2000年〜 マッキンゼーから医療コンサル卒業と独立起業
エムスリーの業績推移:連結
- 2000年 ソネット・エムスリーを設立
- 2000年 MR君サービス開始
- 2003年 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 買い集めた医師会員を二枚看板のまま育てるか、一つの入口へ束ねるか——谷村格社長の選択
- 2003年 子会社So-net M3 USA Corporationを設立
- 2004年 東京証券取引所マザーズに株式を上場
- 2005年 初の一般消費者向けサービス「AskDoctors」提供開始
35歳のパートナーが選んだ「実業」
谷村格氏は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入り、ヘルスケア領域のコンサルタントとして製薬・医療業界を担当し、1999年12月に同社パートナーへ昇格した。パートナー就任後に投資ファンドや別ファームへ移るのが通例のなかで、谷村氏が選んだ道は事業会社としての起業だった。2000年9月、ソニーコミュニケーションネットワーク(So-net)の出資を受けて「ソネット・エムスリー株式会社」を東京都品川区に設立し、自ら代表取締役兼CEOに就任した。事業構想の中心には、医師と製薬会社の情報流通に横たわる構造的な非効率を突くという問題意識が据えられた。ソニー系列の通信子会社と組んで始動した点も、当時の事業モデル作りの特徴を示している。 [1][2][3][4][5]
- エムスリー 有価証券報告書(役員の状況)
- [1]谷村格は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社した
- [2]谷村格は1999年12月にマッキンゼーのパートナーへ昇格した
- [5]谷村格は2000年9月に自ら代表取締役兼CEOに就任した
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [3]2000年9月にソネット・エムスリー株式会社を設立した
- [4]ソネット・エムスリー株式会社は東京都品川区に設立された
谷村氏は後年、転身の動機について面白いことができそうだと思ったからだと振り返っている。マッキンゼー時代に医師から繰り返し聞いた、薬の効能や副作用の最新データを限られた時間で集めたいという切実な声と、製薬メーカー側の非効率なMR体制の双方を同時に見ていた体験が、起業の出発点となった。コンサルタントの立場からは解けない課題を、自ら事業を立ち上げて解決するという選択で、当時のマッキンゼー出身者の進路として主流とは言い難い。谷村氏は35歳でエムスリーを起業したが、もっと早くすればよかったと感じているとも語っている。ヘルスケア領域にコンサルタントとして深く関わった経験と、業界人脈の蓄積が、事業化の環境を支えた。
- エムスリー 有価証券報告書(役員の状況)
- [1]谷村格は1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社した
- [2]谷村格は1999年12月にマッキンゼーのパートナーへ昇格した
- [5]谷村格は2000年9月に自ら代表取締役兼CEOに就任した
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [3]2000年9月にソネット・エムスリー株式会社を設立した
- [4]ソネット・エムスリー株式会社は東京都品川区に設立された
製薬MRの非効率を突いた「MR君」
設立翌月の2000年10月、エムスリーは最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた。2014年時点の日本では製薬会社のMRが約5万5千人、医薬品卸のMSが3万人で合計8万5千人が活動しており、医師との比率は3対1。米国の7対1と比べて効率が悪く、医師1人あたりの面談コストが大きい構造が業界全体の課題となっていた。谷村氏はこの仕組みの独自性について、複数の製薬会社が1つのプラットフォームを通じて多数の医師と情報を流通できるサービスは世界でも例がなかったと語っている。従来は製薬会社ごとに個別のMRが医師を訪問する世界だったが、エムスリーが提案したのは複数社の情報を同じ窓口から届ける共通基盤であり、業界構造への挑戦としての色合いが濃い取り組みだった。 [6][7][8][9][10]
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [6]2000年10月に最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた
- キャリアインキュベーション 2014
- [7]2014年時点の日本の製薬会社MRは約5万5千人だった
- [8]2014年時点の医薬品卸MSは3万人だった
- [9]2014年時点の医師とMR/MSの比率は3対1だった
- [10]2014年時点の米国の同比率は7対1だった
サービスは当初、各MRが担当医師に発信する形式で始まったが、医師がMRを指名して情報を取り出せる方式に切り替えた結果、トラフィックが伸び、3万人以上の医師が登録する「カリスマMR」も生まれた。この切り替えは、情報流通の主導権を発信側から受信側へ移すという点で、医療情報マーケティングを一段進める転換となった。2005年1月にはネットを介したビジネスモデル特許を取得し、後発の参入に対する法的な防壁も押さえた。発信型から需要駆動型へ方式を転換できた柔軟さは、後のプラットフォームビジネス全体の土台となった。医師側が能動的に情報を選び取る体験を設計した結果、会員の定着と、製薬会社から見た広告価値の向上が同時に引き出された。
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [6]2000年10月に最初の主力サービス「MR君」を立ち上げた
- キャリアインキュベーション 2014
- [7]2014年時点の日本の製薬会社MRは約5万5千人だった
- [8]2014年時点の医薬品卸MSは3万人だった
- [9]2014年時点の医師とMR/MSの比率は3対1だった
- [10]2014年時点の米国の同比率は7対1だった
マザーズ上場までの4年間の急成長
2003年7月、社内で並行運営した医療情報サイト「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し、医師向けポータルm3.comとして一本化した。同年10月には米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立し、海外展開の足場を早い時期から作っている。創業から4年後の2004年9月には東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場し、資本市場からの成長資金調達という手段を手に入れた。FY03の連結売上15億6千万円は、上場後のFY05には38億5千万円まで拡大した。上場前後で売上規模が倍以上になった伸びが、財務データから読み取れる。インターネット黎明期の医療情報サービスとしては例外的なスピードでの規模拡大であり、業界に新しいプレーヤーを根付かせた最初のマイルストーンとなった。上場時の調達資金は、海外展開と子会社化戦略の原資となった。 [11][12][13][14][15][16]
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [11]2003年7月に「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し医師向けポータルm3.comとして一本化した
- [12]m3.comは「MyMedipro」と「so-netm3.com」の2サイトを統合したものである
- [13]2003年10月に米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立した
- [14]2004年9月に東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場した
- エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
- [15]FY03(2004年3月期)の連結売上高は15億6千万円だった
- [16]FY05(2006年3月期)の連結売上高は38億5千万円だった
2005年12月には、m3.com登録医師の一部が一般消費者の質問に回答する「AskDoctors」を開始した。当時日本でセカンドオピニオンの重要性が叫ばれ始めた流れに乗り、医師ネットワークを医療従事者以外にも転用できると示した最初の事例となった。医師というネットワーク資産を複数のビジネスモデルへ展開する発想は、治験支援・人材紹介・電子カルテといった多角化の基本パターンとなった。医師会員基盤を軸にしたプラットフォーム事業という同社のアイデンティティも、この頃から姿を現した。一度築いた医師ネットワークをどこまで多様なサービスへ転用できるかという問いは、経営判断の中心となり、会員基盤そのものを中長期の競争優位の源泉と見なす発想が社内に浸透した。 [17]
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [17]2005年12月に一般消費者向けサービス「AskDoctors」を開始した
- エムスリー 有価証券報告書【沿革】
- [11]2003年7月に「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し医師向けポータルm3.comとして一本化した
- [12]m3.comは「MyMedipro」と「so-netm3.com」の2サイトを統合したものである
- [13]2003年10月に米国子会社So-net M3 USA Corporationを設立した
- [14]2004年9月に東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場した
- [17]2005年12月に一般消費者向けサービス「AskDoctors」を開始した
- エムスリー 有価証券報告書 主要な経営指標等の推移
- [15]FY03(2004年3月期)の連結売上高は15億6千万円だった
- [16]FY05(2006年3月期)の連結売上高は38億5千万円だった