第一三共 の歴史

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創業 2005年
創業地 東京都中央区日本橋本町
創業 2005年9月28日、三共と第一製薬が株式移転で共同持株会社・第一三共を設立し、
2005年9月28日、三共と第一製薬が株式移転で共同持株会社・第一三共を設立し、東京・大阪・名古屋の各証券取引所第1部へ上場した。三共の主力メバロチンは国内特許が切れ、米国特許も2006年4月に迫る端境期にあり、単独では新薬の開発費も世界の販売網も抱えきれないという危機感が両社を近づけた。いきなり合併するのではなく、持株会社を先に置く2段階方式を採り、2007年4月に両社を吸収合併して一体の事業会社へ移した。ただし統合初年度の売上高9259億円は、吸収合併を終えた2008年3月期には8801億円へ縮んでいる。
決断 特許切れで空く穴を、外から買収するか自前で育てるかの間で選び直してきた。2008
特許切れで空く穴を、外から買収するか自前で育てるかの間で選び直してきた。2008年にはインドの後発薬最大手ランバクシーを約4900億円で買収し、新薬と後発薬を並べる複眼経営を掲げた。だが買収を決めた直後に米当局がインドの2工場へ対米禁輸を科し、2009年3月期は株式評価損3595億円を含む特別損失で2155億円の純損失に沈む。2015年にはその複眼経営を捨ててがんへ絞り、株式売却で得た資金を社内で温めていた抗体薬物複合体へ充当した。買収で得た棚を売却し、自前の技術へ寄せる転換で、2023年に社長となった奥澤宏幸氏は全社買収をやめ、必要な技術だけを製品単位で取得する形へ改めた。
現況 自社で創った抗体薬物複合体エンハーツが、現在の最大の収益源である。2019年にア
自社で創った抗体薬物複合体エンハーツが、現在の最大の収益源である。2019年にアストラゼネカと提携し、日本を除く全世界で売上ではなく利益と費用を折半し、製造と供給は自社が担う設計を選んだ。2020年に米国で上市したエンハーツ関連の売上収益は2025年3月期に6,514億円と、全社1兆8862億円の3割強に達する。2026年3月期の売上収益2兆1230億円は統合時の中期目標1兆円の二倍だが、営業利益は前期の3319億円から2291億円へ減少した。並行して2026年4月には市販薬子会社を2465億円でサントリーホールディングスへ譲渡し、市販薬の安定収益をがんへの集中と引き換えに手放した。
競合 もはや国内の規模を争う会社ではない。2005年の発足は、山之内製薬と藤沢薬品工業
もはや国内の規模を争う会社ではない。2005年の発足は、山之内製薬と藤沢薬品工業がアステラス製薬をつくったのと同じ年に起きた国内再編の一つで、当時の争点は国内での規模の位置取りだった。市販薬でも2006年にアステラス製薬からゼファーマを買収し、翌年に第一三共ヘルスケアへ統合している。だがその市販薬を売る判断は武田薬品工業が大衆薬事業を投資ファンドへ売却した2020年より6年遅い。海外大手との組み方も分かれ、中外製薬がロシュへ経営権の過半を渡して世界の販路を得たのに対し、第一三共は経営権を渡さず、製品ごとに利益と費用を折半する提携で世界へ出た。競争の焦点は国内の売り場ではなく、自社が創ったADCを世界のどの大手とどう組むかに移っている。
長期業績の推移 2005〜2026年
第一三共:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
2006年3月期〜2026年3月期

第1章 2005-2013 (気が向いたら執筆します!) 三共と第一製薬の統合による第一三共の発足とランバクシー買収、初の純損失

第2章 2014-2018 (気が向いたら執筆します!) アンビット買収とランバクシーからの撤退、眞鍋淳社長の就任

第3章 2019-2026 (気が向いたら執筆します!) アストラゼネカとのエンハーツ提携に始まるADCの躍進とヘルスケア子会社の譲渡

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歴史年表 2005〜2026年

第一三共の沿革2005〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
2005〜2013年三共と第一製薬の統合による第一三共の発足とランバクシー買収、初の純損失庄田隆国内2社の対等な結合による第一三共の誕生と、単独路線の放棄

2005年9月28日、三共と第一製薬が商法第364条に定める株式移転を行い、両社を完全子会社とする共同持株会社「第一三共」が発足した。交付した株式は普通株式735,011,343株、資本金は500億円、資本準備金は1兆833億49百万円。 2007年4月1日には持株会社が両社を吸収合併し、医療用医薬品事業を自ら営む事業会社へ移った。合併ではなく持株会社を先に置く、二段構えの統合である。

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庄田隆三共・第一製薬を吸収合併★★
庄田隆買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行

2008年6月11日、第一三共はランバクシー・ラボラトリーズの議決権保有割合を50.1%以上とする取引について、同社および創業家一族と合意した。株式取得を完了したのは同年11月7日で、取得した議決権比率は63.92%、取得原価は4,883億54百万円にのぼる。 新薬と後発薬、先進国と新興国の双方を手がける「複眼経営」を庄田隆社長が掲げ、その最初の一手として打たれたクロスボーダー買収である。

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庄田隆初の純損失計上★★
庄田隆第一三共エスファを設立★
中山讓治中山讓治氏が社長に就任★
中山讓治北里第一三共ワクチンを設立★
中山讓治プレキシコンInc.を子会社化★
中山讓治ジャパンワクチンを設立★
2014〜2018年アンビット買収とランバクシーからの撤退、眞鍋淳社長の就任中山讓治アンビット・バイオサイエンシズCorp.を子会社化★
中山讓治複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中

2015年、第一三共は複眼経営の看板だった海外後発薬事業から完全に退き、新薬、なかでもがん領域へ経営資源を絞り込む方針へ転換した。3月にインドのサン・ファーマシューティカル株を全売却してランバクシーとの縁を断ち、同年、中山讓治社長兼CEOが新薬回帰を明言、年末には"がんに強い会社"への転身を打ち出した。

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眞鍋淳眞鍋淳氏が社長に就任★
眞鍋淳北里第一三共ワクチンを完全子会社化★
眞鍋淳第一三共バイオテックを設立★
2019〜2026年アストラゼネカとのエンハーツ提携に始まるADCの躍進とヘルスケア子会社の譲渡眞鍋淳提携相手と組んだエンハーツの世界展開と、がん事業への転換

自社創製のADC「DS-8201(エンハーツ)」を単独ではなくアストラゼネカと日本を除く全世界で共同開発・商業化し、利益と費用を折半することで、開発の速さと世界市場への到達を得て、がん事業を次の主力事業に据えた提携

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眞鍋淳ジャパンワクチンを解散★
奥澤宏幸奥澤宏幸氏が社長に就任★
奥澤宏幸Merck(Merck & Co., Inc.)と戦略的提携★★
奥澤宏幸エンハーツ等が牽引しコア営業利益1953億円に急拡大★
奥澤宏幸第一三共エスファを持分法適用関連会社化★★
奥澤宏幸ダトロウェイ(Dato-DXd)日本承認取得★
奥澤宏幸ダトロウェイ米国承認取得★
奥澤宏幸販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退

2026年3月31日の取締役会決議を経て、第一三共は4月15日、市販薬(OTC)を手がける連結子会社・第一三共ヘルスケアの全株式をサントリーホールディングスへ譲渡する契約を締結した。譲渡価額は合計2,465億円(予定)で、2026年6月に所有株式の30%を渡すのを皮切りに、2029年6月までに三度に分けて譲渡を完了する。

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出典・参考

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