大和工業 の歴史

創業

1944年

創業者

井上浅次

創業地

兵庫県姫路市

直近売上高(2025/3)

1,683億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1945年に軍需協力工場から軌道用品メーカーへ転じたのか
A 事業の前身が戦時下の軍需協力工場だったためである。1944年11月に川西航空機の協力工場として発足した大和工業は、終戦の翌1945年8月に軍需の行き先を失い、国鉄と各私鉄の軌道用品の製作と修理へ全面転換した。鉄道網の復旧需要を取り込んで軌道用品メーカーとして成り立ち、1959年11月には自社製エルー式15トン電気炉を仁豊野工場に増設し、素材を内製する電炉鋼へ移った
Q なぜ1987年に米ニューコアと合弁を組んで北米へ入ったのか
A 軌道用品の国内需要が伸びを欠き、主力に育てたH形鋼も単独では高炉大手の規模に届かなかったためである。そこで1987年2月、自前で乗り込まず米国最大手の電炉メーカーであるニューコアと合弁し、ニューコア・ヤマト・スチールカンパニーを設立した。現地で最も強い相手と組む同じやり方をタイ・中東へ広げ、2003年10月には鉄鋼事業を分社して本体は各地の合弁持分を管理する純粋持株会社へ移った
Q なぜ2024年に合弁を連結子会社化する形でインドネシアへ入ったのか
A 提携先の持分を営業外で受け取る従来の入り方では、連結利益が北米鋼材市況と為替に左右されやすかったためである。FY24は持分法投資利益を含む営業外収益436億円が連結営業利益115億円を上回り、経常利益544億円を支えた。2007年6月のタイ合弁の連結子会社化に続き、2024年5月にはインドネシアのPTガルーダ・ヤマト・スチールを連結子会社化し、自社で連結する東南アジアの鉄鋼事業を一つ増やした

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1944年〜 軌道用品メーカーから電炉鋼メーカーへの転換

大和工業の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1944年 川西航空機の協力工場として創立
  2. 1945年 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 航空機部品の発注が消えた工場で何を作るか——創立から9カ月の会社が選んだ次の需要家
  3. 1948年 東京営業所を開設
  4. 1949年 本社工場を移転増築
  5. 1951年 大阪営業所を開設
  6. 1956年 須鎗航空兵器の跡地を買収し仁豊野工場として鋼塊製造を開始
  7. 1968年 厚板生産を廃止し鍛造部門を強化

軍需協力工場として創業し戦後すぐに鉄道インフラ事業へ転換

1944年11月、兵庫県飾磨郡御国村深志野987番地(現・姫路市御国野)に、代表者・井上浅次氏が資本金19万8,000円で川西航空機の姫路地区協力工場として大和工業を創立した(日本企業要覧 1975年版)。創業地・姫路市は神戸製鋼所、川崎重工と並ぶ阪神工業地帯の西端に位置し、戦時下の軍需産業集積地としての立地条件を活かす形での創業だった。終戦の翌1945年8月、国鉄および各私鉄の軌道用品製作並びに修理事業へ全面転換した。軍需協力から鉄道インフラ事業へ全面転換したことで、以後20年弱、鉄道用品が大和工業の主軸事業となった。 [1][2][3][4][5][6]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1944年11月 兵庫県飾磨郡御国村に川西航空機の協力工場として大和工業を創立(代表者・井上浅次、資本金19万8千円)
    • [2]創業時の代表者は井上浅次
    • [5]1945年8月 国鉄・各私鉄の軌道用品製作並びに修理事業へ全面転換
  • 大和工業会社沿革
    • [3]創業時資本金は19万8,000円
    • [4]創業時の母体は川西航空機の姫路地区協力工場
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [6]1944年11月の創立は川西航空機の姫路地区協力工場として、終戦により国鉄・各私鉄の軌道用品の製作並びに修理事業へ転換(明治百年が裏付け)

1948年2月に東京営業所を開設、1949年9月に本社工場を姫路市日出町に移転増築、1951年5月に大阪営業所を開設と、戦後復興期の販売網拡張と生産能力増強を並行して行った。1953年10月にはJIS表示許可工場となり、黒皮ボルト・継目板ボルトの登録を受けて軌道用品の規格品供給体制を整えた。1956年7月、須鎗航空兵器の跡地(姫路市仁豊野900番地)を買収して仁豊野工場として鋼塊製造を開始した。旧軍需工場跡を取得し鋼塊製造業へ進出するこの一手は、軌道用品メーカーから鋼塊メーカーへ、素材製造への垂直統合の第一歩となった。1957年4月には本社工場を仁豊野へ移転集約し、1958年9月に鋳鋼品製造を開始。1959年11月には自社製エルー式15トン電気炉1基を仁豊野工場に増設した。この15トン電気炉により大和工業は電炉鋼の自社生産を始め、以後の事業構造は電炉技術を軸に据えた。 [7][8][9][10][11][12][13][14]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1948年2月 東京営業所を開設
    • [8]1949年9月 本社工場を姫路市日出町に移転増築
    • [9]1951年5月 大阪営業所を開設
    • [11]1956年7月 須鎗航空兵器の跡地(姫路市仁豊野900番地)を買収して仁豊野工場で鋼塊製造を開始
    • [12]1957年4月 本社工場を仁豊野へ移転集約
    • [13]1958年9月 鋳鋼品製造を開始
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]1953年10月 JIS表示許可工場となり黒皮ボルト・継目板ボルトの登録を受ける
  • 大和工業会社沿革
    • [14]1959年11月 自社製エルー式15トン電気炉1基を仁豊野工場に増設
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1944年11月 兵庫県飾磨郡御国村に川西航空機の協力工場として大和工業を創立(代表者・井上浅次、資本金19万8千円)
    • [2]創業時の代表者は井上浅次
    • [5]1945年8月 国鉄・各私鉄の軌道用品製作並びに修理事業へ全面転換
    • [7]1948年2月 東京営業所を開設
    • [8]1949年9月 本社工場を姫路市日出町に移転増築
    • [9]1951年5月 大阪営業所を開設
    • [11]1956年7月 須鎗航空兵器の跡地(姫路市仁豊野900番地)を買収して仁豊野工場で鋼塊製造を開始
    • [12]1957年4月 本社工場を仁豊野へ移転集約
    • [13]1958年9月 鋳鋼品製造を開始
  • 大和工業会社沿革
    • [3]創業時資本金は19万8,000円
    • [4]創業時の母体は川西航空機の姫路地区協力工場
    • [14]1959年11月 自社製エルー式15トン電気炉1基を仁豊野工場に増設
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [6]1944年11月の創立は川西航空機の姫路地区協力工場として、終戦により国鉄・各私鉄の軌道用品の製作並びに修理事業へ転換(明治百年が裏付け)
    • [10]1953年10月 JIS表示許可工場となり黒皮ボルト・継目板ボルトの登録を受ける

一貫生産体制の確立と上場による資本市場参入

1960年4月、仁豊野工場に大形圧延工場が完成し、電炉から圧延までの一貫生産体制を整えた。本邦唯一の軌道付属品一貫メーカーとなり、軌道用品分野で国内独占的な地位を得た。素材から完成品までを自社で賄う一貫生産が、軌道用品分野での独占的地位を支えた。1960年11月、株式を大阪地区店頭市場に公開し、資本市場での資金調達の第一歩を記した。1961年9月に東京地区店頭市場へ公開、同年10月には株式を東京・大阪・神戸証券取引所第二部に上場と、3取引所同時上場で全国的な資本市場への参入を果たした。この拡張を支えたのは旺盛な増資で、1948年1月の100万円増資を皮切りに1962年5月の13億円まで、13年間に10回の増資を重ねて生産設備と工場拡張の原資を賄った。 [15][16][17][18][19][20]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [15]1948年1月の100万円増資から1962年5月の13億円まで、13年間に10回の増資を実施
  • 大和工業会社沿革
    • [16]1960年4月 仁豊野工場に大形圧延工場が完成し、電炉から圧延までの一貫生産体制を確立
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [17]本邦唯一の軌道付属品一貫メーカーとなり軌道用品分野で国内独占的地位を得た
    • [18]1960年11月 株式を大阪地区店頭市場に公開
    • [19]1961年9月 株式を東京地区店頭市場へ公開
    • [20]1961年10月 株式を東京・大阪・神戸証券取引所第二部に上場(3取引所同時上場)

1961年12月、網干工場で40トン電気炉1基が稼働し、網干新工場の電炉が始動した。1962年1月の網干工場厚板圧延工場稼働、1962年8月の本社網干工場移転と、生産拠点の網干集約化を行った。1962年9月、株式を東京・大阪証券取引所第一部に上場すると同時に本社工場に鉄骨橋梁部門を新設した。上場後1年で第一部指定を実現し、信用力強化と同時に鉄骨橋梁事業への多角化により重機械分野が事業ポートフォリオに加わった。1963年3月にはエキスパンドメタルの製造を開始し、鉄骨・橋梁部門に建材製品を加えた。1968年5月、厚板生産を廃止し鍛造部門を強化したのは、事業ポートフォリオ再編・鍛造分野への注力という選択と集中の表れだった。1969年5月に大阪製鎖造機の分岐器部門の営業権を譲受し、軌道用品事業を補強した。 [21][22][23][24][25][26][27]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [21]1963年3月 エキスパンドメタルの製造を開始
  • 大和工業会社沿革
    • [22]1961年12月 網干工場で40トン電気炉1基が稼働
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1962年1月 網干工場で厚板圧延工場が稼働
    • [24]1962年8月 本社を網干工場へ移転
    • [25]1962年9月 株式を東京・大阪証券取引所第一部に上場、同時に本社工場に鉄骨橋梁部門を新設
    • [26]1968年5月 厚板生産を廃止し鍛造部門を強化
    • [27]1969年5月 大阪製鎖造機の分岐器部門の営業権を譲受
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [15]1948年1月の100万円増資から1962年5月の13億円まで、13年間に10回の増資を実施
    • [21]1963年3月 エキスパンドメタルの製造を開始
  • 大和工業会社沿革
    • [16]1960年4月 仁豊野工場に大形圧延工場が完成し、電炉から圧延までの一貫生産体制を確立
    • [22]1961年12月 網干工場で40トン電気炉1基が稼働
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [17]本邦唯一の軌道付属品一貫メーカーとなり軌道用品分野で国内独占的地位を得た
    • [18]1960年11月 株式を大阪地区店頭市場に公開
    • [19]1961年9月 株式を東京地区店頭市場へ公開
    • [20]1961年10月 株式を東京・大阪・神戸証券取引所第二部に上場(3取引所同時上場)
    • [23]1962年1月 網干工場で厚板圧延工場が稼働
    • [24]1962年8月 本社を網干工場へ移転
    • [25]1962年9月 株式を東京・大阪証券取引所第一部に上場、同時に本社工場に鉄骨橋梁部門を新設
    • [26]1968年5月 厚板生産を廃止し鍛造部門を強化
    • [27]1969年5月 大阪製鎖造機の分岐器部門の営業権を譲受

軌道用品単一品種からH形鋼中心の多品種構成への転換

1974年の事業構成は大形鋼材51.61%・製鋼27.66%・軌道用品13.33%・重機械加工7.33%(日本企業要覧 1975年版)となり、創業期に主軸を担った軌道用品の比率は13%まで下がった。1962年の鉄骨橋梁部門新設、1968年の厚板生産廃止と鍛造部門強化、1969年の大阪製鎖造機分岐器部門譲受、1969年11月の重機械加工部門新設という品種編成の組み替えを経て、大形鋼材を中心とする構成へと事業の主力が移った。会社概況には「高付加価値品種に重点をおく」(同)方針が掲げられ、軌道用品の単一品種に依存した創業期の事業構成は、1970年代半ばには大形鋼材・重機械を含む多品種構成へと再編された。 [28][29]

  • 会社年鑑(1976年版)
    • [28]1974年の事業構成は大形鋼材51.61%・製鋼27.66%・軌道用品13.33%・重機械加工7.33%(日本企業要覧1975年版)。資産(segment_long 1974/10 半期・会社年鑑1976年版)は形鋼51%・鋼塊27%・軌道用品14%・鋳鋼品4%・船舶製缶3%・重機械加工1%で、出所は別だが主要比率はおおむね一致。本文は出典を明記した上で当該数値を維持
    • [29]当時の決算月は10月(pl_long で1970〜1984年は month=10=10月期。3月期は1985年3月期以降)。本文の誤った「1974年3月期」表記を「1974年」へ訂正済み

多品種化を支えたのは製鋼・圧延設備の拡充だった。1973年6月に1号連続鋳造設備、同年8月に50トン電気炉1基が稼働し、生産性と電炉能力を高めた。1975年11月、ユニバーサル・ミル圧延工場が稼働した。このユニバーサル・ミルにより、後に大和工業の主力製品となるH形鋼の生産に進出した。1978年3月の2号連続鋳造設備稼働で連続鋳造能力を増強し、1980年6月にはビームブランク製造を開始した。H形鋼用素材ビームブランクの自社製造化により、H形鋼の上流素材を内製化して製造原価の競争力を高めた。 [30][31][32][33][34]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [30]1973年6月 1号連続鋳造設備が稼働
    • [31]1973年8月 50トン電気炉1基が稼働
    • [33]1978年3月 2号連続鋳造設備が稼働
  • 大和工業会社沿革
    • [32]1975年11月 ユニバーサル・ミル圧延工場が稼働しH形鋼の生産に進出
    • [34]1980年6月 ビームブランク製造を開始(H形鋼用素材の自社製造化)

1985年2月の新ボルト工場完成、1985年4月の大和エステート株式会社設立(不動産関連子会社)、1985年7月の船舶・製缶工場(重工工場)移設稼働と、ボルト・不動産・重工事業の各方面への拡張も並行して進んだ。1987年2月には炉外精錬設備が稼働し、鋼質向上のための炉外精錬技術を導入した。経営面では創業者の井上浅次氏から井上順一氏(2代目)を経て、1981年12月に井上浩行氏(3代目)が代表取締役社長に就任した。軌道用品から電炉鋼への転換を完了した同社は、井上浩行社長の体制で次の海外展開期へと向かう。 [35][36][37][38][39]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [35]1985年2月 新ボルト工場が完成
    • [36]1985年4月 大和エステート株式会社(不動産関連子会社)を設立
    • [37]1985年7月 船舶・製缶工場(重工工場)が移設稼働
    • [38]1987年2月 炉外精錬設備が稼働
  • 大和工業 有価証券報告書【役員の状況】
    • [39]1981年12月 井上浩行氏(3代目)が代表取締役社長に就任。経営は創業者・井上浅次→井上順一(2代目)→井上浩行(3代目)と継承
  • 会社年鑑(1976年版)
    • [28]1974年の事業構成は大形鋼材51.61%・製鋼27.66%・軌道用品13.33%・重機械加工7.33%(日本企業要覧1975年版)。資産(segment_long 1974/10 半期・会社年鑑1976年版)は形鋼51%・鋼塊27%・軌道用品14%・鋳鋼品4%・船舶製缶3%・重機械加工1%で、出所は別だが主要比率はおおむね一致。本文は出典を明記した上で当該数値を維持
    • [29]当時の決算月は10月(pl_long で1970〜1984年は month=10=10月期。3月期は1985年3月期以降)。本文の誤った「1974年3月期」表記を「1974年」へ訂正済み
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [30]1973年6月 1号連続鋳造設備が稼働
    • [31]1973年8月 50トン電気炉1基が稼働
    • [33]1978年3月 2号連続鋳造設備が稼働
    • [35]1985年2月 新ボルト工場が完成
    • [36]1985年4月 大和エステート株式会社(不動産関連子会社)を設立
    • [37]1985年7月 船舶・製缶工場(重工工場)が移設稼働
    • [38]1987年2月 炉外精錬設備が稼働
  • 大和工業会社沿革
    • [32]1975年11月 ユニバーサル・ミル圧延工場が稼働しH形鋼の生産に進出
    • [34]1980年6月 ビームブランク製造を開始(H形鋼用素材の自社製造化)
  • 大和工業 有価証券報告書【役員の状況】
    • [39]1981年12月 井上浩行氏(3代目)が代表取締役社長に就任。経営は創業者・井上浅次→井上順一(2代目)→井上浩行(3代目)と継承

1987年〜 海外展開と持株会社移行による事業構造の再編

大和工業の業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1987年 ヤマトHDコーポレーションを設立
  2. 1987年 米ニューコアとの合弁ニューコア・ヤマト・スチール設立による北米H形鋼事業への進出 国内で完結する電炉メーカーのままでよいか——H形鋼の技術を現地最大手と組んで持ち出すという選択
  3. 1989年 ヤマトコウギョウ(ユー・エス・エー)コーポレーションを設立
  4. 1989年 住友商事グループと合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLCを設立
  5. 1992年 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立
  6. 2003年 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 工場を持つ会社が海外合弁を束ねるのか、束ねる会社が工場を子会社に持つのか——法人の役割の組み替え
  7. 2007年 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを子会社化

米国ニューコアとの合弁による北米進出

1987年1月、米国にヤマトホールディングコーポレーションを設立し、北米事業の持株会社を米国に新設した。これは米国本格進出の起点であり、後のニューコア合弁の親会社となる海外戦略の出発点となった。1987年2月、米国でニューコア社と合弁によるニューコア・ヤマト・スチールカンパニーを設立した。米国最大手電炉メーカー・ニューコアとの合弁会社設立は、日米合弁による北米H形鋼事業の本格展開を意味し、同社海外事業の最大の柱となった。1989年6月のヤマトコウギョウ(ユー・エス・エー)コーポレーション設立、1989年9月の住友商事グループとの合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLC設立と、北米事業の地理的拡張を続けた。 [40][41][42][43]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1987年1月 米国にヤマトホールディングコーポレーション(北米事業の持株会社)を設立
    • [41]1987年2月 米国でニューコア社と合弁によるニューコア・ヤマト・スチールカンパニーを設立(米国最大手電炉メーカー)
    • [42]1989年6月 ヤマトコウギョウ(ユー・エス・エー)コーポレーションを設立
    • [43]1989年9月 住友商事グループとの合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLCを設立

1991年10月、4ストランドBB/BL兼用型連続鋳造設備を稼働させ、既存連続鋳造設備の更新を完了した。1992年4月、タイ国にサイアムセメント・三井物産・住友商事との合弁によるサイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立した。タイ・サイアムセメントグループ等との合弁鋼鈑事業として始まったこのタイ合弁は、東南アジア最大の事業基盤の出発点となり、後の連結子会社化により海外事業の中核となった。1996年4月、130トン直流電気炉設備1基が稼働し、40トン・50トン電気炉の更新が完了した。直流電気炉導入による生産能力の増強で、製造拠点の競争力を刷新した。 [44][45][46]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1991年10月 4ストランドBB/BL兼用型連続鋳造設備が稼働
    • [45]1992年4月 タイ国にサイアムセメント・三井物産・住友商事との合弁によるサイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立
  • 大和工業会社沿革
    • [46]1996年4月 130トン直流電気炉設備1基が稼働(40トン・50トン電気炉の更新完了)
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1987年1月 米国にヤマトホールディングコーポレーション(北米事業の持株会社)を設立
    • [41]1987年2月 米国でニューコア社と合弁によるニューコア・ヤマト・スチールカンパニーを設立(米国最大手電炉メーカー)
    • [42]1989年6月 ヤマトコウギョウ(ユー・エス・エー)コーポレーションを設立
    • [43]1989年9月 住友商事グループとの合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLCを設立
    • [44]1991年10月 4ストランドBB/BL兼用型連続鋳造設備が稼働
    • [45]1992年4月 タイ国にサイアムセメント・三井物産・住友商事との合弁によるサイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立
  • 大和工業会社沿革
    • [46]1996年4月 130トン直流電気炉設備1基が稼働(40トン・50トン電気炉の更新完了)

韓国市場進出と純粋持株会社化による機能分離

2002年3月にヤマトコウギョウアメリカ・インクを設立し米国事業会社を追加新設、2002年4月には軌道用品事業を分社分割し大和軌道製造株式会社を設立した。鉄鋼事業と軌道事業の分離経営に向けた組織再編は、後の持株会社化への布石となった。2002年11月、韓国にヤマト・コリア・スチールコーポレーションを設立し、同月、ヤマト・コリア・スチールコーポレーションが韓国企業・株式会社韓宝釜山製鉄所の営業を譲受した。韓国経営破綻企業の鉄鋼資産取得は、韓国市場への本格進出と経営破綻企業の救済型M&Aの両面を持つ判断だった。 [47][48][49]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [47]2002年3月 ヤマトコウギョウアメリカ・インクを設立
    • [48]2002年4月 軌道用品事業を分社分割し大和軌道製造株式会社を設立
    • [49]2002年11月 韓国にヤマト・コリア・スチールコーポレーションを設立し、同月に株式会社韓宝釜山製鉄所の営業を譲受

2003年10月、鉄鋼事業および重工加工品事業を分社分割しヤマトスチール株式会社を設立、自らは純粋持株会社に移行した。事業会社と持株会社の機能分離は、経営機能と事業機能の明確な分離を実現し、事業ポートフォリオ管理体制の構築につながった。2004年9月にヤマト・コリア・スチールコーポレーションで製鋼・圧延設備の更新、2005年7月にワイケー・スチールコーポレーションへの商号変更と、韓国事業の整備が進んだ。2007年6月、サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの株式を追加取得し連結子会社化したことで、タイ合弁を持分法から連結子会社へ移行させ、東南アジア事業の支配権を獲得した。同社海外売上の中核がタイ事業として貢献を開始した転換点となる。 [50][51][52][53]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [50]2003年10月 鉄鋼事業および重工加工品事業を分社分割しヤマトスチール株式会社を設立、自らは純粋持株会社に移行
    • [51]2004年9月 ヤマト・コリア・スチールコーポレーションで製鋼・圧延設備を更新
    • [52]2005年7月 ワイケー・スチールコーポレーションへ商号変更
    • [53]2007年6月 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの株式を追加取得し連結子会社化(持分法→連結子会社)
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [47]2002年3月 ヤマトコウギョウアメリカ・インクを設立
    • [48]2002年4月 軌道用品事業を分社分割し大和軌道製造株式会社を設立
    • [49]2002年11月 韓国にヤマト・コリア・スチールコーポレーションを設立し、同月に株式会社韓宝釜山製鉄所の営業を譲受
    • [50]2003年10月 鉄鋼事業および重工加工品事業を分社分割しヤマトスチール株式会社を設立、自らは純粋持株会社に移行
    • [51]2004年9月 ヤマト・コリア・スチールコーポレーションで製鋼・圧延設備を更新
    • [52]2005年7月 ワイケー・スチールコーポレーションへ商号変更
    • [53]2007年6月 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの株式を追加取得し連結子会社化(持分法→連結子会社)

中東進出と東南アジアの生産能力倍増

2008年1月、ワイケー・スチールコーポレーションによる自己株式取得により100%子会社化し、韓国事業の意思決定を一元化した。2009年2月、バーレーンにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)を設立した。中東地域への進出はサウジ・バーレーン合弁から始まった。2010年3月、サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの第2工場が稼働し、タイ事業の生産能力が倍増した。東南アジア事業の生産規模拡大により、連結業績への寄与度が上昇する局面に入った。2011年6月、サウジアラビアにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スルブカンパニー(サウジスルブ)LLCを設立し、中東地域の核となる事業を立ち上げた。2013年5月、ユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)がスルブカンパニーBSC(c)に商号変更した。 [54][55][56][57][58]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [54]2008年1月 ワイケー・スチールコーポレーションの自己株式取得により100%子会社化
    • [55]2009年2月 バーレーンにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)を設立
    • [57]2011年6月 サウジアラビアにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スルブカンパニー(サウジスルブ)LLCを設立
    • [58]2013年5月 ユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)がスルブカンパニーBSC(c)に商号変更
  • 大和工業会社沿革
    • [56]2010年3月 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの第2工場が稼働(タイ生産能力倍増)

2017年6月、井上浩行氏が代表取締役社長から取締役会長へ退き、小林幹生氏(三井物産・米州本部鉄鋼製品ディビジョナルオペレーティングオフィサー出身、2012年4月に事業開発部長として入社)が代表取締役社長に就任した。井上家3代の創業家経営から、三井物産系の海外鉄鋼貿易出身経営者への世代交代となった。FY18-FY19の業績は売上高1,820-2,013億円・経常利益231-315億円で推移し、米州(ニューコア合弁の持分法投資利益)と東南アジア(タイ連結)の海外事業が連結利益の大半を稼ぐ事業構造が定着した。 [59]

  • 大和工業 有価証券報告書【役員の状況】
    • [59]2017年6月 井上浩行氏が代表取締役社長から取締役会長へ退き、小林幹生氏が代表取締役社長に就任
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [54]2008年1月 ワイケー・スチールコーポレーションの自己株式取得により100%子会社化
    • [55]2009年2月 バーレーンにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)を設立
    • [57]2011年6月 サウジアラビアにフーラス社との合弁によるユナイテッド・スルブカンパニー(サウジスルブ)LLCを設立
    • [58]2013年5月 ユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)がスルブカンパニーBSC(c)に商号変更
  • 大和工業会社沿革
    • [56]2010年3月 サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドの第2工場が稼働(タイ生産能力倍増)
  • 大和工業 有価証券報告書【役員の状況】
    • [59]2017年6月 井上浩行氏が代表取締役社長から取締役会長へ退き、小林幹生氏が代表取締役社長に就任

2020年〜 3地域マルチハブ戦略への再定義と過去最高益

大和工業の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2020年 ポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を取得
  2. 2020年 ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化
  3. 2020年 棒鋼事業を会社分割により新ワイケー・スチールに承継
  4. 2024年 PTヌサンタラ・バジャ・プロフィル社株式80%をサイアム・ヤマトで共同取得

韓国撤退とベトナム・インドネシアへの東南アジア拡張

2020年3月、ベトナムのポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を大和工業及びサイアム・ヤマト・スチールで共同取得し、ベトナム鉄鋼事業への参入を果たした。タイ子会社との共同出資による地域展開で、東南アジア事業のベトナム拡張をした。2020年4月、ポスコ・エスエス・ビナがポスコ・ヤマト・ビナ・スチールに商号変更した。2020年9月、ワイケー・スチールがヤマト・コリア・ホールディングスに商号変更し、棒鋼事業を会社分割により新ワイケー・スチールに承継。同月、ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化した。韓国棒鋼事業の実質売却で韓国市場から事実上撤退し、海外事業ポートフォリオの選択と集中を断行した。FY20(2021年3月期)は特別損失9,803百万円を計上し、純利益は49億円まで縮小した。 [60][61][62]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [60]2020年3月 ベトナムのポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を大和工業及びサイアム・ヤマト・スチールで共同取得
    • [61]2020年4月 ポスコ・エスエス・ビナがポスコ・ヤマト・ビナ・スチールに商号変更
    • [62]2020年9月 ワイケー・スチールがヤマト・コリア・ホールディングスに商号変更し棒鋼事業を会社分割で新ワイケー・スチールに承継、同月ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化(韓国市場から実質撤退)

2022年4月、東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行した。中期経営計画NEXTRA2024(2022-2024年度)を始動し、海外鉄鋼事業の地域多角化と電炉鋼の低CO2優位性訴求を経営方針として発表した。FY21-FY23(2022-2024年3月期)は北米鋼材市況の上昇と急速な円安進行で米ニューコア合弁の持分法投資利益が拡大し、経常利益はFY21の576億円、FY22の904億円、FY23の992億円と過去最高水準を3期連続で更新した。FY23の親会社株主に帰属する当期純利益は700億円に達し、創業以来の業績ピークとなった。 [63][64]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [63]2022年4月 東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行
  • 大和工業統合報告書 FY23
    • [64]中期経営計画NEXTRA2024(2022-2024年度)を始動
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [60]2020年3月 ベトナムのポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を大和工業及びサイアム・ヤマト・スチールで共同取得
    • [61]2020年4月 ポスコ・エスエス・ビナがポスコ・ヤマト・ビナ・スチールに商号変更
    • [62]2020年9月 ワイケー・スチールがヤマト・コリア・ホールディングスに商号変更し棒鋼事業を会社分割で新ワイケー・スチールに承継、同月ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化(韓国市場から実質撤退)
    • [63]2022年4月 東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行
  • 大和工業統合報告書 FY23
    • [64]中期経営計画NEXTRA2024(2022-2024年度)を始動

海外事業マルチハブ戦略の地域分散と業績変動性

2024年5月、インドネシアのPTヌサンタラ・バジャ・プロフィル社株式80%を大和工業及びサイアム・ヤマトで共同取得し、同日PTガルーダ・ヤマト・スチールへ商号変更した。タイを起点とした東南アジア地域マルチハブ戦略の追加配置として、インドネシア鉄鋼事業への参入を完了した。FY24(2025年3月期)は売上高1,683億円・経常利益544億円・親会社株主に帰属する当期純利益318億円となり、FY23のピークから反動減となったが、米州・東南アジア・中東の3地域マルチハブによる収益分散効果が顕在化した。 [65]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [65]2024年5月 インドネシアのPTヌサンタラ・バジャ・プロフィル社株式80%を大和工業及びサイアム・ヤマトで共同取得、同日PTガルーダ・ヤマト・スチールへ商号変更

連結従業員数はFY23の1,414名からFY24の2,585名へと急増しており、これはインドネシア新規連結子会社の従業員取り込みを反映する。海外事業のセグメント別では「軌道用品事業」と「鉄鋼事業(インドネシア)」の2つが開示されており、FY24実績では軌道用品事業が売上87億円・利益14億円、鉄鋼事業(インドネシア)が売上595億円・利益60億円。米州ニューコア合弁・タイ・バーレーン・サウジの主力海外事業は持分法投資利益として営業外収益(FY24:436億円)に計上される構造であり、連結営業利益(FY24:115億円)よりも経常利益(FY24:544億円)の方が大きい同社特有の損益構造が継続している。

筆頭株主は2025年6月時点で井上浩行取締役会長(持株比率12.11%、766万株)、井上不動産有限会社(7.26%)、井上喜美子氏(2.75%)と井上家関連で約22%を保有し、三井物産(7.23%)が並ぶ。創業家・井上家の支配構造と総合商社系の人的・資本的連結を維持したまま、海外鉄鋼事業の3地域マルチハブを次の経営局面に運ぶ構造が現在の同社の姿である。 [66][67]

  • 大和工業 有価証券報告書 第106期(2025年3月期)【大株主の状況】
    • [66]2025年6月時点の筆頭株主 井上浩行の持株数はFY24大株主の状況で7,661,000株(=766万株)。本文を「766万株」へ訂正済み。持株比率12.11%は一致
    • [67]井上不動産有限会社7.26%・井上喜美子氏2.75%・三井物産7.23%・大和商事1.84%、井上家関連(井上浩行12.11%+井上不動産7.26%+井上喜美子2.75%=約22%)は資産と一致
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [65]2024年5月 インドネシアのPTヌサンタラ・バジャ・プロフィル社株式80%を大和工業及びサイアム・ヤマトで共同取得、同日PTガルーダ・ヤマト・スチールへ商号変更
  • 大和工業 有価証券報告書 第106期(2025年3月期)【大株主の状況】
    • [66]2025年6月時点の筆頭株主 井上浩行の持株数はFY24大株主の状況で7,661,000株(=766万株)。本文を「766万株」へ訂正済み。持株比率12.11%は一致
    • [67]井上不動産有限会社7.26%・井上喜美子氏2.75%・三井物産7.23%・大和商事1.84%、井上家関連(井上浩行12.11%+井上不動産7.26%+井上喜美子2.75%=約22%)は資産と一致

3地域マルチハブの収益変動性と地域分散戦略の継続

FY24(2025年3月期)は売上高1,683億円・経常利益544億円・親会社株主に帰属する当期純利益318億円となり、FY23の過去最高益(経常利益992億円・純利益700億円)から反動減となった。これは北米鋼材市況の調整と円高方向への為替変動を反映したものであり、米ニューコア合弁の持分法投資利益(営業外収益に計上)が縮小したことが主因。

一方、2024年5月に取得したインドネシアのPTガルーダ・ヤマト・スチールが連結に加わり、FY24連結従業員数は2,585名(前期1,414名から1,171名増)へ急増。米州・東南アジア・中東の3地域マルチハブによる収益分散効果と地域多角化の継続が、業績変動性の高い電炉鋼ビジネスにおける経営の柱である。 [68]

  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [68]2024年5月に取得したインドネシアのPTガルーダ・ヤマト・スチールが連結に加わった
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
    • [68]2024年5月に取得したインドネシアのPTガルーダ・ヤマト・スチールが連結に加わった

大和工業の沿革1944〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
川西航空機の協力工場として創立★★
終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換航空機部品の発注が消えた工場で何を作るか——創立から9カ月の会社が選んだ次の需要家 詳細を読む★★★
東京営業所を開設
本社工場を移転増築
大阪営業所を開設
須鎗航空兵器の跡地を買収し仁豊野工場として鋼塊製造を開始★★
本社工場を移転
鋳鋼品の製造を仁豊野工場で開始
自社製エルー式15トン電気炉1基を仁豊野工場に増設
仁豊野工場に大形圧延工場が竣工
株式を東京・大阪・神戸証券取引所第二部に上場
網干工場で40トン電気炉1基稼働
厚板生産を廃止し鍛造部門を強化★★
大阪製鎖造機の分岐器部門の営業権を譲受
1号連続鋳造設備稼働
50トン電気炉1基稼働
ユニバーサル・ミル圧延工場稼働
2号連続鋳造設備稼働
ビームブランク製造を開始
井上浩行ヤマトHDコーポレーションを設立
井上浩行米ニューコアとの合弁ニューコア・ヤマト・スチール設立による北米H形鋼事業への進出国内で完結する電炉メーカーのままでよいか——H形鋼の技術を現地最大手と組んで持ち出すという選択 詳細を読む★★★
井上浩行ヤマトコウギョウ(ユー・エス・エー)コーポレーションを設立
井上浩行住友商事グループと合弁によるアーカンソー・スチール・アソシエイツLLCを設立★★
井上浩行4ストランドBB/BL兼用型連続鋳造設備稼働
井上浩行サイアムセメント・三井物産・住友商事と合弁
井上浩行サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを設立★★
井上浩行130トン直流電気炉設備1基稼働
井上浩行軌道用品事業を分社分割し大和軌道製造を設立
井上浩行ヤマト・コリア・スチールコーポレーションが韓国企業韓宝釜山製鉄所の営業を譲受
井上浩行軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行工場を持つ会社が海外合弁を束ねるのか、束ねる会社が工場を子会社に持つのか——法人の役割の組み替え 詳細を読む★★★
井上浩行サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドを子会社化★★
井上浩行フーラス社との合弁会社をバーレーンに設立
井上浩行サイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドにて第2工場稼働
井上浩行フーラス社との合弁会社をサウジアラビアに設立
井上浩行ユナイテッド・スルブカンパニー(サウジスルブ)LLCを設立
井上浩行ユナイテッド・スチールカンパニー(スルブ)BSC(c)がスルブカンパニーBSC(c)に商号変更
小林幹生ポスコ・エスエス・ビナ・ジョイントストックカンパニー株式49%を取得★★
小林幹生棒鋼事業を会社分割により新ワイケー・スチールに承継
小林幹生ワイケー・スチールコーポレーションの株式を大韓製鋼社へ譲渡し持分法適用関連会社化★★
小林幹生PTヌサンタラ・バジャ・プロフィル社株式80%をサイアム・ヤマトで共同取得
出典・参考
  • 大和工業 有価証券報告書【沿革】
  • 大和工業会社沿革
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
  • 会社年鑑(1976年版)
  • 大和工業 有価証券報告書【役員の状況】
  • 大和工業統合報告書 FY23
  • 大和工業 有価証券報告書 第106期(2025年3月期)【大株主の状況】

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