1982年〜 牛丼すき家の創業と「製造販売業」モデルの確立
ゼンショーホールディングスの業績推移:単体
- 1982年 神奈川県横浜市鶴見区に設立
- 1982年 ランチボックス(弁当店)1号店として生麦店を開店
- 1982年 すき家(牛丼店)ビルイン1号店として生麦駅前店を開店
- 1987年 フリースタンディング1号店として水戸店を開店
- 1994年 カレー専門店「南南亭」1号店を開店
- 1996年 丼専門店「たの家」1号店を開店
- 1997年 日本証券業協会に株式を店頭登録
34歳独立──「日本のハンバーガー」を狙う郊外型牛丼
1982年6月、小川賢太郎氏が34歳で神奈川県横浜市鶴見区に株式会社ゼンショーを設立した。前職は牛丼チェーン吉野家で、労働組合副委員長を務めた後の1978年に退社した経歴を持つ。創業時の本社は横浜工場を併設したロケーションで、設立翌月の1982年7月には弁当チェーン「ランチボックス」1号店として生麦店を開店、同年11月にはすき家ビルイン1号店として生麦駅前店を開店した。創業期は弁当と牛丼ファストフードを並行立ち上げる多業態出発であり、すき家は1987年のロードサイド型郊外出店転換まで駅前ビルイン型として運営された。 [1][2][3][4][5]
- 有価証券報告書
- [1]1982年6月 神奈川県横浜市鶴見区にゼンショーを設立
- [2]創業者は小川賢太郎、設立時34歳
- [3]前職は吉野家、労組副委員長を経て1978年退社
- [4]1982年7月 弁当チェーン「ランチボックス」1号店生麦店を開店
- [5]1982年11月 すき家ビルイン1号店生麦駅前店を開店
1987年7月にはフリースタンディング1号店として水戸店を開店し、駅前ビルイン型からロードサイド型郊外出店モデルへの転換を本格化した。先行するガリバー型の吉野家が駅前型で成長していたのに対し、ゼンショーは「郊外型ファミリー牛丼チェーン」(出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)として独立系の戦略を掲げた。商品も単品の牛丼セットではなく、とん汁・キムチとん汁・100g〜500gの牛皿セットなど「選択購買を楽しめる」メニュー構成で、男性客中心から家族連れ・女性客・グループ客へ顧客層を広げた。 [6]
- 有価証券報告書
- [6]1987年7月 フリースタンディング1号店水戸店を開店
事業設計の根幹に置かれたのは、自らを「製造販売業」と位置づける垂直統合志向である。創業以来、肉・カレー・漬物・その他食材の4工場を直営し、店舗も全店直営で食材の買い付け・加工・物流・販売までの一貫体制を整えた。1994年9月にはカレー専門店「南南亭」、1996年4月には丼専門店「たの家」を派生業態として立ち上げ、すき家の新メニュー開発から派生した丼物アイデアを別業態に切り出す試みも始めた。後年MMD(マス・マーチャンダイジング)と呼ばれる思想は、創業時点から事業設計の中核に据えられていた。 [7][8]
- 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
- [7]1994年9月 カレー専門店「南南亭」を立ち上げ
- [8]1996年4月 丼専門店「たの家」を立ち上げ
- 有価証券報告書
- [1]1982年6月 神奈川県横浜市鶴見区にゼンショーを設立
- [2]創業者は小川賢太郎、設立時34歳
- [3]前職は吉野家、労組副委員長を経て1978年退社
- [4]1982年7月 弁当チェーン「ランチボックス」1号店生麦店を開店
- [5]1982年11月 すき家ビルイン1号店生麦駅前店を開店
- [6]1987年7月 フリースタンディング1号店水戸店を開店
- 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
- [7]1994年9月 カレー専門店「南南亭」を立ち上げ
- [8]1996年4月 丼専門店「たの家」を立ち上げ
店頭公開から東証一部指定へ──年23%成長と創業家55%支配
1997年8月、日本証券業協会に株式を店頭登録して公開市場入りを果たした。店頭公開時点で店舗数は181店舗、展開エリアは首都圏を中心に東北・北陸・中部地方まで広がっていた。創業者は「業界上位3社の牛丼部門売上の92〜95年の年平均増加率は6.2%だったが、当社は23.1%とこれを大きく上回った」(出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)と語り、独立系・郊外型の戦略が業界平均の3倍超の成長率に結び付いたと自負した。1996年3月期の単体売上112億円・経常4.76億円から、1999年3月期には売上153億円・経常11.36億円へ4年で売上1.4倍・経常2.4倍に拡大した。 [9][10][11]
- 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
- [9]1997年8月 日本証券業協会へ株式を店頭登録
- [10]店頭公開時点の店舗数181店舗
- [11]業界上位3社牛丼部門92〜95年年平均増加率6.2%/ゼンショー23.1%
つまり店頭公開期の業績伸びは、すき家牛丼の単一業態が牽引した。1997年3月期の単体売上117億円のうち牛丼類が89.97億円(76.7%)を占め、第二業態のカレー類すき家11.46億円(9.8%)・南南亭1.93億円(1.6%)、丼類たの家0.45億円(0.4%)と、新業態は試験運用段階にとどまった。1999年3月末時点では店舗数222(すき家218・南南亭4)、製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場、本社は神奈川県横浜市と、創業地での製造販売一体運営を維持していた。 [12][13][14][15]
- 証券業報 (9)(558)
- [12]1997年3月期 牛丼類売上89.97億円(76.7%)
- [13]カレー類すき家11.46億円・南南亭1.93億円・たの家0.45億円
- 証券 51(11)(608)
- [14]1999年3月末 店舗数222(すき家218・南南亭4)
- [15]1999年3月末 製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場
1999年9月には東京証券取引所第二部市場へ上場、2001年9月には東証一部銘柄に指定された。1999年5月時点の大株主構造は、創業者・小川賢太郎氏の資産管理会社・株式会社日本クリエイトが31.23%、創業者個人16.90%、子息の小川一政氏・小川洋平氏が各3.84%と、創業家4者で55.81%を集中保有する形だった。後年の創業家持株会社経由のガバナンス設計の雛形を、店頭公開の時点で創業家が整えた。2000年7月には株式会社ココスジャパンの株式を取得して国内レストラン事業に参入、同年10月に設備・メンテナンスを内製化する株式会社テクノサポート(現テクノ建設)、同年11月に食材調達効率化を担う株式会社グローバルフーズ(現ゼンショー商事)を設立し、「世界一のフード企業」のビジョンに沿う多業態食品商業グループへ製造販売業モデルを広げた。 [16][17][18][19][20][21][22]
- 有価証券報告書
- [16]1999年9月 東京証券取引所第二部市場へ上場
- [17]2001年9月 東証一部銘柄指定
- [20]2000年7月 ココスジャパン株式取得で国内レストラン事業参入
- [21]2000年10月 テクノサポート(現テクノ建設)設立
- [22]2000年11月 グローバルフーズ(現ゼンショー商事)設立
- 証券 51(11)(608)
- [18]1999年5月時点 日本クリエイト31.23%・小川賢太郎個人16.90%
- [19]創業家4者で55.81%を集中保有(子息各3.84%)
- 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
- [9]1997年8月 日本証券業協会へ株式を店頭登録
- [10]店頭公開時点の店舗数181店舗
- [11]業界上位3社牛丼部門92〜95年年平均増加率6.2%/ゼンショー23.1%
- 証券業報 (9)(558)
- [12]1997年3月期 牛丼類売上89.97億円(76.7%)
- [13]カレー類すき家11.46億円・南南亭1.93億円・たの家0.45億円
- 証券 51(11)(608)
- [14]1999年3月末 店舗数222(すき家218・南南亭4)
- [15]1999年3月末 製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場
- [18]1999年5月時点 日本クリエイト31.23%・小川賢太郎個人16.90%
- [19]創業家4者で55.81%を集中保有(子息各3.84%)
- 有価証券報告書
- [16]1999年9月 東京証券取引所第二部市場へ上場
- [17]2001年9月 東証一部銘柄指定
- [20]2000年7月 ココスジャパン株式取得で国内レストラン事業参入
- [21]2000年10月 テクノサポート(現テクノ建設)設立
- [22]2000年11月 グローバルフーズ(現ゼンショー商事)設立