豪州アライド・ピナクル買収と3年後の大型減損
三極目の海外製粉拠点を459億円で得た賭けは、なぜ上場後初の赤字に転じたか
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- 概要
- 2019年2月27日、日清製粉グループ本社は、事業会社・日清製粉とともにオーストラリア最大手の製粉会社アライド・ピナクルを約459億円(5億7,400万豪ドル)で取得すると発表し、4月1日に株式譲渡を実行した。米国・カナダに続く三極目の海外製粉拠点を得る戦略投資で、当時の意思決定者は見目信樹社長であった。
- 背景
- 国内製粉は人口減で頭打ちとなり、日清製粉グループは1989年のカナダ・ロジャーズフーズ、2012年の米国ミラー・ミリングと海外製粉を積み上げていた。大枝宏之社長のもとで中期計画のM&A投資枠として2,000億円規模を掲げ、豪州はアジア向け輸出拠点と小麦産出国での調達情報の両面から三極目に据えられた。
- 内容
- 買収で連結のれん残高は2018年度末の50億円から2019年度末に427億円へと8.5倍に膨らみ、連結バランスシートを単一の海外案件へ傾けた。豪州はプレミックスやベーカリー原材料でも高シェアを持ち、人口増加が続くオセアニア市場の成長性が買収の根拠として繰り返し説明された。
- 含意
- 翌年からコロナ禍が主要顧客のインストアベーカリー需要を直撃し、PMIの苦戦と移動制限が重なった。2022年10月、豪州製粉事業でのれんを含む固定資産の減損損失558億円を計上し、2023年3月期は上場後初の親会社純損失に転落した。成長投資のリスク見積もりが問われる転換点となった。
三極構想の完成と、成長投資の見積もり
この判断の中心にあるのは、成熟した国内製粉から成長を海外へ移すという長年の路線の帰結である。カナダ、米国と段階を踏んで積み上げてきた海外製粉の系譜は、豪州の取得で三極目の拠点を得て、対外的には完成形に近づいた。ただ、その完成が単一の案件に427億円ののれんを集中させ、グループのバランスシートを海外資産へ傾ける賭けでもあった点に、この決断の緊張がうかがえる。買収時の判断は間違っていなかったという言葉と、のれんを含む558億円の減損という帳簿上の現実は、成長投資が織り込む将来と、実際に訪れる外部環境との距離を映しているとみることができる。
その後の展開は、この距離をどう縮めるかという問いを残している。豪州事業の立て直しは自前の施策で計画どおりに進み、本業の価格転嫁が全社を最高益へ押し戻したことで、減損の傷は数字のうえでは覆われた。しかしインドで二度目の減損が続いたことは、外部環境の見通せなさが特定の一件にとどまらないことを示している。多角化と海外化で成長を描く食品企業にとって、想定外を織り込んだ投資リスクの見積もりをどこまで審査に組み込めるかは、なお開かれた課題であるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
三極目の海外製粉拠点という構想
日清製粉グループの海外製粉は、1989年のカナダ・ロジャーズフーズ買収に始まり、2012年の米国ミラー・ミリング買収で北米事業を業界上位圏へ押し上げていた。国内の小麦粉需要が人口減で頭打ちになるなか、大枝宏之社長のもとで海外の規模拡大が本格化し、中期経営計画のM&A投資枠として2,000億円程度を充てる方針が業界に明言されていた。国内製粉は上位4社が約7割のシェアを握る一方で約90社が併存する成熟市場であり、成長の主戦場を海外に求める軌道が定まっていた[1]。
この海外製粉の系譜が、豪州を三極目の拠点に押し上げた。瀧原賢二社長は後年、カナダ・ロジャーズフーズの買収で海外の製粉ビジネスを学び、そのうえで米国ミラー・ミリングを買収して同国5位まで成長したと、段階を踏んだ海外展開の来歴を語っている。米国とカナダに拠点を持ちながら、輸入小麦の有力産出国である豪州には拠点がなかった。三極目としての豪州は、この空白を埋める位置づけであった[2]。
なぜ豪州だったか
買収の対象となったアライド・ピナクルは、オーストラリア最大手の製粉会社であった。豪州の小麦粉市場でトップシェアを持ち、プレミックスやベーカリー関連原材料でも高いシェアを握っていた。日清製粉グループが得意とする高付加価値商品との親和性が高く、既存の米国・カナダの拠点とは異なる強みを持つ会社であった。単なる製粉能力の追加ではなく、加工度の高い素材事業まで含めた買収であった点に、この案件の特徴があった[3]。
立地そのものにも複数の意味づけがなされた。豪州は人口増加率が年1.6%と高く、日清製粉グループが得意とする高付加価値商品の需要が見込めること、アジア向けの輸出拠点として機能すること、そして小麦の有力産出国に製造拠点を置くことで小麦の生育状況や品質の情報を日本での調達方針に生かせることが、買収の狙いとして繰り返し挙げられた。オセアニア市場の長期的な成長性と地政学的な位置の両方が、この投資を正当化する論拠として並べられた[4]。
決断
459億円の取得とのれん427億円
2019年2月27日、日清製粉グループ本社は、見目信樹社長の名で、アライド・ピナクルの全株式を5億7,400万豪ドル(約459億円)で取得すると発表した。取得は持株会社である日清製粉グループ本社と事業会社の日清製粉が共同で行い、議決権の所有割合は持株会社が20%、日清製粉が80%とされた。株式譲渡は同年4月1日に実行され、豪州最大手の製粉会社がグループの傘下に入った。日本の製粉会社による海外買収としては異例の規模であった[5][6]。
この買収の重みは、のれん残高の変化に端的に表れた。買収前の2018年度末に50億円だった連結のれん残高は、アライド・ピナクルを取り込んだ2019年度末に427億円へと8.5倍に膨らんだ。連結のれんの大半が単一の買収案件に集中する構造が生まれ、以後の各年度もこの水準が維持された。買収額の多くがのれんとして資産計上されたことは、豪州事業の将来収益への期待がそのまま帳簿に刻まれたことを意味していた[7]。
バランスシートを海外へ傾ける決断
この買収は、米国・カナダ・豪州の三極で海外製粉網を構築するという長年の経営構想を完成させる戦略投資であった。日清製粉グループは製粉技術を自前で持ち、他社の工場建設まで手がけるエンジニアリング力を強みとしてきた。安定した品質を求める日本の消費者に鍛えられた製粉技術を海外へ展開し、成長を加速するという方針のもとで、豪州は世界に広げる拠点網の三つ目の要となった。買収は、その構想を対外的に完成形に近づける一手であった[8]。
一方で、この決断はグループ全体のバランスシートを海外資産へ傾けるものでもあった。単一の海外案件に427億円ののれんを積むことは、その事業が計画どおりに収益を生み続けることを前提としており、資産効率の一時的な悪化を許容する判断であった。人口増加が続くと見込まれたオセアニア市場の長期的な成長性が、この前提を支える根拠とされた。買収の成否は、豪州事業が期待どおりのキャッシュフローを生めるかどうかに、実質的に賭けられていた[9]。
結果
コロナ禍と558億円の減損
買収の翌年から、前提は崩れていった。コロナ禍が直撃し、事業計画の核に据えていたインストアベーカリー向けの需要が落ち込んだ。買収後のPMI(統合作業)も難航し、移動制限で日本本社からの現地訪問さえ制約され、経営管理上のコミュニケーションが十分にとれない状態が2年以上続いた。加えてウクライナ情勢に起因するエネルギーコストの上昇が重なった。2022年10月、日清製粉グループ本社は豪州製粉事業について、のれんを含む固定資産の減損損失558億円を2023年3月期第2四半期に計上すると発表した[10][11]。
減損の発表時に示された通期の最終赤字見通しは185億円であったが、下期に食糧インフレ下の価格転嫁が進んだこともあり、確定した親会社純損失は104億円(▲103億81百万円)にとどまった。それでも、豪州製粉やエイコサペンタエン酸原薬事業の低迷、有価証券評価損が重なって特別損失は565億65百万円に達し、2023年3月期は上場以来初の親会社純損失となった。2022年6月に就任したばかりの瀧原賢二社長は、この減損について大変重く受けとめているとしながらも、買収時の判断そのものは誤っていなかったとの立場を崩さなかった[12][13]。
立て直しとV字回復、そして2例目の減損
減損を計上した豪州事業について、瀧原賢二社長は自ら現地法人の取締役を兼ね、直接の関与を強めた。立て直しは、市場回復を前提に置かず、継続的なコスト削減・主力製品での売上拡大・収益性の高い市場の選択・ブランド化という自前の4施策で積み上げる方針とし、中期経営計画の期間中に約40億円の増益を目指すとした。この計画は2023年度に8億円増益と計画に沿って進み、翌年度にはグループ全体が食糧インフレ下の価格転嫁で連結営業利益478億円・純利益317億円へとV字回復し、減損の傷は本業の回復が覆った[14][15]。
もっとも、海外投資のリスクは豪州だけにとどまらなかった。2022年に稼働したインドのイースト事業も現地のコストインフレが想定を超えて業績が目標に届かず、2025年10月には2例目の海外事業減損を計上した。瀧原賢二社長は、豪州とインドの減損に至った主要因を、コロナによる市場減退やウクライナ情勢に起因するコストインフレなど想定外の外部環境の変化にあるとし、これまでの投資判断が間違っていたとは考えていないとしながらも、今後は投資のリスクをより慎重に見極める必要があると述べた。二度の減損は、成長投資の審査を経営会議や取締役会でより慎重にする契機となった[16][17]。
- 日本経済新聞(2019年2月27日)「日清製粉グループ、豪製粉最大手を459億円で買収へ 海外輸出拠点に」
- 日本経済新聞(2019年2月27日)「日清製粉グループ、豪Allied Pinnacle社を買収-小麦粉関連素材事業のグローバル展開加速」
- 株探ニュース(2019年2月27日)「日清製粉グループ本社、豪の製粉会社Allied Pinnacle社を買収」
- 日清製粉グループ本社 適時開示 2019年2月27日「Allied Pinnacle社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」(見目信樹社長名)
- ダイヤモンド・オンライン(2013年9月12日)「日清製粉グループ本社社長 大枝宏之 輸入自由化で製粉会社は激減 リスク取りM&A加速化」
- 週刊東洋経済 2022年7月30日号「トップに直撃 日清製粉グループ本社 社長 瀧原賢二 『値上げと付加価値向上で「食糧インフレ」と闘う』」
- 日本経済新聞(2022年10月)「日清製粉グループ本社、豪州の製粉事業で558億円の減損損失計上を発表」
- 株探ニュース(2022年10月19日)「日清粉Gの23年3月期は一転最終赤字へ、豪州製粉事業で減損損失計上」
- 週刊エコノミスト 2023年2月14日号「編集長インタビュー 瀧原賢二 日清製粉グループ本社社長」
- 日本経済新聞(2024年5月)「日清粉Gの24年3月、最終黒字317億円 値上げで最高益」
- 日清製粉グループ本社 2023年3月期 第2四半期決算説明会 質疑応答(2022年10月28日)
- 日清製粉グループ本社 2026年3月期 第2四半期決算説明会 質疑応答(2025年10月31日)
- 日清製粉グループ本社 有価証券報告書(2020年3月期・2023年3月期・連結)