ADEKA の歴史

創業

1917年

創業者

※古河合名会社

創業地

東京都荒川区

直近売上高(2026/3)

4,166億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1917年に古河系の旭電化は電解ソーダで創業したのか
A 第一次大戦で輸入が途絶えた苛性ソーダを国内で賄う必要が生じたためである。1917年1月、古河合名会社系の東京電化工業所を改組し、電解法による苛性ソーダの製造を目的として旭電化工業株式会社が資本金100万円で創立された。古河合名会社は古河鉱業・古河電工等を擁する古河財閥の中核で、旭電化はその化学部門を担った。電線用の樹脂や絶縁材料を財閥内へ納める引き取り手が当初から定まっており、電解で得た高純度の化学プロセス技術を手元に置いて事業を始めた。
Q なぜ旭電化は1955年以降に汎用素材ではなく少量・高機能の添加剤へ向かったのか
A 電解ソーダで磨いた高純度の化学プロセス技術を、価格競争の厳しい汎用素材の量産ではなく、純度と機能で差をつけられる添加剤に向ける方が技術の利点を生かせると判断したためである。1955年に塩化ビニル用安定剤の生産を始めて樹脂添加剤に参入し、1962年には米国アーガス・ケミカルとの合弁でアデカアーガス産業を設立して潤滑油添加剤へ広げた。さらに半導体製造に使うCVD前駆体や洗浄液など、純度を競う領域へ品種を積み上げ、汎用化学とは切り離された機能化学品メーカーへ進んだ
Q なぜ2018年に日本農薬を子会社化し2025年に上原食品工業を手放したのか
A 化粧品原料や再生医療などライフサイエンスを育てるうえで、日本農薬が持つ合成技術と農薬・医薬の許認可ビジネスのノウハウが生かせると判断したためである。2018年、約200億円を投じ公開買付けと第三者割当増資で議決権を51%まで高め、1928年に旭電化が分離した日本農薬を90年ぶりに資本傘下へ戻した。一方、2005年に取得した上原食品工業は債務超過に陥り、2025年4月に神戸物産へ全株式を7億円で譲渡した。買って広げる手に合わない事業を手放す売却を組み合わせ、化学品とライフサイエンスへ事業の構えを整えた

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1917年〜 古河系電気化学からの出発と戦前の電解ソーダ・油脂事業の確立

  1. 1917年 古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設 苛性ソーダ一本で立つか、副産物まで使い切るか——化学品と食品が同居する会社の形は、この選び方でどう決まったか
  2. 1918年 尾久工場が竣工
  3. 1918年 尾久工場が操業開始
  4. 1928年 農業薬品部門を分離し日本農薬を設立
  5. 1947年 陽光産業を設立
  6. 1949年 株式を東京証券取引所に上場

古河財閥の化学部門として電解ソーダと油脂買収で築いた二本立て

ADEKAの源流は、1915年(大正四年)に古河合名会社が中心となって電解法による苛性ソーダの研究に着手したことに始まる。研究の母体となった東京電化工業所を改組する形で、1917年1月、電解法による苛性ソーダ(カセイソーダ)の製造を目的として旭電化工業株式会社が資本金100万円で創立された。社名「旭電化」は、「日の出のように電気化学産業を盛り立てる」という創業の志を表したものとされる。古河合名会社は古河鉱業(現・古河機械金属)・古河電工・横浜ゴム等を擁する古河財閥の中核で、旭電化はその化学部門を担った。1928年11月には農業薬品部門を分離して日本農薬を設立し、専業化を進めた。 [1][2][3]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1915年(大正四年)古河合名会社が中心となり電解法による苛性ソーダの研究に着手したのがADEKAの源流
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1917年1月 東京電化工業所を改組して旭電化工業株式会社を資本金100万円で創立(電解法による苛性ソーダの製造目的)
    • [3]1928年11月 農業薬品部門を分離して日本農薬を設立

1918年1月に尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始し、1922年12月には豊洲工場が竣工した。電解ソーダに続く第二の柱を油脂に求め、1919年(大正八年)には硬化油の製造を開始して、ここにソーダと油脂を併せ持つ総合化学工業会社としての基礎ができた。さらに1927年12月、第一次世界大戦後の不況で経営難に陥った日油株式会社の油脂事業を買収統合し、油脂(マーガリン・ショートニング・グリセリン)事業を拡充した。電解ソーダで蓄積した化学プロセス技術と、油脂化学のプロセスを組み合わせる事業構造が、ここで形成された。自力増設ではなく経営難企業の事業買収によって事業領域を広げる手法を、旭電化はこの時期から繰り返し用いた。旭電化は斯界有数の規模を持つ自家火力発電所を備え、電力を自給することで安定した操業を続けた。電解ソーダと油脂の二本立てが、化学品メーカーとしての旭電化の骨格を形づくった。 [4][5][6]

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1918年1月 尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [5]1919年(大正八年)硬化油の製造を開始し、ソーダと油脂の総合化学工業会社としての基礎ができた
    • [6]斯界有数の自家火力発電所を持ち、常に安定した操業を行っていた
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1915年(大正四年)古河合名会社が中心となり電解法による苛性ソーダの研究に着手したのがADEKAの源流
    • [5]1919年(大正八年)硬化油の製造を開始し、ソーダと油脂の総合化学工業会社としての基礎ができた
    • [6]斯界有数の自家火力発電所を持ち、常に安定した操業を行っていた
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1917年1月 東京電化工業所を改組して旭電化工業株式会社を資本金100万円で創立(電解法による苛性ソーダの製造目的)
    • [3]1928年11月 農業薬品部門を分離して日本農薬を設立
    • [4]1918年1月 尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始

合成樹脂進出と戦時生産を経て1949年上場に至る三事業基盤

苛性ソーダと硬化油を足場に、旭電化は早くから品目を広げた。石鹸・塩酸・グリセリンの製造に着手し、昭和初期にはマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液と相次いで生産品目を増やした。1932年4月には合成樹脂事業(フェノール樹脂)に進出し、苛性ソーダ・油脂に続く三つ目の化学品分野を加えた。電解ソーダで培った無機化学、日油買収で得た油脂化学、そして合成樹脂という有機化学が並び立つ構図が、戦前のうちに整った。苛性ソーダはガラス・繊維・紙など広範な工業の基礎素材であり、油脂は食用と工業用の両方に展開できる。一品目への集中ではなく複数の化学領域を抱える事業構造は、後年の樹脂添加剤・食品添加物・電子材料という三本柱体制の遠い出発点にあたる。古河系企業として、古河電工との取引(電線用樹脂・絶縁材料)も継続した。 [7]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [7]石鹸・塩酸・グリセリンに続き、昭和初期にマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液と生産品目を拡大

戦時期は軍需用化学品の生産を担い、戦後の1947年には製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立して、製造から販売までの商流を整えた。1949年5月、東京証券取引所に株式を上場した。創業当初の電解ソーダ・油脂・合成樹脂の3事業基盤は、戦後の化学産業構造の中で、化学品(化学品本部)・食品(油脂・食品添加物本部)・機能化学品の3事業へと展開する出発点となった。財閥解体で古河本社の支配からは離れたものの、古河系の取引基盤は保ったまま、独立した上場化学メーカーとして再出発した。上場後は資本市場から資金を調達できる体制を得て、戦後復興期の化学需要に対応する増産投資の原資を確保した。 [8][9]

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1947年 製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立
    • [9]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [7]石鹸・塩酸・グリセリンに続き、昭和初期にマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液と生産品目を拡大
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1947年 製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立
    • [9]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場

1949年〜 樹脂添加剤・食品添加物・電子材料の3本柱体制の確立

ADEKAの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1949年 株式を東京証券取引所に上場
  2. 1959年 FMC社ほかとの合弁で、東海電化工業を設立(1999年4月、吸収合併)
  3. 1961年 旭友不動産を設立
  4. 1962年 アーガスケミカルとの合弁でアデカアーガス産業を設立
  5. 1966年 明石工場が竣工
  6. 1966年 明石工場が操業開始
  7. 2000年 EBO手法により、国内5工場の末端加工工程を工場毎の加工サービス会社として分離設立

樹脂添加剤事業の確立と鹿島・千葉への生産拠点再編

第二期の主軸は、化学品・機能化学品・食品の3事業基盤の専門化と海外展開である。1955年に塩化ビニル樹脂用安定剤の生産を開始し、樹脂添加剤事業の出発点となった。樹脂添加剤は、塩化ビニル・ポリオレフィン等の汎用樹脂の耐熱性・耐光性・加工性を高める少量・高機能の添加剤で、ADEKAは早くから樹脂添加剤の専門メーカーとして地歩を固めた。1962年にはアデカ・アーガス化学株式会社を設立し、米国アーガス・ケミカルとの合弁で樹脂添加剤・潤滑油添加剤の事業を強化した。 [10]

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1962年 米国アーガス・ケミカルとの合弁でアデカアーガス産業(後のアデカ・アーガス化学)を設立し樹脂添加剤・潤滑油添加剤事業を強化

1979年3月に尾久工場の主要工程を停止し、鹿島・千葉両工場へ移転して、生産拠点を首都圏臨海工業地帯に再配置した(1990年4月に尾久工場の生産を全面停止)。鹿島工場・千葉工場は機能化学品(樹脂添加剤・潤滑油添加剤・界面活性剤)の主力拠点として、以降の事業成長を支えた。 [11][12]

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1979年3月 尾久工場の主要工程を停止し鹿島・千葉両工場へ移転
    • [12]1990年4月 尾久工場の生産を全面停止
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1962年 米国アーガス・ケミカルとの合弁でアデカアーガス産業(後のアデカ・アーガス化学)を設立し樹脂添加剤・潤滑油添加剤事業を強化
    • [11]1979年3月 尾久工場の主要工程を停止し鹿島・千葉両工場へ移転
    • [12]1990年4月 尾久工場の生産を全面停止

食品・電子材料事業の併走と2006年ADEKA社名変更

食品事業では、マーガリン・ショートニングを中心とした業務用油脂と、食品添加物(乳化剤・改良剤)の事業を維持・拡大した。化学メーカーが食品事業を持つ事例は日本では珍しいが、油脂化学プロセスを基盤とする事業として、化学品事業と並走する形でADEKAの事業ポートフォリオの一翼を担い続けた。

ADEKAは1981年に高純度塩素の製造を開始したことを起点に、半導体・電子材料市場の拡大期に合わせて電子材料(半導体プロセス材料)事業へ進出した。1980年代後半から1990年代にかけて、半導体製造プロセスで用いられる高純度化学品(CVD材料・エッチング液・洗浄液)を量産化し、世界の主要半導体メーカーへの供給網を整備した。電子材料事業は、樹脂添加剤・食品と並ぶ第三の事業柱として、ADEKAの収益構造に組み込まれた。 [13]

    • [13]ADEKAは1981年に高純度塩素の製造を開始したことを起点に電子材料(半導体プロセス材料)事業へ進出した(本文の「1970年代以降」は年代の取り違えにつき訂正)

2006年5月、社名を「ADEKA」(カタカナ社名)に変更した。創業時の「旭電化工業」から「ADEKA」へのリブランディングは、グローバル事業拡大とブランド浸透を意図したもので、社名変更後はロゴ・コーポレートカラーを赤系(#CF0F2E)に統一した。2006年に本社を荒川区(東尾久)に移転し、本社機能の集約も並行した。 [14]

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [14]2006年 本社を中央区日本橋より荒川区東尾久へ移転
    • [13]ADEKAは1981年に高純度塩素の製造を開始したことを起点に電子材料(半導体プロセス材料)事業へ進出した(本文の「1970年代以降」は年代の取り違えにつき訂正)
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [14]2006年 本社を中央区日本橋より荒川区東尾久へ移転

2010年〜 半導体素材の世界シェア拡大と「ADEKA VISION 2030」による事業構造再設計

ADEKAの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2011年 ADEKA Al Ghurair Additives LLCが発足
  2. 2012年 AM STABILIZERS CORP.がHammond Groupから塩化ビニル用安定剤事業を取得
  3. 2016年 食品販売会社クラウンを子会社化
  4. 2016年 昭和興産の株式を追加取得し持分法適用会社化
  5. 2018年 1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得 支配権を最短で取るか、少数株主の持分を守るか——上場を維持したまま過半を握る設計をめぐる賛否
  6. 2021年 監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
  7. 2022年 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 樹脂添加剤と食品で安定して稼ぐ会社が、なぜ市況の振れる半導体材料へ人と金を寄せたか

半導体プロセス材料の世界シェア拡大と城詰体制発足

第三期は、半導体プロセス材料の世界シェア拡大が事業構造の重心を化学品事業(特に電子材料)に傾けた局面である。半導体ノードの微細化(10nm→7nm→5nm→3nm)に伴い、高純度のCVD前駆体・洗浄液・ハイ-K材料の需要が拡大する中で、ADEKAは半導体プロセス材料の世界主要サプライヤーの一角を占めた。

2011年6月に郡昭夫が代表取締役社長に就任、2017年6月に城詰秀尊(化学品営業・経営企画系)が代表取締役社長に就任した。城詰在任中には、樹脂添加剤・潤滑油添加剤・食品添加物の伝統的3事業に加え、半導体プロセス材料(電子材料)を成長ドライバーに据える事業構造再設計が進んだ。

ADEKA VISION 2030 始動と中国半導体市場への供給網拡張

2023年6月、城詰の役職名が「代表取締役社長兼社長執行役員」に変更され、執行と監督を分離するガバナンス改革を一段強化した。2023年度から「ADEKA VISION 2030」を始動し、半導体材料・モビリティ・環境関連を次世代成長3領域と位置づけ、研究開発投資を売上比4-5%水準まで引き上げる方針を発表した。研究開発本部を中心に、半導体プロセス材料のラインアップ拡大(ALD前駆体・HBM 向け材料)と、リチウムイオン電池材料・水素関連材料の開発を行った。

中国市場では、樹脂添加剤・食品添加物の販売を伸ばしつつ、半導体プロセス材料の供給網を上海・北京・台湾向けに拡張した。藤澤茂樹・川本尚史等の中国法人代表経験者が経営層に上がる人事配置から、中国市場の重要性が見て取れる。

2025年3月期過去最高益と2030年代成長エンジン課題

2025年3月期は売上4,000億円台、営業利益410億円台で過去最高益を更新した。生成AI向け半導体需要の立ち上がりが半導体プロセス材料事業を強く牽引したことが背景にある。樹脂添加剤・食品の伝統事業が安定収益基盤を提供する中で、電子材料が成長ドライバーとなる三本足構造が、城詰体制の到達点である。

第三期の課題は、半導体サイクルの上下波動に左右される電子材料事業の収益変動を、樹脂添加剤・食品の安定基盤でどこまで均すかにある。また、ADEKA VISION 2030 で掲げたモビリティ(リチウムイオン電池材料)・環境関連(水素・カーボンニュートラル材料)の成長領域が、半導体材料に続く第二の成長エンジンとして立ち上がるかが、2030年代に向けた経営課題である。

ADEKAの沿革1917〜2023年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設苛性ソーダ一本で立つか、副産物まで使い切るか——化学品と食品が同居する会社の形は、この選び方でどう決まったか 詳細を読む★★★
尾久工場が竣工
尾久工場が操業開始
農業薬品部門を分離し日本農薬を設立★★
陽光産業を設立
株式を東京証券取引所に上場
FMC社ほかとの合弁で、東海電化工業を設立(1999年4月、吸収合併)
旭友不動産を設立
アーガスケミカルとの合弁でアデカアーガス産業を設立★★
明石工場が竣工
明石工場が操業開始
アデカ・アーガス化学ほか3社との合弁でオキシラン化学を設立
鹿島工場の第1期工事を完成、操業開始
アデカクリーンエイドを設立
エイエス化成袖ケ浦工場完成、操業開始(1984年3月、同社解散、旭電化工業千葉工場)
アデカエンジニアリングを設立
東京環境測定センターを設立
食用油脂の海外生産拠点としてADEKA(SINGAPORE)PTE.LTD.を設立
長春人造樹脂廠股份有限公司等との合弁で長江化学股份有限公司を設立
韓農・韓精等との合弁でハンノンアデカCORP.を設立
三菱商事と米国MIC社との合弁で、AMFINE CHEMICAL CORP.を設立
アサヒ・ファインフーズを設立
相馬工場を完成、操業開始
中嶋宏元アサヒデンカヨーロッパGmbHを設立
中嶋宏元EBO手法により、国内5工場の末端加工工程を工場毎の加工サービス会社として分離設立★★
中嶋宏元ADEKA Europe GmbHがパルマロールを買収
中嶋宏元ドンブグループからドンブアデカCORP.を子会社化
中嶋宏元上原食品工業の全株式を取得
中嶋宏元ADEKAに商号変更
郡昭夫ADEKA Al Ghurair Additives LLCが発足
郡昭夫AM STABILIZERS CORP.がHammond Groupから塩化ビニル用安定剤事業を取得
郡昭夫食品販売会社クラウンを子会社化
郡昭夫昭和興産の株式を追加取得し持分法適用会社化
城詰秀尊1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得支配権を最短で取るか、少数株主の持分を守るか——上場を維持したまま過半を握る設計をめぐる賛否 詳細を読む★★★
城詰秀尊監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
城詰秀尊半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強樹脂添加剤と食品で安定して稼ぐ会社が、なぜ市況の振れる半導体材料へ人と金を寄せたか 詳細を読む★★★
城詰秀尊インキュベーション・アライアンスを子会社化
城詰秀尊グループ経営の効率化に向け、ADEKA総合設備が旭建築設計事務所を合併
出典・参考

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