アメーバブログの立ち上げとメディア事業への参入
2004年実施広告代理からメディア保有へ——藤田晋はなぜ「自らやってみせる」道を選んだか
- 概要
- 2004年、サイバーエージェントがブログサービス「Ameba(アメーバブログ)」を立ち上げ、広告代理からメディア保有へと事業の性格を変えた経営判断。翌2005年には藤田晋社長が自ら事業本部を率い、赤字を許容しながらメディアを育てた。
- 背景
- 広告代理は営業人員に比例する労働集約モデルで、上場後の同社は「本当の意味でのネット企業に飛躍したい」という課題を抱えていた。藤田社長は、良いサービスは自らつくるしかないと考え、自社メディアへの投資に踏み込む。
- 内容
- 2004年9月にアメーバブログを開始し、山川健一氏・片岡義男氏ら著名作家に執筆枠を提供してコンテンツを確保。2005年に藤田社長が直轄する事業本部を新設し、月間ページビューを指標に長期の先行投資を続けた。
- 含意
- 月間PVは2005年の約2.9億から2008年に月間50億へ拡大し、日本一のブログへ成長。約60億円の累積赤字を先行投資として積み上げたのち、2009年にAmeba事業は黒字化した。広告代理からメディア保有への転換は、後のゲームやAbemaへの投資を発想する土台となった。
「持つ」側に回ったことの意味
この決断の核心は、稼ぎ方の構造そのものを変えた点にある。広告代理は他社の広告枠や自社の営業力を売る商売で、成長は人員の増加とほぼ比例する。これに対しアメーバは、自ら媒体を持ち、集めたページビューを広告在庫として売る。人を増やさずとも読者が増えれば収益が伸びる構造へ移ることは、赤字の先行投資を数年抱える覚悟と引き換えに、レバレッジの効く事業を手にすることを意味した。藤田晋社長が経営トップでありながら一事業を直轄したのは、この転換を本気で成し遂げるための布石だった。
メディアを「持つ」側に回った経験は、単独の事業の成否を超えて、同社の後年を規定した。赤字を本業の利益で賄いながら長期に投資を続ける運営、月間ページビューという利用者規模を経営の指標に据える発想は、このアメーバで型ができた。2000年の株価暴落のなかで芽生えた「自社媒体を持つ」という考えは、ここでブログという形をとり、やがてゲームのCygamesや動画のAbemaTVへと桁を変えて受け継がれていく。広告営業の会社が事業会社へと性格を変えた転換点として、この選択は同社の系譜の結び目に位置している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
広告代理の限界と「ネット企業への飛躍」
上場後のサイバーエージェントは、ネット広告の代理店事業を主力としていた。だが代理店業は、広告主のプロモーションを手伝う労働集約的なモデルで、売上を伸ばすには営業人員を増やし続ける必要があった。藤田晋社長は、この構造に本当の意味でのネット企業とは呼びにくいものを感じていた。のちの取材で藤田社長は、法人向けの代理店事業から出発したがゆえに最終ユーザーにとって本当に良いサービスとは何かという視点が欠けていたと振り返り、本当の意味でのネット企業へ飛躍することを自らの一番の課題だと語っている。良いものをつくるには自分がやってみせるしかない——その思いが、自社メディアへの投資を後押しした[1]。
決断
アメーバブログの開始と著名作家の起用
2004年9月、サイバーエージェントはブログサービス「Ameba(アメーバブログ)」を開始した。当初は、月間のランキング上位のブログに賞金を還元する現金還元型のサービスとして書き手を呼び込み、あわせて山川健一氏や片岡義男氏といった著名な作家にも執筆枠を提供して、外部の書き手によって初期のコンテンツを厚くした。まだ広告代理を主力とする会社が、自ら媒体を運営して読者を集める側に回る一歩であった。販売に特化した創業期の姿から、自社メディアを抱える事業会社へと、組織の性格が変わる一歩となる選択だった[2][3]。
藤田社長自らが率いる先行投資
翌2005年7月、同社はアメーバ事業本部を新設し、藤田晋社長がみずから事業を率いた。経営トップが一事業の指揮を執るのは異例で、良いサービスは自分がやってみせるしかないという考えの実践であった。事業本部は月間ページビューを指標に据え、広告代理で稼いだ収益を原資に、赤字を許容しながらメディアへの長期投資を続けた。広告在庫がページビューに比例するメディアの収益構造を見据え、営業人員に比例する代理モデルから、規模の拡大が利益に効くメディア保有モデルへと軸を移していく判断だった。藤田晋社長はこの投資に自らの進退をかけ、2009年までにアメブロを事業として形にできなければ社長を辞任すると公言し、約60億円にのぼる累積赤字を背負いながら投資を続けた[4][5][6]。
結果
日本一のブログへの成長と黒字化
先行投資は、まずページビューの伸びとなってあらわれた。月間PVは2005年10月の約2億9,100万から、2009年1月見込みで約69億7,300万へと3年余りで約24倍に拡大し、うちモバイルが全体の約48%を占めるまでになった。技術面でも2006年のシステム改善を契機に規模の拡大に耐える基盤が整い、2008年時点でAmeba(アメブロ)は月間50億ページビューを集める日本一のブログへと成長した。そして2009年、Ameba事業は黒字化を果たした。同社は2009年9月期の第4四半期に初の四半期黒字を計上し、藤田晋社長は5年におよぶ先行投資で積み上げた約60億円の累積赤字について、6月以降は完全に黒字化しており一掃できると報告した。広告代理に依存しない収益源をつくるという当初の狙いに、一つの答えが出た[7][8][9]。
- サイバーエージェント 有価証券報告書【沿革】
- 日経トップリーダー 2009年10月号「社長インタビュー 藤田晋」(日経BP社)
- アシスト『Ashisuto customers' opinions』Vol.9 No.25(サイバーエージェント 佐藤真人氏・渡部智和氏/取材2008年8月)
- 日経クロステック 2009年11月2日「想定通りブログで稼げる会社になった」
- 渋谷ではたらく社長のアメブロ(藤田晋)2009年11月「IR」
- ITmedia 2004年9月16日「サイバーエージェント、アメーバブログ開始」