三菱銀行・三和銀行・東海銀行の統合
2001年4月2日、東京三菱銀行・三菱信託銀行・日本信託銀行の3行は、持株会社の三菱東京フィナンシャル・グループ(MTFG)を設立した。持株会社の役目は、グループ全体の戦略の方向づけと傘下会社の相乗効果の引き出し、世界規模のリスク管理に置いた。社長の三木繁光氏らは、傘下の銀行が各自の強みに集中し、持株会社が相乗効果と新事業を担う分担を示した。3行は業務の重なりが小さく、大がかりな店舗の統廃合の費用を負わずに事業を拡大できるという見立ても添えた。第2段として、2001年10月に三菱信託銀行が日本信託銀行と東京信託銀行を合わせ、信託を1社にまとめる計画を立てた。重なりの小ささを前に出した設計は、店舗の統廃合を抱える他の再編グループとの違いを示す狙いだったとみられる。
同じ2001年4月2日、三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行の3行は、持株会社のUFJホールディングスを設立した。社長の小笠原日出男氏は、大手銀行が4つのグループに組み直され、金融以外の企業も銀行業に入ってくる局面と情勢を捉えた。そのうえで、銀行・信託・証券・カードを1つのグループで揃え、幅広い金融サービスを一括で出す方針を掲げた。発足前の2001年3月期、3行は与信関係費用1兆1,705億円を計上して合算2,201億円の純損失となり、下期の配当を見送った。2002年3月期には与信関係費用が2兆円に達し、UFJホールディングスの純損失は1兆2,000億円を超えた。規模を得た代わりに、3行が持ち寄った不良債権の処理が発足直後から収益を上回る負担になったのだろう。
2002年1月、三和銀行と東海銀行は合併してUFJ銀行となり、東洋信託銀行はUFJ信託銀行に改称した。合併を早められたのは、勘定系などのシステム統合を大手4グループで最初に終える見通しが立ったためだった。小笠原氏は2001年の年次報告で『This accomplishment will enable us to merge Sanwa Bank and Tokai Bank in January 2002, two months ahead of our original schedule.』(訳:これにより三和銀行と東海銀行を当初予定より2か月早い2002年1月に合併できる)と記した。システム統合は合併の直前に終え、翌年の年次報告はこれを国内の他行に例のない成果と位置づけた。重なる地域の店舗の統廃合と人員削減を急ぎ、東洋信託の信託商品を三和・東海の顧客へ売る相乗効果も見込んだ。先にシステムを揃えてから看板を1つにする順序は、合併初日の混乱を避ける手だったと思われる。
2004年5月21日、UFJホールディングスは住友信託銀行と、法人向け貸出を除くUFJ信託銀行の業務を住友信託側へ移す基本合意を結んだ。2004年3月期のUFJホールディングスは与信関係費用が1兆3,000億円を超え、4,028億円の連結純損失を計上した。同月に社長に就任した玉越良介氏のもと、UFJは7月14日に住友信託との基本合意から離脱し、MTFGとの統合協議に入った。玉越氏は『After studying as many options as possible, we decided that a management integration with Mitsubishi Tokyo Financial Group, Inc. (MTFG) would be the best way to accomplish this.』(訳:できる限り多くの選択肢を検討した末、MTFGとの経営統合が最善の道だと判断した)と記した。三井住友FGの提案と比べ、9月末までの資本注入の確実さとMTFGの財務の健全さを決め手に挙げた。信託の切り離しでは足りず、資本を厚く補える相手との全面統合に切り替えたと考えられる。
2004年6月末にMTFG社長と東京三菱銀行頭取に就任した畔柳信雄氏は、約2週間後の7月16日にUFJとの経営統合を発表した。住友信託は同日に協議の差し止めを申し立て、東京地裁は8月4日に仮処分を認めたが、東京高裁が8月11日にこれを退けた。翌12日、両グループは持株会社・銀行・信託・証券を2005年10月1日に統合する基本合意を結んだ。MTFGは9月17日、UFJ銀行が発行した優先株7,000億円を引き受けた。MTFGは統合の理由を『We believe the businesses and branch networks of the two groups are highly complementary, presenting the best and most appropriate combination.』(訳:両グループの事業と店舗網は補い合う関係にあり、最良かつ最適の組み合わせだと考える)と説明した。2004年2月に掲げた時価総額で世界上位10社という目標も、2008年度末までに上位5社へ引き上げた。
2005年10月1日、MTFGとUFJホールディングスは合併し、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が発足した。同じ日に三菱信託銀行とUFJ信託銀行、三菱証券とUFJつばさ証券もそれぞれ合併した。合併比率や社名などの条件は、2005年2月18日に両グループが結んだ統合契約で定めた。MUFGでは、UFJ社長だった玉越良介氏が会長に、MTFG社長だった畔柳信雄氏が社長兼CEOに就任した。発足後のMUFGは、サービス・信頼性・国際展開の3つで国内首位に立つ総合金融グループを目標に置いた。会長と社長を両グループから出した配置は、合併後の融和を優先した人事と推察される。
持株会社の合併から3か月後の2006年1月1日、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併し、三菱東京UFJ銀行が発足した。当初は2005年10月に銀行も合わせる予定だったが、合併後の業務システムの安全と安定を理由に日程を組み直した。MUFGは『Safety and reliability have always been our highest priorities with regard to the integration process, which is why we delayed the commercial bank merger until January 2006.』(訳:統合では安全と信頼性を常に最優先してきたため、銀行合併を2006年1月まで遅らせた)と説明した。本番どおりにシステムを動かす試験を重ね、一部のシステムとサービスは合併前に統合を済ませた。国内の決済・情報系システムの統合は、2008年3月期末までに終える計画とした。それまでは旧2行の支店を1か所にまとめる店舗内店舗で重複を減らし、2006年度中に約80か所を予定した。
MUFGは発足した2005年10月に公的資金の返済を始め、2006年6月に完済した。対象は旧UFJ側が国に発行していた優先株で、2005年9月末の残高は1兆4,000億円だった。返済は2005年10月の3,236億円から12月、2006年3月、5月と続き、6月の2,973億円で終えた。経営陣は株主向けのメッセージで『This gives us much greater flexibility in managing our capital and returning earnings to shareholders.』(訳:これにより資本の運用と株主への還元で、はるかに大きな自由度が得られる)と記した。完済後の資本政策は、株主還元・自己資本の充実・戦略的な投資の3つの釣り合いを取る方針とした。国の関与を早く外すことが、統合後の資本を自ら配分するための前提と位置づけられていたようだ。
2008年10月13日、MUFGは米投資銀行モルガン・スタンレーの優先株を90億米ドルで引き受けた。9月29日の合意では、企業金融と投資銀行業務を軸にした世界規模の戦略的提携を出資の目的に据えていた。持分は完全希薄化後で約21%に達し、経営陣から平野信行氏がモルガン・スタンレーの取締役に入った。平野氏はのちに、資本の厚みとサブプライム関連の証券化商品を抱えなかったことを危機を越えた理由に挙げた。そのうえで出資を『With an investment of US$9 billion, we forged a strategic relationship with Morgan Stanley and embarked on our long-held goal to create global investment banking capabilities.』(訳:90億米ドルの出資でモルガン・スタンレーと戦略的な関係を結び、長年の目標だった世界規模の投資銀行業務の構築に踏み出した)と位置づけた。損失の小ささを守りではなく出資の余力へ振り向けた判断とみられる。
モルガン・スタンレーへの出資から3週間後の2008年11月4日、三菱東京UFJ銀行はユニオンバンカル(UNBC)を完全子会社にした。8月18日の合併契約の時点で持分は約65%あり、残る株式を1株73.50米ドルの現金公開買付けで取りに行った。所要資金は約35億米ドルと見積もられ、手元資金で賄う計画が示された。UNBCの中核のユニオン・バンクは、総資産と預金の両方でカリフォルニア州最大級の商業銀行だった。顧客は西海岸の個人から中小企業、大企業にまで及んでいた。同じ秋に投資銀行と商業銀行を押さえたことで、米国では法人の資金調達と個人の預金という二つの足場がそろったと推察される。
2010年5月1日、MUFGとモルガン・スタンレーは日本の証券業務を統合し、共同出資の証券会社2社を発足させた。起点は2009年3月、三菱UFJ証券とモルガン・スタンレー証券の統合を目指して結んだ覚書だった。三菱UFJモルガン・スタンレー証券は議決権の60%をMUFG側が、モルガン・スタンレーMUFG証券は51%を相手側が握った。社長の永易克典氏ら経営陣は発足直後の株主向けの挨拶で、合弁を『we launched a joint venture securities business in Japan this May, with the aim of becoming a leading company in the Japanese securities industry.』(訳:この5月に日本で証券合弁事業を始め、国内証券業界の首位級の会社を目指す)と記した。2014年3月期には、三菱UFJモルガン・スタンレー証券が国境をまたぐM&Aの助言と債券引受けで首位に立った。出資でつないだ資本の縁を、国内の案件を共同でこなす現場の関係へ移したことに統合の重みがあったのだろう。
2013年12月18日、三菱東京UFJ銀行はタイのアユタヤ銀行を公開買付けで子会社にし、議決権の72.01%を得た。7月2日の取締役会で買付けを決め、同日に約25.33%を持つGEキャピタルと全株を応募させる契約を結んだ。買付け価格は1株39タイバーツで、取得原価は5,382億円に達した。MUFGが示した理由は、タイでの金融サービスを強め、現地で活動する顧客の多様な需要に応えることだった。社長の平野信行氏らはタイの規制に沿ってバンコック支店を1年以内にアユタヤ銀行へ統合すると表明し、その後の目標に『create a comprehensive commercial banking platform in Asia, covering wholesale, middle-market, and retail banking』(訳:大企業から中堅企業、個人までを網羅するアジアの総合的な商業銀行基盤を築く)を掲げた。法人取引が中心の支店では届かない個人や中小企業へ、現地の銀行ごと手を伸ばした判断と考えられる。
2014年7月、三菱東京UFJ銀行は米国の業務をユニオン・バンクと統合し、持株会社のMUFGアメリカズ・ホールディングスを設けた。統合で米州業務の管理が一か所に集まり、米国法人の国法銀行MUFGユニオン・バンクが生まれた。平野氏ら経営陣は再編の理由を『To further strengthen our competitiveness in the United States and comply with U.S. financial regulations』(訳:米国での競争力を一段と高め、米国の金融規制に対応するため)と記した。あわせて、グループ全体で米ドル資金を調達する力を強めることも再編の狙いに挙げた。統合後の2014年9月時点で、米国での預金量は全米13位だった。米国の規制が外国銀行の組織の形まで問う段階に入り、支店のままでは応じにくくなっていたようだ。
2015年6月、三菱UFJフィナンシャル・グループは定時株主総会で定款を改め、指名委員会等設置会社へ移った。それまでは取締役会の下に任意の委員会を置き、提言を受ける体制だった。移行後は法定の指名・報酬・監査の3委員会を置き、業務執行の決定を執行役へ委ねて取締役会を監督に絞った。社長の平野信行氏は同年の統合報告書で三つの課題を挙げ、二つ目を『The second challenge is to strengthen global corporate governance.』(訳:二つ目の課題はグローバルな企業統治の強化である)とした。海外が主な収益源になるほど各国の規制への対応が重くなり、社外取締役の目が要るという理屈だった。海外の当局と投資家に通じる監督の形を、委員会の法定化で先に整えたとみられる。
2017年12月、三菱東京UFJ銀行はインドネシアのバンクダナモン株73.8%の段階取得を契約し、まず19.9%を約1,334億円で得た。2018年に20.1%を約1,323億円で買い増して持分法の関連会社とした。2019年4月の第三段階で54.0%を約3,970億円で加え、94.0%を持つ連結子会社にした。平野氏は2018年の報告書で、タイのアユタヤ銀行に続き比・インドネシアの2行への出資が域内の網の土台になったとした。2020年の統合報告書は『これまで私たちは国内の低成長を補うために新たな成長を求め、ASEANの商業銀行を中心に戦略出資を行ってきました』とこの流れを振り返った。その2020年には株価の下落を受け、ダナモンののれん2,128億円を全額償却した。
2018年4月、三菱東京UFJ銀行は商号を三菱UFJ銀行に改めた。頭取は前年6月に就任した三毛兼承氏だった。平野氏は同年の報告書で、利ざやの縮小などで業績が振るわなかったことを認め、『We’re still not resilient enough to absorb adversity on a great scale, and we’ve been too slow to change.』(訳:大きな逆境に耐える強さがなく、変化も遅すぎた)と総括した。改革の軸は2017年に公表した6か年計画で、国内銀行業務の作業量をおよそ30%、9,500人分減らすとした。店舗網を絞り、銀行・信託・証券の窓口を一つの拠点に集める方針も示した。旧行の名を連ねた商号を改めたのは、国内の構造改革へ軸足を移す合図だったと推察される。
2019年4月、三毛兼承氏は三菱UFJ銀行の頭取を兼ねたまま持株会社の社長に就任した。同じ2019年、豪州を拠点とする資産運用会社ファースト・センティア・インベスターズ(FSI)を子会社にし、グローバルな資産運用の足場とした。2019年度の戦略出資はバンクダナモン、FSI、Grab社の3件だった。案件を採り上げる目線は、出資から一定期間のうちに資本コストを上回る利益を得られるかに置くと説明した。2025年5月の説明会では、運用子会社の運用資産の伸びに加えて買収先の成長も見込めると答えた。利ざやに頼らない手数料の収益源を、国外の運用会社の買収で厚くしようとしたのだろう。
2020年4月、三毛氏は1年で社長を退任して副会長に移り、亀澤宏規氏が代表執行役社長グループCEOに就任した。亀澤氏はグループCOOとグループCDTOを兼ねる執行役で、頭取を経ないまま社長となった。2017年に新設のCDTOに就任し、業務のデジタル化やGrab社への出資を手がけた経歴だった。就任時の2019年度は、業務純益が5年ぶりに増えた一方、当期純利益は前年度比3,445億円減の5,281億円に減少していた。亀澤氏は店舗を含むチャネルや事務を見直してデジタル化を進め、経費の構造も改めるとした。収益が細るなかで、デジタルで事務と店舗を作り替えてきた人に舵を預けたのではないか。
2021年9月、三菱UFJフィナンシャル・グループはMUFGユニオンバンク(MUB)の全株式を、USバンコープ(USB)へ譲る契約を結んだ。お知らせは、デジタル対応のIT投資がかさみ、競争力の維持に一定の規模が求められる事業環境を背景に挙げた。そのうえで『米国においては、MUB を売却し、法人取引を中心とした事業ポートフォリオへシフトすることが、資本効率を高め株主価値の最大化に資するとの結論にいたりました』とした。法人向けのGCIB事業は譲渡から外し、三菱UFJ銀行の米国内支店などへ移すとした。2022年12月に譲渡は完了し、現金55億米ドルとUSB株式約44百万株を受け取った。2024年度中間期の説明会では、米国の法人向け業務がMUB売却による減収を既に取り返したと答えた。
2024年度中間期の親会社株主純利益は、コロナ前の2017〜2019年のおよそ2倍に達した。同じ年のInvestors Dayでは、グループ間の連携をめぐる行政処分について、法令遵守の意識の浸透と監視の態勢が不十分だったと認めた。2024年11月、三菱UFJ銀行は練馬・玉川の両支店で貸金庫を管理していた元行員が、顧客の現金や金を窃取していたと公表した。窃取は2023年3月から2024年10月まで続き、予備鍵や開閉の管理が甘く、支店・本部・子会社のどの牽制も働かなかった。12月16日には金融庁から銀行法第24条に基づく報告徴求を受けた。利益の回復に比べ、現場の管理の作り直しは追いついていなかったとうかがえる。
2025年1月16日、頭取の半沢淳一氏が率いる三菱UFJ銀行は、再発防止策などを盛り込んだ報告書を金融庁に出した。策の中心は予備鍵を本部で一括して保管することで、支店・本部・子会社の牽制の強化や人事運営の見直しも並べた。持株会社の報酬委員会は2024年度に役員の処分と報酬の減額を決めた。監査委員会は第20期に真因分析をもとにした改善策の実行状況を注視し、第21期にはその浸透と定着へ視点を移した。鍵の保管という仕組みを作った後は、それを緩ませない運用が問われ続けると考えられる。
2026年4月、三菱UFJ銀行の頭取を5年務めた半沢淳一氏が、持株会社の代表執行役社長グループCEOに就任した。1988年に三菱銀行へ入り、MUFG発足時には持株会社の統合企画室で統合の実務を担った経歴だった。就任後の統合報告書で、半沢氏は設立当初の目標を引いて『「グローバルトップ5」という目標を今こそやり遂げるべく、そこへ向かう道筋をつけたいと考えています』と記した。金融に留まらず、顧客と社会の課題解決を起点とする総合サービスグループへ進む方針も掲げた。2025年5月の説明会では、中長期のROE目標を12%程度とし、11%程度まではオーガニックな成長で届くと説明していた。事件の後始末を担った頭取に、信頼の回復と成長の両方を託した人事と読める。
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|---|---|---|---|---|
| 高垣佑 | 二行の合併で発足した新銀行への一本化(1996年成立) 1996年4月1日、財閥系の三菱銀行と外国為替専門の東京銀行が合併し、東京三菱銀行が発足した。総資産は約72兆円に達し、当時世界最大の銀行となった。 詳細を読む | |||
| 2001〜2007年三菱東京FGとUFJHDの発足、信託売却の白紙撤回と三菱UFJの誕生、公的資金の完済 | 三木繁光 | 株式移転により三菱東京フィナンシャル・グループを設立 | ★★ | |
| 三木繁光 | 三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行がUFJHDを設立 | ★ | ||
| 三木繁光 | 三和銀行と東海銀行が合併しUFJ銀行を設立 | ★★ | ||
| 三木繁光 | 東京三菱証券・国際証券などが合併し三菱証券を設立 | ★ | ||
| 畔柳信雄 | UFJHDが住友信託銀行への信託売却を白紙撤回 | ★★ | ||
| 畔柳信雄 | 二つの持株会社の統合による新金融グループの発足(2005年成立) 2005年10月1日、三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスが経営統合し、総資産約190兆円の三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が発足した。当時の国内最大級の金融グループである。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 畔柳信雄 | 公的資金を完済 | ★★ | ||
| 畔柳信雄 | 東京三菱銀行とUFJ銀行が合併し三菱東京UFJ銀行を設立 | ★★ | ||
| 畔柳信雄 | 住友信託銀行との訴訟が和解 | ★ | ||
| 畔柳信雄 | UFJニコスとディーシーカードが合併し三菱UFJニコスを設立 | ★ | ||
| 2008〜2014年モルガン・スタンレーへの出資とユニオンバンカルの完全子会社化、アユタヤ銀行の買収 | 畔柳信雄 | リーマン危機のさなかに踏み切った米投資銀行への90億米ドルの資本投入 2008年9月29日、企業金融・投資銀行業務分野を中心としたグローバルな戦略的提携の構築を目的に、モルガン・スタンレーとの資本提携で合意した。10月13日には出資条件を変更したうえで90億米ドルを出資し、役員・従業員向けオプションを除いた希薄化後の普通株式出資比率で20.9%を取得している。内訳は転換型優先株式が7,839,209千米ドル、償還型優先株式が1,160,791千米ドルで、いずれも年間配当利回りは10%。契約上、完全希薄化後の出資比率20%を維持する権利を原則として持ち、10%以上を維持する限り取締役1名を派遣する権利も得た。 詳細を読む | ★★★ | |
| 畔柳信雄 | UnionBanCal Corporationを完全子会社化 | ★★ | ||
| 畔柳信雄 | アコムを子会社化 | ★ | ||
| 畔柳信雄 | 親会社株主に帰属する当期純損失2570億円を計上 | ★ | ||
| 永易克典 | 国内証券を共同出資の2社に分け、議決権と経済的持分を別々に設計した統合 2010年5月1日、三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーは日本における証券業務を統合し、共同出資による証券会社2社を発足させた。三菱UFJ証券ホールディングスの国内事業と、モルガン・スタンレー証券のインベストメントバンキング部門を吸収分割で合わせたのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券であり、同証券に残るセールスアンドトレーディング部門と資本市場部門を担うのがモルガン・スタンレーMUFG証券である。 2008年10月のモルガン・スタンレーへの出資で結んだ資本の縁を、国内証券という日々の事業へ参入させた判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 平野信行 | ヴィエティンバンクと資本業務提携 | ★ | ||
| 平野信行 | タイ大手行の取り込みによるアジア商業銀行基盤の獲得 2013年、三菱UFJフィナンシャル・グループは連結子会社の三菱東京UFJ銀行を通じ、タイの大手商業銀行アユタヤ銀行を公開買付けで子会社化した。買付け価格は1株39タイバーツ、応募株式数は43億7,371万株で、取得した議決権比率は72.01%。買付けに要した資金は約1,706億タイバーツ(約5,360億円相当)で、取得に直接要した費用を加えた取得原価は5,382億円にのぼった。成長するアジアで自前の商業銀行基盤を持つ判断に踏み込んだことになる。当時のMUFG社長は平野信行氏。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2015〜2026年指名委員会等設置会社への移行と東南アジア展開、ユニオンバンク売却と貸金庫事件 | 平野信行 | 監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、持株会社の執行と監督を分けた 2015年6月25日の定時株主総会で定款の変更が決議され、三菱UFJフィナンシャル・グループは同日付で監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移った。会社法が定める指名委員会・報酬委員会・監査委員会を設置し、法令で定められた専決事項以外の業務執行の決定は原則として執行役へ委ねる体制とした。 取締役会は17名、執行役は17名で構成し、会社法上の指名委員会には「指名・ガバナンス委員会」の名を与えた。移行に合わせて「MUFGコーポレートガバナンス方針」を制定し、その概要を公表している。 詳細を読む | ||
| 平野信行 | 指名委員会等設置会社に移行 | ★ | ||
| 平野信行 | セキュリティバンクと資本業務提携 | ★ | ||
| 平野信行 | 三菱東京UFJ銀行が三菱UFJ銀行に商号変更 | ★ | ||
| 三毛兼承 | First Sentier Investorsを子会社化 | ★★ | ||
| 三毛兼承 | インドネシア大手行の3段階での取得による議決権94.1%の掌握 2017年12月26日、三菱UFJフィナンシャル・グループは平野信行社長のもと、子会社の三菱東京UFJ銀行を通じ、インドネシアの商業銀行バンクダナモンの発行済株式総数の73.8%を取得することを目的とする条件付株式売買契約を締結した。関係当局等からの許認可取得を条件に、取得は3段階に分けて実行された。 第一段階で19.9%を約1,334億円、第二段階で20.1%を約1,323億円、第三段階で54.0%を約3,970億円。2019年4月29日に議決権の過半を握って連結子会社とし、取得原価は6,645億円、取得後の議決権比率は94.1%となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 亀澤宏規 | 三菱UFJ銀行の頭取を経ないトップの登用と、持株会社と銀行のトップ兼務の解消 2020年4月、亀澤宏規氏が三菱UFJフィナンシャル・グループの取締役代表執行役社長グループCEOに就任した。前任の三毛兼承氏の在任は2019年4月からの1年で、社長を退任したあとは取締役代表執行役副会長となり、三菱UFJ銀行の取締役頭取執行役員は続けている。 亀澤宏規氏は就任の前年、代表執行役副社長としてグループCOOとグループCDTOを兼ねていた。三菱UFJ銀行では取締役副頭取執行役員までを務め、頭取の職には就任していない。 詳細を読む | |||
| 亀澤宏規 | 亀澤宏規氏が社長に就任 | ★ | ||
| 亀澤宏規 | プライム市場に移行 | ★ | ||
| 亀澤宏規 | MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2021年9月21日、米州MUFGホールディングス(MUAH)が保有するMUFGユニオンバンク(MUB)の全株式をUSバンコープ(USB)へ譲渡する株式譲渡契約を締結し、2022年12月1日に完了した。譲渡した株式は40,305,115株で、議決権所有割合は100%から0%になった。 対価は現金55億米ドルとUSB株式約44百万株(USBの発行済み株式の約3%)で、加えて譲渡から5年以内にUSBから35億米ドルを受領する。移転した資産は13兆6,398億円、負債は12兆9,818億円で、子会社株式売却益6,995億円を特別利益に計上した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 亀澤宏規 | 元行員による貸金庫からの窃取を公表 | ★★ | ||
| 亀澤宏規 | 顧客資産をめぐる信用毀損への対応と、内部管理体制の作り直し 2024年11月、三菱UFJフィナンシャル・グループの中核子会社である三菱UFJ銀行は、練馬・玉川両支店で貸金庫を管理していた元行員が、顧客の貸金庫から現金や金を窃取していた事案を公表した。 同年12月16日、金融庁は同行に銀行法第24条に基づく報告徴求を発した。同行は2025年1月16日、報告徴求に基づき、再発防止策等を含む報告書を金融庁に提出している。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 亀澤宏規 | 親会社株主に帰属する当期純利益1兆8629億円を計上 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(三菱UFJフィナンシャル・グループ)