コスモス薬品 の歴史

更新:

1973年、宇野正晃氏が宮崎県延岡市で宇野回天堂薬局を創業。小商圏型メガドラッグストアの多店舗展開、EDLPへの転換、M&Aなしの自力出店での売上高1兆円までの沿革と経緯を執筆。

創業

1973年

創業者

宇野正晃

創業地

宮崎県延岡市

直近売上高(2025/5)

10,113億円

長期業績と転換点(2001/5〜2025/5)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1993年の浮之城店で売場を一気に600平方メートルへ広げ、小商圏型メガドラッグストアを生んだのか
A 宇野正晃氏が最初に手本としたCFSコーポレーションは薬品と化粧品だけの品ぞろえで、過疎の進む九州では通用しなかった。次に栃木県のカワチ薬品を定点観測し、牛乳などの日配食品を置けば来店頻度が上がること、幹線道路沿いの大型店は住宅街から離れるぶん必ずしも有利ではないことを学んだ。1993年12月、宮崎市に売場面積600平方メートルの浮之城店を開き、医薬品・化粧品に食品と日用雑貨まで取り揃え、小商圏のなかで日常消耗品を1か所でまとめて買える店舗という価値提案を示した。小商圏には小型店という業界の常識を裏返し、商圏人口の薄い郊外住宅地に大型店を置く形が、多店舗展開の前提となった。
Q なぜ上場前の2001〜2003年に特売とポイントを全廃し、毎日低価格へ移したのか
A 引き金は客からの投書だった。共働きで平日は買い物に行く時間がなく、特売品が売り切れているのを恨めしく思うという訴えを読み、宇野正晃氏は、大事なのは価格か、いつでも安心して買い物ができることかと考え、後者を採った。2001年10月、集客を目的とした安売りをやめると宣言する。競合店に客を奪われると社内は反発したが、売り上げが落ちてもかまわないと押し切った。他社が特売をやめない以上、先にやめて値引きに頼らない集客を作れば、小さな商圏で顧客の忠誠心を積み上げられるという計算があった。2003年5月にはポイント還元も全廃し、毎日低価格販売へ移した。
Q なぜ業界再編のなか、2025年に売上1兆円へ届くまで52年間M&Aを使わず自力出店を貫いたのか
A 宇野正晃氏は2006年の時点で、人口1300万人の九州に商圏人口2万人あたり1店を置けば400店が入り、400店に達すればシェアは17%から約35%へ上がってメーカーとの取引で有利に立てると読んでいた。400店へ急ぐならM&Aが最も有効な手段だったが、自ら育てた店と人材への自信から自力出店を選び、買収は労使の息が合った社風に異物を持ち込みかねないと考えた。2018年に社長を継いだ横山英昭氏も、古い店を買えば目先の売上高は増えても将来どうなるかは疑問だとして買収を退けた。マツモトキヨシとココカラファイン、ツルハとウエルシアの経営統合が相次ぐなかでも、コスモス薬品は創業から52年にわたり1度もM&Aに踏み切らなかった。その結果、2025年5月期に連結売上高1兆113億円を達成し、M&Aを使わず自力出店のみで売上高1兆円を超えたドラッグストアは業界史上初となった。

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1973年〜 延岡の個人薬局から九州制覇までの助走と業態創造

コスモス薬品の業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1973年 宇野回天堂薬局を創業
  2. 1983年 コスモス薬品を設立
  3. 1987年 初の郊外型店舗・平原店を開店
  4. 1990年 調剤薬局運営のためなの花薬局を設立
  5. 1993年 小商圏型メガドラッグストアという業態の創造 大型店は大商圏に、という常識をなぜ裏返したのか——小さな町に食品まで積んだ大きな箱を置く業態設計
  6. 2003年 ポイント還元を廃止しEDLPに転換
  7. 2004年 九州の外へ ― 全国展開を開始

20年の助走が生んだ小商圏型メガドラッグストア

宇野正晃氏は調剤薬局の次男に生まれ[1]、東京薬科大学を卒業したのち[2]、1973年に宮崎県延岡市で宇野回天堂薬局を開業した[3]。当時は薬価が高く、調剤技術料だけで十分な利益が出た[4]。町の医師会長からは調剤薬局をいくらでも増やしてよいと言われ[5]、製薬会社からは使い切れないほどのリベートが届いた[6]が、宇野氏はこの儲け方をおかしいと考えた[7]。医師の処方に頼る調剤薬局も、スーパーに入れたテナント店も、自力で立った商売ではなかった[8]。他人に依存する限り成長は早晩止まる[9]と考え、流通業界で伸びていたドラッグストアの記事を読んで福岡へ視察に出ると、都市部にはすでに同業の店が並んでいた[10]。それでも小売業に特許はないと判断し[11]、1983年12月に有限会社コスモス薬品を設立して[12]、延岡市に岡富店(売場面積66平方メートル)[13]を開いた。

  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [1]宇野正晃氏は調剤薬局の次男に生まれ、最初から独立を運命づけられていた
    • [2]宇野正晃氏は東京薬科大学を卒業後、1973年に地元・宮崎県延岡市で宇野回天堂薬局を開業
    • [4]当時は薬価も高く、調剤技術料だけでも十分儲かった
    • [5]町の医師会長に「調剤薬局をやりたいならいくらでもやらせてやるよ」と言われた
    • [6]製薬会社から使い切れないほどリベートが来ていた
    • [7]宇野正晃氏は調剤薬局の収益構造を「これはおかしい」と思い始めた
    • [8]医者依存の調剤薬局もスーパーのテナントも「自分の足で立っていない」と宇野正晃氏は判断した
    • [9]他力本願である以上、早晩、成長の限界に突き当たると考えた
    • [10]ドラッグストアの記事に目を留めて福岡へ視察に出たが、福岡の都市部にはすでに数多くのドラッグストアが店を構えていた
    • [11]宇野正晃氏は「小売業には特許はない。今からでも、やれないことはない」と判断し、1983年にコスモス薬品を設立した
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [3]1973年2月 宇野正晃氏が宇野回天堂薬局を宮崎県延岡市に創業
    • [12]1983年12月 有限会社コスモス薬品を設立
    • [13]1983年12月 岡富店(延岡市・売場面積66㎡)を開店

ドラッグストア業界では、1964年にマツモトキヨシが千葉県内でチェーン化に着手[14]し、1976年には現CFSコーポレーションが日本で初めて米国流の薬のセルフ販売を導入した[15]。宇野社長が最初に手本としたのもCFS[16]だったが、薬品と化粧品だけの品ぞろえは横浜向けのモデル[17]で、過疎の進む九州では通用しなかった[18]。次に選んだのは栃木県を地盤とするカワチ薬品[19]で、宮崎から栃木や福島の店へ遠征し定点観測した[20]。牛乳などの日配食品を置けば来店頻度が上がり[21]、幹線道路沿いの大型店は住宅街から離れるぶん必ずしも有利ではない[22]。試行錯誤の末に、小商圏に大型店を置く小商圏型メガドラッグストア[23]という答えを出した。1987年11月の平原店(165平方メートル)[24]、1993年12月の浮之城店(宮崎市・600平方メートル)[25]と広げ、1999年4月の日向店で1000平方メートル型[26]、2003年5月の人吉店で2000平方メートル型に達した[27]

  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [14]1964年にマツモトキヨシが地盤の千葉県内でチェーン化に着手
    • [15]1976年に現・CFSコーポレーションが日本で初めて米国流の薬のセルフ販売を導入
    • [16]宇野正晃氏が最初に手本にしたのはCFSだった
    • [17]薬品と化粧品だけの品ぞろえは大都会・横浜ならではのモデルだった
    • [18]CFS型の品ぞろえは過疎が進む九州では通用しなかった
    • [19]次に手本に選んだのは栃木県を地盤とするカワチ薬品
    • [20]宮崎から栃木や福島のカワチ薬品の店へ遠征し「定点観測」した
    • [21]牛乳などの日配食品を置けば客の来店頻度が上がると学んだ
    • [22]幹線道路沿いに建つ大商圏型の大型店は住宅街からやや離れており必ずしも有利ではない
    • [23]試行錯誤の末に「小商圏型のメガドラッグストア」という新業態を生み出し、小商圏には小型店という常識を覆した
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [24]1987年11月 初の郊外型店舗 平原店(延岡市・売場面積165㎡)を開店
    • [25]1993年12月 浮之城店(宮崎県宮崎市・売場面積600㎡)を開店し本格的な多店舗展開を開始
    • [26]1999年4月 初の1,000㎡型店舗 日向店(宮崎県日向市)を開店
    • [27]2003年5月 初の2,000㎡型メガドラッグストア 人吉店(熊本県人吉市)を開店
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [1]宇野正晃氏は調剤薬局の次男に生まれ、最初から独立を運命づけられていた
    • [2]宇野正晃氏は東京薬科大学を卒業後、1973年に地元・宮崎県延岡市で宇野回天堂薬局を開業
    • [4]当時は薬価も高く、調剤技術料だけでも十分儲かった
    • [5]町の医師会長に「調剤薬局をやりたいならいくらでもやらせてやるよ」と言われた
    • [6]製薬会社から使い切れないほどリベートが来ていた
    • [7]宇野正晃氏は調剤薬局の収益構造を「これはおかしい」と思い始めた
    • [8]医者依存の調剤薬局もスーパーのテナントも「自分の足で立っていない」と宇野正晃氏は判断した
    • [9]他力本願である以上、早晩、成長の限界に突き当たると考えた
    • [10]ドラッグストアの記事に目を留めて福岡へ視察に出たが、福岡の都市部にはすでに数多くのドラッグストアが店を構えていた
    • [11]宇野正晃氏は「小売業には特許はない。今からでも、やれないことはない」と判断し、1983年にコスモス薬品を設立した
    • [14]1964年にマツモトキヨシが地盤の千葉県内でチェーン化に着手
    • [15]1976年に現・CFSコーポレーションが日本で初めて米国流の薬のセルフ販売を導入
    • [16]宇野正晃氏が最初に手本にしたのはCFSだった
    • [17]薬品と化粧品だけの品ぞろえは大都会・横浜ならではのモデルだった
    • [18]CFS型の品ぞろえは過疎が進む九州では通用しなかった
    • [19]次に手本に選んだのは栃木県を地盤とするカワチ薬品
    • [20]宮崎から栃木や福島のカワチ薬品の店へ遠征し「定点観測」した
    • [21]牛乳などの日配食品を置けば客の来店頻度が上がると学んだ
    • [22]幹線道路沿いに建つ大商圏型の大型店は住宅街からやや離れており必ずしも有利ではない
    • [23]試行錯誤の末に「小商圏型のメガドラッグストア」という新業態を生み出し、小商圏には小型店という常識を覆した
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [3]1973年2月 宇野正晃氏が宇野回天堂薬局を宮崎県延岡市に創業
    • [12]1983年12月 有限会社コスモス薬品を設立
    • [13]1983年12月 岡富店(延岡市・売場面積66㎡)を開店
    • [24]1987年11月 初の郊外型店舗 平原店(延岡市・売場面積165㎡)を開店
    • [25]1993年12月 浮之城店(宮崎県宮崎市・売場面積600㎡)を開店し本格的な多店舗展開を開始
    • [26]1999年4月 初の1,000㎡型店舗 日向店(宮崎県日向市)を開店
    • [27]2003年5月 初の2,000㎡型メガドラッグストア 人吉店(熊本県人吉市)を開店

ポイント廃止と毎日低価格販売への転換

宇野社長が尊敬した企業は、小商圏型小売業の先輩であるしまむらとトヨタ自動車、キヤノンの3社[28]である。しまむらの藤原秀次郎会長とは3〜4カ月に1度会い[29]、客に公平であれ、従業員の負担を減らせという教え[30]を受けた。特売をやめる引き金となったのは客からの投書だった[31]。共働きで平日は買い物に行く時間がなく、特売品が売り切れているのを恨めしく思う[32]という訴えを読み、宇野社長は、大事なのは価格か、いつでも安心して買い物ができることかと考え、後者を採った[33]。2001年10月、集客を目的とした安売りをやめる[34]と宣言すると、競合店に客を奪われると店長らは反発した[35]が、売り上げが落ちてもかまわないと押し切った[36]。他社が特売をやめない以上、先にやめて値引きに頼らない集客を作れば[37]、小さな商圏で顧客の忠誠心を積み上げられる[38]。宇野社長にはそうした計算があった[39]。2003年5月にはポイント還元も全廃[40]した。

  • 日経ビジネス 2004年3月29日号
    • [28]宇野正晃氏が尊敬する企業は、小商圏型小売業の先輩であるしまむらとトヨタ自動車、キヤノンの3社
    • [31]特売廃止のきっかけは客からの投書だった
    • [32]投書の内容は、共働きで平日は買い物に行く時間がなく、特売商品が売り切れているのをいつも恨めしく思う、というもの
    • [33]ドラッグストアにとって大事なのは価格か、いつでも安心して買い物ができることかを問い、後者と考えた
    • [34]2001年10月、宇野正晃氏は集客を目的とした安売りをやめると宣言し、日替わり特売を廃止した
    • [35]社内からは「競合店に客を奪われる」と激しく反発された
    • [36]宇野正晃氏は「特売廃止で売り上げが落ちるなら、それでもいい」と押し切った
    • [37]他社が特売をやめない以上、先にやめて一時的な値引きに頼らない集客を実現しようとした
    • [38]特売以外のサービスを磨き、小さな商圏で顧客のストアロイヤルティー(忠誠心)を高めれば最後には勝者になれると考えた
    • [39]宇野正晃氏の頭には、そうした自分なりの計算があった
    • [29]宇野正晃氏はしまむら会長・藤原秀次郎氏と3〜4カ月に1度面会していた
    • [30]藤原秀次郎氏から「お客様に公平であれ」「従業員の負担を減らせ」という教えを受けた
    • [40]2003年5月にポイント還元を全廃しEDLP(毎日低価格販売)へ転換

2002年4月、コスモス薬品は閉店時刻を夜10時から9時へ繰り上げ[41]、2003年3月にはさらに8時へ早めた[42]。競合各社が深夜営業に乗り出すなかでの短縮[43]で、狙いは従業員の士気と生産性の向上にあった[44]。後工程が前工程を支配するトヨタ自動車のかんばん方式[45]を小売業に当てはめれば、閉店時刻の厳守が営業中のむだを削る[46]と宇野社長は説明した。九州はディスカウントストアの多い地域[47]だが、価格でも全面的な競争は避けた[48]。パート従業員に尋ねると、店がきれいなら価格差5%以内で買うと答えた[49]。チラシの販促費を抑えたぶんは人件費に回し[50]、1店に13〜15人の店員を置いた[51]。標準店舗の売場面積2000平方メートルは業界平均の約4倍[52]にあたり、通路を広く取って商品をブランドごとに大量に並べた[53]。2004年11月、東京証券取引所マザーズ市場に上場[54]した。

  • 日経ビジネス 2004年3月29日号
    • [41]2002年4月に閉店時間を夜10時から9時に繰り上げた
    • [42]2003年3月に閉店時間を夜9時から8時へさらに繰り上げた
    • [43]競合店が相次いで深夜営業に乗り出すなかでの営業時間短縮だった
    • [44]営業時間の短縮は従業員の士気を高め、生産性を向上させるのが目的
    • [45]「後工程が前工程を支配する」というトヨタのカンバン方式を小売業に当てはめた
    • [46]閉店時間を厳守させることが営業中のムダをなくし作業効率を高めると宇野正晃氏は説明した
    • [50]EDLPでチラシなどの販促コストを抑えた分、人手をかけた店内サービスに費用を充てた
    • [51]コスモス薬品は常に13〜15人の店員を店に置いた
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [47]九州の最大の特徴は激安店が多いことで、「ディスカウントストアが花盛りの地」だった
    • [48]ディスカウント店と全面的に価格で勝負せず「寸止め」した
    • [49]パート従業員は「これだけきれいな店なら、価格差が5%以内であれば買う」と答えた
    • [52]コスモスの標準店舗の売り場面積は2000平方メートルとドラッグストア業界平均の約4倍
    • [53]ぜいたくなまでに広く通路を取り、商品もブランドごとに整然と大量に陳列した
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [54]2004年11月 東京証券取引所マザーズ市場に上場
  • 日経ビジネス 2004年3月29日号
    • [28]宇野正晃氏が尊敬する企業は、小商圏型小売業の先輩であるしまむらとトヨタ自動車、キヤノンの3社
    • [31]特売廃止のきっかけは客からの投書だった
    • [32]投書の内容は、共働きで平日は買い物に行く時間がなく、特売商品が売り切れているのをいつも恨めしく思う、というもの
    • [33]ドラッグストアにとって大事なのは価格か、いつでも安心して買い物ができることかを問い、後者と考えた
    • [34]2001年10月、宇野正晃氏は集客を目的とした安売りをやめると宣言し、日替わり特売を廃止した
    • [35]社内からは「競合店に客を奪われる」と激しく反発された
    • [36]宇野正晃氏は「特売廃止で売り上げが落ちるなら、それでもいい」と押し切った
    • [37]他社が特売をやめない以上、先にやめて一時的な値引きに頼らない集客を実現しようとした
    • [38]特売以外のサービスを磨き、小さな商圏で顧客のストアロイヤルティー(忠誠心)を高めれば最後には勝者になれると考えた
    • [39]宇野正晃氏の頭には、そうした自分なりの計算があった
    • [41]2002年4月に閉店時間を夜10時から9時に繰り上げた
    • [42]2003年3月に閉店時間を夜9時から8時へさらに繰り上げた
    • [43]競合店が相次いで深夜営業に乗り出すなかでの営業時間短縮だった
    • [44]営業時間の短縮は従業員の士気を高め、生産性を向上させるのが目的
    • [45]「後工程が前工程を支配する」というトヨタのカンバン方式を小売業に当てはめた
    • [46]閉店時間を厳守させることが営業中のムダをなくし作業効率を高めると宇野正晃氏は説明した
    • [50]EDLPでチラシなどの販促コストを抑えた分、人手をかけた店内サービスに費用を充てた
    • [51]コスモス薬品は常に13〜15人の店員を店に置いた
    • [29]宇野正晃氏はしまむら会長・藤原秀次郎氏と3〜4カ月に1度面会していた
    • [30]藤原秀次郎氏から「お客様に公平であれ」「従業員の負担を減らせ」という教えを受けた
    • [40]2003年5月にポイント還元を全廃しEDLP(毎日低価格販売)へ転換
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [47]九州の最大の特徴は激安店が多いことで、「ディスカウントストアが花盛りの地」だった
    • [48]ディスカウント店と全面的に価格で勝負せず「寸止め」した
    • [49]パート従業員は「これだけきれいな店なら、価格差が5%以内であれば買う」と答えた
    • [52]コスモスの標準店舗の売り場面積は2000平方メートルとドラッグストア業界平均の約4倍
    • [53]ぜいたくなまでに広く通路を取り、商品もブランドごとに整然と大量に陳列した
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [54]2004年11月 東京証券取引所マザーズ市場に上場

2005年〜 地続きドミナント戦略と全国展開および後継者選定の時代

コスモス薬品の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2006年 初の自社所有物流センター・広川センターを開設
  2. 2010年 関西地区へ初出店
  3. 2015年 中部地区へ初出店
  4. 2017年 売上高5,000億円を突破
  5. 2018年 横山英昭氏が代表取締役社長に就任

インクが染み出すように広がる地続き出店モデル

コスモス薬品は2004年3月に山口県山口市の大内店[55]で九州の外へ初めて出店し、2005年11月には愛媛県松山市の竹原店[56]で四国へ入り、2006年5月には東京証券取引所市場第一部へ上場[57]した。次の目標は本州への本格進攻だと誰もが見込んだが、2006年9月時点の店舗は九州188店に対し中国・四国は12店[58]にとどまり、宇野正晃社長が打ち出したのは九州の店舗網をさらに濃密にする作戦[59]だった。商圏人口2万人に1店という出店基準なら、人口1300万人の九州に400店が入る[60]。400店に達すれば九州のシェアは17%から約35%へ上がり[61]、新製品を出すメーカーとの取引で有利に立てるうえ、九州はオーバーストアとなって競合は新規出店ができなくなる[62]。出店密度を上げれば自社の店同士がぶつかって既存店は苦しくなるが、宇野社長はそれ以上のリターンを見込んだ[63]

  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [55]2004年3月 九州地区外への初出店=大内店(山口県山口市)
    • [56]2005年11月 四国初出店=竹原店(愛媛県松山市)
    • [57]2006年5月 東京証券取引所市場第一部に上場
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [58]2006年9月現在の店舗数は九州188店、中国・四国12店。次の目標は本州への本格進攻だろうと誰もが思った
    • [59]宇野社長が打ち出したのは本州進攻ではなく、九州の店舗網をさらに濃密にする作戦だった
    • [60]宇野社長談「九州は人口1300万人の島。商圏人口2万人に1店というわれわれのビジネスモデルだと、九州に400店できる。一日も早く400店体制を築きたい」
    • [61]宇野社長談「400出店になれば、九州内のシェアを現在の17%から約35%にまで引き上げることができる。メーカーが新製品を出すとき、35%のシェアを握る企業と取り組まざるをえない。対メーカーで有利に立てる」
    • [62]400店体制を築けばオーバーストア状態になり、競合は新規出店できなくなる
    • [63]ドミナント化を進めれば自社バッティングが生じ既存店は苦しくなるが、宇野社長はそれ以上の大きなリターンを見据えていた

2006年度のドラッグストア市場は4兆6774億円[64]で、成長率は4.9%にとどまった。1坪当たり年商は1993年の427万円から[65]2006年に196万円へ下がり、店舗効率は悪化した。最大手のマツモトキヨシは2006年3月期に5期ぶりの営業減益[66]へ転落し、同年7月にぱぱすを買収すると決めた。同年12月にはツルハホールディングスがくすりの福太郎の買収を決め[67]、大手が中堅をのみ込む再編が続いた。2009年4月施行の改正薬事法は登録販売者を新設し[68]、コンビニやスーパー、ホームセンターの新規参入が確実視された。400店へ急ぐならM&Aが最も有効な手段だったが、宇野社長は買収を退け[69]、自ら育てた店と人材による自力出店を通した。ウエルシアホールディングスはCFSコーポレーションとの経営統合で2016年度に売上高首位へ立つと見込まれた[70]が、コスモス薬品は店舗フォーマットの異なるチェーンの買収に関心を示さなかった。

  • 週刊東洋経済 2007年4月14日号
    • [64]06年度のドラッグストア市場規模は4兆6774億円、成長率は4・9%
    • [65]1坪当たり年商は1993年の427万円から06年の196万円へ下降し、店舗効率は悪化の一途
    • [66]最大手のマツモトキヨシは2006年3月期、5期ぶりに営業減益へ転落
    • [67]06年7月にマツモトキヨシがぱぱすを、12月にツルハホールディングスがくすりの福太郎を買収すると決めた。大手が中堅をのみ込む格好
    • [68]09年4月施行の改正薬事法が登録販売者を新設し、コンビニやスーパー、ホームセンターなどからの新規参入が確実視された
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [69]400店へ早く到達するならM&Aが最も有効な手段だが、宇野社長の頭の中にM&Aはかけらもなく、自ら育ててきた店と人材への自信から自力出店を通した
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [70]イオン系のウエルシアホールディングスがCFSコーポレーションと経営統合し売上高でマツモトキヨシホールディングスを16年度に抜く見込み。業界再編のなかでコスモス薬品は店舗フォーマットが異なるほかのドラッグチェーンのM&Aに興味を示さず自前出店にこだわった

コスモス薬品の売上高に占める食品の構成比は2006年に47%[71]、2014年に53%[72]、2017年に55%へ高まった[73]。粗利率の高い医薬品と化粧品で稼ぐ同業各社と違い、格安の食品で客を集めて小商圏のシェアを取る[74]売り方を通した。店舗はGMSのテナントやスーパー脇に出す同業と異なり全店が独立型で[75]、定時一括配送と小分け納品を担う物流センターと自動発注システムが低価格を支えた[76]。2010年5月に兵庫県明石市の東二見店[77]で関西へ、2015年11月に三重県四日市市の東日野店[78]で中部へ入った。2004年の総額表示義務の導入時に消費税分を価格へ転嫁して業績を落としており[79]、2014年4月の消費増税では税込み価格を据え置いた[80]柴田太取締役は翌期の減益を見込みつつ[81]競合からシェアを奪う狙いを語った。2006年5月期に193店[82]・売上高1050億円[83]だった規模は、2018年5月期に912店・5579億円へ拡大した。

  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [71]2006年のコスモス薬品の商品売上構成比は医薬品19%、化粧品16%、日用雑貨16%、食品47%
    • [75]ドラッグストアはGMSのテナントやスーパー脇に出店する型が中心だが、コスモス薬品は全店舗が独立型店舗
    • [83]06年5月期の連結売上高は1050億円(前年比133・6%)
  • 週刊東洋経済 2014年3月28日号
    • [72]2014年時点で売上高に占める食品の割合は53%(マツモトキヨシは11%)
    • [79]04年の総額表示義務導入時、競合のディスカウントストアが消費税分を吸収して表示価格を据え置き、転嫁したコスモス薬品は一時業績が低下した
    • [80]2014年4月の消費増税で総額表示のまま価格を据え置き、実質的な値引きに踏み切った。増税時に総額表示を続けかつ価格を据え置くのは大手ドラッグでも異例
    • [81]柴田太・取締役は「短期的には(15年5月期は)減益になる」と述べ、減益覚悟の値下げは「競合からシェアを奪うため」と説明した
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [73]2017年の食品構成比は55%。同業の大手上場ドラッグストアは1〜3割程度
    • [74]ドラッグストアでは食品は客を呼ぶ商品で利幅の厚い化粧品や医薬品で稼ぐのが一般的だが、コスモス薬品は小商圏で圧倒的なシェアを取るためにあえて食品主体の低価格戦略を取った
  • 週刊東洋経済 2013年5月2日号
    • [76]定期・定時一括配送・小分け納品を行う物流センターを拠点に店舗を置き、自動発注システムも導入。効率化で価格競争力が生まれ、小さな商圏でも売上高拡大が可能になった
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [77]2010年5月 関西初出店=東二見店(兵庫県明石市)
    • [78]2015年11月 中部初出店=東日野店(三重県四日市市)
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【販売の状況】
    • [82]2006年5月期末の総店舗数193店(宮崎47・熊本42・福岡28・鹿児島27・大分25・長崎8・山口7・佐賀5・愛媛3・徳島1)
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [55]2004年3月 九州地区外への初出店=大内店(山口県山口市)
    • [56]2005年11月 四国初出店=竹原店(愛媛県松山市)
    • [57]2006年5月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [77]2010年5月 関西初出店=東二見店(兵庫県明石市)
    • [78]2015年11月 中部初出店=東日野店(三重県四日市市)
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [58]2006年9月現在の店舗数は九州188店、中国・四国12店。次の目標は本州への本格進攻だろうと誰もが思った
    • [59]宇野社長が打ち出したのは本州進攻ではなく、九州の店舗網をさらに濃密にする作戦だった
    • [60]宇野社長談「九州は人口1300万人の島。商圏人口2万人に1店というわれわれのビジネスモデルだと、九州に400店できる。一日も早く400店体制を築きたい」
    • [61]宇野社長談「400出店になれば、九州内のシェアを現在の17%から約35%にまで引き上げることができる。メーカーが新製品を出すとき、35%のシェアを握る企業と取り組まざるをえない。対メーカーで有利に立てる」
    • [62]400店体制を築けばオーバーストア状態になり、競合は新規出店できなくなる
    • [63]ドミナント化を進めれば自社バッティングが生じ既存店は苦しくなるが、宇野社長はそれ以上の大きなリターンを見据えていた
    • [69]400店へ早く到達するならM&Aが最も有効な手段だが、宇野社長の頭の中にM&Aはかけらもなく、自ら育ててきた店と人材への自信から自力出店を通した
    • [71]2006年のコスモス薬品の商品売上構成比は医薬品19%、化粧品16%、日用雑貨16%、食品47%
    • [75]ドラッグストアはGMSのテナントやスーパー脇に出店する型が中心だが、コスモス薬品は全店舗が独立型店舗
    • [83]06年5月期の連結売上高は1050億円(前年比133・6%)
  • 週刊東洋経済 2007年4月14日号
    • [64]06年度のドラッグストア市場規模は4兆6774億円、成長率は4・9%
    • [65]1坪当たり年商は1993年の427万円から06年の196万円へ下降し、店舗効率は悪化の一途
    • [66]最大手のマツモトキヨシは2006年3月期、5期ぶりに営業減益へ転落
    • [67]06年7月にマツモトキヨシがぱぱすを、12月にツルハホールディングスがくすりの福太郎を買収すると決めた。大手が中堅をのみ込む格好
    • [68]09年4月施行の改正薬事法が登録販売者を新設し、コンビニやスーパー、ホームセンターなどからの新規参入が確実視された
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [70]イオン系のウエルシアホールディングスがCFSコーポレーションと経営統合し売上高でマツモトキヨシホールディングスを16年度に抜く見込み。業界再編のなかでコスモス薬品は店舗フォーマットが異なるほかのドラッグチェーンのM&Aに興味を示さず自前出店にこだわった
    • [73]2017年の食品構成比は55%。同業の大手上場ドラッグストアは1〜3割程度
    • [74]ドラッグストアでは食品は客を呼ぶ商品で利幅の厚い化粧品や医薬品で稼ぐのが一般的だが、コスモス薬品は小商圏で圧倒的なシェアを取るためにあえて食品主体の低価格戦略を取った
  • 週刊東洋経済 2014年3月28日号
    • [72]2014年時点で売上高に占める食品の割合は53%(マツモトキヨシは11%)
    • [79]04年の総額表示義務導入時、競合のディスカウントストアが消費税分を吸収して表示価格を据え置き、転嫁したコスモス薬品は一時業績が低下した
    • [80]2014年4月の消費増税で総額表示のまま価格を据え置き、実質的な値引きに踏み切った。増税時に総額表示を続けかつ価格を据え置くのは大手ドラッグでも異例
    • [81]柴田太・取締役は「短期的には(15年5月期は)減益になる」と述べ、減益覚悟の値下げは「競合からシェアを奪うため」と説明した
  • 週刊東洋経済 2013年5月2日号
    • [76]定期・定時一括配送・小分け納品を行う物流センターを拠点に店舗を置き、自動発注システムも導入。効率化で価格競争力が生まれ、小さな商圏でも売上高拡大が可能になった
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【販売の状況】
    • [82]2006年5月期末の総店舗数193店(宮崎47・熊本42・福岡28・鹿児島27・大分25・長崎8・山口7・佐賀5・愛媛3・徳島1)

後継者選定と経営の世代交代をめぐる試行錯誤

2017年8月、70歳の宇野社長[84]は代表取締役社長を退任して会長に就き[85]、後任には柴田太氏が就いた。店舗網は同年2月末時点で791店[86]に達していた。柴田氏は取締役経営企画部長として、ポイント5倍デーや特売を挟まず1年を通して最も安い店[87]であることが毎日低価格販売だと述べていた。2004年の上場時に周回遅れと呼ばれた[88]が、競争環境が日本一厳しい九州で勝てれば全国どこでも勝てるとも語っていた。しかし通期業績の下方修正を経て、就任から10カ月で[89]柴田氏は社長を離れ、経営企画部長へ異動した。2018年6月[90]には、店舗運営部エリア長、店舗運営部長[91]、取締役営業本部長兼店舗運営部長と店舗運営を歩んだ横山英昭氏が37歳で[92]代表取締役社長に就任した。

  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【役員の状況】
    • [84]宇野正晃氏は1947年2月6日生まれ。2017年8月の社長退任時は70歳
    • [85]2017年8月 宇野正晃氏が代表取締役社長を退任し会長に就任、後任社長に柴田太氏
    • [89]柴田太氏は通期業績の下方修正を経て就任約10カ月で代表取締役社長を離れ、経営企画部長へ異動
    • [90]2018年6月 横山英昭氏が代表取締役社長に就任
    • [91]横山英昭氏は2003年4月入社、2007年9月 店舗運営部エリア長、2011年7月 店舗運営部長、2016年8月 取締役店舗運営部長、2017年8月 取締役営業本部長兼店舗運営部長
    • [92]横山英昭氏は1980年9月19日生まれ。2018年6月の社長就任時は37歳
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [86]コスモス薬品の店舗網は791店舗(2017年2月末時点)にまで拡大した
    • [87]柴田太・取締役経営企画部長は「ポイント5倍デーや特売などをしては真のEDLP(毎日低価格)とはいえない。(価格の)波動やセールを作らず、コスモスで1年買ったらいちばん安くなるというのが大事」と述べた
    • [88]柴田太・取締役経営企画部長は「04年に当社が上場したときは、オーバーストアの業界で周回遅れのコスモスと呼ばれた。ただ、競争環境が日本一厳しい九州で勝てれば日本全国どこでも勝てる」と述べた

横山英昭社長が引き継いだドラッグストア業界は、2016年に規模6兆4916億円[93]へ達して百貨店と並び、全国の店舗数は毎年400〜500店のペースで増えて[94]約1.9万店を超え、1店当たりの商圏人口は全国平均で約1万人[95]だった。2023年8月、宇野氏が取締役を退き[96]、2021年8月に執行役員へ移っていた長男の宇野之崇氏が取締役へ戻った[97]。2025年8月には宇野史泰氏が商品部長として取締役に就任し[98]、創業家は商品部門に残った。横山英昭社長は利益を削ってでも高品質な商品をより安く[99]売ると述べ、宇野氏以来の毎日低価格販売を踏襲した。

  • 週刊東洋経済 2017年10月14日号
    • [93]ドラッグストアの業界規模は6兆4916億円と、2016年に百貨店と並んだ
    • [94]ドラッグストア業界全体では毎年400〜500店のペースで増え続け、全国の店舗数は約1.9万を突破
    • [95]ドラッグストアの1店当たりの商圏人口は全国平均で約1万人
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【役員の状況】
    • [96]宇野正晃氏は2017年8月に代表取締役会長、2021年8月に取締役会長となり、2023年8月に取締役を退任(2022年5月期の有報を最後に役員名簿から消える)
    • [97]宇野之崇氏は2021年8月に執行役員商品開発部長へ移り、2023年8月に取締役商品開発部長へ復帰
    • [98]2025年8月 次男・宇野史泰氏が取締役商品部長に就任
  • 週刊粧業(2024年2月)
    • [99]横山英昭社長は「利益を削ってでも高品質な商品をより安く」の方針を表明
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【役員の状況】
    • [84]宇野正晃氏は1947年2月6日生まれ。2017年8月の社長退任時は70歳
    • [85]2017年8月 宇野正晃氏が代表取締役社長を退任し会長に就任、後任社長に柴田太氏
    • [89]柴田太氏は通期業績の下方修正を経て就任約10カ月で代表取締役社長を離れ、経営企画部長へ異動
    • [90]2018年6月 横山英昭氏が代表取締役社長に就任
    • [91]横山英昭氏は2003年4月入社、2007年9月 店舗運営部エリア長、2011年7月 店舗運営部長、2016年8月 取締役店舗運営部長、2017年8月 取締役営業本部長兼店舗運営部長
    • [92]横山英昭氏は1980年9月19日生まれ。2018年6月の社長就任時は37歳
    • [96]宇野正晃氏は2017年8月に代表取締役会長、2021年8月に取締役会長となり、2023年8月に取締役を退任(2022年5月期の有報を最後に役員名簿から消える)
    • [97]宇野之崇氏は2021年8月に執行役員商品開発部長へ移り、2023年8月に取締役商品開発部長へ復帰
    • [98]2025年8月 次男・宇野史泰氏が取締役商品部長に就任
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [86]コスモス薬品の店舗網は791店舗(2017年2月末時点)にまで拡大した
    • [87]柴田太・取締役経営企画部長は「ポイント5倍デーや特売などをしては真のEDLP(毎日低価格)とはいえない。(価格の)波動やセールを作らず、コスモスで1年買ったらいちばん安くなるというのが大事」と述べた
    • [88]柴田太・取締役経営企画部長は「04年に当社が上場したときは、オーバーストアの業界で周回遅れのコスモスと呼ばれた。ただ、競争環境が日本一厳しい九州で勝てれば日本全国どこでも勝てる」と述べた
  • 週刊東洋経済 2017年10月14日号
    • [93]ドラッグストアの業界規模は6兆4916億円と、2016年に百貨店と並んだ
    • [94]ドラッグストア業界全体では毎年400〜500店のペースで増え続け、全国の店舗数は約1.9万を突破
    • [95]ドラッグストアの1店当たりの商圏人口は全国平均で約1万人
  • 週刊粧業(2024年2月)
    • [99]横山英昭社長は「利益を削ってでも高品質な商品をより安く」の方針を表明

2019年〜 関東進出と売上高1兆円突破および非M&A経営の貫徹

関東進出と年間百店超の出店ペース加速期

コスモス薬品が関東進出を検討していた2017年3月の時点で、東日本は競合の多い未進出地域として残っていた[100]。同社は2022年をめどに北関東への大量出店を構想し[101]、関東へ出れば会社の知名度が上がり[102]、出店の最大の制約だった薬剤師の採用にも有利に働くと見込んだ[103]。2019年4月、東京都渋谷区に関東地区の初出店となる広尾駅店[104]を開いた。売場面積2000平方メートル以上の大型店を郊外に構えて[105]毎日低価格販売を掲げてきた同社が東京で開いたのは、医薬品と化粧品の比率が高い小型の都市型店[106]だった。店舗総数は2019年5月期末の993店から、同年10月末には1020店へ増えた[107]

  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [100]2017年3月時点で東日本(関東)への進出が未着手の課題として残っていた
    • [101]2022年をめどに北関東への大量出店を検討していた
    • [102]関東出店により会社の知名度が上がるとの思惑があった
    • [103]出店の最大のボトルネックは薬剤師採用であり、関東出店が採用に有利に働くとの思惑があった
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [104]2019年4月 関東地区への初出店=広尾駅店(東京都渋谷区)
  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
    • [105]2000平方メートル以上の大型店を郊外に構え、EDLP(毎日低価格販売)を掲げる
    • [106]東京の3店は郊外型大型店ではなく、医薬品・化粧品比率が高い都市型の小型店
    • [107]2019年10月末時点の総店舗数は1,020店

2020年5月期、コスモス薬品は連結売上高6844億円・営業利益291億円の増収増益となった。新型コロナウイルスの流行で訪日外国人の需要が消え在宅勤務が増えると、駅前などに店を置く都市型のドラッグストアは客を減らし、住宅地に店を持つ郊外型の業績は伸びた[108]。都市型を強みとするマツモトキヨシ[109]ホールディングスとココカラファインは、2021年10月に経営統合した[110]横山英昭社長は、郊外から押さえていって最後に大都市へ出ればよい[111]という順序を掲げ、関東を筆頭に中部・関西・中国・四国でも[112]、自社の店どうしが商圏で重なることをいとわずに[113]出店を重ねた。年間100店以上の出店が続き[114]、2024年5月期には139店を新規に開いた[115]

  • 週刊東洋経済 2020年12月26日号
    • [108]コロナ禍で訪日外国人需要の蒸発と在宅勤務増により都市型は不振、コスモス薬品など郊外型は好業績
    • [109]マツモトキヨシHDとココカラファインはともに都市型
  • 週刊東洋経済 2023年6月3日号
    • [110]マツモトキヨシHDはココカラファインと2021年10月に経営統合
  • 週刊東洋経済 2024年4月20日号
    • [111]横山英昭社長は郊外から先に押さえ、最後に大都市へ出店する順序を掲げた
  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号
    • [112]関東を筆頭に中部・関西・中国・四国も開拓している
    • [113]横山英昭社長は2023年5月期決算会見で自社競合もいとわず出店を続けると述べた
    • [114]年間100店以上の出店を継続している
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第42期(2024年5月期)【設備投資等の概要】
    • [115]2024年5月期 新規出店139店舗

従来の調剤薬局は大病院の前に店を構え[116]、その病院の処方箋をそのまま受けてきたが、厚生労働省が多くの医療機関から処方箋を受ける運営を促すと、各ドラッグストアは調剤薬局の併設を増やし[117]、併設に積極的でなかったコスモス薬品も方針を変えた[118]。同社は2019年に調剤を併せ持つ店を試し、2021年7月の決算発表に合わせて保険調剤事業への本格参入を表明した。2022年5月期は、関東を中心に併設店を20〜30店開く計画を掲げた。もっとも拡大は速くなく、2025年5月期末で調剤を併設する店は53店にとどまり、処方箋が集まる関東で併設率が高い。

  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
    • [116]従来の調剤薬局は大病院の前に店を構え、当該病院から処方箋をそのまま受けてきた
    • [117]厚生労働省が多くの医療機関から処方箋を受ける運営(面分業)を推進し、各ドラッグストアが調剤薬局の併設を進めた
    • [118]もともと調剤併設に積極的でなかったコスモス薬品も方針を転じた
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
    • [100]2017年3月時点で東日本(関東)への進出が未着手の課題として残っていた
    • [101]2022年をめどに北関東への大量出店を検討していた
    • [102]関東出店により会社の知名度が上がるとの思惑があった
    • [103]出店の最大のボトルネックは薬剤師採用であり、関東出店が採用に有利に働くとの思惑があった
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
    • [104]2019年4月 関東地区への初出店=広尾駅店(東京都渋谷区)
  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
    • [105]2000平方メートル以上の大型店を郊外に構え、EDLP(毎日低価格販売)を掲げる
    • [106]東京の3店は郊外型大型店ではなく、医薬品・化粧品比率が高い都市型の小型店
    • [107]2019年10月末時点の総店舗数は1,020店
    • [116]従来の調剤薬局は大病院の前に店を構え、当該病院から処方箋をそのまま受けてきた
    • [117]厚生労働省が多くの医療機関から処方箋を受ける運営(面分業)を推進し、各ドラッグストアが調剤薬局の併設を進めた
    • [118]もともと調剤併設に積極的でなかったコスモス薬品も方針を転じた
  • 週刊東洋経済 2020年12月26日号
    • [108]コロナ禍で訪日外国人需要の蒸発と在宅勤務増により都市型は不振、コスモス薬品など郊外型は好業績
    • [109]マツモトキヨシHDとココカラファインはともに都市型
  • 週刊東洋経済 2023年6月3日号
    • [110]マツモトキヨシHDはココカラファインと2021年10月に経営統合
  • 週刊東洋経済 2024年4月20日号
    • [111]横山英昭社長は郊外から先に押さえ、最後に大都市へ出店する順序を掲げた
  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号
    • [112]関東を筆頭に中部・関西・中国・四国も開拓している
    • [113]横山英昭社長は2023年5月期決算会見で自社競合もいとわず出店を続けると述べた
    • [114]年間100店以上の出店を継続している
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第42期(2024年5月期)【設備投資等の概要】
    • [115]2024年5月期 新規出店139店舗

M&Aを一切行わない自力出店のみでの1兆円突破

2025年5月期、コスモス薬品は連結売上高1兆113億円を計上し、期末店舗数は1609店に達した[119]。M&Aを使わず自力の出店だけで売上高1兆円を超えたドラッグストア[120]は、同社が初めてだった。横山英昭社長は2024年8月の時点で、出店を加速して売上高1兆円を突破する計画[121]を公にしていた。買収については2019年12月の時点で、古い店を買えば目先の売上高は増えても将来どうなるかは疑問[122]だとして、まったく考えていないと述べていた。一方、ウエルシアホールディングスの松本忠久社長は、成長を支えたのはM&Aであり、15年ほどで約20社と一緒になった[123]とふり返った。スギホールディングスは2024年2月に阪神調剤薬局などを持つI&Hの買収を発表[124]し、売上高で業界4位のコスモス薬品と並ぶ規模になった。

  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【事業の内容】
    • [119]2025年5月末 期末店舗数1,609店
  • 日本経済新聞(2025年7月16日)
    • [120]M&Aなし自力出店のドラッグストアで売上高1兆円超は業界初
  • 日本食糧新聞(2024年8月23日)
    • [121]横山英昭社長は出店加速による売上高1兆円突破の計画を公表していた
  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
    • [122]横山英昭社長はM&Aで古い店を買っても将来は疑問だとして買収を考えていないと述べた
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号
    • [123]ウエルシアHD松本忠久社長は成長エンジンはM&Aであり15年ほどで約20社と統合したと述べた
  • 週刊東洋経済 2024年4月20日号
    • [124]2024年2月27日 スギHDがI&H(阪神調剤薬局等)の買収を発表し売上高約9000億円と業界4位コスモス薬品に並ぶ規模となる

自力での出店を続けた結果、土地の取得と出店に資金が要り、有利子負債は2025年5月期に428億円へ増えた。売上高の6割ほどを占める食品[125]は医薬品や化粧品より粗利率が低く[126]、2005年5月期に22.5%あった粗利率は2024年5月期の19.5%まで下がった。コスモス薬品は店舗の形式をそろえて運営の無駄を見つけやすく[127]し、支払い手段を現金だけに絞って[128]キャッシュレス決済の手数料も削り、販売費及び一般管理費を抑えた。営業利益率は2005年5月期の2.9%から2025年5月期に4.0%へ上がり、粗利率も21.1%へ戻した。松本忠久社長は、コスモス薬品が生鮮食品に注力せず運営費を抑えている点[129]を評価する一方、大きな土地が要るため都市部での出店は難しいかもしれない[130]と述べた。

  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号
    • [125]食品の売上高構成比は約6割
  • 週刊東洋経済 2023年6月3日号
    • [126]医薬品・化粧品と比べ粗利率が低い食品が売上の半分以上を占め、原価率が相対的に高い
    • [127]店舗フォーマットを統一して店舗運営の無駄を発見しやすくし、販管費を抑制している
    • [128]支払い手段を現金決済のみに限定し、キャッシュレス決済の手数料も削っている
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号
    • [129]ウエルシアHD松本忠久社長はコスモス薬品が生鮮食品に注力せずオペレーションコストを抑えた運営がうまいと評した
    • [130]松本忠久社長は大きな土地が必要なため都市部での展開は難しいかもしれないと述べた
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【事業の内容】
    • [119]2025年5月末 期末店舗数1,609店
  • 日本経済新聞(2025年7月16日)
    • [120]M&Aなし自力出店のドラッグストアで売上高1兆円超は業界初
  • 日本食糧新聞(2024年8月23日)
    • [121]横山英昭社長は出店加速による売上高1兆円突破の計画を公表していた
  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
    • [122]横山英昭社長はM&Aで古い店を買っても将来は疑問だとして買収を考えていないと述べた
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号
    • [123]ウエルシアHD松本忠久社長は成長エンジンはM&Aであり15年ほどで約20社と統合したと述べた
    • [129]ウエルシアHD松本忠久社長はコスモス薬品が生鮮食品に注力せずオペレーションコストを抑えた運営がうまいと評した
    • [130]松本忠久社長は大きな土地が必要なため都市部での展開は難しいかもしれないと述べた
  • 週刊東洋経済 2024年4月20日号
    • [124]2024年2月27日 スギHDがI&H(阪神調剤薬局等)の買収を発表し売上高約9000億円と業界4位コスモス薬品に並ぶ規模となる
  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号
    • [125]食品の売上高構成比は約6割
  • 週刊東洋経済 2023年6月3日号
    • [126]医薬品・化粧品と比べ粗利率が低い食品が売上の半分以上を占め、原価率が相対的に高い
    • [127]店舗フォーマットを統一して店舗運営の無駄を発見しやすくし、販管費を抑制している
    • [128]支払い手段を現金決済のみに限定し、キャッシュレス決済の手数料も削っている

コスモス薬品の沿革1973〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
宇野回天堂薬局を創業★★
宇野正晃コスモス薬品を設立
宇野正晃初の郊外型店舗・平原店を開店
宇野正晃調剤薬局運営のためなの花薬局を設立
宇野正晃有限会社コスモス薬品を株式会社に組織変更
宇野正晃回天堂薬局・なの花薬局を吸収合併
宇野正晃小商圏型メガドラッグストアという業態の創造大型店は大商圏に、という常識をなぜ裏返したのか——小さな町に食品まで積んだ大きな箱を置く業態設計 詳細を読む★★★
宇野正晃初の1,000m2型店舗を開店
宇野正晃初の2,000m2型メガドラッグストアを開店
宇野正晃ポイント還元を廃止しEDLPに転換★★
宇野正晃九州の外へ ― 全国展開を開始★★
宇野正晃東京証券取引所マザーズに株式上場
宇野正晃初の自社所有物流センター・広川センターを開設
宇野正晃関西地区へ初出店
宇野正晃中部地区へ初出店
柴田太売上高5,000億円を突破
横山英昭横山英昭氏が代表取締役社長に就任
横山英昭首都圏に出店
横山英昭調剤を持たない安売り店が、保険調剤へ本格参入する食品ディスカウントの低コスト物販で伸びたコスモス薬品は、なぜ薬剤師を抱える調剤事業へ踏み込んだか 詳細を読む★★★
横山英昭宇野家で事業承継
横山英昭買わずに建てる——M&Aを一切挟まない自力出店だけで売上高1兆円へ業界が再編で規模を買うなか、コスモス薬品はなぜ52年間ひとつの買収もせず店を建て続けたのか 詳細を読む★★★
横山英昭ホテル事業への参入を発表★★
出典・参考
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
  • 日経ビジネス 2004年3月29日号
  • 日経情報ストラテジー(2006年11月2日)
  • 週刊東洋経済 2007年4月14日号
  • 週刊東洋経済 2017年3月18日号
  • 週刊東洋経済 2014年3月28日号
  • 週刊東洋経済 2013年5月2日号
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【販売の状況】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【役員の状況】
  • 週刊東洋経済 2017年10月14日号
  • 週刊粧業(2024年2月)
  • 週刊東洋経済 2019年12月7日号
  • 週刊東洋経済 2020年12月26日号
  • 週刊東洋経済 2023年6月3日号
  • 週刊東洋経済 2024年4月20日号
  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第42期(2024年5月期)【設備投資等の概要】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【事業の内容】
  • 日本経済新聞(2025年7月16日)
  • 日本食糧新聞(2024年8月23日)
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号

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