東洋紡の沿革(1882〜2025年)
東洋紡の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1882 1-12月 | 大阪紡績会社を設立 | 官営2,000錘から民間1.5万錘へという規模の跳躍 | ||||
1886 1-12月 | 三重紡績会社を設立 | 経営再建から30年後の合併へ至る渋沢栄一の関与設計 | ||||
1914 1-12月 | founding | 東洋紡績株式会社を設立 | 相談役の兼務が可能にした国内首位の紡績合併の成立条件 | |||
1927 1-12月 | レーヨンの生産開始 | |||||
1931 1-12月 | 大阪合同紡績を合併 | |||||
1934 1-12月 | レーヨンの増産投資 | |||||
FY50 1950/4 | 東京証券取引所に株式上場 | |||||
FY51 1951/4 | 売上高 372億円 | 当期純利益 84.6億円 | ||||
FY52 1952/4 | 売上高 490億円 | 当期純利益 71.9億円 | ||||
FY53 1953/4 | 売上高 410億円 | 当期純利益 18.2億円 | ||||
FY54 1954/4 | 売上高 430億円 | 当期純利益 31.5億円 | ||||
FY55 1955/4 | 売上高 413億円 | 当期純利益 16.5億円 | ||||
FY56 1956/4 | 売上高 458億円 | 当期純利益 25.5億円 | ||||
FY57 1957/4 | 売上高 513億円 | 当期純利益 55.3億円 | アクリル繊維に参入 | ICI提携を見送った「不確実性下の技術選択」の構造 | ||
FY58 1958/4 | 売上高 467億円 | 当期純利益 28.9億円 | ||||
FY59 1959/4 | 売上高 406億円 | 当期純利益 7億円 | 谷口豊三郎氏が社長就任 | |||
FY60 1960/4 | 売上高 525億円 | 当期純利益 22.7億円 | ||||
FY61 1961/4 | 売上高 538億円 | 当期純利益 21.9億円 | ||||
FY62 1962/4 | 売上高 621億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
FY63 1963/4 | 売上高 622億円 | 当期純利益 14.2億円 | プロピレンフィルムの生産開始 東洋紡が注力していた合成繊維(アセテート)は、当初は羊毛の代替品として期待されたが、実際には染色性に難があり、ナイロンやポリエステルといった合成繊維のように普及には至らなかった。
そこで、東洋紡はアセテートの繊維開発で培った技術を転用し、プロピレンフィルム(PPフィルム・二軸延伸PPフィルム)を開発。繊維製品ではなく、樹脂製品として展開することで、収益化を目指した。 | |||
FY64 1964/4 | 売上高 745億円 | 当期純利益 17.6億円 | ||||
FY65 1965/4 | 売上高 852億円 | 当期純利益 14.2億円 | ポリエステルの生産開始 | |||
FY66 1966/4 | 売上高 848億円 | 当期純利益 2.5億円 | acquisition | 呉羽紡績と合併 | 「合併で設備を買う」という合成繊維の参入障壁の迂回策 | |
FY67 1967/4 | 売上高 1,422億円 | 当期純利益 1.8億円 | ||||
FY68 1968/4 | 売上高 1,557億円 | 当期純利益 27.7億円 | 化成品事業部を発足 | 化学繊維の設備転換がフィルム事業の起点となった経緯 | ||
FY69 1969/4 | 売上高 1,714億円 | 当期純利益 32.2億円 | ||||
FY70 1970/4 | 売上高 1,926億円 | 当期純利益 37.3億円 | ||||
FY71 1971/4 | 売上高 2,027億円 | 当期純利益 38億円 | 経営の多角化 1971年のニクソンショックを契機とする円高ドル安の進行により、日本における人件費が高騰したため、1970年代を通じて国内生産に依存した繊維企業各社の業績が悪化。繊維メーカー各社は繊維に依存した経営から脱却するために、経営の多角化を志向した。
東洋紡においても、1970年代を通じて非繊維事業への注力を決定。すでに展開していた「化成品(フィルム・樹脂)」に加えて、ライフサイエンス(バイオ)、不動産(工場跡地の賃貸活用)、エンジニアリング、炭素繊維など、広い領域において、従来の繊維事業とは異なる収益を確保するために多角化を選択した。 | |||
FY72 1972/4 | 売上高 2,057億円 | 当期純利益 21億円 | ||||
FY73 1973/4 | 売上高 2,271億円 | 当期純利益 32億円 | ||||
FY74 1974/4 | 売上高 3,115億円 | 当期純利益 78億円 | ||||
FY75 1975/4 | 売上高 2,534億円 | 当期純利益 -7億円 | ||||
FY76 1976/4 | 売上高 2,803億円 | 当期純利益 -10億円 | ||||
FY77 1977/4 | 売上高 2,380億円 | 当期純利益 18億円 | ||||
FY78 1978/4 | 売上高 2,117億円 | 当期純利益 -34億円 | 宇野収氏が社長就任 | |||
FY79 1979/4 | 売上高 2,149億円 | 当期純利益 22億円 | 敦賀バイオ工場を新設 | |||
FY80 1980/4 | 売上高 2,475億円 | 当期純利益 32億円 | ||||
FY81 1981/4 | 売上高 2,639億円 | 当期純利益 21億円 | ||||
FY82 1982/4 | 売上高 3,168億円 | 当期純利益 44億円 | ||||
FY83 1983/4 | 売上高 3,539億円 | 当期純利益 25億円 | ||||
FY84 1984/4 | 売上高 3,489億円 | 当期純利益 40億円 | ||||
FY85 1985/4 | 人工腎臓用中空糸膜を量産開始 | |||||
国内3工場の閉鎖 1980年代を通じて円高ドル安が進行。1985年のプラザ合意により円高が一層進行する形となり、労働集約的な国内における繊維企業の採算が悪化。繊維生産地として為替レートが優位な「中国・韓国・東南アジア」などの繊維企業が台頭したことにより、日本の繊維メーカーは国内生産で競争劣位な状況に陥った。
1984年から1986年にかけて、東洋紡は国内3工場の閉鎖を実施。1984年に浜松工場および鈴鹿工場、1986年に今治工場を閉鎖し、国内における繊維生産の縮小を実施した。ただし、3工場閉鎖後も国内における繊維生産は他の工場で継続している。 | ||||||
FY94 1994/4 | 赤穂工場・忠岡工場を閉鎖 採算が悪化した綿紡績の生産能力を縮小するため、1994年3月に赤穂工場(兵庫県)および忠岡工場(大阪府)を閉鎖 | |||||
FY00 2000/4 | 伊勢工場・大町工場を閉鎖 採算が悪化した綿紡績の生産能力を縮小するため、1999年12月に伊勢工場(三重県)および大町工場(長野県)を閉鎖 | |||||
FY02 2002/4 | 売上高 3,830億円 | 当期純利益 -133億円 | 羊毛事業で減産 採算が悪化した羊毛事業(毛紡績)について、国内における生産能力を40%縮小することを決定。羊毛事業については、子会社として分離した。 | |||
FY03 2003/4 | 売上高 3,763億円 | 当期純利益 -69億円 | ||||
FY04 2004/4 | 売上高 3,730億円 | 当期純利益 87億円 | 小松島工場・渕崎工場・宮城工場を閉鎖 採算が悪化した繊維製品の生産能力を縮小するため、2003年6月に小松島工場(徳島県)および渕崎工場、宮城工場を閉鎖 | |||
FY05 2005/4 | 売上高 3,936億円 | 当期純利益 122億円 | ||||
FY06 2006/4 | 売上高 4,019億円 | 当期純利益 125億円 | ||||
FY07 2007/4 | 売上高 4,266億円 | 当期純利益 134億円 | ||||
FY08 2008/4 | 売上高 4,314億円 | 当期純利益 46億円 | ||||
FY09 2009/4 | 売上高 3,672億円 | 当期純利益 -125億円 | ||||
FY10 2010/4 | 売上高 3,187億円 | 当期純利益 20億円 | acquisition | 御幸HDを買収(御幸毛織) | 利益率38%の高収益モデルが崩壊した後の「出資者責任」 | |
FY11 2011/4 | 売上高 3,405億円 | 当期純利益 41億円 | ||||
FY12 2012/4 | 売上高 3,495億円 | 当期純利益 45億円 | ||||
FY13 2013/4 | 売上高 3,390億円 | 当期純利益 76億円 | 商号を東洋紡株式会社に変更 繊維事業の縮小とフィルム製品を中心とする非繊維事業の拡大を受けて、商号の変更を決定。従来の「東洋紡績」から「東洋紡」に商号を変更し、紡績にとらわれない事業展開を商号と一致させた。 | |||
保護フィルム「コスモシャインSRF」を開発 | 紡績メーカーが液晶TV向けシェア60%を獲得した技術転用の帰結 | |||||
FY14 2014/4 | 売上高 3,515億円 | 当期純利益 81億円 | ||||
FY15 2015/4 | 売上高 3,512億円 | 当期純利益 81億円 | ||||
FY16 2016/4 | 売上高 3,477億円 | 当期純利益 101億円 | 海外繊維事業を縮小 | |||
FY17 2017/4 | 売上高 3,294億円 | 当期純利益 94億円 | ||||
FY18 2018/4 | 売上高 3,311億円 | 当期純利益 130億円 | 防弾ベスト向け繊維の訴訟和解 | 「高付加価値化」と「製品責任リスク」の表裏にある構造 | ||
FY19 2019/4 | 売上高 3,366億円 | 当期純利益 -6億円 | ||||
FY20 2020/4 | 売上高 3,396億円 | 当期純利益 137億円 | ||||
FY21 2021/4 | 売上高 3,374億円 | 当期純利益 42億円 | ||||
FY22 2022/4 | 売上高 3,757億円 | 当期純利益 128億円 | 繊維事業を分割 | |||
FY23 2023/4 | 売上高 3,999億円 | 当期純利益 -6億円 | フィルム製品で大幅減益 | 営業利益198億円から16億円への減益が示した価格転嫁力の格差 | ||
FY24 2024/4 | 売上高 4,142億円 | 当期純利益 24億円 | ||||
2025 1-12月 | つるがフィルム工場で増産決定 液晶偏光子保護用屈折フィルム「コスモシャインSRF」(主に液晶テレビ向け)について30%の増産を決定。2026年度をめどに「つるがフィルム工場」において、量産設備の新設を決定した。 |
- 大阪紡績会社を設立官営2,000錘から民間1.5万錘へという規模の跳躍
- 三重紡績会社を設立経営再建から30年後の合併へ至る渋沢栄一の関与設計
- 東洋紡績株式会社を設立相談役の兼務が可能にした国内首位の紡績合併の成立条件
- レーヨンの生産開始
- 大阪合同紡績を合併
- レーヨンの増産投資
- 東京証券取引所に株式上場
- アクリル繊維に参入ICI提携を見送った「不確実性下の技術選択」の構造
- 谷口豊三郎氏が社長就任
- プロピレンフィルムの生産開始
東洋紡が注力していた合成繊維(アセテート)は、当初は羊毛の代替品として期待されたが、実際には染色性に難があり、ナイロンやポリエステルといった合成繊維のように普及には至らなかった。 そこで、東洋紡はアセテートの繊維開発で培った技術を転用し、プロピレンフィルム(PPフィルム・二軸延伸PPフィルム)を開発。繊維製品ではなく、樹脂製品として展開することで、収益化を目指した。
- ポリエステルの生産開始
- 呉羽紡績と合併「合併で設備を買う」という合成繊維の参入障壁の迂回策
- 化成品事業部を発足化学繊維の設備転換がフィルム事業の起点となった経緯
- 経営の多角化
1971年のニクソンショックを契機とする円高ドル安の進行により、日本における人件費が高騰したため、1970年代を通じて国内生産に依存した繊維企業各社の業績が悪化。繊維メーカー各社は繊維に依存した経営から脱却するために、経営の多角化を志向した。 東洋紡においても、1970年代を通じて非繊維事業への注力を決定。すでに展開していた「化成品(フィルム・樹脂)」に加えて、ライフサイエンス(バイオ)、不動産(工場跡地の賃貸活用)、エンジニアリング、炭素繊維など、広い領域において、従来の繊維事業とは異なる収益を確保するために多角化を選択した。
- 宇野収氏が社長就任
- 敦賀バイオ工場を新設
- 人工腎臓用中空糸膜を量産開始
- 国内3工場の閉鎖
1980年代を通じて円高ドル安が進行。1985年のプラザ合意により円高が一層進行する形となり、労働集約的な国内における繊維企業の採算が悪化。繊維生産地として為替レートが優位な「中国・韓国・東南アジア」などの繊維企業が台頭したことにより、日本の繊維メーカーは国内生産で競争劣位な状況に陥った。 1984年から1986年にかけて、東洋紡は国内3工場の閉鎖を実施。1984年に浜松工場および鈴鹿工場、1986年に今治工場を閉鎖し、国内における繊維生産の縮小を実施した。ただし、3工場閉鎖後も国内における繊維生産は他の工場で継続している。
- 赤穂工場・忠岡工場を閉鎖
採算が悪化した綿紡績の生産能力を縮小するため、1994年3月に赤穂工場(兵庫県)および忠岡工場(大阪府)を閉鎖
- 伊勢工場・大町工場を閉鎖
採算が悪化した綿紡績の生産能力を縮小するため、1999年12月に伊勢工場(三重県)および大町工場(長野県)を閉鎖
- 羊毛事業で減産
採算が悪化した羊毛事業(毛紡績)について、国内における生産能力を40%縮小することを決定。羊毛事業については、子会社として分離した。
- 小松島工場・渕崎工場・宮城工場を閉鎖
採算が悪化した繊維製品の生産能力を縮小するため、2003年6月に小松島工場(徳島県)および渕崎工場、宮城工場を閉鎖
- 御幸HDを買収(御幸毛織)利益率38%の高収益モデルが崩壊した後の「出資者責任」
- 商号を東洋紡株式会社に変更
繊維事業の縮小とフィルム製品を中心とする非繊維事業の拡大を受けて、商号の変更を決定。従来の「東洋紡績」から「東洋紡」に商号を変更し、紡績にとらわれない事業展開を商号と一致させた。
- 保護フィルム「コスモシャインSRF」を開発紡績メーカーが液晶TV向けシェア60%を獲得した技術転用の帰結
- 海外繊維事業を縮小
- 防弾ベスト向け繊維の訴訟和解「高付加価値化」と「製品責任リスク」の表裏にある構造
- 繊維事業を分割
- フィルム製品で大幅減益営業利益198億円から16億円への減益が示した価格転嫁力の格差
- つるがフィルム工場で増産決定
液晶偏光子保護用屈折フィルム「コスモシャインSRF」(主に液晶テレビ向け)について30%の増産を決定。2026年度をめどに「つるがフィルム工場」において、量産設備の新設を決定した。