三菱UFJフィナンシャル・グループの沿革(1656〜2025年)
三菱UFJフィナンシャル・グループの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1656 1-12月 | 創業 | 初代鴻池善右衛門が大阪で両替店を開業 明暦2年、江戸初期の両替商。三和銀行の源流の最古 | 日本金融業界で最古級の両替商。370年超の歴史の起点 | |||
1870 1-12月 | 創業 | 岩崎弥太郎が海運業(土佐開成商社)を創始 明治3年、大阪・西長堀で海運事業に乗り出す。三菱事業全体の起点 | 三菱グループの原点となった事業創始。銀行業務も後にこの海運業から派生 | |||
1876 1-12月 | 組織 | 郵便汽船三菱会社が為替局を発足 回漕貨物を担保として荷主に為替金を融通する業務を開始 | 三菱における銀行業の萌芽。海運の付随業務としての金融 | |||
1877 1-12月 | 創業 | 第十三国立銀行が開業 鴻池両替店の建物を本店として開業。三和銀行はこのときを創業日としている | 三和銀行が公式創業日とする1877年。国立銀行制度の一環 | |||
1878 1-12月 | 創業 | 第三十四国立銀行が開業 大阪の繊維関係商人たちが設立 | 三和銀行を構成する3行の一つの起点。中小工業への長期金融を開始 | |||
1879 1-12月 | 創業 | 山口家が第百四十八国立銀行を開業 | 三和銀行を構成する3行の一つの起点 | |||
1880 1-12月 | 組織 | 為替局が分離独立して三菱為換店に 本格的な金融業務を開始 | 海運業から金融業が分離した画期的節目。三菱の銀行業の正式な開始 | |||
1885 1-12月 | M&A | 第百十九国立銀行の経営を継承 | 国立銀行制度下の既存銀行を取り込み、店舗・人員の基盤を拡充 | |||
1895 1-12月 | 組織 | 三菱合資会社銀行部が発足 | 財閥組織下の銀行部門として体制を整備 | |||
1919 1-12月 | 創業 | 株式会社三菱銀行を設立 三菱合資会社銀行部の業務を継承して分離独立、同年10月営業開始 | 三菱銀行が独立した株式会社として発足した正式な法人設立日 | |||
1922 1-12月 | 設備 | 現在地に本店営業所が完成 | ||||
1923 1-12月 | 業績 | 関東大震災で本店本館が無事に残る 他行に先駆けて預金支払い開始、金庫を開放し罹災諸銀行救済 | 震災対応で同行の信用が急上昇、以後の預金急増の起点となった歴史的危機対応 | |||
1927 1-12月 | 業績 | 金融恐慌下で中小企業・銀行を救済 全国で取り付けが発生する中、同行は安定 | 金融恐慌を契機に預金が大銀行へ集中する傾向が顕著化、同行の地位が固まった | |||
1929 1-12月 | M&A | 森村銀行を買収 | 昭和初期の金融恐慌下の銀行集中過程の一環 | |||
1933 1-12月 | 創業 | 三和銀行を創立 三十四・山口・鴻池の3行合併により大阪で創立、初代頭取は中根貞彦 | 在阪3行合併により在阪系都銀の有力銀行が誕生。創立直後に普通銀行預金高トップ | |||
1940 1-12月 | M&A | 三菱銀行が金原銀行を買収 | ||||
| 組織 | 三和銀行が東京本部設置 | |||||
1942 1-12月 | M&A | 三菱銀行が東京中野銀行を買収 | ||||
1943 1-12月 | M&A | 三菱銀行が第百銀行を合併 大銀行の一角を合併し資本金・預金・店舗規模が一気に拡大 | 戦時体制下の銀行集中政策の象徴的大型統合。三菱銀を大都銀の上位へ押し上げた | |||
1948 1-12月 | 経営計画 | 三和銀行が減資して新発足 金融機関再建整備法に基づく戦時補償打ち切り損失補填 | 戦後金融機関再建の一環 | |||
| 組織 | 三菱銀行が千代田銀行に改称 GHQによる財閥解体で「三菱」名称使用禁止 | 戦後財閥解体の象徴的事例。5年後に三菱銀行の名称に復帰するまで千代田銀行を名乗る | ||||
| 経営計画 | 三和銀行が10億円に増資し新発足 スローガンは「親しさも名も変わらぬ三和銀行」 | 戦後再出発の起点 | ||||
1949 1-12月 | 上場 | 三菱銀行・三和銀行が東京・大阪両証取に上場 | 戦後資本市場の再開と長期成長資金調達体制の確立 | |||
1952 1-12月 | 組織 | 三菱銀行ニューヨーク支店を再開 | ||||
1953 1-12月 | 組織 | 三和銀行サンフランシスコ支店を開設 戦後初の邦銀米国拠点の一つ | 国際金融中心地への本格進出の起点 | |||
| 組織 | 千代田銀行が三菱銀行の商号に復帰 | 戦後占領体制からの完全脱却を象徴するリブランディング | ||||
1956 1-12月 | 組織 | 三菱銀行ロンドン支店を再開 | ||||
1963 1-12月 | 組織 | 三和銀行ニューヨーク支店を開設 | ||||
1968 1-12月 | 設備 | 三菱銀行がオンライン・システムを開始 | ||||
1971 1-12月 | 設備 | 業界初のオンラインCD(現金引出機)を設置 三菱銀行 | 銀行業務自動化・オンライン化の先駆。リテール銀行の効率化を決定的に進めた技術革新 | |||
1972 1-12月 | 子会社 | 加州三菱銀行を設立 海外現地法人第1号 | 在米邦銀現地法人の走り。以後の海外展開の原型となった | |||
| 組織 | オライオン・グループに参加 欧米先進諸国の代表的銀行で構成 | |||||
1984 1-12月 | M&A | 三菱銀行がバンク・オブ・カリフォルニアを買収 米国西海岸最古の名門銀行 | 邦銀による米銀買収の本格事例として業界で注目された大型クロスボーダーM&A | |||
1988 1-12月 | 組織 | バンク・オブ・カリフォルニアが加州三菱銀行を吸収合併 | ||||
| 上場 | 三菱銀行がロンドン証券取引所に上場 | 日本の都市銀行の国際化を象徴する海外上場 | ||||
1989 1-12月 | 上場 | 三菱銀行がスイス3取引所とパリ、NY取引所に上場 | ||||
1992 1-12月 | 業績 | 三和銀行が業務純益・経常利益・当期利益の3冠王を達成 渡辺滉頭取下のユニバーサルバンク戦略の成果 | 三和のピープルズバンク+インベストメントバンク戦略がバブル崩壊直前にピークに到達 | |||
| M&A | 三和銀行が東洋信用金庫を救済合併 料亭経営者尾上縫の架空預金証書事件 | バブル崩壊後の地域金融機関救済事例、同行の資産基盤を一時拡張 | ||||
1993 1-12月 | 組織 | 三和銀行が国内拠点1000店舗体制 邦銀最大の国内拠点網 | リテール大衆化路線の到達点 | |||
1994 1-12月 | 子会社 | 三菱銀行が日本信託銀行を子会社化 第三者割当増資で株式68%取得 | 事実上のユニバーサルバンク化、信託業務への本格参入 | |||
| 子会社 | 三菱ダイヤモンド証券を設立 | |||||
1996 1-12月 | M&A | 三菱銀行と東京銀行が合併し東京三菱銀行発足 資金量で世界最大の銀行に | 日本の平成金融再編の先駆けとなった大型統合。資金量で世界1位の銀行が誕生した業界史的事件 | |||
2001 1-12月 | M&A | 三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行の3行統合でUFJ銀行発足 | 平成金融再編の第2波。大阪系都銀とトラスト・東海の大再編 | |||
2002 1-12月 | 組織 | 三菱東京フィナンシャル・グループ発足 持株会社体制へ移行 | 持株会社による銀証一体化の枠組みの確立 | |||
2005 1-12月 | M&A | 三菱東京FGとUFJHDが統合、三菱UFJフィナンシャル・グループ発足 当時国内最大、総資産190兆円規模 | 日本の金融再編の最終到達点の一つ。4大メガバンク体制の確立。UFJ破綻危機からの救済統合としても歴史に残る | |||
2006 1-12月 | 組織 | 三菱東京UFJ銀行が発足 合併銀行としてスタート | 4大都銀を源流とする銀行の合同 | |||
2008 1-12月 | M&A | モルガン・スタンレーに出資 リーマン・ショック直前に米投資銀行に資本注入 | リーマン危機時の米国投資銀行救済として業界史に残るクロスボーダー大型投資。以後のMUFG-MS提携の起点 | |||
| 子会社 | 米ユニオンバンク(UnionBanCal)を完全子会社化 西海岸最大級の商業銀行 | 米国商業銀行事業の主軸獲得、海外収益基盤の確立 | ||||
2009 1-12月 | 業績 | FY2008に大幅純損失を計上 リーマン・ショックによる | MUFG発足後初の大赤字。リスクアセット処理の起点 | |||
2013 1-12月 | M&A | タイ・アユタヤ銀行(KS)を子会社化 東南アジア進出の中核 | APAC成長戦略の象徴的大型買収。以後のアジア×デジタル戦略の基礎 | |||
2016 1-12月 | 人事 | 平野信行が代表執行役社長に就任 | ||||
2019 1-12月 | M&A | インドネシア・BDI銀行を子会社化 | 東南アジアパートナーバンク構想の一環 | |||
2020 1-12月 | 人事 | 亀澤宏規が代表執行役社長に就任 | デジタル・システム出身トップによるDX・グローバル戦略の本格始動 | |||
2022 1-12月 | M&A | 米ユニオンバンクの個人向け事業をUSバンコープに売却 米州戦略の大転換 | 14年間保有した米国商業銀行事業を手放し、ホールセール集中へ戦略転換。米州事業の大規模ポートフォリオ見直し | |||
2024 1-12月 | 組織 | 三菱UFJアセットマネジメントを持株会社直下に移管 MUAMを第4の柱化 | AM事業の成長戦略強化。個人投資家向けeMAXIS Slimの本格化 | |||
| 組織 | コーポレートバンキング部門で行政処分 グループ間連携における法令遵守・モニタリング態勢の不備 | グループ統合運営の限界が表面化、信頼回復が経営課題に | ||||
| 経営計画 | 政策保有株式の売却目標を倍増 3500億円から7000億円へ、中計期間中に前倒し | ガバナンス改革と資本効率向上を象徴する経営判断 | ||||
2025 1-12月 | 業績 | FY2024に過去最高益を達成 親会社株主純利益1兆8629億円 | MUFG史上最高益。前中計ROE7.5%目標を上回り、中長期ROE12%目標への起点に | |||
| 経営計画 | 中長期ROE12%程度を新目標として提示 到達時の時価総額30兆円程度を視野 | 営業純益+1兆円・株価3100円・時価総額30兆円という水準を視野に入れた経営計画の転換点 |
- 初代鴻池善右衛門が大阪で両替店を開業
明暦2年、江戸初期の両替商。三和銀行の源流の最古
日本金融業界で最古級の両替商。370年超の歴史の起点 - 岩崎弥太郎が海運業(土佐開成商社)を創始
明治3年、大阪・西長堀で海運事業に乗り出す。三菱事業全体の起点
三菱グループの原点となった事業創始。銀行業務も後にこの海運業から派生 - 郵便汽船三菱会社が為替局を発足
回漕貨物を担保として荷主に為替金を融通する業務を開始
三菱における銀行業の萌芽。海運の付随業務としての金融 - 第十三国立銀行が開業
鴻池両替店の建物を本店として開業。三和銀行はこのときを創業日としている
三和銀行が公式創業日とする1877年。国立銀行制度の一環 - 第三十四国立銀行が開業
大阪の繊維関係商人たちが設立
三和銀行を構成する3行の一つの起点。中小工業への長期金融を開始 - 山口家が第百四十八国立銀行を開業三和銀行を構成する3行の一つの起点
- 為替局が分離独立して三菱為換店に
本格的な金融業務を開始
海運業から金融業が分離した画期的節目。三菱の銀行業の正式な開始 - 第百十九国立銀行の経営を継承国立銀行制度下の既存銀行を取り込み、店舗・人員の基盤を拡充
- 三菱合資会社銀行部が発足財閥組織下の銀行部門として体制を整備
- 株式会社三菱銀行を設立
三菱合資会社銀行部の業務を継承して分離独立、同年10月営業開始
三菱銀行が独立した株式会社として発足した正式な法人設立日 - 現在地に本店営業所が完成
- 関東大震災で本店本館が無事に残る
他行に先駆けて預金支払い開始、金庫を開放し罹災諸銀行救済
震災対応で同行の信用が急上昇、以後の預金急増の起点となった歴史的危機対応 - 金融恐慌下で中小企業・銀行を救済
全国で取り付けが発生する中、同行は安定
金融恐慌を契機に預金が大銀行へ集中する傾向が顕著化、同行の地位が固まった - 森村銀行を買収昭和初期の金融恐慌下の銀行集中過程の一環
- 三和銀行を創立
三十四・山口・鴻池の3行合併により大阪で創立、初代頭取は中根貞彦
在阪3行合併により在阪系都銀の有力銀行が誕生。創立直後に普通銀行預金高トップ - 三菱銀行が金原銀行を買収
- 三和銀行が東京本部設置
- 三菱銀行が東京中野銀行を買収
- 三菱銀行が第百銀行を合併
大銀行の一角を合併し資本金・預金・店舗規模が一気に拡大
戦時体制下の銀行集中政策の象徴的大型統合。三菱銀を大都銀の上位へ押し上げた - 三和銀行が減資して新発足
金融機関再建整備法に基づく戦時補償打ち切り損失補填
戦後金融機関再建の一環 - 三菱銀行が千代田銀行に改称
GHQによる財閥解体で「三菱」名称使用禁止
戦後財閥解体の象徴的事例。5年後に三菱銀行の名称に復帰するまで千代田銀行を名乗る - 三和銀行が10億円に増資し新発足
スローガンは「親しさも名も変わらぬ三和銀行」
戦後再出発の起点 - 三菱銀行・三和銀行が東京・大阪両証取に上場戦後資本市場の再開と長期成長資金調達体制の確立
- 三菱銀行ニューヨーク支店を再開
- 三和銀行サンフランシスコ支店を開設
戦後初の邦銀米国拠点の一つ
国際金融中心地への本格進出の起点 - 千代田銀行が三菱銀行の商号に復帰戦後占領体制からの完全脱却を象徴するリブランディング
- 三菱銀行ロンドン支店を再開
- 三和銀行ニューヨーク支店を開設
- 三菱銀行がオンライン・システムを開始
- 業界初のオンラインCD(現金引出機)を設置
三菱銀行
銀行業務自動化・オンライン化の先駆。リテール銀行の効率化を決定的に進めた技術革新 - 加州三菱銀行を設立
海外現地法人第1号
在米邦銀現地法人の走り。以後の海外展開の原型となった - オライオン・グループに参加
欧米先進諸国の代表的銀行で構成
- 三菱銀行がバンク・オブ・カリフォルニアを買収
米国西海岸最古の名門銀行
邦銀による米銀買収の本格事例として業界で注目された大型クロスボーダーM&A - バンク・オブ・カリフォルニアが加州三菱銀行を吸収合併
- 三菱銀行がロンドン証券取引所に上場日本の都市銀行の国際化を象徴する海外上場
- 三菱銀行がスイス3取引所とパリ、NY取引所に上場
- 三和銀行が業務純益・経常利益・当期利益の3冠王を達成
渡辺滉頭取下のユニバーサルバンク戦略の成果
三和のピープルズバンク+インベストメントバンク戦略がバブル崩壊直前にピークに到達 - 三和銀行が東洋信用金庫を救済合併
料亭経営者尾上縫の架空預金証書事件
バブル崩壊後の地域金融機関救済事例、同行の資産基盤を一時拡張 - 三和銀行が国内拠点1000店舗体制
邦銀最大の国内拠点網
リテール大衆化路線の到達点 - 三菱銀行が日本信託銀行を子会社化
第三者割当増資で株式68%取得
事実上のユニバーサルバンク化、信託業務への本格参入 - 三菱ダイヤモンド証券を設立
- 三菱銀行と東京銀行が合併し東京三菱銀行発足
資金量で世界最大の銀行に
日本の平成金融再編の先駆けとなった大型統合。資金量で世界1位の銀行が誕生した業界史的事件 - 三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行の3行統合でUFJ銀行発足平成金融再編の第2波。大阪系都銀とトラスト・東海の大再編
- 三菱東京フィナンシャル・グループ発足
持株会社体制へ移行
持株会社による銀証一体化の枠組みの確立 - 三菱東京FGとUFJHDが統合、三菱UFJフィナンシャル・グループ発足
当時国内最大、総資産190兆円規模
日本の金融再編の最終到達点の一つ。4大メガバンク体制の確立。UFJ破綻危機からの救済統合としても歴史に残る - 三菱東京UFJ銀行が発足
合併銀行としてスタート
4大都銀を源流とする銀行の合同 - モルガン・スタンレーに出資
リーマン・ショック直前に米投資銀行に資本注入
リーマン危機時の米国投資銀行救済として業界史に残るクロスボーダー大型投資。以後のMUFG-MS提携の起点 - 米ユニオンバンク(UnionBanCal)を完全子会社化
西海岸最大級の商業銀行
米国商業銀行事業の主軸獲得、海外収益基盤の確立 - FY2008に大幅純損失を計上
リーマン・ショックによる
MUFG発足後初の大赤字。リスクアセット処理の起点 - タイ・アユタヤ銀行(KS)を子会社化
東南アジア進出の中核
APAC成長戦略の象徴的大型買収。以後のアジア×デジタル戦略の基礎 - 平野信行が代表執行役社長に就任
- インドネシア・BDI銀行を子会社化東南アジアパートナーバンク構想の一環
- 亀澤宏規が代表執行役社長に就任デジタル・システム出身トップによるDX・グローバル戦略の本格始動
- 米ユニオンバンクの個人向け事業をUSバンコープに売却
米州戦略の大転換
14年間保有した米国商業銀行事業を手放し、ホールセール集中へ戦略転換。米州事業の大規模ポートフォリオ見直し - 三菱UFJアセットマネジメントを持株会社直下に移管
MUAMを第4の柱化
AM事業の成長戦略強化。個人投資家向けeMAXIS Slimの本格化 - コーポレートバンキング部門で行政処分
グループ間連携における法令遵守・モニタリング態勢の不備
グループ統合運営の限界が表面化、信頼回復が経営課題に - 政策保有株式の売却目標を倍増
3500億円から7000億円へ、中計期間中に前倒し
ガバナンス改革と資本効率向上を象徴する経営判断 - FY2024に過去最高益を達成
親会社株主純利益1兆8629億円
MUFG史上最高益。前中計ROE7.5%目標を上回り、中長期ROE12%目標への起点に - 中長期ROE12%程度を新目標として提示
到達時の時価総額30兆円程度を視野
営業純益+1兆円・株価3100円・時価総額30兆円という水準を視野に入れた経営計画の転換点