三井住友フィナンシャルグループ の歴史

更新:

創業

2002年

創業者

※三井住友銀行

創業地

東京都千代田区

直近売上高(2026/3)

107,909億円

長期業績と転換点(2001/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ2003年に、三井住友銀行は子会社のわかしお銀行を存続会社とする逆さ合併を選んだのか
A 株価下落で有価証券の含み損が膨らみ、時価会計の下で配当に回せる利益は消えかけていた。公的資金の配当が滞れば優先株に議決権が生じ、国の経営介入を招く。商法上、消滅会社の剰余金は存続会社へそのまま引き継げる一方、資本金と資本準備金は含み損の処理に充てられる。この合併会計を使うため三井住友銀行は2003年3月、全額出資子会社の第二地方銀行・わかしお銀行に吸収される道を選び、剰余金7500億円を減らさずに1兆円規模の含み損を一掃した。1年に三度目の配当対策を、週刊東洋経済は「節操がない」と評している
Q なぜ2009年に、純損失を出した直後の三井住友がシティから日興コーディアル証券を買ったのか
A 三井住友フィナンシャルグループは自前の個人向け証券会社を持たず、証券業務を大和証券との合弁・大和証券SMBCに委ねていた。2008年の巨額損失で公的資金を受けた米シティグループが日興を売りに出したため、手薄な個人向け証券をまとめて取り込む機会が生まれた。2009年3月期に純損失3734億円を計上した直後の同年5月、三井住友は三菱UFJ・みずほとの争奪を制して5450億円で落札し、10月に三井住友銀行の完全子会社とした。買収は大和証券との合弁の解消を招き、証券を自前で持つ道へ移る判断でもあった
Q なぜ2023年に、三井住友は「Olive」で個人の決済と資産運用へ広げたのか
A マイナス金利の長期化で貸出の利ざやが薄れ、法人向け融資だけでは伸びにくくなったため、三井住友は日常の決済や資産運用を通じて個人と接する回数を増やす方向を選んだ。2023年3月に口座・決済・証券・保険を一つのアプリにまとめた「Olive」を始め、サービス開始から5年でアカウント1200万件・収益貢献約800億円を目標に掲げた。SBI証券との提携やPayPayとの協業で非金融の顧客とも接点を広げ、Vポイント経済圏のなかで取引を取り込んでいる

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2001年〜 2001年の合併と、配当を守るための持株会社化

三井住友フィナンシャルグループの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2001年 さくら銀行と住友銀行の合併・三井住友銀行の発足(2001年成立) 旧財閥の壁を越えた大手行合併は、なぜ「住友主導」と評されたのか?
  2. 2002年 三井住友フィナンシャルグループ設立
  3. 2003年 三井住友銀行とわかしお銀行がわかしお銀行を存続会社として合併
  4. 2003年 FY02経常損失5157億円、純損失4654億円
  5. 2005年 FY04純損失2342億円
  6. 2005年 北山禎介氏が社長に就任

合併の完遂と、1年で終えた勘定系システムの一本化

2001年4月1日、住友銀行とさくら銀行が合併し、三井住友銀行が発足した。旧財閥の枠を越えた大手行どうしの合併は、不良債権処理と情報システム投資の負担が単独で支えきれる水準を超えた末の選択だった。新銀行は約1兆5000億円の公的資金を抱えたまま出発し、初代頭取の西川善文氏は「バランスシートの抜本的強化」と「既成概念にとらわれない徹底的なコスト削減」を掲げた。翌2002年には600億円を投じて両行の勘定系システムを一本化し、一方の銀行のシステムを残してもう一方のデータを移す方式で統合を終えた。みずほフィナンシャルグループが同じ作業に10年以上を費やしたのと比べると、合併から1年余りでの決着は際立って早い。 [1][2][3][4][5]

2002年12月、三井住友銀行は株式移転により持株会社の三井住友フィナンシャルグループを設立し、初代社長に西川善文氏が就いた。同年7月の発表は「最適グループ経営の実現と戦略事業の抜本的強化を核としたグループ経営改革のため」と説明していたが、持株会社に合流したのは三井住友カード・三井住友銀リース・日本総合研究所の3社にとどまり、住友信託銀行や生損保が加わったわけではない。週刊東洋経済は、真の狙いは配当財源の確保だと書いている。三井住友銀行は2001年度にも臨時株主総会を開いて法定準備金5990億円を剰余金へ振り替えており、前期末の剰余金は約7400億円と邦銀最大規模に達していた。それでも時価会計の下で配当に回せるのは有価証券の含み損を差し引いた額であり、日経平均9000円での株式含み損は1兆2000億円規模と試算されていた。 [6][7][8][9]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2002年12月に株式移転で三井住友フィナンシャルグループを設立し初代社長に西川善文が就いた
  • 週刊東洋経済 2002年10月5日号「大手銀行の焦点 三井住友 持株会社設立も配当問題は未解決」
    • [7]持株会社に合流したのは三井住友カード・三井住友銀リース・日本総合研究所の3社のみで、住友信託銀行や生損保は加わらなかった
    • [8]2001年度に臨時株主総会を開き法定準備金5990億円を剰余金へ振り替え、前期末剰余金は約7400億円と邦銀最大規模になった
    • [9]日経平均9000円での推計株式含み損は1兆2000億円規模と試算された

2003年3月、三井住友銀行は全額出資子会社の第二地方銀行・わかしお銀行に吸収され、わかしお銀行が存続会社として「三井住友銀行」を名乗った。わかしお銀行は、経営破綻した旧太平洋銀行の資産を引き継いだ銀行である。商法上、消滅会社の剰余金は存続会社にそのまま引き継げる一方、資本金と資本準備金は全額を引き継がずに保有株の含み損処理へ充てられる。この合併会計により、三井住友銀行は単体の剰余金7500億円を減らさずに1兆円規模の含み損を一掃した。三井住友FGの奥正之専務は「以前からアイデアとしてはあったが、そこまでやる必要はないと考えていた」と語っている。法定準備金の取り崩し、持株会社化、逆さ合併と1年のうちに三度も会計制度の抜け道を使ったことについて、週刊東洋経済は「節操がない」と書いている。 [10][11][12][13][14]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [10]2003年3月に三井住友銀行とわかしお銀行が、わかしお銀行を存続会社として合併し商号を三井住友銀行に変更した
  • 週刊東洋経済 2003年1月11日号「第二地銀が大銀行を吸収合併 公的資金の配当に汲々とする三井住友銀行の最後の一手」
    • [11]わかしお銀行は経営破綻した旧太平洋銀行の資産を引き継いだ三井住友銀行の全額出資子会社だった
    • [12]三井住友銀単体の剰余金7500億円を減らさずに資本金・資本準備金で1兆円規模の含み損を一掃できる合併会計だった
    • [13]三井住友FGの奥正之専務は「以前からアイデアとしてはあったが、そこまでやる必要はないと考えていた」と述べた
    • [14]週刊東洋経済は1年間に配当対策で三度も会計制度の抜け道を利用したとして「節操がない」と評した
    • [1]2001年4月1日に住友銀行とさくら銀行が合併し三井住友銀行が発足した
    • [2]発足時に約1.5兆円の公的資金を抱えていた
    • [3]初代頭取の西川善文は「バランスシートの抜本的強化」「既成概念にとらわれない徹底的なコスト削減」を掲げた
    • [4]2002年に600億円を投じて旧住友銀行・旧さくら銀行の勘定系システムを統合した
    • [5]住友・さくらは一方の銀行のシステムを存続させ他方のデータを移す方式で統合を進めた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2002年12月に株式移転で三井住友フィナンシャルグループを設立し初代社長に西川善文が就いた
    • [10]2003年3月に三井住友銀行とわかしお銀行が、わかしお銀行を存続会社として合併し商号を三井住友銀行に変更した
  • 週刊東洋経済 2002年10月5日号「大手銀行の焦点 三井住友 持株会社設立も配当問題は未解決」
    • [7]持株会社に合流したのは三井住友カード・三井住友銀リース・日本総合研究所の3社のみで、住友信託銀行や生損保は加わらなかった
    • [8]2001年度に臨時株主総会を開き法定準備金5990億円を剰余金へ振り替え、前期末剰余金は約7400億円と邦銀最大規模になった
    • [9]日経平均9000円での推計株式含み損は1兆2000億円規模と試算された
  • 週刊東洋経済 2003年1月11日号「第二地銀が大銀行を吸収合併 公的資金の配当に汲々とする三井住友銀行の最後の一手」
    • [11]わかしお銀行は経営破綻した旧太平洋銀行の資産を引き継いだ三井住友銀行の全額出資子会社だった
    • [12]三井住友銀単体の剰余金7500億円を減らさずに資本金・資本準備金で1兆円規模の含み損を一掃できる合併会計だった
    • [13]三井住友FGの奥正之専務は「以前からアイデアとしてはあったが、そこまでやる必要はないと考えていた」と述べた
    • [14]週刊東洋経済は1年間に配当対策で三度も会計制度の抜け道を利用したとして「節操がない」と評した

熊谷組処理まで走り抜けた不良債権の最終処理

配当をめぐる綱渡りの裏側で、不良債権の最終処理が続いていた。2003年3月期は経常損失5157億円・純損失4654億円を計上している。準大手ゼネコン熊谷組への金融支援は計7500億円と史上最大規模に達し、三井住友銀行は不良債権処理額を7000億円の計画から1兆700億円へ広げて、300億円の最終黒字予想を4700億円の最終赤字へ修正した。株価下落で7000億円まで膨らんだ有価証券の含み損は、わかしお銀行との合併差益で消した。同じ時期、同行はあおぞら銀行の買収に手を挙げて米サーベラスに敗れ、米ゴールドマン・サックスへ5000億円の優先株を割り当てて資本を積み増している。 [15][16][17][18][19]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [15]2003年3月期(FY02)に経常損失5157億円・純損失4654億円を計上した
  • 週刊東洋経済 2003年4月26日号「メガバンクの焦点 三井住友 熊谷組を処理だが残るゼネコンリスク」
    • [16]熊谷組への金融支援額は計7500億円と史上最大規模に上った
    • [17]不良債権処理を7000億円計画から1兆700億円へ拡大し、300億円の最終黒字計画を4700億円の最終赤字へ修正した
    • [18]3月の株価下落で7000億円に拡大した有価証券含み損をわかしお銀行との合併差益で一掃した
    • [19]あおぞら銀行の買収では米サーベラスに敗れ、米ゴールドマン・サックス向けなど優先株5000億円で資本を増強した

2004年3月期は経常利益3428億円・純利益3304億円と黒字に戻ったものの、2005年3月期には経常損失303億円・純損失2342億円と再び赤字に沈んだ。損失を先送りせず出し切る方針を、発足から4年続けた結果である。2005年6月、西川善文氏は社長を退き、北山禎介氏が後任に就いた。合併から4年にわたる初代社長の任期は、不良債権処理の期間とほぼ重なっている。旧住友銀行と旧さくら銀行の双方から良い方法を採る「ベストプラクティス」の統合思想は、北山氏、宮田孝一氏(2011〜2017)、國部毅氏(2017〜2019)へと引き継がれた。 [20][21][22][23]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [20]2004年3月期(FY03)は経常利益3428億円・純利益3304億円だった
    • [21]2005年3月期(FY04)は経常損失303億円・純損失2342億円だった
    • [22]2005年6月に西川善文から北山禎介へ社長が交代した
    • [23]北山禎介(2005〜2011)・宮田孝一(2011〜2017)・國部毅(2017〜2019)が社長を継いだ
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [15]2003年3月期(FY02)に経常損失5157億円・純損失4654億円を計上した
    • [20]2004年3月期(FY03)は経常利益3428億円・純利益3304億円だった
    • [21]2005年3月期(FY04)は経常損失303億円・純損失2342億円だった
    • [22]2005年6月に西川善文から北山禎介へ社長が交代した
    • [23]北山禎介(2005〜2011)・宮田孝一(2011〜2017)・國部毅(2017〜2019)が社長を継いだ
  • 週刊東洋経済 2003年4月26日号「メガバンクの焦点 三井住友 熊谷組を処理だが残るゼネコンリスク」
    • [16]熊谷組への金融支援額は計7500億円と史上最大規模に上った
    • [17]不良債権処理を7000億円計画から1兆700億円へ拡大し、300億円の最終黒字計画を4700億円の最終赤字へ修正した
    • [18]3月の株価下落で7000億円に拡大した有価証券含み損をわかしお銀行との合併差益で一掃した
    • [19]あおぞら銀行の買収では米サーベラスに敗れ、米ゴールドマン・サックス向けなど優先株5000億円で資本を増強した

2005年〜 公的資金の完済からグループ金融への拡張へ

三井住友フィナンシャルグループの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2005年 FY04純損失2342億円
  2. 2005年 北山禎介氏が社長に就任
  3. 2006年 発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済
  4. 2009年 FY08純損失3734億円(リーマンショック影響)
  5. 2009年 日興コーディアル証券の買収——金融危機のシティから証券リテールを取り込む みずから純損失を抱えた三井住友は、なぜ危機のシティに5450億円を投じ、手薄な個人向け証券を丸ごと取りにいったのか
  6. 2012年 プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 過払い金返還と規制強化で縮む消費者金融最大手を、なぜ銀行が約2,100億円を投じて丸ごと抱え込んだのか
  7. 2013年 インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年 国内市場が成熟した邦銀は、なぜインドネシアの銀行に40%出資し、6年かけて子会社化したのか

1.5兆円の返済と、危機を買い手として使った2009年

2006年10月、三井住友FGは発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済した。合併から5年半での自力返済である。2006年3月期は経常収益3兆7051億円・経常利益9636億円・純利益6868億円と、発足以来の最高益を記録した。公的資金の返済を急いだ背景には、優先株の配当が滞れば議決権が生じて国の経営介入を招くという事情も働いている。法定準備金の振替、持株会社化、逆さ合併と会計技術を三度重ねてまで配当財源をつないだ4年間は、この完済で終わった。返済を終えたことで、三井住友は資本政策を国の監視から離れて自ら決められる立場に戻った。 [24][25][26]

    • [24]2006年10月に公的資金を完済した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [25]2006年3月期(FY05)は経常収益3兆7051億円・経常利益9636億円・純利益6868億円だった
  • 週刊東洋経済 2002年10月5日号「大手銀行の焦点 三井住友 持株会社設立も配当問題は未解決」
    • [26]公的資金を受けた銀行が国への配当を払えないと優先株に議決権が生じ、国の経営介入を招く

2009年3月期は、世界金融危機で保有株式の減損と与信費用が膨らみ、純損失3734億円を計上した。他方で危機は買い手としての機会でもあった。2009年5月、三井住友は経営難に陥った米シティグループが売りに出した日興コーディアル証券を5450億円で落札し、三菱UFJ・みずほとの争奪を制している。同年10月に三井住友銀行の完全子会社とし(現SMBC日興証券)、10年続いた大和証券との合弁を解消した。銀行本体の貸出だけでは伸びない収益を、証券・カード・消費者金融といったグループ会社の手数料で補う形へ、収益構造が動いた。 [27][28][29]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [27]2009年3月期(FY08)にリーマンショックの影響で純損失3734億円を計上した
  • Bloomberg(2009年5月1日)「三井住友:日興コーデなど5450億円で買収-シティ、大和とも協力へ」
    • [28]2009年5月に日興コーディアル証券などを5450億円で取得すると発表し、三菱UFJ・みずほとの争奪を制した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2009年10月に三井住友銀行が日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)を完全子会社化し、大和証券との合弁を解消した
    • [24]2006年10月に公的資金を完済した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [25]2006年3月期(FY05)は経常収益3兆7051億円・経常利益9636億円・純利益6868億円だった
    • [27]2009年3月期(FY08)にリーマンショックの影響で純損失3734億円を計上した
  • 週刊東洋経済 2002年10月5日号「大手銀行の焦点 三井住友 持株会社設立も配当問題は未解決」
    • [26]公的資金を受けた銀行が国への配当を払えないと優先株に議決権が生じ、国の経営介入を招く
  • Bloomberg(2009年5月1日)「三井住友:日興コーデなど5450億円で買収-シティ、大和とも協力へ」
    • [28]2009年5月に日興コーディアル証券などを5450億円で取得すると発表し、三菱UFJ・みずほとの争奪を制した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2009年10月に三井住友銀行が日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)を完全子会社化し、大和証券との合弁を解消した

宮田体制が広げたグループ金融と、マイナス金利下の収益

2011年4月に社長へ就いた宮田孝一氏は、顧客の資金需要に応じて融資する受け身の商売から、課題の解決を主導する商売へ銀行業が変わったと述べた。貸出需要が伸びない成熟経済のもとで、手数料・助言・投資銀行業務を厚くする方針にあたる。2012年4月には消費者金融のプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)を株式交換で完全子会社化し、2016年7月には三井住友アセットマネジメント(現三井住友DSアセットマネジメント)を株式の追加取得で子会社にした。銀行・カード・証券・消費者金融・運用会社を1つの持株会社の下に並べる構えは、この時期に整った。 [30][31][32]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [30]宮田孝一は銀行ビジネスが受け身の融資から課題解決を主導する商売へ変化していると述べた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [31]2012年4月にプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)を株式交換により完全子会社化した
    • [32]2016年7月に三井住友アセットマネジメントを株式の追加取得により子会社化した

2013年3月期から2020年3月期にかけて、連結の経常収益は4兆3264億円から5兆7641億円(2018年3月期)まで広がり、親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円から8353億円の範囲で推移した。日本銀行のマイナス金利政策で国内の資金利益が細るなか、SMBC日興証券と海外現地法人の手数料収益が利益水準を支えた。銀行の本業である国内貸出の利ざやが縮んでも利益が落ちなかった点に、グループ金融へ広げた効果が表れている。もっとも純利益は2014年3月期の8353億円を上回れないまま推移しており、買収を重ねた規模の拡大が、そのまま利益の伸びにはつながらなかった。 [33][34]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [33]2013年3月期の経常収益は4兆3264億円、2018年3月期は5兆7641億円だった
    • [34]FY12〜FY19 の親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円(FY15)〜8353億円(FY13)の範囲だった
  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [30]宮田孝一は銀行ビジネスが受け身の融資から課題解決を主導する商売へ変化していると述べた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [31]2012年4月にプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)を株式交換により完全子会社化した
    • [32]2016年7月に三井住友アセットマネジメントを株式の追加取得により子会社化した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [33]2013年3月期の経常収益は4兆3264億円、2018年3月期は5兆7641億円だった
    • [34]FY12〜FY19 の親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円(FY15)〜8353億円(FY13)の範囲だった

2017年〜 ガバナンス改革と「脱金融」——國部から中島までの10年

國部体制の統治改革と、業種ごとに1社へ寄せたグループ再編

2017年6月に社長へ就いた國部毅氏のもとで、三井住友フィナンシャルグループは同時に指名委員会等設置会社へ移行し、監督と執行を分ける取締役会の形を採った。指名・報酬・監査の3委員会を置き、いずれも社外取締役が過半を占める構成である。合併から16年を経て、経営の統治を旧2行の力学から切り離す作業でもあった。國部氏は後年、みずほ銀行のシステム統合が難航した経緯と対比して、経営統合や企業買収では経営者どうしの信頼関係が決め手になると振り返っている。2001年の合併時に1年余りで勘定系を一本化できた三井住友と、10年以上を要したみずほとの差は、後年まで再編の教材として引かれてきた。 [35][36][37]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [35]2017年6月に國部毅が社長に就任し、同時に指名委員会等設置会社へ移行した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [36]指名委員会等設置会社は指名・報酬・監査の3委員会を置き、各委員会は社外取締役が過半を占める
  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [37]國部毅はみずほのシステム統合難航と対比し、経営統合や企業買収では経営者同士の信頼関係が重要だと振り返った

持株会社の設立から15年を経て、傘下には証券・カード・リース・運用・消費者金融の各社が並んでいた。國部体制の2年間は、これらを業種ごとに1社へまとめ直す作業に充てられている。2018年1月にはSMBC日興証券とSMBCフレンド証券を、SMBC日興証券を存続会社として合併させ、グループ内に2つあった証券会社を1つにした。2019年4月には三井住友カードを完全子会社化し、三井住友アセットマネジメントと大和住銀投信投資顧問を合併させて三井住友DSアセットマネジメントを発足させている。国内の預貸業務が伸びないなかで、手数料収益を担う会社の規模を業種ごとに確保する作業であった。 [38][39]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [38]2018年1月にSMBC日興証券とSMBCフレンド証券が、SMBC日興証券を存続会社として合併した
    • [39]2019年4月に三井住友カードを完全子会社化し、三井住友アセットマネジメントと大和住銀投信投資顧問が合併して三井住友DSアセットマネジメントが発足した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [35]2017年6月に國部毅が社長に就任し、同時に指名委員会等設置会社へ移行した
    • [38]2018年1月にSMBC日興証券とSMBCフレンド証券が、SMBC日興証券を存続会社として合併した
    • [39]2019年4月に三井住友カードを完全子会社化し、三井住友アセットマネジメントと大和住銀投信投資顧問が合併して三井住友DSアセットマネジメントが発足した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [36]指名委員会等設置会社は指名・報酬・監査の3委員会を置き、各委員会は社外取締役が過半を占める
  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [37]國部毅はみずほのシステム統合難航と対比し、経営統合や企業買収では経営者同士の信頼関係が重要だと振り返った

太田・中島体制の「脱金融」と Olive

2019年4月に社長へ就いた太田純氏は「脱金融」と「社長製造業」を掲げ、銀行業の外へ収益源を広げた。2020年7月にはセディナとSMBCファイナンスサービスを合併させ、決済事業を1社へ寄せている。2022年4月には米ジェフリーズへ出資して海外の投資銀行業務で提携し、航空機リースのGoshawk を買収した。資産・資本の効率と、外部と組んで事業を起こすことの2つを投資の軸に据えている。同じ2022年、SMBC日興証券がブロックオファー取引をめぐる相場操縦で起訴され、法人としての有罪判決を受けた。買収で広げた証券業務が、そのままガバナンスの負債にもなった。 [40][41][42][43]

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [40]2019年4月に國部毅から太田純へ社長交代し、太田は脱金融・社長製造業を掲げた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [41]2020年7月にセディナとSMBCファイナンスサービスがセディナを存続会社として合併し、商号をSMBCファイナンスサービスに変更した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 決算説明会資料(IR)
    • [42]2022年4月に米ジェフリーズへ出資し航空機リースのGoshawkを買収した。投資の2軸は「資産・資本効率」と「プラットフォーム創り」
    • [43]2022年にSMBC日興証券がブロックオファー取引をめぐる相場操縦で起訴され法人として有罪判決を受けた

2023年3月、三井住友FGは口座・決済・証券・保険を1つのアプリにまとめた「Olive」を始め、開始から5年でアカウント1200万件・収益貢献約800億円という目標を掲げた。2023年12月に太田氏が急逝し、中島達氏が社長を継いでいる。2024年3月期は経常利益1兆4661億円・純利益9629億円、2025年3月期は経常利益1兆7195億円・純利益1兆1780億円と、金利上昇と政策保有株式の売却益で過去最高を更新した。2025年5月には2028年度ROE10%、2030年頃に純利益2兆円という長期目標を公表している。約1兆5000億円の公的資金を抱えて出発した銀行が、四半世紀で年間1兆円を稼ぐ会社になった。 [44][45][46][47]

    • [44]2023年3月に口座・決済・証券・保険を一つにまとめた「Olive」を提供開始した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [45]2023年12月に太田純が急逝し中島達が社長に就任した
    • [46]2024年3月期は経常利益1兆4661億円・純利益9629億円、2025年3月期は経常利益1兆7195億円・純利益1兆1780億円だった
  • 三井住友フィナンシャルグループ 決算説明会資料(IR)
    • [47]2025年5月に2028年度ROE10%、2030年頃に純利益2兆円の長期目標を公表した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [40]2019年4月に國部毅から太田純へ社長交代し、太田は脱金融・社長製造業を掲げた
    • [45]2023年12月に太田純が急逝し中島達が社長に就任した
    • [46]2024年3月期は経常利益1兆4661億円・純利益9629億円、2025年3月期は経常利益1兆7195億円・純利益1兆1780億円だった
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [41]2020年7月にセディナとSMBCファイナンスサービスがセディナを存続会社として合併し、商号をSMBCファイナンスサービスに変更した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 決算説明会資料(IR)
    • [42]2022年4月に米ジェフリーズへ出資し航空機リースのGoshawkを買収した。投資の2軸は「資産・資本効率」と「プラットフォーム創り」
    • [43]2022年にSMBC日興証券がブロックオファー取引をめぐる相場操縦で起訴され法人として有罪判決を受けた
    • [47]2025年5月に2028年度ROE10%、2030年頃に純利益2兆円の長期目標を公表した
    • [44]2023年3月に口座・決済・証券・保険を一つにまとめた「Olive」を提供開始した

三井住友フィナンシャルグループの沿革2001〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
さくら銀行と住友銀行の合併・三井住友銀行の発足(2001年成立)旧財閥の壁を越えた大手行合併は、なぜ「住友主導」と評されたのか? 詳細を読む★★★
三井住友フィナンシャルグループ設立★★
三井住友銀行とわかしお銀行がわかしお銀行を存続会社として合併★★
FY02経常損失5157億円、純損失4654億円★★
北山禎介FY04純損失2342億円
北山禎介北山禎介氏が社長に就任
北山禎介発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済★★
北山禎介FY08純損失3734億円(リーマンショック影響)
北山禎介日興コーディアル証券の買収——金融危機のシティから証券リテールを取り込むみずから純損失を抱えた三井住友は、なぜ危機のシティに5450億円を投じ、手薄な個人向け証券を丸ごと取りにいったのか 詳細を読む★★★
宮田孝一宮田孝一氏が社長に就任
宮田孝一プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編過払い金返還と規制強化で縮む消費者金融最大手を、なぜ銀行が約2,100億円を投じて丸ごと抱え込んだのか 詳細を読む★★★
宮田孝一インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年国内市場が成熟した邦銀は、なぜインドネシアの銀行に40%出資し、6年かけて子会社化したのか 詳細を読む★★★
宮田孝一三井住友銀行が三井住友アセットマネジメントを子会社化
國部毅國部毅氏が社長に就任
國部毅指名委員会等設置会社へ移行
國部毅SMBC日興証券とSMBCフレンド証券が、SMBC日興証券を存続会社として合併
太田純太田純氏が社長に就任
太田純ベトナム・FE CreditとVPBankへの出資——消費者金融49%取得から地場大手銀行15%出資へ国内の超低金利で利ざやが細る銀行が、なぜベトナムの消費者金融最大手の株式半分と、地場有力銀行の15%を続けて買ったのか 詳細を読む★★★
太田純SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応法人として起訴された子会社の不正に、持株会社はどこまで監督責任を負うのか 詳細を読む★★★
太田純米ジェフリーズとの戦略的資本・業務提携——海外投資銀行を自前でなく提携で補う自前で投資銀行を築くのでなく、なぜ米ジェフリーズに少数出資して提携で海外CIBを補ったのか 詳細を読む★★★
太田純太田純急逝、中島達氏が社長に就任
中島達FY23経常利益1兆4661億円、純利益9629億円
中島達FY24経常利益1兆7195億円、純利益1兆1780億円
中島達2028年度ROE10%、2030年頃ROE11%・ボトムライン利益2兆円目標を公表
中島達YES Bankに出資(PBR1.4倍)
中島達米航空機リース大手Air Lease Corporationの買収を発表
出典・参考

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