三菱の商事活動は、1870年に岩崎弥太郎氏が土佐藩の所有船の払い下げを受けて九十九商会を興したことに始まる。社章のスリーダイヤモンドには、岩崎家の紋章である三階菱を図案化したという説と、岩崎家の属した土佐藩山内家の紋章である三柏を図案化したという説がある。1881年には石炭を郵便汽船三菱会社(後の日本郵船)を通じて輸出し、本格的に貿易業へ参入した。1893年、財閥としての基礎が固まったことから三菱社は三菱合資会社へ改組され、商事部門はその管轄下に置かれて三菱合資営業部となった。
1918年4月、三菱合資会社の営業部門が資本金1500万円で分離し、旧三菱商事が発足した。同年5月に営業部の事業を継承し、本店に総務・石炭・金属・雑貨・船舶の五部門を置いている。国内品の内地販売よりも対外輸出入取引や外国間取引に重点を置く構えで、昭和10年代には三井物産と並ぶ二大貿易商社として海外へ取引を広げた。開戦時の1941年、三菱本社傘下の事業会社は32社・払込資本金20億5000万円、ほかに支配会社135社・同6億500万円を数え、合計27億円に達している。
1945年9月25日、経済科学局長のクレーマー大佐が三菱本社を訪れ、自発的に解体するよう申し入れた。応対した三菱商事社長の田中完三氏は、病気療養中の本社社長・岩崎小彌太氏に報告し、10月5日に陳述書を提出している。小彌太氏は『自分は一万三〇〇〇名の株主の信頼に背き、自発的に解散することは信義上からも断じて為しえない』との考えを崩さなかった。安田が10月13日、三井と住友が10月22日に自発的解体を受け入れ、残るは三菱だけとなる。10月29日に大蔵省が四大財閥の代表を集めた席でも三菱は留保し、理事長の船田一雄氏が小彌太氏の了承を得ないまま受諾を決めた。小彌太氏は同年12月2日、67歳で世を去った。
1946年12月、三菱商事は持株整理委員会の第三次指定を受けた。存続すら危ぶまれると見た社内はA・B・Cの三つの分割案を自ら作ってGHQへ提出し、さらに強硬な方針が伝えられたため10社分割案まで用意している。ところが1947年7月5日、大蔵省へ呼び出された渉外部長が手渡された7月3日付の覚書は、数社への分割という措置すら承認せず、三井物産とともにあらゆる形での存続を許さない完全な解散を命じるものだった。覚書は復活を防ぐため、過去10年間に役員や部長を務めた者を新会社が2名以上雇うことを禁じ、100名を超える従業員が新会社を組織すること、従来の事務所を占有すること、三菱商事に類似した商号を使うことも併せて禁じた。
法的な解散日は1947年11月30日だが、この日が日曜であったため前日、高垣勝次郎社長が社員を前に別れの挨拶をした。『一生の運命をこの会社とともにせんと念願しておりましたわれわれとしては、中途にして以上のごとき悲運に遭遇し、離散のやむなきにいたったことは、遺憾至極であります』。当時の従業員約4100名は、清算事務に残った若干を除いて120以上の新会社へ分散した。旧三菱商事の清算そのものは長く続き、結了したのは1987年11月であった。
1950年4月1日、旧三菱商事が発起人となり、特定の債権債務を継承して処理しながら営業する第二会社として光和実業が設立された。資本金は3000万円、事業目的は不動産の賃貸業・倉庫業・運送取扱業・保険代理業に限られている。同年11月には『三井物産、三菱商事両社の旧役職員の就職制限等に関する政令』が閣議決定され、これを契機に合同を目指す動きが急速に進み始めた。1952年4月にサンフランシスコ平和条約が発効すると三菱の商号とスリーダイヤモンドの商標が自由に使えるようになり、同年8月、光和実業は三菱商事の商号を登記して社名を取り戻した。
一方、解散で分かれた新会社の再編も進み、1952年には12社が不二商事・東京貿易・東西交易の三社に集約された。残るはこの三社と光和実業の合同であったが、規模も収益力も異なる会社をまとめる交渉は容易に進まなかった。『小異を捨てて、大同に就く』を合い言葉に、旧三菱商事の社長を務めた田中完三氏・服部一郎氏・高垣勝次郎氏の三長老が主導し、四社の首脳が努力を重ねた結果、1953年12月に合意が成り、翌1954年1月に合併契約書へ調印した。
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|---|---|---|---|---|
| 1870〜1953年九十九商会から旧三菱商事へ、解散が断ち切った商権 | 三菱の営業部門を「三菱商事」として分離 | ★★ | ||
| 光和実業の商号で設立 | ★ | |||
| 三菱商事に商号変更 | ★ | |||
| 1954〜1968年四社合同での再結集と、中央集権から商品本部制へ | 高垣勝次郎 | 東京証券取引所に株式を上場 | ★ | |
| 高垣勝次郎 | 創業——GHQに解体された旧三菱商事から1954年の四社合同 三菱商事の現在の法人は、1954年7月1日の四社合同で総合商社として再発足した。1947年11月にGHQの財閥解体で旧三菱商事が解散し、退社した役職員が約150社の新会社に分かれたのち、清算事務を継いだ第二会社の光和実業が1952年に三菱商事へ商号を戻し、1954年に不二商事・東京貿易・東西交易の3社を吸収合併して資本金6億5000万円で総合商社の営業範囲を回復した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 藤野忠次郎 | 商品本部制を導入・事業投資を本格化 | ★ | ||
| 藤野忠次郎 | 資源開発への参画を通じた、商いから事業投資への転換 1967年12月、三菱商事は数億ドル規模のブルネイLNG開発への参画を決断し、1969年に三者合弁の生産会社ブルネイLNG社を設立した経営判断。口銭を得るトレーディングから、資源開発に資本を投じて権益と長期契約を握る事業投資へ、商社の事業モデルを切り替える第一歩となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 藤野忠次郎 | MITSUBISHI DEVELOPMENT PTY LTDを設立 | ★ | ||
| 1969〜1999年資源開発への参画と、配当に支えられた収益構造 | 田部文一郎 | TRI PETCH ISUZU SALES COMPANYを設立 | ★ | |
| 三村庸平 | サウディ石油化学合弁に調印 | ★ | ||
| 三村庸平 | Kプランを策定・選択と集中を遂行 | ★ | ||
| 諸橋晋六 | チリのエスコンディーダ銅鉱山開発プロジェクト開始 | ★ | ||
| 諸橋晋六 | 日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1990年3月、三菱商事は米アリステック・ケミカルを総額8億8000万ドルで買収した。買収先の資産を担保に資金を調達するLBOを用い、日本企業の大型買収では初の手法となった。買収直後の景気後退で赤字に沈んだ会社を、三菱商事は6年をかけて黒字へ建て直した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 槙原稔 | サハリン沖原油・LNG開発プロジェクトに参画 | ★ | ||
| 槙原稔 | 社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の作り替え 1990年代半ば、三菱商事は槙原稔社長のもとで、売上高(取扱高)の大きさを競う"GNPカンパニー"から利益の質を重んじる経営へ転じた。就任1年目に財テクの後始末で約660億円の特別損失を処理し、2年目に事業投資を全面的に見直して不採算事業を整理、意思決定機構にもトップダウンでメスを入れた。特別損失は2年間で合計約1600億円に達した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2000〜2026年川下への進出と、資源の振幅、事業の入れ替え | 佐々木幹夫 | 取引先からの株式取得と、資本業務提携への踏み込み 2000年、三菱商事は経営再建中のダイエーからコンビニ子会社ローソンの株式を取得し、資本業務提携を締結した。SPCが発行する株式交換権付き私募債を約1,700億円で引き受け、上場時に20%を握ってダイエーに次ぐ第2位株主となった。EC・金融の拠点として全国の店舗網を得る狙いだった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 佐々木幹夫 | 豪州原料炭合弁会社の権益追加取得 | ★ | ||
| 佐々木幹夫 | 執行役員制度を導入 | ★ | ||
| 佐々木幹夫 | 取締役会の諮問機関としてガバナンス委員会を設置 | ★ | ||
| 佐々木幹夫 | 日商岩井と共同新設分割でメタルワンを設立 | ★★ | ||
| 小林健 | AAS社の株式を取得(チリ銅山) | ★ | ||
| 小林健 | セルマック社を買収(ノルウェー・サケ養殖) | ★ | ||
| 小林健 | 約4,200億円で握った銅権益を、市況低迷のなかで2,712億円減損した 三菱商事は2011年11月10日、チリ国銅資源権益保有会社アングロ・アメリカン・スール社の株式24.5%を、53.9億米ドル(約4,200億円)で取得した。アングロ・アメリカン社からの打診を受けたもので、ロスブロンセス銅鉱山、エルソルダド銅鉱山、チャグレス銅製錬所と大型の未開発鉱区を持つ資産である。 だが銅市況の低迷が続き、2016年3月期に中長期の銅価格見通しを引き下げた結果、持分法で会計処理される投資として271,194百万円の減損損失を持分法による投資損益を通じて計上した。所有者に帰属する当期純利益は1,494億円の損失となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 垣内威彦 | 中部電力と8対2で組み、欧州の発電から小売りまでを丸ごと抱える選択 2020年3月24日、中部電力と共同で設立したDiamond Chubu Europe B.V.を通じ、入札により欧州で総合エネルギー事業を展開する在蘭Eneco Groep N.V.の全株式を取得し、同日付で連結子会社とした。投じた額は約5,000億円、取得日時点の対価の公正価値は488,568百万円である。Diamond Chubu Europe B.V.に対する三菱商事の議決権所有割合は80%で、残る20%は中部電力が持つ。連結財務諸表には、この20%にあたる98,609百万円が非支配持分として計上されている。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 中西勝也 | 監査役会設置会社をやめ、決定の権限を執行へ委ね、諮問機関を二つに割った選択 2024年6月21日の定時株主総会で定款の一部変更が承認され、三菱商事は同日付で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移った。監査役5名は監査等委員である取締役となり、取締役会は9名から15名、社外取締役は4名から7名に増えている。同じ日に、取締役会の諮問機関であったガバナンス・指名・報酬委員会を、コーポレートガバナンス・指名委員会と報酬委員会の二つに分けた。 移行に伴い投融資案件の付議・報告の定量基準を引き上げ、重要な業務執行の決定の一部を業務執行取締役へ委ねる形に改めている。 詳細を読む | |||
| 中西勝也 | 連結で抱えた生活産業の2社を、共同経営と全量売却で持ち替えた選択 2024年、三菱商事は連結で抱えてきた生活産業の2社を相次いで持ち替えた。ローソンはKDDIによる公開買付けと株式併合によるスクイーズアウトを経て、2024年8月15日付で両社の出資比率を各50%へ調整し、単独支配を喪失して共同支配企業となった。日本KFCホールディングスは、同社が実施した自己株式の取得に応じて保有株式の全量を売却した。 資源高で当期純利益が1兆円台に乗せた直後の判断であり、ローソンの持ち替えでは残存持分の再評価益など1,821億円を計上している。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 中西勝也 | 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2025年8月、三菱商事が2021年の第1ラウンドで獲得した国内洋上風力発電の3案件からの撤退を表明した経営判断。秋田県由利本荘市沖、能代市・三種町・男鹿市沖、千葉県銚子市沖の3海域はいずれも開発段階にとどまり、最終投資決定に至らないまま手放した。 撤退に先立つ2025年3月期には、共同支配企業宛ての持分法で会計処理される投資が全額損失として処理され、法的若しくは推定的義務の範囲での追加的な損失と合わせて、持分法による投資損益に51,255百万円、有価証券損益に1,183百万円が計上された。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 中西勝也 | 5,200百万米ドルを投じて米国シェールガスの上流を押さえる資本配分の入れ替え 2026年1月16日、米国テキサス州・ルイジアナ州でシェールガスの権益を保有し、その開発・生産・販売等を手掛けるAethon III LLC社、Aethon United LP社及び関連する会社等(エーソン)の株式等の全持分を、既存出資者から取得することで合意し、株式譲渡契約を締結した。取得価額は5,200百万米ドル、取得後の議決権所有割合は100%となる。関係当局の承認など契約に定めている前提条件が満たされると、エーソンは三菱商事の完全子会社となる見込みで、取得はまだ完了していない。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(三菱商事)