1923年に大阪で山内健二が創業した薬種商・山之内薬品商会は、道修町の薬種流通を出自としながら、1949年の東京・大阪両取引所上場と焼津・高萩・西根・筑波の国内拠点拡張を通じて全国規模の医療用医薬品メーカーへ育った。1986年にはアイルランド進出で欧州市場への足場も築いている。2005年4月、同じく大阪発の藤沢薬品工業と対等合併してアステラス製薬が発足し、武田薬品に次ぐ国内2位級メガファーマが生まれた。合併の狙いは、山之内の泌尿器・循環器と藤沢の免疫抑制剤プログラフという重複の小さいパイプラインを束ね、研究開発と海外販売を世界水準に引き上げることにあった。2008年には開発本社機能を米国に置き、国内統合で終わらせない姿勢を示した。
転機は2010年のOSIファーマシューティカルズ約4000億円買収だった。OSIから取り込んだ前立腺がん治療薬XTANDIは世界各国で去勢抵抗性前立腺がんの標準治療として承認を獲得し、2015年3月期には売上1兆3727億円・純利益1936億円という合併以来の最高益を記録する。しかし2017年に就任した安川健司は「自前主義では勝てない」と外部導入路線を加速し、2020年のオーデンテス買収で取り込んだ遺伝子治療AT132の開発遅延、2023年のIVERIC bio約8000億円買収、相次ぐ開発中止が重なり、2024年3月期の純利益は170億円まで落ち込んだ。岡村直樹体制は連続買収で積み上げたパイプラインを、量から質への転換で立て直そうとしている。
歴史概略
1923年〜2004年大阪の薬種商から国内製薬上場会社へと事業基盤の拡充
山之内薬品商会の創業と全国展開の足場
1923年4月、山内健二が大阪市で山之内薬品商会を創立した。当時の大阪は道修町を中心に薬種商が集積する日本の医薬流通の中心地で、江戸期以来の問屋機能と近代製薬の双方が交差する町であった。同社もその系譜のなかで医薬品の卸と製造に着手し、関東大震災後の国内医薬品需要の高まりのなかで、徐々に取り扱い品目と顧客先を広げていった。1939年3月には資本金18万円で株式会社へ改組し、翌1940年10月に山之内製薬株式会社へ商号を変更している。薬種商から近代的な製薬会社へ脱皮する節目であり、戦時統制下で医薬品供給の担い手として組織を整える契機ともなった。大阪の地場卸から全国規模の製薬会社へ向かう準備期に当たる時期である。
戦後復興期の1949年5月、東京・大阪両証券取引所に上場した。上場で得た資金は研究開発と工場設備への投資に向けられ、全国規模の医療用医薬品メーカーへ拡大する基盤となった。大阪を本拠にしながら東京市場での資金調達にも踏み込んだ点に、地場の薬種商を超えていく経営の意図が読み取れる。同社はこの時期に処方薬中心の事業構造を固め、医療機関向け販売網の整備と循環器・泌尿器領域での自社品開発を並行して進めた。戦後復興期の国民皆保険制度の整備と医療用医薬品市場の拡大を追い風に、高度経済成長期には同業との競争のなかで自社品比率を高めた。戦後十数年で、大阪発の薬種商は全国の医療機関と取引する上場製薬会社へと姿を変えた。
焼津・高萩・西根・筑波 ── 製造と研究の国内多拠点化
1968年11月に静岡県の焼津工場(製剤)が完成し、続いて1974年11月に茨城県の高萩工場(合成)、1987年5月に岩手県の西根工場(製剤)が稼働した。原薬合成と製剤を地理的に分散させることで、医療用医薬品の品質保証要件と、国民皆保険下での需要拡大に対応する生産体制を整えた。合成・製剤それぞれの工程特性に合わせた拠点設計は、当時の国内大手製薬各社が共通して進めていた近代化投資の一環でもあった。1989年3月には筑波研究センターを開設し、東京近郊に研究機能を集約した。創薬研究と国内大量生産を多拠点で並走させる体制が、高度経済成長期から1980年代末にかけての20年あまりで形を整えた。
並行して海外進出も始まった。1986年4月にアイルランドに山之内アイルランドCo.,Ltd.を設立し、欧州での製造・販売拠点を持った。当時の日本の中堅製薬会社にとって、アイルランド進出は税制と欧州市場アクセスの両方を意識した先行投資であり、国内専業から国際企業へ向かう布石となった。山之内は1990年代を通じて循環器・泌尿器領域で国内有力ポジションを築き、前立腺肥大症治療薬のハルナールが国内外で看板品となる。泌尿器という地味ながら安定した領域で世界市場に食い込む戦略が、合併後のがん領域投資への素地ともなった。合併前夜には連結売上5000億円規模の上位製薬会社へ成長し、藤沢との対等合併を成立させる体力を備えていた。
藤沢薬品との合併 ── 大阪発の二社統合という選択
2005年4月、山之内製薬は同じく大阪発の藤沢薬品工業と合併し、アステラス製薬として発足した。藤沢は免疫抑制剤プログラフを軸に世界的な移植医療領域を持ち、山之内は泌尿器・循環器を強みとしており、両社の重複は小さくパイプラインの補完性が大きかった。日本の製薬業界では塩野義・三共・第一の再編議論が並行して進み、薬価改定の圧力と欧米メガファーマとの研究開発競争が同時に強まるなかで、業界全体が規模の追求へ傾きつつあった。武田薬品に次ぐ国内2位級メガファーマの誕生は、大阪の地場二社が合流して世界市場に挑む象徴的な選択として受け止められた。
合併後はアステラス東海(2005年4月、製剤)、アステラスファーマケミカルズ(2006年4月、原薬)といった国内製造子会社を相次ぎ設立し、両社の重複拠点を機能別に再編した。初代社長の竹中登一は山之内・藤沢両出身者の融合を進め、2008年4月には米国にアステラスファーマグローバルディベロップメントを設置し、開発本社機能を米国に置く体制を選んだ。当時の日本の大手製薬にとって、米国を開発の中心に据えるという判断は極めて踏み込んだ人事・組織決定であった。合併を国内統合で終わらせず、研究開発の重心を米国市場の中に持ち込んだ点に、単なる規模追求を超える経営の意志がうかがえる。
2005年〜2016年合併と海外がん事業への賭けと事業基盤の拡充
アジェンシス、OSI ── がん領域への連続買収
合併直後からアステラスはがん領域への投資を加速した。2007年12月に米バイオベンチャーのアジェンシスを買収して抗体医薬の開発拠点を獲得し、2010年6月にはOSIファーマシューティカルズを約4000億円で買収する。OSIは肺がん治療薬タルセバを擁し、合併後のアステラスにとって最大級のクロスボーダー買収となった。OSI買収を通じて、前立腺がん治療薬XTANDI(エンザルタミド)を中核資産として取り込み、それまで泌尿器・移植が中心だった事業構成を、がん領域へ大きく傾けた。大阪発の製薬会社が、米国市場を主戦場とするがん企業へ形を変えつつあった時期の象徴的な判断でもあった。
OSI買収の直後にあたる2010年6月、野木森雅郁から畑中好彦へ社長が交代した。合併初代の竹中・野木森ラインから2代目への移行は、グローバル化の遂行を担う世代交代であり、大型買収直後の統合実務を、研究開発出身の畑中が引き受ける形になったという意味合いもあった。畑中体制では、2008年以降に設立したインド・ブラジル・オーストラリア・シンガポール・マレーシア各国の販売子会社網を本格稼働させ、それまで卸や代理店経由が中心だった海外販売を、自社直販体制として新興国まで広げた。海外売上比率は高まり、米国と欧州を中核とする収益構造への移行がこの数年間で進む。
XTANDIが牽引した最高益と次の種
OSI由来のXTANDIは去勢抵抗性前立腺がんの標準治療として世界各国で承認を獲得し、合併後のアステラスの収益を一段押し上げた。2012年3月期に売上収益9698億円だった連結業績は、IFRS移行後の2014年3月期に1兆1399億円、2015年3月期には1兆3727億円・親会社の所有者に帰属する当期利益1936億円へ拡大し、合併以来の最高益を記録する。泌尿器領域で長年培ってきた販売体制が、同じ前立腺領域のXTANDIと相性よく噛み合い、米国市場における立ち上げの速さを支えた面もあった。XTANDIが米国・欧州で順調に伸びたことで、合併直後から積み上げてきた海外開発投資はようやく回収局面に入り、合併の成果が定量的に現れ始めた時期となった。
ピーク収益に達するのと前後して、次の種も播かれていた。2013年10月に米Amgenとの合弁アステラス・アムジェン・バイオファーマが業務を開始し、抗体医薬を中心とするバイオ医薬分野への本格参入を狙った。2016年2月には米オカタセラピューティクスを買収して眼科の細胞医療研究に参入し、同年12月には独ガニメドファーマシューティカルズを買収してClaudin18.2標的のゾルベツキシマブを取り込んでいる。低分子創薬中心だった山之内時代の延長線ではなく、バイオ医薬・細胞医療・抗体医薬という異なる技術の組み合わせを短期間で揃えた点に、XTANDI依存からの脱却への危機感がにじんでいた。眼科とがん抗体医薬という、のちの重点領域の起点がこの時期に揃っている。
「自前主義では勝てない」 ── 安川体制の発足
2017年5月にはベルギーのオジェダSAを買収し、女性ヘルス領域(子宮内膜症治療薬)の基盤を獲得した。同年6月、畑中好彦から安川健司へ社長が交代する。研究開発出身で、これまで合併後の統合と海外展開を最前線で担ってきた世代が経営の中心に立つ形となった。安川は就任後の取材で「自前主義では勝てない。外部のイノベーションを取り込む仕組みを徹底的に構築する」(日経ビジネス 2020/6/1)と語り、山之内時代から続いてきた社内研究偏重の姿勢から、外部導入と提携を軸に置く方針への転換を明示した。合併以来続いてきた連続買収を、経営の臨時の打ち手から基本姿勢として制度化する宣言でもあった。
業績面では2017年3月期に売上収益1兆3117億円・純利益2187億円となり、円高の進行や国内薬価改定の影響を受けつつも、合併直後の倍に近い純利益水準を維持した。しかし、XTANDIへの過度な依存と米国での特許切れリスクは2010年代後半から市場の関心となっており、外部導入をさらに加速して次世代パイプラインを厚くすることが、安川体制の出発点の最大の課題であった。第2期はがん領域の選択と集中によって最高益を実現すると同時に、その収益の先細りに備える時期でもあった。合併から十年余りを経て、アステラスは再び、次の成長の核を社外に求めて探す段階へと戻ろうとしていた。
2017年〜2023年安川改革と外部志向 ── オーデンテスからIVERIC bioへ
遺伝子治療への参入とAT132の挫折
2018年以降、安川体制は外部導入を矢継ぎ早に進めた。2018年1月に米マイトブリッジ、同年12月に米ポテンザセラピューティクスを買収して、ミトコンドリア疾患・がん免疫の研究シードを獲得する。さらに2020年1月には米オーデンテスセラピューティクスを買収し、遺伝子治療領域への本格参入を果たした。オーデンテスは神経筋疾患を対象とするアデノ随伴ウイルス(AAV)遺伝子治療のAT132を擁しており、この買収はアステラスにとって、これまでの低分子・抗体・細胞医療に続く新しい軸として遺伝子治療という未成熟な市場に踏み込む、新規モダリティへの大きな賭けとなった。製造工程そのものが確立しきっていない領域に、大型の投資を先行させる判断でもあった。
しかしAT132はその後、臨床試験での有害事象と製造プロセスをめぐる課題が重なり、開発計画が大きく遅延する。子会社名はアステラスジーンセラピーズへ改められ、社内ガバナンスの再構築が進められた。2021年3月期の連結売上収益は1兆2495億円・純利益1206億円に低下し、為替やXTANDI米国売上の頭打ちに加え、新規モダリティ買収の収益貢献がなかなか見えてこない状況が続いた。安川は外部導入路線を続ける一方で、買収後の統合と開発リスクの管理という、これまでのアステラスには経験の薄い課題を抱え込むこととなった。遺伝子治療という新しい領域は、同社の従来の開発体制にも見直しを迫る規模の試行錯誤を必要とした。
重点製品の拡張とゾルベツキシマブの仕込み
2022年3月期、アステラスはXTANDIに続く成長製品として、尿路上皮がん治療薬パドセブ、急性骨髄性白血病治療薬ゾスパタ、腎性貧血治療薬エベレンゾを「重点戦略製品」に位置づけた。2022年3月期1Q時点でのコア営業利益は前年同期比12%減の553億円となり、米国インフレ抑制法への対応やXTANDIの患者支援プログラム拡大が米国売上の下押し要因となるなか、後継製品群の積み上げが急務となっていた。安川は社内文化改革を一段強め、「イノベーションを破壊し、遅らせる社内要因を根絶することが私の使命だ」(ミクスOnline 2022/6/30)と語っている。外部導入という構造改革を支えるために、社内側の姿勢変更も並行して進めた時期だった。
2016年に買収したガニメド由来のゾルベツキシマブ(Claudin18.2標的抗体)は、この時期に胃がん臨床試験で有望データを示しつつあり、のちのVYLOYとして開花する素地ができていた。並行してオジェダ由来のフェゾリネタント(のちのVEOZAH)が更年期障害治療薬として米国申請段階に進み、女性ヘルスでの新領域開拓も動き始めている。安川体制下の外部導入は、買収から数年を経てようやくパイプラインの形を取り始めたが、本格的な収益貢献はなお先送りされていた。連続買収の成果が見え始めるまでには、モダリティごとの開発・製造・上市の長い準備期間が必要となる構造的な事情があった。
岡村体制とIVERIC bio約8000億円買収
2022年6月、安川健司から岡村直樹へ社長が交代した。岡村は安川路線を引き継ぎつつ、外部導入をさらに大型化する方向へ舵を切る。2023年7月、米IVERIC bioを約8000億円で買収し、加齢黄斑変性に伴う地図状萎縮治療薬IZERVAYを獲得した。眼科をがん・移植・泌尿器に並ぶ重点領域に押し上げる買収であり、岡村体制下では最大規模の案件となる。買収完了に伴い無形資産63億ドル・のれん2億5100万ドルを計上し、IZERVAY関連で52億ドル規模の無形資産償却が始まった。合併以降、同社がかけ続けてきた海外がん中心の投資ポートフォリオが、眼科という新たな柱に向けて一段と大きな賭けに出た瞬間であった。
買収直後の2024年3月期、売上収益は1兆6037億円と前期比5.6%増となったが、IVERIC bio買収関連費用と、AT808・エベレンゾの減損損失563億円が重なり、当期純利益は170億円・前期比82.7%減まで落ち込んだ。岡村CEOは決算説明会で「複数の新薬の開発中止で計画より遅れているが、低リスクの外部開発品の獲得を軸にパイプラインを再構築する」(東洋経済 2024/10/2)と説明した。大型の外部導入と開発中止が同時進行する形となり、合併以来続いてきた連続買収戦略そのものの総合的な検証が迫られた。規模を追ってモダリティを広げてきた戦略が、期待収益と減損の両側から同時に揺さぶられる局面に差しかかっていた時期でもあった。
直近の動向と展望
SMTと重点戦略製品 ── 過去最高益への回復
2024年3月期の落ち込みを底にして、アステラスは2025年3月期に売上収益1兆9123億円・前期比19.2%増、コア営業利益3924億円・前期比41.7%増、コア営業利益率20.5%という、アステラス発足以来の過去最高水準を達成した。主力のXTANDIは9123億円・22%増でピーク水準に到達し、尿路上皮がん治療薬PADCEVは1641億円・92%増、眼科のIZERVAYが583億円、更年期障害治療薬VEOZAHが338億円、胃がん治療薬VYLOYが122億円、急性骨髄性白血病治療薬XOSPATAが680億円となり、重点戦略製品5製品の合計売上は約3400億円・前期比2倍以上に拡大した。当期利益は507億円・前期比197.7%増となり、IVERIC bio買収の影響で大きく振れた業績は、わずか1年で立て直しの方向に転じた。連続買収を重ねてきた海外がん中心のポートフォリオが、重点戦略製品群の伸長という形で目に見える成果を出し始めた決算でもあった。
業績回復のもう一つの軸が、2024年度から本格展開した全社コスト最適化プログラムSMT(Sustainable Margin Transformation)である。2024年度は目標の400億円最適化を達成し、販管費率は3.1ポイント低下した。2027年度には年額1200〜1500億円の永続的な正味削減を見込んでいる。自社機能拡張・グローバル集約・販売費最適化・全社レベル最適化の4カテゴリーで実行し、VALUE Creation・Delivery・Enablementの三層組織への再編と組み合わせて、IVERIC bio買収後の収益力を構造的に立て直す枠組みが整った(決算説明会 FY24)。連続買収を通じて膨らんだ組織と費用構造を、改めて事業規模と収益力に見合う形に絞り直そうとする動きである。安川体制以来の外部志向を維持したまま、内部のコストと組織体制を同時に整理する段階に入ったと言える。
パイプライン再構築とPADCEV ── 量から質への転換
2025年3月期決算で岡村体制は、経営計画2021最終年に向けた事業の手応えを示した。Primary Focusのフラッグシップとして位置づける標的タンパク質分解誘導剤ASP3082は、膵腺がんを対象とする第I相試験でPoC(概念実証)を達成している。2025年3月期2QにはNSCLC(非小細胞肺がん)2次治療以降でORR37.5%の有望データを発表し、PDAC(膵腺がん)で2025年度後半に1次治療申請用試験を開始する計画である。遺伝子治療のフラッグシップであるAT845もFDAからRMAT(再生医療先端治療)指定を取得し、2025年度後半にPoC見極めへ進む計画だ(決算説明会 FY24)。買収起点のパイプラインが、ようやく同社自身の手による臨床成果として報じられ始めた段階に差しかかっている。
PADCEVについては、EV-303試験(シスプラチン不適応の筋層浸潤性膀胱がん)でEFSハザード比0.40・OSハザード比0.50という結果を示し、米国での適応追加申請のPDUFA dateは2026年4月7日に設定された。胃がん治療薬VYLOYは、2025年3月期2Q時点で通期予想を期初の400億円から600億円へ上方修正し、承認国は47カ国、発売は26カ国へ広がっている。一方で眼科領域のIZERVAYは、2025年3月期2Qに通期予想を250億円下方修正して800億円とした。岡村は「市場環境変化に伴う患者の経済的負担増加が新規患者組み入れに影響」と説明している(決算説明会 FY25-2Q)。連続買収から、外部導入の選別とパイプライン精査へ、同社の経営の重心は量から質への転換に向かいつつある。