アンリツ の歴史

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沿革

1895〜2022年 1895年に石黒慶三郎氏が興した石杉社と、1900年に安中常次郎氏が創立した安中電機製作所が起源。1905年の日本海海戦で安中電機製の無線電信機が敵艦発見を伝え、1981年には世界初の光パルス試験器を開発した。5Gスマートフォンの開発計測では米キーサイトとともに市場の大部分を占める。

沿革

1895年に石黒慶三郎氏が興した石杉社と、1900年に安中常次郎氏が創立した安中電機製作所が起源。

1905年の日本海海戦で安中電機製の無線電信機が敵艦発見を伝え、1981年には世界初の光パルス試験器を開発した。5Gスマートフォンの開発計測では米キーサイトとともに市場の大部分を占める。

1895年〜創業期石杉社の創業と安立電気の通信計測器事業

  1. 石杉社を創業
  2. 安中電機製作所を設立
  3. 共立電機電線を設立
  4. 世界初の実用無線電話機「TYK式無線電話機」を実用化
  5. 安立電気を設立
  6. 国内初のテレビジョン放送機器を製作
  7. 交流バイアス式磁気録音機を開発
  8. 超短波電界強度測定器を完成し国内標準器に指定
  9. 企業再建整備法に基づく第二会社設立
  10. 通信計測器事業を確立
  11. 6事業部体制で事業多角化を推進
  12. 厚木事業所を開設
  13. PCM方式の信号品質を測るジッタ測定器を開発
  14. 重量選別機「オートチェッカ」を開発
  15. 光通信のキーパーツである半導体レーザーの開発に着手
  16. 東京証券取引所市場第一部に上場
  17. 公衆電話機の輸出事業に参入
  18. 2Gbps超高速誤り率測定器を完成
  19. 製造部門の厚木事業所集結を完了
  20. 新本社ビルを新築し移転完了
  21. 世界初の光パルス試験器(OTDR)を開発
  22. 磁気センサ技術を応用した金属検出機を開発
アンリツ売上高1984年3月期641.2億円

1985年〜安定成長期アンリツへの改称と米Wiltron買収による計測器の国際化

  1. 商号を安立電気からアンリツに変更
  2. 東北アンリツを設立
  3. Wiltron Companyを買収
  4. 産業機械事業を会社分割でアンリツ産機システムへ承継
アンリツ売上高2002年3月期1,315億円

2003年〜成熟期NetTest買収と3GからLTE・5Gへのモバイル計測投資

  1. モバイル計測(3G→LTE→5G)への先行投資を本格化
  2. デンマークのNetTest A/Sを買収
  3. Anritsu EMEAを設立
  4. 郡山事業所を開設
  5. 郡山第二事業所を開設
  6. 厚木本社地区内にグローバル本社棟を新設
アンリツ売上高2019年3月期997億円

2020年〜成熟期子会社3社の吸収合併と高砂製作所の買収

  1. アンリツネットワークス等3社を吸収合併
  2. アンリツインフィビスのPQA事業の一部を吸収分割
  3. 高砂製作所を買収
アンリツ売上高2026年3月期1,175億円

系譜

前身は1931年設立の安立電気。1950年に企業再建整備法に基づく第二会社を設立し、1985年にアンリツへ商号を変更した。1990年にWiltron Company、2005年にNetTest A/Sを買収。クロスボーダーM&Aで計測器の事業基盤を広げた。

系譜

前身は1931年設立の安立電気。

1950年に企業再建整備法に基づく第二会社を設立し、1985年にアンリツへ商号を変更した。1990年にWiltron Company、2005年にNetTest A/Sを買収。クロスボーダーM&Aで計測器の事業基盤を広げた。

1895年1900年 1908年 1931年 1950年 1985年1990年 2002年2005年 2022年 2026年 石杉社 1895年創業 安中電機製作所 1900年創立 共立電機電線 1908年設立 安立電気 1931年2社合併で発足 安立電気 1950年第二会社で再建 アンリツ 1985年商号変更 Wiltron 1990年買収 アンリツ産機システム 2002年産業機械を分割 NetTest 2005年買収 高砂製作所 2022年買収
長期業績の推移 1946〜2026年

業績

アンリツ:歴代社長と長期業績の推移売上高(億円)純利益率(%)
1970年3月期〜2026年3月期

第1章 1895年〜 石杉社の創業と安立電気の通信計測器事業

1931年〜通信機器2社の戦時統合で生まれた安立電気

1931年3月、株式会社安中電機製作所と共立電機株式会社の合併により、資本金50万円で安立電気株式会社が設立された。安中電機製作所は、1900年に安中常次郎氏が創立した無線通信機製造の始祖で、無線通信機から変圧器・蓄電器・真空管へと製造を広げ、国産メーカーとして電信電話事業の発展に寄与した系列だった。一方の共立電機は、1895年に石黒慶三郎氏が興した石杉社(有線通信機製造の先駆)を源流とし、阿部電線製作所との合併を経て電話機・計器・電線など有線通信機器の製造を担うメーカーへ発展した。両社はおよそ30年の歩みを経て統合され、戦間期日本における通信機器産業の集約のひとつとなった。"安立"の社名は、合併母体の"安中"と"共立"から1字ずつを取った命名である。創業時の本店は東京・麻布富士見町で、無線・有線の通信機器と計測機器の製造販売を業として営んだ。

  • アンリツ 有価証券報告書 第99期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1931年3月、安中電機製作所と共立電機の合併により資本金50万円で安立電気株式会社が設立
  • 安立電気五十年史(1982年・安立電気 刊)
    • [2]安中電機製作所は1900年に安中常次郎が創立した無線通信機製造の始祖で、無線通信機から変圧器・蓄電器・真空管へ製造を広げ国産メーカーとして電信電話事業に寄与
    • [3]共立電機は1895年創業の石杉社(石黒慶三郎が興した有線通信機製造の先駆)を源流とし、阿部電線製作所との合併を経て電話機・計器・電線の製造へ拡大
    • [4]創業時の本店・工場は東京市麻布区富士見町(旧共立電機の跡地)

合併母体の技術蓄積は、戦前の通信機開発に遡る。安中電機製作所は1905年に海軍省の指定工場となり、同社製の三六式無線電信機を搭載した哨艦・信濃丸は、1905年5月の日本海海戦の緒戦で"敵艦見ユ"の歴史的信号を発信した。1917年に株式会社化した安中電機は真空管の製作を始め、東京中央放送局愛宕山送信所への国産500W放送機の据付や、日本郵船の浅間丸・竜田丸・照国丸への真空管式無線送信機の装備で名を知られた。1931年の安立電気発足後は、1933年にわが国最初のテレビジョン放送機を製造して浜松高等工業(現静岡大学工学部)へ納入し、1939年末には国産最初の自動式公衆電話機を開発した。戦時色が濃くなるにつれ軍用無線兵器の生産が増え、終戦時の従業員は約9,000名に達していた。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [5]安中電機製作所は1905年(明治38年)に海軍省の指定工場となった
    • [6]安中電機製の三六式無線電信機を搭載した哨艦・信濃丸が1905年5月の日本海海戦の緒戦で「敵艦見ユ」の信号を発信した
    • [7]安中電機は1917年(大正6年3月)に株式会社組織へ改め、同時に真空管の製作を始めた
    • [8]安中電機は東京中央放送局愛宕山送信所へ国産500W放送機を据付け、日本郵船の浅間丸・竜田丸・照国丸へ真空管式無線送信機を装備した
    • [9]安立電気は1933年(昭和8年)にわが国最初のテレビジョン放送機を製造し浜松高等工業(現静岡大学工学部)へ納入した
    • [10]安立電気は1939年末(昭和14年末)に国産最初の自動式公衆電話機を開発した
    • [11]終戦時の従業員数は約9,000名に達していた

戦後の1950年10月、安立電気は企業再建整備法に基づく第二会社設立を実施した。GHQ占領下の財閥解体・企業再建の過程で旧法人を清算し、新法人として再出発する手続きを取った企業のひとつで、戦時期の軍需依存からの脱却と民需転換を伴う再建だった。1953年に始動した日本電信電話公社(電電公社)の第1次5カ年計画による通信網拡張に連動し、安立電気は公衆電話機・搬送用機器・回線用測定器などを納入し、第1次計画が終了した1957年には電電公社向けが全社売上高の約40%を占めるに至った。1959年には電電公社専門の市場別組織として第1営業課を設け、官需依存を組織面でも固めた。1961年4月に神奈川県・厚木事業所を新設し、同年10月に東京証券取引所市場第二部に株式上場した。1968年8月には東証市場第一部に指定替えとなり、戦後の通信インフラ拡張期に資本市場での評価を獲得した。

  • アンリツ 有価証券報告書 第99期(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1950年10月、企業再建整備法に基づく第二会社設立
    • [15]1961年4月に厚木事業所を新設、同年10月に東証市場第二部へ上場
    • [16]1968年8月、東証市場第一部へ指定替え(上場)
  • 安立電気五十年史(1982年・安立電気 刊)
    • [13]電電公社の第1次5カ年計画(1953年〜)に連動し公衆電話機・搬送用機器・回線用測定器を納入、計画終了年の1957年に電電公社向けが全社売上の約40%に達した
    • [14]1959年、電電公社専門の市場別組織として第1営業課を設置
参考文献[1]-[16]
  • アンリツ 有価証券報告書 第99期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1931年3月、安中電機製作所と共立電機の合併により資本金50万円で安立電気株式会社が設立
    • [12]1950年10月、企業再建整備法に基づく第二会社設立
    • [15]1961年4月に厚木事業所を新設、同年10月に東証市場第二部へ上場
    • [16]1968年8月、東証市場第一部へ指定替え(上場)
  • 安立電気五十年史(1982年・安立電気 刊)
    • [2]安中電機製作所は1900年に安中常次郎が創立した無線通信機製造の始祖で、無線通信機から変圧器・蓄電器・真空管へ製造を広げ国産メーカーとして電信電話事業に寄与
    • [3]共立電機は1895年創業の石杉社(石黒慶三郎が興した有線通信機製造の先駆)を源流とし、阿部電線製作所との合併を経て電話機・計器・電線の製造へ拡大
    • [4]創業時の本店・工場は東京市麻布区富士見町(旧共立電機の跡地)
    • [13]電電公社の第1次5カ年計画(1953年〜)に連動し公衆電話機・搬送用機器・回線用測定器を納入、計画終了年の1957年に電電公社向けが全社売上の約40%に達した
    • [14]1959年、電電公社専門の市場別組織として第1営業課を設置
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [5]安中電機製作所は1905年(明治38年)に海軍省の指定工場となった
    • [6]安中電機製の三六式無線電信機を搭載した哨艦・信濃丸が1905年5月の日本海海戦の緒戦で「敵艦見ユ」の信号を発信した
    • [7]安中電機は1917年(大正6年3月)に株式会社組織へ改め、同時に真空管の製作を始めた
    • [8]安中電機は東京中央放送局愛宕山送信所へ国産500W放送機を据付け、日本郵船の浅間丸・竜田丸・照国丸へ真空管式無線送信機を装備した
    • [9]安立電気は1933年(昭和8年)にわが国最初のテレビジョン放送機を製造し浜松高等工業(現静岡大学工学部)へ納入した
    • [10]安立電気は1939年末(昭和14年末)に国産最初の自動式公衆電話機を開発した
    • [11]終戦時の従業員数は約9,000名に達していた

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出典・参考 3件
出典・参考
  • アンリツ 有価証券報告書 第99期(2025年3月期)【沿革】
  • 安立電気五十年史(1982年・安立電気 刊)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)

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