ロート製薬の歴史

少品種への集中投資に特色。祖業は胃腸薬だが、目薬、メンソレータム(軟膏)、肌ラボ(スキンケア剤)へと主力事業を転換

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Author: @yusugiura
1899〜1952 - 創業経緯
胃腸薬で創業。目薬に多角化
1899 02月
個人創業
[*出所1-1]
信天堂山田安民薬房を創業。胃腸薬「胃活」を発売
明治23年に胃腸薬「胃活」の製造販売を開始すると共に、信天堂山田安民薬房を創業した。以後、現在に至るまでロート製薬は山田家による同族会社として経営されている。戦前は国内に加えて、上海などの中国大陸にも工場を建設するなど、手広く商売を手掛けた。
1909
新規事業
[*出所1-2]
点眼薬「ロート目薬」を発売
当時、日本眼科学会で主導的な存在であった井上博士が目薬を開発し、ロート製薬が商品化した。ロートの名称は、当時、世界的な眼科医として知られていたドイツ人の「ロート・ムンド博士」に由来する
1931
新製品
[*出所1-3]
目薬の容器をガラス瓶に変更
1949 09月
会社設立
[*出所1-4]
ロート製薬株式会社を設立
創業家の山田輝郎氏が社長に就任
Performance > 1899〜1952
1952〜1975 - 売上成長
少品種に絞り込んだ広告宣伝投資と大量生産により、胃腸薬シロンと目薬の販売を拡大。高収益を享受
1952
新製品
[*出所2-1]
「ロートマイペニ目薬」を発売。テレビCMに出稿
1954
新製品
胃腸薬「シロン」を発売。少品種への集中投資を開始
【少品種に絞ることで投資効率を最大化】 1954年にロート製薬は胃腸薬としての新製品「シロン」を発売した。1950年代を通じてシロンがロート... 続きを読む
1959 10月
設備投資
[*出所2-3]
大阪市生野区に本社工場を新設
1961 10月
株式上場
[*出所2-4]
大阪証券取引所第2部に上場
1962 10月
株式上場
[*出所2-5]
東京証券取引所第2部に上場
1962年7月時点の売上構成比率は「ロート胃腸薬シロン」の売上26.9億円(構成比74.5%)、目薬の売上9.1億円(同25.2%)、その他(胃活・ロート頭痛薬など)の売上0.9億円(同0.3%)。つまり「胃腸薬シロン」の成長がロートの株式上場の原動力になった。また生産量シェアについて、健胃消化剤で国内1位(38%)、点眼薬で国内1位(36.7%)を確保
1964 10月
株式上場
[*出所2-6]
東京証券取引所・大阪証券取引所の第1部に指定
Performance > 1952〜1975
1975〜1988 - 多角化
次の大型商品を生み出すべく企業買収を積極化。この中でメンソレータムが育つ
1975 08月
商標取得
[*出所3-1]
米国メンソレータム社から国内の商標使用権を取得
日本国内でメンソレータム(くちびるの軟膏剤)の製造販売権を握っていた近江兄弟社(近江八幡市本社・従業員270名)が会社更生法の適用を申請したことを受けて、ロート製薬が国内のメンソレータムの商標使用権を独占的に取得。契約期間は10年、ロイヤリティーは売上高の7.5%で設定。ロート製薬は軟膏領域に本格参入し、年間10億円の販売目標を据えた。
1975
企業買収
[*出所3-2]
日本ジョセフィンなど3社を買収。化粧品に本格進出
日本ジョセフィン、関西有機化学。モナ化粧品の3社を買収。3社の合計で化粧品の年間売上高は32億円
1983
業績低迷
[*出所3-3]
胃腸薬の国内シェア首位陥落
1980年代を通じて胃腸薬をめぐる競争が激化。興和の「キャベジン」と大正製薬の「大正胃腸薬」など、ニーズに特化した胃腸薬が成長。総合胃腸薬に強みがあったロートの牙城が崩された。ロートの「シロン」は、1983年に国内シェア首位から陥落し、1991年にシェア3位に低迷
Performance > 1975〜1988
1988〜1999 - 海外展開
メンソレータム社の買収によりグローバル展開を本格化
1988 07月
企業買収
[*出所4-1]
米国のメンソレータム社を買収
1996 09月
海外進出
[*出所4-2]
ロート・インドネシアを設立
1997 08月
海外進出
[*出所4-3]
ロート・メンソレータム・インドネシアを設立
1998 03月
海外進出
[*出所4-4]
ロートUSAを設立
1998 03月
海外進出
[*出所4-5]
オーチャードパーク市に工場を新設
メンソレータム社の本社及び工場として活用
Performance > 1988〜1999
1999〜2009 - 新規事業
肌ラボのヒットによりスキンケア剤で業容を拡大
1999
社長交代
[*出所5-1]
山田安邦氏が会長、山田邦雄氏が社長に就任
2003
設備投資
[*出所5-2]
上野テクノセンターに第二工場棟を新設
スキンケア剤の生産工場
2004
新製品
[*出所5-3]
スキンケア「肌研(ハダラボ)」を発売
スキンケア剤の「肌ラボ」を発売。当時急速に普及していたドラッグストア向けの販路を重視。その後、肌ラボはロート製薬を代表するヒット商品に成長。FY2011には肌ラボ単体で年間100億円以上を売り上げる大型商品に育った
山田邦雄(ロート製薬・当時会長)
山田邦雄(ロート製薬・当時会長)
2016/10/29週刊東洋経済
Performance > 1999〜2009
2009〜2016 - 海外展開
中国を中心としたアジア事業を拡大
2009
社長交代
[*出所6-1]
山田邦雄氏が会長、吉野俊昭氏が社長に就任
2011
業績低迷
[*出所6-2]
国内向け肌ラボの販売額が頭打ちへ
FY2004〜FY2011にかけて「肌ラボ」の販売額は順調に拡大したが、FY2012に販売額の伸びがストップ。以降、肌ラボの年間販売額は100〜120億円前後で推移するようになり、国内需要が一巡へ
山田邦雄(ロート製薬・当時会長兼CEO)
山田邦雄(ロート製薬・当時会長兼CEO)
2016/5/28週刊東洋経済
2011
海外展開
[*出所6-3]
アジア向けの投資を継続
[表] ロート製薬・地域別の業績推移
Performance > 2009〜2016
2016〜2022 - 収益改善
スキンケアの需要が一巡。利益率の改善に着手
2016 02月
労務改革
[*出所7-1]
社外チャレンジワーク制度を開始(社員の副業容認)
2016年当時、日本の上場企業で副業を容認する企業は稀有だったが、ロート製薬は社員からの発案をベースに副業の容認を決定。入社3年目以降の社員について、業務時間外の副業を容認する「社外チャレンジワーク制度」を導入。2016年3月時点の応募者は60名
山田邦雄(ロート製薬・当時会長)
山田邦雄(ロート製薬・当時会長)
2016/10/29週刊東洋経済
2018
キーパーソン
[*出所7-2]
吉野俊昭氏が急逝
吉野社長が心筋梗塞により67歳で逝去。山田邦雄氏が会長兼社長に就任
2022 03月
業績好調
[*出所7-3]
販売促進費を抑制。3期連続で利益率を改善
国内とアジアにおける販売促進費の抑制により全社の営業利益を改善。ただし、米国と欧州の利益率は一貫して悪く課題が多い
Performance > 2016〜2022
1954
Report

胃腸薬「シロン」を発売。少品種への集中投資を開始

新製品

少品種に絞ることで投資効率を最大化

1954年にロート製薬は胃腸薬としての新製品「シロン」を発売した。1950年代を通じてシロンがロート製薬の発展を牽引した製品であり、発売から10年を経た1962年7月期にはロート製薬の全車売上高の約74%を占める大型商品に育った。

ロート製薬がシロンで業容を拡大できた理由が、販売及び設備投資での「胃腸薬シロン」への集中投資にある。当時、国内で胃腸薬を扱う企業は無数に存在しており、競争の激しい領域であり、競合企業は相次いで新製品を発売した。

一方、ロート製薬は新製品の開発ではなく「胃腸薬シロン」という1つの商品をロングセラーに育てるために、広告宣伝を集中した。また、生産工場でもシロンの生産を主体に置くことによって、生産性の向上を図った。

1965年の時点でロート製薬は、胃腸薬において「シロン」「パンシロン」「シロンS」、点眼薬において「ロート目薬」「Vロート」を主力商品と展開し、いずれも月商1億円を確保した。

この状況について当時のメディアは「当社の製品は全てがドル箱商品」「ぜい肉を思い切りよく捨て去ったところに他社にない独創的な経営方針の成功があった」(1965/8実業の世界)と評価した。

売上高の30%以上を広告宣伝費に投資

特に、広告宣伝費にはかなりの金額を投資しており、1963年ごろには年間10億円を広告宣伝費として投資。全社売上高の20%〜30%という思い切った水準にあたる。この投資攻勢によって競合他社はロート製薬に追随できなかった。

この結果、1963年までに国内市場において「胃薬といえばロート製薬」という認知が形成された。当時のメディアは「『ロート』といえば、すぐに『シロン』が頭に浮かび、「目薬」が、ぴーんと浮かんでくる」(1963/1週刊日本経済)と描写している。

これらの狙いが的中し、ロート製薬は「胃腸薬シロン」をロングセラーに育て上げると共に、業績面では高収益を享受した。1960年代を通じて売上高純利益率は10%を超える水準で推移したが、これこそが集中投資による効率性の成果であった。

【私見】「投資するときには思い切り良く」がロート製薬の伝統

推察になるが、不採算品を避けつつも、「シロン」などの大型商品に育てる意思がある場合には、思い切って投資をするという姿勢にロート製薬の特色がある。このスタイルは、現在のロート製薬にも受け継がれており「肌ラボ」「メンソレータム」といった新製品への投資に現れている。

投資の勘所にさえているというのが、ロート製薬における経営の伝統であり、今日まで生き延びている理由かもしれない。

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0 References.

[*2-3]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*2-4]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*2-6]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*3-1]
1975-07
実業の世界「ロート製薬・少品種多量販売から新規分野へ積極進出」
[*3-3]
1992-01-13
日経ビジネス「ロート製薬・癒えるか低落パンシロン・品目再編、若年層も狙う」
[*4-1]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*4-2]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*4-3]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*4-4]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*4-5]
FY2021
ロート製薬「有価証券報告書」
[*6-3]
FY2017
決算説明会資料FY2017/4Q
[*7-1]
2016-10-29
週刊東洋経済「ロート製薬・山田会長、どうして?」
[*7-3]
FY2022
ロート製薬「有価証券報告書」