会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「三菱銀行」の項
- [1]1870年 岩崎弥太郎氏が海運業を創始
- [2]郵便汽船三菱会社
- [3]1876年 大阪に為替局を設置
- [4]回漕貨物を担保とする荷為替貸付
- [5]1880年 三菱為換店を開設 普通銀行業務と倉庫業を兼営
- [6]三菱為換店の廃止
- [7]1885年5月 郵便汽船三菱会社が第百十九国立銀行の経営を引受
- [8]1893年 三菱合資会社の設立
- [9]1895年 資本金500万円のうち100万円で銀行部を新設
- [10]銀行部発足時の拠点 東京1・大阪2・神戸1
- [11]第一次世界大戦の好況と1915年以降4年間の5支店増設
- [12]1919年8月25日 株式会社三菱銀行の創立
- [13]創立時資本金 5,000万円
- [14]初代会長 岩崎小弥太氏
- [15]1920年 ロンドン・ニューヨーク支店の開設
- [16]1922年 本店営業所の新築 同年5月営業開始
- [23]1927年3月 金融恐慌
- [24]金融恐慌下で多数の銀行が取付にあうなか三菱銀行は無事
- [25]同業銀行の救済
- [26]信用の向上と預金の激増
- [27]1929年5月 森村銀行の買収
- [28]1929年6月 資本金1億円へ増資
- [29]金融恐慌以降 預金が大銀行に集中
- [30]三菱銀行が預金集中の受け皿となる
- [48]1940年 金原銀行 1942年 東京中野銀行の買収継承
- [49]1943年4月 七大銀行の一つ第百銀行との合併
- [50]第百銀行合併後 資本金1億3,500万円
- [51]第百銀行合併後 店舗177店・預金48億円
- [60]1945年3月 日本橋支店ほか11店被災
- [61]終戦までに29店罹災 25店廃止
- [70]1948年3月 金融機関再建整備法による最終処理 資本金を93%切捨
- [71]1948年10月 財閥解体により千代田銀行へ改称
- [72]1948年10月 11億円へ増資
- [73]改称時の預金332億円・店舗161店
- [74]増資により株式が預金者・従業員・地方居住者へ分散
- [77]1949年5月 東京・大阪両証券取引所へ上場
- [78]1953年3月末 預金1,597億円・貸出1,402億円
- [79]1953年4月 資本金27億5,000万円へ増資 普通銀行中最大
- [80]1953年7月 三菱銀行へ商号復帰 千代田銀行は海外で馴染みが薄い
- [81]1950年4月 アメリカの銀行等とコルレス契約
- [82]1952年10月 ニューヨーク支店の開設
日本会社史総覧 三菱銀行(東洋経済新報社, 1995)
- [17]1923年9月 関東大震災 東京の銀行の大半が本店焼失
- [18]三菱銀行本館は焼失を免れる
- [19]1922年完成の本店営業所は堅牢で震災下の業務継続を支える
- [20]他行に先駆けた預金支払い
- [21]本店金庫の開放と罹災銀行への業務供与
- [22]罹災銀行の業務継続を下支えし信用が向上
- [135]1994年11月 日本信託銀行の株式68%取得と三菱ダイヤモンド証券の設立
会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「三和銀行」の項
- [31]鴻池家は明暦年間から両替商
- [32]1877年 大阪最初の国立銀行 第十三国立銀行の創設
- [33]1897年 個人経営の鴻池銀行が業務を継承
- [34]1878年 岡橋治助氏らによる第三十四国立銀行の創設
- [35]1897年 三十四銀行が普通銀行へ改組
- [36]山口銀行の源は徳川幕府時代の両替商
- [37]1879年 第百四十八国立銀行の設立
- [38]三行はいずれも本店を大阪に置く古い歴史と伝統をもつ有力銀行
- [39]1933年12月 三行合同による三和銀行の創立
- [40]初代頭取 中根貞彦氏
- [41]創立時資本金 1億720万円
- [42]合同時の預金総額 10億2,500万円
- [43]合同当時の預金 三十四銀行4億2,800万円
- [44]合同当時の預金 山口銀行3億8,900万円・鴻池銀行1億7,500万円
- [45]三行の自発的動意による合同
- [46]創立後数年は内部諸制度の改善と店舗の改廃
- [47]1941年末 預金30億円台
- [52]三和銀行が1942年以降 辻林・更池・河泉などの営業を譲受
- [53]1945年5月 三和信託・大同銀行の吸収合併と信託業兼営
- [54]1945年10月 大和田銀行の吸収合併
- [75]1948年10月 三和銀行の再建整備完了 資本金10億円で新発足
- [84]1949年11月 三和銀行が甲種外国為替銀行の指定
- [85]1953年1月 サンフランシスコ支店 同年8月 台北駐在事務所
- [86]1955年3月末 三和銀行 預金2,255億円・貸出1,960億円・本支店187
会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「東海銀行」の項
- [55]1941年6月 愛知・名古屋・伊藤の三銀行合併による東海銀行設立
- [56]東海銀行設立時資本金 3,760万円
- [57]愛知1896年4月・名古屋1882年7月・伊藤1881年9月の創立
- [58]1945年9月 岡崎・稲沢・大野の三銀行合併 愛知県下唯一の本店銀行
- [59]合併後の営業所 187店
- [76]東海銀行の特別損失3億8,200万円と九割減資 1948年3月最終処理
私の三菱昭和史(東洋経済新報社、1987年)「グループの中核──三菱銀行」中村俊男氏談
- [62]過度経済力集中排除法を受けた分割備えの極秘委員会
- [63]調査部長 宇佐美洵氏をキャップに三種類の分割案
- [64]中村俊男氏が委員会メンバー
- [65]昼に資料収集 夜に宇佐美氏宅で相談
- [66]GHQ判断「金融機関まで分割したら日本経済は混乱する。それは対ソ政策から好ましくない」
- [67]三菱商事・三井物産は解散、銀行は分割を免れる
- [68]東京中野銀行・第百銀行の店舗網が戦後も存続
- [69]軍需融資の政府保証打切りで資本金の99%が消失
- [99]1963年3月 特定産業の振興に関する臨時措置法案の起案
- [100]委員会を通った案件へ銀行が無条件で貸す内容
- [101]銀行協会会長 三菱銀行頭取 宇佐美洵氏
- [102]宇佐美洵氏の特振法案への反対発言
- [103]1964年からの証券不況 田中角栄大蔵大臣が買い支えを要請
- [104]各行協同の基金として日本共同証券を設立
私の三菱昭和史(東洋経済新報社、1987年)「三菱銀行の国際化路線」中村俊男氏談
- [83]戦後初代のニューヨーク支店長 中村俊男氏 戦前はロンドン支店勤務
- [118]1970年10月 中村俊男氏が頭取に就任
- [119]第二次三カ年計画の最重点施策に国際化
- [120]1971年4月 支店長会議での中村俊男氏の国際化路線の表明
- [121]外国為替業務にとどまらず海外貸出・証券取引業務へ進出
- [122]1972年1月 初の海外現地法人 加州三菱銀行をロサンゼルスに設立
会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「東京銀行」の項
- [87]1946年12月17日 東京銀行の設立 資本金5,000万円
- [88]1947年1月 普通銀行として営業開始
- [89]横浜正金銀行の国内関係分を承継 人員の過半も継承
- [90]人員の過半を継承
- [91]1954年4月 外国為替銀行法の制定 同年8月 外国為替銀行へ改組
- [92]国内45店のうち21店を三井・第一・大和・京都・大分へ譲渡
私の銀行昭和史(東洋経済新報社、1985年)松沢卓二著「問題含みの外為専門銀行」
- [93]外為専門銀行の設立に金融界がこぞって反対
- [94]長短金融分離は一部容認も外為専業化には猛烈な反発
- [95]金融債は三年物以上を発行できない制約
- [96]制約は反対を受けた妥協の産物
- [97]政府のドル預金は東京銀行へ預託
- [98]便益により他の外為銀行より優先して基盤が固まる
私の銀行昭和史(東洋経済新報社、1985年)「証言 第一勧業銀行成立の舞台裏」井上薫氏
- [105]1968年10月ごろ 長谷川重三郎頭取が井上薫氏へ合併話を打診
- [106]井上薫氏は即座に反対
- [107]戦時中の三井銀行との合併で帝国銀行となった経験
- [108]合併時の支店長 第一84名・三井45名 4年後 第一系62名・三井系68名
- [109]4年後に第一系62名・三井系68名へ逆転
- [110]取引先が反対 三菱グループと第一銀行系企業の競合
- [111]上位株主に三菱系が並べば自主性を失う恐れ
- [112]1968年暮れ 井上薫氏が三菱銀行の田実渉頭取を訪問し中止を申入れ
- [113]1969年1月1日 読売新聞が「三菱、第一の大合併」を報道
- [115]井上薫氏が頭取へ復帰
- [117]井上薫氏は合併自体には反対せず非財閥系の中位行を相手に選ぶ
私の銀行昭和史(東洋経済新報社、1985年)松沢卓二著「大型合併の衝撃」
- [114]スクープから2週間で白紙還元 長谷川頭取以下数人の役員が辞任
- [116]1971年3月 第一銀行と日本勧業銀行の合併発表
私の三菱昭和史(東洋経済新報社、1987年)「深まる外資との関係」中村俊男氏談
- [123]1984年6月 バンク・オブ・カリフォルニアの買収
- [124]10年前の打診は人材不足を理由に見送り
- [125]地場銀行の横取り話とトップ交渉
- [126]1986年1月 豪州商業銀行 三菱77.5%・シティミューチュアル12.5%・ハワードスミス10%
- [127]豪州認可に日本から12〜13社が競合 三菱・興銀・東京銀行が取得
日経ビジネス 1979年11月5日号「三和銀行。“ひと味違う”ピープルズバンクに挑む」
- [128]1979年 三和銀行がピープルズバンクを掲げる
日本会社史総覧 三和銀行(東洋経済新報社, 1995)
- [129]1982年 川勝堅二氏が頭取に就任 国際化と証券化
- [130]渡辺滉氏「最新にして最強、世界のユニバーサルバンクを目指そう」
- [131]1992年 業務純益・経常利益・当期利益の三部門で首位
- [132]料亭経営者 尾上縫氏の架空預金証書事件
- [133]1992年10月 東洋信用金庫の救済合併
- [134]1993年3月 国内拠点1,000店超
MUFG Bank「The Origins of Our Bank」(https://www.bk.mufg.jp/global/aboutus/origins/index.html)
- [136]1996年4月1日 三菱銀行と東京銀行が合併し東京三菱銀行が発足
- [139]存続会社は三菱銀行 合併比率1対0.8
日経ビジネス 1995年4月10日号(No.785)「東銀・三菱銀合併で変わる企業の銀行取引——『ザ・バンク』の誕生が加速する企業メーンバンク制の崩壊」
- [137]合併後の総資産 約72兆円 当時世界最大の銀行
- [138]国内店舗網の三菱と海外拠点・外為の東京銀行で事業の重なりが小さい
- [141]相対的に健全な二行が補完性を狙った統合
日経ビジネス 1995年9月4日号(No.804)編集長インタビュー「若井恒雄[三菱銀行頭取]・高垣佑[東京銀行頭取]——合併は『ザ・バンク』への道標」
週刊東洋経済 2004年7月24日号「全内幕 三菱東京、UFJ経営統合 Part1 三菱東京は相互補完に魅力 UFJはなぜ助けを求めたか」
- [142]1999年後半〜2000年初頭 東京三菱銀行と三和銀行が水面下で統合交渉
- [143]交渉過程で理想的な補完関係の認識を共有
- [144]2000年1月 トップ会談の寸前まで進むも統合は不成立
- [156]2004年5月 寺西正司頭取の辞任と業務改善命令
- [157]銀行法違反を理由とする業務改善命令と人事・組織の大刷新
- [158]2004年5月24日 沖原隆宗頭取の就任会見
- [159]9月末までに大口先の不良債権残高を5,000億円まで削減する方針
- [160]大口先はダイエー・大京・アプラス・双日 融資総額1兆8,000億円
- [161]2004年7月13日 住友信託へ信託売却の白紙撤回を通告
- [162]2004年7月14日 臨時取締役会で三菱東京FGとの統合交渉入りを決定
三菱UFJフィナンシャル・グループ 有価証券報告書【沿革】
- [145]2000年4月 東京三菱・三菱信託・日本信託が持株会社による統合に基本合意
- [146]2000年7月 三和・東海・東洋信託が基本合意
- [147]2001年4月 株式移転により三菱東京フィナンシャル・グループを設立
- [148]東京・大阪・ニューヨーク・ロンドンの各証券取引所へ上場
- [149]2001年4月 株式移転によりUFJホールディングスを設立
- [150]2001年10月 三菱信託銀行が日本信託銀行・東京信託銀行を合併
- [151]2002年1月 三和銀行と東海銀行が合併しUFJ銀行へ商号変更
- [152]2002年1月 東洋信託銀行がUFJ信託銀行へ商号変更
- [171]2005年10月1日 両持株会社の合併により三菱UFJフィナンシャル・グループが発足
- [173]三菱信託とUFJ信託 三菱証券とUFJつばさ証券もそれぞれ合併
- [175]2006年1月 三菱東京UFJ銀行の発足
- [189]2008年11月 UnionBanCal Corporationの完全子会社化
- [191]2010年5月 モルガン・スタンレーとの日本証券事業の合弁化
- [194]2013年12月 アユタヤ銀行の連結子会社化
- [196]2019年4月 バンクダナモンの連結子会社化
- [197]2015年6月 指名委員会等設置会社へ移行
- [199]2022年12月 MUFGユニオンバンクをUSバンコープへ売却
週刊東洋経済 2025年11月1日号「21世紀の証言 その2 三菱UFJフィナンシャル・グループ元副社長 田中正明 三菱UFJ誕生秘話 統合の陰に親友の鑑定意見」
- [153]UFJホールディングス 2004年3月期に純損失4,028億円
- [154]2004年5月 UFJ信託銀行の売却で住友信託銀行と基本合意
- [155]金融庁検査で引き当て不足が露呈
- [163]住友信託が契約違反として交渉差止の仮処分を申立て
- [164]2004年7月27日 東京地裁が住友信託の訴えを認容
- [165]東京大学 岩原紳作氏への鑑定意見の依頼
- [166]岩原紳作氏の鑑定意見 基本合意は最終契約ほどの拘束力を持たない
- [167]2004年8月10日 鑑定意見の提出 翌日 東京高裁がUFJを支持
- [168]2004年8月末 最高裁が住友信託の抗告を棄却
公正取引委員会(平成17年度:事例13)「株式会社三菱東京フィナンシャル・グループと株式会社UFJホールディングスの経営統合について」
- [169]三井住友FGが対等統合と巨額増資を提案し争奪戦
- [172]発足時の総資産 約190兆円
株式会社UFJホールディングス 適時開示(2005年2月18日)「三菱東京フィナンシャル・グループとの合併比率の合意について」
- [170]2005年2月 合併比率 UFJHD1株に三菱東京FG0.62株
株式会社東京三菱銀行 ニュースリリース(2005年8月12日)「東京三菱銀行とUFJ銀行の合併予定日の変更について」
株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ プレスリリース(2006年11月21日)「住友信託銀行株式会社との訴訟上の和解成立について」
- [176]2006年11月 住友信託との訴訟が25億円で和解
週刊東洋経済 2025年11月15日号「21世紀の証言 その4 三菱UFJフィナンシャル・グループ元副社長 田中正明 幻の「提携構想」が導いた モルスタへの90億ドル出資」
- [177]2000年ごろ 投資銀行業務の戦略議論と海外大手提携の結論
- [178]モルガン・スタンレーとの提携計画の立上げ
- [179]担当役員 山田匡通氏と企画担当部長 田中正明氏
- [180]契約書の原案まで作成
- [181]パーセル会長と三木繁光社長の会談日時が確定
- [182]2001年9月11日 同時多発テロにより提携構想が無期限延期
- [187]2001年の提携資料が2008年の交渉を支える
- [188]石塚勝彦氏「すでに戦略の骨格が出来上がっていた」
モルガン・スタンレー(2008年9月29日)「Mitsubishi UFJ Financial Group to Invest $9 Billion in Morgan Stanley」
- [183]2008年9月 金融危機でモルガン・スタンレーの株価が連鎖破綻懸念にさらされる
モルガン・スタンレー(2008年10月13日)「Mitsubishi UFJ Financial Group Closes $9 Billion Equity Investment in Morgan Stanley as Part of Global Strategic Alliance」
- [184]2008年10月 モルガン・スタンレーへ90億ドル出資 完全希薄化ベースで約21%
- [185]当初案は普通株30億ドルと転換権付優先株60億ドル 株価急落で全額優先株へ組替
- [186]10月13日の祝日に90億ドルの小切手を手渡して払込
三菱UFJフィナンシャル・グループ 有価証券報告書(2009年3月期)
- [190]FY2008 親会社株主純損失2,570億円 MUFG発足後初の赤字
三菱UFJフィナンシャル・グループ/Morgan Stanley ニュースリリース(2009年11月18日)「株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について」
- [192]三菱UFJモルガン・スタンレー証券の発足
三菱UFJフィナンシャル・グループ/三菱東京UFJ銀行 プレスリリース(2013年12月18日)「Results of a Voluntary Tender Offer by BTMU to Krungsri」
- [193]アユタヤ銀行買収時のMUFG社長 平野信行氏
- [195]アユタヤ銀行 株式約72%を約5,360億円で取得
三菱UFJフィナンシャル・グループ 有価証券報告書(2025年3月期)
- [198]2020年4月 亀澤宏規氏が代表執行役社長に就任
- [203]2025年3月期に過去最高の純利益
三菱UFJフィナンシャル・グループ(2021年9月21日)「MUFG Union Bank 株式の譲渡契約締結および U.S. Bancorp 株式の取得について」
- [200]売却対価 現金55億ドルとUSバンコープ株式約2.9% 総額約80億ドル
日本経済新聞(2024年12月16日)「金融庁、三菱UFJ銀行に報告徴求命令 貸金庫から盗難で」
- [201]2024年11月 元行員による貸金庫窃取の公表
株式会社三菱UFJ銀行「元行員の不祥事に関する対応状況・再発防止策等について」(2025年1月16日)
- [202]2025年1月 再発防止策と半沢淳一頭取ら関係役員5名の処分を公表