1999年〜 三行が持株会社に集まり、銀行を顧客層で二つに割るまで
長期信用銀行の行き詰まりと、三行統合の決断
1990年代末の大手銀行は、バブル崩壊後の不良債権処理と超低金利で収益基盤を削られていた[1]。1998年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が相次いで破綻[2]し、長期信用銀行という業態そのものが行き詰まる。金融債による調達が細っていた日本興業銀行は都市銀行との結合を探り、1999年8月20日[3]、第一勧業銀行・富士銀行とともに全面統合を発表した。2000年9月29日、3行は株式移転によって共同持株会社みずほホールディングスを設立[4]し、それぞれがその完全子会社となった。3行を合わせた総資産は約140兆円[5]におよび、当時としては世界最大規模である。公正取引委員会の審査では、3行合計のシェアが預金で約20%、貸出で約25%強、社債の引受で約20%弱[6]といずれも第1位に達したものの、隣接市場からの競争圧力や郵便貯金・インターネット銀行の参入を踏まえ、競争を実質的に制限することにはならない[7]と判断された。
- 「週刊東洋経済」1999年9月4日号「[緊急特集]メガバンク誕生・金融再編第2幕——ジリ貧3兄弟21世紀への復讐」(東洋経済新報社)
- [1]1990年代末の大手銀行 バブル崩壊後の不良債権処理と超低金利による収益基盤の悪化
- [2]1998年 日本長期信用銀行・日本債券信用銀行の破綻
- [5]3行合計の総資産 約140兆円・当時世界最大規模
- 日本経済新聞 2018年8月17日「8月20日 興銀・第一勧銀・富士銀、経営統合を発表」
- [3]1999年8月20日 3行が全面統合を発表
- 公正取引委員会 平成12年度事例1「(株)第一勧業銀行,(株)富士銀行及び(株)日本興業銀行の持株会社の設立による事業統合」
- [4]2000年9月29日 株式移転による共同持株会社みずほホールディングスの設立
- [6]3行合計のシェア 預金約20%・貸出約25%強・社債引受約20%弱でいずれも第1位
- [7]公正取引委員会の判断 競争を実質的に制限することにはならない
3行は規模を収益力へ転じる計画を掲げ、2000年秋から5年間で国内150店舗を統廃合し、6000人の人員と1000億円の経費を削減[8]するとした。重複するシステム投資を整理して年間1500億円という都市銀行平均の3倍の投資余力[9]を確保し、平年度で1兆円の業務純益を上げる算段である。もっとも3行合計の業務純益9855億円[10]は、総資産が3行合計の半分程度にすぎないバンク・オブ・アメリカの1兆5386億円[11]に遠くおよばない。富士銀行の山本惠朗頭取自身が、新銀行について「サイズはでかいが、効率性も収益性もよくない[12]」と語っている。持株会社の経営は、西村正雄・山本惠朗の両頭取が会長、杉田力之頭取が社長[13]というトロイカ体制で始まった。
- 「週刊東洋経済」1999年9月4日号「[緊急特集]メガバンク誕生・金融再編第2幕——ジリ貧3兄弟21世紀への復讐」(東洋経済新報社)
- [8]2000年秋から5年間で国内150店舗の統廃合・6000人の人員削減・1000億円の経費削減
- [12]富士銀行 山本惠朗頭取の発言
- [13]西村正雄・山本惠朗が会長、杉田力之が社長のトロイカ体制
- 「週刊東洋経済」1999年9月11日号「データが語る“3行統合” 興銀、第一勧銀、富士銀が消える」(東洋経済新報社)
- [9]年間1500億円のシステム投資(都銀平均の3倍)・平年度1兆円の業務純益目標
- [10]3行合計の業務純益 9855億円
- [11]バンク・オブ・アメリカの業務純益 1兆5386億円
- 「週刊東洋経済」1999年9月4日号「[緊急特集]メガバンク誕生・金融再編第2幕——ジリ貧3兄弟21世紀への復讐」(東洋経済新報社)
- [1]1990年代末の大手銀行 バブル崩壊後の不良債権処理と超低金利による収益基盤の悪化
- [2]1998年 日本長期信用銀行・日本債券信用銀行の破綻
- [5]3行合計の総資産 約140兆円・当時世界最大規模
- [8]2000年秋から5年間で国内150店舗の統廃合・6000人の人員削減・1000億円の経費削減
- [12]富士銀行 山本惠朗頭取の発言
- [13]西村正雄・山本惠朗が会長、杉田力之が社長のトロイカ体制
- 日本経済新聞 2018年8月17日「8月20日 興銀・第一勧銀・富士銀、経営統合を発表」
- [3]1999年8月20日 3行が全面統合を発表
- 公正取引委員会 平成12年度事例1「(株)第一勧業銀行,(株)富士銀行及び(株)日本興業銀行の持株会社の設立による事業統合」
- [4]2000年9月29日 株式移転による共同持株会社みずほホールディングスの設立
- [6]3行合計のシェア 預金約20%・貸出約25%強・社債引受約20%弱でいずれも第1位
- [7]公正取引委員会の判断 競争を実質的に制限することにはならない
- 「週刊東洋経済」1999年9月11日号「データが語る“3行統合” 興銀、第一勧銀、富士銀が消える」(東洋経済新報社)
- [9]年間1500億円のシステム投資(都銀平均の3倍)・平年度1兆円の業務純益目標
- [10]3行合計の業務純益 9855億円
- [11]バンク・オブ・アメリカの業務純益 1兆5386億円
株価下落と、役員九名の全員退任
発足の高揚は長くは続かず、第一勧業銀行のメーン先であったマイカルが2001年9月に破綻[14]すると、みずほホールディングスの株価は下落を続けた。西村正雄会長・山本惠朗会長・杉田力之社長の退任[15]はある時点から予想されていたが、2001年12月に示された答えは、次の本命と目されていた小倉利之・池田輝三郎・西之原敏州の3副社長を含む役員9名全員の退任[16]という過激なものだった。グループ内では、トップ3人だけの最終決断という見方で一致[17]している。中堅層では人心一新への期待が高まっていた[18]。
- 「週刊東洋経済」2001年12月8日号「[News&Forecast/主役脇役]みずほフィナンシャルグループ手遅れ? 英断!? 役員全員退任の過激」(東洋経済新報社)
- [14]第一勧業銀行のメーン先 マイカルの破綻とみずほホールディングス株価の下落
- [15]西村正雄会長・山本惠朗会長・杉田力之社長の退任
- [16]小倉利之・池田輝三郎・西之原敏州の3副社長を含む役員9名全員の退任
- [17]トップ3人だけの最終決断というグループ内の見方
- [18]中堅層における人心一新への期待
跡を襲ったのは、富士銀行出身の前田晃伸氏、第一勧業銀行出身の工藤正氏、日本興業銀行出身の齋藤宏氏[19]である。3氏はそれぞれ企画・国内リテール・国内大法人を歩んでおり[20]、翌2002年4月の再編後に、みずほホールディングス社長、みずほ銀行頭取、みずほコーポレート銀行頭取へ就いた[21]。3行の権力闘争の最前線であったみずほホールディングスの役員ではなかったため、遺恨も引き継がない布陣[22]である。もっとも工藤氏と齋藤氏はみずほホールディングスの取締役を兼ね代表権も持っており、トロイカ体制そのものは変わらなかった[23]。
- 「週刊東洋経済」2001年12月8日号「[News&Forecast/主役脇役]みずほフィナンシャルグループ手遅れ? 英断!? 役員全員退任の過激」(東洋経済新報社)
- [19]後任 前田晃伸氏(富士銀行)・工藤正氏(第一勧業銀行)・齋藤宏氏(日本興業銀行)
- [20]3氏の経歴 企画・国内リテール・国内大法人
- [21]2002年4月の再編後にみずほHD社長・みずほ銀行頭取・みずほコーポレート銀行頭取へ就任
- [22]3氏はみずほHDの役員ではなく遺恨を引き継がない布陣
- [23]工藤氏・齋藤氏はみずほHD取締役を兼ね代表権も保持しトロイカ体制は不変
- 「週刊東洋経済」2001年12月8日号「[News&Forecast/主役脇役]みずほフィナンシャルグループ手遅れ? 英断!? 役員全員退任の過激」(東洋経済新報社)
- [14]第一勧業銀行のメーン先 マイカルの破綻とみずほホールディングス株価の下落
- [15]西村正雄会長・山本惠朗会長・杉田力之社長の退任
- [16]小倉利之・池田輝三郎・西之原敏州の3副社長を含む役員9名全員の退任
- [17]トップ3人だけの最終決断というグループ内の見方
- [18]中堅層における人心一新への期待
- [19]後任 前田晃伸氏(富士銀行)・工藤正氏(第一勧業銀行)・齋藤宏氏(日本興業銀行)
- [20]3氏の経歴 企画・国内リテール・国内大法人
- [21]2002年4月の再編後にみずほHD社長・みずほ銀行頭取・みずほコーポレート銀行頭取へ就任
- [22]3氏はみずほHDの役員ではなく遺恨を引き継がない布陣
- [23]工藤氏・齋藤氏はみずほHD取締役を兼ね代表権も保持しトロイカ体制は不変
顧客層で割った2002年の再編と、発足初日の障害
持株会社の設立から1年半を経た2002年4月1日[24]、みずほホールディングスは傘下の3行を分割合併によって2つの新銀行へ組み替えた。個人と中堅・中小企業の取引を担うみずほ銀行[25]と、大企業取引を担うみずほコーポレート銀行を並べる構成である。みずほ銀行は旧第一勧業銀行を存続会社として[26]日本興業銀行のリテール部門と富士銀行のリテール事業を承継し、みずほコーポレート銀行は旧富士銀行を存続会社として旧日本興業銀行を吸収合併したうえで[27]第一勧業銀行のコーポレート事業を承継した。
- 日経クロステック(日経コンピュータ)2019年7月17日 中田敦「みずほ銀行システム統合、20年前に生じた『ボタンの掛け違い』」
- [24]2002年4月1日 分割合併によるみずほ銀行・みずほコーポレート銀行の発足
- [25]みずほ銀行は個人・中堅中小、みずほコーポレート銀行は大企業を担当
- [26]みずほ銀行は旧第一勧業銀行、みずほコーポレート銀行は旧富士銀行が存続会社。旧日本興業銀行はコーポレート銀行に吸収合併
- [27]旧日本興業銀行はみずほコーポレート銀行に吸収合併
もっともこの設計には発足前から疑問が投げかけられており、コーポレート銀行の顧客になるはずの大企業からは、資金決済や給与振込を全国の拠点で担ってほしいという理由でみずほ銀行をメーンにしたいという声[28]が相次いだ。拠点の限られるコーポレート銀行[29]はその要望に応えにくかった。どの勘定系システムを主軸に据えるかという最も重い決着も、この再編ではつかない[30]まま持ち越された。
- 「日経ビジネス」2002年2月25日号 No.1130「統合直前、コーポレート銀行袖にする大企業——みずほ再編に思わぬ難題」(日経BP)
- [28]2002年4月の2行体制発足前に大企業から全国の支店網を持つみずほ銀行をメーンにしたいとの声
- [29]拠点の限られるみずほコーポレート銀行は全国の資金決済・給与振込の要望に応えにくい
- 日経クロステック(日経コンピュータ)2019年7月17日 中田敦「みずほ銀行システム統合、20年前に生じた『ボタンの掛け違い』」
- [30]勘定系システムの主軸をどれにするかの決着は再編で持ち越し
2行体制が動き出したその日、勘定系システムの切替えに伴ってATMの停止、二重引落、口座振替の遅延が全国規模で発生[31]した。旧3行の既存システムを残したまま相互接続するリレーコンピュータ方式が、許容負荷を超えて処理しきれなくなった[32]ためである。3行はリテール分野で第一勧業銀行のシステム、ホールセール分野で日本興業銀行のシステムを採る方針[33]をいったん決めていた。だが対等統合のもとで主導権争いが続いて一本化は遅れ、3行は発足の期日を優先し、十分な稼働テストの時間を確保できないまま本番を迎えている[34]。口座振替の遅延は4月5日時点で約250万件[35]、二重引落は約3万件に達し、発生から2週間が過ぎても40万件の口座振替が未処理のまま残った[36]。金融庁は同年6月19日、銀行法第26条に基づき業務改善命令を発出[37]し、改善策と責任の明確化、および3か月ごとの実施状況報告を求めた。
- 金融庁 2002年6月19日「みずほフィナンシャル・グループに対する行政処分について」
- [31]2002年4月 勘定系切替えに伴うATM停止・二重引落・口座振替遅延の全国規模での発生
- [37]2002年6月19日 金融庁が銀行法第26条に基づき業務改善命令を発出
- 日経クロステック(日経コンピュータ)2019年7月19日 中田敦「みずほ銀行発足初日に大障害、『必然』だった2002年の二重引き落とし」
- [32]旧3行のシステムを相互接続するリレーコンピュータ方式が許容負荷を超過
- [33]リテールは第一勧業銀行、ホールセールは日本興業銀行のシステムを採る方針をいったん決定
- [34]主導権争いで一本化が遅れ十分な稼働テストの時間を確保できないまま本番
- [35]口座振替の遅延 4月5日時点で約250万件・二重引落 約3万件・2週間後も40万件が未処理
- [36]2週間後も40万件の口座振替が未処理
- 日経クロステック(日経コンピュータ)2019年7月17日 中田敦「みずほ銀行システム統合、20年前に生じた『ボタンの掛け違い』」
- [24]2002年4月1日 分割合併によるみずほ銀行・みずほコーポレート銀行の発足
- [25]みずほ銀行は個人・中堅中小、みずほコーポレート銀行は大企業を担当
- [26]みずほ銀行は旧第一勧業銀行、みずほコーポレート銀行は旧富士銀行が存続会社。旧日本興業銀行はコーポレート銀行に吸収合併
- [27]旧日本興業銀行はみずほコーポレート銀行に吸収合併
- [30]勘定系システムの主軸をどれにするかの決着は再編で持ち越し
- 「日経ビジネス」2002年2月25日号 No.1130「統合直前、コーポレート銀行袖にする大企業——みずほ再編に思わぬ難題」(日経BP)
- [28]2002年4月の2行体制発足前に大企業から全国の支店網を持つみずほ銀行をメーンにしたいとの声
- [29]拠点の限られるみずほコーポレート銀行は全国の資金決済・給与振込の要望に応えにくい
- 金融庁 2002年6月19日「みずほフィナンシャル・グループに対する行政処分について」
- [31]2002年4月 勘定系切替えに伴うATM停止・二重引落・口座振替遅延の全国規模での発生
- [37]2002年6月19日 金融庁が銀行法第26条に基づき業務改善命令を発出
- 日経クロステック(日経コンピュータ)2019年7月19日 中田敦「みずほ銀行発足初日に大障害、『必然』だった2002年の二重引き落とし」
- [32]旧3行のシステムを相互接続するリレーコンピュータ方式が許容負荷を超過
- [33]リテールは第一勧業銀行、ホールセールは日本興業銀行のシステムを採る方針をいったん決定
- [34]主導権争いで一本化が遅れ十分な稼働テストの時間を確保できないまま本番
- [35]口座振替の遅延 4月5日時点で約250万件・二重引落 約3万件・2週間後も40万件が未処理
- [36]2週間後も40万件の口座振替が未処理