JSRの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要 1957年〜2022年

国策会社として設立。タイヤ向けゴム原料から半導体向けフォトレジストへの業態転換に成功

1957
日本政府が日本合成ゴムを設立

タイヤ向けの原料を安定供給するために、日本政府はブリヂストンとの共同出資の半官半民企業「日本合成ゴム」を設立した。だが、設立直後に経済不況に見舞われたため、2ヶ月間の工場停止に追い込まれるなど、波乱万丈のスタートとなった。だが、この結果として国策企業ながらも、利益を生み出すことにこだわる社風が形成された。

1969
完全民営化

1960年代を通じてモータリゼーションが進展してタイヤの需要が増大するとともに、JSRの業績も上向き財務体質を改善した。これを受けて日本政府は「日本合成ゴム株式会社に関する臨時措置に関する法律を廃止する法律」を成立させ、JSRは民営化を果たす

1970年
大阪証券取引所に株式上場

1979
半導体向けフォトレジストの開発に成功

1970年代から1980年代を通じて、JSRは合成ゴムに代わる新規事業を育成するために、フォトレジストに着目。合成ゴムの技術が転用できることに目をつけて、半導体製造における現像工程(回路印刷)で必要になるフォトレジストの開発に成功する。だが、日本の半導体メーカー向けには財閥系列の化学メーカーや、先発の東京応化がシェアを握っていたため、JSRは日本国内でフォトレジストの販売で苦戦する。

1992
最終赤字に転落

祖業の合成ゴム事業の収益性低下と、半導体向けフォトレジストや液晶材料といった新事業の利益が伸び悩んだため、JSRは最終赤字に転落。

1994
グローバル企業への営業強化

半導体フォトレジストと液晶材料の販売を促進するために、世界各地のグローバル企業への技術営業を強化する方針を打ち出す。半導体フォトレジストではインテルやIBMといった米国企業や台湾・韓国の半導体メーカーを顧客として獲得するために、高額な半導体露光装置を研究のため導入するなどの投資を続行。この結果、JSRは日本企業ではなくグローバル企業の顧客獲得で頭角を現す。なお、米国事業の立役者は、巨大メーカーに対して技術営業に奔走した小柴満信氏(のちのJSR社長)とされる。

1997
商号を日本合成ゴムからJSRに変更

グローバル企業にフォトレジストを売り込むために、商号をJSR(Japan Synthetic Rubber)に変更

2006
フォトレジストで世界シェア25%確保

2000年代を通じて、JSRが開発したDUVレジストを、IBM、Intel、サムスンといったグローバル企業が採用。この結果、JSRは2006年にフォトレジストの世界シェア25%を確保する。

2019年
過去最高益を計上

2019
エリック・ジョンソンがCEOに就任

2009年から社長を務めていた小柴氏が社長を退任し、後任にエリック・ジョンソンがJSRのCEOに就任した。日本企業としては珍しい外国籍の人物のCEO就任として注目を浴びる。

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