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「終身雇用」の方針と離職率低減への人事改革

2003年実施

離職率30%のベンチャーが、なぜ長く働く会社をめざしたか

時期 2003年9月
意思決定者 藤田晋(社長)
論点 人材定着と組織安定
概要
2003年、離職率が約30%に達していたサイバーエージェントが、藤田晋社長のもとで「長く働く人を奨励する会社」への方針転換に踏み切った経営判断。ベンチャーには異例の「終身雇用」を掲げ、人事機能の強化と福利厚生の整備で人材定着を図った。
背景
上場前後に急拡大した同社は、中途採用の失敗もあって離職率が約30%に達し、3年ほど高止まりしていた。年200名を採用しても約100名が辞める消耗戦で、組織は混乱していた。
内容
2003年秋、初の役員合宿で人事機能の強化と長期雇用の方針を決定。若手の曽山哲人氏を人事の中核に据え、2駅ルール(家賃補助)や理念小冊子「maxims」、年2回の社員総会など、定着と一体感を高める制度を整えた。
含意
離職率は約2年で30%から20%へ、その後は約8%まで低下した。組織の安定が広告営業の拡大を支え、従業員1,000名超の体制を実現。「実力主義と長期雇用のいいとこ取り」という同社の人事スタイルが確立した。
筆者の見解

使い捨てないことを競争力にした人事

この改革の要点は、実力主義のベンチャーが、あえて日本型の長期雇用を自らの武器として取り込んだ点にある。高い離職率は当時のネット業界では珍しくなく、辞めた分をまた採ればよいという発想もありえた。藤田晋社長はそれを採らず、採用コストと定着を天秤にかけたうえで、長く働ける会社をつくるほうが合理的だと判断した。2駅ルールも社員総会も理念小冊子も、一見すると情緒的な施策に見えて、離職という最大のコストを下げるための計算された投資だった。

もっとも、制度だけで人がとどまるわけではない。離職率が30%から8%へ下がるまでにはおよそ十数年を要し、曽山氏の言う「素直でいい人」を軸にした採用と育成の積み重ねが伴って初めて数字が動いた。人材の定着を経営の中心に据えたこの選択は、のちにゲームやメディアといった新事業へ人を送り出す余力を生み、2014年のメディア事業の構造改革でも人員を外部の離職ではなく社内異動で吸収する運営につながっていく。人を辞めさせないことを競争力に変えたところに、この決断の一貫した思想がある。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

離職率30%という消耗戦

2000年に東証マザーズへ上場した前後、サイバーエージェントの組織は急速に膨らんでいた。上場時に約100名だった社員に対し、その後は年に200名規模を中途採用で受け入れたが、辞めていく人数も多く、社員数は思うように積み上がらなかった。人事を担うことになる曽山哲人氏の説明では、退職率が約30%という水準が3年ほど続いたという。平均24〜25歳の若い組織に年上の大企業出身者を採るなど採用の失敗も重なり、組織は混乱していた。年に200名を採っても約100名が辞めるという消耗戦が、成長を妨げていた[1][2]

決断

「長く働く会社」への方針転換

転機は2003年に訪れた。同社初の役員合宿で、人事機能を強化することが明確に決まり、長く働く人を奨励する会社をめざす方針が定められた。急成長のベンチャーが、実力主義の裏で人を使い捨てる消耗を止め、あえて長期雇用へ転じる判断であった。藤田晋社長はこの方針をのちに「終身雇用」という強い言葉で表現し、経営者が社員を本気で辞めさせないというメッセージを、制度と行動の両面で示していく。日経ベンチャーの2006年の取材でも、離職率の低下は「強い会社の新条件」として紹介され、藤田社長が離職率の低下にこだわる様子が取り上げられた[3][4]

曽山哲人と定着の仕組みづくり

方針を制度と文化に落とし込む担い手が、当時まだ若手だった曽山哲人氏である。営業部門の代表として人事改革の議論に加わった曽山氏は、2005年に経営直轄で新設された人事本部の本部長に就き、社内風土の改革を主導した。整えられた仕組みは具体的だった。勤務するオフィスの近くに住む社員に家賃を補助する「2駅ルール」は、社員同士を仲良くさせて離職率を下げる狙いで設けられた。全社員には藤田社長の理念を記した小冊子「maxims」が配られ、年2回の社員総会では社長のスピーチと社員の表彰が行われ、感極まって泣く社員も現れた。制度と儀式の両面から、辞めにくい一体感を組織に織り込んでいった[5][6][7]

結果

離職率の低下と組織の安定

施策の効果は、数年かけて数字にあらわれた。約30%だった離職率は、改革開始からおよそ2年で20%程度まで下がり、その後も低下を続けて2018年時点では約8%まで改善した。近年も7%台で推移している。組織の安定は採用と育成の好循環を生み、人事部は業績を伸ばすチームの共通項から「素直でいい人」という採用基準を導き出した。曽山氏は、実力主義と日本型の長期雇用の「いいとこ取り」をめざし、挑戦と安心はセットでなければならないと語る。人材の定着を経営の土台に据えるこの考え方が、広告営業の拡大を支え、従業員1,000名を超える組織への成長を可能にした[8][9]

出典・参考