この判断の中心にあるのは、資源を持たない国の商社が、原油の権益を自らの手で押さえることをどこまで使命として背負えるか、という問いである。資源ナショナリズムが強まる前夜に、越後正一社長は開発から精製・販売までを一社でつなぐ絵を描き、進退まで賭けて川上と川下の双方に参入した。理念としては、のちの資源高の時代を先取りする構えであったとみることもできる。ただ、油田の一発を当てることと、製油所を採算に乗せて回し続けることは、まるで性質の異なる仕事であった。
結果として、賭けの色が濃い川上の油田は当たり、地道な経営を要する川下の精製・販売で約1000億円を失った。開発の博打に勝ち、事業の運営で敗れたという対比に、この一貫化の難しさが凝縮されている。商社が資源に深く踏み込むとき、権益を取る力と、取ったあとの重い装置産業を担い続ける力は別物である——伊藤忠の和製メジャーのざ折は、資源投資とリスク管理をめぐる問いを、今日の商社にも残しているとみられる。