エムスリー の歴史

更新:

創業

2000年

創業者

谷村格

創業地

東京都品川区

直近売上高(2026/3)

3,514億円

長期業績と転換点(2002/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ2000年に谷村格氏はマッキンゼーを辞めてまでソネット・エムスリーを創業したのか
A 2000年9月の創業動機は、医師と製薬会社の双方が抱える情報流通の非効率を、コンサルでは解けない事業として自ら解くことにあった。谷村格氏はマッキンゼーのヘルスケア担当として、医師が薬効データを短時間で知りたいという声と、約5万5千人のMRが医師を訪ね歩く製薬側の重い面談コストを同時に見ていた。So-netの出資を受け品川区にソネット・エムスリーを設立し、翌月のMR君で、複数の製薬会社が一つのサイトから多数の医師へ情報を届ける共通基盤を作った
Q なぜ海外では自前で医師を集めず2011年以降に現地ポータルを次々と買収して束ねたのか
A 自前で海外医師を集めず現地ポータルを買って束ねたのは、医師が国ごとの免許制ネットワークで、国境を越えて自力で会員を集めるのが難しかったからである。2011年8月に英Doctors.net.ukを子会社化したのを最初に、2013年11月に中国Kingyee、2016年11月に仏Vidalを傘下へ加えた。既に現地で医師の信頼を築いたプラットフォームを取り込む型が、海外売上をFY10の15億円からFY23の698億円へ伸ばした
Q なぜ2025年にM&A中心の会社が利益を株主へ返す方針へ切り替えたのか
A 2025年5月に利益を株主へ返す方針へ切り替えたのは、買収で成長を取り込む手法が以前ほど効かなくなったからである。直前には北米治験のM3 Wake Researchと中国Kingyee系の医師キャリア事業で減損を計上していた。エムスリーは1株21円・総額143億円の配当に、発行済株式の2.95%にあたる上限200億円の自己株式取得を重ね、合計343億円の株主還元を決めた。創業から25年、稼いだ資金をM&Aへ投じてきた会社が、現金の使い道を変えた。

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2000年〜 マッキンゼーから医療コンサル卒業と独立起業

エムスリーの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2000年 ソネット・エムスリーを設立
  2. 2000年 MR君サービス開始
  3. 2003年 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 買い集めた医師会員を二枚看板のまま育てるか、一つの入口へ束ねるか——谷村格社長の選択
  4. 2003年 子会社So-net M3 USA Corporationを設立
  5. 2004年 東京証券取引所マザーズに株式を上場
  6. 2005年 初の一般消費者向けサービス「AskDoctors」提供開始

35歳のパートナーが選んだ「実業」

谷村格氏は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入り、ヘルスケア領域のコンサルタントとして製薬・医療業界を担当し、1999年12月に同社パートナーへ昇格した。パートナー就任後に投資ファンドや別ファームへ移るのが通例のなかで、谷村氏が選んだ道は事業会社としての起業だった。2000年9月、ソニーコミュニケーションネットワーク(So-net)の出資を受けて「ソネット・エムスリー株式会社」を東京都品川区に設立し、自ら代表取締役兼CEOに就任した。事業構想の中心には、医師と製薬会社の情報流通に横たわる構造的な非効率を突くという問題意識が据えられた。ソニー系列の通信子会社と組んで始動した点も、当時の事業モデル作りの特徴を示している。 [1][2][3][4][5]

  • エムスリー 有価証券報告書(役員の状況)
    • [1]谷村格は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社した
    • [2]谷村格は1999年12月にマッキンゼーのパートナーへ昇格した
    • [5]谷村格は2000年9月に自ら代表取締役兼CEOに就任した
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [3]2000年9月にソネット・エムスリー株式会社を設立した
    • [4]ソネット・エムスリー株式会社は東京都品川区に設立された

谷村氏は後年、転身の動機について面白いことができそうだと思ったからだと振り返っている。マッキンゼー時代に医師から繰り返し聞いた、薬の効能や副作用の最新データを限られた時間で集めたいという切実な声と、製薬メーカー側の非効率なMR体制の双方を同時に見ていた体験が、起業の出発点となった。コンサルタントの立場からは解けない課題を、自ら事業を立ち上げて解決するという選択で、当時のマッキンゼー出身者の進路として主流とは言い難い。谷村氏は35歳でエムスリーを起業したが、もっと早くすればよかったと感じているとも語っている。ヘルスケア領域にコンサルタントとして深く関わった経験と、業界人脈の蓄積が、事業化の環境を支えた。

  • エムスリー 有価証券報告書(役員の状況)
    • [1]谷村格は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社した
    • [2]谷村格は1999年12月にマッキンゼーのパートナーへ昇格した
    • [5]谷村格は2000年9月に自ら代表取締役兼CEOに就任した
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [3]2000年9月にソネット・エムスリー株式会社を設立した
    • [4]ソネット・エムスリー株式会社は東京都品川区に設立された

製薬MRの非効率を突いた「MR君」

設立翌月の2000年10月、エムスリーは最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた。2014年時点の日本では製薬会社のMRが約5万5千人、医薬品卸のMSが3万人で合計8万5千人が活動しており、医師との比率は3対1。米国の7対1と比べて効率が悪く、医師1人あたりの面談コストが大きい構造が業界全体の課題となっていた。谷村氏はこの仕組みの独自性について、複数の製薬会社が1つのプラットフォームを通じて多数の医師と情報を流通できるサービスは世界でも例がなかったと語っている。従来は製薬会社ごとに個別のMRが医師を訪問する世界だったが、エムスリーが提案したのは複数社の情報を同じ窓口から届ける共通基盤であり、業界構造への挑戦としての色合いが濃い取り組みだった。 [6][7][8][9][10]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2000年10月に最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた
  • キャリアインキュベーション 2014
    • [7]2014年時点の日本の製薬会社MRは約5万5千人だった
    • [8]2014年時点の医薬品卸MSは3万人だった
    • [9]2014年時点の医師とMR/MSの比率は3対1だった
    • [10]2014年時点の米国の同比率は7対1だった

サービスは当初、各MRが担当医師に発信する形式で始まったが、医師がMRを指名して情報を取り出せる方式に切り替えた結果、トラフィックが伸び、3万人以上の医師が登録する「カリスマMR」も生まれた。この切り替えは、情報流通の主導権を発信側から受信側へ移すという点で、医療情報マーケティングを一段進める転換となった。2005年1月にはネットを介したビジネスモデル特許を取得し、後発の参入に対する法的な防壁も押さえた。発信型から需要駆動型へ方式を転換できた柔軟さは、後のプラットフォームビジネス全体の土台となった。医師側が能動的に情報を選び取る体験を設計した結果、会員の定着と、製薬会社から見た広告価値の向上が同時に引き出された。

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2000年10月に最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた
  • キャリアインキュベーション 2014
    • [7]2014年時点の日本の製薬会社MRは約5万5千人だった
    • [8]2014年時点の医薬品卸MSは3万人だった
    • [9]2014年時点の医師とMR/MSの比率は3対1だった
    • [10]2014年時点の米国の同比率は7対1だった

マザーズ上場までの4年間の急成長

2003年7月、社内で並行運営した医療情報サイト「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し、医師向けポータルm3.comとして一本化した。同年10月には米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立し、海外展開の足場を早い時期から作っている。創業から4年後の2004年9月には東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場し、資本市場からの成長資金調達という手段を手に入れた。FY03の連結売上15億6千万円は、上場後のFY05には38億5千万円まで拡大した。上場前後で売上規模が倍以上になった伸びが、財務データから読み取れる。インターネット黎明期の医療情報サービスとしては例外的なスピードでの規模拡大であり、業界に新しいプレーヤーを根付かせた最初のマイルストーンとなった。上場時の調達資金は、海外展開と子会社化戦略の原資となった。 [11][12][13][14][15][16]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [11]2003年7月に「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し医師向けポータルm3.comとして一本化した
    • [12]m3.comは「MyMedipro」と「so-netm3.com」の2サイトを統合したものである
    • [13]2003年10月に米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立した
    • [14]2004年9月に東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場した
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [15]FY03(2004年3月期)の連結売上高は15億6千万円だった
    • [16]FY05(2006年3月期)の連結売上高は38億5千万円だった

2005年12月には、m3.com登録医師の一部が一般消費者の質問に回答する「AskDoctors」を開始した。当時日本でセカンドオピニオンの重要性が叫ばれ始めた流れに乗り、医師ネットワークを医療従事者以外にも転用できると示した最初の事例となった。医師というネットワーク資産を複数のビジネスモデルへ展開する発想は、治験支援・人材紹介・電子カルテといった多角化の基本パターンとなった。医師会員基盤を軸にしたプラットフォーム事業という同社のアイデンティティも、この頃から姿を現した。一度築いた医師ネットワークをどこまで多様なサービスへ転用できるかという問いは、経営判断の中心となり、会員基盤そのものを中長期の競争優位の源泉と見なす発想が社内に浸透した。 [17]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [17]2005年12月に一般消費者向けサービス「AskDoctors」を開始した
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [11]2003年7月に「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し医師向けポータルm3.comとして一本化した
    • [12]m3.comは「MyMedipro」と「so-netm3.com」の2サイトを統合したものである
    • [13]2003年10月に米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立した
    • [14]2004年9月に東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場した
    • [17]2005年12月に一般消費者向けサービス「AskDoctors」を開始した
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [15]FY03(2004年3月期)の連結売上高は15億6千万円だった
    • [16]FY05(2006年3月期)の連結売上高は38億5千万円だった

2007年〜 国内医師の過半数を囲い込むプラットフォーム形成

エムスリーの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2007年 東京証券取引所一部に上場市場を変更
  2. 2009年 エムスリーキャリアを設立
  3. 2010年 商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー」へ改める 資本関係は親会社のまま残しながら、なぜ社名からソニー系列の冠だけを外したか
  4. 2011年 英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める 海外の医師を自前で集めるか、現地一番手を丸ごと買うか——谷村格社長が選んだ方法
  5. 2011年 本店を現在地に移転
  6. 2012年 シィ・エム・エスを子会社化
  7. 2013年 Kingyee Co., Limitedを子会社化

ソニー系から自立した「エムスリー」へ

2007年3月、創業から7年目で東京証券取引所市場第一部へ上場市場を変更した。FY06の売上は57億円、営業利益は26億円で、上場時から3年で売上1.5倍・利益2倍の成長フェーズに入っていた。2009年12月には医師・薬剤師向けの求人広告と人材紹介を行うエムスリーキャリア株式会社を設立し、ポータルから派生する人材ビジネスを子会社化した。医師ネットワークを情報流通だけでなく人材マッチングへも展開するという方向性が経営の柱として前面に出始め、複数のマネタイズ経路を同一会員基盤から引き出すモデルが形を整えた。医師会員というネットワーク資産は複数の収益源を同時に支える共通基盤となり、経営の重心はポータル事業単体から会員ネットワーク全体の活用へ移った。 [18][19][20][21][22]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [18]2007年3月に東京証券取引所市場第一部へ上場市場を変更した
    • [21]2009年12月にエムスリーキャリア株式会社を設立した
    • [22]エムスリーキャリアは医師・薬剤師向けの求人広告と人材紹介を行う
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [19]FY06(2007年3月期)の連結売上は57億円だった
    • [20]FY06(2007年3月期)の連結営業利益は26億円だった

2010年1月、商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー株式会社」に改めた。ソニー系列の冠を外し、医療従事者ネットワークを軸とした独立ブランドとして市場に立つ判断で、以後の海外M&Aや多角化はこの「エムスリー」の名で進めた。ソニー系のプラットフォーム企業から医療系プラットフォーム企業への移行を社名として対外的に示した瞬間でもあり、投資家に対しても独立した事業会社としての自己定義を示す節目となった。医療従事者を軸とするグローバルなプラットフォーム企業として自らを置き直す宣言でもあり、海外展開を進めるうえでのブランドの一貫性を保つ基盤整備でもあった。 [23]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [23]2010年1月に商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー株式会社」に変更した
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [18]2007年3月に東京証券取引所市場第一部へ上場市場を変更した
    • [21]2009年12月にエムスリーキャリア株式会社を設立した
    • [22]エムスリーキャリアは医師・薬剤師向けの求人広告と人材紹介を行う
    • [23]2010年1月に商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー株式会社」に変更した
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [19]FY06(2007年3月期)の連結売上は57億円だった
    • [20]FY06(2007年3月期)の連結営業利益は26億円だった

ポータル一本足からの脱却と多角化

2012年10月、電子カルテの開発・販売を行う株式会社シィ・エム・エス(現エムスリーソリューションズ)を子会社化し、医療機関の現場ITに足を踏み入れた。続く2014年2月には治験業務支援の株式会社メディサイエンスプラニングを株式交換で子会社化し、製薬向けマーケティングに次ぐ収益源として治験ソリューション事業を立ち上げた。同年8月には医療機関の運営サポートを行うエムスリードクターサポート(現株式会社シーユーシー)を設立し、本業のポータル事業とは異なる現場オペレーションへも事業領域を広げた。医療現場に近い領域へ踏み込むほど求められる業務知識は深くなるが、子会社化で現場ノウハウを取り込みつつ本業との相乗効果を狙う構成は、多角化の基本パターンとなった。 [24][25][26][27][28]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [24]2012年10月に株式会社シィ・エム・エスを子会社化した
    • [25]シィ・エム・エスは現エムスリーソリューションズで電子カルテの開発・販売を行う
    • [26]2014年2月に株式会社メディサイエンスプラニングを株式交換で子会社化した
    • [27]2014年8月にエムスリードクターサポートを設立した
    • [28]エムスリードクターサポートは現株式会社シーユーシーで医療機関の運営サポートを行う

セグメント開示でもこの変化は明瞭だった。FY09に「医療ポータル」と分けて初めて「エビデンスソリューション」セグメントが立ち上がった。続くFY12には「診療プラットフォーム」、FY14には「営業プラットフォーム」が加わった。ポータル一本足だった収益構造は、医師会員ネットワークを核とする複数セグメントのポートフォリオへ変わった。単一サービスへの依存から脱却する多角化戦略は、開示上の数字としても投資家から見える形で積み上がった。複数のセグメントが相次いで誕生する過程は、会員ネットワークをどの事業領域へも転用できるという仮説が、財務データの裏付けを得て実証されていく過程でもあった。セグメントごとの粗利と成長速度の違いも、投資家との対話の論点となった。

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [24]2012年10月に株式会社シィ・エム・エスを子会社化した
    • [25]シィ・エム・エスは現エムスリーソリューションズで電子カルテの開発・販売を行う
    • [26]2014年2月に株式会社メディサイエンスプラニングを株式交換で子会社化した
    • [27]2014年8月にエムスリードクターサポートを設立した
    • [28]エムスリードクターサポートは現株式会社シーユーシーで医療機関の運営サポートを行う

英Doctors.net.uk買収という海外モデル確立

2011年8月、エムスリーは英国の医師向けポータル運営会社Doctors.net.uk Limited(現M3 (EU) Limited)を連結子会社化した。自前で海外医師を集めるのではなく、現地で既に医師ネットワークを持つポータルを買収して傘下に入れるというモデルだった。この型は、以後の中国Kingyee(2013年11月、現Medlive Technology)、フランス・ドイツ・スペインのVidal Group(2016年11月、現M3 Medical Holdings)へと繰り返す海外展開パターンの最初の事例となった。ゼロから海外ネットワークを立ち上げるのではなく、既存プレーヤーを束ねるという成長の型が、同社の海外展開の核となった。医師という国ごとの免許制のネットワークは、国境を越えて自前で集めることが難しいという実務的な制約があり、既に現地で信頼を築いているプラットフォームを取り込む選択は合理的な判断として働いた。 [29][30][31][32][33][34]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2011年8月に英国Doctors.net.uk Limitedを連結子会社化した
    • [30]Doctors.net.uk Limitedは現M3 (EU) Limitedで英国の医師向けポータル運営会社である
    • [31]2013年11月に中国Kingyeeを子会社化した
    • [32]Kingyeeは現Medlive Technologyである
    • [33]2016年11月にVidal Groupを子会社化した
    • [34]Vidal Groupは現M3 Medical Holdingsでフランス・ドイツ・スペインを中心とする

海外セグメントは2010年度には売上15億円・利益5,500万円の小事業にすぎなかったが、FY15には売上138億円・利益16億円まで拡大した。海外現地ポータルを買い集めて束ねる戦略が、国内ポータルとは別の独立した収益柱を作り上げ、M&Aを事業成長のエンジンに据えるエムスリーのスタイルが固まった。買収対象を選ぶ基準として、既存の医師ネットワーク資産と現地での実績を重んじる姿勢が繰り返し現れ、欧米買収へ直接つながった。自前主義にこだわらず、世界各地で既に機能するプラットフォームを取り込んで連携させるこの型は、同社のグローバル戦略を支える中核思想として、以後も一貫して守られた。 [35][36]

  • エムスリー 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [35]2010年度(FY10)の海外セグメント売上は15億円だった
    • [36]FY15(2016年3月期)の海外セグメント売上は138億円だった
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2011年8月に英国Doctors.net.uk Limitedを連結子会社化した
    • [30]Doctors.net.uk Limitedは現M3 (EU) Limitedで英国の医師向けポータル運営会社である
    • [31]2013年11月に中国Kingyeeを子会社化した
    • [32]Kingyeeは現Medlive Technologyである
    • [33]2016年11月にVidal Groupを子会社化した
    • [34]Vidal Groupは現M3 Medical Holdingsでフランス・ドイツ・スペインを中心とする
  • エムスリー 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [35]2010年度(FY10)の海外セグメント売上は15億円だった
    • [36]FY15(2016年3月期)の海外セグメント売上は138億円だった

2016年〜 欧米買収の加速とコロナ特需の反落を経た成長局面

エムスリーの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2016年 Vidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdings Limitedを子会社化
  2. 2018年 Wake Research Holdings, LLCを子会社化
  3. 2019年 DailyRounds, Inc.を子会社化
  4. 2021年 クラウド診療支援サービス「エムスリーデジカルスマート診療」提供開始
  5. 2022年 東京証券取引所プライム市場へ移行
  6. 2022年 「ホワイト・ジャック・プロジェクト」を開始
  7. 2023年 連結子会社シーユーシーが東京証券取引所グロース市場へ新規上場

Vidal・Wake Research による欧米治験ネットワークの構築

2016年11月、フランス・ドイツ・スペインを中心に医薬品情報データベース事業を行うVidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdingsを連結子会社化した。欧州大陸の医薬品情報データベースという、日本のm3.comとは異なるレイヤーの資産を取り込んだ買収で、欧州事業の中核となった。続く2018年2月には、米国で治験支援を行うWake Research Holdings(現M3 Wake Research)を子会社化し、北米の治験ネットワークを獲得した。医師ポータルから医薬品情報データベース、治験ネットワークへと、海外でのレイヤーが順に広がる構図がはっきりと表れた。単なる情報提供から、研究開発と直結する治験支援まで、同社が提供できる価値の幅が国境を越えて広がり始めた時期でもあり、製薬会社から見た取引機会の多様化にも直接つながった。 [37][38][39]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [37]2016年11月にVidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdingsを連結子会社化した
    • [38]2018年2月に米国Wake Research Holdingsを子会社化した
    • [39]Wake Research Holdingsは現M3 Wake Researchで米国の治験支援を行う

これらの欧米買収を経て、海外セグメントの売上はFY17に224億円、FY23には698億円へ拡大し、連結売上の3割近くを海外が占める構造へ変わった。2019年3月にはインドのDailyRoundsも子会社化し、新興国の医学教育領域にも踏み込んだ。国内ポータルから出発した会社の収益構造が、欧米・新興国の複数レイヤーの買収を通じて国際的なポートフォリオへ転換していく様子が、この時期のセグメント開示から読み取れた。海外部門は単なる国外売上の積み上げではなく、異なる事業モデルの束として理解する必要のある構造へ変わり、投資家との対話でも、国別ではなく事業レイヤー別の説明が求められた。 [40][41][42][43]

  • エムスリー 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [40]FY17(2018年3月期)の海外セグメント売上は224億円だった
    • [41]FY23(2024年3月期)の海外セグメント売上は698億円だった
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [42]2019年3月にインドのDailyRoundsを子会社化した
    • [43]DailyRoundsはインドの医学教育事業等を行う
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [37]2016年11月にVidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdingsを連結子会社化した
    • [38]2018年2月に米国Wake Research Holdingsを子会社化した
    • [39]Wake Research Holdingsは現M3 Wake Researchで米国の治験支援を行う
    • [42]2019年3月にインドのDailyRoundsを子会社化した
    • [43]DailyRoundsはインドの医学教育事業等を行う
  • エムスリー 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [40]FY17(2018年3月期)の海外セグメント売上は224億円だった
    • [41]FY23(2024年3月期)の海外セグメント売上は698億円だった

コロナで営業利益率45%、そしてその反動

2020年からのコロナ禍は、対面MR訪問の制限とオンライン医療情報需要の急増を同時に引き起こし、エムスリーのプラットフォーム事業にとって強い追い風となった。FY20の連結売上は1,692億円・営業利益580億円、続くFY21には売上2,082億円・営業利益951億円と過去最高を記録した。営業利益率は45.7%で、事業会社としては極端な水準に達した。製薬会社のデジタル販促需要が同社のプラットフォームへ流れ込んだ結果で、コロナ禍は既存事業モデルの価値を最大限に引き出す環境となった。対面でのMR訪問が制限されるほどに、医師向けオンライン情報流通の相対的な価値は高まり、もともと同社が持っていた基盤の優位性が市場全体の追い風と重なって、業績上の極端な山を形成した。 [44][45][46][47][48]

  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [44]FY20(2021年3月期)の連結売上は1,692億円だった
    • [45]FY20(2021年3月期)の連結営業利益は580億円だった
    • [46]FY21(2022年3月期)の連結売上は2,082億円だった
    • [47]FY21(2022年3月期)の連結営業利益は951億円だった
    • [48]FY21(2022年3月期)の営業利益率は45.7%だった

しかし対面営業の回復とともに追い風はやがて剥がれた。FY22の営業利益は720億円、FY23は644億円、FY24は630億円へと3年連続で縮小し、利益はピークから3割以上落ちた。コロナ特需に乗った分だけ反動も、投資家との対話では「特需後の本来の成長率」が中心テーマへと押し上がった。利益水準がFY20程度まで戻る見通しが読みにくくなるなかで、会社は次の収益柱の確立を強く求められる場面へ入った。特需の高い利益率から平常時のマージンへの回帰をどう投資家へ説明するかが経営課題となり、成長戦略の語り口そのものを見直す必要に迫られた時期でもあった。コロナ後の世界でプラットフォーム価値をどう再定義するかが、経営陣に重い問いとして残った。 [49][50][51][52]

  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [49]FY22(2023年3月期)の営業利益は720億円だった
    • [50]FY23(2024年3月期)の営業利益は644億円だった
    • [51]FY24(2025年3月期)の営業利益は630億円だった
    • [52]営業利益はピーク(FY21の951億円)から3割以上落ちた
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
    • [44]FY20(2021年3月期)の連結売上は1,692億円だった
    • [45]FY20(2021年3月期)の連結営業利益は580億円だった
    • [46]FY21(2022年3月期)の連結売上は2,082億円だった
    • [47]FY21(2022年3月期)の連結営業利益は951億円だった
    • [48]FY21(2022年3月期)の営業利益率は45.7%だった
    • [49]FY22(2023年3月期)の営業利益は720億円だった
    • [50]FY23(2024年3月期)の営業利益は644億円だった
    • [51]FY24(2025年3月期)の営業利益は630億円だった
    • [52]営業利益はピーク(FY21の951億円)から3割以上落ちた

子会社シーユーシーの上場と価値顕在化

2014年8月にエムスリードクターサポートとして設立した子会社シーユーシーは、医療機関の運営サポート事業を9年かけて育て、東証グロース市場への上場にまで到達した。2023年6月の上場により、グループ内で育てた事業を切り出して市場価値として顕在化させる手法を実証した。単に事業多角化を進めるだけでなく、育成した子会社を資本市場で評価させるというエムスリー流のやり方が、ポートフォリオ経営の一つの完成形として投資家にも示された。内部で育てた事業の価値を、親会社の連結決算のなかだけで語るのではなく、独立した株式公開として社会全体に可視化した点で、同社のM&A戦略に新しい局面を加えた。 [53][54]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [53]シーユーシーは2014年8月の設立から9年かけて東証グロース市場上場に到達した
    • [54]2023年6月にシーユーシーが東証グロース市場へ上場した

2023年7月にはKantar Groupから欧米のヘルスケア調査関連2事業を譲受した。対象はKantar Profiles-HealthとKantar Media Healthcare Researchで、欧米でのマーケティング・データアナリティクス領域を補強した。買収による領域拡大という基本方針はコロナ後も止まらず、むしろ速度を上げた。コロナ特需による一過性の利益拡大とは別に、M&Aによる構造的な事業ポートフォリオの組み替えが並行して進んでいた点が、投資家向け説明の中心を占めた。短期の業績変動と長期の事業ポートフォリオの価値を同時に語る姿勢が経営陣に求められ、特需と反動という揺らぎを超えて次の成長の輪郭を対外的に示す努力が続いた。長期投資家との対話は質量ともに深まり、M&A後の統合成果を丁寧に説明する必要性も高まった。 [55][56]

  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [55]2023年7月にKantar Groupから欧米のヘルスケア調査関連2事業を譲受した
    • [56]譲受対象はKantar Profiles-HealthとKantar Media Healthcare Researchである
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
    • [53]シーユーシーは2014年8月の設立から9年かけて東証グロース市場上場に到達した
    • [54]2023年6月にシーユーシーが東証グロース市場へ上場した
    • [55]2023年7月にKantar Groupから欧米のヘルスケア調査関連2事業を譲受した
    • [56]譲受対象はKantar Profiles-HealthとKantar Media Healthcare Researchである

エムスリーの沿革2000〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
ソネット・エムスリーを設立
MR君サービス開始★★
並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化買い集めた医師会員を二枚看板のまま育てるか、一つの入口へ束ねるか——谷村格社長の選択 詳細を読む★★★
子会社So-net M3 USA Corporationを設立
東京証券取引所マザーズに株式を上場
谷村格初の一般消費者向けサービス「AskDoctors」提供開始
谷村格東京証券取引所一部に上場市場を変更
谷村格エムスリーキャリアを設立★★
谷村格商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー」へ改める資本関係は親会社のまま残しながら、なぜ社名からソニー系列の冠だけを外したか 詳細を読む★★★
谷村格英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める海外の医師を自前で集めるか、現地一番手を丸ごと買うか——谷村格社長が選んだ方法 詳細を読む★★★
谷村格本店を現在地に移転
谷村格シィ・エム・エスを子会社化
谷村格Kingyee Co., Limitedを子会社化
谷村格メディサイエンスプラニングを株式交換により子会社化
谷村格エムスリードクターサポートを設立
谷村格Vidal Groupの持株会社AXIO Medical Holdings Limitedを子会社化★★
谷村格Wake Research Holdings, LLCを子会社化
谷村格DailyRounds, Inc.を子会社化
谷村格クラウド診療支援サービス「エムスリーデジカルスマート診療」提供開始
谷村格東京証券取引所プライム市場へ移行
谷村格「ホワイト・ジャック・プロジェクト」を開始
谷村格連結子会社シーユーシーが東京証券取引所グロース市場へ新規上場
谷村格Kantar Groupより欧米ヘルスケア調査関連2事業を譲受
谷村格エランを公開買付けにより子会社化★★
谷村格イーウェルを子会社化
出典・参考
  • エムスリー 有価証券報告書(役員の状況)
  • エムスリー 有価証券報告書【沿革】
  • キャリアインキュベーション 2014
  • エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
  • エムスリー 有価証券報告書(セグメント情報)

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