M&A・業界再編

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事業モデル転換

競争戦略・投資

グローバル

再建・危機対応

資本市場・株主

ガバナンス・経営体制

海外企業を、買収するか176件

2026年 村田製作所 米Resonant社の買収によるXBAR技術の取得と、のれん438億円の全額減損 2026年 阪和興業 中期経営計画2028「Go Beyond」策定と海外M&A・電池材料への攻めの投資転換 2026年 NIPPON EXPRESSHD カナダ物流大手Metro Supply Chain Groupの買収と資産圧縮の同時進行 2025年 大和ハウス工業 住友電設のTOBによる完全子会社化と、データセンター建設の垂直統合 2025年 MIXI MIXIによる豪PointsBet買収と、海外ベッティング事業への本格参入 2025年 亀田製菓 TH FOODS の残り50%取得による完全子会社化 2025年 ZOZO 英LYSTの買収——技術ライセンスから海外EC・メディア領域への参入 2025年 住友ゴム工業 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアにおける四輪 DUNLOP 商標権の取得と、基幹ブランドの FALKEN からの入れ替え 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 米Sonocoの軟包装・熱成形容器事業を約1,800百万米ドルで取得し北米軟包装を面化 2025年 三菱商事 過去最大の総額1.2兆円で米シェールガス開発会社エーソンを買収 2025年 ミスミG本社 米Fictiv買収による北米オンライン加工事業の獲得とmeviyとの統合 2025年 ソフトバンクG 米半導体設計Ampere Computingの65億ドル買収 2024年 ロート製薬 シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサンの取得と、三井物産との共同出資 2024年 小野薬品工業 米Deciphera Pharmaceuticalsの約24億ドルでの買収と欧米販売網の取得 2024年 ルネサスエレクトロニクス 米アルティウム買収による設計ソフトウェアへの越境と「脱・伝統的半導体メーカー」 2024年 セイコーエプソン 初の大型買収——米Fiery社の子会社化とソフトウェアへの投資 2024年 浜松ホトニクス デンマークNKTフォトニクスの子会社化と、レーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2024年 東宝 アニメ制作会社サイエンスSARUの子会社化と、Toho InternationalによるGKIDSの取得 2023年 トリドールHD 英Fulham Shoreの子会社化による欧州レストラン事業の取得 2023年 みずほFG 米グリーンヒル買収——M&A助言機能の「内製化」 2023年 NIPPON EXPRESSHD オーストリアの物流企業cargo-partner社の買収による欧州・中東欧事業基盤の獲得 2023年 三菱倉庫 米英Cavalier Logisticsグループの買収と、自前拠点による海外展開からの転換 2023年 東京ガス 米国シェールガス開発・生産会社ロッククリフ・エナジーの全株式取得 2022年 飯田GHD ロシア極東の林業大手RFPグループ19社の買収と、侵攻直後の暗転 2022年 クボタ インド農機大手エスコーツへの最大約1,406億円の出資と子会社化 2022年 パナソニック ブルーヨンダー買収と持株会社への移行——「事業会社制」への組み替え 2021年 森永乳業 大貫体制での海外M&A集中と米国植物性食品への参入 2021年 日立製作所 米GlobalLogicの約1兆円買収 2021年 ルネサスエレクトロニクス 英Dialog Semiconductor買収による車載依存からの脱却と3度目の巨額M&A 2021年 いすゞ自動車 いすゞ自動車のボルボとの戦略的提携とUDトラックスの取得 2021年 三井住友FG ベトナム・FE CreditとVPBankへの出資——消費者金融49%取得から地場大手銀行15%出資へ 2020年 セブン&アイHD 米スピードウェイの210億ドル買収——日本小売業で過去最大級の海外M&A 2020年 日立製作所 ABB社パワーグリッド事業の買収とHitachi Energyの発足 2020年 ナカニシ 成長戦略の自力開発から海外M&Aへの転換と、米DCIインターナショナルなど海外企業の子会社化 2020年 みずほリース 丸紅との共同買収による米Aircastleの議決権25%取得 2019年 日清製粉G本社 豪州アライド・ピナクル買収と3年後の大型減損 2019年 アサヒGHD 豪カールトン&ユナイテッド(CUB)の約1兆2000億円取得 2019年 不二製油 世界3位の業務用チョコレート会社ブラマーの買収 2019年 リガクHD イスラエルのXwinSys Technology Development買収と、半導体量産ラインのX線計測への参入 2019年 武田薬品工業 自前創薬の限界を越えるための約6兆8000億円のシャイアー買収 2019年 住友ファーマ 英ロイバントとの戦略的提携によるスミトバント子会社化と、ロイバント株11%の取得 2019年 富士フイルム 米ゼロックス買収構想の破談と富士ゼロックスの完全子会社化 2019年 タダノ 米テレックスからのデマーグクレーン事業の取得と、ドイツ生産拠点の集約 2019年 三菱商事 中部電力と共同で蘭エネコを約5000億円で買収 2019年 三菱UFJFG インドネシア・バンクダナモンの段階取得と94%子会社化 2019年 リロG BGRS買収によるグローバルリロケーション参入と5年での撤退 2019年 大阪ガス シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得 2018年 ジェイエイシーリクルートメント アジア統括法人 JAC Recruitment Asia の全株式取得と、業務提携で結んでいた海外拠点の連結化 2018年 東レ 蘭テンカーテ・アドバンスト・コンポジットの買収による熱可塑性複合材料への参入 2018年 クラレ 米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化 2018年 日本酸素HD 独リンデ・プラクスエア統合が生んだ欧州産業ガス事業の巨額買収 2018年 ルネサスエレクトロニクス 米IDT買収による車載・データセンター向けアナログ半導体の増強 2017年 パーソルHD 豪Programmed Maintenance Servicesの全株式取得によるオセアニア人材サービスへの本格進出 2017年 アサヒGHD 旧SABMiller中東欧ビール事業の約8,883億円買収と欧州の柱化 2017年 レゾナックHD SGLの黒鉛電極事業買収による世界トップ化「逆張り買収」の断行 2017年 関西ペイント Kansai Helios Group買収による欧州本格参入 2017年 パーク24 豪SECURE PARKING 5カ国事業と英NCPの連続取得による海外駐車場事業の確立 2017年 コニカミノルタ 米アンブリー・ジェネティクスの巨額買収によるがん遺伝子診断への本格進出 2017年 日本電気硝子 米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得 2017年 東海カーボン 米SGL GE社の取得によるアジア・北米・欧州の黒鉛電極3極体制の構築 2017年 コマツ 米ジョイ・グローバル買収による鉱山機械のフルライン化 2017年 日立建機 鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツ・豪ブラッドケンの取得による消耗部品事業の獲得 2016年 アサヒGHD 欧州プレミアムビール4社の取得(Peroni・Grolsch) 2016年 トレンドマイクロ 米HPからのTippingPoint事業取得によるネットワークセキュリティ参入 2016年 NISSHA メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト 2016年 サンゲツ 米壁装材大手Korosealの買収による海外進出と専業卸からの脱却 2016年 SOMPOHD 米エンデュランス・スペシャルティを約6,300億円で買収し、最大の米国市場に橋頭堡を築く 2016年 ソフトバンクG 英ARM買収——IoT・AI時代を見据えた過去最大3.3兆円のM&A 2015年 S Foods AURORA PACKING COMPANY買収による米国食肉処理の2拠点化 2015年 不二製油 純粋持株会社「不二製油グループ本社」への移行 2015年 JT 米「ナチュラル・アメリカン・スピリット」米国外事業の約6000億円買収 2015年 デンカ 三井物産との共同出資によるDuPontのクロロプレンゴム事業の譲受と、米国DPEの設立 2015年 太平洋セメント 米国西海岸でのオログランデ工場・レディング工場の取得と、生コン・骨材までの買い足し 2015年 日本郵政 豪トール買収による国際物流への進出と巨額減損 2015年 栗田工業 独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大 2015年 THK THKによるTRW Automotiveの欧米L&S事業の譲受 2015年 日立製作所 伊フィンメカニカの鉄道2社(アンサルドSTS・アンサルドブレダ)買収による欧州大陸進出 2015年 FPG アイルランドAMENTUM CAPITALへの25%出資と子会社化、航空機投資管理サービス事業への進出 2015年 MS&ADインシュアランスGHD 英アムリン買収によるロイズ市場への本格参入 2015年 第一ライフG 上場で得た資本力で、米プロテクティブ生命を完全子会社化する 2015年 東京海上HD 連続する海外M&Aと「海外で稼ぐ」グローバル損保への転換 2014年 東レ 米ゾルテックの買収による産業用炭素繊維への参入 2014年 住友ベークライト Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築 2014年 参天製薬 米メルクの眼科用医薬品事業の譲受と、抗リウマチ薬事業の承継 2014年 コーセーHD 米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入 2014年 豊田合成 独メテオール社の資産譲受によるシーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外 2014年 サントリーHD 1兆6500億円で「30年分の時間」を買う 2013年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント ソフトバンクとの共同出資によるフィンランドSupercell買収と1年後の売却 2013年 LIXIL 米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収 2013年 伊藤忠商事 米ドール(Dole)の加工食品事業とアジア青果事業の買収 2013年 丸紅 米穀物大手ガビロンの買収と、穀物事業のヴィテラ売却 2013年 東京エレクトロン 東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合(2013年合意・2015年破談) 2013年 三菱UFJFG タイ・アユタヤ銀行(クルンシィ)のTOB買収——アジア商業銀行基盤の獲得 2013年 三井住友FG インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年 2013年 オリックス 蘭ロベコの2400億円買収による資産運用への本格進出 2013年 ソフトバンクG 米スプリント買収による北米携帯市場への進出 2012年 旭化成 米ZOLL Medical Corporationの22.1億ドルでの買収とクリティカルケア事業への参入 2012年 電通G 英イージス・グループの約4,000億円買収——日本の広告会社で過去最大の海外M&A 2012年 ポーラ・オルビスHD 豪ジュリークの買収による初の本格海外M&A 2012年 リクルートHD リクルートによる米Indeedの買収 2012年 ダイキン 米Goodman買収による北米住宅用空調への本格参入 2012年 豊田通商 仏CFAO買収によるアフリカ流通網の獲得 2012年 セブン銀行 米国ATM運営会社FCTIの買収による初の海外進出 2012年 三菱HCキャピタル Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化 2012年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 米スプリント買収とイー・アクセスの取り込み——「世界作戦」の展開 2012年 ミスミG本社 米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 2011年 エムスリー 英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める 2011年 キリンHD ブラジル2位スキンカリオールの買収と、南米ビール市場への進出 2011年 日清紡HD 欧州ブレーキ摩擦材大手TMD Frictionの全株式取得 2011年 武田薬品工業 ナイコメッドの約1.1兆円買収による欧州・新興国販売網の一括取得 2011年 住友金属鉱山 チリ・シエラゴルダ銅鉱山の権益取得と、二度の減損を経た全持分の譲渡 2011年 アドバンテスト Verigy買収によるSoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立 2010年 DeNA 米ngmoco社の買収と、世界ソーシャルゲームプラットフォームの構築 2010年 アステラス製薬 米OSIファーマシューティカルズへの同意なき買収(敵対的TOB) 2010年 資生堂 米ベアエッセンシャルの買収と初の大型クロスボーダーM&A 2010年 ヒロセ電機 29年続いた韓国合弁ヒロセコリアの段階的な買い増しと完全子会社化 2010年 カナデビア 欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更 2009年 住友ファーマ 米セプラコールの約26億ドルでの買収による米国販売網の獲得 2009年 久光製薬 米ノーベン・ファーマシューティカルズの株式公開買付けによる完全子会社化 2009年 ジェイテクト 2期連続赤字下で決めた米ティムケンのニードル軸受事業の取得 2009年 キヤノン 「自前主義」を返上した初の大型買収——蘭オセの連結子会社化 2009年 スクウェア・エニックスHD 英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却 2008年 キリンHD 豪州乳業首位・2位を相次ぎ買収し、乳製品市場を制した巨額M&A 2008年 三菱レイヨン 英ルーサイト・インターナショナルの買収とMMA世界首位への浮上 2008年 武田薬品工業 北米処方薬事業の本格化——TAP合弁の解消とミレニアム買収 2008年 塩野義製薬 米サイエル・ファーマをTOBで完全子会社化し、初の本格的な米国販売基盤を築く 2008年 第一三共 インド・ランバクシーの買収と「複眼経営」への移行 2008年 住友重機械工業 独デマーグを皮切りとする欧州機械メーカー5社の連続取得 2008年 TDK 独EPCOSの買収による受動部品・センサー領域への事業補完 2008年 三菱UFJFG リーマン危機下のモルガン・スタンレーへの90億ドル出資 2008年 野村HD リーマン・ブラザーズのアジア太平洋・欧州中東部門の承継によるグローバル投資銀行への転身 2007年 JT 英ギャラハーを約2兆2,500億円で買収し欧州とロシアの柱を得る 2007年 エーザイ 米バイオ医薬MGIファーマの約39億ドル買収によるがん領域の強化 2007年 ダイフク 技術提携先であった米ジャービス・ビー・ウェブ社の買収と空港システム事業への参入 2007年 ファーストリテイリング 米高級百貨店バーニーズ・ニューヨーク買収の提示と断念 2006年 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入 2006年 住友電工 独ワイヤーハーネスメーカーの買収と住友電装の完全子会社化 2006年 三井海洋開発 借りていた係留技術を買う——米SOFEC社の全株式取得 2006年 ホシザキ 米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得 2006年 東芝 米ウェスチングハウスを約54億ドルで買収し、世界一の原子力事業を築く 2006年 三菱重工業 ウェスチングハウス買収入札での敗退と、仏アレバとの中型炉共同開発合弁の設立 2005年 NTTデータG 自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略 2003年 三和HD 北米オーバーヘッドドアと欧州ノボフェルムの買収による日米欧三極体制の確立 2001年 ニッスイ 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買った前例なき北米進出 2001年 クラレ 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 2001年 古河電工 米ルーセントの光ファイバ・ケーブル部門の買収と、世界シェア2位の取得 2000年 豊田自動織機 スウェーデンBTインダストリーズの買収による産業車両の世界首位 2000年 京セラ 米クアルコムの携帯電話端末事業の承継と、6期連続赤字 1999年 JT RJRナビスコの米国外たばこ事業を77億9,000万ドルで買収 1997年 参天製薬 フィンランドの眼科薬メーカー、スターの買収による欧州拠点の確保 1991年 三菱化学 光磁気ディスク量産設備の新設と米バーベイタムの買収 1991年 セブンイレブン・ジャパン ライセンス元である米サウスランド社の買収と、イトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け 1990年 三菱レイヨン 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1990年 レナウン 英国アクアスキュータム社の取得と、国内ライセンス権を欠いたままの買収 1990年 アマノ 米パイオニア エクリプスとシンシナティ タイムの連続買収による北米基盤の確立 1990年 日本精工 英国最大の軸受メーカーUPIの全株式取得と、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1990年 富士通 英ICL買収による欧州・北米・日本の3極メインフレーム体制 1990年 パナソニック 米MCAの7800億円買収と、5年での売却 1990年 アンリツ 米Wiltron買収による計測器グローバル化への社運を賭けた一手 1990年 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収——日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1990年 三菱地所 米ロックフェラーグループへの資本参加と、5年後のロックフェラーセンター投資事業からの撤退 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門の取得、日米欧3極生産体制の構築 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1989年 ソニー CBSレコードとコロンビア映画の連続買収──ハードとソフトの垂直統合 1988年 ロート製薬 米メンソレータム社の買収——借りていたブランドを源流ごと所有する 1988年 ブリヂストン 米ファイアストンの買収と世界一への跳躍 1987年 日東電工 高分子分離膜への参入と、米ハイドロノーティクスの買収 1986年 関西ペイント インドKansai Nerolac子会社化と新興国軸への転換 1986年 DIC 米サン・ケミカル社グラフィックアーツ部門の取得と、印刷インキ世界首位への到達 1986年 コニカ 米ロイヤル・ビジネス・マシン社の完全子会社化と、北米事務機販売網の自前化 1985年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社保有株の買い取りと、欧州3社・米国ダンロップのタイヤ事業の取得 1983年 神戸製鋼所 米ミドレックス社の買収と、天然ガス直接還元製鉄技術の取得 1980年 村田製作所 カナダの多国籍企業エリー社(ETP)買収による海外拠点の一挙獲得 1977年 日本ガイシ ベルギーの碍子メーカーの買収と欧州生産拠点NGKボドゥールの設立 1976年 信越化学工業 シンテックの完全子会社化と、テキサス立地を軸にした塩ビ垂直統合 1976年 三洋電機 米ウォーイック社の買収とサンヨー・マニュファクチャリングによる北米現地生産

外資の傘下に、入るか33件

2026年 リガクHD 米Onto Innovationとの資本業務提携と、カーライル系ファンド保有株27%の同社への譲渡 2025年 セブン&アイHD セブン&アイとアリマンタシォン・クシュタールの経営統合(2025年破談) 2025年 テクノプロHD ブラックストーンによる完全子会社化と東証プライム市場の上場廃止 2024年 常磐興産 米フォートレス系Ontario合同会社によるTOBの受け入れと、東証スタンダード市場からの上場廃止 2023年 そごう そごう・西武を米フォートレスへ売却——コンビニ集中のための百貨店切り離し 2021年 リガクHD カーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置 2021年 日本ペイント ウットラムへの1.3兆円第三者割当増資とアジア合弁の完全子会社化 2020年 昭和飛行機工業 三井E&Sホールディングス保有株のベインキャピタルへの売却と、公開買付けを経た上場廃止 2018年 キオクシアHD 東芝メモリの分社とベインキャピタル連合による取得、そしてキオクシアの誕生 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立製作所からの分離とKKRによる非公開化、会社分割での成膜事業の承継 2016年 シャープ シャープ再建をめぐる産業革新機構の提案と鴻海による買収(2016年・官民ファンド案は破談) 2015年 ユキグニファクトリー ベインキャピタルによる株式公開買付けへの賛同と、東証二部からの上場廃止 2014年 すかいらーくHD ベインキャピタル傘下での経営再建と八年ぶりの東証再上場 2010年 レナウン 中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り 2009年 MonotaRO 自己株式取得と公開買付による親会社の交代——住友商事から米Graingerへ 2003年 あおぞら銀行 ソフトバンク保有株の売却による米サーベラスの筆頭株主化と、普通銀行への転換・再上場 2002年 中外製薬 スイス・ロシュとの資本業務提携と経営権の過半譲渡 2001年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 英ボーダフォンによる日本テレコムの子会社化 ── 固定通信と携帯J-フォンの外資支配 2000年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足と、エクソンモービル国内体制への編入 2000年 赤井電機 香港資本の傘下入りによる延命と、独立電機メーカーとしての終焉 2000年 三菱自動車 ダイムラークライスラーとの資本提携 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン 1999年 SUBARU 米GMから20%の出資を受け入れ、主体性を保ったままグループ入りする資本提携 1998年 スカパーJSAT パーフェクTVとJスカイBの合併によるスカイパーフェクTV発足 1996年 マツダ フォードによる出資引き上げとマツダ経営権の掌握 1989年 山水電気 山水電気の英ポリーペックへの株式51%譲渡 1985年 ミネベアミツミ 三協精機への敵対的買収の試みと、買われる側に回ったコングロマリット戦略 1979年 マツダ 東洋工業の住友銀行主導によるフォード資本提携と再建 1971年 日本マクドナルド 折半出資による日本マクドナルドの設立と銀座1号店の開業 1971年 いすゞ自動車 いすゞ自動車のGMとの全面提携と株式34.2%の受け入れ 1970年 三菱自動車 三菱自動車工業の設立とクライスラーとの資本提携 1952年 日本軽金属HD カナダのアルミニウム・リミテッドとの資本および技術の援助契約の締結と、同社による増資新株の引き受け 1927年 日本ビクター 米ビクターの日本法人としての創業と四度に及ぶ資本の変遷

相手と、経営統合するか216件

2026年 日本精工 NTNとの共同持株会社設立による経営統合 2026年 NTN 日本精工との経営統合と共同持株会社の設立 2026年 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合と持株会社ARCHIONへの移行・上場廃止 2026年 ヤマダHD エディオンとの経営統合による家電量販首位連合 2025年 ツルハHD ツルハホールディングスとウエルシアホールディングスの経営統合(2025年・イオン主導) 2025年 ツルハHD ウエルシア統合とイオンによる子会社化 2025年 MS&ADインシュアランスGHD 三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保の合併発表とMS&AD損保2社統合(2025年) 2024年 ウエルシアHD ツルハホールディングスとの経営統合と、同社傘下入りに伴う上場廃止 2024年 電通総研 電通本体のシンクタンク「電通総研」を譲り受け、コンサル子会社2社と統合して商号を変える 2023年 キオクシアHD ウエスタンデジタルとの経営統合交渉と、その破談 2023年 日本毛織 アンビックとフジコーの不織布事業を経営統合し「エフアンドエイノンウーブンズ」を発足 2023年 レゾナックHD 昭和電工と昭和電工マテリアルズの統合・レゾナック発足(2023年成立) 2023年 LINEヤフー Zホールディングス・ヤフー・LINEのグループ再編とLINEヤフー発足(2023年成立) 2022年 NTTデータG NTT Ltd.との海外事業統合による規模の倍増と、有利子負債1.7兆円の引き受け 2021年 オープンアップG 夢真ホールディングスを株式だけで吸収合併し、2年後に両社の名を社名から外す 2021年 マツキヨココカラ&カンパニー ココカラファインを株式交換で統合し、売上1兆円・3,000店舗をめざす 2021年 アイシン アイシン精機とアイシン・エィ・ダブリュの経営統合と社名「アイシン」への一本化 2020年 日立化成 昭和電工による9,640億円のTOBでの完全子会社化と東証1部上場廃止 2019年 日本触媒 三洋化成工業との経営統合発表と破談 2019年 LINEヤフー ヤフーのZホールディングス改称とLINEとの経営統合 2019年 出光興産 出光興産と昭和シェル石油の経営統合(2019年成立) 2019年 スギHD スギホールディングスとココカラファインの経営統合協議(2019年破談) 2018年 コムシスHD NDS・SYSKEN・北陸電話工事の3社を株式交換で同時に完全子会社化 2018年 りそなHD 関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約 2017年 三菱ケミカルG 三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの統合・三菱ケミカル発足(2017年成立) 2017年 出光興産 昭和シェル合併に反対する創業家へ対抗した3割の公募増資 2017年 ENEOS HD 東燃ゼネラル石油との統合とJXTGホールディングス発足 2017年 日本郵船 日本郵船・商船三井・川崎汽船によるコンテナ船事業統合とONE発足(2017年成立) 2017年 商船三井 コンテナ船事業の邦船3社への統合とオーシャンネットワークエクスプレスの設立 2017年 川崎汽船 コンテナ船事業のONEへの切り出しと、50年続けた自社運航の終了 2017年 U-NEXT HOLDINGS U-NEXTがUSENを吸収合併し持株会社体制へ移行した経営統合 2016年 ミネベアミツミ ミツミ電機との対等統合による総合電子部品メーカーへの転換 2016年 めぶきFG 常陽銀行との株式交換による経営統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更 2016年 ダイハツ工業 トヨタ自動車との株式交換による完全子会社化と上場廃止 2016年 ファミリーマート ユニーグループ・ホールディングスの吸収合併と、サークルK・サンクスのファミリーマートへのブランド統一 2016年 三菱HCキャピタル 日立キャピタルとの資本業務提携 2015年 ソシオネクスト 富士通セミコンダクターとパナソニックのSoC事業の会社分割による統合とソシオネクストの発足 2015年 オンキヨー 投資ファンドを交えた当初スキームの組み替えと、パイオニアのホームAV事業の全株取得 2014年 マクニカHD 富士エレクトロニクスとの共同株式移転による経営統合 2014年 KADOKAWA ドワンゴとの共同株式移転による経営統合と持株会社KADOKAWA・DWANGOの設立 2013年 安藤・間 安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足 2013年 飯田GHD パワービルダー6社の共同株式移転による経営統合と飯田グループホールディングス設立 2013年 川崎重工業 川崎重工と三井造船の経営統合と白紙撤回(2013年破談) 2013年 三菱ロジスネクスト 三菱重工業のフォークリフト事業の吸収分割による承継と、同社の連結子会社化 2013年 東京エレクトロン 東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合(2013年合意・2015年破談) 2013年 みずほFG One MIZUHO——みずほ銀行とみずほコーポレート銀行の合併と2行分立の解消 2012年 ヒューリック 旧富士銀系の上場不動産会社・昭栄の吸収合併 2012年 日本製鉄 新日本製鐵と住友金属工業の経営統合(2012年成立・新日鉄住金の誕生) 2012年 三菱重工業 日立との火力発電システム事業の統合と三菱日立パワーシステムズの設立 2012年 日本取引所G 東京証券取引所グループと大阪証券取引所の経営統合による日本取引所グループの発足 2011年 トヨタ自動車 系列生産子会社3社の統合とトヨタ自動車東日本の新設 2011年 三井住友トラストG 中央三井トラスト・グループと住友信託銀行グループの経営統合、三井住友トラスト・ホールディングスの発足 2011年 サンウェルズ 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2011年 SCSK 株式会社CSKとの合併と、SCSKへの商号変更 2010年 システナ カテナの吸収合併と「株式会社システナ」への商号変更 2010年 キリンHD キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合(2010年破談) 2010年 NEC 半導体子会社NECエレクトロニクスのルネサステクノロジとの統合 2010年 ルネサスエレクトロニクス NECエレクトロニクスとルネサステクノロジの経営統合(2010年成立) 2010年 あおぞら銀行 新生銀行とあおぞら銀行の合併構想と破談(2010年) 2010年 NSユナイテッド海運 郵船系の新和海運と新日鉄系の日鉄海運が合併しNSユナイテッド海運が発足 2009年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティとの経営統合と雪印メグミルクの発足 2009年 コーエーテクモHD 光栄とテクモの経営統合 ── スクウェア・エニックスの買収提案の拒否と対等統合 2009年 ファミリーマート エーエム・ピーエム・ジャパンの買収と、am/pm店舗のファミリーマートブランドへの一本化 2009年 東京センチュリー リーマン破綻の2週間後に決めた東京リースとの合併 2009年 SOMPOHD 損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合とNKSJホールディングス設立 2009年 MS&ADインシュアランスGHD 三井住友海上・あいおい・ニッセイ同和の3社統合とMS&ADインシュアランスグループの結成 2008年 パーソルHD ピープルスタッフとの経営統合による共同持株会社テンプホールディングスの設立 2008年 明治HD 明治製菓と明治乳業の経営統合、持株会社・明治ホールディングスの設立 2008年 三越伊勢丹HD 伊勢丹と三越の経営統合・三越伊勢丹ホールディングス発足(2008年成立) 2008年 ウエルシアHD ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転によるグローウェルホールディングスの設立と東証二部上場 2008年 TIS インテックホールディングスとの共同株式移転によるITホールディングス設立 2008年 協和キリン キリンHDの傘下入りとキリンファーマ統合による医薬品事業への集約 2008年 三菱樹脂 三菱化学グループ3社との合併と、三菱化学の機能材料事業の承継 2008年 ENEOS HD 新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合とJXホールディングス設立 2008年 JVCケンウッド 日本ビクターとケンウッドの株式移転による対等統合とJVCケンウッド発足 2007年 Umios マルハグループ本社とニチロの経営統合、マルハニチロホールディングスの発足 2007年 J.フロント リテイリング 大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合と共同持株会社J.フロント リテイリングの設立 2007年 日本ビクター 松下からの離脱とケンウッドとの経営統合による会社の終焉 2007年 HOYA ペンタックス買収と事業ポートフォリオの入れ替え 2007年 ペンタックス HOYAとの合併撤回と社長解職、TOBの受諾 2007年 ふくおかFG 福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転による持株会社の設立と、親和銀行の完全子会社化 2007年 三菱HCキャピタル UFJセントラルリースとの合併と三菱UFJリースの発足 2007年 日本取引所G ジャスダック証券取引所の公開買付けによる子会社化と新興市場の統合 2007年 スカパーJSAT 株式移転による衛星会社JSATとの経営統合と宇宙通信の子会社化 2006年 INPEX 国際石油開発と帝国石油の経営統合、共同持ち株会社の設立 2006年 DCMHD カーマ・ダイキ・ホーマック3社の共同株式移転によるDCM Japanホールディングスの設立 2006年 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併によるジェイテクトの発足 2006年 豊田通商 経営再建中のトーメンとの統合——資本提携から吸収合併への総合商社化 2006年 そごう 株式上場の断念と評価額2000億円でのセブン&アイ傘下入り 2006年 阪急阪神HD 阪神電気鉄道へのTOBと株式交換による完全子会社化、阪急阪神ホールディングスへの商号変更 2005年 セブン&アイHD 3社共同株式移転によるセブン&アイ・ホールディングスの設立と親子上場の解消 2005年 三菱ケミカルG 三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立) 2005年 アステラス製薬 山之内製薬と藤沢薬品工業の合併によるアステラス製薬の誕生(2005年成立) 2005年 住友ファーマ 住友製薬との合併による大日本住友製薬の発足と、住友化学グループ入り 2005年 第一三共 三共と第一製薬の経営統合と第一三共の誕生(2005年成立) 2005年 新日本石油 帝国石油と国際石油開発の経営統合案への反対と、帝石株の買い増しによる20%超の取得 2005年 バンダイナムコHD バンダイとナムコの経営統合、バンダイナムコHD発足 2005年 三菱UFJFG 三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合(2005年成立・MUFG発足) 2005年 東京センチュリー 自動車リース子会社をNTTとの50対50合弁へ組み替えた対等合併 2005年 SCSK 住商エレクトロニクスとの合併と、住友商事グループIT事業の一本化 2004年 S Foods 株式交換によるムラチクの完全子会社化と吸収合併 2004年 セガサミーHD サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 2004年 GSユアサ 日本電池とユアサ コーポレーションの株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職による減産 2004年 ユニー サークルケイ・ジャパンとサンクスの統合によるサークルKサンクスの発足 2004年 三井住友トラストG 住友信託銀行とUFJの信託事業統合(2004年破談) 2004年 オリックス 近鉄バファローズとの球団統合とプロ野球再編 2004年 T&DHD 太陽生命・大同生命・T&Dフィナンシャル生命の経営統合とT&Dホールディングス発足(2004年成立) 2004年 近鉄GHD 近鉄バファローズの消滅、オリックス合併という「名誉ある撤退」 2003年 コムシスHD 日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の株式移転によるコムシスホールディングス設立 2003年 博報堂DYHD 博報堂・大広・読売広告社の三社経営統合と共同持株会社 博報堂DYホールディングスの設立 2003年 双日 ニチメンと日商岩井の株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2003年 三井化学 三井化学と住友化学の経営統合(2003年破談) 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの株式交換による経営統合と、持株会社コニカミノルタホールディングスの設立 2003年 そごう 旧敵・西武百貨店との経営統合——「西武化」再建とミレニアムリテイリング傘下入り 2003年 スクウェア・エニックスHD 映画『ファイナルファンタジー』の失敗が導いたエニックスとスクウェアの合併 2002年 ABCマート 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 2002年 エディオン デオデオとエイデンの株式移転による持株会社エディオンの設立と三市場一部への上場 2002年 SUMCO 住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立 2002年 ジャパンエナジー 日鉱金属との共同持株会社・新日鉱ホールディングスの設立と上場廃止 2002年 JFEHD 川崎製鉄とNKK(日本鋼管)の経営統合とJFEホールディングス発足(2002年成立) 2002年 カナデビア 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 2002年 りそなHD 大和銀行とあさひ銀行の経営統合とりそなホールディングスの誕生(2002年成立) 2002年 損害保険ジャパン 安田火災・日産火災・大成火災の三社合併による損害保険ジャパンの発足 2002年 東京海上HD 東京海上火災と日動火災の経営統合とミレアホールディングス設立(2002年成立・国内初の上場保険持株会社) 2002年 日本航空 日本航空と日本エアシステムの経営統合(2002年成立) 2001年 三菱化学 合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合 2001年 田辺製薬 大正製薬との共同持株会社設立の合意と、二か月半での白紙撤回 2001年 LIXIL トステムとINAXの経営統合と純粋持株会社INAXトステム・ホールディングスの設立 2001年 三井住友FG さくら銀行と住友銀行の合併・三井住友銀行の発足(2001年成立) 2001年 日本興亜損害保険 三社統合構想の破談と、日本火災海上保険・興亜火災海上保険2社での合併 2001年 ニッセイ同和損害保険 同和火災海上保険によるニッセイ損害保険の吸収合併と、ニッセイ同和損害保険への商号変更 2001年 あいおい損害保険 千代田火災海上保険との合併とあいおい損害保険の発足、住友海上・日動火災との三社連合案の不採用 2000年 ヒューリック フォワードビルディング合併と、旧富士銀系不動産の受け皿への転回 2000年 日本ゼオン 塩化ビニル事業の新第一塩ビへの移管と、水島工場での生産打ち切りによる祖業からの撤退 2000年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足と、エクソンモービル国内体制への編入 2000年 メディパルHD 三星堂・クラヤ薬品・東京医薬品の三社合併と本店の東京移転 2000年 そごう 破綻処理から再建の設計図へ——興銀が招いた和田繁明氏と「西武・そごう合併」構想 2000年 りそなHD あさひ銀行・東海銀行・三和銀行の3行統合構想とあさひの離脱(2000年破談) 2000年 みずほFG 第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の経営統合とみずほ誕生(2000年成立) 2000年 KDDI DDI・KDD・IDOの三社合併——長距離・国際・携帯を1社に束ねたKDDIの発足 1999年 ENEOS HD 日本石油と三菱石油の合併「日石三菱」(1999年成立) 1999年 商船三井 ナビックスラインとの対等合併と「商船三井」への商号変更 1998年 太平洋セメント 秩父小野田と日本セメントの合併による太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の統合 1998年 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスとの合併による液晶製造装置への参入と芝浦メカトロニクスへの社名変更 1998年 スカパーJSAT パーフェクTVとJスカイBの合併によるスカイパーフェクTV発足 1998年 KDD 日本高速通信(テレウェイ)の吸収合併と、商号のKDD株式会社への変更 1997年 バンダイナムコHD セガとの合併電撃発表と4カ月での破談 1996年 王子HD 本州製紙との合併と、47年ぶりの「王子製紙」への社名復帰 1996年 三菱UFJFG 三菱銀行と東京銀行の合併・東京三菱銀行の発足(1996年成立) 1994年 三菱ケミカルG 三菱化成と三菱油化の合併・三菱化学の発足(1994年成立) 1992年 ジャパンエナジー 共同石油の合併と、石油精製・販売の一社化 1992年 東海カーボン 同年創業の東洋カーボンとの合併と、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1990年 さくら銀行 太陽神戸銀行との対等合併と、さくら銀行への商号変更 1988年 野村総合研究所 旧野村総合研究所と野村コンピュータシステムの合併による現野村総合研究所の発足 1988年 BIPROGY バロース株式会社の吸収合併と日本ユニシスへの商号変更 1988年 吉野家HD ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場 1987年 スターツコーポレーション 千曲不動産からスターツへの商号変更と、千曲建設等の吸収合併 1986年 住友銀行 平和相互銀行の吸収合併と首都圏店舗網の取得 1982年 トヨタ自動車 トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売の合併(1982年成立) 1980年 ライオン ライオン歯磨とライオン油脂の対等合併によるライオン株式会社発足 1977年 アシックス オニツカ・ジィティオ・ジェレンク3社合併によるアシックス発足 1977年 伊藤忠商事 安宅産業の救済合併と「39年の恩」 1976年 大同特殊鋼 日本特殊鋼・特殊製鋼との3社合併と大同特殊鋼への商号変更 1975年 TIS 東洋コンピュータサービス合併による受託計算主軸への転換 1974年 日立建機 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖・土浦一貫生産への集約 1973年 三菱鉱業セメント 三菱セメント・豊国セメントとの3社合併と、三菱鉱業セメントへの商号変更 1972年 汽車製造 7年間の累積粉飾の発覚と川崎重工業への救済合併 1971年 三菱瓦斯化学 三菱江戸川化学と日本瓦斯化学工業の合併による三菱瓦斯化学の発足 1971年 東京製鐵 全株式を取得していた大丸製鋼の吸収合併と九州工場の開設 1971年 ユニー 西川屋チエンとほていやの合併によるユニーの発足 1971年 第一勧業銀行 第一銀行と日本勧業銀行の合併による第一勧業銀行の成立(1971年) 1970年 日本製鉄 八幡製鐵と富士製鐵の合併・新日本製鐵の誕生(1970年成立) 1970年 神戸製鋼所 灘浜での自社高炉の建設、尼崎製鉄の吸収合併、加古川製鉄所の新設 1970年 日本紙パルプ商事 中井と富士洋紙店の対等合併と、日本紙パルプ商事への商号変更 1970年 イオン 5社の対等合併によるジャスコ発足と「連邦経営」の設計 1969年 ユニチカ ニチボーと日本レイヨンの対等合併によるユニチカ発足 1969年 住友重機械工業 造船大手・浦賀重工業の吸収合併と重工業メーカーへの転換 1969年 川崎重工業 陸海空にわたる総合重工業をめざした川崎3社の合併 1968年 王子HD 旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換 1968年 日商岩井 日商と岩井産業の合併による日商岩井の発足 1967年 三井E&S 藤永田造船所の吸収合併と合併比率5対4での株式交換 1967年 兼松 兼松・江商合併と「兼松江商」の発足 1966年 東洋紡 呉羽紡績の吸収合併とナイロン事業への進出 1966年 日産自動車 日産自動車とプリンス自動車工業の合併(1966年成立) 1965年 アイシン 愛知工業と新川工業の合併によるアイシン精機の発足 1964年 三菱重工業 財閥解体で分割された三社の再合併と三菱重工業の発足 1964年 日本郵船 日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船ほか海運6グループへの集約(1964年成立) 1964年 商船三井 海運集約政策のもとでの三井船舶との対等合併と大阪商船三井船舶の発足 1964年 飯野海運 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 1962年 NSユナイテッド海運 日鐵汽船が東邦海運と合併し新和海運へ改称 1961年 ツガミ 三井へ手放した初代の後身・東洋精機を吸収合併し、茨城工場として取り込む 1960年 IHI 播磨造船所との合併による石川島播磨重工業の発足 1959年 ニチアス 祖岳製作所を合併し竹鼻工場(現羽島工場)を岐阜の生産拠点として受け入れ 1958年 日本発條 大同発条の合併と日発販売の分離独立によるばね国内首位の地盤固め 1955年 住友ベークライト 日本ベークライトと住友化工材工業の合併、住友化学傘下での住友ベークライト発足 1954年 ニチメン 繊維商社・丸永の吸収合併と、資本金4億3000万円への増強 1953年 住友金属工業 小倉製鋼の合併による銑鋼一貫体制の確立 1953年 三菱地所 財閥解体による丸ノ内3分割と、3年後の陽和不動産・開東不動産の吸収合併 1952年 DIC 米ライヒホールド・ケミカルズとの合弁による日本ライヒホールド化学工業の設立と、合成樹脂への参入 1951年 久光製薬 久光兄弟合名・三養基製薬・田代鉱機工業の三社合併による株式会社化 1945年 TOYOTIRE 東洋ゴム化工と平野護謨製造所の合併による東洋ゴム工業の発足 1945年 ふくおかFG 一県一行主義による県内4行の新立合併と福岡銀行の設立 1945年 大阪ガス 神戸・京都など14ガス会社の合併吸収と近畿2府4県一元供給への移行 1944年 関電工 電気工事業整備要綱による7社統合と、関東配電の資本参加による関東電気工事の設立 1944年 クラフティア 電気工事業整備要綱に基づく九州19社の三次統合と九州電気工事の設立 1943年 日本冶金工業 大江山ニッケル工業の合併によるニッケル原料の上流統合 1943年 千葉銀行 千葉合同・小見川農商・第九十八の3行合併と千葉銀行の設立 1943年 東宝 東京宝塚劇場と東宝映画の合併、製作・配給・興行・演劇の一貫経営体制の確立 1942年 東急 戦時交通統合による「大東急」の形成と戦後の解体 1941年 雪印乳業 酪連と森永・明治・極東の道内乳業を束ねた「北海道興農公社」の設立 1941年 ダイワボウHD 紡績ブロック結成案に応じ4社合併で大和紡績を設立 1940年 明治乳業 極東煉乳から明治乳業への商号変更と、明治製菓の乳製品部門の経営受任・全面譲受 1935年 大日本印刷 日清印刷との対等合併と「大日本印刷」の誕生 1933年 三機工業 日本鋼材の経営権掌握と三建工業の合併 1920年 レンゴー 聯合紙器の設立による法人化と同業統合 ── 原紙から製品までの垂直統合 1915年 第一製薬 匿名組合アーセミン商会の創立とサルバルサンの国産化、第一製薬株式会社への改組

同意なき買収に、どう向き合うか30件

2026年 デンソー パワー半導体の垂直統合をめざしたローム株式取得の提案とその取り下げ 2025年 博報堂DYHD デジタルホールディングスへの公開買付けと子会社化 2025年 セブン&アイHD クシュタールの買収提案への対抗と、資本政策による独立の維持 2025年 ミネベアミツミ 芝浦電子への友好的TOB(ホワイトナイト)と、台湾ヤゲオとの争奪戦 2025年 ニデック 牧野フライス製作所への同意なきTOB提案と撤回 2024年 ブラザー工業 ローランドDGへの対抗TOB提案と、その断念 2024年 AZ-COM丸和HD 低温食品物流の取り込みを狙ったC&Fロジホールディングスへの同意なきTOBと、佐川急便との争奪戦での撤退 2023年 コスモエネルギーHD 旧村上系の大量取得に対する有事型買収防衛策とMoM決議、岩谷産業による決着 2023年 ニデック TAKISAWA(滝澤鉄工所)への初のTOBと完全子会社化 2021年 サンケン電気 エフィッシモによる公開買付けの実施と支配的株主への台頭 2021年 SBIHD 新生銀行の買収と子会社化——実質敵対的TOBと、未返済の公的資金 2021年 SBIHD SBIホールディングスによる新生銀行への敵対的TOB(2021年成立) 2021年 ニトリ 島忠の買収とホームセンターへの進出 2020年 レオパレス21 レノによる臨時株主総会請求と全取締役解任要求への対抗 2019年 コクヨ ぺんてる株37%の取得と子会社化の試み、45.6%全株のプラスへの売却 2019年 伊藤忠商事 デサントへの同意なきTOB——議決権を25.5%から40.0%へ 2011年 パルコ イオン・森トラスト連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 2010年 アステラス製薬 米OSIファーマシューティカルズへの同意なき買収(敵対的TOB) 2009年 TBSHD 楽天による経営統合提案の拒否と、認定放送持株会社への移行 2008年 電源開発 英ファンドTCIの株式買い増し申請に対する外為法の中止命令と株主提案の否決 2007年 サッポロビール スティール・パートナーズの買収提案に対する事前警告型買収防衛策と株主意思の確認 2007年 ブルドックソース スティール・パートナーズのTOBに対する新株予約権無償割当による買収防衛策の発動 2006年 王子HD 北越製紙への敵対的TOB(日本初の本格的敵対的買収) 2006年 北越コーポレーション 王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛 2005年 フジ・メディアHD ライブドアによるニッポン放送株買収への対抗と、ニッポン放送の完全子会社化 2005年 ライブドア ニッポン放送株の時間外取引による大量取得と、フジテレビジョンへの売却 2004年 武富士 ゴールドマン・サックスによる一族保有株買い取り提示の拒否 2002年 神戸製鋼所 新日本製鐵・住友金属工業との相互出資の開始と、23年後の解消 2001年 サイバーエージェント 村上ファンドの接近と買収防衛 1985年 ミネベアミツミ 三協精機への敵対的買収の試みと、買われる側に回ったコングロマリット戦略

非公開化して、経営権を取り戻すか24件

2026年 カカクコム 非公開化をめぐる買収争奪戦とLINEヤフーの対抗提案 2026年 日本板硝子 アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 2026年 MCJ ベインキャピタルと組んだ創業会長のMBOと非公開化 2026年 三菱ロジスネクスト 日本産業パートナーズによる公開買付けを通じた非公開化と、スタンダード市場からの上場廃止 2025年 テクノプロHD ブラックストーンによる完全子会社化と東証プライム市場の上場廃止 2025年 豊田自動織機 トヨタグループ主導による豊田自動織機の非公開化 2024年 常磐興産 米フォートレス系Ontario合同会社によるTOBの受け入れと、東証スタンダード市場からの上場廃止 2024年 富士ソフト KKR傘下FK株式会社による公開買付けへの賛同と、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 JSR 産業革新投資機構によるTOBの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 大正製薬HD 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 2023年 東芝 日本産業パートナーズ連合による約2兆円の買収受け入れと株式の非公開化 2021年 東芝 東芝とCVCキャピタル・パートナーズの非公開化提案(2021年破談) 2015年 ユキグニファクトリー ベインキャピタルによる株式公開買付けへの賛同と、東証二部からの上場廃止 2014年 ベイカレント ベイカレント創業者の退場とSunrise Capital主導のMBO 2014年 ローランド 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2012年 カチタス PEファンドのTOBを受け入れて非公開化し、中古住宅再生への一本化を選ぶ 2011年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの経営陣による買収と株式非公開化 2011年 ホリプロ 創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 2010年 幻冬舎 解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止 2008年 FOOD&LIFECOMPANIES ユニゾン・キャピタルによる公開買付けの受け入れと東証2部からの上場廃止 2008年 ツムラ 子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退 2006年 すかいらーくHD 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 2005年 ワールド 業績好調のなかで選んだMBOによる非公開化 1994年 トーセイ 倒産した父の会社ではなく、別法人の東誠ビルディングをMBOで取得した第二創業

連続買収を、成長の柱にするか94件

2026年 MCJ ベインキャピタルと組んだ創業会長のMBOと非公開化 2025年 アマダ 超大型プレス機のエイチアンドエフと基板穴あけ加工機のビアメカニクスの連続取得 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 米Sonocoの軟包装・熱成形容器事業を約1,800百万米ドルで取得し北米軟包装を面化 2024年 三井松島HD 連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 2024年 DCMHD 持分法適用関連会社ケーヨーの完全子会社化と、DCM株式会社への吸収合併 2024年 フューチャー 連続買収による総合コンサルティンググループ化 2024年 豊田通商 台数依存からの脱却——「質で稼ぐ」構造への転換と売上10兆円商社化 2024年 稲畑産業 オーガニック成長からマジョリティ出資へ——丸石化学品・大五通商・ノバセルの連続買収 2023年 大成建設 ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動 2023年 日本毛織 アンビックとフジコーの不織布事業を経営統合し「エフアンドエイノンウーブンズ」を発足 2023年 オープンハウスG 公開買付けで三栄建築設計を取得し完全子会社化 2023年 トリドールHD 英Fulham Shoreの子会社化による欧州レストラン事業の取得 2023年 ローツェ イアス子会社化を含む連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2023年 ノジマ 携帯販売大手コネクシオの854億円TOBによる完全子会社化 2023年 壱番屋 ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大 2022年 SHIFT 連続M&AとPMIの仕組み化(SHIFTグロース・キャピタル設立) 2021年 クスリのアオキHD 食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換 2021年 SBIHD 新生銀行の買収と子会社化——実質敵対的TOBと、未返済の公的資金 2020年 ジャパンエレベーターサービスHD 地域エレベーター保守会社の連続買収と、地域事業子会社への吸収合併による全国保守網の構築 2020年 ナカニシ 成長戦略の自力開発から海外M&Aへの転換と、米DCIインターナショナルなど海外企業の子会社化 2019年 不二製油 世界3位の業務用チョコレート会社ブラマーの買収 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ユニーの完全子会社化とPPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業へ 2019年 SBIHD 「第4のメガバンク」構想と地方銀行連合の形成 2018年 コムシスHD NDS・SYSKEN・北陸電話工事の3社を株式交換で同時に完全子会社化 2018年 SBSHD 大企業物流子会社の受け皿としての連続買収と「1兆円企業」ビジョン 2018年 富士紡HD 化成品事業でのM&Aによる「第三の柱」づくり——東京金型・藤岡モールド・GFIホールディングス/IPM 2018年 オープンハウスG 273億円でホーク・ワンを買収し戸建供給力を一段拡大 2018年 全国保証 地方金融機関系の信用保証会社の連続取得によるグループ化 2018年 加賀電子 富士通エレクトロニクスを約205億円で買収し、売上5,000億円級のグループへ 2017年 宝HD 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 2017年 ANAHD 独立系LCCピーチ・アビエーションの304億円での子会社化 2016年 トリドールHD 持株会社への移行と、丸亀製麺に次ぐ業態の連続買収によるマルチブランド化 2016年 横浜ゴム オフハイウェイタイヤ(OHT)事業への連続M&Aによる事業構成の転換 2016年 日本製鉄 国内4位・日新製鋼の子会社化——鋼材デフレ下の高炉再編 2016年 GSユアサ パナソニックの鉛蓄電池事業の譲受とパナソニック ストレージバッテリーの子会社化 2016年 三菱ロジスネクスト ユニキャリアホールディングスの取得と三菱ロジスネクストへの改称 2015年 JT 米「ナチュラル・アメリカン・スピリット」米国外事業の約6000億円買収 2015年 ケイアイスター不動産 東証2部への上場と1年での1部指定、地場住宅会社の連続買収による全国展開 2015年 太平洋セメント 米国西海岸でのオログランデ工場・レディング工場の取得と、生コン・骨材までの買い足し 2015年 栗田工業 独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大 2015年 東京海上HD 連続する海外M&Aと「海外で稼ぐ」グローバル損保への転換 2015年 ANAHD 経営破綻したスカイマークの再建スポンサー就任と、デルタ航空との争奪戦 2014年 ウエルシアHD イオンの公開買付けへの賛同と連結子会社入り、M&Aによる規模拡大の加速 2014年 飯田GHD ファーストウッド子会社化に始まる建材・木材の垂直統合 2014年 名村造船所 佐世保重工業の株式交換による完全子会社化と伊万里・函館・佐世保の3拠点体制の構築 2014年 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループの買収による自動車ディーラー事業への参入 2014年 三井倉庫HD 持株会社への移行とソニー系物流子会社の取得、のれん減損254億円と分社の再統合 2013年 パーソルHD インテリジェンスホールディングスの全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み 2013年 アンドエスティHD ポイントの持株会社化とマルチブランドSPA「アダストリア」への統合 2013年 LIXIL 米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収 2013年 ノーリツ鋼機 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2012年 クックパッド 穐田誉輝体制での多角化と海外レシピ買収 2012年 ビックカメラ コジマの子会社化と「都市×郊外」の家電量販連合 2012年 旭化成 米ZOLL Medical Corporationの22.1億ドルでの買収とクリティカルケア事業への参入 2012年 沖電気工業 閉鎖寸前だった本庄工場の受託生産への転換と、他社工場を買う側への転身 2012年 HOYA HOYAのライフケアへの優先投資と眼鏡レンズ事業の連続買収 2012年 三井倉庫HD 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 2011年 エムスリー 英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める 2011年 富士フイルム バイオ医薬品CDMOへの参入と生産能力への集中投資 2011年 阪和興業 古川弘成社長の「そ・こ・か」戦略とM&A+A 2011年 イオン 中四国トップの食品スーパー、マルナカ・山陽マルナカの子会社化 2010年 ビックカメラ ソフマップの段階的な取り込みと完全子会社化 2010年 カナデビア 欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更 2009年 三菱ケミカルG 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 2009年 加賀電子 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針 2008年 神戸物産 経営不振の食品メーカーを買い続けた国内自社工場網の構築 2008年 住友重機械工業 独デマーグを皮切りとする欧州機械メーカー5社の連続取得 2007年 ツルハHD 連邦型M&Aによる全国チェーン化 ── くすりの福太郎からドラッグイレブンまで 2007年 BIPROGY ケンブリッジ買収とネットマークスTOBによるサービス事業への転換 2006年 シップヘルスケアHD 東証二部上場とセントラルユニ買収による院内設備事業の取り込み 2006年 グッドウィルG 請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略 2005年 オープンアップG 障害者雇用の特例子会社にトラスト・テックを買い、技術者派遣を本業に据える 2005年 エディオン 関西2位ミドリ電化の株式交換による完全子会社化と全国2位連合の構築 2005年 ゼンショーHD MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築 2005年 NTTデータG 自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略 2004年 SBSHD 雪印物流・東急ロジスティック等の連続買収による「大企業ノンコア物流子会社の受け皿」モデルの確立 2004年 GMOペイメントゲートウェイ GMOグループ傘下入りと同業決済代行2社の連続譲受 2004年 楽天G 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 2004年 センコーGHD 福田泰久氏のセンコー社長就任と「陸運業界ビッグ5入り」宣言 2004年 ソフトバンクG 日本テレコムの買収と固定・携帯通信への布石 2003年 三和HD 北米オーバーヘッドドアと欧州ノボフェルムの買収による日米欧三極体制の確立 2002年 アマノ オムロンからの駐車場設備事業の営業権譲受 2000年 TIS コマツソフト取得による金融偏重の顧客基盤の是正 1999年 ユー・エス・エス 地方オートオークション会社の連続買収と、買収会場のUSS方式への作り替え 1997年 ニデック 企業買収による成長モデルの確立 1997年 ソフトバンクG 相次ぐ買収と「拡大路線」への懸念 1996年 王子HD 本州製紙との合併と、47年ぶりの「王子製紙」への社名復帰 1990年 アマノ 米パイオニア エクリプスとシンシナティ タイムの連続買収による北米基盤の確立 1989年 オリックス リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化 1986年 DIC 米サン・ケミカル社グラフィックアーツ部門の取得と、印刷インキ世界首位への到達 1974年 アマダ 不振同業の連続買収と「再建屋企業」への道 1968年 王子HD 旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換 1966年 日本瓦斯 新日本瓦斯を設立し関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収める都市ガス事業への進出 1919年 日清紡HD 宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設

経営難の相手を、引き受けるか74件

2023年 オープンハウスG 公開買付けで三栄建築設計を取得し完全子会社化 2022年 光通信 電力調達価格高騰で新電力が総崩れするなかでの電力事業の取得 2021年 ヤマダHD 大塚家具の完全子会社化——父娘騒動で疲弊した名門家具の救済と取り込み 2019年 ZOZO ZホールディングスによるTOBと創業者・前澤友作氏の退任 2018年 マネックスG NEM流出事件を起こしたコインチェックの36億円での完全子会社化 2017年 タカタ 私的整理の主張から民事再生法の申請へ、キー・セイフティー・システムズへの事業承継 2016年 日本製鉄 国内4位・日新製鋼の子会社化——鋼材デフレ下の高炉再編 2016年 シャープ シャープ再建をめぐる産業革新機構の提案と鴻海による買収(2016年・官民ファンド案は破談) 2016年 三菱自動車 燃費データ不正の発覚と日産傘下入り 2015年 ANAHD 経営破綻したスカイマークの再建スポンサー就任と、デルタ航空との争奪戦 2013年 めぶきFG 預金保険機構からの足利銀行全株式取得による民営化と、2013年の東証一部直接上場 2013年 ダイエー イオンによる完全子会社化と「ダイエー」の上場廃止 2013年 イオン イオンによるダイエーの完全子会社化と流通の世代交代 2012年 ヒューリック 旧富士銀系の上場不動産会社・昭栄の吸収合併 2012年 MARUWA 企業再生支援機構からのヤマギワ全株式の7億円での取得 2012年 エルピーダメモリ 会社更生法の適用申請と、米マイクロン・テクノロジーへの譲渡 2012年 ルネサスエレクトロニクス 産業革新機構と主要顧客連合による1500億円出資の受け入れ 2011年 三洋電機 パナソニックの傘下入りと独立企業「三洋電機」の消滅 2010年 レナウン 中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り 2009年 ジャストシステム キーエンスに45億円の第三者割当増資を割り当て、議決権の4割と経営を委ねる 2009年 パナソニック 三洋電機の買収——「もうひとつの成長エンジン」を電池に賭ける 2008年 さくらインターネット 双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消 2008年 SUBARU トヨタの出資を16.5%まで受け入れ、実質的なグループ入りを選ぶ 2007年 山崎製パン 不二家への資本参加と51%子会社化による経営再建の引き受け 2007年 ふくおかFG 福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転による持株会社の設立と、親和銀行の完全子会社化 2006年 日清食品HD 明星食品の買収——スティール・パートナーズの敵対的TOBに対するホワイトナイト参戦 2006年 北越コーポレーション 王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛 2006年 豊田通商 経営再建中のトーメンとの統合——資本提携から吸収合併への総合商社化 2006年 阪急阪神HD 阪神電気鉄道へのTOBと株式交換による完全子会社化、阪急阪神ホールディングスへの商号変更 2005年 伊勢丹 株式公開買付による岩田屋の連結子会社化と、丸井今井への出資の見送り 2005年 三菱UFJFG 三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合(2005年成立・MUFG発足) 2005年 西武HD コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2004年 鐘紡 粉飾決算の発覚と産業再生機構への支援要請 2004年 セガサミーHD サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 2004年 ダイエー 自力再建の断念と産業再生機構による再生 2003年 双日 ニチメンと日商岩井の株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2003年 インターネットイニシアティブ クロスウェイブ破綻とNTTグループからの増資受け入れ 2003年 ニデック 三協精機製作所の買収と再建 2003年 東北電力 東北水力地熱と東北インテリジェント通信の子会社化によるグループ事業の再編 2003年 スクウェア・エニックスHD 映画『ファイナルファンタジー』の失敗が導いたエニックスとスクウェアの合併 2002年 雪印メグミルク 市乳事業の分離と全農主導での再建受け入れ 2002年 ライブドア 破綻した無料プロバイダーからの営業譲受と、ライブドアへの社名変更 2002年 損害保険ジャパン 安田火災・日産火災・大成火災の三社合併による損害保険ジャパンの発足 2001年 T&DHD 破綻した東京生命の受け皿 ── 太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流 2000年 三菱自動車 ダイムラークライスラーとの資本提携 2000年 あおぞら銀行 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 2000年 スカパーJSAT ライバル ディレクTVの救済統合と東証マザーズ上場 2000年 ソフトバンクG ネットバブル崩壊下の資産圧縮と日債銀買収 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン 1998年 富士銀行 安田信託銀行の分割と財産管理3部門の第一勧業富士信託銀行への営業譲渡 1998年 アスキー CSKグループからの95億円の第三者割当増資の受け入れ 1997年 ヤオハン 会社更生下の再建スポンサーにジャスコを迎えた選択——競合へ主力店を手放した末の存続策 1997年 日本長期信用銀行 スイス銀行との業務・資本提携と投資銀行への転換、住友信託銀行への合併申し入れ 1996年 マツダ フォードによる出資引き上げとマツダ経営権の掌握 1993年 オンキヨー 東芝との36年の資本提携の解消と、大朏直人氏個人によるオンキヨー株式の取得 1993年 日活 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まりと、会社更生法の適用申請 1992年 リクルートHD ダイエーによるリクルート株式の取得と筆頭株主の交代 1991年 セブンイレブン・ジャパン ライセンス元である米サウスランド社の買収と、イトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け 1989年 山水電気 山水電気の英ポリーペックへの株式51%譲渡 1986年 住友銀行 平和相互銀行の吸収合併と首都圏店舗網の取得 1984年 大日本製糖 負債を除く営業全部のニットーへの譲渡と解散 1980年 ジェイテクト 光洋精工の巨額赤字を受けたトヨタ自動車工業への支援要請と第三者割当増資 1980年 吉野家HD 会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 1979年 マツダ 東洋工業の住友銀行主導によるフォード資本提携と再建 1977年 伊藤忠商事 安宅産業の救済合併と「39年の恩」 1977年 住友銀行 安宅産業の救済で負担した1132億円の全額償却 1976年 アドバンテスト タケダ理研工業への富士通の救済出資とICテスタ集中による再建 1972年 汽車製造 7年間の累積粉飾の発覚と川崎重工業への救済合併 1968年 日商岩井 日商と岩井産業の合併による日商岩井の発足 1967年 栗田工業 粉飾決算の露見と、伊藤忠商事の増資引受による経営再建 1967年 兼松 兼松・江商合併と「兼松江商」の発足 1948年 日東電工 日立製作所による全額出資の受け入れと、1948年の資本提携解消 1908年 明治鉱業 大爆発を起こした豊国炭砿の引受けと、明治・赤池・豊国3炭砿を統一した明治鉱業の設立 1897年 住友電工 住友本店による日本製銅の買収と住友伸銅場の開設、銅線製造の開始

決めた統合を、白紙に戻すか37件

2026年 デンソー パワー半導体の垂直統合をめざしたローム株式取得の提案とその取り下げ 2025年 セブン&アイHD セブン&アイとアリマンタシォン・クシュタールの経営統合(2025年破談) 2025年 ニデック 牧野フライス製作所への同意なきTOB提案と撤回 2025年 ホンダ 日産との経営統合構想への踏み込みと、二カ月弱での協議打ち切り 2024年 AZ-COM丸和HD 低温食品物流の取り込みを狙ったC&Fロジホールディングスへの同意なきTOBと、佐川急便との争奪戦での撤退 2023年 キオクシアHD ウエスタンデジタルとの経営統合交渉と、その破談 2022年 関西ペイント アフリカ事業のアクゾ・ノーベルへの譲渡発表と撤回 2021年 東芝 東芝とCVCキャピタル・パートナーズの非公開化提案(2021年破談) 2020年 三菱重工業 三菱重工と日立の火力発電合弁「三菱日立パワーシステムズ」の解消(2020年) 2020年 ソフトバンクG 米エヌビディアへのアーム売却——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール 2019年 日本触媒 三洋化成工業との経営統合発表と破談 2019年 富士フイルム 米ゼロックス買収構想の破談と富士ゼロックスの完全子会社化 2019年 スギHD スギホールディングスとココカラファインの経営統合協議(2019年破談) 2019年 コクヨ ぺんてる株37%の取得と子会社化の試み、45.6%全株のプラスへの売却 2013年 川崎重工業 川崎重工と三井造船の経営統合と白紙撤回(2013年破談) 2013年 東京エレクトロン 東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合(2013年合意・2015年破談) 2010年 キリンHD キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合(2010年破談) 2010年 あおぞら銀行 新生銀行とあおぞら銀行の合併構想と破談(2010年) 2009年 メディパルHD 会社分割で医薬品卸事業を承継させ純粋持株会社メディパルホールディングスへ 2009年 大和証券G本社 大和証券SMBCの合弁解消と三井住友保有40%株の買取による完全子会社化 2007年 ペンタックス HOYAとの合併撤回と社長解職、TOBの受諾 2007年 ファーストリテイリング 米高級百貨店バーニーズ・ニューヨーク買収の提示と断念 2006年 王子HD 北越製紙への敵対的TOB(日本初の本格的敵対的買収) 2006年 北越コーポレーション 王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛 2004年 セガサミーHD サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 2004年 三井住友トラストG 住友信託銀行とUFJの信託事業統合(2004年破談) 2003年 三井化学 三井化学と住友化学の経営統合(2003年破談) 2002年 ジャパンエナジー 日鉱金属との共同持株会社・新日鉱ホールディングスの設立と上場廃止 2002年 マネックスG 顧客保護を理由に見送ってきた信用取引への参入と貸株サービスの開始 2001年 日本興亜損害保険 三社統合構想の破談と、日本火災海上保険・興亜火災海上保険2社での合併 2000年 りそなHD あさひ銀行・東海銀行・三和銀行の3行統合構想とあさひの離脱(2000年破談) 1997年 バンダイナムコHD セガとの合併電撃発表と4カ月での破談 1992年 ヤマハ発動機 親会社ヤマハとの合併観測の否定と経営の独立堅持 1990年 明治乳業 明治乳業による米ボーデンの事業運営移管提案の拒否と、20年にわたる提携の解消 1990年 東武鉄道 東武百貨店によるサックス買収計画の頓挫と池袋店増床900億円投資 1985年 ミネベアミツミ 三協精機への敵対的買収の試みと、買われる側に回ったコングロマリット戦略 1968年 王子HD 旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換

買収した会社を、どう統合するか83件

2025年 豊田合成 シートベルト大手・芦森工業のTOBによる完全子会社化 2025年 ミスミG本社 米Fictiv買収による北米オンライン加工事業の獲得とmeviyとの統合 2024年 円谷フィールズHD ソフィアの子会社化によるエース電研の取り込み 2024年 DCMHD 持分法適用関連会社ケーヨーの完全子会社化と、DCM株式会社への吸収合併 2023年 大成建設 ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動 2023年 レゾナックHD 昭和電工と昭和電工マテリアルズの統合・レゾナック発足(2023年成立) 2022年 SHIFT 連続M&AとPMIの仕組み化(SHIFTグロース・キャピタル設立) 2022年 クボタ インド農機大手エスコーツへの最大約1,406億円の出資と子会社化 2022年 NTTデータG NTT Ltd.との海外事業統合による規模の倍増と、有利子負債1.7兆円の引き受け 2021年 オープンアップG 夢真ホールディングスを株式だけで吸収合併し、2年後に両社の名を社名から外す 2021年 DCMHD ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるDCM株式会社の発足と、店名の「DCM」への統一 2021年 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エーの完全子会社化と、HAA神戸会場の減損188億円の計上 2020年 マクニカHD 富士エレクトロニクスを吸収合併し事業会社を一本化 2020年 GMOペイメントゲートウェイ マレーシアMACROKIOSKの全株式譲渡による撤退 2020年 ジャパンエレベーターサービスHD 地域エレベーター保守会社の連続買収と、地域事業子会社への吸収合併による全国保守網の構築 2019年 タダノ 米テレックスからのデマーグクレーン事業の取得と、ドイツ生産拠点の集約 2018年 ジェイエイシーリクルートメント アジア統括法人 JAC Recruitment Asia の全株式取得と、業務提携で結んでいた海外拠点の連結化 2018年 オープンハウスG 273億円でホーク・ワンを買収し戸建供給力を一段拡大 2018年 全国保証 地方金融機関系の信用保証会社の連続取得によるグループ化 2018年 加賀電子 富士通エレクトロニクスを約205億円で買収し、売上5,000億円級のグループへ 2018年 マネックスG NEM流出事件を起こしたコインチェックの36億円での完全子会社化 2017年 三菱ケミカルG 三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの統合・三菱ケミカル発足(2017年成立) 2017年 ENEOS HD 東燃ゼネラル石油との統合とJXTGホールディングス発足 2017年 村田製作所 ソニーからのリチウムイオン二次電池事業の譲受と、8年続いた構造改革 2016年 ファミリーマート ユニーグループ・ホールディングスの吸収合併と、サークルK・サンクスのファミリーマートへのブランド統一 2016年 カチタス 同業リプライスの株式を全部取得し、中古住宅の買取再販で首位の規模を固める 2015年 MIXI モンスト一本足からの脱却を狙ったフンザ115億円買収と、チケットキャンプ閉鎖 2015年 ハウス食品G本社 壱番屋へのTOBによる子会社化と、外食事業の取り込み 2015年 栗田工業 独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大 2015年 オンキヨー 投資ファンドを交えた当初スキームの組み替えと、パイオニアのホームAV事業の全株取得 2015年 青山商事 創業50周年を機にミスターミニットを買収しスーツ依存からの脱却をはかる 2014年 双日 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 2014年 豊田合成 独メテオール社の資産譲受によるシーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外 2013年 安藤・間 安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足 2013年 三井住友FG インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年 2013年 KADOKAWA 持株会社傘下の事業会社9社の吸収合併とKADOKAWAへの一本化 2012年 セブン銀行 米国ATM運営会社FCTIの買収による初の海外進出 2011年 日清紡HD 欧州ブレーキ摩擦材大手TMD Frictionの全株式取得 2011年 SCSK 株式会社CSKとの合併と、SCSKへの商号変更 2010年 システナ カテナの吸収合併と「株式会社システナ」への商号変更 2010年 LINE ライブドアの63億円での買収と、検索サービス「NAVER」への取り込み 2010年 ルネサスエレクトロニクス NECエレクトロニクスとルネサステクノロジの経営統合(2010年成立) 2010年 ヒロセ電機 29年続いた韓国合弁ヒロセコリアの段階的な買い増しと完全子会社化 2010年 三菱UFJFG 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の設立——米投資銀行との日本証券合弁 2009年 エディオン 事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行 2009年 ファミリーマート エーエム・ピーエム・ジャパンの買収と、am/pm店舗のファミリーマートブランドへの一本化 2009年 スクウェア・エニックスHD 英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却 2008年 三菱樹脂 三菱化学グループ3社との合併と、三菱化学の機能材料事業の承継 2008年 日本板硝子 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2008年 住友重機械工業 独デマーグを皮切りとする欧州機械メーカー5社の連続取得 2008年 TDK 独EPCOSの買収による受動部品・センサー領域への事業補完 2008年 メイコー 日本ビクターのサーキット事業譲受による外部成長への転換 2007年 THK THKによるリズム買収と輸送用機器事業への参入 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2006年 花王 カネボウ化粧品の買収——約4100億円で化粧品後発から国内2位へ 2006年 グッドウィルG 請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略 2006年 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併によるジェイテクトの発足 2005年 はごろもフーズ 乾物メーカー・マルアイ他2社の全株式を44億5000万円で取得 2005年 SUMCO 三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場 2005年 久光製薬 エスエス製薬の医療用医薬品事業を吸収分割で譲り受け、医療用の品ぞろえを広げる 2005年 バンダイナムコHD バンダイとナムコの経営統合、バンダイナムコHD発足 2005年 伊勢丹 株式公開買付による岩田屋の連結子会社化と、丸井今井への出資の見送り 2004年 SBSHD 雪印物流・東急ロジスティック等の連続買収による「大企業ノンコア物流子会社の受け皿」モデルの確立 2004年 ユニー サークルケイ・ジャパンとサンクスの統合によるサークルKサンクスの発足 2004年 メイテックGHD 不況期の収益源を求めた日本ドレーク・ビーム・モリンの買収 2003年 エムスリー 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの株式交換による経営統合と、持株会社コニカミノルタホールディングスの設立 2003年 東宝 ヴァージン・シネマズ・ジャパンの買収と映画興行網の自社一元化 2001年 日本興亜損害保険 三社統合構想の破談と、日本火災海上保険・興亜火災海上保険2社での合併 2000年 メディパルHD 三星堂・クラヤ薬品・東京医薬品の三社合併と本店の東京移転 2000年 KDDI DDI・KDD・IDOの三社合併——長距離・国際・携帯を1社に束ねたKDDIの発足 1999年 ユー・エス・エス 地方オートオークション会社の連続買収と、買収会場のUSS方式への作り替え 1998年 藤沢薬品工業 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1998年 ファミリーマート 西友によるファミリーマート株1,350億円の譲渡と、伊藤忠商事グループへの移行 1998年 KDD 日本高速通信(テレウェイ)の吸収合併と、商号のKDD株式会社への変更 1994年 コロワイド 逗子工場の閉鎖と鎌倉キッチン配送センターの新設、セントラルキッチン網の構築 1990年 さくら銀行 太陽神戸銀行との対等合併と、さくら銀行への商号変更 1988年 野村総合研究所 旧野村総合研究所と野村コンピュータシステムの合併による現野村総合研究所の発足 1988年 BIPROGY バロース株式会社の吸収合併と日本ユニシスへの商号変更 1986年 コニカ 米ロイヤル・ビジネス・マシン社の完全子会社化と、北米事務機販売網の自前化 1985年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社保有株の買い取りと、欧州3社・米国ダンロップのタイヤ事業の取得 1973年 三菱鉱業セメント 三菱セメント・豊国セメントとの3社合併と、三菱鉱業セメントへの商号変更 1964年 商船三井 海運集約政策のもとでの三井船舶との対等合併と大阪商船三井船舶の発足

既存の強みを、隣接領域へ広げるか326件

2026年 村田製作所 米Resonant社の買収によるXBAR技術の取得と、のれん438億円の全額減損 2026年 阪和興業 中期経営計画2028「Go Beyond」策定と海外M&A・電池材料への攻めの投資転換 2025年 MIXI MIXIによる豪PointsBet買収と、海外ベッティング事業への本格参入 2025年 SHIFT ライズ・コンサルティング・グループへの出資とコンサル領域への回帰 2025年 アマダ 超大型プレス機のエイチアンドエフと基板穴あけ加工機のビアメカニクスの連続取得 2025年 豊田合成 シートベルト大手・芦森工業のTOBによる完全子会社化 2025年 東日本旅客鉄道 高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱 2024年 円谷フィールズHD ソフィアの子会社化によるエース電研の取り込み 2024年 ロート製薬 シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサンの取得と、三井物産との共同出資 2024年 小野薬品工業 米Deciphera Pharmaceuticalsの約24億ドルでの買収と欧米販売網の取得 2024年 フューチャー 連続買収による総合コンサルティンググループ化 2024年 電通総研 電通本体のシンクタンク「電通総研」を譲り受け、コンサル子会社2社と統合して商号を変える 2024年 ルネサスエレクトロニクス 米アルティウム買収による設計ソフトウェアへの越境と「脱・伝統的半導体メーカー」 2024年 セイコーエプソン 初の大型買収——米Fiery社の子会社化とソフトウェアへの投資 2024年 浜松ホトニクス デンマークNKTフォトニクスの子会社化と、レーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2024年 豊田通商 台数依存からの脱却——「質で稼ぐ」構造への転換と売上10兆円商社化 2024年 稲畑産業 オーガニック成長からマジョリティ出資へ——丸石化学品・大五通商・ノバセルの連続買収 2024年 第一ライフG エムスリーの先行TOBに対抗し、福利厚生最大手を買収する 2024年 トーセイ 名古屋鉄道との資本業務提携と、創業者に代わる筆頭株主の登場 2024年 日本航空 鳥取三津子氏体制の発足と「非航空事業5割」への構造改革 2023年 ローツェ イアス子会社化を含む連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2023年 壱番屋 ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大 2023年 日本テレビHD スタジオジブリの子会社化と、議決権42.3%の取得 2022年 ペプチドリーム 富士フイルム富山化学からの放射性医薬品事業の取得とPDRファーマの連結子会社化 2022年 ソニー ホンダとのEV合弁ソニー・ホンダモビリティ設立──スマホの次の成長軸としてのモビリティー参入 2022年 ライフネット生命保険 auじぶん銀行との業務提携による団体信用生命保険事業への参入 2022年 島津製作所 日水製薬の公開買付けによる取得と体外診断薬・臨床検査領域への参入 2021年 森永乳業 大貫体制での海外M&A集中と米国植物性食品への参入 2021年 コスモス薬品 調剤を持たない安売り店が、保険調剤へ本格参入する 2021年 クスリのアオキHD 食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換 2021年 ビジョナル 持株会社ビジョナルの設立と東証マザーズへの上場 2021年 ENEOS HD 再エネ専業ジャパン・リニューアブル・エナジーの2000億円買収——石油依存からの脱炭素シフト 2021年 ルネサスエレクトロニクス 英Dialog Semiconductor買収による車載依存からの脱却と3度目の巨額M&A 2021年 西日本旅客鉄道 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2021年 ニトリ 島忠の買収とホームセンターへの進出 2020年 レゾナックHD 昭和電工による日立化成の買収とレゾナック誕生(2020年成立) 2020年 ソニー 金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化(約4,000億円のTOB) 2020年 ナカニシ 成長戦略の自力開発から海外M&Aへの転換と、米DCIインターナショナルなど海外企業の子会社化 2020年 サンリオ 創業者から孫への60年ぶりの世代承継と「第二の創業」による多キャラクター経営への転換 2019年 ディップ 求人広告一本の会社へのAI・RPA事業の新設と、「コボット」による採用後業務への展開 2019年 不二製油 世界3位の業務用チョコレート会社ブラマーの買収 2019年 リガクHD イスラエルのXwinSys Technology Development買収と、半導体量産ラインのX線計測への参入 2019年 旭化成 吉野彰氏によるリチウムイオン電池の基本構造確立と特許戦略 2019年 LINEヤフー ヤフー(Zホールディングス)によるZOZO買収と親子上場 2019年 タダノ 米テレックスからのデマーグクレーン事業の取得と、ドイツ生産拠点の集約 2019年 パン・パシフィック・インターナショナルHD ユニーの完全子会社化とPPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業へ 2019年 三菱商事 中部電力と共同で蘭エネコを約5000億円で買収 2018年 JT 加熱式たばこへの後発参入と、プルームによる巻き返し 2018年 ZOZO ZOZOSUITと自社プライベートブランドへの大型投資と撤退 2018年 富士紡HD 化成品事業でのM&Aによる「第三の柱」づくり——東京金型・藤岡モールド・GFIホールディングス/IPM 2018年 クラレ 米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化 2018年 ADEKA 1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得 2018年 FUJI 商号の「FUJI」への変更とファスフォードテクノロジ買収 2018年 ルネサスエレクトロニクス 米IDT買収による車載・データセンター向けアナログ半導体の増強 2018年 ワークマン WORKMAN Plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換 2018年 マネックスG NEM流出事件を起こしたコインチェックの36億円での完全子会社化 2017年 メルカリ メルペイ設立とスマホ決済参入による「メルカリ経済圏」の構築 2017年 楽天G 楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークの構築 2017年 日本電気硝子 米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得 2017年 コマツ 米ジョイ・グローバル買収による鉱山機械のフルライン化 2017年 日立建機 鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツ・豪ブラッドケンの取得による消耗部品事業の獲得 2017年 村田製作所 ソニーからのリチウムイオン二次電池事業の譲受と、8年続いた構造改革 2016年 トリドールHD 持株会社への移行と、丸亀製麺に次ぐ業態の連続買収によるマルチブランド化 2016年 ビジョナル HRMOSの投入とSaaS群・隣接市場への多角化による成功報酬型からの収益源分散 2016年 freee みずほ銀行との国内初のメガバンクAPI連携と、北国銀行への会計データの開放 2016年 トレンドマイクロ 米HPからのTippingPoint事業取得によるネットワークセキュリティ参入 2016年 横浜ゴム オフハイウェイタイヤ(OHT)事業への連続M&Aによる事業構成の転換 2016年 FPG 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2016年 IDOM 「ガリバー」から「IDOM」への社名変更とモビリティ事業への業容拡大 2016年 キヤノン 東芝メディカルシステムズの6655億円買収と医療への本格参入 2016年 ミズノ 街着向けブランド「ミズノスポーツスタイル」の投入と、競技用品偏重からカジュアル領域への商品展開 2016年 ライフコーポレーション ナチュラルスーパー「ビオラル」による独自業態の創出 2016年 SBIHD 暗号資産事業への参入と米リップルとの提携 2016年 東京ガス 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2015年 MIXI モンスト一本足からの脱却を狙ったフンザ115億円買収と、チケットキャンプ閉鎖 2015年 THK THKによるTRW Automotiveの欧米L&S事業の譲受 2015年 ノジマ 携帯電話販売代理店アイ・ティー・エックスの買収と第二の柱づくり 2015年 MTG EMS機器「SIXPAD」の発売と、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2015年 光通信 中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化 2014年 東レ 米ゾルテックの買収による産業用炭素繊維への参入 2014年 住友ベークライト Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築 2014年 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループの買収による自動車ディーラー事業への参入 2014年 日本テレビHD Hulu日本事業の承継と、定額動画配信への参入 2013年 パーソルHD インテリジェンスホールディングスの全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み 2013年 神戸物産 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 2013年 クスリのアオキHD 全店に調剤を組み込み、「調剤併設率70%」を掲げる 2013年 マネーフォワード クラウド会計への参入で、法人向けという二本目の柱を立てる 2013年 ロート製薬 再生医療への参入と他家脂肪由来幹細胞製剤ADR-001の開発 2013年 オリックス 蘭ロベコの2400億円買収による資産運用への本格進出 2012年 関電工 銚子風力開発への資本参加による発電事業への進出 2012年 旭化成 米ZOLL Medical Corporationの22.1億ドルでの買収とクリティカルケア事業への参入 2012年 インターネットイニシアティブ フロー型のISP接続から法人ストック型への事業モデル転換 2012年 ジャストシステム 専用タブレットの通信教育「スマイルゼミ」を家庭へ投入し、売り切りソフト会社をやめる 2012年 MARUWA 企業再生支援機構からのヤマギワ全株式の7億円での取得 2012年 豊田通商 仏CFAO買収によるアフリカ流通網の獲得 2012年 三菱HCキャピタル Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化 2012年 三井倉庫HD 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 2012年 日本テレビHD 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2011年 アドバンテスト Verigy買収によるSoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立 2011年 リコー HOYAからのペンタックス買収と、祖業カメラ事業の立て直し 2011年 イオン 中四国トップの食品スーパー、マルナカ・山陽マルナカの子会社化 2011年 三井住友FG プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 2011年 大和証券G本社 大和ネクスト銀行の設立による証券グループの銀行業参入 2011年 ANAHD 格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築 2011年 ヤマダHD 住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化 2010年 システナ カテナの吸収合併と「株式会社システナ」への商号変更 2010年 円谷フィールズHD フィールズによる円谷プロダクションの子会社化 2010年 LINE ライブドアの63億円での買収と、検索サービス「NAVER」への取り込み 2010年 住友商事 ジュピターテレコム(J:COM)の争奪とTOBによる筆頭株主の確保 2009年 ケイアイスター不動産 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅「はなまるハウス」の投入 2009年 パーク24 マツダレンタカーの取得によるモビリティ事業への参入 2009年 GSユアサ 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2009年 パナソニック 三洋電機の買収——「もうひとつの成長エンジン」を電池に賭ける 2009年 キヤノン 「自前主義」を返上した初の大型買収——蘭オセの連結子会社化 2009年 三井住友FG 日興コーディアル証券の買収——金融危機のシティから証券リテールを取り込む 2009年 サンドラッグ ダイレックス買収による二業態化 ── ドラッグストアとディスカウントストアの二本立てへ 2008年 野村不動産HD ジオ・アカマツの全株式取得と東芝不動産65%取得による商業・賃貸ビル事業の拡張 2008年 第一三共 インド・ランバクシーの買収と「複眼経営」への移行 2008年 楽天G イーバンク銀行への200億円出資と傘下化——楽天銀行として金融の中核を取り込む 2008年 住友重機械工業 独デマーグを皮切りとする欧州機械メーカー5社の連続取得 2007年 山崎製パン 不二家への資本参加と51%子会社化による経営再建の引き受け 2007年 エーザイ 米バイオ医薬MGIファーマの約39億ドル買収によるがん領域の強化 2007年 富士フイルム 写真技術の化粧品転用とスキンケアブランド「アスタリフト」の創設 2007年 リクルートHD リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収 2007年 ダイフク 技術提携先であった米ジャービス・ビー・ウェブ社の買収と空港システム事業への参入 2007年 THK THKによるリズム買収と輸送用機器事業への参入 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2007年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 長崎屋の買収——GMS・食品・大型店への進出とMEGAドン・キホーテ業態の母胎 2007年 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本・業務提携と、自己株式162万株の譲渡 2007年 HOYA ペンタックス買収と事業ポートフォリオの入れ替え 2007年 BIPROGY ケンブリッジ買収とネットマークスTOBによるサービス事業への転換 2007年 SBIHD 住信SBIネット銀行の設立とネット銀行への参入 2007年 SBIHD 私設取引所(PTS)事業への参入——株式夜間取引から大阪デジタルエクスチェンジへ 2006年 伊藤園 フードエックス・グローブの株式取得によるタリーズコーヒー日本事業の子会社化 2006年 ホシザキ 米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得 2006年 豊田通商 経営再建中のトーメンとの統合——資本提携から吸収合併への総合商社化 2006年 ファーストリテイリング 低価格ブランド「ジーユー(GU)」の設立 2005年 カカクコム 食べログの立ち上げと「第二の柱」化 2005年 はごろもフーズ 乾物メーカー・マルアイ他2社の全株式を44億5000万円で取得 2005年 久光製薬 エスエス製薬の医療用医薬品事業を吸収分割で譲り受け、医療用の品ぞろえを広げる 2005年 メディパルHD 日用品卸最大手パルタックを株式交換で完全子会社化し医薬・日用品の二本柱へ 2005年 ゼンショーHD MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築 2005年 名古屋鉄道 中部国際空港開港に合わせた空港線(常滑〜中部国際空港間)の新設 2004年 S Foods 株式交換によるムラチクの完全子会社化と吸収合併 2004年 マクニカHD ネットワーク事業を分社しマクニカネットワークスを設立 2004年 サイバーエージェント アメーバブログの立ち上げとメディア事業への参入 2004年 楽天G あおぞらカード買収による個人金融参入——後の楽天カードとなる会社の取得 2004年 楽天G 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 2004年 ピジョン 国立病院機構の院内保育一括受託による保育事業への本格参入と、14年後の受託終了 2004年 吉野家HD 米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用 2003年 荏原製作所 「脱ポンプ」による環境事業への傾斜と、ダイオキシン規制下でのガス化溶融炉の受注拡大 2003年 東京建物 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドから「Brillia」への統一 2003年 東武鉄道 東京スカイツリー建設への1,430億円投資 2003年 東北電力 東北水力地熱と東北インテリジェント通信の子会社化によるグループ事業の再編 2003年 メイテックGHD 上海現地法人の設立による中国エンジニア育成・供給事業への進出 2002年 ユキグニファクトリー ホクトの主力であるぶなしめじ・エリンギへの参入と、第4・第5バイオセンターの新設 2002年 神戸製鋼所 電力卸供給事業への参入と、神戸製鉄所構内での石炭火力発電所の建設 2002年 マネックスG 顧客保護を理由に見送ってきた信用取引への参入と貸株サービスの開始 2001年 ホクト まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 2001年 ロート製薬 スキンケアへの本格投資——製薬会社が化粧品で「肌ラボ」を生む 2001年 LINEヤフー ヤフーのYahoo! BB参入とモデム販売収入への傾斜 2001年 LIXIL トステムとINAXの経営統合と純粋持株会社INAXトステム・ホールディングスの設立 2001年 T&DHD 破綻した東京生命の受け皿 ── 太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流 2001年 東日本旅客鉄道 Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張 2001年 NSD 地域計算センター・福島総合計算センター(現・FSK)の子会社化と運用受託部門の分社 2000年 アスクル アスクル、インターネット受注による法人向けBtoB EC先駆モデルの確立 2000年 TIS コマツソフト取得による金融偏重の顧客基盤の是正 2000年 太平洋セメント 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立と、エコセメントの事業化 2000年 京セラ 米クアルコムの携帯電話端末事業の承継と、6期連続赤字 2000年 IHI 日産自動車からの宇宙航空事業取得と航空・宇宙への転換 2000年 損害保険ジャパン 第一生命との包括業務提携と、生保営業職員を通じた損害保険販売の開始 1999年 LINEヤフー ヤフーのYahoo!ショッピング・Yahoo!オークション同時展開と分かれたECの明暗 1999年 コナミG 遊戯王オフィシャルカードゲームの発売 ── 紙のトレーディングカードで拓いたIP収益の新機軸 1998年 カゴメ 「農業への原点回帰」による生鮮トマト事業への参入と自社菜園の全国展開 1998年 東京建物 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1998年 KDD 日本高速通信(テレウェイ)の吸収合併と、商号のKDD株式会社への変更 1997年 全国保証 民間金融機関の住宅ローン保証への参入と、公的融資保証からの主力転換 1997年 KDD ルートKDDの国内延伸による企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1996年 大東建託 賃貸経営の周辺機能をグループ内に抱え込む 1996年 ニップン ニップン冷食の設立と冷凍食品製造部門の分社化 1996年 ニッセイ同和損害保険 日本生命によるニッセイ損害保険の設立と損害保険業への参入 1996年 九州旅客鉄道 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 1995年 イオン 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化 1994年 ニデック HDD用スピンドルモータへの集中と、主力依存からの脱却 1994年 ソニー PlayStation参入と家庭用ゲーム市場への進出 1994年 ユニ・チャーム パンツ型紙おむつ「ムーニーマン」とスピード開発体制 1994年 セコム 在宅医療への参入と「医経分離」への一石 1994年 第二電電 PHS事業への参入と、地域別9社によるポケット電話会社の設立 1993年 リロG 福利厚生代行「福利厚生倶楽部」の開始による第二の柱づくり 1993年 飯野海運 カタール・インドネシアのLNGプロジェクト参画によるLNG輸送への進出 1993年 第二電電 日本イリジウムの設立と米イリジウム社への218億円の出資、2000年の事業廃止 1992年 東海カーボン 同年創業の東洋カーボンとの合併と、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1991年 三菱化学 光磁気ディスク量産設備の新設と米バーベイタムの買収 1991年 東京製鐵 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1990年 東日本旅客鉄道 駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益の柱化 1990年 近鉄GHD 志摩スペイン村への投資と建物の全額評価減 1989年 三菱樹脂 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、三菱商事との共同出資会社の設立 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1989年 日亜化学工業 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムによる高輝度青色LEDの開発着手 1988年 長谷工コーポレーション 長谷工コーポレーション、ホテル・リゾート事業への1,000億円多角化投資 1988年 太陽誘電 That'sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディアCD-Rの世界初商品化 1987年 古河機械金属 車載型クレーンのユニックの全株式取得と佐倉工場の開設 1987年 荏原製作所 半導体向けドライ真空ポンプへの参入と、CMP装置の事業化 1987年 日東電工 高分子分離膜への参入と、米ハイドロノーティクスの買収 1987年 タカタ 運転席用エアバッグの量産開始と、インフレータの内製化 1987年 九州旅客鉄道 国鉄分割民営化による発足と、経営安定基金3,877億円を前提とした事業設計 1987年 第二電電 移動体通信への参入と、全国8地域へのセルラー電話会社の分散設立、首都圏・中部圏の日本移動通信への割り当て受け入れ 1986年 宝HD 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 1986年 東燃ゼネラル石油 経営会議の組織風土の転換と、和歌山の遊休地を使った電力卸売への参入 1986年 日本長期信用銀行 イ・アイ・イ・インターナショナルとの取引開始と、1993年の支援打ち切り 1985年 富士通 「脱IBM」多角化——通信・AI・パソコンへの新市場攻勢 1985年 ユニ・チャーム 「時代を先取り」の多角化と3,000億円企業構想 1985年 コナミG アーケード専業から家庭用ゲームへ ── 任天堂プラットフォームでの多角展開 1984年 関電工 土木・空調管・原子力工事への業域拡張と「関電工」への社名変更 1984年 トクヤマ 多結晶シリコンと乾式シリカへの参入と、東工場での製造開始 1984年 ポーラ・オルビスHD 通信販売専業オルビスの設立と二本柱化 1984年 ニコン 半導体露光装置(ステッパー)への参入と光学・半導体の二本柱確立 1984年 ユニー サークルケイ・ジャパンの設立によるコンビニエンスストアへの参入 1984年 三井住友トラストG 本邦第1号の土地信託の受託と、公有地土地信託への参入 1984年 第一勧業銀行 都市銀行初の消費者金融専門会社ハートファイナンスの設立と、取引先企業との提携ローンの導入 1984年 四国電力 四電情報ネットワークサービス(現・STNet)の設立による情報通信事業への参入 1983年 オリエンタルランド 東京ディズニーランドの開業と「黒船以来」の衝撃 1982年 コムシスHD 日本通信建設による光ファイバーケーブル工事への早期参入 1982年 山崎製パン サンエブリーからデイリーヤマザキへの転換と、自前のコンビニ網の構築 1982年 ナカニシ 歯科用高速回転技術を応用した工業用切削・研磨機器事業への参入 1982年 ヨネックス 商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売 1981年 伊藤園 中国産ウーロン茶の独占輸入から缶入りウーロン茶へ、無糖飲料で飲料業界に進出 1981年 キユーピー 卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える 1981年 FUJI 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1980年 AGC 戦略型研究開発を核とした「アミーバ的」多角化 1980年 フジクラ 光ファイバの独自技術への投資と、融着接続機の自社開発 1980年 パイオニア レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出 1979年 大王製紙 ティシューペーパー「エリエール」による家庭紙市場への参入と紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1978年 三菱化学 三菱化成生命科学研究所の設立と、ライフサイエンス分野への再参入 1977年 ニチロ 二百カイリ規制下での北洋漁業の縮小と、陸上加工・畜産加工への転換 1977年 マルハ 二百カイリ規制を受けた遠洋漁業からの主力転換と、加工食品・養殖事業への移行 1976年 大和ハウス工業 大和ハウス工業の流通店舗事業への参入と非住宅多角化 1976年 東急不動産HD 東急ハンズの設立と、不動産デベロッパーによる異業種小売への参入 1976年 東燃ゼネラル石油 石油精製専業からの多角化と、石炭液化・エンジニアリング分野への進出 1976年 リクルートHD 「住宅情報」の創刊による住宅・不動産分野への多角化 1976年 日本ビクター 独自VTR規格VHSの開発と、他社供与による世界標準化 1976年 KADOKAWA 東宝と提携した『犬神家の一族』製作による映画事業への参入 1975年 ロート製薬 倒産した近江兄弟社からの「メンソレータム」商標の取得 1975年 赤井電機 家庭用ビデオへの参入とVHS陣営への後発合流 1975年 SCREEN HD 写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入 1974年 セブン&アイHD セブンイレブンの創業とフランチャイズ方式の採用 1974年 三和HD 三和ドアー工業の吸収合併によるシャッター専業から建材総合メーカーへの転換 1974年 カシオ計算機 デジタル電子腕時計「カシオトロン」の発売と時計事業への参入 1974年 ファナック NC装置の部品供給から、産業用ロボットの自社開発による最終製品参入 1974年 ピジョン 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1973年 日本電子 日本電子の経営機構改革と三事業部制への移行 1972年 キリンHD 麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化 1972年 トヨタ紡織 定款に自動車部品の製造を追加し紡織から自動車部品メーカーへ転換 1972年 カシオ計算機 個人向け電卓「カシオミニ」の12,800円での発売 1972年 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針の表明と新製品領域への多角化 1971年 東レ 炭素繊維「トレカ」の事業化と、黒字化まで約40年におよぶ赤字事業の継続 1971年 三菱瓦斯化学 三菱江戸川化学と日本瓦斯化学工業の合併による三菱瓦斯化学の発足 1971年 積水化学工業 鉄骨系ユニット住宅「セキスイハイム」による住宅事業への参入 1970年 山崎製パン 米ナビスコ・日綿実業との合弁によるビスケット事業への進出 1970年 日本触媒 アクリル酸の国産化と高吸水性樹脂(SAP)市場への後発参入がもたらした原料一貫戦略 1970年 日本セメント セメント生産の大型工場への集約と、小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策 1970年 象印マホービン 電子ジャーの開発・発売と、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年 川崎汽船 フルコンテナ船の投入と、世界初の自動車専用船(PCC)の実用化 1969年 オリンパス 第三事業部の新設による内視鏡事業の本格化 1968年 鹿島建設 超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出 1968年 東洋紡 1968年 犬山工場フィルム転換 ― パルプからフィルムへの事業モデル転換 1968年 帝人 未来事業本部の発足と、繊維一本足からの多角化 1968年 旭化成 売上高に匹敵する1000億円を投じた水島の石油化学コンビナート建設 1968年 コマツ 油圧ショベルへの後発参入と小松ビサイラス——直販網で挑んだ総合建機化 1967年 日本特殊陶業 セラミックICパッケージの製造販売開始と非自動車領域への多角化 1967年 オムロン 制御技術を社会インフラへ広げる社会システム事業と世界初の無人駅システム 1966年 東洋紡 呉羽紡績の吸収合併とナイロン事業への進出 1966年 川崎重工業 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 1966年 日本瓦斯 新日本瓦斯を設立し関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収める都市ガス事業への進出 1966年 東急 鉄道と沿線開発を一体で回す多摩田園都市の建設 1965年 堀場製作所 自動車排ガス測定装置の事業化 1965年 ホリプロ 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用と、東京音楽出版の設立 1964年 クラフティア 空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換 1964年 日本電気硝子 ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設 1964年 日本ガイシ 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 1964年 セイコーエプソン 東京オリンピックの計時用プリンターの事業化と、『EPSON』ブランドの制定 1963年 サントリーHD 主力が順風のうちに、勝てない市場へ出る 1962年 デンカ 国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加 1962年 汽車製造 後藤悌次社長の「斜陽産業論」と車両専業からの多角化への転換 1962年 NSユナイテッド海運 日鐵汽船が東邦海運と合併し新和海運へ改称 1961年 日油 連続赤字下での川崎・千鳥工場の新設と、石油化学への進出 1961年 日本発條 豊田工場の新設によるトヨタ向け自動車シート事業への本格参入 1961年 SMC 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1961年 日本航空電子工業 米ハネウェル社との技術援助契約による航空機搭載機器への進出 1960年 江崎グリコ 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ広げた総合食品化 1960年 東海カーボン 米キャボット社とのカーボンブラック製造技術提携と知多工場の新設 1960年 日本製鋼所 独アンケル・ベルク社からの技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1960年 コクヨ 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売 1959年 山九 社名を「山九運輸機工」へ改め機工・建設部門へ進出、東証二部・一部上場で資本市場からの調達手段を確保 1959年 YKK 余ったアルミ合金を使うためのアルミサッシ参入 1958年 大日本印刷 シャドーマスク・フォトマスクによるエレクトロニクスへの多角化 1958年 東宝 不動産活用委員会の設置と、劇場を「不動産」として運用する体制への移行 1957年 上村工業 本社への薬品部設置とめっき用化学品の製造開始 1956年 味の素 うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換 1956年 東映アニメーション 短編の外注先だった日動映画を買収し、長編漫画映画の専属スタジオへ改組 1956年 島津製作所 航空機器部門の新設と航空機・防衛装備品分野への参入 1956年 日亜化学工業 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立 1955年 リコー リコピー101による事務機市場への本格参入 1954年 豊田自動織機 農業機械への参入——S型エンジンの転用から始まった多角化の躓き 1954年 山九 戦後日本企業初のユーゴスラビア向けプラント輸出を一貫作業で受注 1953年 信越化学工業 米ゼネラル・エレクトリック社との技術提携によるシリコーンの事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1953年 三菱鉱業セメント 石炭に代わる事業としてのセメント選定と、三菱系各社共同出資による三菱セメントの設立 1953年 豊田自動織機 トヨタ向けOEM生産への参入による織機会社の構造転換 1953年 アズビル 米ハネウエルとの50対50の資本提携と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括技術導入 1953年 東京精密 高圧流量式空気マイクロメータの日本初工業化と、切削工具から精密測定機器への主力転換 1953年 岩谷産業 マルヰプロパン発売──家庭用LPガス全国流通への転換 1952年 DIC 米ライヒホールド・ケミカルズとの合弁による日本ライヒホールド化学工業の設立と、合成樹脂への参入 1951年 ニチレイ 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換 1949年 小田急電鉄 箱根登山鉄道・神奈川中央乗合自動車の株式取得と西武との「箱根山戦争」 1946年 明治製菓 戦災を受けた川崎工場でのペニシリン製造の開始と、抗生物質の原末一貫生産体制の構築 1946年 グンゼ 紡績業への不参入と、フルファッション技術を生かしたメリヤス業への転換 1937年 豊田自動織機 織機会社の内部で自動車事業を興し、トヨタ自動車工業として分離独立 1929年 伊藤忠商事 呉羽紡績の創立——繊維商社から工業(紡績)経営への進出 1926年 倉敷紡績 人絹工業へ進出するため倉敷絹織(現クラレ)を別会社として設立 1926年 東レ 三井物産による人絹事業への出資と、「三井」を冠さない東洋レーヨンの設立 1923年 古河電工 ドイツ・シーメンスとの資本・技術提携による富士電機製造の設立 1922年 東急 目黒蒲田電鉄の創業と「鉄道と沿線開発を一体で回す」経営モデルの確立 1917年 ADEKA 古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設 1917年 南満洲鉄道 朝鮮総督府管理の国有鉄道の受託経営と、鮮満両鉄道の一体運営 1904年 三越 座売りの全廃による陳列販売への転換と、デパートメントストア宣言 1897年 住友電工 住友本店による日本製銅の買収と住友伸銅場の開設、銅線製造の開始

畑違いの領域へ、参入するか65件

2024年 KDDI KDDIによるローソンのTOBと三菱商事との共同経営(2024年成立) 2018年 サイバーエージェント FC町田ゼルビアの子会社化とスポーツ事業への参入 2017年 太陽HD 電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入 2016年 NISSHA メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト 2015年 ビジョナル EC「LUXA」の分社と、株式会社ルクサのKDDIへの売却 2015年 青山商事 創業50周年を機にミスターミニットを買収しスーツ依存からの脱却をはかる 2014年 オリックス リース・融資から自己資金の事業投資への業態転換 2013年 ノーリツ鋼機 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2012年 クックパッド 穐田誉輝体制での多角化と海外レシピ買収 2012年 神戸物産 自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業 2012年 フジ・メディアHD サンケイビルの子会社化と、都市開発・観光を第二の柱とする事業ポートフォリオ再編 2012年 セガサミーHD 遊技機の資金をリゾートと海外IRへ振り向けた2012年の同時多発投資 2011年 DeNA 横浜ベイスターズの買収とプロ野球への参入 2008年 富士フイルム 富山化学工業の買収と医薬事業への参入 2008年 TBSHD 赤坂サカスの開業と赤坂再開発による不動産事業化 2007年 GMOインターネットG ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退 2006年 エバラ食品工業 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 2005年 日清紡HD 公開買付による新日本無線の連結子会社化 2004年 楽天G 球界再編下のプロ野球新規参入——東北楽天ゴールデンイーグルスの設立 2004年 メイテックGHD 不況期の収益源を求めた日本ドレーク・ビーム・モリンの買収 2004年 ソフトバンクG 福岡ダイエーホークスの買収と球団保有 2001年 神戸製鋼所 テキサス・インスツルメンツ社との半導体合弁の設立と、マイクロン・テクノロジー社への全株式譲渡 2001年 光通信 ネットバブル期の対外投資とクレイフィッシュをめぐる経営権争い 1999年 コマツ 「脱建機」多角化とコマツ電子金属への巨額投資、初の連結赤字 1998年 味の素 半導体パッケージ材ABFの育成——食品会社が世界シェア95%超を握るまで 1998年 カネカ カネカソーラーテックの設立と、薄膜シリコン太陽電池への100億円超の投資 1996年 ニフコ ジャパンタイムズとシモンズの取得による資本負担の軽い多角化 1994年 サッポロビール 恵比寿工場跡地を売らず自社で開発した恵比寿ガーデンプレイスの開業 1993年 日活 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まりと、会社更生法の適用申請 1992年 ディスコ 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1991年 アスキー 映画・地域開発を含む拡大路線の採用と、創業メンバー2名の退任 1990年 大和ハウス工業 ホテル事業「ダイワロイヤルホテルズ」の急拡大と定まらぬブランド 1990年 クボタ 「落下傘型」多角化で祖業依存を断つ経営刷新 1990年 パナソニック 米MCAの7800億円買収と、5年での売却 1989年 オリックス リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化 1988年 エバラ食品工業 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 1988年 三越 「拡・百貨店」路線の採用と、土地取得だけで580億円を投じたゴルフ場開発 1988年 吉野家HD ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場 1985年 住友大阪セメント 非セメント部門の売上構成比を50%とする10年計画の策定と、「電・光・石・化」4分野への進出 1985年 川崎製鉄 LSI事業推進部の発足によるASIC事業への参入と、川崎マイクロエレクトロニクスへの分社 1984年 ヤクルト本社 三菱商事との合弁通販子会社リプソンの設立と清算 1984年 日本毛織 日本毛織、中山工場跡地の商業施設化による不動産事業の柱化 1984年 京セラ 第二電電(DDI)の設立と、京セラによる中心的出資 1982年 東洋紡 創業100年を機に非繊維事業への多角化を急ピッチで推進 1982年 ダイワボウHD 繊維不況の打開策としてダイワボウ情報システムを設立し情報分野へ進出 1980年 旭化成 「油漬け」体質の脱皮へ原子力・電子・医薬に賭けた第二次多角化 1976年 東急不動産HD 東急ハンズの設立と、不動産デベロッパーによる異業種小売への参入 1976年 東燃ゼネラル石油 石油精製専業からの多角化と、石炭液化・エンジニアリング分野への進出 1976年 昭和飛行機工業 米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出 1973年 三井松島HD 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ 1973年 片倉工業 製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換 1973年 三菱鉛筆 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英ROYAL SOVEREIGNの買収・売却 1972年 旭化成 ALC建材「ヘーベル」を戸建てブランドに仕立てた住宅事業参入 1970年 宝HD 中央研究所の設置による発酵・遺伝子工学への種まき 1968年 東急 五島昇社長による多角化——流通・ホテル・観光・航空への事業拡張 1966年 伊藤忠商事 石油の開発から精製・販売までを一貫化する「和製メジャー」構想と東亜石油の系列化 1966年 常磐興産 坑内湧出温泉を用いた常磐ハワイアンセンターの開業 1965年 名古屋鉄道 名鉄百貨店・明治村・バスターミナルを核とする多角化とグループ経営の構築 1962年 倉敷紡績 化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化 1961年 鐘紡 グレーターカネボウ計画とペンタゴン経営による多角化 1961年 旭化成 宮崎輝氏の社長就任と「健全な赤字部門」を柱とする多角化路線の始動 1961年 任天堂 トランプ専業を脱するための多角化とその全敗 1961年 日活 堀久作社長の映画斜陽論否定とホテル・不動産・株式への多角化拡大 1955年 飯野海運 千代田土地建物の買取りによる不動産事業への進出 1915年 安川電機 安川財閥の石炭資本を電機国産化へ投じた創業

何に絞り、何を捨てるか256件

2026年 トクヤマ セメント・固化材の国内販売事業の太平洋セメントへの譲渡と、製造停止の検討着手 2026年 第一三共 市販薬子会社・第一三共ヘルスケアのサントリーHDへの譲渡 2026年 ホンダ 「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字 2026年 イオン ダイエーの東西2分割と食品スーパーの再編 2025年 JT 参入から38年の医薬事業からの撤退——鳥居薬品ごと塩野義へ託す 2025年 グンゼ 主力アパレルの構造改革と、コア事業の機能ソリューション・メディカルへの移行 2025年 クリエイトSDHD 出店拡大主義をやめ、既存店大型化と調剤深耕へ成長モデルを組み替える 2025年 シップヘルスケアHD SHIP VISION 2030によるグループ再編統合と厨房業務からの撤退 2025年 セブン&アイHD クシュタールの買収提案への対抗と、資本政策による独立の維持 2025年 資生堂 過去最大級の赤字と構造改革 2025年 古河電工 銅管・巻線・TOTOKU・UACJ・古河電池の売却と、データセンター向け光事業への集中投資 2025年 フジクラ AI・データセンターへの集中と電線大手の再定義 2025年 日本精工 ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し 2025年 デンソー スパークプラグ・排気センサ事業の日本特殊陶業への譲渡契約——内燃機関の成熟事業を1,806億円で切り離す判断 2025年 京セラ 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年 ニコン 露光装置の正面決戦を退き、後工程へ賭け直す 2024年 サッポロビール 3Dの株主提案とサッポロの不動産切り出し・ビール本業集中 2024年 メルカリ 米国事業の大規模リストラと成長戦略の国内回帰 2024年 DIC 液晶材料事業からの撤退と、星光PMC株式・美術品の売却による資産圧縮 2024年 日本発條 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2024年 三菱電機 自動車機器事業の会社分割による分社化と三菱電機モビリティの設立、鴻海精密工業への出資受け入れの検討 2024年 IHI 航空エンジンへの集中とGTF応分負担による過去最大赤字 2023年 亀田製菓 売上成長から利益重視への方針転換と、主力4ブランドへの集中 2023年 東急不動産HD 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ハンズ・ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2023年 セブン&アイHD バリューアクトの株主提案とセブン&アイのコンビニ集団への収斂 2023年 ドリームインキュベータ アイペットホールディングス全株式の第一生命ホールディングスへの譲渡と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2023年 エーザイ 認知症領域への長期集中とバイオジェン提携によるレカネマブの実用化 2023年 荏原製作所 対面市場別5カンパニー制への移行と、中期経営計画E-Plan2025による成長事業・基盤事業の切り分け 2023年 パナソニック パナソニック オートモーティブシステムズの全株式譲渡と持株会社への2割出資 2023年 ピジョン 中国事業の「高成長」から「安定成長」への位置づけ変更と、米州・欧州への成長投資の集中 2022年 デンカ セメント事業からの撤退と、販売事業の太平洋セメントへの譲渡 2022年 ADEKA 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 2022年 リゾートトラスト 一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設のスターアジアグループへの譲渡 2022年 ANYCOLOR 海外4極から2極への絞り込み——インド休止とインドネシア・韓国グループの本体統合 2022年 日立製作所 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2022年 名村造船所 佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約 2022年 三菱UFJFG MUFGユニオンバンク売却——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2022年 岡三証券G ネット専業・岡三オンライン証券の設立と、16年後の岡三証券への吸収合併 2021年 キユーピー キユーソー流通システム株式の一部を立会外分売で譲渡し、物流子会社を連結から外す 2021年 JSR エラストマー事業のENEOSへの譲渡と、半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2021年 資生堂 パーソナルケア事業の売却 2021年 ソニー 吉田憲一郎氏のパーパス経営と純粋持株会社体制への移行 2021年 ユナイテッドアローズ コロナ禍の赤字転落を受けた不採算店の整理とEC基盤の刷新 2020年 DeNA 配車アプリ事業「MOV」を日本交通のJapanTaxiと統合し連結から外した選択と集中 2020年 キリンHD 英運用会社IFPの事業売却・6,000億円自社株買い提案を退け、多角化路線を堅持 2020年 神戸物産 クックイノベンチャーなど外食関連11社の売却と本業回帰 2020年 ブリヂストン 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 2020年 日本製鋼所 素形材・エネルギー事業の日鋼MECへの吸収分割と、6年後の日本製鋼所M&Eの本体への吸収合併 2020年 三菱マテリアル 中期経営戦略の策定と事業ポートフォリオの入れ替え 2020年 三菱自動車 全方位の拡大から東南アジア集中へ——欧州縮小・パジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革 2020年 オリンパス 祖業カメラからの撤退——映像事業の日本産業パートナーズへの譲渡 2020年 ノーリツ鋼機 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約 2020年 丸紅 チリ銅など資源権益の一括減損と18年ぶりの最終赤字 2020年 三陽商会 規模追求から粗利率重視へ——大江伸治社長による2020年の再生 2020年 東海旅客鉄道 東海道新幹線への経営資源集中 ── 「のぞみ」「N700系」の自主開発と高速化・高頻度化 2019年 味の素 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 2019年 アリアケジャパン 米国子会社ARIAKE U.S.A.の全株式をKerryへ譲渡し米国市場から撤退 2019年 協和キリン 協和発酵バイオの株式95%をキリンHDへ譲渡し医薬事業へ集中 2019年 日本新薬 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への絞り込み 2019年 SWCC ROIC の経営指標化による低資本効率事業の整理と、古河電工との汎用電線販売事業の統合 2019年 日立製作所 英国原発「ホライズンプロジェクト」の凍結と撤退 2019年 オリンパス バリューアクト受け入れとメドテック企業への転換 2019年 川崎汽船 非海運多角化の見送りと、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送への集中投資 2018年 クックパッド 「レシピ集中」への方針転換と食領域の新規事業への再投資 2018年 ライオン 「量を追わない経営」への転換——ブランドの選択と集中 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立製作所からの分離とKKRによる非公開化、会社分割での成膜事業の承継 2018年 ソシオネクスト 汎用ASSPからカスタムSoC専業への転換と「ソリューションSoC」ビジネスモデルへの絞り込み 2017年 高砂熱学工業 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 双日 資源市況に依存しない「双日らしさ」を掲げた非資源差別化戦略 2017年 東ソー 汎用の塩ビ・クロールアルカリ基盤事業を捨てず磨き切る「死守と復活」戦略 2017年 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止と、加古川製鉄所への一貫工程の集約 2017年 AZ-COM丸和HD アマゾンジャパンとの取引開始と専用ドライバー1万人体制への経営資源集中 2016年 旭化成 水島の自社エチレンセンターの停止と、西日本3社によるエチレン集約への参加 2016年 三菱重工業 大型客船事業からの撤退——アイーダ社2隻で2408億円の損失 2016年 カチタス 同業リプライスの株式を全部取得し、中古住宅の買取再販で首位の規模を固める 2015年 セブン&アイHD イトーヨーカ堂「GMS撤退戦」——祖業スーパーの40店閉鎖 2015年 ワールド 上山健二社長による大規模構造改革——500店閉鎖と不採算ブランドの廃止 2015年 ラクス 米国子会社Rignite Inc.の全株式譲渡とSNSマーケティング事業からの撤退 2015年 第一三共 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 2015年 太陽誘電 光記録メディア事業からの撤退と、電子部品単一セグメントへの回帰 2015年 コナミG 小島秀夫氏の退社とコジマプロダクション解散 ── モバイル収益重視への経営資源再配分 2014年 MIXI モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資 2014年 参天製薬 米メルクの眼科用医薬品事業の譲受と、抗リウマチ薬事業の承継 2014年 資生堂 外部プロ経営者・魚谷雅彦氏の招聘と「VISION 2020」 2014年 ソニー 平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡 2013年 イオン イオンによるダイエーの完全子会社化と流通の世代交代 2012年 マネーフォワード 初代サービス『マネーブック』を数か月で閉じ、家計簿・資産管理へ作り直す 2012年 塩野義製薬 HIV合弁持分の英ViiV Healthcareへの移転と、ViiV株式10%の取得 2012年 デクセリアルズ ソニーによるケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿VGケミカルへの分離独立 2012年 アルバック 純損失499億円を受けた創立以来初めての事業構造改革と、半導体・中小型パネルへの絞り込み 2012年 三菱重工業 日立との火力発電システム事業の統合と三菱日立パワーシステムズの設立 2012年 HOYA HOYAのライフケアへの優先投資と眼鏡レンズ事業の連続買収 2012年 カチタス PEファンドのTOBを受け入れて非公開化し、中古住宅再生への一本化を選ぶ 2012年 東急 鉄道の地下化で生んだ跡地への集中投資による渋谷ターミナルの再開発 2012年 カプコン 第二次構造改革——モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 2011年 LINE メッセンジャーアプリ「LINE」の投入と、検索・ゲームからの主力転換 2011年 富士フイルム バイオ医薬品CDMOへの参入と生産能力への集中投資 2010年 荏原製作所 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社への三菱商事・日揮の資本参加 2010年 富士電機 パワー半導体とパワーエレクトロニクスへの投資集中 2010年 セイコーエプソン 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2010年 川崎重工業 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2010年 伊藤忠商事 「か・け・ふ」による経営改革と非資源No.1・商社三冠戦略 2009年 SHIFT 製造業コンサルからソフトウェアテスト専業への業態転換 2009年 ジェイテクト 2期連続赤字下で決めた米ティムケンのニードル軸受事業の取得 2009年 日立製作所 リーマンショック後の緊急再建と、総合電機路線の転換 2009年 レーザーテック 売上の半分を占めた液晶事業からの撤退と、半導体検査への集中 2009年 メディパルHD 会社分割で医薬品卸事業を承継させ純粋持株会社メディパルホールディングスへ 2008年 日清製粉G本社 医薬事業からの撤退——5本柱の一角を合弁相手へ託して畳む 2008年 三菱レイヨン 英ルーサイト・インターナショナルの買収とMMA世界首位への浮上 2008年 協和キリン キリンHDの傘下入りとキリンファーマ統合による医薬品事業への集約 2008年 三菱樹脂 三菱化学グループ3社との合併と、三菱化学の機能材料事業の承継 2008年 日立化成 日立ハウステック株式のニューホライズンキャピタルへの譲渡と住宅設備事業からの撤退 2008年 ツムラ 子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退 2008年 タダノ 事業領域のLE(移動機能付き抗重力・空間作業機械)への限定と、多角化の不採用 2008年 富士通 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 2007年 ディスコ 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 2007年 シチズン時計 電子デバイスの選択と集中、携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルからの撤退 2006年 エバラ食品工業 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 2006年 三菱レイヨン 初の非繊維出身社長の起用とMMA基軸への経営資源集中 2006年 オービック 大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰 2006年 資生堂 メガブランド戦略とTSUBAKIへの集中投資 2006年 DOWA 持株会社制への移行と5事業会社への会社分割、原料の鉱石からリサイクルへの切り替え 2006年 栗田工業 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 2006年 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併によるジェイテクトの発足 2006年 ニプロ スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡と小売事業からの撤退 2005年 富士紡HD 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2005年 古河機械金属 日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社 2005年 SUBARU 北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入 2003年 SBSHD メール便事業の売却と3PL特化への転換 2003年 エムスリー 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 2003年 武田薬品工業 非医薬事業を切り、医療用医薬品に絞った武田國男氏の選択と集中 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの株式交換による経営統合と、持株会社コニカミノルタホールディングスの設立 2003年 ツガミ 浙江省への津上精密机床設立による中国生産シフト 2002年 雪印メグミルク 市乳事業の分離と全農主導での再建受け入れ 2002年 パイロットコーポレーション 3社共同の株式移転による持株会社の設立と、事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2002年 ニフコ ITWとの提携完全解消と主力品目15種への絞り込み 2002年 岩谷産業 牧野明次体制の「量から質への転換」―戸建住宅事業撤退と水素先行投資 2002年 東急 航空事業への参入と撤退——東亜国内航空への出資から日本エアシステムの統合まで 2001年 ニチロ 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 2001年 パソナG 「新旧分離」による本業回帰と株式上場 2001年 クラレ 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 2001年 資生堂 ブランド集約とチェーン店再生 2001年 神戸製鋼所 テキサス・インスツルメンツ社との半導体合弁の設立と、マイクロン・テクノロジー社への全株式譲渡 2001年 三井金属 神岡鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABなど電子材料への事業転換 2001年 フジクラ 電力ケーブル事業の古河電工との合弁ビスキャスへの切り出しと、15年後の国内事業の振り分け 2001年 コマツ 坂根正弘氏の「ダントツ経営」による経営構造改革とV字回復 2001年 東芝 汎用DRAMからの撤退とNAND型フラッシュメモリへの集中 2001年 芝浦メカトロニクス 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 2001年 東海旅客鉄道 私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約 2000年 オービックビジネスコンサルタント 新ERP・インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 2000年 ゴールドウイン 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替えによる卸型ビジネスからの転換 2000年 ファーストリテイリング 原宿都心店とフリース単品集中による全国ブランド化 1999年 三菱ケミカルG 赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止による「脱・総合」への転換 1999年 住友金属工業 和歌山製鉄所の再建と熱間圧延ラインの休止 1999年 DOWA 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年 横河電機 米HPとの36年合弁の解消と日本HP持分の売却 1999年 名古屋鉄道 不採算路線・多角化事業の見直しと分社化、中部圏への経営資源集中 1999年 商船三井 ナビックスラインとの対等合併と「商船三井」への商号変更 1999年 ANAHD 世界最大の航空連合スターアライアンスへの加盟と「選択と集中」による経営再建 1998年 日東紡績 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1998年 花王 フロッピーディスク事業からの全面撤退——「本業回帰」の宣言 1998年 三菱電機 汎用DRAM事業からの撤退と、システムLSI・パワー半導体への「選択の時代」 1998年 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスとの合併による液晶製造装置への参入と芝浦メカトロニクスへの社名変更 1998年 沖電気工業 DRAM量産からの撤退と、半導体事業そのものの売却 1998年 ヤマハ発動機 マリン事業の構造改革と船外機への集中 1998年 ローランド 開発と生産を分け、製品企画に特化する「プロデューサー制」への開発体制改革 1998年 ファーストリテイリング 本部集中管理から「個店対応」への転換 1997年 森永製菓 菓子事業の社内分社と「エンゼルの森」構想の見直し 1997年 ダイキン 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1997年 HOYA 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 1996年 マツキヨココカラ&カンパニー 複合小売から薬粧専門・都心駅前チェーンへの転換とマツキヨのブランド化 1996年 東急 東急百貨店の本業回帰による再建 — 財テク破綻から「自分で仕入れ、自分で売れ」へ 1995年 キーエンス 直販とファブレスによる高粗利モデルの確立 1995年 ホンダ 「規模の論理」に背を向けた単独路線——1995年の川本改革 1995年 三菱商事 「GNPカンパニー」からの脱却と槙原稔社長のトップダウン改革 1995年 東急 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ非中核事業の整理 1994年 イビデン インテル攻略プロジェクトへの資源一点集中 1994年 ダイキン 井上礼之による空調抜本改革と多角化中止・空調集中への転換 1994年 三菱電機 「万年3位」からの脱却を掲げた北岡改革と、半導体投資の誤算による引責辞任 1994年 ニデック HDD用スピンドルモータへの集中と、主力依存からの脱却 1994年 阪和興業 財テク膨張からの脱出と8期ぶりの復配 1994年 小田急電鉄 小田急百貨店の「負の遺産」整理と専門大店化による本業回帰 1994年 京王電鉄 京王百貨店の構造改革——自主MD化と専門大店化 1993年 旭化成 「拡大」路線からの転換と食品・酒類事業の売却 1993年 第一製薬 自社開発の合成抗菌剤クラビットの発売と、輸出による海外売上の拡大 1993年 いすゞ自動車 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 1992年 ハウス食品G本社 低シェア事業からの撤退方針とチルド食品事業の全面撤退 1992年 ジャパンエナジー 金属3部門の分離による日鉱金属の設立と、東証一部への子会社上場 1992年 ディスコ 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1992年 SCREEN HD 大日本スクリーン製造のウエハ洗浄装置への集中と半導体装置への転換 1991年 清水建設 新長期ビジョン「SHIMZ-21」の策定 ── 多角化路線の撤回と本業回帰 1991年 東ソー バブルをまたいだ石油化学の強気拡張と反動——エチレン増設・10事業撤退・塩ビ選別再投資 1991年 日立化成 好況期に着手した低収益製品の選別と不採算製品からの撤退 1990年 キリンHD ドライ戦争敗勢下の反攻——フルライン戦略の挫折と「一番搾り」の投入 1990年 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継によるグループ国内石油販売の一本化 1989年 日産化学 農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門の取得、日米欧3極生産体制の構築 1989年 ブラザー工業 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1989年 キーエンス 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1989年 川崎汽船 北米定期航路への1,200億円の集中投資と、邦船6社共同運航体制からの離脱 1988年 富士電機 家電敗北から自動販売機への転換と富士電機冷機の自立 1988年 ライフコーポレーション 実弟・清水三夫社長の電撃解任と本業回帰 1988年 阪急阪神HD 阪急ブレーブスのオリエント・リースへの譲渡とプロ野球経営からの撤退 1987年 東レ 前田勝之助氏が「大企業病」を自己診断した経営改革 1987年 TKC 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1986年 カナデビア 二度の経営合理化策による人員・設備の削減と、因島・向島工場の縮小 1985年 カネカ 女性かつら直営会社フォンテーヌのアデランスへの譲渡と、人工毛カネカロンの素材供給への専念 1985年 藤沢薬品工業 トイレ用芳香剤ピコレットなど家庭用品20品目のライオンへの譲渡 1984年 東京応化工業 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、フォトレジストへの資源集中 1984年 稲畑産業 医薬事業を合弁の住友製薬へ営業譲渡し、直営の医薬品事業から撤退 1981年 久光製薬 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1981年 住友商事 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底 1979年 日東紡績 「特化作戦」による多角化からの絞り込みと品質重視への転換 1978年 東京製鐵 岡山工場の平炉停止と江戸川工場閉鎖による電炉一貫体制への移行 1977年 藤沢薬品工業 抗生物質セファメジンへの集中と、主力薬効の抗生物質・神経系への絞り込み 1977年 キヤノン 賀来氏龍三郎氏の社長抜擢と事業部制による事務機集中 1976年 アドバンテスト タケダ理研工業への富士通の救済出資とICテスタ集中による再建 1975年 ショーボンドHD 補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社 1975年 東レ 藤吉次英社長による「脱繊維」の否定と繊維への残留 1974年 日立建機 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖・土浦一貫生産への集約 1973年 三菱鉛筆 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英ROYAL SOVEREIGNの買収・売却 1972年 名村造船所 主力造船拠点の大阪から佐賀・伊万里への移転と新工場建設 1970年 北海道炭礦汽船 石炭の斜陽を15年前に予言した会社が、夕張新炭鉱に社運を賭けた判断 1970年 日本セメント セメント生産の大型工場への集約と、小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策 1970年 三菱重工業 自動車部門の分離独立と三菱自動車工業の設立 1968年 T&DHD 太陽生命の家庭市場への特化と「ひまわり」多品種化 1968年 日本国有鉄道 輸送需要によるA・B・C線区の3分類と、赤字ローカル線の廃止見送り 1967年 ダイハツ工業 トヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売との業務提携と販売部門の分離 1967年 青山商事 食料品・特産品部門から撤退し紳士服販売へ一本化 1965年 江崎グリコ 末端出荷主義への転換と菓子30品種への絞り込みによる減量経営 1964年 カナデビア 総工費150億円の堺工場マンモスドック建設と、桜島工場の造船からの撤収 1964年 飯野海運 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 1961年 日東電工 乾電池・磁気テープ部門のマクセルとしての分離独立と、日立製作所への売却 1961年 任天堂 トランプ専業を脱するための多角化とその全敗 1961年 T&DHD 大同生命の企業市場特化 ── 契約の8割を法人に集めた中堅生保の一点集中 1960年 三機工業 鋼管部門の分離と、富士三機鋼管株式の富士製鉄への売却 1957年 マキタ 特殊モーター受注生産からの転換と、国産第一号の携帯用電気カンナによる電動工具専業化 1957年 ペンタックス 距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換 1952年 ゴールドウイン 一般メリヤス雑貨の生産をやめ野球ストッキング中心のスポーツウエアへ全面転換 1952年 日本興業銀行 日本興業銀行法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期信用銀行への移行 1952年 日本長期信用銀行 電力・鉄鋼・海運・石炭への貸出5割の配分と、川崎製鉄・トヨタ自動車工業など後発企業への融資 1950年 川崎重工業 製鉄部門の分離独立と川崎製鉄の設立、造船・造機・電機3部門への集約 1950年 大丸 人員整理によらない事業の存廃決定と、非百貨店部門の分離独立 1949年 森永製菓 乳業部門の分離による「菓子専業」への絞り込み 1946年 グンゼ 紡績業への不参入と、フルファッション技術を生かしたメリヤス業への転換 1946年 シチズン時計 軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用、腕時計専業への復帰 1937年 南満洲鉄道 昭和製鋼所株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡 1935年 富士電機 通信機部門の分離独立と富士通信機製造の設立 1933年 伊勢丹 神田店の閉店と新宿本店への全面移転、株式組織への改組 1932年 安川電機 配電盤と変圧器を捨て「安川のモートル」へ絞る 1931年 日本製鋼所 製鉄・採鉱事業の分離と輪西製鉄の設立、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中 1930年 倉敷紡績 世界恐慌下で倉敷労働科学研究所を会社から大原孫三郎氏の個人経営へ移す 1912年 日本鋼管 白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足 1911年 住友電工 住友伸銅場からの電線製造業の分離と住友電線製造所の設置 1910年 フジクラ 藤倉電線護謨合名からの電線部門の分離独立と株式会社化 1858年 丸紅 丸紅創業——15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、伊藤忠と分かれ再独立するまで

どの事業を、手放すか186件

2026年 トクヤマ セメント・固化材の国内販売事業の太平洋セメントへの譲渡と、製造停止の検討着手 2026年 第一三共 市販薬子会社・第一三共ヘルスケアのサントリーHDへの譲渡 2026年 名古屋鉄道 名鉄百貨店本店の営業終了と名古屋駅地区再開発 2026年 NIPPON EXPRESSHD カナダ物流大手Metro Supply Chain Groupの買収と資産圧縮の同時進行 2025年 亀田製菓 米国子会社 Mary's Gone Crackers の全株式譲渡 2025年 JT 参入から38年の医薬事業からの撤退——鳥居薬品ごと塩野義へ託す 2025年 シップヘルスケアHD SHIP VISION 2030によるグループ再編統合と厨房業務からの撤退 2025年 古河電工 銅管・巻線・TOTOKU・UACJ・古河電池の売却と、データセンター向け光事業への集中投資 2025年 日本精工 ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し 2025年 ソニー 金融事業の一部分離・再上場(パーシャル・スピンオフ) 2025年 デンソー スパークプラグ・排気センサ事業の日本特殊陶業への譲渡契約——内燃機関の成熟事業を1,806億円で切り離す判断 2025年 京セラ 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年 三菱商事 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2024年 三井松島HD 連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 2024年 パソナG パソナグループによるベネフィット・ワンの第一生命への売却 2024年 サッポロビール 3Dの株主提案とサッポロの不動産切り出し・ビール本業集中 2024年 ユニチカ 祖業・繊維事業からの全面撤退と870億円の金融支援要請、経営陣総退陣 2024年 DIC 液晶材料事業からの撤退と、星光PMC株式・美術品の売却による資産圧縮 2024年 三菱電機 自動車機器事業の会社分割による分社化と三菱電機モビリティの設立、鴻海精密工業への出資受け入れの検討 2024年 シャープ 大型液晶パネルからの撤退——堺SDPの生産停止と亀山工場の清算 2024年 三菱商事 事業ポートフォリオの入れ替えを本格化 2024年 三井不動産 エリオットの資本効率要求と三井不動産の資産リサイクル・株主還元強化 2023年 日本ハム 井川構造改革と「自前主義」からの転換 2023年 東急不動産HD 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ハンズ・ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2023年 セブン&アイHD バリューアクトの株主提案とセブン&アイのコンビニ集団への収斂 2023年 ドリームインキュベータ アイペットホールディングス全株式の第一生命ホールディングスへの譲渡と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2023年 三菱重工業 国産ジェット旅客機スペースジェット(MSJ/旧MRJ)の開発中止 2023年 そごう そごう・西武を米フォートレスへ売却——コンビニ集中のための百貨店切り離し 2022年 デンカ セメント事業からの撤退と、販売事業の太平洋セメントへの譲渡 2022年 UBE 祖業セメントの連結除外と商号「宇部興産→UBE」への同時転換 2022年 関西ペイント アフリカ事業のアクゾ・ノーベルへの譲渡発表と撤回 2022年 リゾートトラスト 一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設のスターアジアグループへの譲渡 2022年 ENEOS HD 和歌山製油所の閉鎖と次世代燃料拠点への転換 2022年 日立製作所 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2022年 名村造船所 佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約 2022年 三菱UFJFG MUFGユニオンバンク売却——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2021年 キユーピー キユーソー流通システム株式の一部を立会外分売で譲渡し、物流子会社を連結から外す 2021年 JSR エラストマー事業のENEOSへの譲渡と、半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2021年 資生堂 パーソナルケア事業の売却 2021年 三井E&S 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 2021年 青山商事 コロナ禍で159店の統廃合・創業以来初の希望退職・リーバイス事業撤退に踏み切る 2020年 DeNA 配車アプリ事業「MOV」を日本交通のJapanTaxiと統合し連結から外した選択と集中 2020年 神戸物産 クックイノベンチャーなど外食関連11社の売却と本業回帰 2020年 GMOペイメントゲートウェイ マレーシアMACROKIOSKの全株式譲渡による撤退 2020年 武田薬品工業 大衆薬事業のブラックストーンへの売却 2020年 ブリヂストン 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 2020年 日立製作所 三菱日立パワーシステムズの解消と火力発電事業からの撤退 2020年 三菱重工業 三菱重工と日立の火力発電合弁「三菱日立パワーシステムズ」の解消(2020年) 2020年 昭和飛行機工業 三井E&Sホールディングス保有株のベインキャピタルへの売却と、公開買付けを経た上場廃止 2020年 オリンパス 祖業カメラからの撤退——映像事業の日本産業パートナーズへの譲渡 2020年 ノーリツ鋼機 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約 2020年 小田急電鉄 新宿駅西口の資産入替と1,300億円再開発 2020年 ソフトバンクG 米エヌビディアへのアーム売却——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール 2019年 味の素 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 2019年 アリアケジャパン 米国子会社ARIAKE U.S.A.の全株式をKerryへ譲渡し米国市場から撤退 2019年 東急不動産HD 総合デベロッパーから資本効率型不動産企業への転換と、広域渋谷圏の段階売却モデル 2019年 マネーフォワード 仮想通貨交換事業への参入を取りやめ、交換業者登録の手続きを中止する 2019年 協和キリン 協和発酵バイオの株式95%をキリンHDへ譲渡し医薬事業へ集中 2019年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズのHR事業売却と会社分割 2019年 SWCC ROIC の経営指標化による低資本効率事業の整理と、古河電工との汎用電線販売事業の統合 2019年 日立製作所 英国原発「ホライズンプロジェクト」の凍結と撤退 2019年 コクヨ ぺんてる株37%の取得と子会社化の試み、45.6%全株のプラスへの売却 2019年 リロG BGRS買収によるグローバルリロケーション参入と5年での撤退 2018年 クックパッド 「レシピ集中」への方針転換と食領域の新規事業への再投資 2018年 ZOZO ZOZOSUITと自社プライベートブランドへの大型投資と撤退 2018年 ライオン 「量を追わない経営」への転換——ブランドの選択と集中 2018年 東芝 稼ぎ頭の半導体メモリ事業の売却と東芝メモリ(現キオクシア)の分離 2017年 トクヤマ マレーシア多結晶シリコン事業からの完全撤退 ── 減損を確定し韓国OCIへ全株譲渡 2017年 日東電工 大型偏光板技術の杭州錦江集団への供与と、ボリュームゾーンからの離脱 2017年 商船三井 コンテナ船事業の邦船3社への統合とオーシャンネットワークエクスプレスの設立 2017年 川崎汽船 コンテナ船事業のONEへの切り出しと、50年続けた自社運航の終了 2016年 キリンHD ブラジル事業の巨額減損と、ハイネケンへの売却による撤退 2016年 旭化成 水島の自社エチレンセンターの停止と、西日本3社によるエチレン集約への参加 2016年 三菱重工業 大型客船事業からの撤退——アイーダ社2隻で2408億円の損失 2015年 ラクス 米国子会社Rignite Inc.の全株式譲渡とSNSマーケティング事業からの撤退 2015年 ビジョナル EC「LUXA」の分社と、株式会社ルクサのKDDIへの売却 2015年 セガサミーHD セガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退 2015年 太陽誘電 光記録メディア事業からの撤退と、電子部品単一セグメントへの回帰 2015年 三菱自動車 米国生産からの撤退とイリノイ工場の生産終了 2015年 東京電力HD 火力発電と燃料調達を中部電力との合弁JERAへ移し、自社の火力発電所を手放す 2014年 参天製薬 米メルクの眼科用医薬品事業の譲受と、抗リウマチ薬事業の承継 2014年 ソニー 平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡 2013年 パナソニック プラズマテレビからの撤退——5000億円の内製を畳む 2013年 丸紅 米穀物大手ガビロンの買収と、穀物事業のヴィテラ売却 2012年 SUMCO 事業再生計画による尼崎・生野工場の閉鎖と太陽電池向けシリコンウェーハ事業からの撤退 2012年 デクセリアルズ ソニーによるケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿VGケミカルへの分離独立 2011年 住友金属鉱山 チリ・シエラゴルダ銅鉱山の権益取得と、二度の減損を経た全持分の譲渡 2010年 NEC 半導体子会社NECエレクトロニクスのルネサステクノロジとの統合 2010年 セイコーエプソン 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2010年 U-NEXT HOLDINGS インテリジェンスを米KKR系ファンドへ譲渡した連続子会社売却 2009年 レーザーテック 売上の半分を占めた液晶事業からの撤退と、半導体検査への集中 2009年 スクウェア・エニックスHD 英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却 2008年 日清製粉G本社 医薬事業からの撤退——5本柱の一角を合弁相手へ託して畳む 2008年 三菱樹脂 三菱化学グループ3社との合併と、三菱化学の機能材料事業の承継 2008年 日立化成 日立ハウステック株式のニューホライズンキャピタルへの譲渡と住宅設備事業からの撤退 2008年 ツムラ 子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退 2008年 東芝 次世代DVD「HD DVD」からの撤退——自ら仕掛けた規格戦争の終息 2008年 富士通 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 2007年 北の達人コーポレーション わけあり物産ECからの撤退と、独自開発「カイテキオリゴ」を軸とするメーカー型D2Cへの転換 2007年 鐘紡 事業の解体売却・花王への化粧品譲渡と会社解散 2007年 さくらインターネット 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 2007年 グッドウィルG コムスンの指定取消相当通知を受けたグループ全介護事業の外部譲渡 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2007年 HOYA ペンタックス買収と事業ポートフォリオの入れ替え 2007年 シチズン時計 電子デバイスの選択と集中、携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルからの撤退 2007年 GMOインターネットG ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退 2006年 エバラ食品工業 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 2006年 ライブドア 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 2006年 ニチアス 国内外のアスベスト含有製品の製造・販売を全面終了 2006年 栗田工業 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 2006年 ニプロ スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡と小売事業からの撤退 2005年 片倉工業 富岡工場の建物を富岡市へ寄付し、翌年に社有地を売却して保有を終える 2005年 古河機械金属 日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社 2005年 三越 横浜・大阪・枚方・倉敷4店の同時閉鎖と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 2004年 双日 総額2500億円の損失処理と、航空機ファイナンスという「聖域」への切り込み 2004年 ピジョン 国立病院機構の院内保育一括受託による保育事業への本格参入と、14年後の受託終了 2004年 近鉄GHD 近鉄バファローズの消滅、オリックス合併という「名誉ある撤退」 2004年 メイテックGHD 不況期の収益源を求めた日本ドレーク・ビーム・モリンの買収 2003年 SBSHD メール便事業の売却と3PL特化への転換 2003年 武田薬品工業 非医薬事業を切り、医療用医薬品に絞った武田國男氏の選択と集中 2002年 ABCマート 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 2002年 カナデビア 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 2002年 IHI 造船事業の分社化とIHIマリンユナイテッドの発足 2002年 岩谷産業 牧野明次体制の「量から質への転換」―戸建住宅事業撤退と水素先行投資 2002年 東急 航空事業への参入と撤退——東亜国内航空への出資から日本エアシステムの統合まで 2001年 クラレ 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 2001年 神戸製鋼所 テキサス・インスツルメンツ社との半導体合弁の設立と、マイクロン・テクノロジー社への全株式譲渡 2001年 フジクラ 電力ケーブル事業の古河電工との合弁ビスキャスへの切り出しと、15年後の国内事業の振り分け 2001年 セガサミーHD セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 2001年 東芝 汎用DRAMからの撤退とNAND型フラッシュメモリへの集中 2001年 芝浦メカトロニクス 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 2001年 山水電気 山水電気の福島工場閉鎖による自社生産からの撤退 2001年 伊藤忠エネクス 社名を伊藤忠エネクスへ改め、燃料商社からエネルギー商社へ転換 2001年 マルハ 国際原糖事業の損失処理と、本社ビル証券化による穴埋め 2000年 日本ゼオン 塩化ビニル事業の新第一塩ビへの移管と、水島工場での生産打ち切りによる祖業からの撤退 2000年 京セラ 米クアルコムの携帯電話端末事業の承継と、6期連続赤字 2000年 光通信 HITSHOP架空契約「寝かせ」の発覚と携帯電話小売からの撤退 2000年 ソフトバンクG ネットバブル崩壊下の資産圧縮と日債銀買収 1999年 横河電機 米HPとの36年合弁の解消と日本HP持分の売却 1999年 名古屋鉄道 不採算路線・多角化事業の見直しと分社化、中部圏への経営資源集中 1998年 日東紡績 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1998年 花王 フロッピーディスク事業からの全面撤退——「本業回帰」の宣言 1998年 藤沢薬品工業 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1998年 三菱電機 汎用DRAM事業からの撤退と、システムLSI・パワー半導体への「選択の時代」 1998年 沖電気工業 DRAM量産からの撤退と、半導体事業そのものの売却 1998年 カプコン メキシコ子会社の清算と米国持株会社株式の評価減による最終赤字 1997年 シップヘルスケアHD 医療コンサルと写真フィルム販売からSPD(院内物流代行)主体への転換 1997年 ヤオハン 資金繰り危機下で主力16店をダイエーへ売却——熱海の高収益店を含む稼ぎ頭の手放し 1994年 靴のマルトミ 不採算180店の一括閉鎖と、3年で380店を閉じる経営改善計画 1993年 旭化成 「拡大」路線からの転換と食品・酒類事業の売却 1993年 いすゞ自動車 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 1993年 第二電電 日本イリジウムの設立と米イリジウム社への218億円の出資、2000年の事業廃止 1992年 ハウス食品G本社 低シェア事業からの撤退方針とチルド食品事業の全面撤退 1992年 ディスコ 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1992年 タカラトミー シンガポール生産からの撤退——好調なうちに畳み、技術拠点へ転換する 1991年 日立化成 好況期に着手した低収益製品の選別と不採算製品からの撤退 1990年 パナソニック 米MCAの7800億円買収と、5年での売却 1990年 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収——日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1990年 近鉄GHD 志摩スペイン村への投資と建物の全額評価減 1989年 キーエンス 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1989年 日亜化学工業 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムによる高輝度青色LEDの開発着手 1988年 片倉工業 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 1988年 日産化学 中井武夫氏による石油化学からの完全撤退と農薬・機能性材料への転換 1988年 阪急阪神HD 阪急ブレーブスのオリエント・リースへの譲渡とプロ野球経営からの撤退 1985年 カネカ 女性かつら直営会社フォンテーヌのアデランスへの譲渡と、人工毛カネカロンの素材供給への専念 1985年 藤沢薬品工業 トイレ用芳香剤ピコレットなど家庭用品20品目のライオンへの譲渡 1984年 大日本製糖 負債を除く営業全部のニットーへの譲渡と解散 1984年 明治製糖 三菱商事全額出資の明糖産業への全営業譲渡と、明治製糖の解散 1984年 ヤクルト本社 三菱商事との合弁通販子会社リプソンの設立と清算 1984年 稲畑産業 医薬事業を合弁の住友製薬へ営業譲渡し、直営の医薬品事業から撤退 1981年 ソフトバンクG 日本ソフトバンクの創業とパソコンソフト卸売事業の立ち上げ 1974年 東京エレクトロン 消費財輸出からの全面撤退 1973年 古河機械金属 足尾銅山の閉山と、機械部門への主力の移行 1973年 三菱鉛筆 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英ROYAL SOVEREIGNの買収・売却 1967年 宝HD ビール事業からの撤退と二工場のキリン・サッポロへの売却 1967年 青山商事 食料品・特産品部門から撤退し紳士服販売へ一本化 1964年 飯野海運 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 1961年 日東電工 乾電池・磁気テープ部門のマクセルとしての分離独立と、日立製作所への売却 1960年 三機工業 鋼管部門の分離と、富士三機鋼管株式の富士製鉄への売却 1957年 UBE 祖業・石炭鉱業からの撤退と石炭部門約7,000名の配置転換 1950年 川崎重工業 製鉄部門の分離独立と川崎製鉄の設立、造船・造機・電機3部門への集約 1947年 カナデビア 彦島工場の三菱重工業への譲渡と、日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 1937年 トヨタ自動車 トヨタ自動車の創業——豊田自動織機の自動車部による国産量産車の事業化 1937年 南満洲鉄道 昭和製鋼所株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡 1932年 安川電機 配電盤と変圧器を捨て「安川のモートル」へ絞る 1931年 日本製鋼所 製鉄・採鉱事業の分離と輪西製鉄の設立、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中

内に取り込むか、外に任せるか134件

2026年 デンソー パワー半導体の垂直統合をめざしたローム株式取得の提案とその取り下げ 2025年 大和ハウス工業 住友電設のTOBによる完全子会社化と、データセンター建設の垂直統合 2025年 タイミー スキマワークスの全株式取得と、物流倉庫の業務請負への進出 2025年 三菱商事 過去最大の総額1.2兆円で米シェールガス開発会社エーソンを買収 2025年 ソフトバンクG 米半導体設計Ampere Computingの65億ドル買収 2024年 円谷フィールズHD ソフィアの子会社化によるエース電研の取り込み 2024年 スギHD 調剤薬局大手I&H(阪神調剤グループ)の買収による調剤事業の急拡大 2024年 SGHD AZ-COM丸和との競合TOBを制したC&Fロジホールディングスの買収 2024年 東宝 アニメ制作会社サイエンスSARUの子会社化と、Toho InternationalによるGKIDSの取得 2023年 大成建設 ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動 2023年 みずほFG 米グリーンヒル買収——M&A助言機能の「内製化」 2023年 東京ガス 米国シェールガス開発・生産会社ロッククリフ・エナジーの全株式取得 2022年 飯田GHD ロシア極東の林業大手RFPグループ19社の買収と、侵攻直後の暗転 2022年 パナソニック ブルーヨンダー買収と持株会社への移行——「事業会社制」への組み替え 2019年 中部電力 東京電力との合弁JERAの設立と国内火力発電事業の全面移管 2019年 大阪ガス シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得 2018年 オープンハウスG 273億円でホーク・ワンを買収し戸建供給力を一段拡大 2018年 豊田通商 リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資 2017年 高砂熱学工業 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 ペプチドリーム 塩野義製薬・積水化学工業との合弁によるペプチスターの設立と原薬製造の内製化 2016年 出前館 配達代行「シェアリングデリバリー」の開始と、注文取次から配達までへの事業範囲の拡大 2016年 FPG 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2016年 ライフコーポレーション ナチュラルスーパー「ビオラル」による独自業態の創出 2015年 S Foods AURORA PACKING COMPANY買収による米国食肉処理の2拠点化 2015年 ハウス食品G本社 壱番屋へのTOBによる子会社化と、外食事業の取り込み 2015年 TOKYO BASE 海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA 2015年 LINEヤフー ヤフーによるアスクル連結子会社化と親子上場ガバナンス 2015年 FPG アイルランドAMENTUM CAPITALへの25%出資と子会社化、航空機投資管理サービス事業への進出 2014年 飯田GHD ファーストウッド子会社化に始まる建材・木材の垂直統合 2014年 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループの買収による自動車ディーラー事業への参入 2013年 神戸物産 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 2013年 伊藤忠商事 米ドール(Dole)の加工食品事業とアジア青果事業の買収 2012年 富士電機 純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合 2012年 ミスミG本社 米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 2011年 阪和興業 古川弘成社長の「そ・こ・か」戦略とM&A+A 2011年 千葉銀行 ちばぎん証券の株式交換による完全子会社化と証券業務の内製化 2010年 日本冶金工業 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 2009年 三菱ケミカルG 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 2009年 JFEHD インドJSWスチールとの包括提携 2008年 神戸物産 経営不振の食品メーカーを買い続けた国内自社工場網の構築 2007年 スカパーJSAT 株式移転による衛星会社JSATとの経営統合と宇宙通信の子会社化 2006年 シップヘルスケアHD 東証二部上場とセントラルユニ買収による院内設備事業の取り込み 2006年 サイバーエージェント エンジニア採用の本格化と技術の内製化 2006年 三井海洋開発 借りていた係留技術を買う——米SOFEC社の全株式取得 2006年 モスフードサービス 農業生産法人サングレイスへの資本参加による産地合弁への参入 2005年 新日本石油 帝国石油と国際石油開発の経営統合案への反対と、帝石株の買い増しによる20%超の取得 2005年 ゼンショーHD MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築 2005年 スクウェア・エニックスHD タイトーの株式公開買付けと完全子会社化による「100%保有戦略」の始動 2005年 ミスミG本社 駿河精機の取り込みと持株会社移行による流通専業からの転換 2004年 住友化学 サウジ・アラムコとの折半合弁による石油精製・石油化学統合コンプレックス「ラービグ」への進出 2004年 シャープ 液晶一貫生産「亀山モデル」への集中投資 2004年 ソフトバンクG 日本テレコムの買収と固定・携帯通信への布石 2003年 セーレン 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 2003年 JFEHD 無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業 2003年 東宝 ヴァージン・シネマズ・ジャパンの買収と映画興行網の自社一元化 2002年 ユナイテッドアローズ 東証上場を挟んだ自主企画レーベルの多層展開と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年 リロG 借上社宅の転貸事業への進出 2001年 オープンハウスG 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 2000年 神戸物産 業務スーパーによる製販一体(食のSPA)モデルの確立 2000年 スギHD 安売りによらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換 1999年 しまむら 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 1996年 大東建託 賃貸経営の周辺機能をグループ内に抱え込む 1996年 ナカニシ 社名の株式会社ナカニシへの変更と販売代理店の吸収合併による製造・販売の一社統合 1995年 キヤノン 御手洗氏冨士夫氏の社長就任と連結経営・自前主義への転換 1995年 ゴールドウイン ザ・ノース・フェイスの日本・韓国における商標権取得 1994年 三菱石油 ベトナム南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターによる原油探鉱への進出 1994年 コロワイド 逗子工場の閉鎖と鎌倉キッチン配送センターの新設、セントラルキッチン網の構築 1994年 ユニ・チャーム パンツ型紙おむつ「ムーニーマン」とスピード開発体制 1994年 ニトリ 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 1993年 村田製作所 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 1992年 ジャパンエナジー 共同石油の合併と、石油精製・販売の一社化 1991年 日本ハム 豪州での食肉垂直統合と牛肉輸入自由化への備え 1990年 ABCマート 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年 三菱レイヨン 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1989年 ホクト きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 1989年 S Foods 丸紅らとの合弁で米ネブラスカ州にFREMONT BEEF COMPANYを設立 1989年 フューチャー 独立系ITコンサルとしての創業と「業務とITの一体設計」 1989年 ソニー CBSレコードとコロンビア映画の連続買収──ハードとソフトの垂直統合 1988年 オカムラ JTオカムラ設立——たばこ工場を机工場へ転用した異業種合弁 1988年 ファーストリテイリング 香港経由の直接調達による製造小売業(SPA)の原型づくり 1987年 タカタ 運転席用エアバッグの量産開始と、インフレータの内製化 1983年 DCMHD 石黒商店によるIBMシステム38の導入と物流センターの設立 1982年 山崎製パン サンエブリーからデイリーヤマザキへの転換と、自前のコンビニ網の構築 1981年 キユーピー 卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える 1980年 カルビー 主原料を小麦から芋へ移し、カルビーポテト設立で原料調達を内製化した垂直統合 1980年 フジクラ 光ファイバの独自技術への投資と、融着接続機の自社開発 1978年 東北電力 石油専焼火力への依存を改める日本海エル・エヌ・ジー設立とLNGへの燃料転換 1977年 安宅産業 NRC製油所への傾斜投資と戦後最大級の商社破綻 1976年 信越化学工業 シンテックの完全子会社化と、テキサス立地を軸にした塩ビ垂直統合 1976年 ユニオンツール 長岡への工場設置と本社工場機能の移転による生産拠点の新潟県集約 1976年 ホリプロ 新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設 1975年 日本軽金属HD アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 1975年 ディスコ 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 1974年 オービック 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換 1974年 野村マイクロ・サイエンス 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入 1972年 キユーピー 中島董商店の得意先販売網を引き継ぎ、半世紀続いた製販分離を解消して自社販売へ移行 1970年 日本触媒 アクリル酸の国産化と高吸水性樹脂(SAP)市場への後発参入がもたらした原料一貫戦略 1970年 神戸製鋼所 灘浜での自社高炉の建設、尼崎製鉄の吸収合併、加古川製鉄所の新設 1968年 ヤクルト本社 瓶からプラスチック容器への転換と全国原液工場の統合による本社集権体制の確立 1968年 アリアケジャパン アサリエキスの卸売から畜産エキスの自社製造へ——1968年の業態転換 1968年 旭化成 売上高に匹敵する1000億円を投じた水島の石油化学コンビナート建設 1966年 伊藤忠商事 石油の開発から精製・販売までを一貫化する「和製メジャー」構想と東亜石油の系列化 1965年 ホリプロ 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用と、東京音楽出版の設立 1963年 オークマ 自社製NC装置「OSP」の開発と、機械・制御を一体で設計する体制の構築 1962年 曙ブレーキ工業 米英仏3社との技術提携と岩槻製造所への資本金数倍の投資 1961年 SMC 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1960年 カゴメ 米デルモンテとの合弁提携の拒否と、契約栽培による国産・自主路線 1959年 三菱電機 半導体量産専門工場・北伊丹工場の新設と、西条・高知への量産設備の拡大 1958年 明治製菓 梅沢浜夫博士が発見したカナマイシンの工業化と、菌の培養から原末・製剤までの一貫生産の確立 1957年 リンナイ 独シュバンク社との技術提携による赤外線ガスバーナー事業への参入 1956年 神崎製紙 徳島県阿南への富岡工場の建設と、広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 1956年 東映アニメーション 短編の外注先だった日動映画を買収し、長編漫画映画の専属スタジオへ改組 1953年 出光興産 国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立 1953年 住友金属工業 小倉製鋼の合併による銑鋼一貫体制の確立 1952年 日本軽金属HD カナダのアルミニウム・リミテッドとの資本および技術の援助契約の締結と、同社による増資新株の引き受け 1951年 川崎製鉄 千葉製鉄所の建設と、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 1951年 オルガノ 米ローム・アンド・ハース社との提携とイオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化 1951年 九州電力 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立 1950年 三井金属 三井鉱山からの金属部門の分離独立と神岡鉱業の創立、東京証券取引所への上場 1950年 村田製作所 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入 1949年 小野薬品工業 日本有機化工の小野薬品工業への改称と、小野市兵衛商店の吸収合併による製販一本化 1946年 ホンダ 旧軍払下げエンジンから起こした本田技術研究所の創業と、完成車への転身 1943年 日本冶金工業 大江山ニッケル工業の合併によるニッケル原料の上流統合 1943年 東宝 東京宝塚劇場と東宝映画の合併、製作・配給・興行・演劇の一貫経営体制の確立 1933年 三機工業 日本鋼材の経営権掌握と三建工業の合併 1933年 アズビル 輸入商から計器メーカーへの業態転換と、大森への山武商会計器製作所の開設 1931年 三菱石油 米アソシエイテッド石油との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設 1929年 伊藤忠商事 呉羽紡績の創立——繊維商社から工業(紡績)経営への進出 1926年 ハウス食品G本社 薬種問屋からカレー粉の自社製造への転換 1920年 レンゴー 聯合紙器の設立による法人化と同業統合 ── 原紙から製品までの垂直統合 1919年 日清紡HD 宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設 1914年 ニチロ 北洋サケ・マス漁場の取得と、米国式缶詰機械によるサケ缶詰の量産化 1897年 住友電工 住友本店による日本製銅の買収と住友伸銅場の開設、銅線製造の開始 1896年 古河電工 古河電工創業——足尾銅山の電気銅から横浜の電線工場へ

祖業を、置き換えるか225件

2026年 トクヤマ セメント・固化材の国内販売事業の太平洋セメントへの譲渡と、製造停止の検討着手 2026年 ホンダ 「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字 2025年 グンゼ 主力アパレルの構造改革と、コア事業の機能ソリューション・メディカルへの移行 2025年 ENEOS HD JX金属の分離上場——石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し 2025年 フジクラ AI・データセンターへの集中と電線大手の再定義 2024年 三井松島HD 連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 2024年 豊田通商 台数依存からの脱却——「質で稼ぐ」構造への転換と売上10兆円商社化 2023年 トヨタ自動車 豊田章男氏から佐藤恒治氏への14年ぶり社長交代とEVシフトの本格化 2023年 TOPPAN(凸版印刷) 創業123年で「凸版印刷」の看板を外す持株会社化とTOPPANホールディングスへの改称 2022年 ニッスイ 「日本水産」を捨てた業態転換 — 水産卒業・食品と養殖の双翼へ 2022年 円谷フィールズHD 持株会社体制への移行と円谷フィールズホールディングスへの商号変更 2022年 UBE 祖業セメントの連結除外と商号「宇部興産→UBE」への同時転換 2022年 ENEOS HD 和歌山製油所の閉鎖と次世代燃料拠点への転換 2022年 三菱重工業 防衛事業の急拡大——縮小産業を国策の成長事業へ 2021年 JSR エラストマー事業のENEOSへの譲渡と、半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2021年 日本ガイシ 半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換 2021年 JVCケンウッド 民生AV主体からモビリティ・業務用無線中心への事業ポートフォリオ転換(VISION2023) 2021年 三井E&S 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 2021年 ホンダ 「2040年 四輪EV・FCV100%」宣言による脱エンジンへの転換 2020年 タイミー 求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓 2020年 デンカ デンカ生研の本体統合と新型コロナ検査キットの量産化 2020年 日立製作所 ABB社パワーグリッド事業の買収とHitachi Energyの発足 2019年 第一三共 エンハーツとアストラゼネカ提携——がん事業への転換 2019年 NTT 海外システム構築事業の統合と「One NTT」体制の構築 2019年 中部電力 東京電力との合弁JERAの設立と国内火力発電事業の全面移管 2018年 ANYCOLOR アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え 2018年 TOYOTIRE 三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携と、TOYO TIREへの改称 2018年 ソシオネクスト 汎用ASSPからカスタムSoC専業への転換と「ソリューションSoC」ビジネスモデルへの絞り込み 2017年 宝HD 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 2017年 コニカミノルタ 米アンブリー・ジェネティクスの巨額買収によるがん遺伝子診断への本格進出 2017年 ソフトバンクG ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成 2016年 横浜ゴム オフハイウェイタイヤ(OHT)事業への連続M&Aによる事業構成の転換 2016年 FPG 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2016年 キヤノン 東芝メディカルシステムズの6655億円買収と医療への本格参入 2016年 NISSHA メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト 2015年 第一三共 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 2015年 東京海上HD 連続する海外M&Aと「海外で稼ぐ」グローバル損保への転換 2015年 東京電力HD 火力発電と燃料調達を中部電力との合弁JERAへ移し、自社の火力発電所を手放す 2014年 MIXI モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資 2014年 オリックス リース・融資から自己資金の事業投資への業態転換 2012年 クリエイトSDHD 創業家によらない外部プロ経営者への継承と「医・食」フォーマットへの転換 2012年 マネーフォワード 初代サービス『マネーブック』を数か月で閉じ、家計簿・資産管理へ作り直す 2012年 ジャストシステム 専用タブレットの通信教育「スマイルゼミ」を家庭へ投入し、売り切りソフト会社をやめる 2011年 帝人 フェブリク(フェブキソスタット)の創製と発売 2011年 LINE メッセンジャーアプリ「LINE」の投入と、検索・ゲームからの主力転換 2010年 円谷フィールズHD フィールズによる円谷プロダクションの子会社化 2010年 ANAHD JAL破綻を機とした国際線拡大と「内需依存」からの転換 2009年 SHIFT 製造業コンサルからソフトウェアテスト専業への業態転換 2009年 MTG 美容ローラー「ReFa」の発売と、ブランド開発企業への業態転換 2008年 ツムラ 子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退 2008年 ノーリツ鋼機 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 2008年 野村HD リーマン・ブラザーズのアジア太平洋・欧州中東部門の承継によるグローバル投資銀行への転身 2007年 北の達人コーポレーション わけあり物産ECからの撤退と、独自開発「カイテキオリゴ」を軸とするメーカー型D2Cへの転換 2006年 三菱レイヨン 初の非繊維出身社長の起用とMMA基軸への経営資源集中 2006年 新日本石油 ガソリンから石油化学基礎製品への生産構成の組み替えと、10年2000億円の製油所改造 2006年 DOWA 持株会社制への移行と5事業会社への会社分割、原料の鉱石からリサイクルへの切り替え 2006年 住友電工 独ワイヤーハーネスメーカーの買収と住友電装の完全子会社化 2006年 東芝 米ウェスチングハウスを約54億ドルで買収し、世界一の原子力事業を築く 2005年 オープンアップG 障害者雇用の特例子会社にトラスト・テックを買い、技術者派遣を本業に据える 2005年 富士紡HD 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2005年 日清紡HD 公開買付による新日本無線の連結子会社化 2005年 ミスミG本社 駿河精機の取り込みと持株会社移行による流通専業からの転換 2004年 富士フイルム 本業の消失に備えた構造改革「VISION75」と第二の創業 2004年 ベイカレント 発案者が事業を立ち上げる社内独立の風土づくりと、SIerから上流コンサルへの転換 2004年 三井不動産 「持たない経営」への転換——不動産を所有せずに稼ぐモデルへ 2004年 吉野家HD 米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用 2003年 セーレン 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 2003年 電通総研 GE由来の祖業を閉じ、電通単独親会社体制へ移った資本と事業の整理 2003年 アンリツ 携帯通信の世代交代を先取りしたモバイル計測への先行投資 2002年 ABCマート 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 2002年 ライブドア 破綻した無料プロバイダーからの営業譲受と、ライブドアへの社名変更 2002年 アマノ オムロンからの駐車場設備事業の営業権譲受 2002年 カナデビア 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 2001年 ニチロ 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 2001年 オープンハウスG 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 2001年 クラレ 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 2001年 三井金属 神岡鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABなど電子材料への事業転換 2001年 古河電工 米ルーセントの光ファイバ・ケーブル部門の買収と、世界シェア2位の取得 2001年 セガサミーHD セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 2001年 伊藤忠エネクス 社名を伊藤忠エネクスへ改め、燃料商社からエネルギー商社へ転換 2000年 日本ゼオン 塩化ビニル事業の新第一塩ビへの移管と、水島工場での生産打ち切りによる祖業からの撤退 2000年 IHI 日産自動車からの宇宙航空事業取得と航空・宇宙への転換 1999年 トリドールHD 洋風居酒屋「トリドール」の和風焼き鳥ファミリーダイニング「とりどーる」への転換 1999年 三菱ケミカルG 赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止による「脱・総合」への転換 1999年 デンソー トヨタの支配力強化と系列見直しのなかでの自立模索 1999年 兼松 兼松「構造改革計画」― 1,500億円債権放棄と総合商社からの撤退 1998年 ディップ IBMとの提携による人材情報事業の立ち上げと、端末IBM・コンテンツ自社という分担 1998年 日東紡績 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1998年 電通G 「岐路に立つ広告の王者」——3つの大波を前にした組織改革と上場・海外への布石 1998年 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスとの合併による液晶製造装置への参入と芝浦メカトロニクスへの社名変更 1998年 カチタス 改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ 1998年 ファーストリテイリング 本部集中管理から「個店対応」への転換 1997年 シップヘルスケアHD 医療コンサルと写真フィルム販売からSPD(院内物流代行)主体への転換 1997年 三共 糖尿病薬ノスカールの国際展開と「第二の柱」戦略の挫折 1997年 全国保証 民間金融機関の住宅ローン保証への参入と、公的融資保証からの主力転換 1996年 マツキヨココカラ&カンパニー 複合小売から薬粧専門・都心駅前チェーンへの転換とマツキヨのブランド化 1996年 横浜FG 都銀に対抗する26エリア戦略と地理情報システムの導入 1994年 クラレ 非繊維事業への転換「地下茎経営」と、不況に揺るがぬ収益体質づくり 1994年 IDOM 中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場 1993年 JSR 合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資 1992年 すかいらーくHD 客単価760円「ガスト」への全店転換と原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1992年 SCREEN HD 大日本スクリーン製造のウエハ洗浄装置への集中と半導体装置への転換 1992年 朝日インテック 極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換と、国内初のPCIガイドワイヤーの製品化 1991年 パーク24 駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場「タイムズ」運営への転換 1990年 東京エレクトロンデバイス 建物保守管理業務のグループ他社への移管と、外国製半導体販売への業態転換 1989年 ホクト きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 1989年 三共 青かびの一株から18年かけてメバロチンを世に出した判断 1989年 ブラザー工業 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1989年 オリックス リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化 1989年 山之内製薬 筑波研究センターの開設と、バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資 1988年 片倉工業 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 1988年 日産化学 中井武夫氏による石油化学からの完全撤退と農薬・機能性材料への転換 1988年 富士電機 家電敗北から自動販売機への転換と富士電機冷機の自立 1988年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 現金問屋からディスカウント小売への業態転換 1987年 古河機械金属 車載型クレーンのユニックの全株式取得と佐倉工場の開設 1987年 DMG森精機 量産方式の限界と「工作機械の宮大工に戻る」転換 1987年 荏原製作所 半導体向けドライ真空ポンプへの参入と、CMP装置の事業化 1987年 IHI 造船不況下の「2.5次産業型企業」への変身 1987年 コニカ 輸出ブランド「コニカ」への商号変更と、社名からの「写真工業」の削除 1986年 森ビル 単独ビルの建設から市街地再開発事業への転換と、アークヒルズの竣工 1985年 JT 日本専売公社を株式会社化し日本たばこ産業として発足 1985年 三菱瓦斯化学 汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換 1985年 三井化学 エチレンの浮島集約と「超石油化学」ビジョン ── 汎用石化からの脱却宣言 1985年 山之内製薬 自社創製のH2ブロッカー「ガスター」の発売と、米メルク社への技術輸出 1984年 関電工 土木・空調管・原子力工事への業域拡張と「関電工」への社名変更 1983年 浜松ホトニクス 浜松テレビから浜松ホトニクスへの社名変更と、光子工学を軸とする事業領域の再定義 1982年 スクウェア・エニックスHD 開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携 1981年 TOTO 衛生陶器の単品トップから住設機器総合メーカーへの転換 1981年 ニチアス 社名から「アスベスト」を外し、主原料を代替素材へ切り替える転換に入る 1981年 FUJI 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1980年 明治製菓 不採算菓子工場の閉鎖と食品事業の構造改善、薬品部門への経営資源の集中 1980年 カルビー 主原料を小麦から芋へ移し、カルビーポテト設立で原料調達を内製化した垂直統合 1977年 ニチロ 二百カイリ規制下での北洋漁業の縮小と、陸上加工・畜産加工への転換 1977年 マルハ 二百カイリ規制を受けた遠洋漁業からの主力転換と、加工食品・養殖事業への移行 1976年 昭和飛行機工業 米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出 1976年 ヤマトHD 宅急便事業の創業——路線トラック三番手からの個人宅配市場への転換 1975年 ショーボンドHD 補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社 1975年 TIS 東洋コンピュータサービス合併による受託計算主軸への転換 1975年 ディスコ 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 1975年 サイゼリヤ 全品半額への値下げと低価格イタリア料理チェーンへの業態転換 1975年 大阪ガス ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換 1974年 オービック 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換 1974年 三和HD 三和ドアー工業の吸収合併によるシャッター専業から建材総合メーカーへの転換 1974年 野村マイクロ・サイエンス 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入 1974年 ピジョン 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1974年 東京エレクトロン 消費財輸出からの全面撤退 1973年 三井松島HD 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ 1973年 片倉工業 製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換 1973年 DCMHD カーマによる176店舗のドラッグストアチェーン構想の撤回と、ホームセンターへの業態転換 1973年 古河機械金属 足尾銅山の閉山と、機械部門への主力の移行 1973年 シャープ 電卓の価格競争から降り、半導体と液晶という独自デバイスに賭けた転進 1973年 センコーGHD 扇興運輸からセンコー株式会社への社名変更 1972年 トヨタ紡織 定款に自動車部品の製造を追加し紡織から自動車部品メーカーへ転換 1972年 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針の表明と新製品領域への多角化 1971年 東京電力HD 福島第一原子力発電所の建設と原子力への参入 1971年 コニカ 電子複写機U-Bixの発売による事務機市場への参入と、八王子工場のカメラからの転換 1970年 すかいらーくHD 食料品店からの業態転換とファミリーレストラン「すかいらーく」第1号店の開業 1970年 野村不動産HD 野村證券の不動産部門を二社に分け、野村住宅産業(現・野村不動産)を設立 1970年 象印マホービン 電子ジャーの開発・発売と、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年 常磐興産 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更 1969年 三菱鉱業セメント 石炭生産部門の分離と、三菱高島炭砿・三菱大夕張炭砿の設立 1969年 住友重機械工業 造船大手・浦賀重工業の吸収合併と重工業メーカーへの転換 1969年 セイコーG 世界初のクオーツウオッチ「アストロン」と特許公開による技術のデファクト化 1969年 パルコ 百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸すファッションビル運営への転換 1969年 東京ガス アラスカ産LNGの15年長期契約と東京電力との共同調達、根岸基地の建設 1968年 アリアケジャパン アサリエキスの卸売から畜産エキスの自社製造へ——1968年の業態転換 1968年 アマノ コンピューター就業管理システム「アレコデータ」の発売 1967年 兼松 兼松・江商合併と「兼松江商」の発足 1967年 青山商事 食料品・特産品部門から撤退し紳士服販売へ一本化 1965年 ホシザキ ジュース自販機から業務用製氷機への転換と直販販社網の構築 1964年 クラフティア 空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換 1964年 日本電気硝子 ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設 1963年 横浜ゴム ブリヂストンに譲った首位からの巻き返し——新城工場と島崎敬夫社長の経営刷新 1962年 大正製薬HD 20mlアンプル剤から100mlドリンク剤への剤形変更と、リポビタンDの発売 1962年 汽車製造 後藤悌次社長の「斜陽産業論」と車両専業からの多角化への転換 1961年 東洋水産 水産商社から即席麺への転身——「マルちゃん」で加工食品へ踏み出す(1961) 1961年 SMC 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1960年 日本製鋼所 独アンケル・ベルク社からの技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1960年 クボタ 純国産トラクタT15形の発売と、耕うん機から完成機体系への農業機械の組み替え 1960年 オムロン 保護継電器メーカーから制御機器メーカーへの業態転換と世界初の無接点近接スイッチ 1960年 コクヨ 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売 1960年 伊藤忠商事 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から総合商社への転換 1959年 トヨタ自動車 日本初の乗用車専門工場・元町工場の建設と量産体制への転換 1958年 日本光電工業 主要部品の真空管からトランジスタへの置き換えと、小型ME機器への転換 1957年 東レ 英ICIからのポリエステル繊維技術の導入と、帝国人造絹絲との共同導入 1957年 本州製紙 第一次・第二次合理化工事の決定と、釧路への段ボール原紙工場の新設 1957年 UBE 祖業・石炭鉱業からの撤退と石炭部門約7,000名の配置転換 1957年 上村工業 本社への薬品部設置とめっき用化学品の製造開始 1957年 ダイフク ビューラー社・ジャービス・ビー・ウェブ社との技術提携による搬送機械への転換 1957年 マキタ 特殊モーター受注生産からの転換と、国産第一号の携帯用電気カンナによる電動工具専業化 1957年 ペンタックス 距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換 1956年 味の素 うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換 1956年 はごろもフーズ 輸出依存から内需へ——東京営業所開設と自社ブランド缶詰への転換 1956年 コマツ 砲弾生産への依存を断ち、ブルドーザーを主力とする建設機械への業態転換 1956年 日亜化学工業 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立 1955年 リコー リコピー101による事務機市場への本格参入 1955年 東京電力HD 水主火従から火主水従へ──火力を基幹電源に据えた電源構成の転換 1954年 豊田自動織機 農業機械への参入——S型エンジンの転用から始まった多角化の躓き 1953年 信越化学工業 米ゼネラル・エレクトリック社との技術提携によるシリコーンの事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1953年 豊田自動織機 トヨタ向けOEM生産への参入による織機会社の構造転換 1953年 東京精密 高圧流量式空気マイクロメータの日本初工業化と、切削工具から精密測定機器への主力転換 1953年 サンゲツ 表具師の家業から壁紙卸専業への業態転換 1952年 ダイキン 朝鮮戦争の砲弾特需を原資とする空調・化学への業態転換 1952年 ゴールドウイン 一般メリヤス雑貨の生産をやめ野球ストッキング中心のスポーツウエアへ全面転換 1951年 明治製糖 倉庫業と製薬業による操業の繋ぎと、川崎工場復旧による精製糖業への復帰 1951年 ニチレイ 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換 1951年 東レ 米デュポンとのナイロン技術提携 1951年 昭和飛行機工業 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1950年 堀場製作所 国産初のガラス電極式pHメータ完成と計測器専業への転換 1949年 小野薬品工業 日本有機化工の小野薬品工業への改称と、小野市兵衛商店の吸収合併による製販一本化 1946年 グンゼ 紡績業への不参入と、フルファッション技術を生かしたメリヤス業への転換 1946年 ホンダ 旧軍払下げエンジンから起こした本田技術研究所の創業と、完成車への転身 1946年 シチズン時計 軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用、腕時計専業への復帰 1945年 大和工業 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 1945年 住友商事 25年続いた商社設立禁止の撤回と、不動産会社を母体とした商事部門の開設 1936年 日本冶金工業 消火器から火工品へ、さらに特殊鋼・ステンレスへ続いた二度の業態転換 1933年 アズビル 輸入商から計器メーカーへの業態転換と、大森への山武商会計器製作所の開設 1933年 伊勢丹 神田店の閉店と新宿本店への全面移転、株式組織への改組 1933年 南満洲鉄道 満洲国国有鉄道の受託経営と、奉天への鉄路総局の設置 1930年 ダイハツ工業 国産エンジンを積んだ三輪自動車の完成車製作への進出 1926年 ハウス食品G本社 薬種問屋からカレー粉の自社製造への転換 1924年 シャープ 機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、大阪でのラジオ転身 1923年 サントリーHD 資本が数年寝るのを承知で始めた本格ウイスキーの国産化 1915年 ミズノ 関西学生連合野球大会の主催と、全国中等学校優勝野球大会への開催権の移譲 1910年 松坂屋 株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した名古屋・栄町での陳列方式の百貨店開業

収益モデルを、作り替えるか135件

2025年 タイミー スキマワークスの全株式取得と、物流倉庫の業務請負への進出 2025年 FPG 令和8年度税制改正大綱を受けた不動産小口化商品の新規販売停止と特別解約措置 2025年 サンウェルズ 訪問看護の不適切請求問題を受けた中期経営計画の取り下げと訪問看護体制の全面見直し 2024年 大和証券G本社 単品売買モデルから顧客の資産価値最大化を掲げる資産管理型ビジネスへの転換 2023年 タイミー 無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成 2023年 SWCC 純粋持株会社体制の解消と、商号の昭和電線ホールディングスからSWCCへの変更 2023年 SBIHD SBI証券「ゼロ革命」による国内株式売買手数料の恒久無料化 2023年 マネックスG NTTドコモとの共同持株会社の設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2022年 ペプチドリーム 富士フイルム富山化学からの放射性医薬品事業の取得とPDRファーマの連結子会社化 2021年 NEC BluStellar戦略への転換と再成長——ハード売り切りからの脱却 2021年 富士通 Fujitsu Uvanceによる事業モデル再定義とDX企業への転換 2021年 西武HD 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2020年 サンゲツ 長期ビジョン「DESIGN 2030」── スペースクリエーション企業への転換宣言 2020年 中部電力 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 2019年 ショーボンドHD 三井物産との合弁による海外メンテナンス——2019年に始めた段階展開 2019年 野村HD 「猛烈営業」モデルの転換と国内店舗2割削減 ── ウェルス・マネジメントへの構造改革 2018年 オービックビジネスコンサルタント 完全SaaS型「奉行クラウド」の投入と、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え 2018年 ANYCOLOR アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え 2018年 ソシオネクスト 汎用ASSPからカスタムSoC専業への転換と「ソリューションSoC」ビジネスモデルへの絞り込み 2017年 日立建機 鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツ・豪ブラッドケンの取得による消耗部品事業の獲得 2017年 カプコン 内製エンジンRE ENGINEとデジタル・DLC販売への構造転換 2016年 出前館 配達代行「シェアリングデリバリー」の開始と、注文取次から配達までへの事業範囲の拡大 2016年 ビジョナル HRMOSの投入とSaaS群・隣接市場への多角化による成功報酬型からの収益源分散 2016年 ベイカレント 上場直後の減益を受けた社長交代と、採用数と単価を同時に上げる成長モデルへの転換 2016年 東京ガス 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2015年 ネクステージ 大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大 2015年 三陽商会 バーバリー独占ライセンスの喪失と、自社企画ブランドへの売場転換 2015年 青山商事 創業50周年を機にミスターミニットを買収しスーツ依存からの脱却をはかる 2015年 丸井 消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換 2015年 コナミG 小島秀夫氏の退社とコジマプロダクション解散 ── モバイル収益重視への経営資源再配分 2014年 パナソニック テスラとの車載電池協業とギガファクトリー——家電から「走る電池」へ 2014年 オリックス リース・融資から自己資金の事業投資への業態転換 2014年 三菱倉庫 日本橋・江戸橋倉庫ビルの建て替えと賃貸オフィスビルへの用途転換 2014年 森ビル 立体道路制度による環状第二号線上空への超高層タワー建設と、虎ノ門ヒルズ 森タワーの竣工 2013年 マネーフォワード クラウド会計への参入で、法人向けという二本目の柱を立てる 2013年 ペプチドリーム 創業7年でのマザーズ上場と、製薬大手への技術提供を収益源とする研究開発受託モデルの確立 2013年 LINEヤフー ヤフーの「eコマース革命」——出店料無料化による収益構造転換 2013年 松井証券 デイトレード限定「一日信用取引」の導入と、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2013年 商船三井 スポット運賃で稼ぐ不定期船経営からLNG船・長期契約への収益構造の転換 2012年 関電工 銚子風力開発への資本参加による発電事業への進出 2012年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント 自社IP「パズル&ドラゴンズ」の開発投入 2012年 インターネットイニシアティブ フロー型のISP接続から法人ストック型への事業モデル転換 2012年 塩野義製薬 HIV合弁持分の英ViiV Healthcareへの移転と、ViiV株式10%の取得 2012年 フジ・メディアHD サンケイビルの子会社化と、都市開発・観光を第二の柱とする事業ポートフォリオ再編 2012年 ジャストシステム 専用タブレットの通信教育「スマイルゼミ」を家庭へ投入し、売り切りソフト会社をやめる 2012年 沖電気工業 閉鎖寸前だった本庄工場の受託生産への転換と、他社工場を買う側への転身 2011年 さくらインターネット 都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる 2011年 小野薬品工業 Bristol-Myers Squibbとの戦略提携による抗PD-1抗体の海外開発・販売権の供与 2011年 オリエンタルランド 入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ 2011年 東京建物 出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え 2010年 荏原製作所 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社への三菱商事・日揮の資本参加 2010年 バンダイナムコHD 「IP軸戦略」への転換 2009年 DeNA 怪盗ロワイヤルによる広告依存モデルからアイテム課金への転換 2009年 ドリームインキュベータ 投資規律の厳格化と、ファンド組成による株式市況に依存しない収益構造への転換 2009年 パーク24 マツダレンタカーの取得によるモビリティ事業への参入 2008年 日本新薬 セレキシパグの日本を除く全世界の開発販売権のアクテリオンへの導出 2008年 TBSHD 赤坂サカスの開業と赤坂再開発による不動産事業化 2007年 日本マクドナルド 直営店のフランチャイズ転換による資産圧縮 2007年 北の達人コーポレーション わけあり物産ECからの撤退と、独自開発「カイテキオリゴ」を軸とするメーカー型D2Cへの転換 2007年 ディスコ 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 2007年 BIPROGY ケンブリッジ買収とネットマークスTOBによるサービス事業への転換 2007年 三菱HCキャピタル UFJセントラルリースとの合併と三菱UFJリースの発足 2006年 丸井 グレーゾーン金利依存からの脱却とエポスカードによる金融業態転換 2005年 ネクステージ ネクステージのクロスセル導入と生涯顧客モデルへの転換 2004年 サイバーエージェント アメーバブログの立ち上げとメディア事業への参入 2003年 FUJI モジュール型高速多機能装着機NXTの開発 2003年 富士通 連結最終赤字3,825億円からの再建と黒川博昭氏の構造改革 2003年 伊勢丹 新宿本店メンズ館の全面改装とブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入 2003年 光通信 社債償還危機下の有利子負債圧縮とOA機器販売への収益源転換 2003年 森ビル 六本木ヒルズの竣工と、用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え 2002年 楽天G 「不動産型」から「フランチャイズ型」への料金体系転換 2002年 ユナイテッドアローズ 東証上場を挟んだ自主企画レーベルの多層展開と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年 マネックスG 顧客保護を理由に見送ってきた信用取引への参入と貸株サービスの開始 2002年 リロG 借上社宅の転貸事業への進出 2001年 オープンハウスG 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 2001年 LINEヤフー ヤフーのYahoo! BB参入とモデム販売収入への傾斜 2001年 セブン銀行 金利差ではなくATM受入手数料を収益の柱に据えた銀行の設計 2001年 NSD 地域計算センター・福島総合計算センター(現・FSK)の子会社化と運用受託部門の分社 2000年 太平洋セメント 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立と、エコセメントの事業化 1999年 トリドールHD 洋風居酒屋「トリドール」の和風焼き鳥ファミリーダイニング「とりどーる」への転換 1999年 松井証券 定額制手数料「ボックスレート」の導入と、当初案7割引から9割引への変更 1998年 任天堂 任天堂のポケモン株式会社共同設立とIP経営への移行 1998年 東京建物 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1998年 カチタス 改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ 1998年 KDD 国際電信電話株式会社法の廃止と特殊会社からの離脱 1997年 シップヘルスケアHD 医療コンサルと写真フィルム販売からSPD(院内物流代行)主体への転換 1997年 日本長期信用銀行 スイス銀行との業務・資本提携と投資銀行への転換、住友信託銀行への合併申し入れ 1996年 キッコーマン プロダクト・マネジャー制を軸にした「守り」から「攻め」への方針転換 1996年 FOOD&LIFECOMPANIES 兵庫県宝塚市・高司店での1皿100円均一の開始と均一価格業態への移行 1996年 九州旅客鉄道 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 1995年 ゴールドウイン ザ・ノース・フェイスの日本・韓国における商標権取得 1995年 イオン 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化 1994年 京王電鉄 京王百貨店の構造改革——自主MD化と専門大店化 1994年 光通信 携帯電話の売り切り制移行を機とした販売代理店事業への本格参入とコミッション収益モデルの確立 1993年 リロG 福利厚生代行「福利厚生倶楽部」の開始による第二の柱づくり 1992年 インターネットイニシアティブ 「商用ISPが存在しない国」でのインターネットイニシアティブ創業 1991年 パーク24 駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場「タイムズ」運営への転換 1991年 住友商事 「総合事業会社構想」——トレーディング依存から事業投資への転換 1990年 アマダ 加工機単体の販売からの離脱と、加工ソフトを組み込んだシステム販売への転換 1989年 ニチレイ 冷蔵倉庫の保管業からシステム物流・3PLへの業態転換 1988年 大成建設 分権主義の軌道修正と「請負業からの脱皮」への組織改革 1988年 大東建託 「建託」への社名変更と土地建託システムの確立 1988年 三菱地所 「丸の内マンハッタン化計画」の構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換 1987年 象印マホービン 電気炊飯ジャーの低価格路線から高級品路線への転換と「サクセス90」の始動 1987年 靴のマルトミ 直営店を独立採算の販売委託店へ切り替えた「オーナーシステム」の導入 1986年 東燃ゼネラル石油 経営会議の組織風土の転換と、和歌山の遊休地を使った電力卸売への参入 1986年 日本長期信用銀行 イ・アイ・イ・インターナショナルとの取引開始と、1993年の支援打ち切り 1985年 シスメックス 機器と試薬をセットで売る「計数結果を売る会社」への業態設計 1984年 三井住友トラストG 本邦第1号の土地信託の受託と、公有地土地信託への参入 1983年 任天堂 任天堂のファミリーコンピュータ発売と低価格・ソフト収益モデルへの転換 1982年 イトーヨーカ堂 業務改革(業革)の開始と、セブン-イレブン方式の単品管理・仮説検証の本体への導入 1982年 スクウェア・エニックスHD 開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携 1976年 昭和飛行機工業 米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出 1976年 シチズン時計 腕時計の心臓部であるムーブメントを他社へ売る外販に踏み切り量産で世界一を取った戦略 1976年 KADOKAWA 東宝と提携した『犬神家の一族』製作による映画事業への参入 1974年 セブン&アイHD セブンイレブンの創業とフランチャイズ方式の採用 1974年 野村マイクロ・サイエンス 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入 1974年 サンリオ ハローキティの誕生と、自社キャラクターを版権で稼ぐライセンスモデルの確立 1972年 三浦工業 メンテナンスの有料化と継続収益モデルへの転換 1971年 DOWA 臨海型亜鉛製錬所・秋田製錬の設立と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え 1969年 三菱商事 ブルネイLNG開発への参画と事業投資への転換 1969年 パルコ 百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸すファッションビル運営への転換 1966年 TDK カセットテープ参入とSDカセットによる自社ブランドの世界展開 1966年 セコム 人海警備から機械警備へ——日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」 1965年 ホリプロ 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用と、東京音楽出版の設立 1964年 大塚HD 医薬品事業の分社による大塚製薬の設立と二階建てモデルの構築 1962年 日清食品HD チキンラーメンの発明と、特許を武器にした即席麺市場の主導権確立 1962年 リクルートHD 就職情報誌「企業への招待」の創刊 1958年 東宝 不動産活用委員会の設置と、劇場を「不動産」として運用する体制への移行 1955年 飯野海運 千代田土地建物の買取りによる不動産事業への進出 1953年 日本テレビHD 日本初の民間テレビ局としての開局と、街頭受像機による視聴者の創出 1917年 南満洲鉄道 朝鮮総督府管理の国有鉄道の受託経営と、鮮満両鉄道の一体運営 1914年 ニチロ 北洋サケ・マス漁場の取得と、米国式缶詰機械によるサケ缶詰の量産化 1904年 三越 座売りの全廃による陳列販売への転換と、デパートメントストア宣言 1899年 三共 タカヂアスターゼの試売を引き受け、薬種問屋によらずに新薬業を興した判断

顧客に、どの販路で届けるか88件

2022年 ライフネット生命保険 auじぶん銀行との業務提携による団体信用生命保険事業への参入 2022年 みずほFG 楽天証券への出資と資本業務提携——対面のみずほ、ネットの楽天 2022年 岡三証券G ネット専業・岡三オンライン証券の設立と、16年後の岡三証券への吸収合併 2021年 神戸物産 FC専業の業務スーパーに直営店を併設し、店頭実験の装置を持った出店戦略の転換 2021年 良品計画 都心旗艦店から生活圏の中型店へ——堂前宣夫の「第二創業」 2020年 ワークマン #ワークマン女子による一般女性・非職人客向け新業態への進出 2018年 オービックビジネスコンサルタント 完全SaaS型「奉行クラウド」の投入と、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え 2017年 カルビー フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開 2017年 三陽商会 バーバリー喪失後の構造改革——岩田功社長による脱百貨店への転換 2016年 ミズノ 街着向けブランド「ミズノスポーツスタイル」の投入と、競技用品偏重からカジュアル領域への商品展開 2015年 ライフネット生命保険 KDDIとの資本業務提携と、インターネット直販単独からの多チャネル化 2005年 メディパルHD 日用品卸最大手パルタックを株式交換で完全子会社化し医薬・日用品の二本柱へ 2005年 スクウェア・エニックスHD タイトーの株式公開買付けと完全子会社化による「100%保有戦略」の始動 2004年 ZOZO 17のオンラインショップを廃してECモール「ZOZOTOWN」へ一本化 2002年 ABCマート 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 2001年 ニチロ 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 2001年 ニッスイ 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買った前例なき北米進出 2000年 アスクル アスクル、インターネット受注による法人向けBtoB EC先駆モデルの確立 2000年 MonotaRO 住友商事と米W.W.Graingerの共同出資による住商グレンジャー設立 2000年 船井電機 破綻した米エマーソンのブランド使用権取得とウォルマート専用供給体制 2000年 シスメックス 家次恒のグローバル直販経営と血液検査・世界シェア3冠 2000年 ゴールドウイン 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替えによる卸型ビジネスからの転換 2000年 セブンイレブン・ジャパン セブンドリーム・ドットコムの設立と、店舗網の電子商取引受け渡し拠点への転用 2000年 損害保険ジャパン 第一生命との包括業務提携と、生保営業職員を通じた損害保険販売の開始 1998年 ディップ IBMとの提携による人材情報事業の立ち上げと、端末IBM・コンテンツ自社という分担 1998年 ニッセイ同和損害保険 料率自由化を前にした「新創業運動」と支店制への移行、代理店網の選別 1997年 資生堂 再販価格維持の撤廃 1997年 パン・パシフィック・インターナショナルHD 郊外型ディスカウントストアから都市型「深夜DS」への転換 1997年 あいおい損害保険 トヨタ自動車の依頼によるGOA車専用傷害保険の開発と、メーカー主導の商品設計の受け入れ 1996年 アリアケジャパン 年商に匹敵する100億円を投じた液体エキス専用工場の建設 1996年 ナカニシ 社名の株式会社ナカニシへの変更と販売代理店の吸収合併による製造・販売の一社統合 1995年 キーエンス 直販とファブレスによる高粗利モデルの確立 1995年 松井証券 外交営業の否定と広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1994年 東京エレクトロン 海外販売の直販体制への全面転換 1994年 光通信 携帯電話の売り切り制移行を機とした販売代理店事業への本格参入とコミッション収益モデルの確立 1991年 コーセーHD CI導入による販路別ブランド開発への転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更 1990年 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継によるグループ国内石油販売の一本化 1989年 マツダ 国内販売5チャネル体制への拡大と、バブル崩壊後の破綻 1988年 大東建託 「建託」への社名変更と土地建託システムの確立 1988年 光通信 通信自由化を機とした光通信の創業と訪問販売モデルの設計 1987年 船井電機 輸出専業からの転換——製パン器とVTRによる国内市場参入 1986年 コニカ 米ロイヤル・ビジネス・マシン社の完全子会社化と、北米事務機販売網の自前化 1984年 ポーラ・オルビスHD 通信販売専業オルビスの設立と二本柱化 1984年 ユニー サークルケイ・ジャパンの設立によるコンビニエンスストアへの参入 1984年 第一勧業銀行 都市銀行初の消費者金融専門会社ハートファイナンスの設立と、取引先企業との提携ローンの導入 1984年 ヤマダHD 「ヤマダモデル」の確立とメーカー系列との対決 1983年 ユキグニファクトリー 太もやしの過当競争を経たまいたけ量産への参入と雪国まいたけの設立 1982年 山崎製パン サンエブリーからデイリーヤマザキへの転換と、自前のコンビニ網の構築 1982年 ダイワボウHD 繊維不況の打開策としてダイワボウ情報システムを設立し情報分野へ進出 1981年 伊藤園 中国産ウーロン茶の独占輸入から缶入りウーロン茶へ、無糖飲料で飲料業界に進出 1980年 富士通 IBM互換路線とシステムエンジニア営業による国内首位奪取 1979年 積水ハウス 「需要は待つな、創れ」——石油危機下の需要創造経営 1979年 大王製紙 ティシューペーパー「エリエール」による家庭紙市場への参入と紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1978年 竹内製作所 OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 1977年 三菱電機 生産志向型の事業部編成の見直しと、営業本部・4事業本部制への移行 1975年 靴のマルトミ 都心100店のうち60店の閉鎖と、駐車場付き郊外ロードサイド店への転換 1975年 日本アイ・ビー・エム 外資の現地法人を「日本の企業」として売る日本化路線 1972年 キユーピー 中島董商店の得意先販売網を引き継ぎ、半世紀続いた製販分離を解消して自社販売へ移行 1971年 日清食品HD カップヌードル発売による即席麺の再発明 1971年 グンゼ 代理店制度から販売子会社23社体制への再編と、首都圏販売の3系列への集約 1970年 マキタ マキタUSAの設立と、欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築 1970年 日本紙パルプ商事 中井と富士洋紙店の対等合併と、日本紙パルプ商事への商号変更 1968年 ヤクルト本社 瓶からプラスチック容器への転換と全国原液工場の統合による本社集権体制の確立 1965年 江崎グリコ 末端出荷主義への転換と菓子30品種への絞り込みによる減量経営 1965年 アマダ 代理店経由の販売からの離脱と直接販売網の構築 1965年 ホシザキ ジュース自販機から業務用製氷機への転換と直販販社網の構築 1964年 花王 販社制度の構築——問屋を外し、全国約27万件の小売と直接結ぶ流通改革 1964年 パナソニック 熱海会談と新販売制度——「松下電器が悪かった」から始めた販売改革 1963年 積水ハウス 田鍋健社長による直接販売・責任施工への転換と高級化路線 1963年 住友大阪セメント 磐城セメントの住友グループ加入と、住友セメントへの商号変更 1962年 大正製薬HD 20mlアンプル剤から100mlドリンク剤への剤形変更と、リポビタンDの発売 1961年 塩野義製薬 導入品依存からの転換と、独創品開発に向けた新研究所の建設 1959年 YKK 余ったアルミ合金を使うためのアルミサッシ参入 1958年 日本発條 大同発条の合併と日発販売の分離独立によるばね国内首位の地盤固め 1956年 はごろもフーズ 輸出依存から内需へ——東京営業所開設と自社ブランド缶詰への転換 1956年 赤井電機 商社を通さぬ現地直販と縦型テープレコーダーによる輸出特化モデルの確立 1955年 北海道炭礦汽船 石炭が上向いていた1955年に、萩原吉太郎氏が炭価を自ら抑えた判断 1953年 岩谷産業 マルヰプロパン発売──家庭用LPガス全国流通への転換 1944年 稲畑産業 日本染料製造の住友化学合併を受け、住友化学工業の特約販売店となる 1930年 ニップン 三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む製粉共販組合の結成 1928年 大正製薬HD 特約株主制度による株式会社化と、取引先小売店を株主とする直販網の構築 1923年 資生堂 チェインストア・販売会社方式の確立 1918年 パナソニック 松下幸之助氏による松下電気器具製作所の創業と、売れない改良ソケットを抱えた出発 1911年 出光興産 出光佐三氏が門司で出光商会を興し、機械油の行商から海と大陸の販路を開いた創業 1910年 松坂屋 株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した名古屋・栄町での陳列方式の百貨店開業 1904年 三越 座売りの全廃による陳列販売への転換と、デパートメントストア宣言 1901年 小野田セメント 三井物産合名会社との製品一手販売契約の締結と販売機能の全面委託 1887年 三菱鉛筆 眞崎鉛筆製造所の創業と、輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録

事業の仕組みを、デジタルへ移すか37件

2026年 DeNA 創業者・南場智子氏の15年ぶり社長復帰とAIを軸にした事業モデルの変革 2025年 博報堂DYHD デジタルホールディングスへの公開買付けと子会社化 2025年 ミスミG本社 米Fictiv買収による北米オンライン加工事業の獲得とmeviyとの統合 2024年 江崎グリコ 342億円を投じた基幹システムの全面移行と、7カ月に及んだチルド商品の出荷停止 2022年 岡三証券G ネット専業・岡三オンライン証券の設立と、16年後の岡三証券への吸収合併 2021年 神戸物産 FC専業の業務スーパーに直営店を併設し、店頭実験の装置を持った出店戦略の転換 2021年 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エーの完全子会社化と、HAA神戸会場の減損188億円の計上 2021年 日立製作所 米GlobalLogicの約1兆円買収 2021年 NEC BluStellar戦略への転換と再成長——ハード売り切りからの脱却 2021年 富士通 Fujitsu Uvanceによる事業モデル再定義とDX企業への転換 2021年 ユナイテッドアローズ コロナ禍の赤字転落を受けた不採算店の整理とEC基盤の刷新 2019年 ディップ 求人広告一本の会社へのAI・RPA事業の新設と、「コボット」による採用後業務への展開 2019年 みずほFG 新勘定系システムMINORIへの全面刷新——4000億円台半ば・35万人月の勘定系統合 2018年 博報堂DYHD D.A.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化 2018年 オービックビジネスコンサルタント 完全SaaS型「奉行クラウド」の投入と、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え 2016年 freee みずほ銀行との国内初のメガバンクAPI連携と、北国銀行への会計データの開放 2014年 ワークマン 土屋哲雄氏の参画による「データ経営」と「しない経営」への転換 2014年 日本テレビHD Hulu日本事業の承継と、定額動画配信への参入 2012年 電通G 英イージス・グループの約4,000億円買収——日本の広告会社で過去最大の海外M&A 2012年 リクルートHD リクルートによる米Indeedの買収 2002年 カカクコム 主要株主の変遷(デジタルガレージ→CCC→電通→KDDI) 2001年 大塚商会 創業者・大塚實から長男・大塚裕司への社長交代と、データで判断する営業への移行 2001年 コマツ 坂根正弘氏の「ダントツ経営」による経営構造改革とV字回復 2001年 東日本旅客鉄道 Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張 2001年 ソフトバンクG ADSL参入とYahoo!BBの危機 2000年 アスクル アスクル、インターネット受注による法人向けBtoB EC先駆モデルの確立 2000年 MonotaRO 住友商事と米W.W.Graingerの共同出資による住商グレンジャー設立 2000年 オービックビジネスコンサルタント 新ERP・インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 2000年 セブンイレブン・ジャパン セブンドリーム・ドットコムの設立と、店舗網の電子商取引受け渡し拠点への転用 2000年 NTT 共用型πシステムを止め、各家庭へ光を直結するFTTHへ固定網を切り替えた基盤投資 1998年 ZOZO ZOZO創業——輸入CD通販の家業から受託販売のファッションECモールへ 1997年 セリア 規模ではなくデータで競う——発注システムからリアルタイムPOS全店導入まで 1993年 大塚商会 経営刷新構想「大戦略」の策定と、支店ごとに分かれていた顧客情報の全社一元化 1988年 三洋証券 資本金に匹敵する300億円を投じた、世界最大の取引フロアの建設 1983年 DCMHD 石黒商店によるIBMシステム38の導入と物流センターの設立 1974年 カシオ計算機 デジタル電子腕時計「カシオトロン」の発売と時計事業への参入 1962年 セコム セコム創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「SPアラーム」へ

低価格で、競争するか68件

2025年 神戸物産 中国依存6割の輸入PBを支える調達網の分散と、輸出入子会社・ベトナム現地法人の設立 2025年 コスモス薬品 買わずに建てる——M&Aを一切挟まない自力出店だけで売上高1兆円へ 2022年 クボタ インド農機大手エスコーツへの最大約1,406億円の出資と子会社化 2017年 ENEOS HD 東燃ゼネラル石油との統合とJXTGホールディングス発足 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD 東京証券取引所マザーズへの株式上場と、創業家の過半保有を残した株式公開 2014年 飯田GHD ファーストウッド子会社化に始まる建材・木材の垂直統合 2014年 名村造船所 佐世保重工業の株式交換による完全子会社化と伊万里・函館・佐世保の3拠点体制の構築 2013年 アンドエスティHD ポイントの持株会社化とマルチブランドSPA「アダストリア」への統合 2013年 飯田GHD パワービルダー6社の共同株式移転による経営統合と飯田グループホールディングス設立 2013年 freee 課金機能が未完成のままの会計ソフトfreeeの投入と、「無料期間」としての先行公開 2013年 松井証券 デイトレード限定「一日信用取引」の導入と、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2011年 FOOD&LIFECOMPANIES 韓国子会社SUSHIRO KOREAの設立とソウル1号店の開業 2011年 さくらインターネット 都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる 2011年 ANAHD 格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築 2009年 ケイアイスター不動産 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅「はなまるハウス」の投入 2008年 神戸物産 経営不振の食品メーカーを買い続けた国内自社工場網の構築 2008年 ライフネット生命保険 付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表 2006年 DCMHD カーマ・ダイキ・ホーマック3社の共同株式移転によるDCM Japanホールディングスの設立 2006年 SBIHD イー・トレード集約によるネット証券首位の確立 2006年 ファーストリテイリング 低価格ブランド「ジーユー(GU)」の設立 2003年 ツガミ 浙江省への津上精密机床設立による中国生産シフト 2003年 サイゼリヤ 中国・上海への進出による低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転 2002年 ユキグニファクトリー ホクトの主力であるぶなしめじ・エリンギへの参入と、第4・第5バイオセンターの新設 2001年 ホクト まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 2000年 神戸物産 業務スーパーによる製販一体(食のSPA)モデルの確立 2000年 船井電機 破綻した米エマーソンのブランド使用権取得とウォルマート専用供給体制 2000年 メディパルHD 三星堂・クラヤ薬品・東京医薬品の三社合併と本店の東京移転 1999年 しまむら 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 1999年 松井証券 定額制手数料「ボックスレート」の導入と、当初案7割引から9割引への変更 1998年 タマホーム タマホームの創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 1998年 メイコー 香港・中国広東省を拠点とする海外生産への移行 1998年 カチタス 改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ 1997年 楽天G 楽天グループ創業——興銀を辞した31歳が月5万円で開いた仮想商店街 1997年 大丸 売上至上主義から利益第一主義への転換と、海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1997年 KDD ルートKDDの国内延伸による企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1996年 FOOD&LIFECOMPANIES 兵庫県宝塚市・高司店での1皿100円均一の開始と均一価格業態への移行 1996年 ローツェ ベトナム・ハイフォンへの量産拠点設立と、開発・量産を分ける国際分業体制の構築 1995年 松井証券 外交営業の否定と広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1994年 東洋水産 北米即席麺市場の現地化戦略——米国第3工場(アーバイン)と「本国が知らぬ米国首位」 1994年 ニトリ 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 1994年 サンドラッグ サンドラッグのローコスト高収益モデルと20期連続増収増益 1994年 第二電電 PHS事業への参入と、地域別9社によるポケット電話会社の設立 1993年 コスモス薬品 小商圏型メガドラッグストアという業態の創造 1992年 すかいらーくHD 客単価760円「ガスト」への全店転換と原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1992年 東海カーボン 同年創業の東洋カーボンとの合併と、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1990年 ABCマート 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年 信越化学工業 金川千尋の社長就任と「フル生産、全量販売」の全社展開 1987年 船井電機 輸出専業からの転換——製パン器とVTRによる国内市場参入 1984年 ヤマダHD 「ヤマダモデル」の確立とメーカー系列との対決 1983年 ユキグニファクトリー 太もやしの過当競争を経たまいたけ量産への参入と雪国まいたけの設立 1983年 任天堂 任天堂のファミリーコンピュータ発売と低価格・ソフト収益モデルへの転換 1976年 シチズン時計 腕時計の心臓部であるムーブメントを他社へ売る外販に踏み切り量産で世界一を取った戦略 1975年 サイゼリヤ 全品半額への値下げと低価格イタリア料理チェーンへの業態転換 1975年 靴のマルトミ 都心100店のうち60店の閉鎖と、駐車場付き郊外ロードサイド店への転換 1974年 コクヨ 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1973年 DCMHD カーマによる176店舗のドラッグストアチェーン構想の撤回と、ホームセンターへの業態転換 1973年 船井電機 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 1972年 カシオ計算機 個人向け電卓「カシオミニ」の12,800円での発売 1972年 ダイエー 価格破壊と多店舗チェーンで三越を抜き小売業日本一へ 1972年 イトーヨーカ堂 商圏規模に比例させた店舗規模と、坪二十万〜三十万円の立地への出店 1972年 ニトリ アメリカ流チェーンストア構想と「ロマン」の設定 1971年 新日本石油 鹿児島・喜入への原油中継輸送基地(CTS)の建設と、37万重量トン「日石丸」の就航 1967年 カネカ 塩ビモノマー原料のカーバイド法からの転換と、高砂へのオキシクロリネーション法設備の建設 1961年 川崎製鉄 岡山県倉敷市への水島製鉄所の建設と、千葉・水島の二極体制への移行 1957年 神崎製紙 米チャンピオン社からのキャスト・コーティング技術の導入と、自社方式から相手方式への全面切替 1957年 マキタ 特殊モーター受注生産からの転換と、国産第一号の携帯用電気カンナによる電動工具専業化 1956年 神崎製紙 徳島県阿南への富岡工場の建設と、広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 1918年 パナソニック 松下幸之助氏による松下電気器具製作所の創業と、売れない改良ソケットを抱えた出発

高付加価値へ、転換するか52件

2026年 ベイカレント 顧客ごとに決めていた人月単価の役職別一律化 2025年 日本M&Aセンター 日本M&Aセンターの実質減収決算と「量から質」への転換 2025年 住友ゴム工業 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアにおける四輪 DUNLOP 商標権の取得と、基幹ブランドの FALKEN からの入れ替え 2024年 コーセーHD 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革 2023年 味の素 相次ぐ価格改定と「バリュープライシング」への転換 2023年 トクヤマ 韓国OCIとの折半合弁によるマレーシアでの半導体用多結晶シリコン生産と、ベトナム子会社の設立 2023年 森ビル 虎ノ門・麻布台地区の開発区域拡大と、麻布台ヒルズの開業 2022年 UBE 祖業セメントの連結除外と商号「宇部興産→UBE」への同時転換 2021年 資生堂 パーソナルケア事業の売却 2019年 パルGHD 3COINSのリブランドと大型店化による「脱・純300円」の再成長 2018年 ライオン 「量を追わない経営」への転換——ブランドの選択と集中 2017年 日東電工 大型偏光板技術の杭州錦江集団への供与と、ボリュームゾーンからの離脱 2017年 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化と日本発ラグジュアリーへの転換 2016年 アサヒGHD 欧州プレミアムビール4社の取得(Peroni・Grolsch) 2016年 ライフコーポレーション ナチュラルスーパー「ビオラル」による独自業態の創出 2015年 TOKYO BASE 海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA 2014年 住友ベークライト Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築 2013年 大同特殊鋼 知多工場への150トンアーク炉新設と高付加価値鋼への設備転換 2009年 三菱ケミカルG 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 2009年 JFEHD インドJSWスチールとの包括提携 2009年 MTG 美容ローラー「ReFa」の発売と、ブランド開発企業への業態転換 2008年 タダノ 事業領域のLE(移動機能付き抗重力・空間作業機械)への限定と、多角化の不採用 2007年 三菱ケミカルG 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 2007年 オンキヨー ソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2006年 新日本石油 ガソリンから石油化学基礎製品への生産構成の組み替えと、10年2000億円の製油所改造 2006年 三菱鉛筆 摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化 2004年 クレディセゾン みずほとの提携を資本非関与に留めた独立路線の堅持 2003年 JFEHD 無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業 2003年 東京建物 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドから「Brillia」への統一 1998年 ブルーゾーンHD ヤオコーの狭山店リニューアルと食生活提案型スーパーへの業態転換 1997年 ダイキン 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1990年 三菱レイヨン 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1990年 アマダ 加工機単体の販売からの離脱と、加工ソフトを組み込んだシステム販売への転換 1989年 キーエンス 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1987年 象印マホービン 電気炊飯ジャーの低価格路線から高級品路線への転換と「サクセス90」の始動 1986年 森ビル アークヒルズへのサントリーホール・テレビ朝日の誘致と、住宅・ホテルを含む用途複合の採用 1985年 三菱瓦斯化学 汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換 1985年 三井化学 エチレンの浮島集約と「超石油化学」ビジョン ── 汎用石化からの脱却宣言 1984年 トクヤマ 多結晶シリコンと乾式シリカへの参入と、東工場での製造開始 1978年 横浜ゴム ADVAN発売とB.F.グッドリッチ資本離脱による独自路線の確立 1978年 シマノ 円高下で値引きを拒む「プロの商法」——高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る 1977年 森永乳業 ビヒダス発売とビフィズス菌による独自路線 1974年 ピジョン 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1972年 旭化成 ALC建材「ヘーベル」を戸建てブランドに仕立てた住宅事業参入 1971年 日清食品HD カップヌードル発売による即席麺の再発明 1961年 コマツ 資本自由化に備えたマルA対策——品質一点集中でキャタピラーに対抗 1959年 三菱地所 丸ノ内総合改造計画の策定と、赤煉瓦街から9階建てビル街への建て替え 1957年 神崎製紙 米チャンピオン社からのキャスト・コーティング技術の導入と、自社方式から相手方式への全面切替 1950年 不二製油 伊藤忠商事の全額出資による設立と不二蚕糸大阪工場の買収 1950年 村田製作所 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入 1932年 雪印乳業 廉売合戦への不追従と、空売りによる相場水準の引き戻し 1926年 雪印乳業 「雪印」商標の制定と品質・冷蔵物流への投資による道産バターのブランド化

価格を、いつ動かすか46件

2026年 味の素 英パリサーの「価値向上プラン」とABF価値顕在化の要求 2026年 ベイカレント 顧客ごとに決めていた人月単価の役職別一律化 2023年 亀田製菓 売上成長から利益重視への方針転換と、主力4ブランドへの集中 2023年 日本マクドナルド 都心型価格の導入と全国一律価格の放棄 2023年 味の素 相次ぐ価格改定と「バリュープライシング」への転換 2023年 SBIHD SBI証券「ゼロ革命」による国内株式売買手数料の恒久無料化 2022年 セリア 100円均一を動かさない——値上げをせず「残存者利益」を狙う 2022年 住友大阪セメント 石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し 2022年 太平洋セメント 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回、セメント1トン3000円値上げへの切り替えと収益重視への価格政策転換 2017年 ヤマトHD 宅急便運賃27年ぶり全面値上げと総量規制による収益再建 2016年 ベイカレント 上場直後の減益を受けた社長交代と、採用数と単価を同時に上げる成長モデルへの転換 2016年 東京ガス 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2013年 freee 課金機能が未完成のままの会計ソフトfreeeの投入と、「無料期間」としての先行公開 2013年 LINEヤフー ヤフーの「eコマース革命」——出店料無料化による収益構造転換 2013年 松井証券 デイトレード限定「一日信用取引」の導入と、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2013年 SGHD アマゾンジャパンとの宅配取引縮小と配送単価維持戦略 2013年 九州電力 全原発停止下での家庭向け料金値上げと、川内1・2号機を先頭に置いた再稼働申請 2011年 オリエンタルランド 入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ 2009年 ケイアイスター不動産 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅「はなまるハウス」の投入 2008年 ライフネット生命保険 付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表 2007年 三機工業 受注拡大策の撤回と、規模に見合った採算重視受注への転換 2007年 アコム グレーゾーン金利の消滅と過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建 2002年 楽天G 「不動産型」から「フランチャイズ型」への料金体系転換 2001年 ホクト まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 1999年 松井証券 定額制手数料「ボックスレート」の導入と、当初案7割引から9割引への変更 1998年 武富士 無人契約機での1口座50万円上限の維持と、一人あたり貸付上限170万円の設定 1998年 ジャックス リボ払い金利を業界最低の16.8%へ——利息制限法を自ら割った先回りの値下げ 1997年 資生堂 再販価格維持の撤廃 1997年 あいおい損害保険 トヨタ自動車の依頼によるGOA車専用傷害保険の開発と、メーカー主導の商品設計の受け入れ 1995年 松井証券 外交営業の否定と広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1995年 ファーストリテイリング PB衣料8割と毎週の売価変更による「完全売り切り」体制の確立 1994年 日本マクドナルド ハンバーガー価格破壊の断行と低価格路線への転換 1993年 村田製作所 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 1992年 すかいらーくHD 客単価760円「ガスト」への全店転換と原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1985年 ファナック NC装置の高シェアと「利益率35%」を掲げた超高収益経営 1978年 シマノ 円高下で値引きを拒む「プロの商法」——高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る 1975年 サイゼリヤ 全品半額への値下げと低価格イタリア料理チェーンへの業態転換 1972年 ダイエー 価格破壊と多店舗チェーンで三越を抜き小売業日本一へ 1971年 グンゼ 代理店制度から販売子会社23社体制への再編と、首都圏販売の3系列への集約 1969年 明治製糖 精製糖業界への設備能力3割削減案の提出と、任意・補償方式への後退 1955年 北海道炭礦汽船 石炭が上向いていた1955年に、萩原吉太郎氏が炭価を自ら抑えた判断 1934年 小野田セメント 第3次セメント聯合会への不参加と、関東州・朝鮮への別法人設立 1932年 雪印乳業 廉売合戦への不追従と、空売りによる相場水準の引き戻し 1930年 ニップン 三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む製粉共販組合の結成 1924年 日本セメント セメント連合会の創設主導と、生産・販売数量および最低価格の協定 1923年 資生堂 チェインストア・販売会社方式の確立

技術開発を、成長の軸にするか269件

2026年 リガクHD 米Onto Innovationとの資本業務提携と、カーライル系ファンド保有株27%の同社への譲渡 2026年 村田製作所 米Resonant社の買収によるXBAR技術の取得と、のれん438億円の全額減損 2025年 トレンドマイクロ 台湾Wistron・NVIDIAとのソブリンAI合弁「Magna AI」設立と法人事業の「TrendAI」ブランド化 2025年 アマダ 超大型プレス機のエイチアンドエフと基板穴あけ加工機のビアメカニクスの連続取得 2025年 ホンダ 日産との経営統合構想への踏み込みと、二カ月弱での協議打ち切り 2025年 ソフトバンクG 米半導体設計Ampere Computingの65億ドル買収 2025年 ソフトバンクG OpenAIへの巨額出資とAIインフラ「スターゲート」 2024年 アドバンテスト AI・HBMテスト需要ブームへの先行投資と過去最高益 2024年 浜松ホトニクス デンマークNKTフォトニクスの子会社化と、レーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2023年 ローツェ イアス子会社化を含む連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2023年 NIPPON EXPRESSHD 新・国際航空貨物基幹システムの開発断念と154億円の全額減損 2022年 富士紡HD CMP研磨材のグローバルニッチトップ確立と生成AI特需への対応——井上雅偉社長体制のROIC経営 2022年 ADEKA 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 2022年 freee 業績不振によらない全固定資産の一括減損と、開発費の全額費用計上への切り替え 2022年 塩野義製薬 新型コロナ経口薬ゾコーバの緊急承認制度による承認取得と、承認前からの生産着手 2022年 島津製作所 日水製薬の公開買付けによる取得と体外診断薬・臨床検査領域への参入 2021年 日本ガイシ 半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換 2020年 日本新薬 国産初のアンチセンス核酸医薬ビルテプソの承認取得と、米国での自社販売開始 2020年 東海旅客鉄道 東海道新幹線への経営資源集中 ── 「のぞみ」「N700系」の自主開発と高速化・高頻度化 2019年 リガクHD イスラエルのXwinSys Technology Development買収と、半導体量産ラインのX線計測への参入 2019年 東急不動産HD 総合デベロッパーから資本効率型不動産企業への転換と、広域渋谷圏の段階売却モデル 2019年 旭化成 吉野彰氏によるリチウムイオン電池の基本構造確立と特許戦略 2019年 住友ファーマ 英ロイバントとの戦略的提携によるスミトバント子会社化と、ロイバント株11%の取得 2019年 日本新薬 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への絞り込み 2019年 第一三共 エンハーツとアストラゼネカ提携——がん事業への転換 2019年 川崎汽船 非海運多角化の見送りと、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送への集中投資 2018年 JT 加熱式たばこへの後発参入と、プルームによる巻き返し 2018年 FUJI 商号の「FUJI」への変更とファスフォードテクノロジ買収 2017年 高砂熱学工業 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 東ソー 汎用の塩ビ・クロールアルカリ基盤事業を捨てず磨き切る「死守と復活」戦略 2017年 楽天G 楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークの構築 2017年 日本航空電子工業 日本電気による公開買付けと、その他の関係会社から親会社への転換 2017年 レーザーテック EUVマスク検査装置への集中開発と「世界で唯一の供給者」の地位確立 2017年 日東電工 大型偏光板技術の杭州錦江集団への供与と、ボリュームゾーンからの離脱 2017年 カプコン 内製エンジンRE ENGINEとデジタル・DLC販売への構造転換 2016年 SBIHD 暗号資産事業への参入と米リップルとの提携 2016年 ソフトバンクG 英ARM買収——IoT・AI時代を見据えた過去最大3.3兆円のM&A 2015年 MTG EMS機器「SIXPAD」の発売と、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2013年 ペプチドリーム 創業7年でのマザーズ上場と、製薬大手への技術提供を収益源とする研究開発受託モデルの確立 2012年 オリンパス ソニーとの資本業務提携と医療合弁の設立 2011年 帝人 フェブリク(フェブキソスタット)の創製と発売 2011年 小野薬品工業 Bristol-Myers Squibbとの戦略提携による抗PD-1抗体の海外開発・販売権の供与 2010年 富士電機 パワー半導体とパワーエレクトロニクスへの投資集中 2010年 川崎重工業 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2009年 久光製薬 米ノーベン・ファーマシューティカルズの株式公開買付けによる完全子会社化 2009年 ジェイテクト 2期連続赤字下で決めた米ティムケンのニードル軸受事業の取得 2009年 GSユアサ 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2008年 日本新薬 セレキシパグの日本を除く全世界の開発販売権のアクテリオンへの導出 2008年 TOYOTIRE 業界首位ブリヂストンとの業務・資本提携と、非対称な株式の持ち合い 2008年 メイコー 日本ビクターのサーキット事業譲受による外部成長への転換 2007年 富士フイルム 写真技術の化粧品転用とスキンケアブランド「アスタリフト」の創設 2007年 日本製鋼所 室蘭製作所の製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2007年 THK THKによるリズム買収と輸送用機器事業への参入 2006年 東レ ファーストリテイリングとの戦略的パートナーシップとヒートテックの共同開発 2006年 三井海洋開発 借りていた係留技術を買う——米SOFEC社の全株式取得 2006年 三菱重工業 ウェスチングハウス買収入札での敗退と、仏アレバとの中型炉共同開発合弁の設立 2006年 三菱鉛筆 摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化 2005年 住友ファーマ 住友製薬との合併による大日本住友製薬の発足と、住友化学グループ入り 2003年 セーレン 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 2003年 FUJI モジュール型高速多機能装着機NXTの開発 2003年 荏原製作所 「脱ポンプ」による環境事業への傾斜と、ダイオキシン規制下でのガス化溶融炉の受注拡大 2003年 アンリツ 携帯通信の世代交代を先取りしたモバイル計測への先行投資 2002年 カゴメ 連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革 2002年 SUMCO 住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立 2002年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの問題解決能力発掘インターンシップ導入 2002年 第一製薬 サントリー医薬品事業部門の分社化と共同出資会社・第一サントリーファーマの設立 2001年 神戸製鋼所 テキサス・インスツルメンツ社との半導体合弁の設立と、マイクロン・テクノロジー社への全株式譲渡 2001年 古河電工 米ルーセントの光ファイバ・ケーブル部門の買収と、世界シェア2位の取得 2001年 SCREEN HD 枚葉式ウエハ洗浄への転換と300mm対応装置の先行量産 2001年 日亜化学工業 青色LED特許の囲い込みとライセンス供与の拒否、2001年の方針転換と発明対価訴訟の和解 2000年 明治乳業 乳酸菌LG21を使ったヨーグルトの発売と、味から体への働きへの訴求の転換 2000年 オービックビジネスコンサルタント 新ERP・インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 2000年 太平洋セメント 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立と、エコセメントの事業化 1999年 日本移動通信 cdmaOneへの全面転換と、DDIセルラーグループとの「au」ブランド統一 1998年 味の素 半導体パッケージ材ABFの育成——食品会社が世界シェア95%超を握るまで 1998年 カネカ カネカソーラーテックの設立と、薄膜シリコン太陽電池への100億円超の投資 1997年 セリア 規模ではなくデータで競う——発注システムからリアルタイムPOS全店導入まで 1997年 三共 糖尿病薬ノスカールの国際展開と「第二の柱」戦略の挫折 1997年 日本移動通信 DDIセルラーグループとの次世代携帯電話における全面提携と、CDMA方式の共同採用 1996年 アリアケジャパン 年商に匹敵する100億円を投じた液体エキス専用工場の建設 1994年 クラレ 非繊維事業への転換「地下茎経営」と、不況に揺るがぬ収益体質づくり 1994年 イビデン インテル攻略プロジェクトへの資源一点集中 1994年 三菱石油 ベトナム南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターによる原油探鉱への進出 1994年 ユニ・チャーム パンツ型紙おむつ「ムーニーマン」とスピード開発体制 1993年 JSR 合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資 1993年 第一製薬 自社開発の合成抗菌剤クラビットの発売と、輸出による海外売上の拡大 1993年 村田製作所 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 1993年 第二電電 日本イリジウムの設立と米イリジウム社への218億円の出資、2000年の事業廃止 1992年 朝日インテック 極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換と、国内初のPCIガイドワイヤーの製品化 1991年 TOTO 「内需頼み」からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想 1991年 東京製鐵 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1990年 セイコーエプソン 規制の削減日程に先立つフロン全廃の決定と、外注企業を含む洗浄工程の切り替え 1990年 三洋電機 二次電池への傾斜投資と「二世代制覇」への布石 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門の取得、日米欧3極生産体制の構築 1989年 三菱樹脂 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、三菱商事との共同出資会社の設立 1989年 三共 青かびの一株から18年かけてメバロチンを世に出した判断 1989年 日亜化学工業 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムによる高輝度青色LEDの開発着手 1989年 山之内製薬 筑波研究センターの開設と、バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資 1988年 太陽誘電 That'sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディアCD-Rの世界初商品化 1988年 三洋証券 資本金に匹敵する300億円を投じた、世界最大の取引フロアの建設 1988年 日本移動通信 開業時の無線方式へのNTT大容量方式の採用と、TACS方式の不採用 1987年 大和工業 米ニューコアとの合弁ニューコア・ヤマト・スチール設立による北米H形鋼事業への進出 1987年 荏原製作所 半導体向けドライ真空ポンプへの参入と、CMP装置の事業化 1987年 日東電工 高分子分離膜への参入と、米ハイドロノーティクスの買収 1987年 タカタ 運転席用エアバッグの量産開始と、インフレータの内製化 1987年 第二電電 移動体通信への参入と、全国8地域へのセルラー電話会社の分散設立、首都圏・中部圏の日本移動通信への割り当て受け入れ 1986年 曙ブレーキ工業 ベンディックスとの技術提携の解消と、GM合弁アムブレーキによる米国生産 1985年 三菱瓦斯化学 汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換 1985年 住友大阪セメント 非セメント部門の売上構成比を50%とする10年計画の策定と、「電・光・石・化」4分野への進出 1985年 川崎製鉄 LSI事業推進部の発足によるASIC事業への参入と、川崎マイクロエレクトロニクスへの分社 1985年 ミノルタ オートフォーカス一眼レフ「α-7000」の発売と、通常の4倍にあたる初回投入 1985年 山之内製薬 自社創製のH2ブロッカー「ガスター」の発売と、米メルク社への技術輸出 1984年 トクヤマ 多結晶シリコンと乾式シリカへの参入と、東工場での製造開始 1984年 東京応化工業 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、フォトレジストへの資源集中 1983年 ユキグニファクトリー 太もやしの過当競争を経たまいたけ量産への参入と雪国まいたけの設立 1983年 神戸製鋼所 米ミドレックス社の買収と、天然ガス直接還元製鉄技術の取得 1983年 浜松ホトニクス 浜松テレビから浜松ホトニクスへの社名変更と、光子工学を軸とする事業領域の再定義 1983年 アスキー パソコン統一規格「MSX」の提唱と国産メーカーの結集 1982年 コムシスHD 日本通信建設による光ファイバーケーブル工事への早期参入 1982年 ナカニシ 歯科用高速回転技術を応用した工業用切削・研磨機器事業への参入 1982年 ヨネックス 商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売 1982年 イトーヨーカ堂 業務改革(業革)の開始と、セブン-イレブン方式の単品管理・仮説検証の本体への導入 1981年 キユーピー 卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える 1981年 久光製薬 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1981年 ニチアス 社名から「アスベスト」を外し、主原料を代替素材へ切り替える転換に入る 1981年 FUJI 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1981年 ソフトバンクG 日本ソフトバンクの創業とパソコンソフト卸売事業の立ち上げ 1980年 明治製菓 不採算菓子工場の閉鎖と食品事業の構造改善、薬品部門への経営資源の集中 1980年 旭化成 「油漬け」体質の脱皮へ原子力・電子・医薬に賭けた第二次多角化 1980年 オービックビジネスコンサルタント 公認会計士業からの転身と会計ソフト事業会社の設立、沖電気から得た1億円の製品開発への全額投入 1980年 AGC 戦略型研究開発を核とした「アミーバ的」多角化 1980年 フジクラ 光ファイバの独自技術への投資と、融着接続機の自社開発 1980年 パイオニア レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出 1980年 メイコー 両面板専業から多層プリント配線板への進出 1980年 三井不動産 共同事業「レッツ」——土地を持たずに開発機会を取り込む仕組み 1979年 信越化学工業 米ダウコーニング社との共同出資による信越半導体の設立と、優先交渉権を行使した全株式の取得 1978年 三菱化学 三菱化成生命科学研究所の設立と、ライフサイエンス分野への再参入 1978年 NEC C&C構想の提唱——コンピュータと通信の融合という全社ビジョン 1977年 藤沢薬品工業 抗生物質セファメジンへの集中と、主力薬効の抗生物質・神経系への絞り込み 1977年 マルハ 二百カイリ規制を受けた遠洋漁業からの主力転換と、加工食品・養殖事業への移行 1976年 住友林業 インドネシアでの合板現地生産——クタイ・ティンバー・インドネシア(KTI)設立 1975年 ディスコ 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 1975年 赤井電機 家庭用ビデオへの参入とVHS陣営への後発合流 1975年 日東電工 新製品比率30%を常設の規律とした三新活動 1974年 オービック 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換 1974年 三和HD 三和ドアー工業の吸収合併によるシャッター専業から建材総合メーカーへの転換 1974年 野村マイクロ・サイエンス 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入 1974年 カシオ計算機 デジタル電子腕時計「カシオトロン」の発売と時計事業への参入 1974年 ホンダ CVCCエンジンの独力開発と石油危機下の四輪シェア逆転 1973年 ニデック ニデック創業——資本金200万円の精密小型モータが、米国経由の信用でHDDモータの世界シェアへ 1973年 シャープ 電卓の価格競争から降り、半導体と液晶という独自デバイスに賭けた転進 1972年 秩父セメント 小型テスト窯を飛ばし、実用窯で開発したSF式セメント焼成法 1972年 ヒロセ電機 外資と組まない純国産コネクタ専業のまま東証二部へ上場 1972年 キーエンス キーエンス創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業へ 1972年 ファナック ファナック創業——富士通「3C構想」の制御部門から分社したNC専業メーカー 1972年 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針の表明と新製品領域への多角化 1972年 東京ガス 供給熱量の11,000キロカロリーへの引き上げと、首都圏550万件のガス機器の自社調整 1971年 東レ 炭素繊維「トレカ」の事業化と、黒字化まで約40年におよぶ赤字事業の継続 1971年 積水化学工業 鉄骨系ユニット住宅「セキスイハイム」による住宅事業への参入 1971年 コニカ 電子複写機U-Bixの発売による事務機市場への参入と、八王子工場のカメラからの転換 1970年 宝HD 中央研究所の設置による発酵・遺伝子工学への種まき 1970年 日本触媒 アクリル酸の国産化と高吸水性樹脂(SAP)市場への後発参入がもたらした原料一貫戦略 1970年 象印マホービン 電子ジャーの開発・発売と、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年 川崎汽船 フルコンテナ船の投入と、世界初の自動車専用船(PCC)の実用化 1970年 四国電力 伊方町からの誘致を受けた伊方原子力発電所の立地決定 1969年 セイコーG 世界初のクオーツウオッチ「アストロン」と特許公開による技術のデファクト化 1969年 東京ガス アラスカ産LNGの15年長期契約と東京電力との共同調達、根岸基地の建設 1968年 鹿島建設 超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出 1968年 アリアケジャパン アサリエキスの卸売から畜産エキスの自社製造へ——1968年の業態転換 1968年 帝人 未来事業本部の発足と、繊維一本足からの多角化 1968年 上村工業 枚方への中央研究所の建設と、めっき用化学品製造部門の移転 1968年 アマノ コンピューター就業管理システム「アレコデータ」の発売 1967年 カネカ 塩ビモノマー原料のカーバイド法からの転換と、高砂へのオキシクロリネーション法設備の建設 1967年 日本特殊陶業 セラミックICパッケージの製造販売開始と非自動車領域への多角化 1967年 オムロン 制御技術を社会インフラへ広げる社会システム事業と世界初の無人駅システム 1967年 マツダ 東洋工業のロータリー量産化と、外資との資本提携を退けた単独路線 1967年 ダイハツ工業 トヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売との業務提携と販売部門の分離 1967年 ニフコ 日英物産と米ITWの合弁による日本工業ファスナーの設立 1966年 セコム 人海警備から機械警備へ——日本初のオンライン安全システム「SPアラーム」 1965年 堀場製作所 自動車排ガス測定装置の事業化 1964年 日本ガイシ 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 1964年 セイコーエプソン 東京オリンピックの計時用プリンターの事業化と、『EPSON』ブランドの制定 1963年 コーセーHD フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ 1963年 オークマ 自社製NC装置「OSP」の開発と、機械・制御を一体で設計する体制の構築 1963年 東京エレクトロン 東京放送の出資を得た創業 1962年 日清食品HD チキンラーメンの発明と、特許を武器にした即席麺市場の主導権確立 1962年 倉敷紡績 化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化 1962年 デンカ 国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加 1962年 曙ブレーキ工業 米英仏3社との技術提携と岩槻製造所への資本金数倍の投資 1961年 塩野義製薬 導入品依存からの転換と、独創品開発に向けた新研究所の建設 1961年 日本発條 豊田工場の新設によるトヨタ向け自動車シート事業への本格参入 1961年 日本航空電子工業 米ハネウェル社との技術援助契約による航空機搭載機器への進出 1960年 江崎グリコ 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ広げた総合食品化 1960年 東海カーボン 米キャボット社とのカーボンブラック製造技術提携と知多工場の新設 1960年 日本製鋼所 独アンケル・ベルク社からの技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1960年 クボタ 純国産トラクタT15形の発売と、耕うん機から完成機体系への農業機械の組み替え 1960年 オムロン 保護継電器メーカーから制御機器メーカーへの業態転換と世界初の無接点近接スイッチ 1960年 日本アイ・ビー・エム 特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意 1959年 三菱電機 半導体量産専門工場・北伊丹工場の新設と、西条・高知への量産設備の拡大 1959年 京セラ 京都セラミックの設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を握るまで 1959年 日本国有鉄道 東海道新幹線の広軌別線建設と在来線改良案の不採用 1958年 明治製菓 梅沢浜夫博士が発見したカナマイシンの工業化と、菌の培養から原末・製剤までの一貫生産の確立 1958年 日本光電工業 主要部品の真空管からトランジスタへの置き換えと、小型ME機器への転換 1957年 東レ 英ICIからのポリエステル繊維技術の導入と、帝国人造絹絲との共同導入 1957年 神崎製紙 米チャンピオン社からのキャスト・コーティング技術の導入と、自社方式から相手方式への全面切替 1957年 上村工業 本社への薬品部設置とめっき用化学品の製造開始 1957年 リンナイ 独シュバンク社との技術提携による赤外線ガスバーナー事業への参入 1957年 ダイフク ビューラー社・ジャービス・ビー・ウェブ社との技術提携による搬送機械への転換 1957年 カシオ計算機 世界初の小型純電気式計算機「14-A」の商品化とカシオ計算機の設立 1957年 ペンタックス 距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換 1956年 三菱重工業 マンモスタンカー建造への着手と、超大型船に向けた設備の拡充 1956年 島津製作所 航空機器部門の新設と航空機・防衛装備品分野への参入 1956年 日亜化学工業 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立 1953年 安藤・間 佐久間ダム工事での米アトキンソン社との共同企業体結成と機械化施工の導入 1953年 信越化学工業 米ゼネラル・エレクトリック社との技術提携によるシリコーンの事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1953年 日立製作所 GE・RCA・WEとの相次ぐ技術提携と国産技術主義の撤回 1953年 アズビル 米ハネウエルとの50対50の資本提携と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括技術導入 1953年 SUBARU SUBARU創業——中島飛行機の戦後解体と旧5社の再結集による富士重工業 1953年 東京精密 高圧流量式空気マイクロメータの日本初工業化と、切削工具から精密測定機器への主力転換 1952年 DIC 米ライヒホールド・ケミカルズとの合弁による日本ライヒホールド化学工業の設立と、合成樹脂への参入 1952年 日本軽金属HD カナダのアルミニウム・リミテッドとの資本および技術の援助契約の締結と、同社による増資新株の引き受け 1952年 ゴールドウイン 一般メリヤス雑貨の生産をやめ野球ストッキング中心のスポーツウエアへ全面転換 1951年 東レ 米デュポンとのナイロン技術提携 1951年 オルガノ 米ローム・アンド・ハース社との提携とイオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化 1951年 三菱電機 米ウエスチングハウスとの技術・資本提携の復活と、「三菱」商号の存続 1950年 不二製油 伊藤忠商事の全額出資による設立と不二蚕糸大阪工場の買収 1950年 クラレ 国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築 1950年 日本ゼオン B.F.グッドリッチ・ケミカルとの合弁による日本ゼオンの設立と塩化ビニル樹脂の国産化 1950年 堀場製作所 国産初のガラス電極式pHメータ完成と計測器専業への転換 1950年 村田製作所 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入 1950年 パイロットコーポレーション 名古屋インキ工場の分離独立によるパイロットインキの設立 1949年 アシックス 焼野原の神戸でスポーツシューズ専業に賭けた鬼塚商会の創業 1949年 YKK 資本金の60倍を投じた米国製自動植え付け機の輸入 1948年 ホンダ 本田技研工業創業——旧軍払下げの補助エンジンから始めた戦後二輪国産化 1946年 明治製菓 戦災を受けた川崎工場でのペニシリン製造の開始と、抗生物質の原末一貫生産体制の構築 1946年 ソニー ソニー創業——井深大氏と盛田昭夫氏が資本金19万円で興した「理想工場」 1946年 カシオ計算機 カシオ計算機創業——三鷹の下請け町工場から世界初の小型純電気式計算機14-Aへ 1946年 ホンダ 旧軍払下げエンジンから起こした本田技術研究所の創業と、完成車への転身 1945年 堀場製作所 堀場無線研究所の創業と株式会社堀場製作所への法人化 1944年 日本触媒 八谷泰造氏による無水フタル酸事業の継続と爆発事故を越えた残存者利益の確立 1943年 日本冶金工業 大江山ニッケル工業の合併によるニッケル原料の上流統合 1936年 日本特殊陶業 日本碍子からの点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門の継承と分離独立 1936年 日本冶金工業 消火器から火工品へ、さらに特殊鋼・ステンレスへ続いた二度の業態転換 1935年 TDK TDK創業——大学の世界初フェライトを、資本金2万円と私財10万円で工業化するまで 1933年 アズビル 輸入商から計器メーカーへの業態転換と、大森への山武商会計器製作所の開設 1933年 キヤノン キヤノン創業——医・証券・技術の三者結合が興した国産高級カメラ 1931年 三菱石油 米アソシエイテッド石油との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設 1931年 ブリヂストン ブリヂストン創業——久留米の足袋商から国産自動車タイヤメーカーへ 1930年 ダイハツ工業 国産エンジンを積んだ三輪自動車の完成車製作への進出 1928年 ミノルタ 田嶋一雄による日独写真機商店の創業と、カメラの国産化 1926年 倉敷紡績 人絹工業へ進出するため倉敷絹織(現クラレ)を別会社として設立 1926年 東レ 三井物産による人絹事業への出資と、「三井」を冠さない東洋レーヨンの設立 1926年 豊田自動織機 豊田自動織機創業——G型自動織機の量産分社からトヨタ自動車の独立へ 1924年 シャープ 機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、大阪でのラジオ転身 1923年 古河電工 ドイツ・シーメンスとの資本・技術提携による富士電機製造の設立 1923年 サントリーHD 資本が数年寝るのを承知で始めた本格ウイスキーの国産化 1921年 テルモ テルモ創業——独製体温計の輸入途絶に医学者と実業家が組んだ検温器国産化の受け皿会社 1917年 ADEKA 古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設 1915年 第一製薬 匿名組合アーセミン商会の創立とサルバルサンの国産化、第一製薬株式会社への改組 1912年 日本鋼管 白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足 1912年 シャープ シャープ創業——金属繰出鉛筆から関東大震災を経て大阪のラジオメーカーへ 1911年 住友電工 住友伸銅場からの電線製造業の分離と住友電線製造所の設置 1910年 日立製作所 日立製作所創業——鉱山の修理工場から自前主義で興した国産電機メーカー 1909年 レンゴー 「段ボール」の命名と国産化 ── 井上貞治郎氏による三成社創業 1899年 三共 タカヂアスターゼの試売を引き受け、薬種問屋によらずに新薬業を興した判断 1897年 ヤマハ ヤマハ創業——浜松尋常小学校のオルガン修理から国産楽器メーカーへ 1892年 大林組 大林組創業——乾物問屋の三男が大阪・阿波座で興した土木建築請負業 1887年 三菱鉛筆 眞崎鉛筆製造所の創業と、輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録 1884年 DOWA DOWAホールディングス創業——藤田組が受けた官営小坂鉱山の払下げから黒鉱自溶製錬による再生へ

設備投資に、どこまで踏み込むか195件

2025年 東洋水産 カリフォルニア新工場への能力投資——蓄積資金を北米即席麺の増産へ振り向ける転換 2025年 東映アニメーション 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画「VISION2030」の策定 2025年 ホンダ 日産との経営統合構想への踏み込みと、二カ月弱での協議打ち切り 2025年 東日本旅客鉄道 高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱 2025年 名古屋鉄道 名古屋駅地区再開発計画の事業化決定と、施工難による再検証・見直しへの着手 2024年 ニップン 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え 2024年 江崎グリコ 342億円を投じた基幹システムの全面移行と、7カ月に及んだチルド商品の出荷停止 2024年 アドバンテスト AI・HBMテスト需要ブームへの先行投資と過去最高益 2024年 SCREEN HD 洗浄装置の世界首位を土台にした彦根への集中投資と売上1兆円構想 2024年 常磐興産 米フォートレス系Ontario合同会社によるTOBの受け入れと、東証スタンダード市場からの上場廃止 2024年 森ビル 六本木五丁目西地区での7000億円規模の再開発着手と、住友不動産との共同事業化 2023年 トクヤマ 韓国OCIとの折半合弁によるマレーシアでの半導体用多結晶シリコン生産と、ベトナム子会社の設立 2023年 森ビル 虎ノ門・麻布台地区の開発区域拡大と、麻布台ヒルズの開業 2023年 森ビル 虎ノ門ヒルズ森タワー周辺3街区の連続開発と、日比谷線新駅の再開発との一体整備 2022年 ADEKA 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 2022年 JFEHD 倉敷の高炉1基を休止し大型電炉へ置き換える脱炭素の生産体制転換 2022年 京王電鉄 新宿駅西南口地区の再開発、JR東日本との共同事業と京王電鉄の総事業費3000億円の投資 2021年 日本ガイシ 半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換 2020年 小田急電鉄 新宿駅西口の資産入替と1,300億円再開発 2019年 みずほFG 新勘定系システムMINORIへの全面刷新——4000億円台半ば・35万人月の勘定系統合 2019年 川崎汽船 非海運多角化の見送りと、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送への集中投資 2018年 エクシオG 通信工事3社の同時子会社化とエクシオグループへの改称・再編 2018年 オリエンタルランド ファンタジースプリングスへの約3,200億円投資と超長期の回収設計 2018年 小田急電鉄 半世紀を貫いた複々線化投資——1964年都市計画決定から2018年全面完成まで 2017年 カルビー フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開 2017年 ペプチドリーム 塩野義製薬・積水化学工業との合弁によるペプチスターの設立と原薬製造の内製化 2017年 楽天G 楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークの構築 2017年 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止と、加古川製鉄所への一貫工程の集約 2016年 三菱商事 チリ銅山AASへの巨額投資と2,712億円の減損 2015年 ネクステージ 大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大 2015年 住友商事 リスク回避路線の転換と資源投資の膨張——2005年アンバトビー参画から2015年3月期の3,103億円減損まで 2014年 パナソニック テスラとの車載電池協業とギガファクトリー——家電から「走る電池」へ 2014年 東海旅客鉄道 リニア中央新幹線の全額自己負担による建設 2014年 三菱倉庫 日本橋・江戸橋倉庫ビルの建て替えと賃貸オフィスビルへの用途転換 2014年 森ビル 立体道路制度による環状第二号線上空への超高層タワー建設と、虎ノ門ヒルズ 森タワーの竣工 2013年 大同特殊鋼 知多工場への150トンアーク炉新設と高付加価値鋼への設備転換 2013年 NISSHA スマートフォン向けフィルムタッチセンサーへの単年274億円の集中投資 2013年 商船三井 スポット運賃で稼ぐ不定期船経営からLNG船・長期契約への収益構造の転換 2012年 INPEX 総事業費340億米ドル、イクシスLNGプロジェクトの最終投資決定 2012年 神戸物産 自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業 2012年 セガサミーHD 遊技機の資金をリゾートと海外IRへ振り向けた2012年の同時多発投資 2012年 東急 鉄道の地下化で生んだ跡地への集中投資による渋谷ターミナルの再開発 2011年 さくらインターネット 都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる 2011年 富士フイルム バイオ医薬品CDMOへの参入と生産能力への集中投資 2011年 ファナック iPhone特需へのロボドリル増産投資と、需要集中がもたらした業績の振れ 2010年 ラウンドワン 米国カリフォルニアへの海外第1号店の出店と国内モール業態の移植 2010年 富士電機 パワー半導体とパワーエレクトロニクスへの投資集中 2010年 川崎重工業 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2009年 GSユアサ 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2009年 シャープ 堺・世界初の第10世代液晶パネル工場への集中投資 2008年 イビデン 618億円を全額自己資金で投じたマレーシア新工場の建設 2008年 TBSHD 赤坂サカスの開業と赤坂再開発による不動産事業化 2008年 中部電力 浜岡原子力発電所1・2号機の運転終了と廃炉、隣接地への6号機新設方針 2008年 四国電力 カタール・ラスラファンC発電造水事業への出資による海外発電事業への進出 2007年 王子HD 中国・江蘇省南通への一貫生産工場の建設と、排水パイプライン計画の撤回 2007年 日本製鋼所 室蘭製作所の製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2007年 エルピーダメモリ 台湾・力晶半導体との折半出資によるDRAM生産合弁レックスチップの設立 2006年 新日本石油 ガソリンから石油化学基礎製品への生産構成の組み替えと、10年2000億円の製油所改造 2005年 名古屋鉄道 中部国際空港開港に合わせた空港線(常滑〜中部国際空港間)の新設 2004年 アルバック 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 2004年 シャープ 液晶一貫生産「亀山モデル」への集中投資 2004年 パイオニア NECプラズマ事業の買収と、デジタル家電の価格急落 2003年 伊勢丹 新宿本店メンズ館の全面改装とブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入 2003年 東武鉄道 東京スカイツリー建設への1,430億円投資 2003年 森ビル 六本木ヒルズの竣工と、用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え 2002年 ユキグニファクトリー ホクトの主力であるぶなしめじ・エリンギへの参入と、第4・第5バイオセンターの新設 2002年 SUMCO 住友・三菱のシリコンウェーハ事業の統合と300mm専業会社の設立 2002年 神戸製鋼所 電力卸供給事業への参入と、神戸製鉄所構内での石炭火力発電所の建設 2001年 ソフトバンクG ADSL参入とYahoo!BBの危機 2000年 高島屋 JR東海との共同出資による名古屋出店と、初年度黒字という別解 2000年 NTT 共用型πシステムを止め、各家庭へ光を直結するFTTHへ固定網を切り替えた基盤投資 2000年 KDDI DDI・KDD・IDOの三社合併——長距離・国際・携帯を1社に束ねたKDDIの発足 1999年 住友金属工業 和歌山製鉄所の再建と熱間圧延ラインの休止 1999年 AREHD 貴金属リサイクル専業の株式店頭公開 1998年 カネカ カネカソーラーテックの設立と、薄膜シリコン太陽電池への100億円超の投資 1998年 沖電気工業 DRAM量産からの撤退と、半導体事業そのものの売却 1997年 参天製薬 フィンランドの眼科薬メーカー、スターの買収による欧州拠点の確保 1997年 KDD ルートKDDの国内延伸による企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1996年 ニップン ニップン冷食の設立と冷凍食品製造部門の分社化 1996年 アリアケジャパン 年商に匹敵する100億円を投じた液体エキス専用工場の建設 1996年 センコーGHD 年間投資予算の3倍、60億円を投じた研修施設「クレフィール湖東」の先行投資 1994年 サッポロビール 恵比寿工場跡地を売らず自社で開発した恵比寿ガーデンプレイスの開業 1994年 コロワイド 逗子工場の閉鎖と鎌倉キッチン配送センターの新設、セントラルキッチン網の構築 1994年 第二電電 PHS事業への参入と、地域別9社によるポケット電話会社の設立 1993年 飯野海運 カタール・インドネシアのLNGプロジェクト参画によるLNG輸送への進出 1992年 そごう 借入依存の全国多店舗化と地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国 1991年 三菱化学 光磁気ディスク量産設備の新設と米バーベイタムの買収 1991年 東ソー バブルをまたいだ石油化学の強気拡張と反動——エチレン増設・10事業撤退・塩ビ選別再投資 1991年 東京製鐵 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1991年 高島屋 新宿への旗艦店出店と、35年越しの悲願の実現 1991年 山之内製薬 アイルランドへの生産拠点設置と、欧州の生産販売網の自前構築 1990年 三洋電機 二次電池への傾斜投資と「二世代制覇」への布石 1990年 東武鉄道 東武百貨店によるサックス買収計画の頓挫と池袋店増床900億円投資 1989年 ホクト きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 1989年 三菱樹脂 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、三菱商事との共同出資会社の設立 1989年 THK THKの株式店頭公開による世界市場向け資金調達体制の構築 1989年 ローム 大手が避けた市場を狙う「3番手戦略」でのSRAM参入 1989年 川崎汽船 北米定期航路への1,200億円の集中投資と、邦船6社共同運航体制からの離脱 1989年 山之内製薬 筑波研究センターの開設と、バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資 1988年 三越 「拡・百貨店」路線の採用と、土地取得だけで580億円を投じたゴルフ場開発 1988年 三洋証券 資本金に匹敵する300億円を投じた、世界最大の取引フロアの建設 1988年 三菱地所 「丸の内マンハッタン化計画」の構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換 1988年 日本移動通信 開業時の無線方式へのNTT大容量方式の採用と、TACS方式の不採用 1987年 DMG森精機 量産方式の限界と「工作機械の宮大工に戻る」転換 1987年 SMC 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更 1986年 東京応化工業 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 1986年 東燃ゼネラル石油 経営会議の組織風土の転換と、和歌山の遊休地を使った電力卸売への参入 1986年 森ビル 単独ビルの建設から市街地再開発事業への転換と、アークヒルズの竣工 1984年 四国電力 四電情報ネットワークサービス(現・STNet)の設立による情報通信事業への参入 1983年 ニッスイ 漁場半減下でも止めなかった約120億円のトロール船集中投資 1983年 DCMHD 石黒商店によるIBMシステム38の導入と物流センターの設立 1980年 メイコー 両面板専業から多層プリント配線板への進出 1979年 信越化学工業 米ダウコーニング社との共同出資による信越半導体の設立と、優先交渉権を行使した全株式の取得 1979年 オリエンタルランド 三井不動産の反対を退けたディズニー独占ライセンス契約 1978年 花王 設備投資と工場自動化の積極化——欧米市場をにらんだ攻めの投資 1978年 東京製鐵 岡山工場の平炉停止と江戸川工場閉鎖による電炉一貫体制への移行 1978年 東北電力 石油専焼火力への依存を改める日本海エル・エヌ・ジー設立とLNGへの燃料転換 1978年 北海道電力 道内初の原子力発電所の立地決定と、内陸型から海側・泊村への計画変更 1977年 ニチロ 二百カイリ規制下での北洋漁業の縮小と、陸上加工・畜産加工への転換 1977年 東急 路面電車・玉川線に代わる地下新線「新玉川線」の建設と都心直通ネットワークの完成 1976年 ユニオンツール 長岡への工場設置と本社工場機能の移転による生産拠点の新潟県集約 1976年 三井物産 イラン石油化学(IJPC)への参画と、撤退できなかった巨大プロジェクト 1975年 九州電力 石油危機後の脱石油と、玄海1号機を先頭に置いた電源多角化 1975年 大阪ガス ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換 1974年 アマダ 不振同業の連続買収と「再建屋企業」への道 1974年 北海道電力 苫東の600万kW級石油火力構想の取り下げと、石炭火力への電源計画の組み替え 1972年 名村造船所 主力造船拠点の大阪から佐賀・伊万里への移転と新工場建設 1972年 イトーヨーカ堂 商圏規模に比例させた店舗規模と、坪二十万〜三十万円の立地への出店 1971年 グンゼ 代理店制度から販売子会社23社体制への再編と、首都圏販売の3系列への集約 1971年 新日本石油 鹿児島・喜入への原油中継輸送基地(CTS)の建設と、37万重量トン「日石丸」の就航 1971年 東京製鐵 全株式を取得していた大丸製鋼の吸収合併と九州工場の開設 1971年 DOWA 臨海型亜鉛製錬所・秋田製錬の設立と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え 1971年 ユニー 西川屋チエンとほていやの合併によるユニーの発足 1971年 東京電力HD 福島第一原子力発電所の建設と原子力への参入 1970年 北海道炭礦汽船 石炭の斜陽を15年前に予言した会社が、夕張新炭鉱に社運を賭けた判断 1970年 神戸製鋼所 灘浜での自社高炉の建設、尼崎製鉄の吸収合併、加古川製鉄所の新設 1970年 川崎汽船 フルコンテナ船の投入と、世界初の自動車専用船(PCC)の実用化 1970年 四国電力 伊方町からの誘致を受けた伊方原子力発電所の立地決定 1969年 住友重機械工業 造船大手・浦賀重工業の吸収合併と重工業メーカーへの転換 1969年 東京ガス アラスカ産LNGの15年長期契約と東京電力との共同調達、根岸基地の建設 1968年 旭化成 売上高に匹敵する1000億円を投じた水島の石油化学コンビナート建設 1968年 上村工業 枚方への中央研究所の建設と、めっき用化学品製造部門の移転 1967年 カネカ 塩ビモノマー原料のカーバイド法からの転換と、高砂へのオキシクロリネーション法設備の建設 1966年 トヨタ自動車 大衆車カローラの投入と高岡工場への集中投資 1966年 東急 鉄道と沿線開発を一体で回す多摩田園都市の建設 1966年 日本航空 ボーイング747(ジャンボ)導入の決定と大量輸送体制への転換 1965年 名古屋鉄道 名鉄百貨店・明治村・バスターミナルを核とする多角化とグループ経営の構築 1964年 日本電気硝子 ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設 1964年 カナデビア 総工費150億円の堺工場マンモスドック建設と、桜島工場の造船からの撤収 1963年 サントリーHD 主力が順風のうちに、勝てない市場へ出る 1962年 倉敷紡績 化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化 1962年 大王製紙 会社更生法の適用申請と、三島工場の操業を止めない更生手続 1962年 日本鋼管 広島県福山への第4の総合製鉄所の建設と、粗鋼年産600万トン計画への約2,500億円の投資 1962年 曙ブレーキ工業 米英仏3社との技術提携と岩槻製造所への資本金数倍の投資 1961年 日油 連続赤字下での川崎・千鳥工場の新設と、石油化学への進出 1961年 川崎製鉄 岡山県倉敷市への水島製鉄所の建設と、千葉・水島の二極体制への移行 1961年 ツガミ 三井へ手放した初代の後身・東洋精機を吸収合併し、茨城工場として取り込む 1960年 東海カーボン 米キャボット社とのカーボンブラック製造技術提携と知多工場の新設 1959年 ニチアス 祖岳製作所を合併し竹鼻工場(現羽島工場)を岐阜の生産拠点として受け入れ 1959年 三菱電機 半導体量産専門工場・北伊丹工場の新設と、西条・高知への量産設備の拡大 1959年 トヨタ自動車 日本初の乗用車専門工場・元町工場の建設と量産体制への転換 1959年 三菱地所 丸ノ内総合改造計画の策定と、赤煉瓦街から9階建てビル街への建て替え 1959年 近鉄GHD 名古屋線軌間拡幅と名阪直通特急の実現 1959年 日本国有鉄道 東海道新幹線の広軌別線建設と在来線改良案の不採用 1959年 森ビル 森事務所の法人化による森ビルの設立と、虎ノ門への集中投資 1959年 YKK 余ったアルミ合金を使うためのアルミサッシ参入 1958年 明治製菓 梅沢浜夫博士が発見したカナマイシンの工業化と、菌の培養から原末・製剤までの一貫生産の確立 1957年 本州製紙 第一次・第二次合理化工事の決定と、釧路への段ボール原紙工場の新設 1956年 神崎製紙 徳島県阿南への富岡工場の建設と、広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 1956年 東映アニメーション 短編の外注先だった日動映画を買収し、長編漫画映画の専属スタジオへ改組 1956年 三菱重工業 マンモスタンカー建造への着手と、超大型船に向けた設備の拡充 1955年 飯野海運 千代田土地建物の買取りによる不動産事業への進出 1955年 東京電力HD 水主火従から火主水従へ──火力を基幹電源に据えた電源構成の転換 1954年 大丸 東京駅八重洲口「民衆駅」への大口賃借と東京店の開設 1953年 安藤・間 佐久間ダム工事での米アトキンソン社との共同企業体結成と機械化施工の導入 1953年 三菱鉱業セメント 石炭に代わる事業としてのセメント選定と、三菱系各社共同出資による三菱セメントの設立 1953年 日本テレビHD 日本初の民間テレビ局としての開局と、街頭受像機による視聴者の創出 1951年 川崎製鉄 千葉製鉄所の建設と、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 1951年 九州電力 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立 1950年 クラレ 国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築 1950年 日本ゼオン B.F.グッドリッチ・ケミカルとの合弁による日本ゼオンの設立と塩化ビニル樹脂の国産化 1949年 秩父セメント 常務会が決めた新工場建設案を翌日に覆し、既設工場の若返りを選ぶ 1949年 YKK 資本金の60倍を投じた米国製自動植え付け機の輸入 1946年 明治製菓 戦災を受けた川崎工場でのペニシリン製造の開始と、抗生物質の原末一貫生産体制の構築 1936年 日本冶金工業 消火器から火工品へ、さらに特殊鋼・ステンレスへ続いた二度の業態転換 1933年 伊勢丹 神田店の閉店と新宿本店への全面移転、株式組織への改組 1926年 雪印乳業 「雪印」商標の制定と品質・冷蔵物流への投資による道産バターのブランド化 1926年 東レ 三井物産による人絹事業への出資と、「三井」を冠さない東洋レーヨンの設立 1924年 松坂屋 関東大震災で焼失した上野店の復旧と、東京・銀座への新規出店 1923年 秩父セメント 臨海立地の定型を破り、武甲山の麓に建てた内陸のセメント工場 1923年 サントリーHD 資本が数年寝るのを承知で始めた本格ウイスキーの国産化 1919年 日清紡HD 宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設 1914年 ニチロ 北洋サケ・マス漁場の取得と、米国式缶詰機械によるサケ缶詰の量産化 1908年 南満洲鉄道 三呎六吋の狭軌から四呎八吋半への本線改築と、狭広軌併用による営業継続 1885年 東京ガス 東京府瓦斯局の払い下げ引き受けと東京瓦斯会社の創立

プラットフォームを、築くか59件

2023年 森ビル 虎ノ門ヒルズ森タワー周辺3街区の連続開発と、日比谷線新駅の再開発との一体整備 2022年 サイバーエージェント ABEMAによるサッカーW杯全64試合の無料生中継 2019年 ZOZO 創業者・前澤友作氏の退任と澤田宏太郎氏によるトップダウン経営からの転換 2018年 クックパッド 「レシピ集中」への方針転換と食領域の新規事業への再投資 2016年 ビジョナル HRMOSの投入とSaaS群・隣接市場への多角化による成功報酬型からの収益源分散 2016年 freee みずほ銀行との国内初のメガバンクAPI連携と、北国銀行への会計データの開放 2015年 GMOペイメントゲートウェイ 三井住友FG・SMBCとの資本業務提携と約80億円の第三者割当増資 2014年 日本テレビHD Hulu日本事業の承継と、定額動画配信への参入 2013年 メルカリ スマホ前提のCtoCを「即決価格」で再定義したメルカリの創業 2013年 Sansan 黒字経営から赤字先行投資への転換と、法人向け名刺管理サービス初のテレビCM放映 2013年 freee 課金機能が未完成のままの会計ソフトfreeeの投入と、「無料期間」としての先行公開 2011年 エムスリー 英Doctors.net.ukを買収し、現地ポータルを束ねる海外展開の型を固める 2011年 LINE メッセンジャーアプリ「LINE」の投入と、検索・ゲームからの主力転換 2011年 ダイキン 微燃性冷媒R32の特許無償開放という知財戦略 2010年 DeNA 米ngmoco社の買収と、世界ソーシャルゲームプラットフォームの構築 2010年 LINE ライブドアの63億円での買収と、検索サービス「NAVER」への取り込み 2010年 川崎重工業 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2008年 東芝 次世代DVD「HD DVD」からの撤退——自ら仕掛けた規格戦争の終息 2007年 SBIHD 私設取引所(PTS)事業への参入——株式夜間取引から大阪デジタルエクスチェンジへ 2005年 カカクコム 食べログの立ち上げと「第二の柱」化 2005年 オリンパス デジタルカメラ事業の構造改革による黒字転換 2005年 伊勢丹 株式公開買付による岩田屋の連結子会社化と、丸井今井への出資の見送り 2004年 ZOZO 17のオンラインショップを廃してECモール「ZOZOTOWN」へ一本化 2004年 楽天G あおぞらカード買収による個人金融参入——後の楽天カードとなる会社の取得 2004年 楽天G 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 2003年 エムスリー 並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化 2003年 FUJI モジュール型高速多機能装着機NXTの開発 2001年 セブン銀行 金利差ではなくATM受入手数料を収益の柱に据えた銀行の設計 2001年 東日本旅客鉄道 Suicaの全面導入と、交通ICから電子マネー・生活決済への拡張 2000年 出前館 デリバリー総合サイト「出前館」の開設と、加盟店に初期負担・会費を課さない取り次ぎ条件の設定 2000年 NTTドコモ iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資 1999年 ユー・エス・エス 地方オートオークション会社の連続買収と、買収会場のUSS方式への作り替え 1998年 クックパッド クックパッドの創業とレシピ投稿サービスの段階的な収益化 1998年 ZOZO ZOZO創業——輸入CD通販の家業から受託販売のファッションECモールへ 1998年 スカパーJSAT パーフェクTVとJスカイBの合併によるスカイパーフェクTV発足 1997年 日本移動通信 DDIセルラーグループとの次世代携帯電話における全面提携と、CDMA方式の共同採用 1996年 任天堂 任天堂のソニー連合との決別と64ビット機NINTENDO64の単独開発 1996年 ソフトバンクG 米ヤフーとの合弁によるヤフー株式会社の設立 1994年 ソニー PlayStation参入と家庭用ゲーム市場への進出 1990年 ブックオフGHD 目利きを捨てた標準化買取モデルとフランチャイズ・チェーン化 1989年 セブン&アイHD 集中出店(ドミナント)を武器にした共同配送・単品管理と鮮度経営の確立 1988年 太陽誘電 That'sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディアCD-Rの世界初商品化 1988年 NTTデータG 民営化直後のNTTからデータ通信事業本部を切り出し、資本金100億円で分社独立 1988年 日本移動通信 開業時の無線方式へのNTT大容量方式の採用と、TACS方式の不採用 1987年 TKC 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1987年 第二電電 移動体通信への参入と、全国8地域へのセルラー電話会社の分散設立、首都圏・中部圏の日本移動通信への割り当て受け入れ 1983年 アスキー パソコン統一規格「MSX」の提唱と国産メーカーの結集 1980年 富士通 IBM互換路線とシステムエンジニア営業による国内首位奪取 1976年 日本ビクター 独自VTR規格VHSの開発と、他社供与による世界標準化 1976年 シチズン時計 腕時計の心臓部であるムーブメントを他社へ売る外販に踏み切り量産で世界一を取った戦略 1975年 赤井電機 家庭用ビデオへの参入とVHS陣営への後発合流 1972年 秩父セメント 小型テスト窯を飛ばし、実用窯で開発したSF式セメント焼成法 1972年 東京ガス 供給熱量の11,000キロカロリーへの引き上げと、首都圏550万件のガス機器の自社調整 1970年 すかいらーくHD 食料品店からの業態転換とファミリーレストラン「すかいらーく」第1号店の開業 1969年 セイコーG 世界初のクオーツウオッチ「アストロン」と特許公開による技術のデファクト化 1966年 TKC 会計事務所共同の計算センター構想によるTKC創業 1933年 南満洲鉄道 満洲国国有鉄道の受託経営と、奉天への鉄路総局の設置 1917年 南満洲鉄道 朝鮮総督府管理の国有鉄道の受託経営と、鮮満両鉄道の一体運営 1908年 南満洲鉄道 三呎六吋の狭軌から四呎八吋半への本線改築と、狭広軌併用による営業継続

ブランドに、どこまで投じるか119件

2025年 住友ゴム工業 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアにおける四輪 DUNLOP 商標権の取得と、基幹ブランドの FALKEN からの入れ替え 2024年 電通総研 電通本体のシンクタンク「電通総研」を譲り受け、コンサル子会社2社と統合して商号を変える 2023年 北の達人コーポレーション 広告運用の効率偏重の見直しとクリエイティブ多様化、「チームX」による組織再建 2023年 SWCC 純粋持株会社体制の解消と、商号の昭和電線ホールディングスからSWCCへの変更 2023年 日本テレビHD スタジオジブリの子会社化と、議決権42.3%の取得 2022年 円谷フィールズHD 持株会社体制への移行と円谷フィールズホールディングスへの商号変更 2021年 オープンアップG 夢真ホールディングスを株式だけで吸収合併し、2年後に両社の名を社名から外す 2021年 DCMHD ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるDCM株式会社の発足と、店名の「DCM」への統一 2021年 ラクス 減益を織り込んだ投資先行運営への転換と5か年売上高CAGR目標の上方修正 2020年 ツルハHD 連邦型の「放任」からグループシナジーへ、鶴羽順社長の方針転換 2020年 ワークマン #ワークマン女子による一般女性・非職人客向け新業態への進出 2019年 パルGHD 3COINSのリブランドと大型店化による「脱・純300円」の再成長 2019年 みずほリース みずほ銀行との資本業務提携によるみずほFG持分法適用関連会社化と商号変更 2018年 FUJI 商号の「FUJI」への変更とファスフォードテクノロジ買収 2018年 バンダイナムコHD ハイターゲット事業のBANDAI SPIRITSへの集約 2017年 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化と日本発ラグジュアリーへの転換 2016年 IDOM 「ガリバー」から「IDOM」への社名変更とモビリティ事業への業容拡大 2016年 ミズノ 街着向けブランド「ミズノスポーツスタイル」の投入と、競技用品偏重からカジュアル領域への商品展開 2016年 ファミリーマート ユニーグループ・ホールディングスの吸収合併と、サークルK・サンクスのファミリーマートへのブランド統一 2015年 MTG EMS機器「SIXPAD」の発売と、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2015年 三陽商会 バーバリー独占ライセンスの喪失と、自社企画ブランドへの売場転換 2014年 MIXI モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資 2014年 メルカリ 14.5億円調達とテレビCMによるマス広告先行投資 2014年 コーセーHD 米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入 2013年 Sansan 黒字経営から赤字先行投資への転換と、法人向け名刺管理サービス初のテレビCM放映 2013年 KADOKAWA 持株会社傘下の事業会社9社の吸収合併とKADOKAWAへの一本化 2012年 MARUWA 企業再生支援機構からのヤマギワ全株式の7億円での取得 2011年 リコー HOYAからのペンタックス買収と、祖業カメラ事業の立て直し 2010年 エムスリー 商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー」へ改める 2010年 円谷フィールズHD フィールズによる円谷プロダクションの子会社化 2010年 バンダイナムコHD 「IP軸戦略」への転換 2009年 MTG 美容ローラー「ReFa」の発売と、ブランド開発企業への業態転換 2009年 ファミリーマート エーエム・ピーエム・ジャパンの買収と、am/pm店舗のファミリーマートブランドへの一本化 2008年 ヒューリック 日本橋興業からヒューリックへの商号変更と東証一部上場 2008年 ライフネット生命保険 付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表 2006年 伊藤園 フードエックス・グローブの株式取得によるタリーズコーヒー日本事業の子会社化 2006年 MonotaRO 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と東証マザーズ上場 2006年 東レ ファーストリテイリングとの戦略的パートナーシップとヒートテックの共同開発 2006年 花王 カネボウ化粧品の買収——約4100億円で化粧品後発から国内2位へ 2006年 資生堂 メガブランド戦略とTSUBAKIへの集中投資 2006年 三菱鉛筆 摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化 2006年 モスフードサービス 農業生産法人サングレイスへの資本参加による産地合弁への参入 2006年 ファーストリテイリング グローバル化宣言とニューヨーク・ソーホーへの1000坪グローバル旗艦店の出店 2004年 楽天G 球界再編下のプロ野球新規参入——東北楽天ゴールデンイーグルスの設立 2004年 ソフトバンクG 福岡ダイエーホークスの買収と球団保有 2003年 ディップ ヤフー依存からの脱却と、提携解消の通告を受けた上場辞退 2003年 伊勢丹 新宿本店メンズ館の全面改装とブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入 2003年 東京建物 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドから「Brillia」への統一 2002年 カゴメ 連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革 2002年 ユナイテッドアローズ 東証上場を挟んだ自主企画レーベルの多層展開と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年 ピジョン 中国への進出と国家衛生部と共同の母乳育児相談室の開設、海外売上高比率5割への移行 2001年 山水電気 山水電気の福島工場閉鎖による自社生産からの撤退 2001年 伊藤忠エネクス 社名を伊藤忠エネクスへ改め、燃料商社からエネルギー商社へ転換 2000年 明治乳業 乳酸菌LG21を使ったヨーグルトの発売と、味から体への働きへの訴求の転換 2000年 参天製薬 脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収 2000年 グッドウィルG 公的介護保険の開始に合わせたケアセンター1208カ所の同時開設と、2か月半後の4割統廃合 2000年 船井電機 破綻した米エマーソンのブランド使用権取得とウォルマート専用供給体制 2000年 NIPPON EXPRESSHD 郵政事業庁との宅配便連合構想と共通ブランド協議 2000年 ファーストリテイリング 原宿都心店とフリース単品集中による全国ブランド化 1999年 商船三井 ナビックスラインとの対等合併と「商船三井」への商号変更 1999年 日本移動通信 cdmaOneへの全面転換と、DDIセルラーグループとの「au」ブランド統一 1998年 任天堂 任天堂のポケモン株式会社共同設立とIP経営への移行 1997年 クレディセゾン セゾン・アメリカン・エキスプレス・カードの発行と4大国際ブランド体制の完成 1996年 マツキヨココカラ&カンパニー 複合小売から薬粧専門・都心駅前チェーンへの転換とマツキヨのブランド化 1996年 ナカニシ 社名の株式会社ナカニシへの変更と販売代理店の吸収合併による製造・販売の一社統合 1996年 ニフコ ジャパンタイムズとシモンズの取得による資本負担の軽い多角化 1995年 ゴールドウイン ザ・ノース・フェイスの日本・韓国における商標権取得 1994年 ラウンドワン ラウンドワン(旧)の吸収合併と、杉野興産からラウンドワンへの商号変更 1993年 積水ハウス 乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編 1991年 コーセーHD CI導入による販路別ブランド開発への転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更 1990年 明治乳業 明治乳業による米ボーデンの事業運営移管提案の拒否と、20年にわたる提携の解消 1990年 キリンHD ドライ戦争敗勢下の反攻——フルライン戦略の挫折と「一番搾り」の投入 1990年 ABCマート 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年 レナウン 英国アクアスキュータム社の取得と、国内ライセンス権を欠いたままの買収 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1988年 サッポロビール アサヒ「スーパードライ」台頭への反攻と、黒ラベル終売・サッポロドラフトへの全面切替 1988年 太陽誘電 That'sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディアCD-Rの世界初商品化 1987年 アサヒGHD 味の全面転換に社運を賭けた「アサヒスーパードライ」の発売 1987年 船井電機 輸出専業からの転換——製パン器とVTRによる国内市場参入 1987年 損害保険ジャパン ゴッホ「ひまわり」の落札と、安田火災東郷青児美術館での一般公開 1987年 スターツコーポレーション 千曲不動産からスターツへの商号変更と、千曲建設等の吸収合併 1987年 コニカ 輸出ブランド「コニカ」への商号変更と、社名からの「写真工業」の削除 1986年 森ビル アークヒルズへのサントリーホール・テレビ朝日の誘致と、住宅・ホテルを含む用途複合の採用 1985年 ミノルタ オートフォーカス一眼レフ「α-7000」の発売と、通常の4倍にあたる初回投入 1982年 アサヒGHD 住友銀行副頭取・村井勉氏の招聘とCI導入による朝日麦酒の組織再建 1982年 ヨネックス 商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売 1982年 スクウェア・エニックスHD 開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携 1980年 丸井 若者向けファッションへの品ぞろえ転換とDCブランドの取り込み 1979年 大王製紙 ティシューペーパー「エリエール」による家庭紙市場への参入と紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1978年 竹内製作所 OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 1977年 サッポロビール 「サッポロびん生」全国発売——生ビールへの全面転換でキリン独走に挑む 1977年 三菱電機 生産志向型の事業部編成の見直しと、営業本部・4事業本部制への移行 1977年 アシックス オニツカ・ジィティオ・ジェレンク3社合併によるアシックス発足 1976年 KADOKAWA 東宝と提携した『犬神家の一族』製作による映画事業への参入 1976年 ホリプロ 新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設 1975年 日本アイ・ビー・エム 外資の現地法人を「日本の企業」として売る日本化路線 1974年 サンリオ ハローキティの誕生と、自社キャラクターを版権で稼ぐライセンスモデルの確立 1971年 グンゼ 代理店制度から販売子会社23社体制への再編と、首都圏販売の3系列への集約 1970年 山崎製パン 米ナビスコ・日綿実業との合弁によるビスケット事業への進出 1966年 川崎重工業 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 1965年 アマダ 代理店経由の販売からの離脱と直接販売網の構築 1964年 サッポロビール 「ニッポンビール」を捨て「サッポロ」へ——商標復活から社名変更に至るブランド一本化 1964年 セイコーエプソン 東京オリンピックの計時用プリンターの事業化と、『EPSON』ブランドの制定 1963年 コーセーHD フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ 1963年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社から住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更 1963年 サントリーHD 主力が順風のうちに、勝てない市場へ出る 1962年 大正製薬HD 20mlアンプル剤から100mlドリンク剤への剤形変更と、リポビタンDの発売 1960年 江崎グリコ 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ広げた総合食品化 1957年 東レ 英ICIからのポリエステル繊維技術の導入と、帝国人造絹絲との共同導入 1956年 はごろもフーズ 輸出依存から内需へ——東京営業所開設と自社ブランド缶詰への転換 1955年 ソニー トランジスタ技術の導入と自社ブランド「SONY」による米国輸出 1948年 富士銀行 安田銀行から富士銀行への改称と、商号解禁後の旧称号への不復帰 1945年 ミズノ 闇取引の全面禁止と、軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1926年 雪印乳業 「雪印」商標の制定と品質・冷蔵物流への投資による道産バターのブランド化 1926年 ハウス食品G本社 薬種問屋からカレー粉の自社製造への転換 1924年 松坂屋 関東大震災で焼失した上野店の復旧と、東京・銀座への新規出店 1915年 ミズノ 関西学生連合野球大会の主催と、全国中等学校優勝野球大会への開催権の移譲 1904年 三越 座売りの全廃による陳列販売への転換と、デパートメントストア宣言 1887年 三菱鉛筆 眞崎鉛筆製造所の創業と、輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録

海外へ、進出するか137件

2025年 MIXI MIXIによる豪PointsBet買収と、海外ベッティング事業への本格参入 2025年 東洋水産 カリフォルニア新工場への能力投資——蓄積資金を北米即席麺の増産へ振り向ける転換 2025年 神戸物産 中国依存6割の輸入PBを支える調達網の分散と、輸出入子会社・ベトナム現地法人の設立 2025年 ZOZO 英LYSTの買収——技術ライセンスから海外EC・メディア領域への参入 2024年 小野薬品工業 米Deciphera Pharmaceuticalsの約24億ドルでの買収と欧米販売網の取得 2024年 東宝 アニメ制作会社サイエンスSARUの子会社化と、Toho InternationalによるGKIDSの取得 2023年 トリドールHD 英Fulham Shoreの子会社化による欧州レストラン事業の取得 2023年 トクヤマ 韓国OCIとの折半合弁によるマレーシアでの半導体用多結晶シリコン生産と、ベトナム子会社の設立 2023年 NIPPON EXPRESSHD オーストリアの物流企業cargo-partner社の買収による欧州・中東欧事業基盤の獲得 2021年 森永乳業 大貫体制での海外M&A集中と米国植物性食品への参入 2021年 三井住友FG ベトナム・FE CreditとVPBankへの出資——消費者金融49%取得から地場大手銀行15%出資へ 2020年 日本新薬 国産初のアンチセンス核酸医薬ビルテプソの承認取得と、米国での自社販売開始 2019年 ショーボンドHD 三井物産との合弁による海外メンテナンス——2019年に始めた段階展開 2019年 アサヒGHD 豪カールトン&ユナイテッド(CUB)の約1兆2000億円取得 2019年 三菱UFJFG インドネシア・バンクダナモンの段階取得と94%子会社化 2018年 日本酸素HD 独リンデ・プラクスエア統合が生んだ欧州産業ガス事業の巨額買収 2017年 高砂熱学工業 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 パーソルHD 豪Programmed Maintenance Servicesの全株式取得によるオセアニア人材サービスへの本格進出 2017年 カルビー フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開 2017年 アサヒGHD 旧SABMiller中東欧ビール事業の約8,883億円買収と欧州の柱化 2017年 宝HD 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 2017年 ツムラ 中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ 2017年 関西ペイント Kansai Helios Group買収による欧州本格参入 2017年 日本電気硝子 米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得 2017年 マツダ トヨタとの資本業務提携と米アラバマ折半合弁の設立 2016年 アサヒGHD 欧州プレミアムビール4社の取得(Peroni・Grolsch) 2016年 サンゲツ 米壁装材大手Korosealの買収による海外進出と専業卸からの脱却 2016年 SOMPOHD 米エンデュランス・スペシャルティを約6,300億円で買収し、最大の米国市場に橋頭堡を築く 2015年 INPEX アブダビ陸上油田(ADCO)権益、異例の40年契約による確保 2015年 デンカ 三井物産との共同出資によるDuPontのクロロプレンゴム事業の譲受と、米国DPEの設立 2015年 日本郵政 豪トール買収による国際物流への進出と巨額減損 2015年 IDOM 豪州マルチブランド新車ディーラーへの参入と、7年での全面撤退 2015年 MS&ADインシュアランスGHD 英アムリン買収によるロイズ市場への本格参入 2015年 第一ライフG 上場で得た資本力で、米プロテクティブ生命を完全子会社化する 2014年 メルカリ 米国事業(Mercari US)への継続投資と累計約181億円の評価損 2014年 コーセーHD 米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入 2013年 三菱UFJFG タイ・アユタヤ銀行(クルンシィ)のTOB買収——アジア商業銀行基盤の獲得 2013年 三井住友FG インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年 2013年 ソフトバンクG 米スプリント買収による北米携帯市場への進出 2012年 INPEX 総事業費340億米ドル、イクシスLNGプロジェクトの最終投資決定 2012年 ポーラ・オルビスHD 豪ジュリークの買収による初の本格海外M&A 2012年 ダイキン 米Goodman買収による北米住宅用空調への本格参入 2012年 セガサミーHD 遊技機の資金をリゾートと海外IRへ振り向けた2012年の同時多発投資 2012年 セブン銀行 米国ATM運営会社FCTIの買収による初の海外進出 2011年 FOOD&LIFECOMPANIES 韓国子会社SUSHIRO KOREAの設立とソウル1号店の開業 2010年 DeNA 米ngmoco社の買収と、世界ソーシャルゲームプラットフォームの構築 2010年 ラウンドワン 米国カリフォルニアへの海外第1号店の出店と国内モール業態の移植 2009年 住友ファーマ 米セプラコールの約26億ドルでの買収による米国販売網の獲得 2009年 JFEHD インドJSWスチールとの包括提携 2008年 キリンHD 豪州乳業首位・2位を相次ぎ買収し、乳製品市場を制した巨額M&A 2008年 イビデン 618億円を全額自己資金で投じたマレーシア新工場の建設 2008年 武田薬品工業 北米処方薬事業の本格化——TAP合弁の解消とミレニアム買収 2008年 塩野義製薬 米サイエル・ファーマをTOBで完全子会社化し、初の本格的な米国販売基盤を築く 2008年 四国電力 カタール・ラスラファンC発電造水事業への出資による海外発電事業への進出 2007年 王子HD 中国・江蘇省南通への一貫生産工場の建設と、排水パイプライン計画の撤回 2007年 エルピーダメモリ 台湾・力晶半導体との折半出資によるDRAM生産合弁レックスチップの設立 2006年 ファーストリテイリング グローバル化宣言とニューヨーク・ソーホーへの1000坪グローバル旗艦店の出店 2005年 UBE カプロラクタムの量産化と、スペイン・タイ現地生産によるナイロン原料の世界供給網の構築 2004年 住友化学 サウジ・アラムコとの折半合弁による石油精製・石油化学統合コンプレックス「ラービグ」への進出 2003年 JFEHD 無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業 2003年 ツガミ 浙江省への津上精密机床設立による中国生産シフト 2003年 サイゼリヤ 中国・上海への進出による低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転 2003年 メイテックGHD 上海現地法人の設立による中国エンジニア育成・供給事業への進出 2002年 ABCマート 韓国を皮切りにSPA型小売モデルをアジアへ移した海外展開 2002年 ピジョン 中国への進出と国家衛生部と共同の母乳育児相談室の開設、海外売上高比率5割への移行 2001年 ニッスイ 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買った前例なき北米進出 2000年 NTTドコモ iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資 1999年 NTT NTTコミュニケーションズの設立と国際通信への進出 1998年 メイコー 香港・中国広東省を拠点とする海外生産への移行 1997年 参天製薬 フィンランドの眼科薬メーカー、スターの買収による欧州拠点の確保 1997年 ダイキン 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1996年 ローツェ ベトナム・ハイフォンへの量産拠点設立と、開発・量産を分ける国際分業体制の構築 1995年 MARUWA 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金によるマレーシア第3工場の建設 1995年 ヤオハン 上海第一八佰伴の出店と食品スーパー1060店構想——資金繰り悪化下も崩さなかった中国拡大 1994年 東洋水産 北米即席麺市場の現地化戦略——米国第3工場(アーバイン)と「本国が知らぬ米国首位」 1994年 三菱石油 ベトナム南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターによる原油探鉱への進出 1994年 ヤオハン 国内外の二正面作戦への拡大投資と600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債 1994年 ニトリ 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 1993年 飯野海運 カタール・インドネシアのLNGプロジェクト参画によるLNG輸送への進出 1992年 東京応化工業 米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築 1992年 ペンタックス 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1991年 日本ハム 豪州での食肉垂直統合と牛肉輸入自由化への備え 1991年 TOTO 「内需頼み」からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想 1991年 山之内製薬 アイルランドへの生産拠点設置と、欧州の生産販売網の自前構築 1990年 ABCマート 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年 三菱レイヨン 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1990年 日本精工 英国最大の軸受メーカーUPIの全株式取得と、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1990年 アンリツ 米Wiltron買収による計測器グローバル化への社運を賭けた一手 1990年 ヤオハン 国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛とグループ本部の香港移転 1989年 日揮HD 海外調達50%への構造転換と円高危機からの再建 1989年 S Foods 丸紅らとの合弁で米ネブラスカ州にFREMONT BEEF COMPANYを設立 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門の取得、日米欧3極生産体制の構築 1989年 大塚HD 米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1988年 エバラ食品工業 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 1988年 日立建機 米ディーア・伊フィアットとの日米欧3極体制 1988年 ファーストリテイリング 香港経由の直接調達による製造小売業(SPA)の原型づくり 1987年 大和工業 米ニューコアとの合弁ニューコア・ヤマト・スチール設立による北米H形鋼事業への進出 1987年 日産自動車 「構造不況企業」からの脱却——久米豊氏の企業文化刷新と欧州現地生産 1987年 SUBARU 系列を超えたいすゞとの北米合弁SIAの設立 1986年 宝HD 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 1986年 関西ペイント インドKansai Nerolac子会社化と新興国軸への転換 1986年 トヨタ自動車 北米での単独現地生産の決断とケンタッキー工場(TMM)の建設 1986年 曙ブレーキ工業 ベンディックスとの技術提携の解消と、GM合弁アムブレーキによる米国生産 1985年 上村工業 顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築 1984年 日産自動車 英国サンダーランド進出の決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防 1984年 トヨタ自動車 トヨタとGMの世界提携とNUMMIの設立 1983年 ダイフク Daifuku U.S.A.設立による北米市場への初進出 1980年 ヒロセ電機 米国現地法人の設立から始めた海外拠点網の構築 1980年 タカラトミー 「自分で作ったものは自分で売る」——直接進出によるミニ多国籍企業化 1979年 竹内製作所 米国現地法人の設立と、円高下でも引き揚げなかった北米残留 1978年 竹内製作所 OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 1978年 ホンダ 日本メーカー初の北米四輪現地生産(HAM設立) 1977年 日本ガイシ ベルギーの碍子メーカーの買収と欧州生産拠点NGKボドゥールの設立 1977年 日本精工 販売会社から現地生産への移行と、豪州・英国・米国への工場設置 1976年 住友林業 インドネシアでの合板現地生産——クタイ・ティンバー・インドネシア(KTI)設立 1976年 三洋電機 米ウォーイック社の買収とサンヨー・マニュファクチャリングによる北米現地生産 1975年 大阪ガス ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換 1973年 キッコーマン 輸出から現地生産へ——米国ウィスコンシンでの醤油工場建設 1973年 船井電機 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 1972年 クボタ クボタトラクターCorp.の設立と、水田向け小型トラクタによる北米・欧州市場への進出 1970年 マキタ マキタUSAの設立と、欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築 1969年 三菱商事 ブルネイLNG開発への参画と事業投資への転換 1966年 TDK カセットテープ参入とSDカセットによる自社ブランドの世界展開 1966年 川崎重工業 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 1963年 東レ タイでの合弁2社の設立と、海外現地生産の開始 1963年 積水化学工業 北米進出「第三の紙」の栄光と挫折 ── 成長会社セキスイの転落(1962〜1965) 1962年 日本ペイント 出資30%のシンガポール合弁によるアジア再進出 1960年 伊藤忠商事 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から総合商社への転換 1960年 日本アイ・ビー・エム 特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意 1959年 日本特殊陶業 ブラジル特殊陶業の設立と、点火プラグの海外現地生産の開始 1956年 赤井電機 商社を通さぬ現地直販と縦型テープレコーダーによる輸出特化モデルの確立 1955年 ソニー トランジスタ技術の導入と自社ブランド「SONY」による米国輸出 1954年 豊田自動織機 メキシコ豊田の設立と経営移譲——国家的保護を前提にした初の海外進出 1954年 山九 戦後日本企業初のユーゴスラビア向けプラント輸出を一貫作業で受注 1934年 小野田セメント 第3次セメント聯合会への不参加と、関東州・朝鮮への別法人設立 1914年 ニチロ 北洋サケ・マス漁場の取得と、米国式缶詰機械によるサケ缶詰の量産化 1903年 東京建物 天津租界地の払い下げを受けた支店開設と、漢口・京城・満州への外地展開

広がった海外事業を、どう統括するか100件

2025年 亀田製菓 TH FOODS の残り50%取得による完全子会社化 2025年 東映アニメーション 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画「VISION2030」の策定 2025年 住友ゴム工業 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアにおける四輪 DUNLOP 商標権の取得と、基幹ブランドの FALKEN からの入れ替え 2024年 ロート製薬 シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサンの取得と、三井物産との共同出資 2024年 みずほリース 丸紅への第三者割当増資による20%出資の受け入れと丸紅の持分法適用関連会社化 2023年 荏原製作所 対面市場別5カンパニー制への移行と、中期経営計画E-Plan2025による成長事業・基盤事業の切り分け 2023年 ピジョン 中国事業の「高成長」から「安定成長」への位置づけ変更と、米州・欧州への成長投資の集中 2023年 三菱倉庫 米英Cavalier Logisticsグループの買収と、自前拠点による海外展開からの転換 2023年 東京ガス 米国シェールガス開発・生産会社ロッククリフ・エナジーの全株式取得 2022年 NTTデータG NTT Ltd.との海外事業統合による規模の倍増と、有利子負債1.7兆円の引き受け 2020年 セブン&アイHD 米スピードウェイの210億ドル買収——日本小売業で過去最大級の海外M&A 2020年 日立製作所 ABB社パワーグリッド事業の買収とHitachi Energyの発足 2020年 ナカニシ 成長戦略の自力開発から海外M&Aへの転換と、米DCIインターナショナルなど海外企業の子会社化 2020年 みずほリース 丸紅との共同買収による米Aircastleの議決権25%取得 2019年 NTT 海外システム構築事業の統合と「One NTT」体制の構築 2019年 大阪ガス シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得 2018年 ジェイエイシーリクルートメント アジア統括法人 JAC Recruitment Asia の全株式取得と、業務提携で結んでいた海外拠点の連結化 2017年 カルビー フルグラによる中国市場への再進出と、越境EC・現地専用工場の展開 2017年 ツムラ 中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ 2017年 パーク24 豪SECURE PARKING 5カ国事業と英NCPの連続取得による海外駐車場事業の確立 2017年 東海カーボン 米SGL GE社の取得によるアジア・北米・欧州の黒鉛電極3極体制の構築 2016年 トリドールHD 持株会社への移行と、丸亀製麺に次ぐ業態の連続買収によるマルチブランド化 2016年 信越化学工業 森俊三氏への社長職の移譲と、シンテック社長を経た斉藤恭彦氏への二段階の承継 2016年 GSユアサ パナソニックの鉛蓄電池事業の譲受とパナソニック ストレージバッテリーの子会社化 2016年 三菱ロジスネクスト ユニキャリアホールディングスの取得と三菱ロジスネクストへの改称 2015年 S Foods AURORA PACKING COMPANY買収による米国食肉処理の2拠点化 2015年 不二製油 純粋持株会社「不二製油グループ本社」への移行 2015年 ハウス食品G本社 壱番屋へのTOBによる子会社化と、外食事業の取り込み 2015年 太平洋セメント 米国西海岸でのオログランデ工場・レディング工場の取得と、生コン・骨材までの買い足し 2015年 栗田工業 独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大 2015年 THK THKによるTRW Automotiveの欧米L&S事業の譲受 2015年 東京海上HD 連続する海外M&Aと「海外で稼ぐ」グローバル損保への転換 2014年 武田薬品工業 外国人CEOクリストフ・ウェバー氏の招聘とグローバル経営体制への転換 2014年 資生堂 外部プロ経営者・魚谷雅彦氏の招聘と「VISION 2020」 2014年 サントリーHD 1兆6500億円で「30年分の時間」を買う 2013年 LIXIL 米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収 2013年 三菱ロジスネクスト 三菱重工業のフォークリフト事業の吸収分割による承継と、同社の連結子会社化 2013年 オリックス 蘭ロベコの2400億円買収による資産運用への本格進出 2013年 トーセイ シンガポール証券取引所メインボードへのセカンダリー上場と東証との同時上場 2012年 電通G 英イージス・グループの約4,000億円買収——日本の広告会社で過去最大の海外M&A 2012年 リクルートHD リクルートによる米Indeedの買収 2012年 三菱HCキャピタル Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化 2012年 ミスミG本社 米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 2011年 日清紡HD 欧州ブレーキ摩擦材大手TMD Frictionの全株式取得 2011年 武田薬品工業 ナイコメッドの約1.1兆円買収による欧州・新興国販売網の一括取得 2011年 小野薬品工業 Bristol-Myers Squibbとの戦略提携による抗PD-1抗体の海外開発・販売権の供与 2011年 LIXIL 米GE出身・藤森義明の社長兼CEO招聘と創業家からの経営権移譲 2010年 エムスリー 商号を「ソネット・エムスリー」から「エムスリー」へ改める 2010年 資生堂 米ベアエッセンシャルの買収と初の大型クロスボーダーM&A 2010年 カナデビア 欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更 2010年 ANAHD JAL破綻を機とした国際線拡大と「内需依存」からの転換 2009年 久光製薬 米ノーベン・ファーマシューティカルズの株式公開買付けによる完全子会社化 2009年 加賀電子 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針 2009年 スクウェア・エニックスHD 英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却 2008年 第一三共 インド・ランバクシーの買収と「複眼経営」への移行 2008年 タダノ 事業領域のLE(移動機能付き抗重力・空間作業機械)への限定と、多角化の不採用 2008年 野村HD リーマン・ブラザーズのアジア太平洋・欧州中東部門の承継によるグローバル投資銀行への転身 2007年 三和HD 会社分割による純粋持株会社・三和ホールディングスへの移行 2006年 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入 2006年 ホシザキ 米LANCER・デンマークGRAM買収による北米飲料機器と欧州冷蔵庫の取得 2006年 三菱重工業 ウェスチングハウス買収入札での敗退と、仏アレバとの中型炉共同開発合弁の設立 2005年 ネクソン 子会社が親会社の事業中核を逆に取り込んだ「親子逆転」再編 2005年 UBE カプロラクタムの量産化と、スペイン・タイ現地生産によるナイロン原料の世界供給網の構築 2005年 NTTデータG 自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略 2003年 三和HD 北米オーバーヘッドドアと欧州ノボフェルムの買収による日米欧三極体制の確立 2003年 ソニー エリクソンとの携帯電話合弁「ソニー・エリクソン」の設立と、赤字下の追加出資による事業継続 2002年 ABCマート 韓国を皮切りにSPA型小売モデルをアジアへ移した海外展開 2002年 アズビル ハネウエル保有株1,099万株の自己株式取得と、49年続いた資本関係の解消 2002年 ピジョン 中国への進出と国家衛生部と共同の母乳育児相談室の開設、海外売上高比率5割への移行 2002年 ニフコ ITWとの提携完全解消と主力品目15種への絞り込み 2001年 ブリヂストン 米ファイアストンの欠陥タイヤ問題と大規模自主回収 2000年 豊田自動織機 スウェーデンBTインダストリーズの買収による産業車両の世界首位 2000年 シスメックス 家次恒のグローバル直販経営と血液検査・世界シェア3冠 1999年 ANAHD 世界最大の航空連合スターアライアンスへの加盟と「選択と集中」による経営再建 1997年 三共 糖尿病薬ノスカールの国際展開と「第二の柱」戦略の挫折 1996年 ユニオンツール 店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立 1996年 ローツェ ベトナム・ハイフォンへの量産拠点設立と、開発・量産を分ける国際分業体制の構築 1994年 東京エレクトロン 海外販売の直販体制への全面転換 1993年 第一製薬 自社開発の合成抗菌剤クラビットの発売と、輸出による海外売上の拡大 1992年 東京応化工業 米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築 1991年 セブンイレブン・ジャパン ライセンス元である米サウスランド社の買収と、イトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け 1991年 山之内製薬 アイルランドへの生産拠点設置と、欧州の生産販売網の自前構築 1990年 日本精工 英国最大の軸受メーカーUPIの全株式取得と、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1990年 富士通 英ICL買収による欧州・北米・日本の3極メインフレーム体制 1990年 ヤオハン 国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛とグループ本部の香港移転 1988年 ブリヂストン 米ファイアストンの買収と世界一への跳躍 1987年 コニカ 輸出ブランド「コニカ」への商号変更と、社名からの「写真工業」の削除 1986年 DIC 米サン・ケミカル社グラフィックアーツ部門の取得と、印刷インキ世界首位への到達 1985年 上村工業 顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築 1985年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社保有株の買い取りと、欧州3社・米国ダンロップのタイヤ事業の取得 1983年 ダイフク Daifuku U.S.A.設立による北米市場への初進出 1982年 TDK 磁気テープ世界首位とニューヨーク上場を機とするグローバル電子部品メーカーへの転換 1980年 ヒロセ電機 米国現地法人の設立から始めた海外拠点網の構築 1980年 村田製作所 カナダの多国籍企業エリー社(ETP)買収による海外拠点の一挙獲得 1979年 竹内製作所 米国現地法人の設立と、円高下でも引き揚げなかった北米残留 1977年 日本精工 販売会社から現地生産への移行と、豪州・英国・米国への工場設置 1976年 日揮HD 海外プラント受注拡大への傾斜と「日揮」への社名変更 1972年 クボタ クボタトラクターCorp.の設立と、水田向け小型トラクタによる北米・欧州市場への進出 1970年 マキタ マキタUSAの設立と、欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築 1963年 東レ タイでの合弁2社の設立と、海外現地生産の開始

海外事業から、撤退するか32件

2026年 ホンダ 「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字 2025年 亀田製菓 米国子会社 Mary's Gone Crackers の全株式譲渡 2024年 電通G 海外事業(電通インターナショナル)の巨額減損とM&A路線の転換 2024年 メルカリ 米国事業の大規模リストラと成長戦略の国内回帰 2024年 コーセーHD 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革 2023年 住友ファーマ 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2022年 関西ペイント アフリカ事業のアクゾ・ノーベルへの譲渡発表と撤回 2022年 ANYCOLOR 海外4極から2極への絞り込み——インド休止とインドネシア・韓国グループの本体統合 2022年 三菱UFJFG MUFGユニオンバンク売却——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2021年 ホンダ 英国スウィンドン工場の閉鎖と欧州完成車生産からの全面撤退 2020年 GMOペイメントゲートウェイ マレーシアMACROKIOSKの全株式譲渡による撤退 2019年 アリアケジャパン 米国子会社ARIAKE U.S.A.の全株式をKerryへ譲渡し米国市場から撤退 2019年 日立製作所 英国原発「ホライズンプロジェクト」の凍結と撤退 2019年 リロG BGRS買収によるグローバルリロケーション参入と5年での撤退 2017年 トクヤマ マレーシア多結晶シリコン事業からの完全撤退 ── 減損を確定し韓国OCIへ全株譲渡 2015年 ラクス 米国子会社Rignite Inc.の全株式譲渡とSNSマーケティング事業からの撤退 2015年 デンカ 三井物産との共同出資によるDuPontのクロロプレンゴム事業の譲受と、米国DPEの設立 2015年 第一三共 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 2015年 日本郵政 豪トール買収による国際物流への進出と巨額減損 2015年 IDOM 豪州マルチブランド新車ディーラーへの参入と、7年での全面撤退 2014年 豊田合成 独メテオール社の資産譲受によるシーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外 2013年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント ソフトバンクとの共同出資によるフィンランドSupercell買収と1年後の売却 2012年 ポーラ・オルビスHD 豪ジュリークの買収による初の本格海外M&A 2011年 住友金属鉱山 チリ・シエラゴルダ銅鉱山の権益取得と、二度の減損を経た全持分の譲渡 2003年 メイテックGHD 上海現地法人の設立による中国エンジニア育成・供給事業への進出 1998年 藤沢薬品工業 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1998年 カプコン メキシコ子会社の清算と米国持株会社株式の評価減による最終赤字 1997年 大丸 売上至上主義から利益第一主義への転換と、海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1990年 三菱地所 米ロックフェラーグループへの資本参加と、5年後のロックフェラーセンター投資事業からの撤退 1988年 エバラ食品工業 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 1954年 豊田自動織機 メキシコ豊田の設立と経営移譲——国家的保護を前提にした初の海外進出 1903年 東京建物 天津租界地の払い下げを受けた支店開設と、漢口・京城・満州への外地展開

赤字の会社を、どう立て直すか167件

2026年 日本板硝子 アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 2025年 資生堂 過去最大級の赤字と構造改革 2025年 日本精工 ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し 2025年 日産自動車 経営再建計画「Re:Nissan」——7工場の統廃合と2万人削減 2025年 三菱UFJFG 三菱UFJ銀行・貸金庫窃取事件への対応と内部管理の立て直し 2024年 ユニチカ 祖業・繊維事業からの全面撤退と870億円の金融支援要請、経営陣総退陣 2024年 住友化学 過去最大の赤字を受けた抜本的構造改革と資産圧縮による再建 2024年 SOMPOHD ビッグモーター保険金不正を受けた経営陣の刷新とガバナンス再建 2023年 北の達人コーポレーション 広告運用の効率偏重の見直しとクリエイティブ多様化、「チームX」による組織再建 2023年 住友ファーマ 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2022年 住友大阪セメント 石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し 2021年 三井E&S 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 2021年 しまむら 中期経営計画「リ・ボーン」による原点回帰と3期連続減益からのV字回復 2021年 ヤマダHD 大塚家具の完全子会社化——父娘騒動で疲弊した名門家具の救済と取り込み 2020年 日本製鋼所 素形材・エネルギー事業の日鋼MECへの吸収分割と、6年後の日本製鋼所M&Eの本体への吸収合併 2020年 サンリオ 創業者から孫への60年ぶりの世代承継と「第二の創業」による多キャラクター経営への転換 2019年 ZOZO 創業者・前澤友作氏の退任と澤田宏太郎氏によるトップダウン経営からの転換 2019年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズのHR事業売却と会社分割 2019年 曙ブレーキ工業 事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2019年 MTG 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の大田嘉仁氏の会長招聘 2018年 パイオニア 香港ファンド(ベアリングPEアジア)の傘下入りと上場廃止による再建 2017年 三陽商会 バーバリー喪失後の構造改革——岩田功社長による脱百貨店への転換 2016年 キリンHD ブラジル事業の巨額減損と、ハイネケンへの売却による撤退 2016年 シャープ 鴻海傘下での再建——戴正呉氏によるコスト構造と意思決定の作り直し 2016年 シャープ シャープ再建をめぐる産業革新機構の提案と鴻海による買収(2016年・官民ファンド案は破談) 2016年 ニコン 二本柱同時不振と1143名の希望退職──2016年の全社構造改革 2015年 ワールド 上山健二社長による大規模構造改革——500店閉鎖と不採算ブランドの廃止 2015年 あおぞら銀行 資本再構成プランによる公的資金の分割返済と、2015年の前倒し一括完済 2014年 日本マクドナルド 期限切れ鶏肉問題からの再建と、米本社による株式売却の検討・凍結 2014年 双日 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 2014年 すかいらーくHD ベインキャピタル傘下での経営再建と八年ぶりの東証再上場 2014年 ソニー 平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡 2013年 めぶきFG 預金保険機構からの足利銀行全株式取得による民営化と、2013年の東証一部直接上場 2013年 九州電力 全原発停止下での家庭向け料金値上げと、川内1・2号機を先頭に置いた再稼働申請 2012年 沖電気工業 閉鎖寸前だった本庄工場の受託生産への転換と、他社工場を買う側への転身 2011年 東京建物 出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え 2010年 バンダイナムコHD 「IP軸戦略」への転換 2010年 伊藤忠商事 「か・け・ふ」による経営改革と非資源No.1・商社三冠戦略 2010年 日本航空 会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、アメーバ経営・JALフィロソフィによる再建 2010年 U-NEXT HOLDINGS インテリジェンスを米KKR系ファンドへ譲渡した連続子会社売却 2010年 スクウェア・エニックスHD サービス崩壊を認め、吉田直樹氏を起用した『FF14』の全面作り直し 2009年 ドリームインキュベータ 投資規律の厳格化と、ファンド組成による株式市況に依存しない収益構造への転換 2009年 ムニノバHD 事業再生ADRによる独立系存続——大手4社で唯一、会社更生も銀行傘下入りも避けた再建 2009年 日立製作所 リーマンショック後の緊急再建と、総合電機路線の転換 2009年 エルピーダメモリ 改正産業活力再生特別措置法にもとづく日本政策投資銀行からの優先株300億円の受け入れ 2009年 ヤマハ発動機 リーマン後の構造改革と損益分岐点型経営への転換 2007年 三機工業 受注拡大策の撤回と、規模に見合った採算重視受注への転換 2007年 山崎製パン 不二家への資本参加と51%子会社化による経営再建の引き受け 2007年 さくらインターネット 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 2007年 パイオニア シャープからの資本受け入れと業務・資本提携 2007年 アコム グレーゾーン金利の消滅と過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建 2007年 GMOインターネットG ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退 2006年 三洋電機 3,000億円の第三者割当増資と継続企業の前提への疑義 2006年 ボーダフォン(現ソフトバンク) ソフトバンクによるボーダフォン日本法人の買収 ── 1兆6,935億円のLBO 2005年 オリンパス デジタルカメラ事業の構造改革による黒字転換 2005年 西武HD コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2004年 双日 総額2500億円の損失処理と、航空機ファイナンスという「聖域」への切り込み 2004年 三菱自動車 ダイムラー撤退後の三菱グループ主導による自主再建 2004年 ダイエー 自力再建の断念と産業再生機構による再生 2003年 安藤・間 会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立 2003年 ニデック 三協精機製作所の買収と再建 2003年 富士通 連結最終赤字3,825億円からの再建と黒川博昭氏の構造改革 2003年 ソニー エリクソンとの携帯電話合弁「ソニー・エリクソン」の設立と、赤字下の追加出資による事業継続 2003年 めぶきFG 足利銀行の債務超過と、預金保険法に基づく特別危機管理(事実上の国有化)への移行 2003年 りそなHD 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 2003年 光通信 社債償還危機下の有利子負債圧縮とOA機器販売への収益源転換 2002年 JVCケンウッド 債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換 2002年 三菱自動車 ダイムラー主導のターンアラウンド——エクロートによる聖域なき構造改革 2002年 丸紅 「負け組」からの再建──不良資産の抜本処理と財務立て直し 2002年 あいおい損害保険 米国再保険で生じた1300億円の損失処理と、旧2社の融和・システム統合による立て直し 2001年 パソナG 「新旧分離」による本業回帰と株式上場 2001年 アスクル アスクル、「EC先駆者」評価の反動と岩田彰一郎社長の原点回帰 2001年 資生堂 ブランド集約とチェーン店再生 2001年 日本軽金属HD 横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換 2001年 コマツ 坂根正弘氏の「ダントツ経営」による経営構造改革とV字回復 2001年 パナソニック 中村邦夫氏の「破壊と創造」——事業部制の解体とグループ5社の完全子会社化 2001年 良品計画 松井忠三による無印良品の再建と衣料品のヨウジヤマモト全面委託 2001年 ロイヤルHD 経営構造改革本部の設置と4年間での129店閉店、300億円超の特別損失処理 2000年 そごう 破綻処理から再建の設計図へ——興銀が招いた和田繁明氏と「西武・そごう合併」構想 1999年 DOWA 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン 1999年 日商岩井 6000億円の協調融資枠の受け入れと、有利子負債1兆円の圧縮 1999年 ANAHD 世界最大の航空連合スターアライアンスへの加盟と「選択と集中」による経営再建 1998年 レナウン 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1998年 ジャストシステム 「一太郎オフィス8」の失速で初の赤字、人員削減とソニー出資による再建 1998年 ニッセイ同和損害保険 料率自由化を前にした「新創業運動」と支店制への移行、代理店網の選別 1997年 ニデック 企業買収による成長モデルの確立 1997年 ヤオハン 会社更生下の再建スポンサーにジャスコを迎えた選択——競合へ主力店を手放した末の存続策 1996年 長谷工コーポレーション 「毎年赤字より一回ドカンと出す」── 1,850億円特別損失の一括処理 1996年 東急 東急百貨店の本業回帰による再建 — 財テク破綻から「自分で仕入れ、自分で売れ」へ 1995年 ツムラ バブル期に広げた多角化子会社の整理と、創業家外からの社長招聘 1995年 テルモ 和地孝社長の企業風土改革とテルモ・ビジネス・ユニット導入 1994年 阪和興業 財テク膨張からの脱出と8期ぶりの復配 1994年 三井住友トラストG 麻布グループ再建案の策定と、1994年度の不良債権2,000億円の償却 1994年 靴のマルトミ 不採算180店の一括閉鎖と、3年で380店を閉じる経営改善計画 1993年 オンキヨー 東芝との36年の資本提携の解消と、大朏直人氏個人によるオンキヨー株式の取得 1993年 日本ビクター 上場以来初の無配に沈んだ1993年の経営再建——VHS偏重の体質を改めるリストラと社長直属「新風事業」 1993年 日本航空 民営化後初の大幅赤字を受けた「親方日の丸」との決別とコスト構造改革 1993年 日活 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まりと、会社更生法の適用申請 1993年 日本アイ・ビー・エム 初の赤字決算と、三次にわたるリストラクチャリング 1992年 ローム 半導体不況下の受注整理と生産改革 1992年 ペンタックス 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1990年 赤井電機 三菱電機を筆頭株主に迎える資本業務提携と再建 1990年 SUBARU 川合流経営による本体黒字化への再建 1990年 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収——日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1989年 日揮HD 海外調達50%への構造転換と円高危機からの再建 1989年 ライオン 育毛剤「ペンタデカン」データねつ造事件と小林敦社長による経営危機の総括 1989年 川崎汽船 北米定期航路への1,200億円の集中投資と、邦船6社共同運航体制からの離脱 1988年 日産化学 中井武夫氏による石油化学からの完全撤退と農薬・機能性材料への転換 1987年 アサヒGHD 味の全面転換に社運を賭けた「アサヒスーパードライ」の発売 1987年 東レ 前田勝之助氏が「大企業病」を自己診断した経営改革 1987年 日産自動車 「構造不況企業」からの脱却——久米豊氏の企業文化刷新と欧州現地生産 1987年 象印マホービン 電気炊飯ジャーの低価格路線から高級品路線への転換と「サクセス90」の始動 1987年 丸紅 「"強い商社"への再生」──春名和雄が名指しした収益体質の歪み 1986年 山九 親会社・中村汽船の倒産と35歳・中村公一氏の社長就任 1985年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社保有株の買い取りと、欧州3社・米国ダンロップのタイヤ事業の取得 1984年 明治製糖 三菱商事全額出資の明糖産業への全営業譲渡と、明治製糖の解散 1983年 ヤマハ発動機 HY戦争の敗北と年産半減の再建計画 1982年 アサヒGHD 住友銀行副頭取・村井勉氏の招聘とCI導入による朝日麦酒の組織再建 1981年 久光製薬 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1980年 ジェイテクト 光洋精工の巨額赤字を受けたトヨタ自動車工業への支援要請と第三者割当増資 1980年 吉野家HD 会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 1979年 京成電鉄 石油ショック後の経営危機と川崎体制の終焉 1978年 横浜ゴム ADVAN発売とB.F.グッドリッチ資本離脱による独自路線の確立 1978年 オークマ 大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長による「ガラス張り経営」での再建 1977年 三菱電機 生産志向型の事業部編成の見直しと、営業本部・4事業本部制への移行 1977年 キヤノン 賀来氏龍三郎氏の社長抜擢と事業部制による事務機集中 1976年 アドバンテスト タケダ理研工業への富士通の救済出資とICテスタ集中による再建 1975年 日本軽金属HD アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 1974年 アマダ 不振同業の連続買収と「再建屋企業」への道 1974年 日本光電工業 無配転落下での減量経営「危機突破2-4作戦」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1972年 三井金属 イタイイタイ病控訴審敗訴後の賠償受諾と公害防止協定・土壌復元の締結 1971年 積水化学工業 鉄骨系ユニット住宅「セキスイハイム」による住宅事業への参入 1971年 コニカ 電子複写機U-Bixの発売による事務機市場への参入と、八王子工場のカメラからの転換 1969年 三菱鉱業セメント 石炭生産部門の分離と、三菱高島炭砿・三菱大夕張炭砿の設立 1969年 パルコ 百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸すファッションビル運営への転換 1969年 日本国有鉄道 日本国有鉄道財政再建促進特別措置法に基づく10年計画の策定と、設備投資3兆7000億円・要員約6万人縮減の実施 1967年 トヨタ紡織 石田退三氏の会長就任と豊田紡織への社名変更による立て直し 1967年 栗田工業 粉飾決算の露見と、伊藤忠商事の増資引受による経営再建 1965年 日本興業銀行 山一証券への日高輝氏の派遣と、主力3行による再建の引き受け 1965年 山一證券 日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建 1964年 NSユナイテッド海運 海運集約による日本郵船グループへの系列編入 1963年 積水ハウス 田鍋健社長による直接販売・責任施工への転換と高級化路線 1963年 横浜ゴム ブリヂストンに譲った首位からの巻き返し——新城工場と島崎敬夫社長の経営刷新 1962年 大王製紙 会社更生法の適用申請と、三島工場の操業を止めない更生手続 1961年 日油 連続赤字下での川崎・千鳥工場の新設と、石油化学への進出 1957年 本州製紙 第一次・第二次合理化工事の決定と、釧路への段ボール原紙工場の新設 1957年 ピジョン 破綻状態の哺乳器メーカーへの経営参加と支配権の掌握、株式会社ピジョン哺乳器本舗の設立 1954年 ブルドックソース 会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着 1954年 ツガミ 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替えと、津上退助氏の社長復帰 1954年 三菱商事 三菱商事創業——GHQに解体された旧三菱商事から1954年の四社合同へ 1952年 ダイキン 朝鮮戦争の砲弾特需を原資とする空調・化学への業態転換 1951年 昭和飛行機工業 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1950年 大日本製糖 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 1950年 川崎重工業 製鉄部門の分離独立と川崎製鉄の設立、造船・造機・電機3部門への集約 1949年 秩父セメント 常務会が決めた新工場建設案を翌日に覆し、既設工場の若返りを選ぶ 1946年 シチズン時計 軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用、腕時計専業への復帰 1937年 トヨタ自動車 トヨタ自動車の創業——豊田自動織機の自動車部による国産量産車の事業化 1934年 富士フイルム 富士フイルム創業——大日本セルロイドが分社した写真フィルム専業会社と国策助成金 1932年 安川電機 配電盤と変圧器を捨て「安川のモートル」へ絞る 1930年 ニップン 三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む製粉共販組合の結成 1927年 川崎重工業 昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立 1920年 マツダ マツダ創業——広島のコルク再建会社から三輪トラック「マツダ号」への転身 1920年 伊藤忠商事 大正9年恐慌からの再建と堅実経営への転換——重役総入替と若返り 1901年 小野田セメント 三井物産合名会社との製品一手販売契約の締結と販売機能の全面委託 1885年 東京ガス 東京府瓦斯局の払い下げ引き受けと東京瓦斯会社の創立 1884年 DOWA DOWAホールディングス創業——藤田組が受けた官営小坂鉱山の払下げから黒鉱自溶製錬による再生へ

法的整理に、踏み切るか30件

2018年 東芝 稼ぎ頭の半導体メモリ事業の売却と東芝メモリ(現キオクシア)の分離 2017年 タカタ 私的整理の主張から民事再生法の申請へ、キー・セイフティー・システムズへの事業承継 2012年 エルピーダメモリ 会社更生法の適用申請と、米マイクロン・テクノロジーへの譲渡 2010年 武富士 会社更生法の適用申請と、消費者金融事業のJトラストへの譲渡 2010年 日本航空 会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、アメーバ経営・JALフィロソフィによる再建 2007年 鐘紡 事業の解体売却・花王への化粧品譲渡と会社解散 2004年 鐘紡 粉飾決算の発覚と産業再生機構への支援要請 2003年 めぶきFG 足利銀行の債務超過と、預金保険法に基づく特別危機管理(事実上の国有化)への移行 2002年 りそなHD 大和銀行とあさひ銀行の経営統合とりそなホールディングスの誕生(2002年成立) 2000年 赤井電機 香港資本の傘下入りによる延命と、独立電機メーカーとしての終焉 2000年 そごう 私的整理の頓挫から民事再生法申請へ——負債1兆8700億円の経営破綻 2000年 あおぞら銀行 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 1998年 日本鋼管 上場子会社トーア・スチールの任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継 1997年 ヤオハン 転換社債の自力償還が行き詰まり、1997年9月の会社更生法申請へ——上場大手小売の破綻 1997年 山一證券 会社更生法の申請の見送りと、営業停止・自主廃業による全事業の終了 1997年 三洋証券 救済合併でも自主廃業でもなく、会社更生法の適用を申請したこと 1997年 日本長期信用銀行 スイス銀行との業務・資本提携と投資銀行への転換、住友信託銀行への合併申し入れ 1995年 北海道炭礦汽船 106年の会社をどう畳むか ── 野々村郁雄氏が選んだ会社更生法 1993年 日活 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まりと、会社更生法の適用申請 1984年 大日本製糖 負債を除く営業全部のニットーへの譲渡と解散 1984年 明治製糖 三菱商事全額出資の明糖産業への全営業譲渡と、明治製糖の解散 1980年 吉野家HD 会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 1977年 安宅産業 NRC製油所への傾斜投資と戦後最大級の商社破綻 1969年 明治鉱業 会社更生法によらない解散と、新明治鉱業を受け皿とする企業ぐるみ閉山 1962年 大王製紙 会社更生法の適用申請と、三島工場の操業を止めない更生手続 1954年 ブルドックソース 会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着 1954年 ツガミ 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替えと、津上退助氏の社長復帰 1949年 沖電気工業 企業再建整備法による旧沖電気の解散と、第二会社・沖電気工業の設立 1927年 川崎重工業 昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立 1862年 日商岩井 1862年の岩井文助商店の創業と、鈴木商店系・日商との合併による日商岩井の発足

固定費を、どこまで削るか193件

2026年 ホンダ 「2040年脱エンジン」の事実上撤回と上場来初の最終赤字 2026年 イオン ダイエーの東西2分割と食品スーパーの再編 2026年 名古屋鉄道 名鉄百貨店本店の営業終了と名古屋駅地区再開発 2025年 グンゼ 主力アパレルの構造改革と、コア事業の機能ソリューション・メディカルへの移行 2025年 資生堂 過去最大級の赤字と構造改革 2025年 フジクラ AI・データセンターへの集中と電線大手の再定義 2025年 パナソニック 好業績下での国内外1万人削減——固定費構造の改革 2025年 日産自動車 経営再建計画「Re:Nissan」——7工場の統廃合と2万人削減 2025年 キヤノン 医療機器事業ののれん1651億円減損と本社一体化による立て直し 2025年 サンウェルズ 訪問看護の不適切請求問題を受けた中期経営計画の取り下げと訪問看護体制の全面見直し 2024年 住友化学 過去最大の赤字を受けた抜本的構造改革と資産圧縮による再建 2024年 電通G 海外事業(電通インターナショナル)の巨額減損とM&A路線の転換 2024年 メルカリ 米国事業の大規模リストラと成長戦略の国内回帰 2024年 コーセーHD 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革 2024年 日本発條 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2024年 オムロン 制御機器不振下の構造改革「NEXT 2025」と約2000人の人員削減 2023年 日本ハム 井川構造改革と「自前主義」からの転換 2023年 東急不動産HD 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ハンズ・ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2023年 住友ファーマ 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2023年 ピジョン 中国事業の「高成長」から「安定成長」への位置づけ変更と、米州・欧州への成長投資の集中 2022年 ENEOS HD 和歌山製油所の閉鎖と次世代燃料拠点への転換 2022年 太平洋セメント 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回、セメント1トン3000円値上げへの切り替えと収益重視への価格政策転換 2022年 JFEHD 倉敷の高炉1基を休止し大型電炉へ置き換える脱炭素の生産体制転換 2022年 名村造船所 佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約 2022年 西日本旅客鉄道 輸送密度2,000人未満の赤字ローカル線30区間の収支を初公表し、地域との存廃協議を提起 2021年 DeNA 社長交代と全社的な固定費削減による経営の作り替え 2021年 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エーの完全子会社化と、HAA神戸会場の減損188億円の計上 2021年 ホンダ 定年を65歳へ延ばした先の早期退職優遇と退職特別加算金429億円 2021年 ヤマハ発動機 創業地・浜北工場の閉鎖と国内二輪生産の本社工場への集約 2021年 ユナイテッドアローズ コロナ禍の赤字転落を受けた不採算店の整理とEC基盤の刷新 2021年 青山商事 コロナ禍で159店の統廃合・創業以来初の希望退職・リーバイス事業撤退に踏み切る 2020年 三菱自動車 全方位の拡大から東南アジア集中へ——欧州縮小・パジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革 2020年 丸紅 チリ銅など資源権益の一括減損と18年ぶりの最終赤字 2020年 三陽商会 規模追求から粗利率重視へ——大江伸治社長による2020年の再生 2020年 ANAHD コロナ禍での過去最大級の公募増資と事業構造改革による自力再建 2019年 クックパッド 動画レシピ台頭による凋落と縮小均衡への転換 2019年 SWCC ROIC の経営指標化による低資本効率事業の整理と、古河電工との汎用電線販売事業の統合 2019年 曙ブレーキ工業 事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2019年 野村HD 「猛烈営業」モデルの転換と国内店舗2割削減 ── ウェルス・マネジメントへの構造改革 2017年 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止と、加古川製鉄所への一貫工程の集約 2017年 村田製作所 ソニーからのリチウムイオン二次電池事業の譲受と、8年続いた構造改革 2017年 ホンダ 狭山工場の閉鎖と寄居工場への国内四輪生産の集約 2017年 みずほFG 抜本的構造改革——約1.9万人・約100拠点削減による低収益体質へのメス 2017年 川崎汽船 コンテナ船事業のONEへの切り出しと、50年続けた自社運航の終了 2016年 カルビー 松本晃氏による収益体質の改革——「算数の会社」への作り替え 2016年 旭化成 水島の自社エチレンセンターの停止と、西日本3社によるエチレン集約への参加 2016年 ニコン 二本柱同時不振と1143名の希望退職──2016年の全社構造改革 2015年 セブン&アイHD イトーヨーカ堂「GMS撤退戦」——祖業スーパーの40店閉鎖 2015年 ワールド 上山健二社長による大規模構造改革——500店閉鎖と不採算ブランドの廃止 2015年 セガサミーHD セガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退 2015年 ソシオネクスト 富士通セミコンダクターとパナソニックのSoC事業の会社分割による統合とソシオネクストの発足 2015年 太陽誘電 光記録メディア事業からの撤退と、電子部品単一セグメントへの回帰 2015年 三菱自動車 米国生産からの撤退とイリノイ工場の生産終了 2015年 ヤマダHD 46店の一斉閉店と構造改革 2014年 ローランド 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2014年 三井倉庫HD 持株会社への移行とソニー系物流子会社の取得、のれん減損254億円と分社の再統合 2012年 SUMCO 事業再生計画による尼崎・生野工場の閉鎖と太陽電池向けシリコンウェーハ事業からの撤退 2012年 ルネサスエレクトロニクス 産業革新機構と主要顧客連合による1500億円出資の受け入れ 2012年 アルバック 純損失499億円を受けた創立以来初めての事業構造改革と、半導体・中小型パネルへの絞り込み 2012年 カプコン 第二次構造改革——モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 2011年 トヨタ自動車 系列生産子会社3社の統合とトヨタ自動車東日本の新設 2011年 東京建物 出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え 2010年 日本冶金工業 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 2010年 セイコーエプソン 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2009年 エディオン 事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行 2009年 ムニノバHD 事業再生ADRによる独立系存続——大手4社で唯一、会社更生も銀行傘下入りも避けた再建 2009年 ヤマハ発動機 リーマン後の構造改革と損益分岐点型経営への転換 2008年 日立化成 日立ハウステック株式のニューホライズンキャピタルへの譲渡と住宅設備事業からの撤退 2008年 ENEOS HD 新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合とJXホールディングス設立 2008年 中部電力 浜岡原子力発電所1・2号機の運転終了と廃炉、隣接地への6号機新設方針 2007年 ディスコ 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 2007年 シチズン時計 電子デバイスの選択と集中、携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルからの撤退 2007年 アコム グレーゾーン金利の消滅と過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建 2006年 ライブドア 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 2005年 三越 横浜・大阪・枚方・倉敷4店の同時閉鎖と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 2004年 富士フイルム 本業の消失に備えた構造改革「VISION75」と第二の創業 2004年 日本精工 2期連続の最終赤字を経ての委員会等設置会社への移行 2004年 NTN 「NP21」による社内の壁の打破と最高益への復活 2004年 GSユアサ 日本電池とユアサ コーポレーションの株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職による減産 2004年 三菱自動車 ダイムラー撤退後の三菱グループ主導による自主再建 2003年 JT 好業績下で断行した国内たばこ事業の構造改革——工場の大量閉鎖と4,000人削減 2003年 そごう 旧敵・西武百貨店との経営統合——「西武化」再建とミレニアムリテイリング傘下入り 2003年 丸井 丸井の組織制度改革——希望退職・成果主義・システム刷新の同時断行と撤回 2002年 雪印メグミルク 市乳事業の分離と全農主導での再建受け入れ 2002年 NEC 半導体事業の分社化とNECエレクトロニクスの設立 2002年 三菱自動車 ダイムラー主導のターンアラウンド——エクロートによる聖域なき構造改革 2002年 岩谷産業 牧野明次体制の「量から質への転換」―戸建住宅事業撤退と水素先行投資 2001年 アスクル アスクル、「EC先駆者」評価の反動と岩田彰一郎社長の原点回帰 2001年 三菱化学 合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合 2001年 三井金属 神岡鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABなど電子材料への事業転換 2001年 コマツ 坂根正弘氏の「ダントツ経営」による経営構造改革とV字回復 2001年 セガサミーHD セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 2001年 パナソニック 中村邦夫氏の「破壊と創造」——事業部制の解体とグループ5社の完全子会社化 2001年 山水電気 山水電気の福島工場閉鎖による自社生産からの撤退 2001年 ロイヤルHD 経営構造改革本部の設置と4年間での129店閉店、300億円超の特別損失処理 2001年 マルハ 国際原糖事業の損失処理と、本社ビル証券化による穴埋め 2000年 グッドウィルG 公的介護保険の開始に合わせたケアセンター1208カ所の同時開設と、2か月半後の4割統廃合 2000年 赤井電機 香港資本の傘下入りによる延命と、独立電機メーカーとしての終焉 2000年 伊藤忠商事 特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期不良資産の清算 2000年 ゴールドウイン 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替えによる卸型ビジネスからの転換 1999年 三菱ケミカルG 赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止による「脱・総合」への転換 1999年 住友金属工業 和歌山製鉄所の再建と熱間圧延ラインの休止 1999年 DOWA 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年 NEC 過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任・西垣新社長への交代 1999年 兼松 兼松「構造改革計画」― 1,500億円債権放棄と総合商社からの撤退 1999年 名古屋鉄道 不採算路線・多角化事業の見直しと分社化、中部圏への経営資源集中 1998年 田辺製薬 全社員への「非常事態」宣言と構造改革委員会の設置 1998年 ジャストシステム 「一太郎オフィス8」の失速で初の赤字、人員削減とソニー出資による再建 1998年 太平洋セメント 秩父小野田と日本セメントの合併による太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の統合 1998年 日本鋼管 上場子会社トーア・スチールの任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継 1998年 沖電気工業 DRAM量産からの撤退と、半導体事業そのものの売却 1998年 ヤマハ発動機 マリン事業の構造改革と船外機への集中 1998年 ファミリーマート 西友によるファミリーマート株1,350億円の譲渡と、伊藤忠商事グループへの移行 1998年 さくら銀行 三井グループ各社への総額約3000億円の緊急増資要請 1998年 東京海上HD 料率完全自由化への対応と「代理店との共存」 1997年 森永製菓 菓子事業の社内分社と「エンゼルの森」構想の見直し 1997年 三菱石油 泉井事件の引責による山田菊男会長の辞任と、泉谷良彦社長の続投 1997年 ヤオハン 資金繰り危機下で主力16店をダイエーへ売却——熱海の高収益店を含む稼ぎ頭の手放し 1997年 大丸 売上至上主義から利益第一主義への転換と、海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1997年 松坂屋 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1996年 キッコーマン プロダクト・マネジャー制を軸にした「守り」から「攻め」への方針転換 1995年 キッコーマン 米国流トップダウンへの意思決定様式の転換 1995年 ツムラ バブル期に広げた多角化子会社の整理と、創業家外からの社長招聘 1995年 三菱商事 「GNPカンパニー」からの脱却と槙原稔社長のトップダウン改革 1995年 住友銀行 1995年3月期における8000億円超の不良債権償却と、都市銀行初の経常赤字の計上 1995年 住友不動産 バブル不況からの再建——高島準司氏の現場再建と都心ビル路線の継続 1995年 東急 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ非中核事業の整理 1994年 ダイキン 井上礼之による空調抜本改革と多角化中止・空調集中への転換 1994年 三菱電機 「万年3位」からの脱却を掲げた北岡改革と、半導体投資の誤算による引責辞任 1994年 パナソニック 森下氏改革——事業本部を廃し、社長直轄の事業部制へ回帰する 1994年 三井住友トラストG 麻布グループ再建案の策定と、1994年度の不良債権2,000億円の償却 1994年 小田急電鉄 小田急百貨店の「負の遺産」整理と専門大店化による本業回帰 1994年 京王電鉄 京王百貨店の構造改革——自主MD化と専門大店化 1994年 靴のマルトミ 不採算180店の一括閉鎖と、3年で380店を閉じる経営改善計画 1993年 JSR 合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資 1993年 大塚商会 経営刷新構想「大戦略」の策定と、支店ごとに分かれていた顧客情報の全社一元化 1993年 横浜ゴム 萩原晴二氏から冨永靖雄氏へ、危機感で継いだコスト削減と構造改革の10年 1993年 日本ビクター 上場以来初の無配に沈んだ1993年の経営再建——VHS偏重の体質を改めるリストラと社長直属「新風事業」 1993年 横河電機 美川英二社長の「解雇なきリストラ」路線 1993年 日産自動車 座間工場の車両生産中止と「最適成長企業」への転換 1993年 日本航空 民営化後初の大幅赤字を受けた「親方日の丸」との決別とコスト構造改革 1993年 日本アイ・ビー・エム 初の赤字決算と、三次にわたるリストラクチャリング 1992年 ハウス食品G本社 低シェア事業からの撤退方針とチルド食品事業の全面撤退 1992年 ジャパンエナジー 金属3部門の分離による日鉱金属の設立と、東証一部への子会社上場 1992年 ローム 半導体不況下の受注整理と生産改革 1992年 ペンタックス 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1992年 ミノルタ ハネウェル特許訴訟での陪審評決と、控訴を見送っての1億2,750万ドルでの和解 1992年 丸紅 財テクの後始末と「素顔の美しい会社」──鳥海巌の初期リストラ 1991年 東ソー バブルをまたいだ石油化学の強気拡張と反動——エチレン増設・10事業撤退・塩ビ選別再投資 1991年 日立化成 好況期に着手した低収益製品の選別と不採算製品からの撤退 1991年 横浜FG 国際・証券部門の不振を受けたリテール重視・地元回帰への転換 1990年 ヤマハ ヤマハの2期連続減益と減量経営・多角化路線の見直し 1989年 タカラトミー 円高危機からの「第2幕」——2工場閉鎖と製造分社によるトミー工業の経営再編 1988年 片倉工業 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 1988年 本州製紙 主力・釧路工場の子会社への譲渡と、譲渡代金1,198億円の借入金返済への充当 1987年 日本製鉄 第4次合理化と管理職への「能力賃金」導入 1987年 住友重機械工業 造船・製鉄機械部門を対象とする希望退職の募集と1,700人の人員削減 1987年 IHI 造船不況下の「2.5次産業型企業」への変身 1986年 カナデビア 二度の経営合理化策による人員・設備の削減と、因島・向島工場の縮小 1985年 三井化学 エチレンの浮島集約と「超石油化学」ビジョン ── 汎用石化からの脱却宣言 1985年 藤沢薬品工業 トイレ用芳香剤ピコレットなど家庭用品20品目のライオンへの譲渡 1985年 日本国有鉄道 分割・民営化の提言と、JR旅客6社・JR貨物1社への移行 1983年 ヤマハ発動機 HY戦争の敗北と年産半減の再建計画 1982年 日本国有鉄道 国鉄内部の改革派の形成と、臨調・三塚委員会への情報提供 1980年 明治製菓 不採算菓子工場の閉鎖と食品事業の構造改善、薬品部門への経営資源の集中 1979年 日東紡績 「特化作戦」による多角化からの絞り込みと品質重視への転換 1979年 NTN 減量から増産への転換と生産調整の「運動神経」 1978年 鹿島建設 石川六郎社長のTQC導入による経営体質改善 1978年 帝人 減量経営による約2,600名の人員削減 1978年 東京製鐵 岡山工場の平炉停止と江戸川工場閉鎖による電炉一貫体制への移行 1975年 ユニチカ 国内3工場(名古屋・犬山・桐生)の閉鎖と減量経営への転換 1975年 日本軽金属HD アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 1975年 九州電力 石油危機後の脱石油と、玄海1号機を先頭に置いた電源多角化 1974年 日立建機 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖・土浦一貫生産への集約 1974年 日本光電工業 無配転落下での減量経営「危機突破2-4作戦」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1974年 コクヨ 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1970年 日本セメント セメント生産の大型工場への集約と、小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策 1970年 常磐興産 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更 1970年 日本国有鉄道 生産性向上運動の全国展開と、公労委による不当労働行為の認定を受けた中止 1969年 明治鉱業 会社更生法によらない解散と、新明治鉱業を受け皿とする企業ぐるみ閉山 1969年 明治製糖 精製糖業界への設備能力3割削減案の提出と、任意・補償方式への後退 1968年 日本国有鉄道 輸送需要によるA・B・C線区の3分類と、赤字ローカル線の廃止見送り 1967年 宝HD ビール事業からの撤退と二工場のキリン・サッポロへの売却 1967年 日本国有鉄道 5万人合理化計画の提示と、電気機関車・ディーゼル機関車の1人乗務化 1966年 常磐興産 坑内湧出温泉を用いた常磐ハワイアンセンターの開業 1965年 江崎グリコ 末端出荷主義への転換と菓子30品種への絞り込みによる減量経営 1964年 日本郵船 日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船ほか海運6グループへの集約(1964年成立) 1950年 大丸 人員整理によらない事業の存廃決定と、非百貨店部門の分離独立 1949年 沖電気工業 企業再建整備法による旧沖電気の解散と、第二会社・沖電気工業の設立 1949年 豊田合成 企業再建整備法にもとづく第二会社・名古屋ゴムの分離独立 1949年 日本国有鉄道 行政機関職員定員法にもとづく9万5018人の人員整理 1948年 東宝 1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖 1931年 富士電機 全従業員の16%にあたる205名の削減と、名取和作社長の退任

失った信頼を、どう取り戻すか94件

2026年 エア・ウォーター 全社的な不適切会計と子会社の資金横領、有価証券報告書の提出延長 2026年 ソニーFG ソニー生命の金銭不祥事と、開示の遅れを問われたグループの対応 2026年 KDDI 子会社ビッグローブの架空循環取引と広告代理事業の廃止 2025年 フジ・メディアHD 性加害問題を受けた取締役の総入れ替えと、コンテンツを軸とする事業への転換 2025年 ニデック 会計不正の発覚と第三者委員会——「業績至上」経営の破綻 2025年 三菱UFJFG 三菱UFJ銀行・貸金庫窃取事件への対応と内部管理の立て直し 2025年 サンウェルズ 訪問看護の不適切請求問題を受けた中期経営計画の取り下げと訪問看護体制の全面見直し 2024年 川崎重工業 潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し 2024年 IHI IHI原動機の燃費データ改ざんと「技術を欺いた」不正の露見 2024年 SOMPOHD ビッグモーター保険金不正を受けた経営陣の刷新とガバナンス再建 2024年 東京海上HD 政策保有株ゼロへ ── 損保の持ち合いを解く資本政策の転換 2024年 ブックオフGHD 従業員による架空買取・不適切会計と特別調査委員会の設置 2023年 ネクステージ ネクステージの営業インセンティブ全廃と創業者社長の復帰 2023年 タムロン 歴代2社長の経費私的流用の発覚と社長の引責辞任、桜庭省吾体制でのガバナンス再建 2022年 日本M&Aセンター 売上前倒し計上の不適切会計と過年度決算の訂正 2022年 日野自動車 エンジン認証不正の発覚と過去最大の赤字転落 2022年 三井住友FG SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応 2021年 東洋紡 2021-2022年 品質不正(UL規格不正・4度の隠蔽) 2021年 三菱電機 鉄道車両用空調の架空検査発覚と、杉山武史社長の引責辞任・漆間啓体制での品質風土改革 2021年 みずほFG 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2020年 三菱マテリアル 中期経営戦略の策定と事業ポートフォリオの入れ替え 2020年 デンソー 燃料ポンプの樹脂製インペラ不具合に伴うグループ横断の大規模リコールと品質費用の計上 2020年 三井住友トラストG 議決権行使書集計における先付処理の廃止と、975社分の再集計の公表 2019年 積水ハウス 分譲マンション用地取引の詐欺事件と会長・社長の交代 2019年 日本郵政 かんぽ生命の不適切募集問題と、経営陣の引責・グループ統治の再建 2019年 MTG 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の大田嘉仁氏の会長招聘 2019年 関西電力 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 2018年 大成建設 リニア談合事件での起訴と「談合ではない」とする否認・徹底抗戦 2018年 TOYOTIRE 三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携と、TOYO TIREへの改称 2018年 日産自動車 カルロス・ゴーン会長の逮捕と会長職の解職 2018年 モスフードサービス 腸管出血性大腸菌O121による食中毒事故の公表と全店の衛生総点検 2017年 神戸製鋼所 品質データ改ざんの公表と経営刷新——名門・神戸製鋼の信頼失墜と再建 2017年 三菱マテリアル 子会社の品質データ改ざんの発覚と公表——「改ざんドミノ」の一角 2017年 ベイカレント 競合フューチャーからの人材引き抜きと営業秘密領得への関与 2017年 日産自動車 完成検査の無資格問題と国内全工場の出荷停止・大規模リコール 2016年 DeNA キュレーション全10サイトを非公開にし、社外の第三者委員会に事実調査を委ねた危機対応 2016年 電通G 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 2016年 三菱自動車 燃費データ不正の発覚と日産傘下入り 2015年 MIXI モンスト一本足からの脱却を狙ったフンザ115億円買収と、チケットキャンプ閉鎖 2015年 旭化成 子会社・旭化成建材の杭打ちデータ偽装と全国自主調査による開示 2015年 東芝 不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任 2014年 日本マクドナルド 期限切れ鶏肉問題からの再建と、米本社による株式売却の検討・凍結 2014年 タカタ NHTSAによる調査リコールの全米拡大要請の不受諾と、原因究明の優先 2013年 Umios アクリフーズ農薬混入事件への危機対応と、純粋持株会社体制の解消・グループ6社の事業会社マルハニチロへの合併 2012年 DeNA コンプガチャを消費者庁の規制に先んじて自主廃止し、課金上限を導入 2012年 大王製紙 創業家との資本関係の解消と、北越紀州製紙を介した関連会社等株式の取得 2012年 日本触媒 姫路製造所アクリル酸タンク爆発事故への対応と安全管理体制の立て直し 2012年 オリンパス ソニーとの資本業務提携と医療合弁の設立 2011年 オリンパス 損失飛ばしの粉飾決算とウッドフォード社長解任(オリンパス事件) 2007年 グッドウィルG コムスンの指定取消相当通知を受けたグループ全介護事業の外部譲渡 2007年 IHI 有価証券報告書等の虚偽記載と当時最大の課徴金 2007年 ブックオフGHD 創業者・坂本孝氏のリベート受領問題と経営体制の刷新 2006年 栗田工業 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 2005年 トレンドマイクロ パターンファイル配信不具合による大規模PC障害と信頼回復への社内改革 2005年 クボタ 旧神崎工場の石綿疾病の公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い 2005年 西日本旅客鉄道 福知山線脱線事故を受けた安全マネジメント改革と、利益優先体質から安全最優先への転換 2004年 鐘紡 粉飾決算の発覚と産業再生機構への支援要請 2004年 ライブドア 株式100分割の実施と、投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上 2004年 タダノ 死亡事故を受けたラフテレーンクレーン15,278台のリコール届出とCSR憲章の制定 2004年 西武HD 西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止 2004年 関西電力 美浜3号機配管破損事故と全原発停止・サポート子会社の再編 2003年 荏原製作所 「脱ポンプ」による環境事業への傾斜と、ダイオキシン規制下でのガス化溶融炉の受注拡大 2003年 日本興亜損害保険 代理店の違法な生保募集による12日間の業務停止命令と、代理店名の非公表 2002年 雪印メグミルク 市乳事業の分離と全農主導での再建受け入れ 2002年 日本ハム 牛肉偽装事件の発覚と経営体制の刷新 2001年 ブリヂストン 米ファイアストンの欠陥タイヤ問題と大規模自主回収 2000年 ニプロ アンプル用生地管の独占販売権を用いた輸入品排除と、公正取引委員会の排除勧告 2000年 光通信 HITSHOP架空契約「寝かせ」の発覚と携帯電話小売からの撤退 1999年 ニチメン 手形取引による最大100億円の損失計上と、事業仕分け「そうや」・カンパニー制の導入 1998年 日商岩井 金融子会社エヌ・アイ・ファイナンスの整理と、特別損失1610億円の計上 1997年 三菱石油 泉井事件の引責による山田菊男会長の辞任と、泉谷良彦社長の続投 1997年 三井ハイテック 型破りな社外監査役を招いた取締役会改革 1997年 三菱自動車 総会屋利益供与事件と中村院政の終焉 1997年 高島屋 総会屋への利益供与と、株主代表訴訟を全面的に受け入れた和解 1997年 松坂屋 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1997年 第一勧業銀行 総会屋関係先への融資と大蔵省検査時の隠蔽、経営陣の総退陣と総務部の廃止 1997年 野村HD 総会屋への利益供与の再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 1996年 住友商事 銅地金の不正取引(浜中事件)——損失の公表と、当局への全面協力を最優先した危機対応 1995年 ツムラ バブル期に広げた多角化子会社の整理と、創業家外からの社長招聘 1994年 U-NEXT HOLDINGS 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 1993年 岡三証券G 新入社員研修の2週間から1年間への延長と、支店への「新入営業課」の設置 1992年 SGHD 東京佐川急便事件と創業者・佐川清氏の退場 1991年 日本航空電子工業 ミサイル部品の不正輸出事件と、株主代表訴訟が確定させた取締役の責任 1991年 日本興業銀行 東洋信用金庫の架空預金証書事件と、料亭経営者への2400億円融資の焦げ付き 1991年 山一證券 営業特金で生じた含み損の飛ばしと、連結対象外会社を使った簿外への移し替え 1991年 野村HD 損失補填の証券不祥事を受けた田淵義久社長の引責辞任と「新生・野村」への機構改革 1991年 関西電力 美浜2号機の細管破断事故と自主保安体制の立て直し 1989年 ライオン 育毛剤「ペンタデカン」データねつ造事件と小林敦社長による経営危機の総括 1976年 丸紅 ロッキード事件への関与と「海図なき航海」 1972年 三井金属 イタイイタイ病控訴審敗訴後の賠償受諾と公害防止協定・土壌復元の締結 1972年 汽車製造 7年間の累積粉飾の発覚と川崎重工業への救済合併 1967年 栗田工業 粉飾決算の露見と、伊藤忠商事の増資引受による経営再建 1955年 森永乳業 森永ヒ素ミルク中毒事件と恒久救済体制の確立 1909年 大日本製糖 関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘

不測の危機に、どう対応するか103件

2025年 FPG 令和8年度税制改正大綱を受けた不動産小口化商品の新規販売停止と特別解約措置 2025年 三菱商事 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2024年 江崎グリコ 342億円を投じた基幹システムの全面移行と、7カ月に及んだチルド商品の出荷停止 2024年 IHI 航空エンジンへの集中とGTF応分負担による過去最大赤字 2023年 T&DHD 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期で純損失1,321億円の処理 2023年 ヤマトHD 日本郵便との投函サービス協業と、その履行をめぐる提訴への転化 2022年 寿スピリッツ コロナ禍のV字回復と営業利益率24%——観光動線を削らず保った高収益体質の確立 2022年 飯田GHD ロシア極東の林業大手RFPグループ19社の買収と、侵攻直後の暗転 2022年 塩野義製薬 新型コロナ経口薬ゾコーバの緊急承認制度による承認取得と、承認前からの生産着手 2022年 リゾートトラスト 一般向けホテル「ホテルトラスティ」6施設のスターアジアグループへの譲渡 2022年 太平洋セメント 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回、セメント1トン3000円値上げへの切り替えと収益重視への価格政策転換 2021年 青山商事 コロナ禍で159店の統廃合・創業以来初の希望退職・リーバイス事業撤退に踏み切る 2021年 西日本旅客鉄道 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2021年 西武HD 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2020年 タイミー 求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓 2020年 パソナG 本社主要機能の淡路島移転——東京一極集中に背を向けた地方分散 2020年 デンカ デンカ生研の本体統合と新型コロナ検査キットの量産化 2020年 三井不動産 東京ドームの買収——読売新聞グループと組んだTOBによる完全子会社化 2020年 ANAHD コロナ禍での過去最大級の公募増資と事業構造改革による自力再建 2019年 マネーフォワード 仮想通貨交換事業への参入を取りやめ、交換業者登録の手続きを中止する 2018年 オリエンタルランド ファンタジースプリングスへの約3,200億円投資と超長期の回収設計 2018年 モスフードサービス 腸管出血性大腸菌O121による食中毒事故の公表と全店の衛生総点検 2017年 ヤマトHD 宅急便運賃27年ぶり全面値上げと総量規制による収益再建 2016年 三菱商事 チリ銅山AASへの巨額投資と2,712億円の減損 2014年 タカタ NHTSAによる調査リコールの全米拡大要請の不受諾と、原因究明の優先 2013年 九州電力 全原発停止下での家庭向け料金値上げと、川内1・2号機を先頭に置いた再稼働申請 2012年 東京電力HD 1兆円の公的資金を受け入れ、議決権の過半を政府へ渡す 2010年 トヨタ自動車 米国リコール危機への対応と品質保証体制の再構築 2009年 ドリームインキュベータ 投資規律の厳格化と、ファンド組成による株式市況に依存しない収益構造への転換 2009年 日立製作所 リーマンショック後の緊急再建と、総合電機路線の転換 2009年 加賀電子 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針 2009年 東京センチュリー リーマン破綻の2週間後に決めた東京リースとの合併 2007年 日本製鋼所 室蘭製作所の製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2006年 ニチアス 国内外のアスベスト含有製品の製造・販売を全面終了 2005年 カカクコム 価格.com不正アクセス事件とサイト全面閉鎖 2005年 クボタ 旧神崎工場の石綿疾病の公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い 2004年 パイオニア NECプラズマ事業の買収と、デジタル家電の価格急落 2004年 吉野家HD 米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用 2003年 住友金属工業 新日本製鐵・神戸製鋼所との三社資本提携 2001年 アスクル アスクル、「EC先駆者」評価の反動と岩田彰一郎社長の原点回帰 2000年 参天製薬 脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収 1998年 レナウン 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1998年 日商岩井 金融子会社エヌ・アイ・ファイナンスの整理と、特別損失1610億円の計上 1998年 さくら銀行 三井グループ各社への総額約3000億円の緊急増資要請 1998年 富士銀行 安田信託銀行の分割と財産管理3部門の第一勧業富士信託銀行への営業譲渡 1998年 アスキー CSKグループからの95億円の第三者割当増資の受け入れ 1997年 楽天G 楽天グループ創業——興銀を辞した31歳が月5万円で開いた仮想商店街 1995年 住友銀行 1995年3月期における8000億円超の不良債権償却と、都市銀行初の経常赤字の計上 1994年 三洋証券 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 1993年 横河電機 美川英二社長の「解雇なきリストラ」路線 1992年 ミノルタ ハネウェル特許訴訟での陪審評決と、控訴を見送っての1億2,750万ドルでの和解 1991年 日本興業銀行 東洋信用金庫の架空預金証書事件と、料亭経営者への2400億円融資の焦げ付き 1991年 山一證券 営業特金で生じた含み損の飛ばしと、連結対象外会社を使った簿外への移し替え 1990年 セイコーエプソン 規制の削減日程に先立つフロン全廃の決定と、外注企業を含む洗浄工程の切り替え 1989年 ブラザー工業 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1986年 日本長期信用銀行 イ・アイ・イ・インターナショナルとの取引開始と、1993年の支援打ち切り 1979年 竹内製作所 米国現地法人の設立と、円高下でも引き揚げなかった北米残留 1979年 NTN 減量から増産への転換と生産調整の「運動神経」 1979年 京成電鉄 石油ショック後の経営危機と川崎体制の終焉 1978年 東北電力 石油専焼火力への依存を改める日本海エル・エヌ・ジー設立とLNGへの燃料転換 1977年 ニチロ 二百カイリ規制下での北洋漁業の縮小と、陸上加工・畜産加工への転換 1977年 日本毛織 日本毛織のアルゼンチン子会社、度重なる政変・クーデターを乗り切る 1977年 安宅産業 NRC製油所への傾斜投資と戦後最大級の商社破綻 1977年 住友銀行 安宅産業の救済で負担した1132億円の全額償却 1976年 東燃ゼネラル石油 石油精製専業からの多角化と、石炭液化・エンジニアリング分野への進出 1976年 大同特殊鋼 日本特殊鋼・特殊製鋼との3社合併と大同特殊鋼への商号変更 1976年 三井物産 イラン石油化学(IJPC)への参画と、撤退できなかった巨大プロジェクト 1975年 日東電工 新製品比率30%を常設の規律とした三新活動 1975年 スターツコーポレーション オイルショックでの土地在庫ゼロ化と、地価が下がりきるまでの建売停止 1975年 九州電力 石油危機後の脱石油と、玄海1号機を先頭に置いた電源多角化 1975年 日本国有鉄道 スト権奪還ストへの中止要請と、条件付きスト権付与論の表明 1974年 日本光電工業 無配転落下での減量経営「危機突破2-4作戦」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1974年 コクヨ 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1974年 東京エレクトロン 消費財輸出からの全面撤退 1974年 三井不動産 「住宅商社」化と機能別分社——脱土地経営への転換 1974年 北海道電力 苫東の600万kW級石油火力構想の取り下げと、石炭火力への電源計画の組み替え 1972年 三井金属 イタイイタイ病控訴審敗訴後の賠償受諾と公害防止協定・土壌復元の締結 1965年 日本興業銀行 山一証券への日高輝氏の派遣と、主力3行による再建の引き受け 1965年 山一證券 日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建 1962年 日本国有鉄道 三河島事故後の労使一体による事故防止委員会の設置 1961年 コマツ 資本自由化に備えたマルA対策——品質一点集中でキャタピラーに対抗 1959年 近鉄GHD 名古屋線軌間拡幅と名阪直通特急の実現 1951年 明治製糖 倉庫業と製薬業による操業の繋ぎと、川崎工場復旧による精製糖業への復帰 1949年 雪印乳業 集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動 1949年 日油 企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立 1948年 日東電工 日立製作所による全額出資の受け入れと、1948年の資本提携解消 1947年 日本セメント 財閥解体による創業家・浅野一族の役員退任と、浅野セメントから日本セメントへの商号変更 1946年 旭化成 日窒コンツェルンからの分離独立と旭化成工業への商号変更 1945年 TOYOTIRE 東洋ゴム化工と平野護謨製造所の合併による東洋ゴム工業の発足 1945年 大和工業 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 1945年 ミズノ 闇取引の全面禁止と、軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1945年 ふくおかFG 一県一行主義による県内4行の新立合併と福岡銀行の設立 1945年 大阪ガス 神戸・京都など14ガス会社の合併吸収と近畿2府4県一元供給への移行 1945年 南満洲鉄道 終戦後の全社員の職場確守とソ連軍管理の受け入れ、全事業財産の管理・使用権の引渡し 1942年 東急 戦時交通統合による「大東急」の形成と戦後の解体 1941年 ダイワボウHD 紡績ブロック結成案に応じ4社合併で大和紡績を設立 1933年 南満洲鉄道 満洲国国有鉄道の受託経営と、奉天への鉄路総局の設置 1930年 倉敷紡績 世界恐慌下で倉敷労働科学研究所を会社から大原孫三郎氏の個人経営へ移す 1924年 日本セメント セメント連合会の創設主導と、生産・販売数量および最低価格の協定 1924年 シャープ 機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、大阪でのラジオ転身 1924年 松坂屋 関東大震災で焼失した上野店の復旧と、東京・銀座への新規出店 1920年 伊藤忠商事 大正9年恐慌からの再建と堅実経営への転換——重役総入替と若返り 1912年 シャープ シャープ創業——金属繰出鉛筆から関東大震災を経て大阪のラジオメーカーへ

株式を、上場するか109件

2026年 ムニノバHD 純粋持株会社ムニノバホールディングスへの移行——44年続いた「アイフル」上場銘柄の終焉 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 半導体フォトマスク事業の分社化とテクセンドフォトマスクの東証プライム上場 2024年 キオクシアHD 中止した募集を4年後に組み直し、公開価格1,455円で開いた東証プライム上場 2022年 日本オラクル 東証再編でのプライム市場の見送りとスタンダード市場への移行 2022年 ソシオネクスト 東京証券取引所プライム市場への上場と、富士通・パナソニック・日本政策投資銀行からの資本独立 2022年 サンウェルズ パーキンソン病専門住宅PDハウスの全国展開に向けた東証グロース市場への上場 2021年 リガクHD カーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置 2021年 ビジョナル 持株会社ビジョナルの設立と東証マザーズへの上場 2021年 三井海洋開発 発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配 2018年 ワールド MBOによる非公開化から13年を経ての東証一部再上場 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD 東京証券取引所マザーズへの株式上場と、創業家の過半保有を残した株式公開 2017年 SGHD 創業60周年に果たした東証一部上場——2017年最大規模のIPO 2016年 LINE 韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 2016年 ベイカレント PEファンドの出口として設計された2016年9月の東証マザーズ上場 2016年 カチタス 同業リプライスの株式を全部取得し、中古住宅の買取再販で首位の規模を固める 2016年 九州旅客鉄道 鉄道資産の一括減損と経営安定基金の全額充当による東証一部上場 2015年 ケイアイスター不動産 東証2部への上場と1年での1部指定、地場住宅会社の連続買収による全国展開 2015年 デクセリアルズ 東証一部への再上場と、PEファンド(ユニゾン・キャピタル・日本政策投資銀行)の株式売却による投資回収 2015年 日本郵政 日本郵政・ゆうちょ・かんぽ3社同時上場——最後の大型民営化 2014年 すかいらーくHD ベインキャピタル傘下での経営再建と八年ぶりの東証再上場 2014年 リクルートHD 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 2014年 西武HD サーベラスのTOB阻止と東証一部再上場 2013年 オープンアップG ジャスダック上場から東証二部・一部へ、6年半かけた市場区分の引き上げ 2013年 サントリービバレッジ&フード 親会社を非上場に保ったままの飲料子会社・東証一部上場 2013年 東急不動産HD 持株会社体制への移行と、東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブル三社の一斉上場廃止 2013年 ペプチドリーム 創業7年でのマザーズ上場と、製薬大手への技術提供を収益源とする研究開発受託モデルの確立 2013年 めぶきFG 預金保険機構からの足利銀行全株式取得による民営化と、2013年の東証一部直接上場 2013年 トーセイ シンガポール証券取引所メインボードへのセカンダリー上場と東証との同時上場 2012年 全国保証 東京証券取引所市場第一部への新規上場と公募増資の実施 2011年 ネクソン 韓国発祥のオンラインゲーム会社が選んだ東京証券取引所への上場 2010年 大塚HD 持株会社への移行と公募・売出約2200億円による東証一部への遅い上場 2010年 第一ライフG 108年続いた相互会社を解いて株式会社へ、東証一部に上場する 2009年 カルビー カーライル・ペプシコを迎えた資本業務提携と東証一部上場 2009年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティとの経営統合と雪印メグミルクの発足 2008年 ヒューリック 日本橋興業からヒューリックへの商号変更と東証一部上場 2008年 ウエルシアHD ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転によるグローウェルホールディングスの設立と東証二部上場 2008年 ホシザキ 創業61年目の東証一部・名証一部上場 2008年 セブン銀行 セブン銀行のジャスダック証券取引所上場 2006年 MIXI ミクシィの東証マザーズ上場と時価総額2,221億円での資本市場デビュー 2006年 神戸物産 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2006年 MonotaRO 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と東証マザーズ上場 2006年 野村不動産HD 独立した不動産持株会社の設立と東証一部上場 2006年 シップヘルスケアHD 東証二部上場とセントラルユニ買収による院内設備事業の取り込み 2006年 ポーラ・オルビスHD 純粋持株会社化と東証一部への直接上場 2006年 そごう 株式上場の断念と評価額2000億円でのセブン&アイ傘下入り 2005年 SUMCO 三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場 2004年 エバラ食品工業 店頭登録を経てジャスダック証券取引所へ株式を上場 2004年 GMOペイメントゲートウェイ GMOグループ傘下入りと同業決済代行2社の連続譲受 2004年 アルバック 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 2003年 石油資源開発 石油公団保有株の売り出しによる東証一部上場と、開発会社統合構想からの離脱 2003年 安藤・間 会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立 2003年 ディップ ヤフー依存からの脱却と、提携解消の通告を受けた上場辞退 2003年 博報堂DYHD 博報堂・大広・読売広告社の三社経営統合と共同持株会社 博報堂DYホールディングスの設立 2003年 セイコーエプソン 東京証券取引所第一部への株式上場 2003年 あおぞら銀行 ソフトバンク保有株の売却による米サーベラスの筆頭株主化と、普通銀行への転換・再上場 2003年 東京センチュリー 設立34年目の東京証券取引所第二部上場 2003年 YKK 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2002年 システナ システムプロのナスダック・ジャパン市場への株式上場 2002年 エディオン デオデオとエイデンの株式移転による持株会社エディオンの設立と三市場一部への上場 2002年 竹内製作所 JASDAQ登録・上場による同族非公開企業から公開企業への移行 2002年 ユナイテッドアローズ 東証上場を挟んだ自主企画レーベルの多層展開と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年 パイロットコーポレーション 3社共同の株式移転による持株会社の設立と、事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2001年 パソナG 「新旧分離」による本業回帰と株式上場 2001年 日鉄ソリューションズ 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 2001年 電通G 創業100年を経た東証一部上場——資金需要なき「広告の巨人」の株式公開 2000年 はごろもフーズ 創業から69年を経ての東証2部上場 2000年 サイバーエージェント ITバブル頂点での東証マザーズ上場と株価暴落 2000年 電通総研 電通・米GEの二親会社体制から東証一部への株式公開へ 2000年 東映アニメーション 東映の子会社のまま店頭市場へ株式を公開し、自前の資金調達手段を持つ 2000年 壱番屋 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 2000年 スカパーJSAT ライバル ディレクTVの救済統合と東証マザーズ上場 2000年 GMOインターネットG 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立 1999年 日本オラクル 米本社の100%子会社を維持したままの日本単独上場 1999年 AREHD 貴金属リサイクル専業の株式店頭公開 1999年 GMOインターネットG 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 1998年 電通G 「岐路に立つ広告の王者」——3つの大波を前にした組織改革と上場・海外への布石 1998年 オービック 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1998年 トレンドマイクロ 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1998年 オリックス NYSE上場で会社を「外から律する」 1998年 NTT NTTドコモの株式上場——稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 1997年 ダイワボウHD ダイワボウ情報システムの東証2部上場と親子上場のねじれ 1996年 ユニオンツール 店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立 1995年 MARUWA 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金によるマレーシア第3工場の建設 1994年 IDOM 中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場 1992年 ジャパンエナジー 金属3部門の分離による日鉱金属の設立と、東証一部への子会社上場 1991年 SANKYO 三共産業を存続会社とする吸収合併と、商号のSANKYOへの変更 1989年 THK THKの株式店頭公開による世界市場向け資金調達体制の構築 1989年 ローム 東証一部上場下でのオーナー社長・佐藤研一郎の統治スタイル 1988年 富士電機 家電敗北から自動販売機への転換と富士電機冷機の自立 1988年 吉野家HD ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場 1987年 SMC 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更 1987年 TKC 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1987年 靴のマルトミ 直営店を独立採算の販売委託店へ切り替えた「オーナーシステム」の導入 1986年 東京応化工業 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 1985年 モスフードサービス 盟友の急死を機に決めた株式公開と東証二部上場 1985年 加賀電子 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 1979年 セブンイレブン・ジャパン 親会社イトーヨーカ堂が過半を保有したままの東証二部上場 1976年 アドバンテスト タケダ理研工業への富士通の救済出資とICテスタ集中による再建 1972年 クラフティア 大証二部・福証上場から4年での東証・大証一部指定替え 1972年 ヒロセ電機 外資と組まない純国産コネクタ専業のまま東証二部へ上場 1970年 千葉銀行 東京証券取引所市場第二部への株式上場と、翌年の第一部指定替え 1959年 山九 社名を「山九運輸機工」へ改め機工・建設部門へ進出、東証二部・一部上場で資本市場からの調達手段を確保 1951年 九州電力 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立 1950年 大日本製糖 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 1950年 雪印メグミルク 過度経済力集中排除法による分割と雪印乳業の発足 1950年 トヨタ紡織 戦時にトヨタ自工へ吸収された紡織事業を民成紡績として分離独立 1950年 三井金属 三井鉱山からの金属部門の分離独立と神岡鉱業の創立、東京証券取引所への上場 1947年 カナデビア 彦島工場の三菱重工業への譲渡と、日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 1946年 旭化成 日窒コンツェルンからの分離独立と旭化成工業への商号変更

上場を、廃止するか84件

2026年 カカクコム 非公開化をめぐる買収争奪戦とLINEヤフーの対抗提案 2026年 宝HD タカラバイオの完全子会社化TOBによる親子上場の解消 2026年 ハウス食品G本社 壱番屋の非公開化を含む選択肢の検討 2026年 太陽HD 株主に退けられた多角化の主導者と、KKRによる非公開化の受入れ 2026年 日本板硝子 アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 2026年 MCJ ベインキャピタルと組んだ創業会長のMBOと非公開化 2026年 三菱ロジスネクスト 日本産業パートナーズによる公開買付けを通じた非公開化と、スタンダード市場からの上場廃止 2026年 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合と持株会社ARCHIONへの移行・上場廃止 2026年 壱番屋 親会社による非公開化の検討と、上場子会社としての11年 2026年 NSユナイテッド海運 日本郵船による公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう非公開化 2025年 博報堂DYHD デジタルホールディングスへの公開買付けと子会社化 2025年 ツルハHD ウエルシア統合とイオンによる子会社化 2025年 日本製鉄 3Dのコングロマリットディスカウント批判と社長再任反対キャンペーンへの対峙 2025年 古河電工 銅管・巻線・TOTOKU・UACJ・古河電池の売却と、データセンター向け光事業への集中投資 2025年 テクノプロHD ブラックストーンによる完全子会社化と東証プライム市場の上場廃止 2025年 豊田自動織機 トヨタグループ主導による豊田自動織機の非公開化 2025年 豊田合成 シートベルト大手・芦森工業のTOBによる完全子会社化 2025年 NTT NTTによるNTTデータグループの完全子会社化と親子上場の解消(2025年成立) 2025年 SCSK 住友商事による公開買付けでの完全子会社化と、東証プライム市場上場の廃止 2024年 パソナG パソナグループによるベネフィット・ワンの第一生命への売却 2024年 キリンHD ファンケルを株式公開買付け(TOB)で完全子会社化 2024年 ウエルシアHD ツルハホールディングスとの経営統合と、同社傘下入りに伴う上場廃止 2024年 ローム 東芝の非公開化連合へ最大3000億円を拠出し、パワー半導体の協業に賭ける 2024年 KDDI KDDIによるローソンのTOBと三菱商事との共同経営(2024年成立) 2024年 常磐興産 米フォートレス系Ontario合同会社によるTOBの受け入れと、東証スタンダード市場からの上場廃止 2024年 富士ソフト KKR傘下FK株式会社による公開買付けへの賛同と、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 オープンハウスG 公開買付けで三栄建築設計を取得し完全子会社化 2023年 JSR 産業革新投資機構によるTOBの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 大正製薬HD 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 2023年 東芝 日本産業パートナーズ連合による約2兆円の買収受け入れと株式の非公開化 2023年 芝浦メカトロニクス 東芝による保有株式の段階的な処分と芝浦メカトロニクスの独立企業化 2022年 日立建機 日立製作所による保有株26%の売却と、伊藤忠・日本産業パートナーズ連合への筆頭株主の異動 2022年 日立製作所 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2022年 光通信 上場子会社を完全子会社化してグループに取り込む資本政策 2021年 キユーピー キユーソー流通システム株式の一部を立会外分売で譲渡し、物流子会社を連結から外す 2021年 三井海洋開発 発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配 2021年 SBIHD 新生銀行の買収と子会社化——実質敵対的TOBと、未返済の公的資金 2020年 J.フロント リテイリング パルコのTOBによる完全子会社化と親子上場の解消 2020年 日立化成 昭和電工による9,640億円のTOBでの完全子会社化と東証1部上場廃止 2020年 ソニー 金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化(約4,000億円のTOB) 2020年 昭和飛行機工業 三井E&Sホールディングス保有株のベインキャピタルへの売却と、公開買付けを経た上場廃止 2020年 伊藤忠商事 ファミリーマートの完全子会社化TOBと親子上場の解消 2020年 NTT NTTによるNTTドコモの完全子会社化と親子上場の解消(2020年成立) 2019年 三菱ケミカルG 田辺三菱製薬の完全子会社化(4918億円TOB)と親子上場の解消 2018年 コムシスHD NDS・SYSKEN・北陸電話工事の3社を株式交換で同時に完全子会社化 2018年 博報堂DYHD D.A.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立製作所からの分離とKKRによる非公開化、会社分割での成膜事業の承継 2018年 パイオニア 香港ファンド(ベアリングPEアジア)の傘下入りと上場廃止による再建 2018年 りそなHD 関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約 2018年 オリックス マンション大手・大京のTOBによる完全子会社化 2016年 ダイハツ工業 トヨタ自動車との株式交換による完全子会社化と上場廃止 2015年 ユキグニファクトリー ベインキャピタルによる株式公開買付けへの賛同と、東証二部からの上場廃止 2014年 ローランド 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2014年 日本瓦斯 都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化 2013年 東急不動産HD 持株会社体制への移行と、東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブル三社の一斉上場廃止 2013年 ダイエー イオンによる完全子会社化と「ダイエー」の上場廃止 2013年 イオン イオンによるダイエーの完全子会社化と流通の世代交代 2012年 カチタス PEファンドのTOBを受け入れて非公開化し、中古住宅再生への一本化を選ぶ 2011年 大東建託 子会社ハウスコムの単独上場と、14年後の親子上場解消 2011年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの経営陣による買収と株式非公開化 2011年 三洋電機 パナソニックの傘下入りと独立企業「三洋電機」の消滅 2011年 三井住友FG プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 2011年 ホリプロ 創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 2010年 幻冬舎 解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止 2010年 武富士 会社更生法の適用申請と、消費者金融事業のJトラストへの譲渡 2008年 FOOD&LIFECOMPANIES ユニゾン・キャピタルによる公開買付けの受け入れと東証2部からの上場廃止 2007年 三菱ケミカルG 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 2007年 日本ビクター 松下からの離脱とケンウッドとの経営統合による会社の終焉 2006年 すかいらーくHD 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 2006年 ライブドア 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 2006年 住友電工 独ワイヤーハーネスメーカーの買収と住友電装の完全子会社化 2006年 SBIHD イー・トレード集約によるネット証券首位の確立 2005年 セブン&アイHD 3社共同株式移転によるセブン&アイ・ホールディングスの設立と親子上場の解消 2005年 ワールド 業績好調のなかで選んだMBOによる非公開化 2005年 メディパルHD 日用品卸最大手パルタックを株式交換で完全子会社化し医薬・日用品の二本柱へ 2005年 スクウェア・エニックスHD タイトーの株式公開買付けと完全子会社化による「100%保有戦略」の始動 2004年 西武HD 西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止 2002年 ジャパンエナジー 日鉱金属との共同持株会社・新日鉱ホールディングスの設立と上場廃止 2000年 デクセリアルズ 株式交換によるソニーの完全子会社化と東証二部からの上場廃止 1998年 日本鋼管 上場子会社トーア・スチールの任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継 1997年 山一證券 会社更生法の申請の見送りと、営業停止・自主廃業による全事業の終了 1997年 三洋証券 救済合併でも自主廃業でもなく、会社更生法の適用を申請したこと 1995年 北海道炭礦汽船 106年の会社をどう畳むか ── 野々村郁雄氏が選んだ会社更生法 1969年 明治鉱業 会社更生法によらない解散と、新明治鉱業を受け皿とする企業ぐるみ閉山

事業を切り出し、別会社にするか103件

2025年 コーエーテクモHD 襟川恵子氏の資産運用を本業と並ぶ収益源に育てた財務戦略 2025年 ENEOS HD JX金属の分離上場——石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し 2025年 ソニー 金融事業の一部分離・再上場(パーシャル・スピンオフ) 2025年 TOPPAN(凸版印刷) 半導体フォトマスク事業の分社化とテクセンドフォトマスクの東証プライム上場 2024年 三菱電機 自動車機器事業の会社分割による分社化と三菱電機モビリティの設立、鴻海精密工業への出資受け入れの検討 2024年 ベイカレント 持株会社体制への移行とテクノロジー事業会社の分離 2023年 パナソニック パナソニック オートモーティブシステムズの全株式譲渡と持株会社への2割出資 2022年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からのフォトマスク事業の無対価承継と、インテグラルによる49.9%取得 2022年 東芝 東芝の会社分割案(2分割)と臨時株主総会での否決(2022年破談) 2020年 日本製鋼所 素形材・エネルギー事業の日鋼MECへの吸収分割と、6年後の日本製鋼所M&Eの本体への吸収合併 2020年 中部電力 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 2020年 東北電力 発送電の法的分離と東北電力ネットワークへの送配電分社 2019年 東急 商号を東急に変え、鉄軌道業を東急電鉄へ会社分割した持株会社体制への移行 2018年 キオクシアHD 東芝メモリの分社とベインキャピタル連合による取得、そしてキオクシアの誕生 2018年 東芝 稼ぎ頭の半導体メモリ事業の売却と東芝メモリ(現キオクシア)の分離 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立製作所からの分離とKKRによる非公開化、会社分割での成膜事業の承継 2018年 バンダイナムコHD ハイターゲット事業のBANDAI SPIRITSへの集約 2017年 日本郵船 日本郵船・商船三井・川崎汽船によるコンテナ船事業統合とONE発足(2017年成立) 2015年 ビジョナル EC「LUXA」の分社と、株式会社ルクサのKDDIへの売却 2015年 セガサミーHD セガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退 2013年 サントリービバレッジ&フード 親会社を非上場に保ったままの飲料子会社・東証一部上場 2012年 デクセリアルズ ソニーによるケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿VGケミカルへの分離独立 2011年 大東建託 子会社ハウスコムの単独上場と、14年後の親子上場解消 2011年 寿スピリッツ シュクレイによる首都圏プチ・ギフト戦略——別会社で東京駅・空港の手土産市場を握る 2010年 日本冶金工業 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 2010年 荏原製作所 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社への三菱商事・日揮の資本参加 2008年 フジ・メディアHD 認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足 2008年 セブン銀行 セブン銀行のジャスダック証券取引所上場 2006年 SBIHD ソフトバンクからの資本独立とSBIブランドの確立 2005年 古河機械金属 日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社 2005年 ロイヤルHD 持株会社制への移行と、事業6社への会社分割 2005年 スターツコーポレーション 会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社 2005年 阪急阪神HD 会社分割による全事業の新設阪急電鉄への移管と、純粋持株会社 阪急ホールディングスへの移行 2004年 マクニカHD ネットワーク事業を分社しマクニカネットワークスを設立 2003年 安藤・間 会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立 2003年 大和工業 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 2002年 宝HD 持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割 2002年 NEC 半導体事業の分社化とNECエレクトロニクスの設立 2002年 カナデビア 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 2002年 IHI 造船事業の分社化とIHIマリンユナイテッドの発足 2001年 日鉄ソリューションズ 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 2001年 芝浦メカトロニクス 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 2001年 セイコーG 持株会社への移行と祖業ウオッチ事業の分社 2000年 東映アニメーション 東映の子会社のまま店頭市場へ株式を公開し、自前の資金調達手段を持つ 2000年 GMOインターネットG 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立 1999年 NTT NTTコミュニケーションズの設立と国際通信への進出 1998年 タマホーム タマホームの創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 1998年 オービック 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1997年 ダイワボウHD ダイワボウ情報システムの東証2部上場と親子上場のねじれ 1996年 ニップン ニップン冷食の設立と冷凍食品製造部門の分社化 1994年 AGC 疑似分社制の導入による「鈍い大企業」からの脱却 1993年 横河電機 美川英二社長の「解雇なきリストラ」路線 1992年 ジャパンエナジー 金属3部門の分離による日鉱金属の設立と、東証一部への子会社上場 1990年 ヤマハ ヤマハの2期連続減益と減量経営・多角化路線の見直し 1989年 良品計画 西友PB「無印良品」の分社独立と直営小売への転換 1989年 タカラトミー 円高危機からの「第2幕」——2工場閉鎖と製造分社によるトミー工業の経営再編 1988年 本州製紙 主力・釧路工場の子会社への譲渡と、譲渡代金1,198億円の借入金返済への充当 1988年 NTTデータG 民営化直後のNTTからデータ通信事業本部を切り出し、資本金100億円で分社独立 1985年 川崎製鉄 LSI事業推進部の発足によるASIC事業への参入と、川崎マイクロエレクトロニクスへの分社 1985年 日本国有鉄道 分割・民営化の提言と、JR旅客6社・JR貨物1社への移行 1979年 セブンイレブン・ジャパン 親会社イトーヨーカ堂が過半を保有したままの東証二部上場 1975年 ショーボンドHD 補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社 1974年 三井不動産 「住宅商社」化と機能別分社——脱土地経営への転換 1973年 三井松島HD 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ 1972年 寿スピリッツ 地域別子会社による分散立地——観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ稼ぎ方の原型 1972年 ファナック ファナック創業——富士通「3C構想」の制御部門から分社したNC専業メーカー 1970年 野村不動産HD 野村證券の不動産部門を二社に分け、野村住宅産業(現・野村不動産)を設立 1970年 三菱重工業 自動車部門の分離独立と三菱自動車工業の設立 1970年 三菱自動車 三菱自動車工業の設立とクライスラーとの資本提携 1970年 常磐興産 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更 1969年 三菱鉱業セメント 石炭生産部門の分離と、三菱高島炭砿・三菱大夕張炭砿の設立 1964年 大塚HD 医薬品事業の分社による大塚製薬の設立と二階建てモデルの構築 1961年 日東電工 乾電池・磁気テープ部門のマクセルとしての分離独立と、日立製作所への売却 1961年 岡三証券G 創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得 1951年 昭和飛行機工業 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1950年 雪印メグミルク 過度経済力集中排除法による分割と雪印乳業の発足 1950年 トヨタ紡織 戦時にトヨタ自工へ吸収された紡織事業を民成紡績として分離独立 1950年 三井金属 三井鉱山からの金属部門の分離独立と神岡鉱業の創立、東京証券取引所への上場 1950年 川崎重工業 製鉄部門の分離独立と川崎製鉄の設立、造船・造機・電機3部門への集約 1950年 パイロットコーポレーション 名古屋インキ工場の分離独立によるパイロットインキの設立 1950年 大丸 人員整理によらない事業の存廃決定と、非百貨店部門の分離独立 1949年 森永製菓 乳業部門の分離による「菓子専業」への絞り込み 1949年 雪印乳業 集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動 1949年 日油 企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立 1949年 豊田合成 企業再建整備法にもとづく第二会社・名古屋ゴムの分離独立 1946年 旭化成 日窒コンツェルンからの分離独立と旭化成工業への商号変更 1942年 東急 戦時交通統合による「大東急」の形成と戦後の解体 1937年 豊田自動織機 織機会社の内部で自動車事業を興し、トヨタ自動車工業として分離独立 1937年 三井E&S 三井物産造船部の分離独立と株式会社玉造船所の設立 1937年 トヨタ自動車 トヨタ自動車の創業——豊田自動織機の自動車部による国産量産車の事業化 1936年 日本特殊陶業 日本碍子からの点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門の継承と分離独立 1936年 リコー 理研感光紙の分離独立と市村清への経営一任 1935年 富士電機 通信機部門の分離独立と富士通信機製造の設立 1934年 富士フイルム 富士フイルム創業——大日本セルロイドが分社した写真フィルム専業会社と国策助成金 1931年 ブリヂストン ブリヂストン創業——久留米の足袋商から国産自動車タイヤメーカーへ 1931年 日本製鋼所 製鉄・採鉱事業の分離と輪西製鉄の設立、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中 1927年 住友金属鉱山 住友家直営の別子銅山と四阪島製錬所の分離、住友別子鉱山の設立 1927年 川崎重工業 昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立 1926年 倉敷紡績 人絹工業へ進出するため倉敷絹織(現クラレ)を別会社として設立 1926年 豊田自動織機 豊田自動織機創業——G型自動織機の量産分社からトヨタ自動車の独立へ 1911年 住友電工 住友伸銅場からの電線製造業の分離と住友電線製造所の設置 1910年 フジクラ 藤倉電線護謨合名からの電線部門の分離独立と株式会社化 1858年 丸紅 丸紅創業——15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、伊藤忠と分かれ再独立するまで

グループを、どの形で束ねるか149件

2026年 コーセーHD 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 2026年 ムニノバHD 純粋持株会社ムニノバホールディングスへの移行——44年続いた「アイフル」上場銘柄の終焉 2026年 日本精工 NTNとの共同持株会社設立による経営統合 2026年 NTN 日本精工との経営統合と共同持株会社の設立 2026年 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合と持株会社ARCHIONへの移行・上場廃止 2026年 イオン ダイエーの東西2分割と食品スーパーの再編 2026年 ヤマダHD エディオンとの経営統合による家電量販首位連合 2025年 シップヘルスケアHD SHIP VISION 2030によるグループ再編統合と厨房業務からの撤退 2025年 ツルハHD ツルハホールディングスとウエルシアホールディングスの経営統合(2025年・イオン主導) 2025年 ブルーゾーンHD ヤオコーによる純粋持株会社ブルーゾーンホールディングスの設立 2025年 SCSK 住友商事による公開買付けでの完全子会社化と、東証プライム市場上場の廃止 2024年 ベイカレント 持株会社体制への移行とテクノロジー事業会社の分離 2023年 レゾナックHD 昭和電工と昭和電工マテリアルズの統合・レゾナック発足(2023年成立) 2023年 LINEヤフー Zホールディングス・ヤフー・LINEのグループ再編とLINEヤフー発足(2023年成立) 2023年 SWCC 純粋持株会社体制の解消と、商号の昭和電線ホールディングスからSWCCへの変更 2023年 TOPPAN(凸版印刷) 創業123年で「凸版印刷」の看板を外す持株会社化とTOPPANホールディングスへの改称 2023年 マネックスG NTTドコモとの共同持株会社の設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2023年 メイテックGHD 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 2022年 円谷フィールズHD 持株会社体制への移行と円谷フィールズホールディングスへの商号変更 2022年 パナソニック ブルーヨンダー買収と持株会社への移行——「事業会社制」への組み替え 2022年 岡三証券G ネット専業・岡三オンライン証券の設立と、16年後の岡三証券への吸収合併 2022年 AZ-COM丸和HD 純粋持株会社体制への移行と商号変更(AZ-COM丸和ホールディングス誕生) 2022年 NIPPON EXPRESSHD 持株会社体制への移行 ── NIPPON EXPRESSホールディングス設立 2021年 DCMHD ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるDCM株式会社の発足と、店名の「DCM」への統一 2021年 ビジョナル 持株会社ビジョナルの設立と東証マザーズへの上場 2021年 ソニー 吉田憲一郎氏のパーパス経営と純粋持株会社体制への移行 2021年 イオン 中四国最大手フジの共同持株会社化による連結子会社化と地域スーパー再編 2020年 マクニカHD 富士エレクトロニクスを吸収合併し事業会社を一本化 2020年 ジャパンエレベーターサービスHD 地域エレベーター保守会社の連続買収と、地域事業子会社への吸収合併による全国保守網の構築 2020年 中部電力 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 2020年 東北電力 発送電の法的分離と東北電力ネットワークへの送配電分社 2019年 LINEヤフー ヤフーのZホールディングス改称とLINEとの経営統合 2019年 東急 商号を東急に変え、鉄軌道業を東急電鉄へ会社分割した持株会社体制への移行 2018年 エクシオG 通信工事3社の同時子会社化とエクシオグループへの改称・再編 2018年 博報堂DYHD D.A.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化 2018年 りそなHD 関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約 2017年 U-NEXT HOLDINGS U-NEXTがUSENを吸収合併し持株会社体制へ移行した経営統合 2016年 トリドールHD 持株会社への移行と、丸亀製麺に次ぐ業態の連続買収によるマルチブランド化 2016年 フューチャー 持株会社化と機能別グループ経営への転換 2016年 めぶきFG 常陽銀行との株式交換による経営統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更 2016年 ファミリーマート ユニーグループ・ホールディングスの吸収合併と、サークルK・サンクスのファミリーマートへのブランド統一 2016年 第一ライフG 保険本業を事業子会社に移し、持株会社でグループを束ねる 2015年 不二製油 純粋持株会社「不二製油グループ本社」への移行 2014年 マクニカHD 富士エレクトロニクスとの共同株式移転による経営統合 2014年 日本瓦斯 都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化 2014年 三井倉庫HD 持株会社への移行とソニー系物流子会社の取得、のれん減損254億円と分社の再統合 2014年 KADOKAWA ドワンゴとの共同株式移転による経営統合と持株会社KADOKAWA・DWANGOの設立 2013年 Umios アクリフーズ農薬混入事件への危機対応と、純粋持株会社体制の解消・グループ6社の事業会社マルハニチロへの合併 2013年 アンドエスティHD ポイントの持株会社化とマルチブランドSPA「アダストリア」への統合 2013年 東急不動産HD 持株会社体制への移行と、東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブル三社の一斉上場廃止 2013年 飯田GHD パワービルダー6社の共同株式移転による経営統合と飯田グループホールディングス設立 2013年 ANAHD 持株会社ANAホールディングスへの移行とマルチブランド体制の構築 2013年 KADOKAWA 持株会社傘下の事業会社9社の吸収合併とKADOKAWAへの一本化 2012年 富士電機 純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合 2012年 日本取引所G 東京証券取引所グループと大阪証券取引所の経営統合による日本取引所グループの発足 2012年 日本テレビHD 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2011年 三井住友トラストG 中央三井トラスト・グループと住友信託銀行グループの経営統合、三井住友トラスト・ホールディングスの発足 2011年 千葉銀行 ちばぎん証券の株式交換による完全子会社化と証券業務の内製化 2011年 サンウェルズ 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2010年 大塚HD 持株会社への移行と公募・売出約2200億円による東証一部への遅い上場 2010年 太陽HD 公認会計士・佐藤英志氏の社長起用と持株会社制への移行 2009年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティとの経営統合と雪印メグミルクの発足 2009年 エディオン 事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行 2009年 コーエーテクモHD 光栄とテクモの経営統合 ── スクウェア・エニックスの買収提案の拒否と対等統合 2009年 メディパルHD 会社分割で医薬品卸事業を承継させ純粋持株会社メディパルホールディングスへ 2009年 SOMPOHD 損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合とNKSJホールディングス設立 2009年 MS&ADインシュアランスGHD 三井住友海上・あいおい・ニッセイ同和の3社統合とMS&ADインシュアランスグループの結成 2009年 TBSHD 楽天による経営統合提案の拒否と、認定放送持株会社への移行 2008年 パーソルHD ピープルスタッフとの経営統合による共同持株会社テンプホールディングスの設立 2008年 明治HD 明治製菓と明治乳業の経営統合、持株会社・明治ホールディングスの設立 2008年 三越伊勢丹HD 伊勢丹と三越の経営統合・三越伊勢丹ホールディングス発足(2008年成立) 2008年 ウエルシアHD ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転によるグローウェルホールディングスの設立と東証二部上場 2008年 TIS インテックホールディングスとの共同株式移転によるITホールディングス設立 2008年 フジ・メディアHD 認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足 2008年 ENEOS HD 新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合とJXホールディングス設立 2008年 JVCケンウッド 日本ビクターとケンウッドの株式移転による対等統合とJVCケンウッド発足 2008年 ノーリツ鋼機 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 2007年 Umios マルハグループ本社とニチロの経営統合、マルハニチロホールディングスの発足 2007年 J.フロント リテイリング 大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合と共同持株会社J.フロント リテイリングの設立 2007年 三菱ケミカルG 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 2007年 三和HD 会社分割による純粋持株会社・三和ホールディングスへの移行 2007年 ふくおかFG 福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転による持株会社の設立と、親和銀行の完全子会社化 2007年 スカパーJSAT 株式移転による衛星会社JSATとの経営統合と宇宙通信の子会社化 2006年 INPEX 国際石油開発と帝国石油の経営統合、共同持ち株会社の設立 2006年 DCMHD カーマ・ダイキ・ホーマック3社の共同株式移転によるDCM Japanホールディングスの設立 2006年 野村不動産HD 独立した不動産持株会社の設立と東証一部上場 2006年 ポーラ・オルビスHD 純粋持株会社化と東証一部への直接上場 2006年 DOWA 持株会社制への移行と5事業会社への会社分割、原料の鉱石からリサイクルへの切り替え 2006年 SBIHD イー・トレード集約によるネット証券首位の確立 2006年 SBIHD ソフトバンクからの資本独立とSBIブランドの確立 2005年 エディオン 関西2位ミドリ電化の株式交換による完全子会社化と全国2位連合の構築 2005年 ニチレイ 純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編 2005年 富士紡HD 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2005年 セブン&アイHD 3社共同株式移転によるセブン&アイ・ホールディングスの設立と親子上場の解消 2005年 ネクソン 子会社が親会社の事業中核を逆に取り込んだ「親子逆転」再編 2005年 三菱ケミカルG 三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立) 2005年 第一三共 三共と第一製薬の経営統合と第一三共の誕生(2005年成立) 2005年 フジ・メディアHD ライブドアによるニッポン放送株買収への対抗と、ニッポン放送の完全子会社化 2005年 古河機械金属 日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社 2005年 バンダイナムコHD バンダイとナムコの経営統合、バンダイナムコHD発足 2005年 ロイヤルHD 持株会社制への移行と、事業6社への会社分割 2005年 スターツコーポレーション 会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社 2005年 西武HD コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2005年 阪急阪神HD 会社分割による全事業の新設阪急電鉄への移管と、純粋持株会社 阪急ホールディングスへの移行 2005年 SCSK 住商エレクトロニクスとの合併と、住友商事グループIT事業の一本化 2005年 ミスミG本社 駿河精機の取り込みと持株会社移行による流通専業からの転換 2004年 GMOペイメントゲートウェイ GMOグループ傘下入りと同業決済代行2社の連続譲受 2004年 セガサミーHD サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 2004年 GSユアサ 日本電池とユアサ コーポレーションの株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職による減産 2004年 T&DHD 太陽生命・大同生命・T&Dフィナンシャル生命の経営統合とT&Dホールディングス発足(2004年成立) 2003年 コムシスHD 日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の株式移転によるコムシスホールディングス設立 2003年 博報堂DYHD 博報堂・大広・読売広告社の三社経営統合と共同持株会社 博報堂DYホールディングスの設立 2003年 双日 ニチメンと日商岩井の株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2003年 大和工業 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 2003年 そごう 旧敵・西武百貨店との経営統合——「西武化」再建とミレニアムリテイリング傘下入り 2003年 東北電力 東北水力地熱と東北インテリジェント通信の子会社化によるグループ事業の再編 2002年 宝HD 持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割 2002年 エディオン デオデオとエイデンの株式移転による持株会社エディオンの設立と三市場一部への上場 2002年 ジャパンエナジー 日鉱金属との共同持株会社・新日鉱ホールディングスの設立と上場廃止 2002年 JFEHD 川崎製鉄とNKK(日本鋼管)の経営統合とJFEホールディングス発足(2002年成立) 2002年 パイロットコーポレーション 3社共同の株式移転による持株会社の設立と、事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2002年 りそなHD 大和銀行とあさひ銀行の経営統合とりそなホールディングスの誕生(2002年成立) 2002年 東京海上HD 東京海上火災と日動火災の経営統合とミレアホールディングス設立(2002年成立・国内初の上場保険持株会社) 2002年 日本航空 日本航空と日本エアシステムの経営統合(2002年成立) 2001年 日清製粉G本社 全事業の再分社と純粋持株会社「日清製粉グループ本社」への移行 2001年 日鉄ソリューションズ 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 2001年 田辺製薬 大正製薬との共同持株会社設立の合意と、二か月半での白紙撤回 2001年 LIXIL トステムとINAXの経営統合と純粋持株会社INAXトステム・ホールディングスの設立 2001年 パナソニック 中村邦夫氏の「破壊と創造」——事業部制の解体とグループ5社の完全子会社化 2001年 セイコーG 持株会社への移行と祖業ウオッチ事業の分社 2001年 NSD 地域計算センター・福島総合計算センター(現・FSK)の子会社化と運用受託部門の分社 2000年 ヒューリック フォワードビルディング合併と、旧富士銀系不動産の受け皿への転回 2000年 東燃ゼネラル石油 ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足と、エクソンモービル国内体制への編入 2000年 みずほFG 第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の経営統合とみずほ誕生(2000年成立) 2000年 GMOインターネットG 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立 1999年 大和証券G本社 住友銀行との資本提携と証券業界初の純粋持株会社化 1999年 NTT 民営化NTTの純粋持株会社体制への再編と地域・長距離の分社 1997年 HOYA 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 1994年 ラウンドワン ラウンドワン(旧)の吸収合併と、杉野興産からラウンドワンへの商号変更 1994年 AGC 疑似分社制の導入による「鈍い大企業」からの脱却 1992年 セコム 「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制 1991年 SANKYO 三共産業を存続会社とする吸収合併と、商号のSANKYOへの変更 1990年 東京エレクトロンデバイス 建物保守管理業務のグループ他社への移管と、外国製半導体販売への業態転換 1990年 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継によるグループ国内石油販売の一本化 1974年 三井不動産 「住宅商社」化と機能別分社——脱土地経営への転換 1970年 日本製鉄 八幡・富士合併後の内部統合と「双頭の巨人」の摩擦 1940年 明治乳業 極東煉乳から明治乳業への商号変更と、明治製菓の乳製品部門の経営受任・全面譲受 1933年 パナソニック 松下幸之助氏による事業部制の導入——製品別・独立採算の自主責任経営 1927年 住友金属鉱山 住友家直営の別子銅山と四阪島製錬所の分離、住友別子鉱山の設立

資金を、どこから調達するか188件

2026年 エア・ウォーター 旧村上ファンド系による株式取得と増配・自己株取得の要求への対応 2026年 日本板硝子 アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 2026年 ダイキン エリオットの大株主入りと「FUSION30」の資本政策転換 2026年 りそなHD デジタルガレージへの約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 2026年 商船三井 エリオットの3,000億円自社株買い要請と累進配当・総還元性向40%への転換 2025年 コーエーテクモHD 襟川恵子氏の資産運用を本業と並ぶ収益源に育てた財務戦略 2025年 東映アニメーション 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画「VISION2030」の策定 2025年 象印マホービン 買収防衛策の不継続と、自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2025年 丸紅 時価総額10兆円を掲げた中期経営戦略「GC2027」と大本新体制 2025年 豊田通商 新中期経営計画と資本政策への転換——時価総額向上を経営アジェンダに据える 2025年 ソフトバンクG OpenAIへの巨額出資とAIインフラ「スターゲート」 2024年 石油資源開発 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 2024年 ニップン 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え 2024年 パソナG パソナグループによるベネフィット・ワンの第一生命への売却 2024年 江崎グリコ ダルトンの株主提案を全面拒否し、安定株主の一部が離れた第119回総会 2024年 関西ペイント 政策保有株の持ち合い解消と、シルチェスター登場下での株主還元シフト 2024年 ローム 東芝の非公開化連合へ最大3000億円を拠出し、パワー半導体の協業に賭ける 2024年 三菱商事 事業ポートフォリオの入れ替えを本格化 2024年 稲畑産業 オーガニック成長からマジョリティ出資へ——丸石化学品・大五通商・ノバセルの連続買収 2024年 あおぞら銀行 大和証券グループ本社を引受先とする519億円の第三者割当増資と資本業務提携 2024年 みずほリース 丸紅への第三者割当増資による20%出資の受け入れと丸紅の持分法適用関連会社化 2024年 京浜急行電鉄 旧村上ファンド系による株式取得と不動産含み益をめぐる株主圧力への対応 2024年 京成電鉄 オリエンタルランド株の一部売却と資本配分の見直し 2024年 東京ガス エリオットの5%取得と不動産売却要求への対応 2023年 タイミー 無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成 2023年 野村総合研究所 自己株式の取得・消却と資本効率を軸とする株主還元への転換 2023年 ドリームインキュベータ アイペットホールディングス全株式の第一生命ホールディングスへの譲渡と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2023年 三井海洋開発 商船三井を14.86%の株主に迎えたオフショア事業の業務提携 2023年 荏原製作所 対面市場別5カンパニー制への移行と、中期経営計画E-Plan2025による成長事業・基盤事業の切り分け 2023年 大日本印刷 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得 2023年 T&DHD 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期で純損失1,321億円の処理 2023年 メイテックGHD 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 2022年 freee 業績不振によらない全固定資産の一括減損と、開発費の全額費用計上への切り替え 2022年 サンウェルズ パーキンソン病専門住宅PDハウスの全国展開に向けた東証グロース市場への上場 2021年 ラクス 減益を織り込んだ投資先行運営への転換と5か年売上高CAGR目標の上方修正 2021年 日本ペイント ウットラムへの1.3兆円第三者割当増資とアジア合弁の完全子会社化 2021年 ロイヤルHD 双日との資本業務提携と、主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強 2021年 西日本旅客鉄道 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2020年 出前館 LINE・未来Fund有限責任事業組合を引受先とする総額300億円の第三者割当増資 2020年 武田薬品工業 大衆薬事業のブラックストーンへの売却 2020年 ANAHD コロナ禍での過去最大級の公募増資と事業構造改革による自力再建 2020年 ソフトバンクG 米エヌビディアへのアーム売却——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール 2019年 曙ブレーキ工業 事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2019年 みずほリース みずほ銀行との資本業務提携によるみずほFG持分法適用関連会社化と商号変更 2019年 光通信 本業のストック利益を上場株の長期保有へ回す「純投資」への傾斜 2018年 クラレ 米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化 2018年 TOYOTIRE 三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携と、TOYO TIREへの改称 2018年 加賀電子 富士通エレクトロニクスを約205億円で買収し、売上5,000億円級のグループへ 2018年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 通信子会社ソフトバンクの東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達 2017年 ツムラ 中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD 東京証券取引所マザーズへの株式上場と、創業家の過半保有を残した株式公開 2017年 ソフトバンクG ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成 2016年 LINE 韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 2016年 九州旅客鉄道 鉄道資産の一括減損と経営安定基金の全額充当による東証一部上場 2015年 ケイアイスター不動産 東証2部への上場と1年での1部指定、地場住宅会社の連続買収による全国展開 2015年 GMOペイメントゲートウェイ 三井住友FG・SMBCとの資本業務提携と約80億円の第三者割当増資 2015年 ライフネット生命保険 KDDIとの資本業務提携と、インターネット直販単独からの多チャネル化 2015年 あおぞら銀行 資本再構成プランによる公的資金の分割返済と、2015年の前倒し一括完済 2014年 MIXI モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資 2014年 双日 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 2014年 ネクステージ 東証マザーズ上場と、異例の速さの東証一部昇格 2014年 リクルートHD 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 2014年 サントリーHD 1兆6500億円で「30年分の時間」を買う 2013年 オープンアップG ジャスダック上場から東証二部・一部へ、6年半かけた市場区分の引き上げ 2013年 サントリービバレッジ&フード 親会社を非上場に保ったままの飲料子会社・東証一部上場 2013年 Sansan 黒字経営から赤字先行投資への転換と、法人向け名刺管理サービス初のテレビCM放映 2013年 LIXIL 米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収 2013年 ノーリツ鋼機 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2013年 トーセイ シンガポール証券取引所メインボードへのセカンダリー上場と東証との同時上場 2012年 アルバック 純損失499億円を受けた創立以来初めての事業構造改革と、半導体・中小型パネルへの絞り込み 2012年 全国保証 東京証券取引所市場第一部への新規上場と公募増資の実施 2012年 オリンパス ソニーとの資本業務提携と医療合弁の設立 2012年 ボーダフォン(現ソフトバンク) 米スプリント買収とイー・アクセスの取り込み——「世界作戦」の展開 2012年 東京電力HD 1兆円の公的資金を受け入れ、議決権の過半を政府へ渡す 2011年 SWCC 中国・富通集団との業務・資本提携と、第三者割当増資による筆頭株主の交代 2011年 日本瓦斯 JPモルガン系PEファンドOEPを筆頭株主に迎える約103億円の資本業務提携 2010年 レナウン 中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り 2010年 パルコ 森トラストの増資提案の見送りと、日本政策投資銀行への新株予約権付社債150億円の発行 2009年 日立製作所 リーマンショック後の緊急再建と、総合電機路線の転換 2009年 エルピーダメモリ 改正産業活力再生特別措置法にもとづく日本政策投資銀行からの優先株300億円の受け入れ 2009年 GSユアサ 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2008年 三菱レイヨン 英ルーサイト・インターナショナルの買収とMMA世界首位への浮上 2008年 さくらインターネット 双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消 2008年 ホシザキ 創業61年目の東証一部・名証一部上場 2007年 伊藤園 議決権のない第1種優先株式を東証一部に上場した資本政策 2006年 MIXI ミクシィの東証マザーズ上場と時価総額2,221億円での資本市場デビュー 2006年 システナ 配当性向目標の30%から40%への引き上げ 2006年 野村不動産HD 独立した不動産持株会社の設立と東証一部上場 2006年 グッドウィルG 請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略 2006年 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入 2006年 三洋電機 3,000億円の第三者割当増資と継続企業の前提への疑義 2006年 ボーダフォン(現ソフトバンク) ソフトバンクによるボーダフォン日本法人の買収 ── 1兆6,935億円のLBO 2005年 SUMCO 三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場 2005年 ワールド 業績好調のなかで選んだMBOによる非公開化 2005年 ライブドア ニッポン放送株の時間外取引による大量取得と、フジテレビジョンへの売却 2005年 三越 横浜・大阪・枚方・倉敷4店の同時閉鎖と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 2004年 双日 総額2500億円の損失処理と、航空機ファイナンスという「聖域」への切り込み 2004年 ライブドア 株式100分割の実施と、投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上 2004年 アルバック 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 2004年 三菱自動車 ダイムラー撤退後の三菱グループ主導による自主再建 2004年 電源開発 電源開発の完全民営化と東証一部上場——52年ぶりに「国の後ろ盾」を手放す 2003年 石油資源開発 石油公団保有株の売り出しによる東証一部上場と、開発会社統合構想からの離脱 2003年 双日 ニチメンと日商岩井の株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2003年 インターネットイニシアティブ クロスウェイブ破綻とNTTグループからの増資受け入れ 2003年 住友金属工業 新日本製鐵・神戸製鋼所との三社資本提携 2003年 セイコーエプソン 東京証券取引所第一部への株式上場 2003年 りそなHD 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 2003年 東京センチュリー 設立34年目の東京証券取引所第二部上場 2003年 光通信 社債償還危機下の有利子負債圧縮とOA機器販売への収益源転換 2002年 システナ システムプロのナスダック・ジャパン市場への株式上場 2002年 カカクコム 主要株主の変遷(デジタルガレージ→CCC→電通→KDDI) 2002年 竹内製作所 JASDAQ登録・上場による同族非公開企業から公開企業への移行 2002年 JVCケンウッド 債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換 2002年 アズビル ハネウエル保有株1,099万株の自己株式取得と、49年続いた資本関係の解消 2002年 丸紅 「負け組」からの再建──不良資産の抜本処理と財務立て直し 2001年 マルハ 国際原糖事業の損失処理と、本社ビル証券化による穴埋め 2000年 大和ハウス工業 大和ハウス工業の「有利子負債ゼロ」への転換 2000年 はごろもフーズ 創業から69年を経ての東証2部上場 2000年 グッドウィルG 公的介護保険の開始に合わせたケアセンター1208カ所の同時開設と、2か月半後の4割統廃合 2000年 電通総研 電通・米GEの二親会社体制から東証一部への株式公開へ 2000年 東映アニメーション 東映の子会社のまま店頭市場へ株式を公開し、自前の資金調達手段を持つ 2000年 伊藤忠商事 特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期不良資産の清算 2000年 あおぞら銀行 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 2000年 スカパーJSAT ライバル ディレクTVの救済統合と東証マザーズ上場 2000年 ソフトバンクG ネットバブル崩壊下の資産圧縮と日債銀買収 1999年 花王 経営指標をEVAへ、そしてROICへ——20年かけて取り換えた事業評価の物差し 1999年 GMOインターネットG 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 1998年 オービック 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1998年 トレンドマイクロ 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1998年 さくら銀行 三井グループ各社への総額約3000億円の緊急増資要請 1998年 東京建物 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1998年 NTT NTTドコモの株式上場——稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 1998年 カプコン メキシコ子会社の清算と米国持株会社株式の評価減による最終赤字 1997年 しずおかFG 邦銀初の自己株式取得と消却の実施 1997年 ソフトバンクG 相次ぐ買収と「拡大路線」への懸念 1996年 長谷工コーポレーション 「毎年赤字より一回ドカンと出す」── 1,850億円特別損失の一括処理 1996年 ユニオンツール 店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立 1995年 MARUWA 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金によるマレーシア第3工場の建設 1995年 住友銀行 1995年3月期における8000億円超の不良債権償却と、都市銀行初の経常赤字の計上 1994年 三菱石油 ベトナム南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターによる原油探鉱への進出 1994年 ヤオハン 国内外の二正面作戦への拡大投資と600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債 1994年 三洋証券 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 1994年 トーセイ 倒産した父の会社ではなく、別法人の東誠ビルディングをMBOで取得した第二創業 1993年 大塚商会 経営刷新構想「大戦略」の策定と、支店ごとに分かれていた顧客情報の全社一元化 1992年 そごう 借入依存の全国多店舗化と地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国 1992年 イトーヨーカ堂 バブル期の不動産投資とエクイティファイナンスの見送り、手元現金の積み増し 1991年 日本興業銀行 東洋信用金庫の架空預金証書事件と、料亭経営者への2400億円融資の焦げ付き 1991年 東海旅客鉄道 新幹線施設の自社保有化 ── リースからの離脱と経営自主権の確立 1990年 大和ハウス工業 ホテル事業「ダイワロイヤルホテルズ」の急拡大と定まらぬブランド 1990年 信越化学工業 金川千尋の社長就任と「フル生産、全量販売」の全社展開 1990年 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収——日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 1989年 THK THKの株式店頭公開による世界市場向け資金調達体制の構築 1989年 山水電気 山水電気の英ポリーペックへの株式51%譲渡 1988年 本州製紙 主力・釧路工場の子会社への譲渡と、譲渡代金1,198億円の借入金返済への充当 1987年 SMC 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更 1987年 九州旅客鉄道 国鉄分割民営化による発足と、経営安定基金3,877億円を前提とした事業設計 1986年 東京応化工業 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 1985年 加賀電子 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 1981年 住友商事 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底 1980年 オービックビジネスコンサルタント 公認会計士業からの転身と会計ソフト事業会社の設立、沖電気から得た1億円の製品開発への全額投入 1980年 ジェイテクト 光洋精工の巨額赤字を受けたトヨタ自動車工業への支援要請と第三者割当増資 1977年 住友銀行 安宅産業の救済で負担した1132億円の全額償却 1975年 森ビル 取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換 1973年 古河機械金属 足尾銅山の閉山と、機械部門への主力の移行 1972年 クラフティア 大証二部・福証上場から4年での東証・大証一部指定替え 1970年 千葉銀行 東京証券取引所市場第二部への株式上場と、翌年の第一部指定替え 1969年 芙蓉総合リース 丸紅飯田と富士銀行を軸とする芙蓉グループ6社の共同出資による総合リース会社の設立 1969年 日本国有鉄道 日本国有鉄道財政再建促進特別措置法に基づく10年計画の策定と、設備投資3兆7000億円・要員約6万人縮減の実施 1962年 日本鋼管 広島県福山への第4の総合製鉄所の建設と、粗鋼年産600万トン計画への約2,500億円の投資 1960年 三機工業 鋼管部門の分離と、富士三機鋼管株式の富士製鉄への売却 1960年 伊藤忠商事 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から総合商社への転換 1959年 京セラ 京都セラミックの設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を握るまで 1954年 ブルドックソース 会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着 1954年 ツガミ 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替えと、津上退助氏の社長復帰 1952年 日本興業銀行 日本興業銀行法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期信用銀行への移行 1952年 日本長期信用銀行 電力・鉄鋼・海運・石炭への貸出5割の配分と、川崎製鉄・トヨタ自動車工業など後発企業への融資 1951年 川崎製鉄 千葉製鉄所の建設と、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 1951年 昭和飛行機工業 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1950年 大日本製糖 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 1950年 クラレ 国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築 1949年 沖電気工業 企業再建整備法による旧沖電気の解散と、第二会社・沖電気工業の設立 1933年 伊勢丹 神田店の閉店と新宿本店への全面移転、株式組織への改組 1928年 大正製薬HD 特約株主制度による株式会社化と、取引先小売店を株主とする直販網の構築 1923年 秩父セメント 臨海立地の定型を破り、武甲山の麓に建てた内陸のセメント工場 1912年 日本鋼管 白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足 1911年 出光興産 出光佐三氏が門司で出光商会を興し、機械油の行商から海と大陸の販路を開いた創業 1906年 南満洲鉄道 国営論と日米共同経営案の不採用、半官半民の特殊会社としての設立 1881年 小野田セメント 株主の金禄公債を抵当に据えたセメント製造会社の設立

物言う株主に、どう応えるか73件

2026年 味の素 英パリサーの「価値向上プラン」とABF価値顕在化の要求 2026年 クスリのアオキHD 創業家主導での買収防衛策導入とイオンとの資本業務提携解消 2026年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント アクティビスト圧力下の社長交代 ── 森下一喜氏から坂井一也氏への経営体制刷新 2026年 エア・ウォーター 旧村上ファンド系による株式取得と増配・自己株取得の要求への対応 2026年 太陽HD 株主に退けられた多角化の主導者と、KKRによる非公開化の受入れ 2026年 小林製薬 オアシスの統治改革要求への対応と監査等委員会設置会社への移行 2026年 ダイキン エリオットの大株主入りと「FUSION30」の資本政策転換 2026年 ニデック アクティビスト・オアシスの株式取得とガバナンス改善要求 2026年 りそなHD デジタルガレージへの約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 2026年 商船三井 エリオットの3,000億円自社株買い要請と累進配当・総還元性向40%への転換 2025年 フジ・メディアHD 性加害問題を受けた取締役の総入れ替えと、コンテンツを軸とする事業への転換 2025年 日本製鉄 3Dのコングロマリットディスカウント批判と社長再任反対キャンペーンへの対峙 2025年 京セラ 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年 象印マホービン 買収防衛策の不継続と、自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2025年 T&DHD 米ファラロンの社外取締役2名選任・政策保有株売却の株主提案とT&Dの全議案否決 2025年 住友不動産 アクティビスト・エリオットの株主提案と住友不動産の対応 2024年 江崎グリコ ダルトンの株主提案を全面拒否し、安定株主の一部が離れた第119回総会 2024年 サッポロビール 3Dの株主提案とサッポロの不動産切り出し・ビール本業集中 2024年 ウエルシアHD ツルハホールディングスとの経営統合と、同社傘下入りに伴う上場廃止 2024年 花王 オアシスの株主提案と花王のK27堅持 2024年 DIC 液晶材料事業からの撤退と、星光PMC株式・美術品の売却による資産圧縮 2024年 住友商事 エリオットの株式取得と中期経営計画2026での株主還元強化 2024年 あおぞら銀行 大和証券グループ本社を引受先とする519億円の第三者割当増資と資本業務提携 2024年 三井不動産 エリオットの資本効率要求と三井不動産の資産リサイクル・株主還元強化 2024年 京浜急行電鉄 旧村上ファンド系による株式取得と不動産含み益をめぐる株主圧力への対応 2024年 京成電鉄 オリエンタルランド株の一部売却と資本配分の見直し 2024年 東京ガス エリオットの5%取得と不動産売却要求への対応 2024年 富士ソフト KKR傘下FK株式会社による公開買付けへの賛同と、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 大林組 シルチェスターによる特別配当の株主提案と、その否決 2023年 セブン&アイHD バリューアクトの株主提案とセブン&アイのコンビニ集団への収斂 2023年 JSR 産業革新投資機構によるTOBの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 大正製薬HD 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 2023年 コスモエネルギーHD 旧村上系の大量取得に対する有事型買収防衛策とMoM決議、岩谷産業による決着 2023年 東芝 日本産業パートナーズ連合による約2兆円の買収受け入れと株式の非公開化 2023年 大日本印刷 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得 2023年 そごう そごう・西武を米フォートレスへ売却——コンビニ集中のための百貨店切り離し 2022年 東芝 東芝の会社分割案(2分割)と臨時株主総会での否決(2022年破談) 2021年 北越コーポレーション オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始 2021年 東芝 エフィッシモの株主提案による独立調査と、永山治取締役会議長の再任否決 2021年 サンケン電気 エフィッシモによる公開買付けの実施と支配的株主への台頭 2020年 キリンHD 英運用会社IFPの事業売却・6,000億円自社株買い提案を退け、多角化路線を堅持 2020年 帝国繊維 AVIらによる増配・自社株買いとヒューリック政策保有株売却の株主提案 2020年 三陽商会 RMBキャピタルの委任状争奪戦を退け、自前の大江体制で防戦した2020年の攻防 2020年 三井住友トラストG 議決権行使書集計における先付処理の廃止と、975社分の再集計の公表 2020年 レオパレス21 レノによる臨時株主総会請求と全取締役解任要求への対抗 2020年 ソフトバンクG エリオットの株主還元要求と、4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い 2019年 ソニー サードポイントの事業分離要求とソニーの統合堅持 2019年 アルプスアルパイン アルプス電気とアルパインの株式交換による経営統合と、合併比率をめぐるオアシスとの攻防 2019年 オリンパス バリューアクト受け入れとメドテック企業への転換 2019年 リコー エフィッシモの保有目的転換を受けた大型自社株買いと資本効率重視への旋回 2019年 川崎汽船 筆頭株主エフィッシモの長期大量保有の受け入れと社外取締役の招請 2018年 ADEKA 1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得 2017年 パソナG 「A Better Pasona」への応答——オアシスの経営改善要求と南部体制の維持 2017年 出光興産 昭和シェル合併に反対する創業家へ対抗した3割の公募増資 2016年 セブン&アイHD カリスマ会長・鈴木敏文氏の退任と井阪新体制への移行 2015年 ファナック 配当性向倍増とSR部新設による株主還元・情報開示の方針転換 2014年 西武HD サーベラスのTOB阻止と東証一部再上場 2011年 パルコ イオン・森トラスト連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 2010年 幻冬舎 解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止 2010年 パルコ 森トラストの増資提案の見送りと、日本政策投資銀行への新株予約権付社債150億円の発行 2009年 SOMPOHD 損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合とNKSJホールディングス設立 2009年 TBSHD 楽天による経営統合提案の拒否と、認定放送持株会社への移行 2008年 日本興亜損害保険 筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるOB株主の反対 2008年 電源開発 英ファンドTCIの株式買い増し申請に対する外為法の中止命令と株主提案の否決 2007年 サッポロビール スティール・パートナーズの買収提案に対する事前警告型買収防衛策と株主意思の確認 2007年 ブルドックソース スティール・パートナーズのTOBに対する新株予約権無償割当による買収防衛策の発動 2007年 ペンタックス HOYAとの合併撤回と社長解職、TOBの受諾 2006年 阪急阪神HD 阪神電気鉄道へのTOBと株式交換による完全子会社化、阪急阪神ホールディングスへの商号変更 2005年 日清紡HD 公開買付による新日本無線の連結子会社化 2005年 フジ・メディアHD ライブドアによるニッポン放送株買収への対抗と、ニッポン放送の完全子会社化 2001年 サイバーエージェント 村上ファンドの接近と買収防衛 1989年 小糸製作所 米投資家ピケンズによる株式大量取得と取締役選任・増配要求への対応 1973年 片倉工業 製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換

資本提携で、手を組むか143件

2026年 リガクHD 米Onto Innovationとの資本業務提携と、カーライル系ファンド保有株27%の同社への譲渡 2026年 ハウス食品G本社 壱番屋の非公開化を含む選択肢の検討 2026年 壱番屋 親会社による非公開化の検討と、上場子会社としての11年 2026年 りそなHD デジタルガレージへの約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 2026年 NSユナイテッド海運 日本郵船による公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう非公開化 2025年 SHIFT ライズ・コンサルティング・グループへの出資とコンサル領域への回帰 2025年 T&DHD 米ファラロンの社外取締役2名選任・政策保有株売却の株主提案とT&Dの全議案否決 2025年 住友不動産 アクティビスト・エリオットの株主提案と住友不動産の対応 2024年 石油資源開発 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 2024年 ニップン 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え 2024年 DCMHD 持分法適用関連会社ケーヨーの完全子会社化と、DCM株式会社への吸収合併 2024年 日本発條 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2024年 三菱電機 自動車機器事業の会社分割による分社化と三菱電機モビリティの設立、鴻海精密工業への出資受け入れの検討 2024年 岩谷産業 コスモエネルギーホールディングスの株式取得と資本業務提携 2024年 あおぞら銀行 大和証券グループ本社を引受先とする519億円の第三者割当増資と資本業務提携 2024年 みずほリース 丸紅への第三者割当増資による20%出資の受け入れと丸紅の持分法適用関連会社化 2024年 東京海上HD 政策保有株ゼロへ ── 損保の持ち合いを解く資本政策の転換 2024年 トーセイ 名古屋鉄道との資本業務提携と、創業者に代わる筆頭株主の登場 2024年 京成電鉄 オリエンタルランド株の一部売却と資本配分の見直し 2024年 サンドラッグ 完全子会社化に踏み込まず、キリン堂と持分法で組む 2023年 インターネットイニシアティブ NTTグループ傘下からの離脱とKDDIとの資本業務提携 2023年 三井海洋開発 商船三井を14.86%の株主に迎えたオフショア事業の業務提携 2023年 芝浦メカトロニクス 東芝による保有株式の段階的な処分と芝浦メカトロニクスの独立企業化 2023年 マネックスG NTTドコモとの共同持株会社の設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2022年 森永製菓 森永乳業株の政策保有縮減と、プライム移行に合わせたガバナンス改革 2022年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からのフォトマスク事業の無対価承継と、インテグラルによる49.9%取得 2022年 日立建機 日立製作所による保有株26%の売却と、伊藤忠・日本産業パートナーズ連合への筆頭株主の異動 2022年 ソシオネクスト 東京証券取引所プライム市場への上場と、富士通・パナソニック・日本政策投資銀行からの資本独立 2022年 みずほFG 楽天証券への出資と資本業務提携——対面のみずほ、ネットの楽天 2021年 北越コーポレーション オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始 2021年 いすゞ自動車 いすゞ自動車のボルボとの戦略的提携とUDトラックスの取得 2021年 ロイヤルHD 双日との資本業務提携と、主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強 2021年 三井住友FG 米ジェフリーズとの戦略的資本・業務提携——海外投資銀行を自前でなく提携で補う 2020年 出前館 LINE・未来Fund有限責任事業組合を引受先とする総額300億円の第三者割当増資 2020年 帝国繊維 AVIらによる増配・自社株買いとヒューリック政策保有株売却の株主提案 2020年 みずほリース 丸紅との共同買収による米Aircastleの議決権25%取得 2019年 住友ファーマ 英ロイバントとの戦略的提携によるスミトバント子会社化と、ロイバント株11%の取得 2019年 みずほリース みずほ銀行との資本業務提携によるみずほFG持分法適用関連会社化と商号変更 2019年 中部電力 東京電力との合弁JERAの設立と国内火力発電事業の全面移管 2018年 ADEKA 1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得 2018年 TOYOTIRE 三菱商事を筆頭株主に迎える資本業務提携と、TOYO TIREへの改称 2018年 日本郵政 米アフラックへの7%出資と持分法適用をめざす戦略提携 2017年 ツムラ 中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ 2017年 ペプチドリーム 塩野義製薬・積水化学工業との合弁によるペプチスターの設立と原薬製造の内製化 2017年 日本航空電子工業 日本電気による公開買付けと、その他の関係会社から親会社への転換 2017年 アドバンテスト 富士通の全株売却による資本関係の解消と独立経営への移行 2017年 マツダ トヨタとの資本業務提携と米アラバマ折半合弁の設立 2016年 NISSHA メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト 2016年 三菱HCキャピタル 日立キャピタルとの資本業務提携 2015年 DeNA 任天堂と業務・資本提携を締結し、相互出資でスマートデバイス向けゲームを共同開発 2015年 GMOペイメントゲートウェイ 三井住友FG・SMBCとの資本業務提携と約80億円の第三者割当増資 2015年 オンキヨー 投資ファンドを交えた当初スキームの組み替えと、パイオニアのホームAV事業の全株取得 2015年 ライフネット生命保険 KDDIとの資本業務提携と、インターネット直販単独からの多チャネル化 2015年 マツダ フォードとの36年の資本提携解消と自主独立への転換 2015年 壱番屋 創業家保有株23.17%のハウス食品グループ本社への譲渡と、同社の連結子会社化 2015年 伊藤忠商事 中国中信集団(CITIC)への6890億円出資と戦略的資本提携 2014年 ウエルシアHD イオンの公開買付けへの賛同と連結子会社入り、M&Aによる規模拡大の加速 2012年 大王製紙 創業家との資本関係の解消と、北越紀州製紙を介した関連会社等株式の取得 2012年 塩野義製薬 HIV合弁持分の英ViiV Healthcareへの移転と、ViiV株式10%の取得 2011年 SWCC 中国・富通集団との業務・資本提携と、第三者割当増資による筆頭株主の交代 2011年 日本瓦斯 JPモルガン系PEファンドOEPを筆頭株主に迎える約103億円の資本業務提携 2010年 荏原製作所 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社への三菱商事・日揮の資本参加 2010年 パルコ 森トラストの増資提案の見送りと、日本政策投資銀行への新株予約権付社債150億円の発行 2010年 NSユナイテッド海運 郵船系の新和海運と新日鉄系の日鉄海運が合併しNSユナイテッド海運が発足 2009年 カルビー カーライル・ペプシコを迎えた資本業務提携と東証一部上場 2009年 MonotaRO 自己株式取得と公開買付による親会社の交代——住友商事から米Graingerへ 2009年 ジャストシステム キーエンスに45億円の第三者割当増資を割り当て、議決権の4割と経営を委ねる 2009年 大和証券G本社 大和証券SMBCの合弁解消と三井住友保有40%株の買取による完全子会社化 2008年 野村不動産HD ジオ・アカマツの全株式取得と東芝不動産65%取得による商業・賃貸ビル事業の拡張 2008年 さくらインターネット 双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消 2008年 楽天G イーバンク銀行への200億円出資と傘下化——楽天銀行として金融の中核を取り込む 2008年 TOYOTIRE 業界首位ブリヂストンとの業務・資本提携と、非対称な株式の持ち合い 2008年 SUBARU トヨタの出資を16.5%まで受け入れ、実質的なグループ入りを選ぶ 2008年 三菱UFJFG リーマン危機下のモルガン・スタンレーへの90億ドル出資 2008年 アコム 三菱UFJによる連結子会社化——独立系アコムが手放さなかった上場 2008年 ジャックス 三菱UFJの系列入り——20%出資の受け入れと、日本信販の個品割賦承継 2007年 日本製鉄 アルセロール・ミタルへの対抗——ミタルとの提携覚書と3社連合の資本防衛 2007年 パイオニア シャープからの資本受け入れと業務・資本提携 2007年 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本・業務提携と、自己株式162万株の譲渡 2007年 SBIHD 住信SBIネット銀行の設立とネット銀行への参入 2006年 BIPROGY 米ユニシスの保有株全売却による日米合弁体制の解消 2006年 ライフコーポレーション 世襲を否定し三菱商事から後継を迎えた経営承継 2005年 住友ファーマ 住友製薬との合併による大日本住友製薬の発足と、住友化学グループ入り 2005年 新日本石油 帝国石油と国際石油開発の経営統合案への反対と、帝石株の買い増しによる20%超の取得 2005年 東京センチュリー 自動車リース子会社をNTTとの50対50合弁へ組み替えた対等合併 2004年 ヤクルト本社 グループダノンとの戦略提携と、16年後の資本関係の解消 2004年 住友化学 サウジ・アラムコとの折半合弁による石油精製・石油化学統合コンプレックス「ラービグ」への進出 2004年 クレディセゾン 髙島屋とのカード事業提携と「系列を超えた等距離政策」 2003年 電通総研 GE由来の祖業を閉じ、電通単独親会社体制へ移った資本と事業の整理 2003年 住友金属工業 新日本製鐵・神戸製鋼所との三社資本提携 2002年 中外製薬 スイス・ロシュとの資本業務提携と経営権の過半譲渡 2002年 神戸製鋼所 新日本製鐵・住友金属工業との相互出資の開始と、23年後の解消 2002年 三洋電機 中国ハイアールとの資本提携 ──「箱舟経営」と普及品市場の譲り渡し 2002年 アズビル ハネウエル保有株1,099万株の自己株式取得と、49年続いた資本関係の解消 2001年 カゴメ 株主を「ファン」に変える——個人株主10万人構想と安定株主基盤の構築 2001年 電通G 創業100年を経た東証一部上場——資金需要なき「広告の巨人」の株式公開 2001年 フジクラ 電力ケーブル事業の古河電工との合弁ビスキャスへの切り出しと、15年後の国内事業の振り分け 2000年 電通G 米SIPS最大手マーチファーストとの合弁による、ネット時代のコンサルティング事業への進出 2000年 三菱商事 ダイエーからのローソン株取得と資本業務提携 2000年 NIPPON EXPRESSHD 郵政事業庁との宅配便連合構想と共通ブランド協議 2000年 NTTドコモ iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資 1999年 横河電機 米HPとの36年合弁の解消と日本HP持分の売却 1999年 大和証券G本社 住友銀行との資本提携と証券業界初の純粋持株会社化 1998年 ジャストシステム 「一太郎オフィス8」の失速で初の赤字、人員削減とソニー出資による再建 1998年 さくら銀行 三井グループ各社への総額約3000億円の緊急増資要請 1997年 日本長期信用銀行 スイス銀行との業務・資本提携と投資銀行への転換、住友信託銀行への合併申し入れ 1996年 ソフトバンクG 米ヤフーとの合弁によるヤフー株式会社の設立 1993年 オンキヨー 東芝との36年の資本提携の解消と、大朏直人氏個人によるオンキヨー株式の取得 1990年 明治乳業 明治乳業による米ボーデンの事業運営移管提案の拒否と、20年にわたる提携の解消 1990年 赤井電機 三菱電機を筆頭株主に迎える資本業務提携と再建 1989年 S Foods 丸紅らとの合弁で米ネブラスカ州にFREMONT BEEF COMPANYを設立 1989年 小糸製作所 米投資家ピケンズによる株式大量取得と取締役選任・増配要求への対応 1988年 日立建機 米ディーア・伊フィアットとの日米欧3極体制 1987年 SUBARU 系列を超えたいすゞとの北米合弁SIAの設立 1986年 曙ブレーキ工業 ベンディックスとの技術提携の解消と、GM合弁アムブレーキによる米国生産 1984年 トヨタ自動車 トヨタとGMの世界提携とNUMMIの設立 1981年 スズキ GM・いすゞとの3社業務提携と、「中小企業」規模の維持 1979年 信越化学工業 米ダウコーニング社との共同出資による信越半導体の設立と、優先交渉権を行使した全株式の取得 1978年 横浜ゴム ADVAN発売とB.F.グッドリッチ資本離脱による独自路線の確立 1976年 住友林業 インドネシアでの合板現地生産——クタイ・ティンバー・インドネシア(KTI)設立 1976年 クレディセゾン 緑屋の西武百貨店との資本提携と西武流通グループ入り 1970年 山崎製パン 米ナビスコ・日綿実業との合弁によるビスケット事業への進出 1970年 三菱重工業 自動車部門の分離独立と三菱自動車工業の設立 1969年 アイシン AT特許問題を米ボーグ・ワーナーとの折半合弁で決着させたアイシン・ワーナーの設立 1969年 芙蓉総合リース 丸紅飯田と富士銀行を軸とする芙蓉グループ6社の共同出資による総合リース会社の設立 1967年 ニフコ 日英物産と米ITWの合弁による日本工業ファスナーの設立 1964年 NSユナイテッド海運 海運集約による日本郵船グループへの系列編入 1963年 コーセーHD フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ 1963年 横浜ゴム ブリヂストンに譲った首位からの巻き返し——新城工場と島崎敬夫社長の経営刷新 1963年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社から住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更 1963年 住友大阪セメント 磐城セメントの住友グループ加入と、住友セメントへの商号変更 1955年 住友ベークライト 日本ベークライトと住友化工材工業の合併、住友化学傘下での住友ベークライト発足 1953年 三菱鉱業セメント 石炭に代わる事業としてのセメント選定と、三菱系各社共同出資による三菱セメントの設立 1953年 アズビル 米ハネウエルとの50対50の資本提携と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括技術導入 1953年 デンソー ロバート・ボシュとの業務資本提携——品質と製品領域を借りて築いた技術自立の土台 1952年 パナソニック フィリップスとの技術提携——「5分と5分、対等である」 1951年 三菱電機 米ウエスチングハウスとの技術・資本提携の復活と、「三菱」商号の存続 1950年 日本ゼオン B.F.グッドリッチ・ケミカルとの合弁による日本ゼオンの設立と塩化ビニル樹脂の国産化 1948年 日東電工 日立製作所による全額出資の受け入れと、1948年の資本提携解消 1944年 関電工 電気工事業整備要綱による7社統合と、関東配電の資本参加による関東電気工事の設立 1931年 三菱石油 米アソシエイテッド石油との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設 1927年 日本ビクター 米ビクターの日本法人としての創業と四度に及ぶ資本の変遷 1923年 古河電工 ドイツ・シーメンスとの資本・技術提携による富士電機製造の設立

経営を、誰に渡すか133件

2026年 DeNA 創業者・南場智子氏の15年ぶり社長復帰とAIを軸にした事業モデルの変革 2026年 ガンホー・オンライン・エンターテイメント アクティビスト圧力下の社長交代 ── 森下一喜氏から坂井一也氏への経営体制刷新 2026年 太陽HD 株主に退けられた多角化の主導者と、KKRによる非公開化の受入れ 2026年 コーセーHD 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 2026年 トヨタ自動車 就任3年での社長交代と財務出身トップの起用 2026年 キヤノン 3度目の社長交代と、御手洗氏冨士夫会長による「並走」体制 2025年 コーエーテクモHD 鯉沼久史氏への社長交代 ── 襟川夫妻が15年かけた引き継ぎ計画 2025年 京セラ 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年 任天堂 後継機「Nintendo Switch 2」の投入 2025年 丸紅 時価総額10兆円を掲げた中期経営戦略「GC2027」と大本新体制 2025年 山九 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏から中村公大氏への社長交代とCEO交代 2025年 AZ-COM丸和HD 後継計画の非開示と、創業者・和佐見勝社長による52年の経営トップ継続 2025年 ファーストリテイリング 取締役定員の拡大と塚越大介氏の登用による「ポスト柳井」の準備 2024年 石油資源開発 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 2024年 ユニチカ 祖業・繊維事業からの全面撤退と870億円の金融支援要請、経営陣総退陣 2024年 ダイキン 竹中直文への社長交代と「卒・井上体制」への移行 2024年 ニデック 岸田光哉氏の社長就任と集団指導体制への移行 2024年 サンゲツ 三菱商事出身・近藤康正への社長交代 ── 経営の外部開放 2024年 日本航空 鳥取三津子氏体制の発足と「非航空事業5割」への構造改革 2023年 ネクステージ ネクステージの営業インセンティブ全廃と創業者社長の復帰 2023年 住友ファーマ 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2023年 サイバーエージェント サクセッションプランの公表と創業者からの世代交代 2023年 ポーラ・オルビスHD 創業家3代目から専門経営者への社長交代 2023年 トヨタ自動車 豊田章男氏から佐藤恒治氏への14年ぶり社長交代とEVシフトの本格化 2023年 タムロン 歴代2社長の経費私的流用の発覚と社長の引責辞任、桜庭省吾体制でのガバナンス再建 2023年 T&DHD 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期で純損失1,321億円の処理 2022年 富士紡HD CMP研磨材のグローバルニッチトップ確立と生成AI特需への対応——井上雅偉社長体制のROIC経営 2022年 HOYA 鈴木洋CEOの21年と、池田英一郎氏への承継 2022年 ヨネックス 非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代 2021年 DeNA 社長交代と全社的な固定費削減による経営の作り替え 2021年 リガクHD カーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置 2021年 タダノ 創業家以外からの初の社長登用と、丸紅出身者への経営の移譲 2021年 三菱電機 鉄道車両用空調の架空検査発覚と、杉山武史社長の引責辞任・漆間啓体制での品質風土改革 2021年 しまむら 中期経営計画「リ・ボーン」による原点回帰と3期連続減益からのV字回復 2021年 みずほFG 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2021年 西武HD 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2020年 ツルハHD 連邦型の「放任」からグループシナジーへ、鶴羽順社長の方針転換 2020年 ドリームインキュベータ 創業者と2代目社長の同時退任、原田・三宅・細野の3代表制への移行 2020年 サンリオ 創業者から孫への60年ぶりの世代承継と「第二の創業」による多キャラクター経営への転換 2019年 積水ハウス 分譲マンション用地取引の詐欺事件と会長・社長の交代 2019年 クックパッド 動画レシピ台頭による凋落と縮小均衡への転換 2019年 アスクル アスクルの独立性防衛と創業社長・岩田彰一郎氏の解任 2019年 ZOZO 創業者・前澤友作氏の退任と澤田宏太郎氏によるトップダウン経営からの転換 2019年 ZOZO ZホールディングスによるTOBと創業者・前澤友作氏の退任 2019年 ロート製薬 吉野俊昭社長の急逝と、初の社外出身社長・杉本雅史の招聘 2019年 曙ブレーキ工業 事業再生ADRの申請と560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2018年 タマホーム 玉木伸弥氏への世代承継——創業者から生え抜き第二世代への交代 2018年 日産自動車 カルロス・ゴーン会長の逮捕と会長職の解職 2017年 三越伊勢丹HD 大西洋社長の電撃辞任と杉江俊彦専務の昇格 2016年 クックパッド 創業者による経営権の奪還(穐田誉輝社長の更迭) 2016年 日本毛織 「リニューアル・ニッケ130(RN130)」ビジョン策定と富田一弥社長就任 2016年 セブン&アイHD カリスマ会長・鈴木敏文氏の退任と井阪新体制への移行 2016年 信越化学工業 森俊三氏への社長職の移譲と、シンテック社長を経た斉藤恭彦氏への二段階の承継 2016年 電通G 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 2015年 東芝 不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任 2015年 壱番屋 創業家保有株23.17%のハウス食品グループ本社への譲渡と、同社の連結子会社化 2014年 武田薬品工業 外国人CEOクリストフ・ウェバー氏の招聘とグローバル経営体制への転換 2014年 KADOKAWA ドワンゴとの共同株式移転による経営統合と持株会社KADOKAWA・DWANGOの設立 2012年 神戸物産 創業者・沼田昭二氏から沼田博和氏への計画的な事業承継 2012年 クリエイトSDHD 創業家によらない外部プロ経営者への継承と「医・食」フォーマットへの転換 2012年 LINEヤフー ヤフーの「爆速経営」への転換と宮坂体制の発足 2012年 ベイカレント 創業者・江口新氏の退任とマッキンゼー出身・萩平和巳氏への承継 2011年 パルコ イオン・森トラスト連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 2010年 太陽HD 公認会計士・佐藤英志氏の社長起用と持株会社制への移行 2010年 セイコーG 取締役会による現職トップの解任と創業家出身・服部真二氏の社長登板 2009年 ジャストシステム キーエンスに45億円の第三者割当増資を割り当て、議決権の4割と経営を委ねる 2008年 日本興亜損害保険 筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるOB株主の反対 2008年 TKC 創業家2代目から生え抜き高田順三氏への社長交代 2007年 さくらインターネット 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 2007年 SANKYO 創業家・毒島家から生え抜き澤井明彦への社長交代と、CEO・COO体制・執行役員制度の導入 2007年 ペンタックス HOYAとの合併撤回と社長解職、TOBの受諾 2007年 ブックオフGHD 創業者・坂本孝氏のリベート受領問題と経営体制の刷新 2006年 神戸物産 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2006年 三菱レイヨン 初の非繊維出身社長の起用とMMA基軸への経営資源集中 2006年 オービック 大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰 2006年 ライフコーポレーション 世襲を否定し三菱商事から後継を迎えた経営承継 2005年 トレンドマイクロ 創業者スティーブ・チャンからエバ・チェンへの社長兼CEO承継 2004年 S Foods 株式交換によるムラチクの完全子会社化と吸収合併 2004年 センコーGHD 福田泰久氏のセンコー社長就任と「陸運業界ビッグ5入り」宣言 2003年 日本マクドナルド 藤田田氏の退場と米本社による直接統治への転換 2003年 富士通 連結最終赤字3,825億円からの再建と黒川博昭氏の構造改革 2002年 帝人 社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出 2002年 任天堂 任天堂・山内溥氏から岩田聡氏への社長交代 2002年 ファーストリテイリング 柳井正氏の社長退任と玉塚元一氏の登用 2001年 大塚商会 創業者・大塚實から長男・大塚裕司への社長交代と、データで判断する営業への移行 2001年 日本軽金属HD 横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換 2001年 ユニ・チャーム 高原豪久社長への親子承継と「受命体質」からの脱却 2000年 壱番屋 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 2000年 SGHD 創業者派閥のクーデター未遂と栗和田榮一氏による経営権掌握 1999年 大和ハウス工業 大和ハウス工業、石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 1999年 DMG森精機 森雅彦氏の3年前倒しでの社長登板 1999年 NEC 過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任・西垣新社長への交代 1999年 日本移動通信 cdmaOneへの全面転換と、DDIセルラーグループとの「au」ブランド統一 1998年 ファミリーマート 西友によるファミリーマート株1,350億円の譲渡と、伊藤忠商事グループへの移行 1997年 三菱石油 泉井事件の引責による山田菊男会長の辞任と、泉谷良彦社長の続投 1997年 リクルートHD リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代 1997年 三菱自動車 総会屋利益供与事件と中村院政の終焉 1997年 松坂屋 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1997年 第一勧業銀行 総会屋関係先への融資と大蔵省検査時の隠蔽、経営陣の総退陣と総務部の廃止 1997年 野村HD 総会屋への利益供与の再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 1996年 ローランド 檀克義氏の第3代社長就任——技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す 1995年 トヨタ自動車 奥田碩体制による拡大改革 1995年 キヤノン 御手洗氏冨士夫氏の社長就任と連結経営・自前主義への転換 1994年 三菱電機 「万年3位」からの脱却を掲げた北岡改革と、半導体投資の誤算による引責辞任 1993年 横浜ゴム 萩原晴二氏から冨永靖雄氏へ、危機感で継いだコスト削減と構造改革の10年 1993年 マルハ 大洋漁業からマルハへの改称と、中部家三代の同族経営からの離脱 1992年 ミノルタ ハネウェル特許訴訟での陪審評決と、控訴を見送っての1億2,750万ドルでの和解 1992年 SGHD 東京佐川急便事件と創業者・佐川清氏の退場 1991年 野村HD 損失補填の証券不祥事を受けた田淵義久社長の引責辞任と「新生・野村」への機構改革 1990年 信越化学工業 金川千尋の社長就任と「フル生産、全量販売」の全社展開 1989年 大林組 初の非同族社長・津室隆夫氏の登場——大林家45年支配からの転換 1988年 ライフコーポレーション 実弟・清水三夫社長の電撃解任と本業回帰 1987年 丸紅 「"強い商社"への再生」──春名和雄が名指しした収益体質の歪み 1986年 山九 親会社・中村汽船の倒産と35歳・中村公一氏の社長就任 1985年 モスフードサービス 盟友の急死を機に決めた株式公開と東証二部上場 1982年 パイオニア 石塚庸三社長の急死と松本誠也氏への緊急継承 1979年 京成電鉄 石油ショック後の経営危機と川崎体制の終焉 1978年 オークマ 大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長による「ガラス張り経営」での再建 1977年 パナソニック 山下俊彦氏の社長抜擢——序列を越えた「25段跳び」 1977年 キヤノン 賀来氏龍三郎氏の社長抜擢と事業部制による事務機集中 1973年 ホンダ 創業者2人の同時引退と河島喜好氏への事業承継 1967年 トヨタ紡織 石田退三氏の会長就任と豊田紡織への社名変更による立て直し 1963年 積水化学工業 北米進出「第三の紙」の栄光と挫折 ── 成長会社セキスイの転落(1962〜1965) 1963年 住友ゴム工業 英国ダンロップ社から住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更 1961年 旭化成 宮崎輝氏の社長就任と「健全な赤字部門」を柱とする多角化路線の始動 1961年 岡三証券G 創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得 1959年 京セラ 京都セラミックの設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を握るまで 1955年 ふくおかFG 日本銀行考査役・蟻川五二郎氏の頭取招聘と、4代続く日銀出身頭取の体制 1949年 ファーストリテイリング ファーストリテイリング創業——宇部の駅前紳士服店「小郡商事」と長男・柳井正氏の飛躍 1947年 日本セメント 財閥解体による創業家・浅野一族の役員退任と、浅野セメントから日本セメントへの商号変更 1931年 富士電機 全従業員の16%にあたる205名の削減と、名取和作社長の退任 1909年 大日本製糖 関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘 1889年 任天堂 任天堂創業——山内房治郎氏が京都で興した花札の手工製造と3代の家業承継

創業家は、どこまで関与するか108件

2026年 クスリのアオキHD 創業家主導での買収防衛策導入とイオンとの資本業務提携解消 2026年 コーセーHD 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 2026年 小林製薬 オアシスの統治改革要求への対応と監査等委員会設置会社への移行 2025年 コーエーテクモHD 鯉沼久史氏への社長交代 ── 襟川夫妻が15年かけた引き継ぎ計画 2025年 豊田自動織機 トヨタグループ主導による豊田自動織機の非公開化 2025年 山九 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏から中村公大氏への社長交代とCEO交代 2024年 江崎グリコ ダルトンの株主提案を全面拒否し、安定株主の一部が離れた第119回総会 2024年 小林製薬 紅麹サプリ健康被害の引責と創業家経営陣の退任・統治刷新 2024年 トーセイ 名古屋鉄道との資本業務提携と、創業者に代わる筆頭株主の登場 2024年 富士ソフト KKR傘下FK株式会社による公開買付けへの賛同と、東証プライム市場からの上場廃止 2023年 大正製薬HD 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 2023年 ポーラ・オルビスHD 創業家3代目から専門経営者への社長交代 2022年 HOYA 鈴木洋CEOの21年と、池田英一郎氏への承継 2022年 ヨネックス 非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代 2021年 リガクHD カーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置 2021年 タダノ 創業家以外からの初の社長登用と、丸紅出身者への経営の移譲 2020年 ツルハHD 連邦型の「放任」からグループシナジーへ、鶴羽順社長の方針転換 2020年 サンリオ 創業者から孫への60年ぶりの世代承継と「第二の創業」による多キャラクター経営への転換 2019年 ロート製薬 吉野俊昭社長の急逝と、初の社外出身社長・杉本雅史の招聘 2019年 出光興産 出光興産と昭和シェル石油の経営統合(2019年成立) 2018年 タマホーム 玉木伸弥氏への世代承継——創業者から生え抜き第二世代への交代 2017年 出光興産 昭和シェル合併に反対する創業家へ対抗した3割の公募増資 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD 東京証券取引所マザーズへの株式上場と、創業家の過半保有を残した株式公開 2017年 タカタ 私的整理の主張から民事再生法の申請へ、キー・セイフティー・システムズへの事業承継 2016年 ベイカレント PEファンドの出口として設計された2016年9月の東証マザーズ上場 2015年 ユキグニファクトリー ベインキャピタルによる株式公開買付けへの賛同と、東証二部からの上場廃止 2015年 壱番屋 創業家保有株23.17%のハウス食品グループ本社への譲渡と、同社の連結子会社化 2014年 ローランド 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2012年 神戸物産 創業者・沼田昭二氏から沼田博和氏への計画的な事業承継 2012年 クリエイトSDHD 創業家によらない外部プロ経営者への継承と「医・食」フォーマットへの転換 2012年 大王製紙 創業家との資本関係の解消と、北越紀州製紙を介した関連会社等株式の取得 2011年 LIXIL 米GE出身・藤森義明の社長兼CEO招聘と創業家からの経営権移譲 2011年 ディスコ 社内通貨Willによる個人単位の管理会計の導入 2011年 サンウェルズ 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2011年 ホリプロ 創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 2010年 キリンHD キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合(2010年破談) 2010年 大塚HD 持株会社への移行と公募・売出約2200億円による東証一部への遅い上場 2010年 セイコーG 取締役会による現職トップの解任と創業家出身・服部真二氏の社長登板 2008年 ホシザキ 創業61年目の東証一部・名証一部上場 2008年 ノーリツ鋼機 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 2008年 TKC 創業家2代目から生え抜き高田順三氏への社長交代 2007年 伊藤園 議決権のない第1種優先株式を東証一部に上場した資本政策 2007年 SANKYO 創業家・毒島家から生え抜き澤井明彦への社長交代と、CEO・COO体制・執行役員制度の導入 2006年 神戸物産 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2006年 すかいらーくHD 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 2006年 オービック 大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰 2006年 出光興産 個人商店を理想とした会社が東証一部へ上場する 2006年 ライフコーポレーション 世襲を否定し三菱商事から後継を迎えた経営承継 2005年 バンダイナムコHD バンダイとナムコの経営統合、バンダイナムコHD発足 2004年 エバラ食品工業 店頭登録を経てジャスダック証券取引所へ株式を上場 2004年 武富士 ゴールドマン・サックスによる一族保有株買い取り提示の拒否 2003年 日本マクドナルド 藤田田氏の退場と米本社による直接統治への転換 2003年 セイコーエプソン 東京証券取引所第一部への株式上場 2003年 YKK 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2002年 日本ハム 牛肉偽装事件の発覚と経営体制の刷新 2002年 竹内製作所 JASDAQ登録・上場による同族非公開企業から公開企業への移行 2002年 任天堂 任天堂・山内溥氏から岩田聡氏への社長交代 2001年 大塚商会 創業者・大塚實から長男・大塚裕司への社長交代と、データで判断する営業への移行 2000年 はごろもフーズ 創業から69年を経ての東証2部上場 2000年 出光興産 三十七年ぶりの外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場 2000年 壱番屋 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 2000年 SGHD 創業者派閥のクーデター未遂と栗和田榮一氏による経営権掌握 1999年 大和ハウス工業 大和ハウス工業、石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 1999年 DMG森精機 森雅彦氏の3年前倒しでの社長登板 1998年 藤沢薬品工業 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1997年 松坂屋 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1995年 トヨタ自動車 奥田碩体制による拡大改革 1995年 キヤノン 御手洗氏冨士夫氏の社長就任と連結経営・自前主義への転換 1995年 東急 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ非中核事業の整理 1994年 阪和興業 財テク膨張からの脱出と8期ぶりの復配 1994年 トーセイ 倒産した父の会社ではなく、別法人の東誠ビルディングをMBOで取得した第二創業 1993年 オンキヨー 東芝との36年の資本提携の解消と、大朏直人氏個人によるオンキヨー株式の取得 1993年 マルハ 大洋漁業からマルハへの改称と、中部家三代の同族経営からの離脱 1991年 SANKYO 三共産業を存続会社とする吸収合併と、商号のSANKYOへの変更 1989年 大林組 初の非同族社長・津室隆夫氏の登場——大林家45年支配からの転換 1988年 ライフコーポレーション 実弟・清水三夫社長の電撃解任と本業回帰 1986年 DIC 米サン・ケミカル社グラフィックアーツ部門の取得と、印刷インキ世界首位への到達 1986年 山九 親会社・中村汽船の倒産と35歳・中村公一氏の社長就任 1982年 パイオニア 石塚庸三社長の急死と松本誠也氏への緊急継承 1980年 オービックビジネスコンサルタント 公認会計士業からの転身と会計ソフト事業会社の設立、沖電気から得た1億円の製品開発への全額投入 1977年 アシックス オニツカ・ジィティオ・ジェレンク3社合併によるアシックス発足 1975年 森ビル 取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換 1973年 ホンダ 創業者2人の同時引退と河島喜好氏への事業承継 1972年 キユーピー 中島董商店の得意先販売網を引き継ぎ、半世紀続いた製販分離を解消して自社販売へ移行 1969年 安宅産業 人事を通じた創業家支配の継続と、住友商事との対等合併の撤回 1966年 TKC 会計事務所共同の計算センター構想によるTKC創業 1965年 ホシザキ ジュース自販機から業務用製氷機への転換と直販販社網の構築 1964年 大塚HD 医薬品事業の分社による大塚製薬の設立と二階建てモデルの構築 1961年 ツガミ 三井へ手放した初代の後身・東洋精機を吸収合併し、茨城工場として取り込む 1961年 岡三証券G 創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得 1960年 コクヨ 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売 1959年 森ビル 森事務所の法人化による森ビルの設立と、虎ノ門への集中投資 1957年 ピジョン 破綻状態の哺乳器メーカーへの経営参加と支配権の掌握、株式会社ピジョン哺乳器本舗の設立 1951年 久光製薬 久光兄弟合名・三養基製薬・田代鉱機工業の三社合併による株式会社化 1949年 小野薬品工業 日本有機化工の小野薬品工業への改称と、小野市兵衛商店の吸収合併による製販一本化 1949年 豊田合成 企業再建整備法にもとづく第二会社・名古屋ゴムの分離独立 1948年 富士銀行 安田銀行から富士銀行への改称と、商号解禁後の旧称号への不復帰 1947年 日本セメント 財閥解体による創業家・浅野一族の役員退任と、浅野セメントから日本セメントへの商号変更 1947年 カナデビア 彦島工場の三菱重工業への譲渡と、日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 1946年 大成建設 財閥解体と「大成建設」への改称——社員の会社としての再建 1945年 堀場製作所 堀場無線研究所の創業と株式会社堀場製作所への法人化 1944年 稲畑産業 日本染料製造の住友化学合併を受け、住友化学工業の特約販売店となる 1930年 倉敷紡績 世界恐慌下で倉敷労働科学研究所を会社から大原孫三郎氏の個人経営へ移す 1927年 住友金属鉱山 住友家直営の別子銅山と四阪島製錬所の分離、住友別子鉱山の設立 1918年 パナソニック 松下幸之助氏による松下電気器具製作所の創業と、売れない改良ソケットを抱えた出発 1915年 安川電機 安川財閥の石炭資本を電機国産化へ投じた創業 1910年 松坂屋 株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した名古屋・栄町での陳列方式の百貨店開業 1908年 明治鉱業 大爆発を起こした豊国炭砿の引受けと、明治・赤池・豊国3炭砿を統一した明治鉱業の設立

取締役会を、どう作り替えるか59件

2026年 小林製薬 オアシスの統治改革要求への対応と監査等委員会設置会社への移行 2026年 ニデック アクティビスト・オアシスの株式取得とガバナンス改善要求 2025年 フジ・メディアHD 性加害問題を受けた取締役の総入れ替えと、コンテンツを軸とする事業への転換 2025年 象印マホービン 買収防衛策の不継続と、自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2024年 ニデック 岸田光哉氏の社長就任と集団指導体制への移行 2024年 川崎重工業 潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し 2023年 タムロン 歴代2社長の経費私的流用の発覚と社長の引責辞任、桜庭省吾体制でのガバナンス再建 2023年 キヤノン 取締役候補を全員男性としたキヤノンと、御手洗会長の賛成率50.59% 2023年 メイテックGHD 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 2022年 森永製菓 森永乳業株の政策保有縮減と、プライム移行に合わせたガバナンス改革 2022年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からのフォトマスク事業の無対価承継と、インテグラルによる49.9%取得 2022年 三井住友FG SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応 2021年 東芝 エフィッシモの株主提案による独立調査と、永山治取締役会議長の再任否決 2021年 みずほFG 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2020年 ドリームインキュベータ 創業者と2代目社長の同時退任、原田・三宅・細野の3代表制への移行 2020年 三井住友トラストG 議決権行使書集計における先付処理の廃止と、975社分の再集計の公表 2019年 アスクル アスクルの独立性防衛と創業社長・岩田彰一郎氏の解任 2019年 サイバーエージェント 社長選任賛成率57.56%を機とするコーポレートガバナンス改革 2019年 日本郵政 かんぽ生命の不適切募集問題と、経営陣の引責・グループ統治の再建 2019年 オリンパス バリューアクト受け入れとメドテック企業への転換 2019年 MTG 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の大田嘉仁氏の会長招聘 2019年 川崎汽船 筆頭株主エフィッシモの長期大量保有の受け入れと社外取締役の招請 2019年 関西電力 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 2018年 大成建設 リニア談合事件での起訴と「談合ではない」とする否認・徹底抗戦 2018年 日本ペイント ウットラムによる取締役会過半数の掌握 2017年 三菱マテリアル 子会社の品質データ改ざんの発覚と公表——「改ざんドミノ」の一角 2013年 川崎重工業 川崎重工と三井造船の経営統合と白紙撤回(2013年破談) 2011年 オリンパス 損失飛ばしの粉飾決算とウッドフォード社長解任(オリンパス事件) 2010年 トヨタ自動車 米国リコール危機への対応と品質保証体制の再構築 2008年 日本板硝子 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2007年 三和HD 会社分割による純粋持株会社・三和ホールディングスへの移行 2007年 SANKYO 創業家・毒島家から生え抜き澤井明彦への社長交代と、CEO・COO体制・執行役員制度の導入 2005年 西日本旅客鉄道 福知山線脱線事故を受けた安全マネジメント改革と、利益優先体質から安全最優先への転換 2004年 日本精工 2期連続の最終赤字を経ての委員会等設置会社への移行 2004年 ユニ・チャーム 「脱・指示待ち」で第2の創業——SAPS経営会議による組織改革 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの株式交換による経営統合と、持株会社コニカミノルタホールディングスの設立 2003年 HOYA ROE経営と米国型ガバナンスへの移行 2003年 日本興亜損害保険 代理店の違法な生保募集による12日間の業務停止命令と、代理店名の非公表 1998年 レナウン 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1997年 スズキ マルチ・ウドヨグの社長人事を巡るインド政府との対立と国際仲裁 1997年 第一勧業銀行 総会屋関係先への融資と大蔵省検査時の隠蔽、経営陣の総退陣と総務部の廃止 1997年 野村HD 総会屋への利益供与の再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 1995年 キッコーマン 米国流トップダウンへの意思決定様式の転換 1995年 三菱商事 「GNPカンパニー」からの脱却と槙原稔社長のトップダウン改革 1994年 U-NEXT HOLDINGS 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 1993年 マルハ 大洋漁業からマルハへの改称と、中部家三代の同族経営からの離脱 1992年 セコム 「本業」と会長依存からの決別——事業5分割と専任役員制 1991年 日本航空電子工業 ミサイル部品の不正輸出事件と、株主代表訴訟が確定させた取締役の責任 1991年 関西電力 美浜2号機の細管破断事故と自主保安体制の立て直し 1991年 アスキー 映画・地域開発を含む拡大路線の採用と、創業メンバー2名の退任 1988年 大成建設 分権主義の軌道修正と「請負業からの脱皮」への組織改革 1988年 三越 「拡・百貨店」路線の採用と、土地取得だけで580億円を投じたゴルフ場開発 1982年 TDK 磁気テープ世界首位とニューヨーク上場を機とするグローバル電子部品メーカーへの転換 1978年 積水ハウス 全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革 1973年 日本電子 日本電子の経営機構改革と三事業部制への移行 1965年 大成建設 「集大成」の合議経営と本部制への移行 1963年 住友大阪セメント 磐城セメントの住友グループ加入と、住友セメントへの商号変更 1909年 大日本製糖 関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘 1906年 南満洲鉄道 国営論と日米共同経営案の不採用、半官半民の特殊会社としての設立

経営人材を、外から招くか49件

2025年 ファーストリテイリング 取締役定員の拡大と塚越大介氏の登用による「ポスト柳井」の準備 2024年 サンゲツ 三菱商事出身・近藤康正への社長交代 ── 経営の外部開放 2022年 ヨネックス 非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代 2021年 タダノ 創業家以外からの初の社長登用と、丸紅出身者への経営の移譲 2020年 ノーリツ鋼機 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約 2019年 ロート製薬 吉野俊昭社長の急逝と、初の社外出身社長・杉本雅史の招聘 2019年 MTG 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の大田嘉仁氏の会長招聘 2016年 カルビー 松本晃氏による収益体質の改革——「算数の会社」への作り替え 2016年 シャープ 鴻海傘下での再建——戴正呉氏によるコスト構造と意思決定の作り直し 2015年 ヤマダHD 46店の一斉閉店と構造改革 2014年 武田薬品工業 外国人CEOクリストフ・ウェバー氏の招聘とグローバル経営体制への転換 2014年 資生堂 外部プロ経営者・魚谷雅彦氏の招聘と「VISION 2020」 2014年 ベイカレント ベイカレント創業者の退場とSunrise Capital主導のMBO 2014年 ワークマン 土屋哲雄氏の参画による「データ経営」と「しない経営」への転換 2012年 クリエイトSDHD 創業家によらない外部プロ経営者への継承と「医・食」フォーマットへの転換 2012年 ベイカレント 創業者・江口新氏の退任とマッキンゼー出身・萩平和巳氏への承継 2011年 LIXIL 米GE出身・藤森義明の社長兼CEO招聘と創業家からの経営権移譲 2010年 太陽HD 公認会計士・佐藤英志氏の社長起用と持株会社制への移行 2010年 日本航空 会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、アメーバ経営・JALフィロソフィによる再建 2009年 カルビー カーライル・ペプシコを迎えた資本業務提携と東証一部上場 2008年 日本板硝子 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2006年 BIPROGY 米ユニシスの保有株全売却による日米合弁体制の解消 2006年 ライフコーポレーション 世襲を否定し三菱商事から後継を迎えた経営承継 2005年 トレンドマイクロ 創業者スティーブ・チャンからエバ・チェンへの社長兼CEO承継 2005年 西武HD コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2004年 ベイカレント 発案者が事業を立ち上げる社内独立の風土づくりと、SIerから上流コンサルへの転換 2003年 日本マクドナルド 藤田田氏の退場と米本社による直接統治への転換 2003年 そごう 旧敵・西武百貨店との経営統合——「西武化」再建とミレニアムリテイリング傘下入り 2003年 あおぞら銀行 ソフトバンク保有株の売却による米サーベラスの筆頭株主化と、普通銀行への転換・再上場 2003年 りそなHD 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 2002年 第一製薬 サントリー医薬品事業部門の分社化と共同出資会社・第一サントリーファーマの設立 2002年 三菱自動車 ダイムラー主導のターンアラウンド——エクロートによる聖域なき構造改革 2002年 ファーストリテイリング 柳井正氏の社長退任と玉塚元一氏の登用 2001年 セブン銀行 金利差ではなくATM受入手数料を収益の柱に据えた銀行の設計 2000年 そごう 破綻処理から再建の設計図へ——興銀が招いた和田繁明氏と「西武・そごう合併」構想 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン 1996年 マツダ フォードによる出資引き上げとマツダ経営権の掌握 1996年 東急 東急百貨店の本業回帰による再建 — 財テク破綻から「自分で仕入れ、自分で売れ」へ 1995年 ツムラ バブル期に広げた多角化子会社の整理と、創業家外からの社長招聘 1995年 テルモ 和地孝社長の企業風土改革とテルモ・ビジネス・ユニット導入 1994年 サンドラッグ サンドラッグのローコスト高収益モデルと20期連続増収増益 1990年 SUBARU 川合流経営による本体黒字化への再建 1982年 アサヒGHD 住友銀行副頭取・村井勉氏の招聘とCI導入による朝日麦酒の組織再建 1982年 日本国有鉄道 国鉄内部の改革派の形成と、臨調・三塚委員会への情報提供 1979年 パイオニア 外部人材のスカウトによる「混血経営」の確立 1965年 日本興業銀行 山一証券への日高輝氏の派遣と、主力3行による再建の引き受け 1965年 山一證券 日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建 1955年 ふくおかFG 日本銀行考査役・蟻川五二郎氏の頭取招聘と、4代続く日銀出身頭取の体制 1936年 リコー 理研感光紙の分離独立と市村清への経営一任

雇用を、どこまで守るか53件

2023年 ネクステージ ネクステージの営業インセンティブ全廃と創業者社長の復帰 2023年 そごう そごう・西武を米フォートレスへ売却——コンビニ集中のための百貨店切り離し 2021年 ホンダ 定年を65歳へ延ばした先の早期退職優遇と退職特別加算金429億円 2021年 青山商事 コロナ禍で159店の統廃合・創業以来初の希望退職・リーバイス事業撤退に踏み切る 2017年 三越伊勢丹HD 大西洋社長の電撃辞任と杉江俊彦専務の昇格 2017年 三陽商会 バーバリー喪失後の構造改革——岩田功社長による脱百貨店への転換 2016年 電通G 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 2016年 ロート製薬 「社外チャレンジワーク」による副業解禁と自律的な人材への転換 2014年 ゼンショーHD すき家「ワンオペ」過重労働問題と第三者委員会の設置 2013年 Umios アクリフーズ農薬混入事件への危機対応と、純粋持株会社体制の解消・グループ6社の事業会社マルハニチロへの合併 2011年 ディスコ 社内通貨Willによる個人単位の管理会計の導入 2010年 セイコーG 取締役会による現職トップの解任と創業家出身・服部真二氏の社長登板 2008年 ダイセル ダイセル式生産革新(SPS)の確立と全社展開 2007年 グッドウィルG コムスンの指定取消相当通知を受けたグループ全介護事業の外部譲渡 2006年 グッドウィルG 請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略 2005年 三越 横浜・大阪・枚方・倉敷4店の同時閉鎖と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 2004年 ピジョン 国立病院機構の院内保育一括受託による保育事業への本格参入と、14年後の受託終了 2003年 サイバーエージェント 「終身雇用」の方針と離職率低減への人事改革 2003年 丸井 丸井の組織制度改革——希望退職・成果主義・システム刷新の同時断行と撤回 2003年 YKK 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2002年 ワークスアプリケーションズ ワークスアプリケーションズの問題解決能力発掘インターンシップ導入 2001年 日亜化学工業 青色LED特許の囲い込みとライセンス供与の拒否、2001年の方針転換と発明対価訴訟の和解 1997年 大丸 売上至上主義から利益第一主義への転換と、海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1993年 岡三証券G 新入社員研修の2週間から1年間への延長と、支店への「新入営業課」の設置 1993年 日本アイ・ビー・エム 初の赤字決算と、三次にわたるリストラクチャリング 1992年 ペンタックス 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1991年 キーエンス 営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事 1987年 住友重機械工業 造船・製鉄機械部門を対象とする希望退職の募集と1,700人の人員削減 1987年 靴のマルトミ 直営店を独立採算の販売委託店へ切り替えた「オーナーシステム」の導入 1986年 カナデビア 二度の経営合理化策による人員・設備の削減と、因島・向島工場の縮小 1984年 日産自動車 英国サンダーランド進出の決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防 1978年 オークマ 大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長による「ガラス張り経営」での再建 1977年 日本精工 販売会社から現地生産への移行と、豪州・英国・米国への工場設置 1975年 日本国有鉄道 スト権奪還ストへの中止要請と、条件付きスト権付与論の表明 1973年 三菱鉱業セメント 三菱セメント・豊国セメントとの3社合併と、三菱鉱業セメントへの商号変更 1973年 船井電機 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 1971年 コニカ 電子複写機U-Bixの発売による事務機市場への参入と、八王子工場のカメラからの転換 1970年 日本セメント セメント生産の大型工場への集約と、小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策 1970年 日本国有鉄道 生産性向上運動の全国展開と、公労委による不当労働行為の認定を受けた中止 1967年 日本国有鉄道 5万人合理化計画の提示と、電気機関車・ディーゼル機関車の1人乗務化 1966年 常磐興産 坑内湧出温泉を用いた常磐ハワイアンセンターの開業 1962年 日本国有鉄道 三河島事故後の労使一体による事故防止委員会の設置 1957年 UBE 祖業・石炭鉱業からの撤退と石炭部門約7,000名の配置転換 1955年 ふくおかFG 日本銀行考査役・蟻川五二郎氏の頭取招聘と、4代続く日銀出身頭取の体制 1954年 大丸 東京駅八重洲口「民衆駅」への大口賃借と東京店の開設 1950年 大丸 人員整理によらない事業の存廃決定と、非百貨店部門の分離独立 1949年 沖電気工業 企業再建整備法による旧沖電気の解散と、第二会社・沖電気工業の設立 1949年 日本国有鉄道 行政機関職員定員法にもとづく9万5018人の人員整理 1948年 東宝 1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖 1945年 ミズノ 闇取引の全面禁止と、軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1945年 住友商事 25年続いた商社設立禁止の撤回と、不動産会社を母体とした商事部門の開設 1945年 南満洲鉄道 終戦後の全社員の職場確守とソ連軍管理の受け入れ、全事業財産の管理・使用権の引渡し 1931年 富士電機 全従業員の16%にあたる205名の削減と、名取和作社長の退任