【筆者所感】 1876年に秀英舎として創業し、1935年に日清印刷との合併で当時日本最大の印刷会社となった。高度成長期以降は印刷の枠を越えてエレクトロニクスと包装に進出し、液晶カラーフィルタ・フォトマスク・メタルマスク・リチウムイオン電池パウチといった印刷技術の延長線上に位置づけられる製品群で半導体・ディスプレイ・EV市場に存在感を持つ企業へと変貌した。創業150年近い歴史を持つ印刷会社としての出発点から、紙媒体の高精細複製技術を多層的な製造技術へと応用展開してきた同社の歩みは、日本の印刷業界の王道を歩みながらも積極的な事業領域拡張を続けてきた独自のものだ。この拡張姿勢は凸版印刷と並ぶ2大印刷会社のなかでも同社の際立った特徴で、紙の需要縮小という産業構造の変化を正面から受け止める備えとして機能した。
2009年3月期に初の純損失209億円を計上し、2019年3月期にも構造改革に伴う356億円の純損失を経たが、2023年2月公表の経営基本方針でROE10%と5年3,000億円の自己株式取得を掲げ、特別利益と事業変革の両輪で2025年3月期の営業利益936億円まで回復した。印刷会社の財務・事業ポートフォリオの形を大きく書き換えた10年であり、伝統的な印刷会社としてのアイデンティティを保ちながらも、半導体・EV・有機ELといった先端領域への関与を強め、収益構造を組み替える動きが同時並行で進んだ時期にあたる。長い停滞を抜け出し構造転換を進めるこの動きは、紙の需要縮小に直面する印刷業界のなかで、同社が取った独自の生き残り策として機能した。会社の歩みを振り返るうえで欠かせない転換点だ。
歴史概略
1876年〜1975年秀英舎から大日本印刷への統合と中央研究所設立までの成長期
活版印刷業の草分けとしての出発と市谷本社体制
1876年10月、東京府下京橋区に秀英舎として創業した。創業者の佐久間貞一らは活版印刷業を開業し、官公庁の文書・法令集や出版物の印刷を手がけた。1886年11月には第一工場(市谷工場)を開設し、現在の本社地区の起点となった。1888年4月には有限責任会社組織に、1894年1月には株式会社組織に改組し、明治期の近代商法制度に合わせた組織形態を整えた。明治日本の印刷産業草創期を代表する技術型企業としての地歩を早い段階で築いた。創業地の東京市谷は、その後の会社の象徴的な拠点として長く機能する。活版印刷という当時の最先端技術を軸に据え、組織形態も近代的な株式会社へ早期に移行した点は、同時代の印刷業者のなかでも早期の動きで、後の大日本印刷への統合に至る企業体力の基礎を形成した。
創業地の東京市谷は、以後150年にわたって大日本印刷の本社所在地として機能した。1923年10月には関東大震災後の復興のなかで本社を現在地に移転し、市谷本社体制を確立した。秀英舎時代から活字の独自開発(秀英体)を進めており、活版印刷における書体設計の主導権を持つ技術型企業としての性格を、創業初期から示していた。書体そのものを自前で開発するという姿勢は、同時代の印刷会社のなかでも技術志向の強さを示すもので、後年のエレクトロニクス事業や機能材料事業への展開にもつながる技術型企業の遺伝子が、このころから育っていた。秀英体は日本の近代活字の基礎を成す書体の一つとなり、後に大日本印刷が多様な製造技術へ応用展開していく技術蓄積の出発点となった。
- 有価証券報告書
日清印刷との合併による「大日本印刷」の誕生
1935年2月、秀英舎は日清印刷株式会社を合併し、商号を大日本印刷株式会社に変更した。この合併は当時の日本印刷業界における最大の企業再編で、両社の統合により誕生した新会社は当時日本最大の印刷会社となった。以降の「DNP」というブランドの起点となる合併であり、戦前日本の印刷業界の頂点に立つ企業としての地位が固まった。秀英舎時代からの書体設計の技術蓄積と、日清印刷の生産能力とが一体となり、全国規模で印刷需要に応えられる最大手としての条件がここで揃った。書体という「ソフト」と工場群という「ハード」を同時に抱える体制は、戦後の出版需要拡大に応える基盤となり、以後の多角化に向けた研究開発投資を支える企業規模の源泉となった。
戦時下の紙統制や工場空襲を経て、戦後は1946年9月に榎町工場、10月に京都工場と次々と操業を再開した。1949年5月には東京証券取引所に上場し、戦後復興期の資本調達基盤を確立した。1956年9月に日本精版を合併して大阪工場を発足させ、東京・大阪の2大拠点体制を整えた。戦後の印刷需要拡大期において、全国拠点を持つ最大手としての地位が強固となった。復興期から高度成長期にかけての印刷需要の急拡大を支える生産能力の確保が、この時期を通じて進んだ。出版・教科書・商業印刷の3領域で同時に需要が伸びる局面で、東京・大阪の2拠点体制は納期と生産量の両面で競争優位を支える構造となり、後の多角化投資を可能とする収益基盤を形成した。
- 有価証券報告書
中央研究所設立とエレクトロニクス事業の萌芽
1966年7月、中央研究所を完成させた。印刷技術の応用研究を体系的に行う拠点として設立し、後のエレクトロニクス事業(フォトマスク、シャドウマスク、カラーフィルタ等)の発祥地となった。1967年9月には横浜工場を開設し、1972年1月の赤羽工場、1973年4月の狭山・鶴瀬・奈良工場と続き、高度成長期に生産能力を拡張した。印刷会社が自前の研究拠点を持ち、その技術を隣接領域へ応用展開する流れの出発点がこの時期にある。高精度パターン転写という印刷の本質技術を、紙以外の基材へ応用する発想は、当時の印刷業界では珍しい試みで、同社が凸版印刷と並ぶ2強の地位を確保する土台を築いた布石となった。
1975年7月には生産総合研究所を設立し、製造技術そのものを体系的に研究する姿勢を示した。印刷技術の本質は微細なパターンを正確に転写することにあり、この技術を半導体や電子部品の製造に応用することで、凸版印刷と並ぶ日本の2大印刷会社としてエレクトロニクス分野での存在感を獲得する土台ができた。中央研究所と生産総合研究所の2本柱は、以降DNPが進める事業多角化の技術的基盤となった。この時期に整備した研究開発体制は、後年の半導体・ディスプレイ向け材料事業の遠い起点で、印刷会社という枠を超えた成長の条件が整った時期だ。フォトマスク・シャドウマスク・カラーフィルタといった製品群が後に実際の収益源へ育っていく過程の最上流にこの研究体制がある。
- 有価証券報告書
1976年〜2019年多角化と売上ピーク到達、そして長い調整局面の時期
エレクトロニクス・包装・出版への広がりと4セグメント体制
1970年代から1990年代にかけて、DNPは全国各地に工場を新設し続けた。1983年9月の久喜工場、1990年11月の小野工場、1991年10月の岡山工場、1994年10月の大利根工場、1995年9月の田辺工場など、包装材料・エレクトロニクス部材・機能性材料の生産拠点が次々と立ち上がった。特に液晶カラーフィルタやフォトマスクといった半導体・ディスプレイ向け材料は、印刷技術の高精度化によって競争力を持ちえた分野だ。印刷会社の生産拠点が紙以外の基材へ広がった時期で、同社の事業ポートフォリオの多層化が目に見える形で進んだ。同時代の印刷業界は出版需要のピークを迎えつつあったが、DNPはその頂点で既に「次の基材」への布石を打ち始めており、紙媒体依存から脱する投資を業界のなかでも先行して進めた。
2001年5月には「DNPグループ21世紀ビジョン」を策定し、デジタル時代への対応を意識した長期戦略を示した。事業構造は情報コミュニケーション、生活・産業、エレクトロニクス、清涼飲料の4セグメント体制となり、紙媒体以外の事業が収益の柱となった。2006年3月期の売上高は1兆5,075億円、営業利益は1,206億円に達し、凸版印刷と並ぶ日本最大級の印刷グループとしてピーク期を迎えた。紙媒体縮小の逆風が顕在化する直前の時期に、多角化投資の成果が決算の数字に最もはっきりと表れた節目の決算だった。この時期に形成された4セグメント体制は、以降の長い調整局面で事業ごとの浮沈を分ける枠組みとして機能し、紙媒体縮小の影響がエレクトロニクスや包装で相殺される構図を作った。
- 有価証券報告書
書店買収と出版流通への垂直統合の試み
2008年8月、DNPは丸善株式会社の株式を取得して連結子会社化した。翌2009年3月には株式会社ジュンク堂書店も連結子会社化し、2010年2月には丸善と図書館流通センターを経営統合して中間持株会社CHIグループ(現丸善CHIホールディングス)を設立した。印刷会社が書店大手を傘下に収めるという、業界内でも異例の垂直統合戦略だった。印刷の川上から川下までを連続的に掌握しようとする発想で、出版業界全体の縮小傾向のなかで流通側に回ることによって付加価値を確保しようとする意図が読み取れる。ただし書店事業は固定費が重く、出版市場の縮小とともに採算が悪化する構造にあり、印刷会社が異業種の小売事業を抱え込むリスクも同時に内包していた。
ただし、この出版流通事業への踏み込みは、直後のリーマンショックと業績悪化のタイミングに重なった。2009年3月期、DNPは初の純損失▲209億円を計上した。特別損失763億円には構造改革と減損の費用が含まれ、エレクトロニクス事業の過剰投資と出版流通の赤字が同時に表面化した。2008年3月期にピークの1兆6,160億円を記録した売上高は、その後長らく1兆4,000億円台後半から1兆5,000億円台で横ばい推移する。以後の長い調整局面の始まりを告げる決算で、垂直統合の難しさが数字として現れた。出版市場が2008年をピークに縮小へ転じた時期でもあり、書店を抱えることで流通側の赤字を抱え込む構造が、印刷本業の稼ぐ力を毀損する要因として表面化した形だ。
- 有価証券報告書
構造改革と2度目の大規模減損を経た体質転換
2012年3月期、DNPは再び純損失▲164億円を計上した。特別損失366億円は主にエレクトロニクス事業の減損によるもので、液晶カラーフィルタ事業の縮小局面を示す数字だ。2014年7月には地域子会社4社(DNP北海道・東北・中部・西日本)を分割・統合し、製造部門をDNPグラフィカ・DNPデータテクノ等に機能別に再編する組織改編を行った。地域別から機能別への組織転換は、事業効率化と成長領域への資源集中を同時に狙ったもので、長い調整期を経ての体質改善の動きが本格化した。液晶カラーフィルタは1990年代に投資を積み上げた成長事業だったが、台湾・韓国勢の台頭で採算が崩れ、同社が先行投資した設備が一転して減損対象となる局面を迎えていた。
2015年10月には「DNPグループビジョン2015」を策定し、新しい長期戦略を公表した。それでも2019年3月期、DNPは純損失▲356億円という過去最大の赤字を計上した。特別損失1,000億円は大規模な構造改革に伴う減損で、ここで思い切った資産圧縮を行ったことが、結果として後の成長軌道入りの前提となった。2018年6月には北島義俊の後任として北島義斉が社長に就任し、DX・SXを経営の柱とする体制への転換が始まった。長い停滞期のなかで痛みを伴う構造改革を進める覚悟が決まった時期で、以後の大転換への土台がこの赤字決算を通じて形成された。先代から続く経営の連続性を保ちながら、赤字計上で膿を出し切るという判断は、翌期からの利益回復と株主還元強化の前提条件を作るうえで不可欠な一歩だった。
- 有価証券報告書
2020年〜2025年経営基本方針とDNP財務戦略の大きな転換期
リチウムイオン電池パウチへの集中投資とSX推進
2020年3月期、DNPは純利益694億円まで回復した。特別利益817億円には政策保有株式等の売却益が含まれ、保有資産売却による財務体質強化の開始点となった。同月には「DNPグループ環境ビジョン2050」を策定し、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)を経営の中心に据える方向性を明示した。社長の北島義斉は「社会課題解決目指し、変革に挑戦」(日経ESG 2021/04/05)と述べ、DX・SX両面での変革を経営の中心に据える姿勢を社外に示した。長期の停滞を抜け出す前提として、財務の体質改善と経営戦略の再定義が並行した。過去最大の赤字からの転換点にあたる決算で、印刷会社の新しい成長戦略の土台が整った。政策保有株式の売却という手段は、積み上がった含み益を現金化して成長投資と株主還元に振り分ける動きで、印刷業界のなかでも早い段階での本格的なキャピタルアロケーション転換にあたる。
2021年3月、リチウムイオン電池部材の工場を鶴瀬工場内に開設した。EV用バッテリーパウチの生産拡張で、以降DNPの成長投資の中核案件となった。EV化は2020年代前半に世界的な政策テーマで、バッテリーパウチは印刷の多層フィルム技術の延長線上にある製品として、DNPが強みを発揮できる成長分野だった。2022年3月期には純利益971億円を計上し、特別利益545億円には大規模な政策保有株式売却が含まれる。成長投資と資産売却が両輪で回り始めた節目の時期で、以後の拡大局面の基礎がこの両輪運転のなかで築かれた。包装印刷の技術を車載電池の外装材へ転用する発想は、紙の需要縮小に直面する印刷会社にとって、既存技術資産を新市場で再展開する典型的な成長経路に相当する。
経営基本方針と5年3,000億円の自己株式取得
2023年2月、DNPは「DNPグループの経営の基本方針」を公表した。ROE10%を長期目標に掲げ、5年間累計3,000億円の自己株式取得と、政策保有株式の売却、成長事業への集中投資を同時進行する財務戦略を明示した。印刷会社としては前例のない規模の株主還元・財務戦略の転換だ。経営陣は「DNPグループは新しい価値を開発して提供していくために、今までと違うような非連続とも言える変革を行っていく」(決算説明会 FY23)と位置づけた。長期停滞を抜け出す決定打となる経営方針の大転換で、資本市場への明確なメッセージを伴う動きだった。この方針公表を境に株価水準が切り上がり、機関投資家との対話の軸が「紙媒体リスク」から「資本効率改善」へと移るきっかけにもなった。
2024年3月期、売上高1兆4,248億円、営業利益754億円、純利益1,109億円を計上した。16期ぶりに営業利益が700億円台を回復し、特別利益859億円と合わせて利益面でも成長軌道に乗った。同年5月には有機ELディスプレイ製造用メタルマスクの生産ラインを黒崎工場内で稼働開始した。スマートフォン・ノートPCの有機EL化需要に対応する注力事業で、エレクトロニクス部門の成長を牽引する拠点となった。印刷技術の延長線上にある先端材料事業が、具体的な収益として決算に表れ始めた時期だ。メタルマスクは有機EL画素を基板に蒸着する際の精密マスクで、微細パターン転写という印刷技術の核を先端ディスプレイ製造へ応用した製品として、同社の技術資産の長期活用を象徴する事業となっている。
営業利益936億円と構造改革・買収の両輪運転
2025年3月期の売上高は1兆4,576億円、営業利益は936億円、純利益は1,107億円だった。特別利益1,304億円と特別損失777億円が同時に計上され、保有資産の売却と構造改革の両輪が最大速度で同時進行した。セグメント別ではスマートコミュニケーション7,140億円、ライフ&ヘルスケア4,959億円、エレクトロニクス2,478億円・利益574億円と、エレクトロニクス部門の利益率が突出した構造となった。紙媒体縮小の長期逆風のなかで、エレクトロニクス事業が会社全体の収益性を支える構造が鮮明に表れた決算だ。売上構成比17%のエレクトロニクス部門が営業利益の6割を担う構図は、印刷会社という社名から想起される事業像と実態とのズレを数字の上で決定づけた。
2025年1月にはHKホールディング(光金属工業所)を連結子会社化し、2月にはレゾナック・パッケージングを取得してDNP高機能マテリアル彦根として子会社化した。4月には出版印刷事業とDNP書籍ファクトリー等を統合してDNP出版プロダクツを設立した。構造改革と買収を組み合わせ、事業ポートフォリオの再構成を加速させた。現中期経営計画の自己株式取得は2026年3月時点で既に2,200億円(計画の約7割強)まで進捗し、経営基本方針で掲げた財務戦略は前倒しで実行される形で、印刷会社の変貌が加速する局面となった。買収先がエレクトロニクス部材と包装という成長2分野に集中している点は、ポートフォリオ再構成の方向性を明示している。
直近の動向と展望
新中期経営計画と第2フェーズへの移行
2026年3月17日、DNPは新中期経営計画(2026-2028年度)の骨子を公表した。ROE目標は9%、2028年度の営業利益1,300億円以上、自己資本1兆円の維持を枠組みとし、経営陣は今回のフェーズを「第2フェーズ」と位置づけ、構造改革フェーズから事業の成長・拡大フェーズに軸足を移す方針を示した。キャピタルアロケーションの年限を従来の5年から事業計画と同じ3年に短縮する変更も表明した。新中計の営業利益増減要因では、「注力事業」の3年間累計増益額96億円、「基盤/再構築事業」322億円という構造で、構造改革効果がまだ大きな比重を持つ。成長事業からの増益寄与がリストラ効果を上回るには時間が必要で、経営陣自身が成長フェーズ宣言に対して数字の裏付けを慎重に示す構成となっている。
- 新中期経営計画骨子説明会 2026/3
- 日刊工業新聞 2025/1
- 決算説明会 FY25-2Q
半導体・EV・関税への複合的な対応
北島義斉社長は2025年初の日刊工業新聞インタビューで「半導体、ラピダスに照準」(日刊工業新聞 2025/1)と述べ、次世代半導体国産化に向けた国策企業ラピダスへの関与を念頭に、フォトマスク・メタルマスク・光学フィルム等の半導体関連材料での存在感拡大を目指す方針を示した。2025年度の業績には、トランプ関税の直接影響額約22億円と間接影響額約20億円が織り込まれ(決算説明会 FY25-2Q)、物価高による国内食品包材の買い控え、中国の補助金終了による液晶用表面材の需要減少懸念、米国規制変更による車載用バッテリーパウチへの影響と、複数の外部要因が同時に重なっている。半導体・EV・包装のいずれも印刷技術の応用領域にあたり、外部環境の変動に多面的に晒される構造にもなっている。
- 新中期経営計画骨子説明会 2026/3
- 日刊工業新聞 2025/1
- 決算説明会 FY25-2Q