正田英三郎
日清製粉グループ本社・元取締役社長
社長就任 1945年
生年月日 —
学歴 東京商科大学
出自 —
社長就任までの出自
出自
1903年に群馬県で生まれ、1927年3月に東京商科大学を卒業し、1929年5月に日清製粉へ入社した。入社6年後の1935年12月に取締役、翌1936年12月に常務取締役、1940年12月に専務取締役へ進んだ。同じ役員欄に並ぶ生え抜きとは速度が違う。松本秀夫氏は1925年入社から取締役まで23年、石井良雄氏は1935年入社から26年、鈴木要七氏は1937年入社から25年かかっている。創業家の一員としての昇進だったとみられる。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1945年6月、専務取締役から取締役社長へ就任した。42歳で、取締役に就任してから10年、専務取締役からは4年半での登用である。終戦の2か月前にあたる。戦時下で社長を引き受け、そのまま戦後の再建期を担った。以後、1973年11月に取締役会長へ移るまで28年5か月にわたり社長を務めた。
在任中の主な施策
施策
在任は1945年6月から1973年11月までの28年に及ぶ。単体売上高は記録の残る1955年3月期の323億円から、退任年度にあたる1974年3月期の1346億円へ4.2倍になった。一方で当期純利益は1963年3月期の12億円から1974年3月期の18億円までしか増えていない。1973年11月に取締役会長へ退き、専務取締役だった石井良雄氏へ社長を渡した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1935〜1973年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-