日清製粉グループ本社の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

原料の入口を押さえる立地に、身の丈を超える金額を投じてきた。1928年に第二期工事がほぼ完成した鶴見工場は、岸壁へ本船を直付けして真空吸引で輸入小麦を受け入れる"海工場"で、能力7,000バーレルは全国第一位となった。建設資金800万円は資本金1,200万円の会社には重く、1933年の小麦粉輸出1,500万袋という過去最高はこの能力が生んでいる。同じ形は海外でも繰り返され、1989年のカナダ・ロジャーズフーズ、2012年の米ミラー・ミリング、2019年4月の豪州アライド・ピナクルの買収で北米と豪州の三極が揃った。組織は2001年7月に全事業を分社して純粋持株会社へ移り、事業ごとの損益責任へ切り替えている。ただし豪州ではコロナ禍が重なり、427億円まで膨らんだのれんは減損に至った。

免責事項およびポリシー