【筆者所感】 阪急電鉄の創業者・小林一三が1932年に東京の日比谷へ設立した東京宝塚劇場は、劇場経営と映画製作を垂直統合し、不動産と興行を両輪に置く収益モデルを築いた。1954年公開の「ゴジラ」は70年以上続くフランチャイズとなり、テレビ普及で映画観客が減ったあとも、都心一等地の不動産収益が映画の振れを吸収した。1962年のダイヤモンド誌は、映画界が斜陽化に悩むなかで東宝だけが好業績を保つ理由を、半期5〜6億円の利益が家賃収入だけでまかなえる構造にあると説明している(ダイヤモンド 1962/9/3)。2000年代の連結営業収入は2000億円前後で横ばいに推移し、映画はヒット作の有無で業績が振れたが、不動産が安定したキャッシュフローを生む二本柱の構造が長く保たれた。
その構造を変えたのが2010年代後半からのアニメIP事業だ。TOHO animationレーベルを通じてテレビアニメシリーズの製作段階から関与し、2020年に「鬼滅の刃 無限列車編」が国内興行収入404億円で歴代1位を記録した。2023年の「ゴジラ-1.0」は北米興行収入5641万ドルを稼ぎ、日本映画として初めてアカデミー賞視覚効果賞を受賞した。FY24の映画事業営業利益508億円は10年前の約3倍に達し、不動産事業の168億円を3倍上回った。配給手数料を受け取る会社から、自社で製作費を負担しIPを育てる会社へと利益構造が入れ替わった。小林一三が持ち込んだ不動産モデルが守りに回り、自社製作のアニメと「ゴジラ」が攻めに回る、攻守の入れ替えが2020年代前半に起きた。
歴史概略
1932年〜2009年劇場と撮影所の垂直統合が生んだ映画メジャー
丸の内の隙間を奇襲した阪急沿線モデルの東京移植
1932年8月、阪急電鉄の創業者・小林一三は東京の日比谷に株式会社東京宝塚劇場を設立した。阪急が大阪で築いた、鉄道沿線に劇場・百貨店を配置して集客するモデルを東京に移植する構想で、演劇興行と不動産経営を一体運用する出発点だった。1934年元旦の東京宝塚劇場の開場で、東宝対松竹の興行戦が東京で始まる。当時の実業誌は、浅草・新宿に集中していた興行街の隙間だった丸の内に日劇・東宝・日比谷映画が集まり、新たな娯楽街が出現したと記し、松竹の本丸を奇襲する形になったと評した(実業の世界 1935/8/11)。1937年には写真化学研究所やJOスタジオなど映画関連4社を統合して東宝映画を設立し、製作機能を獲得した。1943年に東京宝塚劇場と東宝映画が合併して東宝株式会社が発足し、映画の製作・配給・興行と演劇興行を一社で行う垂直統合体制が固まった。
戦後の1948年、東宝は1200名規模の人員整理に踏み切り、撮影所が長期にわたって組合員に占拠される第三次東宝争議へ発展した。社長の渡辺鉄蔵は「東宝として起死回生のために止むを得ず行った大手術である」「一部の非協力者、反抗分子を退職させた」(読売新聞 1948/4/17)と公表し、共産党員を含む俳優・スタッフを退職対象とした。1948年4月20日付の読売新聞は、この整理を単なる過剰人員整理ではなく、共産党員を日本企業から駆逐する冷戦初期の動きの一つとして位置づけて報じた(読売新聞 1948/4/20)。組合側の俳優・浅田健三は「流血事件が起こるばかりでなしに、殺害事件が起こるだろう、それでもやるか」(経済時代 1958/12)と渡辺に迫ったが、整理は撤回されなかった。
1949年に東京・大阪・名古屋の証券取引所に上場し、松竹・大映と並ぶ映画メジャーの位置を固めた。戦後復興期に小林一三は東宝の不動産価値を「日劇だけでも今売りに出せば100万ドル、すなわち3.6億円、買いに来るものがあれば倍の200万ドルで7.2億円の値打ちがある」(実業の世界 1952/8/1)と語り、興行会社というより不動産会社としての東宝の素顔を示した。1954年11月公開の「ゴジラ」第1作は観客動員961万人を記録し、特撮怪獣映画のジャンルを確立した。本多猪四郎監督と円谷英二特技監督が生み出したこのIPは70年以上続き、最長継続のフランチャイズ映画としてギネス世界記録に認定される東宝の最重要資産となる。1957年の東宝直営館の月間収入は2.5億円と松竹の1.5億円を上回り、有楽町を中心に映画館・劇場の東宝色が濃くなった。直営館100館は小林一三の夢で、増資せず借入で押し通せた背景には小林個人の信用に依存した融資調達があったと当時の実業誌は記している(実業の世界 1957/5)。
- 有価証券報告書
- 東宝公式サイト沿革
- 実業の世界 1935/8/11
- 読売新聞 1948/4/17
- 読売新聞 1948/4/20
- 実業の世界 1952/8/1
- 実業の世界 1957/5
- 経済時代 1958/12
- ダイヤモンド 1962/9/3
- 読売新聞 1971/11/9
- 日経ビジネス 1987/5/18
「家賃の利益だけでまかなえる」── 映画と不動産が逆転した収益基盤
1960年代以降、テレビの普及で映画観客数が急減した。邦画の年間観客動員数は1958年の11億人超をピークに落ち続け、映画会社各社は経営の見直しを迫られた。東宝は映画製作本数を絞る一方、日比谷・有楽町・新宿の一等地に持つ劇場跡地や土地を活用して不動産開発に資源を寄せた。1962年のダイヤモンド誌は、東宝のみが斜陽期に余裕の経営を続けた理由を、清水雅社長が劇場経営を百貨店業や不動産業の合理性に寄せて運営した結果と分析し、ビルの階段・壁・空間まで最大限に貸し出す手法を「清水式高度利用法」と呼んだ。半期5〜6億円の利益が家賃収入だけでまかなえる構造で、映画や劇場が振れても本業全体は揺らがない(ダイヤモンド 1962/9/3)。
1971年の読売新聞は、東宝の土地建物賃貸収入が全収入の11.6%を占めると報じた。所有ビル13棟のうち映画館の入居は1〜2階までに抑え、総面積の7〜8割を名店街・食堂・ボウリング場などのテナントに貸し出している、というのが当時の東宝のビル運営の実相だった(読売新聞 1971/11/9)。映画館を所有不動産の基層に据えるのではなく、収益力の高いテナントを優先し、映画館はあくまで集客装置として配置する判断である。1984年に有楽町センタービル、1987年に東宝日比谷ビル(マリオン)を竣工し、当時の日経ビジネスは、マリオン開業によって銀座4丁目を中心としていた商圏が有楽町・日比谷ゾーンまで広がったと位置づけた(日経ビジネス 1987/5/18)。映画産業全体が縮みつづけたなか、賃料収入が財務基盤の柱となり、松竹・大映との明暗を分ける構造的な差となった。
FY04の映画事業の営業利益は143億円、不動産事業は112億円で、両事業はほぼ同規模の利益を生んだ。演劇事業の27億円を加えると、利益の3本柱が東宝のセグメント構成として成立していた時期である。連結営業収入は2000億円前後で推移し、経常利益は200億〜250億円のレンジに収まった。映画事業はヒット作の有無で業績が振れる一方、不動産はテナント賃料や劇場運営で安定したキャッシュフローを生む構造で、映画の振れ幅を不動産が吸収する二本柱モデルが東宝の財務安定性を長期にわたって支えた。松竹は2000年代に大船撮影所を売却して経営資産の縮小を迫られたのに対し、東宝は不動産が稼ぐため映画製作の整理を急がずに済んだ。映画メジャーが不動産で生き残るモデルが、後発各社にとっての参照軸として、ここで完成形を取った。
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帝国劇場という安定装置と、IP横断のクロスメディア化
1938年に合併した帝国劇場は、東宝の演劇事業の中核であり続けた。1965年に旧帝国劇場を取り壊して新築し、1976年にはグループ内で東宝不動産に帝国劇場の運営を移管して、不動産と演劇の一体運営を進めた。帝国劇場ではミュージカルや大型舞台公演が年間を通じて上演され、自社劇場の興行は映画ほどヒット・不振の振れ幅が大きくならず、客席を安定的に埋める収益構造を持っていた。社長の清水雅は「儲からんもんはすべてやめ、というのがわしの考えや」「バランスシートだけみて判断してきた」(日経ビジネス 1977/10/24)と語り、芸術座など赤字劇場の閉鎖をちらつかせて業績を改善させたと振り返っている。演劇事業の規模は映画より小さいが、不動産と同様に経営の安定装置として働き、自社保有劇場という固定資産が長期にわたって着実に稼ぐモデルを担った。
FY04の演劇事業の営業利益は27億円で、映画・不動産に比べて規模は小さいが、利益率は安定していた。2000年代以降はミュージカル市場の拡大に乗って「レ・ミゼラブル」「エリザベート」など海外ライセンス作品の上演が増え、映画IP事業と同じく作品の権利を自社で管理・運用する方向へ進んだ。2020年代には「千と千尋の神隠し」「SPY×FAMILY」などアニメ作品の舞台化が実現し、演劇事業はアニメIPの価値を別チャネルで拡張する役を引き受けた。映画化された原作を舞台で再演するモデルは、原作の知名度を観客動員に直結させやすく、新規企画の打率を上げる狙いがある。映画・アニメで得たIPを演劇で再利用するクロスメディア戦略が、小規模ながら確実な収益として根づいた。
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2010年〜2021年シネコン再編とアニメIP事業が利益構造を書き換えた転換期
ヴァージン買収から始まる興行網の自社一元化
2003年4月、東宝はヴァージン・シネマズ・ジャパンの全株式を取得し、TOHOシネマズへ改称した。日本の映画興行はスクリーン数が増えながら単館劇場の閉鎖が進み、シネマコンプレックスへの移行が加速した時期だった。この買収で東宝は全国規模のシネコンチェーンを手にし、2006年10月に本体の映画興行部門をTOHOシネマズへ会社分割で承継、2008年3月に地域興行子会社4社を統合して全国一元管理体制を整えた。本体は製作・配給と不動産に絞り、興行は専門子会社が担う分業体制が定まった。全国一元管理によって興行データが製作側へ即座に返る仕組みも生まれ、配給スケジュールやスクリーン配分の判断が早まった。
並行して2011年に国際放映を完全子会社化、2013年に東宝不動産と東宝東和をそれぞれ完全子会社化してグループの整理統合を進めた。2017年3月には東宝不動産を本体に吸収合併し、不動産事業を本体で直接運営する体制に切り替えた。一連のグループ再編は映画・演劇・不動産の3事業を本体に集約し、意思決定を早める狙いだった。再編後、東宝は持株会社的な管理体制から、事業会社として自ら経営資源を配分する運営体制へ移り、次のアニメIP事業への資源集中の下地が整った。持株会社化ではなく事業会社のまま直接運営する選択は、意思決定の速さをグループ経営の優先事項に置いた判断だ。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24-2Q
配給会社から製作者へ ── TOHO animationの起点
2010年代半ば、東宝はアニメの製作委員会に出資する事業を「TOHO animation」のレーベル名で本格化した。従来の東宝は他社製作作品の配給手数料を受け取るモデルが中心で、製作リスクを自ら取る比重は小さかった。TOHO animationはその比重を反転させ、テレビアニメシリーズの製作段階から関与し、シリーズの成長に伴うマーチャンダイジングや二次利用の収益を取り込むモデルを志向した。配給会社から製作者へという東宝の重心移動は、ここに起点を持つ。テレビアニメから劇場版へ、さらに商品化やライブイベントへつなぐビジネスモデルの原型が、この時期に固まった。同じ製作委員会方式でも、出資比率と権利取得を厚くするか薄くするかで以降の収益に大きな差が出るため、東宝は主要シリーズで上位出資の枠を確保する戦略を取った。
2016年7月公開の「シン・ゴジラ」は庵野秀明が総監督を務め、興行収入82.5億円を記録した。国産ゴジラ映画としては12年ぶりの新作で、ゴジラIPの国内での存在感を再び示した。FY19の連結営業収入は2627億円、経常利益は550億円に達し、映画事業の営業利益339億円は不動産事業の186億円を大きく上回った。映画事業の利益成長は、TOHO animationを通じたアニメ作品群のヒットと、自社が製作費の大部分を負担する自社製作モデルへの移行が重なった結果だ。長年続いた映画と不動産の均衡が崩れ始め、映画・アニメへ経営資源を寄せる方向が鮮明になり、後の鬼滅の刃やゴジラ-1.0で開花する自社IP戦略の実装フェーズが、ここで動き出した。
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- 決算説明会 FY24-2Q
コロナ禍で再証明された不動産の防波堤と「鬼滅」の逆走
2020年の新型コロナウイルス感染拡大は映画興行を直撃した。全国のTOHOシネマズは休館や座席数制限に追い込まれ、FY20の映画事業営業利益は103億円に落ち込んだ。演劇事業は帝国劇場ほか劇場の公演中止が相次ぎ、10億円の赤字に転落した。連結営業収入は1919億円と前年比27%減、経常利益は241億円に半減した。それでも東宝は連結ベースで赤字転落を免れた。不動産事業はFY20でも営業利益170億円を確保し、日比谷・有楽町・新宿の都心ビルからのテナント賃料収入が映画・演劇の落ち込みを吸収した。映画館休業期間中も賃料収入は固定的に積み上がる契約構造で、興行の振れ幅と独立した収益源として機能した。不動産が映画興行の赤字を肩代わりする二本柱モデルが、危機下で再び機能した。
映画産業全体が縮んだ1960年代にも、テレビ台頭による観客減を不動産収益で補った経緯があり、創業以来の二本柱モデルが90年近くを経てなお同じ役割を果たしている。一方、コロナ禍さなかに公開された「鬼滅の刃 無限列車編」は2020年10月に封切られ、逆風下で国内興行収入404億円の歴代1位を記録した。座席数を制限した環境下でのこの数字が、アニメIPの需要喚起力を業界に示した。東宝のアニメIP戦略への確信が固まり、経営資源を映画・アニメへ振り向ける判断が加速した。不動産の安定収益が赤字回避装置として働く構図が、コロナ禍で改めて見えた。守りの不動産と攻めのアニメIPが、東宝の二段構えの収益基盤として、ここで初めて同時に作動した。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24-2Q
2022年〜2025年自社製作とグローバルIP戦略が変えた利益構造
「鬼滅」404億円 ── テレビから劇場、商品化への連鎖モデル
2020年10月公開の劇場版 鬼滅の刃 無限列車編は、国内興行収入404億円を記録して歴代1位となった。全世界では累計約517億円の興行収入を上げ、2020年の世界興行収入1位を達成した。TOHO animationが製作委員会に参加し、ufotable制作のテレビアニメシリーズの成功を劇場版へつないだ事例で、テレビシリーズから劇場版、さらにマーチャンダイジングへ広がる連鎖収益の威力を示した。この作品の成功で、東宝はアニメIP事業に経営資源を本格的に振り向ける判断を固めた。アニメ1本が他の全セグメント合計を超える利益を生む構造は、事業ポートフォリオの重心を映画・アニメ側へ動かした。製作委員会方式では出資比率と権利取得が利益分配を決めるため、シリーズ初期からの関与の深さがそのまま劇場版の利益額に跳ね返る関係が、ここで実証された。
「呪術廻戦」「SPY×FAMILY」「僕のヒーローアカデミア」といった作品群でもテレビアニメから劇場版への流れが続き、アニメIP事業は映画事業の利益成長を引っ張る柱となった。FY21に映画事業の営業利益は248億円に回復し、FY23には447億円に達した。10年前のFY13の175億円と比べて2.5倍で、差分の大半はアニメIP関連の収益だ。配給手数料主体の商売から、製作段階でリスクを取ってリターンを最大化するモデルへ移った結果、利益構造そのものが入れ替わった。日本の映画メジャーの定義が、配給ではなく自社製作の比重で測られる方向へ動いた。配給収入主導から製作・権利収入主導への変化で、収益のボラティリティはむしろ上がる方向だが、当たり作品が出たときのリターンも桁が変わる。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24-2Q
- アニプレックスプレスリリース
- 映画.com 2024/3/11
「川上から川下まで」── 北米自社配給で開いた利益の出口
2023年11月公開の「ゴジラ-1.0」は、東宝の海外戦略の転換点となった。山崎貴監督による本作は国内興行収入76.5億円に加え、北米で5641万ドルの興行収入を記録し、北米公開の日本実写映画として歴代1位を更新した(映画.com 2024/3/11)。2024年3月の第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞し、日本映画の同賞受賞は史上初だ。従来、日本映画の海外配給は現地の配給会社に権利を売るモデルが主流だったが、東宝は子会社のToho Internationalを通じて北米で自社配給を行い、配給会社に手数料を抜かれる構造から自ら抜け出した。海外での自社配給は、日本映画の海外展開の枠組みを内側から組み替える試みで、ファンとの直接接点を海外でも自社の手に残す布石となった。
松岡宏泰社長は「川上から川下まで、われわれができるだけ関与していくことが重要」(決算説明会 FY24-2Q)と語り、自社配給によるファンとの直接接点を戦略の核に据えた。「ゴジラ-1.0」の配信権は国内と海外で別々の配信業者に売り、作品評価が交渉力に直結する構造を使って収益を最大化した。自社配給は配給手数料を中間業者に渡さず自ら取れるため、利益率の改善にも効いた。北米5641万ドルという興行成績は、現地配給会社に売り切るモデルだったとすれば東宝に入る金額は大幅に削られていたはずで、自社配給という構造選択がそのまま利益として定着した実例である。この成功を受け、東宝はコンテンツ製作の上流から下流までを自社グループ内で完結させる体制構築を加速し、垂直統合の射程を海外市場まで広げる方針を明確にした。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24-2Q
- アニプレックスプレスリリース
- 映画.com 2024/3/11
制作内製化とGKIDS買収 ── 上流から海外配給までの自前化
「ゴジラ-1.0」の成功後、東宝はコンテンツ製作の上流工程への関与を加速した。2024年6月にアニメ制作スタジオのサイエンスSARUを子会社化し、製作委員会への出資にとどまらず制作機能そのものを内製化する方針へ踏み込んだ。2024年10月にはToho Internationalを通じて北米のアニメ配給会社GKIDS,Inc.を子会社化し、Toho InternationalとGKIDSの2チャネルで北米配給網を組んだ。海外売上比率はFY24に初めて10%規模に到達し、配給網の整備と制作能力の拡充が並行して進み、国内中心モデルから海外収益を視野に入れた構造への転換が形になった。アニメ制作会社と海外配給網を同時並行で取り込む打ち方は、東宝が狙う垂直統合の射程を国内外の両面で広げている。
FY24の連結営業収入は3131億円、経常利益は644億円を記録した。映画事業の営業利益508億円は不動産事業の168億円の3倍に達し、利益構造の重心は映画・アニメIP側へ完全に移った。有利子負債は19億円と実質無借金経営を維持し、自己資本4783億円という財務基盤が、今後の大型投資やM&Aの原資となる。10年前のFY13と比較して映画事業の営業利益は約3倍で、この成長はアニメIPの収益力と自社配給モデルの確立がもたらした結果だ。映画会社の利益構造を長く規定してきた不動産依存の均衡が崩れ、成長事業の牽引力が初めて前面に立った。製作会社としての東宝像が、財務数字の上でも明確な形で現れた。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24-2Q
- アニプレックスプレスリリース
- 映画.com 2024/3/11
直近の動向と展望
中期経営計画2028 ── 営業利益700億円と1000億円の戦略投資枠
2025年4月、東宝は「中期経営計画2028」を発表した。FY27に営業利益700億円以上を目標とし、3年間の戦略投資枠として1000億円を設定した。内訳はコンテンツ製作投資700億円、ゴジラ関連150億円、M&Aやその他への充当枠を含む。松岡宏泰社長は「1000億円は必ず使い切る予算ではない」(決算説明会 FY25)と述べ、M&Aの必要性を案件ごとに慎重に判断する姿勢を示した。IP・アニメ事業の成長戦略として、前中計で触れていなかった製作機能の拡充と人員増加を重要テーマに掲げ、外部依存からの脱却を明示した。アニメ制作の内製化を経営課題の中心に据えた点が、この中計の新しさで、製作委員会への出資から制作スタジオの所有・運営まで自社で抱える方向に踏み込んでいる。FY24に達成した営業利益644億円から700億円への上積みは、アニメ・IP事業の継続成長を前提とした目標設定だ。
アニメは制作キャパシティの制約が成長のボトルネックで、サイエンスSARUの子会社化に続く制作体制の強化が計画の実効性を左右する。バンダイナムコホールディングスとの資本業務提携によるオリジナルIPの共同開発も、新たな収益源として位置づけられている。コンテンツ製作投資700億円という規模は、東宝が配給会社から製作会社への転換を後戻りさせない意思の表明で、制作人材の確保と育成が中計達成の鍵となる。外部スタジオへの依存構造からの脱却が、中期計画期間中の最大のテーマで、製作委員会方式で収益を分け合う従来の枠組みを越えた自社IPの形成が狙われている。
- 決算説明会 FY25
海外売上比率30% ── 創業100周年に向けたビジョン2032
中計と同時に発表された長期ビジョン2032では、創業100周年の2032年に営業利益1000億円以上、海外売上比率30%、ROE恒常的10%以上を掲げた。FY24時点で海外売上比率は約10%で、3倍への引き上げは野心的な目標だ。松岡社長は対象地域として北米に加え欧州・東南アジア・インド・中国を挙げ、ロサンゼルス・ニューヨーク・シンガポールに加えて欧州にも拠点を設ける方針を示した。国内市場の人口減を前提に置いた成長戦略として、海外配給拠点の面的な整備が形を持ってきた。GKIDS買収を起点とした北米展開は、欧州・アジアへの順次拡張を視野に入れた段取りの一部だ。アニメ作品の海外配給で先行する企業はソニー傘下のアニプレックスや米クランチロールなどがあり、後発の東宝が海外売上比率30%まで持ち上げるには配給網と人材の獲得競争に勝ち続ける必要がある。
デジタル戦略として「TOHO-ONE」プロジェクトを発表し、映画・アニメ・ゲーム・ショッピングを横断するファンプラットフォームの構築を目指す。映画興行に依存する収益モデルから、ファンとの継続的な接点を通じてIP関連の収益を積み上げるモデルへの転換を図る構想だ。不動産事業でも新宿東宝ビルの「ゴジラヘッド」がもたらした宣伝効果を踏まえ、エンタテインメントと連動した不動産開発の可能性を検討している。東宝の競争力は、都心一等地の不動産という安定収益基盤と、ゴジラ・アニメIPという成長資産の組み合わせにある。小林一三が持ち込んだ鉄道沿線モデルが、94年を経て映画・アニメIP中心の新たな経営モデルと組み合わさる段階に入った。
- 決算説明会 FY25