1970〜2022
売上高: 億円
■単体 | ■連結
3661億円
2022.3 | 売上高
売上高_当期純利益率: %
○単体 | ○連結
375億円
2022.3 | 当期純利益
1963 02月
会社設立

三住商事を設立

大手財閥に匹敵する会社を作るため、高校時代の同級生3名でミスミを創業。水道栓の販売ビジネスを志向するが頓挫し、金型用部品の商社に業態転換

A氏・B氏・田口弘氏の3名で共同創業

ミスミの創業者は一般的に開示されていない。創業の経緯は、高校時代の同級生3人が独立起業のために会社を設立したことに始まる。3名のなかに、田口弘氏が専務として参画しているが、設立当時は社長ではなかった(田口氏は1969年12月に社長就任)。

事業面においても金型用品や流通革命とは無縁であった。祖業は、伊藤忠商事が取り扱う「高周波自動水洗機」を販売するビジネスであった。だが、独自性はなく、商品の品質が安定しなかったことから頓挫している。

三住商事の会社設立

1963年2月に三住商事株式会社を東京都千代田区にて設立した。社名の由来は「三井・三菱・住友」を凌駕する企業を作るために、総合商社の名前に由来した社名とした。

水洗機から金型用品に転換

祖業の自動水洗機は品質が安定しなかったため、事業は軌道に乗らなかった。このため、三住商事は、共同創業者のうち一人が金型部品の業界に詳しかった(起業前に勤務経験あり・企業名不明)という経緯から、金型部品の商社に着目した。

顧客からベアリング部品の「ニードルローラ」だけ欲しいというニーズ(金型の位置決定にノックピンとして使用)を聞き出し、需要があると判断した。金型用品は、1965年に参入して田口弘氏が担当し、三住商事は業態転換をスタートさせた。

1963年02月
自動水洗機の取扱いを開始
1965年
金型用品の取扱いを開始
田口弘氏
この会社は友人3人で始めたものです。3人でやったから、あるいは、三井、三菱、住友の頭文字をとったという具合で、それほど大きな意味は持っていません。まあ、適当なことが許されたんですよね。あの頃は・・・。 最初に手掛けたのが、伊藤忠商事が発売した高周波利用の自動水洗機ですが、水が出っ放しだったりして、故障が多く、ギブアップしました。
まとめ
高校時代の友人3人で起業。伊藤忠の代理店ビジネスを立ち上げるが頓挫
1963〜1968
売上不明
■単体 | ■連結
利益率不明
○単体 | ○連結
まとめ
流通革命を加速するために「カタログ販売」を開始。定価販売・納期厳守で信頼を獲得
1977〜2001
売上高: 億円
■単体 | ■連結
560億円
2001.3 | 売上高
売上高_当期純利益率: %
○単体 | ○連結
35.5億円
2001.3 | 当期純利益
2002
創業

三枝匡が社長就任。実質創業者の田口弘氏は退任

世代交代のため、実質創業者の田口弘がミスミの社長を退任し、経営改革で定評のあった三枝匡氏が社長に就任した。三枝氏は、ボストンコンサルティンググループを経て、コマツなどの改革に従事しており、V字回復のプロ経営者とも知られていた。

2003
海外展開

中国への本格進出

中国メーカーの台頭を受けて、ミスミは自ら中国進出を決断。社内で「突撃計画」を策定し、1年で物流拠点、コールセンター、情報システム、カタログ発刊準備、現地中国人の採用などを目標とし、短期間で中国事業の立ち上げを試みた。

2004 10月

駿河精機と経営統合(実質買収)

海外展開に備えて、上場企業だった駿河精機を経営統合(実質的にミスミによる買収)して製造機能を内製化した。2004年3月期の駿河精機は売上高139億円・純利益3.7億円。株式交換のため経営統合のため、キャッシュアウトはほぼなし。ミスミとしては持たざる経営からの大きな転換で、メーカー機能を内製化することを意味した。

目的は(1)海外展開の積極化と、(2)製造現場の生産性を改善するモデルを作り込むことであった。ミスミは、従来通りに国内協力工場に対して製造を発注しつつも、製造現場の改善案を提案することで、サプライチェーン全体の効率化を目論む。駿河精機の買収により、ミスミは商社から「メーカー機能を持つ商社」に転身する。

買収PJの責任者は高家正行氏が担当した。ところが、経営統合から1年で駿河精機の某責任者がやめるなどPMIに苦戦。高家氏が駿河精機の金型事業部長に就任し、PMIを成し遂げるべく奔走した。

2004年10月
駿河精機との経営統合を発表
2005年04月
ミスミグループ本社を発足(統合完了)
2007年11月
関西生産パークを新設
40億円
新設投資額
三枝匡の発言(2007年・当時社長)
駿河精機と経営統合、有り体に言っちゃえば買収なんですけど、したきっかけは海外展開なんです。ミスミはメーカーさんを何百社と組織化しているんですけど、ほとんどが中小企業なんですよ。海外展開をしようと思っても、一緒に付いていく体力のないところばっかりです。海外で「創って、作って、売る」をきちんとやるために、手始めに駿河さん、当時、ミスミの中では最大の協力メーカーだったんですけど、そこと一緒になったということですね。
2007/12日経情報ストラテジー
2008 10月

三枝氏が会長就任。高家正行氏が社長就任

三枝氏と高家氏がCo-CEOとして代表業務を担当

2010
新規事業

EC事業に参入

自社ブラント及び他社ブランドを取り扱うEC事業を開始し、流通事業に参入した。従来のミスミは自社製品(協力会社から仕入れ)のみの取り扱いであったが、他社製品も取り扱うことで業容の拡大を目論む

2010 03月
業績低迷

2期連続の減益。リーマンショックの影響

まとめ
三枝氏が社長就任。グローバル展開のために駿河精機の買収(経営統合)を決断
2002〜2010
売上高: 億円
■単体 | ■連結
891億円
2010.3 | 売上高
売上高_当期純利益率: %
○単体 | ○連結
38.8億円
2010.3 | 当期純利益
2011 10月
海外展開

東南アジアで生産拠点を拡充

2005年07月
駿河ベトナム第2工場を竣工
2005年10月
駿河タイ工場を新設
2007年02月
駿河韓国工場を新設
2011年10月
駿河インド工場を新設
2011年10月
駿河ベトナム第3工場を竣工
2015年10月
駿河ベトナム第4工場を竣工
2012 10月

Connell Industrial Tool社を買収

米国の金型部品メーカーの買収を決定し、同社の株主(投資ファンド)から株式100%を164億円で取得。北米自動車メーカー(ビッグ3)との取引がある企業であり、米国の製造業向けの顧客開拓を目論む。

PMIにはミスミの高家社長も関与。買収先企業の経営陣に経営プランを提出させ、6ヶ月で統合作業の完了を目指した。

2014 06月

CEO交代(三枝氏→大野龍隆氏)

三枝CEO(当時69歳)は退任を決定。大野氏がCEOに就任

2019 03月
業績好調
海外展開

9期連続の増収。海外展開が軌道へ

2010年代を中心に、中国を中心とした海外展開で増収を確保。納期厳守による付加価値をグローバル展開でも訴求

まとめ
リーマンショック後の苦境を乗り越え、グローバル展開で増収増益へ
2011〜2023
売上高: 億円
■単体 | ■連結
売上高_当期純利益率: %
○単体 | ○連結