創業地東京都港区
創業年1971
上場年1989
創業者寺町博

新市場の前夜・市場創造発明・特許・学術シーズ起点独立系・個人創業1971年4月、寺町博氏が47歳で東京都目黒区に東邦精工株式会社を設立した。独自のニードルベアリングで日本トムソンを上場企業に育てながら、商品相場の失敗で社長を退いた寺町氏には、第二の創業だった。翌1972年のLMガイドは、ボールベアリングを直線運動に応用してすべり案内の摩擦を数十分の一に下げた直動案内部品で、当時その市場は存在しなかった。寺町氏は既存の市場で競うより、世になかった部品を自分で売り需要を一から起こす道を選び、1978年の米国工作機械メーカー採用で離陸させた。1984年に商号をTHKへ変更している。

技術・ブランドによる差別化/多角化大型M&A・経営統合多角化・事業拡張寺町氏が起こした直動案内の需要を、THKはM&Aで二つの事業に広げた。2007年に自動車部品のリズム株式会社を買収して輸送用機器事業に参入し、2015年にはTRWから欧州・北米のリンケージ&サスペンション事業を譲り受けた。直動案内のボール循環技術が球面案内に応用できるという技術の親和性から、産業用機器に輸送用機器を加える事業構造を選んだ。2018年12月期には連結売上高3,535億円・営業利益528億円と中期計画の3,000億円目標を上回り、産業用機器と輸送用機器の二事業で過去最高益となった。

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各ページの内容・分量・期間をまとめた一覧です。

決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ寺町博氏は1971年の「第二の創業」で直動案内という新しい市場を一から作ったのか
A 既にある市場で大手と競うより、世になかった部品の需要を自分で起こすほうが、一度失った信用と限られた資金のもとでも独自の競争力を築けたからである。寺町博氏は独自のニードルベアリングで日本トムソンを上場企業に育てたが、1970年の商品相場の失敗で社長を退いた。翌1971年に47歳で東邦精工を設立し、回転運動では普及していたベアリングを直線運動に応用したLMガイドを開発する。鋼球を線接触させて高荷重に耐える方式を他社に先がけて製品化し、1978年の米国大手工作機械メーカーへの採用で市場を立ち上げた
Q なぜTHKは2007年と2015年の買収で直動案内の専業から輸送機器事業へ広げたのか
A 直動案内で培ったボール循環の技術が、自動車のボールジョイントなど球面案内に応用でき、精密加工を要する自動車部品なら独自技術で戦えると判断したからである。THKは2007年に旧旭精工のリズムを子会社化して輸送用機器事業に参入し、2015年にはTRW Automotiveから欧州・北米のリンケージ&サスペンション事業を譲り受け、米加独チェコの4社を連結子会社化した。産業用機器に輸送用機器を加えた二本柱化により、2018年12月期には連結売上高3,535億円・営業利益528億円と過去最高益に達した
Q なぜ2024年就任の寺町崇史社長は「ものづくりサービス業」への転換とROE10%超を掲げたのか
A 機械要素部品の単品販売は世界シェアトップでも価格競争と設備投資サイクルの振れに晒され、稼働を支援するサービスで顧客に張り付くほうが収益の安定と資本効率を高められるからである。加えて、リズム・TRAで広げた輸送用機器事業の低収益が連結の資本効率を押し下げ、選択と集中が避けられなかった。THKはLMガイドにセンサーを付けて稼働を監視するOMNIedgeを立ち上げ、2024年に3代目の寺町崇史氏が社長に就任。2026年2月にROE10%超とDOE8%+機動的自己株取得を柱とする新経営方針を示した

歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く

1971年〜1997年 寺町博氏の第二の創業による直動案内という新市場の創造と海外展開

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

日本トムソンを去った寺町博氏の第二の創業

THKの源流は、創業者の寺町博氏が一度は社長の座を失った経験にある。寺町博氏は1924年生まれで、独自のニードルベアリングを武器に日本トムソン株式会社を上場企業へと育てた経営者だった[1][2]。ところが1970年7月、寺町博氏は個人会社である大一工業の名義で小豆の商品相場に投機し、相場の大暴落で約6億円の損失を出す[3]。さらに日本トムソンが大一工業へ営業目的で貸し付けた資金を投機に流用していたことが明るみに出て、上場企業の社長にあるまじき行為だとの非難が集中し、社長辞任に追い込まれた。当時の新聞は「商品相場で社長転落」と報じている[4]

指弾を浴びた寺町博氏は、しかし腐らなかった。翌1971年4月、寺町博氏は東京都目黒区に東邦精工株式会社を設立する[5]。47歳での再起であり、本人にとっては第二の創業だった[6]。辞任で味わった怒りと意地が再起のバネになったと、当時を伝える取材記事は記している[7]。会社の方から迎えに来ると考えていたがそうはならず、寺町博氏は誰も手をつけていない機械要素部品を自分で売り、その需要を一から起こす道を選んだ。既にある市場で競うのではなく、世になかった市場を自分の手で立ち上げるという発想であり、本人のモットーは「今を最善に」だった。

すべり案内を置き換えたLMガイドの線接触と市場の離陸

再起した寺町博氏が膨らませていた新製品の着想が、現在の主力であるLMガイドだった。1972年4月、東邦精工は主力製品となるLMガイドとボールスプラインの販売を開始する[8]。当時の機械の直線運動部はすべり案内が主流で、レールとブロックが面接触するため摩擦が避けにくく、NC装置向けには位置決め精度に難があった。鋼球を使うボールブッシュ方式はレールと点で接触するため、重い工作機械を載せるには強度が足りなかった。寺町博氏は鋼球がぴったりはまる溝をレールに刻んで線接触に変え、高荷重に耐える実用的なころがり方式の直動案内「LMガイド NSR・BC型」を他社に先がけて製品化した[9]。ボールブッシュ方式に比べ、荷重は13倍、寿命は2,210倍に達した[10]

1973年に本格発売を始めると、LMガイドはすべり摩擦の摺動面に比べて摩擦が桁違いに小さく、機械の位置決め精度を飛躍的に高める部品として機械技術者から大きな反響を呼んだ[11]。1978年に米国大手工作機械メーカーのマシニングセンターに採用されたことが評価を決定づけ、受注に弾みがついた[12]。LMガイドは工作機械・半導体製造装置・産業用ロボットの標準部品へと広がり、寺町博氏が一から起こそうとした直動案内の需要が現実のものになった。寺町博氏は後年、直動システムを回転用ベアリングに対する直線運動のベアリングと位置付け、自身が世界で初めて開発した、これから伸びる商品だと語っている[13]。似た製品を出す競合は現れたが、品質で戻ってくる顧客を背景に、THKの直動案内製品は高い市場シェアを保った。

LMガイドは発売後も改良が重ねられた。1981年には荷重を四方向で受けるHSRシリーズを発売し、レール上下の角に45度でボールが接触する設計と、レール6面を同時に切削する独自の加工装置によって、ねじれを伴う複雑な動きにも対応した[14]。後継のSHSでは樹脂製のリテーナーでボールを数珠つなぎにして接触を避け、精度を高めると同時に騒音を抑え、産業用にとどまらず民生機器への展開の可能性も開いた[15]。1999年時点で、THKのLMガイドは国内で約7割、海外で約6割の市場シェアを占めるに至った[16]

寺町博 当時・THK社長(直動システムによる市場創造について)
1990年ごろの当事者の証言
機械の運動は、回転運動と直線運動。そしてその2つの組み合わせの3パターンがあると考えていただいて結構です。一般に言うところのベアリングは回転運動の軸受けです。これは1世紀前に開発され、現在では9割ほど普及しています。直動システムというのは、直線運動のベアリングと考えてもらえばいいでしょう。直動システムは、私が18年前に世界で初めて開発したもので、回転用ベアリングに比べればこれから伸びる商品です。将来は現状に比べて30倍は成長できる分野だと思います。直動システムの特徴は機械の精度を高め、高速化を実現できる点です。省エネルギーにも役立つということで普及し出したのです。
寺町博 当時・THK社長(特許と市場シェアについて)
1990年ごろの当事者の証言
日本の場合は、相手が押さえた基本特許を無視して似たような商品を作ることが結構多い。半導体で実際に起きたように、日本メーカーは問題が起きたら後で話をつけて金を払えばいいという体質があります。直動システムでは5、6社のライバルが既にいます。しかし全く同じ商品は作れません。似せた商品はどこかに欠陥がありますから、一時的に注文が移っても、結局THKにお客さんは戻ってくる。その繰り返しが、直動システムで75%のシェアを占めている最大の理由です。

国内外への拠点拡張・店頭公開と寺町彰博氏への承継

市場が立ち上がるとともに、寺町博氏は製品群と生産・販売網を広げた。直動部品では1979年にボールねじ、1982年にXYテーブル、1987年にインテリジェントアクチュエータ、1998年にリニアモータと、直動部の運動制御に必要な周辺要素を相次いで製品化した[17]。海外では1981年3月に米国シカゴでTHK Americaを設立し、1982年10月には西ドイツ・デュッセルドルフにTHK Europe(現THK GmbH)を構えた[18]。国内でも山口工場・山形工場などLMガイド専用拠点を新設し、台湾・中国・アイルランド・オランダへも販売・製造の足場を順次配置した。1984年1月には商号をTHK株式会社へ変更する[19]。Toughness、High Quality、Know-howの頭文字を冠した社名であることは、後に寺町彰博氏が説明している[20]

1989年11月、THKは株式の店頭公開を果たした[21]。寺町博氏にとって株式公開は、需要が何十倍にも広がる世界市場でシェアを確保するための資金調達の手段だった。設備投資と海外販売網の拡張には個人資金では限界があり、開発投資に危険が伴う設備産業として、有利な資金調達の体制を整える必要があるというのが寺町博氏の考えだった[22]。創業時に日本トムソンから合流した部下へ将来の上場を約束していたとも伝えられる。店頭公開で得た資金と知名度を足場に、THKは直動案内の世界市場での地位を固めていった。

1997年、寺町博氏は社長を退き、長男の寺町彰博氏が第2代社長に就いた[23]。承継した時点のTHKは、LMガイドで世界シェアトップを握る直動案内の専業メーカーへ成長していた。寺町彰博氏は就任直後の1998年から2000年にかけて受注・生産・物流を見直す業務改革を進め、半導体や工作機械の需要変動に耐える体制づくりに取り組んだ[24]。寺町博氏は社長退任後も会長として経営に関わり、その後フジフューチャーズの代表を務め、2012年9月11日に88歳で死去した[25]。一度は社長の座を追われた創業者が、世になかった市場を一代で立ち上げ、世界トップへ育てた歩みだった。

寺町博 当時・THK社長(株式公開と資金調達について)
1990年ごろの当事者の証言
何十倍もの需要がある世界でシェアを確保していくには、相当の企業規模の拡大が必要です。設備投資から海外の販売網を広げるとか、とにかく手がいる。そのためには個人資金だけでは難しい。我々のような設備産業は新規開発投資に危険が伴いますから、できるだけ有利な資金調達が欠かせません。多少のロスがあっても十分にカバーできる資金の調達体制を整えておかないといけないのです。

1998年〜2017年 東証一部上場と輸送機器事業への業容拡大

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

半導体・FA需要の波に乗ったLMガイド事業の利益拡大

2001年2月、THKは東京証券取引所市場第一部に株式を上場した[26]。1989年の店頭公開から12年で一部市場入りを果たし、機関投資家からの資金調達範囲を広げた。同時期のLMガイド事業は半導体製造装置・工作機械・ロボットの設備投資サイクルに連動して業績を伸ばし、2004年3月期の連結売上高は1,192億円、2005年3月期には1,471億円へと急拡大した。経常利益も同2期で158億円、276億円と倍増ペースで増加し、上場直後の数年は半導体・FA関連の旺盛な需要を取り込んで業績を伸ばした。2008年3月期には連結売上高2,087億円・経常利益270億円とリーマンショック直前のピーク水準に到達した。

2000年代前半は海外拠点の整備も加速した。2002年10月にフランスのTHK France、[27]2003年8月に中国・上海のTHK(上海)国際貿易、[28]2004年3月に中国・無錫のTHK(無錫)精密工業、[29]2005年2月の遼寧、同年9月の中国統括会社THK(中国)投資有限公司と、[30]中国市場での販売・製造・統括の3層を順次設けた。2006年12月にはシンガポールにTHK LM SYSTEMを設立し、[31]東南アジア向けの拠点を加えた。LMガイドのアフター需要を含めた現地サポート体制を、機械装置の主要市場ごとに自前で持つ方針が貫かれた。

リズム買収による輸送機器事業への参入と二本柱化

2007年5月、THKはリズム株式会社(旧旭精工、後にTHKリズム)の株式を取得し、同社グループを子会社化した[32]。リズムは自動車のステアリング・サスペンション用ボールジョイント・タイロッドエンドを主力とする部品メーカーで、THKにとっては産業機器中心の事業構造に輸送機器事業を加える業容拡大だった。直動案内のコア技術がボールジョイント等の球面案内に応用可能であり、自動車部品の中でも精密機械加工を要求される品目で技術親和性が高いと判断された買収だった。2007年7月にはタイ・ラヨーン県にTHK RHYTHM(THAILAND)、[33]2008年9月にはベトナム・バックニン省にTHK MANUFACTURING OF VIETNAMを設立し、[34]自動車部品サプライチェーンに必要な東南アジア生産拠点を整えた。

セグメント区分は2008年3月期から「産業用機器関連事業」と「輸送用機器関連事業」の2区分に変更され、同期時点で産業用機器1,683億円・輸送用機器404億円という構成だった。輸送用機器は買収直後から赤字基調(2008年3月期で-22億円、2009年3月期で-45億円)に置かれ、リーマンショック後は両事業ともに減収となった。2009年3月期の連結売上高は1,792億円と前期比14%減、続く2010年3月期は1,153億円と前期比36%減で経常損失88億円・当期純損失143億円を計上した。リーマン後の急回復で2010年代に入ると業績水準は反転し、2011年3月期には連結売上高1,906億円・経常利益216億円まで戻している。

TRW買収によるグローバル輸送機器体制の完成

2015年8月、THKはTRW Automotive(現ZF Friedrichshafenグループ)から欧州・北米における「リンケージ アンド サスペンション(L&S)事業」を譲り受けた[35]。譲渡対象には米国・カナダ・ドイツの製造拠点と、チェコのTRW-DASが含まれ、THK RHYTHM AUTOMOTIVE MICHIGAN・CANADA・GmbH・CZECHの4社として連結子会社化した[36]。リズム買収から8年を経て、輸送機器事業のグローバル供給網が一気に拡張された買収だった。2014年に始動した中期経営計画で掲げた「売上高3,000億円・営業利益率20%超」の長期目標に向けて、[37]リズム+TRA体制での自動車部品グローバル展開を成長戦略の柱に据える経営判断だった。

2017年10月にはTRAホールディングス株式会社を東京都港区に設立し、本社も同年同月に港区芝浦に移転した[38]。THKは2017年に決算期を3月期から12月期へ変更し、移行期の2017年12月期は9カ月の変則決算となった[39]。決算期変更は、IFRS適用済みの海外子会社の決算期に合わせてグローバル連結経営の整合性を取る判断によるものだった。2018年12月期の連結売上高は3,535億円・営業利益528億円と、[41]中期計画で掲げた3,000億円目標を上回る水準に到達した[40]。リズム+TRAの輸送機器グローバル体制が業績の上乗せ要因となり、CASE(Connected・Autonomous・Shared・Electric)の追い風のもとで相互販売・生産連携を加速させていった。

2018年〜2025年 コロナ・米中摩擦下の構造改革と寺町崇史氏への承継

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

2020年輸送機器減損とコロナ禍の損益悪化

2018年から2020年にかけて、THKの業績は急上昇から急降下への振幅を経験した。2018年12月期の連結営業利益528億円・純利益354億円の過去最高水準から、[42]2019年12月期は米中貿易摩擦の影響で受注減速に転じ、営業利益183億円・純利益96億円へ後退した[43]。続く2020年12月期はコロナ禍と並行して連結売上高2,190億円・営業損失85億円・純損失100億円と赤字決算となり、[44]輸送機器事業の減損損失と構造改革費用94億円を計上した[45]。輸送機器セグメントを軸とした連結赤字は、リズム・TRA体制の収益性が想定どおりに立ち上がらなかったことを示していた。

寺町彰博社長は2020年8月の取材で、緊急時こそ最初からベストを求めず、より良い選択肢を一つずつ積み上げる試行錯誤が必要だと強調した[46]。当時の連結業績の悪化に対しては、北米輸送機器事業の構造改革と、コア事業である産業機器の能力拡張投資(山口の新工場は2020年11月に稼働)を並行して進める方針が打ち出された[47]。2021年12月期はコロナ後の急回復を受けて連結売上高3,182億円・営業利益303億円と前期比黒字転換し、[48]続く2022年12月期も連結売上高3,937億円・営業利益345億円とリズム+TRA体制の効果が表れたが、輸送機器事業の構造的な収益課題は残った。

サミックTHK減損とOMNIedgeが開くものづくりサービス業への転換

2022年12月期決算では、韓国の持分法適用関連会社サミックTHK株式会社に関連する減損損失を計上し、[49]輸送機器セグメントの業績がさらに悪化した。2023年12月期には連結売上高3,519億円・営業利益237億円・純利益184億円と前期から減速し、2023年度は調整が続くとしつつ、中長期のマーケット拡大という見方は維持された。同時期、THKは産業機器サービス事業の新領域として「OMNIedge」を立ち上げていた。OMNIedgeはLMガイド・ボールねじにセンサーを取り付けて稼働状態を常時監視するIoTサービスで、[50]寺町彰博社長は機械要素部品を安心して使ってもらうための稼働支援サービスと位置付け、ロボットのメンテナンスまで含めた仕組みの提供を志向した。機械要素部品の単品販売から、稼働支援サービスを含む事業モデルへの転換が始まった。

OMNIedgeの背後には、寺町崇史氏が後年に語った事業観がある。物だけでなくサービスという新しい軸がなければカバーできない領域が増えているという認識である[51]。寺町崇史氏は寺町彰博氏の実子で、入社前は同社に入る意思を持っていなかったと振り返るが、最終的には社長というポジションの希少性に魅力を感じて入社を決めたと述べている[52]。父・寺町彰博氏から入社時には、自分が幸せにならないと周りも幸せにできないという言葉を受けたとも紹介している[53]。創業3代目への承継準備が、OMNIedgeのサービス事業立ち上げと並行して進行していた。

2024年寺町崇史社長就任と「ROE10%超」の新経営方針

2023年11月15日、THKは寺町崇史氏を2024年1月1日付で新社長に充てる人事を発表した[54]。寺町彰博氏は代表取締役会長CEOへ移り、社長交代は1997年の寺町博氏退任以来27年ぶりとなった[55]。寺町崇史新社長は就任後の取材で、社内的にはもう「国内」という言葉の使用をやめており、世界において日本はあくまで拠点の1つに過ぎないとの認識を示し、[56]ものづくりサービス業への転換を自身の命題に据える方針を明示した。同時期の統合報告書では、ものづくりサービス業への転換、PMVV策定、人的資本の重視が強調された。

2026年2月12日の決算説明会で、THKは新経営方針を提示し、ROE10%超の早期実現を中期目標として設定した[57]。同方針では新PMVV策定、輸送機器の選択と集中、産業機器の聖域なき構造改革、DOE8%+機動的自己株取得を掲げる株主還元方針が示された。2025年12月期の連結業績は売上高2,404億円・営業利益144億円・親会社株主に帰属する当期純損失699億円となり、輸送機器事業の組み替え・構造改革に伴う費用計上が反映された。リズム買収から19年、TRA買収から10年を経て、輸送機器事業を選択と集中で再編する段階に入った。寺町崇史社長は企業にとって最も大切な資産は人であるとの考えを示し、作って終わりではなく普及させるところまでをミッションと位置付ける事業観を語っている[58]

1971年に寺町博氏が個人で立ち上げた直動案内市場の創造から55年、THKは創業者の長男・寺町彰博氏のもとで世界シェアトップの地位を固め、3代目の寺町崇史氏のもとで「ものづくりサービス業」への業態転換を進めている[59]。世になかった部品を自分で売り需要を起こした創業の発想は、製品を納めて終わりにせず稼働支援まで担うサービス事業のなかに引き継がれている。一方で、リズム・TRA買収で広げた輸送機器事業は収益が安定せず、選択と集中による再編が課題として残った。LMガイドという単一製品で世界市場を作った会社は、輸送機器の再編、産業機器のサービス事業化、ROE10%超という資本効率の3つの軸で次の経営フェーズに向き合っている。

出典

日経ビジネス 日経BP 1990年02月
日刊工業新聞 2012年09月
経済界ウェブ 2020年08月03日
ニュースイッチ 2021年03月09日
財界オンライン 2021年12月06日
電波新聞デジタル 2022年01月03日
日本経済新聞 日本経済新聞社 2023年11月15日
日刊工業新聞 2023年11月16日
robot digest 2024年05月08日
日本物流新聞 2024年06月12日
財界オンライン 2024年09月06日
FY25決算説明会 2026年02月12日
日刊工業新聞 2026年02月17日

API for AI Agents — 静的アセットのJSONで取得可能。API実行の認証不要

Method Path 概要 THK(証券コード6481)のURL API仕様書
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