクセンチュア提訴と124億円賠償請求 2023年 NIPPON EXPRESSHD オーストリアの物流企業cargo-partner社の買収による欧州・中東欧事業基盤の獲得 2022年 NIPPON EXPRESSHD 持株会社体制への移行 ── NIPPON EXPRESSホールディングス設立 2015年 NIPPON EXPRESSHD ワンビシアーカイブズ株式取得 2010年 NIPPON EXPRESSHD ペリカン便撤退・宅配便事業から撤退 2009年 NIPPON EXPRESSHD JPエクスプレス設立・ペリカン便統合 2000年 NIPPON EXPRESSHD 郵政事業庁との宅配便連合構想と共通ブランド協議 1995年 NIPPON EXPRESSHD 天宇客貨運輸服務有限公司(現・NX国際物流有限公司)設立 1981年 NIPPON EXPRESSHD ドイツ日通設立 1977年 NIPPON EXPRESSHD ペリカン便開始 1964年 NIPPON EXPRESSHD 東京オリンピックの運搬を担当 1950年 NIPPON EXPRESSHD 「日本通運法を廃止する法律」の施行により一般商事会社に 1941年 NIPPON EXPRESSHD 東京合同運送ほか56社を合併 1937年 NIPPON EXPRESSHD 日本通運法に基づき設立
- DeNA 2026年 DeNA 創業者・南場智子氏の15年ぶり社長復帰とAIを軸にした事業モデルの変革 2021年 DeNA 社長交代と全社的な固定費削減による経営の作り替え 2020年 DeNA 配車アプリ事業「MOV」を日本交通のJapanTaxiと統合し連結から外した選択と集中 2016年 DeNA キュレーション全10サイトを非公開にし、社外の第三者委員会に事実調査を委ねた危機対応 2015年 DeNA 任天堂と業務・資本提携を締結し、相互出資でスマートデバイス向けゲームを共同開発 2012年 DeNA コンプガチャを消費者庁の規制に先んじて自主廃止し、課金上限を導入 2011年 DeNA 横浜ベイスターズの買収とプロ野球への参入 2010年 DeNA 米ngmoco社の買収と、世界ソーシャルゲームプラットフォームの構築 2009年 DeNA 怪盗ロワイヤルによる広告依存モデルからアイテム課金への転換 2006年 DeNA 「モバゲータウン」開始 1999年 DeNA ディー・エヌ・エー(DeNA)を設立
- ENEOS HD 2025年 ENEOS HD JX金属の分離上場——石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し 2025年 ENEOS HD Par Pacific・三菱商事とバイオ燃料製造販売事業に参入合意 2023年 ENEOS HD 齊藤猛社長を不祥事により解任 2022年 ENEOS HD 和歌山製油所の閉鎖と次世代燃料拠点への転換 2021年 ENEOS HD 再エネ専業ジャパン・リニューアブル・エナジーの2000億円買収——石油依存からの脱炭素シフト 2017年 ENEOS HD 東燃ゼネラル石油との統合とJXTGホールディングス発足 2015年 ENEOS HD 通期で初の大規模赤字転落 2012年 ENEOS HD 松下功夫が2代社長に就任 2009年 ENEOS HD 両社が株式移転による経営統合契約を締結 2008年 ENEOS HD 新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合とJXホールディングス設立 1999年 ENEOS HD 日本石油と三菱石油の合併「日石三菱」(1999年成立)
- 味の素 2026年 味の素 英パリサーの「価値向上プラン」とABF価値顕在化の要求 2023年 味の素 従来型の中期経営計画を廃止し「中期ASV経営」へ転換 2023年 味の素 相次ぐ価格改定と「バリュープライシング」への転換 2019年 味の素 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 2019年 味の素 希望退職者を募集 2014年 味の素 ウィンザー・クオリティHEを買収 2003年 味の素 油脂事業をJ-オイルミルズに移管 1998年 味の素 半導体パッケージ材ABFの育成——食品会社が世界シェア95%を握るまで 1996年 味の素 肝疾患用分岐鎖アミノ酸製剤を発売 1989年 味の素 欧州・オニケム社を買収 1973年 味の素 ゼネラルフーズと提携 1963年 味の素 コーンプロダクツ社と提携 1960年 味の素 海外事業を本格化 1956年 味の素 うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換 1909年 味の素 味の素の販売開始
- AZ-COM丸和HD 2025年 AZ-COM丸和HD 後継計画の非開示と、創業者・和佐見勝社長による52年の経営トップ継続 2024年 AZ-COM丸和HD 低温食品物流の取り込みを狙ったC&Fロジホールディングスへの同意なきTOBと、佐川急便との争奪戦での撤退 2022年 AZ-COM丸和HD 純粋持株会社体制への移行と商号変更(AZ-COM丸和ホールディングス誕生) 2022年 AZ-COM丸和HD ファイズHDの株式を公開買付にて取得し子会社化 2018年 AZ-COM丸和HD 国際トランスサービス・関東運送から商品個配事業を事業譲受けにより取得 2017年 AZ-COM丸和HD アマゾンジャパンとの取引開始と専用ドライバー1万人体制への経営資源集中 2017年 AZ-COM丸和HD 配送車1万台体制の確立方針を発表 2014年 AZ-COM丸和HD 東京証券取引所市場第二部に上場 2008年 AZ-COM丸和HD ジャパンクイックサービスの全株式を株式交換にて取得し完全子会社化 1997年 AZ-COM丸和HD 東北丸和サービスを設立 1978年 AZ-COM丸和HD 丸和運輸機関に組織変更
- 神戸物産 2025年 神戸物産 中国依存6割の輸入PBを支える調達網の分散と、輸出入子会社・ベトナム現地法人の設立 2021年 神戸物産 FC専業の業務スーパーに直営店を併設し、店頭実験の装置を持った出店戦略の転換 2020年 神戸物産 クックイノベンチャーなど外食関連11社の売却と本業回帰 2018年 神戸物産 木質バイオマス発電所が稼働 2013年 神戸物産 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 2012年 神戸物産 自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業 2012年 神戸物産 創業者・沼田昭二氏から沼田博和氏への計画的な事業承継 2008年 神戸物産 経営不振の食品メーカーを買い続けた国内自社工場網の構築 2006年 神戸物産 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2000年 神戸物産 業務スーパーによる製販一体(食のSPA)モデルの確立 1992年 神戸物産 自社グループ工場として大連福来休食品有限公司を中国遼寧省に設立 1988年 神戸物産 フレッシュ石守稲美店を開業
- パナソニック 2025年 パナソニック 好業績下での国内外1万人削減——固定費構造の改革 2023年 パナソニック パナソニック オートモーティブシステムズの一部株式売却 2022年 パナソニック ブルーヨンダー買収と持株会社への移行——「事業会社制」への組み替え 2021年 パナソニック Blue Yonderを完全子会社化 2014年 パナソニック テスラとの車載電池協業とギガファクトリー——家電から「走る電池」へ 2013年 パナソニック プラズマテレビからの撤退——5000億円の内製を畳む 2012年 パナソニック 2期連続の巨額純損失 2009年 パナソニック 三洋電機の買収——「もうひとつの成長エンジン」を電池に賭ける 2009年 パナソニック 初の純損失を計上 2001年 パナソニック 中村邦夫氏の「破壊と創造」——事業部制の解体とグループ5社の完全子会社化 1995年 パナソニック MCA社持分の80%をシーグラム社へ譲渡 1994年 パナソニック 森下氏改革——事業本部を廃し、社長直轄の事業部制へ回帰する 1990年 パナソニック 米MCAの7800億円買収と、5年での売却 1989年 パナソニック 創業者松下幸之助が逝去 1977年 パナソニック 山下俊彦氏の社長抜擢——序列を越えた「25段跳び」 1964年 パナソニック 熱海会談と新販売制度——「松下電器が悪かった」から始めた販売改革 1954年 パナソニック 日本ビクターと資本提携 1952年 パナソニック フィリップスとの技術提携——「5分と5分、対等である」 1933年 パナソニック 松下幸之助氏による事業部制の導入——製品別・独立採算の自主責任経営 1918年 パナソニック 松下幸之助氏による松下電気器具製作所の創業と、売れない改良ソケットを抱えた出発
- KDDI 2026年 KDDI 子会社ビッグローブの架空循環取引と広告代理事業の廃止 2024年 KDDI KDDIによるローソンのTOBと三菱商事との共同経営(2024年成立) 2024年 KDDI ローソンへのTOBと三菱商事との共同経営——通信×リアル店舗をめぐる非公開化 2019年 KDDI 金融事業を本格展開 2010年 KDDI JCOMへ資本参加 2006年 KDDI パワードコムと合併 2002年 KDDI CDMA方式にサービスを一本化・PDC設備を除却 2000年 KDDI DDI・KDD・IDOの三社合併——長距離・国際・携帯を1社に束ねたKDDIの発足
- タイミー 2025年 タイミー スキマワークスの全株式取得と、物流倉庫の業務請負への進出 2023年 タイミー 無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成 2021年 タイミー 伊藤忠商事と営業支援に関する資本業務提携を開始 2020年 タイミー 求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓 2018年 タイミー スキマバイトサービス「タイミー」の提供開始
- ベイカレント 2026年 ベイカレント 顧客ごとに決めていた人月単価の役職別一律化 2024年 ベイカレント 持株会社体制への移行とテクノロジー事業会社の分離 2024年 ベイカレント 持株会社化の分割準備会社2社を設立 2017年 ベイカレント 競合フューチャーからの人材引き抜きと営業秘密領得への関与 2016年 ベイカレント PEファンドの出口として設計された2016年9月の東証マザーズ上場 2016年 ベイカレント 上場直後の減益を受けた社長交代と、採用数と単価を同時に上げる成長モデルへの転換 2014年 ベイカレント ベイカレント創業者の退場とSunrise Capital主導のMBO 2012年 ベイカレント 創業者・江口新氏の退任とマッキンゼー出身・萩平和巳氏への承継 2004年 ベイカレント 発案者が事業を立ち上げる社内独立の風土づくりと、SIerから上流コンサルへの転換 1998年 ベイカレント ピーシーワークスを設立
- 三菱UFJFG 2025年 三菱UFJFG 三菱UFJ銀行・貸金庫窃取事件への対応と内部管理の立て直し 2024年 三菱UFJFG 元行員による貸金庫からの窃取を公表 2022年 三菱UFJFG MUFGユニオンバンク売却——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2019年 三菱UFJFG インドネシア・バンクダナモンの段階取得と94%子会社化 2019年 三菱UFJFG First Sentier Investorsを子会社化 2013年 三菱UFJFG タイ・アユタヤ銀行(クルンシィ)のTOB買収——アジア商業銀行基盤の獲得 2010年 三菱UFJFG 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の設立——米投資銀行との日本証券合弁 2008年 三菱UFJFG リーマン危機下のモルガン・スタンレーへの90億ドル出資 2008年 三菱UFJFG UnionBanCal Corporationを完全子会社化 2005年 三菱UFJFG 三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合(2005年成立・MUFG発足) 1996年 三菱UFJFG 三菱銀行と東京銀行の合併・東京三菱銀行の発足(1996年成立) 1992年 三菱UFJFG 三和銀行が業務純益・経常利益・当期利益で首位 1992年 三菱UFJFG 三和銀行が東洋信用金庫を救済合併 1984年 三菱UFJFG 三菱銀行がバンク・オブ・カリフォルニアを子会社化 1979年 三菱UFJFG 三和銀行が「ピープルズバンク」構想を公表 1972年 三菱UFJFG 加州三菱銀行を設立 1969年 三菱UFJFG 第一銀行との合併構想が白紙化 1954年 三菱UFJFG 東京銀行が外国為替銀行に改組 1946年 三菱UFJFG 東京銀行を設立 1943年 三菱UFJFG 三菱銀行が第百銀行と合併
- 豊田通商 2025年 豊田通商 新中期経営計画と資本政策への転換——時価総額向上を経営アジェンダに据える 2024年 豊田通商 台数依存からの脱却——「質で稼ぐ」構造への転換と売上10兆円商社化 2022年 豊田通商 ユーラスエナジーHDを完全子会社化 2018年 豊田通商 リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資 2016年 豊田通商 親会社株主に帰属する当期純損失437億円 2012年 豊田通商 仏CFAO買収によるアフリカ流通網の獲得 2006年 豊田通商 経営再建中のトーメンとの統合——資本提携から吸収合併への総合商社化 2000年 豊田通商 加商と合併 2000年 豊田通商 トーメン・同社子会社の鉄鋼部門に関する営業の一部を譲り受け 1987年 豊田通商 商号の漢字を常用漢字に改め豊田通商に変更 1977年 豊田通商 東京証券取引所に株式を上場 1961年 豊田通商 名古屋証券取引所に株式を上場 1956年 豊田通商 商号を「豐田通商」に変更 1948年 豊田通商 豐田産業の商事部門を継承して「日新通商」を設立 1947年 豊田通商 豐田産業が持株会社整理委員会から持株会社に指定
- ヤマダHD 2026年 ヤマダHD エディオンとの経営統合による家電量販首位連合 2021年 ヤマダHD 大塚家具の完全子会社化——父娘騒動で疲弊した名門家具の救済と取り込み 2020年 ヤマダHD 持株会社体制へ移行しヤマダHDに商号変更 2019年 ヤマダHD 大塚家具を子会社化 2015年 ヤマダHD 46店の一斉閉店と構造改革 2012年 ヤマダHD ベスト電器の株式を取得 2011年 ヤマダHD 住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化 2002年 ヤマダHD ダイクマの株式を取得 1998年 ヤマダHD 近畿地区第一号としてテックランド姫路店を開設 1987年 ヤマダHD 本社ビル完工・大型総合家電店「テックランド本店」を開設 1984年 ヤマダHD 「ヤマダモデル」の確立とメーカー系列との対決 1973年 ヤマダHD 山田昇がヤマダ電化サービスを個人創業
- 大成建設 2025年 大成建設 海洋土木大手・東洋建設のTOBによる買収と完全子会社化 2023年 大成建設 ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動 2018年 大成建設 リニア談合事件での起訴と「談合ではない」とする否認・徹底抗戦 2010年 大成建設 有楽土地を完全子会社化 2009年 大成建設 初の営業赤字・純損失を計上 1992年 大成建設 大成道路が大成ロテックに商号変更 1988年 大成建設 分権主義の軌道修正と「請負業からの脱皮」への組織改革 1979年 大成建設 本社を新宿区に移転 1965年 大成建設 「集大成」の合議経営と本部制への移行 1956年 大成建設 建設業界初の株式公開 1949年 大成建設 役員・従業員が全株式を譲り受け同族支配を解消 1946年 大成建設 財閥解体と「大成建設」への改称——社員の会社としての再建 1873年 大成建設 大成建設創業——大倉喜八郎氏の大倉組商会から業界初「建設」社名の採用へ
- トクヤマ 2026年 トクヤマ セメント・固化材の国内販売事業の太平洋セメントへの譲渡と、製造停止の検討着手 2024年 トクヤマ セメントキルン1系列を停止 2023年 トクヤマ 韓国OCIとの折半合弁によるマレーシアでの半導体用多結晶シリコン生産と、ベトナム子会社の設立 2017年 トクヤマ マレーシア多結晶シリコン事業からの完全撤退 ── 減損を確定し韓国OCIへ全株譲渡 2016年 トクヤマ 純損失1006億円を計上 2013年 トクヤマ 純損失379億円を計上 2009年 トクヤマ 初の純損失を計上 2009年 トクヤマ Tokuyama Malaysia Sdn. Bhd.を設立 1996年 トクヤマ Tokuyama Electronic Chemicals Pte Ltdを設立 1989年 トクヤマ ゼネラル・セラミックス社を買収 1984年 トクヤマ 多結晶シリコンと乾式シリカへの参入と、東工場での製造開始 1983年 トクヤマ 電子工業用高純度溶剤(IPA・塩化メチレン)を発売 1978年 トクヤマ トーワ技研を設立 1966年 トクヤマ サンアロー化学を設立し塩化ビニール製造を開始 1952年 トクヤマ 徳山工場で電解苛性ソーダの製造を開始 1938年 トクヤマ 徳山工場で湿式法ポルトランドセメント製造を開始
- リガク・HD 2026年 リガク・HD 米Onto Innovationとの資本業務提携と、カーライル系ファンド保有株27%の同社への譲渡 2026年 リガク・HD Atom Investment による株式2,958万株の売出し 2024年 リガク・HD 東京証券取引所プライム市場に上場 2023年 リガク・HD 川上潤氏が代表取締役社長に就任 2021年 リガク・HD カーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置 2019年 リガク・HD イスラエルのXwinSys Technology Development買収と、半導体量産ラインのX線計測への参入 2015年 リガク・HD アジレント・テクノロジーズのX線回折事業を買収 2014年 リガク・HD 米国テキサス州に Rigaku Americas Holdings Company を設立 2008年 リガク・HD リガクが理学電機工業を統合 2004年 リガク・HD 理学電機がリガクを統合し社名をリガクへ変更 1996年 リガク・HD 米国テキサス州の Molecular Structure Corporation を買収 1989年 リガク・HD 東京都昭島市松原町に理学メカトロニクスを設立 1978年 リガク・HD 超強力X線発生装置 RU-1500 を開発 1971年 リガク・HD 米国マサチューセッツ州に営業所 Rigaku USA を開設 1961年 リガク・HD 大阪府高槻市赤大路町に理学電機工業を設立 1957年 リガク・HD 自動記録式熱分析装置を開発 1951年 リガク・HD 国産X線装置の製造販売を目的に東京・有楽町で理学電機を設立
- 資生堂 2025年 資生堂 過去最大級の赤字と構造改革 2021年 資生堂 パーソナルケア事業の売却 2021年 資生堂 米国3ブランドを売却 2017年 資生堂 ゾートス社をヘンケル社に譲渡 2014年 資生堂 外部プロ経営者・魚谷雅彦氏の招聘と「VISION 2020」 2010年 資生堂 米ベアエッセンシャルの買収と初の大型クロスボーダーM&A 2006年 資生堂 メガブランド戦略とTSUBAKIへの集中投資 2001年 資生堂 ブランド集約とチェーン店再生 1997年 資生堂 再販価格維持の撤廃 1996年 資生堂 ヘレンカーチス社の北米プロフェッショナル事業を買収 1991年 資生堂 中国・北京麗源公司と資生堂麗源化粧品有限公司を設立 1987年 資生堂 販社改革・在庫回収 1975年 資生堂 掛川工場を新設 1965年 資生堂 資生堂コスメティックスを設立 1959年 資生堂 大船工場を新設 1923年 資生堂 チェインストア・販売会社方式の確立 1897年 資生堂 化粧品に新規参入 1872年 資生堂 資生堂創業——銀座の洋風調剤薬局から化粧品メーカーへ
- ダイキン 2026年 ダイキン エリオットの1兆円自社株買い要求と「FUSION30」の資本政策転換 2024年 ダイキン 竹中直文への社長交代と「卒・井上体制」への移行 2019年 ダイキン 欧州AHTクーリングシステムズを買収 2012年 ダイキン 米Goodman買収による北米住宅用空調への本格参入 2011年 ダイキン 微燃性冷媒R32の特許無償開放という知財戦略 2006年 ダイキン OYL社を買収 2001年 ダイキン トレーンと包括的グローバル戦略提携に合意 1999年 ダイキン 製造販売に本格投資・買収で販売網を形成 1997年 ダイキン 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1994年 ダイキン 井上礼之による空調抜本改革と多角化中止・空調集中への転換 1988年 ダイキン ココム違反により家宅捜索へ 1975年 ダイキン 経常赤字23億円に転落。700名を人員整理 1963年 ダイキン 社名を「ダイキン工業」に変更 1952年 ダイキン 朝鮮戦争の砲弾特需を原資とする空調・化学への業態転換 1945年 ダイキン 敗戦により生産縮小・1.6万名を解雇 1935年 ダイキン フロンの開発に成功
- トヨタ自動車 2026年 トヨタ自動車 就任3年での社長交代と財務出身トップの起用 2023年 トヨタ自動車 豊田章男氏から佐藤恒治氏への14年ぶり社長交代とEVシフトの本格化 2020年 トヨタ自動車 パナソニックとの合弁でプライムプラネットエナジー&ソリューションズを設立 2017年 トヨタ自動車 マツダと資本業務提携 2011年 トヨタ自動車 系列生産子会社3社の統合とトヨタ自動車東日本の新設 2010年 トヨタ自動車 米国リコール危機への対応と品質保証体制の再構築 2009年 トヨタ自動車 初の営業赤字・純損失を計上 2001年 トヨタ自動車 日野自動車を子会社化 1998年 トヨタ自動車 ダイハツ工業を子会社化 1995年 トヨタ自動車 奥田碩体制による拡大改革 1986年 トヨタ自動車 北米での単独現地生産の決断とケンタッキー工場(TMM)の建設 1984年 トヨタ自動車 トヨタとGMの世界提携とNUMMIの設立 1982年 トヨタ自動車 トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売の合併(1982年成立) 1966年 トヨタ自動車 大衆車カローラの投入と高岡工場への集中投資 1966年 トヨタ自動車 日野自動車工業と業務提携 1959年 トヨタ自動車 日本初の乗用車専門工場・元町工場の建設と量産体制への転換 1950年 トヨタ自動車 トヨタ自動車販売を設立 1937年 トヨタ自動車 トヨタ自動車の創業——豊田自動織機の自動車部による国産量産車の事業化 1933年 トヨタ自動車 豊田自動織機製作所内で自動車研究を開始
- イオン 2026年 イオン ダイエーの東西2分割と食品スーパーの再編 2026年 イオン ダイエーの首都圏事業をイオンフードスタイルへ承継 2024年 イオン ツルハHD・ウエルシアHDと経営統合で合意 2021年 イオン 中四国最大手フジの共同持株会社化による実質子会社化と地域スーパー再編 2021年 イオン 連結純損失710億円を計上 2015年 イオン ユナイテッド・スーパーマーケットHD・カスミを子会社化 2014年 イオン ウエルシアHDを子会社化 2013年 イオン イオンによるダイエーの完全子会社化と流通の世代交代 2011年 イオン 中四国トップの食品スーパー、マルナカ・山陽マルナカの子会社化 2008年 イオン 会社分割により純粋持株会社に移行 2007年 イオン イオン銀行が営業免許を取得 1997年 イオン 田中賢二氏が総会屋への利益供与事件で逮捕 1997年 イオン 岡田元也氏が社長に就任 1995年 イオン 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化 1989年 イオン グループ名称を「イオングループ」と制定 1988年 イオン 婦人服専門店チェーンのタルボット社を子会社化 1970年 イオン 5社の対等合併によるジャスコ発足と「連邦経営」の設計 1969年 イオン フタギ・シロとの共同出資で(旧)ジャスコを設立 1969年 イオン 三菱商事との合弁でダイヤモンドシティを設立 1958年 イオン 岡田卓也氏が7代目を継承 1758年 イオン イオン創業——四日市の天秤棒行商「篠原屋」から岡田屋へ
- 丸紅 2025年 丸紅 時価総額10兆円を掲げた中期経営戦略「GC2027」と大本新体制 2020年 丸紅 チリ銅など資源権益の一括減損と18年ぶりの最終赤字 2016年 丸紅 当期純利益622億円まで落ち込み 2013年 丸紅 米穀物大手ガビロンの買収と、穀物事業のヴィテラ売却 2002年 丸紅 「負け組」からの再建──不良資産の抜本処理と財務立て直し 2001年 丸紅 新設分割により伊藤忠丸紅鉄鋼へ鉄鋼製品の営業を承継 1992年 丸紅 財テクの後始末と「素顔の美しい会社」──鳥海巌の初期リストラ 1987年 丸紅 「"強い商社"への再生」──春名和雄が名指しした収益体質の歪み 1976年 丸紅 ロッキード事件への関与と「海図なき航海」 1966年 丸紅 東通と合併 1955年 丸紅 高島屋飯田と合併し「丸紅飯田」に商号変更 1949年 丸紅 丸紅として再発足 1941年 丸紅 三興が発足 1858年 丸紅 丸紅創業——15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、伊藤忠と分かれ再独立するまで
- コーセーHD 2026年 コーセーHD 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 2025年 コーセーHD インドのFoxtale Consumer Pvt. Ltd.へ出資し戦略的提携 2024年 コーセーHD 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革 2019年 コーセーHD マルホとの合弁コーセー マルホ ファーマを設立 2017年 コーセーHD ミルボンとの合弁コーセー ミルボン コスメティクスを設立 2014年 コーセーHD 米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入 2005年 コーセーHD ジルスチュアートブランドを日本の化粧品市場に導入 1991年 コーセーHD CI導入による販路別ブランド開発への転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更 1988年 コーセーHD 中国に春絲麗有限公司を設立 1988年 コーセーHD 自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立 1979年 コーセーHD 群馬県に群馬工場を設置 1963年 コーセーHD フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ 1956年 コーセーHD 高級化粧品の製造会社アルビオンを設立 1951年 コーセーHD 販売部門を分離しコーセー商事を設立 1948年 コーセーHD 会社組織を変更し小林コーセーを設立 1946年 コーセーHD 化粧品の製造販売を目的に東京都北区で小林合名会社を設立
- クスリのアオキHD 2026年 クスリのアオキHD 創業家主導での買収防衛策導入とイオンとの資本業務提携解消 2022年 クスリのアオキHD 一二三屋・ホーマス・キリンヤ・フードパワーセンター・バリューを吸収合併 2021年 クスリのアオキHD 食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換 2016年 クスリのアオキHD 持株会社体制へ移行、クスリのアオキHDを東京証券取引所一部上場 2013年 クスリのアオキHD 全店に調剤を組み込み、「調剤併設率70%」を掲げる 2004年 クスリのアオキHD 売場面積400坪超の大型店を初出店 2003年 クスリのアオキHD イオンと業務提携・資本提携 1999年 クスリのアオキHD 二階堂を設立 1986年 クスリのアオキHD 石川県1号店を金沢市に出店
- サンウェルズ 2025年 サンウェルズ 訪問看護の不適切請求問題を受けた中期経営計画の取り下げと訪問看護体制の全面見直し 2025年 サンウェルズ 訪問看護報酬の不適切請求問題が表面化し中期経営計画を取り下げ 2022年 サンウェルズ パーキンソン病専門住宅PDハウスの全国展開に向けた東証グロース市場への上場 2018年 サンウェルズ パーキンソン病患者専門フロア「リライフ白山」を開設 2011年 サンウェルズ 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2006年 サンウェルズ 通所介護目的でケア・コミュニケーションズを設立 1979年 サンウェルズ アイテム商業建築研究所を設立
- 東日本旅客鉄道 2025年 東日本旅客鉄道 高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱 2021年 東日本旅客鉄道 二期で六千七百億円を失った後の、二軸経営への組み替え 2021年 東日本旅客鉄道 初の純損失5779億円を計上 2018年 東日本旅客鉄道 深澤祐二が代表取締役社長に就任 2012年 東日本旅客鉄道 東急車輛の鉄道車両製造事業を取得 2002年 東日本旅客鉄道 三段に分けた株式売却と、JR会社法からの離脱 2002年 東日本旅客鉄道 東京モノレールを子会社化 2001年 東日本旅客鉄道 Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張 1991年 東日本旅客鉄道 新幹線鉄道施設を新幹線鉄道保有機構から譲受け 1990年 東日本旅客鉄道 駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益の柱化 1989年 東日本旅客鉄道 ジェイアール東日本高架開発を設立
- T&DHD 2025年 T&DHD 米ファラロンの社外取締役2名選任・政策保有株売却の株主提案とT&Dの全議案否決 2023年 T&DHD 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期で純損失1,321億円の処理 2019年 T&DHD 通期経常収益2兆1,401億円、親会社純利益728億円 2011年 T&DHD 中込賢次が代表取締役社長に就任 2004年 T&DHD 太陽生命・大同生命・T&Dフィナンシャル生命の経営統合とT&Dホールディングス発足(2004年成立) 2002年 T&DHD 大同生命保険相互会社が大同生命保険へ組織変更 2001年 T&DHD 破綻した東京生命の受け皿 ── 太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流 1999年 T&DHD 太陽生命保険相互会社と大同生命保険相互会社が業務提携の基本協定を締結 1988年 T&DHD 太陽生命、年間収入保険料1兆円を突破 1971年 T&DHD 大同生命、AIU社と業務提携し業界初の生損保セット商品を発売 1968年 T&DHD 太陽生命の家庭市場への特化と「ひまわり」多品種化 1961年 T&DHD 大同生命の企業市場特化 ── 契約の8割を法人に集めた中堅生保の一点集中 1953年 T&DHD 大同生命、三木助九郎が従業員出身初の社長に就任 1948年 T&DHD 太陽生命保険相互会社として新発足
- SHIFT 2025年 SHIFT ライズ・コンサルティング・グループへの出資とコンサル領域への回帰 2025年 SHIFT ライズ・コンサルティング・グループの株式を取得 2023年 SHIFT SHIFT Enterprise Consultingを設立 2022年 SHIFT 連続M&AとPMIの仕組み化(SHIFTグロース・キャピタル設立) 2016年 SHIFT ALHを子会社化 2010年 SHIFT ソフトウェアテスト適性能力を測定する「CAT検定」を発売 2009年 SHIFT 製造業コンサルからソフトウェアテスト専業への業態転換
- コスモス薬品 2026年 コスモス薬品 ホテル事業への参入を発表 2025年 コスモス薬品 買わずに建てる——M&Aを一切挟まない自力出店だけで売上高1兆円へ 2021年 コスモス薬品 調剤を持たない安売り店が、保険調剤へ本格参入する 2019年 コスモス薬品 首都圏に出店 2010年 コスモス薬品 関西地区へ初出店 2004年 コスモス薬品 九州の外へ ― 全国展開を開始 2003年 コスモス薬品 ポイント還元を廃止しEDLPに転換 1993年 コスモス薬品 小商圏型メガドラッグストアという業態の創造 1987年 コスモス薬品 初の郊外型店舗・平原店を開店 1973年 コスモス薬品 宇野回天堂薬局を創業
- 大林組 2025年 大林組 佐藤俊美体制の始動と北米MWH機軸の積極M&A戦略 2024年 大林組 データセンター事業への参入を発表 2023年 大林組 シルチェスターによる特別配当の株主提案と、その否決 2017年 大林組 大林道路を完全子会社化 2010年 大林組 初の営業赤字・純損失を計上 2008年 大林組 海外支店を開設 1994年 大林組 仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕 1989年 大林組 初の非同族社長・津室隆夫氏の登場——大林家45年支配からの転換 1975年 大林組 金沢支店を開設 1967年 大林組 東洋鋪装を大林道路に商号変更 1958年 大林組 高松支店を開設 1892年 大林組 大林組創業——乾物問屋の三男が大阪・阿波座で興した土木建築請負業
- 小林製薬 2026年 小林製薬 オアシスの統治改革要求への対応と監査等委員会設置会社への移行 2024年 小林製薬 紅麹サプリ健康被害の引責と創業家経営陣の退任・統治刷新 2006年 小林製薬 eVent Medical,Ltd.とHeat Max,Inc.を子会社化 2001年 小林製薬 桐灰化学を子会社化 1999年 小林製薬 大阪証券取引所市場第二部に上場 1988年 小林製薬 エンゼルを子会社化 1975年 小林製薬 芳香剤「サワデー」を発売 1969年 小林製薬 水洗トイレ用芳香洗浄剤「ブルーレット」を発売 1967年 小林製薬 外用消炎鎮痛薬「アンメルツ」を全国発売 1956年 小林製薬 小林製薬を合併 1940年 小林製薬 小林製薬を設立
- 日野自動車 2026年 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合と持株会社ARCHIONへの移行・上場廃止 2023年 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合を発表(延期) 2022年 日野自動車 エンジン認証不正の発覚と過去最大の赤字転落 2019年 日野自動車 トラックの新工場の起工 2011年 日野自動車 本社工場の閉鎖発表(日野市) 2004年 日野自動車 排ガス規制特需で売上高1兆円を突破 1999年 日野自動車 赤字転落・希望退職者を募集 1982年 日野自動車 子会社を設立 1975年 日野自動車 トラックの子会社を設立 1967年 日野自動車 乗用車から撤退 1959年 日野自動車 商号を日野自動車工業に変更 1949年 日野自動車 東京証券取引所に株式上場
- 日本M&Aセンター 2025年 日本M&Aセンター 日本M&Aセンターの実質減収決算と「量から質」への転換 2022年 日本M&Aセンター 売上前倒し計上の不適切会計と過年度決算の訂正 2018年 日本M&Aセンター 日本投資ファンドを設立 2012年 日本M&Aセンター M&Aシニアエキスパート認定制度を開始 2000年 日本M&Aセンター 信金中央金庫・全国の信用金庫と業務提携 1991年 日本M&Aセンター 全国の会計事務所と地域M&Aセンターを順次設立 1966年 日本M&Aセンター 分林保弘が日本オリッベティに入社
- JT 2025年 JT 参入40年の医薬事業からの撤退——鳥居薬品を塩野義へ託しての選択と集中 2024年 JT Vector Group Ltd.を取得 2018年 JT 加熱式たばこへの後発参入と、プルームによる巻き返し 2015年 JT 米「ナチュラル・アメリカン・スピリット」米国外事業の約6000億円買収 2015年 JT 飲料事業から撤退(飲料事業部の廃止) 2013年 JT 「マイルドセブン」を「メビウス」に刷新 2007年 JT 英ギャラハーを約2兆2,500億円で買収し欧州とロシアの柱を得る 2003年 JT 好業績下で断行した国内たばこ事業の構造改革——工場の大量閉鎖と4,000人削減 1999年 JT RJRナビスコの米国外たばこ事業を77億9,000万ドルで買収 1998年 JT 鳥居薬品を公開買付で過半数取得 1985年 JT 日本専売公社を株式会社化し日本たばこ産業として発足 1982年 JT 専売公社の民営化を検討開始 1977年 JT たばこ工場の集約再編を開始 1957年 JT ホープ(10)を発売 1949年 JT 日本政府により日本専売公社を設立
- 第一三共 2026年 第一三共 市販薬子会社・第一三共ヘルスケアのサントリーHDへの譲渡 2024年 第一三共 第一三共エスファを持分法適用関連会社化 2023年 第一三共 Merck(Merck & Co., Inc.)と戦略的提携 2019年 第一三共 エンハーツとアストラゼネカ提携——がん事業への転換 2015年 第一三共 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 2014年 第一三共 アンビット・バイオサイエンシズCorp.を子会社化 2009年 第一三共 初の純損失計上 2008年 第一三共 インド・ランバクシーの買収と「複眼経営」への移行 2005年 第一三共 三共と第一製薬の経営統合と第一三共の誕生(2005年成立)
- 日産自動車 2025年 日産自動車 経営再建計画「Re:Nissan」——7工場の統廃合と2万人削減 2024年 日産自動車 ホンダ・日産自動車・三菱自動車の3社が経営統合を協議 2024年 日産自動車 全世界で人員削減 2018年 日産自動車 カルロス・ゴーン会長の逮捕と会長職の解職 2017年 日産自動車 完成検査の無資格問題と国内全工場の出荷停止・大規模リコール 2017年 日産自動車 カルソニックカンセイを売却 2000年 日産自動車 過去最大の赤字に転落 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン 1993年 日産自動車 座間工場の車両生産中止と「最適成長企業」への転換 1993年 日産自動車 販売不振で赤字転落 1987年 日産自動車 「構造不況企業」からの脱却——久米豊氏の企業文化刷新と欧州現地生産 1984年 日産自動車 英国サンダーランド進出の決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防 1977年 日産自動車 九州工場を新設 1966年 日産自動車 日産自動車とプリンス自動車工業の合併(1966年成立) 1952年 日産自動車 オースチン社と提携 1936年 日産自動車 自動車製造事業法で指定会社
- FPG 2025年 FPG 令和8年度税制改正大綱を受けた不動産小口化商品の新規販売停止と特別解約措置 2025年 FPG 申込済み投資家に特別解約措置を実施 2024年 FPG オンリーユーエアでプライベートジェット事業に参入 2016年 FPG 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2015年 FPG アイルランドAMENTUM CAPITALへの25%出資と子会社化、航空機投資管理サービス事業への進出 2014年 FPG ベルニナ信託を子会社化し信託事業に参入 2013年 FPG FPG証券を子会社化し第一種金融商品取引業に参入 2009年 FPG 船舶を対象としたオペレーティング・リース事業の取扱開始 2004年 FPG リース事業の匿名組合出資持分の販売を開始
- MIXI 2025年 MIXI MIXIによる豪PointsBet買収と、海外ベッティング事業への本格参入 2024年 MIXI ソーシャル・ネットワーキングサービス「mixi2」の運営を開始 2019年 MIXI 競輪投票サービスのチャリ・ロトを子会社化 2019年 MIXI 千葉ジェッツふなばしを子会社化 2015年 MIXI モンスト一本足からの脱却を狙ったフンザ115億円買収と、チケットキャンプ閉鎖 2014年 MIXI モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資 2013年 MIXI スマートデバイス向けゲーム「モンスターストライク」の提供を開始 2006年 MIXI ミクシィの東証マザーズ上場と時価総額2,221億円での資本市場デビュー 2004年 MIXI ソーシャル・ネットワーキングサービス「mixi」の運営を開始 1999年 MIXI イー・マーキュリーを設立
- 商船三井 2026年 商船三井 エリオットの3,000億円自社株買い要請と累進配当・総還元性向40%への転換 2025年 商船三井 スイスのGearbulk Holdingを子会社化 2022年 商船三井 宇徳とダイビルを公開買付で完全子会社化 2017年 商船三井 コンテナ船事業の邦船3社への統合とオーシャンネットワークエクスプレスの設立 2017年 商船三井 ONE(Ocean Network Express)を設立 2013年 商船三井 スポット運賃で稼ぐ不定期船経営からLNG船・長期契約への収益構造の転換 2004年 商船三井 ダイビルを公開買付で子会社化 1999年 商船三井 ナビックスラインとの対等合併と「商船三井」への商号変更 1989年 商船三井 山下新日本汽船とジャパンラインが合併しナビックスラインが発足 1970年 商船三井 船客部門を分離し商船三井客船を設立 1964年 商船三井 海運集約政策のもとでの三井船舶との対等合併と大阪商船三井船舶の発足 1942年 商船三井 三井船舶が三井物産の船舶部から分離独立 1884年 商船三井 大阪商船が設立
- 太陽HD 2026年 太陽HD 株主に退けられた多角化の主導者と、KKRによる非公開化の受入れ 2025年 太陽HD オアシスの株主提案で佐藤英志社長の取締役再任が否決 2024年 太陽HD 国内のシステム開発事業の会社「アペックス」を子会社化 2017年 太陽HD 電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入 2010年 太陽HD 公認会計士・佐藤英志氏の社長起用と持株会社制への移行 2010年 太陽HD 太陽HDに商号変更 2001年 太陽HD 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 1999年 太陽HD TAIYO INK INTERNATIONAL(SINGAPORE)PTE LTDを設立 1988年 太陽HD 大韓民国にプリント基板用部材等の製造販売会社「韓国太陽インキ製造」を設立 1973年 太陽HD エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功、販売を開始 1953年 太陽HD 印刷用インキの製造販売を事業目的に太陽インキ製造を設立
- 三菱ロジスネクスト 2026年 三菱ロジスネクスト 日本産業パートナーズによる公開買付けを通じた非公開化と、スタンダード市場からの上場廃止 2026年 三菱ロジスネクスト 東京証券取引所スタンダード市場で上場廃止 2020年 三菱ロジスネクスト 三菱重工業が親会社に異動 2017年 三菱ロジスネクスト ユニキャリアを完全子会社化 2016年 三菱ロジスネクスト ユニキャリアホールディングスの取得と三菱ロジスネクストへの改称 2013年 三菱ロジスネクスト 三菱重工業のフォークリフト事業の吸収分割による承継と、同社の連結子会社化 2009年 三菱ロジスネクスト 三菱重工業と国内フォークリフト販売・サービス事業を統合 1971年 三菱ロジスネクスト 東京証券取引所、大阪証券取引所の市場第一部銘柄に上場指定替 1961年 三菱ロジスネクスト 東京証券取引所市場第二部、大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に上場 1958年 三菱ロジスネクスト 日本初のリーチ式バッテリーフォークリフト生産開始 1937年 三菱ロジスネクスト 日本輸送機を設立
- りそなHD 2026年 りそなHD デジタルガレージへの約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 2024年 りそなHD 関西みらいフィナンシャルグループを吸収合併 2018年 りそなHD 関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約 2014年 りそなHD 預金保険機構向けの公的資金1兆9,600億円を完済 2003年 りそなHD 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 2002年 りそなHD 大和銀行とあさひ銀行の経営統合とりそなホールディングスの誕生(2002年成立) 2000年 りそなHD あさひ銀行・東海銀行・三和銀行の3行統合構想とあさひの離脱(2000年破談) 1995年 りそなHD 大和銀行ニューヨーク支店で巨額損失事件が発覚 1991年 りそなHD 協和銀行と埼玉銀行が合併し協和埼玉銀行発足 1985年 りそなHD 協和銀行と埼玉銀行が相互業務提携 1972年 りそなHD 大和銀行がニューヨーク支店を開設 1969年 りそなHD 埼玉銀行が埼玉県のメインバンクとして発足 1954年 りそなHD 協和銀行が発足 1949年 りそなHD 大和銀行が東京・大阪両証取に上場
- トレンドマイクロ 2025年 トレンドマイクロ 台湾Wistron・NVIDIAとのソブリンAI合弁「Magna AI」設立と法人事業の「TrendAI」ブランド化 2024年 トレンドマイクロ 通期業績がV字回復 2019年 トレンドマイクロ Cloud Conformity Inc.を取得 2015年 トレンドマイクロ 米HPからのTippingPoint事業取得によるネットワークセキュリティ参入 2011年 トレンドマイクロ Mobile Armor Inc.を買収 2007年 トレンドマイクロ NASDAQからADRを上場廃止 2005年 トレンドマイクロ パターンファイル配信不具合による大規模PC障害と信頼回復への社内改革 2005年 トレンドマイクロ 創業者スティーブ・チャンからエバ・チェンへの社長兼CEO承継 1998年 トレンドマイクロ 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1996年 トレンドマイクロ 日本法人がグループ親会社となる再編を実施 1989年 トレンドマイクロ 日本法人を設立
- 宝HD 2026年 宝HD タカラバイオの完全子会社化TOBによる親子上場の解消 2024年 宝HD Kagerer & Co. GmbHの出資持分90%を取得 2017年 宝HD 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 2010年 宝HD 宝酒造が仏国のFOODEX S.A.S.の発行済株式80%を取得 2005年 宝HD Clontech Laboratories,Inc.の全株式をTakara Bio USA Holdings Inc.経由取得 2002年 宝HD 持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割 2002年 宝HD 会社分割により新設のタカラバイオがバイオ事業を承継 1995年 宝HD 合弁で北京寛宝食品有限公司を設立 1986年 宝HD 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 1986年 宝HD Tomatin Distillers Plc.の資産を買収 1982年 宝HD 米国本土での清酒製造を開始 1970年 宝HD 中央研究所の設置による発酵・遺伝子工学への種まき 1967年 宝HD ビール事業からの撤退と二工場のキリン・サッポロへの売却 1959年 宝HD 札幌工場(2003年3月廃止)建設 1949年 宝HD 東京、大阪、名古屋の各証券取引所開設に伴い株式上場
- 博報堂DYHD 2025年 博報堂DYHD デジタルホールディングスへの公開買付けと子会社化 2025年 博報堂DYHD 博報堂を承継会社、博報堂DYメディアパートナーズを分割会社とする吸収分割を実施 2018年 博報堂DYHD D.A.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化 2018年 博報堂DYHD D.A.コンソーシアムHDを完全子会社化 2003年 博報堂DYHD 博報堂・大広・読売広告社の三社経営統合と共同持株会社 博報堂DYホールディングスの設立 2003年 博報堂DYHD 株式移転により博報堂DYHDを設立
- MS&ADインシュアランスGHD 2025年 MS&ADインシュアランスGHD 三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保の合併発表とMS&AD損保2社統合(2025年) 2024年 MS&ADインシュアランスGHD 損保業界の保険料調整問題で公正取引委員会から課徴金 2024年 MS&ADインシュアランスGHD 政策株式売却を加速、当期純利益が6,917億円に拡大 2015年 MS&ADインシュアランスGHD 英アムリン買収によるロイズ市場への本格参入 2010年 MS&ADインシュアランスGHD あいおい損保とニッセイ同和損保が合併、あいおいニッセイ同和損害保険が発足 2009年 MS&ADインシュアランスGHD 三井住友海上・あいおい・ニッセイ同和の3社統合とMS&ADインシュアランスグループの結成 2008年 MS&ADインシュアランスGHD 単独株式移転により三井住友海上グループHDを設立 2001年 MS&ADインシュアランスGHD 三井海上と住友海上が合併し三井住友海上火災保険が発足 1993年 MS&ADインシュアランスGHD 住友海上が創業100年 1984年 MS&ADインシュアランスGHD 住友海上が単独開発した積立女性保険を発売 1974年 MS&ADインシュアランスGHD 大正海上が示談代行サービスを開始 1969年 MS&ADインシュアランスGHD 住友海上が初の積立型商品「長期総合保険」を発売 1956年 MS&ADインシュアランスGHD 大正海上がイギリスで元受け営業を開始 1944年 MS&ADインシュアランスGHD 大阪海上と旧住友海上が合併し大阪住友海上火災保険を設立
- 村田製作所 2026年 村田製作所 米Resonant社の買収によるXBAR技術の取得と、のれん438億円の全額減損 2026年 村田製作所 Resonant社買収のれん全額438億円を減損 2026年 村田製作所 マイクロ一次電池事業をマクセルに譲渡 2020年 村田製作所 中島規巨が代表取締役社長に就任 2017年 村田製作所 ソニーからのリチウムイオン二次電池事業の譲受と、8年続いた構造改革 2014年 村田製作所 米pSemi Corporationを買収 2012年 村田製作所 フィンランドのVTI Technologiesを買収 2009年 村田製作所 リーマンショックで初の大幅な営業赤字に転落 1993年 村田製作所 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 1980年 村田製作所 カナダの多国籍企業エリー社(ETP)買収による海外拠点の一挙獲得 1978年 村田製作所 欧州初の販売会社をドイツに設立 1969年 村田製作所 東京証券取引所市場第二部に上場 1950年 村田製作所 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入 1944年 村田製作所 村田昭が京都市で村田製作所を創業
- ミネベアミツミ 2025年 ミネベアミツミ 芝浦電子への友好的TOB(ホワイトナイト)と、台湾ヤゲオとの争奪戦 2024年 ミネベアミツミ 日立パワーデバイスを子会社化 2023年 ミネベアミツミ ホンダロックを子会社化 2019年 ミネベアミツミ ユーシンをTOBで子会社化 2016年 ミネベアミツミ ミツミ電機との対等統合による総合電子部品メーカーへの転換 2013年 ミネベアミツミ ミネベアモータをパナソニックから完全取得し吸収合併 2004年 ミネベアミツミ 松下電器産業モータ社との情報モーター事業統合でミネベア・松下モータ設立 1994年 ミネベアミツミ MINEBEA ELECTRONICS & HI-TECH COMPONENTS(上海)を設立 1985年 ミネベアミツミ 三協精機への敵対的買収の試みと、買われる側に回ったコングロマリット戦略 1981年 ミネベアミツミ 系列メーカー4社を吸収合併し社名を「ミネベア」に変更 1972年 ミネベアミツミ NMB SINGAPORE LIMITEDを設立 1968年 ミネベアミツミ NIPPON MINIATURE BEARING CORP.を設立 1951年 ミネベアミツミ 日本ミネチュアベアリングを設立
- ニコン 2025年 ニコン 露光装置の正面決戦を退き、後工程へ賭け直す 2024年 ニコン RED.com, LLCを完全子会社化 2021年 ニコン 最終赤字に転落 2016年 ニコン 二本柱同時不振と1143名の希望退職──2016年の全社構造改革 2015年 ニコン オプトスを買収(眼底カメラ) 2012年 ニコン インテルと半導体製造装置で提携 2009年 ニコン 単元株式数を100株に変更 1999年 ニコン ステッパーの顧客転換に失敗・最終赤字に転落 1984年 ニコン 半導体露光装置(ステッパー)への参入と光学・半導体の二本柱確立 1980年 ニコン 半導体製造装置(ステッパー)に参入 1975年 ニコン カメラ輸出の低迷・業績低迷へ 1968年 ニコン Nikon Europe N.V.を設立 1953年 ニコン Nikon Sales Inc.を設立 1945年 ニコン 2万名を整理解雇・軍需から民需転換へ
- ガンホー・オンライン・エンターテイメント 2026年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント アクティビスト圧力下の社長交代 ── 森下一喜氏から坂井一也氏への経営体制刷新 2024年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント エイリムを子会社化 2015年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント ソフトバンクグループがその他の関係会社に異動 2014年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント GGF B.V.を通じて間接所有していたSupercell Oyの持分をソフトバンクに売却 2013年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント ソフトバンクとの共同出資によるフィンランドSupercell買収と1年後の売却 2012年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント 自社IP「パズル&ドラゴンズ」の開発投入 2008年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント 第三者割当増資によりGravity Co.,Ltd.を子会社化 2002年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント 主な事業内容をオンラインゲームサービスへ変更 1998年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント オンセールを設立
- フジ・メディア・HD 2026年 フジ・メディア・HD フジテレビの放送インフラ機能をFMHへ統合する方針を表明 2025年 フジ・メディア・HD 性加害問題を受けた取締役の総入れ替えと、コンテンツを軸とする事業への転換 2025年 フジ・メディア・HD 第三者委員会の調査報告書を公表 2021年 フジ・メディア・HD ディノス・セシールがグループ外にセシール事業を譲渡 2016年 フジ・メディア・HD 株式の追加取得により、FNS系列局の仙台放送を子会社化 2012年 フジ・メディア・HD サンケイビルの子会社化と、都市開発・観光を第二の柱とする事業ポートフォリオ再編 2009年 フジ・メディア・HD 株式公開買付けにより通信販売会社のセシールを子会社化 2008年 フジ・メディア・HD 認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足 2005年 フジ・メディア・HD ライブドアによるニッポン放送株買収への対抗と、ニッポン放送の完全子会社化 1995年 フジ・メディア・HD フジサンケイグループ本社を吸収合併 1989年 フジ・メディア・HD 第一世代クリアビジョン放送を開始 1979年 フジ・メディア・HD 情報システム開発会社のフジミックを設立 1964年 フジ・メディア・HD カラー本放送を開始 1959年 フジ・メディア・HD フジテレビジョン開局。映像出力10kw
- SCSK 2025年 SCSK 住友商事による公開買付けでの完全子会社化と、東証プライム市場上場の廃止 2024年 SCSK ネットワンシステムズを子会社化 2017年 SCSK 連結子会社であるクオカードの全株式を譲渡 2011年 SCSK 株式会社CSKとの合併と、SCSKへの商号変更 2005年 SCSK 住商エレクトロニクスとの合併と、住友商事グループIT事業の一本化 1992年 SCSK 住商情報システムに商号変更 1989年 SCSK 東京証券取引所市場第二部に株式を上場 1970年 SCSK 東京支社を開設 1969年 SCSK 住商コンピューターサービスを設立
- ミスミG本社 2025年 ミスミG本社 米Fictiv買収による北米オンライン加工事業の獲得とmeviyとの統合 2022年 ミスミG本社 DTダイナミクスを設立 2019年 ミスミG本社 中日本流通センターを開設 2012年 ミスミG本社 米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 2005年 ミスミG本社 駿河精機の取り込みと持株会社移行による流通専業からの転換 1998年 ミスミG本社 東京証券取引所市場第一部に上場 1989年 ミスミG本社 ミスミに商号変更 1977年 ミスミG本社 「プレス金型用標準部品」カタログを創刊 1963年 ミスミG本社 三住商事を設立
- 阪和興業 2026年 阪和興業 中期経営計画2028「Go Beyond」策定と海外M&A・電池材料への攻めの投資転換 2020年 阪和興業 鉄建工業を子会社化 2018年 阪和興業 TATT GIAP STEEL CENTRE(現・HANWA STEEL CENTRE (M))を子会社化 2012年 阪和興業 SEATTLE SHRIMP & SEAFOOD COMPANY, INC.を子会社化 2011年 阪和興業 古川弘成社長の「そ・こ・か」戦略とM&A+A 2007年 阪和興業 相互鉄筋工業の株式を取得 1994年 阪和興業 財テク膨張からの脱出と8期ぶりの復配 1983年 阪和興業 東京支社を東京本社に昇格、二本社制を採用 1976年 阪和興業 HANWA THAILAND CO., LTD.設立 1968年 阪和興業 HANWA AMERICAN CORP.設立 1952年 阪和興業 名古屋出張所開設 1948年 阪和興業 東京出張所開設
- NSユナイテッド海運 2026年 NSユナイテッド海運 日本郵船による公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう非公開化 2026年 NSユナイテッド海運 取締役会が賛同と応募推奨を決議 2026年 NSユナイテッド海運 日本製鉄が保有比率を16.67%へ引き下げ 2023年 NSユナイテッド海運 山中一馬氏が4代目社長に就任 2019年 NSユナイテッド海運 外航ケミカルタンカー事業からの撤退を決議 2019年 NSユナイテッド海運 ヴァーレ社と25年の長期輸送契約を締結 2010年 NSユナイテッド海運 郵船系の新和海運と新日鉄系の日鉄海運が合併しNSユナイテッド海運が発足 2008年 NSユナイテッド海運 新日本製鐵がNSユナイテッド海運株式を買増し「その他の関係会社」に 1999年 NSユナイテッド海運 シンガポール法人としてDAJIN SHIPPING PTE LTDを設立 1989年 NSユナイテッド海運 船舶保守管理業務の効率化を図るため新和マリンを発足 1976年 NSユナイテッド海運 南洋材輸送強化のためインドネシアに合弁会社P.T.PAKARTI TATAを設立 1964年 NSユナイテッド海運 海運集約による日本郵船グループへの系列編入 1962年 NSユナイテッド海運 日鐵汽船が東邦海運と合併し新和海運へ改称 1959年 NSユナイテッド海運 不動産管理部門を分離し東海興業を発足
- 豊田合成 2025年 豊田合成 シートベルト大手・芦森工業のTOBによる完全子会社化 2014年 豊田合成 独メテオール社の資産譲受によるシーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外 2002年 豊田合成 東洋ゴム工業との間でエアバッグ事業の譲受・防振ゴム事業の譲渡を契約 1999年 豊田合成 東京証券取引所市場第一部に株式上場 1987年 豊田合成 中華民国に豊裕を設立 1978年 豊田合成 名古屋証券取引所市場第二部に株式上場 1967年 豊田合成 稲沢工場を新設 1957年 豊田合成 春日工場を新設 1949年 豊田合成 企業再建整備法にもとづく第二会社・名古屋ゴムの分離独立
- クリエイトSDHD 2025年 クリエイトSDHD 出店拡大主義をやめ、既存店大型化と調剤深耕へ成長モデルを組み替える 2020年 クリエイトSDHD クリエイトエス・ディーが百合ヶ丘産業を子会社化 2012年 クリエイトSDHD 創業家によらない外部プロ経営者への継承と「医・食」フォーマットへの転換 2010年 クリエイトSDHD 連結子会社ウェルライフからデイサービス事業を承継したサロンデイを設立 2008年 クリエイトSDHD クリエイトエス・ディーHDに商号変更 1998年 クリエイトSDHD ヤマモトを設立 1983年 クリエイトSDHD みどりドラッグストアを設立 1975年 クリエイトSDHD みどり薬局を開業
- ファーストリテイリング 2025年 ファーストリテイリング 取締役定員の拡大と塚越大介氏の登用による「ポスト柳井」の準備 2025年 ファーストリテイリング 塚越大介氏がCOOに就任 2022年 ファーストリテイリング 北米事業の通期黒字化見通しを発表 2020年 ファーストリテイリング 国内直営既存店売上高が前年同月比56.5%減 2017年 ファーストリテイリング 有明本部が稼働 2016年 ファーストリテイリング 次世代物流センターが竣工 2013年 ファーストリテイリング 連結売上高が1兆円を突破 2013年 ファーストリテイリング 柳井正氏が65歳での社長引退という公約を撤回 2007年 ファーストリテイリング 米高級百貨店バーニーズ・ニューヨーク買収の提示と断念 2006年 ファーストリテイリング グローバル化宣言とニューヨーク・ソーホーへの1000坪グローバル旗艦店の出店 2006年 ファーストリテイリング 低価格ブランド「ジーユー(GU)」の設立 1998年 ファーストリテイリング 本部集中管理から「個店対応」への転換 1998年 ファーストリテイリング 「ユニクロ原宿店」を出店 1995年 ファーストリテイリング PB衣料8割と毎週の売価変更による「完全売り切り」体制の確立 1988年 ファーストリテイリング 香港経由の直接調達による製造小売業(SPA)の原型づくり 1985年 ファーストリテイリング 郊外の幹線道路沿いに「ユニクロ山の田店」を出店 1984年 ファーストリテイリング 柳井正氏が社長に就任 1972年 ファーストリテイリング 柳井正氏が入社 1963年 ファーストリテイリング 小郡商事を設立 1949年 ファーストリテイリング ファーストリテイリング創業——宇部の駅前紳士服店「小郡商事」と長男・柳井正氏の飛躍
- カカクコム 2026年 カカクコム 非公開化をめぐる買収争奪戦とLINEヤフーの対抗提案 2022年 カカクコム 東京証券取引所プライム市場へ区分移行 2018年 カカクコム 電通が保有する株式をKDDIへ譲渡完了 2015年 カカクコム 求人情報の一括検索サービス「求人ボックス」を開設 2012年 カカクコム カルチュア・コンビニエンス・クラブが保有株式の一部を電通へ譲渡 2005年 カカクコム 価格.com不正アクセス事件とサイト全面閉鎖 2005年 カカクコム 食べログの立ち上げと「第二の柱」化 2002年 カカクコム 主要株主の変遷(デジタルガレージ→CCC→電通→KDDI) 1997年 カカクコム ウェブサイト「価格.com」を創設
- 日本板硝子 2026年 日本板硝子 アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 2024年 日本板硝子 中期経営計画「2030 Vision : Shift the Phase」を発表 2018年 日本板硝子 創立100周年。経営指針「Our Vision」を策定 2011年 日本板硝子 国際会計基準(IFRS)を早期適用 2008年 日本板硝子 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2006年 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入 2001年 日本板硝子 ピルキントン社の持株比率を20%へ引き上げ 1990年 日本板硝子 LOF社の株式の20%を取得 1986年 日本板硝子 リビー・オーエンス・フォード社と合弁でユナイテッドL-Nグラス社を設立 1970年 日本板硝子 日本安全硝子を吸収合併 1965年 日本板硝子 舞鶴工場に東洋初のフロート方式によるガラス製造設備新設 1954年 日本板硝子 自動車用ガラス子会社 日本安全硝子設立 1918年 日本板硝子 日米板硝子を設立(本店所在地: 大阪市)
- 任天堂 2025年 任天堂 後継機「Nintendo Switch 2」の投入 2022年 任天堂 Nintendo Switchの販売好調 2017年 任天堂 併用型ゲーム機「Nintendo Switch」を発売 2014年 任天堂 3DSとWiiUが不振・最終赤字に転落 2006年 任天堂 家庭用TVゲーム機「Wii」を発売 2004年 任天堂 携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を発売 2002年 任天堂 任天堂・山内溥氏から岩田聡氏への社長交代 1998年 任天堂 任天堂のポケモン株式会社共同設立とIP経営への移行 1996年 任天堂 任天堂のソニー連合との決別と64ビット機NINTENDO64の単独開発 1983年 任天堂 任天堂のファミリーコンピュータ発売と低価格・ソフト収益モデルへの転換 1975年 任天堂 レジャー機器の販売不振。過剰在庫により減収減益へ 1966年 任天堂 総合室内ゲーム企業を目指す方針決定 1961年 任天堂 トランプ専業を脱するための多角化とその全敗 1959年 任天堂 ディズニープロ社からトランプの国内独占販売権を取得 1889年 任天堂 任天堂創業——山内房治郎氏が京都で興した花札の手工製造と3代の家業承継
- 大和ハウス工業 2025年 大和ハウス工業 過去最大4600億円の米IES買収とデータセンター建設の垂直統合 2024年 大和ハウス工業 アライアンス・レジデンシャル社を持分法適用関連会社化 2017年 大和ハウス工業 Stanley-Martin Communitiesを子会社化 2013年 大和ハウス工業 フジタを完全子会社化 2003年 大和ハウス工業 大型物流施設の開発を開始 2001年 大和ハウス工業 大和団地と合併 2000年 大和ハウス工業 大和ハウス工業の「有利子負債ゼロ」への転換 1999年 大和ハウス工業 大和ハウス工業、石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 1990年 大和ハウス工業 ホテル事業「ダイワロイヤルホテルズ」の急拡大と定まらぬブランド 1989年 大和ハウス工業 大和リビングを設立 1976年 大和ハウス工業 大和ハウス工業の流通店舗事業への参入と非住宅多角化 1965年 大和ハウス工業 奈良工場を新設 1959年 大和ハウス工業 「ミゼットハウス」を発売
- シップヘルスケアHD 2025年 シップヘルスケアHD SHIP VISION 2030によるグループ再編統合と厨房業務からの撤退 2022年 シップヘルスケアHD キングラン・その子会社11社を子会社化 2016年 シップヘルスケアHD 小西共和HD・その子会社4社を子会社化 2014年 シップヘルスケアHD GREEN HOSPITAL MYANMAR,LTD.(ミャンマー国ヤンゴン市)を設立 2009年 シップヘルスケアHD 分社型吸収分割で事業をシップヘルスケアHDへ承継し持株会社体制へ移行 2009年 シップヘルスケアHD セントラルユニとの株式交換を実施 2006年 シップヘルスケアHD 東証二部上場とセントラルユニ買収による院内設備事業の取り込み 1999年 シップヘルスケアHD 子会社のメディカルイメージング部門を富士フイルムメディカル西日本へ営業譲渡 1997年 シップヘルスケアHD 医療コンサルと写真フィルム販売からSPD(院内物流代行)主体への転換 1995年 シップヘルスケアHD 医療機関等に対するリース事業に参入
- 京セラ 2025年 京セラ 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2024年 京セラ 減収減益・電子部品で販売不調へ 2019年 京セラ 空圧・電動工具でグローバル展開 2012年 京セラ 液晶ディスプレイのオプトレックスを子会社化 2008年 京セラ 三洋電機の携帯電話事業を取得(通信機器) 2000年 京セラ 米クアルコムの携帯電話端末事業の承継と、6期連続赤字 1996年 京セラ セラミックパッケージの素材転換に失敗 1990年 京セラ AVX Corporationを株式交換で子会社化 1984年 京セラ 第二電電(DDI)の設立と、京セラによる中心的出資 1982年 京セラ サイバネット工業・クレサンベール・日本キャスト・ニューメディカルを吸収合併 1976年 京セラ 米国預託証券を発行 1969年 京セラ 積層パッケージの量産投資・世界シェア70%を確保 1966年 京セラ IC向け基板をIBMに納入 1959年 京セラ 京都セラミックの設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を握るまで
- フジクラ 2025年 フジクラ AI・データセンターへの集中と電線大手の再定義 2020年 フジクラ 純損失385億円に転落、リストラ特別損失計上 2019年 フジクラ 純利益が大幅減少、特別損失が増加 2012年 フジクラ 純損失に転落 2009年 フジクラ リーマンショックで売上が減少 2005年 フジクラ America Fujikura Ltd.・AFL Telecommunications LLCを設立 2001年 フジクラ 電力ケーブル事業の古河電工との合弁ビスキャスへの切り出しと、15年後の国内事業の振り分け 1998年 フジクラ 地域統括会社を設立 1980年 フジクラ 光ファイバの独自技術への投資と、融着接続機の自社開発 1970年 フジクラ 鈴鹿工場を新設 1965年 フジクラ 佐倉工場を新設 1954年 フジクラ 沼津工場を新設 1910年 フジクラ 藤倉電線護謨合名からの電線部門の分離独立と株式会社化
- NTN 2026年 NTN 日本精工との経営統合と共同持株会社の設立 2025年 NTN 構造改革費用先行計上で純損失▲238億円、FY19/3以来の最終赤字 2020年 NTN コロナ直前の需要減で純損失▲440億円、営業利益は70億円に急減 2019年 NTN 純損失▲70億円に転落 2014年 NTN 純損失▲146億円を計上 2009年 NTN リーマン危機で純損失▲89億円に転落 2008年 NTN S.N.R. ROULEMENTSを子会社化 2004年 NTN 「NP21」による社内の壁の打破と最高益への復活 1998年 NTN PluakdaengにNTN MANUFACTURING(THAILAND)を設立 1989年 NTN アメリカColumbusにNTN DRIVESHAFT社を設立 1979年 NTN 減量から増産への転換と生産調整の「運動神経」 1968年 NTN MississaugaにNTN BEARING CORP.OF CANADAを設立 1949年 NTN 大阪証券取引所市場第一部・東京証券取引所市場第一部に上場
- 豊田自動織機 2026年 豊田自動織機 SPCが1株18,800円でTOBを開始、米エリオットが割安として反対 2025年 豊田自動織機 トヨタグループ主導による豊田自動織機の非公開化 2022年 豊田自動織機 石浜工場を新設 2017年 豊田自動織機 Vanderlande Industries HDを買収 2013年 豊田自動織機 カスケード社を買収 2009年 豊田自動織機 最終赤字に転落(2期連続) 2001年 豊田自動織機 トヨタからL&F販売部門を譲受 2000年 豊田自動織機 スウェーデンBTインダストリーズの買収による産業車両の世界首位 1999年 豊田自動織機 トヨタ向け「ヴィッツ」の生産開始 1989年 豊田自動織機 デンソー合弁のコンプレッサー生産を開始 1978年 豊田自動織機 カーエアコン部品の量産を開始 1960年 豊田自動織機 カーエアコン用コンプレッサーの製造を開始 1954年 豊田自動織機 農業機械への参入——S型エンジンの転用から始まった多角化の躓き 1954年 豊田自動織機 メキシコ豊田の設立と経営移譲——国家的保護を前提にした初の海外進出 1953年 豊田自動織機 トヨタ向けOEM生産への参入による織機会社の構造転換 1937年 豊田自動織機 織機会社の内部で自動車事業を興し、トヨタ自動車工業として分離独立 1933年 豊田自動織機 自動車部を新設(トヨタ自動車の創業) 1926年 豊田自動織機 豊田自動織機創業——G型自動織機の量産分社からトヨタ自動車の独立へ
- 東映アニメーション 2025年 東映アニメーション 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画「VISION2030」の策定 2024年 東映アニメーション 普通株式1株につき5株の割合をもって株式分割 2018年 東映アニメーション 東京都練馬区光が丘の仮スタジオから新大泉スタジオに移転 2014年 東映アニメーション 本社を東京都中野区中野に 2000年 東映アニメーション 東映の子会社のまま店頭市場へ株式を公開し、自前の資金調達手段を持つ 1999年 東映アニメーション テレビシリーズアニメ作品「ワンピース」放映開始 1986年 東映アニメーション テレビシリーズアニメ作品「ドラゴンボール」放映開始 1979年 東映アニメーション 初の自主製作劇場長編アニメ作品「銀河鉄道999」を公開 1967年 東映アニメーション 「魔法使いサリー」第18話より、テレビシリーズアニメ作品のカラー放映開始 1956年 東映アニメーション 短編の外注先だった日動映画を買収し、長編漫画映画の専属スタジオへ改組 1948年 東映アニメーション 日本動画として設立、アニメ製作を開始
- 古河電工 2025年 古河電工 銅管・巻線・TOTOKU・UACJ・古河電池の売却と、データセンター向け光事業への集中投資 2025年 古河電工 光ファイバ・ケーブル事業を再編しLightera発足 2024年 古河電工 UACJ株式の一部を譲渡し持分法適用から除外 2018年 古河電工 東海理化子会社との製品リコール関連訴訟で特別損失計上開始 2013年 古河電工 古河スカイが住友軽金属工業を吸収合併しUACJに商号変更 2012年 古河電工 米国反トラスト法違反で152億円の罰課金を特別損失計上 2005年 古河電工 電力事業部門を持分法適用関連会社のビスキャスに営業譲渡 2003年 古河電工 OFSの業績悪化で1,140億円の最終赤字に転落 2001年 古河電工 米ルーセントの光ファイバ・ケーブル部門の買収と、世界シェア2位の取得 1995年 古河電工 古河潤之助が代表取締役社長に就任 1981年 古河電工 古河金属工業を吸収合併 1971年 古河電工 三重工場を新設 1961年 古河電工 千葉電線製造所を新設 1958年 古河電工 平塚電線製造所を新設 1923年 古河電工 ドイツ・シーメンスとの資本・技術提携による富士電機製造の設立 1920年 古河電工 古河鉱業から日光電気精銅所を取得し商号を古河電気工業に変更 1896年 古河電工 古河電工創業——足尾銅山の電気銅から横浜の電線工場へ
- ムニノバHD 2026年 ムニノバHD 純粋持株会社ムニノバホールディングスへの移行——44年続いた「アイフル」上場銘柄の終焉 2026年 ムニノバHD アイフル(8515)が東京証券取引所プライム市場で上場廃止 2024年 ムニノバHD 持分法適用非連結子会社であったFPCを子会社化 2016年 ムニノバHD ニュー・フロンティア・パートナーズがAGキャピタルに商号変更 2014年 ムニノバHD タイ王国に合弁会社AIRA & AIFUL Public Company Limitedを設立 2009年 ムニノバHD 事業再生ADRによる独立系存続——大手4社で唯一、会社更生も銀行傘下入りも避けた再建 2001年 ムニノバHD 更生会社ライフを子会社化 1999年 ムニノバHD 特定金融会社の登録(近畿財務局長第1号)を実施 1982年 ムニノバHD 丸高が大朝・山勝産業・丸東の3社を吸収合併し商号を「アイフル」へ変更 1978年 ムニノバHD 丸高を設立 1967年 ムニノバHD 福田吉孝が京都で個人経営の消費者金融業を創業
- アマダ 2025年 アマダ 超大型プレス機のエイチアンドエフと基板穴あけ加工機のビアメカニクスの連続取得 2020年 アマダ 子会社アマダを吸収合併しアマダに商号変更 2015年 アマダ 持株会社体制へ移行、アマダHDに商号変更 2013年 アマダ ミヤチテクノス(アマダウエルドテック)を株式公開買付けで子会社化 2010年 アマダ FY09、売上1,360億円・営業損失96億円 2009年 アマダ FY08、リーマン・ショックで売上約21%減 1990年 アマダ 加工機単体の販売からの離脱と、加工ソフトを組み込んだシステム販売への転換 1986年 アマダ プロメカム・シッソン・レーマン社を買収 1974年 アマダ 不振同業の連続買収と「再建屋企業」への道 1965年 アマダ 代理店経由の販売からの離脱と直接販売網の構築 1955年 アマダ 独自バンドソー(金属帯鋸盤・コンターマシン)1号機を開発 1948年 アマダ 天田製作所を設立
- 東洋水産 2025年 東洋水産 カリフォルニア新工場への能力投資——蓄積資金を北米即席麺の増産へ振り向ける転換 2009年 東洋水産 上場子会社フクシマフーズを株式交換により完全子会社化 1994年 東洋水産 北米即席麺市場の現地化戦略——米国第3工場(アーバイン)と「本国が知らぬ米国首位」 1989年 東洋水産 マルチャンバージニア,INC.を設立 1976年 東洋水産 豊醤油に資本参加 1961年 東洋水産 水産商社から即席麺への転身——「マルちゃん」で加工食品へ踏み出す(1961) 1960年 東洋水産 東京水産興業と合併 1956年 東洋水産 魚肉ハム・ソーセージの生産を開始 1955年 東洋水産 冷蔵庫事業に参入
- ブルーゾーンHD 2025年 ブルーゾーンHD ヤオコーによる純粋持株会社ブルーゾーンホールディングスの設立 2025年 ブルーゾーンHD 文化堂・クックマートを子会社化 2024年 ブルーゾーンHD せんどうの株式の一部を譲り受け子会社化(株式保有割合66%) 2021年 ブルーゾーンHD フーコットを100%子会社として設立 2017年 ブルーゾーンHD エイヴイ・エイヴイ開発の全株式取得で子会社化 2012年 ブルーゾーンHD マーケティング推進のためヤオコーカードを導入 2006年 ブルーゾーンHD 千葉物流センターを開設 1998年 ブルーゾーンHD ヤオコーの狭山店リニューアルと食生活提案型スーパーへの業態転換 1988年 ブルーゾーンHD 日本証券業協会の店頭登録銘柄として株式公開 1974年 ブルーゾーンHD 有限会社八百幸商店を株式会社に改組し株式会社ヤオコーを設立
- 住友不動産 2025年 住友不動産 アクティビスト・エリオットの株主提案と住友不動産の対応 2023年 住友不動産 「羽田エアポートガーデン」全面開業 2017年 住友不動産 住友不動産販売を完全子会社化 2014年 住友不動産 分譲マンション年間供給戸数日本一を達成 2008年 住友不動産 住友不動産ベルサール設立 1999年 住友不動産 国内初の商業用不動産公募証券化を実施 1996年 住友不動産 「新築そっくりさん」事業に参入 1995年 住友不動産 バブル不況からの再建——高島準司氏の現場再建と都心ビル路線の継続 1986年 住友不動産 住友不動産フィットネス設立 1975年 住友不動産 住友不動産販売を設立 1964年 住友不動産 初のマンション分譲 1963年 住友不動産 住友本社を吸収合併 1957年 住友不動産 住友不動産に商号変更 1949年 住友不動産 泉不動産として設立
- 象印マホービン 2025年 象印マホービン 買収防衛策の不継続と、自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2025年 象印マホービン 自己株式取得・増配による株主還元へ切り替え 2018年 象印マホービン 東京証券取引所市場第一部に指定 2014年 象印マホービン 販売会社Zojirushi SE Asia Corporation Ltd.を設立 2003年 象印マホービン 象印ファクトリー・ジャパンに生産移管 1995年 象印マホービン 製造会社新象製造廠有限公司を設立 1987年 象印マホービン 電気炊飯ジャーの低価格路線から高級品路線への転換と「サクセス90」の始動 1981年 象印マホービン ステンレス製マホービンを開発し販売を開始 1970年 象印マホービン 電子ジャーの開発・発売と、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年 象印マホービン 家庭用電気製品部門に参入 1967年 象印マホービン 製造会社和研プラスチックス〔現・象印ファクトリー・ジャパン〕を設立 1953年 象印マホービン 協和魔法瓶工業に商号変更 1948年 象印マホービン 協和製作所を設立
- 住友ゴム工業 2025年 住友ゴム工業 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアにおける四輪 DUNLOP 商標権の取得と、基幹ブランドの FALKEN からの入れ替え 2024年 住友ゴム工業 米国生産子会社の生産終了と解散の決定 2018年 住友ゴム工業 ダンロップスポーツの吸収合併によるスポーツ事業の統合 2015年 住友ゴム工業 グッドイヤーとの提携解消と北米子会社の完全子会社化 2013年 住友ゴム工業 南アフリカのアポロタイヤ子会社の買収 2003年 住友ゴム工業 オーツタイヤと日本ダンロップの吸収合併 2000年 住友ゴム工業 オーツタイヤの第三者割当増資の全額引受 1999年 住友ゴム工業 米国グッドイヤーとの世界的提携契約の締結 1995年 住友ゴム工業 阪神大震災による神戸工場の被災と閉鎖 1986年 住友ゴム工業 米国の自動車タイヤメーカーの買収 1985年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社保有株の買い取りと、欧州3社・米国ダンロップのタイヤ事業の取得 1985年 住友ゴム工業 英国・西独のダンロップ社タイヤ工場の買収 1975年 住友ゴム工業 東京・大阪・名古屋の3証券取引所第二部に上場 1963年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社から住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更 1963年 住友ゴム工業 住友ゴム工業に商号変更と日本ダンロップ護謨の設立 1961年 住友ゴム工業 日本長期信用銀行と資本提携 1949年 住友ゴム工業 日本ダンロップ護謨に商号を復帰 1917年 住友ゴム工業 ダンロップ護謨(極東)を設立
- 山九 2025年 山九 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏から中村公大氏への社長交代とCEO交代 2024年 山九 山陽工業の全株式を取得 2015年 山九 C.H. Robinson Worldwide Inc.と業務提携 2014年 山九 中国・青島捷順利達物流有限公司を設立 2007年 山九 山九プラント工業とサンキュウエンジニアリングが合併し山九プラントテクノとして発足 1990年 山九 岡﨑工業と合併 1986年 山九 親会社・中村汽船の倒産と35歳・中村公一氏の社長就任 1986年 山九 親会社の中村汽船が自己破産 1986年 山九 中村公一氏が社長に就任 1979年 山九 中国・宝山製鉄所向け製鉄プラント輸出業務を開始 1964年 山九 海外建設工事に参入 1959年 山九 社名を「山九運輸機工」へ改め機工・建設部門へ進出、東証二部・一部上場で資本市場からの調達手段を確保 1959年 山九 機工・建設部門に参入 1954年 山九 戦後日本企業初のユーゴスラビア向けプラント輸出を一貫作業で受注 1949年 山九 建設業を開始
- グンゼ 2025年 グンゼ 主力アパレルの構造改革と、コア事業の機能ソリューション・メディカルへの移行 2025年 グンゼ 津山グンゼを吸収合併しミシン糸の製造加工を統合 2023年 グンゼ メディカル事業の一部をグンゼメディカルへ承継 2019年 グンゼ メディカルユーアンドエイを子会社化 2017年 グンゼ グンゼメディカルジャパンを設立 2011年 グンゼ 深圳にメディカル材料の製造販売会社を設立 2007年 グンゼ 常熟に繊維資材の製造販売会社を設立 1990年 グンゼ タイに子会社を設立しインナーウエアの海外生産を開始 1989年 グンゼ 新大阪造機を吸収合併し印刷・食品機械事業に参入 1985年 グンゼ 塚口工場跡地に商業施設「つかしん」を開業 1971年 グンゼ 代理店制度から販売子会社23社体制への再編と、首都圏販売の3系列への集約 1968年 グンゼ 守山工場を新設しプラスチックフィルム事業を強化 1967年 グンゼ 商号をグンゼに変更 1958年 グンゼ 江南工場を新設し合繊紡績事業に参入 1954年 グンゼ 津山工場でミシン糸事業を開始 1946年 グンゼ 紡績業への不参入と、フルファッション技術を生かしたメリヤス業への転換 1943年 グンゼ 戦時体制で製糸17工場などを日本蚕糸製造に移管 1896年 グンゼ 生糸の製造販売を目的に綾部で郡是製絲を設立
- インフロニア・HD 2026年 インフロニア・HD 三井住友建設のTOBによる子会社化 2024年 インフロニア・HD 日本風力開発を完全子会社化 2021年 インフロニア・HD 共同株式移転によりインフロニア・HD設立、東京証券取引所一部に上場 2016年 インフロニア・HD 仙台国際空港の運営を開始(国管理空港初の民営化) 2016年 インフロニア・HD 愛知県有料道路8路線の運営権を取得 2013年 インフロニア・HD 太陽光発電事業に出資 2009年 インフロニア・HD 創業家以外から初の社長(小原好一)が就任 1989年 インフロニア・HD 前田製作所が株式を店頭公開 1972年 インフロニア・HD 東京証券取引所市場第一部に指定替え 1968年 インフロニア・HD 前田道路に商号変更 1959年 インフロニア・HD 仙台・東京・名古屋・大阪に支店を開設 1949年 インフロニア・HD 建設業法に基づく建設大臣登録を取得
- MCJ 2026年 MCJ ベインキャピタルと組んだ創業会長のMBOと非公開化 2022年 MCJ スタンダード市場へ移行 2018年 MCJ R-Logic International Pte Ltdの株式取得 2013年 MCJ エムヴィケーとユニティが合併しアユートに商号変更 2006年 MCJ ウェルコムとイーヤマ販売の株式取得 2006年 MCJ 会社分割による純粋持株会社へ移行 1998年 MCJ エムシージェイを設立
- ソニーFG 2026年 ソニーFG ソニー生命の巨額金銭不祥事と、隠蔽疑惑を抱えたグループの対応 2020年 ソニーFG ソニーがソニーフィナンシャルHDを完全子会社化 2018年 ソニーFG 投資子会社「ソニーフィナンシャルベンチャーズ」を設立 2014年 ソニーFG 会社分割により介護事業を統括する持株会社「ソニー・ライフケア」を設立 2004年 ソニーFG ソニーからの会社分割によりソニーフィナンシャルHDを設立 2001年 ソニーFG ソニーなどの出資によりソニー銀行を設立 1999年 ソニーFG ダイレクト型自動車保険の販売を開始 1987年 ソニーFG ソニーと米プルデンシャルが生命保険合弁契約の終了に合意 1981年 ソニーFG 「ライフプランナー」制度を発足 1979年 ソニーFG ソニーが米プルデンシャルとの合弁でソニー・プルーデンシャル生命保険を設立
- テクノプロ・HD 2025年 テクノプロ・HD ブラックストーンによる完全子会社化と東証プライム市場の上場廃止 2025年 テクノプロ・HD 12月9日にプライム市場を上場廃止 2021年 テクノプロ・HD インド本社のRobosoft Technologies Private Limitedを子会社化 2018年 テクノプロ・HD シンガポール本社のHelius Technologies Pte Ltdを子会社化 2014年 テクノプロ・HD シーテック、テクノプロ・エンジニアリング、CSI、ハイテックが合併 2006年 テクノプロ・HD グッドウィル・グループがクリスタルを子会社化 2000年 テクノプロ・HD 日設エンジニアリングが技術者派遣業務を開始 1998年 テクノプロ・HD ハイテックインターナショナルがインタープロジェクトに商号変更 1988年 テクノプロ・HD クリスタルの子会社としてハイテックを設立 1973年 テクノプロ・HD プラント設計等を事業目的として、日設エンジニアリング設立
- 東芝 2023年 東芝 日本産業パートナーズ連合による約2兆円の買収受け入れと株式の非公開化 2022年 東芝 東芝の会社分割案(2分割)と臨時株主総会での否決(2022年破談) 2021年 東芝 エフィッシモの株主提案による独立調査と、永山治取締役会議長の再任否決 2018年 東芝 稼ぎ頭の半導体メモリ事業の売却と東芝メモリ(現キオクシア)の分離 2017年 東芝 ウェスチングハウスが米連邦倒産法第11章の適用を申請 2015年 東芝 不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任 2008年 東芝 次世代DVD「HD DVD」からの撤退——自ら仕掛けた規格戦争の終息 2006年 東芝 米ウェスチングハウスを約54億ドルで買収し、世界一の原子力事業を築く 2001年 東芝 汎用DRAMからの撤退とNAND型フラッシュメモリへの集中 1996年 東芝 社内カンパニー制を導入 1991年 東芝 NAND型フラッシュメモリの量産を開始 1989年 東芝 ノートパソコン「ダイナブック」を発売 1989年 東芝 日本原子力事業を吸収合併 1977年 東芝 売上高が1兆609億円に到達 1969年 東芝 事業部内閣制に移行 1965年 東芝 土光敏夫氏が社長に就任 1950年 東芝 企業再建整備計画により第二会社14社を設立 1949年 東芝 石坂泰三氏が社長に就任 1939年 東芝 東京電気と合併し東京芝浦電気を設立
- 日立製作所 2022年 日立製作所 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2021年 日立製作所 米GlobalLogicの約1兆円買収 2020年 日立製作所 ABB社パワーグリッド事業の買収とHitachi Energyの発足 2019年 日立製作所 英国原発「ホライズンプロジェクト」の凍結と撤退 2019年 日立製作所 日立Astemoを発足・ホンダ系部品メーカー3社を統合 2015年 日立製作所 伊フィンメカニカの鉄道2社(アンサルドSTS・アンサルドブレダ)買収による欧州大陸進出 2012年 日立製作所 Western DigitalへHDD事業を売却 2009年 日立製作所 リーマンショック後の緊急再建と、総合電機路線の転換 2002年 日立製作所 IBMからHDD事業を買収 1999年 日立製作所 NECと合弁会社を設立(NEC日立メモリを合弁設立) 1989年 日立製作所 Hitachi Asiaを設立(アジア統括拠点) 1969年 日立製作所 システム開発を本格化 1956年 日立製作所 日立金属・日立電線を設立(子会社分離を開始) 1953年 日立製作所 GE・RCA・WEとの相次ぐ技術提携と国産技術主義の撤回 1950年 日立製作所 労働組合と対立・約8500名を削減 1937年 日立製作所 国産工業を吸収合併・国内工場を拡充 1910年 日立製作所 日立製作所創業——鉱山の修理工場から自前主義で興した国産電機メーカー
- みずほFG 2025年 みずほFG 経常収益9兆303億円・純利益8,854億円で過去最高 2023年 みずほFG 米グリーンヒル買収——M&A助言機能の「内製化」 2022年 みずほFG 楽天証券への出資と資本業務提携——対面のみずほ、ネットの楽天 2021年 みずほFG 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2019年 みずほFG 新勘定系システムMINORIへの全面刷新——4000億円台半ば・35万人月の勘定系統合 2017年 みずほFG 抜本的構造改革——約1.9万人・約100拠点削減による低収益体質へのメス 2013年 みずほFG One MIZUHO——みずほ銀行とみずほコーポレート銀行の合併と2行分立の解消 2011年 みずほFG みずほ第2次システム障害(東日本大震災義援金処理を契機) 2009年 みずほFG 純損失5,888億円を計上 2003年 みずほFG みずほフィナンシャルグループ発足 2000年 みずほFG 第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の経営統合とみずほ誕生(2000年成立)
- SBIHD 2023年 SBIHD SBI証券「ゼロ革命」による国内株式売買手数料の恒久無料化 2021年 SBIHD 新生銀行の買収と子会社化——実質敵対的TOBと、未返済の公的資金 2021年 SBIHD SBIホールディングスによる新生銀行への敵対的TOB(2021年成立) 2019年 SBIHD 「第4のメガバンク」構想と地方銀行連合の形成 2016年 SBIHD 暗号資産事業への参入と米リップルとの提携 2013年 SBIHD 現代スイス貯蓄銀行を子会社化 2007年 SBIHD 住信SBIネット銀行の設立とネット銀行への参入 2007年 SBIHD 私設取引所(PTS)事業への参入——株式夜間取引から大阪デジタルエクスチェンジへ 2006年 SBIHD イー・トレード集約によるネット証券首位の確立 1999年 SBIHD ソフトバンク・インベストメントを設立
- 三菱重工業 2023年 三菱重工業 国産ジェット旅客機スペースジェット(MSJ/旧MRJ)の開発中止 2022年 三菱重工業 防衛事業の急拡大——縮小産業を国策の成長事業へ 2020年 三菱重工業 三菱重工と日立の火力発電合弁「三菱日立パワーシステムズ」の解消(2020年) 2016年 三菱重工業 大型客船事業からの撤退——アイーダ社2隻で2408億円の損失 2015年 三菱重工業 Primetals Technologies, Limitedが営業開始 2012年 三菱重工業 日立との火力発電システム事業の統合と三菱日立パワーシステムズの設立 2006年 三菱重工業 ウェスチングハウス買収入札での敗退と、仏アレバとの中型炉共同開発合弁の設立 2000年 三菱重工業 最終赤字に転落 1995年 三菱重工業 三菱原子力工業を合併 1988年 三菱重工業 広島海洋機器工場を閉鎖 1970年 三菱重工業 自動車部門の分離独立と三菱自動車工業の設立 1964年 三菱重工業 財閥解体で分割された三社の再合併と三菱重工業の発足 1956年 三菱重工業 マンモスタンカー建造への着手と、超大型船に向けた設備の拡充 1953年 三菱重工業 戦闘機の生産再開を決定(国内ライセンス生産) 1950年 三菱重工業 財閥解体により3社に会社分割 1921年 三菱重工業 神戸造船所旧電気部を三菱電機として分離 1893年 三菱重工業 三菱を設立し造船事業を承継 1884年 三菱重工業 三菱重工業創業——岩崎弥太郎氏の長崎造船所借受に始まる重工業の系譜
- レゾナックHD 2025年 レゾナックHD 石油化学事業をクラサスケミカルへ承継 2023年 レゾナックHD 昭和電工と昭和電工マテリアルズの統合・レゾナック発足(2023年成立) 2020年 レゾナックHD 日立化成の約9600億円買収と「レゾナック」への業態転換 2020年 レゾナックHD 昭和電工による日立化成の買収とレゾナック誕生(2020年成立) 2017年 レゾナックHD SGLの黒鉛電極事業買収による世界トップ化「逆張り買収」の断行 2010年 レゾナックHD 昭和高分子を合併 2003年 レゾナックHD 三菱化学グループのハードディスク事業を買収 1995年 レゾナックHD 日本ポリオレフィン設立 1988年 レゾナックHD ザ・ビー・オー・シー・グループ社のエアコ・カーボン事業部黒鉛電極事業を買収 1986年 レゾナックHD 国内アルミ製錬事業を完全停止 1973年 レゾナックHD アルミ千葉増設を断念し大分2期計画に集中 1967年 レゾナックHD 新潟水俣病損害賠償訴訟提訴 1957年 レゾナックHD 昭和合成化学工業を合併 1939年 レゾナックHD 日本電気工業と昭和肥料が合併し昭和電工設立
- 三井住友FG 2025年 三井住友FG FY24経常利益1兆7195億円、純利益1兆1780億円 2022年 三井住友FG SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応 2021年 三井住友FG 米ジェフリーズとの戦略的資本・業務提携——海外投資銀行を自前でなく提携で補う 2021年 三井住友FG ベトナム・FE CreditとVPBankへの出資——消費者金融49%取得から地場大手銀行15%出資へ 2019年 三井住友FG 太田純氏が社長に就任 2013年 三井住友FG インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年 2011年 三井住友FG プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 2009年 三井住友FG 日興コーディアル証券の買収——金融危機のシティから証券リテールを取り込む 2006年 三井住友FG 発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済 2001年 三井住友FG さくら銀行と住友銀行の合併・三井住友銀行の発足(2001年成立)
- 森ビル 2025年 森ビル 麻布台ヒルズレジデンスBの竣工 2024年 森ビル 六本木五丁目西地区での7000億円規模の再開発着手と、住友不動産との共同事業化 2023年 森ビル 虎ノ門・麻布台地区の開発区域拡大と、麻布台ヒルズの開業 2023年 森ビル 虎ノ門ヒルズ森タワー周辺3街区の連続開発と、日比谷線新駅の再開発との一体整備 2014年 森ビル 立体道路制度による環状第二号線上空への超高層タワー建設と、虎ノ門ヒルズ 森タワーの竣工 2008年 森ビル 中国上海で上海環球金融中心が竣工 2006年 森ビル 同潤会青山アパート跡地に表参道ヒルズが竣工 2003年 森ビル 六本木ヒルズの竣工と、用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え 1996年 森ビル 中国大連で森茂大厦が竣工 1986年 森ビル アークヒルズへのサントリーホール・テレビ朝日の誘致と、住宅・ホテルを含む用途複合の採用 1986年 森ビル 単独ビルの建設から市街地再開発事業への転換と、アークヒルズの竣工 1978年 森ビル 商業施設ラフォーレ原宿の開業 1975年 森ビル 取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換 1966年 森ビル 虎ノ門10森ビル竣工にともない本社を移転 1959年 森ビル 森事務所の法人化による森ビルの設立と、虎ノ門への集中投資
- 伊藤忠商事 2020年 伊藤忠商事 ファミリーマートの完全子会社化TOBと、少数株主による公正価格の争い 2020年 伊藤忠商事 伊藤忠商事によるファミリーマートの完全子会社化(2020年成立) 2019年 伊藤忠商事 デサントへの同意なきTOB——国内で異例の敵対的買収の断行 2018年 伊藤忠商事 ユニー・ファミリーマートHDをTOBで取得し子会社化 2015年 伊藤忠商事 中国中信集団(CITIC)への6890億円出資と戦略的資本提携 2013年 伊藤忠商事 米ドール(Dole)の加工食品事業とアジア青果事業の買収 2010年 伊藤忠商事 「か・け・ふ」による経営改革と非資源No.1・商社三冠戦略 2000年 伊藤忠商事 特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期不良資産の清算 1999年 伊藤忠商事 伊藤忠テクノサイエンス(CTC)を東京証券取引所一部に上場 1985年 伊藤忠商事 東亜石油の株式売却・石油精製から撤退 1977年 伊藤忠商事 安宅産業の救済合併と「39年の恩」 1966年 伊藤忠商事 石油の開発から精製・販売までを一貫化する「和製メジャー」構想と東亜石油の系列化 1960年 伊藤忠商事 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から総合商社への転換 1960年 伊藤忠商事 非繊維部門の拡充による総合商社化を最重点に 1952年 伊藤忠商事 伊藤忠アメリカ会社を設立 1929年 伊藤忠商事 呉羽紡績の創立——繊維商社から工業(紡績)経営への進出 1920年 伊藤忠商事 大正9年恐慌からの再建と堅実経営への転換——重役総入替と若返り 1858年 伊藤忠商事 伊藤忠商事創業——15歳の近江商人が始めた麻布の持下り行商から戦後商社の再独立まで
- サイバーエージェント 2023年 サイバーエージェント サクセッションプランの公表と創業者からの世代交代 2022年 サイバーエージェント ABEMAによるサッカーW杯全64試合の無料生中継 2019年 サイバーエージェント 社長選任賛成率57.56%を機とするコーポレートガバナンス改革 2018年 サイバーエージェント FC町田ゼルビアの子会社化とスポーツ事業への参入 2015年 サイバーエージェント AbemaTVを設立 2014年 サイバーエージェント Ameba事業の構造改革を実施 2013年 サイバーエージェント サイバーエージェントFXの株式売却 2006年 サイバーエージェント エンジニア採用の本格化と技術の内製化 2004年 サイバーエージェント アメーバブログの立ち上げとメディア事業への参入 2003年 サイバーエージェント 「終身雇用」の方針と離職率低減への人事改革 1998年 サイバーエージェント サイバーエージェントを設立
- 光通信 2022年 光通信 上場子会社を完全子会社化してグループに取り込む資本政策 2022年 光通信 電力調達価格高騰で新電力が総崩れするなかでの電力事業の取得 2019年 光通信 本業のストック利益を上場株の長期保有へ回す「純投資」への傾斜 2019年 光通信 和田英明氏が代表取締役社長に就任、玉村剛史氏は取締役副会長へ 2015年 光通信 中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化 2013年 光通信 エフティグループを子会社化 2003年 光通信 社債償還危機下の有利子負債圧縮とOA機器販売への収益源転換 2001年 光通信 ネットバブル期の対外投資とクレイフィッシュをめぐる経営権争い 2000年 光通信 HITSHOP架空契約「寝かせ」の発覚と携帯電話小売からの撤退 1994年 光通信 携帯電話の売り切り制移行を機とした販売代理店事業への本格参入とコミッション収益モデルの確立 1988年 光通信 通信自由化を機とした光通信の創業と訪問販売モデルの設計
- 三陽商会 2021年 三陽商会 ポール・スチュアートの国内商標権を取得 2020年 三陽商会 規模追求から粗利率重視へ——大江伸治社長による2020年の再生 2020年 三陽商会 RMBキャピタルの委任状争奪戦を退け、自前の大江体制で防戦した2020年の攻防 2017年 三陽商会 バーバリー喪失後の構造改革——岩田功社長による脱百貨店への転換 2015年 三陽商会 バーバリー独占ライセンスの喪失と、自社企画ブランドへの売場転換 2012年 三陽商会 本社を移転 2008年 三陽商会 本社を移転 1999年 三陽商会 ニューヨークにサンヨーショウカイニューヨークを設立 1989年 三陽商会 青山ビルを新築 1977年 三陽商会 東京証券取引所一部に指定替え 1969年 三陽商会 総合アパレルメーカーへの転換を開始 1952年 三陽商会 東京営業所を開設し営業主体を移転 1949年 三陽商会 日本ゴム工業のレインコート一手発売元として特約 1945年 三陽商会 本店を中央区に移転、レインコート販売へ業態転換
- キリンHD 2024年 キリンHD ファンケルを株式公開買付け(TOB)で完全子会社化 2023年 キリンHD Blackmoresを完全子会社化 2020年 キリンHD 英運用会社IFPの事業売却・6,000億円自社株買い提案を退け、多角化路線を堅持 2019年 キリンHD ファンケルへ資本参加 2016年 キリンHD ブラジル事業の巨額減損と、ハイネケンへの売却による撤退 2011年 キリンHD ブラジル2位スキンカリオールの買収と、南米ビール市場への進出 2010年 キリンHD キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合(2010年破談) 2008年 キリンHD 豪州乳業首位・2位を相次ぎ買収し、乳製品市場を制した巨額M&A 2008年 キリンHD 協和発酵工業を買収・協和キリンの発足 2007年 キリンHD 持株会社制に移行・キリンHDに商号変更 1998年 キリンHD Lion Nathanへ資本参加 1990年 キリンHD ドライ戦争敗勢下の反攻——フルライン戦略の挫折と「一番搾り」の投入 1982年 キリンHD 抗体医薬に新規参入 1972年 キリンHD 麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化 1963年 キリンHD 子会社キリンビバレッジを設立 1957年 キリンHD ビール工場の新増設 1949年 キリンHD 東京証券取引所に株式上場
- ルネサスエレクトロニクス 2026年 ルネサスエレクトロニクス タイミング事業を米SiTimeに譲渡発表 2024年 ルネサスエレクトロニクス 米アルティウム買収による設計ソフトウェアへの越境と「脱・伝統的半導体メーカー」 2021年 ルネサスエレクトロニクス 英Dialog Semiconductor買収による車載依存からの脱却と3度目の巨額M&A 2018年 ルネサスエレクトロニクス 米IDT買収による車載・データセンター向けアナログ半導体の増強 2017年 ルネサスエレクトロニクス Intersilを子会社化 2012年 ルネサスエレクトロニクス 産業革新機構と主要顧客連合による1500億円出資の受け入れ 2012年 ルネサスエレクトロニクス KKRの買収案を拒否 2010年 ルネサスエレクトロニクス NECエレクトロニクスとルネサステクノロジの経営統合(2010年成立) 2002年 ルネサスエレクトロニクス NECエレクトロニクスを設立
- パソナG 2024年 パソナG パソナグループによるベネフィット・ワンの第一生命への売却 2020年 パソナG 本社主要機能の淡路島移転——東京一極集中に背を向けた地方分散 2017年 パソナG 「A Better Pasona」への応答——オアシスの経営改善要求と南部体制の維持 2016年 パソナG ニジゲンノモリを子会社として設立 2012年 パソナG ビーウィズを子会社化 2007年 パソナG 株式移転により持株会社パソナグループを設立 2001年 パソナG 「新旧分離」による本業回帰と株式上場 1993年 パソナG テンポラリーセンターの商号をパソナに変更 1976年 パソナG 家事代行から始めた事務派遣 ── テンポラリーセンターの創業
- 関西ペイント 2024年 関西ペイント 政策保有株の持ち合い解消と、シルチェスター登場下での株主還元シフト 2022年 関西ペイント アフリカ事業のアクゾ・ノーベルへの譲渡発表と撤回 2017年 関西ペイント Kansai Helios Group買収による欧州本格参入 2011年 関西ペイント Kansai Plascon Africa Ltd.の株式取得 2007年 関西ペイント Kansai Altan Boya Sanayi Ve Ticaret A.S.の株式取得 1999年 関西ペイント P.T.Kansai Paint Indonesiaを出資設立 1986年 関西ペイント インドKansai Nerolac子会社化と新興国軸への転換 1974年 関西ペイント カンペ商事の株式取得 1968年 関西ペイント Thai Kansai Paint Co.,Ltd.を出資設立 1950年 関西ペイント 本社事務所を開設 1949年 関西ペイント 大阪、東京の2証券取引所に上場
- 東京ガス 2024年 東京ガス エリオットの5%取得と不動産売却要求への対応 2023年 東京ガス 米国シェールガス開発・生産会社ロッククリフ・エナジーの全株式取得 2022年 東京ガス HD型グループ体制に移行 2016年 東京ガス 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2010年 東京ガス 岡本毅が代表取締役社長に就任 2009年 東京ガス ロシア(サハリン)よりLNG導入開始 1998年 東京ガス 扇島LNG基地操業開始 1989年 東京ガス オーストラリアよりLNG導入開始 1972年 東京ガス 供給熱量の11,000キロカロリーへの引き上げと、首都圏550万件のガス機器の自社調整 1969年 東京ガス アラスカ産LNGの15年長期契約と東京電力との共同調達、根岸基地の建設 1944年 東京ガス 関東瓦斯以下19社を合併吸収 1885年 東京ガス 東京府瓦斯局の払い下げ引き受けと東京瓦斯会社の創立
- デンカ 2025年 デンカ 社長交代(今井俊夫→石田郁雄) 2024年 デンカ 初の純損失計上 2022年 デンカ セメント事業からの撤退と、販売事業の太平洋セメントへの譲渡 2020年 デンカ デンカ生研の本体統合と新型コロナ検査キットの量産化 2015年 デンカ 三井物産との共同出資によるDuPontのクロロプレンゴム事業の譲受と、米国DPEの設立 2011年 デンカ 社長交代(川端世輝→吉髙紳介) 2008年 デンカ デンカ生研を株式交換により完全子会社化 1999年 デンカ ポリスチレン事業を新日鐵化学・ダイセル化学と事業統合 1996年 デンカ 塩化ビニール事業を東ソー・三井東圧化学と事業統合 1989年 デンカ デンカアドバンテック設立 1979年 デンカ 東芝化学工業の株式を東芝より譲受 1962年 デンカ 国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加 1962年 デンカ デンカ石油化学工業設立 1953年 デンカ 電化セメント設立 1942年 デンカ 大牟田工場でアセチレンブラック製造開始
- サンゲツ 2024年 サンゲツ 三菱商事出身・近藤康正への社長交代 ── 経営の外部開放 2024年 サンゲツ シンガポールD'Perception Pte Ltdの株式取得 2020年 サンゲツ 長期ビジョン「DESIGN 2030」── スペースクリエーション企業への転換宣言 2017年 サンゲツ シンガポールGoodrich Global Holdings Pte. Ltd.の株式取得 2016年 サンゲツ 米壁装材大手Korosealの買収による海外進出と専業卸からの脱却 2008年 サンゲツ 山田照明の株式取得 1996年 サンゲツ Sangetsu America,Inc.を設立 1988年 サンゲツ カーペットタイルの販売を開始 1979年 サンゲツ クッションフロアの販売を開始 1960年 サンゲツ 壁紙販売部を開設 1953年 サンゲツ 表具師の家業から壁紙卸専業への業態転換
- キオクシアHD 2024年 キオクシアHD 二度の延期を経て実現した、東証プライムへの4年越しの新規株式公開 2023年 キオクシアHD ウエスタンデジタルとの経営統合交渉と、その破談 2018年 キオクシアHD 東芝メモリの分社とベインキャピタル連合による取得、そしてキオクシアの誕生 2018年 キオクシアHD Pangeaが旧東芝メモリを吸収合併し東芝メモリに商号変更 2017年 キオクシアHD 東芝からメモリ事業(SSDを含む)を会社分割により承継 2011年 キオクシアHD 東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を設置 2007年 キオクシアHD 3次元フラッシュメモリ技術を開発 2001年 キオクシアHD 汎用DRAM事業からの撤退を決定 1992年 キオクシアHD 四日市工場(三重県)を設立 1987年 キオクシアHD 東芝が世界初のNAND型フラッシュメモリを発明
- みずほリース 2024年 みずほリース 丸紅への第三者割当増資による20%出資の受け入れと丸紅の持分法適用関連会社化 2020年 みずほリース 丸紅との共同買収による米Aircastleの議決権25%取得 2019年 みずほリース みずほ銀行との資本業務提携によるみずほFG持分法適用関連会社化と商号変更 2016年 みずほリース バミューダに米 Aircastle Limited との合弁で IBJ Air Leasing Limited を設立 2012年 みずほリース 東芝ファイナンスの法人向け金融サービス事業を承継しティーファスを設立 2002年 みずほリース セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースと合併 1999年 みずほリース 日産リースの株式を取得 1987年 みずほリース IBJ Leasing (UK) Ltd. を設立 1969年 みずほリース パシフィック・リースを設立
- 円谷フィールズHD 2024年 円谷フィールズHD ソフィアの子会社化によるエース電研の取り込み 2022年 円谷フィールズHD 持株会社体制への移行と円谷フィールズホールディングスへの商号変更 2022年 円谷フィールズHD 遊技機事業を新設分割によりフィールズへ承継 2015年 円谷フィールズHD アリストクラートテクノロジーズを子会社化 2010年 円谷フィールズHD フィールズによる円谷プロダクションの子会社化 2010年 円谷フィールズHD デジタル・フロンティアを子会社化 2001年 円谷フィールズHD 新設分割により東洋商事に製鉄原料部門等を移管 1999年 円谷フィールズHD ISO9002取得(販売部門)(2002年12月にISO9001に移行) 1988年 円谷フィールズHD 東洋商事を設立
- IHI 2025年 IHI 業績好転の見込み 2024年 IHI 航空エンジンへの集中とGTF応分負担による過去最大赤字 2024年 IHI IHI原動機の燃費データ改ざんと「技術を欺いた」不正の露見 2023年 IHI IHI原動機の大型エンジン事業を三井E&Sへ譲渡 2019年 IHI プラント事業をIHIプラントに承継 2013年 IHI ジャパンマリンユナイテッド発足 2007年 IHI 有価証券報告書等の虚偽記載と当時最大の課徴金 2002年 IHI 造船事業の分社化とIHIマリンユナイテッドの発足 2000年 IHI 日産自動車からの宇宙航空事業取得と航空・宇宙への転換 1998年 IHI 航空分野に積極投資 1987年 IHI 造船不況下の「2.5次産業型企業」への変身 1979年 IHI 希望退職者を大量募集 1964年 IHI 名古屋造船・名古屋重工業を合併 1962年 IHI 石川島芝浦精機・芝浦ミシンを合併 1960年 IHI 播磨造船所との合併による石川島播磨重工業の発足 1957年 IHI 田無工場を新設・ジェットエンジン製造を開始 1893年 IHI 東京石川島造船所に商号変更 1889年 IHI 有限責任石川島造船所を設立
- DCMHD 2024年 DCMHD 持分法適用関連会社ケーヨーの完全子会社化と、DCM株式会社への吸収合併 2021年 DCMHD ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるDCM株式会社の発足と、店名の「DCM」への統一 2020年 DCMHD 島忠に1株4,200円の株式公開買付けを発表 2017年 DCMHD ケーヨーと資本業務提携 2011年 DCMHD ホーマックがダイレックスの株式を日立物流へ譲渡 2006年 DCMHD カーマ・ダイキ・ホーマック3社の共同株式移転によるDCM Japanホールディングスの設立 1995年 DCMHD 石黒ホーマがホーマックに商号変更 1987年 DCMHD 住まいと暮らしを提案するホームアメニティセンターへ転換 1983年 DCMHD 石黒商店によるIBMシステム38の導入と物流センターの設立 1983年 DCMHD 10店舗・年商100億円を達成しながら減益に転落 1976年 DCMHD 金物の卸・小売からホームセンター事業へ転換 1973年 DCMHD カーマによる176店舗のドラッグストアチェーン構想の撤回と、ホームセンターへの業態転換 1973年 DCMHD ホームセンター1号店を出店 1962年 DCMHD 大亀商事を株式会社に改組 1958年 DCMHD 大亀孝裕が松山市にタイルと衛生陶器を扱う大亀商事を開店 1947年 DCMHD 鏡味順一郎氏が名古屋市でかがみ薬局を創業
- 三井不動産 2025年 三井不動産 通期売上高2兆6,254億円、純利益2,488億円 2024年 三井不動産 エリオットの資本効率要求と三井不動産の資産リサイクル・株主還元強化 2020年 三井不動産 東京ドームの買収——読売新聞グループと組んだTOBによる完全子会社化 2018年 三井不動産 三井ホームを株式公開買付で完全子会社化 2014年 三井不動産 柏の葉スマートシティ「ゲートスクエア」営業開始 2004年 三井不動産 「持たない経営」への転換——不動産を所有せずに稼ぐモデルへ 2002年 三井不動産 三井不動産建設の全株式を売却 1990年 三井不動産 MITSUI FUDOSAN (U.K.) LTD.を設立 1981年 三井不動産 SC事業第1号「ららぽーと船橋」を開業 1980年 三井不動産 共同事業「レッツ」——土地を持たずに開発機会を取り込む仕組み 1974年 三井不動産 「住宅商社」化と機能別分社——脱土地経営への転換 1968年 三井不動産 わが国初の超高層ビル「霞が関ビルディング」(36階)が竣工 1961年 三井不動産 住宅・宅地造成事業に参入 1957年 三井不動産 埋立事業に参入 1956年 三井不動産 三井本社を吸収合併 1949年 三井不動産 東京証券取引所に株式上場
- ドリームインキュベータ 2024年 ドリームインキュベータ 山口フィナンシャルグループと資本業務提携 2023年 ドリームインキュベータ アイペットホールディングス全株式の第一生命ホールディングスへの譲渡と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2020年 ドリームインキュベータ 創業者と2代目社長の同時退任、原田・三宅・細野の3代表制への移行 2018年 ドリームインキュベータ アイペット損害保険が東京証券取引所マザーズに上場 2011年 ドリームインキュベータ アイペットの株式82.11%を取得して連結子会社化 2009年 ドリームインキュベータ 投資規律の厳格化と、ファンド組成による株式市況に依存しない収益構造への転換 2006年 ドリームインキュベータ 創業者の堀紘一が代表取締役会長に退き、山川隆義が代表取締役社長に就任 2000年 ドリームインキュベータ インキュベーション事業を目的として東京都港区に設立
- 三井海洋開発 2025年 三井海洋開発 MODEC INTERNATIONALとSOFECの合併を発表 2024年 三井海洋開発 商船三井の追加取得により同社が筆頭主要株主に 2023年 三井海洋開発 商船三井を14.86%の株主に迎えたオフショア事業の業務提携 2021年 三井海洋開発 発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配 2019年 三井海洋開発 MITSUI OCEAN DEVELOPMENT MEXICOをメキシコに設立 2012年 三井海洋開発 本社を移転 2006年 三井海洋開発 借りていた係留技術を買う——米SOFEC社の全株式取得 1999年 三井海洋開発 FMC CORPORATIONとの合弁で米国にMODEC INTERNATIONAL LLCを設立 1991年 三井海洋開発 三井物産保有の株式が全株譲渡され三井造船の子会社化 1989年 三井海洋開発 北米事業拠点としてMODEC(U.S.A.)を米国に設立
- 西日本旅客鉄道 2022年 西日本旅客鉄道 輸送密度2,000人未満の赤字ローカル線30区間の収支を初公表し、地域との存廃協議を提起 2021年 西日本旅客鉄道 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2018年 西日本旅客鉄道 三江線を廃止 2005年 西日本旅客鉄道 福知山線脱線事故を受けた安全マネジメント改革と、利益優先体質から安全最優先への転換 2004年 西日本旅客鉄道 完全民営化を達成 1995年 西日本旅客鉄道 阪神・淡路大震災で鉄道網が被災 1991年 西日本旅客鉄道 山陽新幹線鉄道施設を保有機構から譲受け 1988年 西日本旅客鉄道 自動車事業を西日本ジェイアールバスなどに譲渡 1987年 西日本旅客鉄道 国鉄分割民営化によりJR西日本を設立 1975年 西日本旅客鉄道 山陽新幹線(岡山〜博多間)開業・全線開通 1949年 西日本旅客鉄道 日本国有鉄道が公共企業体として設立
- 三菱電機 2025年 三菱電機 ネクストステージ支援制度で2,378人が応募 2024年 三菱電機 自動車機器事業の会社分割による分社化と三菱電機モビリティの設立、鴻海精密工業への出資受け入れの検討 2021年 三菱電機 鉄道車両用空調の架空検査発覚と、杉山武史社長の引責辞任・漆間啓体制での品質風土改革 2021年 三菱電機 鉄道車両向け空調機器等の品質不正が発覚 2017年 三菱電機 杉山武史が執行役社長に就任 2010年 三菱電機 ルネサス テクノロジがNECエレクトロニクスと合併しルネサス エレクトロニクスが発足 2003年 三菱電機 日立製作所とシステムLSI合弁のルネサス テクノロジを設立 2003年 三菱電機 東芝三菱電機産業システムを設立 1998年 三菱電機 汎用DRAM事業からの撤退と、システムLSI・パワー半導体への「選択の時代」 1995年 三菱電機 赤井電機の経営権をセミ=テックグループに譲渡 1994年 三菱電機 「万年3位」からの脱却を掲げた北岡改革と、半導体投資の誤算による引責辞任 1989年 三菱電機 大船製作所を廃止 1977年 三菱電機 生産志向型の事業部編成の見直しと、営業本部・4事業本部制への移行 1964年 三菱電機 稲沢製作所を新設 1959年 三菱電機 半導体量産専門工場・北伊丹工場の新設と、西条・高知への量産設備の拡大 1951年 三菱電機 米ウエスチングハウスとの技術・資本提携の復活と、「三菱」商号の存続 1949年 三菱電機 東京証券取引所に株式を上場
- JSR 2024年 JSR 東京証券取引所プライム市場において上場廃止 2023年 JSR 産業革新投資機構によるTOBの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止 2021年 JSR エラストマー事業のENEOSへの譲渡と、半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2018年 JSR テクノポリマーとユーエムジー・エービーエスの統合によりテクノUMGを設立 2015年 JSR 産業革新機構・シミックHDと共同でKBI Biopharmaを子会社化 2011年 JSR Bangkok Synthetics と共同でJSR BST Elastomer を設立 2009年 JSR テクノポリマーを完全子会社化 1996年 JSR ABS樹脂事業を営業譲渡 1993年 JSR 合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資 1993年 JSR 光・電子材料への集中投資に転換 1989年 JSR 筑波研究所が竣工 1979年 JSR 半導体材料事業に参入 1969年 JSR 純民間会社に移行 1957年 JSR 合成ゴム製造事業特別措置法に基づき日本合成ゴムを設立
- 江崎グリコ 2024年 江崎グリコ ダルトンの株主提案を全面拒否し、安定株主の一部が離れた第119回総会 2024年 江崎グリコ 342億円を投じた基幹システムの全面移行と、7カ月に及んだチルド商品の出荷停止 2020年 江崎グリコ 連結製造子会社14社の事業をグリコマニュファクチュアリングジャパンが承継 2015年 江崎グリコ グリコ乳業を吸収合併 2013年 江崎グリコ WINGSグループと合弁会社PT.Glico-Wingsを設立 2006年 江崎グリコ 上海江崎格力高南奉食品有限公司(現・江崎格力高南奉食品(上海)有限公司)を設立 1999年 江崎グリコ 江崎格力高食品(上海)有限公司を設立 1986年 江崎グリコ グリコ商事設立。(1996年11月江栄商事に商号変更、不動産の管理他) 1979年 江崎グリコ 三重グリコ設立 1966年 江崎グリコ 乳業子会社7社を合併しグリコ協同乳業が発足 1965年 江崎グリコ 末端出荷主義への転換と菓子30品種への絞り込みによる減量経営 1960年 江崎グリコ 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ広げた総合食品化 1958年 江崎グリコ チョコレートの製造販売を開始 1957年 江崎グリコ アイスクリームの製造販売を開始 1921年 江崎グリコ グリコーゲンを成分とする栄養菓子グリコの製造販売を開始
- LINEヤフー 2023年 LINEヤフー Zホールディングス・ヤフー・LINEのグループ再編とLINEヤフー発足(2023年成立) 2022年 LINEヤフー 業績不振による経営体制の変更 2022年 LINEヤフー PayPayを子会社化 2019年 LINEヤフー ヤフーのZホールディングス改称とLINEとの経営統合 2019年 LINEヤフー ヤフー(Zホールディングス)によるZOZO買収と親子上場 2015年 LINEヤフー ヤフーによるアスクル連結子会社化と親子上場ガバナンス 2013年 LINEヤフー ヤフーの「eコマース革命」——出店料無料化による収益構造転換 2012年 LINEヤフー ヤフーの「爆速経営」への転換と宮坂体制の発足 2010年 LINEヤフー 検索エンジンをGoogleに変更 2001年 LINEヤフー ヤフーのYahoo! BB参入とモデム販売収入への傾斜 1999年 LINEヤフー ヤフーのYahoo!ショッピング・Yahoo!オークション同時展開と分かれたECの明暗
- ANAHD 2021年 ANAHD コロナ禍で過去最大の営業赤字 2020年 ANAHD コロナ禍での過去最大級の公募増資と事業構造改革による自力再建 2017年 ANAHD 独立系LCCピーチ・アビエーションの304億円での子会社化 2015年 ANAHD 経営破綻したスカイマークの再建スポンサー就任と、デルタ航空との争奪戦 2013年 ANAHD 持株会社ANAホールディングスへの移行とマルチブランド体制の構築 2011年 ANAHD 格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築 2010年 ANAHD JAL破綻を機とした国際線拡大と「内需依存」からの転換 2009年 ANAHD 初の純損失を計上 1999年 ANAHD 世界最大の航空連合スターアライアンスへの加盟と「選択と集中」による経営再建 1986年 ANAHD 国際定期便の運航を開始(東京-グアム) 1978年 ANAHD 日本貨物航空を設立、ボーイング747型機を導入 1969年 ANAHD ボーイング737型機を導入 1958年 ANAHD 極東航空と合併 1952年 ANAHD 日本ヘリコプター輸送を設立
- ロート製薬 2024年 ロート製薬 シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサンの取得と、三井物産との共同出資 2021年 ロート製薬 天藤製薬を子会社化 2020年 ロート製薬 日本点眼薬研究所を子会社化 2019年 ロート製薬 吉野俊昭社長の急逝と、初の社外出身社長・杉本雅史の招聘 2016年 ロート製薬 「社外チャレンジワーク」による副業解禁と自律的な人材への転換 2013年 ロート製薬 再生医療への参入と他家脂肪由来幹細胞製剤ADR-001の開発 2013年 ロート製薬 他家脂肪由来間葉系幹細胞を用いる再生医療に参入 2001年 ロート製薬 スキンケアへの本格投資——製薬会社が化粧品で「肌ラボ」を生む 1999年 ロート製薬 山田安邦氏が会長、山田邦雄氏が社長に就任 1988年 ロート製薬 米メンソレータム社の買収——借りていたブランドを源流ごと所有する 1983年 ロート製薬 胃腸薬で国内シェア首位陥落 1975年 ロート製薬 倒産した近江兄弟社からの「メンソレータム」商標の取得 1975年 ロート製薬 化粧品事業に参入 1964年 ロート製薬 東京証券取引所・大阪証券取引所の第1部に指定 1959年 ロート製薬 本社工場を新設 1909年 ロート製薬 点眼薬「ロート目薬」を発売
- 第一ライフG 2025年 第一ライフG 経常収益9.87兆円、経常利益7,191億円、純利益4,296億円 2024年 第一ライフG エムスリーの先行TOBに対抗し、福利厚生最大手を買収する 2016年 第一ライフG 保険本業を事業子会社に移し、持株会社でグループを束ねる 2015年 第一ライフG 上場で得た資本力で、米プロテクティブ生命を完全子会社化する 2011年 第一ライフG TAL Groupを完全子会社化 2010年 第一ライフG 108年続いた相互会社を解いて株式会社へ、東証一部に上場する 2007年 第一ライフG ベトナムBao Minh CMG Lifeを買収、Dai-ichi Life Vietnamとして子会社化 2006年 第一ライフG 第一フロンティア生命保険を設立 1991年 第一ライフG 総資産20兆円突破 1988年 第一ライフG ライフデザイン研究所を設立 1975年 第一ライフG 全国支社オンラインシステム稼働 1963年 第一ライフG 企業年金保険・終身年金保険を発売 1959年 第一ライフG 心臓血管研究所を設立 1945年 第一ライフG 本社社屋がGHQ連合国軍総司令部庁舎として接収
- 三菱自動車 2023年 三菱自動車 車両生産事業から撤退 2021年 三菱自動車 最終赤字に転落 2020年 三菱自動車 全方位の拡大から東南アジア集中へ——欧州縮小・パジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革 2016年 三菱自動車 燃費データ不正の発覚と日産傘下入り 2015年 三菱自動車 米国生産からの撤退とイリノイ工場の生産終了 2012年 三菱自動車 三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立 2004年 三菱自動車 ダイムラー撤退後の三菱グループ主導による自主再建 2002年 三菱自動車 ダイムラー主導のターンアラウンド——エクロートによる聖域なき構造改革 2000年 三菱自動車 ダイムラークライスラーとの資本提携 1999年 三菱自動車 ボルボと資本提携・協業推進の基本合意 1997年 三菱自動車 総会屋利益供与事件と中村院政の終焉 1994年 三菱自動車 米国法人でセクハラ民事訴訟 1985年 三菱自動車 クライスラーと合弁基本契約を解消 1970年 三菱自動車 三菱自動車工業の設立とクライスラーとの資本提携 1970年 三菱自動車 三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始
- シャープ 2024年 シャープ 大型液晶パネルからの撤退——堺SDPの生産停止と亀山工場の清算 2024年 シャープ 希望退職者の募集 2020年 シャープ NECディスプレイソリューションズを子会社化 2016年 シャープ 鴻海傘下での再建——戴正呉氏によるコスト構造と意思決定の作り直し 2016年 シャープ シャープ再建をめぐる産業革新機構の提案と鴻海による買収(2016年・官民ファンド案は破談) 2013年 シャープ 過去最大の最終赤字転落 2009年 シャープ 堺・世界初の第10世代液晶パネル工場への集中投資 2004年 シャープ 液晶一貫生産「亀山モデル」への集中投資 1998年 シャープ 町田勝彦氏が社長就任・液晶テレビ宣言 1984年 シャープ 福山工場を新設 1973年 シャープ 電卓の価格競争から降り、半導体と液晶という独自デバイスに賭けた転進 1964年 シャープ 電子機卓上計算機CS-10Aを開発 1954年 シャープ 総合家電メーカーを志向 1953年 シャープ RCAと業務提携・白黒テレビの生産開始 1924年 シャープ 機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、大阪でのラジオ転身 1912年 シャープ シャープ創業——金属繰出鉛筆から関東大震災を経て大阪のラジオメーカーへ
- ソシオネクスト 2025年 ソシオネクスト 売上高・営業利益とも減少 2022年 ソシオネクスト 東京証券取引所プライム市場への上場と、富士通・パナソニック・日本政策投資銀行からの資本独立 2018年 ソシオネクスト 汎用ASSPからカスタムSoC専業への転換と「ソリューションSoC」ビジネスモデルへの絞り込み 2015年 ソシオネクスト 富士通セミコンダクターとパナソニックのSoC事業の会社分割による統合とソシオネクストの発足 2014年 ソシオネクスト ソシオネクスト設立(準備会社として設立)
- ビジョナル 2021年 ビジョナル 持株会社ビジョナルの設立と東証マザーズへの上場 2020年 ビジョナル ビジョナルを設立 2016年 ビジョナル HRMOSの投入とSaaS群・隣接市場への多角化による成功報酬型からの収益源分散 2015年 ビジョナル EC「LUXA」の分社と、株式会社ルクサのKDDIへの売却 2014年 ビジョナル “挑戦する20代の転職サイト”『キャリアトレック(キャリトレ)』を開始 2007年 ビジョナル ビズリーチ[資本金7百万円]を設立
- メルカリ 2024年 メルカリ 米国事業の大規模リストラと成長戦略の国内回帰 2022年 メルカリ 「メルカード」の提供を開始 2020年 メルカリ NTTドコモとの業務提携を開始 2017年 メルカリ メルペイ設立とスマホ決済参入による「メルカリ経済圏」の構築 2014年 メルカリ 14.5億円調達とテレビCMによるマス広告先行投資 2014年 メルカリ 米国事業(Mercari US)への継続投資と累計約181億円の評価損 2013年 メルカリ スマホ前提のCtoCを「即決価格」で再定義したメルカリの創業
- 武田薬品工業 2026年 武田薬品工業 純損失1524億円を計上 2025年 武田薬品工業 武田テバファーマの株式をTevaに譲渡 2024年 武田薬品工業 年間1400億円をかけた構造改革を発表 2020年 武田薬品工業 大衆薬事業のブラックストーンへの売却 2020年 武田薬品工業 連結売上収益が3兆2912億円に増加 2019年 武田薬品工業 自前創薬の限界を越えるための約6兆8000億円のシャイアー買収 2017年 武田薬品工業 公開買付けによりアリアド・ファーマシューティカルズを子会社化 2017年 武田薬品工業 和光純薬工業の株式を富士フイルムに譲渡 2014年 武田薬品工業 外国人CEOクリストフ・ウェバー氏の招聘とグローバル経営体制への転換 2014年 武田薬品工業 クリストフ・ウェバー氏が社長に就任 2011年 武田薬品工業 ナイコメッドの約1.1兆円買収による欧州・新興国販売網の一括取得 2008年 武田薬品工業 北米処方薬事業の本格化——TAP合弁の解消とミレニアム買収 2008年 武田薬品工業 TAPファーマシューティカルズを完全子会社化 2003年 武田薬品工業 非医薬事業を切り、医療用医薬品に絞った武田國男氏の選択と集中 1999年 武田薬品工業 糖尿病治療薬「アクトス」を発売 1998年 武田薬品工業 武田ファーマシューティカルズ・アメリカを設立 1985年 武田薬品工業 アボット・ラボラトリーズとの合弁でTAPファーマシューティカルズを設立 1985年 武田薬品工業 前立腺がん治療薬「リュープロン」を発売 1977年 武田薬品工業 スモン訴訟填補引当金の計上を開始 1970年 武田薬品工業 行政の指示によりキノホルム製剤が販売中止 1968年 武田薬品工業 年間売上高が1200億円に到達 1959年 武田薬品工業 キノホルム製剤の販売を開始 1954年 武田薬品工業 大衆薬「アリナミン」を発売 1943年 武田薬品工業 武田薬品工業に商号変更 1938年 武田薬品工業 ビタミンB1の合成に成功 1781年 武田薬品工業 武田薬品工業創業——道修町の薬種仲買から自社製造の製薬企業へ
- オリンパス 2024年 オリンパス 整形外科事業をポラリス・キャピタルに譲渡 2023年 オリンパス 完全子会社エビデントを売却・顕微鏡領域から撤退 2020年 オリンパス 祖業カメラからの撤退——映像事業の日本産業パートナーズへの譲渡 2019年 オリンパス バリューアクト受け入れとメドテック企業への転換 2012年 オリンパス ソニーとの資本業務提携と医療合弁の設立 2012年 オリンパス 情報通信事業を売却 2011年 オリンパス 損失飛ばしの粉飾決算とウッドフォード社長解任(オリンパス事件) 2008年 オリンパス Gyrus Group PLCを買収 2005年 オリンパス デジタルカメラ事業の構造改革による黒字転換 1993年 オリンパス 日の出工場を新設 1987年 オリンパス 金融資産運用を積極化 1972年 オリンパス 小型一眼レフカメラ「OM-1」を発売 1969年 オリンパス 第三事業部の新設による内視鏡事業の本格化 1950年 オリンパス 胃カメラを開発。医療機器に参入 1923年 オリンパス 財務状況が悪化。体温計事業を仁丹テルモに譲渡
- 電通G 2024年 電通G 海外事業(電通インターナショナル)の巨額減損とM&A路線の転換 2020年 電通G 純粋持株会社体制へ移行、電通グループに商号変更 2019年 電通G 海外事業を中心にのれん減損、初の営業赤字 2016年 電通G 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 2016年 電通G Merkle Group Inc.を買収 2012年 電通G 英イージス・グループの約4,000億円買収——日本の広告会社で過去最大の海外M&A 2001年 電通G 創業100年を経た東証一部上場——資金需要なき「広告の巨人」の株式公開 2000年 電通G 米SIPS最大手マーチファーストとの合弁による、ネット時代のコンサルティング事業への進出 1998年 電通G 「岐路に立つ広告の王者」——3つの大波を前にした組織改革と上場・海外への布石 1975年 電通G 電通国際情報サービス(ISID)を設立 1967年 電通G 本店を中央区築地に移転 1955年 電通G 商号を電通に変更 1936年 電通G 通信部を同盟通信社へ移管、聯合通信社広告部を吸収 1907年 電通G 日本広告を合併し通信・広告を一体化
- あおぞら銀行 2025年 あおぞら銀行 新中期経営計画(2025-2027年度)発表 2024年 あおぞら銀行 大和証券グループ本社を引受先とする519億円の第三者割当増資と資本業務提携 2024年 あおぞら銀行 15年ぶりの大幅赤字を計上 2018年 あおぞら銀行 GMOあおぞらネット銀行がインターネット銀行事業を開始 2015年 あおぞら銀行 資本再構成プランによる公的資金の分割返済と、2015年の前倒し一括完済 2015年 あおぞら銀行 公的資金を完済 2010年 あおぞら銀行 新生銀行とあおぞら銀行の合併構想と破談(2010年) 2009年 あおぞら銀行 大幅純損失を計上 2003年 あおぞら銀行 ソフトバンク保有株の売却による米サーベラスの筆頭株主化と、普通銀行への転換・再上場 2000年 あおぞら銀行 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 1999年 あおぞら銀行 日債銀債権回収がサービサー営業開始 1977年 あおぞら銀行 行名を日本債券信用銀行に変更 1964年 あおぞら銀行 外国為替業務を開始 1957年 あおぞら銀行 日本不動産銀行として設立
- SGHD 2025年 SGHD Morrison Express Worldwide Corporationを買収 2024年 SGHD 丸和運輸機関との競合TOBを制したC&Fロジホールディングスの買収 2017年 SGHD 創業60周年に果たした東証一部上場——2017年最大規模のIPO 2016年 SGHD 日立物流と資本業務提携契約を締結 2014年 SGHD スリランカのEXPOLANKA HOLDINGS PLCを買収 2013年 SGHD アマゾンジャパンとの宅配取引縮小と配送単価維持戦略 2006年 SGHD 純粋持株会社体制へ移行しSGHDを設立 2000年 SGHD 創業者派閥のクーデター未遂と栗和田榮一氏による経営権掌握 2000年 SGHD 同日中に栗和田榮一氏の社長再任を可決 1992年 SGHD 東京佐川急便事件と創業者・佐川清氏の退場 1992年 SGHD 渡辺広康元社長らを特別背任容疑で摘発 1988年 SGHD 翼運輸を子会社化 1975年 SGHD 京都自動車興業を設立 1965年 SGHD 佐川急便を設立
- ネクステージ 2025年 ネクステージ ONEモトーレンを設立し子会社化 2023年 ネクステージ ネクステージの営業インセンティブ全廃と創業者社長の復帰 2023年 ネクステージ 営業インセンティブを全廃 2016年 ネクステージ 初の輸入車正規ディーラーとしてボルボ・カー香里園をオープン 2015年 ネクステージ 大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大 2015年 ネクステージ アウトドア体験型店舗SUV LANDをオープン 2014年 ネクステージ 東証マザーズ上場と、異例の速さの東証一部昇格 2011年 ネクステージ 無店舗型の自動車出張買取事業に参入 2008年 ネクステージ 中古車輸出事業に参入 2005年 ネクステージ ネクステージのクロスセル導入と生涯顧客モデルへの転換 2002年 ネクステージ ネクステージを設立しスバル車販売に参入 1998年 ネクステージ オートステージヒロタを設立
- 住友商事 2025年 住友商事 エア・リース・コーポレーションの共同買収に参画 2025年 住友商事 SCSKの完全子会社化を決定 2024年 住友商事 エリオットの株式取得と中期経営計画2026での株主還元強化 2021年 住友商事 5大商社で唯一の最終赤字に転落 2020年 住友商事 バークシャー・ハサウェイが5%超の株式取得を公表 2015年 住友商事 リスク回避路線の転換と資源投資の膨張——2005年アンバトビー参画から2015年3月期の3,103億円減損まで 2011年 住友商事 住商情報システムとCSKが統合しSCSKが発足 2010年 住友商事 ジュピターテレコム(J:COM)の争奪とTOBによる筆頭株主の確保 2005年 住友商事 アンバトビーニッケル事業への参画を決定 1997年 住友商事 銅地金取引関連損2852億円を特別損失に計上 1996年 住友商事 銅地金の不正取引(浜中事件)——損失の公表と、当局への全面協力を最優先した危機対応 1991年 住友商事 「総合事業会社構想」——トレーディング依存から事業投資への転換 1981年 住友商事 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底 1981年 住友商事 経常利益率0.38%で業界1位 1979年 住友商事 営業部門制を導入 1969年 住友商事 住商コンピューターサービスを設立 1962年 住友商事 商品本部制を導入 1952年 住友商事 住友商事に商号変更 1945年 住友商事 25年続いた商社設立禁止の撤回と、不動産会社を母体とした商事部門の開設 1920年 住友商事 住友財閥が商社設立禁止を宣言
- アドバンテスト 2024年 アドバンテスト AI・HBMテスト需要ブームへの先行投資と過去最高益 2017年 アドバンテスト 富士通の全株売却による資本関係の解消と独立経営への移行 2011年 アドバンテスト Verigy買収によるSoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立 2009年 アドバンテスト 市況悪化により赤字転落 1996年 アドバンテスト 半導体検査装置で世界シェア約40% 1985年 アドバンテスト 商号をアドバンテストに変更 1976年 アドバンテスト タケダ理研工業への富士通の救済出資とICテスタ集中による再建 1975年 アドバンテスト コンピュータ計測事業で失敗・最終赤字に転落 1975年 アドバンテスト 武田郁夫氏が社長を退任し会長へ(社内クーデター) 1967年 アドバンテスト ミニコンピュータによる計測器の開発に投資 1957年 アドバンテスト 本社移転
- 東急不動産HD 2023年 東急不動産HD 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ハンズ・ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2019年 東急不動産HD 総合デベロッパーから資本効率型不動産企業への転換と、広域渋谷圏の段階売却モデル 2013年 東急不動産HD 持株会社体制への移行と、東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブル三社の一斉上場廃止 2009年 東急不動産HD 東急不動産SCマネジメント設立 1990年 東急不動産HD 営業部門を東急リバブルに全面移管 1988年 東急不動産HD 会員制リゾートホテル事業に参入 1976年 東急不動産HD 東急ハンズの設立と、不動産デベロッパーによる異業種小売への参入 1970年 東急不動産HD 東急コミュニティーを設立 1961年 東急不動産HD 提携住宅ローンを発表 1953年 東急不動産HD 東急不動産設立 1918年 東急不動産HD 前身・田園都市を設立
- SWCC 2025年 SWCC TOTOKUを子会社化 2023年 SWCC 純粋持株会社体制の解消と、商号の昭和電線ホールディングスからSWCCへの変更 2019年 SWCC ROIC の経営指標化による低資本効率事業の整理と、古河電工との汎用電線販売事業の統合 2015年 SWCC 昭和電線ケーブルシステムがエクシムを吸収合併 2011年 SWCC 中国・富通集団との業務・資本提携と、第三者割当増資による筆頭株主の交代 2006年 SWCC 会社分割により持株会社体制に移行 2002年 SWCC 電力用電線・ケーブル事業をエクシムに営業譲渡 1995年 SWCC 愛知工場が竣工 1988年 SWCC 初の外貨建新株引受権付社債を発行 1979年 SWCC 初の外貨建転換社債を発行 1969年 SWCC 電子部工場新設 1950年 SWCC 建設業(電気工事)開始 1936年 SWCC 東京電気より独立川崎市に設立
- freee 2025年 freee 2025年6月期に通期の営業損益が創業以来初の黒字 2022年 freee 業績不振によらない全固定資産の一括減損と、開発費の全額費用計上への切り替え 2022年 freee 「freeeカード Unlimited」を発売。会計データを与信に用いる金融サービスを本格化 2021年 freee 海外市場での一般募集により約353億円を調達 2016年 freee みずほ銀行との国内初のメガバンクAPI連携と、北国銀行への会計データの開放 2013年 freee 課金機能が未完成のままの会計ソフトfreeeの投入と、「無料期間」としての先行公開 2012年 freee CFOを設立
- ペプチドリーム 2024年 ペプチドリーム NorthStar Medical Radioisotopesとアクチニウム225の供給契約を締結 2023年 ペプチドリーム ジェネンテックと放射性核種ペプチド複合体(RI-PDC)で業務提携 2022年 ペプチドリーム 富士フイルム富山化学からの放射性医薬品事業の取得とPDRファーマの連結子会社化 2019年 ペプチドリーム ノバルティスと放射性核種ペプチド複合体(RI-PDC)の共同研究開発契約を締結 2017年 ペプチドリーム 塩野義製薬・積水化学工業との合弁によるペプチスターの設立と原薬製造の内製化 2013年 ペプチドリーム 創業7年でのマザーズ上場と、製薬大手への技術提供を収益源とする研究開発受託モデルの確立 2006年 ペプチドリーム 菅裕明氏と窪田規一氏がペプチドリームを設立
- ワークマン 2023年 ワークマン 営業店舗数1,000店舗達成かつワークマンカラーズ1号店を開店 2020年 ワークマン #ワークマン女子による一般女性・非職人客向け新業態への進出 2018年 ワークマン WORKMAN Plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換 2014年 ワークマン 土屋哲雄氏の参画による「データ経営」と「しない経営」への転換 2008年 ワークマン 営業店舗数600店舗を達成 1997年 ワークマン 日本証券業協会に株式を店頭登録 1980年 ワークマン 「職人の店 ワークマン」1号店を開店 1979年 ワークマン 蘭豆設立
- 住友ファーマ 2024年 住友ファーマ FY23通期で純損失3,150億円規模・巨額のれん減損 2023年 住友ファーマ 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2019年 住友ファーマ 英ロイバントとの戦略的提携によるスミトバント子会社化と、ロイバント株11%の取得 2017年 住友ファーマ Tolero Pharmaceuticals, Inc.を買収 2012年 住友ファーマ Boston Biomedical, Inc.を買収 2009年 住友ファーマ 米セプラコールの約26億ドルでの買収による米国販売網の獲得 2005年 住友ファーマ 住友製薬との合併による大日本住友製薬の発足と、住友化学グループ入り 1993年 住友ファーマ Dainippon Pharmaceutical U.S.A.を設立 1971年 住友ファーマ 総合研究所を新設 1968年 住友ファーマ 鈴鹿工場を新設 1898年 住友ファーマ 大日本製薬を買収し商号変更
- タダノ 2025年 タダノ マニテックス・インターナショナルInc.ほか14社を子会社化 2021年 タダノ 創業家以外からの初の社長登用と、丸紅出身者への経営の移譲 2020年 タダノ 現地法に基づく事業再生手続きを申請 2019年 タダノ 米テレックスからのデマーグクレーン事業の取得と、ドイツ生産拠点の集約 2014年 タダノ クレーンズ・ユーケーLtd.を買収 2008年 タダノ 事業領域のLE(移動機能付き抗重力・空間作業機械)への限定と、多角化の不採用 2004年 タダノ 死亡事故を受けたラフテレーンクレーン15,278台のリコール届出とCSR憲章の制定 2004年 タダノ 8型式16機種15,278台のリコールを届出 1999年 タダノ 1998年度に上場来初の当期損失を計上 1990年 タダノ ファウンAGのクレーン・車両部門を買収 1989年 タダノ 商号をタダノに商号変更。同年度に連結売上高が初めて1,000億円を超える 1970年 タダノ 日本初のラフテレーンクレーンTR-150を開発 1968年 タダノ 札幌営業所、広島営業所を開設 1955年 タダノ 日本初の油圧式トラッククレーンOC-2型を開発 1948年 タダノ 多田野鉄工所を設立
- 東京海上HD 2025年 東京海上HD FY24親会社株主帰属当期純利益1兆552億円 2024年 東京海上HD 政策保有株ゼロへ ── 損保の持ち合いを解く資本政策の転換 2015年 東京海上HD 連続する海外M&Aと「海外で稼ぐ」グローバル損保への転換 2012年 東京海上HD Delphi Financial Groupを買収 2008年 東京海上HD Philadelphia Consolidated Holdingを買収 2004年 東京海上HD 東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足 2002年 東京海上HD 東京海上火災と日動火災の経営統合とミレアホールディングス設立(2002年成立・国内初の上場保険持株会社) 1998年 東京海上HD 料率完全自由化への対応と「代理店との共存」 1988年 東京海上HD 第3次オンラインの本格稼働 1979年 東京海上HD 創業100周年。保険料収入5500億円達成 1969年 東京海上HD 積立保険(長期総合保険)の発売 1956年 東京海上HD 米国元受営業を再開(欧州は5月) 1945年 東京海上HD 終戦により海外営業網と在外資産を一切喪失 1944年 東京海上HD 旧東京海上・明治火災・三菱海上の3社合併で発足
- 太平洋セメント 2025年 太平洋セメント 営業利益778億円、過去高水準 2023年 太平洋セメント 純損失▲332億円 2022年 太平洋セメント 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回、セメント1トン3000円値上げへの切り替えと収益重視への価格政策転換 2015年 太平洋セメント 米国西海岸でのオログランデ工場・レディング工場の取得と、生コン・骨材までの買い足し 2012年 太平洋セメント 福田修二が代表取締役社長就任 2009年 太平洋セメント 初の純損失を計上 2000年 太平洋セメント 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立と、エコセメントの事業化 1998年 太平洋セメント 秩父小野田と日本セメントの合併による太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の統合 1994年 太平洋セメント 小野田セメントと秩父セメントが合併し秩父小野田発足 1990年 太平洋セメント カリフォルニア・ポルトランド・セメントを買収 1984年 太平洋セメント 大日本セメント共同事業株を設立 1972年 太平洋セメント 明星セメントの全株式取得 1962年 太平洋セメント 熊谷工場が竣工 1955年 太平洋セメント 埼玉工場が竣工 1939年 太平洋セメント 旧日本セメントを合併 1903年 太平洋セメント 日本初の回転窯によるセメント製造を開始
- スギHD 2026年 スギHD スギHDとトライアルHDが包括的協業を開始 2024年 スギHD 調剤薬局大手I&H(阪神調剤グループ)の買収による調剤事業の急拡大 2019年 スギHD スギホールディングスとココカラファインの経営統合協議(2019年破談) 2013年 スギHD スギ薬局とジャパンが会社統合 2008年 スギHD 新設分割により持株会社体制に移行 2005年 スギHD ジャパンの株式を50.1%取得し子会社化 2000年 スギHD 安売りによらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換 1998年 スギHD スギ薬局日進物流センターが稼動 1982年 スギHD スギ薬局を設立 1976年 スギHD スギ薬局を創業
- SOMPOHD 2025年 SOMPOHD IFRS移行後の保険収益5兆655億円 2024年 SOMPOHD ビッグモーター保険金不正を受けた経営陣の刷新とガバナンス再建 2023年 SOMPOHD ビッグモーター不正請求問題が表面化 2016年 SOMPOHD 米エンデュランス・スペシャルティを約6,300億円で買収し、最大の米国市場に橋頭堡を築く 2015年 SOMPOHD ワタミの介護を取得しSOMPOケアネクストに 2014年 SOMPOHD 損害保険ジャパンと日本興亜損保が合併 2009年 SOMPOHD 損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合とNKSJホールディングス設立
- オープンハウスG 2025年 オープンハウスG プレサンスコーポレーションを完全子会社化 2023年 オープンハウスG 公開買付けで三栄建築設計を取得し完全子会社化 2023年 オープンハウスG 三栄建築設計を完全子会社化 2021年 オープンハウスG プレサンスコーポレーションを子会社化 2018年 オープンハウスG 273億円でホーク・ワンを買収し戸建供給力を一段拡大 2018年 オープンハウスG ホーク・ワンを株式交換により100%子会社化 2010年 オープンハウスG Open House Realty & Investments, Inc.を設立 2008年 オープンハウスG オープンハウス・ディベロップメントがマンションの販売開始 2001年 オープンハウスG 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 1997年 オープンハウスG オープンハウスを創業し新築一戸建住宅の売買仲介事業に参入
- 壱番屋 2023年 壱番屋 ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大 2017年 壱番屋 ハウスレストラン管理(上海)と台湾カレーハウスレストランを子会社化 2015年 壱番屋 創業家保有株23.17%のハウス食品グループ本社への譲渡と、同社の連結子会社化 2014年 壱番屋 栃木工場にてレトルト製造ラインが本稼働を開始 2000年 壱番屋 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 1994年 壱番屋 ハワイ・オアフ島に「カレーハウスCoCo壱番屋」海外1号店をオープン 1981年 壱番屋 社員のれん分け制度「ブルームシステム(BS)」が発足 1980年 壱番屋 フランチャイズ1号店「カレーハウスCoCo壱番屋 稲沢国府宮店」を開店 1978年 壱番屋 「カレーハウスCoCo壱番屋 西枇杷島店」を1号店としてオープン
- マネックスG 2026年 マネックスG 暗号資産事業でKDDIと資本業務提携 2024年 マネックスG カナダの3iQ Digital Holdings の株式を取得し子会社化 2024年 マネックスG 香港のMonex Boom Securities など3社の株式を譲渡 2023年 マネックスG NTTドコモとの共同持株会社の設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2018年 マネックスG NEM流出事件を起こしたコインチェックの36億円での完全子会社化 2018年 マネックスG コインチェックで暗号資産NEM約580億円分が不正流出 2014年 マネックスG 静岡銀行がオリックスから株式を取得し筆頭株主に 2011年 マネックスG 米国のTradeStation Group の全株式を取得し完全子会社化 2008年 マネックスG 持株会社がマネックスグループへ商号を変更 2004年 マネックスG 日興ビーンズ証券との共同持株会社マネックス・ビーンズ・ホールディングスを設立 2002年 マネックスG 顧客保護を理由に見送ってきた信用取引への参入と貸株サービスの開始 1999年 マネックスG 松本大氏とソニーの共同出資によりマネックス証券を設立 1999年 マネックスG インターネット取引の営業を開始
- 富士紡HD 2022年 富士紡HD CMP研磨材のグローバルニッチトップ確立と生成AI特需への対応——井上雅偉社長体制のROIC経営 2018年 富士紡HD 化成品事業でのM&Aによる「第三の柱」づくり——東京金型・藤岡モールド・GFIホールディングス/IPM 2013年 富士紡HD 柳井化学工業が東洋紡から医薬・農薬中間体事業を会社分割により承継 2005年 富士紡HD 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2001年 富士紡HD 富士紡(常州)服装有限公司を設立 1999年 富士紡HD タイフジボウガーメントが生産を中止 1987年 富士紡HD タイフジボウガーメントを設立 1975年 富士紡HD エチオピア綿業を国有化 1970年 富士紡HD 電子器事業所を開設 1961年 富士紡HD 富士ケミクロスを設立 1951年 富士紡HD 小坂井工場を新設 1945年 富士紡HD 在外資産を接収 1906年 富士紡HD 東京瓦斯紡績を合併し社名を富士瓦斯紡績に商号変更
- ライフネット生命保険 2026年 ライフネット生命保険 auフィナンシャルホールディングスとの資本提携を解消 2026年 ライフネット生命保険 日本航空と資本業務提携契約を締結 2023年 ライフネット生命保険 三井住友フィナンシャルグループなど4社間で資本業務提携 2022年 ライフネット生命保険 auじぶん銀行との業務提携による団体信用生命保険事業への参入 2019年 ライフネット生命保険 KDDI・auフィナンシャルホールディングスと業務提携 2015年 ライフネット生命保険 KDDIとの資本業務提携と、インターネット直販単独からの多チャネル化 2014年 ライフネット生命保険 来店型保険ショップのほけんの窓口グループと代理店契約 2008年 ライフネット生命保険 付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表 2008年 ライフネット生命保険 独立系の生命保険会社として74年ぶりに営業を開始
- 出前館 2025年 出前館 「Yahoo!クイックマート」の提供終了 2021年 出前館 海外募集と第三者割当で総額834億円を調達 2021年 出前館 「出前館」の加盟店舗数が100,000店舗を突破 2020年 出前館 LINE・未来Fund有限責任事業組合を引受先とする総額300億円の第三者割当増資 2019年 出前館 出前館に商号変更 2016年 出前館 配達代行「シェアリングデリバリー」の開始と、注文取次から配達までへの事業範囲の拡大 2016年 出前館 LINEと資本業務提携 2014年 出前館 NTTドコモと「dデリバリー」で業務提携 2010年 出前館 「出前館」の加盟店数が10,000店を突破 2005年 出前館 「Yahoo! JAPAN」で「Yahoo! 出前注文サービス」を開始 2001年 出前館 中村利江氏が取締役に就任 2000年 出前館 デリバリー総合サイト「出前館」の開設と、加盟店に初期負担・会費を課さない取り次ぎ条件の設定 1999年 出前館 大阪市住之江区に夢の街創造委員会を設立
- GMOペイメントゲートウェイ 2025年 GMOペイメントゲートウェイ エンペイを子会社化 2020年 GMOペイメントゲートウェイ マレーシアMACROKIOSKの全株式譲渡による撤退 2016年 GMOペイメントゲートウェイ GMOフィナンシャルゲートを子会社化 2015年 GMOペイメントゲートウェイ 三井住友FG・SMBCとの資本業務提携と約80億円の第三者割当増資 2015年 GMOペイメントゲートウェイ SMBC GMO PAYMENTを三井住友銀行との合弁会社として設立 2014年 GMOペイメントゲートウェイ ソーシャルアプリ決済サービスの全株式を譲渡 2005年 GMOペイメントゲートウェイ イプシロンを子会社化 2004年 GMOペイメントゲートウェイ GMOグループ傘下入りと同業決済代行2社の連続譲受 2004年 GMOペイメントゲートウェイ CCSHDを設立 1995年 GMOペイメントゲートウェイ カード・コール・サービスを設立
- 日本新薬 2020年 日本新薬 国産初のアンチセンス核酸医薬ビルテプソの承認取得と、米国での自社販売開始 2020年 日本新薬 NS Pharmaによる米国自社販売を開始 2019年 日本新薬 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への絞り込み 2011年 日本新薬 北京事務所開設 2008年 日本新薬 セレキシパグの日本を除く全世界の開発販売権のアクテリオンへの導出 2001年 日本新薬 医薬品製剤の生産機能を小田原工場に集約化し小田原総合製剤工場に商号変更 1997年 日本新薬 東部創薬研究所を新設 1982年 日本新薬 中央研究所本館設置 1970年 日本新薬 食品技術研究所を新設 1961年 日本新薬 食品事業に参入。スパイス工場を新設し粉末香辛料「スパイス・ケンダ」発売 1957年 日本新薬 本社・壬生工場を西大路工場敷地内に移転 1940年 日本新薬 国産サントニンの発売
- 中部電力 2020年 中部電力 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 2019年 中部電力 東京電力との合弁JERAの設立と国内火力発電事業の全面移管 2015年 中部電力 東京電力とJERAを設立 2011年 中部電力 浜岡原発の全号機停止(菅首相の要請) 2008年 中部電力 浜岡原子力発電所1・2号機の運転終了と廃炉、隣接地への6号機新設方針 2005年 中部電力 浜岡1・2号機の運転終了を決定 1997年 中部電力 中電ビルが電気文化会館・電気ビルを吸収合併 1989年 中部電力 コンピュータ・テクノロジー・インテグレイタを設立 1976年 中部電力 浜岡原子力発電所1号機営業運転開始 1962年 中部電力 中電工事を設立 1957年 中部電力 永楽不動産を設立
- 小田急電鉄 2021年 小田急電鉄 初の経常赤字・純損失を計上 2020年 小田急電鉄 新宿駅西口の資産入替と1,300億円再開発 2018年 小田急電鉄 半世紀を貫いた複々線化投資——1964年都市計画決定から2018年全面完成まで 2013年 小田急電鉄 在来線地下化(東北沢〜世田谷代田間) 2008年 小田急電鉄 千代田線との特急車両直通運転を開始 1997年 小田急電鉄 負の遺産の整理に着手 1994年 小田急電鉄 小田急百貨店の「負の遺産」整理と専門大店化による本業回帰 1978年 小田急電鉄 地下鉄千代田線との相互直通運転開始 1961年 小田急電鉄 小田急百貨店を設立 1955年 小田急電鉄 国鉄御殿場線への乗入れを開始 1949年 小田急電鉄 箱根登山鉄道・神奈川中央乗合自動車の株式取得と西武との「箱根山戦争」 1948年 小田急電鉄 東京急行電鉄から分離し小田急電鉄を再設立 1942年 小田急電鉄 東京横浜電鉄・京浜電気鉄道と合併し東京急行電鉄に商号変更
- トリドールHD 2023年 トリドールHD 英Fulham Shoreの子会社化による欧州レストラン事業の取得 2018年 トリドールHD Tam Jai International Co.Limitedの株式を取得 2017年 トリドールHD 日本で豚骨ラーメン業態「ずんどう屋」を運営するZUNDの株式取得 2016年 トリドールHD 持株会社への移行と、丸亀製麺に次ぐ業態の連続買収によるマルチブランド化 2011年 トリドールHD ハワイのホノルルに海外1号店「MARUGAME UDON」を開店 2000年 トリドールHD セルフうどんの新業態として「丸亀製麺 加古川店」開店 1999年 トリドールHD 洋風居酒屋「トリドール」の和風焼き鳥ファミリーダイニング「とりどーる」への転換 1985年 トリドールHD 焼鳥居酒屋「トリドール三番館」開店
- ヤマトHD 2025年 ヤマトHD エクスプレス事業が営業赤字に転落 2023年 ヤマトHD 日本郵便との投函サービス協業と、その履行をめぐる提訴への転化 2021年 ヤマトHD グループ7社をヤマト運輸に統合(One ヤマト) 2017年 ヤマトHD 宅急便運賃27年ぶり全面値上げと総量規制による収益再建 2017年 ヤマトHD 宅急便運賃の27年ぶり全面値上げと総量規制の方針を提示 2015年 ヤマトHD クロネコメール便を廃止 2013年 ヤマトHD 総合物流ターミナル「羽田クロノゲート」を竣工 2007年 ヤマトHD 初の純損失を計上 2005年 ヤマトHD 純粋持株会社制へ移行、ヤマトHDに商号変更 1996年 ヤマトHD 「クール宅急便」を開始、365日営業へ 1981年 ヤマトHD 郵便小包の官業独占に対する、宅急便による約20年の規制対抗 1976年 ヤマトHD 宅急便事業の創業——路線トラック三番手からの個人宅配市場への転換 1960年 ヤマトHD 国際航空混載貨物の取扱を開始 1958年 ヤマトHD 美術品梱包輸送事業に参入 1929年 ヤマトHD 東京-横浜間で定期便を開始 1919年 ヤマトHD ヤマトホールディングス創業——東京京橋のトラック4台から日本初の路線トラック便へ
- 日本毛織 2024年 日本毛織 不織布等の呉羽テックを子会社化 2023年 日本毛織 アンビックとフジコーの不織布事業を経営統合し「エフアンドエイノンウーブンズ」を発足 2016年 日本毛織 「リニューアル・ニッケ130(RN130)」ビジョン策定と富田一弥社長就任 2014年 日本毛織 寝具・寝装品のナイスデイを子会社化 2006年 日本毛織 スポーツ用品のゴーセンを子会社化 2002年 日本毛織 不織布・フェルト製造のアンビックを子会社化 1999年 日本毛織 ニッケインドアテニスを設立 1988年 日本毛織 ニッケコルトンプラザを建設し賃貸・営業開始 1984年 日本毛織 日本毛織、中山工場跡地の商業施設化による不動産事業の柱化 1977年 日本毛織 日本毛織のアルゼンチン子会社、度重なる政変・クーデターを乗り切る 1961年 日本毛織 ニッケ不動産を設立 1958年 日本毛織 鵜沼工場の操業開始 1942年 日本毛織 昭和毛絲紡績を合併 1896年 日本毛織 日本毛織を設立
- 日立建機 2022年 日立建機 日立製作所による保有株26%の売却と、伊藤忠・日本産業パートナーズ連合への筆頭株主の異動 2022年 日立建機 HCJIHDと資本提携契約を締結 2017年 日立建機 鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツ・豪ブラッドケンの取得による消耗部品事業の獲得 2012年 日立建機 国内の建設機械販売・サービス事業を会社分割により日立建機日本へ譲渡 2001年 日立建機 欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消 1998年 日立建機 日立建機トラックLtd.の経営権を取得 1988年 日立建機 米ディーア・伊フィアットとの日米欧3極体制 1974年 日立建機 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖・土浦一貫生産への集約 1970年 日立建機 日立建機を設立・製販統合へ 1965年 日立建機 油圧ショベル「UH03」を発売 1955年 日立建機 日立建設機械サービスを設立 1949年 日立建機 日立製作所が「ショベルU05」を建設省に納品
- フューチャー 2025年 フューチャー ディアイティがサイバー・ソリューションを吸収合併 2024年 フューチャー 連続買収による総合コンサルティンググループ化 2017年 フューチャー ワイ・ディ・シーを横河電機より買収 2016年 フューチャー 持株会社化と機能別グループ経営への転換 2011年 フューチャー 中堅中小企業向けERP事業を会社分割でFutureOneに承継 2007年 フューチャー ウッドランドを吸収合併、フューチャーアーキテクトに商号変更 1999年 フューチャー 日本証券業協会に株式店頭登録 1989年 フューチャー 独立系ITコンサルとしての創業と「業務とITの一体設計」
- 日本ペイント 2025年 日本ペイント AOC LLC等を子会社化 2021年 日本ペイント ウットラムへの1.3兆円第三者割当増資とアジア合弁の完全子会社化 2019年 日本ペイント Dulux社を約3000億円で買収 2018年 日本ペイント ウットラムによる取締役会過半数の掌握 2014年 日本ペイント WUTHELAM HDとのアジア合弁事業8社を連結化 2007年 日本ペイント FIRST INDUSTRIES CORPが筆頭株主に 1999年 日本ペイント 赤字転落・グループ人員を10%削減 1982年 日本ペイント NIPSEAグループで中国市場に注力を表明 1975年 日本ペイント 子会社を設立 1962年 日本ペイント 出資30%のシンガポール合弁によるアジア再進出 1960年 日本ペイント 自動車向け塗料事業に参入 1917年 日本ペイント 経営危機により体制刷新・小畑源三郎氏が専務就任
- 青山商事 2021年 青山商事 コロナ禍で159店の統廃合・創業以来初の希望退職・リーバイス事業撤退に踏み切る 2015年 青山商事 創業50周年を機にミスターミニットを買収しスーツ依存からの脱却をはかる 2012年 青山商事 「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」1号店(表参道店)を開店 2000年 青山商事 「ザ・スーツカンパニー」の1号店(日本橋店)を開店 1999年 青山商事 カード事業に参入 1983年 青山商事 POSシステムを導入 1974年 青山商事 紳士服専門店「洋服の青山」1号店(西条店)を開店 1967年 青山商事 食料品・特産品部門から撤退し紳士服販売へ一本化 1967年 青山商事 紳士服販売に特化
- ADEKA 2022年 ADEKA 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 2018年 ADEKA 1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得 2012年 ADEKA AM STABILIZERS CORP.がHammond Groupから塩化ビニル用安定剤事業を取得 2000年 ADEKA EBO手法により、国内5工場の末端加工工程を工場毎の加工サービス会社として分離設立 1999年 ADEKA アサヒデンカヨーロッパGmbHを設立 1989年 ADEKA 長春人造樹脂廠股份有限公司等との合弁で長江化学股份有限公司を設立 1977年 ADEKA 東京環境測定センターを設立 1962年 ADEKA アーガスケミカルとの合弁でアデカアーガス産業を設立 1959年 ADEKA FMC社ほかとの合弁で、東海電化工業を設立(1999年4月、吸収合併) 1928年 ADEKA 農業薬品部門を分離し日本農薬を設立 1917年 ADEKA 古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設
- ノジマ 2025年 ノジマ NJM1がVAIOを93.2%取得し子会社化 2023年 ノジマ 携帯販売大手コネクシオの854億円TOBによる完全子会社化 2022年 ノジマ スルガ銀行との資本業務提携を解消 2019年 ノジマ Courts Asia Ltd.を任意的公開買付けで子会社化 2019年 ノジマ スルガ銀行の株式を追加取得し18.5%保有の筆頭株主に 2015年 ノジマ 携帯電話販売代理店アイ・ティー・エックスの買収と第二の柱づくり 2010年 ノジマ 大阪証券取引所JASDAQに上場 2009年 ノジマ 創業50周年を迎える 1998年 ノジマ PC販売会社コンプジャパンを設立 1982年 ノジマ 野島電気商会に組織変更 1962年 ノジマ 野島電気商会を設立 1959年 ノジマ 野島電気工業社を創設
- ANYCOLOR 2022年 ANYCOLOR 海外4極から2極への絞り込み——インド休止とインドネシア・韓国グループの本体統合 2022年 ANYCOLOR 東京証券取引所グロース市場に株式を上場 2021年 ANYCOLOR 英語圏「NIJISANJI EN」始動 + 商号をいちからからANYCOLORに変更 2018年 ANYCOLOR アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え 2018年 ANYCOLOR VTuberグループ「にじさんじ」の始動を発表
- ラクス 2025年 ラクス インターネット接続・ホスティングサービス事業をライドに承継 2023年 ラクス ラクスライトクラウドのXform・レンタルサーバー事業をNHNテコラスに承継 2023年 ラクス HOYAが新設分割したラクスHRテックを子会社化 2021年 ラクス 減益を織り込んだ投資先行運営への転換と5か年売上高CAGR目標の上方修正 2015年 ラクス 米国子会社Rignite Inc.の全株式譲渡とSNSマーケティング事業からの撤退 2014年 ラクス 100%子会社 RAKUS Vietnam Co., Ltd.を設立 2002年 ラクス IT人材事業に参入 2001年 ラクス クラウド事業に参入
- 三菱マテリアル 2022年 三菱マテリアル アルミニウム・製缶事業から撤退 2022年 三菱マテリアル セメント事業を統合・UBE三菱セメントを発足 2020年 三菱マテリアル 中期経営戦略の策定と事業ポートフォリオの入れ替え 2019年 三菱マテリアル 独占禁違反・課徴金納付命令 2017年 三菱マテリアル 子会社の品質データ改ざんの発覚と公表——「改ざんドミノ」の一角 2010年 三菱マテリアル 最終赤字に転落 2008年 三菱マテリアル 三菱伸銅を完全子会社化 1990年 三菱マテリアル 三菱鉱業セメントと合併・三菱マテリアルに商号変更 1984年 三菱マテリアル 米国三菱マテリアル社の前身を設立 1976年 三菱マテリアル 国内金属鉱山部門を分離 1969年 三菱マテリアル 国内炭鉱部門を分離 1950年 三菱マテリアル 石炭・非鉄金属を会社分離 1918年 三菱マテリアル 三菱鉱業を設立
- ジャパンエレベーターサービスHD 2020年 ジャパンエレベーターサービスHD 地域エレベーター保守会社の連続買収と、地域事業子会社への吸収合併による全国保守網の構築 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD 東京証券取引所マザーズへの株式上場と、創業家の過半保有を残した株式公開 2015年 ジャパンエレベーターサービスHD 持株会社化に向け事業子会社5社を設立 2014年 ジャパンエレベーターサービスHD 子会社を設立 2007年 ジャパンエレベーターサービスHD リモート遠隔点検サービスPRIMEを開発 1994年 ジャパンエレベーターサービスHD ジャパンエレベーターサービスを設立
- 川崎重工業 2024年 川崎重工業 潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し 2017年 川崎重工業 船舶海洋事業の構造改革 2013年 川崎重工業 川崎重工と三井造船の経営統合と白紙撤回(2013年破談) 2010年 川崎重工業 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2010年 川崎重工業 造船・精密機械・プラント子会社を再合併 2002年 川崎重工業 船舶事業と精密機械事業を分社 1997年 川崎重工業 NY市交通局向け地下鉄車両の製造開始 1989年 川崎重工業 Kawasaki Rail Carを設立 1978年 川崎重工業 P-3C対潜哨戒機のライセンス生産を開始 1969年 川崎重工業 陸海空にわたる総合重工業をめざした川崎3社の合併 1966年 川崎重工業 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 1950年 川崎重工業 製鉄部門の分離独立と川崎製鉄の設立、造船・造機・電機3部門への集約 1949年 川崎重工業 再建整備計画が認可(造船・造機・電機の3部門のみ) 1931年 川崎重工業 軍縮を受けて和議申請 1927年 川崎重工業 昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立
- 日本テレビHD 2023年 日本テレビHD スタジオジブリの子会社化と、議決権42.3%の取得 2023年 日本テレビHD 議決権ベース42.3%を保有し子会社化 2014年 日本テレビHD Hulu日本事業の承継と、定額動画配信への参入 2014年 日本テレビHD Huluの日本事業を承継 2012年 日本テレビHD 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2007年 日本テレビHD 番組制作系子会社を会社分割・株式交換により機能別5社に再編 1998年 日本テレビHD NNN24の本放送を開始 1987年 日本テレビHD CATV局への日本テレビケーブルニュースの配信を開始 1972年 日本テレビHD 日本テレビサービスを設立 1969年 日本テレビHD 日本テレビ音楽を設立 1953年 日本テレビHD 日本初の民間テレビ局としての開局と、街頭受像機による視聴者の創出 1952年 日本テレビHD 我が国第1号のテレビ放送免許を獲得
- 飯田GHD 2022年 飯田GHD ロシア極東の林業大手RFPグループ19社の買収と、侵攻直後の暗転 2019年 飯田GHD ファーストプラスを子会社化 2014年 飯田GHD ファーストウッド子会社化に始まる建材・木材の垂直統合 2013年 飯田GHD パワービルダー6社の共同株式移転による経営統合と飯田グループホールディングス設立 2009年 飯田GHD 一建設がジャスダック市場に上場 1995年 飯田GHD 東栄住宅・飯田産業が飯田建設工業との資本関係を解消 1985年 飯田GHD タクトホームが飯田産業の100%子会社に 1975年 飯田GHD 不動産分譲事業に参入 1967年 飯田GHD 飯田一男が飯田建設工業を設立 1951年 飯田GHD 東栄住宅を設立(後に飯田建設工業グループ入り)
- 日本マクドナルド 2025年 日本マクドナルド 連結売上高4166億円を計上 2023年 日本マクドナルド 都心型価格の導入と全国一律価格の放棄 2019年 日本マクドナルド 日色保氏が社長に就任 2017年 日本マクドナルド 米マクドナルドが保有株式の売却凍結を表明 2014年 日本マクドナルド 期限切れ鶏肉問題からの再建と、米本社による株式売却の検討・凍結 2014年 日本マクドナルド 連結純損失218億円を計上 2013年 日本マクドナルド サラ・カサノバ氏が社長に就任 2008年 日本マクドナルド 509店をフランチャイズに転換 2007年 日本マクドナルド 直営店のフランチャイズ転換による資産圧縮 2003年 日本マクドナルド 藤田田氏の退場と米本社による直接統治への転換 1995年 日本マクドナルド ハンバーガーの定価を130円に引き下げ 1994年 日本マクドナルド ハンバーガー価格破壊の断行と低価格路線への転換 1984年 日本マクドナルド 外食産業で初めて売上高1000億円を突破 1982年 日本マクドナルド 国内外食産業で売上高1位に到達 1976年 日本マクドナルド フランチャイズ1号店の牧港店を開業 1972年 日本マクドナルド ゼンチクと食肉の本格取引契約を締結 1971年 日本マクドナルド 折半出資による日本マクドナルドの設立と銀座1号店の開業
- HOYA 2022年 HOYA 鈴木洋CEOの21年と、池田英一郎氏への承継 2017年 HOYA 音声読み上げのReadSpeaker社を買収 2012年 HOYA HOYAのライフケアへの優先投資と眼鏡レンズ事業の連続買収 2011年 HOYA PENTAXイメージング・システム事業をリコーに譲渡 2010年 HOYA HDD用ガラスメディア製造事業・関連資産をWESTERN DIGITAL CORPORATIONに譲渡 2008年 HOYA TFT液晶ガラス基板から撤退 2007年 HOYA ペンタックス買収と事業ポートフォリオの入れ替え 2003年 HOYA ROE経営と米国型ガバナンスへの移行 1997年 HOYA 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 1990年 HOYA 未承認コンタクトレンズの回収 1983年 HOYA 半導体用フォトマスクの製造を開始 1974年 HOYA 半導体用マスクサブストレートの製造開始 1967年 HOYA 鈴木哲夫氏が引責退任 1962年 HOYA メガネレンズ製造開始 1958年 HOYA メガネ事業に参入 1947年 HOYA 商号を保谷クリスタル硝子製造所に変更
- 東海旅客鉄道 2026年 東海旅客鉄道 静岡県と水利用の補償に関する確認書を締結 2026年 東海旅客鉄道 静岡県知事が静岡工区の着工を容認 2024年 東海旅客鉄道 中央新幹線の2027年開業を断念 2021年 東海旅客鉄道 親会社株主に帰属する当期純損失2015億円を計上 2020年 東海旅客鉄道 東海道新幹線への経営資源集中 ── 「のぞみ」「N700系」の自主開発と高速化・高頻度化 2016年 東海旅客鉄道 財政投融資を活用した長期借入を申請 2014年 東海旅客鉄道 リニア中央新幹線の全額自己負担による建設 2011年 東海旅客鉄道 中央新幹線の営業主体・建設主体に指名 2008年 東海旅客鉄道 日本車輌製造を子会社化 2001年 東海旅客鉄道 完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱 2001年 東海旅客鉄道 私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約 1997年 東海旅客鉄道 山梨リニア実験線で走行試験を開始 1992年 東海旅客鉄道 東海道新幹線「のぞみ」を300系車両で運転開始 1991年 東海旅客鉄道 新幹線施設の自社保有化 ── リースからの離脱と経営自主権の確立 1987年 東海旅客鉄道 国鉄の分割民営化により発足 1986年 東海旅客鉄道 国鉄改革関連8法が公布 1964年 東海旅客鉄道 東海道新幹線が東京〜新大阪間で開業 1949年 東海旅客鉄道 日本国有鉄道が発足
- 西武HD 2023年 西武HD GIC Private Limitedへホテル・レジャー事業の一部資産を譲渡 2022年 西武HD 西武建設株式の95%をグループ外へ譲渡 2021年 西武HD 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2019年 西武HD 本社を埼玉県所沢市から東京都豊島区(ダイヤゲート池袋内)に移転 2014年 西武HD サーベラスのTOB阻止と東証一部再上場 2006年 西武HD プリンスホテルがコクドを吸収合併し新生プリンスホテル発足 2005年 西武HD コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2004年 西武HD 西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止 1998年 西武HD 池袋線・西武有楽町線が営団有楽町線との相互直通運転開始 1985年 西武HD 国土計画がプリンスホテルを完全子会社化 1965年 西武HD 国土計画興業が商号を国土計画に変更 1956年 西武HD プリンスホテル設立 1945年 西武HD 武蔵野鉄道が旧西武鉄道を合併し西武農業鉄道に商号変更
- 富士通 2026年 富士通 メインフレーム販売を2030年度末で終了すると発表 2021年 富士通 Fujitsu Uvanceによる事業モデル再定義とDX企業への転換 2019年 富士通 携帯電話事業をポラリス・キャピタルに譲渡 2017年 富士通 PC事業をレノボと合弁化 2010年 富士通 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 2009年 富士通 野副州旦氏が社長を突然退任 2002年 富士通 連結最終赤字3,825億円からの再建と黒川博昭氏の構造改革 1997年 富士通 Amdahlを完全子会社化 1990年 富士通 英ICL買収による欧州・北米・日本の3極メインフレーム体制 1990年 富士通 ICL PLCをグループ会社化 1985年 富士通 「脱IBM」多角化——通信・AI・パソコンへの新市場攻勢 1980年 富士通 IBM互換路線とシステムエンジニア営業による国内首位奪取 1976年 富士通 フランクフルト証券取引所に上場(2009年12月上場廃止) 1967年 富士通 社名を富士通に変更 1951年 富士通 電子計算機の製造を開始 1935年 富士通 富士電機製造の電話部が分離独立し富士通信機製造を設立
- 三井住友トラストG 2026年 三井住友トラストG 大山一也氏が社長に就任 2021年 三井住友トラストG 政策保有株式ゼロ保有方針を公表 2020年 三井住友トラストG 議決権行使書集計における先付処理の廃止と、975社分の再集計の公表 2017年 三井住友トラストG 指名委員会等設置会社へ移行 2012年 三井住友トラストG 中央三井信託銀行など3社の統合により三井住友信託銀行が発足 2011年 三井住友トラストG 中央三井トラスト・グループと住友信託銀行グループの経営統合、三井住友トラスト・ホールディングスの発足 2011年 三井住友トラストG 住友信託銀行と経営統合し三井住友トラスト・HDが発足 2009年 三井住友トラストG リーマンショック影響で経常赤字▲1169億円(FY08) 2004年 三井住友トラストG 住友信託銀行とUFJの信託事業統合(2004年破談) 2002年 三井住友トラストG 株式移転により三井トラスト・HDを設立 1994年 三井住友トラストG 麻布グループ再建案の策定と、1994年度の不良債権2,000億円の償却 1984年 三井住友トラストG 本邦第1号の土地信託の受託と、公有地土地信託への参入 1981年 三井住友トラストG 新型貸付信託「ビッグ」発売 1977年 三井住友トラストG 住友信託、公益信託第1号を受託 1962年 三井住友トラストG 年金信託業務を開始 1958年 三井住友トラストG 証券代行業務を開始 1949年 三井住友トラストG 三井系・住友系ともに東京・大阪両証券取引所に上場
- NEC 2025年 NEC NECネッツエスアイを完全子会社化 2025年 NEC 従来型の5G基地局(RU・CU)事業を2025年度末で終息すると発表 2021年 NEC BluStellar戦略への転換と再成長——ハード売り切りからの脱却 2016年 NEC 新野隆氏が社長に就任 2013年 NEC NECカシオモバイルコミュニケーションズがスマホ新機種開発から撤退 2010年 NEC 半導体子会社NECエレクトロニクスのルネサステクノロジとの統合 2009年 NEC 連結最終赤字2,966億円を計上 2002年 NEC 半導体事業の分社化とNECエレクトロニクスの設立 1999年 NEC 過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任・西垣新社長への交代 1982年 NEC PC-9800シリーズ発売 1978年 NEC C&C構想の提唱——コンピュータと通信の融合という全社ビジョン 1963年 NEC ニッポン・エレクトリック・ニューヨーク社を設立 1951年 NEC ISE社と資本提携を復活 1932年 NEC ISE社が日本電気の経営を住友本社に委託 1899年 NEC W.E.社との合弁で日本電気を設立
- セイコーエプソン 2025年 セイコーエプソン 通期売上1兆3,629億円・営業利益751億円 2024年 セイコーエプソン 初の大型買収——米Fiery社の子会社化とソフトウェアへの投資 2017年 セイコーエプソン エプソンイメージングデバイスを吸収合併 2010年 セイコーエプソン 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2010年 セイコーエプソン 中小型液晶ディスプレイ事業資産の一部を譲渡 2009年 セイコーエプソン 営業赤字▲16億円・純損失1,113億円 2003年 セイコーエプソン 東京証券取引所第一部への株式上場 1990年 セイコーエプソン 規制の削減日程に先立つフロン全廃の決定と、外注企業を含む洗浄工程の切り替え 1985年 セイコーエプソン エプソンを吸収合併しセイコーエプソンに商号変更 1978年 セイコーエプソン コンピュータ用プリンター事業開始 1964年 セイコーエプソン 東京オリンピックの計時用プリンターの事業化と、『EPSON』ブランドの制定 1959年 セイコーエプソン 第二精工舎諏訪工場より営業譲受、諏訪精工舎に商号変更 1942年 セイコーエプソン 大和工業設立
- 日本航空 2025年 日本航空 コロナ後初の本格回復 2024年 日本航空 鳥取三津子氏体制の発足と「非航空事業5割」への構造改革 2021年 日本航空 コロナ禍で売上収益が前年比65%減 2010年 日本航空 会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、アメーバ経営・JALフィロソフィによる再建 2010年 日本航空 稲盛和夫がJAL会長に就任 2009年 日本航空 経常赤字857億円 2002年 日本航空 日本航空と日本エアシステムの経営統合(2002年成立) 1993年 日本航空 民営化後初の大幅赤字を受けた「親方日の丸」との決別とコスト構造改革 1987年 日本航空 完全民営化 1971年 日本航空 東亜国内航空設立 1966年 日本航空 ボーイング747(ジャンボ)導入の決定と大量輸送体制への転換 1954年 日本航空 東京〜ホノルル〜サンフランシスコ線開設 1951年 日本航空 日本航空設立
- 大和証券G本社 2025年 大和証券G本社 Airborne Capital Limitedとの合弁会社・大和エアボーンを発足 2024年 大和証券G本社 単品売買モデルから顧客の資産価値最大化を掲げる資産管理型ビジネスへの転換 2024年 大和証券G本社 あおぞら銀行と資本業務提携契約を締結し持分法適用関連会社化 2017年 大和証券G本社 中田誠司氏が社長に就任 2011年 大和証券G本社 大和ネクスト銀行の設立による証券グループの銀行業参入 2011年 大和証券G本社 親会社株主帰属当期純損失▲373億円で赤字転落 2010年 大和証券G本社 三井住友FGとのホールセール証券事業の合弁を解消 2009年 大和証券G本社 大和証券SMBCの合弁解消と三井住友保有40%株の買取による完全子会社化 2001年 大和証券G本社 さくら証券から営業全部を譲受、大和証券エスエムビーシーに商号変更 1999年 大和証券G本社 住友銀行との資本提携と証券業界初の純粋持株会社化 1995年 大和証券G本社 営業赤字を計上 1989年 大和証券G本社 大和コンピューターサービス・大和証券経済研究所・大和システムサービスが合併 1977年 大和証券G本社 初のユーロ円債(欧州投資銀行債)を発行 1968年 大和証券G本社 改正証券取引法による総合証券会社として大蔵大臣の免許取得 1952年 大和証券G本社 日本初のオープン型投資信託を発足 1943年 大和証券G本社 日本信託銀行と合併し大和証券誕生 1937年 大和証券G本社 日本初の投資信託「藤本有価証券投資組合」を発足
- インターネットイニシアティブ 2023年 インターネットイニシアティブ NTTグループ傘下からの離脱とKDDIとの資本業務提携 2018年 インターネットイニシアティブ 国内初のフルMVNOとして「IIJモバイルサービス/タイプI」を提供開始 2012年 インターネットイニシアティブ フロー型のISP接続から法人ストック型への事業モデル転換 2009年 インターネットイニシアティブ クラウドコンピューティングサービス「IIJ GIO」の提供を開始 2008年 インターネットイニシアティブ MVNO形態にて法人向けモバイルデータ通信サービスの提供を開始 2003年 インターネットイニシアティブ クロスウェイブ破綻とNTTグループからの増資受け入れ 1999年 インターネットイニシアティブ ナスダック市場にADRを登録し資本金7,082百万円に増資 1993年 インターネットイニシアティブ インターネット接続サービスの提供を開始 1992年 インターネットイニシアティブ 「商用ISPが存在しない国」でのインターネットイニシアティブ創業
- ポーラ・オルビスHD 2023年 ポーラ・オルビスHD 創業家3代目から専門経営者への社長交代 2012年 ポーラ・オルビスHD 豪ジュリークの買収による初の本格海外M&A 2006年 ポーラ・オルビスHD 純粋持株会社化と東証一部への直接上場 2005年 ポーラ・オルビスHD 全国の20販売会社をポーラ販売として統合 2005年 ポーラ・オルビスHD エステと化粧品店を融合した集客型店舗ポーラ ザ ビューティーの展開開始 1999年 ポーラ・オルビスHD オルビス・ザ・ネットを稼働しインターネット販売を本格展開 1989年 ポーラ・オルビスHD オーダーシステム化粧品APEX-iを全国発売 1989年 ポーラ・オルビスHD ポーラブランドで百貨店への出店を開始 1984年 ポーラ・オルビスHD 通信販売専業オルビスの設立と二本柱化 1976年 ポーラ・オルビスHD 袋井工場を完成 1967年 ポーラ・オルビスHD POLA COSMETICS(THAILAND)CO.,LTD.を設立 1958年 ポーラ・オルビスHD 取引先と商品輸出契約を締結 1946年 ポーラ・オルビスHD 鈴木忍がポーラ商事を設立し販売部門を独立
- 荏原製作所 2025年 荏原製作所 細田修吾氏が社長に就任 2023年 荏原製作所 対面市場別5カンパニー制への移行と、中期経営計画E-Plan2025による成長事業・基盤事業の切り分け 2019年 荏原製作所 浅見正男氏が社長に就任 2010年 荏原製作所 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社への三菱商事・日揮の資本参加 2009年 荏原製作所 水処理事業を荏原エンジニアリングサービスへ統合 2007年 荏原製作所 副社長による横領が発覚、社長交代 2003年 荏原製作所 「脱ポンプ」による環境事業への傾斜と、ダイオキシン規制下でのガス化溶融炉の受注拡大 1994年 荏原製作所 荏原インフィルコを吸収合併 1987年 荏原製作所 半導体向けドライ真空ポンプへの参入と、CMP装置の事業化 1979年 荏原製作所 PT. Ebara Indonesiaを設立 1965年 荏原製作所 藤沢工場を新設 1956年 荏原製作所 荏原インフィルコを設立 1949年 荏原製作所 東京証券取引所一部・大阪証券取引所一部に上場
- 塩野義製薬 2025年 塩野義製薬 平安塩野義を完全子会社化 2023年 塩野義製薬 Qpex Biopharmaを買収 2022年 塩野義製薬 新型コロナ経口薬ゾコーバの緊急承認制度による承認取得と、承認前からの生産着手 2018年 塩野義製薬 シオノギファーマを設立 2012年 塩野義製薬 HIV合弁持分の英ViiV Healthcareへの移転と、ViiV株式10%の取得 2008年 塩野義製薬 米サイエル・ファーマをTOBで完全子会社化し、初の本格的な米国販売基盤を築く 1999年 塩野義製薬 塩野元三氏が社長に就任 1983年 塩野義製薬 金ケ崎工場を新設 1976年 塩野義製薬 日亜薬品工業を設立 1961年 塩野義製薬 導入品依存からの転換と、独創品開発に向けた新研究所の建設 1910年 塩野義製薬 塩野製薬所を建設
- ウエルシアHD 2025年 ウエルシアHD ツルハHDとの経営統合 2024年 ウエルシアHD ツルハホールディングスとの経営統合と、同社傘下入りに伴う上場廃止 2015年 ウエルシアHD CFSコーポレーションを株式交換により完全子会社化 2014年 ウエルシアHD イオンの公開買付けへの賛同と連結子会社入り、M&Aによる規模拡大の加速 2014年 ウエルシアHD ウエルシア関東を株式交換により完全子会社化 2008年 ウエルシアHD ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転によるグローウェルホールディングスの設立と東証二部上場
- オープンアップG 2025年 オープンアップG BeNEXT UK Holdings Limited の全株式を売却 2024年 オープンアップG ビーネックスパートナーズの全株式を売却 2024年 オープンアップG UTコンストラクションとUTテクノロジーを子会社化 2021年 オープンアップG 夢真ホールディングスを株式だけで吸収合併し、2年後に両社の名を社名から外す 2017年 オープンアップG 1998 Holdings Limited と子会社5社を子会社化 2016年 オープンアップG MTrec Limitedを子会社化 2013年 オープンアップG ジャスダック上場から東証二部・一部へ、6年半かけた市場区分の引き上げ 2005年 オープンアップG 障害者雇用の特例子会社にトラスト・テックを買い、技術者派遣を本業に据える 2005年 オープンアップG 技術労働者派遣事業に参入 1997年 オープンアップG 特例子会社の共生産業を設立
- マクニカHD 2024年 マクニカHD 同業のグローセルをTOBで子会社化 2020年 マクニカHD 富士エレクトロニクスを吸収合併し事業会社を一本化 2019年 マクニカHD CrowdANALYTIXを関係会社化(AI事業) 2015年 マクニカHD マクニカ・富士エレ HDを設立し東京証券取引所一部に上場 2014年 マクニカHD 富士エレクトロニクスとの共同株式移転による経営統合 2010年 マクニカHD GALAXY FAR EASTをTOBで子会社化 2008年 マクニカHD CYTECH TECHNOLOGYを完全子会社化 2004年 マクニカHD ネットワーク事業を分社しマクニカネットワークスを設立 1998年 マクニカHD マクニカ新横浜ビルを開設 1986年 マクニカHD PLDデータ書込みサービス業務を開始 1979年 マクニカHD 自社製品「JM-1」を発売しマイコン事業に参入 1972年 マクニカHD 神山治貴がジャパンマクニクスを創業
- ノーリツ鋼機 2026年 ノーリツ鋼機 センクシアを買収 2020年 ノーリツ鋼機 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約 2020年 ノーリツ鋼機 AlphaThetaを買収 2016年 ノーリツ鋼機 NKワークスを譲渡 2015年 ノーリツ鋼機 テイボーを買収 2013年 ノーリツ鋼機 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2011年 ノーリツ鋼機 新設分割によりNKワークスを設立し持株会社体制に移行 2010年 ノーリツ鋼機 ドクターネットを買収 2008年 ノーリツ鋼機 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 1997年 ノーリツ鋼機 大阪証券取引所市場第一部に指定 1989年 ノーリツ鋼機 NORITSU KOKI AUSTRALIA PTY. LIMITEDを設立 1976年 ノーリツ鋼機 QSS-1型ミニラボを開発 1964年 ノーリツ鋼機 基幹現像所用カラーフィルム自動現像機RF-C1販売開始
- トーセイ 2024年 トーセイ 名古屋鉄道との資本業務提携と、創業者に代わる筆頭株主の登場 2017年 トーセイ ホテル事業に参入 2013年 トーセイ シンガポール証券取引所メインボードへのセカンダリー上場と東証との同時上場 2009年 トーセイ 「Restyling事業」を開始 2001年 トーセイ アセットマネジメント事業に参入 1996年 トーセイ 不動産流動化事業に参入 1994年 トーセイ 倒産した父の会社ではなく、別法人の東誠ビルディングをMBOで取得した第二創業 1994年 トーセイ 「THEパームス」シリーズの分譲マンション販売を開始 1986年 トーセイ 本社を移転 1973年 トーセイ 宅地建物取引業免許を取得 1969年 トーセイ 商号をユーカリに変更 1952年 トーセイ 本社を移転
- 寿スピリッツ 2022年 寿スピリッツ コロナ禍のV字回復と営業利益率24%——観光動線を削らず保った高収益体質の確立 2016年 寿スピリッツ 株式の取得により、フランセを子会社化。(2017年4月 合併により解散。) 2011年 寿スピリッツ シュクレイによる首都圏プチ・ギフト戦略——別会社で東京駅・空港の手土産市場を握る 2006年 寿スピリッツ 純粋持株会社体制に移行 1998年 寿スピリッツ つきじちとせを設立 1989年 寿スピリッツ 国武商店を設立。(2014年3月解散、同年7月清算結了。) 1975年 寿スピリッツ 鳥取支店・松江営業所・米子営業所を別法人化 1972年 寿スピリッツ 地域別子会社による分散立地——観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ稼ぎ方の原型 1957年 寿スピリッツ 業容の拡大により工場が狭小となり、米子市旗ヶ崎に新築移転
- 名村造船所 2022年 名村造船所 佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約 2018年 名村造船所 オリイメックをアマダHDに全株譲渡 2014年 名村造船所 佐世保重工業の株式交換による完全子会社化と伊万里・函館・佐世保の3拠点体制の構築 2008年 名村造船所 函館どつく第三者割当増資全額引受けにより議決権比率88.7%取得 2006年 名村造船所 伊万里事業所の船舶建造設備を増強(第一次大型設備投資) 1997年 名村造船所 オリイ株式を公開買付により31.6%取得 1988年 名村造船所 モーニングダイダラスナビゲーション社を買収 1972年 名村造船所 主力造船拠点の大阪から佐賀・伊万里への移転と新工場建設 1961年 名村造船所 陸上部門に参入 1956年 名村造船所 増資を実施 1931年 名村造船所 旧村尾造船所の施設を買収し名村造船所として新発足 1911年 名村造船所 名村源之助個人により名村造船鉄工所を創業
- 小野薬品工業 2024年 小野薬品工業 米Deciphera Pharmaceuticalsの約24億ドルでの買収と欧米販売網の取得 2019年 小野薬品工業 山口工場が竣工 2014年 小野薬品工業 台灣小野藥品工業設立。世界初の抗PD-1抗体「オプジーボ点滴静注」発売 2011年 小野薬品工業 Bristol-Myers Squibbとの戦略提携による抗PD-1抗体の海外開発・販売権の供与 2003年 小野薬品工業 本社社屋完成 1998年 小野薬品工業 オノ・ファーマ・ユーエスエー、英国オノ・ファーマ・ユーケー設立 1988年 小野薬品工業 中央物流センターが竣工 1975年 小野薬品工業 フジヤマ工場本館・第一、第二工場が竣工 1968年 小野薬品工業 中央研究所が竣工。生理活性物質プロスタグランジンの全化学合成に成功 1949年 小野薬品工業 日本有機化工の小野薬品工業への改称と、小野市兵衛商店の吸収合併による製販一本化 1947年 小野薬品工業 日本有機化工と日本理化学工業を設立し製造販売の一貫体制を確立
- 三菱倉庫 2025年 三菱倉庫 経営計画[2025-2030]を発表 2023年 三菱倉庫 米英Cavalier Logisticsグループの買収と、自前拠点による海外展開からの転換 2018年 三菱倉庫 藤倉正夫氏が社長に就任 2014年 三菱倉庫 日本橋・江戸橋倉庫ビルの建て替えと賃貸オフィスビルへの用途転換 2010年 三菱倉庫 富士物流の株式公開買付けを実施し子会社化 2008年 三菱倉庫 岡本哲郎氏が社長に就任 1999年 三菱倉庫 冷蔵倉庫業に本格参入 1987年 三菱倉庫 創立100周年 1971年 三菱倉庫 航空貨物取扱事業に本格参入 1963年 三菱倉庫 自動車運送事業に本格参入 1962年 三菱倉庫 不動産事業に本格参入 1931年 三菱倉庫 日本初のトランクルームサービスを開始
- そごう 2023年 そごう そごう・西武を米フォートレスへ売却——コンビニ集中のための百貨店切り離し 2023年 そごう 売却の無期限延期を決定 2023年 そごう 西武池袋本店で終日ストライキ 2006年 そごう 株式上場の断念と評価額2000億円でのセブン&アイ傘下入り 2003年 そごう 旧敵・西武百貨店との経営統合——「西武化」再建とミレニアムリテイリング傘下入り 2000年 そごう 私的整理の頓挫から民事再生法申請へ——負債1兆8700億円の経営破綻 1999年 そごう 金融機関からの借入金が1兆7270億円に到達 1999年 そごう 2年間で従業員2450人を削減する再建計画を策定 1992年 そごう 借入依存の全国多店舗化と地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国 1985年 そごう 横浜そごうを開業 1985年 そごう 「トリプルそごう」構想へ拡大 1979年 そごう 黒崎そごうを開業 1967年 そごう 千葉そごうを開業 1963年 そごう 企業合理化の方針を発表 1958年 そごう 水島廣雄氏が副社長に就任 1958年 そごう 当期純損失を計上 1946年 そごう 心斎橋本館が進駐軍に接収 1940年 そごう そごうに商号変更 1830年 そごう そごう創業——大坂・坐摩神社前の古手屋「大和屋」から心斎橋の百貨店へ
- JFEHD 2025年 JFEHD 倉敷第3高炉をバンキング(一時休止) 2023年 JFEHD 京浜地区の上工程(高炉・製鋼)を休止 2022年 JFEHD 倉敷の高炉1基を休止し大型電炉へ置き換える脱炭素の生産体制転換 2020年 JFEHD 初の最終赤字を計上(純損失▲1,977億円) 2019年 JFEHD 柿木厚司が代表取締役社長に就任 2013年 JFEHD ジャパンマリンユナイテッドを設立 2012年 JFEHD JFE商事を株式交換により完全子会社化 2009年 JFEHD インドJSWスチールとの包括提携 2003年 JFEHD 無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業 2002年 JFEHD 川崎製鉄とNKK(日本鋼管)の経営統合とJFEホールディングス発足(2002年成立)
- ピジョン 2025年 ピジョン 札幌・仙台・広島の3営業所を閉鎖 2023年 ピジョン 中国事業の「高成長」から「安定成長」への位置づけ変更と、米州・欧州への成長投資の集中 2019年 ピジョン PT PIGEON BABY LAB INDONESIA の株式を取得 2014年 ピジョン ピジョンウィルと合併 2004年 ピジョン 国立病院機構の院内保育一括受託による保育事業への本格参入と、14年後の受託終了 2004年 ピジョン 米国の LANSINOH LABORATORIES を子会社化 2002年 ピジョン 中国への進出と国家衛生部と共同の母乳育児相談室の開設、海外売上高比率5割への移行 1999年 ピジョン ピジョンキッズワールド(現・ピジョンハーツ)を設立 1983年 ピジョン 仲田洋一氏が社長に就任 1978年 ピジョン シンガポールに PIGEON SINGAPORE を設立 1974年 ピジョン 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1966年 ピジョン 商号をピジョンへ変更 1957年 ピジョン 破綻状態の哺乳器メーカーへの経営参加と支配権の掌握、株式会社ピジョン哺乳器本舗の設立
- 電通総研 2024年 電通総研 電通本体のシンクタンク「電通総研」を譲り受け、コンサル子会社2社と統合して商号を変える 2024年 電通総研 株式取得により、ミツエーリンクスを子会社化 2019年 電通総研 株式取得により、スマートHDを関連会社化 2011年 電通総研 第三者割当増資引受けにより、クウジットを関連会社化 2006年 電通総研 株式取得により、エステックを子会社化 2003年 電通総研 GE由来の祖業を閉じ、電通単独親会社体制へ移った資本と事業の整理 2000年 電通総研 電通・米GEの二親会社体制から東証一部への株式公開へ 1992年 電通総研 子会社 ISI-Dentsu Singapore Pte. Ltd. を設立 1989年 電通総研 電通の社内情報システムについて、システム開発・運用業務の継続受注を開始 1975年 電通総研 電通と米 General Electric Company の合弁により電通国際情報サービスを設立
- メイテックGHD 2023年 メイテックGHD 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 2011年 メイテックGHD メイテックグローバルソリューションズを吸収合併 2009年 メイテックGHD 日本ドレーク・ビーム・モリンの全株式をテンプスタッフへ譲渡 2004年 メイテックGHD 不況期の収益源を求めた日本ドレーク・ビーム・モリンの買収 2003年 メイテックGHD 上海現地法人の設立による中国エンジニア育成・供給事業への進出 1995年 メイテックGHD ジエクスとメイスタッフが合併 1989年 メイテックGHD 東京本社設置 1979年 メイテックGHD 日本機械設計(ジエクス)設立
- JVCケンウッド 2025年 JVCケンウッド 格付投資情報センターよりA-格付(方向性:安定的)を取得 2021年 JVCケンウッド 民生AV主体からモビリティ・業務用無線中心への事業ポートフォリオ転換(VISION2023) 2018年 JVCケンウッド Radio Activity S.r.l.の全株式を取得 2011年 JVCケンウッド ビクター・ケンウッド・J&Kカーエレクトロニクスの3社を吸収合併 2010年 JVCケンウッド ビクター・JVC・ケンウッド・HDの決算訂正を実施 2008年 JVCケンウッド 日本ビクターとケンウッドの株式移転による対等統合とJVCケンウッド発足 2007年 JVCケンウッド ビクターとケンウッドが資本業務提携契約を締結 2002年 JVCケンウッド 債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換
- ユナイテッドアローズ 2026年 ユナイテッドアローズ 株式譲渡によりコーエンを連結対象から除外 2021年 ユナイテッドアローズ コロナ禍の赤字転落を受けた不採算店の整理とEC基盤の刷新 2019年 ユナイテッドアローズ 衣料品等の小売を主業とする海外子会社「悠艾(上海)商貿有限公司」を中国に設立 2012年 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本・業務提携を解消 2008年 ユナイテッドアローズ 衣料品等の小売を主業とする低価格業態の子会社、コーエンを設立 2007年 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本・業務提携と、自己株式162万株の譲渡 2002年 ユナイテッドアローズ 東証上場を挟んだ自主企画レーベルの多層展開と、デザイン主体の商品づくりへの移行 1999年 ユナイテッドアローズ 「グリーンレーベル リラクシング」業態のGLR新宿店を開店 1999年 ユナイテッドアローズ 「クロムハーツ」業態の本格展開を開始 1989年 ユナイテッドアローズ ユナイテッドアローズを設立
- ロイヤルHD 2025年 ロイヤルHD たびスルを株式取得により子会社化 2021年 ロイヤルHD 双日との資本業務提携と、主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強 2021年 ロイヤルHD 双日が主要株主に 2019年 ロイヤルHD ロイヤル空港高速フードサービスがチャウダーズを吸収合併 2011年 ロイヤルHD 会社分割によりロイヤル空港レストランに高速道路事業を承継 2005年 ロイヤルHD 持株会社制への移行と、事業6社への会社分割 2004年 ロイヤルHD アールエヌティーホテルズを株式の追加取得により子会社化 2001年 ロイヤルHD 経営構造改革本部の設置と4年間での129店閉店、300億円超の特別損失処理 1990年 ロイヤルHD ロイヤルマリオットアンドエスシーを設立 1983年 ロイヤルHD 東京証券取引所市場第一部に指定 1978年 ロイヤルHD 福岡証券取引所に上場 1962年 ロイヤルHD セントラルキッチンシステムを採用 1962年 ロイヤルHD 業務用冷凍料理の製造を開始 1951年 ロイヤルHD 日本航空国内線の営業開始と同時に、福岡空港において機内食搭載と喫茶営業を開始
- ヤマハ発動機 2025年 ヤマハ発動機 ヤマハロボティクスHDが新川等を吸収合併・商号変更 2025年 ヤマハ発動機 汎用エンジン事業・発電機事業から撤退 2021年 ヤマハ発動機 創業地・浜北工場の閉鎖と国内二輪生産の本社工場への集約 2019年 ヤマハ発動機 新川・アピックヤマダを買収 2013年 ヤマハ発動機 四輪車に参入(凍結) 2009年 ヤマハ発動機 リーマン後の構造改革と損益分岐点型経営への転換 1998年 ヤマハ発動機 マリン事業の構造改革と船外機への集中 1992年 ヤマハ発動機 親会社ヤマハとの合併観測の否定と経営の独立堅持 1983年 ヤマハ発動機 HY戦争の敗北と年産半減の再建計画 1977年 ヤマハ発動機 Yamaha Motor Corporation, U.S.Aを設立 1963年 ヤマハ発動機 販売不振で減収 1960年 ヤマハ発動機 マリン事業に新規参入 1959年 ヤマハ発動機 北川自動車に資本参加
- 花王 2024年 花王 オアシスの株主提案と花王のK27堅持 2018年 花王 Oribe Hair Careを買収 2011年 花王 オムツの生産開始 2006年 花王 カネボウ化粧品の買収——約4100億円で化粧品後発から国内2位へ 2002年 花王 John Frieda社を買収 1999年 花王 経営指標をEVAへ、そしてROICへ——20年かけて取り換えた事業評価の物差し 1999年 花王 花王販売を設立 1998年 花王 フロッピーディスク事業からの全面撤退——「本業回帰」の宣言 1983年 花王 紙おむつ「メリーズ」を発売 1982年 花王 化粧品事業に参入 1978年 花王 設備投資と工場自動化の積極化——欧米市場をにらんだ攻めの投資 1964年 花王 販社制度の構築——問屋を外し、全国約27万件の小売と直接結ぶ流通改革 1951年 花王 合成洗剤を発売 1890年 花王 花王石鹸を発売 1887年 花王 花王創業——日本橋の洋小間物商から桐箱入り「花王石鹸」へ
- サッポロビール 2024年 サッポロビール 3Dの株主提案とサッポロの不動産切り出し・ビール本業集中 2011年 サッポロビール ポッカコーポレーションを買収 2007年 サッポロビール スティール・パートナーズの買収提案に対する事前警告型買収防衛策と株主意思の確認 2003年 サッポロビール 持ち株会社に移行。サッポロHDに商号変更 1994年 サッポロビール 恵比寿工場跡地を売らず自社で開発した恵比寿ガーデンプレイスの開業 1988年 サッポロビール アサヒ「スーパードライ」台頭への反攻と、黒ラベル終売・サッポロドラフトへの全面切替 1977年 サッポロビール 「サッポロびん生」全国発売——生ビールへの全面転換でキリン独走に挑む 1964年 サッポロビール 「ニッポンビール」を捨て「サッポロ」へ——商標復活から社名変更に至るブランド一本化 1957年 サッポロビール 国際飲料を設立 1949年 サッポロビール 日本麦酒を発足 1949年 サッポロビール ニッポンビールの販売開始(柴田社長の大誤算)
- クボタ 2022年 クボタ インド農機大手エスコーツへの最大約1,406億円の出資と子会社化 2019年 クボタ 基幹システムの刷新開始 2012年 クボタ ノルウェーKverneland ASAを買収 2005年 クボタ 旧神崎工場の石綿疾病の公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い 1999年 クボタ 約30年来の水道管カルテルが発覚 1990年 クボタ 「落下傘型」多角化で祖業依存を断つ経営刷新 1985年 クボタ エンジン専門工場として堺製造所に堺臨海工場を新設 1972年 クボタ クボタトラクターCorp.の設立と、水田向け小型トラクタによる北米・欧州市場への進出 1972年 クボタ 欧米向けトラクタの量産を開始 1960年 クボタ 純国産トラクタT15形の発売と、耕うん機から完成機体系への農業機械の組み替え 1959年 クボタ 創業者・久保田権四郎氏が逝去 1947年 クボタ 耕うん機の製造開始・農機に参入 1922年 クボタ 発動機(農工用小型エンジン)の製造を開始
- SCREEN HD 2024年 SCREEN HD 洗浄装置の世界首位を土台にした彦根への集中投資と売上1兆円構想 2019年 SCREEN HD 彦根事業所で半導体洗浄装置の増産 2014年 SCREEN HD 商号をSCREENHDに変更 2001年 SCREEN HD 枚葉式ウエハ洗浄への転換と300mm対応装置の先行量産 2001年 SCREEN HD 希望退職者を募集 1992年 SCREEN HD 大日本スクリーン製造のウエハ洗浄装置への集中と半導体装置への転換 1985年 SCREEN HD 洛西工場を新設(ウエハ洗浄装置) 1975年 SCREEN HD 写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入 1963年 SCREEN HD カラーテレビ向けシャドーマスクの開発 1953年 SCREEN HD 堀川工場を新設 1943年 SCREEN HD 大日本スクリーン製造所を設立
- ブックオフGHD 2024年 ブックオフGHD 従業員による架空買取・不適切会計と特別調査委員会の設置 2018年 ブックオフGHD ブックオフグループHDを単独株式移転で設立 2014年 ブックオフGHD ヤフーとの資本業務提携契約を締結 2009年 ブックオフGHD BOOKOFF SUPER BAZAAR 鎌倉大船をオープン 2008年 ブックオフGHD 洋販ブックサービスから青山ブックセンター・流水書房を譲受 2007年 ブックオフGHD 創業者・坂本孝氏のリベート受領問題と経営体制の刷新 1994年 ブックオフGHD 中古CD・中古ビデオの仕入販売を開始 1991年 ブックオフGHD 目利きを捨てた標準化買取モデルとフランチャイズ・チェーン化
- サンドラッグ 2024年 サンドラッグ 完全子会社化に踏み込まず、キリン堂と持分法で組む 2019年 サンドラッグ 物流センターを開設 2014年 サンドラッグ 展開しているサンドラッグプラス(フランチャイジー)を子会社化 2009年 サンドラッグ ダイレックス買収による二業態化 ── ドラッグストアとディスカウントストアの二本立てへ 1994年 サンドラッグ サンドラッグのローコスト高収益モデルと20期連続増収増益 1980年 サンドラッグ 郊外型ドラッグストアを開店 1965年 サンドラッグ サンドラッグを設立しチェーン展開を開始 1957年 サンドラッグ 故名誉会長多田幸正氏が「フタバ薬局」を個人開業
- 日本ハム 2025年 日本ハム 北米加工品製造販売会社3社を買収 2023年 日本ハム 井川構造改革と「自前主義」からの転換 2018年 日本ハム 畑佳秀が第7代社長に就任 2014年 日本ハム 英文社名をNH Foods Ltd.に変更 2002年 日本ハム 牛肉偽装事件の発覚と創業家一族の経営退場 1991年 日本ハム 豪州での食肉垂直統合と牛肉輸入自由化への備え 1985年 日本ハム 「シャウエッセン」を発売 1979年 日本ハム 日本ハム食品を設立(加工食品部門本格参入) 1977年 日本ハム Day-Lee Foods(デイリーフーズ)を買収 1963年 日本ハム 鳥清ハムを合併し日本ハムに商号変更 1956年 日本ハム 大阪工場を新設(業界初の鉄筋コンクリート工場) 1945年 日本ハム 工場が戦災で焼失
- 芝浦メカトロニクス 2023年 芝浦メカトロニクス 東芝による保有株式の段階的な処分と芝浦メカトロニクスの独立企業化 2010年 芝浦メカトロニクス 芝浦ハイテックを完全子会社化 2001年 芝浦メカトロニクス 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 1998年 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスとの合併による液晶製造装置への参入と芝浦メカトロニクスへの社名変更 1991年 芝浦メカトロニクス 徳田製作所と合併し芝浦エレテックを子会社化 1972年 芝浦メカトロニクス 東京証券取引所一部に指定替え 1969年 芝浦メカトロニクス 東京証券取引所二部上場 1939年 芝浦メカトロニクス 芝浦京町製作所として設立
- 日立化成 2020年 日立化成 昭和電工による9,640億円のTOBでの完全子会社化と東証1部上場廃止 2020年 日立化成 昭和電工の子会社に 2018年 日立化成 協和メデックスを子会社化 2013年 日立化成 日立化成に商号変更 2008年 日立化成 日立ハウステック株式のニューホライズンキャピタルへの譲渡と住宅設備事業からの撤退 2001年 日立化成 住宅機器・環境設備部門を会社分割により完全子会社の日立ハウステックとして分社 1991年 日立化成 好況期に着手した低収益製品の選別と不採算製品からの撤退 1982年 日立化成 事業目的に「電子材料・電子部品の製造・販売」を追加 1972年 日立化成 新神戸電機の株式の過半数を取得 1963年 日立化成 日立製作所の化学製品部門の営業資産を譲受 1962年 日立化成 日立化成工業を設立
- ブリヂストン 2020年 ブリヂストン 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 2019年 ブリヂストン TOM TOM TELEMATICS社を買収(運行管理システム) 2001年 ブリヂストン 米ファイアストンの欠陥タイヤ問題と大規模自主回収 1997年 ブリヂストン 南アフリカのFedstoneを買収 1992年 ブリヂストン 子会社BFSで大規模な人員削減 1988年 ブリヂストン 米ファイアストンの買収と世界一への跳躍 1983年 ブリヂストン ファイアストンのナッシュビル工場を取得 1976年 ブリヂストン 創業者・石橋正二郎氏が逝去 1967年 ブリヂストン ブリヂストンタイヤショップ制度を開始 1951年 ブリヂストン グッドイヤー社と提携 1933年 ブリヂストン タイヤの初期不良が続出 1931年 ブリヂストン ブリヂストン創業——久留米の足袋商から国産自動車タイヤメーカーへ
- ニッスイ 2022年 ニッスイ 「日本水産」を捨てた業態転換 — 水産卒業・食品と養殖の双翼へ 2022年 ニッスイ 日水製薬の全株式を売却 2017年 ニッスイ 的埜明世が代表取締役社長に就任 2014年 ニッスイ 本社を移転 2009年 ニッスイ 連結純損失を計上 2001年 ニッスイ 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買った前例なき北米進出 2001年 ニッスイ ニュージーランドSEALORD GROUP LTD.へ資本参加 1998年 ニッスイ 日本クッカリーを設立 1988年 ニッスイ チリのサケ養殖会社SALMONES ANTARTICA S.A.を買収 1983年 ニッスイ 漁場半減下でも止めなかった約120億円のトロール船集中投資 1982年 ニッスイ EPA(エイコサペンタエン酸)栄養補助食品の販売を開始 1978年 ニッスイ チリ合弁会社EMPRESA DE DESARROLLO PESQUERO DE CHILE S.A.を設立 1966年 ニッスイ 本社を移転 1952年 ニッスイ 戸畑工場にて魚肉ソーセージの本格的生産を開始 1934年 ニッスイ 共同漁業が日本産業(日産コンツェルン)に合併
- NTTデータG 2025年 NTTデータG 東京証券取引所プライム市場で上場廃止 2023年 NTTデータG 国内事業会社であるNTTデータを設立するとともに、持株会社体制へ移行 2022年 NTTデータG NTT Ltd.との海外事業統合による規模の倍増と、有利子負債1.7兆円の引き受け 2016年 NTTデータG Dell Services部門の譲り受けの98.0%以上が完了 2014年 NTTデータG 経営権取得によりEVERIS PARTICIPACIONES, S.L.U.が子会社に 2010年 NTTデータG 経営権取得により、Keane International, Inc.・Keane, Inc.が子会社に 2005年 NTTデータG 自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略 1998年 NTTデータG 商号を「エヌ・ティ・ティ・データ」に変更 1988年 NTTデータG 民営化直後のNTTからデータ通信事業本部を切り出し、資本金100億円で分社独立 1988年 NTTデータG 日本電信電話から同社データ通信事業本部に属する営業を譲り受け、営業を開始 1967年 NTTデータG 日本電信電話公社にデータ通信本部を設置
- 良品計画 2025年 良品計画 売上高7846億円・営業利益738億円 2022年 良品計画 ローソン店舗での無印良品販売を全国展開 2021年 良品計画 都心旗艦店から生活圏の中型店へ——堂前宣夫の「第二創業」 2019年 良品計画 売上高4088億円で国内外の成長が鈍化兆し 2014年 良品計画 松﨑曉が代表取締役社長に就任 2002年 良品計画 松井忠三氏の指揮で業績が回復 2001年 良品計画 松井忠三による無印良品の再建と衣料品のヨウジヤマモト全面委託 1991年 良品計画 リバティ社と提携しロンドンに出店 1990年 良品計画 西友から無印良品の営業を譲受し直営店小売を開始 1989年 良品計画 西友PB「無印良品」の分社独立と直営小売への転換
- 東北電力 2020年 東北電力 発送電の法的分離と東北電力ネットワークへの送配電分社 2019年 東北電力 東北電力ネットワーク(分割準備会社)を設立し吸収分割契約を締結 2018年 東北電力 女川原子力発電所1号機の運転を終了し廃止措置に移行 2011年 東北電力 東日本大震災により供給区域で甚大な被害が発生 2003年 東北電力 東北水力地熱と東北インテリジェント通信の子会社化によるグループ事業の再編 1998年 東北電力 コアネット東北を設立 1984年 東北電力 女川原子力発電所1号機の営業運転を開始 1978年 東北電力 石油専焼火力への依存を改める日本海エル・エヌ・ジー設立とLNGへの燃料転換 1961年 東北電力 大阪証券取引所市場第一部に上場 1959年 東北電力 東北発変電工事を設立
- 日本製鋼所 2026年 日本製鋼所 日本製鋼所M&Eを吸収合併し室蘭製作所を設置 2020年 日本製鋼所 素形材・エネルギー事業の日鋼MECへの吸収分割と、6年後の日本製鋼所M&Eの本体への吸収合併 2017年 日本製鋼所 連結純損失▲50億円を計上し3期連続赤字 2012年 日本製鋼所 YPK・そのグループ会社を子会社化 2007年 日本製鋼所 室蘭製作所の製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2000年 日本製鋼所 経営改善計画を発表し420名の人員削減を実施 1994年 日本製鋼所 3期連続の最終赤字に転落 1986年 日本製鋼所 油圧ショベルの自社生産から撤退 1986年 日本製鋼所 室蘭製作所で600名規模の人員削減を開始 1978年 日本製鋼所 Japan Steel Works America, Inc.を設立 1961年 日本製鋼所 油圧ショベル事業に新規参入 1960年 日本製鋼所 独アンケル・ベルク社からの技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1950年 日本製鋼所 過度経済力集中排除法に基づく再編で新日本製鋼所を設立 1945年 日本製鋼所 敗戦を受け民需品生産への転換を開始 1931年 日本製鋼所 製鉄・採鉱事業の分離と輪西製鉄の設立、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中 1907年 日本製鋼所 北海道炭礦汽船・アームストロング・英ビッカースの3社共同出資で日本製鋼所を設立
- 東宝 2024年 東宝 アニメ制作会社サイエンスSARUの子会社化と、Toho InternationalによるGKIDSの取得 2024年 東宝 北米アニメ配給会社GKIDS,Inc.を子会社化 2019年 東宝 「TOHO animation」レーベルが「鬼滅の刃」テレビアニメを展開開始 2011年 東宝 島谷能成が代表取締役社長に就任 2006年 東宝 映画興行部門を会社分割しTOHOシネマズに承継 2003年 東宝 ヴァージン・シネマズ・ジャパンの買収と映画興行網の自社一元化 1987年 東宝 東宝日比谷ビルが竣工 1973年 東宝 東宝不動産が東京証券取引所一部に上場 1969年 東宝 新宿東宝会館完成 1958年 東宝 不動産活用委員会の設置と、劇場を「不動産」として運用する体制への移行 1954年 東宝 映画「ゴジラ」第1作を公開 1948年 東宝 1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖 1943年 東宝 東京宝塚劇場と東宝映画の合併、製作・配給・興行・演劇の一貫経営体制の確立 1938年 東宝 帝国劇場を合併
- 岩谷産業 2024年 岩谷産業 コスモエネルギーホールディングスの株式取得と資本業務提携 2019年 岩谷産業 名古屋証券取引所市場第一部について上場廃止申請を行い、上場廃止 2014年 岩谷産業 国内初の商用水素ステーション「イワタニ水素ステーション 尼崎」が完成 2002年 岩谷産業 牧野明次体制の「量から質への転換」―戸建住宅事業撤退と水素先行投資 1997年 岩谷産業 東京本社を移転 1985年 岩谷産業 岩谷ガス工業・富士瓦斯工業・大阪水素工業の3社が対等合併し岩谷瓦斯を設立 1981年 岩谷産業 サウジアラビアよりLPガスの直輸入を開始 1979年 岩谷産業 高圧ガス等の販売会社である大阪イワタニガスを設立 1969年 岩谷産業 大阪・東京の2本社制を採用 1953年 岩谷産業 マルヰプロパン発売──家庭用LPガス全国流通への転換 1948年 岩谷産業 東京営業所を開設
- UBE 2025年 UBE 西田祐樹への社長交代を発表 2023年 UBE FY22で純損失を計上 2022年 UBE 祖業セメントの連結除外と商号「宇部興産→UBE」への同時転換 2019年 UBE 泉原雅人が代表取締役社長に就任(FY18) 2014年 UBE 山本謙が代表取締役社長に就任(FY14) 2005年 UBE カプロラクタムの量産化と、スペイン・タイ現地生産によるナイロン原料の世界供給網の構築 1998年 UBE 宇部三菱セメントを設立 1982年 UBE 145千KW石炭専焼自家発電所が完成 1969年 UBE 宇部アンモニア工業を設立 1957年 UBE 祖業・石炭鉱業からの撤退と石炭部門約7,000名の配置転換 1957年 UBE 7,000名の配置転換を断行 1955年 UBE 宇部カプロラクタム工場を新設 1942年 UBE 4社合併で宇部興産を設立 1933年 UBE 宇部窒素工業を設立
- 石油資源開発 2024年 石油資源開発 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 2018年 石油資源開発 相馬LNG基地操業開始 2014年 石油資源開発 ジャペックス ユーケー イーアンドピー社設立 2003年 石油資源開発 石油公団保有株の売り出しによる東証一部上場と、開発会社統合構想からの離脱 1996年 石油資源開発 新潟・仙台間ガスパイプライン完成 1989年 石油資源開発 勇払油ガス田(北海道)発見 1970年 石油資源開発 公団から分離・民間会社石油資源開発として再発足 1967年 石油資源開発 旧会社解散・石油開発公団へ業務承継 1959年 石油資源開発 東新潟ガス田(新潟県)発見
- 住友化学 2025年 住友化学 水戸信彰が代表取締役社長に就任 2024年 住友化学 過去最大の赤字を受けた抜本的構造改革と資産圧縮による再建 2023年 住友化学 短期集中業績改善策と聖域なき抜本的構造改革を発表 2019年 住友化学 岩田圭一が代表取締役社長に就任 2013年 住友化学 連結純損失を計上 2009年 住友化学 初の連結純損失を計上 2004年 住友化学 サウジ・アラムコとの折半合弁による石油精製・石油化学統合コンプレックス「ラービグ」への進出 2003年 住友化学 三井化学との経営統合を白紙撤回 1998年 住友化学 アクリル酸・MMAプロジェクト操業開始 1984年 住友化学 住友製薬を稲畑産業との間で設立 1984年 住友化学 シンガポール石油化学コンビナート操業開始 1978年 住友化学 三沢工場の操業開始 1969年 住友化学 低毒性有機リン剤スミチオンを大分工場で大型生産開始 1958年 住友化学 愛媛工場でエチレン・誘導品の生産を開始 1949年 住友化学 東京・大阪両証券取引所に株式上場
- 北の達人コーポレーション 2023年 北の達人コーポレーション 広告運用の効率偏重の見直しとクリエイティブ多様化、「チームX」による組織再建 2019年 北の達人コーポレーション 韓国連絡事務所を開設 2011年 北の達人コーポレーション 北海道特産品販売サイトを売却 2007年 北の達人コーポレーション わけあり物産ECからの撤退と、独自開発「カイテキオリゴ」を軸とするメーカー型D2Cへの転換
- エーザイ 2025年 エーザイ 通期売上収益7,894億円 2024年 エーザイ 構造改革の発表 2023年 エーザイ 認知症領域への長期集中とバイオジェン提携によるレカネマブの実用化 2015年 エーザイ 消化器疾患事業をEAファーマに分割 2014年 エーザイ 美里工場を売却 2008年 エーザイ 営業利益が急減 2007年 エーザイ 米バイオ医薬MGIファーマの約39億ドル買収によるがん領域の強化 1997年 エーザイ アルツハイマー型認知症治療剤「アリセプト」を米国発売 1997年 エーザイ プロトンポンプ阻害剤「パリエット」を発売 1988年 エーザイ 内藤晴夫が代表取締役社長に就任 1974年 エーザイ 代謝性強心剤「ノイキノン」を発売 1966年 エーザイ 内藤祐次が代表取締役社長に就任 1956年 エーザイ 長期経営計画「三六計画」を公表 1949年 エーザイ 戦後の経営危機
- 北越コーポレーション 2021年 北越コーポレーション オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始 2019年 北越コーポレーション 三菱商事との業務提携を解消 2012年 北越コーポレーション 大王製紙の株式取得 2009年 北越コーポレーション 株式交換により紀州製紙を完全子会社化 2006年 北越コーポレーション 王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛 2000年 北越コーポレーション 三菱製紙との業務提携を発表 1998年 北越コーポレーション 新潟工場に8号機を新設・ECFパルプ生産開始 1986年 北越コーポレーション 新潟工場への設備投資を再開 1977年 北越コーポレーション 子会社北越パッケージを設立 1964年 北越コーポレーション 新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ 1959年 北越コーポレーション 鈴木一弘氏による株式買い占め事件 1957年 北越コーポレーション 北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ 1944年 北越コーポレーション 北越パルプを合併
- J.フロント リテイリング 2021年 J.フロント リテイリング コロナ禍で初の純損失に転落 2020年 J.フロント リテイリング パルコのTOBによる完全子会社化と親子上場の解消 2017年 J.フロント リテイリング GINZA SIXを開業 2012年 J.フロント リテイリング パルコを子会社化 2007年 J.フロント リテイリング 大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合と共同持株会社J.フロント リテイリングの設立 2007年 J.フロント リテイリング 松坂屋HDを吸収合併
- ローム 2025年 ローム 営業赤字転落・純損失 2024年 ローム 東芝の非公開化連合へ最大3000億円を拠出し、パワー半導体の協業に賭ける 2019年 ローム パナソニックから半導体デバイス事業の一部を譲受 2012年 ローム 初の営業赤字 2010年 ローム SiC製ショットキーバリアダイオードを開発・販売開始 2008年 ローム 沖電気工業から半導体事業部門を買収 1992年 ローム 半導体不況下の受注整理と生産改革 1989年 ローム 大手が避けた市場を狙う「3番手戦略」でのSRAM参入 1989年 ローム 東証一部上場下でのオーナー社長・佐藤研一郎の統治スタイル 1970年 ローム 本社敷地内に半導体製造ラインを設置 1969年 ローム ICの開発・販売を開始 1954年 ローム 佐藤研一郎が東洋電具製作所を創業
- ナカニシ 2020年 ナカニシ 成長戦略の自力開発から海外M&Aへの転換と、米DCIインターナショナルなど海外企業の子会社化 2017年 ナカニシ アラブ首長国連邦にNSK MIDDLE EAST FZCOを設立 2013年 ナカニシ 滅菌器メーカーDENTAL X S.p.Aの株式を取得 2005年 ナカニシ 部品一次加工強化のためCNC工場を本社工場敷地内に建設 1996年 ナカニシ 社名の株式会社ナカニシへの変更と販売代理店の吸収合併による製造・販売の一社統合 1982年 ナカニシ 歯科用高速回転技術を応用した工業用切削・研磨機器事業への参入
- いすゞ自動車 2025年 いすゞ自動車 トヨタ自動車・スズキ・日野自動車・ダイハツ工業との協業を終了 2024年 いすゞ自動車 トヨタ自動車・スズキ・日野自動車・ダイハツ工業と商用事業で協業 2021年 いすゞ自動車 いすゞ自動車のボルボとの戦略的提携とUDトラックスの取得 2016年 いすゞ自動車 ピックアップトラックの組立工場を新設 2001年 いすゞ自動車 希望退職者の募集 1993年 いすゞ自動車 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 1988年 いすゞ自動車 鶴見製造所を閉鎖 1971年 いすゞ自動車 いすゞ自動車のGMとの全面提携と株式34.2%の受け入れ 1969年 いすゞ自動車 トラック事業で赤字転落 1953年 いすゞ自動車 ルーツ社と技術援助提携に調印(乗用車生産開始) 1942年 いすゞ自動車 日野製造所を日野自動車として分離
- ニトリ 2024年 ニトリ 36期連続の増収増益が途絶 2023年 ニトリ 米国の店舗とECサイトを閉鎖 2021年 ニトリ 島忠の買収とホームセンターへの進出 2018年 ニトリ アパレル事業に参入 2017年 ニトリ カチタスを持分法適用関連会社化 2014年 ニトリ 中国大陸1号店を開店 2010年 ニトリ 持株会社体制に移行 2009年 ニトリ 22期連続の増収増益を達成 2008年 ニトリ 「値下げ宣言」を開始 1994年 ニトリ 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 1993年 ニトリ 本州で店舗展開を開始 1987年 ニトリ マルミツ木工と業務提携 1986年 ニトリ ニトリに商号変更 1978年 ニトリ チェーン化構想を発表 1978年 ニトリ ドミナント出店を開始 1972年 ニトリ アメリカ流チェーンストア構想と「ロマン」の設定 1967年 ニトリ 似鳥昭雄氏が「似鳥家具店」を開業
- 岡三証券G 2026年 岡三証券G 岡三オンライン証券事業の一部のSBI証券への譲渡を決定 2024年 岡三証券G 銀行サービス「岡三BANK」の提供開始 2024年 岡三証券G 「岡三UBSファンドラップ」の提供開始 2022年 岡三証券G ネット専業・岡三オンライン証券の設立と、16年後の岡三証券への吸収合併 2018年 岡三証券G 岡三キャピタルパートナーズを設立 2014年 岡三証券G 丸福証券が岡三にいがた証券に商号変更 2008年 岡三証券G 岡三証券グループに商号変更 2003年 岡三証券G 会社分割で証券業を承継させ持株会社の岡三ホールディングスに移行 1998年 岡三証券G 改正証券取引法に基づく総合証券会社として登録 1993年 岡三証券G 新入社員研修の2週間から1年間への延長と、支店への「新入営業課」の設置 1981年 岡三証券G 調査部・投資顧問室を分離し岡三経済研究所を設立 1978年 岡三証券G 名古屋証券取引所市場第一部に上場 1968年 岡三証券G 改正証券取引法による証券業の免許を取得 1964年 岡三証券G 日本投信委託を設立 1961年 岡三証券G 創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得 1959年 岡三証券G 広島の興隆証券から営業権を譲受 1958年 岡三証券G 京都の中屋証券から営業権を譲受 1949年 岡三証券G 本店を大阪市東区北浜に移転 1944年 岡三証券G 岡三商店を改組し岡三証券を設立。本店は三重県津市
- ニップン 2026年 ニップン 大型穀物船が接岸できる立地に建設した製粉の新拠点、知多工場が竣工 2024年 ニップン 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え 2019年 ニップン 渋谷区の旧本社跡地に複合ビル「リンクスクエア新宿」が竣工 2014年 ニップン 東福製粉の株式を公開買付けにより取得 2000年 ニップン パスタ製造会社Pasta Montana, L.L.C.を買収 1996年 ニップン ニップン冷食の設立と冷凍食品製造部門の分社化 1996年 ニップン 冷凍食品の製造に本格参入 1990年 ニップン オーマイを吸収合併 1989年 ニップン エヌピーエフジャパンを設立 1978年 ニップン 千葉工場が竣工 1960年 ニップン 大阪製粉を合併 1955年 ニップン 家庭用食品ブランド「オーマイ」が誕生 1930年 ニップン 三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む製粉共販組合の結成 1920年 ニップン 東洋製粉を合併
- 森永製菓 2022年 森永製菓 森永乳業株の政策保有縮減と、プライム移行に合わせたガバナンス改革 2019年 森永製菓 森永キノインドネシアの株式を譲渡 2013年 森永製菓 塚口工場閉鎖 2008年 森永製菓 米国森永製菓を設立 1997年 森永製菓 菓子事業の社内分社と「エンゼルの森」構想の見直し 1987年 森永製菓 小山新工場が竣工 1973年 森永製菓 森和商事を設立 1965年 森永製菓 ゼネラルミルズとの合弁で森永ゼネラルミルズを設立 1954年 森永製菓 売店部門を分離し森永キャンデーストアを設立 1949年 森永製菓 乳業部門の分離による「菓子専業」への絞り込み 1949年 森永製菓 森永乳業設立 1923年 森永製菓 自社品販売会社森永製品販売設立(以降全国各地に設立)
- ローツェ 2023年 ローツェ イアス子会社化を含む連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2015年 ローツェ 自動培地交換機能搭載細胞培養装置「CellKeeper」を発表 2012年 ローツェ ロボット・ロードポート・アライナ・ウエハ搬送システムを発表 2004年 ローツェ ジャスダック証券取引所に上場 1996年 ローツェ ベトナム・ハイフォンへの量産拠点設立と、開発・量産を分ける国際分業体制の構築 1986年 ローツェ クリーンロボットの製造販売を開始
- セリア 2022年 セリア 100円均一を動かさない——値上げをせず「残存者利益」を狙う 2018年 セリア 中四国営業所を開設 2014年 セリア 河合映治がセリア社長就任 2003年 セリア 「Seria 生活良品」1号店をオープン 1997年 セリア 規模ではなくデータで競う——発注システムからリアルタイムPOS全店導入まで 1994年 セリア 常設店舗1号店「100円ショップ長崎屋岐阜店」をオープン 1989年 セリア 本社を新築し移転、初のフランチャイズ契約を締結
- 日本オラクル 2022年 日本オラクル 東証再編でのプライム市場の見送りとスタンダード市場への移行 2022年 日本オラクル Oracle Cloud Infrastructure(OCI)がデジタル庁のガバメントクラウドに決定 2017年 日本オラクル フランク・オーバーマイヤーが執行役最高経営責任者(CEO)に就任、杉原博茂は取締役会長へ 2010年 日本オラクル サーバー・ストレージ等の販売と関連サービスを開始 2000年 日本オラクル 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 1999年 日本オラクル 米本社の100%子会社を維持したままの日本単独上場 1985年 日本オラクル 日本オラクルを設立
- 京王電鉄 2022年 京王電鉄 新宿駅西南口地区の再開発、JR東日本との共同事業と総事業費3000億円の投資 2021年 京王電鉄 初の経常赤字・純損失を計上 2017年 京王電鉄 京王プレリアホテル京都を設立 2012年 京王電鉄 リビタの株式取得 2009年 京王電鉄 永田正が代表取締役社長に就任 1994年 京王電鉄 京王百貨店の構造改革——自主MD化と専門大店化 1988年 京王電鉄 新本社屋完成、多摩市に移転 1978年 京王電鉄 京王新線開通、新宿〜笹塚間の複々線化 1969年 京王電鉄 高速バス運行開始 1969年 京王電鉄 京王プラザホテルを設立 1955年 京王電鉄 不動産業の営業開始 1948年 京王電鉄 東京急行電鉄から分離し京王帝都電鉄を設立 1944年 京王電鉄 陸上交通事業調整法により東京急行電鉄に合併(大東急)
- マツキヨココカラ&カンパニー 2021年 マツキヨココカラ&カンパニー ココカラファインを株式交換で統合し、売上1兆円のドラッグストアをつくる 2020年 マツキヨココカラ&カンパニー ココカラファインと経営統合の基本合意書と資本業務提携契約を締結 2018年 マツキヨココカラ&カンパニー 臺隆工業股份有限公司と台湾に合弁会社台湾松本清股份有限公司を設立 2013年 マツキヨココカラ&カンパニー ぱぱすを完全子会社化 2007年 マツキヨココカラ&カンパニー マツモトキヨシHDを設立。東京証券取引所市場第一部に上場 2001年 マツキヨココカラ&カンパニー グループ拡大化戦略を開始(地域優良企業との業務提携開始) 1996年 マツキヨココカラ&カンパニー 複合小売から薬粧専門・都心駅前チェーンへの転換とマツキヨのブランド化 1987年 マツキヨココカラ&カンパニー 都市型ドラッグストアの先駆け・上野アメ横店をオープン 1954年 マツキヨココカラ&カンパニー 個人経営から法人組織へ改組 1932年 マツキヨココカラ&カンパニー 松本清が松戸市小金に薬種商「松本薬舗」を個人創業
- ユー・エス・エス 2023年 ユー・エス・エス USSサポートサービスでオートローン事業に参入 2021年 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エーの完全子会社化と、HAA神戸会場の減損188億円の計上 2017年 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エーの株式66.0%を取得し子会社化 2011年 ユー・エス・エス アイケイコーポレーションと資本業務提携 2008年 ユー・エス・エス USS東京会場で同時10レーン・セリシステム導入 1999年 ユー・エス・エス 地方オートオークション会社の連続買収と、買収会場のUSS方式への作り替え 1995年 ユー・エス・エス 衛星TVオートオークション開始 1982年 ユー・エス・エス USS名古屋会場を開設
- しまむら 2021年 しまむら 中期経営計画「リ・ボーン」による原点回帰と3期連続減益からのV字回復 2020年 しまむら 直営ECサイト「しまむらオンラインストア」を開設 2015年 しまむら 東松山商品センターを建設・稼働 2012年 しまむら 飾夢楽の1号店を上海市に開設 2003年 しまむら しまむらグループ1000店舗を達成 1999年 しまむら 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 1998年 しまむら 思夢樂の1号店を開設 1996年 しまむら 子会社アベイルを設立 1981年 しまむら POSシステムによる全店オンライン・単品管理を開始 1975年 しまむら 商品管理の自社電算化を開始 1961年 しまむら 東松山店を開店しチェーン化を開始 1957年 しまむら セルフサービスシステムを導入
- ライオン 2025年 ライオン Merap Lion Holding Corporationを完全子会社化 2024年 ライオン 「量を追わない経営」への転換——ブランドの選択と集中 2024年 ライオン SKU3割削減方針を発表 2018年 ライオン Wilmar Internationalとの合弁でGlobal Eco Chemicals Singaporeを設立 2014年 ライオン アクゾノーベル社より株式を譲り受けライオン・スペシャリティ・ケミカルズを子会社化 2004年 ライオン 中外製薬から一般用医薬品事業を取得 2004年 ライオン CJ Corp.から生活化学品事業を取得 1989年 ライオン 育毛剤「ペンタデカン」データねつ造事件と小林敦社長による経営危機の総括 1979年 ライオン ライオン歯磨とライオン油脂の対等合併によるライオン株式会社発足 1967年 ライオン サハ社と共同出資で泰国獅王油脂有限公司(現Lion Corporation (Thailand) Ltd.)設立 1896年 ライオン 初めて良質粉ハミガキの製造を開始し「獅子印ライオン歯磨」と名づける
- キユーピー 2025年 キユーピー 連結子会社であるアヲハタと株式交換を行い、同社を完全子会社へ変更 2021年 キユーピー キユーソー流通システム株式の一部を立会外分売で譲渡し、物流子会社を連結から外す 2017年 キユーピー 中国統括会社である丘比有限公司を設立 2014年 キユーピー アヲハタを子会社化 2009年 キユーピー KEWPIE MALAYSIA SDN.BHD.を設立 1993年 キユーピー 北京丘比食品有限公司を設立 1982年 キユーピー Q&B FOODS, INC.を設立 1981年 キユーピー 卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える 1981年 キユーピー 卵黄レシチンなどの製造を開始 1977年 キユーピー 卵素材品の販売部門を分離独立させ、キユーピータマゴを設立 1972年 キユーピー 中島董商店の得意先販売網を引き継ぎ、半世紀続いた製販分離を解消して自社販売へ移行 1969年 キユーピー 本社を移転 1957年 キユーピー 社名を食品工業からキユーピーへ変更 1925年 キユーピー キユーピーマヨネーズの製造を開始
- 東洋紡 2025年 東洋紡 つるがフィルム工場で増産決定 2023年 東洋紡 フィルム製品で大幅減益 2021年 東洋紡 2021-2022年 品質不正(UL規格不正・4度の隠蔽) 2018年 東洋紡 防弾ベスト向け繊維の訴訟和解 2013年 東洋紡 保護フィルム「コスモシャインSRF」を開発 2009年 東洋紡 御幸HDを買収(御幸毛織) 1999年 東洋紡 伊勢工場・大町工場を閉鎖 1985年 東洋紡 医薬品事業に参入 1984年 東洋紡 国内3工場の閉鎖 1982年 東洋紡 創業100年を機に非繊維事業への多角化を急ピッチで推進 1978年 東洋紡 宇野収氏が社長就任 1968年 東洋紡 1968年 犬山工場フィルム転換 ― パルプからフィルムへの事業モデル転換 1966年 東洋紡 呉羽紡績の吸収合併とナイロン事業への進出 1963年 東洋紡 プロピレンフィルムの生産開始 1959年 東洋紡 谷口豊三郎氏が社長就任 1937年 東洋紡 岩国工場でレーヨン生産開始 1914年 東洋紡 東洋紡績を設立
- 住友大阪セメント 2022年 住友大阪セメント 石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し 2021年 住友大阪セメント 諸橋央典氏の代表取締役社長就任 2011年 住友大阪セメント 関根福一氏の代表取締役社長就任 2003年 住友大阪セメント 伊吹工場におけるセメント生産の中止 1994年 住友大阪セメント 住友セメントと大阪セメントの合併による住友大阪セメントの発足 1985年 住友大阪セメント 非セメント部門の売上構成比を50%とする10年計画の策定と、「電・光・石・化」4分野への進出 1985年 住友大阪セメント 中期三ヵ年実行計画「RCP作戦」の策定 1984年 住友大阪セメント 別途積立金の取崩しによる未処理損失金の補填の承認可決 1975年 住友大阪セメント 工場閉鎖と希望退職を含む合理化案の労働組合への提示 1975年 住友大阪セメント 七尾工場・多賀工場の閉鎖 1965年 住友大阪セメント 和歌山セメント・西浜開発ほか2社の合併、資本金55億円 1964年 住友大阪セメント 住友グループの社長会である白水会への加盟 1963年 住友大阪セメント 磐城セメントの住友グループ加入と、住友セメントへの商号変更 1950年 住友大阪セメント 戦後初の配当の実施 1928年 住友大阪セメント 三菱商事との製品一手委託販売契約の締結 1907年 住友大阪セメント 磐城セメントを資本金100万円で設立、本店は横浜市太田町
- DIC 2025年 DIC OASIS INVESTMENTS II MASTER FUND LTD.他による株主提案 2024年 DIC 液晶材料事業からの撤退と、星光PMC株式・美術品の売却による資産圧縮 2021年 DIC BASF社から顔料事業(Colors & Effects事業)を買収 2017年 DIC 太陽HDと資本業務提携 2012年 DIC 星光PMCが株式を東京証券取引所市場第一部に上場 2005年 DIC ReichholdグループをMBO方式により売却 1999年 DIC Totalfina S.A.他より印刷インキ事業(Coatesグループ)を買収 1987年 DIC Reichhold Chemicals Inc.を株式の公開買付により買収 1986年 DIC 米サン・ケミカル社グラフィックアーツ部門の取得と、印刷インキ世界首位への到達 1979年 DIC 公開買付により米国のPolychrome Corp.を買収 1973年 DIC ネマティック型液晶を開発し電卓での採用を獲得 1962年 DIC JRCを吸収合併 1952年 DIC 米ライヒホールド・ケミカルズとの合弁による日本ライヒホールド化学工業の設立と、合成樹脂への参入 1945年 DIC 本店(本社工場)を本所より板橋に移転
- 稲畑産業 2025年 稲畑産業 大五通商がマルカブ佐藤製茶を子会社化 2024年 稲畑産業 オーガニック成長からマジョリティ出資へ——丸石化学品・大五通商・ノバセルの連続買収 2023年 稲畑産業 株式の追加取得により、丸石化学品・その子会社である丸石テクノを子会社化 2023年 稲畑産業 株式の追加取得により、大五通商を子会社化 2019年 稲畑産業 情報電子・化学品・生活産業・合成樹脂の4分野に事業を再編 2013年 稲畑産業 サンパウロにINABATA BRASIL IMPORTAÇÃO E EXPORTAÇÃO LTDA.を設立 2005年 稲畑産業 住友製薬の株式の一部を住友化学に譲渡 2002年 稲畑産業 アメリカ・ノバトに水産物販売会社DNI GROUP, LLCを設立 1999年 稲畑産業 情報電子・住環境・化学品・合成樹脂・食品の5分野に事業を再編 1984年 稲畑産業 医薬事業を合弁の住友製薬へ営業譲渡し、直営の医薬品事業から撤退 1976年 稲畑産業 戦後初の海外営業拠点となるINABATA SINGAPORE (PTE.) LTD.を設立 1962年 稲畑産業 東京証券取引所市場第二部に株式上場 1944年 稲畑産業 日本染料製造の住友化学合併を受け、住友化学工業の特約販売店となる 1939年 稲畑産業 日本染料製造の医薬品の総販売元となり、医薬品部門を新設
- ブラザー工業 2024年 ブラザー工業 ローランドDGへの対抗TOB提案と、その断念 2015年 ブラザー工業 ドミノプリンティングサイエンスを子会社化 2013年 ブラザー工業 株式公開買付でニッセイを子会社化 2008年 ブラザー工業 HOYAからモバイルプリンター事業を譲受 1997年 ブラザー工業 自社製インクジェットヘッド搭載カラーインクジェット複合機の販売開始 1992年 ブラザー工業 通信カラオケ事業に参入 1989年 ブラザー工業 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1971年 ブラザー工業 セントロニクス社と共同開発した高速ドットプリンターの出荷を開始 1962年 ブラザー工業 工作機械分野に参入 1961年 ブラザー工業 欧文ポータブルタイプライターの生産を開始 1959年 ブラザー工業 ミシン輸出累計100万台を突破 1932年 ブラザー工業 家庭用ミシンの国産化に成功
- 浜松ホトニクス 2024年 浜松ホトニクス デンマークNKTフォトニクスの子会社化と、レーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2011年 浜松ホトニクス 子会社(浜松光子学商貿)を設立 2008年 浜松ホトニクス 産業開発研究所を新設 1991年 浜松ホトニクス コーア電子工業の営業全部を譲受 1983年 浜松ホトニクス 浜松テレビから浜松ホトニクスへの社名変更と、光子工学を軸とする事業領域の再定義 1978年 浜松ホトニクス 事業目的に医療機器等の研究・製造・販売を追加 1967年 浜松ホトニクス 本社を移転 1953年 浜松ホトニクス 浜松テレビを設立し東海電子研究所の業務を引継 1948年 浜松ホトニクス 堀内平八郎が東海電子研究所を浜松に設立
- 野村総合研究所 2023年 野村総合研究所 自己株式の取得・消却と資本効率を軸とする株主還元への転換 2021年 野村総合研究所 Core BTS, Inc.の持株会社であるConvergence Technologies, Inc.を子会社化 2016年 野村総合研究所 ASG Group Limited.を子会社化 2014年 野村総合研究所 だいこう証券ビジネス・ケーシーエスを子会社化 2007年 野村総合研究所 横浜第二データセンターを竣工 1997年 野村総合研究所 「BESTWAY(投信窓販システム)」を稼働 1988年 野村総合研究所 旧野村総合研究所と野村コンピュータシステムの合併による現野村総合研究所の発足 1979年 野村総合研究所 野村コンピュータシステム、セブン-イレブン・ジャパンの「新発注システム」を稼働 1974年 野村総合研究所 野村コンピュータシステム、「STAR(証券業向け共同利用型システム)」を稼働 1966年 野村総合研究所 野村総合研究所設立 1966年 野村総合研究所 野村コンピュータシステム、「証券共同システム」を稼働
- ヨネックス 2022年 ヨネックス 非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代 2021年 ヨネックス BRIDGESTONE TECNIFIBRE CO.,LTD.を子会社化 2019年 ヨネックス 東洋造機を完全子会社化 2014年 ヨネックス 全国の物流拠点を東西2拠点に統合 2005年 ヨネックス ヨネックス開発を吸収合併 1996年 ヨネックス YONEX CORPORATION U.S.A.を設立 1989年 ヨネックス ヨネックス開発を設立、ゴルフ場開発に着手 1982年 ヨネックス 商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売 1982年 ヨネックス ゴルフ事業に参入 1978年 ヨネックス 大阪出張所を新設 1969年 ヨネックス 本社第一工場を増設、テニスラケットの製造を開始 1965年 ヨネックス ミノルスポーツを設立、シャトルコックの製造・販売を開始 1958年 ヨネックス 米山製作所を設立
- ユニチカ 2024年 ユニチカ 祖業・繊維事業からの全面撤退と870億円の金融支援要請、経営陣総退陣 2015年 ユニチカ メディカル・生活健康事業を譲渡 2014年 ユニチカ 第三者割当増資を実施 2002年 ユニチカ 酢ビ・ポバール事業を分割 1999年 ユニチカ 綿・羊毛事業を子会社へ分離 1980年 ユニチカ PETフィルムに参入 1977年 ユニチカ 三和銀行が経営介入 1975年 ユニチカ 国内3工場(名古屋・犬山・桐生)の閉鎖と減量経営への転換 1969年 ユニチカ ニチボーと日本レイヨンの対等合併によるユニチカ発足 1950年 ユニチカ ビニロン繊維の生産開始 1926年 ユニチカ 日本レイヨンを設立
- 常磐興産 2025年 常磐興産 東京証券取引所スタンダード市場で上場廃止 2024年 常磐興産 米フォートレス系Ontario合同会社によるTOBの受け入れと、東証スタンダード市場からの上場廃止 2011年 常磐興産 東日本大震災によりスパリゾートハワイアンズが休業 2008年 常磐興産 常磐パッケージの全株式を譲渡 1999年 常磐興産 滞在型施設「ウイルポート」を開業 1985年 常磐興産 常磐炭礦が茨城地区で終掘 1970年 常磐興産 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更 1970年 常磐興産 石炭生産部門を新常磐炭礦に営業譲渡 1966年 常磐興産 坑内湧出温泉を用いた常磐ハワイアンセンターの開業 1964年 常磐興産 常磐湯本温泉観光を設立 1953年 常磐興産 双葉貨物自動車を設立 1944年 常磐興産 磐城炭礦と入山採炭の合併により常磐炭礦を設立 1884年 常磐興産 磐城炭礦社を設立
- 日本ガイシ 2025年 日本ガイシ NAS電池の製造・販売活動終了を決議 2021年 日本ガイシ 半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換 2015年 日本ガイシ 新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得 2012年 日本ガイシ 親会社株主に帰属する当期純損失356億円を計上 2011年 日本ガイシ NAS電池火災事故が発生 2002年 日本ガイシ 電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を事業化 1996年 日本ガイシ インドネシアと中国に海外子会社を設立 1988年 日本ガイシ 自動車用セラミックス製造会社NGK CERAMICS USAを設立 1977年 日本ガイシ ベルギーの碍子メーカーの買収と欧州生産拠点NGKボドゥールの設立 1976年 日本ガイシ フォード社に自動車排ガス浄化用セラミックスハニカム担体を初納入 1964年 日本ガイシ 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 1958年 日本ガイシ 金属製品(ベリリウム銅)の製造販売開始 1936年 日本ガイシ 点火プラグ部門を分離、日本特殊陶業を設立 1919年 日本ガイシ 日本碍子を設立
- 森永乳業 2021年 森永乳業 大貫体制での海外M&A集中と米国植物性食品への参入 2017年 森永乳業 パキスタンに同国2社と合弁会社NutriCo Morinaga(Private)Limitedを設立 2014年 森永乳業 森永北陸乳業福井工場にて菌末の製造を開始 2008年 森永乳業 別海工場チーズ新棟稼動 1993年 森永乳業 マウントレーニア・カフェラッテ(カップ入り乳飲料)発売 1989年 森永乳業 研究・情報センターを開設 1977年 森永乳業 ビヒダス発売とビフィズス菌による独自路線 1967年 森永乳業 森永商事の乳製品販売部門を譲り受け 1955年 森永乳業 森永ヒ素ミルク中毒事件と恒久救済体制の確立 1949年 森永乳業 森永乳業設立
- 昭和飛行機工業 2021年 昭和飛行機工業 昭和の森ゴルフコースなど3施設を投資ファンドへ売却 2020年 昭和飛行機工業 三井E&Sホールディングス保有株のベインキャピタルへの売却と、公開買付けを経た上場廃止 2020年 昭和飛行機工業 ベインキャピタルが株式公開買付けの実施を発表 2015年 昭和飛行機工業 昭島駅北口に複合商業施設「モリパークアウトドアヴィレッジ」を開業 2014年 昭和飛行機工業 三井造船が公開買付けで株式を取得し親会社化 2005年 昭和飛行機工業 中山産業の全株式を取得し完全子会社化 2003年 昭和飛行機工業 日野自動車とのトラック組立事業から撤収 1998年 昭和飛行機工業 都市型リゾートホテル「フォレスト・イン昭和館」を開業 1984年 昭和飛行機工業 昭島駅北口に大型ショッピングセンター「モリタウン」を開業 1982年 昭和飛行機工業 昭和アラミッドハニカムが米ボーイング社の品質認定を取得 1976年 昭和飛行機工業 米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出 1969年 昭和飛行機工業 米軍接収施設の飛行場地域が返還、パブリックゴルフ場を開設 1960年 昭和飛行機工業 日野自動車工業とトラック組立業務契約を締結 1951年 昭和飛行機工業 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1951年 昭和飛行機工業 第二会社の昭和食料工業を設立 1937年 昭和飛行機工業 各種飛行機・発動機の製造販売を目的に資本金3,000万円で設立
- 三井松島HD 2024年 三井松島HD 連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 2019年 三井松島HD 明光商会を買収、子会社化 2014年 三井松島HD 池島アーバンマインのリサイクル事業から撤退 2001年 三井松島HD 松島炭鉱が経営する池島炭鉱を閉山 1991年 三井松島HD NSW州リデル炭鉱のジョイント・ベンチャーに参入 1983年 三井松島HD 三井鉱山建材販売を吸収合併 1973年 三井松島HD 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ 1962年 三井松島HD 東京証券取引所市場第一部に上場 1952年 三井松島HD 池島坑の開発に着手 1935年 三井松島HD 大島鉱区の開坑に着手
- 京成電鉄 2025年 京成電鉄 新京成電鉄を吸収合併 2024年 京成電鉄 オリエンタルランド株の一部売却と資本配分の見直し 2022年 京成電鉄 新京成電鉄を子会社化 2021年 京成電鉄 純損失を計上 2019年 京成電鉄 関東鉄道を子会社化 2010年 京成電鉄 成田空港線(成田スカイアクセス)開業 2009年 京成電鉄 帝都自動車交通を子会社化 1998年 京成電鉄 千葉急行電鉄の営業譲受 1979年 京成電鉄 石油ショック後の経営危機と川崎体制の終焉 1978年 京成電鉄 京成成田〜成田空港間開通、スカイライナー運転開始 1960年 京成電鉄 都営地下鉄1号線(浅草線)と相互乗り入れ運転開始 1949年 京成電鉄 東京証券取引所に上場
- サンリオ 2020年 サンリオ 創業者から孫への60年ぶりの世代承継と「第二の創業」による多キャラクター経営への転換 2016年 サンリオ 辻家による経営に回帰 2011年 サンリオ Mister Men Ltd.・Mister Films Ltd.・THOIPの全株式を取得 2009年 サンリオ 海外成長戦略を公表 1991年 サンリオ 株式投資に失敗。8期連続の最終赤字へ 1990年 サンリオ サンリオピューロランドを開園 1989年 サンリオ 第29回定時株主総会で事業年度を4月1日〜翌3月31日に変更を決議 1976年 サンリオ 自社キャラクターのライセンス供与を開始 1974年 サンリオ ハローキティの誕生と、自社キャラクターを版権で稼ぐライセンスモデルの確立 1974年 サンリオ 自社開発キャラクターのソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品を発売 1962年 サンリオ ギフト商品の販売を開始
- オムロン 2024年 オムロン 制御機器不振下の構造改革「NEXT 2025」と約2000人の人員削減 2023年 オムロン JMDCを子会社化 2019年 オムロン 車載電装部品事業をニデックへ譲渡 2015年 オムロン Adept Technologyを子会社化 2011年 オムロン 山田義仁氏が代表取締役社長に就任 2009年 オムロン リーマンショックで純損失▲291億円を計上 1999年 オムロン 事業部制を廃止しカンパニー制を導入 1989年 オムロン 北米地域統轄会社を設立 1973年 オムロン オムロンの血圧計1号機を開発 1967年 オムロン 制御技術を社会インフラへ広げる社会システム事業と世界初の無人駅システム 1960年 オムロン 保護継電器メーカーから制御機器メーカーへの業態転換と世界初の無接点近接スイッチ 1955年 オムロン プロデューサ・システム(分権型生産子会社方式)を創案 1933年 オムロン 立石一真が大阪で立石電機製作所を創業
- アイシン 2025年 アイシン アイシン化工を吸収合併 2021年 アイシン アイシン精機とアイシン・エィ・ダブリュの経営統合と社名「アイシン」への一本化 2016年 アイシン シロキ工業を株式交換により完全子会社化 2010年 アイシン 刈谷工場をアドヴィックスに譲渡 2001年 アイシン デンソー・住友電気工業・トヨタ自動車と共同出資でアドヴィックスを設立 1998年 アイシン エィ・ダブリュ・ノースカロライナを設立 1988年 アイシン アイシン・U.S.A.マニュファクチャリングを設立 1970年 アイシン 東京証券取引所第一部・大阪証券取引所第一部に上場 1969年 アイシン AT特許問題を米ボーグ・ワーナーとの折半合弁で決着させたアイシン・ワーナーの設立 1965年 アイシン 愛知工業と新川工業の合併によるアイシン精機の発足 1961年 アイシン 愛知工業、自動変速機の製造開始 1953年 アイシン 愛知工業、ダイカスト製品の製造開始 1949年 アイシン 資本金15百万円をもって愛知工業を設立
- 日本発條 2024年 日本発條 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2012年 日本発條 株式交換によりトープラを完全子会社化 2005年 日本発條 大同特殊鋼から特殊発條興業を買収 2001年 日本発條 フォルシア社との合弁でフォルシア・ニッパツを設立 1996年 日本発條 ブラジル懸架ばねメーカーのファブリーニ社をメキシコ ラッシーニ社と共同で買収 1987年 日本発條 リア社との合弁で米国にゼネラル シーティング オブ アメリカ社を設立 1975年 日本発條 板ばね製造会社シメブラ社に資本参加 1968年 日本発條 日本シャフトに経営参加 1961年 日本発條 豊田工場の新設によるトヨタ向け自動車シート事業への本格参入 1958年 日本発條 大同発条の合併と日発販売の分離独立によるばね国内首位の地盤固め 1943年 日本発條 精密ばねの生産を開始 1936年 日本発條 芝浦スプリング製作所として設立
- 大正製薬HD 2024年 大正製薬HD 臨時株主総会で株式併合を可決 2024年 大正製薬HD 上場廃止により非公開化 2023年 大正製薬HD 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 2019年 大正製薬HD フランスの大衆薬会社UPSAを子会社化 2018年 大正製薬HD 創業以来初の早期退職優遇制度を導入 2012年 大正製薬HD 上原茂氏が36歳で事業子会社・大正製薬(株)社長に就任(HD社長は引き続き上原明) 2011年 大正製薬HD 単独株式移転で大正製薬ホールディングスを設立 2008年 大正製薬HD ビオフェルミン製薬を子会社化 2001年 大正製薬HD 田辺製薬との経営統合を白紙撤回 1999年 大正製薬HD 規制緩和によるドリンク剤の医薬部外品への移行 1999年 大正製薬HD 発毛剤リアップを発売 1982年 大正製薬HD 上原明氏が社長に就任 1978年 大正製薬HD 株主特約店制度を現行の形へ改定 1965年 大正製薬HD 上原正吉社長の国務大臣就任にともなう一時辞任 1962年 大正製薬HD 20mlアンプル剤から100mlドリンク剤への剤形変更と、リポビタンDの発売 1958年 大正製薬HD 医家向け医薬品の製造を開始 1948年 大正製薬HD 商号を大正製薬に変更 1928年 大正製薬HD 特約株主制度による株式会社化と、取引先小売店を株主とする直販網の構築 1912年 大正製薬HD 石井絹治郎氏が個人企業の大正製薬所を創業
- 三井E&S 2023年 三井E&S IHI原動機の舶用大型エンジン事業を承継した新会社を取得 2021年 三井E&S 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 2021年 三井E&S 艦艇事業を三菱重工へ譲渡 2018年 三井E&S 持株会社体制に移行し商号を三井E&SHDに変更 2014年 三井E&S 昭和飛行機工業を公開買付けで子会社化 2013年 三井E&S 川崎重工業との経営統合が白紙撤回 2006年 三井E&S Mitsui Babcock Energy売却 1995年 三井E&S エム・ディー特機を設立 1989年 三井E&S Burmeister & Wain Scandinavian Contractor A/Sを買収 1978年 三井E&S 昭島研究所を新設 1967年 三井E&S 藤永田造船所の吸収合併と合併比率5対4での株式交換 1958年 三井E&S 三友不動産を設立 1938年 三井E&S 化工機部門創設 1937年 三井E&S 三井物産造船部の分離独立と株式会社玉造船所の設立 1926年 三井E&S デンマークBurmeister & WainとB&W型舶用ディーゼル機関で業務提携
- 大日本印刷 2025年 大日本印刷 レゾナック・パッケージングを取得しDNP高機能マテリアル彦根として子会社化 2023年 大日本印刷 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得 2019年 大日本印刷 純損失▲356億円。特別損失1,000億円 2014年 大日本印刷 DNP北海道・東北・中部・西日本の地域子会社4社を分割・統合 2009年 大日本印刷 初の純損失▲209億円を計上 2008年 大日本印刷 丸善を子会社化 1994年 大日本印刷 大利根工場を新設 1985年 大日本印刷 中央研究所柏研究施設を完成 1975年 大日本印刷 生産総合研究所を設立 1966年 大日本印刷 中央研究所を完成 1958年 大日本印刷 シャドーマスク・フォトマスクによるエレクトロニクスへの多角化 1956年 大日本印刷 日本精版を合併し大阪工場として発足 1935年 大日本印刷 日清印刷との対等合併と「大日本印刷」の誕生
- 島津製作所 2022年 島津製作所 日水製薬の公開買付けによる取得と体外診断薬・臨床検査領域への参入 2019年 島津製作所 SHIMADZU SCIENTIFIC KOREA CORPORATIONを設立 2013年 島津製作所 ウルグアイにSHIMADZU LATIN AMERICA S.A.を設立 2007年 島津製作所 UAEにSHIMADZU MIDDLE EAST AND AFRICA FZEを設立 1999年 島津製作所 島津国際貿易(上海)有限公司を設立 1989年 島津製作所 KRATOS GROUP PLCを買収 1979年 島津製作所 SHIMADZU PRECISION INSTRUMENTS,INC.を設立 1969年 島津製作所 理化器械部を分離し島津理化器械を設立 1956年 島津製作所 航空機器部門の新設と航空機・防衛装備品分野への参入 1949年 島津製作所 東京証券取引所に株式上場
- 京浜急行電鉄 2024年 京浜急行電鉄 旧村上ファンド系による株式取得と不動産含み益をめぐる株主圧力への対応 2021年 京浜急行電鉄 京急油壺マリンパークを閉館 2019年 京浜急行電鉄 本社を移転 2012年 京浜急行電鉄 京急蒲田駅付近連続立体交差事業 全乗車区間の上下線高架化が完了 2003年 京浜急行電鉄 自動車事業を京浜急行バスに承継し完全分社化を実施 1998年 京浜急行電鉄 天空橋〜羽田空港間開通により空港ターミナル乗入開始 1989年 京浜急行電鉄 京急百貨店を設立 1975年 京浜急行電鉄 三浦海岸〜三崎口間開通 1968年 京浜急行電鉄 品川〜泉岳寺間開通により都心乗入を開始 1958年 京浜急行電鉄 京急興業を設立 1948年 京浜急行電鉄 京浜急行電鉄として再独立 1942年 京浜急行電鉄 東京急行電鉄に合併し東京急行電鉄に商号変更
- 富士ソフト 2025年 富士ソフト 東京証券取引所プライム市場の上場廃止 2025年 富士ソフト ベインキャピタルの買収断念とKKRによる第2回株式公開買付けの成立 2024年 富士ソフト KKR傘下FK株式会社による公開買付けへの賛同と、東証プライム市場からの上場廃止 2024年 富士ソフト 上場子会社4社を完全子会社化 2024年 富士ソフト ベインキャピタルによる対抗買収提案の表明 2014年 富士ソフト 中国に子会社富士軟件科技(山東)有限公司を設立 2006年 富士ソフト 富士ソフトに商号変更 2004年 富士ソフト 東京証券取引所のシステム子会社TCSを子会社化 1999年 富士ソフト サイバネットシステムを子会社化 1996年 富士ソフト エービーシとの合併により富士ソフトエービーシに商号変更 1985年 富士ソフト 神奈川県鎌倉市に本社を移転 1970年 富士ソフト 神奈川県横浜市に富士ソフトウエア研究所を設立
- コスモエネルギーHD 2024年 コスモエネルギーHD 岩谷産業と資本業務提携契約を締結 2023年 コスモエネルギーHD 旧村上系の大量取得に対する有事型買収防衛策とMoM決議、岩谷産業による決着 2015年 コスモエネルギーHD 単独株式移転によりコスモエネルギーHDを設立 2013年 コスモエネルギーHD 双日エネルギーを子会社化 2007年 コスモエネルギーHD コスモ石油販売の会社分割でコスモプロパティサービスに資産・負債を譲渡 1998年 コスモエネルギーHD 潤滑油事業をコスモペトロテックへ営業譲渡 1989年 コスモエネルギーHD コスモ石油とアジア石油が合併 1986年 コスモエネルギーHD 大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3社が合併し商号をコスモ石油に変更 1967年 コスモエネルギーHD 大協石油・丸善石油・日本鉱業の3社で現アブダビ首長国政府と利権協定を締結 1958年 コスモエネルギーHD 丸善石油の全額出資により丸善ガス開発を設立 1949年 コスモエネルギーHD 東京・大阪の各証券取引所に株式を上場(大協石油)
- タムロン 2023年 タムロン 歴代2社長の経費私的流用の発覚と社長の引責辞任、桜庭省吾体制でのガバナンス再建 2012年 タムロン Tamron (Russia) LLC.を設立 2006年 タムロン 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 1998年 タムロン ブロニカを吸収合併 1996年 タムロン ブロニカより中判カメラ営業を譲受 1986年 タムロン 成形工場を新設 1979年 タムロン タムロン・インダストリーズ INC.を設立 1969年 タムロン 弘前工場を新設 1959年 タムロン 本社・工場を新設移転
- テクセンドフォトマスク 2025年 テクセンドフォトマスク 東京証券取引所プライム市場に上場 2024年 テクセンドフォトマスク 商号をテクセンドフォトマスクに変更 2022年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からのフォトマスク事業の無対価承継と、インテグラルによる49.9%取得 2019年 テクセンドフォトマスク Toppan Photomasks Round Rock を設立しGlobalFoundries向けに供給開始 2014年 テクセンドフォトマスク 上海凸版光掩模(現 上海徐匯科盛徳半導体)の持分28.5%を買い取り完全子会社化 2005年 テクセンドフォトマスク DuPont Photomasks の株式取得を完了し米国事業を統合 1997年 テクセンドフォトマスク 中華映管、揚博科技との合弁で台湾に中華凸版電子(現 中華科盛德光罩)を設立 1986年 テクセンドフォトマスク 朝霞精密電子第二工場が竣工 1974年 テクセンドフォトマスク 朝霞精密電子第一工場が竣工 1968年 テクセンドフォトマスク 朝霞工場精密部品棟にクリーンルームが完成しシリコントランジスタマスクの量産を開始 1961年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷がシリコントランジスタ製造用フォトマスクの試作に成功
- リゾートトラスト 2025年 リゾートトラスト アドバンスト・メディカル・ケアがNoage Internationalを設立 2023年 リゾートトラスト 中期5ヵ年経営計画「Sustainable Connect」を開始 2022年 リゾートトラスト 一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設のスターアジアグループへの譲渡 2016年 リゾートトラスト 厚生の株式を取得 2014年 リゾートトラスト 「ザ・カハラ・ホテル&リゾート」を取得 2010年 リゾートトラスト 高級有料老人ホーム運営会社トラストガーデンの経営権を取得 2008年 リゾートトラスト 「東京ベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート」を開業 1992年 リゾートトラスト ハイメディックを設立 1987年 リゾートトラスト 高級会員制リゾートホテル「エクシブ(XIV)鳥羽」を開業 1974年 リゾートトラスト 第1号の会員制リゾートホテル「サンメンバーズひるがの」を開業
- サンケン電気 2024年 サンケン電気 Allegro MicroSystems Incの公募増資・株式売却により持分法適用関連会社化 2021年 サンケン電気 エフィッシモによる公開買付けの実施と支配的株主への台頭 2017年 サンケン電気 サンケン エレクトリック(タイランド)カンパニー リミテッドを設立 2013年 サンケン電気 サンケン ノースアメリカ インクを設立 2007年 サンケン電気 サンケンロジスティクスを新設分割により設立 1990年 サンケン電気 スプレーグ テクノロジーズ半導体部門を買収しAllegro MicroSystems Incを設立 1988年 サンケン電気 福島サンケンを設立 1978年 サンケン電気 石川県下の関係会社5社を合併し石川サンケンを設立 1963年 サンケン電気 川越工場竣工 1952年 サンケン電気 本社・工場を移転 1937年 サンケン電気 故松永安左ヱ門氏により㈶東邦産業研究所が設立されセレン整流器の試作研究を開始
- 帝国繊維 2020年 帝国繊維 AVIらによる増配・自社株買いとヒューリック政策保有株売却の株主提案 2018年 帝国繊維 本社を日本橋髙島屋三井ビルディングへ移転 2011年 帝国繊維 電力会社向けハイドロサブシステムの納入を開始 1996年 帝国繊維 遠距離送水用の大口径ホースの製造を開始 1983年 帝国繊維 救助工作車の製造を開始 1981年 帝国繊維 商業施設賃貸事業に参入 1979年 帝国繊維 子会社のキンパイ商事を設立 1961年 帝国繊維 東京証券取引所市場第一部に指定 1959年 帝国繊維 中央繊維が帝国製麻を合併し帝国繊維に商号変更 1950年 帝国繊維 過度経済力集中排除法により帝国繊維を解散し中央繊維・帝国製麻ほか1社を設立 1941年 帝国繊維 太陽レーヨンを合併し帝国繊維に商号変更 1907年 帝国繊維 日本製麻と北海道製麻が合併し帝国製麻を設立
- レオパレス21 2020年 レオパレス21 レノによる臨時株主総会請求と全取締役解任要求への対抗 2017年 レオパレス21 高機能型スマートロック「Leo Lock」を新築全戸に採用 2013年 レオパレス21 Leopalace21 (Thailand) CO.,LTD.を設立 2005年 レオパレス21 シルバー事業部を創設しシルバー事業に参入 2001年 レオパレス21 賃貸アパート「レオパレス21」を投資対象とした不動産証券化を実施 1999年 レオパレス21 家具付き月極レンタルルーム「マンスリーレオパレス」の販売を開始 1986年 レオパレス21 賃貸事業部を創設し不動産賃貸事業を本格的開始 1985年 レオパレス21 都市型アパート「レオパレス21」の本格的販売開始 1973年 レオパレス21 ミヤマを設立し不動産仲介業を開始
- 日本郵政 2025年 日本郵政 日本郵便がトナミHDを子会社化 2025年 日本郵政 日本郵便が一般貨物自動車運送事業の許可取消処分 2024年 日本郵政 日本郵便が郵便料金を改定 2021年 日本郵政 楽天と資本業務提携 2019年 日本郵政 かんぽ生命の不適切募集問題と、経営陣の引責・グループ統治の再建 2018年 日本郵政 米アフラックへの7%出資と持分法適用をめざす戦略提携 2015年 日本郵政 日本郵政・ゆうちょ・かんぽ3社同時上場——最後の大型民営化 2012年 日本郵政 郵便局会社が郵便事業会社を吸収合併 2009年 日本郵政 齋藤次郎氏が社長に就任 2007年 日本郵政 郵政民営化により持株会社に移行 1997年 日本郵政 行政改革会議で郵政3事業の見直しを議題化 1981年 日本郵政 郵便貯金ATMによる取扱いを開始 1975年 日本郵政 国際ビジネス郵便の取扱いを開始 1968年 日本郵政 郵便番号制を実施 1949年 日本郵政 郵政省が発足 1941年 日本郵政 定額貯金を創設
- 旭化成 2024年 旭化成 スウェーデンCalliditas Therapeuticsを買収 2019年 旭化成 吉野彰氏によるリチウムイオン電池の基本構造確立と特許戦略 2016年 旭化成 水島の自社エチレンセンターの停止と、西日本3社によるエチレン集約への参加 2015年 旭化成 子会社・旭化成建材の杭打ちデータ偽装と全国自主調査による開示 2012年 旭化成 米ZOLL Medical Corporationの22.1億ドルでの買収とクリティカルケア事業への参入 2002年 旭化成 焼酎・低アルコール飲料事業を譲渡 1993年 旭化成 「拡大」路線からの転換と食品・酒類事業の売却 1992年 旭化成 東洋醸造と合併 1980年 旭化成 「油漬け」体質の脱皮へ原子力・電子・医薬に賭けた第二次多角化 1980年 旭化成 宮崎電子を設立しホール素子事業へ参入 1974年 旭化成 旭メディカルを設立・医療機器に参入 1972年 旭化成 ALC建材「ヘーベル」を戸建てブランドに仕立てた住宅事業参入 1968年 旭化成 売上高に匹敵する1000億円を投じた水島の石油化学コンビナート建設 1967年 旭化成 ALC「へーベル」の製造を開始 1961年 旭化成 宮崎輝氏の社長就任と「健全な赤字部門」を柱とする多角化路線の始動 1959年 旭化成 事業部制を採用・多角化を本格化 1946年 旭化成 日窒コンツェルンからの分離独立と旭化成工業への商号変更
- クックパッド 2022年 クックパッド 2期連続の営業赤字に転落。40名の希望退職者を募集 2021年 クックパッド 営業赤字に転落 2019年 クックパッド 動画レシピ台頭による凋落と縮小均衡への転換 2018年 クックパッド 「レシピ集中」への方針転換と食領域の新規事業への再投資 2016年 クックパッド 創業者による経営権の奪還(穐田誉輝社長の更迭) 2014年 クックパッド ALLTHECOOKS, LLCを買収 2012年 クックパッド 穐田誉輝体制での多角化と海外レシピ買収 2009年 クックパッド 東京証券取引所マザーズに株式上場 1998年 クックパッド クックパッドの創業とレシピ投稿サービスの段階的な収益化
- ZOZO 2024年 ZOZO 事業者向け計測業務効率化サービス「ZOZOMETRY(ゾゾメトリー)」を提供開始 2019年 ZOZO 創業者・前澤友作氏の退任と澤田宏太郎氏によるトップダウン経営からの転換 2019年 ZOZO ZホールディングスによるTOBと創業者・前澤友作氏の退任 2018年 ZOZO ZOZOSUITと自社プライベートブランドへの大型投資と撤退 2014年 ZOZO 即日配送サービスを開始 2004年 ZOZO 17のオンラインショップを廃してECモール「ZOZOTOWN」へ一本化 1998年 ZOZO ZOZO創業——輸入CD通販の家業から受託販売のファッションECモールへ
- アサヒGHD 2022年 アサヒGHD 新九州工場の新設計画(鳥栖工場) 2021年 アサヒGHD アサヒグループジャパンを設立 2019年 アサヒGHD 豪カールトン&ユナイテッド(CUB)の約1兆2000億円取得 2017年 アサヒGHD 旧SABMiller中東欧ビール事業の約8,883億円買収と欧州の柱化 2016年 アサヒGHD 欧州プレミアムビール4社の取得(Peroni・Grolsch) 2012年 アサヒGHD カルピスを買収 2009年 アサヒGHD SCHWEPPES HD飲料事業を買収 1998年 アサヒGHD 四国工場を新設 1987年 アサヒGHD 味の全面転換に社運を賭けた「アサヒスーパードライ」の発売 1986年 アサヒGHD 樋口廣太郎氏が社長就任 1982年 アサヒGHD 住友銀行副頭取・村井勉氏の招聘とCI導入による朝日麦酒の組織再建 1979年 アサヒGHD 福島工場の新設 1962年 アサヒGHD 大森工場を新設 1954年 アサヒGHD ニッカウヰスキーに資本参加 1949年 アサヒGHD 朝日麦酒を発足
- 川崎汽船 2025年 川崎汽船 指名委員会等設置会社に移行 2022年 川崎汽船 ONE利益により過去最高益 2019年 川崎汽船 筆頭株主エフィッシモの長期大量保有の受け入れと社外取締役の招請 2019年 川崎汽船 非海運多角化の見送りと、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送への集中投資 2017年 川崎汽船 コンテナ船事業のONEへの切り出しと、50年続けた自社運航の終了 2009年 川崎汽船 初の営業赤字 1999年 川崎汽船 太洋海運を完全子会社化 1989年 川崎汽船 北米定期航路への1,200億円の集中投資と、邦船6社共同運航体制からの離脱 1983年 川崎汽船 邦船初のLNG運搬船竣工 1970年 川崎汽船 フルコンテナ船の投入と、世界初の自動車専用船(PCC)の実用化 1968年 川崎汽船 初のフルコンテナ船竣工 1968年 川崎汽船 自動車ばら積み兼用船竣工 1957年 川崎汽船 油槽船富士川丸竣工 1919年 川崎汽船 川崎造船所の現物出資により川崎汽船設立
- 三菱ケミカルG 2025年 三菱ケミカルG MMA大増産でスプレッド急悪化、構造改革を加速 2023年 三菱ケミカルG 筑本学氏が社長就任 2019年 三菱ケミカルG 田辺三菱製薬の完全子会社化(4918億円TOB)と親子上場の解消 2017年 三菱ケミカルG 三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの統合・三菱ケミカル発足(2017年成立) 2014年 三菱ケミカルG 大陽日酸を公開買付で子会社化 2009年 三菱ケミカルG 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 2007年 三菱ケミカルG 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 2005年 三菱ケミカルG 三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立) 1999年 三菱ケミカルG 赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止による「脱・総合」への転換 1994年 三菱ケミカルG 三菱化成と三菱油化の合併・三菱化学の発足(1994年成立)
- 神戸製鋼所 2025年 神戸製鋼所 2025年3月期当期純利益1201億円(過去最高更新) 2024年 神戸製鋼所 勝川四志彦氏が社長に就任 2017年 神戸製鋼所 品質データ改ざんの公表と経営刷新——名門・神戸製鋼の信頼失墜と再建 2017年 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止と、加古川製鉄所への一貫工程の集約 2013年 神戸製鋼所 2013年3月期純損失▲270億円、経常損失▲181億円 2002年 神戸製鋼所 電力卸供給事業への参入と、神戸製鉄所構内での石炭火力発電所の建設 2002年 神戸製鋼所 新日本製鐵・住友金属工業との相互出資の開始と、23年後の解消 2001年 神戸製鋼所 テキサス・インスツルメンツ社との半導体合弁の設立と、マイクロン・テクノロジー社への全株式譲渡 1999年 神戸製鋼所 コベルコ建機に建設機械事業を一元化 1995年 神戸製鋼所 阪神・淡路大震災で神戸・加古川両製鉄所が甚大被害 1989年 神戸製鋼所 USX社との合弁により米国で鉄鋼一貫生産を開始 1983年 神戸製鋼所 米ミドレックス社の買収と、天然ガス直接還元製鉄技術の取得 1970年 神戸製鋼所 灘浜での自社高炉の建設、尼崎製鉄の吸収合併、加古川製鉄所の新設 1965年 神戸製鋼所 尼崎製鉄を吸収合併 1959年 神戸製鋼所 灘浜1号高炉の火入れで鉄鋼一貫体制を確立 1937年 神戸製鋼所 アルミ分野に参入 1927年 神戸製鋼所 母体の鈴木商店が金融恐慌の中で倒産
- 出光興産 2025年 出光興産 酒井則明氏が社長に就任 2024年 出光興産 西部石油山口製油所の原油処理機能停止 2019年 出光興産 出光興産と昭和シェル石油の経営統合(2019年成立) 2017年 出光興産 昭和シェル合併に反対する創業家へ対抗した3割の公募増資 2016年 出光興産 昭和シェル石油の株式31.3%を取得 2014年 出光興産 徳山製油所の原油処理機能停止 2006年 出光興産 個人商店を理想とした会社が東証一部へ上場する 2006年 出光興産 三菱商事とLPガス事業統合、アストモスエネルギー設立 2000年 出光興産 三十七年ぶりの外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場 1996年 出光興産 出光大分地熱滝上地熱発電所が営業運転開始 1985年 出光興産 昭和石油とシェル石油が対等合併、昭和シェル石油誕生 1975年 出光興産 愛知製油所竣工 1964年 出光興産 出光石油化学を設立 1963年 出光興産 石油連盟を脱退 1953年 出光興産 国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立 1911年 出光興産 出光佐三氏が門司で出光商会を興し、機械油の行商から海と大陸の販路を開いた創業
- カルビー 2025年 カルビー せとうち広島工場 操業開始 2022年 カルビー Greenday Global Co., Ltd.を子会社化 2018年 カルビー Seabrook Crisps Limited(ウェスト・ヨークシャー州)を子会社化 2017年 カルビー フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開 2016年 カルビー 松本晃氏による収益体質の改革——「算数の会社」への作り替え 2013年 カルビー PT. Calbee-Wings Foodを設立 2009年 カルビー カーライル・ペプシコを迎えた資本業務提携と東証一部上場 1999年 カルビー 綾部工場(現京都工場)操業開始 1980年 カルビー 主原料を小麦から芋へ移し、カルビーポテト設立で原料調達を内製化した垂直統合 1976年 カルビー 宇都宮第2工場操業開始 1964年 カルビー 「かっぱえびせん」発売 1955年 カルビー カルビー製菓に商号変更 1949年 カルビー 松尾糧食工業所を法人に改組し松尾糧食工業を設立
- MTG 2025年 MTG 売上高988億円で過去最高を更新 2020年 MTG ウォーターサーバー事業の会社分割と全株式の売却 2019年 MTG 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の大田嘉仁氏の会長招聘 2019年 MTG 2019年9月期の最終赤字267億円への下方修正 2015年 MTG EMS機器「SIXPAD」の発売と、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2014年 MTG 「MDNA SKIN」「PAO」「Style」の相次ぐ発売 2009年 MTG 美容ローラー「ReFa」の発売と、ブランド開発企業への業態転換 2004年 MTG ウォーターサーバー事業「宅水便のキララ」を開始 1996年 MTG 愛知県岡崎市でエムティージーブレイズを設立
- ワールド 2022年 ワールド 持分法適用関連会社のナルミヤ・インターナショナルを子会社化 2018年 ワールド MBOによる非公開化から13年を経ての東証一部再上場 2018年 ワールド ユーズドセレクトのティンパンアレイを子会社化しリユース事業に参入 2015年 ワールド 上山健二社長による大規模構造改革——500店閉鎖と不採算ブランドの廃止 2011年 ワールド ファッション・コ・ラボを設立しECモール事業と他社EC受託事業を開始 2006年 ワールド ハーバーHDアルファと合併し解散しワールドを商号変更で承継 2005年 ワールド 業績好調のなかで選んだMBOによる非公開化 1992年 ワールド 中期経営ビジョン「スパークス(SPARCS)」構想を発表 1981年 ワールド 百貨店市場に参入 1975年 ワールド 小売分野に参入 1968年 ワールド 神戸本社ビルを竣工 1959年 ワールド ワールドを設立
- マツダ 2022年 マツダ TMT合弁で新工場を稼働・CX-50を量産 2017年 マツダ トヨタとの資本業務提携と米アラバマ折半合弁の設立 2015年 マツダ フォードとの36年の資本提携解消と自主独立への転換 2013年 マツダ 現地生産から撤退 2012年 マツダ 最終赤字転落・構造改革プランを策定 2008年 マツダ フォードの提携解消へ 1996年 マツダ フォードによる出資引き上げとマツダ経営権の掌握 1989年 マツダ 国内販売5チャネル体制への拡大と、バブル崩壊後の破綻 1979年 マツダ 東洋工業の住友銀行主導によるフォード資本提携と再建 1975年 マツダ 赤字転落・経営危機 1967年 マツダ 東洋工業のロータリー量産化と、外資との資本提携を退けた単独路線 1961年 マツダ NSU・バンケル社とロータリーエンジン業務提携 1958年 マツダ 四輪車に参入 1931年 マツダ 三輪トラックの生産開始 1920年 マツダ マツダ創業——広島のコルク再建会社から三輪トラック「マツダ号」への転身
- IDOM 2024年 IDOM 中期経営計画(2023-2027)を公表 2016年 IDOM 「ガリバー」から「IDOM」への社名変更とモビリティ事業への業容拡大 2016年 IDOM 月額定額クルマ乗り換え放題サービス「NOREL」開始 2015年 IDOM 豪州マルチブランド新車ディーラーへの参入と、7年での全面撤退 2013年 IDOM 東京マイカー販売を完全子会社化 2009年 IDOM ジー・トレーディングを株式交換により完全子会社化 1998年 IDOM ドルフィネットシステムの本格運営を開始 1994年 IDOM 中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場
- 日本郵船 2025年 日本郵船 NYK Energy Ocean の株式80%を取得 2024年 日本郵船 世界初のアンモニア燃料商用船「魁」が竣工 2023年 日本郵船 中期経営計画で4年間1兆2000億円の投資を決定 2018年 日本郵船 Ocean Network Express がサービスを開始 2017年 日本郵船 日本郵船・商船三井・川崎汽船によるコンテナ船事業統合とONE発足(2017年成立) 2016年 日本郵船 邦船3社の定期コンテナ船事業統合(ONE設立) 2010年 日本郵船 経常損失360億円を計上 2009年 日本郵船 公募増資により1100億円を調達 2005年 日本郵船 日本貨物航空を子会社化 1998年 日本郵船 昭和海運を吸収合併 1998年 日本郵船 船員の外国人比率が9割に到達 1983年 日本郵船 LNG船事業に参入 1978年 日本郵船 日本貨物航空を設立 1969年 日本郵船 近海・内航部門を近海郵船へ委譲 1968年 日本郵船 日本初のフルコンテナ船「箱根丸」が北米航路に就航 1964年 日本郵船 日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船ほか海運6グループへの集約(1964年成立) 1950年 日本郵船 海運の民営還元により自主運航へ復帰 1945年 日本郵船 終戦時の所有船舶が37隻まで減少 1885年 日本郵船 郵便汽船三菱会社と共同運輸会社の合併により発足
- 不二製油 2025年 不二製油 完全子会社の不二製油を吸収合併し商号を不二製油に変更 2022年 不二製油 合弁会社Fuji Oil International, Inc.が現物出資を受けOilseeds Internationalを取得 2019年 不二製油 北米最大の業務用チョコレート会社ブラマーの買収 2015年 不二製油 純粋持株会社「不二製油グループ本社」への移行 2015年 不二製油 HARALD INDÚSTRIA E COMÉRCIOの株式を取得 2012年 不二製油 アジア地域統括会社FUJI OIL ASIAを設立 2006年 不二製油 千葉工場を新設し操業を開始 1999年 不二製油 阪南事業所内のセンタービルに本社事務所を移転 1988年 不二製油 WOODLANDS SUNNY FOODSを設立 1978年 不二製油 東京証券取引所市場第一部に上場 1967年 不二製油 植物性クリームの生産開始 1967年 不二製油 大阪工場に大豆たん白分離設備を完成し大豆たん白事業に参入 1955年 不二製油 大阪工場に油脂溶剤分別装置を完成しハードバター(メラノバター)製造を開始 1950年 不二製油 伊藤忠商事の全額出資による設立と不二蚕糸大阪工場の買収
- オリックス 2025年 オリックス 髙橋英丈氏が社長兼COOに就任(第7代) 2021年 オリックス Elawan Energy S.L.を買収 2018年 オリックス マンション大手・大京のTOBによる完全子会社化 2015年 オリックス 関西エアポートを仏VINCI Airportsと共同設立 2014年 オリックス リース・融資から自己資金の事業投資への業態転換 2014年 オリックス ハートフォード生命保険を買収 2013年 オリックス 蘭ロベコの2400億円買収による資産運用への本格進出 2006年 オリックス Houlihan Lokeyを買収 2004年 オリックス 近鉄バファローズとの球団統合とプロ野球再編 1998年 オリックス NYSE上場で会社を「外から律する」 1998年 オリックス 山一信託銀行を買収 1991年 オリックス アイルランドにORIX Aviation Systems Limited設立 1989年 オリックス リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化 1988年 オリックス プロ野球球団・阪急ブレーブスを取得 1979年 オリックス ファミリー信販設立 1969年 オリックス 株式額面変更目的で同名会社に吸収合併
- マネーフォワード 2025年 マネーフォワード 100%子会社として、Money Forward WhippleWood, LLCを設立 2021年 マネーフォワード 三菱UFJ銀行との合弁でBiz Forwardを設立 2020年 マネーフォワード 中堅企業向け『マネーフォワード クラウドERP』を発表 2019年 マネーフォワード 仮想通貨交換事業への参入を取りやめ、交換業者登録の手続きを中止する 2019年 マネーフォワード スマートキャンプの株式72.3%を取得し子会社化 2013年 マネーフォワード クラウド会計への参入で、法人向けという二本目の柱を立てる 2012年 マネーフォワード 初代サービス『マネーブック』を数か月で閉じ、家計簿・資産管理へ作り直す 2012年 マネーフォワード 『マネーフォワード』を発売
- LINE 2021年 LINE ZHDとの経営統合が完了 2019年 LINE ZHDとの経営統合に関する最終契約を締結 2016年 LINE 韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 2014年 LINE モバイル送金・決済サービス「LINE Pay」を公開 2011年 LINE メッセンジャーアプリ「LINE」の投入と、検索・ゲームからの主力転換 2010年 LINE ライブドアの63億円での買収と、検索サービス「NAVER」への取り込み 2009年 LINE ネイバージャパンが検索サービス「NAVER」のオープンベータ版を公開
- 富士フイルム 2025年 富士フイルム ヘルスケアの売上高1兆円を2年前倒しで達成 2024年 富士フイルム バイオCDMOで細胞培養槽を約5倍に拡張する計画を公表 2021年 富士フイルム 日立製作所の画像診断関連事業を子会社化 2019年 富士フイルム 米ゼロックス買収構想の破談と富士ゼロックスの完全子会社化 2019年 富士フイルム Biogen (Denmark) Manufacturing ApSを買収 2019年 富士フイルム 日立製作所の画像診断関連事業の買収を発表 2014年 富士フイルム 抗ウイルス薬「アビガン」の製造販売承認を取得 2011年 富士フイルム バイオ医薬品CDMOへの集中投資と1兆円構想 2008年 富士フイルム 富山化学工業の買収と医薬事業への参入 2007年 富士フイルム 写真技術の化粧品転用とスキンケアブランド「アスタリフト」の創設 2004年 富士フイルム 本業の消失に備えた構造改革「VISION75」と第二の創業 1997年 富士フイルム カラーフィルムの国内出荷がピーク 1997年 富士フイルム 日米フィルム紛争が勝訴で決着 1985年 富士フイルム 写真フィルムの国内シェアが70%強 1983年 富士フイルム X線画像診断システム「FCR」を発売 1977年 富士フイルム 「フジカラF-II 400」を発売 1968年 富士フイルム 通商産業省がカラーフィルムの輸入自由化の方針を決定 1962年 富士フイルム ランクゼロックスとの合弁で富士ゼロックスを設立 1951年 富士フイルム 国産初の長編劇映画用カラーフイルムを完成 1939年 富士フイルム 写真感光材料製造事業法により国家管理品目に指定 1936年 富士フイルム 量産化に失敗し累積36万円の赤字を計上 1934年 富士フイルム 富士フイルム創業——大日本セルロイドが分社した写真フィルム専業会社と国策助成金
- ボーダフォン(現ソフトバンク) 2022年 ボーダフォン(現ソフトバンク) PayPayを子会社化 2021年 ボーダフォン(現ソフトバンク) LINEを子会社化 2019年 ボーダフォン(現ソフトバンク) ヤフーを子会社化 2019年 ボーダフォン(現ソフトバンク) ZOZOを子会社化 2018年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 通信子会社ソフトバンクの東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達 2012年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 米スプリント買収とイー・アクセスの取り込み——「世界作戦」の展開 2006年 ボーダフォン(現ソフトバンク) ソフトバンクによるボーダフォン日本法人の買収 ── 約1兆7,500億円の国内最大LBO 2005年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 東京証券取引所一部・大阪証券取引所一部上場廃止 2001年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 英ボーダフォンによる日本テレコムの子会社化 ── 固定通信と携帯J-フォンの外資支配 1991年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 東京デジタルホンを設立し携帯電話事業に参入 1989年 ボーダフォン(現ソフトバンク) (旧)日本テレコムを吸収合併、日本テレコムに商号変更
- 双日 2025年 双日 純利益1106億円・非資源分野800億円超を達成 2024年 双日 植村幸祐氏が社長COOに就任(同年6月に代表取締役社長) 2017年 双日 資源市況に依存しない「双日らしさ」を掲げた非資源差別化戦略 2014年 双日 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 2012年 双日 純損失36億円計上・赤字転落 2005年 双日 旧双日を合併し商号を双日に変更、事業会社へ移行 2004年 双日 総額2500億円の損失処理と、航空機ファイナンスという「聖域」への切り込み 2003年 双日 ニチメンと日商岩井の株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行
- セガサミーHD 2023年 セガサミーHD Rovio Entertainmentを買収 2021年 セガサミーHD Sega Amusements Internationalを売却 2015年 セガサミーHD セガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退 2014年 セガサミーHD パラダイスシティの建設に着工 2013年 セガサミーHD インデックスの事業を譲受 2012年 セガサミーHD 遊技機の資金をリゾートと海外IRへ振り向けた2012年の同時多発投資 2004年 セガサミーHD サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 2004年 セガサミーHD セガサミーHD設立・東京証券取引所一部上場 2001年 セガサミーHD セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身
- 東急 2025年 東急 渋谷3大再開発プロジェクトの投資額を6,000億円に上方修正 2021年 東急 コロナ禍で純損失559億円を計上 2019年 東急 商号を東急に変え、鉄軌道業を東急電鉄へ会社分割した持株会社体制への移行 2013年 東急 東急不動産HDを設立 2012年 東急 鉄道の地下化で生んだ跡地への集中投資による渋谷ターミナルの再開発 2002年 東急 航空事業への参入と撤退——東亜国内航空への出資から日本エアシステムの統合まで 1996年 東急 東急百貨店の本業回帰による再建 — 財テク破綻から「自分で仕入れ、自分で売れ」へ 1995年 東急 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ非中核事業の整理 1984年 東急 田園都市線、つきみ野〜中央林間間開通 1977年 東急 路面電車・玉川線に代わる地下新線「新玉川線」の建設と都心直通ネットワークの完成 1969年 東急 玉川線(渋谷〜二子玉川園)廃止 1968年 東急 五島昇社長による多角化——流通・ホテル・観光・航空への事業拡張 1966年 東急 鉄道と沿線開発を一体で回す多摩田園都市の建設 1953年 東急 五島慶太が多摩田園都市の開発構想を発表 1948年 東急 京王・小田急・京急が再独立 1942年 東急 戦時交通統合による「大東急」の形成と戦後の解体 1922年 東急 目黒蒲田電鉄の創業と「鉄道と沿線開発を一体で回す」経営モデルの確立
- バンダイナムコHD 2025年 バンダイナムコHD Legendary Picturesとガンダム実写映画の共同投資契約を締結 2024年 バンダイナムコHD 売上高1兆502億円で初の1兆円台到達 2018年 バンダイナムコHD ハイターゲット事業のBANDAI SPIRITSへの集約 2010年 バンダイナムコHD 「IP軸戦略」への転換 2010年 バンダイナムコHD 初の当期純損失▲299億円を計上 2005年 バンダイナムコHD バンダイとナムコの経営統合、バンダイナムコHD発足 1997年 バンダイナムコHD セガとの合併電撃発表と4カ月での破談 1996年 バンダイナムコHD バンダイが携帯ゲーム「たまごっち」を発売 1980年 バンダイナムコHD バンダイが機動戦士ガンダムのプラモデル(ガンプラ)発売開始 1978年 バンダイナムコHD ナムコが「スペースインベーダー」後に業務用ゲーム機市場で台頭 1955年 バンダイナムコHD 中村製作所を横浜で創業
- 東レ 2024年 東レ 構造改革「Dプロ」の開始 2018年 東レ 蘭テンカーテ・アドバンスト・コンポジットの買収による熱可塑性複合材料への参入 2014年 東レ 米ゾルテックの買収による産業用炭素繊維への参入 2006年 東レ ファーストリテイリングとの戦略的パートナーシップとヒートテックの共同開発 2006年 東レ B787向け炭素繊維を納入 2000年 東レ 最終赤字に転落 1997年 東レ 長期経営ビジョンNew AP-G2000を策定 1987年 東レ 前田勝之助氏が「大企業病」を自己診断した経営改革 1975年 東レ 藤吉次英社長による「脱繊維」の否定と繊維への残留 1971年 東レ 炭素繊維「トレカ」の事業化と、黒字化まで約40年におよぶ赤字事業の継続 1963年 東レ タイでの合弁2社の設立と、海外現地生産の開始 1958年 東レ 三島工場が竣工、ポリエステル繊維「テトロン」生産開始 1957年 東レ 英ICIからのポリエステル繊維技術の導入と、帝国人造絹絲との共同導入 1951年 東レ 米デュポンとのナイロン技術提携 1926年 東レ 三井物産による人絹事業への出資と、「三井」を冠さない東洋レーヨンの設立
- セイコーG 2025年 セイコーG セイコーウオッチがセイコータイムクリエーションからクロック販売事業を承継 2022年 セイコーG 社名をセイコーグループに 2017年 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化と日本発ラグジュアリーへの転換 2010年 セイコーG 取締役会による現職トップの解任と創業家出身・服部真二氏の社長登板 2009年 セイコーG セイコーインスツルを経営統合 2001年 セイコーG 持株会社への移行と祖業ウオッチ事業の分社 2001年 セイコーG 持株会社体制へ移行 1999年 セイコーG 機械式とクオーツを融合した世界初の駆動機構(スプリングドライブ)ウオッチを発売 1988年 セイコーG 自動巻発電クオーツウオッチを発売 1972年 セイコーG 札幌オリンピックの公式計時を担当 1969年 セイコーG 世界初のクオーツウオッチ「アストロン」と特許公開による技術のデファクト化 1964年 セイコーG 東京オリンピックの公式計時を担当 1959年 セイコーG 第二精工舎の諏訪工場が分離独立し諏訪精工舎に 1937年 セイコーG 精工舎のウオッチ部門が分離独立し第二精工舎に 1892年 セイコーG 時計製造工場・精工舎を設立し時計製造を開始
- ワークスアプリケーションズ 2025年 ワークスアプリケーションズ 2025年6月期の売上高111億円を計上 2024年 ワークスアプリケーションズ 2024年6月期に当期純利益6億円を計上 2022年 ワークスアプリケーションズ 係争中の2件の訴訟が解決 2019年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズのHR事業売却と会社分割 2019年 ワークスアプリケーションズ HR事業をWorks Human Intelligenceに承継 2019年 ワークスアプリケーションズ 牧野正幸氏が代表取締役CEOを退任 2014年 ワークスアプリケーションズ 次世代ERP「HUE」のコンセプトを発表 2014年 ワークスアプリケーションズ 「HUE」の製品化成功を発表 2011年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの経営陣による買収と株式非公開化 2009年 ワークスアプリケーションズ 「COMPANY」サプライチェーン管理を発売 2004年 ワークスアプリケーションズ 「COMPANY」会計シリーズを発売 2002年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの問題解決能力発掘インターンシップ導入 1999年 ワークスアプリケーションズ プロフェッショナル養成特待生制度を開始 1996年 ワークスアプリケーションズ 埼玉県与野市(現さいたま市)にワークスアプリケーションズを設立
- パーソルHD 2025年 パーソルHD 富士通コミュニケーションサービスを子会社化 2023年 パーソルHD パーソルR&D、パーソルテクノロジースタッフなど技術系3社を統合 2017年 パーソルHD 豪Programmed Maintenance Servicesの全株式取得によるオセアニア人材サービスへの本格進出 2015年 パーソルHD P&PHDと子会社6社を公開買付で子会社化 2013年 パーソルHD インテリジェンスホールディングスの全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み 2008年 パーソルHD ピープルスタッフとの経営統合による共同持株会社テンプホールディングスの設立 2008年 パーソルHD 株式移転により共同持株会社テンプHDを設立 1973年 パーソルHD テンプスタッフ設立
- めぶきFG 2023年 めぶきFG 常陽信用保証を取得しめぶき信用保証を完全親会社とする株式交換を実施 2016年 めぶきFG 常陽銀行との株式交換による経営統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更 2015年 めぶきFG 常陽銀行との間で経営統合に関する基本合意書を締結 2013年 めぶきFG 預金保険機構からの足利銀行全株式取得による民営化と、2013年の東証一部直接上場 2008年 めぶきFG 預金保険機構より足利銀行を完全子会社化 2003年 めぶきFG 足利銀行の債務超過と、預金保険法に基づく特別危機管理(事実上の国有化)への移行 1968年 めぶきFG 常陽銀行が東京証券取引所市場第二部に上場 1935年 めぶきFG 常陽銀行設立(常磐銀行と五十銀行が合併)
- 三菱HCキャピタル 2021年 三菱HCキャピタル 三菱UFJリースが日立キャピタルと合併し商号を三菱HCキャピタルに変更 2021年 三菱HCキャピタル CAI International, Inc.を子会社化 2016年 三菱HCキャピタル 日立キャピタルとの資本業務提携 2012年 三菱HCキャピタル Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化 2007年 三菱HCキャピタル UFJセントラルリースとの合併と三菱UFJリースの発足 1999年 三菱HCキャピタル 菱信リースと合併 1988年 三菱HCキャピタル 東京証券取引所市場第一部に上場 1975年 三菱HCキャピタル 初の海外子会社を設立 1968年 三菱HCキャピタル 日立リースを設立 1957年 三菱HCキャピタル 東京・大阪日立家庭電器月賦販売を設立
- INPEX 2025年 INPEX 長期戦略「INPEX Vision 2035」を公表 2022年 INPEX 長期戦略「INPEX Vision @2022」を公表 2022年 INPEX 売上収益2兆3161億円・親会社帰属利益4611億円を計上 2018年 INPEX イクシスLNGプロジェクトが操業開始 2016年 INPEX 連結売上高が1兆95億円へ縮小 2015年 INPEX アブダビ陸上油田(ADCO)権益、異例の40年契約による確保 2012年 INPEX 総事業費340億米ドル、イクシスLNGプロジェクトの最終投資決定 2012年 INPEX イクシスLNGのプロジェクトファイナンスを締結 2010年 INPEX 公募増資・第三者割当増資により約5200億円を調達 2008年 INPEX 国際石油開発・帝国石油を吸収合併 2006年 INPEX 国際石油開発と帝国石油の経営統合、共同持ち株会社の設立 2006年 INPEX アザデガン油田の開発権を10%に引き下げ 1998年 INPEX WA-285-P鉱区を権益100%で取得 1986年 INPEX 北西大陸棚で探鉱を開始 1979年 INPEX 南長岡ガス田を発見 1970年 INPEX アタカ油田を発見 1966年 INPEX 北スマトラ海洋石油資源開発を設立 1964年 INPEX 日本鉱業から社長を迎えて経営再建に着手 1955年 INPEX 国産原油の97%以上を生産 1950年 INPEX 商法に準拠する民間会社として再発足 1945年 INPEX 東邦石油を買収 1941年 INPEX 帝国石油を設立
- デクセリアルズ 2022年 デクセリアルズ 京都セミコンダクターを子会社化 2015年 デクセリアルズ 東証一部への再上場と、PEファンド(ユニゾン・キャピタル・日本政策投資銀行)の株式売却による投資回収 2012年 デクセリアルズ ソニーによるケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿VGケミカルへの分離独立 2012年 デクセリアルズ VGケミカル設立 2002年 デクセリアルズ 反射防止フィルムを製造開始 2000年 デクセリアルズ 株式交換によるソニーの完全子会社化と東証二部からの上場廃止 1994年 デクセリアルズ リチウムイオン電池用2次保護素子(SCP)を製造開始 1987年 デクセリアルズ 東京証券取引所第二部に上場 1977年 デクセリアルズ 異方性導電膜(ACF)を製造開始 1964年 デクセリアルズ 回路基板用接着剤付き銅箔と接着剤の製造を開始
- 全国保証 2025年 全国保証 三重総合信用を子会社化 2022年 全国保証 四国総合信用と資本業務提携契約を締結 2018年 全国保証 地方金融機関系の信用保証会社の連続取得によるグループ化 2018年 全国保証 YUTORI債権回収を子会社化 2014年 全国保証 民間金融機関のカードローン保証業務開始 2012年 全国保証 東京証券取引所市場第一部への新規上場と公募増資の実施 2002年 全国保証 商品「住まいる いちばん」の取扱い開始 1997年 全国保証 民間金融機関の住宅ローン保証への参入と、公的融資保証からの主力転換 1981年 全国保証 厚生年金転貸住宅融資の保証業務開始
- U-NEXT HOLDINGS 2023年 U-NEXT HOLDINGS プレミアム・プラットフォーム・ジャパンを完全子会社化しU-NEXTと吸収合併 2017年 U-NEXT HOLDINGS U-NEXTがUSENを吸収合併し持株会社体制へ移行した経営統合 2010年 U-NEXT HOLDINGS インテリジェンスを米KKR系ファンドへ譲渡した連続子会社売却 2007年 U-NEXT HOLDINGS テレビ向け動画配信サービスの提供開始 2001年 U-NEXT HOLDINGS 光ファイバー・ブロードバンドサービスを東京都の一部地域で開始 1994年 U-NEXT HOLDINGS 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 1961年 U-NEXT HOLDINGS 大阪有線放送社として個人創業
- カプコン 2024年 カプコン Minimum Studios Co., Ltd.の株式の66.7%を取得し子会社化 2017年 カプコン 内製エンジンRE ENGINEとデジタル・DLC販売への構造転換 2012年 カプコン 第二次構造改革——モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 2008年 カプコン ケーツーを子会社化 1998年 カプコン メキシコ子会社の清算と米国持株会社株式の評価減による最終赤字 1985年 カプコン 家庭用ゲームソフトの開発・販売を開始 1984年 カプコン 業務用テレビゲームの開発・販売を開始 1979年 カプコン アイ・アール・エムを設立
- カチタス 2022年 カチタス 東京証券取引所プライム市場へ移行 2017年 カチタス ニトリHDと資本・業務提携契約を締結 2016年 カチタス 同業リプライスの株式を全部取得し、中古住宅の買取再販で首位の規模を固める 2012年 カチタス PEファンドのTOBを受け入れて非公開化し、中古住宅再生への一本化を選ぶ 2008年 カチタス YUTORI債権回収を売却 1998年 カチタス 改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ 1989年 カチタス 建築部・不動産部を開設し戸建住宅販売業を開始 1978年 カチタス やすらぎを設立
- ファナック 2020年 ファナック 稲葉清右衛門氏が95歳で逝去 2015年 ファナック 配当性向倍増とSR部新設による株主還元・情報開示の方針転換 2011年 ファナック iPhone特需へのロボドリル増産投資と、需要集中がもたらした業績の振れ 2009年 ファナック ゼネラル エレクトリックとの合弁を解消 1997年 ファナック 合弁会社SHANGHAI-FANUC Robotics CO., LTD.を設立 1986年 ファナック ゼネラル エレクトリックとの共同出資でGE Fanuc Automation Corporationを設立 1985年 ファナック NC装置の高シェアと「利益率35%」を掲げた超高収益経営 1984年 ファナック 電動射出成形機を開発 1974年 ファナック NC装置の部品供給から、産業用ロボットの自社開発による最終製品参入 1972年 ファナック ファナック創業——富士通「3C構想」の制御部門から分社したNC専業メーカー 1965年 ファナック 参入10年目に初の黒字転換 1956年 ファナック 富士通がNC装置に新規参入。稲葉清右衛門氏が社員として開発に従事
- オリエンタルランド 2024年 オリエンタルランド ディズニークルーズのライセンス契約を締結 2021年 オリエンタルランド 最終赤字541億円に転落 2018年 オリエンタルランド ファンタジースプリングスへの約3,200億円投資と超長期の回収設計 2011年 オリエンタルランド 入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ 2010年 オリエンタルランド 「ディズニーストア」事業から撤退 2002年 オリエンタルランド 「ディズニーストア」事業を承継 1996年 オリエンタルランド 東京ディズニーシーの建設を決定 1983年 オリエンタルランド 東京ディズニーランドの開業と「黒船以来」の衝撃 1979年 オリエンタルランド 三井不動産の反対を退けたディズニー独占ライセンス契約 1964年 オリエンタルランド 浦安沖の海面埋立造成工事を開始
- タカタ 2017年 タカタ 私的整理の主張から民事再生法の申請へ、キー・セイフティー・システムズへの事業承継 2017年 タカタ 米州子会社12社が米連邦破産裁判所に再生手続開始を申立て 2014年 タカタ NHTSAによる調査リコールの全米拡大要請の不受諾と、原因究明の優先 2000年 タカタ PETRI AGを子会社化 1990年 タカタ 滋賀県愛知川製造所において、助手席用エアバッグの製造・販売を開始 1989年 タカタ Irvin Industries Inc.を子会社化 1988年 タカタ Burlingtonの産業資材部門を買収 1987年 タカタ 運転席用エアバッグの量産開始と、インフレータの内製化 1977年 タカタ チャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売 1960年 タカタ シートベルトの製造・販売を開始 1956年 タカタ 高田工場を設立
- 東京電力HD 2024年 東京電力HD FY23に経常利益4255億円、純利益2678億円に回復 2016年 東京電力HD 東京電力HDに商号変更、HDス体制に移行 2015年 東京電力HD 火力発電と燃料調達を中部電力との合弁JERAへ移し、自社の火力発電所を手放す 2012年 東京電力HD 1兆円の公的資金を受け入れ、議決権の過半を政府へ渡す 2011年 東京電力HD 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故 2006年 東京電力HD パワードコムをKDDIと合併し通信事業から撤退 2002年 東京電力HD 原発検査データ改ざん問題の発覚 1999年 東京電力HD 海外電力事業の統括会社TEPCインターナショナルを設立 1989年 東京電力HD テプコケーブルテレビを設立 1971年 東京電力HD 福島第一原子力発電所の建設と原子力への参入 1971年 東京電力HD 福島第一原子力発電所1号機営業運転開始 1963年 東京電力HD 姫川電力を子会社化 1955年 東京電力HD 水主火従から火主水従へ──火力を基幹電源に据えた電源構成の転換
- 日本触媒 2021年 日本触媒 最終赤字108億円に転落 2019年 日本触媒 三洋化成工業との経営統合発表と破談 2017年 日本触媒 SAPの収益性が低下。サバイバルPJを開始 2015年 日本触媒 高吸水性樹脂の増産を決定 2014年 日本触媒 吹田工場を閉鎖(研究拠点として継続活用) 2012年 日本触媒 姫路製造所アクリル酸タンク爆発事故への対応と安全管理体制の立て直し 2004年 日本触媒 シンガポール・アクリリック等2社を取得 1999年 日本触媒 ベルギーに子会社を設立 1983年 日本触媒 姫路製造所で高吸水性樹脂(SAP)の製造を開始 1970年 日本触媒 アクリル酸の国産化と高吸水性樹脂(SAP)市場への後発参入がもたらした原料一貫戦略 1967年 日本触媒 川崎第二工場を新設 1959年 日本触媒 酸化エチレンの量産開始 1952年 日本触媒 半期赤字に転落。富士製鐵が救済 1944年 日本触媒 八谷泰造氏による無水フタル酸事業の継続と爆発事故を越えた残存者利益の確立
- リコー 2025年 リコー PFU株式の20%を追加取得し完全子会社化 2022年 リコー PFUを買収(840億円) 2019年 リコー エフィッシモの保有目的転換を受けた大型自社株買いと資本効率重視への旋回 2018年 リコー IKON等の減損1,759億円の一括計上 2011年 リコー HOYAからのペンタックス買収と、祖業カメラ事業の立て直し 2008年 リコー IKON Office Solutions買収 2001年 リコー LANIER WORLDWIDEを買収 1995年 リコー GESTETNER HOLDINGSを買収 1991年 リコー CRP(リストラプログラム)の発表 1980年 リコー 自社ブランド輸出を開始 1978年 リコー 35歳能力主義を導入 1965年 リコー 無配転落と不良資産の一括処理 1955年 リコー リコピー101による事務機市場への本格参入 1936年 リコー 理研感光紙の分離独立と市村清への経営一任
- NISSHA 2025年 NISSHA 滋賀県製薬を買収 2024年 NISSHA Isometric Intermediate LLCを買収 2020年 NISSHA オリンパスグループの医療機器ノーウォーク工場を資産買収 2018年 NISSHA 情報コミュニケーション事業を共同印刷へ譲渡契約締結 2016年 NISSHA メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト 2015年 NISSHA Nissha Luxembourg買収によりAR Metallizing系を子会社化 2013年 NISSHA スマートフォン向けフィルムタッチセンサーへの単年274億円の集中投資 2007年 NISSHA Nissha USAが米Eimo Technologiesを買収 1999年 NISSHA ナイテック工業を設立 1987年 NISSHA 名古屋営業所を開設 1969年 NISSHA 東京証券取引所市場第二部に株式上場 1949年 NISSHA 大阪出張所を開設
- 楽天G 2025年 楽天G 楽天モバイルがEBITDA黒字化達成 2022年 楽天G 楽天証券HDとみずほ証券が資本業務提携 2022年 楽天G 純損失▲3,728億円 2019年 楽天G 『楽天モバイル』MNOサービス開始 2017年 楽天G 楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークの構築 2014年 楽天G Ebatesを子会社化 2008年 楽天G イーバンク銀行への200億円出資と傘下化——楽天銀行として金融の中核を取り込む 2004年 楽天G あおぞらカード買収による個人金融参入——後の楽天カードとなる会社の取得 2004年 楽天G 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 1997年 楽天G 楽天グループ創業——興銀を辞した31歳が月5万円で開いた仮想商店街
- パイオニア 2025年 パイオニア 台湾企業がパイオニアを買収 2018年 パイオニア 香港ファンド(ベアリングPEアジア)の傘下入りと上場廃止による再建 2015年 パイオニア ホームAV・電話機事業をオンキヨーへ譲渡 2010年 パイオニア 三菱電機と資本提携契約を締結 2009年 パイオニア シャープと光ディスク事業の合弁を開始 2007年 パイオニア シャープからの資本受け入れと業務・資本提携 2004年 パイオニア NECプラズマ事業の買収と、デジタル家電の価格急落 1997年 パイオニア プラズマディスプレイ(PDP)を独自開発。静岡工場で量産開始 1991年 パイオニア LDでカラオケ用途を開拓 1982年 パイオニア 石塚庸三社長の急死と松本誠也氏への緊急継承 1980年 パイオニア レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出 1979年 パイオニア 外部人材のスカウトによる「混血経営」の確立 1966年 パイオニア U.S. Pioneer Electronics Corp.を設立 1955年 パイオニア テレビ製造に参入(のちに撤退) 1947年 パイオニア 福音電機を設立
- 丸井 2020年 丸井 D2C&Co.を設立 2015年 丸井 消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換 2012年 丸井 大規模異動を実施・カード事業を強化 2011年 丸井 不採算店舗の整理・最終赤字に転落 2006年 丸井 グレーゾーン金利依存からの脱却とエポスカードによる金融業態転換 2006年 丸井 改正貸金業法により財務体質が悪化 2003年 丸井 丸井の組織制度改革——希望退職・成果主義・システム刷新の同時断行と撤回 1993年 丸井 減収決算により連続増収増益がストップ。業績低迷へ 1981年 丸井 キャッシングに新規参入 1980年 丸井 若者向けファッションへの品ぞろえ転換とDCブランドの取り込み 1974年 丸井 クレジットカードの店舗即時発行を開始 1962年 丸井 都心部に大型店を出店 1960年 丸井 店舗専用のクレジットカードを発行 1945年 丸井 中国人が中野店を不法占拠
- 日清製粉G本社 2023年 日清製粉G本社 初の親会社純損失を計上 2019年 日清製粉G本社 豪州アライド・ピナクル買収と3年後の大型減損 2012年 日清製粉G本社 米国製粉会社Miller Milling Company LLCを買収 2008年 日清製粉G本社 医薬事業からの撤退——5本柱の一角を合弁相手へ託して畳む 2001年 日清製粉G本社 全事業の再分社と純粋持株会社「日清製粉グループ本社」への移行 1999年 日清製粉G本社 日清テクノミックを吸収合併 1989年 日清製粉G本社 ロジャーズフーズ社を買収 1987年 日清製粉G本社 日清フーズ・日清化学を吸収合併 1972年 日清製粉G本社 日清エンジニアリングを設立 1961年 日清製粉G本社 配合飼料事業に参入 1957年 日清製粉G本社 製粉設備をニューマティック方式に近代化 1945年 日清製粉G本社 空襲で5工場が焼失 1908年 日清製粉G本社 旧日清製粉を合併し社名を継承
- アスクル 2024年 アスクル 物流センター「ASKUL関東DC」を開設 2019年 アスクル アスクルの独立性防衛と創業社長・岩田彰一郎氏の解任 2019年 アスクル 現任取締役全員の再任を決議 2012年 アスクル ヤフーと資本業務提携 2012年 アスクル 一般消費者向け通信販売サイト「LOHACO(ロハコ)」サービス開始 2001年 アスクル アスクル、「EC先駆者」評価の反動と岩田彰一郎社長の原点回帰 2000年 アスクル アスクル、インターネット受注による法人向けBtoB EC先駆モデルの確立 1997年 アスクル インターネットによる受注を開始 1997年 アスクル プラスよりアスクル事業の営業を譲受け、本社を開設し営業を開始 1986年 アスクル 埼玉シルバー精工をプラス工業に商号変更 1963年 アスクル プラスの全額出資でプラス工業を設立
- SBSHD 2025年 SBSHD 3PL企業持株会社Blackbird Logistics B.V.の株式取得 2020年 SBSHD 東芝ロジスティクスの株式取得 2018年 SBSHD 大企業物流子会社の受け皿としての連続買収と「1兆円企業」ビジョン 2012年 SBSHD ゼロの株式取得 2004年 SBSHD 雪印物流・東急ロジスティック等の連続買収による「大企業ノンコア物流子会社の受け皿」モデルの確立 2004年 SBSHD エスビーエスを純粋持株会社に移行 2003年 SBSHD メール便事業の売却と3PL特化への転換 1999年 SBSHD 商号をエスビーエスに変更 1989年 SBSHD 商号を総合物流システムに変更
- 三越伊勢丹HD 2025年 三越伊勢丹HD 営業利益763億円と再び最高益更新 2021年 三越伊勢丹HD 初の営業赤字計上 2017年 三越伊勢丹HD 大西洋社長の電撃辞任と杉江俊彦専務の昇格 2011年 三越伊勢丹HD 三越と伊勢丹が合併し「三越伊勢丹」を発足 2009年 三越伊勢丹HD 初の純損失計上 2008年 三越伊勢丹HD 伊勢丹と三越の経営統合・三越伊勢丹ホールディングス発足(2008年成立) 2007年 三越伊勢丹HD 三越と伊勢丹の経営統合と三越伊勢丹ホールディングスの設立
- GSユアサ 2024年 GSユアサ GSユアサがLEJの事業を譲受 2023年 GSユアサ ホンダと合弁でHonda・GS Yuasa EV Battery R&D(HGYB)を設立 2016年 GSユアサ パナソニックの鉛蓄電池事業の譲受とパナソニック ストレージバッテリーの子会社化 2014年 GSユアサ 村尾修氏が社長に就任 2009年 GSユアサ 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2007年 GSユアサ 三菱商事・三菱自動車と合弁でリチウムエナジージャパン(LEJ)を設立 2004年 GSユアサ 日本電池とユアサ コーポレーションの株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職による減産 1965年 GSユアサ 藤沢工場が竣工し自動車用電池の一貫生産工場として操業を開始 1928年 GSユアサ 米国USL社へ島津式亜酸化鉛粉製造法の特許権を譲渡 1920年 GSユアサ 島津源蔵が島津式鉛粉製造法を発明し特許を出願
- 野村HD 2025年 野村HD マッコーリー・グループのアセットマネジメント事業を買収発表 2024年 野村HD 子会社で決済不履行による貸倒引当を計上 2019年 野村HD 「猛烈営業」モデルの転換と国内店舗2割削減 ── ウェルス・マネジメントへの構造改革 2019年 野村HD 海外ホールセール不振で純損失計上 2012年 野村HD 永井浩二氏が社長に就任 2009年 野村HD 金融危機とリーマン統合費用で巨額純損失 2008年 野村HD リーマン・ブラザーズのアジア太平洋・欧州中東部門の承継によるグローバル投資銀行への転身 2001年 野村HD 持株会社体制に移行し野村HDに商号変更 1997年 野村HD 総会屋への利益供与の再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 1991年 野村HD 損失補填の証券不祥事を受けた田淵義久社長の引責辞任と「新生・野村」への機構改革 1981年 野村HD NSIがニューヨーク証券取引所会員権を取得 1969年 野村HD ノムラ・セキュリティーズ・インターナショナルを設立 1959年 野村HD 日本証券会社初の海外引受団参加 1941年 野村HD わが国最初の投資信託業務の認可を取得
- パン・パシフィック・インターナショナルHD 2025年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 社長交代を発表 2025年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 長期経営計画「Double Impact 2035」を策定 2024年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 連結売上高が2兆円を突破 2023年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 大型複合施設「道玄坂通 dogenzaka-dori」を開業 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ユニーの完全子会社化とPPIHへの改称——GMS最大手級を呑み2兆円企業へ 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD パン・パシフィック・インターナショナルHDに商号変更 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 吉田直樹氏が社長兼CEOに就任 2014年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 自社発行型電子マネー「majica」のサービスを開始 2013年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 純粋持株会社体制に移行 2009年 パン・パシフィック・インターナショナルHD プライベートブランド「情熱価格」を発売 2007年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 長崎屋の買収——GMS・食品・大型店への進出とMEGAドン・キホーテ業態の母胎 2006年 パン・パシフィック・インターナショナルHD THE DAI'EI(USA),INC.・Oriental Seafoods,Inc.を子会社化 1997年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 郊外型ディスカウントストアから都市型「深夜DS」への転換 1995年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ドン・キホーテに商号変更 1989年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 主たる事業形態を小売業に変更 1988年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 現金問屋からディスカウント小売への業態転換 1980年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ジャストを設立
- スズキ 2024年 スズキ 新工場を計画 2019年 スズキ トヨタ自動車と資本提携 2018年 スズキ 燃費測定と完成検査をめぐる二度の不正と、再発防止への一七〇〇億円 2014年 スズキ Suzuki Motor Gujarat Private Ltd.を設立 2009年 スズキ フォルクスワーゲンとの資本提携と、一年九カ月での解消 2002年 スズキ マルチ社を子会社化・増産投資 2000年 スズキ GMがスズキへ追加出資 1997年 スズキ マルチ・ウドヨグの社長人事を巡るインド政府との対立と国際仲裁 1982年 スズキ インド国営企業マルチに出資 1981年 スズキ GM・いすゞとの3社業務提携と、「中小企業」規模の維持 1979年 スズキ 軽自動車「アルト」を発売 1965年 スズキ 船外機部門に参入 1955年 スズキ 軽四輪乗用車を発売(国内軽自動車の先鞭) 1952年 スズキ 二輪車に参入・パワーフリー号を発売 1949年 スズキ 東京証券取引所に株式上場
- コマツ 2022年 コマツ コマツキャブテックを吸収合併 2017年 コマツ 米ジョイ・グローバル買収による鉱山機械のフルライン化 2014年 コマツ コマツディーゼルを吸収合併 2006年 コマツ コマツ電子金属の株式の過半をSUMCOに譲渡 2001年 コマツ 坂根正弘氏の「ダントツ経営」による経営構造改革とV字回復 2001年 コマツ ダントツ経営で構造改革に着手 1999年 コマツ 「脱建機」多角化とコマツ電子金属への巨額投資、初の連結赤字 1988年 コマツ ドレッサーと合弁設立 1970年 コマツ 小松アメリカを設立。海外輸出に注力 1968年 コマツ 油圧ショベルへの後発参入と小松ビサイラス——直販網で挑んだ総合建機化 1961年 コマツ 資本自由化に備えたマルA対策——品質一点集中でキャタピラーに対抗 1956年 コマツ 砲弾生産への依存を断ち、ブルドーザーを主力とする建設機械への業態転換 1947年 コマツ 河合良成氏が社長就任 1945年 コマツ トラクター受注が白紙撤回。経営危機へ
- クラレ 2025年 クラレ クラレクラフレックスを吸収合併 2023年 クラレ ブタジエン誘導品の生産開始 2018年 クラレ 米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化 2018年 クラレ 米国工場で火災事故・訴訟により巨額賠償 2014年 クラレ DuPontからビニルアセテート関連事業を買収 2004年 クラレ HT Troplast AGからPVBフィルム事業を買収 2001年 クラレ 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 2001年 クラレ スイスClariant AGからポバール・PVB事業を買収 1994年 クラレ 非繊維事業への転換「地下茎経営」と、不況に揺るがぬ収益体質づくり 1989年 クラレ 協和ガス化学工業を吸収合併 1972年 クラレ 岡山工場でエバールの生産開始 1964年 クラレ 倉敷工場で人工皮革「クラリーノ」の生産開始 1950年 クラレ 国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築 1949年 クラレ 倉敷レイヨンに商号変更
- ディップ 2022年 ディップ プライム市場に移行 2019年 ディップ 求人広告一本の会社へのAI・RPA事業の新設と、「コボット」による採用後業務への展開 2013年 ディップ 東京証券取引所市場第一部に指定替え 2003年 ディップ ヤフー依存からの脱却と、提携解消の通告を受けた上場辞退 2002年 ディップ 新サイト「バイトルドットコム」を開始 1998年 ディップ IBMとの提携による人材情報事業の立ち上げと、端末IBM・コンテンツ自社という分担 1998年 ディップ コンビニ端末での情報提供サービスを開始 1997年 ディップ ディップを設立
- リロG 2025年 リロG アンサーHDを持分法適用会社化 2024年 リロG 日本ハウズイングの株式を売却し非関連会社化 2024年 リロG SIRVA-BGRS Holdings, Inc.の株式を売却し非関連会社化 2019年 リロG BGRS買収によるグローバルリロケーション参入と5年での撤退 2014年 リロG パナソニック エクセルインターナショナルを子会社化 2002年 リロG 借上社宅の転貸事業への進出 2001年 リロG 持株会社体制へ移行しリロ・ホールディングに商号変更 2000年 リロG 「リロネット」開始・福利厚生倶楽部中国を設立 1993年 リロG 福利厚生代行「福利厚生倶楽部」の開始による第二の柱づくり 1989年 リロG Relocation International (U.S.A) Inc.を設立 1979年 リロG 三井物産の国内・海外転勤者の留守宅管理を開始 1969年 リロG 日本住建に商号変更
- 関西電力 2026年 関西電力 「関西電力グループ 経営計画2026」を策定 2023年 関西電力 原子力プラント7基体制を実現 2022年 関西電力 新電力の顧客情報の不正閲覧が発覚 2019年 関西電力 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 2019年 関西電力 八木誠氏と岩根茂樹氏ら6人が辞任 2016年 関西電力 高浜発電所3・4号機が再稼働 2013年 関西電力 電気料金を平均9.75%値上げ 2012年 関西電力 原子力の停止により過去最大の経常赤字を計上 2009年 関西電力 初の経常赤字を計上 2005年 関西電力 原子力安全・保安院の調査委員会が最終報告書を公表 2004年 関西電力 美浜3号機配管破損事故と全原発停止・サポート子会社の再編 1996年 関西電力 初めて電気卸の入札を実施 1995年 関西電力 阪神・淡路大震災の被災地で応急送電が完了 1991年 関西電力 美浜2号機の細管破断事故と自主保安体制の立て直し 1987年 関西電力 芦原義重氏を取締役から解任 1984年 関西電力 核燃料サイクル3施設の立地を申し入れ 1973年 関西電力 電灯15.8%・電力35.2%の値上げを申請 1970年 関西電力 美浜発電所1号機が営業運転を開始 1966年 関西電力 美浜発電所1号機の建設に着手 1963年 関西電力 黒部川第四発電所が竣工 1957年 関西電力 原子力部を設置 1951年 関西電力 電気事業再編成令により発足
- ツムラ 2022年 ツムラ プライム市場に移行 2017年 ツムラ 中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ 2017年 ツムラ 第三者割当により平安人寿保険が筆頭株主に 2008年 ツムラ 子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退 1995年 ツムラ バブル期に広げた多角化子会社の整理と、創業家外からの社長招聘 1995年 ツムラ 多角化子会社の整理に着手 1982年 ツムラ 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定 1976年 ツムラ 医療用漢方製剤が健康保険に採用、薬価収載され発売 1964年 ツムラ 静岡工場を新設、目黒工場より移転 1936年 ツムラ 婦人薬中将湯・浴用剤バスクリンの製造販売を開始
- パーク24 2022年 パーク24 新株式の発行により総額251億円を調達 2017年 パーク24 豪SECURE PARKING 5カ国事業と英NCPの連続取得による海外駐車場事業の確立 2017年 パーク24 NCP(NATIONAL CAR PARKS)の持株会社の株式を取得 2011年 パーク24 持株会社的構造への移行を伴う分社型会社分割を実施 2009年 パーク24 マツダレンタカーの取得によるモビリティ事業への参入 1991年 パーク24 駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場「タイムズ」運営への転換 1985年 パーク24 パーク二四を設立
- ファミリーマート 2020年 ファミリーマート 伊藤忠商事による公開買付けと株式併合を経て東京証券取引所の上場を廃止 2019年 ファミリーマート ユニー全株式をパン・パシフィック・インターナショナルHDに譲渡 2019年 ファミリーマート 子会社ファミリーマートを吸収合併し商号をファミリーマートに変更 2016年 ファミリーマート ユニーグループ・ホールディングスの吸収合併と、サークルK・サンクスのファミリーマートへのブランド統一 2010年 ファミリーマート エーエム・ピーエム・ジャパンを吸収合併 2009年 ファミリーマート エーエム・ピーエム・ジャパンの買収と、am/pm店舗のファミリーマートブランドへの一本化 2004年 ファミリーマート 中国・上海市に上海福満家便利を設立し中国本土に出店 1998年 ファミリーマート 西友によるファミリーマート株1,350億円の譲渡と、伊藤忠商事グループへの移行 1988年 ファミリーマート 台湾に全家便利商店を設立し海外初出店 1981年 ファミリーマート 西友ストアーから営業譲渡を受けた休眠会社ジョナスがファミリーマートに商号変更 1978年 ファミリーマート 西友ストアーがフランチャイズ方式でコンビニエンスストア事業を開始
- オンキヨー 2022年 オンキヨー 大阪地方裁判所へ破産手続開始を申し立て 2021年 オンキヨー 上場廃止 2019年 オンキヨー 米Sound Unitedへホームav事業譲渡に合意(同年10月に中止) 2019年 オンキヨー Sound United へのホームAV事業譲渡が中止 2015年 オンキヨー 投資ファンドを交えた当初スキームの組み替えと、パイオニアのホームAV事業の全株取得 2012年 オンキヨー 米 Gibson Guitar と資本業務提携 2010年 オンキヨー 単独株式移転により持株会社を設立 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 1993年 オンキヨー 東芝との36年の資本提携の解消と、大朏直人氏個人によるオンキヨー株式の取得 1989年 オンキヨー 生産会社 ONKYO (MALAYSIA) SDN. BHD. を設立 1979年 オンキヨー 生産会社 ONKYO AMERICA, INC. を設立 1969年 オンキヨー 日新工場を新設 1957年 オンキヨー 東芝と資本提携 1946年 オンキヨー 五代武氏が大阪電気音響社を設立
- コムシスHD 2024年 コムシスHD 第4代社長 田辺博就任 2018年 コムシスHD NDS・SYSKEN・北陸電話工事の3社を株式交換で同時に完全子会社化 2010年 コムシスHD つうけんを株式交換で完全子会社化 2003年 コムシスHD 日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の株式移転によるコムシスホールディングス設立 1997年 コムシスHD 受注高・完成高が2,000億円を突破 1982年 コムシスHD 日本通信建設による光ファイバーケーブル工事への早期参入 1972年 コムシスHD 東京・大阪両証券取引所第1部に上場 1965年 コムシスHD 初の海外工事を受注(バンコク) 1959年 コムシスHD 受注工事高が100億円を突破 1947年 コムシスHD 三和電氣興業を設立
- オービックビジネスコンサルタント 2025年 オービックビジネスコンサルタント 「奉行AIエージェント 新リース会計識別クラウド」の発売 2022年 オービックビジネスコンサルタント 「奉行V ERPクラウド」の発売 2018年 オービックビジネスコンサルタント 完全SaaS型「奉行クラウド」の投入と、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え 2014年 オービックビジネスコンサルタント 日本マイクロソフトとの基幹業務システムのクラウド運用での協業 2007年 オービックビジネスコンサルタント 統合基幹業務システム「奉行V ERPシリーズ」の発売 2001年 オービックビジネスコンサルタント 2001年3月期の減収、売上高109億円 2000年 オービックビジネスコンサルタント 新ERP・インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 1993年 オービックビジネスコンサルタント 業務ソフト「奉行シリーズ」の発売 1983年 オービックビジネスコンサルタント 業務ソフト「TOPシリーズ」の発売 1980年 オービックビジネスコンサルタント 公認会計士業からの転身と会計ソフト事業会社の設立、沖電気から得た1億円の製品開発への全額投入
- FUJI 2025年 FUJI 福岡営業所を開設 2024年 FUJI 岡崎工場の一部を建替えて新工場棟を建設 2018年 FUJI 商号の「FUJI」への変更とファスフォードテクノロジ買収 2013年 FUJI 東京証券取引所一部に上場 2003年 FUJI モジュール型高速多機能装着機NXTの開発 1995年 FUJI 子会社フジ ド ブラジルを設立 1981年 FUJI 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1978年 FUJI 電子部品自動挿入機を完成 1967年 FUJI 大型トランスファーラインを完成 1959年 FUJI 富士機械製造を設立
- モスフードサービス 2026年 モスフードサービス モスクレジットを吸収合併 2022年 モスフードサービス プライム市場に移行 2018年 モスフードサービス 腸管出血性大腸菌O121による食中毒事故の公表と全店の衛生総点検 2018年 モスフードサービス 営業自粛と全店の衛生総点検を実施 2012年 モスフードサービス 大韓民国におけるモスバーガー1号店「チャムシルロッテ店」オープン 2008年 モスフードサービス ダスキンと資本・業務提携契約を締結 2006年 モスフードサービス 農業生産法人サングレイスへの資本参加による産地合弁への参入 1991年 モスフードサービス 台湾におけるモスバーガー1号店「新生南路店」オープン 1985年 モスフードサービス 盟友の急死を機に決めた株式公開と東証二部上場 1973年 モスフードサービス フランチャイズ1号店「新瑞店」(愛知県)オープン 1972年 モスフードサービス モスバーガー1号店「成増店」(東京都)オープン
- 加賀電子 2022年 加賀電子 加賀エアロシステムを設立 2019年 加賀電子 十和田パイオニアを子会社化 2018年 加賀電子 富士通エレクトロニクスを約205億円で買収し、売上5,000億円級のグループへ 2013年 加賀電子 本社ビルを取得(竣工) 2009年 加賀電子 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針 2008年 加賀電子 エー・ディ・エムを株式公開買付により子会社化 1999年 加賀電子 エー・ディーデバイスを子会社化 1985年 加賀電子 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 1968年 加賀電子 電子機器・電子部品販売を目的として設立
- ライフコーポレーション 2016年 ライフコーポレーション ナチュラルスーパー「ビオラル」による独自業態の創出 2012年 ライフコーポレーション 本店所在地を移転 2006年 ライフコーポレーション 世襲を否定し三菱商事から後継を迎えた経営承継 1993年 ライフコーポレーション 栗橋総合物流センターを開設 1988年 ライフコーポレーション 実弟・清水三夫社長の電撃解任と本業回帰 1971年 ライフコーポレーション 首都圏1号店として板橋店を開設 1963年 ライフコーポレーション 第2号店・塚本店を開設しチェーンストア志向を明確化 1961年 ライフコーポレーション 豊中店を開設しスーパーマーケット形式による営業を開始 1956年 ライフコーポレーション 清水實業を設立
- ユキグニファクトリー 2025年 ユキグニファクトリー ユキグニファクトリーに商号変更 2023年 ユキグニファクトリー きのこ生産会社Oakfield Champignonsの全株式を取得 2020年 ユキグニファクトリー カット野菜と納豆の製造出荷を終了 2019年 ユキグニファクトリー タカラバイオから瑞穂農林ときのこセンター金武を取得 2017年 ユキグニファクトリー 神明がベインキャピタルから株式49%を取得 2015年 ユキグニファクトリー ベインキャピタルによる株式公開買付けへの賛同と、東証二部からの上場廃止 2013年 ユキグニファクトリー 創業者の大平喜信氏が代表取締役を辞任 2002年 ユキグニファクトリー ホクトの主力であるぶなしめじ・エリンギへの参入と、第4・第5バイオセンターの新設 1997年 ユキグニファクトリー 健康維持食品「MDフラクション」の製造販売を開始 1990年 ユキグニファクトリー 大平もやし店の営業権を譲受、もやしの生産販売を開始 1983年 ユキグニファクトリー 太もやしの過当競争を経たまいたけ量産への参入と雪国まいたけの設立
- S Foods 2022年 S Foods 東京証券取引所プライム市場に移行 2015年 S Foods AURORA PACKING COMPANY買収による米国食肉処理の2拠点化 2014年 S Foods グリコハムの全株式を取得 2005年 S Foods FREMONT BEEF COMPANYの株式を丸紅等から譲受け完全子会社化 2004年 S Foods 株式交換によるムラチクの完全子会社化と吸収合併 1999年 S Foods 東京証券取引所市場第二部に上場 1989年 S Foods 丸紅らとの合弁で米ネブラスカ州にFREMONT BEEF COMPANYを設立 1982年 S Foods 牛内臓肉製品「こてっちゃん」を発売 1972年 S Foods 米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功 1967年 S Foods スタミナ食品を設立し内臓肉の販売を開始
- THK 2025年 THK THK LM SYSTEM THAILANDを設立 2024年 THK 寺町崇史氏が代表取締役社長に就任、寺町彰博氏は代表取締役会長CEOへ 2015年 THK THKによるTRW Automotiveの欧米L&S事業の譲受 2012年 THK ボールジョイント製造開発部門をTHKリズムに会社分割で統合 2007年 THK THKによるリズム買収と輸送用機器事業への参入 1998年 THK リニアモータ製造販売を開始 1989年 THK THKの株式店頭公開による世界市場向け資金調達体制の構築 1985年 THK 東洋精工を吸収合併し三重工場・山口工場を新設 1979年 THK ボールねじ製造販売を開始 1977年 THK テーエチケーから製造部門を買収し甲府工場に
- 栗田工業 2020年 栗田工業 ペンタゴン・テクノロジーズ・グループ他2社を子会社化 2019年 栗田工業 U.S.ウォーター・サービス,Inc.他3社を買収 2015年 栗田工業 独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大 2013年 栗田工業 伊藤忠商事との業務提携を解消 2006年 栗田工業 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 1998年 栗田工業 事業開発センターを建設 1985年 栗田工業 総合研究所を新築移転 1978年 栗田工業 東日本向けに東京水処理管理を設立 1967年 栗田工業 粉飾決算の露見と、伊藤忠商事の増資引受による経営再建 1965年 栗田工業 伊藤忠商事と業務提携 1954年 栗田工業 水処理装置の製造販売を開始 1949年 栗田工業 栗田工業を設立
- TOYOTIRE 2024年 TOYOTIRE セルビア共和国に欧州販売会社「Toyo Tire Sales and Marketing Europe」を設立 2018年 TOYOTIRE 三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携と、TOYO TIREへの改称 2011年 TOYOTIRE 中国・山東省の自動車タイヤ製造・販売会社を子会社化 2008年 TOYOTIRE 業界首位ブリヂストンとの業務・資本提携と、非対称な株式の持ち合い 2004年 TOYOTIRE 自動車タイヤ生産子会社「Toyo Tire North America」を設立 1998年 TOYOTIRE 伊丹工場の生産部門を桑名工場へ統合し伊丹工場を閉鎖 1996年 TOYOTIRE 菱東タイヤを吸収合併 1987年 TOYOTIRE 台湾・正新橡膠工業と合弁で「洋新工業」を設立 1979年 TOYOTIRE 日東タイヤと業務全般で提携 1966年 TOYOTIRE 「Toyo Tire (U.S.A.) Corp.」を設立 1955年 TOYOTIRE 東京証券取引所に上場 1945年 TOYOTIRE 東洋ゴム化工と平野護謨製造所の合併による東洋ゴム工業の発足
- 協和キリン 2024年 協和キリン Orchard Therapeutics plcを買収 2019年 協和キリン 協和発酵バイオの株式95%をキリンHDへ譲渡し医薬事業へ集中 2011年 協和キリン ProStrakan Group plcを買収 2008年 協和キリン キリンHDの傘下入りとキリンファーマ統合による医薬品事業への集約 1991年 協和キリン 高血圧症・狭心症治療剤「コニール」を発売 1983年 協和キリン 加藤弁三郎会長が逝去 1967年 協和キリン 4事業部体制(医薬品・酒類・化学品・食品) 1951年 協和キリン メルク社と提携・結核治療薬「ストレプトマイシン」の製造を開始 1936年 協和キリン 協和化学研究所を発足
- コニカミノルタ 2025年 コニカミノルタ Ambry Genetics社の全株式譲渡が完了 2025年 コニカミノルタ グローバル構造改革を完遂、24年3月末から人員約5,200人減少 2023年 コニカミノルタ FY22は売上1兆1304億円に回復するも当期純損失▲1031億円 2017年 コニカミノルタ 米アンブリー・ジェネティクスの巨額買収によるがん遺伝子診断への本格進出 2014年 コニカミノルタ 社長交代:松﨑正年→山名昌衛 2008年 コニカミノルタ Konica Minolta Business Solutions USAが米Danka Office Imaging Companyを買収 2007年 コニカミノルタ フォト事業から撤退 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの株式交換による経営統合と、持株会社コニカミノルタホールディングスの設立
- レーザーテック 2025年 レーザーテック 売上高2,514億円・営業利益1,228億円で過去最高更新 2024年 レーザーテック 社長交代と仙洞田体制への移行 2017年 レーザーテック EUVマスク検査装置への集中開発と「世界で唯一の供給者」の地位確立 2011年 レーザーテック EUV検査装置の開発決断 2009年 レーザーテック 売上の半分を占めた液晶事業からの撤退と、半導体検査への集中 2000年 レーザーテック マスクブランクス欠陥検査装置MAGICSシリーズ初代機を開発 1994年 レーザーテック 位相シフト量測定装置MPM100を世界初開発(業界標準機に) 1980年 レーザーテック 自社製品100%を達成(下請けからの完全脱却) 1975年 レーザーテック 半導体フォトマスク検査への参入 1960年 レーザーテック X線テレビ開発での独立創業
- ケイアイスター不動産 2025年 ケイアイスター不動産 売上高3425億・経常利益151億で売上は過去最高 2020年 ケイアイスター不動産 Casa roboticsを設立 2016年 ケイアイスター不動産 よかタウンを子会社化 2015年 ケイアイスター不動産 東証2部への上場と1年での1部指定、地場住宅会社の連続買収による全国展開 2015年 ケイアイスター不動産 「はなまるハウス」でよかタウンと第一号となるフランチャイズ契約を締結 2009年 ケイアイスター不動産 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅「はなまるハウス」の投入 2007年 ケイアイスター不動産 ストーリーハウス・ケイアイスター不動産販売・アトム社ほか4社を吸収合併 1998年 ケイアイスター不動産 グランビルホームをケイアイコーポレーションに商号変更
- 九州旅客鉄道 2024年 九州旅客鉄道 「JR九州ホテルズアンドリゾーツ」に商号変更・吸収合併完了 2022年 九州旅客鉄道 東京証券取引所プライム市場へ移行 2019年 九州旅客鉄道 中間持株会社「JR九州駅ビルHD」設立 2016年 九州旅客鉄道 鉄道資産の一括減損と経営安定基金の全額充当による東証一部上場 2004年 九州旅客鉄道 九州新幹線新八代〜鹿児島中央が開業 2004年 九州旅客鉄道 鹿児島本線八代〜川内を肥薩おれんじ鉄道へ移管 1996年 九州旅客鉄道 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 1987年 九州旅客鉄道 国鉄分割民営化による発足と、経営安定基金3,877億円を前提とした事業設計
- コナミG 2025年 コナミG コナミアーケードゲームスを設立 2022年 コナミG コナミグループに商号変更 2015年 コナミG 小島秀夫氏の退社とコジマプロダクション解散 ── モバイル収益重視への経営資源再配分 2015年 コナミG 小島秀夫氏が新体制から離脱 2013年 コナミG モバイルゲーム「実況パワフルプロ野球」(パワプロアプリ)を配信開始 2006年 コナミG 純粋持株会社へ移行 2001年 コナミG フィットネス大手のピープルを友好的TOBで子会社化 1999年 コナミG 遊戯王オフィシャルカードゲームの発売 ── 紙のトレーディングカードで拓いたIP収益の新機軸 1997年 コナミG Konami Gaming,Inc.を設立 1985年 コナミG アーケード専業から家庭用ゲームへ ── 任天堂プラットフォームでの多角展開 1978年 コナミG アーケードゲーム市場に本格参入 1969年 コナミG 上月景正が大阪でジュークボックスの修理・レンタル業を創業
- 積水ハウス 2025年 積水ハウス 売上高4兆円を突破 2024年 積水ハウス M.D.C. Holdings, Inc.を完全子会社化 2019年 積水ハウス 地面師詐欺事件の責任をめぐる取締役会の内紛と会長・社長の交代 2019年 積水ハウス 鳳HD(鴻池組の持株会社)を子会社化 2017年 積水ハウス Woodside Homes Company, LLCを完全子会社化 2010年 積水ハウス 初の営業赤字・経常赤字・純損失を計上 2008年 積水ハウス Sekisui House Australia Holdings PTY LIMITEDを設立 1993年 積水ハウス 乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編 1987年 積水ハウス 米国積水ハウスをワシントン州に設立 1979年 積水ハウス 「需要は待つな、創れ」——石油危機下の需要創造経営 1978年 積水ハウス 全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革 1963年 積水ハウス 田鍋健社長による直接販売・責任施工への転換と高級化路線
- 信越化学工業 2024年 信越化学工業 三益半導体工業を完全子会社化 2016年 信越化学工業 森俊三氏への社長職の移譲と、シンテック社長を経た斉藤恭彦氏への二段階の承継 2010年 信越化学工業 金川千尋氏が会長に就任 2005年 信越化学工業 直江津工場でマスクブランクス製造を開始 1999年 信越化学工業 塩ビ合弁事業を買収 1990年 信越化学工業 金川千尋の社長就任と「フル生産、全量販売」の全社展開 1990年 信越化学工業 「フル生産、全量販売」を全社方針に設定 1983年 信越化学工業 磯部工場で光ファイバー用プリフォームの製造を開始 1979年 信越化学工業 米ダウコーニング社との共同出資による信越半導体の設立と、優先交渉権を行使した全株式の取得 1976年 信越化学工業 シンテックの完全子会社化と、テキサス立地を軸にした塩ビ垂直統合 1973年 信越化学工業 テキサスに塩ビ製造子会社シンテックを設立 1967年 信越化学工業 信越半導体を設立 1960年 信越化学工業 磯部工場で高純度シリコン「スーパー・シリコン」の製造を開始 1957年 信越化学工業 直江津工場で塩化ビニルの製造を開始 1953年 信越化学工業 米ゼネラル・エレクトリック社との技術提携によるシリコーンの事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1949年 信越化学工業 東京証券取引所に株式上場
- 横浜ゴム 2025年 横浜ゴム Goodyear社のOTR事業(G-OTR)を買収 2023年 横浜ゴム スウェーデンTrelleborg Wheel Systems(Y-TWS)を買収 2021年 横浜ゴム ハマタイト事業を売却 2016年 横浜ゴム オフハイウェイタイヤ(OHT)事業への連続M&Aによる事業構成の転換 2014年 横浜ゴム パーカーMHP社(マリンホース)を買収 2009年 横浜ゴム リーマンショックで初の純損失に転落 1993年 横浜ゴム 萩原晴二氏から冨永靖雄氏へ、危機感で継いだコスト削減と構造改革の10年 1981年 横浜ゴム B.F.グッドリッチが横浜ゴム株式の大半を売却 1978年 横浜ゴム ADVAN発売とB.F.グッドリッチ資本離脱による独自路線の確立 1978年 横浜ゴム 2期連続で最終赤字に転落 1967年 横浜ゴム 日本初の乗用車用スチールラジアルタイヤを開発 1963年 横浜ゴム ブリヂストンに譲った首位からの巻き返し——新城工場と島崎敬夫社長の経営刷新 1957年 横浜ゴム 航空部品(燃料タンク・ホース)の生産を開始 1949年 横浜ゴム B.F.グッドリッチとの業務提携を復活
- アリアケジャパン 2019年 アリアケジャパン 米国子会社ARIAKE U.S.A.の全株式をKerryへ譲渡し米国市場から撤退 2013年 アリアケジャパン Ariake Europe N.V.がオランダのHenningsen Nederlandを買収 2007年 アリアケジャパン 九州第2工場の隣接地に新工場を新設 1996年 アリアケジャパン 年商に匹敵する100億円を投じた液体エキス専用工場の建設 1990年 アリアケジャパン 有明食品化工を吸収合併しアリアケジャパンに商号変更 1985年 アリアケジャパン カリフォルニア州に子会社ARIAKE U.S.A.を設立 1978年 アリアケジャパン 日本食資工業を設立 1968年 アリアケジャパン アサリエキスの卸売から畜産エキスの自社製造へ——1968年の業態転換
- 東海カーボン 2025年 東海カーボン 滋賀工場の黒鉛電極生産中止、Tokai Erftcarbonを譲渡 2024年 東海カーボン 純損失▲565億円、特別損失769億円 2018年 東海カーボン カーボンブラックメーカーSid Richardson Carbonを完全子会社化 2017年 東海カーボン 米SGL GE社の取得によるアジア・北米・欧州の黒鉛電極3極体制の構築 2016年 東海カーボン 初の純損失▲79億円 2005年 東海カーボン 黒鉛電極製造販売会社ERFTCARBONを完全子会社化 1992年 東海カーボン 同年創業の東洋カーボンとの合併と、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1988年 東海カーボン 工場集約化と合理化を敢行 1978年 東海カーボン 石巻工場新設 1960年 東海カーボン 米キャボット社とのカーボンブラック製造技術提携と知多工場の新設 1950年 東海カーボン 自社技術で日本初のファーネス式カーボンブラック製造 1941年 東海カーボン 九州若松工場でカーボンブラック製造を開始
- 日本航空電子工業 2025年 日本航空電子工業 京セラと資本業務提携 2024年 日本航空電子工業 日本電気持分の買い取りを目的とした自己株式の公開買付けを実施 2017年 日本航空電子工業 日本電気による公開買付けと、その他の関係会社から親会社への転換 2012年 日本航空電子工業 盟友技研の株式を100%取得 2004年 日本航空電子工業 ニッコー・ロジスティクスの株式を100%取得 1991年 日本航空電子工業 ミサイル部品の不正輸出事件と、株主代表訴訟が確定させた取締役の責任 1988年 日本航空電子工業 富士航空電子を分離し設立 1971年 日本航空電子工業 慣性航法装置の製造を開始 1961年 日本航空電子工業 米ハネウェル社との技術援助契約による航空機搭載機器への進出 1955年 日本航空電子工業 コネクタの製造を開始
- ハウス食品G本社 2024年 ハウス食品G本社 子会社ハウス食品グループ東北工場設立 2015年 ハウス食品G本社 壱番屋へのTOBによる子会社化と、外食事業の取り込み 2013年 ハウス食品G本社 ヴォークス・トレーディングの株式を取得し東南アジア子会社等を子会社化 2013年 ハウス食品G本社 持株会社体制に移行し社名をハウス食品グループ本社に商号変更 2006年 ハウス食品G本社 ハウスウェルネスフーズを子会社化 2004年 ハウス食品G本社 ウコンの力発売 1992年 ハウス食品G本社 低シェア事業からの撤退方針とチルド食品事業の全面撤退 1983年 ハウス食品G本社 カリフォルニア州にハウスフーズ&ヤマウチを合弁設立 1970年 ハウス食品G本社 合弁会社サンハウス食品を設立しレトルト食品発売 1963年 ハウス食品G本社 バーモントカレー発売 1959年 ハウス食品G本社 東大阪工場にカレー製造工場竣工 1926年 ハウス食品G本社 薬種問屋からカレー粉の自社製造への転換 1926年 ハウス食品G本社 カレー粉の製造を開始
- タマホーム 2023年 タマホーム 高耐候・高耐久・高断熱・高気密・省エネルギー仕様の新商品「笑顔の家」販売開始 2018年 タマホーム 玉木伸弥氏への世代承継——創業者から生え抜き第二世代への交代 2014年 タマホーム 「大安心の家」の外観意匠を向上させた「大安心の家 PREMIUM」販売開始 2009年 タマホーム 長期優良住宅対応の新商品「New大安心の家」販売開始 1998年 タマホーム タマホームの創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立
- 東ソー 2025年 東ソー 新中期経営計画(2025-2027年度)始動 2024年 東ソー トーソー・ベトナム・ポリウレタンCo.Ltdを設立 2017年 東ソー 汎用の塩ビ・クロールアルカリ基盤事業を捨てず磨き切る「死守と復活」戦略 2014年 東ソー 日本ポリウレタン工業と合併 2009年 東ソー 初の連結営業赤字・純損失に転落 1999年 東ソー ビニル・チェーン関連大型投資により苛性ソーダ・塩ビモノマー年産100万t体制を確立 1991年 東ソー バブルをまたいだ石油化学の強気拡張と反動——エチレン増設・10事業撤退・塩ビ選別再投資 1990年 東ソー 新大協和石油化学・四日市ポリマーと合併 1988年 東ソー 北米VARIAN社よりターゲット部門を買収しトーソー・SMD, Inc.を設立 1975年 東ソー 鐵興社と合併し7工場体制に 1971年 東ソー 科学計測事業に参入 1964年 東ソー 石油化学事業への参入を決定 1953年 東ソー 小野田セメントとの提携でセメント製造を開始 1949年 東ソー 東京証券取引所に株式上場
- 日東電工 2025年 日東電工 連結売上収益が初の1兆円超え 2022年 日東電工 東京証券取引所プライム市場に移行 2017年 日東電工 大型偏光板技術の杭州錦江集団への供与と、ボリュームゾーンからの離脱 2014年 日東電工 髙﨑秀雄氏が取締役社長に就任 2009年 日東電工 リーマンショックで営業利益が138億円へ急落 1999年 日東電工 尾道事業所を操業、液晶表示関連材料の専門工場 1987年 日東電工 高分子分離膜への参入と、米ハイドロノーティクスの買収 1983年 日東電工 経皮吸収型テープ製剤の製造開始 1978年 日東電工 新規事業として電子・医療・防食・膜の4領域に注力方針 1975年 日東電工 新製品比率30%を常設の規律とした三新活動 1975年 日東電工 液晶表示用偏光フィルムの製造開始 1965年 日東電工 半導体封止材料に参入 1961年 日東電工 乾電池・磁気テープ部門のマクセルとしての分離独立と、日立製作所への売却 1950年 日東電工 乾電池の製造を開始、マクセルブランドで展開 1948年 日東電工 日立製作所による全額出資の受け入れと、1948年の資本提携解消 1937年 日東電工 日立製作所と資本業務提携 1918年 日東電工 日東電気工業を東京・大崎で設立
- 太陽誘電 2025年 太陽誘電 販売法人を設立 2023年 太陽誘電 転換社債で500億円を調達 2018年 太陽誘電 エルナーを子会社化(アルミ電解コンデンサ) 2015年 太陽誘電 光記録メディア事業からの撤退と、電子部品単一セグメントへの回帰 2010年 太陽誘電 太陽誘電モバイルテクノロジーを子会社化 2007年 太陽誘電 太陽誘電投資を設立 1991年 太陽誘電 ビデオテープ事業の商業化断念 1988年 太陽誘電 That'sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディアCD-Rの世界初商品化 1984年 太陽誘電 ニッケル電極大容量MLCCの世界初商品化 1972年 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針の表明と新製品領域への多角化 1967年 太陽誘電 初の海外子会社を設立 1950年 太陽誘電 磁器コンデンサ専業メーカーとしての創業
- 曙ブレーキ工業 2024年 曙ブレーキ工業 事業再生計画期間が終了 2023年 曙ブレーキ工業 子会社のエリザベスタウン工場を2025年12月に閉鎖する方針を決議 2019年 曙ブレーキ工業 事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2014年 曙ブレーキ工業 スロバキアにAkebono Brake Slovakia s.r.o.を設立 2008年 曙ブレーキ工業 館林鋳造所が稼動開始 1998年 曙ブレーキ工業 Akebono Corporation (North America)を設立 1986年 曙ブレーキ工業 ベンディックスとの技術提携の解消と、GM合弁アムブレーキによる米国生産 1979年 曙ブレーキ工業 岩槻製造所でAD型ディスクブレーキの量産を開始 1962年 曙ブレーキ工業 米英仏3社との技術提携と岩槻製造所への資本金数倍の投資 1960年 曙ブレーキ工業 ベンディックス社とブレーキに関する技術援助契約を締結 1929年 曙ブレーキ工業 ウーブンブレーキライニングとクラッチフェーシングの製造を開始
- コクヨ 2025年 コクヨ 創業120周年に合わせコーポレートアイデンティティを刷新 2024年 コクヨ 指名委員会等設置会社へ移行 2022年 コクヨ 香港のオフィス家具メーカーHNI Hong Kongを子会社化 2019年 コクヨ ぺんてる株37%の取得と子会社化の試み、45.6%全株のプラスへの売却 2015年 コクヨ コクヨS&Tとコクヨファニチャーを吸収合併し事業会社に回帰 2011年 コクヨ インドの文具・画材メーカーであるコクヨカムリンを子会社化 2004年 コクヨ 全事業を会社分割し持株会社制に移行 2000年 コクヨ 通販事業の子会社カウネットを設立 1996年 コクヨ タイに初の海外製造会社コクヨIK(タイランド)を設立 1988年 コクヨ 名古屋証券取引所市場第一部に上場 1974年 コクヨ 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1961年 コクヨ 黒田国光堂からコクヨに社名を変更 1960年 コクヨ 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売 1954年 コクヨ 大阪市東成区深江に深江工場を新設し帳簿・リーフの量産体制を確立 1949年 コクヨ 傍系3社と合併し資本金1,044万5,000円の黒田国光堂を設立 1905年 コクヨ 黒田表紙店を大阪市西区に開業し和式帳簿用表紙の製造を開始
- 大阪ガス 2022年 大阪ガス 大阪ガスネットワークの事業開始 2019年 大阪ガス シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得 2013年 大阪ガス 海外エネルギー事業への投資を本格化 2009年 大阪ガス 泉北天然ガス発電所稼動開始 1990年 大阪ガス 天然ガス転換完了 1984年 大阪ガス 姫路製造所稼動開始 1975年 大阪ガス ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換 1972年 大阪ガス 泉北製造所へブルネイLNG導入開始 1965年 大阪ガス 大阪ガス都市開発を設立 1945年 大阪ガス 神戸・京都など14ガス会社の合併吸収と近畿2府4県一元供給への移行
- ショーボンドHD 2025年 ショーボンドHD 2020年から続けた東西カンパニー制を見直し 2024年 ショーボンドHD 中期経営計画2027(2025〜2027年6月期)を策定 2019年 ショーボンドHD 三井物産との合弁による海外メンテナンス——2019年に始めた段階展開 2011年 ショーボンドHD 化工建設をショーボンド建設に承継させる簡易吸収分割を実施 2008年 ショーボンドHD 株式移転によりショーボンドHDを設立、東京証券取引所一部に上場 2004年 ショーボンドHD 完成工事の瑕疵による指名停止と早期退職プログラム実施で連結純損失54.7億円を計上 1998年 ショーボンドHD 上谷章夫氏が社長に就任 1989年 ショーボンドHD コンクリートのアルカリ骨材反応による劣化対策工法を開発 1979年 ショーボンドHD 「ビックス工法」(コンクリートのひび割れに樹脂系接着剤を注入する工法)を開発 1975年 ショーボンドHD 補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社 1962年 ショーボンドHD SBアンカー(ガラスカプセル入り鉄筋埋込固定用接着剤)を開発 1960年 ショーボンドHD 本社を移転しショーボンド事業に参入 1958年 ショーボンドHD 昭和工業として創業
- ダイハツ工業 2024年 ダイハツ工業 新たな認証不正の判明による生産再開の延期 2023年 ダイハツ工業 認証試験で174件の不正が判明し全28車種で出荷停止 2016年 ダイハツ工業 トヨタ自動車との株式交換による完全子会社化と上場廃止 2016年 ダイハツ工業 トヨタ自動車との株式交換契約を締結 2013年 ダイハツ工業 インドネシアのLCGC政策に対応したアイラ・アギアの生産を開始 2003年 ダイハツ工業 インドネシアでトヨタとの共同開発車セニア・アバンザの生産を開始 2002年 ダイハツ工業 マレーシアの持株会社プロドゥアが業務開始 1998年 ダイハツ工業 トヨタ自動車が株式取得により子会社化 1995年 ダイハツ工業 トヨタ自動車が338億円を出資し持株比率を引き上げ 1981年 ダイハツ工業 ダイハツ自動車販売を合併 1979年 ダイハツ工業 インドネシアで海外生産工場の操業開始 1970年 ダイハツ工業 旭工業を合併し資本金183億円へ 1967年 ダイハツ工業 トヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売との業務提携と販売部門の分離 1966年 ダイハツ工業 ディーゼル機関部門を分離しダイハツディーゼルを設立 1966年 ダイハツ工業 軽乗用車を発売 1958年 ダイハツ工業 小型貨物車を発売 1957年 ダイハツ工業 軽三輪自動車を発売 1937年 ダイハツ工業 小型四輪自動車を発売 1930年 ダイハツ工業 国産エンジンを積んだ三輪自動車の完成車製作への進出 1907年 ダイハツ工業 内燃機関の製作と販売を目的に発動機製造を設立
- 日本電気硝子 2025年 日本電気硝子 売上高3,114億円・営業利益341億円・営業利益率11.0% 2023年 日本電気硝子 営業損失△104億円・純損失△261億円 2019年 日本電気硝子 営業利益159億円・親会社株主純損失336億円 2017年 日本電気硝子 米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得 2011年 日本電気硝子 化学強化専用ガラス(Dinorex®)の生産開始 2000年 日本電気硝子 オーバーフロー法による液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始 1999年 日本電気硝子 全事業場一括でISO14001認証を取得 1987年 日本電気硝子 TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始 1976年 日本電気硝子 ガラスファイバ(強化プラスチック用)の生産開始 1965年 日本電気硝子 テレビ用ブラウン管ガラスの製造開始 1964年 日本電気硝子 ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設 1960年 日本電気硝子 オーエンズ・イリノイから管ガラス技術を導入 1959年 日本電気硝子 藤沢工場を新設 1949年 日本電気硝子 日本電気硝子として独立
- ミズノ 2025年 ミズノ イギリス・ドイツ・オランダの支店事業を MIZUNO CORPORATION UK へ移管 2021年 ミズノ オランダに欧州事業統括子会社 MIZUNO EUROPE を設立 2020年 ミズノ シャープ産業の全株式を取得し完全子会社化 2016年 ミズノ 街着向けブランド「ミズノスポーツスタイル」の投入と、競技用品偏重からカジュアル領域への商品展開 2012年 ミズノ セノーの全株式を取得し完全子会社化 2002年 ミズノ 養老工場を会社分割しミズノテクニクスへ事業を承継 1996年 ミズノ 米国ジョージア州に MIZUNO USA を設立 1992年 ミズノ 大阪市住之江区に地上31階の新本社ミズノクリスタが完成 1986年 ミズノ 台湾台北に海外初の現地子会社を設立 1977年 ミズノ 水野国際スポーツ交流財団を設立 1968年 ミズノ 大阪市福島区に大阪営業センターが完成 1945年 ミズノ 闇取引の全面禁止と、軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1943年 ミズノ 岐阜県養老郡に養老工場を建設し操業を開始 1915年 ミズノ 関西学生連合野球大会の主催と、全国中等学校優勝野球大会への開催権の移譲
- パルGHD 2024年 パルGHD レイ・カズン社より、店舗の一部等の事業資産の譲受け 2019年 パルGHD 3COINSのリブランドと大型店化による「脱・純300円」の再成長 2016年 パルGHD パルグループHDに商号変更 2007年 パルGHD 店舗開発事業に参入 1996年 パルGHD 衣料品の企画製造卸事業に参入 1994年 パルGHD 300円ショップ「3COINS」を出店。雑貨事業の出店開始 1981年 パルGHD 都心型店舗の出店を開始 1975年 パルGHD ジーンズショップ2号店「パル茨木店」を出店
- アルプスアルパイン 2026年 アルプスアルパイン 売上高1兆円突破の見通し 2024年 アルプスアルパイン アルプス物流の株式を完全売却──KKRがTOBで取得 2019年 アルプスアルパイン アルプス電気とアルパインの株式交換による経営統合と、合併比率をめぐるオアシスとの攻防 2019年 アルプスアルパイン アルプスアルパインに商号変更 2012年 アルプスアルパイン 創業家外初の社長就任と車載・スマホへの事業構造転換 2009年 アルプスアルパイン リーマンショックで265億円の営業赤字 1993年 アルプスアルパイン 大規模リストラと事業本部制への転換 1981年 アルプスアルパイン 世界初のカーナビゲーションシステムを共同開発 1974年 アルプスアルパイン 不況下の大量希望退職──片岡社長が一人一人に面接 1967年 アルプスアルパイン アルプス・モトローラの設立 1954年 アルプスアルパイン テレビ時代への対応──VHFチューナーの製造開始 1949年 アルプスアルパイン バリコンの製造開始と秋葉原での販売
- エクシオG 2024年 エクシオG エクシオ・デジタルソリューションズなど3社が合併 2019年 エクシオG EXEO GLOBAL Pte Ltd経由でDeClout Pte Ltdを子会社化 2018年 エクシオG 通信工事3社の同時子会社化とエクシオグループへの改称・再編 2011年 エクシオG アイコムシステックを子会社化 2001年 エクシオG 昭和テクノス(資本金1481百万円)と合併 1999年 エクシオG 本店を移転 1987年 エクシオG 建築設備・環境保全・散水設備の建設保守を追加 1975年 エクシオG 事業目的に設計・測量業務を追加 1963年 エクシオG 東京証券取引所市場第二部に上場 1954年 エクシオG 共同工業・日本電話工業を吸収合併
- ジェイエイシーリクルートメント 2025年 ジェイエイシーリクルートメント 連結子会社のバンテージポイントの事業活動を終了 2023年 ジェイエイシーリクルートメント 上海杰爱士人力资源有限公司を解散 2018年 ジェイエイシーリクルートメント アジア統括法人 JAC Recruitment Asia の全株式取得と、業務提携で結んでいた海外拠点の連結化 2014年 ジェイエイシーリクルートメント JAC Recruitment Vietnam Co., Ltdと業務提携 2002年 ジェイエイシーリクルートメント JAC Singapore・JAC Recruitment UK・AGENSI PEKERJAAN JACと業務提携 1993年 ジェイエイシーリクルートメント 大阪支店を開設 1988年 ジェイエイシーリクルートメント ジェイ エイ シー ジャパンを設立
- 日本酸素HD 2020年 日本酸素HD 持株会社体制に移行し日本酸素HDに商号変更 2018年 日本酸素HD 独リンデ・プラクスエア統合が生んだ欧州産業ガス事業の巨額買収 2016年 日本酸素HD エア・リキード社の米国産業ガス事業の一部を買収 2014年 日本酸素HD 三菱ケミカルHDによる公開買付の成立により同社の連結子会社に 2004年 日本酸素HD 大陽東洋酸素と合併 2001年 日本酸素HD 家庭用品事業部門を会社分割し日酸サーモと統合してサーモスを設立 1995年 日本酸素HD 東洋酸素と合併 1983年 日本酸素HD 特殊ガス事業を買収しマチソン・ガス・プロダクツ社を設立 1978年 日本酸素HD 厚木工場を新設 1969年 日本酸素HD 日本酸素と合弁会社富士酸素を設立 1955年 日本酸素HD 東京製作所を分離し新会社に日本理化工業の名称を継承 1949年 日本酸素HD 東京証券取引所に株式を上場
- KOKUSAIエレクトリック 2021年 KOKUSAIエレクトリック アプライドマテリアルズによる買収が破談 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立製作所からの分離とKKRによる非公開化、会社分割での成膜事業の承継 2018年 KOKUSAIエレクトリック 会社分割で成膜事業を承継しKOKUSAIエレクトリックが発足 2000年 KOKUSAIエレクトリック 国際電気・日立電子・八木アンテナが合併し日立国際電気が発足 1961年 KOKUSAIエレクトリック 東京証券取引所に上場(同年に市場第一部指定) 1956年 KOKUSAIエレクトリック 単結晶引上装置を受注し半導体製造装置事業に参入 1949年 KOKUSAIエレクトリック 国際電気を設立
- 高砂熱学工業 2022年 高砂熱学工業 石狩厚田グリーンエネルギーを設立 2017年 高砂熱学工業 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 高砂熱学工業 ヤマトと業務・資本提携契約を締結 2012年 高砂熱学工業 丸誠を子会社化 2008年 高砂熱学工業 日本フレクトを子会社化 1995年 高砂熱学工業 タカサゴフィリピンInc.を設立 1980年 高砂熱学工業 海外事業本部開設 1973年 高砂熱学工業 東京証券取引所・大阪証券取引所の市場第一部に指定替 1969年 高砂熱学工業 東京証券取引所市場第二部に上場 1959年 高砂熱学工業 九州出張所開設 1949年 高砂熱学工業 大阪支店開設
- TOKYO BASE 2026年 TOKYO BASE KEY TIMEZ業態を開始 2024年 TOKYO BASE 米国本土初出店となるSTUDIOUS TOKYO NEWYORK店をニューヨーク・ソーホーに出店 2019年 TOKYO BASE 中国本土初出店となるSTUDIOUS TOKYO上海店を上海新天地に出店 2018年 TOKYO BASE PUBLIC TOKYO業態を開始 2015年 TOKYO BASE 海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA 2010年 TOKYO BASE デイトナ・インターナショナルからSTUDIOUS新宿店を譲受し全店舗取得を完了 2009年 TOKYO BASE デイトナ・インターナショナルから STUDIOUS原宿本店とオンラインストアを譲受
- リクルートHD 2022年 リクルートHD 過去最高益を達成 2016年 リクルートHD USG Peopleを買収 2014年 リクルートHD 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 2012年 リクルートHD リクルートによる米Indeedの買収 2007年 リクルートHD リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収 2000年 リクルートHD 「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスへ参入 1997年 リクルートHD リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代 1997年 リクルートHD OPT制度を導入 1992年 リクルートHD ダイエーによるリクルート株式の取得と筆頭株主の交代 1988年 リクルートHD リクルート事件が発覚 1976年 リクルートHD 「住宅情報」の創刊による住宅・不動産分野への多角化 1962年 リクルートHD 就職情報誌「企業への招待」の創刊 1960年 リクルートHD リクルート創業——23歳の江副浩正氏が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業
- LIXIL 2025年 LIXIL LIXILホームファイナンスを清算 2020年 LIXIL Permasteelisa S.p.A.の株式を売却 2020年 LIXIL LIXILビバの株式を売却 2013年 LIXIL 米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収 2011年 LIXIL 米GE出身・藤森義明の社長兼CEO招聘と創業家からの経営権移譲 2011年 LIXIL トステムがINAX・新日軽・東洋エクステリア等を吸収合併しLIXILに商号変更 2001年 LIXIL トステムとINAXの経営統合と純粋持株会社INAXトステム・ホールディングスの設立 2001年 LIXIL INAXトステム・HDに商号変更し純粋持株会社へ移行 1999年 LIXIL 日本住宅保証検査機構を設立 1985年 LIXIL 三井軽金属加工の営業を譲り受けビル建材事業に本格参入 1984年 LIXIL アイフルホーム(フランチャイズ住宅)を設立 1977年 LIXIL ビバホーム(のちのトステムビバ)を設立 1967年 LIXIL 東洋サッシを設立 1953年 LIXIL 既存工場を買収 1949年 LIXIL 日本建具工業を創設
- エムスリー 2025年 エムスリー イーウェルを子会社化 2024年 エムスリー エランを公開買付けにより子会社化 2016年 エムスリー Vidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdings Limitedを子会社化 2011年 エムスリー 英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める 2010年 エムスリー 商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー」へ改める 2009年 エムスリー エムスリーキャリアを設立 2003年 エムスリー 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 2000年 エムスリー MR君サービス開始
- 富士電機 2025年 富士電機 富士古河E&Cを株式交換で完全子会社化 2024年 富士電機 デンソーとパワー半導体の協業投資を決定 2016年 富士電機 鈴鹿工場でパワエレテクニカルセンターを新設 2012年 富士電機 純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合 2010年 富士電機 パワー半導体とパワーエレクトロニクスへの投資集中 2009年 富士電機 最終赤字▲733億円・営業赤字▲188億円に転落 2008年 富士電機 水環境事業を分離しメタウォーターを発足 1999年 富士電機 社内カンパニー制を導入 1988年 富士電機 家電敗北から自動販売機への転換と富士電機冷機の自立 1976年 富士電機 経営不振の家電部門を3社に再編 1969年 富士電機 自動販売機の製造を開始 1953年 富士電機 半導体部門に参入 1935年 富士電機 通信機部門の分離独立と富士通信機製造の設立 1931年 富士電機 全従業員の16%にあたる205名の削減と、名取和作社長の退任
- KADOKAWA 2023年 KADOKAWA 指名委員会等設置会社へ移行 2019年 KADOKAWA カドカワをKADOKAWAに商号変更 2014年 KADOKAWA ドワンゴとの共同株式移転による経営統合と持株会社KADOKAWA・DWANGOの設立 2014年 KADOKAWA KADOKAWAとドワンゴが経営統合の契約を締結 2013年 KADOKAWA 持株会社傘下の事業会社9社の吸収合併とKADOKAWAへの一本化 1976年 KADOKAWA 東宝と提携した『犬神家の一族』製作による映画事業への参入
- 日本瓦斯 2025年 日本瓦斯 門倉商店の株式を取得 2021年 日本瓦斯 世界最大規模のLPガスハブ充填基地「夢の絆・川崎」完成 2017年 日本瓦斯 全面自由化された都市ガス小売市場に参入 2017年 日本瓦斯 東京エナジーアライアンスを東京電力エナジーパートナーと折半出資で設立 2014年 日本瓦斯 都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化 2011年 日本瓦斯 JPモルガン系PEファンドOEPを筆頭株主に迎える約103億円の資本業務提携 2004年 日本瓦斯 東日本ガスが東京証券取引所市場第二部に上場 1999年 日本瓦斯 我孫子ガスが取手ガスを吸収合併し商号を東日本ガスに変更 1984年 日本瓦斯 鹿沼ガスに経営参加 1979年 日本瓦斯 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定替 1966年 日本瓦斯 新日本瓦斯を設立し関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収める都市ガス事業への進出 1947年 日本瓦斯 日本瓦斯の前身となる関東商事を設立
- パルコ 2023年 パルコ デベロッパー事業(一部を除く)をJ.フロント都市開発に承継 2020年 パルコ J.フロント リテイリングの完全子会社となり、東京証券取引所市場第一部を上場廃止 2019年 パルコ 建替えのため2016年8月に休業していた「渋谷パルコ」を、複合施設として開業 2012年 パルコ J.フロント リテイリングが親会社に 2011年 パルコ イオン・森トラスト連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 2010年 パルコ 森トラストの増資提案の見送りと、日本政策投資銀行への新株予約権付社債150億円の発行 2007年 パルコ 「静岡パルコ」を開店 1997年 パルコ 「宇都宮パルコ」を開店 1989年 パルコ ハウスカード「PECカード」の発行開始 1973年 パルコ 東京パルコが「渋谷パルコ」を開店 1969年 パルコ 百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸すファッションビル運営への転換 1969年 パルコ 「東京丸物」を閉店 1969年 パルコ 「パルコ」の開設準備に着手 1954年 パルコ 丸物の資本参加を得て、事業目的をステーションビル運営から百貨店業に変更
- 三井倉庫HD 2025年 三井倉庫HD 普通株式を1対3の割合で株式を分割 2015年 三井倉庫HD ソニーサプライチェーンソリューションの株式66%を取得 2014年 三井倉庫HD 持株会社への移行とソニー系物流子会社の取得、のれん減損254億円と分社の再統合 2014年 三井倉庫HD 三井倉庫HDに商号変更 2012年 三井倉庫HD 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 2008年 三井倉庫HD 本社に3PL推進部を設置し3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)事業を本格展開 1992年 三井倉庫HD 本支店制を廃止し本支社制(本社各部・関東・中部・関西・九州各支社)に移行 1989年 三井倉庫HD 三井倉庫箱崎ビル竣工により不動産賃貸業務を本格展開 1979年 三井倉庫HD Mitsui-Soko (Singapore) Pte. Ltd.を設立 1968年 三井倉庫HD 海上コンテナの取扱いと国内におけるコンテナ・ターミナルの運営を開始 1950年 三井倉庫HD 東京証券取引所に株式を上場 1917年 三井倉庫HD 港湾運送事業に参入
- ビックカメラ 2024年 ビックカメラ 中期経営計画「ビックカメラグループ中期経営計画~Vision 2029~」を策定 2012年 ビックカメラ コジマの子会社化と「都市×郊外」の家電量販連合 2010年 ビックカメラ ソフマップの段階的な取り込みと完全子会社化 2006年 ビックカメラ ソフマップの増資引受により同社が子会社に 2003年 ビックカメラ インターネットショッピングサイト「ビックカメラ.com」を開設 1999年 ビックカメラ 日本ビーエス放送企画を設立、後にBSデジタル放送「BS11」を開始 1992年 ビックカメラ ビックポイントカードを導入しポイントサービスを開始 1989年 ビックカメラ 渋谷店を開店
- スクウェア・エニックス・HD 2022年 スクウェア・エニックス・HD CRYSTAL DYNAMICS INC.・EIDOS INTERACTIVE CORP.等を売却 2018年 スクウェア・エニックス・HD 監査等委員会設置会社に移行 2010年 スクウェア・エニックス・HD サービス崩壊を認め、吉田直樹氏を起用した『FF14』の全面作り直し 2010年 スクウェア・エニックス・HD 吉田直樹氏をプロデューサー兼ディレクターに起用 2009年 スクウェア・エニックス・HD 英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却 2005年 スクウェア・エニックス・HD タイトーの株式公開買付けと完全子会社化による「100%保有戦略」の始動 2003年 スクウェア・エニックス・HD 映画『ファイナルファンタジー』の失敗が導いたエニックスとスクウェアの合併 1999年 スクウェア・エニックス・HD 株式が東京証券取引所市場第一部に上場 1986年 スクウェア・エニックス・HD スクウェアを設立 1982年 スクウェア・エニックス・HD 開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携 1975年 スクウェア・エニックス・HD 営団社募集サービスセンターを設立
- 三洋電機 2011年 三洋電機 パナソニックの傘下入りと独立企業「三洋電機」の消滅 2008年 三洋電機 携帯電話事業を京セラに譲渡 2006年 三洋電機 3,000億円の第三者割当増資と継続企業の前提への疑義 2002年 三洋電機 中国ハイアールとの資本提携 ──「箱舟経営」と普及品市場の譲り渡し 1998年 三洋電機 デジタルカメラに本格参入 1990年 三洋電機 二次電池への傾斜投資と「二世代制覇」への布石 1986年 三洋電機 東京三洋電機を吸収合併 1976年 三洋電機 米ウォーイック社の買収とサンヨー・マニュファクチャリングによる北米現地生産 1965年 三洋電機 カラーテレビへの量産投資 1953年 三洋電機 噴流式洗濯機の製造を開始 1947年 三洋電機 三洋電機創業——松下を退いた井植歳男氏が北条工場の自転車ランプから総合家電へ
- ヒューリック 2025年 ヒューリック 鉱研工業を子会社化 2024年 ヒューリック レーサムを子会社化 2019年 ヒューリック 日本ビューホテルを子会社化 2015年 ヒューリック シンプレクス・インベストメント・アドバイザーズと合併 2012年 ヒューリック 旧富士銀系の上場不動産会社・昭栄の吸収合併 2010年 ヒューリック 千秋商事・芙蓉総合開発と合併 2008年 ヒューリック 日本橋興業からヒューリックへの商号変更と東証一部上場 2000年 ヒューリック フォワードビルディング合併と、旧富士銀系不動産の受け皿への転回 1965年 ヒューリック 本社を日本橋富士ビルへ移転 1957年 ヒューリック 日本橋興業として設立
- SUMCO 2025年 SUMCO 小径ウェーハ事業構造改革を発表 2023年 SUMCO 高純度シリコンの株式取得 2012年 SUMCO 事業再生計画による尼崎・生野工場の閉鎖と太陽電池向けシリコンウェーハ事業からの撤退 2010年 SUMCO 初の営業赤字・純損失を計上 2006年 SUMCO コマツ電子金属を子会社化 2005年 SUMCO 三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場 2002年 SUMCO 住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立 1999年 SUMCO シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング設立 1973年 SUMCO 九州電子金属を設立 1962年 SUMCO シリコンウェーハ生産開始 1958年 SUMCO 日窒電子化学を設立
- エルピーダメモリ 2013年 エルピーダメモリ マイクロン・テクノロジーの子会社に 2012年 エルピーダメモリ 会社更生法の適用申請と、米マイクロン・テクノロジーへの譲渡 2012年 エルピーダメモリ 負債総額4480億円は国内製造業で過去最大 2009年 エルピーダメモリ 改正産業活力再生特別措置法にもとづく日本政策投資銀行からの優先株300億円の受け入れ 2007年 エルピーダメモリ 台湾・力晶半導体との折半出資によるDRAM生産合弁レックスチップの設立 2003年 エルピーダメモリ 三菱電機よりDRAM事業を譲り受け、開発エンジニアを受け入れ 1999年 エルピーダメモリ 日本電気と日立製作所のDRAM事業を統合しNEC日立メモリを設立
- セブン銀行 2023年 セブン銀行 セブン・カードサービスを子会社化 2021年 セブン銀行 Pito AxM Platform, Inc.がフィリピン国内でのATM運営事業を開始 2019年 セブン銀行 Pito AxM Platform, Inc.(子会社)を設立 2012年 セブン銀行 米国ATM運営会社FCTIの買収による初の海外進出 2011年 セブン銀行 海外送金サービス開始 2010年 セブン銀行 個人向けローンサービス開始 2008年 セブン銀行 セブン銀行のジャスダック証券取引所上場 2007年 セブン銀行 ATMの運営・管理一括受託開始 2001年 セブン銀行 金利差ではなくATM受入手数料を収益の柱に据えた銀行の設計
- さくらインターネット 2026年 さくらインターネット 双日が株式の一部売却によりその他の関係会社から離脱 2021年 さくらインターネット 政府衛星データプラットフォーム事業の企画準備会社として、子会社 Tellusを設立 2017年 さくらインターネット 公募増資と双日による売出しにより双日がその他の関係会社に 2011年 さくらインターネット 都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる 2011年 さくらインターネット 公開買付けと田中邦裕事務所との株主間合意により双日が親会社に 2008年 さくらインターネット 双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消 2007年 さくらインターネット 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 2007年 さくらインターネット 不採算子会社の整理と本業回帰を表明 1999年 さくらインターネット さくらインターネットを設立
- システナ 2026年 システナ シンクロジックの株式追加取得 2024年 システナ 子会社のProVisionが、ProVision VN Co.,Ltd.を設立 2018年 システナ Plasma Business Intelligence,Inc.との合弁でONE Tech,Inc.をテキサス州に設立 2010年 システナ カテナの吸収合併と「株式会社システナ」への商号変更 2010年 システナ カテナを吸収合併、シスプロカテナに商号変更 2006年 システナ 配当性向目標の30%から40%への引き上げ 2002年 システナ システムプロのナスダック・ジャパン市場への株式上場 1996年 システナ 移動体通信端末ソフトの受託開発を開始 1988年 システナ 対戦型オンラインゲーム「麻雀クラブ」を開発
- すかいらーくHD 2025年 すかいらーくHD Createries Consultancy Sdn.Bhd.等の株式取得により同社を子会社化 2024年 すかいらーくHD 資さんの株式取得により同社を子会社化 2016年 すかいらーくHD 持株会社体制へ移行 2014年 すかいらーくHD ベインキャピタル傘下での経営再建と八年ぶりの東証再上場 2011年 すかいらーくHD BCJHD6がすかいらーく株式を取得 2009年 すかいらーくHD ファミリーレストラン「すかいらーく」完全閉店 2006年 すかいらーくHD 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 2006年 すかいらーくHD すかいらーく株式が東京証券取引所市場第一部上場廃止 1992年 すかいらーくHD 客単価760円「ガスト」への全店転換と原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1987年 すかいらーくHD 子会社としてバーミヤン設立(1999年7月、すかいらーくが合併) 1970年 すかいらーくHD 食料品店からの業態転換とファミリーレストラン「すかいらーく」第1号店の開業 1962年 すかいらーくHD ことぶき食品を設立
- ディスコ 2025年 ディスコ 研究開発用不動産を約500億円で取得 2024年 ディスコ 羽田R&Dセンター新棟の建替を決定 2018年 ディスコ 長野事業所を開設 2011年 ディスコ 社内通貨Willによる個人単位の管理会計の導入 2011年 ディスコ 社内の仕事をオークション形式で落札する制度を開始 2007年 ディスコ 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 2002年 ディスコ 精密切断装置としてレーザソーを開発・販売 2001年 ディスコ 非同族の溝呂木斉氏が社長に就任 1993年 ディスコ 賃金カット・残業規制・早期退職制度を導入 1992年 ディスコ 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1984年 ディスコ 産業用ダイヤモンド工具事業に参入 1975年 ディスコ 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 1970年 ディスコ 精密切断装置を開発・販売開始 1968年 ディスコ 半導体製造向け切断砥石の開発を開始 1958年 ディスコ 有限会社第一製砥所を株式会社に改組 1940年 ディスコ 第一製砥所に組織変更
- 東京建物 2025年 東京建物 小澤克人が代表取締役社長に就任 2024年 東京建物 「ONE DOJIMA PROJECT」(フォーシーズンズホテル大阪・Brillia Tower堂島)が竣工 2017年 東京建物 野村均が代表取締役社長に就任 2011年 東京建物 出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え 2011年 東京建物 日本パーキングを子会社化 2003年 東京建物 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドから「Brillia」への統一 2000年 東京建物 東京リアルティ・インベストメント・マネジメントを設立 1998年 東京建物 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1988年 東京建物 ホテル・レジーナ河口湖をオープン 1979年 東京建物 新宿センタービル竣工 1968年 東京建物 マンション分譲事業に参入 1959年 東京建物 湯河原で別荘地分譲を開始 1928年 東京建物 関口台町分譲地で宅地分譲事業に参入 1903年 東京建物 天津租界地の払い下げを受けた支店開設と、漢口・京城・満州への外地展開 1896年 東京建物 東京建物創業——安田善次郎が1社に束ねた月賦建築請負・担保貸付・売買仲介の不動産金融
- 参天製薬 2025年 参天製薬 Twenty Twenty Therapeutics LLCを清算配当の受領により持分法適用関連会社から除外 2023年 参天製薬 米州における医療用医薬品事業に係る一部製品をHarrow Health, Inc.へ資産譲渡 2020年 参天製薬 Eyevance Pharmaceuticals Holdings Inc.と事業会社を買収 2015年 参天製薬 抗リウマチ薬事業をあゆみ製薬へ承継 2014年 参天製薬 米メルクの眼科用医薬品事業の譲受と、抗リウマチ薬事業の承継 2011年 参天製薬 眼科医薬品会社Novagali Pharma S.A.を買収 2001年 参天製薬 眼科医療機器会社Advanced Vision Science, Inc.を買収 2000年 参天製薬 脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収 1997年 参天製薬 フィンランドの眼科薬メーカー、スターの買収による欧州拠点の確保 1985年 参天製薬 能登工場を新設 1977年 参天製薬 東京証券取引所・大阪証券取引所の市場第一部に上場 1964年 参天製薬 東京証券取引所市場第二部に上場 1958年 参天製薬 新たに医療用医薬品発売を契機として商号を参天製薬と変更 1945年 参天製薬 営業内容を明確に表示するため商号に製薬の名称を入れ参天堂製薬に変更
- 伊藤忠エネクス 2024年 伊藤忠エネクス WECARSの株式取得により自動車ディーラー事業を拡大 2023年 伊藤忠エネクス ナルネットコミュニケーションズの株式取得により自動車アフターマーケット事業を拡大 2019年 伊藤忠エネクス エネクス・インフラ投資法人が東京証券取引所インフラファンド市場に上場 2014年 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループの買収による自動車ディーラー事業への参入 2012年 伊藤忠エネクス 東京都市サービスの株式取得により熱供給事業へ参入 2011年 伊藤忠エネクス アイピー・パワーシステムズへ出資し電力小売事業へ参入 2009年 伊藤忠エネクス 液化石油ガスのローリー卸売事業を譲渡しジャパンガスエナジーの株式取得 2001年 伊藤忠エネクス 社名を伊藤忠エネクスへ改め、燃料商社からエネルギー商社へ転換 2001年 伊藤忠エネクス ガス事業を承継し都市ガス事業へ参画 1990年 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継によるグループ国内石油販売の一本化 1983年 伊藤忠エネクス 本店所在地を大阪から東京へ変更 1979年 伊藤忠エネクス 大阪・東京証券取引所 市場第1部銘柄に指定 1965年 伊藤忠エネクス 大分九石販売の株式取得
- ジャストシステム 2025年 ジャストシステム 米国向けHome Learning Service「Smile Zemi」(Grade K)を提供開始 2012年 ジャストシステム 専用タブレットの通信教育「スマイルゼミ」を家庭へ投入し、売り切りソフト会社をやめる 2009年 ジャストシステム キーエンスに45億円の第三者割当増資を割り当て、議決権の4割と経営を委ねる 1998年 ジャストシステム 「一太郎オフィス8」の失速で初の赤字、人員削減とソニー出資による再建 1998年 ジャストシステム 人員削減とソニーへの第三者割当増資で再建に着手 1985年 ジャストシステム 日本語ワードプロセッサ「一太郎」を発売 1979年 ジャストシステム ジャストシステムを創業
- FOOD&LIFECOMPANIES 2021年 FOOD&LIFECOMPANIES 京樽を子会社化 2015年 FOOD&LIFECOMPANIES 株式移転によりあきんどスシローHDを設立し持株会社体制へ移行 2011年 FOOD&LIFECOMPANIES 韓国子会社SUSHIRO KOREAの設立とソウル1号店の開業 2009年 FOOD&LIFECOMPANIES 東京証券取引所市場第二部を上場廃止 2008年 FOOD&LIFECOMPANIES ユニゾン・キャピタルによる公開買付けの受け入れと東証2部からの上場廃止 1999年 FOOD&LIFECOMPANIES 同名他社と合併し事業基盤を統合 1996年 FOOD&LIFECOMPANIES 兵庫県宝塚市・高司店での1皿100円均一の開始と均一価格業態への移行 1991年 FOOD&LIFECOMPANIES 直営店主体に切り替え往復ベルトコンベア方式の第1号店を出店 1984年 FOOD&LIFECOMPANIES すし太郎を設立し1号店を出店
- 武富士 2017年 武富士 TFKの清算が結了し法人格が消滅 2012年 武富士 会社分割によりJトラストへ消費者金融事業を譲渡 2011年 武富士 東京地方裁判所が更生計画を認可 2010年 武富士 会社更生法の適用申請と、消費者金融事業のJトラストへの譲渡 2007年 武富士 2007年3月期に4813億円の当期純損失を計上 2006年 武富士 最高裁第二小法廷が期限の利益喪失特約下の支払いの任意性を否定し原判決を破棄・差戻 2004年 武富士 ゴールドマン・サックスによる一族保有株買い取り提示の拒否 1998年 武富士 無人契約機での1口座50万円上限の維持と、一人あたり貸付上限170万円の設定 1995年 武富士 無人契約機「¥enむすび」を導入 1989年 武富士 低金利無担保の目的ローンを7種類(年利13.5%〜17.5%)発売 1977年 武富士 創業から11年で全国の主要地方を一巡 1968年 武富士 武富士商事を設立
- カナデビア 2025年 カナデビア 連結売上収益6,105億円・営業利益269億円で過去最高 2021年 カナデビア シールド掘進機事業を川崎重工業との共同新設分割で地中空間開発に承継 2017年 カナデビア Osmoflo Holdings(豪)を子会社化 2010年 カナデビア 欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更 2006年 カナデビア 当期純損失▲290億円を計上 2002年 カナデビア 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 1997年 カナデビア 桜島工場閉鎖・南港ビルへ本社部門を集約 1986年 カナデビア 二度の経営合理化策による人員・設備の削減と、因島・向島工場の縮小 1971年 カナデビア 舞鶴重工業を吸収合併 1964年 カナデビア 総工費150億円の堺工場マンモスドック建設と、桜島工場の造船からの撤収 1947年 カナデビア 彦島工場の三菱重工業への譲渡と、日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 1936年 カナデビア 日立製作所が全株式を肩代わり、日立系列下に 1934年 カナデビア 日本産業が大阪鉄工所株式を全取得、日本産業大阪鉄工所を設立
- 帝人 2021年 帝人 武田薬品から4製品の販売権を買収 2015年 帝人 最終赤字に転落 2013年 帝人 持株会社体制へ移行 2011年 帝人 フェブリク(フェブキソスタット)の創製と発売 2003年 帝人 杏林製薬の買収を撤回 2002年 帝人 社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出 2000年 帝人 アコーディス社のアラミド繊維事業を買収 1999年 帝人 アドバイザリーボードを導入 1980年 帝人 新薬「ベニロン」を発売 1978年 帝人 減量経営による約2,600名の人員削減 1968年 帝人 未来事業本部の発足と、繊維一本足からの多角化 1957年 帝人 ポリエステルに参入 1927年 帝人 鈴木商店から独立
- ダイエー 2015年 ダイエー 株式が上場廃止 2013年 ダイエー イオンによる完全子会社化と「ダイエー」の上場廃止 2004年 ダイエー 自力再建の断念と産業再生機構による再生 2002年 ダイエー 産業活力再生特別措置法(産業再生法)の適用を申請しリストラを推進 2001年 ダイエー 中内㓛氏が引責退任 1994年 ダイエー 忠実屋・ユニードダイエー・ダイナハを合併 1992年 ダイエー リクルートの株式の3分の1を取得し子会社化、役員を派遣 1988年 ダイエー プロ野球・南海ホークスを買収し「福岡ダイエーホークス」が発足 1975年 ダイエー ダイエーローソンを設立しコンビニエンスストア事業へ参入 1972年 ダイエー 価格破壊と多店舗チェーンで三越を抜き小売業日本一へ 1969年 ダイエー トウキョウダイエー・フクオカダイエー・四国ダイエーを合併 1957年 ダイエー 大栄薬品工業として設立
- 安藤・間 2023年 安藤・間 3代社長に国谷一彦氏が就任 2018年 安藤・間 2代社長に福富正人氏が就任 2013年 安藤・間 安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足 2003年 安藤・間 会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立 2003年 安藤・間 安藤建設と資本業務提携 2002年 安藤・間 旧ハザマ(間組の後身)の経営危機と事業再生 1997年 安藤・間 当時世界一の高さ・ペトロナスツインタワーが竣工 1989年 安藤・間 ガルガルダム(アルジェリア)と葛西臨海水族園が竣工 1974年 安藤・間 東京・大阪・名古屋証券取引所市場第一部に上場 1960年 安藤・間 戦後初の大型海外工事・ダニム第一発電所を受注 1956年 安藤・間 黒部川第四発電所(黒四)に着手 1953年 安藤・間 佐久間ダム工事での米アトキンソン社との共同企業体結成と機械化施工の導入 1945年 安藤・間 終戦と神部社長による間組再建
- 日清紡HD 2023年 日清紡HD ルクセンブルクTMD FRICTION GROUPの全株式を譲渡 2023年 日清紡HD HVJHDの全株式を取得し日立国際電気を子会社化 2018年 日清紡HD リコー電子デバイスの株式を取得 2017年 日清紡HD 日清紡ペーパー プロダクツ等の紙製品事業を譲渡 2011年 日清紡HD 欧州ブレーキ摩擦材大手TMD Frictionの全株式取得 2010年 日清紡HD 公開買付により日本無線を子会社化 2009年 日清紡HD 持株会社制に移行し日清紡HDに商号変更 2005年 日清紡HD 公開買付による新日本無線の連結子会社化 1999年 日清紡HD SAERON AUTOMOTIVE CORPORATIONを設立 1989年 日清紡HD KOHBUNSHI(THAILAND)LTD.を設立 1972年 日清紡HD NISSHINBO DO BRASIL INDUSTRIA TEXTIL LTDA.を設立 1966年 日清紡HD 藤枝工場を新設 1958年 日清紡HD 徳島工場を新設 1919年 日清紡HD 宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設 1907年 日清紡HD 日清紡績を設立
- ゼンショーHD 2023年 ゼンショーHD SnowFox Topco Limitedの株式を取得 2018年 ゼンショーHD Advanced Fresh Concepts Corp.の株式を取得 2014年 ゼンショーHD すき家「ワンオペ」過重労働問題と第三者委員会の設置 2011年 ゼンショーHD 持株会社体制に移行し社名をゼンショーHDへ変更 2005年 ゼンショーHD MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築 2002年 ゼンショーHD はま寿司を設立 1999年 ゼンショーHD 東京証券取引所第二部市場に上場 1982年 ゼンショーHD すき家(牛丼店)ビルイン1号店として生麦駅前店を開店
- Umios 2026年 Umios Umiosに商号変更 2023年 Umios 売上高が経営統合以来初めて1兆円を超える 2020年 Umios 池見賢氏が社長に就任 2018年 Umios 社名ロゴを刷新 2014年 Umios マルハニチロHDなど5社を吸収合併 2013年 Umios アクリフーズ農薬混入事件への危機対応と、純粋持株会社体制の解消・グループ6社の事業会社マルハニチロへの合併 2013年 Umios アクリフーズ製品の大規模な自主回収を実施 2008年 Umios 子会社の神港魚類による中国産ウナギの産地偽装が発覚 2007年 Umios マルハグループ本社とニチロの経営統合、マルハニチロホールディングスの発足 2007年 Umios ニチロを株式交換により完全子会社化
- アルバック 2018年 アルバック 愛発科成膜技術(合肥)有限公司を設立 2012年 アルバック 純損失499億円を受けた創立以来初めての事業構造改革と、半導体・中小型パネルへの絞り込み 2004年 アルバック 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 1998年 アルバック シンガポールCSセンター・台湾新竹R&Dセンターを開設 1987年 アルバック 西独にULVAC GmbHを設立 1975年 アルバック ULVAC North America Corp.を設立 1963年 アルバック 新生産業に吸収合併され日本真空技術に商号変更 1961年 アルバック 真空冶金事業に参入 1952年 アルバック 日本真空技術を創業
- 日本取引所G 2025年 日本取引所G FY24(2025年3月期)当期利益610億円で2期連続過去最高 2022年 日本取引所G 東京証券取引所の新市場区分開始 2019年 日本取引所G 東京商品取引所の公開買付完了 2012年 日本取引所G 東京証券取引所グループと大阪証券取引所の経営統合による日本取引所グループの発足 2007年 日本取引所G ジャスダック証券取引所の公開買付けによる子会社化と新興市場の統合 2001年 日本取引所G 東京証券取引所、会員組織からに組織変更 1999年 日本取引所G 東京証券取引所、株券売買立会場を閉場 1999年 日本取引所G 東京証券取引所、新興企業向け市場「マザーズ」を開設 1985年 日本取引所G 東京証券取引所、国債先物市場を開設 1969年 日本取引所G 東京証券取引所株価指数(TOPIX)算出開始 1956年 日本取引所G 債券市場を開設 1949年 日本取引所G 会員組織として東京・大阪証券取引所が設立
- ネクソン 2025年 ネクソン 『マビノギモバイル』を配信開始 2024年 ネクソン イ・ジョンホンが代表取締役社長に就任 2019年 ネクソン Embark Studios AB(スウェーデン)を子会社化 2011年 ネクソン 韓国発祥のオンラインゲーム会社が選んだ東京証券取引所への上場 2008年 ネクソン NEXON KoreaがNEOPLE INC.を買収し子会社化 2005年 ネクソン 子会社が親会社の事業中核を逆に取り込んだ「親子逆転」再編 2005年 ネクソン NEXON Koreaが『メイプルストーリー』をWizetから譲受
- アステラス製薬 2023年 アステラス製薬 IVERIC bio, Inc.を買収 2023年 アステラス製薬 FY23純利益が前年比83%減 2016年 アステラス製薬 オカタセラピューティクスInc.を買収 2016年 アステラス製薬 ガニメドファーマシューティカルズAGを買収 2010年 アステラス製薬 米OSIファーマシューティカルズへの同意なき買収(敵対的TOB) 2005年 アステラス製薬 山之内製薬と藤沢薬品工業の合併によるアステラス製薬の誕生(2005年成立)
- ローランド 2025年 ローランド DWがRoland Drum Corporationを吸収合併 2022年 ローランド ドラム開発・製造・販売会社(DW)を子会社化 2018年 ローランド ボスを吸収合併 2015年 ローランド ローランドを存続会社として、常若コーポレーションと合併 2014年 ローランド 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2014年 ローランド 東京証券取引所市場第一部上場廃止 2004年 ローランド ベルギーとフランスの販売会社統合 1998年 ローランド 開発と生産を分け、製品企画に特化する「プロデューサー制」への開発体制改革 1996年 ローランド 檀克義氏の第3代社長就任——技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す 1989年 ローランド 大阪証券取引所市場第二部に上場 1973年 ローランド シンセサイザー、電子ピアノ発表
- 松井証券 2023年 松井証券 銀行サービス「MATSUI Bank」を開始 2020年 松井証券 和里田聰氏が社長に就任 2019年 松井証券 投資信託の販売手数料を完全無料化 2016年 松井証券 投資信託の取扱いとポートフォリオ提案「投信工房」を開始 2013年 松井証券 デイトレード限定「一日信用取引」の導入と、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2003年 松井証券 無期限信用取引を開始 2001年 松井証券 外国為替証拠金取引(FX)サービスを開始 1999年 松井証券 定額制手数料「ボックスレート」の導入と、当初案7割引から9割引への変更 1998年 松井証券 国内初の本格的インターネット取引「ネットストック」を開始 1995年 松井証券 外交営業の否定と広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1949年 松井証券 東京証券取引所の正会員に加入 1918年 松井証券 松井房吉商店を創業
- レナウン 2020年 レナウン 東京地方裁判所から民事再生手続開始の決定(負債総額約138億円) 2019年 レナウン 山東如意の子会社向け売掛金に53億円の貸倒引当金を計上 2013年 レナウン 山東如意グループの持株比率が53%に上昇 2010年 レナウン 中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り 2009年 レナウン 筆頭株主ネオラインの要求を受け取締役が総退陣 2008年 レナウン アクアスキュータムの売却を決定 1998年 レナウン 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1994年 レナウン 創業以来初の希望退職を募集 1990年 レナウン 英国アクアスキュータム社の取得と、国内ライセンス権を欠いたままの買収 1985年 レナウン 稲川博通社長の「売り上げを伸ばせ」の号令で28の新ブランドを一挙に発売 1979年 レナウン 稲川博通氏が社長に就任 1969年 レナウン 「アーノルド・パーマー」を発売 1959年 レナウン 「暮しの肌着」を町の洋品屋に置くレナウン・チェーン・ストア計画を開始 1947年 レナウン 尾上清・本間良雄を中心に佐々木営業部が再発足
- 大東建託 2025年 大東建託 アスコット96.03%取得 2024年 大東建託 STASIA CAPITAL MANAGEMENT を取得 2017年 大東建託 グループ主要3社体制を始動 2011年 大東建託 子会社ハウスコムの単独上場と、14年後の親子上場解消 2007年 大東建託 連帯保証人不要サービスを開始 1999年 大東建託 賃貸建物管理業務を開始 1996年 大東建託 賃貸経営の周辺機能をグループ内に抱え込む 1988年 大東建託 「建託」への社名変更と土地建託システムの確立 1978年 大東建託 商号を大東建設に変更
- 東京エレクトロン 2025年 東京エレクトロン 東京エレクトロン宮城 生産新棟の建設を発表 2022年 東京エレクトロン 東京エレクトロン九州 合志事業所に新開発棟の建設を決定 2015年 東京エレクトロン Applied Materials, Inc.との経営統合契約を解約 2014年 東京エレクトロン 太陽光パネル製造装置(PVE)事業からの撤退を決定 2013年 東京エレクトロン 東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合(2013年合意・2015年破談) 2012年 東京エレクトロン 太陽光パネル製造装置事業に参入 2003年 東京エレクトロン 東京エレクトロンデバイスを東京証券取引所市場第二部に上場 1994年 東京エレクトロン 海外販売の直販体制への全面転換 1988年 東京エレクトロン テル・サームコの全株式を取得しテル相模に 1978年 東京エレクトロン 消費財輸出事業から全面撤退 1974年 東京エレクトロン 消費財輸出からの全面撤退 1964年 東京エレクトロン サームコ社と代理店契約を締結し拡散炉の輸入販売を開始 1963年 東京エレクトロン 東京放送の出資を得た創業
- 沖電気工業 2025年 沖電気工業 プリンターの開発・生産に関する事業をエトリアに承継 2022年 沖電気工業 プライム市場に移行 2019年 沖電気工業 リカーリング型ビジネスの強化を目指してOKIクロステックを設立 2012年 沖電気工業 閉鎖寸前だった本庄工場の受託生産への転換と、他社工場を買う側への転身 2006年 沖電気工業 OKIグループの中国販売統括会社日沖商業(北京)有限公司を設立 1998年 沖電気工業 DRAM量産からの撤退と、半導体事業そのものの売却 1994年 沖電気工業 プリンター、ファクシミリ・これに関連する事業を沖データに譲渡 1987年 沖電気工業 欧州におけるプリンターの販売統括会社OKI EUROPE LTD.を英国に設立 1979年 沖電気工業 情報処理装置生産のため沼津工場を新設 1962年 沖電気工業 電子通信装置生産のため本庄事業所を開設 1958年 沖電気工業 情報処理装置生産のため高崎事業所を開設 1949年 沖電気工業 企業再建整備法による旧沖電気の解散と、第二会社・沖電気工業の設立 1949年 沖電気工業 第二会社として沖電気工業を設立 1881年 沖電気工業 沖牙太郎氏が明工舎を創業
- MARUWA 2023年 MARUWA 瀬戸工場を新設 2012年 MARUWA 企業再生支援機構からのヤマギワ全株式の7億円での取得 2003年 MARUWA 半導体製造関連に用いる石英ガラス事業に参入 1999年 MARUWA 積層セラミックコンデンサ(MLCC)等のEMC対策部品の生産を開始 1995年 MARUWA 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金によるマレーシア第3工場の建設 1989年 MARUWA 高周波部品分野に参入 1974年 MARUWA チップ抵抗器用セラミック基板の生産を開始 1960年 MARUWA 通信機器向け特殊磁器など電子部品分野に参入 1946年 MARUWA 神戸芳郎が丸和を設立
- ラウンドワン 2024年 ラウンドワン 持株会社体制に移行 2019年 ラウンドワン Round One Rus LLCを設立 2010年 ラウンドワン 米国カリフォルニアへの海外第1号店の出店と国内モール業態の移植 2009年 ラウンドワン Round One Entertainment Inc.を設立 1994年 ラウンドワン ラウンドワン(旧)の吸収合併と、杉野興産からラウンドワンへの商号変更 1990年 ラウンドワン 屋内型複合レジャー施設の石津店をオープン 1982年 ラウンドワン ボウリング場の経営を開始
- ヒロセ電機 2024年 ヒロセ電機 東北アドバンスト・テクノロジーセンターを設立 2019年 ヒロセ電機 ヒロセエレクトリックマーケティングマレーシアSdn Bhdを設立 2010年 ヒロセ電機 29年続いた韓国合弁ヒロセコリアの段階的な買い増しと完全子会社化 2007年 ヒロセ電機 広瀬電機(蘇州)有限公司を設立 1999年 ヒロセ電機 廣瀬香港有限公司を設立 1980年 ヒロセ電機 米国現地法人の設立から始めた海外拠点網の構築 1972年 ヒロセ電機 外資と組まない純国産コネクタ専業のまま東証二部へ上場 1967年 ヒロセ電機 菊名工場を新設 1954年 ヒロセ電機 下丸子工場を新設 1948年 ヒロセ電機 湯河原工場で丸形・角形・同軸コネクタの生産を開始
- 大塚HD 2025年 大塚HD 井上眞が代表取締役社長兼CEOに就任 2024年 大塚HD FY24売上収益2.3兆円・営業利益3235億円と過去最高 2018年 大塚HD ビステラを買収 2013年 大塚HD アステックスファーマシューティカルズを買収 2010年 大塚HD 持株会社への移行と公募・売出約2200億円による東証一部への遅い上場 2009年 大塚HD 大鵬薬品工業を株式交換により完全子会社化 2008年 大塚HD 大塚HDを設立、樋口達夫が初代代表取締役社長兼CEOに就任 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1980年 大塚HD ポカリスエットを発売 1964年 大塚HD 医薬品事業の分社による大塚製薬の設立と二階建てモデルの構築 1921年 大塚HD 大塚製薬工場を創業
- 関電工 2022年 関電工 プライム市場に移行 2017年 関電工 千葉・茨城・栃木・群馬・西関東・静岡パワーテクノを設立 2012年 関電工 銚子風力開発への資本参加による発電事業への進出 2008年 関電工 川崎設備工業に資本参加(名古屋証券取引所市場第二部上場) 1998年 関電工 神奈川ケイテクノ・千葉ケイテクノ・埼玉ケイテクノを設立 1984年 関電工 土木・空調管・原子力工事への業域拡張と「関電工」への社名変更 1979年 関電工 原子力関連工事の営業開始 1970年 関電工 信越支社を開設・土木工事の営業開始・東京証券取引所市場第一部に指定 1961年 関電工 應用電気に資本参加 1959年 関電工 大阪支社を開設 1944年 関電工 電気工事業整備要綱による7社統合と、関東配電の資本参加による関東電気工事の設立
- 大王製紙 2025年 大王製紙 トルコの衛生用品子会社の全株式を譲渡 2022年 大王製紙 ペット用品製造の大貴の全株式を取得 2020年 大王製紙 トルコの衛生用品メーカー、ウゼンの全株式を取得 2017年 大王製紙 日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得 2012年 大王製紙 創業家との資本関係の解消と、北越紀州製紙を介した関連会社等株式の取得 2012年 大王製紙 連結子会社を37社から8社に変更 2007年 大王製紙 名古屋パルプを吸収合併し可児工場へ改組 2007年 大王製紙 米P&Gから大人用紙おむつ「アテント」事業を譲受 1996年 大王製紙 いわき大王製紙の設立 1989年 大王製紙 東京支社を東京本社に昇格させ二本社制へ移行 1983年 大王製紙 丸紅から名古屋パルプを買収 1979年 大王製紙 ティシューペーパー「エリエール」による家庭紙市場への参入と紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1965年 大王製紙 会社更生手続の終結 1964年 大王製紙 更生計画の認可 1962年 大王製紙 会社更生法の適用申請と、三島工場の操業を止めない更生手続 1956年 大王製紙 銅山川製紙から設備を買収し川之江工場を開設 1945年 大王製紙 生産設備を三島工場に集約 1943年 大王製紙 四国紙業など14企業の合同により大王製紙を設立
- ホリプロ 2014年 ホリプロ 持株会社ホリプロ・グループ・ホールディングスを設立 2012年 ホリプロ 東京証券取引所市場第一部の上場を廃止 2011年 ホリプロ 創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 2006年 ホリプロ 天王洲に自社劇場「銀河劇場」を開場 1992年 ホリプロ 小売販売会社サクラヤ商事の株式を取得 1990年 ホリプロ 商号をホリプロダクションからホリプロに変更 1989年 ホリプロ 日本証券業協会東京地区協会に店頭銘柄として株式を登録 1987年 ホリプロ ホリミュージックほかグループ4社を吸収合併 1976年 ホリプロ 新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設 1969年 ホリプロ 映像の企画制作を担うホリ企画制作を設立 1965年 ホリプロ 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用と、東京音楽出版の設立 1963年 ホリプロ ホリプロダクションを設立
- 九州電力 2020年 九州電力 一般送配電事業等を九州電力送配電に承継 2015年 九州電力 玄海原子力発電所1号機運転終了 2013年 九州電力 全原発停止下での家庭向け料金値上げと、川内1・2号機を先頭に置いた再稼働申請 2009年 九州電力 プルサーマル発電開始 2001年 九州電力 九州通信ネットワークを子会社化 1999年 九州電力 キューデン・インターナショナル設立 1989年 九州電力 松浦発電所1号機運転開始 1975年 九州電力 石油危機後の脱石油と、玄海1号機を先頭に置いた電源多角化 1972年 九州電力 西日本共同火力と合併 1969年 九州電力 大分発電所1号機運転開始 1951年 九州電力 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立
- 千葉銀行 2025年 千葉銀行 FY24経常利益1075億円、純利益742億円 2023年 千葉銀行 業務改善命令を受ける 2011年 千葉銀行 ちばぎん証券の株式交換による完全子会社化と証券業務の内製化 2009年 千葉銀行 FY08経常利益93億円(リーマンショック影響) 1998年 千葉銀行 中央証券株式取得で子会社化 1989年 千葉銀行 香港支店開設 1970年 千葉銀行 東京証券取引所市場第二部への株式上場と、翌年の第一部指定替え 1960年 千葉銀行 銀行史上稀にみる労働争議 1958年 千葉銀行 不正融資事件発生 1956年 千葉銀行 融資問題で信用低下・業績悪化 1948年 千葉銀行 金融機関再建整備法による最終処理で90%減資 1943年 千葉銀行 千葉合同・小見川農商・第九十八の3行合併と千葉銀行の設立 1931年 千葉銀行 県内6行体制に整理統合
- 大同特殊鋼 2024年 大同特殊鋼 ピーアンドエムを子会社化 2019年 大同特殊鋼 下村工業グループ等を子会社化 2013年 大同特殊鋼 知多工場への150トンアーク炉新設と高付加価値鋼への設備転換 2007年 大同特殊鋼 日本精線が大同ステンレスを吸収合併し子会社化 1996年 大同特殊鋼 大同テクノメタル・大同ピーディーエム合併で大同アミスターに 1988年 大同特殊鋼 OHIO STAR FORGE設立 1976年 大同特殊鋼 日本特殊鋼・特殊製鋼との3社合併と大同特殊鋼への商号変更 1964年 大同特殊鋼 関東製鋼を合併 1957年 大同特殊鋼 東京製鋼所を合併 1955年 大同特殊鋼 新理研工業を合併
- サントリーHD 2025年 サントリーHD サントリーシステムテクノロジーの事業を吸収合併により承継 2024年 サントリーHD Beam Suntory Inc.をSuntory Global Spirits Inc.に商号変更 2014年 サントリーHD 1兆6500億円で「30年分の時間」を買う 2013年 サントリーHD サントリー食品インターナショナルが東京証券取引所市場第一部に上場 2010年 サントリーHD キリンHDとの経営統合交渉を断念 2009年 サントリーHD 株式移転によりサントリーHDを設立 2009年 サントリーHD Orangina Schweppes Holdingsを買収した。買収額は約3500億円 1999年 サントリーHD 佐治敬三氏が死去 1981年 サントリーHD 「サントリーウーロン茶」を発売した。これを機に清涼飲料事業を拡大 1976年 サントリーHD 未公開企業ながら決算数字を初めて公表 1963年 サントリーHD 主力が順風のうちに、勝てない市場へ出る 1952年 サントリーHD 資本金を4800万円に増資 1923年 サントリーHD 資本が数年寝るのを承知で始めた本格ウイスキーの国産化 1902年 サントリーHD 鳥井信治郎氏の個人経営で「赤玉ポートワイン」など洋酒類の製造に着手 1899年 サントリーHD 鳥井信治郎が大阪で鳥井商店を創業
- 住友ベークライト 2021年 住友ベークライト 医療機器事業を会社分割によりSBカワスミへ事業承継 2019年 住友ベークライト 川澄化学工業と資本業務提携 2014年 住友ベークライト Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築 2000年 住友ベークライト 米国 Occidental Chemical Corporation のフェノール樹脂事業を買収 1998年 住友ベークライト 台湾住友培科股份有限公司を設立 1989年 住友ベークライト SumiDurez Singapore Pte. Ltd.に出資 1962年 住友ベークライト 中央研究所(基礎研究所)発足 1955年 住友ベークライト 日本ベークライトと住友化工材工業の合併、住友化学傘下での住友ベークライト発足 1932年 住友ベークライト 日本ベークライトを設立
- 日本冶金工業 2024年 日本冶金工業 川崎製造所新冷間圧延機稼働 2010年 日本冶金工業 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 2001年 日本冶金工業 行川アイランド(遊園地)を閉園 1999年 日本冶金工業 金沢工場閉鎖しステンレス鋼鋳造品の生産販売より撤退 1983年 日本冶金工業 大江山ニッケルを合併し大江山製造所に 1975年 日本冶金工業 フェロニッケル製錬部門を分離し新設の大江山ニッケルへ譲渡 1968年 日本冶金工業 川崎製造所60屯電気炉稼動 1956年 日本冶金工業 金沢工場でステンレス鋼鋳造品の生産販売開始 1943年 日本冶金工業 大江山ニッケル工業の合併によるニッケル原料の上流統合 1942年 日本冶金工業 商号を日本冶金工業に商号変更し火薬火工部門を昭和火薬へ譲渡 1936年 日本冶金工業 消火器から火工品へ、さらに特殊鋼・ステンレスへ続いた二度の業態転換
- 住友金属鉱山 2024年 住友金属鉱山 コテ金鉱山で商業生産を開始 2016年 住友金属鉱山 シエラゴルダ銅鉱山で損失計上 2015年 住友金属鉱山 チリ・シエラゴルダ銅鉱山の生産を開始 2013年 住友金属鉱山 フィリピン・タガニートHPAL生産開始 2011年 住友金属鉱山 チリ・シエラゴルダ銅鉱山の権益取得と、二度の減損を経た全持分の譲渡 2005年 住友金属鉱山 フィリピン・コーラルベイHPAL生産開始 1992年 住友金属鉱山 チリ・カンデラリア銅鉱床の開発PJに参加 1985年 住友金属鉱山 菱刈鉱山を開山(鹿児島県) 1977年 住友金属鉱山 リードフレーム生産を開始 1973年 住友金属鉱山 別子鉱山を閉山 1967年 住友金属鉱山 青梅工場を新設(電子金属事業) 1956年 住友金属鉱山 子会社日向製錬所を設立 1927年 住友金属鉱山 住友家直営の別子銅山と四阪島製錬所の分離、住友別子鉱山の設立
- サントリービバレッジ&フード 2026年 サントリービバレッジ&フード 商号をサントリービバレッジ&フードに変更予定 2024年 サントリービバレッジ&フード サントリーフーズの自動販売機営業事業をサントリービバレッジソリューションへ承継 2015年 サントリービバレッジ&フード ジャパンビバレッジHDとジェイティエースターを子会社化 2014年 サントリービバレッジ&フード GlaxoSmithKline から「Lucozade」「Ribena」事業を譲受 2013年 サントリービバレッジ&フード 親会社を非上場に保ったままの飲料子会社・東証一部上場 2009年 サントリービバレッジ&フード サントリーの飲料・食品事業を吸収分割で承継 2009年 サントリービバレッジ&フード サントリーHDが Orangina Schweppes Holding S.à r.l. を子会社化 1997年 サントリービバレッジ&フード サントリーがペプシコから日本でのマスターフランチャイズ権を取得 1932年 サントリービバレッジ&フード 寿屋が清涼飲料の販売を開始
- アンドエスティHD 2024年 アンドエスティHD アダストリアが営むECモール運営事業を、アンドエスティへ承継させる吸収分割を実施 2022年 アンドエスティHD ゼットンを子会社化 2017年 アンドエスティHD Adastria USA,Inc.を通じて米国のVelvet,LLCを子会社化 2013年 アンドエスティHD ポイントの持株会社化とマルチブランドSPA「アダストリア」への統合 2013年 アンドエスティHD トリニティアーツを株式交換により子会社化 2007年 アンドエスティHD 自社サイトでのEコマース事業に参入 1995年 アンドエスティHD 本部を移転 1988年 アンドエスティHD ベアーズファクトリーを設立 1973年 アンドエスティHD メンズカジュアルウェア小売業に参入 1953年 アンドエスティHD 福田屋洋服店(資本金1,000千円)を設立
- Sansan 2020年 Sansan 経理DXサービス「Bill One」の提供を開始 2019年 Sansan 東京証券取引所マザーズ市場に上場 2013年 Sansan 黒字経営から赤字先行投資への転換と、法人向け名刺管理サービス初のテレビCM放映 2012年 Sansan 個人向け名刺アプリ「Eight」の提供を開始 2007年 Sansan 三三を設立 2007年 Sansan 名刺管理サービス「Link Knowledge」の提供を開始
- 幻冬舎 2011年 幻冬舎 立花証券が議決権を行使せずMBOが成立 2010年 幻冬舎 解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止 2010年 幻冬舎 MBOによる上場廃止を表明 2006年 幻冬舎 新書17作品を皮切りに新書分野へ参入 2001年 幻冬舎 コミックス事業に参入 1997年 幻冬舎 文庫本分野に参入
- ライブドア 2010年 ライブドア ライブドアとエイシスの株式を譲渡 2006年 ライブドア 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 2005年 ライブドア ニッポン放送株の時間外取引による大量取得と、フジテレビジョンへの売却 2004年 ライブドア 株式100分割の実施と、投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上 1999年 ライブドア 光通信とグッドウィル・コミュニケーションズに第三者割当増資 1996年 ライブドア 堀江貴文氏がオン・ザ・エッヂを設立
- エディオン 2025年 エディオン ジャパンネクストリテイリングを子会社化 2024年 エディオン 麻布を子会社化 2019年 エディオン e-ロジの全株式を取得 2010年 エディオン エディオンEAST・エディオンWESTを吸収合併 2009年 エディオン 事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行 2005年 エディオン 関西2位ミドリ電化の株式交換による完全子会社化と全国2位連合の構築 2002年 エディオン デオデオとエイデンの株式移転による持株会社エディオンの設立と三市場一部への上場
- MonotaRO 2025年 MonotaRO MONO1X TECHNOLOGIES(現MONOTARO TECHNOLOGIES INDIA PRIVATE LIMITED)を設立 2024年 MonotaRO 鈴木雅哉社長から田村咲耶社長へ交代 2018年 MonotaRO 卓易隆電子商務(上海)有限公司(ZORO Shanghai Co., Ltd.)を設立 2014年 MonotaRO 本社を移転 2009年 MonotaRO 自己株式取得と公開買付による親会社の交代——住友商事から米Graingerへ 2006年 MonotaRO 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と東証マザーズ上場 2000年 MonotaRO 住友商事と米W.W.Graingerの共同出資による住商グレンジャー設立
- メディパルHD 2023年 メディパルHD 住友ファーマフード&ケミカルを完全子会社化、商号をMP五協フード&ケミカルに変更 2016年 メディパルHD アステックを完全子会社化 2013年 メディパルHD メディエを完全子会社化 2009年 メディパルHD 会社分割で医薬品卸事業を承継させ純粋持株会社メディパルホールディングスへ 2005年 メディパルHD 日用品卸最大手パルタックを株式交換で完全子会社化し医薬・日用品の二本柱へ 2000年 メディパルHD 三星堂・クラヤ薬品・東京医薬品の三社合併と本店の東京移転 1997年 メディパルHD 東京証券取引所・大阪証券取引所の各市場第一部に指定 1923年 メディパルHD 三星堂を設立
- 東京センチュリー 2020年 東京センチュリー 日本電信電話と資本業務提携契約を締結し第三者割当増資を実施 2019年 東京センチュリー Aviation Capital Group LLCを完全子会社化 2017年 東京センチュリー Aviation Capital Group LLCの持分20%を取得し持分法適用関連会社化 2013年 東京センチュリー 日本カーソリューションズと東京オートリースが合併 2012年 東京センチュリー 京セラと太陽光発電事業会社である京セラTCLソーラーを設立 2009年 東京センチュリー リーマン破綻の2週間後に決めた東京リースとの合併 2005年 東京センチュリー 自動車リース子会社をNTTとの50対50合弁へ組み替えた対等合併 2003年 東京センチュリー 設立34年目の東京証券取引所第二部上場 1985年 東京センチュリー 自動車リース部門を分離しセンチュリー・オート・リースを設立 1969年 東京センチュリー センチュリー・リーシング・システムを設立
- 日本興亜損害保険 2010年 日本興亜損害保険 損害保険ジャパンとの共同株式移転によりNKSJHDが発足 2008年 日本興亜損害保険 筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるOB株主の反対 2003年 日本興亜損害保険 代理店の違法な生保募集による12日間の業務停止命令と、代理店名の非公表 2001年 日本興亜損害保険 三社統合構想の破談と、日本火災海上保険・興亜火災海上保険2社での合併 1999年 日本興亜損害保険 三井海上火災・日本火災海上・興亜火災海上の3社が経営統合を発表 1977年 日本興亜損害保険 興亜火災海上保険が英国ロンドンにKoa Insurance Company (U.K.) Limitedを設立 1961年 日本興亜損害保険 興亜火災海上保険が大阪証券取引所に上場 1954年 日本興亜損害保険 興亜海上火災運送保険が興亜火災海上保険に商号変更 1944年 日本興亜損害保険 辰馬海上火災・大北火災海上運送・神国海上火災・尼崎海上火災の4社が解散合併 1944年 日本興亜損害保険 日本火災海上保険と日本海上火災保険が解散合併
- グッドウィル・G 2007年 グッドウィル・G コムスンの指定取消相当通知を受けたグループ全介護事業の外部譲渡 2006年 グッドウィル・G 請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略 2000年 グッドウィル・G 公的介護保険の開始に合わせたケアセンター1208カ所の同時開設と、2か月半後の4割統廃合 1997年 グッドウィル・G コムスンに資本参加し関連会社化
- SUBARU 2017年 SUBARU 汎用エンジン・発電機事業から撤退 2012年 SUBARU 風力発電システム事業を日立に売却 2008年 SUBARU トヨタの出資を16.5%まで受け入れ、実質的なグループ入りを選ぶ 2005年 SUBARU 北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入 1999年 SUBARU 米GMから20%の出資を受け入れ、主体性を保ったままグループ入りする資本提携 1990年 SUBARU 川合流経営による本体黒字化への再建 1987年 SUBARU 系列を超えたいすゞとの北米合弁SIAの設立 1979年 SUBARU 4WD「レオーネ」を発売 1969年 SUBARU 群馬製作所・矢島工場を稼働 1958年 SUBARU 乗用車「スバル360」を発表 1953年 SUBARU SUBARU創業——中島飛行機の戦後解体と旧5社の再結集による富士重工業 1945年 SUBARU 富士産業に商号変更・軍需から民需転換
- ユニ・チャーム 2011年 ユニ・チャーム Diana Unicharm Joint Stock Companyの株式の95%を取得 2011年 ユニ・チャーム The Hartz Mountain Corporationの株式の51%を取得 2005年 ユニ・チャーム Unicharm Gulf Hygienic Industries Co. Ltd.を買収 2004年 ユニ・チャーム 「脱・指示待ち」で第2の創業——SAPS経営会議による組織改革 2001年 ユニ・チャーム 高原豪久社長への親子承継と「受命体質」からの脱却 1994年 ユニ・チャーム パンツ型紙おむつ「ムーニーマン」とスピード開発体制 1993年 ユニ・チャーム Uni.Charm Mölnlycke B.V.を設立 1985年 ユニ・チャーム 「時代を先取り」の多角化と3,000億円企業構想 1981年 ユニ・チャーム 幼児用紙おむつの販売を開始 1976年 ユニ・チャーム 東京証券取引所市場第二部に上場 1963年 ユニ・チャーム 衛生紙綿(生理用ナプキン)の製造、販売を開始
- クレディセゾン 2025年 クレディセゾン 連結事業利益936億円・過去最高益を更新 2023年 クレディセゾン スルガ銀行に資本参加(持分法適用会社化) 2019年 クレディセゾン 林野宏社長から山下昌宏COO体制へ移行 2014年 クレディセゾン Credit Saison Asia Pacific Pte. Ltd.を設立 2009年 クレディセゾン 連結純損失▲555億円に転落 2004年 クレディセゾン みずほとの提携を資本非関与に留めた独立路線の堅持 2004年 クレディセゾン 髙島屋とのカード事業提携と「系列を超えた等距離政策」 1997年 クレディセゾン セゾン・アメリカン・エキスプレス・カードの発行と4大国際ブランド体制の完成 1988年 クレディセゾン セゾンVISA・MasterCardインターナショナルカード発行 1982年 クレディセゾン 西武カード発行、セゾンカウンターの全国展開を開始 1976年 クレディセゾン 緑屋の西武百貨店との資本提携と西武流通グループ入り 1968年 クレディセゾン 東京証券取引所市場第一部に指定 1951年 クレディセゾン 緑屋を設立
- 王子HD 2025年 王子HD 中長期経営計画と連動し配当性向30%→50%へ引き上げ 2024年 王子HD Walkiグループ(フィンランド)の株式取得 2014年 王子HD Carter Holt Harvey Pulp & Paperを取得 2012年 王子HD 持株会社制に移行し「王子HD」に商号変更 2009年 王子HD 初の純損失を計上 2007年 王子HD 中国・江蘇省南通への一貫生産工場の建設と、排水パイプライン計画の撤回 2006年 王子HD 北越製紙への敵対的TOB(日本初の本格的敵対的買収) 1996年 王子HD 本州製紙との合併と、47年ぶりの「王子製紙」への社名復帰 1993年 王子HD 神崎製紙と合併し「新王子製紙」に商号変更 1989年 王子HD 東洋パルプと合併 1979年 王子HD 日本パルプ工業と合併 1968年 王子HD 旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換 1958年 王子HD 王子労組が145日間のストライキに突入 1949年 王子HD 集中排除法により3分割、苫小牧製紙として再発足 1933年 王子HD 富士製紙・樺太工業を合併
- カゴメ 2024年 カゴメ Ingomar Packing Company, LLCの持分を追加取得し子会社化 2019年 カゴメ 国内食品メーカー5社で物流会社F-LINEを設立 2010年 カゴメ Kagome Australia Pty Ltd.と子会社2社を設立 2002年 カゴメ 連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革 2001年 カゴメ 株主を「ファン」に変える——個人株主10万人構想と安定株主基盤の構築 1998年 カゴメ 「農業への原点回帰」による生鮮トマト事業への参入と自社菜園の全国展開 1995年 カゴメ 野菜飲料「野菜生活100」を発売 1983年 カゴメ ブランドマークを に変更 1978年 カゴメ 名古屋証券取引所市場第一部に指定替 1967年 カゴメ 台湾可果美股份有限公司を合弁・設立、海外トマト原料調達に着手 1960年 カゴメ 米デルモンテとの合弁提携の拒否と、契約栽培による国産・自主路線 1949年 カゴメ 愛知トマト製造・愛知海産興業・滋賀罐詰・愛知商事・愛知罐詰興業の5社が合併 1933年 カゴメ トマトジュースを発売
- 三菱レイヨン 2017年 三菱レイヨン 三菱化学・三菱樹脂と統合し三菱ケミカルが発足 2010年 三菱レイヨン 三菱ケミカルHDが公開買付により三菱レイヨンを子会社化 2008年 三菱レイヨン 英ルーサイト・インターナショナルの買収とMMA世界首位への浮上 2006年 三菱レイヨン 初の非繊維出身社長の起用とMMA基軸への経営資源集中 1998年 三菱レイヨン 日東化学工業を合併 1990年 三菱レイヨン 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1982年 三菱レイヨン イソブチレン直接酸化法によるMMAモノマー工場を大竹に建設 1976年 三菱レイヨン 第1次石油危機後の合繊の構造不況で無配に転落 1972年 三菱レイヨン 東洋紡とのトップ会談で全面的な事業提携に踏み切る 1968年 三菱レイヨン エンカ・インターナショナルからポリエステル長繊維の製造技術を導入 1957年 三菱レイヨン アクリル繊維事業に参入 1950年 三菱レイヨン 企業再建整備法により三菱化成工業が3社に分割され、新光レイヨンとして発足 1945年 三菱レイヨン 岐阜工場が空襲で焼失
- スカパーJSAT 2026年 スカパーJSAT スカパーJSATを吸収合併 2024年 スカパーJSAT スカパー・ピクチャーズを設立 2016年 スカパーJSAT CS放送の衛星一般放送業務をスカパー・エンターテイメントへ承継 2014年 スカパーJSAT スカパーJSATが、連結子会社であったオプティキャストを吸収合併 2008年 スカパーJSAT 株式取得により宇宙通信を子会社化 2007年 スカパーJSAT 株式移転による衛星会社JSATとの経営統合と宇宙通信の子会社化 2000年 スカパーJSAT ライバル ディレクTVの救済統合と東証マザーズ上場 1998年 スカパーJSAT パーフェクTVとJスカイBの合併によるスカイパーフェクTV発足 1998年 スカパーJSAT 「スカイパーフェクTV」が発足
- GMOインターネットG 2025年 GMOインターネットG インターネットインフラ・広告・メディア事業をGMOインターネットへ承継 2024年 GMOインターネットG AI・ロボット事業参入のためGMO AI&ロボティクス商事を設立 2018年 GMOインターネットG GMOあおぞらネット銀行がインターネット銀行事業を開始 2017年 GMOインターネットG 暗号資産交換事業に参入 2010年 GMOインターネットG クリック証券を子会社化 2007年 GMOインターネットG ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退 2005年 GMOインターネットG オリエント信販株式94.28%を250億4,100万円で取得しローン・クレジット事業へ参入 2000年 GMOインターネットG 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立 1999年 GMOインターネットG 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 1999年 GMOインターネットG ドメイン事業に参入 1997年 GMOインターネットG クラウド・レンタルサーバー(ホスティング)事業に参入
- ABCマート 2025年 ABCマート GS旗艦店を銀座に新規出店(予定) 2022年 ABCマート 「オッシュマンズ・ジャパン」を完全子会社化 2019年 ABCマート 国内1000店舗体制へ 2012年 ABCマート LaCrosseをTOBにて買収 2002年 ABCマート 韓国を皮切りにSPA型小売モデルをアジアへ移した海外展開 2002年 ABCマート 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 1999年 ABCマート ABCマートの積極出店を開始・SCに照準 1990年 ABCマート 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年 ABCマート ABCマート1号店を開業・小売業に参入 1986年 ABCマート ホーキンスの国内独占販売権を取得
- あいおい損害保険 2010年 あいおい損害保険 東京・大阪・名古屋の各証券取引所で上場廃止 2009年 あいおい損害保険 三井住友海上グループHDと株式交換契約を締結 2002年 あいおい損害保険 米国再保険で生じた1300億円の損失処理と、旧2社の融和・システム統合による立て直し 2001年 あいおい損害保険 千代田火災海上保険との合併とあいおい損害保険の発足、住友海上・日動火災との三社連合案の不採用 1997年 あいおい損害保険 トヨタ自動車の依頼によるGOA車専用傷害保険の開発と、メーカー主導の商品設計の受け入れ 1983年 あいおい損害保険 自動車研修所を開設 1952年 あいおい損害保険 大東京火災海上保険が東京証券取引所に株式を上場 1945年 あいおい損害保険 大倉火災海上と千代田火災が対等合併 1944年 あいおい損害保険 東京動産火災保険が東神火災保険を吸収合併
- 久光製薬 2026年 久光製薬 中冨一榮氏の資産管理会社・大洋興産がMBOを決議 2026年 久光製薬 MBOのTOBが成立(2026年2月20日)。5月ごろ上場廃止の見込み 2023年 久光製薬 通信販売事業を吸収分割により連結子会社の久光ウエルネスへ承継 2019年 久光製薬 連結子会社のヒサミツ イタリア S.r.l.を設立 2011年 久光製薬 連結子会社の久光製薬技術諮詢(北京)有限公司を設立 2009年 久光製薬 米ノーベン・ファーマシューティカルズの株式公開買付けによる完全子会社化 2005年 久光製薬 エスエス製薬の医療用医薬品事業を吸収分割で譲り受け、医療用の品ぞろえを広げる 1994年 久光製薬 ヒサミツ ベトナム ファーマシューティカル カンパニーリミテッドを設立 1981年 久光製薬 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1981年 久光製薬 経皮吸収型製剤(TTS)へ経営資源を集中 1975年 久光製薬 合弁会社のP.T.サロンパスインドネシアを設立 1966年 久光製薬 名古屋出張所を開設 1951年 久光製薬 久光兄弟合名・三養基製薬・田代鉱機工業の三社合併による株式会社化 1948年 久光製薬 田代鉱機工業を設立
- ジェイテクト 2025年 ジェイテクト 欧州ニードル・ローラー・ベアリング(NRB)事業を譲渡完了 2024年 ジェイテクト 近藤禎人氏が社長に就任 2017年 ジェイテクト 富士機工を完全子会社化 2010年 ジェイテクト 2期連続純損失▲194億円、営業利益は4億円とほぼ消滅 2009年 ジェイテクト 2期連続赤字下で決めた米ティムケンのニードル軸受事業の取得 2009年 ジェイテクト リーマン危機で純損失▲120億円に転落 2006年 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併によるジェイテクトの発足 1998年 ジェイテクト ルーマニアのRULMENTI ALEXANDRIAを取得 1980年 ジェイテクト 光洋精工の巨額赤字を受けたトヨタ自動車工業への支援要請と第三者割当増資 1980年 ジェイテクト 減資(1980年7月末の資本の額を3/4減少) 1977年 ジェイテクト TOYODA MACHINERY USA CORPORATIONを設立 1968年 ジェイテクト 豊田工機が自動車用パワーステアリングの開発に成功し生産を開始 1949年 ジェイテクト 大阪・東京証券取引所に上場
- 伊藤園 2024年 伊藤園 「ITO EN Europe GmbH」を設立 2015年 伊藤園 「ITO EN(North America)INC.」が「Distant Lands Trading Co.」の株式を取得 2011年 伊藤園 「チチヤス」の株式を取得 2007年 伊藤園 議決権のない第1種優先株式を東証一部に上場した資本政策 2006年 伊藤園 フードエックス・グローブの株式取得によるタリーズコーヒー日本事業の子会社化 1999年 伊藤園 ロイヤルスペンサーが玄米屋を吸収合併 1989年 伊藤園 「お~いお茶」ブランドとして発売 1985年 伊藤園 緑茶飲料「缶入り煎茶」を全国販売開始 1981年 伊藤園 中国産ウーロン茶の独占輸入から缶入りウーロン茶へ、無糖飲料で飲料業界に進出 1979年 伊藤園 日本初のウーロン茶輸入代理店契約を締結 1976年 伊藤園 茶産地育成事業の展開を開始 1966年 伊藤園 緑茶のルートセールスを開始
- BIPROGY 2022年 BIPROGY BIPROGYに商号変更し東京証券取引所プライム市場へ移行 2012年 BIPROGY 大日本印刷と業務提携 2012年 BIPROGY 三井物産保有の20,726,410株を大日本印刷へ譲渡 2007年 BIPROGY ケンブリッジ買収とネットマークスTOBによるサービス事業への転換 2006年 BIPROGY 米ユニシスの保有株全売却による日米合弁体制の解消 2006年 BIPROGY ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズを子会社化 1999年 BIPROGY ユニアデックスへハードウェア保守サービス事業を営業譲渡 1997年 BIPROGY ユニアデックスを設立 1988年 BIPROGY バロース株式会社の吸収合併と日本ユニシスへの商号変更 1970年 BIPROGY 本社を移転 1969年 BIPROGY 日本ユニバック総合研究所発足 1958年 BIPROGY スペリー・コーポレーションと第一物産の協定で日本レミントン・ユニバックを設立
- エバラ食品工業 2021年 エバラ食品工業 エバラCJフレッシュフーズの株式を譲渡 2018年 エバラ食品工業 EBARA SINGAPORE PTE. LTD.を設立 2011年 エバラ食品工業 エバラCJフレッシュフーズを合弁会社として設立 2006年 エバラ食品工業 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 2004年 エバラ食品工業 店頭登録を経てジャスダック証券取引所へ株式を上場 2001年 エバラ食品工業 形式上の存続会社エバレイの商号をエバラ食品工業に変更し合併 1999年 エバラ食品工業 エバラコーポレーションを解散し外食事業から撤退 1988年 エバラ食品工業 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 1988年 エバラ食品工業 外食事業に参入 1975年 エバラ食品工業 本社を移転 1968年 エバラ食品工業 キンケイブランドをエバラブランドに変更 1958年 エバラ食品工業 荏原食品設立、キンケイブランドのソース・ケチャップ製造開始
- 阪急阪神HD 2024年 阪急阪神HD 北大阪急行電鉄南北線延伸線(千里中央〜箕面萱野間)営業開始(北大阪急行電鉄) 2018年 阪急阪神HD 阪急電鉄と阪神電気鉄道の不動産事業を阪急不動産に移管 2012年 阪急阪神HD 大阪梅田ツインタワーズ・ノース建替工事竣工(11月全面開業)(阪急電鉄) 2007年 阪急阪神HD 株式交換により阪神百貨店と阪急百貨店が経営統合 2006年 阪急阪神HD 阪神電気鉄道へのTOBと株式交換による完全子会社化、阪急阪神ホールディングスへの商号変更 2005年 阪急阪神HD 会社分割による全事業の新設阪急電鉄への移管と、純粋持株会社 阪急ホールディングスへの移行 1995年 阪急阪神HD 阪神・淡路大震災により神戸本線など営業を一部休止 1988年 阪急阪神HD 阪急ブレーブスのオリエント・リースへの譲渡とプロ野球経営からの撤退 1978年 阪急阪神HD 宝塚バウホール開場 1969年 阪急阪神HD 阪急三番街開業 1959年 阪急阪神HD 大阪梅田〜十三間複線増設工事竣工による三複線開通 1943年 阪急阪神HD 京阪神急行電鉄に商号変更 1929年 阪急阪神HD 梅田阪急ビル第1期工事竣工、翌月阪急百貨店開業
- 損害保険ジャパン 2010年 損害保険ジャパン 日本興亜損害保険と株式移転によりNKSJHDを設立し上場廃止 2006年 損害保険ジャパン 保険金不払いで金融庁から業務停止命令 2002年 損害保険ジャパン 安田火災・日産火災・大成火災の三社合併による損害保険ジャパンの発足 2000年 損害保険ジャパン 第一生命との包括業務提携と、生保営業職員を通じた損害保険販売の開始 1999年 損害保険ジャパン 平野浩志氏が安田火災の社長に就任 1987年 損害保険ジャパン ゴッホ「ひまわり」の落札と、安田火災東郷青児美術館での一般公開 1976年 損害保険ジャパン 本社を移転 1962年 損害保険ジャパン The Yasuda Fire & Marine Insurance Company of America を設立 1958年 損害保険ジャパン Yasuda Seguros S.A. を設立 1944年 損害保険ジャパン 東京火災・帝国海上・第一機罐の3社が合併し安田火災海上保険が発足 1893年 損害保険ジャパン 東京火災の経営に安田善次郎氏が参画
- 野村不動産HD 2024年 野村不動産HD 「UDS」「沖縄UDS」がグループ入り 2015年 野村不動産HD 3つのREITを統合し総合型「野村不動産マスターファンド投資法人」が上場 2013年 野村不動産HD 野村HDの連結子会社から除外 2008年 野村不動産HD ジオ・アカマツの全株式取得と東芝不動産65%取得による商業・賃貸ビル事業の拡張 2006年 野村不動産HD 独立した不動産持株会社の設立と東証一部上場 2004年 野村不動産HD 野村不動産HDを設立 1991年 野村不動産HD 野村住宅管理を設立 1989年 野村不動産HD エヌ・エフ・クリエイトを設立 1970年 野村不動産HD 野村證券の不動産部門を二社に分け、野村住宅産業(現・野村不動産)を設立 1963年 野村不動産HD マンション分譲事業に参入 1957年 野村不動産HD 野村不動産を設立
- TIS 2020年 TIS MFEC Public Company Limitedを公開買付により子会社化 2017年 TIS 2026年に目指す企業像「Create Exciting Future」を定めた新グループビジョンを策定 2011年 TIS TISがソラン・ユーフィットを吸収合併 2009年 TIS ソランへの公開買付で子会社化(議決権91.5%) 2008年 TIS インテックホールディングスとの共同株式移転によるITホールディングス設立 2000年 TIS コマツソフト取得による金融偏重の顧客基盤の是正 1975年 TIS 東洋コンピュータサービス合併による受託計算主軸への転換
- 三和HD 2023年 三和HD Door Control, Inc.・Door Concepts, Inc.の株式を取得 2019年 三和HD Robust AB他4社の株式を取得し北欧・英国におけるヒンジドア事業を強化 2019年 三和HD LIXIL鈴木シャッター他2社の株式を取得し国内・アジアにおける事業基盤を強化 2011年 三和HD Automatic Door Enterprises他5社の自動ドア事業を取得 2009年 三和HD Overhead Door CorporationにおいてWayne Dalton Corporationのドア事業等を取得 2007年 三和HD 会社分割による純粋持株会社・三和ホールディングスへの移行 2003年 三和HD 北米オーバーヘッドドアと欧州ノボフェルムの買収による日米欧三極体制の確立 1996年 三和HD 持株会社Sanwa USA Inc.を設立しOverhead Door Corporationを買収 1982年 三和HD 24時間フルタイムサービス(FTS)を開始 1974年 三和HD 三和ドアー工業の吸収合併によるシャッター専業から建材総合メーカーへの転換 1968年 三和HD 大阪証券取引所市場第二部に上場 1956年 三和HD 三和シヤッター製作所を設立、シャッターの製作・販売を開始
- 新日本石油 2010年 新日本石油 新日鉱HDとの共同株式移転によりJXHDを設立 2009年 新日本石油 新日鉱HDとの間で、株式移転による経営統合契約を締結 2006年 新日本石油 ガソリンから石油化学基礎製品への生産構成の組み替えと、10年2000億円の製油所改造 2005年 新日本石油 帝国石油と国際石油開発の経営統合案への反対と、帝石株の買い増しによる20%超の取得 1999年 新日本石油 三菱石油を合併し日石三菱に商号変更 1999年 新日本石油 公開買付けにより興亜石油を子会社化 1984年 新日本石油 三菱石油と仕入・精製・物流・販売の分野で業務提携 1971年 新日本石油 鹿児島・喜入への原油中継輸送基地(CTS)の建設と、37万重量トン「日石丸」の就航 1969年 新日本石油 原油中継輸送基地(CTS)が完成 1955年 新日本石油 石油化学事業に参入 1951年 新日本石油 カルテックスとの折半出資で日本石油精製を設立 1942年 新日本石油 愛国石油を合併。国内精製能力の約8割、石油割当の約7割を占めるに至る 1921年 新日本石油 宝田石油を合併。日宝対立と呼ばれた民族系二社の並立が終わる
- ホシザキ 2025年 ホシザキ Structural Conceptsを完全子会社化 2023年 ホシザキ ホシザキ販売を新設分割で設立 2019年 ホシザキ トルコOztiryakilerを関連会社化 2013年 ホシザキ Western Refrigerationを買収 2008年 ホシザキ 創業61年目の東証一部・名証一部上場 2008年 ホシザキ デンマークGRAM COMMERCIALを完全子会社化 2006年 ホシザキ 米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得 1999年 ホシザキ 子会社を設立 1989年 ホシザキ ホシザキ電機に商号変更 1972年 ホシザキ 冷蔵庫事業に参入 1970年 ホシザキ 生ビールディスペンサ事業に参入 1965年 ホシザキ ジュース自販機から業務用製氷機への転換と直販販社網の構築 1957年 ホシザキ ジュース自動販売機事業に参入 1948年 ホシザキ 本社移転
- 鐘紡 2007年 鐘紡 事業の解体売却・花王への化粧品譲渡と会社解散 2006年 鐘紡 化粧品事業を花王に売却 2004年 鐘紡 粉飾決算の発覚と産業再生機構への支援要請 1996年 鐘紡 防府工場の閉鎖撤回 1982年 鐘紡 国内2工場を閉鎖 1975年 鐘紡 無配転落 1967年 鐘紡 ペンタゴン経営を提唱 1962年 鐘紡 化粧品事業に新規参入 1961年 鐘紡 グレーターカネボウ計画とペンタゴン経営による多角化 1959年 鐘紡 博多工場・中津工場・中島工場を閉鎖 1949年 鐘紡 化学部門を分離・鐘淵化学工業を設立 1900年 鐘紡 紡績大合同論を提唱。企業買収を積極化
- 雪印メグミルク 2025年 雪印メグミルク 雪印メグミルク 創業100周年(有限責任 北海道製酪販売組合設立から) 2022年 雪印メグミルク プライム市場に移行 2018年 雪印メグミルク 家庭用マーガリン類で部分水素添加油脂を使用しない配合を実現 2011年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティと雪印乳業を吸収合併 2009年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティとの経営統合と雪印メグミルクの発足 2003年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティを設立 2002年 雪印メグミルク 市乳事業の分離と全農主導での再建受け入れ 1997年 雪印メグミルク 「北海道カマンベール 切れてるタイプ」発売 1987年 雪印メグミルク 「とろけるスライス」発売 1979年 雪印メグミルク プレーンヨーグルト「雪印ナチュレ」発売 1968年 雪印メグミルク 「雪印ネオ マーガリンソフト」発売 1950年 雪印メグミルク 過度経済力集中排除法による分割と雪印乳業の発足 1926年 雪印メグミルク 「雪印」商標決定(「雪印北海道バター」誕生)
- はごろもフーズ 2022年 はごろもフーズ 東京証券取引所スタンダード市場に移行 2017年 はごろもフーズ マルアイを吸収合併 2010年 はごろもフーズ マルアイの販売部門をはごろもフーズとマルアイ商事に事業譲渡し販売体制を再編 2005年 はごろもフーズ 乾物メーカー・マルアイ他2社の全株式を44億5000万円で取得 2000年 はごろもフーズ 創業から69年を経ての東証2部上場 1998年 はごろもフーズ 焼津プラント内にチルドプラントを新設 1988年 はごろもフーズ 焼津プラントを移転・新設 1978年 はごろもフーズ フィッシュエキス・フィッシュミール製造工場を新設 1969年 はごろもフーズ 商号をはごろも罐詰に変更 1958年 はごろもフーズ 鮪油漬缶詰類の製品名「シーチキン」を商標登録 1956年 はごろもフーズ 輸出依存から内需へ——東京営業所開設と自社ブランド缶詰への転換 1951年 はごろもフーズ 焼津食品・焼津水産缶詰を吸収合併、焼津プラントを新設 1948年 はごろもフーズ 商号を後藤物産罐詰に変更
- 伊勢丹 2008年 伊勢丹 三越との共同株式移転により三越伊勢丹HDを設立 2005年 伊勢丹 株式公開買付による岩田屋の連結子会社化と、丸井今井への出資の見送り 2003年 伊勢丹 新宿本店メンズ館の全面改装とブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入 1997年 伊勢丹 ジェイアール京都伊勢丹を開店 1989年 伊勢丹 決算期を11月期から3月期に変更 1972年 伊勢丹 海外第一号店としてシンガポール伊勢丹を開店 1968年 伊勢丹 新宿店の新館を開設 1952年 伊勢丹 立川店を開店 1933年 伊勢丹 神田店の閉店と新宿本店への全面移転、株式組織への改組 1933年 伊勢丹 新宿に新店舗を開店 1924年 伊勢丹 百貨店形態の店舗を開設
- TBSHD 2023年 TBSHD やる気スイッチグループHDを子会社化 2018年 TBSHD 動画配信サービス「Paravi」を開始 2013年 TBSHD テレビ親局送信所を東京タワーから東京スカイツリーへ移転 2009年 TBSHD 楽天による経営統合提案の拒否と、認定放送持株会社への移行 2008年 TBSHD 赤坂サカスの開業と赤坂再開発による不動産事業化 2002年 TBSHD 横浜ベイスターズを子会社化 1998年 TBSHD CS24時間ニュースチャンネル「JNNニュースバード」の放送を開始 1987年 TBSHD テレビの24時間放送を開始 1961年 TBSHD 赤坂に本社社屋が完成 1955年 TBSHD テレビ本放送を開始
- アコム 2022年 アコム エンベデッド・ファイナンスを推進する無担保ローン事業の「GeNiE」を設立 2019年 アコム PT. Bank Nusantara Parahyangan Tbk.がPT Bank Danamon Indonesia Tbk.と合併 2013年 アコム 信用保証事業のエム・ユー信用保証を設立 2008年 アコム 三菱UFJによる連結子会社化——独立系アコムが手放さなかった上場 2007年 アコム グレーゾーン金利の消滅と過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建 2007年 アコム PT.Bank Nusantara Parahyangan Tbk.を買収 1999年 アコム クレジットカード事業に参入 1993年 アコム 業界初の自動契約機「むじんくん」を新宿と博多に設置 1983年 アコム 貸金業者として関東財務局に登録 1978年 アコム アコムを設立
- 電源開発 2024年 電源開発 GENEX POWER LTD.他を買収 2019年 電源開発 電源開発送変電ネットワーク(送電事業分割準備会社)を設立 2012年 電源開発 グリーンコール西海・ジェイウインドせたなを設立 2008年 電源開発 英ファンドTCIの株式買い増し申請に対する外為法の中止命令と株主提案の否決 2004年 電源開発 電源開発の完全民営化と東証一部上場——52年ぶりに「国の後ろ盾」を手放す 2004年 電源開発 J-POWER民営化ファンドが保有全株式を売却し親会社に非該当 1984年 電源開発 開発肥料を設立 1978年 電源開発 開発土木コンサルタントを設立 1967年 電源開発 開発電気を設立 1952年 電源開発 電源開発促進法に基づき政府出資のとして設立
- ニプロ 2026年 ニプロ ニプロアジアパシフィックグループ Pte Ltdを設立 2017年 ニプロ 田辺製薬販売(のちニプロESファーマ)を子会社化 2013年 ニプロ グッドマンを子会社とし循環器関連事業を強化 2011年 ニプロ アムコールから医療用硝子事業を取得 2006年 ニプロ スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡と小売事業からの撤退 2000年 ニプロ アンプル用生地管の独占販売権を用いた輸入品排除と、公正取引委員会の排除勧告 1997年 ニプロ ニッショーニプロアジアPTE LTDを設立 1988年 ニプロ 医薬品事業に参入 1977年 ニプロ 商号をニッショーに変更 1969年 ニプロ 富沢製作所を子会社とし医療機器の生産を開始 1965年 ニプロ 製薬会社向けに医療機器(輸液セット)の販売を手掛ける 1959年 ニプロ 本店を移転
- 高島屋 2025年 高島屋 連結営業利益575億円・当期純利益395億円を計上 2021年 高島屋 連結営業損失135億円・当期純損失340億円を計上 2019年 高島屋 村田善郎氏が社長に就任 2010年 高島屋 エイチ・ツー・オー リテイリングとの経営統合を白紙撤回 2008年 高島屋 エイチ・ツー・オー リテイリングと資本業務提携 2000年 高島屋 JR東海との共同出資による名古屋出店と、初年度黒字という別解 1998年 高島屋 新宿店の売上高が計画を大きく下回る 1997年 高島屋 総会屋への利益供与と、株主代表訴訟を全面的に受け入れた和解 1991年 高島屋 新宿への旗艦店出店と、35年越しの悲願の実現 1989年 高島屋 TAKASHIMAYA SINGAPORE PTE.LTD.を設立 1969年 高島屋 玉川店を開設 1963年 高島屋 東神開発を設立 1958年 高島屋 ニューヨーク髙島屋を開設 1956年 高島屋 国鉄新宿駅ビルへの出店を断念 1949年 高島屋 日本初の転換社債を発行 1930年 高島屋 南海ビル内に南海店を開設 1831年 高島屋 高島屋創業——義父の屋号「高島屋」を継いだ京の古手・木綿商から三都の呉服系百貨店へ
- ジャパンエナジー 2010年 ジャパンエナジー 新日本石油との共同株式移転によりJXHDを設立 2009年 ジャパンエナジー 新日本石油と株式移転による経営統合契約を締結 2002年 ジャパンエナジー 日鉱金属との共同持株会社・新日鉱ホールディングスの設立と上場廃止 1993年 ジャパンエナジー グールドを翌年3月までに解散すると発表 1992年 ジャパンエナジー 共同石油の合併と、石油精製・販売の一社化 1992年 ジャパンエナジー 金属3部門の分離による日鉱金属の設立と、東証一部への子会社上場 1988年 ジャパンエナジー 銅箔メーカー・グールドを10億5,000万ドルで買収 1979年 ジャパンエナジー 東亜共石の経営を譲り受け知多石油が発足 1966年 ジャパンエナジー 石油販売部門を共同石油へ集約 1965年 ジャパンエナジー アジア石油・東亜石油と24金融機関の出資により共同販売会社の共同石油を設立 1959年 ジャパンエナジー 中条油業所で天然ガスの供給を開始 1929年 ジャパンエナジー 日本産業の鉱山・製錬部門を分離独立させ、日本鉱業を設立
- ニッセイ同和損害保険 2010年 ニッセイ同和損害保険 MS&ADインシュアランスグループHDの完全子会社入り 2009年 ニッセイ同和損害保険 三井住友海上グループHD・あいおい損害保険と経営統合の協議に合意 2001年 ニッセイ同和損害保険 同和火災海上保険によるニッセイ損害保険の吸収合併と、ニッセイ同和損害保険への商号変更 1998年 ニッセイ同和損害保険 料率自由化を前にした「新創業運動」と支店制への移行、代理店網の選別 1997年 ニッセイ同和損害保険 ニッセイ損害保険が損害保険の販売を開始 1996年 ニッセイ同和損害保険 日本生命によるニッセイ損害保険の設立と損害保険業への参入 1954年 ニッセイ同和損害保険 1954年度の収入保険料59億円・純正味収入保険料36億6,000万円 1944年 ニッセイ同和損害保険 神戸海上火災・共同火災海上・朝日海上火災・横浜火災海上の4社が対等合併
- メイコー 2024年 メイコー 石巻工場を山形メイコーより分社し宮城メイコーとして法人化 2019年 メイコー EMS会社の出資持分を取得しMeiko Towada Vietnamとして子会社化 2014年 メイコー Meiko Electronics Thang Long Co. Ltd.を設立 2009年 メイコー ベトナムEMS工場稼働 2008年 メイコー 日本ビクターのサーキット事業譲受による外部成長への転換 2007年 メイコー Meiko Electronics Vietnam Co. Ltd.を設立 1998年 メイコー 香港・中国広東省を拠点とする海外生産への移行 1980年 メイコー 両面板専業から多層プリント配線板への進出 1978年 メイコー システム開発部を設置
- 赤井電機 2000年 赤井電機 香港資本の傘下入りによる延命と、独立電機メーカーとしての終焉 2000年 赤井電機 1026億円の最終赤字を計上し債務超過に転落 1999年 赤井電機 香港グランデ・グループの子会社に 1995年 赤井電機 セミテックグループが経営支援 1990年 赤井電機 三菱電機を筆頭株主に迎える資本業務提携と再建 1989年 赤井電機 AV機器の北米向け輸出を停止 1985年 赤井電機 三菱電機との提携を全面強化 1975年 赤井電機 家庭用ビデオへの参入とVHS陣営への後発合流 1968年 赤井電機 東京証券取引所第2部に株式上場 1956年 赤井電機 商社を通さぬ現地直販と縦型テープレコーダーによる輸出特化モデルの確立 1954年 赤井電機 テープメカニズム AT-1 を発売 1948年 赤井電機 汎用モーター・電蓄用小型モーターの製造を開始
- 日本ビクター 2011年 日本ビクター 旧日本ビクター川崎本社工場を売却 2008年 日本ビクター モータ事業を日本産業パートナーズ設立の新会社へ譲渡 2008年 日本ビクター ケンウッドと共同で株式移転によりJVC・ケンウッド・HDを設立 2007年 日本ビクター 松下からの離脱とケンウッドとの経営統合による会社の終焉 1993年 日本ビクター 上場以来初の無配に沈んだ1993年の経営再建——VHS偏重の体質を改めるリストラと社長直属「新風事業」 1987年 日本ビクター S-VHSを発売 1976年 日本ビクター 独自VTR規格VHSの開発と、他社供与による世界標準化 1972年 日本ビクター 音楽事業部門をビクター音楽産業として分離独立 1968年 日本ビクター US JVC CORP.を設立 1954年 日本ビクター 松下電器産業の資本参加 1943年 日本ビクター 日本音響株式会社に商号変更(軍管理工場に指定) 1938年 日本ビクター RCAが資本撤収 1927年 日本ビクター 米ビクターの日本法人としての創業と四度に及ぶ資本の変遷
- DOWA 2023年 DOWA 環境・リサイクル事業に参入 2019年 DOWA 亜鉛鉱山の操業開始(ロス・ガトス鉱山) 2011年 DOWA 熱処理事業を本格展開 2006年 DOWA 持株会社制への移行と5事業会社への会社分割、原料の鉱石からリサイクルへの切り替え 2002年 DOWA 吉川廣和氏が社長就任・環境リサイクル事業に集中投資 1999年 DOWA 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1989年 DOWA 小坂製錬所を分離・小坂製錬を設立 1972年 DOWA 鉱山の規模縮小・人員削減を実施 1971年 DOWA 臨海型亜鉛製錬所・秋田製錬の設立と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え 1965年 DOWA 電子材料事業に参入 1958年 DOWA 東京熱処理工業を子会社化し熱処理事業に参入 1919年 DOWA 豊崎圧延工場を新設し金属加工事業に参入 1915年 DOWA 国内で有力鉱山を買収 1884年 DOWA DOWAホールディングス創業——藤田組が受けた官営小坂鉱山の払下げから黒鉱自溶製錬による再生へ
- オービック 2023年 オービック オービーシステムの株式を東京証券取引所スタンダード市場に上場 2019年 オービック オービッククラウドサービスで「SOC1 Type2報告書」を受領 2012年 オービック オービックシステムエンジニアリングを吸収合併 2006年 オービック 大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰 1999年 オービック オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開 1998年 オービック 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1980年 オービック オービックビジネスコンサルタント設立 1974年 オービック 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換 1968年 オービック 大阪ビジネスを設立
- センコーGHD 2023年 センコーGHD オーナミを子会社化し国内外の重量物輸送事業を拡大 2022年 センコーGHD プロダクト事業に参入 2017年 センコーGHD センコーグループHDに商号変更し持株会社体制に移行 2016年 センコーGHD 介護事業に本格参入 2014年 センコーGHD 低温物流事業に本格参入 2004年 センコーGHD 福田泰久氏のセンコー社長就任と「陸運業界ビッグ5入り」宣言 1996年 センコーGHD 年間投資予算の3倍、60億円を投じた研修施設「クレフィール湖東」の先行投資 1985年 センコーGHD 量販・小売店向け納品代行システムが稼働しチェーンストア物流事業を開始 1973年 センコーGHD 扇興運輸からセンコー株式会社への社名変更 1965年 センコーGHD 業界に先駆けてコンピュータを導入 1954年 センコーGHD 特別積合せ貨物運送事業(路線事業)を開始 1949年 センコーGHD 海上運送業・海上運送取扱業・海運仲立業・海運代理店業を登録
- 三菱化学 2017年 三菱化学 三菱樹脂・三菱レイヨンと合併し三菱ケミカルが発足 2012年 三菱化学 直江津事業所、小田原事業所・松山工場を閉鎖 2007年 三菱化学 鹿島事業所の第2エチレンプラントで火災事故が発生 2005年 三菱化学 三菱ウェルファーマと共同で株式移転により三菱ケミカルHDを設立 2001年 三菱化学 合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合 1999年 三菱化学 四日市事業所のエチレン生産停止を発表 1994年 三菱化学 三菱油化と合併 1991年 三菱化学 光磁気ディスク量産設備の新設と米バーベイタムの買収 1989年 三菱化学 松山化成を合併 1978年 三菱化学 三菱化成生命科学研究所の設立と、ライフサイエンス分野への再参入 1969年 三菱化学 坂出工場が操業を開始 1956年 三菱化学 三菱グループとシェル社グループの共同出資により三菱油化を設立 1950年 三菱化学 化学工業部門を継承し日本化成工業が発足 1944年 三菱化学 旭硝子を合併
- マルハ 2007年 マルハ マルハグループ本社とニチロが経営統合 2004年 マルハ 株式移転により完全親会社のマルハグループ本社を設立 2001年 マルハ 国際原糖事業の損失処理と、本社ビル証券化による穴埋め 1993年 マルハ 大洋漁業からマルハへの改称と、中部家三代の同族経営からの離脱 1989年 マルハ ギル&ダファス社への資本参加により国際原糖事業へ参入 1987年 マルハ クロマグロの種苗開発チームを発足し養殖研究に着手 1977年 マルハ 二百カイリ規制を受けた遠洋漁業からの主力転換と、加工食品・養殖事業への移行 1961年 マルハ 肥料・飼料事業を事業目的に追加 1953年 マルハ 二代社長の中部兼市氏の死去により中部謙吉氏が社長に就任 1947年 マルハ 公職追放により中部一族が退き株式を没収 1945年 マルハ 西大洋漁業を経て大洋漁業に商号変更
- セブンイレブン・ジャパン 2005年 セブンイレブン・ジャパン イトーヨーカ堂・デニーズジャパンと共同株式移転 2005年 セブンイレブン・ジャパン 持株会社セブン&アイ・HDが発足 2000年 セブンイレブン・ジャパン セブンドリーム・ドットコムの設立と、店舗網の電子商取引受け渡し拠点への転用 1991年 セブンイレブン・ジャパン ライセンス元である米サウスランド社の買収と、イトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け 1991年 セブンイレブン・ジャパン サウスランド社の出資比率70.2%を取得 1989年 セブンイレブン・ジャパン 共同配送と単品管理を組み合わせた鮮度重視の供給体制を確立 1988年 セブンイレブン・ジャパン 弁当の製造時間表示と実際の製造時刻のずれをテレビ番組が報道 1979年 セブンイレブン・ジャパン 親会社イトーヨーカ堂が過半を保有したままの東証二部上場 1975年 セブンイレブン・ジャパン 店舗で24時間営業を開始 1974年 セブンイレブン・ジャパン 加盟店第1号を開業
- アマノ 2024年 アマノ ウェイトゥーテックを買収 2018年 アマノ アマノ マクギャンがService Tracking SystemsのValet Parking事業を譲受け 2014年 アマノ アマノ パイオニア エクリプスがNilfisk-Advanceの木材床研磨機器部門を譲受け 2007年 アマノ オムロンティー・エー・エスから駐車場・駐輪場機器販売事業を譲受け 2007年 アマノ テリー マクギャン&アソシエイツを買収しアマノ マクギャンに商号変更 2002年 アマノ オムロンからの駐車場設備事業の営業権譲受 1991年 アマノ シンシナティ タイムを買収 1990年 アマノ 米パイオニア エクリプスとシンシナティ タイムの連続買収による北米基盤の確立 1989年 アマノ アマノ アメリカ マニュファクチュアリングがアマノ アメリカを吸収合併 1973年 アマノ 駐車場管理機器を発売 1968年 アマノ コンピューター就業管理システム「アレコデータ」の発売 1951年 アマノ 工業用真空掃除機等の研究・製造を開始 1945年 アマノ 横浜機器を設立しタイムレコーダー・タイムスタンプ製造を開始
- ニフコ 2013年 ニフコ KTS社・そのグループ会社を買収 2002年 ニフコ ITWとの提携完全解消と主力品目15種への絞り込み 2002年 ニフコ 主力品目を数百種から15種に統一 2001年 ニフコ アクリプラス・グループ4社(Nifco Products Espana, S.L.U.)を買収 1996年 ニフコ ジャパンタイムズとシモンズの取得による資本負担の軽い多角化 1996年 ニフコ シモンズとSimmons Bedding & Furniture (HK) Limitedを子会社化 1988年 ニフコ バンコク市に合弁会社、Union Nifco Co., Ltd.を設立 1979年 ニフコ 東京証券取引所市場第2部に上場 1967年 ニフコ 日英物産と米ITWの合弁による日本工業ファスナーの設立 1967年 ニフコ ITWと技術援助契約を締結
- ペンタックス 2011年 ペンタックス HOYAが「ペンタックス」のデジタルカメラ事業をリコーへ譲渡と発表 2007年 ペンタックス HOYAとの合併撤回と社長解職、TOBの受諾 2006年 ペンタックス HOYAとの経営統合を発表。2007年10月の合併を予定 1993年 ペンタックス 1993年3月期に2期連続となる最終赤字93億5300万円を計上 1992年 ペンタックス 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1992年 ペンタックス ハネウエル社との自動焦点カメラ特許訴訟が和解。和解金約28億円を負担 1986年 ペンタックス 日立製作所からのOEM供給を受け8ミリビデオカメラ事業に参入 1977年 ペンタックス 医療機器分野に参入 1972年 ペンタックス 眼鏡レンズ分野に参入 1969年 ペンタックス 工場を新設(1967年9月着工、総額30億円) 1959年 ペンタックス ハネウエル社と全米・メキシコに対する代理店契約を締結 1957年 ペンタックス 距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換 1948年 ペンタックス カメラの試作に着手
- 近鉄GHD 2022年 近鉄GHD 株式公開買付けにより近鉄エクスプレスを子会社化 2021年 近鉄GHD 都ホテル京都八条など国内8ホテルの資産を譲渡し運営受託を開始 2015年 近鉄GHD 純粋持株会社制へ移行し近鉄グループHDに商号変更 2014年 近鉄GHD あべのハルカス全面開業 2013年 近鉄GHD KNT-CTHDが発足 2004年 近鉄GHD 近鉄バファローズの消滅、オリックス合併という「名誉ある撤退」 1990年 近鉄GHD 志摩スペイン村への投資と実質撤退 1988年 近鉄GHD アーバンライナー運転開始 1979年 近鉄GHD 都ホテル東京を開業 1969年 近鉄GHD 東名高速道路浜名湖SAに浜名湖近鉄レストランを開業 1959年 近鉄GHD 名古屋線軌間拡幅と名阪直通特急の実現 1959年 近鉄GHD 名古屋線軌間拡幅工事完成 1947年 近鉄GHD 旧南海鉄道事業を高野山電気鉄道に譲渡 1944年 近鉄GHD 南海鉄道と合併し近畿日本鉄道を設立
- 住友金属工業 2012年 住友金属工業 新日本製鐵との合併により新日鐵住金が発足 2003年 住友金属工業 新日本製鐵・神戸製鋼所との三社資本提携 2001年 住友金属工業 新日本製鐵との包括的提携に向けた交渉開始を発表 1999年 住友金属工業 和歌山製鉄所の再建と熱間圧延ラインの休止 1992年 住友金属工業 日本ステンレスと合併 1987年 住友金属工業 鋼管製造所のシームレス鋼管工場と和歌山製鉄所の厚板工場を休止 1971年 住友金属工業 鹿島製鉄所の第1高炉に火入れ 1968年 住友金属工業 鹿島製鉄所が発足 1961年 住友金属工業 和歌山製鉄所第1高炉に火入れ 1953年 住友金属工業 小倉製鋼の合併による銑鋼一貫体制の確立 1949年 住友金属工業 企業再建整備計画により第二会社の新扶桑金属工業を設立 1935年 住友金属工業 住友伸銅鋼管と住友製鋼所の合併により住友金属工業が発足
- ゴールドウイン 2025年 ゴールドウイン アルパインツアーサービスの株式取得 2023年 ゴールドウイン PLAY EARTH PARKを設立 2017年 ゴールドウイン ウールリッチジャパンを設立 2011年 ゴールドウイン ブラックアンドホワイトスポーツウェアの株式取得 2001年 ゴールドウイン カンタベリーオブニュージーランドジャパンの株式取得 2000年 ゴールドウイン 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替えによる卸型ビジネスからの転換 2000年 ゴールドウイン 自主管理売場の展開を本格化 1995年 ゴールドウイン ザ・ノース・フェイスの日本・韓国における商標権取得 1988年 ゴールドウイン ゴールドウイン開発を設立 1979年 ゴールドウイン 生産事業をトヤマゴールドウインに営業譲渡 1963年 ゴールドウイン 本社を移転 1952年 ゴールドウイン 一般メリヤス雑貨の生産をやめ野球ストッキング中心のスポーツウエアへ全面転換
- 第一製薬 2005年 第一製薬 株式移転により第一三共を設立 2002年 第一製薬 サントリー医薬品事業部門の分社化と共同出資会社・第一サントリーファーマの設立 2000年 第一製薬 営業所を108から71へ削減 1993年 第一製薬 自社開発の合成抗菌剤クラビットの発売と、輸出による海外売上の拡大 1986年 第一製薬 自社開発の合成抗菌剤タリビッドを発売 1974年 第一製薬 他社開発新薬の導入方針を提示 1967年 第一製薬 高脂血症治療薬を発売 1955年 第一製薬 結核治療薬ネオ・イスコチンを完成 1945年 第一製薬 戦災で本社と柳島・亀戸両工場が全焼、平井工場も半焼 1923年 第一製薬 震災損害の補填のため半額減資を行い、同時に京都分工場を新設 1915年 第一製薬 匿名組合アーセミン商会の創立とサルバルサンの国産化、第一製薬株式会社への改組
- 明治乳業 2009年 明治乳業 明治製菓との共同株式移転で明治HDの完全子会社入り 2002年 明治乳業 「明治おいしい牛乳」を全国発売 2000年 明治乳業 乳酸菌LG21を使ったヨーグルトの発売と、味から体への働きへの訴求の転換 1990年 明治乳業 明治乳業による米ボーデンの事業運営移管提案の拒否と、20年にわたる提携の解消 1986年 明治乳業 医薬関連分野に参入 1976年 明治乳業 冷凍食品分野に参入 1973年 明治乳業 「明治ブルガリアヨーグルト」を発売 1969年 明治乳業 紙パック入り「明治牛乳ピュアパック」を発売 1955年 明治乳業 全国41の工場・牧場を擁し売上高43億5,000万円 1943年 明治乳業 明治製菓の乳製品部門を全面譲受 1941年 明治乳業 全工場を北海道興農公社へ現物出資 1940年 明治乳業 極東煉乳から明治乳業への商号変更と、明治製菓の乳製品部門の経営受任・全面譲受
- イビデン 2024年 イビデン 河間事業所新棟を稼働 2018年 イビデン パッケージ基板への投資再開 2013年 イビデン DPF製造会社イビデンメキシコを設立 2008年 イビデン 618億円を全額自己資金で投じたマレーシア新工場の建設 1994年 イビデン インテル攻略プロジェクトへの資源一点集中 1987年 イビデン プラスチックパッケージ基板の生産開始 1987年 イビデン ファインセラミックス製品の製造・販売開始 1976年 イビデン 緊急合理化対策を発表 1970年 イビデン プリント配線板に参入 1969年 イビデン 特殊炭素製品の製造・販売開始 1942年 イビデン 電力事業から撤退。カーバイドに業態転換
- ジャックス 2024年 ジャックス ジャックス・ペイメント・ソリューションズを吸収合併 2017年 ジャックス PT Mitra Pinasthika Mustika Financeの株式を追加取得し連結子会社に 2010年 ジャックス JACCS International Vietnam Finance Co.,Ltd.を設立 2008年 ジャックス 三菱UFJの系列入り——20%出資の受け入れと、日本信販の個品割賦承継 1998年 ジャックス リボ払い金利を業界最低の16.8%へ——利息制限法を自ら割った先回りの値下げ 1982年 ジャックス 金融機関と提携しカードローンの保証業務を開始 1972年 ジャックス 損害保険会社との提携により住宅ローン業務を開始 1971年 ジャックス クーポン・信販小切手に替えてクレジットカード方式を採用 1965年 ジャックス 大手書籍出版販売会社と提携し個品割賦方式(個品あっせん)の取扱を開始 1959年 ジャックス 融資保証業務(消費者金融)・損保代理店業務を開始
- SANKYO 2024年 SANKYO 営業本部に販売管理部を新設 2017年 SANKYO 商品本部に商品企画部を新設 2012年 SANKYO ジェイビーを買収 2007年 SANKYO 創業家・毒島家から生え抜き澤井明彦への社長交代と、CEO・COO体制・執行役員制度の導入 1991年 SANKYO 三共産業を存続会社とする吸収合併と、商号のSANKYOへの変更 1980年 SANKYO 超特電機フィーバーを発売 1975年 SANKYO 桐生工場を新設 1966年 SANKYO 中央製作所として設立し名古屋工場・東京/大阪支店・本社業務部を開設
- アンリツ 2022年 アンリツ 高砂製作所を買収 2015年 アンリツ 厚木本社地区内にグローバル本社棟を新設 2013年 アンリツ 郡山第二事業所を開設 2005年 アンリツ デンマークのNetTest A/Sを買収 2003年 アンリツ 携帯通信の世代交代を先取りしたモバイル計測への先行投資 2002年 アンリツ 産業機械事業を会社分割でアンリツ産機システムへ承継 1990年 アンリツ 米Wiltron買収による計測器グローバル化への社運を賭けた一手 1981年 アンリツ 世界初の光パルス試験器(OTDR)を開発 1979年 アンリツ 新本社ビルを新築し移転完了 1968年 アンリツ 光通信のキーパーツである半導体レーザーの開発に着手 1953年 アンリツ 6事業部体制で事業多角化を推進 1952年 アンリツ 通信計測器事業を確立 1914年 アンリツ 世界初の実用無線電話機「TYK式無線電話機」を実用化
- 東武鉄道 2026年 東武鉄道 日光線新鹿沼駅構内で除草作業中の作業員が特急スペーシアXに接触する死亡事故が発生 2023年 東武鉄道 都筑豊氏が社長に就任(創業家以外から初) 2021年 東武鉄道 コロナ禍で最終赤字に転落 2018年 東武鉄道 東武ストアを完全子会社化 2013年 東武鉄道 東急東横線・みなとみらい線と相互乗入れ開始 2003年 東武鉄道 東京スカイツリー建設への1,430億円投資 2001年 東武鉄道 経営合理化を実施 1990年 東武鉄道 東武百貨店によるサックス買収計画の頓挫と池袋店増床900億円投資 1987年 東武鉄道 有楽町線との相互乗入れ運転を開始 1960年 東武鉄道 東武百貨店を設立 1958年 東武鉄道 東武宇都宮百貨店を設立 1944年 東武鉄道 総武鉄道を合併 1929年 東武鉄道 不動産事業に参入
- 田辺製薬 2007年 田辺製薬 三菱ウェルファーマとの合併により田辺三菱製薬が発足 2001年 田辺製薬 大正製薬との共同持株会社設立の合意と、二か月半での白紙撤回 1998年 田辺製薬 全社員への「非常事態」宣言と構造改革委員会の設置 1991年 田辺製薬 卸への仕切価格を全国統一 1989年 田辺製薬 千畑一郎氏が社長に就任 1972年 田辺製薬 ベルギー・ブリュッセルにタナベ ヨーロッパ社を設立 1962年 田辺製薬 台湾田辺製薬股份有限公司を設立 1953年 田辺製薬 チャールス・ファイザーとの折半出資でファイザー田辺を設立 1946年 田辺製薬 特別経理会社の指定を受ける(1948年9月に再建整備計画が認可され、11月に指定解除) 1945年 田辺製薬 戦災で中津工場が全焼し加島・本庄両工場も3割を焼失
- 大塚商会 2023年 大塚商会 中・長期経営方針を発表 2015年 大塚商会 OSK とアルファシステムを合併 2001年 大塚商会 創業者・大塚實から長男・大塚裕司への社長交代と、データで判断する営業への移行 1999年 大塚商会 会員制通信販売「たのメール」販売開始 1993年 大塚商会 経営刷新構想「大戦略」の策定と、支店ごとに分かれていた顧客情報の全社一元化 1990年 大塚商会 たよれーる保守サービス開始 1987年 大塚商会 ネットワーク事業に参入 1981年 大塚商会 パソコン・ワープロ専用機の販売開始 1979年 大塚商会 自社開発の業務用パッケージソフト「SMILE」販売開始 1970年 大塚商会 電算機事業に参入 1965年 大塚商会 大阪支店を開設
- 吉野家HD 2025年 吉野家HD キラメキノ未来の株式を取得 2021年 吉野家HD 京樽の全株式をFOOD & LIFE COMPANIESへ譲渡 2016年 吉野家HD せたが屋の株式を取得 2012年 吉野家HD はなまるを完全子会社化 2007年 吉野家HD 吉野家HDに商号変更 2004年 吉野家HD 米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用 2004年 吉野家HD はなまるの株式を取得 1999年 吉野家HD 更生会社京樽の株式を取得 1998年 吉野家HD ダンキンドーナツ事業から撤退 1988年 吉野家HD ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場 1983年 吉野家HD 会社更生計画認可決定 1980年 吉野家HD 会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 1977年 吉野家HD YOSHINOYA WEST,INC.を設立 1968年 吉野家HD 新橋に「吉野家」2号店を開店 1958年 吉野家HD 吉野家を設立
- 四国電力 2020年 四国電力 一般送配電事業等を吸収分割により四国電力送配電に承継 2016年 四国電力 伊方発電所1号機を廃止 2010年 四国電力 坂出LNG基地が運転開始 2008年 四国電力 カタール・ラスラファンC発電造水事業への出資による海外発電事業への進出 1994年 四国電力 伊方発電所3号機(原子力)が営業運転開始 1984年 四国電力 四電情報ネットワークサービス(現・STNet)の設立による情報通信事業への参入 1977年 四国電力 伊方発電所(原子力)を新設し営業運転開始 1970年 四国電力 伊方町からの誘致を受けた伊方原子力発電所の立地決定 1965年 四国電力 西条発電所(火力)を新設し営業運転開始 1954年 四国電力 東京証券取引所に株式を上場
- 山崎製パン 2023年 山崎製パン 神戸屋から製パン事業のYKベーキングカンパニーの全株式を取得 2016年 山崎製パン ベイクワイズブランズ,Incの全株式を取得 2013年 山崎製パン デイリーヤマザキを吸収合併 2007年 山崎製パン 不二家への資本参加と51%子会社化による経営再建の引き受け 2006年 山崎製パン 東ハトの株式を取得し菓子事業を拡大 1993年 山崎製パン 阪南工場を新設して稼働 1982年 山崎製パン サンエブリーからデイリーヤマザキへの転換と、自前のコンビニ網の構築 1980年 山崎製パン サンデリカを設立しデリカ事業に参入 1977年 山崎製パン サンエブリーを設立しコンビニエンスストア事業に参入 1970年 山崎製パン 米ナビスコ・日綿実業との合弁によるビスケット事業への進出 1967年 山崎製パン スーパーヤマザキを設立し流通事業に参入 1948年 山崎製パン 飯島藤十郎氏が山崎製パン所を開業
- 片倉工業 2025年 片倉工業 日機マギルス事業部を設置し高所作業車両等の販売・メンテナンス事業に参入 2023年 片倉工業 FPGテクノロジーの全株式を取得 2015年 片倉工業 コクーン2を新設 2013年 片倉工業 東京スクエアガーデンを竣工 2005年 片倉工業 富岡工場の建物を富岡市へ寄付し、翌年に社有地を売却して保有を終える 1999年 片倉工業 宮之城片倉フィラチャーを新設 1988年 片倉工業 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 1973年 片倉工業 製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換 1967年 片倉工業 大宮ゴルフセンターを新設、旧製糸工場跡地等の開発事業に参入 1954年 片倉工業 片倉ハドソン靴下を設立、婦人靴下事業開始 1939年 片倉工業 1872年創設の旧官営富岡製糸場(富岡製糸所)を合併
- 古河機械金属 2022年 古河機械金属 東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行 2013年 古河機械金属 トウペの株式を日本ゼオンへ譲渡し塗料事業から撤退 2005年 古河機械金属 日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社 2004年 古河機械金属 日立古河建機の株式を日立建機へ譲渡し建設機械事業から撤退 2000年 古河機械金属 古河建機を日立建機との合弁会社化し日立古河建機に商号変更 1999年 古河機械金属 建機部門を分離し生産を古河建機、販売を古河建機販売へ移管 1989年 古河機械金属 商号を古河鉱業から古河機械金属に変更 1987年 古河機械金属 車載型クレーンのユニックの全株式取得と佐倉工場の開設 1973年 古河機械金属 足尾銅山の閉山と、機械部門への主力の移行 1970年 古河機械金属 下山田炭鉱を閉山し石炭採掘事業から撤退 1962年 古河機械金属 小山工場でクローラショベルの生産を開始 1956年 古河機械金属 足尾製錬所に日本初の自熔製錬設備が完成 1941年 古河機械金属 古河合名会社と合併し商号を古河鉱業に変更 1877年 古河機械金属 足尾銅山(栃木県)を譲り受け経営を開始
- スターツコーポレーション 2025年 スターツコーポレーション ピタットハウスがスターツグループ店113店舗・ネットワーク店518店舗に 2024年 スターツコーポレーション スターツ環境開発を設立 2018年 スターツコーポレーション 「ホテル エミオン プノンペン」を運営開始 2011年 スターツコーポレーション サンパウロにStarts Brasil Real Estate Ltd.を設立 2006年 スターツコーポレーション ブリッジポイント・ジャパン等を取得し総合ビル管理事業に参入 2005年 スターツコーポレーション 会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社 1999年 スターツコーポレーション スターツ証券を設立 1987年 スターツコーポレーション 千曲不動産からスターツへの商号変更と、千曲建設等の吸収合併 1975年 スターツコーポレーション オイルショックでの土地在庫ゼロ化と、地価が下がりきるまでの建売停止 1975年 スターツコーポレーション 千曲建設を設立
- ユニー 2016年 ユニー ファミリーマートとの経営統合でユニー・ファミリーマートホールディングスが発足 2015年 ユニー 創業家出身で社長を長く務めた西川俊男氏が死去 2013年 ユニー 純粋持株会社ユニーグループ・ホールディングスへ移行 2012年 ユニー サークルKサンクスの完全子会社化を目的に株式公開買付けを実施 2009年 ユニー 伊藤忠商事から3%の出資を受け入れ、同社が実質的な筆頭株主に 2008年 ユニー ユーストアを吸収合併 2004年 ユニー サークルケイ・ジャパンとサンクスの統合によるサークルKサンクスの発足 1998年 ユニー サンクスアンドアソシエイツ株式の51%を400億円で公開買付け 1997年 ユニー 家田美智雄氏が会長に退き、佐々木孝治氏が社長に就任 1984年 ユニー サークルケイ・ジャパンの設立によるコンビニエンスストアへの参入 1975年 ユニー 系列販売会社の関東ユニー、中部ユニー、東海ユニーを吸収合併 1975年 ユニー 郊外型大型店の一宮店を開店 1971年 ユニー 西川屋チエンとほていやの合併によるユニーの発足 1969年 ユニー 西川屋チエン、ほていや、タキヒヨーの共同出資で共同仕入会社ユニーを設立 1950年 ユニー 前身の一つであるほていやを設立(登記上の年月) 1949年 ユニー 前身の一つである西川屋を設立
- 東燃ゼネラル石油 2017年 東燃ゼネラル石油 JXHDの株式交換により完全子会社となり上場廃止 2016年 東燃ゼネラル石油 JXHDと経営統合契約を締結 2012年 東燃ゼネラル石油 EMGマーケティングの持分99.0%を取得 2002年 東燃ゼネラル石油 販売業務と管理統括業務をエクソンモービルへ委任 2000年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足と、エクソンモービル国内体制への編入 2000年 東燃ゼネラル石油 エクソンモービルの間接子会社に 1998年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル石油が決算期を毎年3月31日から毎年12月31日に変更 1986年 東燃ゼネラル石油 経営会議の組織風土の転換と、和歌山の遊休地を使った電力卸売への参入 1979年 東燃ゼネラル石油 エッソ・イースタンが第三者割当によりゼネラル石油の発行済株式数の49%を取得 1976年 東燃ゼネラル石油 石油精製専業からの多角化と、石炭液化・エンジニアリング分野への進出 1960年 東燃ゼネラル石油 東亜燃料工業が東燃石油化学を設立 1958年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル物産と東亜燃料工業が折半出資でゼネラル石油を設立 1949年 東燃ゼネラル石油 東亜燃料工業がスタンダード・ヴァキューム社と資本業務提携
- 船井電機 2020年 船井電機 歯科用CT機器の開発・販売会社であるプレキシオンの全株式取得 2016年 船井電機 メキシコ ティファナに生産拠点としてFunai Manufacturing,S.A.DE C.V.を設立 2013年 船井電機 Lexmark International, Inc. からインクジェットプリンタ子会社の全株式を取得 2000年 船井電機 破綻した米エマーソンのブランド使用権取得とウォルマート専用供給体制 1999年 船井電機 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場 1987年 船井電機 輸出専業からの転換——製パン器とVTRによる国内市場参入 1987年 船井電機 輸出専業から国内市場に参入 1973年 船井電機 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 1964年 船井電機 生産会社として中国船井電機を設立
- TDK 2025年 TDK 創業90周年、売上高2兆2,048億円 2023年 TDK 連結売上高2兆円を突破 2017年 TDK Qualcommと合弁RF360で高周波部品移管 2017年 TDK InvenSenseを約1,427億円で買収 2013年 TDK 磁気テープ事業からの撤退を発表 2008年 TDK 独EPCOSの買収による受動部品・センサー領域への事業補完 2007年 TDK TDKブランド記録メディア事業の売却と磁気テープ生産撤退 2005年 TDK リチウムイオン電池メーカーATLを買収 1997年 TDK 磁気ヘッドに集中投資 1986年 TDK SAE Magneticsを買収、HDD用ヘッド事業に参入 1982年 TDK 磁気テープ世界首位とニューヨーク上場を機とするグローバル電子部品メーカーへの転換 1979年 TDK 売上高営業利益率20.1%を記録 1966年 TDK カセットテープ参入とSDカセットによる自社ブランドの世界展開 1952年 TDK 清水工場を新設・磁気テープ生産開始 1935年 TDK TDK創業——大学の世界初フェライトを、資本金2万円と私財10万円で工業化するまで
- 住友重機械工業 2026年 住友重機械工業 500名規模の希望退職を実施方針 2024年 住友重機械工業 新造船事業からの撤退を発表 2019年 住友重機械工業 下村真司氏が社長に就任 2013年 住友重機械工業 別川俊介氏が社長に就任 2008年 住友重機械工業 独デマーグを皮切りとする欧州機械メーカー5社の連続取得 2002年 住友重機械工業 1,000名削減・年収15%カットを実施 1987年 住友重機械工業 造船・製鉄機械部門を対象とする希望退職の募集と1,700人の人員削減 1983年 住友重機械工業 Eaton社と合弁で住友イートンノバを設立 1973年 住友重機械工業 愛媛製造所西条工場を新設 1969年 住友重機械工業 造船大手・浦賀重工業の吸収合併と重工業メーカーへの転換 1966年 住友重機械工業 射出成形機に参入 1954年 住友重機械工業 経営危機と鮫島社長引責辞任 1935年 住友重機械工業 サイクロ社と提携
- TKC 2019年 TKC 飯塚真規氏が社長に就任 2011年 TKC 角一幸氏が社長に就任 2008年 TKC 創業家2代目から生え抜き高田順三氏への社長交代 2003年 TKC 民間企業初のLGWAN-ASP接続資格審査に合格 1992年 TKC TKC判例検索サービスセンターを開設 1987年 TKC 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1978年 TKC TKCシステム開発研究所を新設 1966年 TKC 会計事務所共同の計算センター構想によるTKC創業
- ヤクルト本社 2023年 ヤクルト本社 普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施 2016年 ヤクルト本社 7棟からなる新中央研究所が竣工 2013年 ヤクルト本社 ダノンとの戦略提携契約を終了 2005年 ヤクルト本社 ヤクルト事業を統括する中国ヤクルトを設立 2004年 ヤクルト本社 グループダノンとの戦略提携と、16年後の資本関係の解消 1996年 ヤクルト本社 ヤクルト販売を統括するヨーロッパヤクルトを設立 1984年 ヤクルト本社 三菱商事との合弁通販子会社リプソンの設立と清算 1978年 ヤクルト本社 シンガポールヤクルトを設立 1968年 ヤクルト本社 瓶からプラスチック容器への転換と全国原液工場の統合による本社集権体制の確立 1964年 ヤクルト本社 初の海外拠点として台湾ヤクルトを設立 1956年 ヤクルト本社 本社移転
- ダイフク 2024年 ダイフク 決算期を3月31日から12月31日に変更 2019年 ダイフク Scarabee Aviation Groupを買収 2013年 ダイフク Daifuku Webb HoldingがWynright Corporationを買収 2012年 ダイフク 日立プラントテクノロジーのエレクトロニクスクリーン搬送事業を譲受 2007年 ダイフク 技術提携先であった米ジャービス・ビー・ウェブ社の買収と空港システム事業への参入 2004年 ダイフク キトーの物流システム事業を譲り受け 1999年 ダイフク 大阪工場の生産設備を滋賀事業所に集約 1983年 ダイフク Daifuku U.S.A.設立による北米市場への初進出 1975年 ダイフク コンテックを設立し日野工場を新設 1969年 ダイフク 東京・大阪・名古屋各証券取引所市場第一部に上場指定 1957年 ダイフク ビューラー社・ジャービス・ビー・ウェブ社との技術提携による搬送機械への転換 1941年 ダイフク 兼松商店が経営に参加
- ニチアス 2025年 ニチアス 「ニチアスグループサステナビリティ方針」を制定 2021年 ニチアス 「ニチアスグループカーボンニュートラル宣言」を制定 2016年 ニチアス 自動車部品製造会社である日本ラインツの株式を取得 2014年 ニチアス イノクリートが井上冷熱からコールドエンジニアリング事業を譲受 2006年 ニチアス 国内外のアスベスト含有製品の製造・販売を全面終了 1999年 ニチアス 執行役員制を導入 1981年 ニチアス 社名から「アスベスト」を外し、主原料を代替素材へ切り替える転換に入る 1974年 ニチアス 結城工場を新設 1968年 ニチアス 大阪証券取引所市場第一部上場銘柄に 1959年 ニチアス 祖岳製作所を合併し竹鼻工場(現羽島工場)を岐阜の生産拠点として受け入れ 1930年 ニチアス 東京工場において最初の国産「ジョイントシートパッキング」を完成 1916年 ニチアス 東京工場を新設、石綿製品の製造を開始
- ニチレイ 2023年 ニチレイ 冷凍米飯工場を新設(福岡県) 2014年 ニチレイ 冷凍食品の強化 2005年 ニチレイ 純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編 1994年 ニチレイ サクサクコロッケを開発 1989年 ニチレイ 冷蔵倉庫の保管業からシステム物流・3PLへの業態転換 1980年 ニチレイ 水産部門で赤字転落 1970年 ニチレイ 設備投資を継続 1951年 ニチレイ 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換 1949年 ニチレイ 東京証券取引所に株式上場
- 日亜化学工業 2025年 日亜化学工業 アルパッドの吸収合併 2023年 日亜化学工業 アルパッドの全株式取得 2022年 日亜化学工業 信光社からのサファイア基板事業の譲受 2019年 日亜化学工業 波長280nmの深紫外LEDの量産化 2009年 日亜化学工業 車載用リチウムイオン電池向け正極材料の採用 2001年 日亜化学工業 青色LED特許の囲い込みとライセンス供与の拒否、2001年の方針転換と発明対価訴訟の和解 2001年 日亜化学工業 青紫色レーザーダイオードの量産販売開始 1996年 日亜化学工業 白色LEDの開発に成功 1993年 日亜化学工業 高輝度青色LEDの開発に成功 1989年 日亜化学工業 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムによる高輝度青色LEDの開発着手 1983年 日亜化学工業 赤外線LED用GaAlAsエピウエハの製造・販売開始 1977年 日亜化学工業 照明用三波長蛍光体の製造開始 1971年 日亜化学工業 カラーテレビ用蛍光体の製造開始 1966年 日亜化学工業 照明用蛍光体の製造開始 1956年 日亜化学工業 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立
- 日本ゼオン 2024年 日本ゼオン 住友化学とのS-SBR合弁を解消しZSエラストマーを吸収合併 2017年 日本ゼオン 住友化学とのS-SBR統合会社ZSエラストマーが営業開始 2015年 日本ゼオン 徳山工場にカーボンナノチューブ製造プラントが竣工 2013年 日本ゼオン トウペを公開買付けにより子会社化 2001年 日本ゼオン 光学フィルム工場としてオプテス高岡製造所が完成 2000年 日本ゼオン 塩化ビニル事業の新第一塩ビへの移管と、水島工場での生産打ち切りによる祖業からの撤退 1995年 日本ゼオン 塩ビ事業を切離し新第一塩ビへ移管 1990年 日本ゼオン 水島工場でシクロオレフィンポリマーの生産開始 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門の取得、日米欧3極生産体制の構築 1989年 日本ゼオン 英国BP Chemicalsのニトリルゴム部門を買収 1984年 日本ゼオン 高岡工場で水素化ニトリルゴムの生産開始 1971年 日本ゼオン 水島工場に自社技術GPI法のイソプレン抽出プラント完成 1965年 日本ゼオン 徳山工場完成、自社技術GPB法によるブタジエンの生産開始 1959年 日本ゼオン 川崎工場完成、合成ゴムの生産開始と中央研究所開設 1950年 日本ゼオン B.F.グッドリッチ・ケミカルとの合弁による日本ゼオンの設立と塩化ビニル樹脂の国産化
- 三越 2008年 三越 伊勢丹との共同株式移転により三越伊勢丹HDを設立 2007年 三越 伊勢丹との共同持株会社の設立に合意 2005年 三越 横浜・大阪・枚方・倉敷4店の同時閉鎖と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 1999年 三越 子会社の累損引当などで364億円の特別損失を計上 1999年 三越 上場以来初の無配に転落 1988年 三越 「拡・百貨店」路線の採用と、土地取得だけで580億円を投じたゴルフ場開発 1986年 三越 坂倉芳明氏が社長に就任 1982年 三越 岡田茂氏を社長から解任 1979年 三越 公正取引委員会から排除勧告 1973年 三越 三井グループの社長会「二木会」に加盟 1957年 三越 池袋店を開店 1945年 三越 銀座店・高松店・仙台店が空襲により焼失 1904年 三越 座売りの全廃による陳列販売への転換と、デパートメントストア宣言 1683年 三越 「現銀掛値なし」の商法を開始
- 大和工業 2020年 大和工業 ポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を取得 2020年 大和工業 ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化 2013年 大和工業 ユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)がスルブカンパニーBSC(c)に商号変更 2007年 大和工業 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを子会社化 2003年 大和工業 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 1992年 大和工業 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立 1989年 大和工業 住友商事グループと合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLCを設立 1987年 大和工業 米ニューコアとの合弁ニューコア・ヤマト・スチール設立による北米H形鋼事業への進出 1978年 大和工業 2号連続鋳造設備稼働 1968年 大和工業 厚板生産を廃止し鍛造部門を強化 1956年 大和工業 須鎗航空兵器の跡地を買収し仁豊野工場として鋼塊製造を開始 1945年 大和工業 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 1944年 大和工業 川西航空機の協力工場として創立
- 三菱樹脂 2017年 三菱樹脂 三菱化学・三菱レイヨンとの統合により三菱ケミカルが発足 2012年 三菱樹脂 創業以来の主力だった管材事業を積水化学工業へ譲渡 2008年 三菱樹脂 三菱化学グループ3社との合併と、三菱化学の機能材料事業の承継 2008年 三菱樹脂 三菱化学の機能材料事業を会社分割により承継 2007年 三菱樹脂 三菱ケミカルHDが株式交換により三菱樹脂を完全子会社化 1997年 三菱樹脂 羽生プラスチックと虎姫プラスチックを子会社化 1989年 三菱樹脂 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、三菱商事との共同出資会社の設立 1976年 三菱樹脂 菱樹化工を設立 1966年 三菱樹脂 エンジニアリングプラスチック分野に参入 1958年 三菱樹脂 ゴム部門を完全に閉鎖して合成樹脂製品の専業となり、社名を長浜樹脂に変更 1948年 三菱樹脂 塩化ビニル樹脂の加工に着手 1946年 三菱樹脂 三菱化成工業から分離独立
- 三井化学 2026年 三井化学 市村聡が代表取締役社長に就任予定 2020年 三井化学 SKC Co. Ltd.とポリウレタン材料事業を統合 2018年 三井化学 Heraeus Kulzerの歯科材料事業を買収 2012年 三井化学 初の連結純損失計上 2005年 三井化学 出光興産とのJVプライムポリマーを設立 2003年 三井化学 三井化学と住友化学の経営統合(2003年破談) 1997年 三井化学 三井東圧化学と合併し三井化学に商号変更 1985年 三井化学 エチレンの浮島集約と「超石油化学」ビジョン ── 汎用石化からの脱却宣言 1984年 三井化学 構造改革によりエチレン設備を大幅縮小 1976年 三井化学 独自触媒技術によるポリオレフィン技術を確立 1968年 三井化学 東洋高圧工業が三井化学工業を吸収合併し三井東圧化学に商号変更 1955年 三井化学 三井石油化学工業を設立 1941年 三井化学 三井化学工業設立
- ホクト 2024年 ホクト 柳原きのこセンターを閉鎖 2017年 ホクト サン・メディカとMushroom Wisdom,Inc.を完全子会社化 2013年 ホクト アーデンを完全子会社化 2011年 ホクト 台灣北斗生技股份有限公司を設立 2006年 ホクト HOKTO KINOKO COMPANYを設立 2004年 ホクト 化成品部門を分社化しホクト産業を設立 2001年 ホクト まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 1999年 ホクト エリンギ新品種ホクトPLE-2号を開発 1990年 ホクト ぶなしめじ新品種ホクト5号菌を開発 1989年 ホクト きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 1986年 ホクト えのきたけ新品種ホクトM-50を開発 1983年 ホクト きのこ総合研究所を設置 1972年 ホクト ホクト産業に商号変更 1968年 ホクト きのこ栽培用ポリプロピレンビンの製造を開始
- 山水電気 2014年 山水電気 東京地方裁判所から破産手続開始の決定を受ける 2012年 山水電気 東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請 2001年 山水電気 山水電気の福島工場閉鎖による自社生産からの撤退 2001年 山水電気 香港・グランデ・グループの資本参加を受ける 2000年 山水電気 アカイHDが現地裁判所から清算決定 1992年 山水電気 セミ=テック・グループの資本参加を受ける 1989年 山水電気 山水電気の英ポリーペックへの株式51%譲渡 1989年 山水電気 ポリーペック・インターナショナル・ピーエルシーの子会社に 1972年 山水電気 山水音響とサンスイ・ステレオを吸収合併 1968年 山水電気 サンスイ・トランスとサンスイ音響が合併し山水音響に 1954年 山水電気 ステレオアンプの生産を開始 1947年 山水電気 山水電気製作所を改組し山水電気を設立
- 竹内製作所 2023年 竹内製作所 青木工場を新設 2018年 竹内製作所 撹拌機事業をエムケー精工へ譲渡 2002年 竹内製作所 JASDAQ登録・上場による同族非公開企業から公開企業への移行 1998年 竹内製作所 ISO9001の認証を取得(ショベル・クローラーキャリアの設計・製造) 1986年 竹内製作所 クローラーローダーを開発し生産を開始 1979年 竹内製作所 米国現地法人の設立と、円高下でも引き揚げなかった北米残留 1978年 竹内製作所 OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 1976年 竹内製作所 双信工業より営業譲渡を受け撹拌機事業に参入 1963年 竹内製作所 竹内製作所を設立し自動車部品下請を開始
- 日清食品HD 2017年 日清食品HD 日清食品有限公司が香港証券取引所メインボード市場に株式を上場 2014年 日清食品HD ぼんちに資本参加。(注1) 2008年 日清食品HD 持株会社制に移行 2006年 日清食品HD 明星食品の買収——スティール・パートナーズの敵対的TOBに対するホワイトナイト参戦 1994年 日清食品HD 中国内の第一号の生産基地として、珠海市金海岸永南食品有限公司が操業開始。(注1) 1989年 日清食品HD ベアトリースフーズCo.,(HK)Ltd.に資本参加。(注1) 1971年 日清食品HD カップヌードル発売による即席麺の再発明 1970年 日清食品HD カリフォルニア州ガーデナ市にニッシンフーズ(U.S.A.)Co.,Inc.を設立。(注1) 1962年 日清食品HD チキンラーメンの発明と、特許を武器にした即席麺市場の主導権確立 1962年 日清食品HD エース食品に証拠保全を申請 1958年 日清食品HD 瞬間油熱乾燥法の即席袋めん(「チキンラーメン」)を開発 1949年 日清食品HD サンシー殖産に商号変更、本店を移転
- 三井物産 2025年 三井物産 Rhodes Ridge鉄鉱石プロジェクトへの参画を決定 2023年 三井物産 連結収益14兆3064億円、当期利益1兆1306億円 2016年 三井物産 当期純損失834億円を計上 2014年 三井物産 IFRS適用初年度、収益11兆1554億円 2002年 三井物産 国後島の不正入札と排ガスデータ捏造を受けた、内部統制の作り直し 1994年 三井物産 サハリンⅡ石油・天然ガス開発契約(生産分与契約)調印 1990年 三井物産 イラン化学開発の清算完了によりイラン石油化学プロジェクトが終結 1976年 三井物産 イラン石油化学(IJPC)への参画と、撤退できなかった巨大プロジェクト 1971年 三井物産 アブダビ・ダス島LNG開発基本協定調印 1966年 三井物産 Mount Newman鉄鉱石長期契約締結 1959年 三井物産 室町物産との商号争いと、四年七カ月遅れた一九五九年の大合同 1947年 三井物産 過度経済力集中排除法により旧三井物産が解散 1876年 三井物産 三井物産創業——益田孝氏が無資本で興した商社と、解体・再結集の二層構造
- 日本軽金属HD 2026年 日本軽金属HD 朝来野修一氏が社長に就任 2024年 日本軽金属HD 箔事業の経営統合を中止し統合基本契約を解約 2023年 日本軽金属HD 品質不適切行為に関する特別調査委員会の報告書を公表 2012年 日本軽金属HD 株式移転により日本軽金属ホールディングスを設立し上場 2010年 日本軽金属HD 新日軽の全株式を住生活グループへ譲渡 2002年 日本軽金属HD 事業の一部を日軽金アクトなど3社へ営業譲渡・承継 2001年 日本軽金属HD 横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換 2000年 日本軽金属HD 新日軽を株式交換により完全子会社化 1999年 日本軽金属HD 東洋アルミニウムを吸収合併 1996年 日本軽金属HD 東洋アルミニウム株式を追加取得し関連会社化 1989年 日本軽金属HD 苫小牧の製錬工場をすべて休止 1985年 日本軽金属HD 苫小牧工場のアルミニウム生産を全面停止 1978年 日本軽金属HD 日軽圧延を吸収合併 1975年 日本軽金属HD アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 1974年 日本軽金属HD 日軽アルミを吸収合併 1968年 日本軽金属HD 北海道苫小牧にアルミニウム製錬工場を着工 1963年 日本軽金属HD いすゞ自動車との折半出資で日本フルハーフを設立 1952年 日本軽金属HD カナダのアルミニウム・リミテッドとの資本および技術の援助契約の締結と、同社による増資新株の引き受け 1941年 日本軽金属HD 清水工場でアルミナの生産開始 1939年 日本軽金属HD 古河電気工業と東京電燈の共同出資により日本軽金属を設立
- 三井金属 2025年 三井金属 商号を三井金属に変更 2021年 三井金属 チリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡 2014年 三井金属 チリ・カセロネス銅鉱山が本格操業開始 2001年 三井金属 神岡鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABなど電子材料への事業転換 2000年 三井金属 日鉱金属と共同でパンパシフィック・カッパーを設立 1999年 三井金属 本社を移転 1989年 三井金属 半導体向けTABテープの製造子会社を設立 1978年 三井金属 神岡鉱山で段階的に規模縮小 1972年 三井金属 イタイイタイ病控訴審敗訴後の賠償受諾と公害防止協定・土壌復元の締結 1968年 三井金属 日比共同製錬を設立 1950年 三井金属 三井鉱山からの金属部門の分離独立と神岡鉱業の創立、東京証券取引所への上場 1943年 三井金属 昭和鉱業から日比製煉工場・竹原電煉工場を買収 1928年 三井金属 鈴木商店経営の彦島亜鉛製煉工場を買収
- シチズン時計 2025年 シチズン時計 大治良高が代表取締役社長に就任 2021年 シチズン時計 営業損失▲96億円・純損失▲252億円 2019年 シチズン時計 佐藤敏彦が代表取締役社長に就任 2013年 シチズン時計 純損失▲89億円(デバイス事業減損) 2009年 シチズン時計 純損失▲258億円に転落 2008年 シチズン時計 Bulova Corporationの株式を取得 2007年 シチズン時計 電子デバイスの選択と集中、携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルからの撤退 1986年 シチズン時計 腕時計の生産量で世界シェア1位 1976年 シチズン時計 腕時計の心臓部であるムーブメントを他社へ売る外販に踏み切り量産で世界一を取った戦略 1964年 シチズン時計 事務用機器の生産を開始 1959年 シチズン時計 御代田精密を設立 1946年 シチズン時計 軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用、腕時計専業への復帰 1946年 シチズン時計 腕時計専業へ復帰 1941年 シチズン時計 日東精機を合併し工作機械生産開始
- 三菱鉛筆 2025年 三菱鉛筆 インドに UNI LINC INDIA を設立 2024年 三菱鉛筆 ドイツの筆記具メーカー C. Josef Lamy を買収 2019年 三菱鉛筆 北米に uni Mitsubishi Pencil North America を設立 2014年 三菱鉛筆 三菱鉛筆関西販売が岡山香川販売を合併 2006年 三菱鉛筆 摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化 2002年 三菱鉛筆 英国 ROYAL SOVEREIGN を売却 1990年 三菱鉛筆 英国 ROYAL SOVEREIGN を買収 1986年 三菱鉛筆 創業100年 1973年 三菱鉛筆 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英ROYAL SOVEREIGNの買収・売却 1967年 三菱鉛筆 大阪支店を設置 1952年 三菱鉛筆 商品名にそろえ社名を三菱鉛筆へ変更 1925年 三菱鉛筆 大和鉛筆と合併し眞崎大和鉛筆を設立 1903年 三菱鉛筆 逓信省指定の局用鉛筆の商標として「三菱」のマークを登録 1887年 三菱鉛筆 眞崎鉛筆製造所の創業と、輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録
- ニチロ 2007年 ニチロ マルハグループ本社と経営統合 2003年 ニチロ 冷凍食品製造販売のアクリフーズを子会社化 2001年 ニチロ 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 1990年 ニチロ 商号をニチロに変更 1988年 ニチロ 母船式サケ・マス事業八社共同経営による一船団出漁 1979年 ニチロ 米国のピーターパン・シーフーズを子会社化 1977年 ニチロ 二百カイリ規制下での北洋漁業の縮小と、陸上加工・畜産加工への転換 1968年 ニチロ 宮畜産を子会社化 1952年 ニチロ 北洋母船式サケ・マス漁業を再開 1945年 ニチロ 終戦により在外全資産を喪失 1921年 ニチロ 輸出食品・勘察加漁業・日魯漁業の三社が合併 1914年 ニチロ 北洋サケ・マス漁場の取得と、米国式缶詰機械によるサケ缶詰の量産化
- サイゼリヤ 2025年 サイゼリヤ 朝食業態「朝サイゼ」を開始 2023年 サイゼリヤ 売上高は過去最高・利益は下方修正へ 2019年 サイゼリヤ 国内外店舗数1500店舗を達成 2013年 サイゼリヤ 新業態で店舗開発(のちに撤退決定) 2003年 サイゼリヤ 中国・上海への進出による低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転 1995年 サイゼリヤ 広告宣伝に注力しない体制へ 1981年 サイゼリヤ ショッピングセンター業態に参入 1975年 サイゼリヤ 全品半額への値下げと低価格イタリア料理チェーンへの業態転換 1973年 サイゼリヤ イタリアンレストラン「サイゼリヤ」の経営を開始 1967年 サイゼリヤ 正垣泰彦氏が飲食店を個人開業
- ツガミ 2024年 ツガミ 津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併 2010年 ツガミ TSUGAMI KOREA CO.,LTD.を設立 2003年 ツガミ 浙江省への津上精密机床設立による中国生産シフト 1991年 ツガミ 工作機械製造会社ウェルドン社を買収(WMTコーポレーションに商号変更) 1989年 ツガミ TSUGAMI(THAI)CO.,LTD.を設立 1975年 ツガミ 茨城工場を閉鎖・売却 1961年 ツガミ 三井へ手放した初代の後身・東洋精機を吸収合併し、茨城工場として取り込む 1954年 ツガミ 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替えと、津上退助氏の社長復帰 1945年 ツガミ 津上精密工学工業を吸収合併し信州工場に
- 三機工業 2025年 三機工業 創立100周年、経営ビジョン"MIRAI 2030"と中期経営計画2027を発表 2022年 三機工業 東京証券取引所プライム市場へ移行 2019年 三機工業 機械システム事業の主力生産拠点「大和プロダクトセンター」を本格稼働 2011年 三機工業 東京都中央区明石町に本店を移転 2007年 三機工業 受注拡大策の撤回と、規模に見合った採算重視受注への転換 2006年 三機工業 オーストリアの散気装置製造・販売会社AQUACONSULT Anlagenbau GmbHの経営権を取得 1990年 三機工業 環境システム子会社サンキ環境サービスを設立 1982年 三機工業 神奈川県大和市に技術研究所を建設 1973年 三機工業 三井軽金属加工に窓枠部門の営業を譲渡 1960年 三機工業 鋼管部門の分離と、富士三機鋼管株式の富士製鉄への売却 1958年 三機工業 資本金が10億円を超える 1949年 三機工業 企業再建整備法に基づき旧三機工業の第二会社として設立 1933年 三機工業 日本鋼材の経営権掌握と三建工業の合併 1925年 三機工業 旧三井物産機械部を母体に三機工業を創立(資本金50万円、従業員12名)
- ふくおかFG 2023年 ふくおかFG 福岡中央銀行との株式交換を行い、福岡中央銀行を完全子会社化 2021年 ふくおかFG みんなの銀行開業 2019年 ふくおかFG 十八銀行との株式交換を行い、十八銀行を完全子会社化 2017年 ふくおかFG 純損失▲543億円に転落 2014年 ふくおかFG 柴戸隆成氏が社長に就任 2007年 ふくおかFG 福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転による持株会社の設立と、親和銀行の完全子会社化 2007年 ふくおかFG 親和銀行を完全子会社化する経営統合を実施 2006年 ふくおかFG 福岡銀行と熊本ファミリー銀行が業務・資本提携の基本合意書を締結 1995年 ふくおかFG プレミアム金利付き定期預金「OH!ホークス」発売 1986年 ふくおかFG ニューヨーク駐在員事務所開設 1978年 ふくおかFG 東京証券取引所・大阪証券取引所第2部に上場 1967年 ふくおかFG 第3次長期計画開始 1955年 ふくおかFG 日本銀行考査役・蟻川五二郎氏の頭取招聘と、4代続く日銀出身頭取の体制 1945年 ふくおかFG 一県一行主義による県内4行の新立合併と福岡銀行の設立
- YKK 2003年 YKK 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2002年 YKK 株式交換によるYKK APの完全子会社化 1994年 YKK YKKに商号変更 1991年 YKK アジア子会社を統括するYKKホールディング・アジアを設立 1988年 YKK 欧州子会社を統括するYKKヨーロッパを設立 1987年 YKK 米国子会社を統括するYKKコーポレーションを設立 1979年 YKK 豪州のアルミ製錬事業ボインスメルターズへ参画 1961年 YKK 生地工場でアルミ建材の製造を開始 1959年 YKK 余ったアルミ合金を使うためのアルミサッシ参入 1959年 YKK ニュージーランドに初の海外子会社を設立 1957年 YKK 販売会社の吉田商事(現YKK AP)を設立 1949年 YKK 資本金の60倍を投じた米国製自動植え付け機の輸入 1946年 YKK 商標YKKの制定 1934年 YKK 吉田忠雄氏がファスナーを商うサンエス商会を東京日本橋に創業
- アズビル 2025年 アズビル アズビルベトナムプロダクションを設立 2024年 アズビル アズビルテルスターを Syntegon へ譲渡 2019年 アズビル 湘南工場に新生産棟稼働、首都圏生産機能を集約 2012年 アズビル アズビルに商号変更 2008年 アズビル 金門製作所を株式交換で完全子会社化 2002年 アズビル ハネウエル保有株1,099万株の自己株式取得と、49年続いた資本関係の解消 1990年 アズビル ハネウエルの出資比率が50%から24.15%へ低下 1974年 アズビル 太信に出資 1963年 アズビル 山武計装を設立、空調計装工事事業に参入 1953年 アズビル 米ハネウエルとの50対50の資本提携と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括技術導入 1949年 アズビル 企業再建整備法により山武計器を新設 1933年 アズビル 輸入商から計器メーカーへの業態転換と、大森への山武商会計器製作所の開設 1932年 アズビル 化と工業計器の自社組立開始
- ブルドックソース 2025年 ブルドックソース 鳩ケ谷工場売却 2023年 ブルドックソース 鳩ケ谷工場生産終了 2019年 ブルドックソース サンフーズを子会社化 2007年 ブルドックソース スティール・パートナーズのTOBに対する新株予約権無償割当による買収防衛策の発動 2005年 ブルドックソース イカリソースが更生会社イカリソースの営業を譲受 1998年 ブルドックソース 館林工場を新設(第1期工事) 1985年 ブルドックソース 子会社サンワフーズを設立 1976年 ブルドックソース 本社社屋新築 1962年 ブルドックソース 社名をブルドックソースに商号変更 1954年 ブルドックソース 会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着 1905年 ブルドックソース ソースの製造販売を開始
- パイロットコーポレーション 2023年 パイロットコーポレーション マークスグループ・HD・子会社マークスを子会社化 2021年 パイロットコーポレーション パイロットインキの玩具事業を会社分割により承継 2019年 パイロットコーポレーション 本社ビルを建替え 2003年 パイロットコーポレーション パイロットを吸収合併し社名をパイロットコーポレーションに商号変更 2002年 パイロットコーポレーション 3社共同の株式移転による持株会社の設立と、事業会社の吸収合併によるグループ一体化 1999年 パイロットコーポレーション パイロット伊勢崎第二工場を新設 1989年 パイロットコーポレーション パイロット萬年筆をパイロットに商号変更 1972年 パイロットコーポレーション 貴金属・宝飾品類製造・販売開始 1961年 パイロットコーポレーション ボールペン製造・販売開始 1950年 パイロットコーポレーション 名古屋インキ工場の分離独立によるパイロットインキの設立 1927年 パイロットコーポレーション シャープペンシル製造・販売開始
- 住友電工 2025年 住友電工 住友電設売却・住友理工完全子会社化を公表 2023年 住友電工 日新電機・テクノアソシエを完全子会社化 2019年 住友電工 茨城製作所を開設、テクノアソシエを子会社化 2014年 住友電工 ジェイ・パワーシステムズを完全子会社化、住電日立ケーブルを子会社化 2009年 住友電工 リーマンショックで営業利益が急減 2007年 住友電工 住友電装を完全子会社化、日新電機を子会社化 2006年 住友電工 独ワイヤーハーネスメーカーの買収と住友電装の完全子会社化 1999年 住友電工 ブレーキ・ABS事業を住友電工ブレーキシステムズに営業譲渡 1986年 住友電工 スミトモ エレクトリック ワイヤリング システムズを設立 1974年 住友電工 光ファイバ・ケーブルの製造開始 1969年 住友電工 FPC(フレキシブルプリント回路)の製造開始 1953年 住友電工 太陽電設工業に資本参加 1931年 住友電工 イゲタロイ(超硬工具)製造開始、東海電線に資本参加 1911年 住友電工 住友伸銅場からの電線製造業の分離と住友電線製造所の設置 1897年 住友電工 住友本店による日本製銅の買収と住友伸銅場の開設、銅線製造の開始
- 明治HD 2025年 明治HD 松田克也氏が社長に就任 2024年 明治HD コスタイベ(レプリコンワクチン)の風評被害が顕在化 2018年 明治HD KMバイオロジクスを子会社化 2011年 明治HD グループ再編完了・明治製菓がMeiji Seikaファルマに商号変更 2008年 明治HD 明治製菓と明治乳業の経営統合、持株会社・明治ホールディングスの設立 1990年 明治HD ボーデンとの20年間の提携を解消 1980年 明治HD 菓子部門が初の大幅赤字を計上 1975年 明治HD きのこの山を発売 1968年 明治HD スナック菓子「カール」を発売 1958年 明治HD カナマイシンを発売 1946年 明治HD ペニシリンの製造を開始 1940年 明治HD 明治乳業を発足
- ダイセル 2020年 ダイセル ポリプラスチックスを完全子会社化 2018年 ダイセル Daicel Safety Systems India Pvt. Ltd.を設立 2012年 ダイセル Special Devices, Inc.を買収 2008年 ダイセル ダイセル式生産革新(SPS)の確立と全社展開 1990年 ダイセル 網干工場で液晶用フィルム酢酸セルロース・アセテートトウの製造を開始 1989年 ダイセル Daicel Chemical (Asia) Pte. Ltd.(現Daicel (Asia) Pte. Ltd.)設立 1979年 ダイセル 商号をダイセル化学工業に商号変更 1964年 ダイセル Celanese Corporationとの合弁でポリプラスチックスを設立 1958年 ダイセル 堺工場(大阪府、2008年3月廃止)において、アセテート・トウの製造開始 1934年 ダイセル 写真フィルム部を分離、富士写真フイルム設立 1919年 ダイセル 大日本セルロイドとして創立
- セーレン 2022年 セーレン 東京証券取引所プライム市場に移行 2019年 セーレン ケイ・エス・ティ・ワールドを子会社化 2014年 セーレン Viscotec Mexico S.A. de C.V.を設立 2005年 セーレン KBセーレンを設立しカネボウ繊維事業の営業を譲受 2003年 セーレン 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 2001年 セーレン Viscotec Automotive Products LLCを設立 1998年 セーレン Viscotec U.S.A. LLCを設立 1989年 セーレン デプロを設立 1970年 セーレン セーレン電子を設立 1969年 セーレン 東京証券取引所市場第二部に上場 1923年 セーレン 前身5社の統合により福井精練加工を設立
- 中外製薬 2023年 中外製薬 富士御殿場研究所と鎌倉研究所を閉鎖 2015年 中外製薬 海外子会社を再編 2014年 中外製薬 日健中外製薬を設立 2005年 中外製薬 鏡石工場と東北中外製薬をニプロに譲渡 2002年 中外製薬 スイス・ロシュとの資本業務提携と経営権の過半譲渡 2002年 中外製薬 ジェン・プローブをスピンオフ 1991年 中外製薬 バイオ製剤「ノイトロジン」を発売 1990年 中外製薬 ローヌ・プーランと合弁・中外ローヌ・プーラン設立 1989年 中外製薬 ジェンブローブ社を買収(DNA診断薬) 1971年 中外製薬 臨床検査薬に参入 1966年 中外製薬 無配転落・早期退職者を募集 1951年 中外製薬 解毒剤「グロンサン」の発売 1927年 中外製薬 医薬品製造に着手
- 日鉄ソリューションズ 2024年 日鉄ソリューションズ テックスエンジソリューションズを完全子会社化 2019年 日鉄ソリューションズ 社名を「日鉄ソリューションズ」に変更 2012年 日鉄ソリューションズ 新日鐵住金の発足に合わせ、社名を「新日鉄住金ソリューションズ」に変更 2008年 日鉄ソリューションズ 金融エンジニアリング・グループの全株式を取得 2001年 日鉄ソリューションズ 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 1995年 日鉄ソリューションズ 通商産業省「特定システムオペレーション企業」に認定 1988年 日鉄ソリューションズ 新日本製鐵の情報通信システム部門の事業を譲受
- NSD 2023年 NSD アートHDを子会社化 2019年 NSD NSD‐DXテクノロジーを設立 2012年 NSD NSD International, Inc.を米国・ニューヨーク州に設立 2001年 NSD 地域計算センター・福島総合計算センター(現・FSK)の子会社化と運用受託部門の分社 1999年 NSD 東京証券取引所市場第一部に上場 1988年 NSD 大阪証券取引所市場第二部に上場 1977年 NSD 営業所を開設 1969年 NSD 日本システムディベロップメントとして設立
- NTTドコモ 2020年 NTTドコモ 日本電信電話が公開買付けによる完全子会社化を発表 2020年 NTTドコモ 井伊基之氏が社長に就任 2018年 NTTドコモ 最大4000億円の顧客還元を発表 2015年 NTTドコモ 「NOTTV」からの撤退を決定 2013年 NTTドコモ iPhoneの取り扱いを開始 2010年 NTTドコモ LTEサービスを開始 2008年 NTTドコモ 地域ドコモ8社を吸収合併 2004年 NTTドコモ AT&T Wireless株を売却 2000年 NTTドコモ iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資 1999年 NTTドコモ 「iモード」のサービスを開始 1999年 NTTドコモ 日本電信電話が純粋持株会社体制に移行
- ヤオハン 2019年 ヤオハン 創業家の和田一夫氏が逝去 2002年 ヤオハン マックスバリュ東海に商号変更 2000年 ヤオハン ヤオハンに商号変更 1997年 ヤオハン 転換社債の自力償還が行き詰まり、1997年9月の会社更生法申請へ——上場大手小売の破綻 1997年 ヤオハン 資金繰り危機下で主力16店をダイエーへ売却——熱海の高収益店を含む稼ぎ頭の手放し 1997年 ヤオハン 会社更生下の再建スポンサーにジャスコを迎えた選択——競合へ主力店を手放した末の存続策 1989年 ヤオハン 海外店舗が22店に到達 1986年 ヤオハン ワラント債・転換社債による資金調達を開始 1977年 ヤオハン ブラジルヤオハンが破綻 1974年 ヤオハン 1号店を開店 1962年 ヤオハン 和田一夫氏が社長に就任 1956年 ヤオハン 現金正札廉価販売を導入 1930年 ヤオハン 八百半熱海支店を創業
- KDD 2000年 KDD 第二電電・日本移動通信と合併して解散 1998年 KDD 国際電信電話株式会社法の廃止と特殊会社からの離脱 1998年 KDD 日本高速通信(テレウェイ)の吸収合併と、商号のKDD株式会社への変更 1997年 KDD ルートKDDの国内延伸による企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1980年 KDD 山一証券取締役相談役だった日高輝氏が会長に就任 1979年 KDD 貴金属の密輸と過剰接待が発覚(KDD事件) 1953年 KDD 国際電信電話が発足
- キーエンス 2023年 キーエンス 過去最高益を達成 2019年 キーエンス 中田有氏が代表取締役社長に就任 2010年 キーエンス 山本社長が就任。グローバル展開を本格化 2009年 キーエンス ジャストシステムの株式取得 1995年 キーエンス 直販とファブレスによる高粗利モデルの確立 1995年 キーエンス 直販とファブレスによる高粗利モデルを説明 1991年 キーエンス 営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事 1989年 キーエンス 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1982年 キーエンス センサに集中投資。切断機から事業撤退 1974年 キーエンス 交流磁界センサに参入 1972年 キーエンス キーエンス創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業へ
- 日本移動通信 2000年 日本移動通信 第二電電に吸収合併され解散 1999年 日本移動通信 cdmaOneへの全面転換と、DDIセルラーグループとの「au」ブランド統一 1998年 日本移動通信 トヨタ自動車が出資比率を引き上げ子会社化 1997年 日本移動通信 DDIセルラーグループとの次世代携帯電話における全面提携と、CDMA方式の共同採用 1989年 日本移動通信 日米電気通信交渉を受けてモトローラ方式の首都圏導入を引き受ける 1988年 日本移動通信 開業時の無線方式へのNTT大容量方式の採用と、TACS方式の不採用 1987年 日本移動通信 日本移動通信を設立
- アスキー 2002年 アスキー 90パーセント減資とユニゾン・キャピタルへの第三者割当増資により上場廃止 2001年 アスキー 西和彦氏が取締役を退任し特別顧問に就任 1998年 アスキー CSKグループからの95億円の第三者割当増資の受け入れ 1998年 アスキー 特別損失455億円を計上し132億円の債務超過に転落 1991年 アスキー 映画・地域開発を含む拡大路線の採用と、創業メンバー2名の退任 1987年 アスキー 西和彦氏が社長に就任 1986年 アスキー マイクロソフトとの極東総代理店契約を解消 1983年 アスキー パソコン統一規格「MSX」の提唱と国産メーカーの結集 1977年 アスキー 西和彦氏ら3名がアスキー出版を設立
- 三洋証券 2009年 三洋証券 3月25日、破産手続が終結し法人が消滅 1999年 三洋証券 12月28日、破産宣告を受ける 1997年 三洋証券 救済合併でも自主廃業でもなく、会社更生法の適用を申請したこと 1994年 三洋証券 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 1988年 三洋証券 資本金に匹敵する300億円を投じた、世界最大の取引フロアの建設 1973年 三洋証券 総合証券会社に転換 1971年 三洋証券 江口證券と大一呉証券を吸収合併 1954年 三洋証券 野村證券との提携を強化 1949年 三洋証券 東京証券取引所の正会員に
- 第二電電 2000年 第二電電 KDD・日本移動通信と合併 2000年 第二電電 日本イリジウムが事業から撤退 1999年 第二電電 ツーカーセルラー東京・東海・ツーカーホン関西を子会社化 1994年 第二電電 PHS事業への参入と、地域別9社によるポケット電話会社の設立 1993年 第二電電 日本イリジウムの設立と米イリジウム社への218億円の出資、2000年の事業廃止 1987年 第二電電 移動体通信への参入と、全国8地域へのセルラー電話会社の分散設立、首都圏・中部圏の日本移動通信への割り当て受け入れ 1987年 第二電電 一般の市外電話サービスの営業を開始 1984年 第二電電 第二電電企画を設立
- キッコーマン 2024年 キッコーマン 理研ビタミンとの資本・業務提携を解消 2018年 キッコーマン グローバルビジョン2030を策定 2006年 キッコーマン 焼酎事業をサッポロビールに譲渡 1996年 キッコーマン プロダクト・マネジャー制を軸にした「守り」から「攻め」への方針転換 1995年 キッコーマン 米国流トップダウンへの意思決定様式の転換 1990年 キッコーマン デルモンテ商標の使用権を取得 1986年 キッコーマン 千歳工場を新設 1973年 キッコーマン 輸出から現地生産へ——米国ウィスコンシンでの醤油工場建設 1969年 キッコーマン JFCに経営参加 1962年 キッコーマン 利根コカ・コーラボトリングを設立 1957年 キッコーマン KIKKOMAN INTERNATIONAL, INC. を設立 1928年 キッコーマン 野田争議・解雇で収束 1917年 キッコーマン 野田醤油を設立
- セコム 2023年 セコム アルテリア・ネットワークスに資本参加 2019年 セコム 尾関一郎が代表取締役社長に就任 2012年 セコム アット東京を子会社化 2006年 セコム 能美防災を子会社化 1998年 セコム 東洋火災海上保険に資本参加 1994年 セコム 在宅医療への参入と「医経分離」への一石 1992年 セコム 「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制 1981年 セコム 日本初の家庭用安全システム「マイアラーム」を発売 1975年 セコム 世界初のコンピュータ安全システムCSSを確立 1966年 セコム 人海警備から機械警備へ——日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」 1962年 セコム セコム創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「SPアラーム」へ
- 日商岩井 2003年 日商岩井 株式移転でニチメン・日商岩井HDの完全子会社へ 1999年 日商岩井 6000億円の協調融資枠の受け入れと、有利子負債1兆円の圧縮 1998年 日商岩井 金融子会社エヌ・アイ・ファイナンスの整理と、特別損失1610億円の計上 1998年 日商岩井 8金融機関が6000億円の協調融資枠を供与 1983年 日商岩井 1983年3月期の売上高が8兆168億円に到達 1972年 日商岩井 半期取扱高が1兆円を突破 1968年 日商岩井 日商と岩井産業の合併による日商岩井の発足 1959年 日商岩井 米ボーイング社と日本総代理店契約を締結 1958年 日商岩井 落合豊一社長の死去により西川政一氏が社長に就任 1948年 日商岩井 日商が過度経済力集中排除法の適用対象に指定 1928年 日商岩井 鈴木商店の中堅社員39人が日商を設立 1862年 日商岩井 1862年の岩井文助商店の創業と、鈴木商店系・日商との合併による日商岩井の発足
- 山一證券 2005年 山一證券 破産手続が終了し法人が消滅 1998年 山一證券 全社員を解雇して営業を停止 1997年 山一證券 会社更生法の申請の見送りと、営業停止・自主廃業による全事業の終了 1991年 山一證券 営業特金で生じた含み損の飛ばしと、連結対象外会社を使った簿外への移し替え 1986年 山一證券 三菱重工業の転換社債をめぐる問題が社会問題化 1974年 山一證券 東京証券取引所第一部に指定替え 1966年 山一證券 新旧勘定分離により新会社を設立 1965年 山一證券 日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建 1964年 山一證券 1964年9月期決算で約34億5000万円の赤字を計上 1951年 山一證券 投資信託業務に参入 1943年 山一證券 小池証券と合併し新・山一證券が発足 1938年 山一證券 太田収氏が鐘淵紡績株の投機失敗で社長を辞任
- さくら銀行 2001年 さくら銀行 住友銀行と合併 1999年 さくら銀行 公的資金8000億円の注入を受け入れ 1998年 さくら銀行 三井グループ各社への総額約3000億円の緊急増資要請 1990年 さくら銀行 太陽神戸銀行との対等合併と、さくら銀行への商号変更 1986年 さくら銀行 審査・業務・国際・証券経理の4本部制を解体 1973年 さくら銀行 神戸銀行と太陽銀行が合併し太陽神戸銀行が発足した(のちの合併相手方) 1968年 さくら銀行 東都銀行を合併 1954年 さくら銀行 三井銀行に商号変更 1948年 さくら銀行 帝国銀行が第一銀行系の営業を分割譲渡して解散 1943年 さくら銀行 第一銀行との対等合併により帝国銀行が発足 1673年 さくら銀行 三井銀行創業——三井高利氏の越後屋「現銀掛値なし」から1876年の私立銀行第一号・三井銀行へ
- 三菱石油 1999年 三菱石油 日本石油に吸収合併され解散、日石三菱が発足 1997年 三菱石油 泉井事件の引責による山田菊男会長の辞任と、泉谷良彦社長の続投 1994年 三菱石油 ベトナム南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターによる原油探鉱への進出 1984年 三菱石油 三菱グループがゲッティ保有の三菱石油株50%を買い戻すことで合意 1984年 三菱石油 日本石油と業務提携を発表。元売13社が7グループ11社に集約された業界再編の一環 1954年 三菱石油 川崎製油所に溶剤脱蝋装置・溶剤精製装置・プラットフォーミング装置を導入 1949年 三菱石油 タイドウォーター・アソシエイテッド石油会社と外資提携契約を締結 1931年 三菱石油 米アソシエイテッド石油との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設 1929年 三菱石油 三菱3社と米アソシエイテッド石油会社が対等出資の会社設立基本契約を締結
- 横河電機 2024年 横河電機 中期経営計画GS2028を策定 2016年 横河電機 KBC Advancedを買収 2015年 横河電機 希望退職者を募集 2013年 横河電機 横河ソリューションサービスを発足 2003年 横河電機 国内グループ15工場を閉鎖 1999年 横河電機 米HPとの36年合弁の解消と日本HP持分の売却 1993年 横河電機 美川英二社長の「解雇なきリストラ」路線 1983年 横河電機 北辰電機と合併 1982年 横河電機 GEと合弁で横河メディカルシステムを設立 1975年 横河電機 総合制御システムCENTUMを公表 1963年 横河電機 横河ヒューレットパッカードを設立 1955年 横河電機 The Foxboro Companyと技術援助契約を締結 1945年 横河電機 従業員約1万名を削減
- 横浜FG 2025年 横浜FG L&Fアセットファイナンスを子会社化 2023年 横浜FG 横浜銀行が神奈川銀行を子会社化 2016年 横浜FG コンコルディア・フィナンシャルグループ設立 2014年 横浜FG 横浜銀行と東日本銀行が経営統合に基本合意 2004年 横浜FG 公的資金2200億円を完済 1999年 横浜FG 優先株式1000億円を発行 1996年 横浜FG 都銀に対抗する26エリア戦略と地理情報システムの導入 1991年 横浜FG 国際・証券部門の不振を受けたリテール重視・地元回帰への転換 1989年 横浜FG 第3次オンラインシステム操業開始 1979年 横浜FG 第2次オンラインシステム操業開始 1969年 横浜FG 地方銀行の預金量で全国首位に 1957年 横浜FG 横浜銀行に行名変更 1941年 横浜FG 県内6行と一挙に合同 1927年 横浜FG 左右田銀行と合同
- 東京応化工業 2025年 東京応化工業 micro resist technology GmbHを完全子会社化 2023年 東京応化工業 装置事業をAIメカテックに譲渡 2014年 東京応化工業 台湾東應化社銅鑼(トンロー)工場を新設 2006年 東京応化工業 OHKA AMERICA, INC.の社名をTOKYO OHKA KOGYO AMERICA, INC.に変更 1992年 東京応化工業 米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築 1986年 東京応化工業 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 1984年 東京応化工業 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、フォトレジストへの資源集中 1972年 東京応化工業 OFPR-2(国産初の半導体用ポジ型フォトレジスト)を開発 1962年 東京応化工業 TPR(プリント基板用フォトレジスト)の製造を開始 1936年 東京応化工業 東京市品川区に東京応化研究所を設立し精製水酸化カリウムの製造を開始
- タカラトミー 2008年 タカラトミー インデックス・HDとの業務提携を発表・第三者割当増資を引受け 2007年 タカラトミー TPGとの戦略的資本・事業提携を発表 1998年 タカラトミー ハスブロ社より同社・同社グループ商品の日本における独占的販売権を取得 1992年 タカラトミー シンガポール生産からの撤退——好調なうちに畳み、技術拠点へ転換する 1989年 タカラトミー 円高危機からの「第2幕」——2工場閉鎖と製造分社によるトミー工業の経営再編 1980年 タカラトミー 「自分で作ったものは自分で売る」——直接進出によるミニ多国籍企業化 1977年 タカラトミー 本社ビル本館を新築 1961年 タカラトミー プラスチック・レールを使用した鉄道玩具「プラレール」を発売 1959年 タカラトミー 営業部門を分離独立、販売子会社富山商事を設立
- 山之内製薬 2005年 山之内製薬 藤沢薬品工業と合併しアステラス製薬が発足 1991年 山之内製薬 アイルランドへの生産拠点設置と、欧州の生産販売網の自前構築 1989年 山之内製薬 筑波研究センターの開設と、バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資 1989年 山之内製薬 シャクリーを子会社化 1985年 山之内製薬 自社創製のH2ブロッカー「ガスター」の発売と、米メルク社への技術輸出 1974年 山之内製薬 高萩工場(合成工場)が完成 1968年 山之内製薬 焼津工場(製剤工場)が完成 1950年 山之内製薬 ロシュと業務提携 1937年 山之内製薬 日本初のスルファミン製剤ゲリゾン・アルバジルの製造に成功 1923年 山之内製薬 山内健二が大阪市で山之内薬品商会を創立
- 藤沢薬品工業 2005年 藤沢薬品工業 山之内製薬との合併によりアステラス製薬が発足 1998年 藤沢薬品工業 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1993年 藤沢薬品工業 1993年3月期に連結で初の赤字に転落 1993年 藤沢薬品工業 免疫抑制剤プログラフを日本で発売 1985年 藤沢薬品工業 トイレ用芳香剤ピコレットなど家庭用品20品目のライオンへの譲渡 1977年 藤沢薬品工業 抗生物質セファメジンへの集中と、主力薬効の抗生物質・神経系への絞り込み 1971年 藤沢薬品工業 抗生物質セファメジンを発売 1961年 藤沢薬品工業 非医薬品事業に参入 1958年 藤沢薬品工業 チオクト酸を日本で初めて治療薬として開発 1945年 藤沢薬品工業 敗戦により満州・朝鮮・中国の事業基盤を一挙に失う 1899年 藤沢薬品工業 仕入販売から製造へ移行
- 第一勧業銀行 2000年 第一勧業銀行 富士銀行・日本興業銀行との株式移転でみずほHDを設立 1997年 第一勧業銀行 総会屋関係先への融資と大蔵省検査時の隠蔽、経営陣の総退陣と総務部の廃止 1997年 第一勧業銀行 近藤克彦氏と奥田正司氏が退任を表明 1988年 第一勧業銀行 麹町支店の不正融資事件が発覚 1985年 第一勧業銀行 総務部が元出版社社長の紹介で小池嘉矩への融資を始める 1984年 第一勧業銀行 都市銀行初の消費者金融専門会社ハートファイナンスの設立と、取引先企業との提携ローンの導入 1971年 第一勧業銀行 第一銀行と日本勧業銀行の合併による第一勧業銀行の成立(1971年) 1969年 第一勧業銀行 三菱銀行との合併構想が表面化し1月13日に白紙還元 1952年 第一勧業銀行 日本勧業銀行が債券発行業務を停止 1948年 第一勧業銀行 帝国銀行から分離し第一銀行として再発足 1943年 第一勧業銀行 三井銀行と対等合併し帝国銀行が発足
- 住友銀行 2001年 住友銀行 さくら銀行と合併し三井住友銀行が発足 1999年 住友銀行 公的資金5010億円の注入を受ける。1998年度の不良債権処理額は1兆500億円 1998年 住友銀行 大和証券と業務提携で基本合意 1995年 住友銀行 1995年3月期における8000億円超の不良債権償却と、都市銀行初の経常赤字の計上 1986年 住友銀行 平和相互銀行の吸収合併と首都圏店舗網の取得 1986年 住友銀行 ゴールドマン・サックスに出資(1999年時点の出資比率は10%強) 1984年 住友銀行 スイスのゴッタルド銀行を買収 1977年 住友銀行 安宅産業の救済で負担した1132億円の全額償却 1968年 住友銀行 金融界で最初の総合オンライン化に着手 1952年 住友銀行 ニューヨーク支店を再開 1949年 住友銀行 東京・大阪の両証券取引所に上場
- 靴のマルトミ 2000年 靴のマルトミ 民事再生法の適用申請 1994年 靴のマルトミ 不採算180店の一括閉鎖と、3年で380店を閉じる経営改善計画 1987年 靴のマルトミ 直営店を独立採算の販売委託店へ切り替えた「オーナーシステム」の導入 1985年 靴のマルトミ 郊外おもちゃ専門店「BANBAN」の展開開始 1980年 靴のマルトミ 靴流通センターを全国展開 1975年 靴のマルトミ 都心100店のうち60店の閉鎖と、駐車場付き郊外ロードサイド店への転換 1965年 靴のマルトミ 従業員の不正が発覚 1950年 靴のマルトミ 丸富靴店を開業
- イトーヨーカ堂 2005年 イトーヨーカ堂 3社共同株式移転によりセブン&アイ・HDを設立 2001年 イトーヨーカ堂 アイワイバンク銀行を設立 1992年 イトーヨーカ堂 バブル期の不動産投資とエクイティファイナンスの見送り、手元現金の積み増し 1992年 イトーヨーカ堂 総会屋への利益供与事件の責任をとり伊藤雅俊氏が社長を辞任 1991年 イトーヨーカ堂 セブン-イレブン・ジャパンとともに7-Eleven, Inc.に資本参加 1982年 イトーヨーカ堂 業務改革(業革)の開始と、セブン-イレブン方式の単品管理・仮説検証の本体への導入 1973年 イトーヨーカ堂 THE SOUTHLAND CORPORATIONと業務提携 1973年 イトーヨーカ堂 ヨークセブンを設立 1972年 イトーヨーカ堂 商圏規模に比例させた店舗規模と、坪二十万〜三十万円の立地への出店 1967年 イトーヨーカ堂 本店を移転 1958年 イトーヨーカ堂 ヨーカ堂を設立 1948年 イトーヨーカ堂 伊藤譲を代表者として法人組織の羊華堂を設立
- カネカ 2024年 カネカ 北海道苫東工場を新設 2016年 カネカ セメダインを公開買付けによる株式取得により子会社化 2013年 カネカ 食品事業部門の販売会社4社をカネカ食品に再編 2009年 カネカ サンビックに追加出資し子会社化 1999年 カネカ 薄膜シリコン太陽電池事業に参入 1998年 カネカ カネカソーラーテックの設立と、薄膜シリコン太陽電池への100億円超の投資 1985年 カネカ 女性かつら直営会社フォンテーヌのアデランスへの譲渡と、人工毛カネカロンの素材供給への専念 1979年 カネカ 変成シリコーンポリマーの製造を開始 1977年 カネカ 医薬品バルク ユビデカレノン(コエンザイムQ10)の製造を開始 1967年 カネカ 塩ビモノマー原料のカーバイド法からの転換と、高砂へのオキシクロリネーション法設備の建設 1957年 カネカ アクリル系合成繊維「カネカロン」の製造を開始 1953年 カネカ 食品事業に参入 1949年 カネカ 鐘淵紡績から繊維部門以外の全事業を譲り受けて設立
- 三菱地所 2023年 三菱地所 吉田淳一社長が退任し会長へ、中島篤が代表執行役執行役社長に就任 2017年 三菱地所 吉田淳一が代表執行役執行役社長に就任 2013年 三菱地所 グランフロント大阪を開業 2009年 三菱地所 藤和不動産を完全子会社化 2008年 三菱地所 サンシャインシティ株式のTOBで子会社化 1995年 三菱地所 ロックフェラーセンター投資事業から撤退 1995年 三菱地所 初代丸ビルの建て替え計画を発表 1990年 三菱地所 米ロックフェラーグループへの資本参加と、5年後のロックフェラーセンター投資事業からの撤退 1989年 三菱地所 商業施設事業に参入 1988年 三菱地所 「丸の内マンハッタン化計画」の構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換 1983年 三菱地所 ホテル事業に参入 1973年 三菱地所 札幌・仙台・名古屋・大阪の4支店を開設 1968年 三菱地所 住宅供給事業に参入 1959年 三菱地所 丸ノ内総合改造計画の策定と、赤煉瓦街から9階建てビル街への建て替え 1953年 三菱地所 財閥解体による丸ノ内3分割と、3年後の陽和不動産・開東不動産の吸収合併 1950年 三菱地所 財閥解体により陽和・開東の2社を分離 1890年 三菱地所 三菱地所創業——入札ゼロの丸ノ内買収から日本最大の不動産会社へ
- 日本長期信用銀行 2000年 日本長期信用銀行 新生銀行へ行名を変更 1999年 日本長期信用銀行 リップルウッド陣営への譲渡が決定 1998年 日本長期信用銀行 特別公的管理により一時国有化 1997年 日本長期信用銀行 スイス銀行との業務・資本提携と投資銀行への転換、住友信託銀行への合併申し入れ 1989年 日本長期信用銀行 堀江鐵彌氏が頭取に就任 1987年 日本長期信用銀行 ムーディーズが長期債格付けを2段階引き下げ 1986年 日本長期信用銀行 イ・アイ・イ・インターナショナルとの取引開始と、1993年の支援打ち切り 1971年 日本長期信用銀行 杉浦敏介氏が頭取に就任し「三つのV」を掲げる 1967年 日本長期信用銀行 債券発行残高が1兆円を突破し10番目の一兆円銀行へ 1961年 日本長期信用銀行 政府保有の優先株式を利益消却で全額消却 1957年 日本長期信用銀行 債券一人一枚消化運動と割引債の販路拡大 1952年 日本長期信用銀行 電力・鉄鋼・海運・石炭への貸出5割の配分と、川崎製鉄・トヨタ自動車工業など後発企業への融資 1952年 日本長期信用銀行 長期信用銀行法にもとづき資本金7億5000万円で設立
- ダイワボウHD 2024年 ダイワボウHD 繊維事業(大和紡績)の株式の85.0%をアスパラントグループSPC11号へ譲渡 2011年 ダイワボウHD 関連会社のオーエム製作所を公開買付により子会社化 2008年 ダイワボウHD 関連会社のダイワボウ情報システムを公開買付により子会社化 2006年 ダイワボウHD 会社分割により全事業部門を4子会社に承継し純粋持株会社体制へ移行 1997年 ダイワボウHD ダイワボウ情報システムの東証2部上場と親子上場のねじれ 1982年 ダイワボウHD 繊維不況の打開策としてダイワボウ情報システムを設立し情報分野へ進出 1982年 ダイワボウHD 情報産業に参入 1971年 ダイワボウHD GKBIと合弁でP.T.Primatexco Indonesiaを設立 1952年 ダイワボウHD 本社を移転 1949年 ダイワボウHD 大和機械工業を設立 1941年 ダイワボウHD 紡績ブロック結成案に応じ4社合併で大和紡績を設立
- 三共 2005年 三共 株式移転により第一製薬との共同持株会社 第一三共を設立 2000年 三共 河村喜典氏が長男の脅迫事件で引責辞任 1997年 三共 糖尿病薬ノスカールの国際展開と「第二の柱」戦略の挫折 1997年 三共 ノスカールの販売を自主停止 1989年 三共 青かびの一株から18年かけてメバロチンを世に出した判断 1975年 三共 河村喜典氏が社長に就任 1961年 三共 上位株主が三菱信託銀行を筆頭とする信託銀行4行に入れ替わる 1953年 三共 東西両代理店制から直売制へ切替 1950年 三共 日本曹達の医薬品部門を全面的に継承 1949年 三共 企業合理化により人員整理と体温計事業の分離を断行 1905年 三共 自家生産に着手 1899年 三共 タカヂアスターゼの試売を引き受け、薬種問屋によらずに新薬業を興した判断
- ミノルタ 2003年 ミノルタ コニカと経営統合しコニカミノルタHDが発足 2001年 ミノルタ 繰越損失215億円・有利子負債2,500億円弱を計上 1992年 ミノルタ ハネウェル特許訴訟での陪審評決と、控訴を見送っての1億2,750万ドルでの和解 1987年 ミノルタ ハネウェルからオートフォーカス特許の侵害で提訴 1985年 ミノルタ オートフォーカス一眼レフ「α-7000」の発売と、通常の4倍にあたる初回投入 1979年 ミノルタ 普通紙複写機の分野に本格参入 1965年 ミノルタ 一眼レフへの転換の遅れで二年連続の無配 1960年 ミノルタ 事務機分野に参入 1958年 ミノルタ 三十二年不況で初の無配に転落 1949年 ミノルタ 9割減資 1928年 ミノルタ 田嶋一雄による日独写真機商店の創業と、カメラの国産化
- DMG森精機 2025年 DMG森精機 太陽工機の株式を100%まで追加取得 2024年 DMG森精機 倉敷機械の発行済株式を100%取得 2015年 DMG森精機 DMG MORI AGを連結対象会社化(議決権比率現89.6%) 2013年 DMG森精機 商号をDMG森精機へ変更 2009年 DMG森精機 GILDEMEISTER AGとの業務・資本提携に合意 2002年 DMG森精機 日立精機・日立精機サービスより営業の一部を譲受 1999年 DMG森精機 森雅彦氏の3年前倒しでの社長登板 1987年 DMG森精機 量産方式の限界と「工作機械の宮大工に戻る」転換 1979年 DMG森精機 大阪証券取引所市場第二部に上場 1968年 DMG森精機 数値制御装置付旋盤の製造販売を開始 1958年 DMG森精機 繊維機械の製造を中止し工作機械(高速精密旋盤)の製造販売を開始 1948年 DMG森精機 森精機製作所を設立し繊維機械の製造販売を開始
- 長谷工コーポレーション 2025年 長谷工コーポレーション 海外事業で約230億円の特別損失を計上 2022年 長谷工コーポレーション 私募REIT「長谷工レジデンシャルプライベート投資法人」の運用開始 2015年 長谷工コーポレーション 総合地所を子会社化 2014年 長谷工コーポレーション 辻範明が第7代社長に就任 2009年 長谷工コーポレーション 長谷工リフォームを設立 1996年 長谷工コーポレーション 「毎年赤字より一回ドカンと出す」── 1,850億円特別損失の一括処理 1988年 長谷工コーポレーション 長谷工コーポレーション、ホテル・リゾート事業への1,000億円多角化投資 1978年 長谷工コーポレーション 長谷工コミュニティを設立 1968年 長谷工コーポレーション 自社マンション第1号を着工しマンション事業に参入 1959年 長谷工コーポレーション 不動産売買業を開始 1946年 長谷工コーポレーション 長谷川工務店を設立
- シスメックス 2023年 シスメックス 浅野薫氏が代表取締役社長CEOに就任、家次恒氏は代表取締役会長へ 2016年 シスメックス 理研ジェネシスを完全子会社化 2014年 シスメックス 理研ジェネシス資本参加、加古川アイ スクエアを開設 2001年 シスメックス 国際試薬を子会社化 1996年 シスメックス 家次恒のグローバル直販経営と血液検査・世界シェア3冠 1995年 シスメックス ドイツ代理店デジタナ社を子会社化 1985年 シスメックス 機器と試薬をセットで売る「計数結果を売る会社」への業態設計 1972年 シスメックス 東亞特殊電機の医用電子機器開発製造部門を譲受 1968年 シスメックス 東亞医用電子を神戸で設立
- AGC 2024年 AGC 建築用・自動車用ガラス事業を譲渡しロシア事業から撤退 2021年 AGC 北米建築用ガラス事業を米国Cardinal Glass Industriesに譲渡 2016年 AGC バイオ医薬品CDMO事業に参入 2009年 AGC 旧北九州工場から自動車ガラス事業を撤退 1995年 AGC TFT液晶ガラス基板用無アルカリガラスの生産を開始 1994年 AGC 疑似分社制の導入による「鈍い大企業」からの脱却 1981年 AGC ベルギーのグラバーベル社を買収 1980年 AGC 戦略型研究開発を核とした「アミーバ的」多角化 1974年 AGC 鹿島工場を新設 1965年 AGC 羽沢研究所を新設 1959年 AGC 千葉工場を新設 1944年 AGC 日本化成工業と合併し三菱化成工業に商号変更 1916年 AGC 耐火煉瓦の生産を開始しセラミックス事業に参入
- TOTO 2025年 TOTO 中国大陸事業の構造改革を発表 2024年 TOTO 田村信也が代表取締役社長執行役員に就任 2019年 TOTO 清田徳明が代表取締役社長執行役員に就任 2013年 TOTO 喜多村円が代表取締役社長執行役員に就任 2009年 TOTO 親会社株主に帰属する当期純損失▲262億円を計上 1994年 TOTO 中国大陸に衛生陶器・浴槽・水栓の製造会社を設立 1991年 TOTO 「内需頼み」からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想 1981年 TOTO 衛生陶器の単品トップから住設機器総合メーカーへの転換 1980年 TOTO 温水洗浄便座「ウォシュレット」発売 1978年 TOTO 売上高1000億円突破 1968年 TOTO 事業本部制を発足、住設機器事業に参入 1964年 TOTO ホテルニューオータニ向けユニットバスルームを開発 1958年 TOTO 茅ヶ崎工場でプラスチック製品生産開始 1917年 TOTO 東洋陶器を設立
- 東京製鐵 2024年 東京製鐵 低CO2鋼材ブランド「ほぼゼロ」発表 2017年 東京製鐵 長期環境ビジョン「Tokyo Steel EcoVision 2050」策定 2012年 東京製鐵 高松工場生産停止 2009年 東京製鐵 田原工場熱延広幅帯鋼圧延工場が竣工・ホットコイル生産開始 1992年 東京製鐵 岡山工場熱延広幅帯鋼製鋼工場(150トン直流電気炉)完成 1991年 東京製鐵 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1989年 東京製鐵 九州工場130トン直流電気炉完成・操業開始 1978年 東京製鐵 岡山工場の平炉停止と江戸川工場閉鎖による電炉一貫体制への移行 1975年 東京製鐵 土佐電気製鋼所を吸収合併し高松工場として生産開始 1971年 東京製鐵 全株式を取得していた大丸製鋼の吸収合併と九州工場の開設 1969年 東京製鐵 岡山工場大形圧延工場が竣工・H形鋼の生産開始 1953年 東京製鐵 東亜鋼管工業を吸収合併 1934年 東京製鐵 各種鋼材の製造販売を目的として設立
- 日本アイ・ビー・エム 2026年 日本アイ・ビー・エム 村田将輝氏が社長に就任 2021年 日本アイ・ビー・エム マネージド・インフラ事業をキンドリルとして分社化 2019年 日本アイ・ビー・エム 山口明夫氏が社長に就任 2014年 日本アイ・ビー・エム System xサーバー事業のレノボへの譲渡 2012年 日本アイ・ビー・エム 56年ぶりの外国人社長としてマーティン・イェッター氏が就任 2007年 日本アイ・ビー・エム IBMアジア・パシフィックから分離し米本社の直属に移行 2005年 日本アイ・ビー・エム パソコン事業のレノボへの売却 1995年 日本アイ・ビー・エム 分社した3社の再統合 1993年 日本アイ・ビー・エム 初の赤字決算と、三次にわたるリストラクチャリング 1993年 日本アイ・ビー・エム 北城恪太郎氏が社長に就任 1987年 日本アイ・ビー・エム 売上高が1兆円を突破 1983年 日本アイ・ビー・エム マルチステーション5550の発表 1979年 日本アイ・ビー・エム 富士通が売上高で日本IBMを抜き国内首位に 1975年 日本アイ・ビー・エム 外資の現地法人を「日本の企業」として売る日本化路線 1973年 日本アイ・ビー・エム 貸借対照表を初めて社外に公表 1963年 日本アイ・ビー・エム 千鳥町工場でIBM1440の国内生産を開始 1960年 日本アイ・ビー・エム 特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意 1959年 日本アイ・ビー・エム 日本アイ・ビー・エムへの商号変更と千鳥町工場の竣工 1950年 日本アイ・ビー・エム 日本インターナショナル・ビジネス・マシーンズとして業務再開 1949年 日本アイ・ビー・エム GHQ指令による資産凍結の解除 1937年 日本アイ・ビー・エム 日本ワットソン統計会計機械を横浜山下町に設立
- 北海道炭礦汽船 1995年 北海道炭礦汽船 106年の会社をどう畳むか ── 野々村郁雄氏が選んだ会社更生法 1981年 北海道炭礦汽船 北炭夕張新炭鉱でガス突出事故が発生し93人が死亡 1978年 北海道炭礦汽船 炭鉱を持たない委託販売会社へ転換 1971年 北海道炭礦汽船 夕張新炭鉱の開発費負担により債務超過に転落 1970年 北海道炭礦汽船 石炭の斜陽を15年前に予言した会社が、夕張新炭鉱に社運を賭けた判断 1969年 北海道炭礦汽船 夕張新炭鉱の開発構想を打ち出す 1955年 北海道炭礦汽船 石炭が上向いていた1955年に、萩原吉太郎氏が炭価を自ら抑えた判断 1952年 北海道炭礦汽船 企業合理化実施要綱により4,551人を解雇 1910年 北海道炭礦汽船 創業以来の連続配当が途切れて無配に転落 1906年 北海道炭礦汽船 社有鉄道が国有化され、社名を北海道炭礦汽船に商号変更
- 日東紡績 2023年 日東紡績 ニットービバレッジの全株式をライフドリンクカンパニーに譲渡 2019年 日東紡績 Baotek Industrial Materials Ltd.を子会社化 2010年 日東紡績 不燃吸音天井板事業を撤収 2008年 日東紡績 住友ベークライトとの合弁を解消しメラミン化粧板事業を撤収 1998年 日東紡績 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1993年 日東紡績 富久山事業センターでの合繊紡績の操業を終了 1986年 日東紡績 レーヨンステープル・化繊糸の事業を撤収 1979年 日東紡績 「特化作戦」による多角化からの絞り込みと品質重視への転換 1969年 日東紡績 グラスファイバー織物工場(福島)を新設 1958年 日東紡績 合繊紡績の生産(富久山)を開始 1938年 日東紡績 グラスファイバーの工業化に成功 1923年 日東紡績 日東紡績を創立
- ユニオンツール 2024年 ユニオンツール 見附第三工場を新設 2017年 ユニオンツール 長岡工場敷地内に事業所内保育園を開設 2012年 ユニオンツール ダイヤモンドコーティングエンドミルUDCシリーズを開発 2005年 ユニオンツール US UNION TOOLのPCBドリル現地生産を中止 1999年 ユニオンツール 超硬エンドミルUTドライを開発・生産開始 1996年 ユニオンツール 店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立 1989年 ユニオンツール 日本証券業協会に店頭登録 1976年 ユニオンツール 長岡への工場設置と本社工場機能の移転による生産拠点の新潟県集約 1970年 ユニオンツール 本社工場を新設しPCBドリルの生産開始 1960年 ユニオンツール ユニオン化学研究所として創業
- 飯野海運 2022年 飯野海運 オレゴン州ポートランド市の再開発事業「Press Blockプロジェクト」へ参画 2019年 飯野海運 上海駐在員事務所を開設 2011年 飯野海運 飯野ビルディング開業し本社事務所を移転 2007年 飯野海運 小型ガスタンカー部門をイイノガストランスポートに分社 1993年 飯野海運 カタール・インドネシアのLNGプロジェクト参画によるLNG輸送への進出 1993年 飯野海運 LNG船10隻を共有船主として保有 1986年 飯野海運 有償第三者割当増資を実施しに 1979年 飯野海運 泰邦商事を設立 1964年 飯野海運 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 1955年 飯野海運 千代田土地建物の買取りによる不動産事業への進出 1929年 飯野海運 最初のタンカー第一鷹取丸が竣工
- 日本興業銀行 2000年 日本興業銀行 第一勧業銀行・富士銀行と共同持株会社のもとで経営統合 1999年 日本興業銀行 約6000億円の公的資金を申請する方針を決定 1998年 日本興業銀行 西村正雄氏が非常事態宣言を発表 1991年 日本興業銀行 東洋信用金庫の架空預金証書事件と、料亭経営者への2400億円融資の焦げ付き 1985年 日本興業銀行 経常収益1兆5890億円を計上 1970年 日本興業銀行 八幡製鉄と富士製鉄の合併を仲介 1965年 日本興業銀行 山一証券への日高輝氏の派遣と、主力3行による再建の引き受け 1965年 日本興業銀行 富士銀行・三菱銀行とともに山一証券再建の主力3行に 1961年 日本興業銀行 中山素平氏が頭取に就任 1955年 日本興業銀行 債券発行残高が1587億円に到達 1952年 日本興業銀行 日本興業銀行法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期信用銀行への移行 1950年 日本興業銀行 普通銀行に転換 1948年 日本興業銀行 長期金融機関としての存続をGHQが承認 1948年 日本興業銀行 金融機関再建整備法により特別損失を整理
- 日本鋼管 2002年 日本鋼管 川崎製鉄との共同株式移転によりJFEHDを設立 1998年 日本鋼管 上場子会社トーア・スチールの任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継 1998年 日本鋼管 メモリー事業からの撤退を決定 1986年 日本鋼管 6,200人の人員削減を含む5ヵ年合理化計画に着手 1979年 日本鋼管 造船と重工の2部門を重工事業部に統合 1969年 日本鋼管 京浜製鉄所を沖合の扇島へ移転する計画を決定 1966年 日本鋼管 福山製鉄所の第一高炉に火入れし第1期計画が完成 1962年 日本鋼管 広島県福山への第4の総合製鉄所の建設と、粗鋼年産600万トン計画への約2,500億円の投資 1958年 日本鋼管 純酸素転炉(LD転炉)の技術導入交渉を開始 1949年 日本鋼管 過度経済力集中排除法の適用を受けるも製鉄・造船を分割せず存続 1934年 日本鋼管 製鉄合同への参加を拒否 1912年 日本鋼管 白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足
- 兼松 2023年 兼松 兼松エレクトロニクスを完全子会社化 2017年 兼松 兼松コミュニケーションズがダイヤモンドテレコムを吸収合併 2014年 兼松 兼松日産農林の株式の過半数を取得 2005年 兼松 新東亜交易の株式の過半数を取得 1999年 兼松 兼松「構造改革計画」― 1,500億円債権放棄と総合商社からの撤退 1987年 兼松 兼松エレクトロニクスが東京証券取引所市場第二部に上場 1975年 兼松 Kanematsu-Gosho (Hong Kong) Ltd.(現 Kanematsu (Hong Kong) Ltd.)を設立 1968年 兼松 兼松電子サービスを設立 1967年 兼松 兼松・江商合併と「兼松江商」の発足 1957年 兼松 F.Kanematsu & Co.,GmbHを設立 1943年 兼松 商号を「兼松」に商号変更
- 日活 2009年 日活 株式異動により日本テレビ放送網が筆頭株主に 1997年 日活 ナムコから資本を受け入れ同社の子会社に 1993年 日活 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まりと、会社更生法の適用申請 1988年 日活 ロマンポルノ路線に終止符を打ち「ロッポニカ」ブランドで一般映画へ路線転換 1978年 日活 第三者割当増資と減資による資本再構成を実施 1971年 日活 「日活ロマンポルノ」第1作を公開 1961年 日活 堀久作社長の映画斜陽論否定とホテル・不動産・株式への多角化拡大 1954年 日活 調布・多摩川畔の日活撮影所が一部竣工し14年ぶりに映画製作を再開 1947年 日活 東京・日比谷の米軍資材置き場跡地を買収し日活国際会館の建設を決断 1942年 日活 戦時統制により製作部門を大日本映画製作(後の大映)へ配給部門を映画配給社へ移譲
- 大丸 2007年 大丸 松坂屋HDと株式移転で持株会社J.フロント リテイリングを設立 1999年 大丸 売上至上主義から利益第一主義へ経営方針を転換 1998年 大丸 香港・タイ・フランスの海外百貨店から撤退 1997年 大丸 売上至上主義から利益第一主義への転換と、海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1983年 大丸 大阪・梅田に梅田店を開店 1982年 大丸 1982年度決算が梅田店の開業負担で大幅減益となり、八王子大丸を閉鎖 1977年 大丸 神戸・新長田に新長田店を開店 1960年 大丸 大丸ピーコック第1号店を枚方市・香里に開店 1954年 大丸 東京駅八重洲口「民衆駅」への大口賃借と東京店の開設 1950年 大丸 人員整理によらない事業の存廃決定と、非百貨店部門の分離独立 1948年 大丸 総合商社部門を「大丸興業」として分離独立 1910年 大丸 販売方法を座売式から陳列式へ変更
- ニチメン 2003年 ニチメン 株式移転によりニチメン・日商岩井ホールディングスの完全子会社へ 2001年 ニチメン トーメンの農薬事業と統合し合弁会社を設立 1999年 ニチメン 手形取引による最大100億円の損失計上と、事業仕分け「そうや」・カンパニー制の導入 1982年 ニチメン ニチメンに商号変更 1968年 ニチメン 非繊維の取扱比率が65%を占め総合商社化が進展 1964年 ニチメン 3商社5銀行の出資でオリエントリース(現オリックス)を設立 1954年 ニチメン 繊維商社・丸永の吸収合併と、資本金4億3000万円への増強 1945年 ニチメン 敗戦により在外資産の全てを喪失 1943年 ニチメン 日綿實業に商号変更 1892年 ニチメン 外商依存から脱するための綿花直輸入機関、日本綿花の設立
- 松坂屋 2007年 松坂屋 大丸と共同持株会社J.フロント リテイリングを設立 2006年 松坂屋 松坂屋HDを設立し持株会社体制へ移行 1998年 松坂屋 1975年に出店した香港から撤退 1997年 松坂屋 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1985年 松坂屋 鈴木正雄会長が伊藤洋太郎社長を解任 1979年 松坂屋 高槻店を開店 1966年 松坂屋 大阪店を京橋に移転 1957年 松坂屋 上野店の全館が完成 1941年 松坂屋 名古屋店の価格統制令違反で伊藤次郎左衛門社長が引責辞任 1924年 松坂屋 関東大震災で焼失した上野店の復旧と、東京・銀座への新規出店 1910年 松坂屋 株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した名古屋・栄町での陳列方式の百貨店開業
- 富士銀行 2000年 富士銀行 株式移転により共同持株会社みずほHDを設立し上場廃止 1999年 富士銀行 第一勧業銀行・日本興業銀行との全面的な経営統合で合意 1998年 富士銀行 安田信託銀行の分割と財産管理3部門の第一勧業富士信託銀行への営業譲渡 1997年 富士銀行 メインバンクの山一証券が自主廃業を決定 1984年 富士銀行 ヘラー社を子会社化 1977年 富士銀行 三和銀行との合併構想が立ち消え 1960年 富士銀行 日本初のクレジットカード業務を開始 1959年 富士銀行 事務処理の合理化のためコンピュータを導入 1948年 富士銀行 安田銀行から富士銀行への改称と、商号解禁後の旧称号への不復帰 1923年 富士銀行 保善銀行を母体に安田系11行が合同し安田銀行が発足
- テルモ 2025年 テルモ WuXi Biologicsの独レバークーゼン充填工場を買収 2024年 テルモ 鮫島光が代表取締役社長CEOに就任 2017年 テルモ セント・ジュード/アボットから止血デバイス事業等を買収 2017年 テルモ ボルトンメディカル社を買収 2011年 テルモ カリディアンBCT社を買収 2006年 テルモ マイクロベンション社を買収 2005年 テルモ 米国ミッションメディカル社を買収 1999年 テルモ 米国3M社から人工心肺事業を買収 1995年 テルモ 和地孝社長の企業風土改革とテルモ・ビジネス・ユニット導入 1989年 テルモ 研究開発センターを開設 1974年 テルモ テルモに商号変更 1963年 テルモ プラスチック製注射筒を発売 1921年 テルモ テルモ創業——独製体温計の輸入途絶に医学者と実業家が組んだ検温器国産化の受け皿会社
- 清水建設 2025年 清水建設 新村達也が第10代社長に就任 2024年 清水建設 初の連結営業損失を計上 2022年 清水建設 日本道路を株式公開買付けにより子会社化 2010年 清水建設 初の連結純損失を計上 2009年 清水建設 国際支店開設 1991年 清水建設 新長期ビジョン「SHIMZ-21」の策定 ── 多角化路線の撤回と本業回帰 1989年 清水建設 業界トップの業績を回復 1978年 清水建設 EC化(エンジニアリング・コンストラクター化)を決定 1966年 清水建設 非同族社長の就任 1954年 清水建設 土木部門を強化 1887年 清水建設 渋沢栄一を相談役に迎え民間建築方針を確定 1804年 清水建設 清水建設創業——神田鍛冶町の絵草紙屋裏店から渋沢栄一氏の「民間の建築工事」へ
- ヤマハ 2023年 ヤマハ Cordoba Music Groupを買収 2018年 ヤマハ 時価総額1兆円を突破 2014年 ヤマハ Line 6を買収 2005年 ヤマハ 多角事業の整理 2000年 ヤマハ 最終赤字407億円に転落 1992年 ヤマハ 川上家が退任意向 1990年 ヤマハ ヤマハの2期連続減益と減量経営・多角化路線の見直し 1989年 ヤマハ 天津雅馬哈電子楽器有限公司を設立 1971年 ヤマハ 半導体製造に本格参入 1968年 ヤマハ 日本初の株式時価発行を実施 1955年 ヤマハ ヤマハ発動機を設立 1954年 ヤマハ ヤマハ音楽教室を組織化 1938年 ヤマハ プロペラの量産を決定 1927年 ヤマハ スト終息により経営再建 1897年 ヤマハ ヤマハ創業——浜松尋常小学校のオルガン修理から国産楽器メーカーへ
- AREHD 2024年 AREHD 株式交換によりジャパンウェイストをレナタスの完全子会社に 2015年 AREHD アサヒアメリカHDがAsahi Refining Holdings 3社を子会社化 2014年 AREHD アサヒアメリカHDを設立 2009年 AREHD 共同株式移転によりアサヒHDを設立 1999年 AREHD 貴金属リサイクル専業の株式店頭公開 1997年 AREHD 九州アサヒ・四国アサヒ・北陸アサヒ・佐藤貴金属・ボンアンジュを吸収合併 1984年 AREHD 東京金取引所の会員として認可を受ける 1975年 AREHD 神戸市から産業廃棄物処理業の許可を写真関係業者として全国で初めて取得 1964年 AREHD 朝日化学研究所を設立
- しずおかFG 2025年 しずおかFG 八十二銀行を加えた富士山・アルプスアライアンスを締結 2022年 しずおかFG しずおかフィナンシャルグループ発足、静岡銀行を完全子会社化 2020年 しずおかFG 山梨中央銀行との静岡・山梨アライアンスを発足 2019年 しずおかFG しずぎんハートフル設立(2020年5月 特例子会社の認定を取得) 2014年 しずおかFG Shizuoka Liquidity Reserve Limited設立 2006年 しずおかFG 銀行本体発行クレジットカード取扱を開始 1997年 しずおかFG 邦銀初の自己株式取得と消却の実施 1993年 しずおかFG 信託業務取扱を開始 1989年 しずおかFG ニューヨーク支店開設 1979年 しずおかFG 静銀ビジネス・サービスを設立 1961年 しずおかFG 東京証券取引所市場第一部に上場 1950年 しずおかFG 外国為替業務取扱開始 1943年 しずおかFG 静岡三十五銀行と遠州銀行が合併し静岡銀行が発足
- 三井ハイテック 2024年 三井ハイテック ミツイ・ハイテック ドイチュランドを設立 2018年 三井ハイテック ポーランドにミツイ・ハイテック(ヨーロッパ)を設立 2013年 三井ハイテック Magnet Mold®の商標登録 2007年 三井ハイテック 門司税関から特定輸出業者として認定 1997年 三井ハイテック 型破りな社外監査役を招いた取締役会改革 1994年 三井ハイテック 取締役会改革に着手 1984年 三井ハイテック IC組立事業に参入 1979年 三井ハイテック ICリードフレームのめっき事業に参入 1974年 三井ハイテック MACシステム(積層鉄芯金型内自動結束装置)を開発 1969年 三井ハイテック ICリードフレームの製造販売を開始 1959年 三井ハイテック モーターコア用タングステンカーバイド精密順送り金型の製造販売を開始 1958年 三井ハイテック タングステンカーバイド金型(ノッチング型)を開発 1949年 三井ハイテック 創業者三井孝昭が金型の製造販売業を開始
- コロワイド 2026年 コロワイド コロワイドMDがC-Unitedを子会社化 2020年 コロワイド 公開買付けにより大戸屋HDを子会社化 2016年 コロワイド レインズインターナショナルがフレッシュネスを子会社化 2014年 コロワイド カッパ・クリエイトHDを子会社化 2012年 コロワイド レックス・HDを子会社化 2005年 コロワイド アトムを子会社化 2004年 コロワイド 持株会社制に移行 1994年 コロワイド 逗子工場の閉鎖と鎌倉キッチン配送センターの新設、セントラルキッチン網の構築 1987年 コロワイド 新業態「日本料理 三間堂」(串焼きと釜飯)を開店 1977年 コロワイド 「甘太郎食堂」を「手作り居酒屋 甘太郎」に業態変更 1968年 コロワイド 本社を移転
- 朝日インテック 2025年 朝日インテック ニッタモールド・NITTA M&T (THAILAND) CO.LTD.を子会社化 2021年 朝日インテック A-Tractionを子会社化 2018年 朝日インテック RetroVascular Inc.を子会社化 2013年 朝日インテック トヨフレックス・TOYOFLEX CEBU CORPORATIONを子会社化 2006年 朝日インテック コンパスメッドインテグレーションを設立 1992年 朝日インテック 極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換と、国内初のPCIガイドワイヤーの製品化 1992年 朝日インテック 国内初のPTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルを製品化 1989年 朝日インテック ASAHI INTECC THAILAND CO.LTD.を設立 1976年 朝日インテック 朝日ミニロープ販売を設立
- 東京エレクトロンデバイス 2025年 東京エレクトロンデバイス ファーストを吸収合併 2024年 東京エレクトロンデバイス 本社を移転 2018年 東京エレクトロンデバイス ファーストの株式取得により同社を子会社化 2014年 東京エレクトロンデバイス 株式売出しにより東京エレクトロンが親会社からその他の関係会社に変更 2006年 東京エレクトロンデバイス 東京エレクトロンから吸収分割によりコンピュータ・ネットワーク事業を承継 1998年 東京エレクトロンデバイス 東京エレクトロンから電子部品部門に関する事業を全て譲受け 1991年 東京エレクトロンデバイス 東京エレクトロンがテル・データ・システムから株式をすべて取得 1990年 東京エレクトロンデバイス 建物保守管理業務のグループ他社への移管と、外国製半導体販売への業態転換 1986年 東京エレクトロンデバイス テル・データ・システムがテル管理サービスを設立
- 日本国有鉄道 1985年 日本国有鉄道 分割・民営化の提言と、JR旅客6社・JR貨物1社への移行 1985年 日本国有鉄道 旅客販売総合システムMARS 301の使用を開始 1982年 日本国有鉄道 国鉄内部の改革派の形成と、臨調・三塚委員会への情報提供 1979年 日本国有鉄道 「日本国有鉄道の再建について」を閣議了解 1975年 日本国有鉄道 スト権奪還ストへの中止要請と、条件付きスト権付与論の表明 1970年 日本国有鉄道 生産性向上運動の全国展開と、公労委による不当労働行為の認定を受けた中止 1969年 日本国有鉄道 日本国有鉄道財政再建促進特別措置法に基づく10年計画の策定と、設備投資3兆7000億円・要員約6万人縮減の実施 1968年 日本国有鉄道 輸送需要によるA・B・C線区の3分類と、赤字ローカル線の廃止見送り 1967年 日本国有鉄道 5万人合理化計画の提示と、電気機関車・ディーゼル機関車の1人乗務化 1959年 日本国有鉄道 東海道新幹線の広軌別線建設と在来線改良案の不採用 1955年 日本国有鉄道 資産再評価による減価償却費増で営業損失を計上 1949年 日本国有鉄道 行政機関職員定員法にもとづく9万5018人の人員整理 1949年 日本国有鉄道 日本国有鉄道法により運輸省から独立し公共企業体として発足
- コニカ 2003年 コニカ ミノルタと株式交換で経営統合 2003年 コニカ 純粋持株会社制へ移行し4事業会社・2共通機能会社に分社 1992年 コニカ アナログ複写機の開発を打ち切りデジタル高速機に集中 1987年 コニカ 輸出ブランド「コニカ」への商号変更と、社名からの「写真工業」の削除 1986年 コニカ 米ロイヤル・ビジネス・マシン社の完全子会社化と、北米事務機販売網の自前化 1971年 コニカ 電子複写機U-Bixの発売による事務機市場への参入と、八王子工場のカメラからの転換 1968年 コニカ 西村龍介氏が社長に就任 1956年 コニカ Konica Photo Corporationを設立 1929年 コニカ 国産初の写真用フィルム「さくらフヰルム」を発売 1882年 コニカ カメラ・台紙・石版器材の自社製造販売を開始
- 日産化学 2024年 日産化学 日本ポリテックを子会社化 2019年 日産化学 Corteva社より殺菌剤「キノキシフェイン」事業を買収 2013年 日産化学 Thin Materials GmbHを買収 2008年 日産化学 木下小次郎氏が代表取締役社長に就任 1996年 日産化学 Nissan Chemical Houston Corporation を米国に設立 1989年 日産化学 農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立 1988年 日産化学 中井武夫氏による石油化学からの完全撤退と農薬・機能性材料への転換 1983年 日産化学 2期連続の最終赤字に転落 1969年 日産化学 王子工場の閉鎖・袖ヶ浦工場の新設 1965年 日産化学 日産化学石油を設立 1943年 日産化学 日本鉱業と合併、化学部門に 1887年 日産化学 東京人造肥料会社を設立
- 日揮HD 2025年 日揮HD 損失案件の消化が進み営業赤字が縮小 2022年 日揮HD イクシスLNG案件で巨額損失計上・純損失▲356億円 2019年 日揮HD 持株会社体制に移行・日揮HDに商号変更 2017年 日揮HD 資源価格低迷を受け大幅営業赤字に転落 2013年 日揮HD アルジェリア人質事件が発生 2008年 日揮HD 日揮触媒化成が発足 1998年 日揮HD 2期連続最終赤字に転落 1989年 日揮HD 海外調達50%への構造転換と円高危機からの再建 1986年 日揮HD プラザ合意後の円高で4期連続営業赤字に転落 1976年 日揮HD 海外プラント受注拡大への傾斜と「日揮」への社名変更 1972年 日揮HD アルジェリア大赤字とコスト・プラス・フィー方式への転換 1968年 日揮HD 海外大型プラントPJの積極受注を開始 1958年 日揮HD 触媒化成工業を設立 1928年 日揮HD UOP社と業務提携を締結
- 三菱瓦斯化学 2022年 三菱瓦斯化学 プライム市場に移行 2018年 三菱瓦斯化学 三菱ガス化学トレーディング設立 2013年 三菱瓦斯化学 CARIBBEAN GAS CHEMICAL LIMITED設立 2009年 三菱瓦斯化学 菱優工程塑料(上海)有限公司(現・三菱瓦斯化学工程塑料(上海)有限公司)を設立 1994年 三菱瓦斯化学 三菱化成と合弁で三菱エンジニアリングプラスチックスを設立 1985年 三菱瓦斯化学 汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換 1979年 三菱瓦斯化学 日本・サウジアラビアメタノール設立 1971年 三菱瓦斯化学 三菱江戸川化学と日本瓦斯化学工業の合併による三菱瓦斯化学の発足 1971年 三菱瓦斯化学 三菱瓦斯化学に商号変更 1968年 三菱瓦斯化学 水島工場にて技術開発によるキシレン分離異性化装置の操業を開始 1957年 三菱瓦斯化学 日本尿素工業を吸収合併
- 上村工業 2024年 上村工業 子会社サミックスを吸収合併 2019年 上村工業 名古屋支店の新社屋が完成 2013年 上村工業 枚方市に新中央研究所が竣工 2007年 上村工業 東京支社を東京都台東区から中央区へ移転 1997年 上村工業 上村寛也氏が代表取締役社長に就任 1986年 上村工業 香港に合弁で上村旭光有限公司を設立 1985年 上村工業 顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築 1983年 上村工業 デグサ社と技術提携しアルミ真空蒸着加工技術を導入 1975年 上村工業 西独デグサ社と販売提携し金めっき浴を発売 1968年 上村工業 枚方への中央研究所の建設と、めっき用化学品製造部門の移転 1960年 上村工業 機械事業部を設置し表面処理用機械の製作を開始 1957年 上村工業 本社への薬品部設置とめっき用化学品の製造開始 1949年 上村工業 大阪市阿倍野区に住吉工場を設置し塩化ビニールシートの製造を開始 1933年 上村工業 研磨材と工業用化学品を扱う上村長兵衞商店を設立
- 川崎製鉄 2002年 川崎製鉄 NKKとの共同株式移転でJFEHDを設立 1995年 川崎製鉄 赤字下で千葉製鉄所の大改造に踏み切り、薄板の生産体制を強化 1987年 川崎製鉄 厚板工場・製鋼工場の休止を含む合理化計画を発表 1985年 川崎製鉄 LSI事業推進部の発足によるASIC事業への参入と、川崎マイクロエレクトロニクスへの分社 1974年 川崎製鉄 千葉製鉄所でUOプレス方式による大口径鋼管の生産を開始 1961年 川崎製鉄 岡山県倉敷市への水島製鉄所の建設と、千葉・水島の二極体制への移行 1956年 川崎製鉄 世界銀行と2,000万ドルの借款契約を締結 1953年 川崎製鉄 千葉製鉄所の第1高炉に火入れ 1951年 川崎製鉄 千葉製鉄所の建設と、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換
- 明治製糖 1984年 明治製糖 三菱商事全額出資の明糖産業への全営業譲渡と、明治製糖の解散 1984年 明治製糖 受け皿会社として明糖産業を設立 1984年 明治製糖 清算結了により法人格が消滅 1973年 明治製糖 経常赤字が拡大 1971年 明治製糖 三菱商事・大日本製糖と東日本製糖を設立 1969年 明治製糖 精製糖業界への設備能力3割削減案の提出と、任意・補償方式への後退 1952年 明治製糖 明治製糖に商号変更 1951年 明治製糖 倉庫業と製薬業による操業の繋ぎと、川崎工場復旧による精製糖業への復帰 1950年 明治製糖 内地資産の現物出資で第二会社の明糖を設立 1945年 明治製糖 終戦で台湾など外地資産の全てを喪失 1906年 明治製糖 相馬半治氏らが台南で明治製糖を創立
- SMC 2025年 SMC 本社を移転 2022年 SMC 東京証券取引所プライム市場に移行 2016年 SMC 調査会社がSMCの会計上の疑義を表明 2014年 SMC SMCベトナム製造を設立 2000年 SMC 現地生産を本格化 1996年 SMC 海外生産比率10%を目標設定 1987年 SMC 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更 1970年 SMC 駆動機器(エアシリンダ)の製造・販売開始 1961年 SMC 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1959年 SMC 焼結金属工業を設立
- 大日本製糖 1993年 大日本製糖 清算が結了 1984年 大日本製糖 負債を除く営業全部のニットーへの譲渡と解散 1984年 大日本製糖 ニットーを設立 1979年 大日本製糖 株式の上場を廃止 1974年 大日本製糖 横浜工場を閉鎖 1968年 大日本製糖 本別製糖所を北海道糖業に譲渡 1956年 大日本製糖 ポリエチレン袋入り砂糖を発売 1950年 大日本製糖 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 1947年 大日本製糖 藤山愛一郎氏が公職追放の指定を受領 1927年 大日本製糖 台湾第二位の製糖会社である東洋製糖を合併 1909年 大日本製糖 関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘
- 明治製菓 2009年 明治製菓 明治乳業との共同株式移転により明治HDを設立 1998年 明治製菓 高カカオチョコレート「チョコレート効果」を発売 1980年 明治製菓 不採算菓子工場の閉鎖と食品事業の構造改善、薬品部門への経営資源の集中 1975年 明治製菓 きのこの山を発売 1968年 明治製菓 スナック菓子「カール」を発売 1958年 明治製菓 梅沢浜夫博士が発見したカナマイシンの工業化と、菌の培養から原末・製剤までの一貫生産の確立 1954年 明治製菓 制がん剤ザルコマイシンを発売 1950年 明治製菓 ストレプトマイシンの製造を開始 1946年 明治製菓 戦災を受けた川崎工場でのペニシリン製造の開始と、抗生物質の原末一貫生産体制の構築 1945年 明治製菓 川崎工場が空襲で全焼・海外資産を喪失 1943年 明治製菓 乳業部門の全事業所を明治乳業へ譲渡
- 本州製紙 1996年 本州製紙 新王子製紙と合併し王子製紙が発足 1991年 本州製紙 仕手集団による株式の買い集めが表面化 1988年 本州製紙 主力・釧路工場の子会社への譲渡と、譲渡代金1,198億円の借入金返済への充当 1983年 本州製紙 福岡製紙・東信製紙を合併 1974年 本州製紙 釧路工場第四期工事が完成し日産2,000トン体制へ 1969年 本州製紙 カナダの合弁パルプ会社クレストブルックが操業開始 1968年 本州製紙 王子製紙・十條製紙との3社合併覚書に調印 1959年 本州製紙 国内初のクラフトライナー工場として釧路工場が竣工 1958年 本州製紙 江戸川工場の排水に抗議した漁民が工場へ侵入 1957年 本州製紙 第一次・第二次合理化工事の決定と、釧路への段ボール原紙工場の新設 1949年 本州製紙 過度経済力集中排除法による王子製紙の3分割で発足
- 小糸製作所 2025年 小糸製作所 セプトンテクノロジーズインク等7社を子会社化 2024年 小糸製作所 インディアジャパンライティングプライベートリミテッド グジャラート工場を新設 2015年 小糸製作所 創業100周年を迎える 2011年 小糸製作所 小糸工業の航空機シート事業以外を会社分割でコイト電工に承継 2007年 小糸製作所 世界初のLEDヘッドランプ生産・販売開始 1998年 小糸製作所 タイコイトカンパニーリミテッドを子会社化 1989年 小糸製作所 米投資家ピケンズによる株式大量取得と取締役選任・増配要求への対応 1989年 小糸製作所 上海小糸車灯有限公司設立 1978年 小糸製作所 ハロゲンヘッドランプ生産・販売開始 1968年 小糸製作所 シカゴ事務所開設 1957年 小糸製作所 オールグラス・シールドビームヘッドランプ生産・販売開始 1949年 小糸製作所 株式を東京、大阪両証券取引所に上場
- オカムラ 2021年 オカムラ 株式の取得によりDB&B Holdings Pte.Ltdを子会社化 2018年 オカムラ 商号をオカムラに変更 2013年 オカムラ 現地企業との共同出資で杭州岡村伝動有限公司を設立 2009年 オカムラ 株式の取得によりセックを子会社化 1997年 オカムラ 中井事業所を開設 1988年 オカムラ JTオカムラ設立——たばこ工場を机工場へ転用した異業種合弁 1974年 オカムラ 木製家具の生産を開始 1972年 オカムラ 冷凍冷蔵ショーケースの生産を開始 1961年 オカムラ 株式を東京証券取引所市場第二部に上場 1950年 オカムラ 横浜工場を新設し鋼製家具の生産を開始 1948年 オカムラ 株式会社に改組
- カシオ計算機 2025年 カシオ計算機 社長交代(増田裕一→高野晋) 2024年 カシオ計算機 ランサムウェア攻撃でサプライチェーンが一時停止 2018年 カシオ計算機 デジタルカメラ事業から撤退 2010年 カシオ計算機 営業赤字▲293億円・純損失▲210億円 2010年 カシオ計算機 TFT液晶ディスプレイ事業を凸版印刷との共同出資のオルタステクノロジーに移管 2009年 カシオ計算機 当期純損失▲231億円 1998年 カシオ計算機 本店を新宿から渋谷へ移転 1983年 カシオ計算機 耐衝撃腕時計『G-SHOCK』DW-5000Cを発売 1974年 カシオ計算機 デジタル電子腕時計「カシオトロン」の発売と時計事業への参入 1972年 カシオ計算機 個人向け電卓「カシオミニ」の12,800円での発売 1965年 カシオ計算機 電子式卓上計算機発売 1957年 カシオ計算機 世界初の小型純電気式計算機「14-A」の商品化とカシオ計算機の設立 1946年 カシオ計算機 カシオ計算機創業——三鷹の下請け町工場から世界初の小型純電気式計算機14-Aへ
- 北海道電力 2025年 北海道電力 北海道再エネアグリゲーションを設立 2020年 北海道電力 北海道電力の一般送配電事業を会社分割により北海道電力ネットワークへ承継 2019年 北海道電力 北海道電力送配電事業分割準備を設立 2018年 北海道電力 石狩LNG桟橋を設立 2002年 北海道電力 苫小牧共同発電と北海道プラントサービスが合併 1993年 北海道電力 北海電気工事の株式を札幌証券取引所に上場 1989年 北海道電力 北海道総合通信網を設立 1978年 北海道電力 道内初の原子力発電所の立地決定と、内陸型から海側・泊村への計画変更 1974年 北海道電力 苫東の600万kW級石油火力構想の取り下げと、石炭火力への電源計画の組み替え 1968年 北海道電力 苫小牧共同発電を設立 1951年 北海道電力 北海道電力を設立
- 三菱鉱業セメント 1990年 三菱鉱業セメント 三菱金属との合併と三菱マテリアルの発足 1981年 三菱鉱業セメント 売上高2465億円の記録と以後4期連続の減収 1977年 三菱鉱業セメント セメント年産930万トン・シェア11.8%で業界3位 1973年 三菱鉱業セメント 三菱セメント・豊国セメントとの3社合併と、三菱鉱業セメントへの商号変更 1971年 三菱鉱業セメント 9年ぶりとなる年6分の復配 1969年 三菱鉱業セメント 石炭生産部門の分離と、三菱高島炭砿・三菱大夕張炭砿の設立 1969年 三菱鉱業セメント 三菱高島炭砿・三菱大夕張炭砿の営業開始と本店機構の改廃 1968年 三菱鉱業セメント 大槻文平社長の石炭協会会長への就任 1954年 三菱鉱業セメント 三菱系各社の共同出資による三菱セメントの設立(資本金6億円) 1953年 三菱鉱業セメント 石炭に代わる事業としてのセメント選定と、三菱系各社共同出資による三菱セメントの設立 1952年 三菱鉱業セメント 高木作太社長の提唱による調査部の設置と多角化の検討開始 1920年 三菱鉱業セメント 資本金1億円への倍額増資と分系会社で初の株式公開 1918年 三菱鉱業セメント 三菱合資の鉱山部と炭坑部を継承し資本金5000万円で設立
- トヨタ紡織 2022年 トヨタ紡織 東京証券取引所プライム市場に移行 2016年 トヨタ紡織 欧州3子会社の全株式を Megatech Industries AG へ譲渡 2011年 トヨタ紡織 POLYTEC Holding AGの内装事業を取得 2004年 トヨタ紡織 アラコ(内装事業)・タカニチと合併しトヨタ紡織に商号変更 1999年 トヨタ紡織 オイルフィルターの製造を開始 1985年 トヨタ紡織 エアフィルターの製造を開始 1972年 トヨタ紡織 定款に自動車部品の製造を追加し紡織から自動車部品メーカーへ転換 1967年 トヨタ紡織 石田退三氏の会長就任と豊田紡織への社名変更による立て直し 1967年 トヨタ紡織 経営の立て直しに着手 1950年 トヨタ紡織 戦時にトヨタ自工へ吸収された紡織事業を民成紡績として分離独立 1943年 トヨタ紡織 トヨタ自動車工業に合併 1942年 トヨタ紡織 内海紡織・中央紡織・協和紡績・豊田押切紡織の4社と合併し中央紡績を設立
- 鹿島建設 2026年 鹿島建設 天野裕正氏が急逝 2024年 鹿島建設 Rodgers Builders社を買収 2018年 鹿島建設 鹿島グループ中期経営計画(2018〜2020)を策定 2010年 鹿島建設 鹿島道路を株式交換により完全子会社化 2009年 鹿島建設 初の連結純損失を計上 1993年 鹿島建設 茨城県知事贈賄事件で副社長が起訴 1986年 鹿島建設 カジマUSAを設立 1978年 鹿島建設 石川六郎社長のTQC導入による経営体質改善 1968年 鹿島建設 超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出 1957年 鹿島建設 日本原研第1号原子炉を完成 1880年 鹿島建設 鉄道請負業に参入 1840年 鹿島建設 鹿島建設創業——江戸京橋の大工棟梁「大岩」から「鉄道の鹿島」へ
- クラフティア 2021年 クラフティア セントラル総合開発と資本業務提携契約を締結 2018年 クラフティア エルゴテックの株式の一部を取得 2013年 クラフティア シンガポールASIA PROJECTS ENGINEERING PTE. LTD.の株式の一部を取得 2008年 クラフティア 東京本社設置 1999年 クラフティア 技術研究所を新設 1989年 クラフティア 九電工に商号変更 1972年 クラフティア 大証二部・福証上場から4年での東証・大証一部指定替え 1971年 クラフティア 水処理工事の営業開始 1964年 クラフティア 空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換 1954年 クラフティア 昭電社を設立 1947年 クラフティア 九州配電と配電工事委託契約を締結 1945年 クラフティア 九州電業社他3社を第2次統合 1944年 クラフティア 電気工事業整備要綱に基づく九州19社の三次統合と九州電気工事の設立
- オークマ 2025年 オークマ FY24、中国市況悪化で減益 2023年 オークマ 群馬工場を新設 2019年 オークマ 可児工場にドリームサイト3(DS3)を新設 2010年 オークマ FY09にリーマン・ショックで過去最大級の赤字 2006年 オークマ 持株会社体制を解消し事業会社オークマに復帰 2005年 オークマ 持株会社オークマHDに移行 1997年 オークマ 大同大隈股份有限公司を合弁設立 1988年 オークマ 西独の2社を子会社化 1978年 オークマ 大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長による「ガラス張り経営」での再建 1963年 オークマ 自社製NC装置「OSP」の開発と、機械・制御を一体で設計する体制の構築 1955年 オークマ 大隈鋳造を設立 1904年 オークマ 工作機械の製造を開始
- 安宅産業 1977年 安宅産業 NRC製油所への傾斜投資と戦後最大級の商社破綻 1977年 安宅産業 協調融資団6銀行の頭取が対策会議を開催 1975年 安宅産業 NRC向け債権の焦げ付きで経営危機が表面化 1969年 安宅産業 人事を通じた創業家支配の継続と、住友商事との対等合併の撤回 1969年 安宅産業 越田左多男氏が社長退任 1966年 安宅産業 住友商事との合併撤回 1958年 安宅産業 安宅ドイツを会社設立 1926年 安宅産業 官営八幡製鐵所と取引開始
- 汽車製造 1972年 汽車製造 7年間の累積粉飾の発覚と川崎重工業への救済合併 1970年 汽車製造 7年間にわたる粉飾決算が発覚 1969年 汽車製造 経営不振が顕在化・無配転落 1962年 汽車製造 後藤悌次社長の「斜陽産業論」と車両専業からの多角化への転換 1950年 汽車製造 ディーゼル機関車製造を再開 1949年 汽車製造 蒸気機関車製造を中止・佐々木社長逝去・玉置善雄社長就任 1906年 汽車製造 鉄道国有法公布により顧客激減
- 積水化学工業 2025年 積水化学工業 ペロブスカイト太陽電池事業の運営を開始 2022年 積水化学工業 プライム市場に移行 2019年 積水化学工業 AIM Aerospaceを買収 2012年 積水化学工業 三菱樹脂の管材事業を買収 2006年 積水化学工業 第一化学薬品を子会社化 1997年 積水化学工業 小松化成を子会社化 1987年 積水化学工業 応用電子研究所を新設 1971年 積水化学工業 鉄骨系ユニット住宅「セキスイハイム」による住宅事業への参入 1971年 積水化学工業 住宅事業に参入 1963年 積水化学工業 北米進出「第三の紙」の栄光と挫折 ── 成長会社セキスイの転落(1962〜1965) 1963年 積水化学工業 1965年に赤字計上と社長更迭 1956年 積水化学工業 中央研究所を新設 1948年 積水化学工業 プラスチック自動射出成型事業に参入 1947年 積水化学工業 積水産業として発足
- 日本光電工業 2023年 日本光電工業 子会社を再編、持株会社体制に移行 2017年 日本光電工業 国内販売子会社11社を吸収合併 2012年 日本光電工業 デフィブテックを買収 2008年 日本光電工業 日本バイオテスト研究所を子会社化 1999年 日本光電工業 NKUSラボを設立 1985年 日本光電工業 子会社(日本光電ヨーロッパ)を設立 1974年 日本光電工業 無配転落下での減量経営「危機突破2-4作戦」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1962年 日本光電工業 富岡工場を設立 1958年 日本光電工業 主要部品の真空管からトランジスタへの置き換えと、小型ME機器への転換
- マキタ 2022年 マキタ プライム・プレミア市場へ移行 2019年 マキタ 尼寺空圧工業を子会社化 2013年 マキタ マキタ沼津を吸収合併 2005年 マキタ 城山開発の経営権を譲渡 1991年 マキタ ザックス・ドルマーを買収 1989年 マキタ マキタ・マニュファクチュアリング・ヨーロッパを設立 1970年 マキタ マキタUSAの設立と、欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築 1968年 マキタ 東京証券取引所・大阪証券取引所二部に上場 1957年 マキタ 特殊モーター受注生産からの転換と、国産第一号の携帯用電気カンナによる電動工具専業化 1915年 マキタ 牧田電機製作所を創業
- 秩父セメント 1994年 秩父セメント 小野田セメントとの合併による秩父小野田の発足 1986年 秩父セメント 諸井虔社長の会長就任と野坂和彦氏の社長就任 1976年 秩父セメント 諸井虔取締役の社長就任 1972年 秩父セメント 小型テスト窯を飛ばし、実用窯で開発したSF式セメント焼成法 1972年 秩父セメント 業界に先がけた営業オンラインシステムの実施 1968年 秩父セメント 諸井貫一社長の会長就任と大友恒夫専務の社長就任 1967年 秩父セメント 熊谷工場第2期工事の完成、月産能力55万トン 1958年 秩父セメント 秩父第二工場第2期工事の完成、回転窯4基・月産能力10万トン 1956年 秩父セメント 秩父第二工場の第1号回転窯火入れ、全長170mの湿式ロングキルン 1949年 秩父セメント 常務会が決めた新工場建設案を翌日に覆し、既設工場の若返りを選ぶ 1948年 秩父セメント 大友幸助社長の不慮の事故による急逝 1923年 秩父セメント 臨海立地の定型を破り、武甲山の麓に建てた内陸のセメント工場
- 日本セメント 1998年 日本セメント 秩父小野田との合併による太平洋セメントの発足 1997年 日本セメント 秩父小野田との合併の発表 1983年 日本セメント 創立100周年と中央研究所の新築 1982年 日本セメント 原島保社長の会長就任と北岡徹氏の社長就任 1974年 日本セメント 武安千春社長の会長就任と原島保氏の第6代社長就任 1972年 日本セメント 明星セメントの全株式取得 1970年 日本セメント セメント生産の大型工場への集約と、小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策 1968年 日本セメント 第一セメントとのセメント受託販売契約の締結 1966年 日本セメント 井上英煕社長の会長就任と武安千春副社長の社長就任 1953年 日本セメント 豪雨による門司工場の被災と従業員・家族29名の死亡 1951年 日本セメント アサノコンクリートの設立による生コンクリート事業への参入 1947年 日本セメント 財閥解体による創業家・浅野一族の役員退任と、浅野セメントから日本セメントへの商号変更 1946年 日本セメント 浅野総一郎社長の辞任と徳根吉郎常務の社長就任 1924年 日本セメント セメント連合会の創設主導と、生産・販売数量および最低価格の協定
- アシックス 2023年 アシックス ホグロフスABの株式譲渡を実行 2022年 アシックス 日本テレビHDと共同でアールビーズを子会社化 2016年 アシックス フィットネスキーパー Inc.を完全子会社化 2014年 アシックス 公開買付け・株式交換により、アシックス商事・子会社を完全子会社化 2010年 アシックス スウェーデンのホグロフスHDAB・子会社を子会社化 2009年 アシックス アシックススカンジナビアASを子会社化 1998年 アシックス 宮崎アシックス工業をアシックスアパレル工業に商号変更 1986年 アシックス アシックスタイガーオセアニアPTY.LTD.を設立 1977年 アシックス オニツカ・ジィティオ・ジェレンク3社合併によるアシックス発足 1977年 アシックス ジィティオ・ジェレンクと合併し7工場とジェレンクU.S.A.,Inc.を継承 1969年 アシックス スポーツシューズの生産工場として、鳥取オニツカ(のちに山陰アシックス工業)を設立 1958年 アシックス 鬼塚と東京鬼塚を吸収合併 1949年 アシックス 焼野原の神戸でスポーツシューズ専業に賭けた鬼塚商会の創業 1949年 アシックス バスケットボールシューズなどスポーツシューズの生産・販売を開始
- シマノ 2025年 シマノ 本社新社屋竣工 2022年 シマノ プライム市場に移行 2018年 シマノ Shimano Europe Holdingが欧州各社を吸収合併しShimano Europe B.V.に統合 2014年 シマノ 本社新工場が竣工 2009年 シマノ シマノ臨海をシマノセールスに商号変更 1997年 シマノ Shimano Europe Holding B.V.を設立 1989年 シマノ Ultegra Nederland B.V.を設立 1978年 シマノ 円高下で値引きを拒む「プロの商法」——高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る 1970年 シマノ 釣用リールの製造を開始 1965年 シマノ ニューヨークにShimano American Corporationを設立 1960年 シマノ 冷間鍛造を開始 1951年 シマノ 島野自転車を吸収合併しに増資、社名を島野工業に変更 1921年 シマノ 翌年に自転車部品のフリーホイール製造を開始
- 住友林業 2025年 住友林業 Brightland HomesグループをDRBグループへ再編 2024年 住友林業 Metriconグループの持分を取得し子会社化 2017年 住友林業 熊谷組の持分を取得し持分法適用関連会社化 2014年 住友林業 Gehan Homesグループの持分を取得し子会社化 2009年 住友林業 Henleyグループの持分を取得し持分法適用関連会社化 1995年 住友林業 イノスグループ事業開始 1988年 住友林業 スミリンメンテナンスを設立 1976年 住友林業 インドネシアでの合板現地生産——クタイ・ティンバー・インドネシア(KTI)設立 1975年 住友林業 スミリン住宅販売を東京と大阪に設立し注文住宅事業を開始 1964年 住友林業 分譲住宅事業に参入 1956年 住友林業 外材の輸入業務に着手 1948年 住友林業 林業所を分割
- 野村マイクロ・サイエンス 2025年 野村マイクロ・サイエンス 上海野村水処理工程有限公司が野村(上海)水処理工程技術有限公司を吸収合併 2024年 野村マイクロ・サイエンス 野村マイクロ・サイエンスSingaporeを設立(出資100%) 2018年 野村マイクロ・サイエンス 野村マイクロ・サイエンスVietnamを設立(出資100%・2021年3月清算決議) 2013年 野村マイクロ・サイエンス 上海野村水処理工程有限公司が広州支店を開設 2008年 野村マイクロ・サイエンス クラレとの合弁でクラレアクアを設立(出資45%・2012年3月合弁解消) 1999年 野村マイクロ・サイエンス ナムテックを100%子会社化 1983年 野村マイクロ・サイエンス 韓国三星半導体通信に超純水装置を輸出 1974年 野村マイクロ・サイエンス 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入 1974年 野村マイクロ・サイエンス 超純水製造システム事業に参入 1969年 野村マイクロ・サイエンス 東京都中央区日本橋本石町で設立
- 日本電子 2025年 日本電子 ジャパンスーパーコンダクタテクノロジーを買収 2021年 日本電子 武蔵村山製作所を開所 2019年 日本電子 JEOL KOREAを100%子会社化 2011年 日本電子 JEOL RESONANCE を分社新設 2009年 日本電子 日本電子データム・アクティブを吸収合併 1999年 日本電子 子会社を設立 1984年 日本電子 子会社を設立 1973年 日本電子 日本電子の経営機構改革と三事業部制への移行 1972年 日本電子 医用機器分野に参入 1964年 日本電子 JEOLCO(FRANCE)を設立 1956年 日本電子 分析機器分野に参入 1952年 日本電子 産業機器分野に参入 1949年 日本電子 日本電子光学研究所を三鷹市に設立、電子顕微鏡の製造販売を開始
- 三浦工業 2024年 三浦工業 CERTUSS GmbH(独)を子会社化 2024年 三浦工業 CBE ENTERPRISES, INC.とThe Cleaver-Brooks Companyを子会社化 2017年 三浦工業 MLEがアイナックス稲本HD・アイナックス稲本を子会社化 2014年 三浦工業 MIURA NETHERLANDS B.V.を設立 2008年 三浦工業 MIURA MANUFACTURING AMERICAを設立 1995年 三浦工業 三浦マニファクチャリング・三浦マシンを設立 1989年 三浦工業 オンラインメンテナンス業務を開始 1986年 三浦工業 食品加工機器の販売を開始 1978年 三浦工業 メディカル機器の製造を開始 1972年 三浦工業 メンテナンスの有料化と継続収益モデルへの転換 1960年 三浦工業 小型貫流ボイラの製造を開始 1959年 三浦工業 三浦製作所を法人化 1927年 三浦工業 精麦・精米機の製造販売のため三浦製作所を創業
- 日本紙パルプ商事 2024年 日本紙パルプ商事 Inapa France S.A.S.とその子会社を子会社化 2017年 日本紙パルプ商事 Ball & Doggett Group Pty Ltdとその子会社を子会社化 2010年 日本紙パルプ商事 米国大手紙商Gould Paper Corporation・その子会社を子会社化 2003年 日本紙パルプ商事 トーメンより紙パルプ事業の営業権を譲り受ける 1998年 日本紙パルプ商事 Safeshredをグループ会社化 1985年 日本紙パルプ商事 全額出資によりジェーピーホームサプライを設立 1970年 日本紙パルプ商事 中井と富士洋紙店の対等合併と、日本紙パルプ商事への商号変更 1969年 日本紙パルプ商事 富士洋紙店と対等合併契約に調印 1955年 日本紙パルプ商事 香港事務所を開設 1946年 日本紙パルプ商事 王子製紙の代行販売店として10月21日より活動を開始。同月30日に紙統制会社が解散 1944年 日本紙パルプ商事 元売業務を紙統制会社に接収され、業務は大幅に縮小
- 日本特殊陶業 2025年 日本特殊陶業 東芝マテリアルを完全子会社化 2023年 日本特殊陶業 英文商号をNGK SPARK PLUG CO., LTD.からNiterra Co., Ltd.に変更 2018年 日本特殊陶業 CAIRE Inc.を買収 2013年 日本特殊陶業 スパークプラグ10億本生産計画を公表 2009年 日本特殊陶業 最終赤字に転落・セラミックICパッケージの再編 1998年 日本特殊陶業 インテル向けの樹脂PKGの量産を本格化 1997年 日本特殊陶業 NGKイリジウムプラグを発売 1982年 日本特殊陶業 自動車用酸素センサの製造を開始(ジルコニア型・チタニア型) 1975年 日本特殊陶業 欧・米・豪で販売拠点を拡充 1967年 日本特殊陶業 セラミックICパッケージの製造販売開始と非自動車領域への多角化 1959年 日本特殊陶業 ブラジル特殊陶業の設立と、点火プラグの海外現地生産の開始 1949年 日本特殊陶業 全従業員782名の43%にあたる336名の希望退職を募集 1945年 日本特殊陶業 終戦により2000名を解雇 1936年 日本特殊陶業 日本碍子からの点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門の継承と分離独立
- 堀場製作所 2025年 堀場製作所 EtaMaxを買収 2023年 堀場製作所 Process Instruments社を買収 2015年 堀場製作所 MIRAより自動車開発エンジニアリング事業を買収 2013年 堀場製作所 キャメロンより計測事業部門を買収 2005年 堀場製作所 シェンク・ペガサス(独・米・韓・日)を買収(自動車テスト事業を取得) 1998年 堀場製作所 愛宕物産(堀場ジョバンイボン)を買収 1996年 堀場製作所 ABX社を買収 1988年 堀場製作所 子会社(ホリバ・コリア)を設立 1973年 堀場製作所 ホリバ・インスツルメンツ社を設立 1965年 堀場製作所 自動車排ガス測定装置の事業化 1950年 堀場製作所 国産初のガラス電極式pHメータ完成と計測器専業への転換 1945年 堀場製作所 堀場無線研究所の創業と株式会社堀場製作所への法人化
- 倉敷紡績 2025年 倉敷紡績 2025年6月末を目途に安城工場の閉鎖を決定 2022年 倉敷紡績 東京証券取引所プライム市場に移行 2018年 倉敷紡績 熊本事業所を開設 2012年 倉敷紡績 三重工場を新設 2007年 倉敷紡績 シーダムに出資し子会社化 1991年 倉敷紡績 バイオメディカル事業に参入 1990年 倉敷紡績 不動産事業に参入 1989年 倉敷紡績 化成品事業で群馬工場を新設 1976年 倉敷紡績 色彩管理システム・生産管理システム等のエレクトロニクス事業に参入 1970年 倉敷紡績 環境制御装置などのエンジニアリング事業に参入 1962年 倉敷紡績 化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化 1962年 倉敷紡績 ポリウレタンフォームなど化成品事業に参入 1957年 倉敷紡績 クラシキ・ド・ブラジル・テキスタイルを設立 1930年 倉敷紡績 世界恐慌下で倉敷労働科学研究所を会社から大原孫三郎氏の個人経営へ移す 1926年 倉敷紡績 人絹工業へ進出するため倉敷絹織(現クラレ)を別会社として設立 1888年 倉敷紡績 有限責任倉敷紡績所として創立
- 明治鉱業 1969年 明治鉱業 会社更生法によらない解散と、新明治鉱業を受け皿とする企業ぐるみ閉山 1969年 明治鉱業 北海道の昭和炭砿を閉山 1962年 明治鉱業 本岐鉱で国内初の水力採炭による開発と採掘を開始 1950年 明治鉱業 企業再建整備計画により資本金1億円に増資 1945年 明治鉱業 終戦により在外事業場を喪失 1944年 明治鉱業 石炭の販売統制により営業部を廃止 1908年 明治鉱業 大爆発を起こした豊国炭砿の引受けと、明治・赤池・豊国3炭砿を統一した明治鉱業の設立
- 日油 2024年 日油 北海道日油を日本工機に吸収合併 2014年 日油 NOF EUROPE GmbHを設立 2001年 日油 「DDS事業開発部」を新設 2000年 日油 タセトへ溶接事業を譲渡し溶接事業部廃止・神明工場閉鎖 1999年 日油 日本工機の発行済株式95%を取得 1988年 日油 決算期日を11月30日から3月31日に変更 1970年 日油 帝国火工品製造を吸収合併 1961年 日油 連続赤字下での川崎・千鳥工場の新設と、石油化学への進出 1961年 日油 石油化学事業に参入 1949年 日油 企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立 1937年 日油 日本油脂の発足(合同油脂・ベルベット石鹸・国産工業不二塗料製造所等の合併)
- 芙蓉総合リース 2025年 芙蓉総合リース CBHDの株式を100%取得し子会社化 2023年 芙蓉総合リース Pacific Rim Capital, Inc.を子会社化 2017年 芙蓉総合リース アクリーティブの株式を公開買付けで51%取得し子会社化 2014年 芙蓉総合リース ALM 2010 Limited(Fuyo Aviation Capital Europe)の全株式を取得 2008年 芙蓉総合リース シャープファイナンスの株式を65%取得し子会社化 2002年 芙蓉総合リース 安田リースと合併・芙蓉総合開発のリース金融事業を分割承継 1999年 芙蓉総合リース アイルランドにFGL Aircraft Ireland Limitedを設立 1988年 芙蓉総合リース Fuyo General Lease(USA) Inc.を設立 1973年 芙蓉総合リース 千代田エンタープライズを設立 1969年 芙蓉総合リース 丸紅飯田と富士銀行を軸とする芙蓉グループ6社の共同出資による総合リース会社の設立
- 神崎製紙 1993年 神崎製紙 王子製紙との合併による新王子製紙の発足と45年の歴史の幕 1993年 神崎製紙 王子製紙との合併の発表 1981年 神崎製紙 王子系4社による副社長会の設置 1969年 神崎製紙 米USPC社とのパルプ・製材15年長期輸入契約の締結 1968年 神崎製紙 第3工場1号抄紙機の完成 1959年 神崎製紙 富岡工場1号抄紙機の稼働開始 1957年 神崎製紙 米チャンピオン社からのキャスト・コーティング技術の導入と、自社方式から相手方式への全面切替 1956年 神崎製紙 徳島県阿南への富岡工場の建設と、広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 1949年 神崎製紙 2号抄紙機の稼働によるアート原紙の自給着手 1948年 神崎製紙 神崎製紙を設立し資本金1,000万円で神崎工場を継承
- リンナイ 2022年 リンナイ 家庭用給湯器において世界で初めて水素100%燃焼の技術開発に成功 2016年 リンナイ ガスターに追加出資、子会社化 2013年 リンナイ 暁工場を新設 1999年 リンナイ ガスターに出資 給湯機器の開発、生産、営業、メンテナンスの分野において業務提携 1988年 リンナイ リンナイインドネシアを設立 1979年 リンナイ 名古屋証券取引所(市場第二部)に上場 1967年 リンナイ 技術センターを新設 1957年 リンナイ 独シュバンク社との技術提携による赤外線ガスバーナー事業への参入 1957年 リンナイ 赤外線ガスバーナーの製造販売を開始 1950年 リンナイ 各種燃焼器具の製造販売を目的として林内製作所を設立
- 東京精密 2023年 東京精密 飯能工場が竣工 2019年 東京精密 富士通テレコムネットワークス福島の株式取得で子会社化 2019年 東京精密 SCHMITT INDUSTRIES INC.のバランサ事業を買収 2012年 東京精密 精密切断ブレード事業を事業譲受により開始 2008年 東京精密 子会社東精エンジニアリングの土浦半導体工場が竣工 1992年 東京精密 SILICON TECHNOLOGY CORPORATIONを買収 1989年 東京精密 ドイツにTOKYO SEIMITSU EUROPE GmbHを設立 1971年 東京精密 八王子工場本館完成 1969年 東京精密 アフターサービス担当の東精エンジニアリングサービスを設立 1957年 東京精密 差動変圧式電気マイクロメータの日本初工業化に成功 1953年 東京精密 高圧流量式空気マイクロメータの日本初工業化と、切削工具から精密測定機器への主力転換 1949年 東京精密 前身の東京精密工具を設立
- オルガノ 2024年 オルガノ オルガノエコテクノを吸収合併 2014年 オルガノ 地域販社7社(北海道・東北・東京・中部・関西・九州・山下薬品)を吸収合併 2009年 オルガノ オルガノエコテクノを設立 1997年 オルガノ 本社移転 1989年 オルガノ オルガノ(タイランド)を設立 1974年 オルガノ 丸栄工業に資本参加しオルガノ工事に商号変更 1966年 オルガノ 商号をオルガノに変更 1951年 オルガノ 米ローム・アンド・ハース社との提携とイオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化 1946年 オルガノ 山梨化学工業を日本オルガノ商会に商号変更し諏訪市で創業
- 南満洲鉄道 1945年 南満洲鉄道 終戦後の全社員の職場確守とソ連軍管理の受け入れ、全事業財産の管理・使用権の引渡し 1937年 南満洲鉄道 昭和製鋼所株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡 1933年 南満洲鉄道 満洲国国有鉄道の受託経営と、奉天への鉄路総局の設置
- 雪印乳業 2011年 雪印乳業 雪印乳業が解散・消滅 2009年 雪印乳業 日本ミルクコミュニティと経営統合し共同持株会社「雪印メグミルク」を設立 2003年 雪印乳業 全国農協直販・ジャパンミルクネットと統合し日本ミルクコミュニティを設立 1980年 雪印乳業 「ストリングチーズ」発売 1979年 雪印乳業 プレーンヨーグルト「雪印ナチュレ」発売 1968年 雪印乳業 「雪印ネオ マーガリンソフト」発売 1955年 雪印乳業 八雲工場製造の脱脂粉乳による学校給食集団食中毒事件 1949年 雪印乳業 集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動 1941年 雪印乳業 酪連と森永・明治・極東の道内乳業を束ねた「北海道興農公社」の設立 1932年 雪印乳業 廉売合戦への不追従と、空売りによる相場水準の引き戻し
- 小野田セメント 1994年 小野田セメント 秩父セメントとの合併により秩父小野田が発足 1985年 小野田セメント 売上高2027億円、セメント比率76%で多角化が業界最先行 1977年 小野田セメント 連結決算の開始 1964年 小野田セメント 金融難と7期の無配・労働争議が続く戦後最大の経営難 1950年 小野田セメント 企業再建整備計画の実行を完了 1934年 小野田セメント 第3次セメント聯合会への不参加と、関東州・朝鮮への別法人設立 1901年 小野田セメント 三井物産合名会社との製品一手販売契約の締結と販売機能の全面委託 1881年 小野田セメント 株主の金禄公債を抵当に据えたセメント製造会社の設立
- 安川電機 2025年 安川電機 2025年ビジョンの中期経営計画目標を実質下方修正 2024年 安川電機 NVIDIAとのパートナー連携でMOTOMAN NEXT展開を表明 2018年 安川電機 シーメンスからドライブ合弁を完全子会社化 2010年 安川電機 営業赤字・最終赤字転落 2002年 安川電機 最終赤字転落 2000年 安川電機 中・大型回転機部門を分社縮小 1999年 安川電機 シーメンスとの合弁でドライブ事業に参入 1983年 安川電機 ACサーボモータの本格展開 1977年 安川電機 産業用ロボット「MOTOMAN-L10」を開発 1977年 安川電機 希望退職者募集を検討し経営再建へ 1964年 安川電機 東京工場を新設しDCサーボモータ量産開始 1932年 安川電機 配電盤と変圧器を捨て「安川のモートル」へ絞る 1915年 安川電機 安川財閥の石炭資本を電機国産化へ投じた創業
- レンゴー 2024年 レンゴー 愛媛東温工場を新設(投資額140億円) 2017年 レンゴー 原紙生産体制を再編・淀川工場での生産終了 2016年 レンゴー トライウォールを買収・重包装事業でグローバル展開へ 2012年 レンゴー 独占禁止法に違反・公正取引委員会が立ち入り検査 2011年 レンゴー 板紙・段ボールを値上げ(+10%) 2006年 レンゴー 日本製紙・住友商事・レンゴーの3社で戦略提携を締結(のちに解消) 2000年 レンゴー 住友商事元副社長・大坪清氏が社長就任 1999年 レンゴー セッツを合併 1985年 レンゴー 千葉工場を新設 1975年 レンゴー 不況対策第8項目を発表・半期赤字に転落 1968年 レンゴー 三カ年計画を策定 1923年 レンゴー 日本製紙(大阪市西淀川本社)を吸収合併 1920年 レンゴー 聯合紙器の設立による法人化と同業統合 ── 原紙から製品までの垂直統合 1909年 レンゴー 「段ボール」の命名と国産化 ── 井上貞治郎氏による三成社創業
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