安宅産業の歴史

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沿革

1904年に安宅弥吉氏が大阪で創業した個人経営の安宅商会が起源。

1926年に官営八幡製鐵所と取引を開始し、鉄鋼・パルプ・木材の仲介で総合商社の一角を占めた。カナダの石油精製会社NRCへの債権が焦げ付き、1977年に伊藤忠商事へ吸収された。

1904年1919年1943年1955年1956年1977年安宅商会1904年個人で創業安宅商会1919年株式会社に改組安宅産業1943年改称安宅英一1955年会長に就任決断株式公開1956年大証で店頭取引安宅産業1977年伊藤忠商事と合併決断
安宅産業
歴代社長と長期業績(敬称略)
1977年3月期
売上高
14,901億円
売上高純利益率
—
神田猪崎市川
売上高793億円売上高3,104億円売上高14,901億円1957/31962/31967/31972/31977/31982/31987/31992/31997/32002/32007/32012/32017/32022/32027/3
  1. 安宅弥吉氏が個人経営の安宅商会を創業[1]創業
  2. 日本窒素肥料の硫安販売を開始[2]
  3. 安宅商会を設立[1]
  4. 米国からの木材輸入を開始[2]
  5. 官営八幡製鐵所と取引開始[2]
  6. 川崎造船所の薄鋼の指定商として取引開始[2]
  7. 王子製紙のレーヨンパルプの一手販売店に[2]
  8. 東洋曹達工業(東ソー)の設立に資金援助[3]
  9. 安宅産業に商号変更[1]商号変更
  10. 過度経済力集中排除法に指定
  11. 米国法人 安宅ニューヨークを会社設立[2]
  12. 住友商事との合併撤回創業家・同族
  13. 大阪証券取引所で株式店頭取引を開始[2]
  14. 大阪証券取引所に株式上場[3]
第1章安宅商会の創業と第一次大戦下の株式会社化
売上高
  • 売上高
安宅産業売上高—
就任年社長氏名役職名
1942年安宅重雄代表取締役社長
1945年神田正吉代表取締役社長
  1. 東京・名古屋の両証券取引所に株式上場[3]
  2. 安宅ドイツを会社設立[2]
  3. 8本部20部制組織を導入
  4. 東京本社を開設
  5. 住友商事との合併撤回
  6. 越田左多男氏が社長退任
  7. 市川政夫氏が社長就任[4]社長交代
  8. 安宅アメリカがコマーシャルペーパーを発行[5]
  9. ニューヨーク州オーバン市にオーバン・スチールを設立[6]
第2章社内株主主義の終わりと借入に依存した資本構成
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
安宅産業1973年3月期売上高10,421億円売上高経常利益率0.5%
就任年社長氏名役職名
1945年神田正吉代表取締役社長
1964年猪崎久太郎代表取締役社長
1969年市川政夫代表取締役社長
  1. 安宅アメリカの業績が悪化
  2. 期末時点の借入総額が5248億円に拡大[4]
  3. NRC向け債権の焦げ付きで経営危機が表面化[4]
  4. 伊藤忠商事との業務提携を発表[7]
  5. 市川政夫氏が経営責任を取って社長を辞任[8]
  6. 伊藤忠商事への吸収合併が決まり合併覚書に調印[7]
  7. 協調融資団6銀行の頭取が対策会議を開催[4]
  8. NRC製油所への投資破綻[9]経営破綻・法的整理
第3章危機の表面化と、引き金にすぎなかったカナダの製油所
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
安宅産業1977年3月期売上高14,901億円売上高経常利益率-2.1%
就任年社長氏名役職名
1969年市川政夫代表取締役社長
出典・参考9件
出典・参考
  • [1]企業の歴史 : 明治百年, 1968
  • [2]安宅産業60年史
  • [3]安宅産業六十年史(安宅産業, 1968)
  • [4]銀行時評 11(3)(1977年3月)
  • [5]日経ビジネス「企業に高まる「コマーシャルペーパー」熱」(1971年4月19日)
  • [6]日経ビジネス「海の向こうオーバン・スチール」(1977年10月10日)
  • [7]日本産業史3(日本経済新聞社, 1994)
  • [8]日経ビジネス「栄光を失った主役たちはいま…」(1981年8月24日)
  • [9]銀行時評 11(3), 1977年3月

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