1991年〜 ダイヤルQ2のフランチャイズで独立系ネットベンチャー初のJASDAQ上場
- 1991年株式会社ボイスメディア(後のインターキュー株式会社)を東京都世田谷区下馬に設立
- 1995年インターネット接続(プロバイダー)事業を開始
- 1997年クラウド・レンタルサーバー(ホスティング)事業を開始
- 1999年株式がジャスダック市場に上場
- 1999年ドメイン事業を開始
- 2000年連結子会社の株式会社まぐクリック(現GMOインターネット株式会社)が大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に上場
- 2004年株式会社カードコマースサービス(現GMOペイメントゲートウェイ株式会社)を子会社化
GMOインターネットグループの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
ボイスメディアからインターキューへ、業態転換でつかんだ最初の地歩
1991年5月、創業者の熊谷正寿氏は東京都世田谷区下馬に株式会社ボイスメディアを設立した。当初の事業はダイヤルQ2を使った双方向通信の企画・開発と機器販売で、音声情報サービスを軸に据えていた。1994年に本店を港区南青山へ移したのち、1995年11月にインターネット接続への転業に踏み切り、商号を「インターキュー株式会社」へ変更した。同年12月、ダイヤルQ2の決済機能を活用して個人がIDの郵送やクレジットカード登録を必要としない接続サービス「interQ」を開始した。当時のインターネット接続は申込から開通まで数週間を要しており、料金面でも分単位課金で開始できる仕組みが存在しなかった。 [1][2][3][4][5]
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1991年5月 株式会社ボイスメディアを東京都世田谷区下馬に設立(創業者 熊谷正寿)
- [2]当初事業はダイヤルQ2を使った双方向通信の企画・開発及び機器の開発・販売
- [3]1994年 本店を東京都港区南青山へ移転
- [4]1995年11月 商号を「インターキュー株式会社」に変更しインターネット接続事業へ転業
- [5]1995年12月 接続サービス「interQ」を開始
1分20円・手続き不要で接続できる「interQ」はサービス開始から1か月半でアクセスポイントを全国51拠点まで増やした。同社の方式は加盟企業や個人にアクセスポイントを設置・運営させ、接続料収入をシェアするフランチャイズ型のISP網であり、自前設備を抱えずに拠点を全国へ広げる手法だった。1997年11月にはレンタルサーバー(ホスティング)事業を始め、本店も渋谷区桜丘町に移した。創業から6年でインターネット接続・ホスティングという二つのストック型事業を立ち上げ、産業の黎明期に「広告・電話会社が握っていた回線」をベンチャーが直接顧客へ売る経路を確保した。 [6][7]
- GMOインターネットグループ社史(GMOインターネットグループ)
- [6]interQは1分20円・手続き不要、開始から1か月半で全国51拠点へ拡大
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [7]1997年11月 レンタルサーバー(ホスティング)事業を開始し本店を渋谷区桜丘町へ移転
1998年、熊谷氏は2051年までに売上高10兆円・経常利益1兆円を目指す「55ヵ年計画」を策定した。創業からわずか7年、売上規模も10億円台の独立系ベンチャーが、半世紀以上にわたる定量目標を最初に掲げた事例である。これは夢や目標を曖昧にせず明確化したうえで期限を決めるという熊谷氏の方針を制度化したものだった。1995年のISP参入から3年で50年超の目標を設定した手順は、社外IRに先んじて社内へ目標を浸透させる経営判断と一体である。同年代の独立系IT企業の多くが上場時点で中期計画を初出させたのと対照的に、GMOは未公開の段階で半世紀の数値計画を持つ企業として動き始めた。 [8][9]
- [8]1998年 熊谷正寿が2051年までに売上高10兆円・経常利益1兆円を目指す「55ヵ年計画」を策定
- GMOインターネットグループ社史(GMOインターネットグループ)
- [9]1998年時点で売上規模は10億円台
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1991年5月 株式会社ボイスメディアを東京都世田谷区下馬に設立(創業者 熊谷正寿)
- [2]当初事業はダイヤルQ2を使った双方向通信の企画・開発及び機器の開発・販売
- [3]1994年 本店を東京都港区南青山へ移転
- [4]1995年11月 商号を「インターキュー株式会社」に変更しインターネット接続事業へ転業
- [7]1997年11月 レンタルサーバー(ホスティング)事業を開始し本店を渋谷区桜丘町へ移転
- [5]1995年12月 接続サービス「interQ」を開始
- GMOインターネットグループ社史(GMOインターネットグループ)
- [6]interQは1分20円・手続き不要、開始から1か月半で全国51拠点へ拡大
- [9]1998年時点で売上規模は10億円台
- [8]1998年 熊谷正寿が2051年までに売上高10兆円・経常利益1兆円を目指す「55ヵ年計画」を策定
独立系ネットベンチャー初のJASDAQ上場と多重上場の起点
1999年8月、インターキューの株式がジャスダック市場に上場した。証券コードは9449。独立系のネットベンチャーで上場を果たした初の事例であり、当時のIT企業が大手商社や通信会社の出資を経由して株式公開を目指したのに対し、同社は自社事業の営業利益で公開要件を満たした。1999年9月にはドメイン事業を開始し、ISP・ホスティング・ドメインの三層構造でインターネットの基盤領域を押さえる体制が整った。同年は日本にとってネットバブル期の入口にあたり、後発のIT企業が広告売上で短期上場を狙うなか、インターキューはストック収益型の基盤事業を組み立てる経路を選んだ。 [10][11]
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1999年8月 インターキュー株式がジャスダック市場に上場(証券コード9449)
- [11]1999年9月 ドメイン事業を開始
2000年9月には連結子会社の株式会社まぐクリック(現GMOインターネット株式会社)が大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に上場した。創業から9年で、本体と子会社の二段階上場という体制が出来上がり、子会社上場を通じて成長資金を獲得する仕組みを早期に取り入れた。2001年4月、商号を「グローバルメディアオンライン株式会社」(GMO)に変更し、英文略称を社名へ織り込んだ。同年5月にはホスティング事業の強化を目的に株式会社アイル(現GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社)を株式交換で完全子会社化し、グループ規模の拡大が始まった。 [12][13][14]
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [12]2000年9月 連結子会社の㈱まぐクリック(現GMOインターネット㈱)が大証ナスダック・ジャパン市場に上場
- [13]2001年4月 商号を「グローバルメディアオンライン株式会社」に変更
- [14]2001年5月 ㈱アイル(現GMOグローバルサイン・HD)を株式交換で完全子会社化(ホスティング事業強化)
2003年5月、アイルは「GMOホスティングアンドテクノロジーズ株式会社」に商号を変更した。GMOブランドを冠した社名はここから連結子会社へ広がった。2004年2月には本体株式が東京証券取引所市場第二部に上場し、ジャスダックから東証へと舞台を上げた。同年3月、株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)に資本参加してホスティングの個人向け領域も取り込み、2004年9月には決済事業の拡充を目的に株式会社カードコマースサービス(現GMOペイメントゲートウェイ株式会社)を子会社化した。ネット決済という後の中核事業の前身は、この時点で既に手中にあった。 [15][16][17][18]
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [15]2003年5月 アイルが「GMOホスティングアンドテクノロジーズ株式会社」へ商号変更
- [16]2004年2月 本体株式が東京証券取引所市場第二部に上場
- [17]2004年3月 ㈱paperboy&co.(現GMOペパボ㈱)へ資本参加
- [18]2004年9月 ㈱カードコマースサービス(現GMOペイメントゲートウェイ㈱)を子会社化(決済事業の拡充)
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1999年8月 インターキュー株式がジャスダック市場に上場(証券コード9449)
- [11]1999年9月 ドメイン事業を開始
- [12]2000年9月 連結子会社の㈱まぐクリック(現GMOインターネット㈱)が大証ナスダック・ジャパン市場に上場
- [13]2001年4月 商号を「グローバルメディアオンライン株式会社」に変更
- [14]2001年5月 ㈱アイル(現GMOグローバルサイン・HD)を株式交換で完全子会社化(ホスティング事業強化)
- [15]2003年5月 アイルが「GMOホスティングアンドテクノロジーズ株式会社」へ商号変更
- [16]2004年2月 本体株式が東京証券取引所市場第二部に上場
- [17]2004年3月 ㈱paperboy&co.(現GMOペパボ㈱)へ資本参加
- [18]2004年9月 ㈱カードコマースサービス(現GMOペイメントゲートウェイ㈱)を子会社化(決済事業の拡充)
グループ多重上場という独自モデルの輪郭
2005年2月、カードコマースサービスは「GMOペイメントゲートウェイ株式会社」に商号を変更し、同年4月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場した。同年6月にはGMO本体も東京証券取引所市場第一部に上場し、本体と上場子会社の二層構造が東証一部・マザーズに揃った。同年9月にはGMOホスティングアンドテクノロジーズが「GMOホスティング&セキュリティ株式会社」へ商号を変更し、12月には東証マザーズ市場に上場した。連結子会社の上場は2005年だけで2社、グループ全体では本体と合わせて3社が同年に東証上場銘柄として並んだ。 [19][20][21][22]
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [19]2005年2月 カードコマースサービスが「GMOペイメントゲートウェイ株式会社」へ商号変更
- [20]2005年4月 GMOペイメントゲートウェイが東証マザーズ市場に上場
- [21]2005年6月 GMO本体が東京証券取引所市場第一部に上場
- [22]2005年9月 GMOホスティングアンドテクノロジーズが「GMOホスティング&セキュリティ株式会社」へ商号変更、12月に東証マザーズ上場
子会社を個別に上場させる戦略は、グループ全体の経営資源配分という観点では希薄化を伴う。だが各事業が独自の資本市場アクセスを得ることで、サービスごとの成長資金を本体の業績に頼らず保持できる。2000年代前半に他のIT企業が事業統合・吸収合併で連結規模を拡大したのに対し、GMOは連結子会社の個別上場で資金調達と人材報酬の自走化を実施した。創業から14年で、ボイスメディアの音声情報事業からネットインフラ・決済・ホスティングを束ねる「グループ多重上場」という独自の経営モデルの輪郭が出来上がった。
- GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
- [19]2005年2月 カードコマースサービスが「GMOペイメントゲートウェイ株式会社」へ商号変更
- [20]2005年4月 GMOペイメントゲートウェイが東証マザーズ市場に上場
- [21]2005年6月 GMO本体が東京証券取引所市場第一部に上場
- [22]2005年9月 GMOホスティングアンドテクノロジーズが「GMOホスティング&セキュリティ株式会社」へ商号変更、12月に東証マザーズ上場