ニチレイ の歴史

更新:

1942年、水産会社の合同による帝国水産統制として発足し、戦後に日本冷蔵へ改称。冷蔵倉庫業から加工食品への進出、本格炒め炒飯、2005年の持株会社化までの沿革と経緯を執筆。

創業

1942年

母体

水産会社の合同

創業地

東京都中央区

直近売上高(2026/3)

7,161億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜニチレイは1942年の国策統合で受け継いだ約220拠点の冷蔵網を、戦後も解体せず抱え続けたのか
A 拠点網が個社の投資ではなく国家の鮮魚需給を担うために与えられたため、特定の品目に縛られない汎用の設備として戦後も意味をもち続けたからである。1942年12月、日本水産や日魯漁業を含む大手水産会社18社の陸上部門が帝国水産統制へ集約され、全国約220か所の冷凍・製氷・冷蔵工場を一括継承した。1945年12月に日本冷蔵へ改称し1949年に上場して大株主との資本関係を整理した後も、分散立地そのものが冷凍食品流通の競争優位として残り、後年に業態を書き換える素地になった
Q なぜ1951年就任の木村鉱二郎社長は、ニチレイを「設備をもつ会社」から「食品を売る会社」へ定義し直したのか
A 冷蔵倉庫業と水産の一次加工に依存した事業形態では成長余地が乏しいと見て、倉庫が生む安定収益を食品の設備投資へ回す内部資金循環を据えたからである。1951年に社長へ就任した木村鉱二郎氏は、水産食品・冷凍食品・煉製品・缶詰・畜産食品の5分野へ事業を広げる方針を掲げた。1951年に缶詰、1952年に調理冷凍食品、1956年に畜産へ参入し、倉庫事業の資金を食品側へ傾斜配分する発想が、後の食品・物流・不動産の三事業へつながった
Q なぜニチレイは2005年に純粋持株会社へ移行し、5つの事業会社へ分割したのか
A 食品・物流・不動産で競争環境と専門性が分かれ、本体に集めた意思決定では各市場の速さに合わなくなったためである。2005年4月1日、ニチレイは持株会社へ移行し、ニチレイフーズ・ニチレイロジグループ本社・ニチレイフレッシュ・ニチレイバイオサイエンス・ニチレイプロサーヴへ事業を分けた。各事業会社へ権限を委ねて環境適応の速さを高め、持株会社はグループ戦略と資源配分に専念する。設備の用途を組み替えて稼ぐ会社が、事業の独立採算と資本配分を選び直す体制へ進んだ。

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1942年〜 水産18社を束ねた統制会社の発足と、冷力を核とした食品への拡張

ニチレイの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1942年 帝国水産統制を設立
  2. 1945年 日本冷蔵に商号変更
  3. 1949年 東京証券取引所に株式上場
  4. 1951年 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換 戦時統制から受け継いだ製氷・冷蔵の装置を、木村社長はどんな事業へ組み替えようとしたか
  5. 1956年 畜産事業に参入
  6. 1970年 設備投資を継続

水産大手18社の陸上部門を束ねた統制会社

ニチレイの前身は、1942年5月19日公布の水産統制令[1]に基づき、海洋漁業に伴う水産物の販売、製氷・冷蔵業などの中央統制機関[2]として設けられた帝国水産統制株式会社である。水産会社を中心に18社などが出資[3]し、資本金50百万円で1942年12月24日に設立された[4]。もっとも会社の系譜はさらに古く、1884年には日本で最初の製氷会社である東京製氷が創立[5]され、1897年に設立された機械製氷と1907年に合併して日本製氷となった[6]。以来の合併と吸収が同社の母体[7]であり、全国に散在する冷凍工場はその歴史を物語る[8]。翌1943年4月、水産物の買入・販売と製氷・冷蔵・凍結事業を開始した[9]

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1942年5月19日 水産統制令の公布
    • [2]設立目的 海洋漁業に伴う水産物の販売・製氷冷蔵業などの中央統制機関
    • [3]帝国水産統制株式会社 水産会社を中心に18社などの出資
    • [4]設立時資本金 50百万円/1942年12月24日設立
    • [9]1943年4月 水産物の買入・販売並びに製氷・冷蔵・凍結事業の開始
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [5]1884年(明治17年)東京製氷の創立 日本で最初の製氷会社
    • [6]1897年設立の機械製氷と1907年に合併して日本製氷
    • [7]日本製氷が当社の母体で以来合併・吸収を継続
    • [8]全国に散在する冷凍工場が合併の歴史を物語る

戦争によって同社は、保有していた製氷能力の43%、冷蔵能力の42%、凍結能力の31%と、海外における全事業網を失った[10]。1945年11月30日の水産統制令の廃止[11]を受け、同年12月1日に商法上の株式会社へ改組し、社名を日本冷蔵株式会社へ改めた[12]。1948年2月には過度経済力集中排除法による該当企業の指定を受けた[13]が、その後に指定取消の見通しがつき、1949年3月へ1億円を増資して資本金を1億5,000万円とした[14]。あわせて当時としては大量といえる約1,000名の人員整理を断行[15]し、同年10月にはさらに3億5,000万円を増資して資本金を5億円とした[16]。1949年5月、東京・大阪・名古屋の各証券取引所へ株式を上場[17]した。

  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [10]戦争により製氷能力43%・冷蔵能力42%・凍結能力31%と海外全事業網を喪失
    • [13]1948年2月 過度経済力集中排除法による該当企業の指定
    • [14]1949年3月 1億円増資で資本金1億5,000万円
    • [15]約1,000名の人員整理を断行
    • [16]1949年10月 3億5,000万円増資で資本金5億円
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1945年11月30日 水産統制令の廃止
    • [12]1945年12月1日 商法上の株式会社へ改組し日本冷蔵株式会社へ社名変更
    • [17]1949年5月 東京・大阪・名古屋の各証券取引所へ株式上場
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1942年5月19日 水産統制令の公布
    • [2]設立目的 海洋漁業に伴う水産物の販売・製氷冷蔵業などの中央統制機関
    • [3]帝国水産統制株式会社 水産会社を中心に18社などの出資
    • [4]設立時資本金 50百万円/1942年12月24日設立
    • [9]1943年4月 水産物の買入・販売並びに製氷・冷蔵・凍結事業の開始
    • [11]1945年11月30日 水産統制令の廃止
    • [12]1945年12月1日 商法上の株式会社へ改組し日本冷蔵株式会社へ社名変更
    • [17]1949年5月 東京・大阪・名古屋の各証券取引所へ株式上場
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [5]1884年(明治17年)東京製氷の創立 日本で最初の製氷会社
    • [6]1897年設立の機械製氷と1907年に合併して日本製氷
    • [7]日本製氷が当社の母体で以来合併・吸収を継続
    • [8]全国に散在する冷凍工場が合併の歴史を物語る
    • [10]戦争により製氷能力43%・冷蔵能力42%・凍結能力31%と海外全事業網を喪失
    • [13]1948年2月 過度経済力集中排除法による該当企業の指定
    • [14]1949年3月 1億円増資で資本金1億5,000万円
    • [15]約1,000名の人員整理を断行
    • [16]1949年10月 3億5,000万円増資で資本金5億円

連合軍への冷力提供から総合食品企業への転換

平和条約が結ばれる1952年までの間、企業の自主的な経営には制約が残り[18]、日本冷蔵も約60前後の残存冷蔵庫を連合軍の進駐利用へ振り向けた[19]。冷力の利用を漁業の付帯的な業務と考えていた同社は、このとき冷力が食品に果たす役割の大きさを知り[20]、冷蔵業の発展への確信と、冷力を利用した食品分野への進出とを両立させる方針[21]を定めた。1948年12月には事業目的へ缶詰、肥料、飼料及び油脂の製造・売買と水産物の輸出入を加え[22]、1951年8月に缶詰工場を設置して食品生産事業を開始した[23]。1952年10月には調理冷凍食品の販売を始め[24]、1956年5月に畜産事業へ参入した[25]

  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [18]1952年の平和条約締結までは企業の自主的経営に制約
    • [19]約60前後の残存冷蔵庫を連合軍の進駐利用へ振り向け
    • [20]冷力の利用を付帯事業と考えていたが冷力が食品作用に果たす役割の大きさを学んだ
    • [21]冷蔵業の将来への確信と冷力を利用した食品分野への展開の両立を決意
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1948年12月 事業目的に缶詰・肥料・飼料及び油脂の製造売買と水産物の輸出入を追加
    • [23]1951年8月 缶詰工場を設置し食品生産事業を開始
    • [24]1952年10月 調理冷凍食品の販売開始
    • [25]1956年5月 畜産事業の開始

木村鉱二郎氏を中心とする再建[26]のもとで、戦前の水準まで戻した冷凍部門は第一次五カ年計画と第二次三ヵ年計画によって世界的水準へ引き上げられ、事業場の再配置を経て全国に有機的に連結された冷凍工場網ができた[27]。日本冷蔵はこの工場網を基盤に独自の『コールド・ベルト』を形づくり[28]、海外でも早くから遠洋の水産資源に着目して子会社や漁業基地を設け、日本漁船の誘致や漁獲物の洋上輸出も手がけた[29]。冷凍部門を土台に商事部門が鮮魚などの販売業、缶詰・ハム・ソーセージ・冷凍食品の製造販売、畜産物と配合飼料、海外事業へ広がり[30]、年間取扱高は1967年度に437億円へ達した[31]。国内事業場は支社10・冷凍工場136・食品工場6・販売所24・海外事業場5・研究所の合計183カ所[32]を数えた。

  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [26]木村鉱二郎氏が中心となり再建へ努力を重ねた
  • 経済春秋社編『企業の歴史 : 明治百年』(1968年)
    • [27]第一次五カ年計画・第二次三ヵ年計画で冷凍部門を世界的水準へ引き上げ全国連結の冷凍工場網を構築
    • [28]冷凍工場網を基盤とする独自の「コールド・ベルト」の形成
    • [29]海外に子会社・漁業基地を設け日本漁船を誘致し漁獲物の洋上輸出も実施
    • [30]冷凍部門を基盤に商事部門が鮮魚販売・食品・畜産・海外事業へ展開
    • [31]年間取扱高 1967年度 437億円
    • [32]国内事業場 合計183カ所(支社10・冷凍工場136・食品工場6・販売所24・海外事業場5・研究所)
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [18]1952年の平和条約締結までは企業の自主的経営に制約
    • [19]約60前後の残存冷蔵庫を連合軍の進駐利用へ振り向け
    • [20]冷力の利用を付帯事業と考えていたが冷力が食品作用に果たす役割の大きさを学んだ
    • [21]冷蔵業の将来への確信と冷力を利用した食品分野への展開の両立を決意
    • [26]木村鉱二郎氏が中心となり再建へ努力を重ねた
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1948年12月 事業目的に缶詰・肥料・飼料及び油脂の製造売買と水産物の輸出入を追加
    • [23]1951年8月 缶詰工場を設置し食品生産事業を開始
    • [24]1952年10月 調理冷凍食品の販売開始
    • [25]1956年5月 畜産事業の開始
  • 経済春秋社編『企業の歴史 : 明治百年』(1968年)
    • [27]第一次五カ年計画・第二次三ヵ年計画で冷凍部門を世界的水準へ引き上げ全国連結の冷凍工場網を構築
    • [28]冷凍工場網を基盤とする独自の「コールド・ベルト」の形成
    • [29]海外に子会社・漁業基地を設け日本漁船を誘致し漁獲物の洋上輸出も実施
    • [30]冷凍部門を基盤に商事部門が鮮魚販売・食品・畜産・海外事業へ展開
    • [31]年間取扱高 1967年度 437億円
    • [32]国内事業場 合計183カ所(支社10・冷凍工場136・食品工場6・販売所24・海外事業場5・研究所)

冷凍と食品を半々にする利益体制への組み替え

1970年1月時点の冷蔵能力は37万トンで、全国能力290万トンに対する13%を占め[33]、水産大手4社の合計能力14万8,000トンを上回った[34]。もっとも朝長嚴社長は、償却の進んだ冷凍設備で利益をあげている姿を反省[35]し、冷凍分野の運用資産を時価へ修正すると利益率は約20%から4%へ下がる[36]と述べた。そこで冷・食補完を掲げ、食品分野でも冷凍部門の純益24億円と同額の利益を確保するよう社内へ求め[37]、そのための設備投資を続けた。結果として利益の構成は冷凍54%・食品46%となり、冷凍部門が全体利益の93%を占めた時代から変わった[38]。関連企業は51社を数え、これを含めた実体は売上854億円・利益28億円[39]であった。

  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [33]1970年1月時点 冷蔵能力37万トン・全国能力290万トンに対しシェア13%
    • [34]水産大手4社(日水・日魯・大洋・極洋)の合計冷蔵能力 14万8,000トン
    • [35]朝長嚴社長 償却の進んだ冷凍設備で利益をあげている姿への反省
    • [36]冷凍分野の運用資産を時価修正すると利益率は約20%から4%へ低下
    • [37]冷・食補完 食品分野でも冷凍部門の純益24億円と同額の利益体制を要請
    • [38]利益構成は冷凍54%・食品46%へ/かつては冷凍部門が全体利益の93%
    • [39]関連企業51社/これを含めた実体は売上854億円・利益28億円

1972年1月末の冷蔵能力は44万トンで、朝長社長が就任した時点の26万トンから5年で18万トン増えた[40]。全国の設備能力に占めるシェアは14%前後だが、大都市や主要港湾など重要地域では35%から40%を占めた[41]。同社は5、6年前から原料対策の重要性を認識して輸出を抑え輸入体制へ重点を切りかえており、輸入9・輸出1の比率になっていた[42]ため、円切上げでは1億3,000万円から1億4,000万円の為替差益を得た[43]。冷凍食品では業界のシェア35%を占めて首位[44]にあり、100%出資の子会社54社を含めた連結ベースの売上高は1,275億円、純利益は約30億円[45]であった。

  • 証券アナリストジャーナル 1972年10巻4号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [40]1972年1月末 冷蔵能力44万トン/社長就任時26万トンから5年で18万トン増
    • [41]全国設備能力シェア14%前後/重要地域では35〜40%
    • [42]原料対策の重要性から輸出を抑え輸入体制へ重点を転換し輸入9・輸出1の比率
    • [43]円切上げで1億3,000万円〜1億4,000万円の為替差益
    • [44]冷凍食品の業界シェア35%で首位
    • [45]100%出資子会社54社/連結売上高1,275億円・純利益約30億円
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [33]1970年1月時点 冷蔵能力37万トン・全国能力290万トンに対しシェア13%
    • [34]水産大手4社(日水・日魯・大洋・極洋)の合計冷蔵能力 14万8,000トン
    • [35]朝長嚴社長 償却の進んだ冷凍設備で利益をあげている姿への反省
    • [36]冷凍分野の運用資産を時価修正すると利益率は約20%から4%へ低下
    • [37]冷・食補完 食品分野でも冷凍部門の純益24億円と同額の利益体制を要請
    • [38]利益構成は冷凍54%・食品46%へ/かつては冷凍部門が全体利益の93%
    • [39]関連企業51社/これを含めた実体は売上854億円・利益28億円
  • 証券アナリストジャーナル 1972年10巻4号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
    • [40]1972年1月末 冷蔵能力44万トン/社長就任時26万トンから5年で18万トン増
    • [41]全国設備能力シェア14%前後/重要地域では35〜40%
    • [42]原料対策の重要性から輸出を抑え輸入体制へ重点を転換し輸入9・輸出1の比率
    • [43]円切上げで1億3,000万円〜1億4,000万円の為替差益
    • [44]冷凍食品の業界シェア35%で首位
    • [45]100%出資子会社54社/連結売上高1,275億円・純利益約30億円

1973年〜 水産の失速を受けた事業転換と、保管業から低温物流サービスへ

ニチレイの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1980年 水産部門で赤字転落
  2. 1985年 商号をニチレイに変更
  3. 1985年 医薬品事業・育種事業への新規参入
  4. 1988年 アセロラドリンクを発売
  5. 1989年 冷蔵倉庫の保管業からシステム物流・3PLへの業態転換 荷を預かり寝かせる倉庫業を、なぜ情報と輸送を束ねる低温物流サービスへ定義し直したのか
  6. 1994年 サクサクコロッケを開発

200カイリ規制と、社名から冷蔵を外す判断

200カイリ漁業規制に伴う水産品の市況悪化などで、冷凍事業に頼った事業の続け方では将来の展望が開けないという危機感[46]が社内に生まれた。日本冷蔵は1977年3月に運送取扱子会社を設け[47]、1979年1月にはアメリカで農・水・畜産品の集荷・販売子会社を設立した[48]。1982年6月にはバイオテクノロジー分野へ進み[49]、1984年4月には事業目的へ医薬品、医薬部外品及び試薬の製造・売買と、種苗の生産及び売買を加えた[50]。1983年4月に就任した金田幸三社長は、この危機感のもとで食品加工部門の強化[51]と新規事業への進出を進めた。

  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
    • [46]200カイリ漁業規制に伴う水産品の市況悪化と冷凍事業依存への危機感
    • [51]1983年4月就任の金田幸三社長が食品加工部門の強化と新規事業進出を主導
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [47]1977年3月 運送取扱子会社の設立
    • [48]1979年1月 アメリカにおける農・水・畜産品の集荷・販売子会社の設立
    • [49]1982年6月 バイオテクノロジー分野への進出
    • [50]1984年4月 事業目的に医薬品・医薬部外品及び試薬の製造売買、種苗の生産及び売買を追加

1985年2月、日本冷蔵は商号を株式会社ニチレイへ変更[52]した。製氷や冷蔵倉庫業が表看板であった日本冷蔵の時代に50%程度であった社名の知名度は、これを機に急上昇し、1997年初めには100%近い水準を保った[53]。1988年4月にはアセロラドリンクを本格的に発売[54]し、同年9月にオランダの冷蔵会社を買収して同国での冷蔵事業へ進んだ[55]。同年12月にはニチレイ明石町ビルが竣工し、オフィスビル賃貸事業を本格的に開始した[56]。翌1989年4月には厚生省許可特別用途食品の糖尿病食調製用組合わせ食品を発売[57]した。

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [52]1985年2月 商号を株式会社ニチレイへ変更
    • [54]1988年4月 アセロラドリンクの本格発売
    • [55]オランダの冷蔵会社の買収による同国冷蔵事業への進出
    • [56]ニチレイ明石町ビルの竣工とオフィスビル賃貸事業の本格開始
    • [57]1989年4月 厚生省許可特別用途食品の糖尿病食調製用組合わせ食品の発売
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [53]社名の知名度は日本冷蔵時代の50%程度から社名変更を機に急上昇し1997年初めに100%近い水準
  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
    • [46]200カイリ漁業規制に伴う水産品の市況悪化と冷凍事業依存への危機感
    • [51]1983年4月就任の金田幸三社長が食品加工部門の強化と新規事業進出を主導
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [47]1977年3月 運送取扱子会社の設立
    • [48]1979年1月 アメリカにおける農・水・畜産品の集荷・販売子会社の設立
    • [49]1982年6月 バイオテクノロジー分野への進出
    • [50]1984年4月 事業目的に医薬品・医薬部外品及び試薬の製造売買、種苗の生産及び売買を追加
    • [52]1985年2月 商号を株式会社ニチレイへ変更
    • [54]1988年4月 アセロラドリンクの本格発売
    • [55]オランダの冷蔵会社の買収による同国冷蔵事業への進出
    • [56]ニチレイ明石町ビルの竣工とオフィスビル賃貸事業の本格開始
    • [57]1989年4月 厚生省許可特別用途食品の糖尿病食調製用組合わせ食品の発売
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [53]社名の知名度は日本冷蔵時代の50%程度から社名変更を機に急上昇し1997年初めに100%近い水準

保管の商いを低温物流サービスへ定義し直す

1980年代後半、円高と食料輸入の拡大が冷蔵倉庫に追い風となり、1988年の食料品輸入額は前年比31%増の約309億ドルへ達した[58]。ニチレイグループの冷蔵保管能力は1989年3月期末で約92万9000トンと業界の13%弱を占めた[59]。もっとも冷凍部門は売上が全体の10%にも満たないのに利益の半分以上を稼ぐ大黒柱でありながら、経常利益の対売上高比率は2%前後[60]にとどまった。荷物の少量多品種化と入出庫の多頻度化[61]が進むなかで、金田幸三社長は『冷蔵倉庫もこれからは流通倉庫としてフローに付いていく』と述べた[62]

  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
    • [58]1988年の食料品輸入額 前年比31%増の約309億ドル
    • [59]1989年3月期末のニチレイグループ冷蔵保管能力 約92万9000トン・業界シェア13%弱
    • [60]冷凍部門は売上全体の10%未満で利益の半分以上を稼ぐが経常利益率は2%前後
    • [61]荷物の少量多品種化と入出庫の多頻度化のニーズの高まり
    • [62]金田幸三社長 冷蔵倉庫も流通倉庫としてフローに付いていくとの発言

その布石として、ニチレイは1986年に子会社の日本低温流通を設立し、全国の冷蔵倉庫のネットワーク化[63]によって倉庫間の長距離輸送に伴う入出庫情報を集約し、最も効率的な輸送ルートを運送業者へ斡旋して配送のロスを減らす仕組み[64]を構築した。増強を続ける冷蔵倉庫についても、金田幸三社長は単なる保管基地ではなく、物流をコントロールする基地としての情報機能によって付加価値を高める投資が欠かせないとみた[65]。1990年4月、ニチレイは物流事業を本格的に開始[66]し、新規事業として開発を進めていたシステム物流を独立の事業とするため、冷凍事業本部内に物流事業部を新設した[67]

  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
    • [63]1986年 子会社の日本低温流通を設立し全国冷蔵倉庫のネットワーク化に着手
    • [64]倉庫間長距離輸送の入出庫情報を集約し効率的な輸送ルートを斡旋して配送ロスを削減
    • [65]金田幸三社長 冷蔵倉庫を保管基地でなく物流コントロール基地の情報機能で付加価値を高める投資が必要とした
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [66]1990年4月 物流事業の本格開始
  • ニチレイ75年史「システム物流」
    • [67]システム物流を独立事業とするため冷凍事業本部内に物流事業部を新設

全国各地の冷凍工場は物流サービスセンターへ呼び名を改め、単なる冷蔵倉庫ではなく、荷主の原材料や製品の搬入から凍結・軽加工・選別、配送に至るまでの物流と、それに伴う情報の流れを集中的に管理しうる新しい低温物流の施設[68]として定義し直された。1993年9月には関西の大手スーパー専用の尼崎総合物流センター[69]、同年10月には関東の大手スーパー専用の船橋総合物流センターがそれぞれ稼働し、通過型のトランスファーセンター事業が本格化[70]した。この間の1991年2月にはニチレイ東銀座ビルが竣工し、同年4月に本社を同ビルへ移した[71]

  • ニチレイ75年史「システム物流」
    • [68]冷凍工場を物流サービスセンターへ改称し搬入から凍結・軽加工・選別・配送までの物流と情報を集中管理
    • [69]1993年9月 尼崎総合物流センター稼働(関西のスーパー専用)
    • [70]1993年10月 船橋総合物流センター稼働と通過型TC事業の本格化
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [71]1991年2月 ニチレイ東銀座ビル竣工/同年4月 本社を同ビルへ移転
  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
    • [58]1988年の食料品輸入額 前年比31%増の約309億ドル
    • [59]1989年3月期末のニチレイグループ冷蔵保管能力 約92万9000トン・業界シェア13%弱
    • [60]冷凍部門は売上全体の10%未満で利益の半分以上を稼ぐが経常利益率は2%前後
    • [61]荷物の少量多品種化と入出庫の多頻度化のニーズの高まり
    • [62]金田幸三社長 冷蔵倉庫も流通倉庫としてフローに付いていくとの発言
    • [63]1986年 子会社の日本低温流通を設立し全国冷蔵倉庫のネットワーク化に着手
    • [64]倉庫間長距離輸送の入出庫情報を集約し効率的な輸送ルートを斡旋して配送ロスを削減
    • [65]金田幸三社長 冷蔵倉庫を保管基地でなく物流コントロール基地の情報機能で付加価値を高める投資が必要とした
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [66]1990年4月 物流事業の本格開始
    • [71]1991年2月 ニチレイ東銀座ビル竣工/同年4月 本社を同ビルへ移転
  • ニチレイ75年史「システム物流」
    • [67]システム物流を独立事業とするため冷凍事業本部内に物流事業部を新設
    • [68]冷凍工場を物流サービスセンターへ改称し搬入から凍結・軽加工・選別・配送までの物流と情報を集中管理
    • [69]1993年9月 尼崎総合物流センター稼働(関西のスーパー専用)
    • [70]1993年10月 船橋総合物流センター稼働と通過型TC事業の本格化

揚げない揚げ物と、伸び悩む企業ブランド

1991年、当時社長であった金田幸三氏は、3、4年かかってもよいから他社がまねできない大型商品を作るよう指示した[72]。1992年春には商品企画室・食品開発研究所・味覚評価室の三部署に営業や生産などの関連部署を加え[73]、20代30代の若手約15人を集めたプロジェクトチーム[74]が編成された。主婦への調査から、油を使わずに揚げ立ての味を味わえるコロッケを求めているという仮説[75]を立て、総菜用に開発していた衣の技術を応用して、1994年3月に『新・レンジ生活 サクサクのコロッケ』を発売した[76]。反応は当初から品切れを起こすほど大きく、1994年度の売上高は単品で60億円に達した[77]

  • 日経ビジネス 1996年1月1日・8日号
    • [72]1991年 金田幸三社長(当時)が3〜4年かけてでも他社がまねできない大型商品を作るよう指示
    • [73]1992年春 商品企画室・食品開発研究所・味覚評価室の三部署に営業・生産などの関連部署を加えて開発計画が始動
    • [74]20代30代の若手約15人を集めたプロジェクトチームの編成
    • [75]主婦は油を使わずに揚げ立ての味を味わえるコロッケを求めているとの仮説
    • [76]総菜用に開発した衣の技術を応用し1994年3月に「新・レンジ生活 サクサクのコロッケ」を発売
    • [77]発売当初から品切れ/1994年度の売上高は単品で60億円

1995年秋には皮を工夫した『パリパリの春巻』を投入[78]した。もっとも1300億円の有利子負債を抱えるニチレイにとって多額の設備投資が要る冷蔵倉庫の急拡大は難しく[79]、水産物取引が主体の商事部門は相場に左右されやすかった[80]。1993年12月の経営会議へ配られた企業イメージ調査[81]では、良い印象を持っているかという問いにハウス食品と味の素がそれぞれ80%であったのに対し、ニチレイは50%にとどまった[82]。1994年4月、手島忠社長は各部門から集めた20人あまりのスタッフに、CI導入から10年を機に強みと弱みを洗い出し、目指すべき企業像を探るよう指示[83]した。

  • 日経ビジネス 1996年1月1日・8日号
    • [78]1995年秋 皮を工夫した「パリパリの春巻」を投入
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [79]有利子負債1300億円を抱え多額の設備投資を要する冷蔵倉庫の急拡大が困難
    • [80]水産物取引が主体の商事部門は相場に左右されやすい
    • [81]1993年12月の経営会議に企業イメージ調査の結果が配布された
    • [82]良い印象を持っているかの問いにハウス食品・味の素は各80%、ニチレイは50%
    • [83]1994年4月 手島忠社長が20人あまりのスタッフへCI導入10年を機に強み弱みの洗い出しと企業像の探索を指示
  • 日経ビジネス 1996年1月1日・8日号
    • [72]1991年 金田幸三社長(当時)が3〜4年かけてでも他社がまねできない大型商品を作るよう指示
    • [73]1992年春 商品企画室・食品開発研究所・味覚評価室の三部署に営業・生産などの関連部署を加えて開発計画が始動
    • [74]20代30代の若手約15人を集めたプロジェクトチームの編成
    • [75]主婦は油を使わずに揚げ立ての味を味わえるコロッケを求めているとの仮説
    • [76]総菜用に開発した衣の技術を応用し1994年3月に「新・レンジ生活 サクサクのコロッケ」を発売
    • [77]発売当初から品切れ/1994年度の売上高は単品で60億円
    • [78]1995年秋 皮を工夫した「パリパリの春巻」を投入
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [79]有利子負債1300億円を抱え多額の設備投資を要する冷蔵倉庫の急拡大が困難
    • [80]水産物取引が主体の商事部門は相場に左右されやすい
    • [81]1993年12月の経営会議に企業イメージ調査の結果が配布された
    • [82]良い印象を持っているかの問いにハウス食品・味の素は各80%、ニチレイは50%
    • [83]1994年4月 手島忠社長が20人あまりのスタッフへCI導入10年を機に強み弱みの洗い出しと企業像の探索を指示

1996年〜 基幹二部門の同時不振から共同CEO体制を経て純粋持株会社へ

ニチレイの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2000年 品質保証体制を強化
  2. 2001年 家庭用冷食「本格炒め炒飯」を発売
  3. 2001年 家庭用冷食「特から」を発売
  4. 2005年 純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編 冷凍食品と冷蔵倉庫という異質な事業を一社で抱える構造を、なぜ分社で解いたのか
  5. 2007年 養鶏場を直営

基幹二部門の同時不振と、ブランドへの投資

1996年度、会社を支える二つの基幹部門である低温物流(冷蔵倉庫)と加工食品が同時に不振へ陥り、44%の大減益[84]となった。慌てて中期三カ年計画を策定したものの業績の低下に歯止めはかからず、子会社社員による40億円の横領も重なって1998年度には赤字へ転落した[85]。1980年代後半には前会長の金田幸三相談役の指揮下で冷凍食品が業界トップへ躍進し、北米進出の大戦略も動いた[86]が、規模を追ううちに一件ごとの投資の見極めは緩み、京都ホテルの再建では土地を購入して筆頭株主となり、238億円を追加で投じた[87]

  • 週刊東洋経済 2001年7月21日号
    • [84]1996年度 低温物流と加工食品の基幹二部門が同時に悪化し44%の大減益
    • [85]中期三カ年計画の策定後も業績低下は止まらず子会社社員の40億円横領も重なり1998年度は赤字転落
    • [86]1980年代後半 金田幸三前会長の指揮下で冷凍食品が業界トップへ躍進し北米進出の大戦略も発動
    • [87]京都ホテル再建で筆頭株主として238億円を追加投入

1996年秋、ニチレイは『すすめ、おいしさ。すすめ、ニチレイ。』の標語を掲げたテレビCMを流し始め、食のフロンティアカンパニーという企業イメージを3年かけて訴えるブランド戦略[88]に入った。1997年3月には技術開発センターを設置して研究開発機能を集約[89]し、東京・築地の本社ビルや東京都東村山市、千葉県船橋市など6カ所に分散していた開発拠点を千葉市へ集めて100人前後の研究者をそろえた[90]。1998年度までの3年で売上高を1995年度の4248億円から5000億円へ、経常利益を70億円から100億円へ引き上げる中期経営計画[91]も進めた。1998年4月にはサードパーティーロジスティクス事業へ進出[92]した。

  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [88]1996年秋から「すすめ、おいしさ。すすめ、ニチレイ。」のテレビCMを放映し食のフロンティアカンパニーを3年かけて訴求
    • [90]築地本社・東村山市・船橋市など6カ所に分散していた開発拠点を千葉市へ集約し研究者100人前後を配置
    • [91]1998年度までの3年で売上高を1995年度の4248億円から5000億円へ、経常利益を70億円から100億円へ引き上げる中期経営計画
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [89]1997年3月 技術開発センターを設置し研究開発機能を集約
    • [92]1998年4月 サードパーティーロジスティクス事業への進出
  • 週刊東洋経済 2001年7月21日号
    • [84]1996年度 低温物流と加工食品の基幹二部門が同時に悪化し44%の大減益
    • [85]中期三カ年計画の策定後も業績低下は止まらず子会社社員の40億円横領も重なり1998年度は赤字転落
    • [86]1980年代後半 金田幸三前会長の指揮下で冷凍食品が業界トップへ躍進し北米進出の大戦略も発動
    • [87]京都ホテル再建で筆頭株主として238億円を追加投入
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
    • [88]1996年秋から「すすめ、おいしさ。すすめ、ニチレイ。」のテレビCMを放映し食のフロンティアカンパニーを3年かけて訴求
    • [90]築地本社・東村山市・船橋市など6カ所に分散していた開発拠点を千葉市へ集約し研究者100人前後を配置
    • [91]1998年度までの3年で売上高を1995年度の4248億円から5000億円へ、経常利益を70億円から100億円へ引き上げる中期経営計画
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [89]1997年3月 技術開発センターを設置し研究開発機能を集約
    • [92]1998年4月 サードパーティーロジスティクス事業への進出

共同CEO体制を経て純粋持株会社へ移行

2001年6月、手島忠社長が相談役へ退き、平取締役から大戸武元氏が会長、浦野光人氏が社長へ就任して、二人がともに代表権を持つ共同CEO体制へ移った[93]。二人がすべての情報を共有して相互にチェックし、意思決定の精度を高める狙い[94]を置いた人事であった。2000年6月には事業目的へホテル及び旅館の経営を加え[95]、2003年1月には情報システム部門を分離して株式会社日立製作所との共同出資で情報処理業務のアウトソーシング会社を設立した[96]。2004年4月には国内の低温物流事業を先行して会社分割し、物流ネットワーク事業1社と地域保管事業7社へ切り分けた[97]

  • 週刊東洋経済 2001年7月21日号
    • [93]2001年6月 手島忠社長が相談役へ退き大戸武元氏が会長・浦野光人氏が社長に就任し共同CEO体制へ移行
    • [94]二人が全情報を共有し相互にチェックして意思決定の精度を高める狙い
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2000年6月 事業目的にホテル及び旅館の経営を追加
    • [96]2003年1月 情報システム部門を分離し株式会社日立製作所との共同出資で情報処理業務のアウトソーシング会社を設立
    • [97]2004年4月 国内低温物流事業を物流ネットワーク事業1社と地域保管事業7社へ会社分割

2004年11月30日、ニチレイは翌2005年4月1日をもって組織を持株会社体制へ移行すると決めた[98]。グループ全体戦略を担う持株会社と業務執行を担う各事業会社のそれぞれが責任と機動性を発揮できる経営体制を実現する[99]というのが、掲げられた狙いであった。2005年4月、加工食品、水産、畜産、低温物流、バイオサイエンス、シェアードサービスの各事業を会社分割し[100]、ニチレイ本体は持株会社へ移った。加工食品は株式会社ニチレイフーズ、水産・畜産は株式会社ニチレイフレッシュ、低温物流は株式会社ニチレイロジグループ本社、バイオサイエンスは株式会社ニチレイバイオサイエンス[101]、シェアードサービスは株式会社ニチレイプロサーヴが引き受けた。

  • ニチレイ「ニチレイグループ持株会社体制への移行について」(2004年11月30日)
    • [98]2004年11月30日 2005年4月1日付での持株会社体制移行を決定
    • [99]グループ全体戦略を担う持株会社と業務執行を担う事業会社がそれぞれ責任と機動性を発揮する体制が狙い
    • [101]分割で設立された五社 ニチレイフーズ・ニチレイフレッシュ・ニチレイロジグループ本社・ニチレイバイオサイエンス・ニチレイプロサーヴ
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [100]2005年4月 加工食品・水産・畜産・低温物流・バイオサイエンス・シェアードサービスの各事業を会社分割し持株会社へ移行
  • 週刊東洋経済 2001年7月21日号
    • [93]2001年6月 手島忠社長が相談役へ退き大戸武元氏が会長・浦野光人氏が社長に就任し共同CEO体制へ移行
    • [94]二人が全情報を共有し相互にチェックして意思決定の精度を高める狙い
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2000年6月 事業目的にホテル及び旅館の経営を追加
    • [96]2003年1月 情報システム部門を分離し株式会社日立製作所との共同出資で情報処理業務のアウトソーシング会社を設立
    • [97]2004年4月 国内低温物流事業を物流ネットワーク事業1社と地域保管事業7社へ会社分割
    • [100]2005年4月 加工食品・水産・畜産・低温物流・バイオサイエンス・シェアードサービスの各事業を会社分割し持株会社へ移行
  • ニチレイ「ニチレイグループ持株会社体制への移行について」(2004年11月30日)
    • [98]2004年11月30日 2005年4月1日付での持株会社体制移行を決定
    • [99]グループ全体戦略を担う持株会社と業務執行を担う事業会社がそれぞれ責任と機動性を発揮する体制が狙い
    • [101]分割で設立された五社 ニチレイフーズ・ニチレイフレッシュ・ニチレイロジグループ本社・ニチレイバイオサイエンス・ニチレイプロサーヴ

委ねた事業会社が放った安売り是正の一手

持株会社の役割はグループ戦略の立案・決定・遂行、経営資源の適切な配分、分割した事業会社への大幅な権限委譲とモニタリング機能の強化[102]に置かれ、事業会社の側は独立した会社としての一切の機能を担った[103]。都心の不動産事業は分社せず、持株会社の本体に残された[104]。2004年度から2006年度までのグループ中期経営計画は、遠心力と求心力のバランスの取れた持株会社体制を掲げた[105]。2005年11月には中国の山東省で株式会社日清製粉グループ本社との合弁会社を設立[106]し、2006年11月にはタイの生産拠点を子会社化した[107]

  • ニチレイ75年史「持株会社体制への移行」
    • [102]持株会社の役割はグループ戦略の立案・決定・遂行と経営資源の適切な配分、事業会社への大幅な権限委譲とモニタリング機能の強化
    • [103]事業会社は独立会社としての一切の機能を担う
  • ニチレイ「ニチレイグループ持株会社体制への移行について」(2004年11月30日)
    • [104]不動産事業は分社せず持株会社の本体に残置
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2007年3月期)
    • [105]グループ中期経営計画(2004年度〜2006年度)は遠心力と求心力のバランスの取れた持株会社体制を掲げた
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [106]中国山東省で株式会社日清製粉グループ本社との合弁会社を設立
    • [107]2006年11月 タイの生産拠点を子会社化

2006年4月1日、ニチレイは家庭用冷食のオープン価格制の導入を機に、食品卸業者へ払う販売報奨金制度の見直しへ踏み切り[108]、四〜5割引きという大幅な安売りの是正に取り組んだ[109]浦野光人社長は、冷食の値引き販売に対する消費者の不信感を払拭したいと語った[110]。ところがリベートを削られた卸はニチレイとの取引を絞った[111]。家庭用冷食市場は味の素冷凍食品がシェア18%で首位に立ち、15%前後で続いていたニチレイは同年4月以降のシェアを落とした[112]。9月にはハンバーグやトンカツなど家庭用冷食の主力5製品を8%値上げした[113]ものの、商品の内容を変えずに価格だけを引き上げた[114]。2007年3月期の九月中間決算では、家庭用冷凍食品の売上高が前中間期比で1割近く落ち込む見通し[115]となった。

  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [108]2006年4月1日 家庭用冷食のオープン価格制導入を機に販売報奨金(リベート)制度を見直し
    • [109]四〜5割引きという大幅な安売りの是正に着手
    • [110]浦野光人社長 冷食の値引き販売に対する消費者の不信感を払拭したいとの発言
    • [111]リベート削減で卸がニチレイとの取引量を絞った
    • [112]家庭用冷食市場のシェアは味の素冷凍食品18%で首位・ニチレイ15%前後/2006年4月以降ニチレイはシェアを低下
    • [113]2006年9月 ハンバーグ・トンカツなど家庭用冷食の主力5製品を8%値上げ
    • [114]値上げにあたり商品内容は変えず価格だけを引き上げた
    • [115]2007年3月期9月中間決算の家庭用冷凍食品売上高は前中間期比1割近い減少の見通し

分社した事業会社が放った最初の大きな一手が空回りする一方で連結の数字は上向き、持株会社としての初年度にあたる2006年3月期の連結売上高は4,694億円、営業利益は160億円、当期純利益は62億円[116]となった。翌2007年3月期には当期純利益が108億円まで回復した[117]。収益力の改善は加工食品事業と低温物流事業を中心に進み、水産事業では固定費の削減が寄与した[118]。重要な経営課題として取り組んできた資産効率の向上と有利子負債の削減による財務体質の健全化も、中期経営計画の最終年度に目標を達成した[119]

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2007年3月期)
    • [116]2006年3月期 連結売上高4,694億円・営業利益160億円・当期純利益62億円
    • [117]2007年3月期 当期純利益108億円まで回復
    • [118]収益改善は加工食品事業と低温物流事業を中心に進み水産事業では固定費削減が寄与
    • [119]資産効率の向上と有利子負債の削減による財務体質の健全化を中期経営計画の最終年度に達成
  • ニチレイ75年史「持株会社体制への移行」
    • [102]持株会社の役割はグループ戦略の立案・決定・遂行と経営資源の適切な配分、事業会社への大幅な権限委譲とモニタリング機能の強化
    • [103]事業会社は独立会社としての一切の機能を担う
  • ニチレイ「ニチレイグループ持株会社体制への移行について」(2004年11月30日)
    • [104]不動産事業は分社せず持株会社の本体に残置
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2007年3月期)
    • [105]グループ中期経営計画(2004年度〜2006年度)は遠心力と求心力のバランスの取れた持株会社体制を掲げた
    • [116]2006年3月期 連結売上高4,694億円・営業利益160億円・当期純利益62億円
    • [117]2007年3月期 当期純利益108億円まで回復
    • [118]収益改善は加工食品事業と低温物流事業を中心に進み水産事業では固定費削減が寄与
    • [119]資産効率の向上と有利子負債の削減による財務体質の健全化を中期経営計画の最終年度に達成
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [106]中国山東省で株式会社日清製粉グループ本社との合弁会社を設立
    • [107]2006年11月 タイの生産拠点を子会社化
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
    • [108]2006年4月1日 家庭用冷食のオープン価格制導入を機に販売報奨金(リベート)制度を見直し
    • [109]四〜5割引きという大幅な安売りの是正に着手
    • [110]浦野光人社長 冷食の値引き販売に対する消費者の不信感を払拭したいとの発言
    • [111]リベート削減で卸がニチレイとの取引量を絞った
    • [112]家庭用冷食市場のシェアは味の素冷凍食品18%で首位・ニチレイ15%前後/2006年4月以降ニチレイはシェアを低下
    • [113]2006年9月 ハンバーグ・トンカツなど家庭用冷食の主力5製品を8%値上げ
    • [114]値上げにあたり商品内容は変えず価格だけを引き上げた
    • [115]2007年3月期9月中間決算の家庭用冷凍食品売上高は前中間期比1割近い減少の見通し

2008年〜 低温物流と加工食品の二本柱を海外へ広げ、戦略商材へ絞り込む

ニチレイの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2010年 Transports Godfroyを取得
  2. 2013年 米食品会社を取得
  3. 2014年 冷凍食品の強化
  4. 2021年 中期経営計画(FY2022-24)を開始
  5. 2023年 冷凍米飯工場を新設(福岡県)

低温物流の海外展開と輸送の仕組みの組み替え

2010年7月、ニチレイはフランスの低温物流事業会社を買収して同国での低温物流事業へ進出[120]した。中核となったTransports Godfroyは、いまも連結子会社[121]として欧州の物流網の一角を占める。2012年6月にはタイに設立した生産拠点が稼働し[122]、アメリカの食品会社であるInnovAsian Cuisine Enterprisesを買収して米国市場での事業を広げた[123]。2023年6月にはタイの低温物流事業会社SCG Nichirei Logisticsを子会社化[124]した。低温物流事業の海外売上高は2025年3月期に832億円[125]となり、物流ネットワーク事業の1,235億円、地域保管事業の667億円[126]に次ぐ規模を占めた。

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [120]2010年7月 フランスの低温物流事業会社を買収し同国の低温物流事業へ進出
    • [121]Transports Godfroy S.A.S. は連結子会社
    • [122]2012年6月 タイに設立した生産拠点が稼働開始
    • [123]アメリカの食品会社 InnovAsian Cuisine Enterprises Inc. の買収による米国市場での事業拡大
    • [124]2023年6月 タイの低温物流事業会社 SCG Nichirei Logistics を子会社化
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)(連結セグメント情報)
    • [125]2025年3月期 低温物流事業の海外売上高832億円
    • [126]2025年3月期 物流ネットワーク事業1,235億円・地域保管事業667億円

2024年問題を前に輸送の仕組みを組み替えたニチレイロジグループ本社は、自社のドライバーが約150人で、輸送の大半を約100の協力会社へ委託していた[127]。中期的に仕事を続けてもらうには効率化と労働環境の改善が要る[128]と考え、2019年ごろから協力会社や荷台を造るメーカーも交えて策を練った[129]。荷台の切り離しが可能な国内最大級の大型トレーラーを導入[130]し、主にドライバーが担っていた荷降ろしや荷積みを倉庫側の作業員が行う形へ改めた[131]。東京から九州までの幹線輸送では一つの荷台を最大3社で運ぶ例もあり[132]、各運送会社は基本的に日帰りの運行ができる[133]

  • 週刊東洋経済 2024年3月2日号
    • [127]ニチレイロジの自社ドライバーは約150人で輸送の大半を約100の協力会社へ委託
    • [128]中期的に仕事を続けてもらうには効率化と労働環境の改善が必要と判断
    • [129]2019年ごろから協力会社や荷台メーカーも交えて効率化の策を検討
    • [130]荷台の切り離しが可能な国内最大級の大型トレーラーの導入
    • [131]ドライバーが担っていた荷降ろし・荷積みの荷役作業を倉庫側の作業員へ移管
    • [132]運行範囲は東京から九州までで一つの荷台を最大3社で運ぶ例がある
    • [133]各運送会社は基本的に日帰り運行が可能
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [120]2010年7月 フランスの低温物流事業会社を買収し同国の低温物流事業へ進出
    • [121]Transports Godfroy S.A.S. は連結子会社
    • [122]2012年6月 タイに設立した生産拠点が稼働開始
    • [123]アメリカの食品会社 InnovAsian Cuisine Enterprises Inc. の買収による米国市場での事業拡大
    • [124]2023年6月 タイの低温物流事業会社 SCG Nichirei Logistics を子会社化
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)(連結セグメント情報)
    • [125]2025年3月期 低温物流事業の海外売上高832億円
    • [126]2025年3月期 物流ネットワーク事業1,235億円・地域保管事業667億円
  • 週刊東洋経済 2024年3月2日号
    • [127]ニチレイロジの自社ドライバーは約150人で輸送の大半を約100の協力会社へ委託
    • [128]中期的に仕事を続けてもらうには効率化と労働環境の改善が必要と判断
    • [129]2019年ごろから協力会社や荷台メーカーも交えて効率化の策を検討
    • [130]荷台の切り離しが可能な国内最大級の大型トレーラーの導入
    • [131]ドライバーが担っていた荷降ろし・荷積みの荷役作業を倉庫側の作業員へ移管
    • [132]運行範囲は東京から九州までで一つの荷台を最大3社で運ぶ例がある
    • [133]各運送会社は基本的に日帰り運行が可能

戦略カテゴリーへの集中と生産機能の取り込み

畜産では、岩手県九戸郡洋野町の株式会社ニチレイフレッシュファームが肉用鶏の飼育・販売を担い[134]、同郡軽米町の株式会社フレッシュチキン軽米が加工を受け持つ[135]体制を国内に置いた。北米ではInnovAsian Cuisineの販売事業に加え、合弁会社から子会社化したNichirei Sacramento Foodsが米飯商品の生産機能を担い[136]、これが利益の伸長につながった[137]。ニチレイは米飯以外のカテゴリーでのOEM活用や生産機能の保有も引き続き検討し、北米のほか欧州や東南アジアもM&Aを含めたアライアンスの対象に見込んでいる[138]

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)【関係会社の状況】
    • [134]株式会社ニチレイフレッシュファーム(岩手県九戸郡洋野町)が肉用鶏の飼育・販売を担当
    • [135]株式会社フレッシュチキン軽米(岩手県九戸郡軽米町)が畜産品の加工を担当
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 期末決算説明会 主な質疑応答(2024年5月15日)
    • [136]北米はInnovAsian Cuisineの販売事業に加えNichirei Sacramento Foodsを合弁から子会社化し米飯商品の生産機能を取得、利益が伸長
    • [137]米飯商品の生産機能の保有が北米事業の利益伸長に寄与
    • [138]米飯以外のカテゴリーでのOEM活用や生産機能の保有を検討し北米・欧州・東南アジアをM&Aを含むアライアンスの対象とする方針

加工食品では米飯類とチキン加工品を戦略カテゴリーに掲げ、経営資源を集中させた[139]。生産ラインの増強は定期的に実施し、2023年8月時点ではキューレイ米飯工場以外での生産ラインの増強、効率化投資、環境対応投資に加え、海外での約30億円の投資を見込んだ[140]。低温物流事業では神戸六甲DCの新設に約50億円、イギリスやポーランドを中心とした海外の設備投資に60億円から70億円を計画した[141]。2025年5月に始めた中期経営計画では設備投資額を1,270億円と計画し[142]、両カテゴリーへの資源集中によって参入障壁を上げることを狙い[143]に挙げた。

  • 株式会社ニチレイ 2025年3月期 期末決算・中期経営計画説明会 主な質疑応答(2025年5月13日)
    • [139]加工食品は米飯類とチキン加工品を戦略カテゴリーとして掲げ資源を集中
    • [142]中期経営計画の設備投資額 1,270億円
    • [143]米飯類とチキン加工品への資源集中によって参入障壁を上げる狙い
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 第1四半期決算説明会 主な質疑応答(2023年8月1日)
    • [140]2023年8月時点でキューレイ米飯工場以外の生産ライン増強・効率化投資・環境対応投資と海外での約30億円の投資を計画
    • [141]低温物流は神戸六甲DC新設に約50億円、イギリス・ポーランド中心の海外設備投資に60〜70億円を計画
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)【関係会社の状況】
    • [134]株式会社ニチレイフレッシュファーム(岩手県九戸郡洋野町)が肉用鶏の飼育・販売を担当
    • [135]株式会社フレッシュチキン軽米(岩手県九戸郡軽米町)が畜産品の加工を担当
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 期末決算説明会 主な質疑応答(2024年5月15日)
    • [136]北米はInnovAsian Cuisineの販売事業に加えNichirei Sacramento Foodsを合弁から子会社化し米飯商品の生産機能を取得、利益が伸長
    • [137]米飯商品の生産機能の保有が北米事業の利益伸長に寄与
    • [138]米飯以外のカテゴリーでのOEM活用や生産機能の保有を検討し北米・欧州・東南アジアをM&Aを含むアライアンスの対象とする方針
  • 株式会社ニチレイ 2025年3月期 期末決算・中期経営計画説明会 主な質疑応答(2025年5月13日)
    • [139]加工食品は米飯類とチキン加工品を戦略カテゴリーとして掲げ資源を集中
    • [142]中期経営計画の設備投資額 1,270億円
    • [143]米飯類とチキン加工品への資源集中によって参入障壁を上げる狙い
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 第1四半期決算説明会 主な質疑応答(2023年8月1日)
    • [140]2023年8月時点でキューレイ米飯工場以外の生産ライン増強・効率化投資・環境対応投資と海外での約30億円の投資を計画
    • [141]低温物流は神戸六甲DC新設に約50億円、イギリス・ポーランド中心の海外設備投資に60〜70億円を計画

二本柱に絞り込んだ現在の収益構造と資本配分

2019年3月にはバイオサイエンス事業の研究開発・生産拠点としてグローバルイノベーションセンターを開設[144]した。2022年4月には東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場へ移った[145]。中期経営計画は2022年5月に『Compass Rose 2024』を掲げ[146]、2025年5月には『Compass×Growth 2027』を発表して、水産・畜産事業の構造改革の継続と、加工食品事業への一部事業移管、低収益商材の大幅な削減を打ち出した[147]。2025年4月1日付では1株を2株とする株式分割を実施した[148]

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [144]2019年3月 バイオサイエンス事業の研究開発・生産拠点としてグローバルイノベーションセンターを開設
    • [145]2022年4月 東京証券取引所の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
  • 株式会社ニチレイ 2022年3月期 中期経営計画「Compass Rose 2024」説明会 質疑応答(2022年5月10日)
    • [146]2022年5月 中期経営計画「Compass Rose 2024」
  • 株式会社ニチレイ 2025年3月期 期末決算・中期経営計画説明会 主な質疑応答(2025年5月13日)
    • [147]2025年5月 中期経営計画「Compass×Growth 2027」の発表と水産・畜産事業の構造改革継続・加工食品事業への一部事業移管・低収益商材の大幅削減
    • [148]2025年4月1日付 1株を2株とする株式分割の実施

連結売上高は2021年3月期の5,727億円から2025年3月期の7,020億円へ伸び[149]、営業利益は329億円から383億円、親会社株主に帰属する当期純利益は212億円から247億円[150]となった。2025年3月期の加工食品事業の売上高は3,115億円で、うち家庭用調理品が935億円、業務用調理品が1,100億円、海外が686億円を占めた[151]。低温物流事業は2,782億円[152]で、加工食品と並ぶもう一本の柱にあたる。構造改革を続ける水産事業は586億円、畜産事業は674億円、本体に残した不動産事業は51億円[153]であった。

  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [149]連結売上高 2021年3月期5,727億円→2025年3月期7,020億円
    • [150]営業利益329億円→383億円/親会社株主に帰属する当期純利益212億円→247億円
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)(連結セグメント情報)
    • [151]2025年3月期 加工食品事業 売上高3,115億円(家庭用調理品935億円・業務用調理品1,100億円・海外686億円)
    • [152]2025年3月期 低温物流事業 売上高2,782億円
    • [153]2025年3月期 水産事業586億円・畜産事業674億円・不動産事業51億円
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
    • [144]2019年3月 バイオサイエンス事業の研究開発・生産拠点としてグローバルイノベーションセンターを開設
    • [145]2022年4月 東京証券取引所の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
  • 株式会社ニチレイ 2022年3月期 中期経営計画「Compass Rose 2024」説明会 質疑応答(2022年5月10日)
    • [146]2022年5月 中期経営計画「Compass Rose 2024」
  • 株式会社ニチレイ 2025年3月期 期末決算・中期経営計画説明会 主な質疑応答(2025年5月13日)
    • [147]2025年5月 中期経営計画「Compass×Growth 2027」の発表と水産・畜産事業の構造改革継続・加工食品事業への一部事業移管・低収益商材の大幅削減
    • [148]2025年4月1日付 1株を2株とする株式分割の実施
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [149]連結売上高 2021年3月期5,727億円→2025年3月期7,020億円
    • [150]営業利益329億円→383億円/親会社株主に帰属する当期純利益212億円→247億円
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)(連結セグメント情報)
    • [151]2025年3月期 加工食品事業 売上高3,115億円(家庭用調理品935億円・業務用調理品1,100億円・海外686億円)
    • [152]2025年3月期 低温物流事業 売上高2,782億円
    • [153]2025年3月期 水産事業586億円・畜産事業674億円・不動産事業51億円

ニチレイの沿革1942〜2023年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
帝国水産統制を設立
日本冷蔵に商号変更
東京証券取引所に株式上場
冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換戦時統制から受け継いだ製氷・冷蔵の装置を、木村社長はどんな事業へ組み替えようとしたか 詳細を読む★★★
畜産事業に参入
設備投資を継続
水産部門で赤字転落★★
商号をニチレイに変更
医薬品事業・育種事業への新規参入
アセロラドリンクを発売
冷蔵倉庫の保管業からシステム物流・3PLへの業態転換荷を預かり寝かせる倉庫業を、なぜ情報と輸送を束ねる低温物流サービスへ定義し直したのか 詳細を読む★★★
サクサクコロッケを開発
品質保証体制を強化
浦野光人家庭用冷食「本格炒め炒飯」を発売
浦野光人家庭用冷食「特から」を発売
浦野光人純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編冷凍食品と冷蔵倉庫という異質な事業を一社で抱える構造を、なぜ分社で解いたのか 詳細を読む★★★
村井利彰養鶏場を直営
村井利彰Transports Godfroyを取得
大谷邦夫米食品会社を取得
大谷邦夫冷凍食品の強化
大櫛顕也中期経営計画(FY2022-24)を開始
大櫛顕也冷凍米飯工場を新設(福岡県)
出典・参考
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻2号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
  • 経済春秋社編『企業の歴史 : 明治百年』(1968年)
  • 証券アナリストジャーナル 1972年10巻4号(日本冷蔵社長 朝長嚴)
  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
  • 日経ビジネス 1997年1月20日号
  • ニチレイ75年史「システム物流」
  • 日経ビジネス 1996年1月1日・8日号
  • 週刊東洋経済 2001年7月21日号
  • ニチレイ「ニチレイグループ持株会社体制への移行について」(2004年11月30日)
  • ニチレイ75年史「持株会社体制への移行」
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2007年3月期)
  • 週刊東洋経済 2006年10月7日号
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)(連結セグメント情報)
  • 週刊東洋経済 2024年3月2日号
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)【関係会社の状況】
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 期末決算説明会 主な質疑応答(2024年5月15日)
  • 株式会社ニチレイ 2025年3月期 期末決算・中期経営計画説明会 主な質疑応答(2025年5月13日)
  • 株式会社ニチレイ 2024年3月期 第1四半期決算説明会 主な質疑応答(2023年8月1日)
  • 株式会社ニチレイ 2022年3月期 中期経営計画「Compass Rose 2024」説明会 質疑応答(2022年5月10日)
  • 株式会社ニチレイ 有価証券報告書(2025年3月期)

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