1950年〜 伊藤忠出資の最後発製油メーカーから大豆たん白参入まで
不二製油の業績推移:単体
- 1950年 伊藤忠商事の全額出資による設立と不二蚕糸大阪工場の買収 戦後の油脂業界に最後発で入る会社は、大手と同じ土俵で戦うか、別の土俵を作るか
- 1951年 圧搾工場を新設しコプラ製油を開始、我が国最初の圧抽式製油に成功
- 1954年 我が国最初の本格的パーム核油搾油を開始
- 1955年 大阪工場に油脂溶剤分別装置を完成しハードバター(メラノバター)製造を開始
- 1963年 洋生菓子用チョコレートの販売開始
- 1967年 植物性クリームの生産開始
- 1967年 大阪工場に大豆たん白分離設備を完成し大豆たん白事業に参入
戦後の混乱期に「人まねをしない」を選んだ最後発の油脂メーカー
1950年10月、伊藤忠商事株式会社の全額出資[1](資本金300万円)により不二製油株式会社が設立された[2]。設立と同時に不二蚕糸株式会社の大阪工場を買収し、製油業[3]への参入を果たした。設立背景には伊藤忠が貿易商社として原料油脂・植物油の取扱を強化する戦略があり、不二製油は伊藤忠の油脂部門の事業会社として船出した。当時の日本油脂業界は日清製油・豊年製油・日本油脂・本州製糖・吉原製油など戦前設立の油脂メーカーが大手として確立しており、戦後設立の不二製油は完全な最後発だった。大森達司氏(社長)は2025年9月、戦前設立の大手競合と設立当初の不二製油[4]との力の差は大きかったと述べ、最後発メーカーとしての出発点を振り返っている。
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [1]1950年10月 伊藤忠商事の全額出資により不二製油株式会社を設立
- [2]設立時の資本金は300万円
- [3]設立と同時に不二蚕糸株式会社の大阪工場を買収し製油業に参入
- 日経ビジネス電子版 2025年9月5日(不二製油 大森達司社長CEO 発言)
- [4]大森社長は2025年9月、戦前設立の大手競合と設立当初の不二製油との力の差が大きかったと述べた
1951年2月、不二製油は圧搾工場を新設してコプラ[5](ヤシ油の原料)の製油を開始し、我が国最初の圧抽式製油(圧搾と溶剤抽出を組み合わせた製法)に成功した。1954年1月には我が国最初の本格的パーム核油搾油も開始[6]し、1955年9月には大阪工場に油脂溶剤分別装置を完成[7]して我が国最初のハードバター(商品名・メラノバター)の製造を開始した。設立から5年で『我が国最初』を3度連続で実現した経緯であり、最後発の不二製油が大手既存メーカーと正面競合せずに独自の技術領域を取りに行った。酒井幹夫前社長は『人まねをしない』と『植物性にこだわる』の2点を創業以来のDNAと述べており[8]、最後発メーカーが大手と差別化する経営判断として『人まねをしない』がこの時期に成立した。
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [5]1951年2月 圧搾工場を新設しコプラ製油を開始、我が国最初の圧抽式製油に成功
- [6]1954年1月 我が国最初の本格的パーム核油搾油を開始
- [7]1955年9月 大阪工場に油脂溶剤分別装置を完成し我が国最初のハードバター(メラノバター)製造を開始
- 日経ESG 2022年9月15日(不二製油 酒井幹夫前社長 発言)
- [8]酒井幹夫前社長は「人まねをしない」「植物性にこだわる」の2点を創業以来のDNAと述べた
ハードバター(メラノバター)はチョコレートの製造に使われる代替カカオ脂(CBE:Cocoa Butter Equivalent)で、当時の日本では洋菓子・チョコレート向けに輸入カカオ脂が使われていたが、不二製油はパーム核油・パーム油から精製したハードバターをチョコレート工場向けに供給するという独自市場を切り開いた。1955年8月には神戸工場を建設して操業を開始し[9]、関西の製菓メーカーとチョコレート用油脂で取引を始めた。1961年10月には株式を大阪証券取引所市場第二部に上場[10]し、設立から11年で上場会社の地位を獲得した[11]。
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [9]1955年8月 神戸工場を建設して操業を開始
- [10]1961年10月 株式を大阪証券取引所市場第二部に上場
- [11]設立(1950)から11年で上場(1950→1961=11年)
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [1]1950年10月 伊藤忠商事の全額出資により不二製油株式会社を設立
- [2]設立時の資本金は300万円
- [3]設立と同時に不二蚕糸株式会社の大阪工場を買収し製油業に参入
- [5]1951年2月 圧搾工場を新設しコプラ製油を開始、我が国最初の圧抽式製油に成功
- [6]1954年1月 我が国最初の本格的パーム核油搾油を開始
- [7]1955年9月 大阪工場に油脂溶剤分別装置を完成し我が国最初のハードバター(メラノバター)製造を開始
- [9]1955年8月 神戸工場を建設して操業を開始
- [10]1961年10月 株式を大阪証券取引所市場第二部に上場
- [11]設立(1950)から11年で上場(1950→1961=11年)
- 日経ビジネス電子版 2025年9月5日(不二製油 大森達司社長CEO 発言)
- [4]大森社長は2025年9月、戦前設立の大手競合と設立当初の不二製油との力の差が大きかったと述べた
- 日経ESG 2022年9月15日(不二製油 酒井幹夫前社長 発言)
- [8]酒井幹夫前社長は「人まねをしない」「植物性にこだわる」の2点を創業以来のDNAと述べた
大豆たん白事業参入と本格上場のステージへ
1963年2月、洋生菓子用チョコレートの販売を開始[12]した。ハードバター(CBE)供給に加え、チョコレート完成品の販売にも領域を広げた動きである。1967年4月には植物性クリームの生産を開始し[13]、ホイップ・コーヒー用クリーム向けの植物性油脂事業に踏み込んだ。乳製品メーカーが扱う動物性クリームに対する『植物性』という差別化軸であり、後にプラントベースフードと呼ばれる事業領域の原型がこの時期に成立した。1967年12月には大阪工場に大豆たん白分離設備を完成し[14]、大豆たん白事業を開始した。大豆たん白(分離大豆たん白:SPI)はソーセージ・ハンバーグなどの食肉加工品に肉のかさ増し・食感改善材として使われ、後に植物性たん白食品(代替肉)の素材としても展開される技術である。1955年のハードバター(油脂分野での植物性)と1967年の大豆たん白(たん白分野での植物性)の2軸で、不二製油は『植物性』を一貫した経営軸とした。
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [12]1963年2月 洋生菓子用チョコレートの販売を開始
- [13]1967年4月 植物性クリームの生産を開始
- [14]1967年12月 大阪工場に大豆たん白分離設備を完成し大豆たん白事業を開始
1968年4月、泉佐野食品コンビナート[15]に約192千平方メートルの工場建設用地を取得し[16]、1969年4月には阪南工場第1期工事完了、操業を開始した[17]。1971年4月には阪南工場第2期工事が完了し操業拡大[18]、大阪工場の移転を完了して閉鎖した。創業期の大阪工場(不二蚕糸から買収)から阪南工場への生産拠点移転は、化学工業向け油脂・大豆たん白の生産規模拡大に必要な敷地を確保するための判断だった。1973年2月には大阪証券取引所市場第一部に指定され[19]、1974年7月には本社(大阪支店)を大阪市中央区西心斎橋へ移転した。1978年10月には東京証券取引所市場第一部に上場し[20]、1961年の大証2部から17年で東京・大阪両市場第一部[21]の地位を獲得した。設立から28年、大手の最後発として参入した不二製油は、ハードバター・大豆たん白・植物性クリームという3つの独自技術領域で全国規模の上場油脂メーカーへと位置付けが変わった[22]。
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [15]1968年4月 泉佐野食品コンビナートに工場建設用地を取得
- [16]取得した工場建設用地は約192千平方メートル
- [17]1969年4月 阪南工場第1期工事を完了し操業を開始
- [18]1971年4月 阪南工場第2期工事を完了し大阪工場を移転・閉鎖
- [19]1973年2月 大阪証券取引所市場第一部に指定
- [20]1978年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [21]1961年の大証2部上場から17年で東京・大阪両市場第一部(1961→1978=17年)
- [22]設立(1950)から28年で全国規模の上場油脂メーカーとなった(1950→1978=28年)
- 不二製油 有価証券報告書【沿革】
- [12]1963年2月 洋生菓子用チョコレートの販売を開始
- [13]1967年4月 植物性クリームの生産を開始
- [14]1967年12月 大阪工場に大豆たん白分離設備を完成し大豆たん白事業を開始
- [15]1968年4月 泉佐野食品コンビナートに工場建設用地を取得
- [16]取得した工場建設用地は約192千平方メートル
- [17]1969年4月 阪南工場第1期工事を完了し操業を開始
- [18]1971年4月 阪南工場第2期工事を完了し大阪工場を移転・閉鎖
- [19]1973年2月 大阪証券取引所市場第一部に指定
- [20]1978年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [21]1961年の大証2部上場から17年で東京・大阪両市場第一部(1961→1978=17年)
- [22]設立(1950)から28年で全国規模の上場油脂メーカーとなった(1950→1978=28年)