The社史 — 上場企業の歴史的な意思決定を振り返る

日本の上場企業を中心とした117社の企業史・2995回の経営判断をまとめた個人サイト。創業から現在に至る意思決定の軌跡を、財務データや業績推移とともに記録しています。

The社史

ビジネスパーソンに長期視点を普及するため、1人で創っています

1911年 創業
株式会社ニッスイ
NEW
売上高
8,861億円
2025/03
営業利益
318億円
2025/03
1911年、田村市郎が山口県下関で田村汽船漁業部を創業し、英国製トロール船を導入して遠洋漁業に参入した。戦後は南氷洋捕鯨と北洋漁業で日本の食料供給を支えたが、1970年代の200海里規制により主力漁場を段階的に喪失した。水産加工・冷凍食品へ事業の軸を移しながら海外展開にも挑んだが、チリ養殖の疫病やブラジル撤退損など14年にわたり海外事業で特別損失を計上。2022年に商号を日本水産からニッスイに変更
1954年 創業
ローム株式会社
NEW
売上高
4,485億円
2025/03
営業利益
-401億円
2025/03
1954年、佐藤研一郎が京都市右京区で小型抵抗器の製造会社として東洋電具製作所を設立した。抵抗器で築いた精密加工技術を基盤に1969年にICへ参入して半導体メーカーへ転じ、1981年に現社名ロームに改称した。カスタムLSIとトランジスタを軸に成長し、2010年代にはSiCパワー半導体への早期投資で車載・産業用途を開拓した。2024年にローム・アポロを完全子会社化して生産能力を強化し、アナログ半導体
1963年 創業
東京エレクトロン株式会社
NEW
売上高
24,316億円
2025/03
営業利益
6,973億円
2025/03
1963年、日商出身の久保徳雄と小高敏夫がTBSの出資500万円を得て東京エレクトロン研究所を設立した。米国フェアチャイルドとの代理店契約を機に半導体製造装置の輸入販売に参入し、合弁会社を通じた国産化を経て商社からメーカーへ業態を転換した。1994年に代理店を解約して海外直販体制に全面移行し、6年で海外売上比率を34%から70%に逆転させた。2013年のApplied Materials統合断念後
1960年 創業
レーザーテック
売上高
2,514億円
2025/06
営業利益
846億円
2025/06
1960年、内山康が29歳でX線テレビカメラの開発会社として東京ITV研究所を設立。工場を持たないファブライト経営を創業時から貫き、1976年に世界初のフォトマスク欠陥検査装置を開発して半導体検査装置メーカーとしての地位を築いた。創業者の急逝後も5代にわたり技術者経営を継承し、2009年にFPD事業を縮小して半導体に集中。2017年にEUV検査装置を世界で初めて実用化し、EUVマスク検査の世界シェ
1930年 創業
TDK
売上高
19,021億円
2022/03
営業利益
1,836億円
2022/03
1935年、東京工業大学で発明されたフェライトの工業化を目的に齋藤憲三が東京電気化学工業を設立。世界初のフェライトコア製品化に成功し、磁気テープで世界シェア首位を獲得してからは、VHSビデオテープの大増産で黄金期を築いた。デジタル化の波で2002年に上場来初の営業赤字に転落したが、2005年のATL買収でリチウムイオン電池事業に参入し、記録メディアから完全撤退する一方で電池と電子部品を柱に据え、売
1948年 創業
アルプスアルパイン
売上高
9,640億円
2024/03
営業利益
-298億円
2024/03
1948年、片岡勝太郎が東京都大田区にラジオ用バリコンの製造会社・片岡電気を設立。テレビ用チューナーやタクトスイッチなど製品を拡大して「部品の総合デパート」と称される電子部品メーカーに成長した。1967年にモトローラとの合弁でカーオーディオ事業に参入しアルパインブランドを確立したが、バブル崩壊後の5期連続減収と大規模リストラ、リーマンショック後の265億円赤字を経験。2019年にアルパインと経営統
1950年 創業
太陽誘電
売上高
3,226億円
2024/03
営業利益
83億円
2024/03
1950年、誘電体セラミックスの研究者・佐藤彦八が東京都杉並区に太陽誘電を設立。「素材の開発から出発して製品化を行う」という創業者の信条のもと、半導体には一切参入せず受動部品専業を75年以上にわたり貫いてきた。1984年に世界初のニッケル電極大容量MLCCを商品化し、1988年にはCD-Rを世界初商品化して光記録メディア事業に進出。市場縮小により2015年に記録メディアから撤退し、現在はMLCC世
1936年 創業
リコー
売上高
23,489億円
2024/03
営業利益
441億円
2024/03
1936年、理研コンツェルンの感光紙部門が分離独立し、市村清が経営を任されて理研感光紙を設立。カメラ製造から複写機へと事業の軸足を移し、1977年にOAを世界で初めて提唱して事務機メーカーとしての地位を確立した。直系販売会社・専門商社・文具問屋による三層構造の販売網で中小企業市場を面で押さえ、「販売のリコー」と称されたが、1965年・1992年・2018年と3度の経営危機を経験。近年はPFU買収や
1926年 創業
信越化学工業
売上高
20,744億円
2022/03
営業利益
5,001億円
2022/03
1926年設立。信濃電気と日本窒素肥料の共同出資により、長野県の余剰電力を石灰窒素に転換する化学事業として発足した。昭和恐慌で操業休止に追い込まれた後、小坂家の経営のもとで再建を果たし、シリコーン・塩化ビニル・半導体シリコンへと事業を転換。1973年に米テキサスに設立した塩ビ子会社シンテックを、金川千尋の「フル生産、全量販売」方針のもとで50年かけて世界最大の塩ビメーカーに育て、営業利益率30%超
1960年 創業
オリエンタルランド
売上高
6,184億円
2024/03
営業利益
1,202億円
2024/03
1960年設立。京成電鉄社長の川崎千春がディズニーランド誘致を構想し、浦安沖の漁場埋立から事業を開始した。15年の用地造成と三井不動産の反対を経てディズニー社との独占ライセンス契約を締結し、1983年に東京ディズニーランドを開業。出資なしのロイヤリティ方式という世界唯一の契約形態のもと、2001年の東京ディズニーシー開業で2パーク体制を確立し、入園料の段階的値上げと大型投資で収益を拡大し続けている
1973年 創業
コスモス薬品
売上高
10,113億円
2025/05
営業利益
309億円
2025/05
1973年創業。薬剤師の宇野正晃が宮崎県延岡市の個人薬局から出発し、20年の助走期間を経て小商圏型メガドラッグストアという独自業態を確立した。商圏人口1万〜2万人のエリアに2,000平方メートル超の大型店をドミナント出店し、医薬品の高粗利を原資に食品を低価格で販売するEDLP戦略を徹底。九州から地続きで全国へ拡大し、M&Aを52年間一度も行わず全店舗を自力出店のみで展開して2025年に売上高1兆円
1966年 創業
日本M&Aセンター
売上高
440億円
2025/03
営業利益
109億円
2025/03
1991年設立。創業者の分林保弘が日本オリベッティ時代に築いた会計事務所との人脈を起点に、全国の会計事務所と地方銀行をネットワーク化し、中小企業の事業承継を仲介するビジネスモデルを構築した。日経新聞への広告出稿や書籍出版で市場を啓蒙しつつ、全国金融研究会やバンクオブザイヤー表彰制度で地銀との関係を制度化し、東証一部上場を果たした。しかし2021年の不正会計発覚で信頼基盤が毀損し、競合の急増とともに
1997年 創業
クックパッド
売上高
53億円
2025/12
営業利益
7億円
2025/12
1997年に佐野陽光が神奈川県藤沢市で有限会社コインを設立し、翌年レシピ投稿サイトを開始した。ユーザー投稿型テキストレシピという独自のUGCモデルで日本最大のレシピプラットフォームに成長し、広告と有料課金の二本柱で2015年に売上高100億円を突破した。しかし2016年の社長解任劇を契機に経営が混乱し、動画レシピの台頭で有料会員が流出。3期連続の営業赤字に転落し、従業員は半減した。
1999年 創業
DeNA
売上高
1,349億円
2023/03
営業利益
89億円
2023/03
1999年、南場智子がマッキンゼーを退職して東京都渋谷区に設立した。オークション事業「ビッターズ」でヤフオクに敗れた後、2004年にモバイル領域へ転換し、2009年のモバゲータウンを起点にソーシャルゲームで急成長を遂げた。2011年にプロ野球球団を取得し、2013年に売上高2,024億円・過去最高益を記録したが、米ngmoco買収の失敗やキュレーションメディア問題を経て成長の踊り場に入った。ゲーム
1889年 創業
任天堂
売上高
16,718億円
2024/03
営業利益
4,906億円
2024/03
1889年に山内房治郎が京都で花札の製造を始めたことに遡る。1949年に22歳で社長に就任した山内溥がプラスチックトランプの量産やディズニー提携で事業を拡大したが、食品・タクシーなど畑違いの多角化はいずれも撤退に終わった。1983年のファミリーコンピュータ発売で家庭用ゲーム市場を自ら形成し、以後はゲームボーイ、DS、Wii、Nintendo Switchと約10年周期でハードウェアを刷新しながら自
1858年 創業
伊藤忠商事
売上高
139,456億円
2023/03
営業利益
8,446億円
2023/03
1858年に初代伊藤忠兵衛が近江商人として麻布の行商を開始し、繊維商社として発展した。1977年の安宅産業救済合併で鉄鋼など非繊維商権を取得し総合商社化を加速したが、石油事業で約1300億円の累計損失を被った。2000年に丹羽宇一郎のもとで3950億円の特損を一括計上してバブルの負の遺産を清算し、2010年代以降はファミリーマートやCITIC提携を軸に非資源分野の収益基盤を構築している。
1945年 創業
住友商事
売上高
68,178億円
2023/03
営業利益
5,651億円
2023/03
1945年、住友財閥が25年間維持した「商社設立禁止」の方針を撤回し、日本建設産業として大阪で発足した。鉄鋼取引の拡大で「金ヘン商社」と呼ばれ、商品本部制の導入により総合商社への転換を進めた。リスク回避を経営原則としてきたが、2000年代に方針を転換して資源投資に踏み込み、2015年にニッケル・タイトオイル等で3,103億円の減損を計上して最終赤字に転落した。以後は非資源分野への利益分散と事業ポー
1918年 創業
三菱商事
売上高
215,719億円
2023/03
営業利益
11,806億円
2023/03
1918年に三菱合資会社の営業部門を分離して設立された三菱商事は、財閥解体を経て1954年に4社合同で再発足した。鉄鋼・非鉄・機械を主軸とする商品構成で出発し、1968年のブルネイLNG開発参画を皮切りにトレーディングから事業投資型への転換を進めた。豪州原料炭やチリ銅山への大型資源投資を展開する一方、ローソンやセルマック買収など非資源分野も拡充。2016年にチリ銅山関連で最終赤字に転落したが、20
1909年 創業
安宅産業
売上高
14,901億円
1977/03
営業利益
-311億円
1977/03
1909年に安宅弥吉が大阪で創業した安宅商会は、地金輸入を足がかりに国内メーカーとの取引網を構築し、八幡製鐵所の指定商として鉄鋼商権を獲得した。1956年に株式上場を果たして十大商社の一角に数えられたが、創業家の安宅英一が持株比率2.29%で経営を実質支配する統治構造のもとで、NRCプロジェクトへの傾斜投資と国内不動産投資の焦げ付きが重なり、1977年に不良債権2000億円超を抱えて経営破綻。伊藤
1923年 創業
旭化成
売上高
27,848億円
2024/03
営業利益
438億円
2024/03
日本窒素コンツェルンの延岡工場を源流とし、1931年に延岡アンモニア絹糸として設立された。アンモニア合成技術を起点に繊維・火薬へ展開し、戦後に旭化成として独立。1961年に就任した宮崎輝社長のもとで石油化学・住宅・医療機器への多角化を推進し、「健全な赤字部門」の方針で新事業を育成した。1992年の宮崎氏急逝後は食品・酒類・化学繊維からの段階的撤退を進め、2012年以降は米ZOLL・Polypore
1946年 創業
ホンダ
売上高
204,288億円
2024/03
営業利益
11,071億円
2024/03
1946年に本田宗一郎が浜松で個人創業し、自転車用補助エンジンの製造から出発した。藤沢武夫との二人体制で経営基盤を築き、資本金の7.5倍に相当する工作機械への投資で量産体制を確立。二輪車で世界首位を獲得した後、四輪車に参入してCVCCエンジンで技術力を示した。1978年に日本メーカーとして初めて北米現地生産に踏み切り、アコードは1989年に米国で最も売れた乗用車となった。2010年代以降は国内工場
1996年 創業
ヤフー
売上高
16,723億円
2023/03
営業利益
1,891億円
2023/03
1996年にソフトバンクと米Yahooの合弁で設立され、ディレクトリ型検索をもとに日本最大のポータルサイトへ成長した。PV最大化による広告モデルで高収益を実現し、Yahoo!オークションでCtoC市場を寡占したが、スマートフォン対応の遅れで2008年以降は成長が鈍化した。2012年の爆速経営で世代交代を断行し、EC無料化やPayPay設立、ZOZO・LINE統合を通じてプラットフォーム経済圏の再構
1946年 創業
ソニー
売上高
130,207億円
2024/03
営業利益
9,705億円
2024/03
1946年に井深大と盛田昭夫が東京通信工業を設立し、特許買収によるテープレコーダー製造から事業を開始した。トランジスタラジオとウォークマンで世界市場を開拓し、CBS Records・コロンビア映画の買収でエンタメ企業に変貌した。PlayStationでゲーム市場に参入しCCDイメージセンサーで半導体事業を本格化したが、2000年代にはエレクトロニクス事業の不振で6年間に5期の最終赤字を計上した。平
1949年 創業
ファーストリテイリング(ユニクロ/GU)
売上高
27,665億円
2023/08
営業利益
2,962億円
2023/08
1949年に柳井等が山口県宇部市の商店街で紳士服店を開業し、1984年に柳井正が社長就任と同時にユニクロ1号店を開業した。ロードサイド出店とGAPを参照したSPAモデルの構築で急成長し、1994年に広島証券取引所に上場、2000年のフリース旋風で全国的知名度を獲得した。2006年のグローバル化宣言以降は一等地への旗艦店出店とGU設立で多角化を進め、売上高2兆7665億円の世界有数のアパレル企業へと
1906年 創業
サッポロビール
売上高
4,784億円
2022/12
営業利益
55億円
2022/12
明治期のビール三社合同により大日本麦酒として発足し、戦後の分割で日本麦酒として再出発した。ブランド封印の失策でシェア3位が定着した後、ヱビス復活と恵比寿ガーデンプレイス開業で不動産事業にも進出。スティールパートナーズの買収提案を退けつつ、ポッカ買収や海外ビール会社取得でポートフォリオ拡大を図るが、資本効率への問いは16年越しで繰り返されている。
1949年 創業
アサヒグループHD
売上高
29,394億円
2024/12
営業利益
1,931億円
2024/12
1949年、大日本麦酒の分割により朝日麦酒として発足し、西日本を地盤に再出発した。長期のシェア低迷を経て住友銀行主導の経営刷新を受け、1987年のスーパードライ発売でビール市場の勢力図を塗り替えた。国内成熟市場での反転経験を原型に、2016年以降は欧州・豪州で計2兆円超の大型買収を断行し、プレミアムビールを軸にしたグローバル三極体制を構築した。
1907年 創業
キリンHD
売上高
21,343億円
2023/12
営業利益
1,126億円
2023/12
1907年、外国人経営のビール会社を三菱系資本と明治屋の出資で株式会社化し、麒麟麦酒として独立した。戦後は家庭用市場の掌握と計画的な設備投資によりシェア60%超を達成して業界首位を長期間維持したが、1987年のスーパードライ攻勢でシェアが急落した。その後は医薬品事業やファンケル完全子会社化など事業ポートフォリオの転換を図り、ビール・飲料・ヘルスサイエンスの三本柱で経営を再構築している。
1917年 創業
キッコーマン
売上高
6,188億円
2023/03
営業利益
437億円
2023/03
1917年、千葉県野田の醤油醸造家八家が合同して野田醤油を設立し、200を超える商標を「キッコーマン」に集約した。野田争議を経て近代的経営体制を確立し、醤油国内シェア首位の地位を固めた。1957年の米国法人設立から1972年のウィスコンシン州現地生産開始に至る北米展開は、発酵食品の海外量産という参入障壁を築き、グローバル調味料ブランドの基盤を形成した。
1888年 創業
味の素
売上高
15,305億円
2025/03
営業利益
702億円
2025/03
1888年のヨード製造に端を発し、1909年に池田菊苗のうま味発見を事業化して調味料「味の素」の販売を開始した。全国特約店網と川崎工場の量産体制でMSG市場を支配したが、協和発酵の直接発酵法登場を契機に総合食品化と海外展開を加速した。飼料用アミノ酸の増産と海外食品事業への拡大を経て、2019年のROIC導入により資本効率を重視する経営管理へ転換し、半導体材料ABFという高収益事業も育成している。
1942年 創業
ニチレイ
売上高
6,622億円
2023/03
営業利益
215億円
2023/03
1942年、戦時統制のもと帝国水産統制株式会社として設立され、全国約220か所の冷蔵・製氷工場を継承した。戦後は日本冷蔵に改称し冷蔵倉庫業と水産加工を主業としたが、1980年代に水産部門の赤字を契機に冷凍食品と低温物流への事業転換を推進。1985年の商号変更で食品メーカーとしての認知を確立し、本格炒め炒飯や特からなどのヒット商品を生み出した。2010年代以降は欧州での低温物流買収や品質重視の商品開
1949年 創業
JT
売上高
31,497億円
2024/12
営業利益
1,825億円
2024/12
1949年に日本専売公社として設立され、1985年の民営化で日本たばこ産業として発足した。国内たばこ市場の構造的縮小に対し、1999年のRJRナビスコ海外事業買収と2007年のGallaher買収という二度の大型M&Aで世界3位のたばこ企業に成長。国内では希望退職の募集と20工場超の閉鎖で徹底的な構造改革を実行し、2022年にはたばこ事業の本社機能をジュネーブに統合してグローバル経営体制を確立した
1882年 創業
東洋紡
売上高
4,142億円
2024/03
営業利益
24億円
2024/03
1882年、渋沢栄一らが主導した大阪紡績会社として設立され、三重紡績との合併を経て1914年に東洋紡績として発足した。紡績業界で国内首位の規模を誇ったが、合成繊維の時代にはポリエステル技術の導入で帝人・東レに後れを取り、レーヨン・アクリルからフィルム・バイオへと事業転換を模索した。1984年以降40年間にわたり10か所以上の国内工場を閉鎖しながら、犬山工場発のフィルム事業で液晶偏光子保護フィルム世
1887年 創業
鐘紡
売上高
4,377億円
2004/03
営業利益
0億円
2004/03
1887年に東京綿商社として創業し、1889年に鐘ヶ淵紡績として紡績業に転じた。中上川彦次郎・武藤山治のもとで紡績大合同論を推進し、1933年には全業種の売上高ランキングで日本企業1位に立った。戦後は化粧品事業で高収益を確保したが、繊維事業の構造的赤字をペンタゴン経営の名のもとに延命し続け、1975年に無配転落。2003年に粉飾決算の露呈で630億円の債務超過に陥り、化粧品を花王へ、繊維をセーレン
1889年 創業
ユニチカ
売上高
1,183億円
2024/03
営業利益
-54億円
2024/03
1889年に尼崎紡績会社として兵庫県尼崎に設立され、大日本紡績を経て1969年に日本レイヨンとの合併でユニチカが発足した。ビニロン・ナイロン・PETフィルムなど多方面に展開したが、合併後は繊維事業の低収益と固定費負担に苦しみ、1977年には三和銀行が経営に介入した。1971年の資産売却に始まる53年間の段階的縮小を経て、2024年に祖業の繊維事業からの撤退とREVICへの金融支援要請に至った。
1926年 創業
東レ
売上高
24,645億円
2024/03
営業利益
218億円
2024/03
1926年に三井物産の子会社・東洋レーヨンとして滋賀県大津で設立され、レーヨン製造から出発した。1951年にデュポンからナイロン技術を導入し、資本金を上回る10.8億円の投資で合成繊維メーカーへ転換。1957年にはICIからポリエステル技術を導入し帝人との二社体制を確立した。1971年に炭素繊維「トレカ」の販売を開始し、約40年の赤字を許容しながらB767・B777・B787と航空機向け供給実績を
1907年 創業
北越コーポレーション
売上高
2,970億円
2024/03
営業利益
83億円
2024/03
新潟県長岡市の紙卸商・田村文四郎らが北越製紙を設立し、信濃川流域の水力と稲藁を活かした板紙製造から出発した。戦後復興期に洋紙生産で国内五位の地位を確保し、新潟地震・中越地震の被災を乗り越えながら設備投資を継続した。二〇〇六年の王子製紙による敵対的買収を三菱商事との連携で退けたが、その代償として系列化と経営体制の長期固定化を招き、大王製紙の株式取得やオアシスとの株主対立という新たな緊張を抱えている。
1909年 創業
レンゴー
売上高
9,007億円
2024/03
営業利益
330億円
2024/03
井上貞治郎が国産初の段ボールを製造し「段ボール」の名称を生んだ創業者である。五社合併による聯合紙器の設立を経て日本の段ボール産業の基礎を築き、淀川工場の建設と地方工場展開で一貫生産体制を確立した。大坪清社長のもとでセッツの合併や朋和産業の子会社化、トライウォール買収など業界再編と多角化を推進し、段ボール業界を百年以上にわたり牽引している。
1887年 創業
日産化学
売上高
2,267億円
2024/03
営業利益
380億円
2024/03
高峰譲吉・渋沢栄一らが東京人造肥料会社として設立し、日本初の化学肥料メーカーとして出発した。日産財閥傘下を経て戦後に独立し、一九六五年に石油化学に進出したが二期連続赤字を経験して一九八八年に完全撤退した。撤退後は農薬・医薬品・機能性材料への集中投資に転換し、インテル向け半導体材料や液晶配向膜材料で高収益体質を確立した化学メーカーである。
1936年 創業
協和キリン
売上高
4,422億円
2023/12
営業利益
811億円
2023/12
酒造三社のカルテル「協和会」から生まれた研究所を母体に、発酵技術を基盤として出発した。戦後に協和発酵工業として独立し、ストレプトマイシンの製造で医薬品事業に参入した。医薬品・酒類・化学品・食品の四事業部体制を経て、二〇〇八年にキリンHDの傘下に入り非医薬品事業を相次いで売却した。抗体医薬を軸にグローバルスペシャリティファーマへの転換を進めている。
1887年 創業
花王
売上高
16,284億円
2024/12
営業利益
1,977億円
2024/12
長瀬富郎が東京日本橋で石鹸と輸入文具の小売業として創業し、流通から製造へと事業領域を拡大した。合成洗剤への転換と販社改革で強固な流通網と情報基盤を構築し、紙おむつ・化粧品・化学品へと多角化を進めた。EVA経営やトータルコストリダクションなど独自の経営手法で高収益体質を維持し、二〇〇六年のカネボウ化粧品買収で化粧品大手にも躍進した日用品・化学品メーカーである。
1925年 創業
中外製薬
売上高
11,136億円
2023/12
営業利益
3,254億円
2023/12
1925年、上野十蔵が中外新薬商会として創業し、ドイツ製薬品の輸入代理から注射薬の自社製造へ転換した。戦後は解毒剤グロンサンで経営基盤を築いたが単一製品依存により1966年に無配転落を経験。1970年代からバイオ研究に着手し、1991年のノイトロジン上市で遺伝子組換え製剤の技術を蓄積した。2002年にスイス・ロシュと戦略提携を締結して過半出資を受け入れ、創薬と初期開発に特化する事業モデルを構築。ア
1881年 創業
日本ペイント
売上高
14,425億円
2023/12
営業利益
1,184億円
2023/12
1881年、茂木重次郎が日本初の塗料メーカーとして光明社を創業し、海軍向け塗料の製造販売で事業基盤を築いた。1917年の経営危機を経て小畑家が約60年にわたり経営を担い、自動車向け塗料で関西ペイントとの二社寡占を形成した。1962年にシンガポールで合弁事業NIPSEAを開始し、ウットラム家との協業で東南アジア・中国市場を開拓。2014年にウットラムの第三者割当増資を受け入れてアジア合弁事業の連結化
1934年 創業
富士フイルム
売上高
31,958億円
2025/03
営業利益
2,609億円
2025/03
1934年、写真フィルムの国産化を目指して富士写真フイルムとして設立された。戦前の量産失敗を乗り越え、フジカラーで国内フィルムシェア70%を獲得したが、2000年代のデジタル化で写真フィルム市場が消失した。富山化学買収で医薬に参入し、バイオ医薬品製造受託やSonoSite買収でヘルスケアを強化。富士ゼロックスの完全子会社化でドキュメント事業も統合し、写真フィルムメーカーから複合型テクノロジー企業へ
1892年 創業
三井金属鉱業
売上高
6,466億円
2024/03
営業利益
259億円
2024/03
三井金属鉱業は三井鉱山の非鉄金属部門を母体に1950年に発足した。岐阜県の神岡鉱山から産出される亜鉛・鉛を主力とし、高度経済成長期には海外鉱山の権益取得や製錬事業の拡充で成長を遂げた。しかし円高の進行と国内鉱山の競争力低下により神岡鉱山の段階的縮小を余儀なくされ、1980年代には大規模な人員削減と再建計画を経て、銅箔やTABテープなど電子材料への事業転換を推進した。資源会社から先端電子材料メーカー
1918年 創業
三菱マテリアル
売上高
15,406億円
2024/03
営業利益
297億円
2024/03
三菱マテリアルは1918年に三菱鉱業として発足し、三菱財閥の非鉄金属鉱山と炭鉱を一手に担った。戦後の財閥解体で石炭と非鉄金属に分離されたが、1990年に三菱鉱業セメントとの合併で再合同を果たし、売上高約1兆円の総合素材メーカーとなった。超硬工具やシリコンウエハー事業に進出する一方、品質不正の発覚を契機に事業ポートフォリオの絞り込みに踏み切り、セメント事業をUBEとの統合で切り離した。銅製錬と超硬工
1927年 創業
住友金属鉱山
売上高
14,453億円
2024/03
営業利益
586億円
2024/03
住友金属鉱山は1927年に住友別子鉱山として設立された。元禄期から236年にわたり住友本社が直営してきた別子銅山の事業を法人化したもので、住友財閥の原点事業を担った。戦後は国内鉱山の閉山を進め、1985年の菱刈金山開山と海外資源開発で成長路線に転じた。電子材料やニッケル系正極材にも展開し、資源開発から先端材料まで一貫する非鉄金属の総合メーカーとして事業を拡大している。
1884年 創業
DOWA
売上高
7,171億円
2024/03
営業利益
278億円
2024/03
DOWAホールディングスは1884年に藤田組が官営小坂鉱山を取得したことに始まる。黒鉱自溶製錬の技術を確立して国内最大の鉱山に育て、花岡鉱山や柵原鉱山の取得で鉱山群を拡充した。戦後は同和鉱業として非鉄金属製錬を展開したが、1970年代の鉱山規模縮小を経て、2002年に吉川廣和社長が環境リサイクル事業への集中投資を断行し、鉱山会社から環境・リサイクル企業へと事業構造を転換した。
1959年 創業
SMC
売上高
7,768億円
2024/03
営業利益
1,783億円
2024/03
SMCは1959年に焼結金属工業として東京都千代田区に設立され、空気圧機器向けフィルター部品の製造を祖業とした。創業からわずか12年で空気圧制御の主要機構を内製化し、全国に営業所・出張所を緻密に配置して代理店の在庫保有を禁止する独自の流通設計で即納体制を構築した。1987年の上場後も髙田芳行社長のもとで利益率を追求する経営を貫き、中国・米国での現地生産を拡大しながら空圧機器のグローバルリーダーとし
1910年 創業
日立製作所
売上高
97,287億円
2024/03
営業利益
5,898億円
2024/03
1910年に小平浪平が日立鉱山の修理工場で5馬力モーターを国産化したことに始まる。外国技術に依存しない自前主義を40年間貫いたのち、1953年のGE技術提携で方針を転換し、テレビ・発電機・半導体へ事業を拡大した。非電機事業を子会社化して上場させる「親子上場」構造を60年以上維持したが、2009年の7880億円赤字を機に川村隆社長が構造改革を断行し、テレビ撤退や上場子会社の売却を推進。ABBパワーグ
1917年 創業
三菱重工業
売上高
46,571億円
2024/03
営業利益
2,220億円
2024/03
1887年に三菱財閥が長崎の官営造船所を買収して造船事業に参入し、1917年に三菱造船として株式会社化された。海軍艦艇・航空機・タービンに多角化して日本有数の重工メーカーに成長したが、戦後の財閥解体で3社に分割された。1964年の再合併後は防衛・エネルギー・宇宙で寡占的地位を築く一方、MU-300・客船・SpaceJetなど民間向け大型プロジェクトでは撤退判断の遅れが繰り返された。防衛・GTCC・
1878年 創業
川崎重工業
売上高
18,492億円
2024/03
営業利益
253億円
2024/03
1878年に川崎正蔵が東京築地に造船所を創業し、官営兵庫造船所の払い下げで神戸に移転して三菱に次ぐ造船所に成長した。海軍依存の事業構造は軍縮期に経営危機を招き、1931年に和議を申請したが政府融資で存続を果たした。戦後の財閥解体で分離された川崎航空機・川崎車輛と1969年に再合併し、二輪車Kawasakiブランドの世界展開と産業ロボットへの早期参入で事業の多角化を実現した。防衛・航空・二輪・ロボッ
1889年 創業
IHI
売上高
13,225億円
2024/03
営業利益
-682億円
2024/03
1889年に渋沢栄一の経営参画のもと有限責任石川島造船所として設立。1960年に播磨造船所を合併して石川島播磨重工業となり、造船・ジェットエンジン・プラント・タービンへと事業領域を拡大した。2000年代に造船事業を段階的に分社化し、豊洲の造船所跡地を不動産として再開発。2007年にIHIへ商号変更し、航空エンジン・ターボチャージャー・防衛を収益の柱とする総合重工メーカーとして事業構造を転換した。
1933年 創業
日産自動車
売上高
126,857億円
2024/03
営業利益
4,266億円
2024/03
1933年に鮎川義介が日産財閥の資本力を背景に自動車製造株式会社として設立。戦後は英オースチンとの技術提携で乗用車技術を導入し、ブルーバード・サニーなどの量産車で国内第2位の地位を確立した。1990年代に販売不振で経営危機に陥り、1999年にルノーとの提携でカルロス・ゴーンが就任。日産リバイバルプランで再建を果たしたが、2018年のゴーン逮捕後に再び業績が悪化し、ホンダとの経営統合協議など再建の模
1937年 創業
いすゞ自動車
売上高
33,866億円
2024/03
営業利益
1,764億円
2024/03
1937年に東京自動車工業として国策統合により発足。石川島造船所の自動車部門を母体にディーゼルエンジン技術を蓄積し、戦後はいすゞ自動車に改称して商用車メーカーの地位を築いた。1971年にGMと全面提携し乗用車ジェミニも展開したが、1992年に乗用車から撤退して商用車に特化。タイ現地法人の子会社化やボルボとの協業によるUDトラックスの取得でグローバルな商用車専業メーカーとしての事業基盤を拡充している
1933年 創業
トヨタ自動車
売上高
450,953億円
2024/03
営業利益
49,449億円
2024/03
1933年に豊田自動織機の自動車部として豊田喜一郎が創業し、1937年にトヨタ自動車工業として独立。戦後の経営危機では人員削減と工販分離で再建し、かんばん方式で生産革新の世界標準を築いた。カローラで国内シェア首位を確立し、1986年のケンタッキー単独工場を皮切りに北米現地生産を本格化。1997年のプリウス発売でハイブリッド技術を先導し、2024年3月期に売上高45兆円・純利益約5兆円を計上する世界
1942年 創業
日野自動車
売上高
15,162億円
2024/03
営業利益
170億円
2024/03
1942年にいすゞ自動車の日野製造所を分離して日野重工業として設立。戦車製造の軍需工場として発足したが、終戦で全社員を解雇し300名体制で商用車メーカーに転換した。1966年にトヨタとの業務提携で大型トラックに特化し、国内シェアトップを確保。2001年にトヨタの子会社となったが、2022年にエンジン認証の不正が発覚し経営危機に陥り、三菱ふそうとの経営統合を模索している。
1970年 創業
三菱自動車
売上高
27,895億円
2024/03
営業利益
1,547億円
2024/03
1970年に三菱重工業の自動車部門を分離して設立。クライスラーとの資本提携で海外展開の足がかりを得たが、北米販売の制約を受け、パジェロやランサーで独自の海外市場を開拓した。2000年代に二度のリコール隠しが発覚して経営危機に陥り、三菱グループの支援で存続。2016年に日産自動車と戦略提携を締結しルノー・日産アライアンスに参画したが、東南アジア偏重の収益構造と度重なる不祥事が経営の安定を阻んでいる。
1920年 創業
マツダ
売上高
48,276億円
2024/03
営業利益
2,076億円
2024/03
1920年に東洋コルク工業としてコルク製造から出発し、1931年に三輪トラック「マツダ号」で自動車産業に参入した。1967年にロータリーエンジン搭載車を世界で初めて量産したが、オイルショックで赤字に転落し1979年に米フォードと資本提携。フォード傘下で北米現地生産や5チャンネル体制を展開したが業績は安定せず、2015年のフォード撤退後はトヨタと提携。SKYACTIVテクノロジーで独自路線を追求する
1909年 創業
スズキ
売上高
53,742億円
2024/03
営業利益
2,677億円
2024/03
1909年に鈴木道雄が浜松で織機製作所として創業。1952年に二輪車、1955年に軽自動車で四輪車に参入した。1978年に鈴木修が社長就任後、47万円のアルトで2台目需要を開拓し、1982年にインド国営企業マルチへ出資して新興国戦略の基盤を築いた。GMやフォルクスワーゲンとの提携と決別を経て、2019年にトヨタと資本提携。軽自動車とインド市場を武器に独自の地位を確立している。
1917年 創業
SUBARU
売上高
47,029億円
2024/03
営業利益
3,850億円
2024/03
中島飛行機の後身企業群を統合して1953年に富士重工業として設立され、航空機技術を自動車に転用してスバル360で大衆車市場に参入した。水平対向エンジンと四輪駆動を組み合わせた独自技術で4WD市場のシェア首位を確保し、いすゞとの合弁で北米現地生産にも踏み出した。日産・GM・トヨタと大株主が3度変わる資本遍歴を経て、北米SUV市場とアイサイトを軸にニッチ集中戦略を貫いている。
1955年 創業
ヤマハ発動機
売上高
25,761億円
2024/12
営業利益
1,192億円
2024/12
1955年に楽器メーカー・ヤマハから二輪車製造部門を分離して設立。戦時に蓄積した工作機械約1,000台を二輪車製造に転用し、後発ながら量産体制で国内シェア2位を確立した。1960年にマリン事業、1984年に産業用ロボットへと多角化を進め、HY戦争でのホンダとの競争や二度の赤字転落を経て事業構造を再編。東南アジアでの現地生産を拡大し、二輪車・マリン・ロボティクスを柱とするモビリティメーカーとして独自
1919年 創業
オリンパス
売上高
9,362億円
2024/03
営業利益
2,425億円
2024/03
1919年に山下長が高千穂製作所を設立し、顕微鏡の国産化から出発した。体温計事業の売却や森下仁丹との訴訟など創業期から経営の動揺を経験したが、1950年に世界初の胃カメラを開発して医療機器に参入。1961年にペンEEが爆発的にヒットし、1969年に第三事業部を新設して内視鏡事業を本格化させた。2011年に長年の不正会計が発覚し経営危機に陥るも、医療事業への集中を進め、2020年にカメラ事業を売却し
1899年 創業
サントリー
売上高
29,701億円
2022/12
(親)当期利益
1,362億円
2022/12
1899年に鳥井信治郎が鳥井商店を個人創業し、1907年に赤玉ポートワインを発売。1923年にウイスキー製造に参入して国産洋酒の礎を築いた。1963年にビール事業への再参入を決断し、清涼飲料や健康食品にも事業領域を拡大。非上場を維持しながら積極投資を続け、2009年のオランジーナ買収、2014年の米ビーム買収で世界有数の蒸留酒メーカーへ躍進した。ウイスキー・ビール・清涼飲料の三本柱でグローバル展開を加速している。
1985年 創業
ABCマート
売上高
3,441億円
2024/02
営業利益
400億円
2024/02
1985年、三木正浩が29歳で設立した輸入卸売会社を起源とし、ホーキンスの独占販売権取得と韓国での生産体制構築によりSPA型の靴卸売業を確立した。1990年に小売業ABCマートを開始し、1999年以降はショッピングセンターへの積極出店で全国チェーン化を加速。創業者退任後も漸進型経営のもとで国内1000店舗を突破し、韓国・台湾を含むアジア展開を推進する靴専門チェーン最大手に成長した。
1971年 創業
日本マクドナルド
売上高
3,523億円
2022/12
営業利益
199億円
2022/12
1971年、輸入雑貨商の藤田田が米マクドナルドと合弁で日本マクドナルドを設立し、銀座三越に1号店を開業した。ロイヤリティ1%・契約期間30年という破格の条件のもと都市圏ドミナント戦略で急成長し、1984年に外食産業初の売上高1000億円を突破した。出店余地の飽和後は低価格路線で客数維持を図ったが客単価の毀損を招き、藤田体制の終焉を経て米本社主導の経営へと移行した。
1958年 創業
セブン&アイHD
売上高
114,717億円
2024/02
営業利益
5,070億円
2024/02
1958年に伊藤雅俊氏が株式会社ヨーカ堂を設立し、北千住を基盤とするスーパーマーケットとして出発した。1974年に米セブンイレブンのフランチャイズで日本にコンビニエンスストアを導入し、ドミナント戦略とPOS活用で国内最大のコンビニチェーンに成長した。2005年にセブン&アイ・ホールディングスを設立して経営統合し、米国7-Elevenの完全子会社化やSpeedway買収でグローバルコンビニ最大手に躍
1899年 創業
ロート製薬
売上高
2,386億円
2023/03
営業利益
263億円
2023/03
1899年、山田安民が信天堂山田安民薬房として創業し、胃腸薬「胃活」の製造販売で出発した。1909年に点眼薬「ロート目薬」を発売して眼科領域に参入し、胃腸薬と目薬の二本柱で国内大衆薬市場のシェア首位を確立した。1975年にメンソレータムの商標使用権を取得して第三の収益源を獲得し、1988年には米メンソレータム社を買収してブランド主権を掌握。2001年以降はスキンケアに本格投資し、東南アジア・中国へ
1921年 創業
コマツ
売上高
28,023億円
2022/03
営業利益
2,249億円
2022/03
コマツは1921年に竹内鉱業の機械部門が独立して設立された。戦後の混乱期を経て米軍向け砲弾で経営を安定させたが、売上高の72%を砲弾に依存する危うい構造であった。1956年に大阪工場の生産をブルドーザーに転換して建機メーカーへ業態転換し、キャタピラー社の日本進出に対しては品質改善に一点集中する防衛戦略で国内シェア60%超を維持した。油圧ショベルへの後発参入も既存の直販網を活用して8年で首位を獲得し
1949年 創業
日立建機
売上高
14,059億円
2024/03
営業利益
932億円
2024/03
日立建機は日立製作所の建設機械部門を母体に1970年に製販統合で発足した。発足時の自己資本比率は6.4%と脆弱であったが、油圧ショベルを主力機種として事業基盤を固めた。米ディア社とのOEM提携で北米を、フィアット社との提携で欧州を開拓し、経営体力が整った段階で自社ブランドに切り替える二段階戦略で海外を展開した。2022年に筆頭株主が日立から投資会社に異動し、独立した総合建設機械メーカーとしての道を
1890年 創業
クボタ
売上高
30,207億円
2023/12
営業利益
2,384億円
2023/12
1890年に久保田権四郎が大阪で鋳物屋を創業し、7年の試行錯誤を経て鋳鉄管の量産技術を独力で確立した。鋳鉄管で国内シェア60%を獲得したのち、戦後は耕うん機・トラクターで農機メーカーへ転身し、1972年から北米・欧州へ小型農機の輸出を本格化させた。2012年のノルウェーKverneland買収、2022年のインドEscorts買収を経てグローバル農機大手に成長する一方、水道管カルテルの発覚やアスベ
1956年 創業
ファナック
売上高
7,330億円
2022/03
営業利益
2,133億円
2022/03
1956年に富士通の社内プロジェクトとしてNC装置の研究開発が始まり、稲葉清右衛門が技術リーダーとして電気圧パルスモーターを発明した。約10年の赤字を経て1972年に富士通ファナックとして分離独立し、汎用NC装置への集中で国内シェア70%・売上高経常利益率36.6%を達成した。山梨県忍野村に本社と工場を集約する独自の立地戦略を貫き、2010年代にはiPhone向けロボドリルで急成長したが、特定製品
1941年 創業
HOYA
売上高
7,626億円
2024/03
営業利益
1,825億円
2024/03
1941年に山中正一と山中茂の兄弟が東京都保谷町で東洋光学硝子製造所を創業し、軍需向け光学ガラスの製造から出発した。終戦による需要消滅後、クリスタルガラスに転じたが為替変動で経営危機に陥る。1957年に鈴木哲夫が社長に就任し、直販体制とシェア戦略で高収益体質を構築。1974年に半導体用マスクサブストレートに参入し、1990年代以降はROE経営への転換と不採算事業の整理を進めた。
1933年 創業
キヤノン
売上高
40,314億円
2022/12
営業利益
2,439億円
2022/12
1933年に精機光学研究所として六本木のアパートで発足し、産婦人科医の御手洗毅の出資でカメラの国産化に着手した。戦後に御手洗が経営に専念し、英マセソン社との提携で北米輸出を本格化。資本金の10倍を投じた下丸子工場で量産体制を確立し、高級カメラのグローバルブランドを築いた。1967年に事務機への多角化を打ち出し、1985年のHP社との提携でLBP事業が急成長、連結売上高1兆円を突破した。
1897年 創業
ヤマハ
売上高
4,620億円
2025/03
営業利益
133億円
2025/03
1897年に山葉寅楠が日本楽器製造を設立し、オルガンとピアノの国産化から出発した。1950年に川上源一が社長に就任してヤマハ音楽教室を組織化し、教育による需要創出でピアノの国内シェア60〜70%を確立した。海外は商社を排して自社ブランドで直接販売し、1970年に世界シェア約30%を獲得。多角化でリゾートや半導体にも進出したが、2000年に最終赤字407億円を計上し、以降は楽器と音響への回帰を進めた
1960年 創業
サンリオ
売上高
726億円
2023/03
営業利益
82億円
2023/03
1960年に山梨県庁出身の辻信太郎が山梨シルクセンターを設立し、絹製品の販売から出発した。創業直後の不渡りを百貨店前の路上販売で乗り越え、ギフト商品の企画へ転換。1974年にハローキティを企画し、キャラクターのライセンス供与を主軸とするビジネスモデルを確立した。1990年にピューロランドを開園したが、バブル期の財テク失敗で8期連続の最終赤字に陥り、自己資本比率は3%まで悪化した。
1830年 創業
そごう
売上高
1,571億円
2000/02
営業利益
-1,376億円
2000/02
1830年に大坂で古着商「大和屋」として開業し、1877年に十合呉服店へ改称、1919年に株式会社化して百貨店へ転換した。1962年に社長に就任した水島廣雄のもと、銀行借入と別会社方式を組み合わせた出店モデルで千葉・横浜・広島など全国に大型店を展開し、1992年にグループ売上高1.4兆円・国内外35店舗で百貨店業界の売上高首位に到達した。しかしバブル崩壊後の地価下落と消費低迷により負債が重荷となり
1937年 創業
丸井
売上高
2,178億円
2023/03
営業利益
223億円
2023/03
1931年に青井忠治が東京・中野で月賦販売商として創業し、1937年に株式会社丸井を設立した。中央線沿線の小規模店から都心部の大型店へと業態を転換し、1960年に店舗専用クレジットカードを発行、1974年の店舗即時発行の実現とDCブランドの分割払いを組み合わせた独自モデルで26期連続増収増益を達成した。1981年にキャッシング事業に参入し収益を拡大したが、2006年の改正貸金業法で15年累計124
1890年 創業
三菱地所
売上高
15,046億円
2024/03
営業利益
1,684億円
2024/03
1890年に三菱財閥が明治政府から丸ノ内の土地を一括買収し、30年の歳月をかけて荒地をオフィス街に転換した。1937年に三菱地所を設立し、戦後の財閥解体と再統合を経て1959年に丸ノ内総合改造計画を策定、赤レンガ街を近代的な31mのオフィスビル群に一新した。1990年にロックフェラーグループへの出資で海外展開を試みたが撤退、2002年には築70年の初代丸ビルを超高層の複合ビルに建て替えて丸ノ内を複
1982年 創業
アドビ
Revenue
17,606$100M
2022/12
NetIncome
4,756$100M
2022/12
1982年にジョン・ワーノックとチャールズ・ゲシキがAdobe Systemsを設立。1985年にAppleへPostScriptを販売しDTP革命の基盤を築き、IllustratorやPhotoshopでクリエイティブツールの業界標準を確立した。1993年にPDFを開発して文書フォーマットの標準化を主導。2005年のMacromedia買収を経て、2013年にCreative Cloudでサブスクリプションモデルへ転換し、デジタルマーケティング領域のM&Aも積極化した。
1920年 創業
横河電機
売上高
5,401億円
2024/03
営業利益
616億円
2024/03
1915年に建築家・横河民輔が東京渋谷に電気計器研究所を個人創業し、1920年に株式会社化した。欧米製に依存していた精密電気計器の国産化を実現し、フォックスボロ社との技術提携やヒューレットパッカードとの合弁で計測器事業の幅を広げた。1975年の制御システムCENTUM発表と1983年の北辰電機との合併を経て、プラント向け制御システムメーカーとしての地位を確立。HP合弁の解消やGE合弁の縮小を経験し
1955年 創業
森ビル
営業収益
2,855億円
2023/03
当期純利益
437億円
2023/03
1955年に森不動産を設立し、東京都港区でナンバービルの建設を開始。1974年に六本木赤坂地区の再開発構想を公表し、1985年にアークヒルズを竣工させて大規模複合開発の先駆けとなった。創業者の森泰吉郎が1993年に逝去した後も開発路線を継続し、2003年に六本木ヒルズ、2014年に虎ノ門ヒルズを相次ぎ竣工。2023年には総事業費5800億円の麻布台ヒルズを完成させ、港区を中心とした都市再開発を一貫して主導している。
1912年 創業
イビデン
売上高
4,175億円
2023/03
営業利益
761億円
2023/03
立川勇次郎が揖斐川の水力資源を活用して揖斐川電力を設立し、水力発電とカーバイド製造から出発した。戦時の電力統制でカーバイド専業に転換し、建材を経てプリント配線板に参入した。一九九四年のインテル攻略プロジェクトでパッケージ基板のトップサプライヤーに躍進し、フィリピン・マレーシアでの海外量産体制を構築した。電力会社から先端半導体部材メーカーへという異色の事業転換を遂げた大垣の名門企業である。
1973年 創業
ニデック
売上高
23,471億円
2024/03
営業利益
1,251億円
2024/03
1973年に永守重信が京都で資本金200万円の日本電産を創業し、国内で門前払いを受けた精密小型モータを米国市場経由で販売に漕ぎつけた。HDD用スピンドルモータで世界シェア80%超を確保したのち、1995年の赤字転落を契機にM&Aを主軸としたHDD依存からの脱却に着手した。累計60社超の買収で車載・家電・産業用モータへ事業を多角化し、2024年に創立50周年を機に商号をニデックに変更した。
1924年 創業
赤井電機
売上高
800億円
1984/11
営業利益
4億円
1984/11
1924年に赤井舛吉が東京港区でソケットラジオ部品の製造を開始し、戦後に赤井三郎が再興してテープレコーダーの輸出特化型メーカーに転換した。輸出比率95%・売上高純利益率12.8%の高収益で1968年に東証二部に上場したが、1973年の創業者急逝とビデオ参入の出遅れ、プラザ合意後の円高が重なり採算が崩壊。三菱銀行やセミテックの経営支援も奏効せず、2000年に民事再生法の適用を申請して倒産した。
1954年 創業
アドバンテスト
売上高
4,865億円
2024/03
営業利益
781億円
2024/03
1954年に通信省出身の武田郁夫が愛知県豊橋市でタケダ理研工業を創業し、大手が手がけない電子計測器のニッチ市場に特化した。研究開発偏重で経営管理を欠いたまま国産初のICテスタを開発したが、1975年に赤字転落と社内クーデターで創業者が失脚。富士通の救済支援のもとICテスタに集中し、1996年に半導体検査装置で世界シェア約40%を確保した。顧客の半導体投資サイクルに業績が連動する構造のもと、赤字と最
1959年 創業
京セラ
売上高
20,042億円
2024/03
営業利益
1,010億円
2024/03
1959年に稲盛和夫が京都市に京都セラミックを設立し、松風工業時代に培ったセラミック技術を基盤に電子部品メーカーとして出発した。創業3年目から米国市場を開拓し、1966年にIBMからIC用基板を受注して半導体パッケージ市場に参入。需要が不透明な段階で鹿児島に量産工場を先行建設し、世界シェア約70%を確保した。買収による多角化で事務機器・通信機器に事業を拡大したが、セラミックの素材転換で苦戦し、祖業
1917年 創業
ニコン
売上高
7,172億円
2024/03
営業利益
321億円
2024/03
1917年に三菱合資会社の出資で日本光学工業を設立し、軍需光学機器の製造から出発した。光学ガラスの量産化に10年を要し、終戦時には従業員2万5000名の軍事企業に膨張したが、民需転換で2万名を整理解雇した。戦後はカメラとレンズで国際的評価を確立し、1980年にステッパーに参入して二本柱体制を構築。しかし1999年に顧客転換の失敗で赤字に転落し、2016年の構造改革を経て事業の再定義を模索している。
1868年 創業
SCREEN HD
売上高
5,049億円
2024/03
営業利益
705億円
2024/03
1868年に石田才次郎が京都で銅版印刷の石田旭山印刷所を個人創業し、1943年に株式会社大日本スクリーン製造所として法人化した。写真製版用ガラススクリーンの国産化から出発し、精密エッチング技術を軸に1975年から半導体製造装置に参入。1994年に電子工業向け機器が印刷関連を上回り業態転換を達成した。不況期の300mmウエハ対応投資で競合を脱落させ、2022年にウエハ洗浄装置で世界シェア首位を獲得し
1930年 創業
ヤオハン
売上高
1,568億円
1997/03
営業利益
-359億円
1997/03
1930年に和田良平が八百半熱海支店として創業し、旅館向けの野菜卸から出発した。1956年に現金正札廉価販売を導入して近代的な小売業に転換し、1962年に和田一夫が社長に就任して伊豆半島から全国への店舗展開を進めた。1971年にブラジル、1974年にシンガポールに出店して海外展開に着手し、1990年に香港へグループ本社を移転。しかし国内店舗の過剰投資と有利子負債の膨張、粉飾決算の発覚が重なり、19
1998年 創業
ZOZO
売上高
2,131億円
2025/03
営業利益
648億円
2025/03
1998年に前澤友作氏が有限会社スタートトゥデイを設立し、CD・レコードの通信販売から出発した。2004年にファッション特化型ECモール「ZOZOTOWN」を開設し、ユナイテッドアローズなど有力セレクトショップの出店獲得を契機に国内最大級のファッションECプラットフォームへ成長した。物流の内製化と高速オペレーションを競争力の源泉とし、受託販売モデルで高いテイクレートを実現。2019年にZホールディ
2013年 創業
メルカリ
売上高
1,874億円
2024/06
営業利益
163億円
2024/06
山田進太郎がスマートフォン特化型のフリマアプリ「メルカリ」を開発し、テレビCMと大型資金調達で急成長して日本のCtoC市場を開拓した。二〇一八年に東証マザーズに上場したが、米国子会社での累計百八十一億円の減損や不正決済問題にも直面した。メルペイの設立で決済領域に進出し、あと払いサービスの拡大でプラットフォームの金融化を進めている。
1960年 創業
リクルートHD
売上高
34,295億円
2023/03
営業利益
3,677億円
2023/03
リクルートは1960年に江副浩正が大学新聞の広告取次として個人創業した。就職情報誌「企業への招待」から住宅情報・旅行・結婚など生活領域の情報メディアを次々と展開し、営業主導の組織文化で急成長を遂げた。1988年のリクルート事件で経営危機に陥り、バブル崩壊後には有利子負債が1.4兆円に達したが、本業のキャッシュ創出力で12年間かけて返済を完了した。2012年のIndeed買収でHRテクノロジー企業へ
1924年 創業
ダイキン
売上高
43,953億円
2024/03
営業利益
2,603億円
2024/03
1924年に大阪砲兵工廠出身の山田晃が大阪で金属加工業を創業し、軍の指定工場として砲弾製造で急成長した。1935年に国内初のフロン生産に成功して空調領域に参入し、戦後は朝鮮戦争の砲弾特需で得た資金を冷凍機・フロンに再投資して空調メーカーへ転身した。1990年代から中国・欧州へ本格進出し、2006年のOYL社買収、2012年の米Goodman買収を経て世界最大級の空調専業メーカーに成長した。
1918年 創業
パナソニック
売上高
84,964億円
2024/03
営業利益
4,439億円
2024/03
1918年に松下幸之助が大阪で電気器具製作所を個人創業し、自転車用ランプとナショナルブランドで事業を拡大した。水道哲学と事業部制を経営の基盤に据え、戦後は三種の神器への同時参入で総合家電メーカーの地位を確立した。1990年のMCA買収は5年で撤退し、2005年からのプラズマテレビへの6000億円投資も巨額損失に帰結した。三洋電機の統合を経て2022年に持株会社制へ移行し、EV向け電池への集中投資と
1912年 創業
シャープ
売上高
23,219億円
2024/03
営業利益
-1,499億円
2024/03
1912年に早川徳次が東京で金属加工業を個人創業し、シャープペンシルの開発で製造業に転じた。関東大震災で全てを失い大阪で再起し、ラジオの国産化で電機メーカーへ転身した。半導体の内製化と液晶技術の蓄積で独自の地位を築き、液晶テレビAQUOSで一世を風靡したが、亀山・堺工場への巨額投資が裏目に出て経営危機に陥り、2016年に鴻海精密工業の出資を受け入れて台湾企業の傘下で再建を図ることとなった。
1947年 創業
三洋電機
売上高
14,894億円
2011/03
営業利益
-351億円
2011/03
1947年に松下電器の重役だった井植歳男が公職追放を機に大阪で創業し、自転車ランプで国内シェア70%を確保した。噴流式洗濯機で日本の洗濯機の標準仕様を確立し、カラーテレビの北米輸出と現地生産で急成長を遂げた。1990年以降は二次電池への傾斜投資でリチウムイオン電池の競争力を獲得したが、有機ELへの巨額投資失敗と財務悪化が重なり、2011年にパナソニックに完全子会社化される結末を迎えた。
1938年 創業
パイオニア
売上高
2,698億円
2022/03
営業利益
0億円
2022/03
1938年に松本望が東京でスピーカー専業の福音商会電気製作所を創業した。ダイナミック・スピーカーで東京市場を独占し、戦後はセパレートステレオやレーザーディスクプレーヤーで音響分野に独自の地位を築いた。1990年代にプラズマディスプレイに巨額投資したが液晶の台頭で裏目に出て1万名削減に追い込まれ、カーオーディオに集中投資するも財務回復に至らず、2019年に上場廃止。投資ファンドを経て台湾企業の傘下に
1927年 創業
日本ビクター
売上高
6,584億円
2008/03
営業利益
-475億円
2008/03
1927年に米ビクターの日本法人として蓄音機製造で出発し、日産財閥・東芝・松下電器と親会社が変遷した。1976年に松下電器がVHS規格を採用したことでビデオ戦争に勝利し、VHSテープの大増産で売上高7000億円超に急成長した。しかしVHS需要の消失とデジタル化への対応遅れで1993年に最終赤字430億円を計上し、業績回復を果たせないまま2008年にJVCケンウッドとの経営統合で独立企業としての歴史
1972年 創業
キーエンス
売上高
9,224億円
2023/03
営業利益
3,629億円
2023/03
1972年に滝崎武光が兵庫県伊丹市でリード電機を個人創業し、2度の倒産を経た3度目の起業で自動線材切断機の製造を開始した。トヨタ自動車向け磁気センサの開発を契機にセンサー事業に転換し、営業利益率20%の祖業を売却して利益率40%のセンサーに経営資源を集中した。直販体制・標準品特化・付加価値ベースの価格設定という原則を創業期に確立し、営業利益率50%超と平均年収2000万円を両立する企業に成長した。
1988年 創業
光通信
売上高
6,019億円
2024/03
営業利益
1,222億円
2024/03
1988年に重田康光が23歳で設立し、NTT民営化に伴う通信自由化を背景にホームテレホンの訪問販売から事業を開始した。1994年に携帯電話販売店HITSHOPを展開し、FC方式で全国1816店まで急拡大したが、2000年に架空契約問題が発覚して時価総額3兆円から株価が100分の1に暴落した。2600店の閉鎖と有利子負債の圧縮を経て、複写機を中心とする法人向け訪問販売に原点回帰し、2004年に黒字転
1941年 創業
日本触媒
売上高
4,093億円
2025/03
営業利益
173億円
2025/03
八谷泰造がバナジウム触媒による無水フタル酸の工業化に成功し、ヲサメ合成化学工業として創業した。爆発事故を乗り越えて国内シェア七〇パーセントを確保し、石油化学への原料転換とアクリル酸の国産化を経て、一九八五年に高吸水性樹脂の製造に参入した。紙おむつ市場の拡大に乗りグローバルなシェアを獲得したが、三洋化成との経営統合は業績格差の拡大により白紙撤回された。触媒技術を基盤に化学品と機能性材料を展開する。
1998年 創業
サイバーエージェント
売上高
8,029億円
2024/09
営業利益
162億円
2024/09
1998年、24歳の藤田晋がインターネット広告の営業代行で創業し、クリック保証型広告「サイバークリック」で広告会社への転換を果たした。2000年に東証マザーズに上場して207億円を調達したが、ITバブル崩壊後は赤字が続き、村上ファンドの株主提案や終身雇用宣言など独自の経営判断で局面を打開した。2011年のスマホシフト宣言でモバイル対応を断行し、ゲーム事業を急拡大。2015年にはAbemaTVを設立
1926年 創業
豊田自動織機
売上高
40,849億円
2025/03
営業利益
2,712億円
2025/03
豊田自動織機は1926年に豊田佐吉がG型自動織機の製造を目的に設立した。1933年に社内に自動車部を新設してトヨタ自動車の源流となり、戦後はフォークリフト・カーエアコン用コンプレッサーに多角化した。トヨタ自動車向けの受託生産が売上の過半を占める構造が半世紀以上にわたって定着し、フォークリフトで世界首位を確保する一方、2017年のVanderlande買収で物流ソリューション事業にも進出した。社名に
1985年 創業
セリア
売上高
2,363億円
2025/03
営業利益
112億円
2025/03
1985年に岐阜県大垣市で移動販売業として創業し、1994年に100円ショップの常設店舗展開に転換した。業界の常識に反してリアルタイムPOSと独自の発注支援システムを全店導入し、データに基づく品揃え最適化で高収益体制を確立。新店舗ブランド「Color the days」で雑貨比率を急上昇させ、2009年にキャンドゥを抜いて業界2位に浮上した。2代目社長のもとでIT経営を深化させている。
1950年 創業
靴のマルトミ
売上高
1,211億円
2000/02
営業利益
-87億円
2000/02
1950年に冨永光行が名古屋市内に丸富靴店を開業し、既製靴の低価格販売という当時としては革新的な手法で靴を日常消費財に転換した。1975年に郊外型店舗へシフトし、1980年から「靴流通センター」を全国展開、1983年の全店オンライン化や1986年の国内シェア首位獲得を経て急成長を遂げた。1985年には玩具店BANBANの展開も開始し、1993年に1700店舗を突破して売上高は約1717億円に達した
1781年 創業
武田薬品工業
売上高
45,815億円
2025/03
営業利益
1,081億円
2025/03
初代武田長兵衛が大阪道修町で薬種商として創業し、和漢薬の仲買を百三十年以上にわたり営んだ。第一次世界大戦での輸入途絶を機に自社製造に転じ、大衆薬アリナミンで国民的ブランドを確立した。リュープリンの成功で創薬型国際企業への転換を果たし、武田國男社長の多角化事業売却を経て、二〇一九年のShire買収で世界トップ十入りを実現した。希少疾患・血漿分画製剤を中核とするグローバル製薬企業である。
1918年 創業
帝人
売上高
10,496億円
2025/03
営業利益
78億円
2025/03
1918年に鈴木商店の金子直吉の支援のもと帝国人造絹糸として米沢で設立され、レーヨン製造から出発した。鈴木商店の破綻を経て独立し、戦後は大屋晋三社長のもとでアセテート・ポリエステル・ナイロンと合成繊維に多角化、1971年にはレーヨンから完全撤退した。未来事業本部による新規事業探索を経て医薬品と高機能素材に軸足を移し、ベニロンやフェブリクで医薬品事業を確立。2000年のアラミド繊維事業買収でグローバ
1898年 創業
RJRナビスコ
Sales
8,268$100M
1999/12
NetIncome
357$100M
1999/12
1898年にNational Biscuit Companyとして発足し、オレオやリッツなど定番ビスケットを生み出した。1941年にナビスコに改称し海外展開と多角化を推進。1985年にたばこ大手RJレイノルズとの合併でRJRナビスコが誕生したが、1989年にKKRによる史上最大規模のLBOで買収された。ガースナーCEOが経営再建を主導し事業売却と人員削減を断行。1999年にたばこ事業をJTに売却後、2000年にフィリップモリスに買収され消滅した。
1949年 創業
デンソー
売上高
64,013億円
2023/03
営業利益
3,478億円
2023/03
1949年にトヨタ自動車の電装品部門を分離する形で日本電装として設立された。自己資本比率5%・負債1.5億円の脆弱な財務で発足し、設立3か月で473名を解雇するなど前途多難な船出であったが、朝鮮特需で業績が好転した。1953年のロバートボシュとの技術提携を契機にカーヒーター・噴射ポンプ・カーエアコンへ製品を拡充し、1982年の売上高1兆円計画でグローバル展開を加速させた。トヨタ向け売上比率50%の
1970年 創業
日本製鉄
売上高
88,680億円
2024/03
営業利益
5,493億円
2024/03
1970年、八幡製鐵と富士製鐵の合併により新日本製鐵として発足し、粗鋼生産で世界最大級の鉄鋼メーカーとなった。大分製鉄所の新設で生産体制を拡充する一方、鉄鋼不況のもと4次にわたる合理化で釜石の高炉停止など国内生産体制を大幅に再編した。半導体やエレクトロニクスへの多角化は撤退に至った。2012年に住友金属工業と経営統合し、日新製鋼買収やUSスチール買収計画などグローバル鉄鋼再編を主導している。
1931年 創業
ブリヂストン
売上高
43,138億円
2023/12
営業利益
3,313億円
2023/12
1931年、石橋正二郎が日本足袋の事業部からタイヤ製造を独立させ、福岡県久留米市にブリッヂストンタイヤ株式会社を設立した。地下足袋で培ったゴム技術を自動車用タイヤに転用し、戦後のモータリゼーションに乗じて国内シェアを拡大。1961年の上場まで30年間非上場を維持し、石橋家は富裕税納付で日本1位となった。1988年に米ファイアストンを買収して世界有数のタイヤメーカーに躍進し、品質問題やリストラを乗り
1872年 創業
資生堂
売上高
9,730億円
2024/12
営業利益
217億円
2024/12
1872年、福原有信が東京銀座に資生堂薬局を開業し、調剤事業から化粧品へ参入した。1923年にチェインストア方式を導入して全国販売網を組織化し、花椿ブランドの確立と躍進五ヵ年計画により1964年に国内化粧品シェア首位を獲得した。1986年の仏カリタ社買収を皮切りに海外M&Aを積極化し、1997年の再販価格維持撤廃で流通構造が変化した。2000年代にはメガブランド戦略で国内事業を再建し、米Drunk
1936年 創業
日本特殊陶業
売上高
6,144億円
2024/03
営業利益
826億円
2024/03
1936年、日本碍子の技術を基盤にスパークプラグの製造で創業した。終戦後の2000名解雇を経て生産改善と海外展開を推進し、1966年に点火プラグの国内シェア70%を確保した。補修用市場での高収益体制を築きながら、1967年にはセラミックICパッケージにも参入して半導体向け事業を開拓。ブラジル・東南アジア・欧米に生産拠点を展開し、スパークプラグ10億本生産を掲げる自動車点火プラグの世界的メーカーに成
1967年 創業
ニトリ
売上高
8,957億円
2024/03
営業利益
865億円
2024/03
1967年に似鳥昭雄が札幌市内で似鳥家具店を創業し、1972年の渡米視察で米国との価格差に衝撃を受けて「日本の住まいを豊かにする」を経営理念に据えた。1978年にチェーン化構想を発表してドミナント展開で北海道の基盤を固め、1987年にはプラザ合意後の円高を追い風にインドネシア・ベトナムでの海外生産と独自物流網を構築し、製造から小売までを一貫して手がけるSPA型モデルを確立した。2002年に東証一部
1981年 創業
ソフトバンクグループ
売上高
67,565億円
2024/03
営業利益
-2,276億円
2024/03
1981年に孫正義が24歳で日本ソフトバンクを設立し、パソコンソフトウェアの卸売流通から事業を開始した。1994年の株式公開を転機に企業買収とベンチャー投資へ軸足を移し、1996年にヤフー日本法人を設立してインターネット事業に参入した。2001年にADSLサービスYahoo!BBで通信事業に進出し、2006年には1.7兆円のLBOでボーダフォンを買収して携帯キャリアに参入した。2014年のアリババ
1984年 創業
KDDI
売上高
57,540億円
2024/03
営業利益
7,403億円
2024/03
1984年に京セラの稲盛和夫が主導して第二電電企画を設立し、通信自由化を機に長距離電話事業に参入した。1987年にセルラー子会社を通じて携帯電話事業にも進出し、2000年にDDI・KDD・IDOの三社合併でKDDIが発足、auブランドを立ち上げた。CDMA方式への一本化と着うたなどの独自サービスによりドコモを追撃し、2004年には携帯電話の年間契約純増数で首位を獲得した。2010年代以降はau経済
1967年 創業
サイゼリヤ
売上高
1,832億円
2023/08
営業利益
52億円
2023/08
1967年に理系出身の正垣泰彦が千葉県本八幡で飲食店を個人開業し、翌年イタリア料理店サイゼリヤに転換した。全メニュー半額化で繁盛店に転じ、悪立地と低価格と素材重視を経営の原則に据えた。投資リターン20%を基準に全国展開を推進し、広告宣伝費を売上高比0.3%に抑えて食材原価に集中投資するモデルを確立。1998年に株式上場を果たし、2003年から中国市場にも進出した。