The社史 — 上場企業の歴史を振り返る

日本の上場企業を中心とした253社の企業史をまとめた個人サイト。創業から現在に至る意思決定の軌跡を、財務データや業績推移とともに記録しています。

The社史(カバレッジ253社)

ビジネスパーソンに長期視点を普及するため、1人で創っています

AIエージェント向けアクセス情報
8198
ヤオハン
1930年創業。和田良平が「八百半」から暖簾分けする形で八百半熱海支店を発足、熱海の旅館向けに野菜を卸す商いから出発した。1955年に八百半食品デパートへ商号を変え、翌1956年に商業界の倉本長治の指導で現金正札廉価販売を採り入れ、旅館掛売を廃した。1962年に和田一夫が33歳で社長に就任、伊豆半島から神奈川へ店舗を広げ、1972年にグループ年商100億円を突破した。1971年9月にブラジル・サンパウロへ南米進出、1977年のブラジルヤオハン破綻にも引かず1974年にシンガポールへ出店して東南アジアへ店舗網を広げた。1990年にグループ本社を香港へ移し、李嘉誠ら華僑人脈を頼みに中国1000店構想を掲げた。1997年9月18日に負債総額約1,600億円で会社更生法を申請。ピーク時16カ国450店舗・年商5,000億円の国際流通67年は、地方の青果卸が国境を越えて規模を追った帰結である。
売上高営業利益率
FY1978〜FY1997
2501
サッポロビール
売上高5,068億円営業利益244億円
1876年、明治政府の北海道開拓使が札幌に設けた麦酒醸造所を源流とする。村橋久成・中川清兵衛らが基盤を築き、札幌麦酒として民営化、1906年に三社合同で大日本麦酒となり国内シェア約77%の寡占企業となった。1949年に過度経済力集中排除法で朝日麦酒と日本麦酒へ分割、戦後再出発期に柴田清社長が「サッポロ」「ヱビス」を封印して新ブランド「ニッポンビール」に賭けた決定的な判断ミスで、キリンに家庭用市場を奪われて以後半世紀のシェア3位が固定化した。1986年の恵比寿工場閉鎖と1994年の恵比寿ガーデンプレイス開業で不動産を第二の柱に据え、本業ビールの劣勢を資産収益が覆い隠す構造が定着した。2007年のスティール・パートナーズと2023年の3D Investmentから同じ資本効率の問いを突きつけられ、2025年に事業持株会社体制移行と不動産事業への外部資本導入で資本構成の組み替えに着手した。
営業利益その他販管費売上原価営業利益率
FY2006〜FY2025
2768
双日
売上高25,097億円営業利益1,353億円
1862年創業。岩井文助が大阪で雑貨舶来商として岩井文助商店を興し、1874年の鈴木商店、1892年の日本綿花を加えた三系譜を源流とする。1927年の鈴木商店破綻を受けて翌1928年に高畑誠一らが日商を再設立、1968年に岩井産業との合併で日商岩井が発足した。UFJ銀行の不良債権処理が促した統合で、2004年4月にニチメンと合併し双日となった。発足時の連結有利子負債は1兆5000億円超。同年7月に西村英俊社長が2500億円の損失処理と優先株増資を発表し、旧日商岩井の聖域だった航空機ファイナンスを撤退候補に据えた。2016年就任の藤本昌義社長が大手五社との正面競合を避ける差別化路線を敷き、副業解禁とジョブ型雇用を業界に先駆けて導入、FY22に純利益1112億円で最高益を更新した。2024年就任の植村幸祐社長のもと、外部金融事情で束ねられた三系譜が独自の収益構造を築けるかが問われる。
営業利益販管費売上原価営業利益率
FY2006〜FY2025

建設・不動産13調査済

食品・飲料11調査済

化学・素材27調査済

医薬品・医療13調査済

鉄鋼・非鉄15調査済

重工7調査済

機械・精密22調査済

電機・事務機18調査済

半導体・部品12調査済

自動車・部品18調査済

インフラ・運輸22調査済

IT・通信16調査済

総合商社8調査済

小売・日用品17調査済

金融19調査済

サービス・外食15調査済