日清製粉グループ本社の沿革・歴史的証言

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1900年〜2025

日清製粉グループ本社の1900年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1900
1-12月
会社設立
館林製粉株式会社を創立
正田貞一郎らが群馬県館林町(現館林市)に機械式製粉会社として設立。資本金3万円・日産50バーレルの規模で創業
国内製粉業黎明期に機械式製粉を開始した出発点。水車粉・輸入粉が市場の9割を占める中での創業
1908
1-12月
合弁設立
旧日清製粉を合併し社名を継承
横浜の旧日清製粉株式会社を合併し社名を「日清製粉株式会社」に改称。本社を東京に移転
合弁社名継承による普遍的ブランド確立と首都圏拠点獲得が後の全国展開の基盤となった
1926
1-12月
設備投資
鶴見工場完成
岸壁に直接本船が着岸し真空吸い上げ機で輸入小麦を自動受入する「海工場」として完成。当時国内最大7,000バーレルの能力を誇った
当時国内最大の製粉拠点として輸出競争力を支え昭和初期の輸出最盛期の核となった
1931
1-12月
鶴見工場が火災で焼失
昭和6年に鶴見工場が焼失。2年後に1万バーレルの大工場として復興し当時世界第3位の規模を誇った
1933
1-12月
小麦粉輸出が過去最高を記録
昭和8年に輸出量1,500万袋の最高記録を達成。国内販売量の約半分に相当し、カナダ産下級小麦の製品化成功と鶴見工場の大型化が輸出競争力の源泉だった
戦前の国際競争力の頂点。日本製粉業が世界市場に存在感を示した象徴的な節目
1936
1-12月
朝鮮製粉を設立
昭和11年に朝鮮へ進出し朝鮮製粉を設立。翌昭和12年には満州に康徳製粉を設立し外地展開を本格化
国内製粉首位としての外地進出。戦前の事業拡大戦略の一環
1945
1-12月
空襲で5工場が焼失
昭和20年に岡山・宇都宮・鶴見・水戸・鳥栖の5工場が戦災消失。終戦時の残存能力は4,958バーレルと戦前の5分の1以下に落ち込んだ
戦禍による壊滅的打撃。戦後復興の起点となる危機的局面
FY50
1950/3
株式上場
東京証券取引所に株式を上場
戦後復興期における資本市場への参加
FY58
1958/3
設備投資
製粉設備をニューマティック方式に近代化
鶴見・神戸工場に空気搬送(ニューマティック)方式の製粉設備を国内で初めて導入。国内製粉設備近代化の先鞭をつけた
国内製粉業の技術近代化を主導した転換点。品質向上と生産効率化の礎
FY61
1961/3
配合飼料事業に参入
直系会社・日清飼料より配合飼料の製造・研究部門を譲受け、多角化の第一歩を踏み出した
製粉一本足からの多角化開始。後の5本柱体制(製粉・飼料・食品・医薬・エンジニアリング)の起点
FY64
1964/3
設備投資
中央研究所が完成
埼玉県大井町(現ふじみ野市)に中央研究所が完成し本社・大阪の研究所を集結
研究開発機能の集約による技術開発体制強化
FY66
1966/3
企業買収
日清化学株式会社を設立
日清長野化学の全株式取得し日清化学に改称。1955年以降自社開発のビタミンE・K合成技術を事業化する医薬部門として独立
医薬事業の独立専業化
FY67
1967/3
日清DCA食品株式会社を設立
米国DCA Food Industries Inc.との共同出資によりプレミックスの製販会社を設立
海外企業との合弁による製品カテゴリ拡張
FY73
1973/3
日清エンジニアリング株式会社を設立
製粉・飼料・食品・サイロの大型プラント開発・販売を担う技術系子会社として設立
製粉技術のエンジニアリングビジネス化
FY76
1976/3
売上高
1,813億円
当期純利益
21億円
FY77
1977/3
売上高
2,189億円
当期純利益
21億円
FY78
1978/3
売上高
2,226億円
当期純利益
50億円
FY79
1979/3
売上高
2,166億円
当期純利益
45億円
FY80
1980/3
売上高
2,398億円
当期純利益
42億円
FY81
1981/3
売上高
2,702億円
当期純利益
44億円
FY82
1982/3
売上高
2,763億円
当期純利益
44億円
FY83
1983/3
売上高
2,906億円
当期純利益
42億円
FY84
1984/3
売上高
3,090億円
当期純利益
55億円
FY85
1985/3
売上高
3,149億円
当期純利益
54億円
FY88
1988/3
組織再編
日清フーズ・日清化学を吸収合併
グループ革新計画「NI-90」(1987年4月スタート)に沿って食品・医薬子会社を本社に吸収合併しグループ戦略の一元化を図った
バブル期の事業再編として1980年代に多角化した子会社群を本社へ統合し経営資源を集中
タイに合弁製粉会社を設立
タイ国にThai Nisshin Seifun Co., Ltd.を合弁設立(1989年1月操業開始)
アジア新興国への製粉展開第一号。海外製粉網構築の起点
FY90
1990/3
企業買収
カナダ・ロジャーズフーズ社を買収
カナダの製粉会社Rogers Foods Ltd.を買収し北米製粉市場に初進出
日本製粉会社による初の本格的海外製粉会社買収。北米事業拡大の礎を作った転換点
FY92
1992/3
売上高
1,536億円
当期純利益
35億円
タイに第2の合弁製粉会社を設立
タイ国にNisshin-STC Flour Milling Co., Ltd.を合弁設立(1993年3月操業開始)
タイでの製粉2拠点体制構築
FY93
1993/3
売上高
1,558億円
当期純利益
15億円
FY94
1994/3
売上高
1,583億円
当期純利益
10億円
FY95
1995/3
売上高
1,564億円
当期純利益
10億円
FY96
1996/3
売上高
1,696億円
当期純利益
27億円
FY97
1997/3
売上高
1,875億円
当期純利益
19億円
日清キョーリン製薬株式会社の運営開始
杏林製薬との合弁で医薬事業を強化(2008年10月に杏林製薬と合併)
医薬事業の合弁化による事業拡大
FY98
1998/3
売上高
1,912億円
当期純利益
18億円
組織再編
冷凍食品事業を新日清フーズへ移管
新たに設立した日清フーズ株式会社に冷凍食品事業を移管し事業分社化を継続
事業別分社化の一環
FY99
1999/3
売上高
1,883億円
当期純利益
17億円
FY00
2000/3
売上高
1,905億円
当期純利益
23億円
組織再編
日清テクノミックを吸収合併
グループ内の機能整理
企業買収
株式会社三幸に経営参加
食品事業の外部取込み
FY01
2001/3
売上高
1,941億円
当期純利益
24億円
FY02
2002/3
売上高
3,971億円
当期純利益
93億円
組織再編
持株会社体制へ移行
全事業を分社化し持株会社「日清製粉グループ本社」と事業会社(日清製粉・日清フーズ・日清飼料・日清ペットフード・日清ファルマ)による新体制に移行
製粉・食品・飼料・医薬の事業会社群を束ねる持株会社制への転換。グループ経営効率化の節目
FY03
2003/3
売上高
4,023億円
当期純利益
105億円
FY04
2004/3
売上高
4,341億円
当期純利益
115億円
企業買収
オリエンタル酵母工業を子会社化
株式を追加取得し子会社化。2010年12月に公開買付けで100%子会社化
酵母・発酵技術の内部化
FY05
2005/3
売上高
4,162億円
当期純利益
135億円
FY06
2006/3
売上高
4,213億円
当期純利益
135億円
FY07
2007/3
売上高
4,181億円
当期純利益
123億円
FY08
2008/3
売上高
4,318億円
当期純利益
111億円
FY09
2009/3
売上高
4,666億円
当期純利益
138億円
FY10
2010/3
売上高
4,437億円
親会社株主に帰属する当期純利益
168億円
FY11
2011/3
売上高
4,241億円
当期純利益
141億円
FY12
2012/3
売上高
4,419億円
親会社株主に帰属する当期純利益
133億円
企業買収
米国製粉会社Miller Milling Company LLCを買収
北米最大級の小麦粉メーカーを買収し北米事業を大幅拡大。2014年5月に米国製粉4工場を追加取得
海外製粉事業の本格拡大を象徴する大型買収。日清製粉の北米事業を業界上位に押し上げた転換点
FY13
2013/3
売上高
4,555億円
親会社株主に帰属する当期純利益
136億円
企業買収
ニュージーランド製粉事業を取得
Champion Flour Milling Ltd.として運営開始
大洋州での製粉拠点獲得。アジア・オセアニアへの事業地理的拡大
FY14
2014/3
売上高
4,959億円
親会社株主に帰属する当期純利益
150億円
FY15
2015/3
売上高
5,261億円
親会社株主に帰属する当期純利益
160億円
FY16
2016/3
売上高
5,567億円
親会社株主に帰属する当期純利益
175億円
企業買収
株式会社ジョイアス・フーズを子会社化
中食・惣菜事業の拡大を目的として取得
中食事業の強化
FY17
2017/3
売上高
5,320億円
親会社株主に帰属する当期純利益
194億円
社長交代
見目信樹が代表取締役社長に就任
大枝宏之社長から見目信樹へ交代(FY16より就任)
社長交代
FY18
2018/3
売上高
5,400億円
親会社株主に帰属する当期純利益
213億円
FY19
2019/3
売上高
5,653億円
親会社株主に帰属する当期純利益
222億円
FY20
2020/3
売上高
7,121億円
親会社株主に帰属する当期純利益
224億円
企業買収
豪州製粉会社Allied Pinnacle Pty Ltd.を買収
オーストラリア最大手製粉会社を買収し豪州事業を本格化
アジア・オセアニア製粉網の拡充。海外製粉事業の多角的地理展開を加速
FY21
2021/3
売上高
6,794億円
親会社株主に帰属する当期純利益
190億円
組織再編
ペットフード事業を終了
日清ペットフード株式会社の生産終了によりペットフード事業から撤退
ノンコア事業の整理
FY22
2022/3
売上高
6,797億円
親会社株主に帰属する当期純利益
175億円
設備投資
倉敷市水島地区への製粉工場新設を決定
国内製粉のコア事業強化のため水島地区への新工場建設を決定。FY26(2025年度)に稼働
国内製粉設備投資の節目。生産能力増強とともに減価償却費増加の起点
日清フーズが日清製粉ウェルナに商号変更
国内外の統一ブランドで次のステージへの成長を図る姿勢を社内外に示す意図
FY23
2023/3
売上高
7,986億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-103億円
社長交代
瀧原賢二が代表取締役社長に就任
見目信樹社長から瀧原賢二へ交代(FY22より就任)。就任時の株価水準を「低い」と自ら評価しTSR重視・海外事業立て直しを最優先に掲げた
社長交代。豪州製粉事業の減損処理・中計発表と同年に就任した転換期の経営者
中食持株会社・日清製粉デリカフロンティアを設立
中食・惣菜事業を統括する中間持株会社として設立
中食事業の組織的強化
豪州製粉事業(Allied Pinnacle)で減損損失を計上
2019年買収後にコロナ・ウクライナ情勢が重なり業績が大幅悪化。FY23中間決算で減損処理を実施
買収後3年での大型減損。豪州事業立て直しが中計最重要課題に浮上した転換点
経営計画
第4次中期経営計画(FY22〜FY26)を策定・発表
FY26の営業利益目標480億円・ROE7%を設定。豪州製粉+103億円増益をコミット。中食省人化・インドイースト参入も主要施策
グループとして海外事業の大幅回復を織り込んだ初の中計。「成長企業への転換」を掲げた
企業買収
熊本製粉株式会社を子会社化
株式取得により九州地盤の製粉会社を取得
国内製粉拠点の補完
初の親会社純損失を計上
FY22(2023/3期)に連結純損失▲103億81百万円を計上。有価証券評価損等の特別損失565億65百万円が主因
上場以来初の純損失。ポートフォリオ見直しに伴う評価損計上
FY24
2024/3
売上高
8,582億円
親会社株主に帰属する当期純利益
317億円
FY25
2025/3
売上高
8,514億円
親会社株主に帰属する当期純利益
346億円
経営計画
中期経営計画FY26目標を上方修正
営業利益目標480億円→570億円・ROE目標7%→8%に改定
業績前倒し達成を受けた中計目標引き上げ
インドイースト事業で減損損失を計上
2022年工場稼働のインドイースト事業でコストインフレ・市場変動が想定を超え業績未達。FY26中間決算で減損処理
豪州・インドで海外2事業連続の減損。海外投資審査プロセス見直しの契機となった転換点
  1. 会社設立
    館林製粉株式会社を創立

    正田貞一郎らが群馬県館林町(現館林市)に機械式製粉会社として設立。資本金3万円・日産50バーレルの規模で創業

    国内製粉業黎明期に機械式製粉を開始した出発点。水車粉・輸入粉が市場の9割を占める中での創業
  2. 合弁設立
    旧日清製粉を合併し社名を継承

    横浜の旧日清製粉株式会社を合併し社名を「日清製粉株式会社」に改称。本社を東京に移転

    合弁社名継承による普遍的ブランド確立と首都圏拠点獲得が後の全国展開の基盤となった
  3. 設備投資
    鶴見工場完成

    岸壁に直接本船が着岸し真空吸い上げ機で輸入小麦を自動受入する「海工場」として完成。当時国内最大7,000バーレルの能力を誇った

    当時国内最大の製粉拠点として輸出競争力を支え昭和初期の輸出最盛期の核となった
  4. 鶴見工場が火災で焼失

    昭和6年に鶴見工場が焼失。2年後に1万バーレルの大工場として復興し当時世界第3位の規模を誇った

  5. 小麦粉輸出が過去最高を記録

    昭和8年に輸出量1,500万袋の最高記録を達成。国内販売量の約半分に相当し、カナダ産下級小麦の製品化成功と鶴見工場の大型化が輸出競争力の源泉だった

    戦前の国際競争力の頂点。日本製粉業が世界市場に存在感を示した象徴的な節目
  6. 朝鮮製粉を設立

    昭和11年に朝鮮へ進出し朝鮮製粉を設立。翌昭和12年には満州に康徳製粉を設立し外地展開を本格化

    国内製粉首位としての外地進出。戦前の事業拡大戦略の一環
  7. 空襲で5工場が焼失

    昭和20年に岡山・宇都宮・鶴見・水戸・鳥栖の5工場が戦災消失。終戦時の残存能力は4,958バーレルと戦前の5分の1以下に落ち込んだ

    戦禍による壊滅的打撃。戦後復興の起点となる危機的局面
  8. 株式上場
    東京証券取引所に株式を上場
    戦後復興期における資本市場への参加
  9. 設備投資
    製粉設備をニューマティック方式に近代化

    鶴見・神戸工場に空気搬送(ニューマティック)方式の製粉設備を国内で初めて導入。国内製粉設備近代化の先鞭をつけた

    国内製粉業の技術近代化を主導した転換点。品質向上と生産効率化の礎
  10. 配合飼料事業に参入

    直系会社・日清飼料より配合飼料の製造・研究部門を譲受け、多角化の第一歩を踏み出した

    製粉一本足からの多角化開始。後の5本柱体制(製粉・飼料・食品・医薬・エンジニアリング)の起点
  11. 設備投資
    中央研究所が完成

    埼玉県大井町(現ふじみ野市)に中央研究所が完成し本社・大阪の研究所を集結

    研究開発機能の集約による技術開発体制強化
  12. 企業買収
    日清化学株式会社を設立

    日清長野化学の全株式取得し日清化学に改称。1955年以降自社開発のビタミンE・K合成技術を事業化する医薬部門として独立

    医薬事業の独立専業化
  13. 日清DCA食品株式会社を設立

    米国DCA Food Industries Inc.との共同出資によりプレミックスの製販会社を設立

    海外企業との合弁による製品カテゴリ拡張
  14. 日清エンジニアリング株式会社を設立

    製粉・飼料・食品・サイロの大型プラント開発・販売を担う技術系子会社として設立

    製粉技術のエンジニアリングビジネス化
  15. 組織再編
    日清フーズ・日清化学を吸収合併

    グループ革新計画「NI-90」(1987年4月スタート)に沿って食品・医薬子会社を本社に吸収合併しグループ戦略の一元化を図った

    バブル期の事業再編として1980年代に多角化した子会社群を本社へ統合し経営資源を集中
  16. タイに合弁製粉会社を設立

    タイ国にThai Nisshin Seifun Co., Ltd.を合弁設立(1989年1月操業開始)

    アジア新興国への製粉展開第一号。海外製粉網構築の起点
  17. 企業買収
    カナダ・ロジャーズフーズ社を買収

    カナダの製粉会社Rogers Foods Ltd.を買収し北米製粉市場に初進出

    日本製粉会社による初の本格的海外製粉会社買収。北米事業拡大の礎を作った転換点
  18. タイに第2の合弁製粉会社を設立

    タイ国にNisshin-STC Flour Milling Co., Ltd.を合弁設立(1993年3月操業開始)

    タイでの製粉2拠点体制構築
  19. 日清キョーリン製薬株式会社の運営開始

    杏林製薬との合弁で医薬事業を強化(2008年10月に杏林製薬と合併)

    医薬事業の合弁化による事業拡大
  20. 組織再編
    冷凍食品事業を新日清フーズへ移管

    新たに設立した日清フーズ株式会社に冷凍食品事業を移管し事業分社化を継続

    事業別分社化の一環
  21. 組織再編
    日清テクノミックを吸収合併
    グループ内の機能整理
  22. 企業買収
    株式会社三幸に経営参加
    食品事業の外部取込み
  23. 組織再編
    持株会社体制へ移行

    全事業を分社化し持株会社「日清製粉グループ本社」と事業会社(日清製粉・日清フーズ・日清飼料・日清ペットフード・日清ファルマ)による新体制に移行

    製粉・食品・飼料・医薬の事業会社群を束ねる持株会社制への転換。グループ経営効率化の節目
  24. 企業買収
    オリエンタル酵母工業を子会社化

    株式を追加取得し子会社化。2010年12月に公開買付けで100%子会社化

    酵母・発酵技術の内部化
  25. 企業買収
    米国製粉会社Miller Milling Company LLCを買収

    北米最大級の小麦粉メーカーを買収し北米事業を大幅拡大。2014年5月に米国製粉4工場を追加取得

    海外製粉事業の本格拡大を象徴する大型買収。日清製粉の北米事業を業界上位に押し上げた転換点
  26. 企業買収
    ニュージーランド製粉事業を取得

    Champion Flour Milling Ltd.として運営開始

    大洋州での製粉拠点獲得。アジア・オセアニアへの事業地理的拡大
  27. 企業買収
    株式会社ジョイアス・フーズを子会社化

    中食・惣菜事業の拡大を目的として取得

    中食事業の強化
  28. 社長交代
    見目信樹が代表取締役社長に就任

    大枝宏之社長から見目信樹へ交代(FY16より就任)

    社長交代
  29. 企業買収
    豪州製粉会社Allied Pinnacle Pty Ltd.を買収

    オーストラリア最大手製粉会社を買収し豪州事業を本格化

    アジア・オセアニア製粉網の拡充。海外製粉事業の多角的地理展開を加速
  30. 組織再編
    ペットフード事業を終了

    日清ペットフード株式会社の生産終了によりペットフード事業から撤退

    ノンコア事業の整理
  31. 設備投資
    倉敷市水島地区への製粉工場新設を決定

    国内製粉のコア事業強化のため水島地区への新工場建設を決定。FY26(2025年度)に稼働

    国内製粉設備投資の節目。生産能力増強とともに減価償却費増加の起点
  32. 日清フーズが日清製粉ウェルナに商号変更

    国内外の統一ブランドで次のステージへの成長を図る姿勢を社内外に示す意図

  33. 社長交代
    瀧原賢二が代表取締役社長に就任

    見目信樹社長から瀧原賢二へ交代(FY22より就任)。就任時の株価水準を「低い」と自ら評価しTSR重視・海外事業立て直しを最優先に掲げた

    社長交代。豪州製粉事業の減損処理・中計発表と同年に就任した転換期の経営者
  34. 中食持株会社・日清製粉デリカフロンティアを設立

    中食・惣菜事業を統括する中間持株会社として設立

    中食事業の組織的強化
  35. 豪州製粉事業(Allied Pinnacle)で減損損失を計上

    2019年買収後にコロナ・ウクライナ情勢が重なり業績が大幅悪化。FY23中間決算で減損処理を実施

    買収後3年での大型減損。豪州事業立て直しが中計最重要課題に浮上した転換点
  36. 経営計画
    第4次中期経営計画(FY22〜FY26)を策定・発表

    FY26の営業利益目標480億円・ROE7%を設定。豪州製粉+103億円増益をコミット。中食省人化・インドイースト参入も主要施策

    グループとして海外事業の大幅回復を織り込んだ初の中計。「成長企業への転換」を掲げた
  37. 企業買収
    熊本製粉株式会社を子会社化

    株式取得により九州地盤の製粉会社を取得

    国内製粉拠点の補完
  38. 初の親会社純損失を計上

    FY22(2023/3期)に連結純損失▲103億81百万円を計上。有価証券評価損等の特別損失565億65百万円が主因

    上場以来初の純損失。ポートフォリオ見直しに伴う評価損計上
  39. 経営計画
    中期経営計画FY26目標を上方修正

    営業利益目標480億円→570億円・ROE目標7%→8%に改定

    業績前倒し達成を受けた中計目標引き上げ
  40. インドイースト事業で減損損失を計上

    2022年工場稼働のインドイースト事業でコストインフレ・市場変動が想定を超え業績未達。FY26中間決算で減損処理

    豪州・インドで海外2事業連続の減損。海外投資審査プロセス見直しの契機となった転換点

歴史的証言

日清製粉株式会社史創業者 正田貞一郎の起業動機(編纂者による要約)
正田貞一郎がどうして製粉事業を創めることになったかについては、その談話にも出ているが、貞一郎は醤油業をやりながら、自分は分家だから、本来醬油の方をやるべきではない。自分で自分の仕事をやろうという考えは一日も忘れたことがなかった。たまたま上州は麦の産地で、館林附近は水車粉の盛んなところであったので、それが一つの着想となった。当時わが国でも機械製粉がボツポツ起っていた頃であり、また貞一郎の高商の同窓の福井國太郎氏が、三井物産の機械係をしていたので、この人から外国の機械の話を聞いたこともあり、もともと自分でも小麦を取扱っていた関係から製粉事業への関心が高まって来た。
日清製粉株式会社史鶴見工場の建設経緯(編纂者による要約)
鶴見工場は大正十二年末に工を起し、大正十五年二月第一期工事が完成、昭和三年第二期工事がほぼ完成して、日産能力七千バーレルとなり、これにより當社の全能力は一万九千四百バーレルに増加して、全国第一位となった。東洋最大の工場で、投下した建設資金は八百万円、今なら約二十四億円に相当する。資本金一千二百万円の會社としては、清水の舞台から飛下りるほどの決断を要したことであろう。専務取締役正田貞一郎の熟慮断行によるものであって、建設の理由は大正二年の外遊の際一寸触れたが、第一には、マンチェスターの製粉工場で、岸壁に大型汽船が横付けになって、ニューマチックポンプで原料を吸揚げるのを見たこと、第二には、日本の製粉業発展には輸出が必要であると判断したこと等である。

参考文献・出所

有価証券報告書
決算説明会 FY22
決算説明会 FY23
日清製粉株式会社史(1955)
会社銀行八十年史(1955)
日本会社史総覧 1995/11/1
決算説明会 FY23-2Q
ダイヤモンド・オンライン 2013/9/12
決算説明会 FY24
決算説明会 FY26-2Q
決算説明会 FY25-2Q
決算説明会 FY25
週刊エコノミスト 2023/2/6