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村上ファンドの接近と買収防衛

2001年実施

現金が株価を上回った会社を、藤田晋はどう守り抜いたか

時期 2001年5月
意思決定者 藤田晋(社長)
論点 株主との対峙と支配権
概要
2001年、株価暴落で時価総額が保有現金を下回ったサイバーエージェントに村上ファンドが接近し、上場で調達した225億円の株主還元と会社の清算を迫った経営危機。藤田晋社長は楽天・三木谷浩史氏の出資を得て、独立を守り抜いた。
背景
ITバブル頂点で225億円を調達した直後の暴落で、同社は時価総額が保有現金を下回る「現金超過」の状態に陥った。藤田社長は危機の数か月前に自社株を社員へ配っており、持株は22.6%まで下がっていた。
内容
村上世彰氏のM&Aコンサルティングが市場で約1割を買い集め第4位株主に。日経も減資観測を報じた。藤田社長は楽天を訪ね、三木谷氏がサイバーエージェント株の8.6%を取得。安定株主を得て買収の危機を回避した。
含意
藤田社長は上場前に取得したワラントを行使して筆頭株主に復帰し、村上ファンドは2002年半ばまでに全株を手放した。短期の株主還元ではなく長期の事業投資を選んだこの対峙は、以後の株主との向き合い方の原点となった。
筆者の見解

現金という弱点と、貫いた長期投資

この攻防が突きつけたのは、バブルの頂点で得た資金余力が、そのまま会社の存続を脅かす弱点に転じるという皮肉である。時価総額が現金を下回れば、会社は現金を狙う買収の的になる。村上ファンドの論理は、遊ばせた資本を株主に返せという、資本市場の側からの一つの正論でもあった。それでも藤田晋社長は、要求どおりに調達資金を返して事業を縮小する道を選ばなかった。清算して現金を配るより、赤字を抱えてでもメディアという次の事業を育てるほうに賭けた。短期の株主還元と長期の事業投資、そのどちらを選ぶかという問いに、藤田社長は明確に後者で答えた。

危機を救ったのが敵対的な防衛策ではなく、三木谷氏という同じ起業家の出資だった点も、この一件の性格をよくあらわしている。藤田社長は後年、この恩を忘れず、2023年には楽天へ100億円を出資している。そして、安定株主を持たず外部の大株主に支配を左右されるという同社の構造は、この2001年で消えたわけではなかった。持株比率と取締役会の独立性をめぐる株主との緊張は、2019年に社長選任賛成率が57.56%へ急落する事態として再び表面化する。現金超過を突かれた最初の対峙は、創業者が資本市場とどう向き合うかという、その後も続く問いの出発点だった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

現金が株価を上回るという歪み

2000年3月、サイバーエージェントは東証マザーズへの上場で約225億円を調達した。ところが直後のITバブル崩壊で株価は暴落し、同社は時価総額が保有する現金を下回るという逆転にまで追い込まれた。会社の値段より会社が持つ現金のほうが多い——この歪みは、買収する側から見れば格好の的だった。現金を目当てに会社を買い、赤字の事業を整理すれば、それだけで巨額の利益が出る。藤田晋社長自身が、当時の状況をそう振り返っている。バブルの頂点で得た資金余力が、そのまま会社の弱点に転じていた[1]

社員に株を配っていた創業者

弱点は資金の歪みだけではなかった。危機の数か月前、藤田晋社長は自らが多く保有していた株式を社員に配っており、その結果として持株比率は下がっていた。危機期の株主構成は、藤田社長が22.6%で筆頭株主、GMOが21.4%、有線ブロードネットワークスが13.2%と、上位が拮抗していた。安定株主をほとんど持たないこの構成では、創業者の持株だけで会社を守り切ることはできず、外部の大株主の動き一つで支配権が揺らぐ危うさをはらんでいた[2][3]

決断

「225億円を株主に返せ」という要求

この歪みに目をつけたのが、M&Aコンサルティングを率いる村上世彰氏だった。村上ファンドは市場でサイバーエージェント株を約1割まで買い集め、第4位の大株主となった。変更報告書・大量保有報告書に基づく推定では、保有比率は2001年7月の6.10%から8.11%へ、そして9.20%へと高まっていく。村上氏の要求は明快だった。上場で調達した225億円を一度株主に返し、会社を一度清算してやり直したらどうか、というものだった。本業のネット広告に専念し、赤字のメディア事業などは止めるべきだとも迫った。2001年5月には日経が、村上氏を第4位株主として減資を求める公算があると報じ、圧力は表面化した[4][5][6][7]

三木谷氏というホワイトナイト

危機の本質は、村上ファンド単独ではなく、大株主同士が結びつく可能性にあった。GMOの21.4%と村上ファンドの約1割が一つになれば、筆頭株主の藤田社長を上回る勢力となり、会社の支配権そのものが動きかねない。持株を社員に配っていた藤田社長には、単独で対抗するだけの株がなかった。そこで頼ったのが、楽天の三木谷浩史氏である。藤田社長が楽天のオフィスを訪ねると、三木谷氏はその場で、10億円を投じてサイバーエージェント株の約1割を買い取ると約束した。有線ブロードネットワークスの宇野康秀氏も関係者の調整に動き、救済出資をまとめた[8]

提携は2001年末に実現した。楽天は2001年12月20日、サイバーエージェント株3,780株、発行済株式の8.6%を売買により取得する資本提携を発表した。当時のサイバーエージェントは株式分割前で発行済株式総数がわずか44,144株だったため、8.6%は3,780株にあたる。表向きの目的は楽天市場やインフォシークの広告営業の強化だったが、実質は買収危機に対する安定株主づくりだった。取得額は公表されなかったものの、報道では10億円程度と見られている。藤田社長は著書で、三木谷氏が約10%・約10億円分を引き受けてくれたと回想している[9][10]

結果

筆頭株主への復帰と村上ファンドの撤退

三木谷氏の出資で最悪の事態は避けられ、藤田晋社長は反転に動いた。上場前に取得していたワラント、すなわち株式を購入できる権利を行使して株数を積み増し、筆頭株主の座に復帰した。有価証券報告書の大株主欄をもとにした集計では、藤田社長の持株は2002年9月末に約31%まで戻っている。一方の村上ファンドは、変更報告書・大量保有報告書に基づく推定で、2002年6月までに保有をゼロにして撤退した。現金超過の歪みは消え、会社は買収の的ではなくなった[11][12]

出典・参考