東日本旅客鉄道 の歴史

更新:

創業

1987年

創業者

※日本国有鉄道

創業地

東京都

直近売上高(2026/3)

30,847億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1987年の発足直後から、JR東日本は鉄道ではなく駅という空間の収益化を探ったのか
A 分割民営化で首都圏通勤という本州3社で最も厚い収益基盤を得た一方、新幹線施設は新幹線鉄道保有機構からのリース方式で、自社所有の土地さえ清算事業団との関係で簡単には動かせなかった。経営の自由裁量が狭く、手が届く資産は駅周辺に限られた。住田正二初代社長は1987年に「唯一、自由にできるのは主要駅の上空や、高架下などだろう」と語り、自社を「日本最大の含資産保有会社」と位置づけて、1988年に開発事業本部を設け高架下開発やホテル事業へ進んだ。駅という空間を収益化する発想が、発足時から根づいた。
Q なぜ2001年に、JR東日本は改札用のIC技術を電子マネー・モバイル決済へと改札の外まで延ばしたのか
A 首都圏の駅は1日数百万人が通過する規模であり、その全員が日々触れる改札にIC決済を載せれば、鉄道の外でも通用する決済基盤へ育てられる見込みが立った。発足直後からIC乗車券の研究を進め、実用化まで14年をかけて2001年11月18日に首都圏424駅でSuicaを始めた。当初は定期券・乗車券の代替だったが、2004年に電子マネー、2006年にモバイルSuicaを加え、財布を持たずに売店・自販機・コンビニで支払える導線を整えた。改札という巨大な接点を、駅の外の生活決済へ広げる仕組みへ組み替えた。
Q なぜ2020年代に、鉄道会社のJR東日本が鉄道一本足を捨て「2軸の経営」へ転換したのか
A コロナ禍で通勤・出張需要が1年あまりで崩れ、テレワークの定着で定期券利用が構造的に減ったため、鉄道に偏った収益構造の弱さが表面化し、輸送量の回復を前提にできなくなった。2021年3月期は発足以来初の赤字となる純損失5,779億円を計上し、深澤祐二社長は利用客数はコロナ前には戻らないとの認識を明言した。2024年に就いた喜勢陽一社長は「鉄道事業だけを主軸にすると脆弱」と述べ、不動産・流通・Suica金融を鉄道と並ぶ稼ぎ口に据える方針を表明した。積み上げた駅ナカ・不動産事業を、本業の補完から第2の柱へ引き上げる転換である。

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

1987年〜 国鉄の清算として生まれ、鉄道の立て直しに集中した最初の七年

東日本旅客鉄道の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1987年 国鉄分割民営化によりJR東日本を設立
  2. 1987年 東日本キヨスクの株式取得・子会社化
  3. 1989年 ジェイアール東日本高架開発を設立
  4. 1990年 駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益の柱化 直営百貨店の夢が潰えた後、JR東日本は駅という空間資産をどう鉄道外収益の柱に変えたか
  5. 1991年 東北・上越新幹線の東京駅乗り入れ開始
  6. 1991年 新幹線鉄道施設を新幹線鉄道保有機構から譲受け
  7. 1992年 山形新幹線の運転開始

37兆円の負債と1万人の余剰人員を抱えた発足

1987年4月、東日本旅客鉄道が設立され、日本国有鉄道の事業を引き継いで[1]旅客鉄道事業と旅客自動車運送事業を開始した。同時に旅客鉄道6社と日本貨物鉄道が発足し、国鉄そのものは日本国有鉄道清算事業団へ移行して[2]債務の処理にあたった。末期の国鉄は毎年1兆円以上の赤字を出し、累積債務は約37兆円に達していた[3]。中曽根康弘内閣のもとで進められた分割民営化は、地域ごとに経営を自立させて赤字の循環を断つ設計[4]であった。同年7月には東日本キヨスクの株式を取得して子会社とし[5]、駅で物を売る機能を早い段階で手元へ引き寄せている。民営化がもたらした意識の変化を、松田昌士氏はのちに「『国鉄のころの一種の破産状態に2度と陥りたくない』という思いが社員に定着し、それが仕事に前向きに取り組む大きな力になった[6]」(日経ビジネス 1998/04/27)と説明している。

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1987年 東日本旅客鉄道設立・国鉄の事業を承継
    • [2]旅客鉄道6社と日本貨物鉄道の発足、国鉄は日本国有鉄道清算事業団へ移行
    • [3]国鉄の累積債務 約37兆円
    • [5]1987年 東日本キヨスクの株式取得・子会社化
  • 国鉄改革関連法(1986年)
    • [4]中曽根康弘内閣のもとで国鉄分割民営化を実施
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [6]破産状態に二度と陥りたくないという思いが社員に定着したとの認識

発足時の経営陣が最初に直面したのは人の過剰であった。住田正二社長は「JR東日本だけで現有人員8.3万人に対して約1万人の余剰人員がある[8]。この人たちの有効活用を一刻も早く考えなければならない」(日本経済新聞 1987/07/26)と述べ、人件費の構造そのものを組み替える必要を認めている。使える資産にも制約があった。同社長は「国鉄清算事業団との関係もあって、自社所有の土地であっても簡単にいじれない。唯一、自由にできるのは主要駅の上空や、高架下などだろう」(日本経済新聞 1987/07/26)と語っており、鉄道用地の大半は債務の担保として清算事業団の管理下にあった。 [7][9]

  • 日本経済新聞(1987年7月26日)
    • [7]住田正二 初代社長
    • [8]発足時の現有人員8.3万人に対し約1万人の余剰人員
    • [9]自由に使えるのは主要駅の上空・高架下に限られた

国鉄末期の職場は、経営難よりも人心の荒廃が深かった。のちに社長となる松田昌士氏は当時を振り返り「なにしろ当時は労使が紛糾し社内は陰気だったし、社員は『国賊』と呼ばれて、会社に行きたくないなという感じでしたからね」(日経ビジネス 1998/04/27)と語っている。住田正二氏も、改革が成立した条件を人の意識に見ていた。「当時国鉄には30万人近くの職員がいて、10万人近くの人がクビになるという状況でした」「『新しく民営化した会社に行けるかどうかは分からない』『民営化されると、今度はつぶれるかもしれない』という危機感があったからこそうまくいったのです[12]」(日経ビジネス 2001/07/23)。 [10][11]

  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [10]松田昌士(のち社長)の国鉄末期回想
  • 日経ビジネス 2001年7月23日号「有訓無訓 住田正二[東日本旅客鉄道相談役]精神革命なくして改革の成功なし」
    • [11]国鉄の職員 30万人近く/10万人近くが職を失う状況
    • [12]住田正二による改革成立条件の説明
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1987年 東日本旅客鉄道設立・国鉄の事業を承継
    • [2]旅客鉄道6社と日本貨物鉄道の発足、国鉄は日本国有鉄道清算事業団へ移行
    • [3]国鉄の累積債務 約37兆円
    • [5]1987年 東日本キヨスクの株式取得・子会社化
  • 国鉄改革関連法(1986年)
    • [4]中曽根康弘内閣のもとで国鉄分割民営化を実施
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [6]破産状態に二度と陥りたくないという思いが社員に定着したとの認識
    • [10]松田昌士(のち社長)の国鉄末期回想
  • 日本経済新聞(1987年7月26日)
    • [7]住田正二 初代社長
    • [8]発足時の現有人員8.3万人に対し約1万人の余剰人員
    • [9]自由に使えるのは主要駅の上空・高架下に限られた
  • 日経ビジネス 2001年7月23日号「有訓無訓 住田正二[東日本旅客鉄道相談役]精神革命なくして改革の成功なし」
    • [11]国鉄の職員 30万人近く/10万人近くが職を失う状況
    • [12]住田正二による改革成立条件の説明

関連事業に手を出さず、鉄道の原価を下げた十年

発足から十年間、同社は多角化へ向かわなかった。松田昌士氏は「この10年間は本業の鉄道事業の立て直しに集中してきました。俗にいう関連事業にはあまり力を入れなかったんです」(日経ビジネス 1998/04/27)と述べている。その代わりに手を付けたのが調達と規格である。国鉄規格(JRS)を廃止して汎用品で足りるものは汎用品へ切り替え、車両発注で慣行となっていたメーカー別のシェア割りもやめた[15]。目標の明確さも変化のひとつであった。松田昌士氏は「民間会社は目標がはっきりしています。自分たちの生活はお客様からの運賃などで賄い、しかもそれによって黒字を出して株主に配当するというようにね」と述べ、国鉄時代は法律に公共性と企業性が並記され何が目標か分からなかった[17]と振り返っている。 [13][14][16]

  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [13]発足後10年は鉄道事業の立て直しに集中し関連事業を抑制
    • [14]国鉄規格(JRS)の廃止と汎用品への切り替え
    • [15]車両発注のメーカー別シェア割りの廃止
    • [16]民間会社としての目標の明確化(運賃で賄い黒字を出して株主に配当する)
    • [17]国鉄時代は法律に公共性と企業性が並記され目標が不明確だった

規格と商慣行を外した効果は原価に表れた。松田昌士氏によれば「モノを買ったりつくったりするコストは国鉄時代に比べ平均2割ぐらい安くなっています」(日経ビジネス 1998/04/27)。海外調達も年2億円程度から自社だけで80億円へ広がり[19]、新幹線の扉はフランス製、長野新幹線の推進装置はドイツ製[20]、英国製のディーゼルエンジンも導入している。予算の扱いも変わった。「国鉄時代には、何かをつくるとき『いくらかかってもつくるんだ』という発想でしたから常に、初めの計画の2倍ぐらいに経費が膨らんでいた」のが、民間会社となって「この予算でやるよ、それでできないなら、やめるよ」と言えるようになった(日経ビジネス 1998/04/27)。 [18][21]

  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [18]調達・製造コストが国鉄時代比で平均2割低下
    • [19]海外調達 年2億円程度から自社だけで80億円へ
    • [20]新幹線の扉はフランス製・長野新幹線の推進装置はドイツ製・英国製ディーゼルエンジンの導入
    • [21]国鉄時代は計画の2倍に経費が膨張していた

鉄道の外側にも布石は打たれていた。1988年4月、関連事業の推進体制を強化するため開発事業本部を設置し、同月にバス事業部門を分離してジェイアールバス東北とジェイアールバス関東を設立した[23]。1989年4月にはジェイアール東日本高架開発(現ジェイアール東日本都市開発)を[24]、1990年3月に日本食堂の株式を取得し、同年4月に東京圏駅ビル開発(現アトレ)を設立している[25]。1988年5月にはジェイアール東日本企画を設立し[26]、広告の扱いも自社の系列に置いている。 [22]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1988年 開発事業本部を設置
    • [23]1988年 バス事業部門の分離(ジェイアールバス東北・関東の設立)
    • [24]1989年 ジェイアール東日本高架開発を設立
    • [25]1990年 日本食堂の株式取得/1990年 東京圏駅ビル開発(現アトレ)設立
    • [26]1988年 ジェイアール東日本企画を設立
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [13]発足後10年は鉄道事業の立て直しに集中し関連事業を抑制
    • [14]国鉄規格(JRS)の廃止と汎用品への切り替え
    • [15]車両発注のメーカー別シェア割りの廃止
    • [16]民間会社としての目標の明確化(運賃で賄い黒字を出して株主に配当する)
    • [17]国鉄時代は法律に公共性と企業性が並記され目標が不明確だった
    • [18]調達・製造コストが国鉄時代比で平均2割低下
    • [19]海外調達 年2億円程度から自社だけで80億円へ
    • [20]新幹線の扉はフランス製・長野新幹線の推進装置はドイツ製・英国製ディーゼルエンジンの導入
    • [21]国鉄時代は計画の2倍に経費が膨張していた
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1988年 開発事業本部を設置
    • [23]1988年 バス事業部門の分離(ジェイアールバス東北・関東の設立)
    • [24]1989年 ジェイアール東日本高架開発を設立
    • [25]1990年 日本食堂の株式取得/1990年 東京圏駅ビル開発(現アトレ)設立
    • [26]1988年 ジェイアール東日本企画を設立

新幹線施設の買い取りと、250万株の売り出し

1991年6月、東北・上越新幹線の東京〜上野間3.6キロが開業し[27]、新幹線が都心へ乗り入れた。同年10月には東北・上越新幹線の鉄道施設を新幹線鉄道保有機構から譲り受けている[28]。発足時はリース方式で借り受けていた基幹資産を自社の所有へ移している。1992年7月には東北新幹線から奥羽線へ直通する山形新幹線の運転を始め、在来線の軌間を広げて新幹線車両を直通させる方式を実用化している。鉄道の周辺機能も順に会社の形へ移された。1989年11月に情報システム部門を分離してジェイアール東日本情報システムを設立し、1990年8月にジェイアール東日本ビルテック、1992年4月にジェイアール東日本メカトロニクスを設けている[31][29][30]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1991年 東北・上越新幹線 東京〜上野間(営業キロ3.6km)の営業開始
    • [28]1991年 新幹線鉄道保有機構から東北・上越新幹線の鉄道施設を譲受
    • [31]1990年 ジェイアール東日本ビルテック設立/1992年 ジェイアール東日本メカトロニクス設立
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書
    • [29]1992年 山形新幹線(東北新幹線から奥羽線への直通)運転開始
    • [30]1989年 情報システム部門を分離しジェイアール東日本情報システムを設立

1993年10月、日本国有鉄道清算事業団が保有する同社株式250万株が売却され[32]、東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部と新潟証券取引所へ株式を上場した[33]。売却代金は国鉄の債務返済に充てられた。同年、松田昌士氏が社長に就任している。1993年3月期の連結営業収益は2兆3,388億円、経常利益は1,106億円であった[35]。前期にあたる1992年3月期の連結営業収益は2兆2,223億円、経常利益は1,168億円[36]であり、上場時点で2兆円台の売上と千億円台の経常利益を安定して出す事業体になっていた。 [34]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [32]1993年 清算事業団保有の当社株式250万株を売却
    • [33]東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部および新潟証券取引所へ上場
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [34]1993年 松田昌士が社長就任
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [35]1993年3月期 連結営業収益2兆3,388億円・経常利益1,106億円
    • [36]1992年3月期 連結営業収益2兆2,223億円・経常利益1,168億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1991年 東北・上越新幹線 東京〜上野間(営業キロ3.6km)の営業開始
    • [28]1991年 新幹線鉄道保有機構から東北・上越新幹線の鉄道施設を譲受
    • [31]1990年 ジェイアール東日本ビルテック設立/1992年 ジェイアール東日本メカトロニクス設立
    • [32]1993年 清算事業団保有の当社株式250万株を売却
    • [33]東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部および新潟証券取引所へ上場
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書
    • [29]1992年 山形新幹線(東北新幹線から奥羽線への直通)運転開始
    • [30]1989年 情報システム部門を分離しジェイアール東日本情報システムを設立
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [34]1993年 松田昌士が社長就任
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [35]1993年3月期 連結営業収益2兆3,388億円・経常利益1,106億円
    • [36]1992年3月期 連結営業収益2兆2,223億円・経常利益1,168億円

1994年〜 駅を資産と見立てた多角化と、三段に分けた株式の売り出し

東日本旅客鉄道の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1997年 秋田新幹線の運転開始
  2. 1997年 北陸新幹線(高崎〜長野間)開業
  3. 1999年 山形新幹線を新庄駅まで延伸
  4. 2001年 Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張 改札機の非接触ICを、なぜ街ナカの決済と生活サービスの基盤へ広げたのか
  5. 2001年 JR会社法の適用対象から除外

運賃を上げない経営と、生産性で稼いだ余力

民営化後の同社は運賃を据え置き続けた。松田昌士氏は1998年の時点で「もう11年間上げていないから、合計で約20年は上げない」と述べ、物価上昇率が2〜3%の範囲内であればさらに10年間は改定しない方針を示している。国鉄時代は13年間に11回も値上げしており[38]、その反省が方針の根拠であった。「値上げすると一時的に収入が増えても、利用者の値ごろ感を壊してしまい、長期的にはお客様が利用しなくなる[39]」(日経ビジネス 1998/04/27)という判断である。 [37]

  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [37]民営化から11年間運賃を据え置き、さらに10年間据え置く方針
    • [38]国鉄時代は13年間に11回の値上げ
    • [39]値上げは利用者の値ごろ感を壊し長期的に利用を減らすという判断

原価を下げた主役は鉄道部門の生産性であった。1998年時点の人員は7万9,000人で、民営化した1987年の8万2,000人からさほど減っていない。ところが鉄道部門は生産性が4割以上向上し、発足時より1万6,000人少ない人数で運行を回していた[41]。差し引き分の人員が鉄道以外の部門へ移っていたことになる。しかもその世代が退職期に入り、今後10年で約2万人が去る見通しであった。設備の側でも手が打たれ、山手線では線路下の砂利をコンクリート板へ置き換える工事が1キロあたり1億5,000万円で進み[43]、年間の保守経費を最低2割・最大5割不要にする効果が見込まれた。新幹線網も延び、1997年3月に東北新幹線から田沢湖線・奥羽線へ直通する秋田新幹線の運転が始まり[44]、同年10月には北陸新幹線の高崎〜長野間117.4キロが開業している[45][40][42]

  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [40]1998年時点の人員7万9,000人/民営化時8万2,000人
    • [41]鉄道部門の生産性が4割以上向上し発足時より1万6,000人少ない人数で運行
    • [42]今後10年で約2万人が退職する見通し
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [43]山手線の線路下砂利をコンクリート板へ置換(1キロ1億5,000万円・保守経費2〜5割減)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1997年 秋田新幹線(東北新幹線から田沢湖線・奥羽線への直通)運転開始
    • [45]1997年 北陸新幹線 高崎〜長野間(営業キロ117.4km)の営業開始
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [37]民営化から11年間運賃を据え置き、さらに10年間据え置く方針
    • [38]国鉄時代は13年間に11回の値上げ
    • [39]値上げは利用者の値ごろ感を壊し長期的に利用を減らすという判断
    • [40]1998年時点の人員7万9,000人/民営化時8万2,000人
    • [41]鉄道部門の生産性が4割以上向上し発足時より1万6,000人少ない人数で運行
    • [42]今後10年で約2万人が退職する見通し
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [43]山手線の線路下砂利をコンクリート板へ置換(1キロ1億5,000万円・保守経費2〜5割減)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1997年 秋田新幹線(東北新幹線から田沢湖線・奥羽線への直通)運転開始
    • [45]1997年 北陸新幹線 高崎〜長野間(営業キロ117.4km)の営業開始

一日1,600万人が通る場所という資産

十年を鉄道に注いだのち、松田昌士氏は関連事業へ人と投資を振り向け始めた。着眼したのは駅そのものである。「3万人以上の乗り降りする駅が二一七もあるから、この駅を全部、いろいろな形に開放し、細かい投資で回収の早いものを積み上げていくつもりだ」(週刊東洋経済 1999/09/11)。同時に、一か所へ巨額を投じる開発は避けた。「景気が浮揚するまでは、一カ所に一〇〇〇億、二〇〇〇億円を投資するやり方はリスクが大きい」とし、東京駅についても「戦災を受ける前の形に完全復元をしたい[48]。普通のビルに変えるつもりはない」と述べている。1998年4月には主要40駅の構内を店舗化する計画が動き出した。 [46][47][49]

  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [46]乗降3万人以上の駅が217
    • [47]一か所へ1,000億〜2,000億円を投じる開発は回避する方針
    • [48]東京駅は戦災前の姿への復元方針
  • 日本経済新聞(1998年4月7日)
    • [49]1998年4月 主要40駅の構内店舗化計画

駅の商業化は既存事業の立て直しから始まった。キオスクは鉄道弘済会から分離され、弘済会の色彩が強く不採算だった店舗を閉めたことで、赤字が一年で黒字へ転じている。ただし収益性には構造的な壁があった。「駅コンビニの坪当たりの売り上げはセブン‐イレブンと全く変わらないどころか上回っている店舗もある。ところが利益率は一%ない」(週刊東洋経済 1999/09/11)。理由は人件費で、二万数千人の余裕人員が働き、年収800万円を超える社員が売場に立っていた。松田昌士氏は「彼らが定年になり始めたのでこれからは劇的に採算もよくなる」と見通していた。 [50][51][52]

  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [50]キオスクを鉄道弘済会から分離し不採算店舗を閉鎖、赤字を1年で黒字化
    • [51]駅コンビニの坪当たり売上はセブン-イレブンと同等以上だが利益率1%未満
    • [52]二万数千人の余裕人員・年収800万円超の社員が売場に立つ構造

手を組む相手も変えた。直営か子会社かにこだわらず、ぴあ・マクドナルド・無印良品といった外部企業と提携して駅構内へ誘致する方式へ移り、松田昌士氏は「もはやオーナー的にやるやり方は限界に来ている。一社一社で利益を上げていく時代ではなく、共同で利益をシェアする時代[54]」(週刊東洋経済 1999/09/11)と説明している。関連事業は当時、連結収入の8%程度を占めるにすぎず[55]、5年から7年で12%程度まで高める目標が置かれた。1997年6月には関連事業本部と開発事業本部を統合して事業創造本部が設置されている[56][53]

  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [53]ぴあ・マクドナルド・無印良品との提携による駅構内誘致
    • [54]直営主義から共同で利益を分け合う方式への転換
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [55]関連事業は連結収入の約8%、5〜7年で12%程度への引き上げ目標
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [56]1997年 関連事業本部と開発事業本部を統合し事業創造本部を設置
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [46]乗降3万人以上の駅が217
    • [47]一か所へ1,000億〜2,000億円を投じる開発は回避する方針
    • [48]東京駅は戦災前の姿への復元方針
    • [50]キオスクを鉄道弘済会から分離し不採算店舗を閉鎖、赤字を1年で黒字化
    • [51]駅コンビニの坪当たり売上はセブン-イレブンと同等以上だが利益率1%未満
    • [52]二万数千人の余裕人員・年収800万円超の社員が売場に立つ構造
    • [53]ぴあ・マクドナルド・無印良品との提携による駅構内誘致
    • [54]直営主義から共同で利益を分け合う方式への転換
  • 日本経済新聞(1998年4月7日)
    • [49]1998年4月 主要40駅の構内店舗化計画
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
    • [55]関連事業は連結収入の約8%、5〜7年で12%程度への引き上げ目標
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [56]1997年 関連事業本部と開発事業本部を統合し事業創造本部を設置

Suicaの投入と、特殊法人からの離脱

株式の売却は三段に分けて進んだ。1993年10月の250万株に続き、1999年8月に日本鉄道建設公団が保有する100万株が売却されている。松田昌士氏は「JRになって一三年、残る一五〇万株を全部放出して完全民営化したい[58]と(政府、運輸省に対して)強くお願いしてきた」と述べ、残る50万株の早期売却を求めた。政府が株を持ち続けることは実務上の制約でもあった。監査役の選定、資金調達、3億円以上・3,000平方メートル以上の土地売却にはいずれも大臣認可が必要だったためである。長期債務の追加負担問題が持ち上がったのも、同社がなお特殊法人だったことに起因していた[60][57][59]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [57]1999年 日本鉄道建設公団保有の当社株式100万株を売却
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [58]残る150万株の全部放出による完全民営化の要請
    • [59]監査役選定・資金調達・3億円以上かつ3,000平方メートル以上の土地売却に大臣認可が必要
    • [60]長期債務の追加負担問題は特殊法人であることに起因

2000年6月、大塚陸毅氏が社長に就任した[61]。旧国鉄で最後の総裁室秘書役を務め、JR東日本の初代財務部長として最初の事業計画を作った人物である。就任後は東京周辺の駅を自ら回り、「駅全体を一つの会社と考えれば、駅長は社長で、管理職はみな重役だ。この駅でどういう商売をしたらいちばん収益が上がるか、ちょっと考えたら面白いんじゃないか、と話してきた」(週刊東洋経済 2000/12/02)と語っている。同氏が最大の経営資源と呼んだのは、一日に1,600万人が乗り降りする駅であった。同年11月には非鉄道事業を含むグループ中期経営構想が初めて打ち出されている[64][62][63]

  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「トップの履歴書 大塚陸毅/東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 駅をベースに非鉄道事業にも舵を切る」
    • [61]2000年6月 大塚陸毅が社長就任(旧国鉄最後の総裁室秘書役・JR東日本初代財務部長)
    • [62]駅長を社長・管理職を重役に見立てた駅単位の収益発想
    • [63]一日1,600万人が乗降する駅を最大の経営資源と位置づけ
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [64]2000年11月 非鉄道事業を含むグループ中期経営構想を策定

2001年11月18日、首都圏424駅で非接触ICカード乗車券「Suica」のサービスが始まった[65]。ソニーのFeliCaを用い、改札機・券売機・精算機など約1万台の機器を一斉に切り替えた導入[66]である。研究への着手は1987年の発足直後で、実用化まで14年を要した[67]。1日数百万人という首都圏の利用規模が、機器の一斉更新という重い投資を成り立たせる条件であった。翌12月には旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律の一部を改正する法律が施行され、同社は同法の適用対象から除外されている。あわせて分散していた研究開発拠点を統合し、JR東日本研究開発センターが開設された[69][68]

  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2001年11月18日)「『Suica(スイカ)』デビュー!」
    • [65]2001年11月18日 首都圏424駅でSuicaのサービス開始
    • [66]改札機・券売機・精算機など約1万台を一斉にSuica対応へ切替
    • [67]1987年の発足直後に研究着手し実用化まで14年
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [68]2001年 JR会社法の適用対象から除外
    • [69]2001年 JR東日本研究開発センターを開設
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [57]1999年 日本鉄道建設公団保有の当社株式100万株を売却
    • [68]2001年 JR会社法の適用対象から除外
    • [69]2001年 JR東日本研究開発センターを開設
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
    • [58]残る150万株の全部放出による完全民営化の要請
    • [59]監査役選定・資金調達・3億円以上かつ3,000平方メートル以上の土地売却に大臣認可が必要
    • [60]長期債務の追加負担問題は特殊法人であることに起因
  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「トップの履歴書 大塚陸毅/東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 駅をベースに非鉄道事業にも舵を切る」
    • [61]2000年6月 大塚陸毅が社長就任(旧国鉄最後の総裁室秘書役・JR東日本初代財務部長)
    • [62]駅長を社長・管理職を重役に見立てた駅単位の収益発想
    • [63]一日1,600万人が乗降する駅を最大の経営資源と位置づけ
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [64]2000年11月 非鉄道事業を含むグループ中期経営構想を策定
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2001年11月18日)「『Suica(スイカ)』デビュー!」
    • [65]2001年11月18日 首都圏424駅でSuicaのサービス開始
    • [66]改札機・券売機・精算機など約1万台を一斉にSuica対応へ切替
    • [67]1987年の発足直後に研究着手し実用化まで14年

2002年〜 完全民営化と、鉄道に次ぐ柱としての生活サービス

東日本旅客鉄道の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2002年 東京モノレールを子会社化
  2. 2002年 三段に分けた株式売却と、JR会社法からの離脱 なぜ十五年をかけて政府保有株を手放し、認可の要らない会社になろうとしたのか
  3. 2002年 東北新幹線(盛岡〜八戸間)開業
  4. 2006年 清野智が代表取締役社長に就任
  5. 2010年 東北新幹線(八戸〜新青森間)開業
  6. 2012年 東急車輛の鉄道車両製造事業を取得
  7. 2012年 冨田哲郎が代表取締役社長に就任

十五年をかけて普通の会社になるまで

2002年2月に東京モノレールの株式を取得して子会社とし[70]、同年6月、日本鉄道建設公団が保有していた最後の50万株が売却されて完全民営化が成った[71]。発足から15年を要している。大塚陸毅氏は制度が変わる意味をこう説明していた。「完全民営化後はJR会社法の適用から除外され、普通の民営鉄道並みになります。経営判断は間違いなくスピーディに、機動的になります。潜在的な政治圧力や、政府の圧力などもほとんどなくなると思います」(週刊東洋経済 2001/04/07)。同年12月には東北新幹線の盛岡〜八戸間96.6キロが開業している[73][72]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [70]2002年 東京モノレールの株式取得・子会社化
    • [71]2002年 日本鉄道建設公団保有の50万株を売却し完全民営化
    • [73]2002年 東北新幹線 盛岡〜八戸間(営業キロ96.6km)の営業開始
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [72]JR会社法の適用除外により政治圧力が減じるとの認識

同氏が重く見たのは、認可制度が経営者の責任感を薄めることであった。「今までJR会社法の“足かせ”があって具体的にうまくいかなかったことは、幸いあまりなかったのですが、足かせが存在するだけで、経営者は自己責任を貫徹しにくくなります。つまり、今まではあそこが認可してくれないから仕方がない、と言い訳できるシステム[75]でした。そんなシステムは必要ないのです」(週刊東洋経済 2001/04/07)。保有株の扱いにも自由度が生まれた。当時の同社は日本テレコム株式の15.1%を持ち、簿価200億円に対して時価は2,000億円を超えていたが、大塚陸毅氏は線路沿いの光ファイバー網でつながる最有力の提携先として、直ちに売却する考えはないと述べている[77][74][76]

  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [74]認可制度が経営者の自己責任を薄める構造への問題意識
    • [75]認可を言い訳にできる仕組みの否定
    • [76]日本テレコム株式15.1%を保有、簿価200億円に対し時価2,000億円超
    • [77]線路沿いの光ファイバー網でつながる最有力の提携先として株式を保持

完全民営化の前後で収益は一段上がった。2002年3月期の連結経常利益は1,358億円だったが、2003年3月期には2,026億円へ伸びている[79]。一方で本業の重さは変わらなかった。同社では1日に1万3,000本の列車が走り、設備投資全体の4割程度が安全に振り向けられていた。2001年1月には新大久保駅でホームからの転落事故が起きており、非常列車停止ボタンの周知、ホームステップの設置、転落検知マットの増設[81]といった対策が積み重ねられた。組織面では2003年11月に中央保健管理所を移転してJR東日本健康推進センターへ改称し[82]、2005年4月にはホテルメトロポリタンがホテルエドモントおよび旧日本ホテルと合併して日本ホテルへ商号を変更している[83][78][80]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [78]2002年3月期 連結経常利益1,358億円
    • [79]2003年3月期 連結経常利益2,026億円
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [80]1日1万3,000本の列車運行・設備投資の約4割を安全投資へ配分
    • [81]新大久保駅の転落事故を受けた非常列車停止ボタン周知・ホームステップ設置・転落検知マット増設
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [82]2003年 JR東日本健康推進センターへ改称
    • [83]2005年 ホテルメトロポリタン等3社合併により日本ホテルへ商号変更
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [70]2002年 東京モノレールの株式取得・子会社化
    • [71]2002年 日本鉄道建設公団保有の50万株を売却し完全民営化
    • [73]2002年 東北新幹線 盛岡〜八戸間(営業キロ96.6km)の営業開始
    • [82]2003年 JR東日本健康推進センターへ改称
    • [83]2005年 ホテルメトロポリタン等3社合併により日本ホテルへ商号変更
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [72]JR会社法の適用除外により政治圧力が減じるとの認識
    • [74]認可制度が経営者の自己責任を薄める構造への問題意識
    • [75]認可を言い訳にできる仕組みの否定
    • [76]日本テレコム株式15.1%を保有、簿価200億円に対し時価2,000億円超
    • [77]線路沿いの光ファイバー網でつながる最有力の提携先として株式を保持
    • [80]1日1万3,000本の列車運行・設備投資の約4割を安全投資へ配分
    • [81]新大久保駅の転落事故を受けた非常列車停止ボタン周知・ホームステップ設置・転落検知マット増設
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [78]2002年3月期 連結経常利益1,358億円
    • [79]2003年3月期 連結経常利益2,026億円

生活サービス事業を鉄道に次ぐ第二の柱に

大塚陸毅氏は関連事業の位置づけを言い換えた。「これからは、こうした関連事業を『生活サービス事業』として、鉄道事業に次ぐ第二の柱に育てていこうと考えています」(週刊東洋経済 2001/04/07)。自前で人材とノウハウを育てるより外部企業と組むほうが速いという判断も明示され、ユニクロや良品計画が駅ビルへ相次いで入り、吉野家とも提携した[85]。ユニクロが2000年11月に新宿駅へ出した店は当初の売上目標を大きく超えている。待っていれば出店希望が集まる立地でありながら、それでは開発が統一されないという反省もあった。 [84][86]

  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [84]関連事業を「生活サービス事業」と定義し鉄道に次ぐ第二の柱とする方針
    • [85]ユニクロ・良品計画の駅ビル出店と吉野家との提携
    • [86]2000年11月 ユニクロ新宿駅店が当初売上目標を大幅超過

駅の内側を商業空間として作り込む手法は2005年のエキュート開業で形を得た[87]。2006年3月期には駅スペース活用事業が3,697億円、ショッピング・オフィス事業が1,819億円[88]に達し、運輸事業を補う収益源へ育っている。組織の側も、2005年7月にIT事業本部を設置し[89]、2006年7月にはジェイアール東日本ビルディングを設立している[90]。2016年には不動産・ホテル事業がセグメントとして区分され[91]、駅の商業に加えて用地そのものを開発する事業が独立した括りを得ている。

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [87]2005年 エキュート開業
    • [88]2006年3月期 駅スペース活用事業3,697億円・ショッピング・オフィス事業1,819億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書
    • [89]2005年 IT事業本部を設置
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [90]2006年 ジェイアール東日本ビルディングを設立
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2019年3月期)
    • [91]2016年 不動産・ホテル事業のセグメント区分化

Suicaは改札の外側へ広がった。2004年3月に電子マネー「Suicaショッピングサービス」を64駅196店舗で始め、同年10月には発行枚数が1,000万枚を超えている[93]。2006年1月にモバイルSuicaを投入し[94]、2007年7月には鉄道事業本部のSuica事業をIT事業本部へ移してIT・Suica事業本部と改めた[95]。2013年3月には10種類の交通系ICカードの全国相互利用が始まり[96]、1枚の券が全国の改札と店頭で通用するようになった。大塚陸毅氏が2000年11月に打ち出したグループ中期経営構想も、駅を軸に非鉄道事業を組み立てる方針[97]を掲げていた。 [92]

  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年)「Suicaショッピングサービス」
    • [92]2004年3月 電子マネー「Suicaショッピングサービス」を64駅196店舗で開始
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年10月)「おかげさまで1,000万枚突破!」
    • [93]2004年10月 Suica発行枚数1,000万枚超
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2006年)「モバイルSuica」
    • [94]2006年1月 モバイルSuicaの投入
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2007年 IT事業本部をIT・Suica事業本部へ改称
  • 東日本旅客鉄道ほか プレスリリース(2012年12月18日)「交通系ICカードの全国相互利用サービスについて」
    • [96]2013年3月 10種類の交通系ICカードの全国相互利用開始
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [97]2000年11月 グループ中期経営構想で駅を軸とする非鉄道事業の方針
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
    • [84]関連事業を「生活サービス事業」と定義し鉄道に次ぐ第二の柱とする方針
    • [85]ユニクロ・良品計画の駅ビル出店と吉野家との提携
    • [86]2000年11月 ユニクロ新宿駅店が当初売上目標を大幅超過
    • [97]2000年11月 グループ中期経営構想で駅を軸とする非鉄道事業の方針
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [87]2005年 エキュート開業
    • [88]2006年3月期 駅スペース活用事業3,697億円・ショッピング・オフィス事業1,819億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書
    • [89]2005年 IT事業本部を設置
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [90]2006年 ジェイアール東日本ビルディングを設立
    • [95]2007年 IT事業本部をIT・Suica事業本部へ改称
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2019年3月期)
    • [91]2016年 不動産・ホテル事業のセグメント区分化
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年)「Suicaショッピングサービス」
    • [92]2004年3月 電子マネー「Suicaショッピングサービス」を64駅196店舗で開始
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年10月)「おかげさまで1,000万枚突破!」
    • [93]2004年10月 Suica発行枚数1,000万枚超
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2006年)「モバイルSuica」
    • [94]2006年1月 モバイルSuicaの投入
  • 東日本旅客鉄道ほか プレスリリース(2012年12月18日)「交通系ICカードの全国相互利用サービスについて」
    • [96]2013年3月 10種類の交通系ICカードの全国相互利用開始

車両製造の内製化と、3兆円へ届いた本業

2011年3月11日の東日本大震災は、営業エリアである東北・関東地方に未曾有の被害をもたらした[98]。従来から進めていた耐震補強工事の効果で高架橋柱の倒壊などは防げたものの、鉄道施設は広範囲にわたり甚大な被害を受け[99]、被災エリアの新幹線と在来線は長期間の運転休止を余儀なくされた。東北新幹線が全線で運転を再開したのは同年4月29日[100]である。2011年3月期の営業収益は運輸収入の大幅な減収により前期比1.4%減の2兆5,373億円となり[101]、震災に係る特別損失を計上したことで当期純利益は前期比36.6%減の762億円へ落ち込んだ。2012年4月、冨田哲郎氏が社長に就任している[102]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2011年3月期・業績等の概要)
    • [98]2011年3月11日 東日本大震災により東北・関東地方の営業エリアが被災
    • [99]耐震補強工事の効果で高架橋柱の倒壊は防いだが鉄道施設は広範囲に甚大な被害
    • [100]2011年4月29日 東北新幹線が全線で運転再開
    • [101]2011年3月期 営業収益2兆5,373億円(前期比1.4%減)・当期純利益762億円(前期比36.6%減)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(役員の状況)
    • [102]2012年4月 冨田哲郎が社長就任

2012年4月、東急車輛製造の鉄道車両等の製造・販売に係る経営権を取得し、総合車両製作所として子会社化した[103]。2014年4月には自社の新津車両製作所の車両製造事業を吸収分割で同社へ承継させ[104]、車両の設計から製造までをグループ内に束ねている。2015年3月には北陸新幹線の長野〜上越妙高間59.5キロが開業した[105]。2017年6月には国際業務推進体制の強化を目的として国際事業本部が設置され、2018年6月には技術イノベーション推進本部が置かれている[106]。2009年4月には発電・給電業務を再編してエネルギー管理センターを設け[107]、2010年2月にはクレジットカード事業を吸収分割でビューカードへ承継させた[108]。同年12月に東北新幹線の八戸〜新青森間81.8キロが開業し[109]、東京から新青森までが新幹線で結ばれている。

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [103]2012年 東急車輛製造の鉄道車両事業の経営権取得・総合車両製作所として子会社化
    • [104]2014年 新津車両製作所の車両製造事業を吸収分割で総合車両製作所へ承継
    • [105]2015年 北陸新幹線 長野〜上越妙高間(営業キロ59.5km)の営業開始
    • [106]2017年 国際事業本部を設置/2018年 技術イノベーション推進本部を設置
    • [107]2009年 エネルギー管理センターを設置
    • [108]2010年 クレジットカード事業を吸収分割でビューカードへ承継
    • [109]2010年 東北新幹線 八戸〜新青森間(営業キロ81.8km)の営業開始

海外へは鉄道の運営そのものを持ち出した。2017年12月に英国の鉄道運営事業へ参画したが、深澤祐二社長は2019年末の時点で「根付くというところまではいっていない[111]」と述べ、英国では列車の運行とインフラ管理を別会社が担うため、日本流の運営とは仕組みが違う。駅ナカの輸出は先へ進んだ。シンガポールで駅ナカの権利を地元企業と共同で獲得しており、海外鉄道路線における複数駅の駅ナカ開発は日本の鉄道会社として初めての試みであった。2019年3月期の連結営業収益は3兆20億円、営業利益4,849億円、純利益2,952億円[113]であった。技術開発でも次の世代が試されていた。次世代新幹線を開発するための試験車両ALFA-Xを走らせ、2022年3月まで走行試験を続けて2030年度末の北海道新幹線札幌開業までの実用化を目指すとされた。2019年4月には新幹線に関わる業務を集約する新幹線統括本部が設置されている[115][110][112][114]

  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [110]2017年12月 英国の鉄道運営事業へ参画
    • [111]英国事業は日本流の運営が定着していないとの認識
    • [112]シンガポールで駅ナカの権利を地元企業と共同取得(日本の鉄道会社として初)
    • [114]次世代新幹線の試験車両ALFA-Xによる走行試験(2022年3月まで)と2030年度末の北海道新幹線札幌開業までの実用化目標
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [113]2019年3月期 連結営業収益3兆20億円・営業利益4,849億円・純利益2,952億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [115]2019年 新幹線統括本部を設置
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2011年3月期・業績等の概要)
    • [98]2011年3月11日 東日本大震災により東北・関東地方の営業エリアが被災
    • [99]耐震補強工事の効果で高架橋柱の倒壊は防いだが鉄道施設は広範囲に甚大な被害
    • [100]2011年4月29日 東北新幹線が全線で運転再開
    • [101]2011年3月期 営業収益2兆5,373億円(前期比1.4%減)・当期純利益762億円(前期比36.6%減)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(役員の状況)
    • [102]2012年4月 冨田哲郎が社長就任
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [103]2012年 東急車輛製造の鉄道車両事業の経営権取得・総合車両製作所として子会社化
    • [104]2014年 新津車両製作所の車両製造事業を吸収分割で総合車両製作所へ承継
    • [105]2015年 北陸新幹線 長野〜上越妙高間(営業キロ59.5km)の営業開始
    • [106]2017年 国際事業本部を設置/2018年 技術イノベーション推進本部を設置
    • [107]2009年 エネルギー管理センターを設置
    • [108]2010年 クレジットカード事業を吸収分割でビューカードへ承継
    • [109]2010年 東北新幹線 八戸〜新青森間(営業キロ81.8km)の営業開始
    • [115]2019年 新幹線統括本部を設置
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [110]2017年12月 英国の鉄道運営事業へ参画
    • [111]英国事業は日本流の運営が定着していないとの認識
    • [112]シンガポールで駅ナカの権利を地元企業と共同取得(日本の鉄道会社として初)
    • [114]次世代新幹線の試験車両ALFA-Xによる走行試験(2022年3月まで)と2030年度末の北海道新幹線札幌開業までの実用化目標
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [113]2019年3月期 連結営業収益3兆20億円・営業利益4,849億円・純利益2,952億円

2020年〜 感染症が断ち切った鉄道収入と、二軸への組み替え

東日本旅客鉄道の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2020年 コロナ禍で運輸事業が大幅減収
  2. 2021年 初の純損失5779億円を計上
  3. 2021年 駅ナカ事業の4社統合
  4. 2022年 二期で六千七百億円を失った後の、二軸経営への組み替え 鉄道収入が四割消えたとき、なぜ元へ戻すのではなく組織を作り替えたのか
  5. 2024年 喜勢陽一が代表取締役社長に就任
  6. 2025年 高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱 駅の上空と高架下しか自由にできなかった鉄道会社は、都心の車両基地跡地をどう第3の柱へ変えようとしたか

営業収益が四割減り、二期で6,000億円超を失う

2021年3月期、連結営業収益は1兆7,646億円まで落ち込んだ[116]。前期の2兆9,466億円から40%減[117]である。営業損益は5,204億円の損失、経常損益は5,798億円の損失となり、親会社株主に帰属する当期純損失は5,779億円に達した[118]。翌2022年3月期も営業収益1兆9,790億円にとどまり、949億円の純損失が続いている[119]。2期を合わせた純損失は6,728億円[120]で、発足以来はじめて事業の前提そのものが崩れた。2021年3月期には特別損失1,672億円も計上している[121]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [116]2021年3月期 連結営業収益1兆7,646億円(前期比40%減)
    • [117]2020年3月期 連結営業収益2兆9,466億円
    • [118]2021年3月期 営業損失5,204億円・経常損失5,798億円・当期純損失5,779億円
    • [119]2022年3月期 連結営業収益1兆9,790億円・純損失949億円
    • [120]2期合計の純損失6,728億円
    • [121]2021年3月期 特別損失1,672億円

需要が戻らないという前提に立った組み替えが始まった。2020年6月、技術イノベーション推進本部のMaaS事業推進部門とIT・Suica事業本部を統合し、Suica・MaaS・データマーケティングを一体で進めるMaaS・Suica推進本部が設置されている。2021年4月にはJR東日本リテールネットがJR東日本フーズ・JR東日本ウォータービジネス・鉄道会館と合併してJR東日本クロスステーションとなり[123]、駅の物販・飲食を担う会社が一つに束ねられた。前年の2020年4月にも日本レストランエンタプライズとジェイアール東日本フードビジネスの合併が済んでおり[124]、生活サービス側の再編は連続していた。 [122]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [122]2020年 MaaS・Suica推進本部を設置(技術イノベーション推進本部のMaaS部門とIT・Suica事業本部を統合)
    • [123]2021年 JR東日本クロスステーションへの4社合併
    • [124]2020年 日本レストランエンタプライズとジェイアール東日本フードビジネスの合併

本社機構にも手が入った。2022年6月、グループ全体の経営戦略や将来像の策定と新事業の創造を担うグループ経営戦略本部、マーケティング本部、イノベーション戦略本部の3本部が新設された。同年10月には各支社の管轄範囲をもとに首都圏・東北・新潟の3エリアへ区分し直し、東京支社を首都圏本部、仙台支社を東北本部へ改めている[126]。国鉄から引き継いだ支社制を、営業の単位で括り直した組織改正であった。あわせて建設部門の工事事務所は建設プロジェクトマネジメントオフィスへ名称を改め、東北工事事務所の電気部門は東京電気システム開発工事事務所などと統合されて電気システムインテグレーションオフィスとなった。 [125][127]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [125]2022年 グループ経営戦略本部・マーケティング本部・イノベーション戦略本部を新設
    • [126]2022年 首都圏・東北・新潟の3エリア区分、東京支社を首都圏本部・仙台支社を東北本部へ改称
    • [127]2022年 建設プロジェクトマネジメントオフィス・電気システムインテグレーションオフィスへの改組
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [116]2021年3月期 連結営業収益1兆7,646億円(前期比40%減)
    • [117]2020年3月期 連結営業収益2兆9,466億円
    • [118]2021年3月期 営業損失5,204億円・経常損失5,798億円・当期純損失5,779億円
    • [119]2022年3月期 連結営業収益1兆9,790億円・純損失949億円
    • [120]2期合計の純損失6,728億円
    • [121]2021年3月期 特別損失1,672億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
    • [122]2020年 MaaS・Suica推進本部を設置(技術イノベーション推進本部のMaaS部門とIT・Suica事業本部を統合)
    • [123]2021年 JR東日本クロスステーションへの4社合併
    • [124]2020年 日本レストランエンタプライズとジェイアール東日本フードビジネスの合併
    • [125]2022年 グループ経営戦略本部・マーケティング本部・イノベーション戦略本部を新設
    • [126]2022年 首都圏・東北・新潟の3エリア区分、東京支社を首都圏本部・仙台支社を東北本部へ改称
    • [127]2022年 建設プロジェクトマネジメントオフィス・電気システムインテグレーションオフィスへの改組

黒字への復帰と、半分になった社員数

2023年3月期に連結営業収益2兆4,055億円、純利益992億円で黒字へ復帰し[128]、2024年3月期には営業収益2兆7,301億円・純利益1,964億円まで戻した[129]。2025年3月期は営業収益2兆8,876億円・純利益2,243億円[130]である。ただし回復の中身は以前と同じではない。単体従業員は2026年3月期時点で3万9,598人となっており、民営化した1987年の8万2,000人からは半減している。連結従業員数は2023年3月期の6万9,235人から2026年3月期には7万623人へ戻して[132]おり、減らしたのは単体の社員であってグループ全体の人数ではない。 [131]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [128]2023年3月期 連結営業収益2兆4,055億円・純利益992億円で黒字転換
    • [129]2024年3月期 営業収益2兆7,301億円・純利益1,964億円
    • [130]2025年3月期 営業収益2兆8,876億円・純利益2,243億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [131]2026年3月期 単体従業員3万9,598人
    • [132]連結従業員数 2023年3月期6万9,235人→2026年3月期7万623人

2024年4月、喜㔟陽一氏が社長に就任した[133]。鉄道と生活サービスを対等な二本の軸として扱う方針が、ここで明確になった。2025年3月には新たなグループ経営ビジョン「勇翔2034」へ移行し、Suicaを軸とする経済圏の構想が中核に据えられた。Suicaは乗車券の枠を越え、移動と消費をつなぐ基盤として設計し直される方向にある。2020年3月には新幹線のチケットレス乗車サービスが始まり、紙の券を窓口で買う必要のない範囲が広がった。Suicaを軸とする経済圏では、交通と決済に加えて生活サービスの利用データを結ぶ構想[136]が示されている。掲げられた目標は、Suicaアプリの2028年度リリースと、2033年度までの「Suica経済圏」創出[137]である。 [134][135]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(役員の状況)
    • [133]2024年4月 喜㔟陽一が社長就任
  • Impress Watch(2025年)「『Suica経済圏』を目指す JR東日本が新経営ビジョン」
    • [134]2025年3月 グループ経営ビジョン「勇翔2034」へ移行・Suica経済圏を中核化
    • [136]Suicaを軸とする経済圏で交通・決済・生活サービスのデータを結ぶ構想
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [135]2020年3月 新幹線のチケットレス乗車サービス開始
  • 東日本旅客鉄道 グループ経営ビジョン「勇翔2034」(2025年)
    • [137]勇翔2034の目標(Suicaアプリ2028年度リリース・2033年度までのSuica経済圏創出)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [128]2023年3月期 連結営業収益2兆4,055億円・純利益992億円で黒字転換
    • [129]2024年3月期 営業収益2兆7,301億円・純利益1,964億円
    • [130]2025年3月期 営業収益2兆8,876億円・純利益2,243億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [131]2026年3月期 単体従業員3万9,598人
    • [132]連結従業員数 2023年3月期6万9,235人→2026年3月期7万623人
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(役員の状況)
    • [133]2024年4月 喜㔟陽一が社長就任
  • Impress Watch(2025年)「『Suica経済圏』を目指す JR東日本が新経営ビジョン」
    • [134]2025年3月 グループ経営ビジョン「勇翔2034」へ移行・Suica経済圏を中核化
    • [136]Suicaを軸とする経済圏で交通・決済・生活サービスのデータを結ぶ構想
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [135]2020年3月 新幹線のチケットレス乗車サービス開始
  • 東日本旅客鉄道 グループ経営ビジョン「勇翔2034」(2025年)
    • [137]勇翔2034の目標(Suicaアプリ2028年度リリース・2033年度までのSuica経済圏創出)

品川の車両基地跡地に建てた第三の柱

2025年3月27日、品川駅と田町駅の間にあった車両基地跡地の再開発「TAKANAWA GATEWAY CITY」がまちびらきを迎えた[138]。総事業費は約6,000億円で[139]、開発面積は将来構想を含めて約13万平方メートル、延床面積は約84万5,000平方メートルに及ぶ[140]。2020年3月に開業した山手線の新駅・高輪ゲートウェイ駅を核に、ツインタワー「THE LINKPILLAR 1」などが開いている[141]。掲げられたのは「Global Gateway」と「100年先の心豊かなくらしのための実験場」で、モビリティ・環境・ヘルスケアが実証のテーマに据えられた[142]

  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2024年10月30日)「TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらきについて」
    • [138]2025年3月27日 TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらき
    • [140]開発面積 約13万平方メートル・延床面積 約84万5,000平方メートル
    • [141]2020年3月 高輪ゲートウェイ駅開業/ツインタワー THE LINKPILLAR 1 の開業
    • [142]「Global Gateway」「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を掲げモビリティ・環境・ヘルスケアを実証テーマ化
  • 日経クロステック(2025年3月28日)「高輪ゲートウェイシティが開業、JR東日本による『今世紀最大規模の街づくり』」
    • [139]総事業費 約6,000億円

2026年3月期の連結営業収益は3兆847億円となり[143]、感染症の前を上回って過去最高を更新した。営業利益は4,143億円、親会社株主に帰属する当期純利益は2,478億円[144]である。セグメント別では運輸事業の営業収益が2兆458億円、不動産・ホテル事業が5,132億円、流通・サービス事業が4,161億円[145]であった。感染症前の最高であった2019年3月期の3兆20億円を、七期を経て上回った[146]。営業利益も2019年3月期の4,849億円に迫る水準へ戻した[147]。混雑の平準化では上野東京ラインの開業で山手線の最混雑区間であった上野〜御徒町間の混雑率が下がり[148]、中央線には2023年度末にグリーン車2両を加えて12両編成とする計画[149]が進められていた。

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [143]2026年3月期 連結営業収益3兆847億円で過去最高
    • [144]2026年3月期 営業利益4,143億円・当期純利益2,478億円
    • [146]2019年3月期の3兆20億円を2026年3月期が上回る
    • [147]2019年3月期 営業利益4,849億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [145]2026年3月期セグメント営業収益 運輸2兆458億円・不動産ホテル5,132億円・流通サービス4,161億円
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [148]上野東京ラインの開業により上野〜御徒町間の混雑率が低下
    • [149]中央線を2023年度末にグリーン車2両を加え12両編成化する計画

利益の構成は運輸への一極集中から離れつつある。2026年3月期のセグメント利益は運輸事業1,944億円に対し、不動産・ホテル事業が1,283億円、流通・サービス事業が681億円で、鉄道以外の二事業を合わせると運輸を上回る。ただし資産の偏りは残っており、運輸事業の資産7兆5,221億円に対して不動産・ホテル事業は2兆7,657億円[151]である。従業員数でも運輸事業が5万3,165人を占め[152]、不動産・ホテル事業6,007人、流通・サービス事業6,310人との差は大きい。2025年3月期と比べると不動産・ホテル事業の営業収益は4,454億円から5,132億円へ伸びている[153][150]

  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [150]2026年3月期セグメント利益 運輸1,944億円・不動産ホテル1,283億円・流通サービス681億円
    • [151]2026年3月期セグメント資産 運輸7兆5,221億円・不動産ホテル2兆7,657億円
    • [152]2026年3月期セグメント従業員 運輸5万3,165人・不動産ホテル6,007人・流通サービス6,310人
    • [153]不動産・ホテル事業の営業収益 2025年3月期4,454億円→2026年3月期5,132億円
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2024年10月30日)「TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらきについて」
    • [138]2025年3月27日 TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらき
    • [140]開発面積 約13万平方メートル・延床面積 約84万5,000平方メートル
    • [141]2020年3月 高輪ゲートウェイ駅開業/ツインタワー THE LINKPILLAR 1 の開業
    • [142]「Global Gateway」「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を掲げモビリティ・環境・ヘルスケアを実証テーマ化
  • 日経クロステック(2025年3月28日)「高輪ゲートウェイシティが開業、JR東日本による『今世紀最大規模の街づくり』」
    • [139]総事業費 約6,000億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [143]2026年3月期 連結営業収益3兆847億円で過去最高
    • [144]2026年3月期 営業利益4,143億円・当期純利益2,478億円
    • [146]2019年3月期の3兆20億円を2026年3月期が上回る
    • [147]2019年3月期 営業利益4,849億円
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結セグメント情報)
    • [145]2026年3月期セグメント営業収益 運輸2兆458億円・不動産ホテル5,132億円・流通サービス4,161億円
    • [150]2026年3月期セグメント利益 運輸1,944億円・不動産ホテル1,283億円・流通サービス681億円
    • [151]2026年3月期セグメント資産 運輸7兆5,221億円・不動産ホテル2兆7,657億円
    • [152]2026年3月期セグメント従業員 運輸5万3,165人・不動産ホテル6,007人・流通サービス6,310人
    • [153]不動産・ホテル事業の営業収益 2025年3月期4,454億円→2026年3月期5,132億円
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
    • [148]上野東京ラインの開業により上野〜御徒町間の混雑率が低下
    • [149]中央線を2023年度末にグリーン車2両を加え12両編成化する計画

東日本旅客鉄道の沿革1987〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
住田正二国鉄分割民営化によりJR東日本を設立
住田正二東日本キヨスクの株式取得・子会社化
住田正二ジェイアール東日本高架開発を設立
住田正二駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益の柱化直営百貨店の夢が潰えた後、JR東日本は駅という空間資産をどう鉄道外収益の柱に変えたか 詳細を読む★★★
住田正二東北・上越新幹線の東京駅乗り入れ開始
住田正二新幹線鉄道施設を新幹線鉄道保有機構から譲受け★★
住田正二山形新幹線の運転開始
松田昌士東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部に株式上場
松田昌士秋田新幹線の運転開始
松田昌士北陸新幹線(高崎〜長野間)開業
松田昌士山形新幹線を新庄駅まで延伸
大塚陸毅Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張改札機の非接触ICを、なぜ街ナカの決済と生活サービスの基盤へ広げたのか 詳細を読む★★★
大塚陸毅JR会社法の適用対象から除外★★
大塚陸毅東京モノレールを子会社化★★
大塚陸毅三段に分けた株式売却と、JR会社法からの離脱なぜ十五年をかけて政府保有株を手放し、認可の要らない会社になろうとしたのか 詳細を読む★★
大塚陸毅東北新幹線(盛岡〜八戸間)開業
清野智清野智が代表取締役社長に就任
清野智東北新幹線(八戸〜新青森間)開業
冨田哲郎冨田哲郎が代表取締役社長に就任
冨田哲郎東急車輛の鉄道車両製造事業を取得★★
冨田哲郎北陸新幹線(長野〜上越妙高間)開業
深澤祐二深澤祐二が代表取締役社長に就任
深澤祐二コロナ禍で運輸事業が大幅減収
深澤祐二初の純損失5779億円を計上★★
深澤祐二駅ナカ事業の4社統合
深澤祐二二期で六千七百億円を失った後の、二軸経営への組み替え鉄道収入が四割消えたとき、なぜ元へ戻すのではなく組織を作り替えたのか 詳細を読む
喜㔟陽一喜勢陽一が代表取締役社長に就任
喜㔟陽一高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱駅の上空と高架下しか自由にできなかった鉄道会社は、都心の車両基地跡地をどう第3の柱へ変えようとしたか 詳細を読む★★★
出典・参考
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
  • 国鉄改革関連法(1986年)
  • 日経ビジネス 1998年4月27日号「編集長インタビュー 松田昌士氏[東日本旅客鉄道社長]関連事業、若手と女性に期待 運賃はあと10年間据え置く」
  • 日本経済新聞(1987年7月26日)
  • 日経ビジネス 2001年7月23日号「有訓無訓 住田正二[東日本旅客鉄道相談役]精神革命なくして改革の成功なし」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書
  • 週刊東洋経済 1999年9月11日号「編集長インタビュー 松田昌士 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 来年には完全民営化してケジメをつけたい」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結損益計算書)
  • 日本経済新聞(1998年4月7日)
  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「トップの履歴書 大塚陸毅/東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 駅をベースに非鉄道事業にも舵を切る」
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「KeyPerson 大塚陸毅/JR東日本(東日本旅客鉄道)社長 悲願の完全民営化で経営スピードアップへ」
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2001年11月18日)「『Suica(スイカ)』デビュー!」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2006年3月期)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2019年3月期)
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年)「Suicaショッピングサービス」
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2004年10月)「おかげさまで1,000万枚突破!」
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2006年)「モバイルSuica」
  • 東日本旅客鉄道ほか プレスリリース(2012年12月18日)「交通系ICカードの全国相互利用サービスについて」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2011年3月期・業績等の概要)
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(役員の状況)
  • 週刊東洋経済 2019年12月28日・2020年1月4日合併号「2020大予測 Part8 都市・インフラ Interview 鉄道1 東日本旅客鉄道(JR東日本)社長 深澤祐二」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(従業員の状況)
  • Impress Watch(2025年)「『Suica経済圏』を目指す JR東日本が新経営ビジョン」
  • 東日本旅客鉄道 グループ経営ビジョン「勇翔2034」(2025年)
  • 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2024年10月30日)「TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらきについて」
  • 日経クロステック(2025年3月28日)「高輪ゲートウェイシティが開業、JR東日本による『今世紀最大規模の街づくり』」
  • 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(連結セグメント情報)

免責事項およびポリシー