ミスミの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
1963年〜2022年
歴史概要
確実な納期を付加価値とした「時間戦略」に特色。駿河精機の買収により製造機能と海外事業を強化
1963年
東京都千代田区にて三住商事を設立
設立
1973年
愛知県日進に営業所を新設
トヨタとの取引強化
1977年
プレス金型用標準部品カタログを創刊
1994年
東京証券取引所第2部に株式上場
上場
1998年
東京証券取引所第1部に株式上場
上場
2002年
三枝匡が社長就任
実質創業者の田口弘氏は退任
2003年
中国への本格進出
2004年
駿河精機と経営統合(買収)
2010年
EC事業に参入
歴史概要 1963年〜2022年

確実な納期を付加価値とした「時間戦略」に特色。駿河精機の買収により製造機能と海外事業を強化

1963
東京都千代田区にて三住商事を設立

ベアリング等の販売を開始。1965年からは金型部品「ノックピン」を発売し、金型部品の取扱いが特色に

1973
愛知県日進に営業所を新設。トヨタとの取引強化

トヨタ自動車及びトヨタ系の企業との取引を強化するために、豊田市に隣接する愛知県日進市に中部営業所を新設。トヨタとの取引関係が、企業としてのミスミの信頼構築につながった。

1977年
プレス金型用標準部品カタログを創刊
1994年
東京証券取引所第2部に株式上場
1998年
東京証券取引所第1部に株式上場

2002
三枝匡が社長就任。実質創業者の田口弘氏は退任

世代交代のため、実質創業者の田口弘がミスミの社長を退任し、経営改革で定評のあった三枝匡氏が社長に就任した。三枝氏は、ボストンコンサルティンググループを経て、コマツなどの改革に従事しており、V字回復のプロ経営者とも知られていた。

2003
中国への本格進出

中国メーカーの台頭を受けて、ミスミは自ら中国進出を決断。社内で「突撃計画」を策定し、1年で物流拠点、コールセンター、情報システム、カタログ発刊準備、現地中国人の採用などを目標とし、短期間で中国事業の立ち上げを試みた。

2004
駿河精機と経営統合(買収)

海外展開に備えて、駿河精機を経営統合(買収)して製造機能を内製化した。目的は(1)海外展開の積極化と、(2)製造現場の生産性を改善するモデルを作り込むことであった。ミスミは、従来通りに国内協力工場に対して製造を発注しつつも、製造現場の改善案を提案することで、サプライチェーン全体の効率化を目論む。駿河精機の買収により、ミスミは商社から「メーカー機能を持つ商社」に転身する。

三枝匡の発言(2007年・当時社長)

駿河精機と経営統合、有り体に言っちゃえば買収なんですけど、したきっかけは海外展開なんです。ミスミはメーカーさんを何百社と組織化しているんですけど、ほとんどが中小企業なんですよ。海外展開をしようと思っても、一緒に付いていく体力のないところばっかりです。海外で「創って、作って、売る」をきちんとやるために、手始めに駿河さん、当時、ミスミの中では最大の協力メーカーだったんですけど、そこと一緒になったということですね。

2007/12日経情報ストラテジー

2010
EC事業に参入

自社ブラント及び他社ブランドを取り扱うEC事業を開始し、流通事業に参入した。従来のミスミは自社製品(協力会社から仕入れ)のみの取り扱いであったが、他社製品も取り扱うことで業容の拡大を目論む

159社の歴史を、その日の気分で調べています。