日清製粉グループ本社 の歴代社長

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2007年2010年2020年2026年

村上一平退任

2007年社長就任

取締役社長

大枝宏之退任

2011年社長就任

2008年執行役員2009年取締役取締役社長

見目信樹退任

2017年社長就任

2012年執行役員2013年取締役取締役社長

瀧原賢二退任

2022年社長就任

2013年取締役2016年執行役員取締役社長

永木裕現任

2026年社長就任

2009年取締役2021年執行役員
創業社長の関係
創業

1900年に正田貞一郎氏が群馬県館林で館林製粉を興した。ただし創業時の肩書は専務取締役で、社長に就いたのは24年後の1924年である。三男の正田英三郎氏が1945年から28年、その長男の正田修氏が1986年から18年社長を務め、創業家の社長は2004年6月に途切れた。

社長登用の傾向
登用

戦後の社長は10人で、外部からトップを招いた例は確認できない。正田修氏を継いだ6代はいずれも入社から31年から40年を社内で過ごした生え抜きで、中核事業会社である日清製粉株式会社の取締役や社長を経て持株会社の社長に就き、近年は就任と同時に同社の会長を兼ねている。

社長任期の傾向
任期

正田英三郎氏の28年と正田修氏の18年で、戦後のおよそ60年が埋まる。創業家が退いた2004年以降の5代は3年から6年で交代し、2026年6月には瀧原賢二氏から永木裕氏へ渡った。退任した社長は会長に残らず特別顧問へ移る運用が続いており、任期に上限があるように見える。

いまの体制への含意
含意

正田修氏は社長を退いた後も2009年まで代表取締役会長として残ったが、いまは会長職を置かず社長が取締役会の議長を兼ねる。後継を諮る場は独立社外取締役6人だけの任意委員会で、権限は協議と助言に留まる。社外が11人中6人と過半数に届いた効果は、これから試されるであろう。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
正田英三郎(1945年就任)1945〜1973年1945年就任28年退任創業家取締役社長
石井良雄(1973年就任)1973〜1980年1973年就任7年退任生え抜き取締役社長
佐伯孝(1980年就任)1980〜1986年1980年就任6年退任生え抜き取締役社長
正田修(1986年就任)1986〜2004年1986年就任18年退任創業家取締役社長決断2001年日清製粉グループ本社へ移行
長谷川浩嗣(2004年就任)2004〜2007年2004年就任3年退任生え抜き日清製粉グループ本社 代表取締役社長
村上一平(2007年就任)2007〜2011年2007年就任4年退任生え抜き取締役社長決断2008年杏林製薬に合併し撤退
大枝宏之(2011年就任)2011〜2017年2011年就任6年退任生え抜き取締役社長
見目信樹(2017年就任)2017〜2022年2017年就任5年退任生え抜き取締役社長決断2019年豪アライド・ピナクル買収
瀧原賢二(2022年就任)2022〜2026年2022年就任4年退任生え抜き取締役社長
永木裕(2026年就任)2026年〜現任2026年就任1年現任生え抜き代表取締役 取締役社長
歴代社長の在任期間 全10代
1945年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

正田英三郎退任

1945年社長就任

取締役社長

石井良雄退任

1973年社長就任

取締役社長

佐伯孝退任

1980年社長就任

取締役社長

正田修退任

1986年社長就任

1965年入社1976年取締役取締役社長

長谷川浩嗣退任

2004年社長就任

1971年入社1996年取締役

村上一平退任

2007年社長就任

1967年入社1995年取締役

大枝宏之退任

2011年社長就任

1980年入社2008年執行役員2009年取締役取締役社長

見目信樹退任

2017年社長就任

1984年入社2012年執行役員2013年取締役取締役社長

瀧原賢二退任

2022年社長就任

1988年入社2013年取締役2016年執行役員

永木裕現任

2026年社長就任

1993年入社2009年取締役2021年執行役員

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