沿革年表 1858〜2026年における重要度別の出来事(合計38件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
初代伊藤忠兵衛が麻布類の卸売業を個人創業
行商から始めた近江商人の出発
歴史的意義yutaka sugiura
伊藤忠の創業期は、行商から店舗経営、貿易業、綿輸入へと約40年で4度の業態転換を遂げた過程として読み取れる。交通網の発達で行商の介在余地が消失すると店舗を構え、外国商館が独占する貿易に日本人商社として参入し、日清戦争の終結を商機として綿輸入に転じた。各段階での転換は環境変化への受動的な対応ではなく、新たな市場にいち早く参入する能動的な判断であり、とりわけ貿易と綿輸入では先行者として地位を確保している。
1858
1-12月
業態転換
大阪市本町に呉服太物商「紅忠」を開店
行商から店舗商売への移行
商品を持って歩く行商から、店舗で商品を待つ業態への構造転換
1872
1-12月
新規事業
「伊藤糸店」を開店し綿糸卸売業を開始
呉服から綿糸(紡績原料)への業容転換
後の繊維商社の出発点。輸入綿糸の取扱いで紡績会社への食い込みを図る
1893
1-12月
重要事項組織再編
経営近代化のために伊藤忠合名会社を設立
伊藤家各店を統合
歴史的意義yutaka sugiura
第一次世界大戦の戦時好況で海外拠点を急拡大した伊藤忠は、終戦後の需要縮小に対応できず赤字に転落し、丸紅の分離と貿易部門の切り離しを余儀なくされた。戦時の特需による利益を恒常的な成長基盤と見なして組織を拡張し、終戦後にその規模を維持できなくなるという構造は、日本の商社がその後も経験するパターンとなる。28歳で代表に就いた2代目伊藤忠兵衛の経営近代化は、好況と不況の双方に晒される形で進行した。
1914
1-12月
組織再編
合名会社を分割し「旧伊藤忠商事」と「伊藤忠商店」を設立
後者は後の丸紅
丸紅との分離。伊藤家2系統商社の二元体制が確立
1918
1-12月
重要事項構造改革
大正9年恐慌からの再建。重役を総入替し平均35歳へ若返り、堅実経営へ転換
経営判断をよむ →
1920
1-12月
重要事項新規事業
二代伊藤忠兵衛が呉羽紡績を創立し、商社から工業(紡績)経営へ進出
経営判断をよむ →
1929
1-12月
組織再編
旧伊藤忠商事・丸紅商店・岸本商店が合併し三興となる
戦時統制下の集約
戦時統制下の商社統合
1941
1-12月
組織再編
呉羽紡績・大同貿易と合併し「大建産業」となる
戦時末期の総合化
戦時統制下の更なる集約
1944
1-12月
会社設立
過度経済力集中排除法により伊藤忠商事が再発足
大建産業からの分離
戦後再出発。現在の伊藤忠商事の法人格起点
FY50
1950/3
株式上場
大阪・東京両証券取引所に株式を上場
株式公開による資金調達基盤の確立
FY51
1951/3
海外進出
米国に伊藤忠アメリカ会社を設立
後に伊藤忠インターナショナルへ
戦後初の海外現法。北米拠点獲得
FY52
1952/3
重要事項経営体制
越後正一が第5代社長に就任し、非繊維部門の拡充による総合商社化を最重点に据える
経営判断をよむ →
FY61
1961/3
繊維重視の経営方針
国内の繊維メーカーが苦境に陥りつつあった中で、伊藤忠は線維重視の経営方針を遂行。合併を通じて非繊維を拡大したが、繊維の取り扱いも引き続き重視した。この結果、1960年代を通じて、丸紅と比べて非繊維部門の比率が低いという経営課題を背負った。
重要事項新規事業
東亜石油の株式取得・採掘から精製の一貫体制を志向
繊維偏重からの脱却を図る伊藤忠が非繊維の柱に据えたのは、石油の採掘から精製まで一貫して手掛ける「和製メジャー」構想であった。東亜石油の株式38.5%取得と米イアプコ社への出資により川上から川下を一体化する体制を構築したが、採掘未確認の段階での出資にはリスクが伴った。繊維商社が資源事業に踏み込む際に、為替・資源価格変動へのリスク管理が確立されていなかった点は、のちの巨額損失の構造的な伏線となる。
経営判断をよむ →
FY66
1966/3
FY71
1971/3
売上高
22,304億円
当期純利益
44億円
FY72
1972/3
売上高
24,412億円
当期純利益
37億円
FY73
1973/3
売上高
28,352億円
当期純利益
110億円
FY74
1974/3
売上高
42,372億円
当期純利益
118億円
海外進出
香港に伊藤忠香港会社を設立
中華圏拠点の確保。後の対中ビジネスの足掛かり
FY75
1975/3
売上高
52,451億円
当期純利益
39億円
FY76
1976/3
売上高
56,307億円
当期純利益
-58億円
FY77
1977/3
売上高
63,327億円
当期純利益
54億円
重要事項組織再編
安宅産業を救済合併・新日鐵の商権確保
安宅産業の救済合併は、経営戦略上の合理性ではなく、1964年に住友銀行から受けた融資への「恩返し」として決断された。越後正一氏は住友銀行頭取からの電話に「39年の恩を返します」と即答しており、メインバンクとの関係性が商社の重大な経営判断を規定した構造が浮かび上がる。結果として鉄鋼など有力商権の選別取得に至ったが、社員3661名中約2600名が失職するという規模の再編を伴うものでもあった。
経営判断をよむ →
FY78
1978/3
売上高
63,560億円
当期純利益
-11億円
FY79
1979/3
売上高
65,607億円
当期純利益
22億円
FY80
1980/3
売上高
88,620億円
当期純利益
27億円
設備投資
東京本社新社屋を北青山に竣工
伊藤忠は歴史的に「繊維商社」として発展してきた経緯から、関西(大阪)に本社機能を置いてたが、非繊維比率の向上に合わせて東京への全面移転を決定。1980年11月に東京・北青山にて自社ビル「伊藤忠商事東京本社ビル」を竣工した。
本社機能の関西から東京への移転
FY81
1981/3
売上高
107,046億円
当期純利益
45億円
FY82
1982/3
売上高
123,357億円
当期純利益
50億円
FY83
1983/3
売上高
124,902億円
当期純利益
31億円
FY84
1984/3
売上高
129,873億円
当期純利益
34億円
事業売却
東亜石油の株式売却・石油精製から撤退
歴史的意義yutaka sugiura
1960年代に和製メジャーを志向して東亜石油の株式38.5%を取得した伊藤忠は、オイルショック後の為替・原油価格変動に対応できず、累計損失約1300億円を被って完全撤退に至った。為替ヘッジの不備という管理上の問題に加え、社長の弟が東亜石油代表を務めるというガバナンス上の課題も指摘しうる。越後正一氏が「得意の時に最悪の事をやった」と自省した言葉は、好況期の投資判断が構造的リスクの評価を欠いていたことを示す。
FY85
1985/3
売上高
140,772億円
当期純利益
54億円
海外進出
中国に伊藤忠(中国)集団有限公司を設立
中国本土事業の本社的存在
中国本土ビジネスの統括拠点獲得
FY94
1994/3
FY95
1995/3
売上高
134,475億円
当期純利益
81億円
FY96
1996/3
売上高
136,099億円
当期純利益
116億円
FY97
1997/3
売上高
152,670億円
当期純利益
124億円
企業買収
ファミリーマートに出資
歴史的意義yutaka sugiura
伊藤忠がファミリーマートの株式を1998年に29%取得してから連結子会社化に至るまで22年を要しており、段階的に出資比率を引き上げる手法が際立つ。商社が小売業の川下に進出する際、一括取得ではなく段階的な支配権獲得を選んだ点は、小売業の事業特性を理解しながら関与を深めるアプローチと解釈できる。もっとも、セブンイレブンとの収益力格差は縮まっておらず、累計8000億円超の投資に見合うリターンの検証が問われ続ける。
FY98
1998/3
売上高
155,445億円
当期純利益
-919億円
FY99
1999/3
売上高
139,005億円
当期純利益
-340億円
親子上場
伊藤忠テクノサイエンス(CTC)を東証一部に上場
歴史的意義yutaka sugiura
1972年に社員100名・コンピューター経験者数名で発足した情報子会社が、27年後にネットバブル下で時価総額1.1兆円の上場を果たし、その売却益が親会社のバブル期不良資産の清算原資となった。CTCの成長を支えたのは、サンマイクロやシスコといった米ベンチャーの販売権をいち早く獲得するという商社的手法であり、佐武廣夫氏の関係構築が起点となった。上場タイミングが親会社を救うという構造は、計画的というより偶発的なものであった。
FY00
2000/3
売上高
121,444億円
当期純利益
-882億円
構造改革
特別損失3950億円を計上・バブル期の不良資産を清算
歴史的意義yutaka sugiura
2000年3月期に計上された特別損失3950億円はバブル期の不動産投資に起因するものであったが、その処理を可能にしたのは1999年12月のCTC上場によるネットバブル下での株式売却益であった。不動産バブルの負の遺産を、IT分野のバブルがもたらした一時的な高値で相殺するという構図は、意図して設計されたものではなく、二つのバブルの時間差が財務再建に寄与した偶発的な結果であった。
親子上場
伊藤忠食品を東証一部に上場
食料セグメントの川下子会社の上場
FY01
2001/3
売上高
121,352億円
当期純利益
705億円
合弁設立
伊藤忠丸紅鉄鋼を会社分割で設立
丸紅との鉄鋼事業統合
商社業界における事業特化型統合の先駆例
FY02
2002/3
収益
16,881億円
当期純利益
301億円
FY03
2003/3
収益
16,817億円
当期純利益
200億円
海外進出
豪州資源開発3社を統合しITOCHU Minerals & Energy of Australiaを発足
豪州資源権益の集約
FY04
2004/3
収益
17,387億円
当期純損益
-319億円
小林栄三
FY05
2005/3
収益
19,912億円
当期純利益
777億円
小林栄三
FY06
2006/3
収益
22,182億円
当期純利益
1,451億円
企業買収
小林栄三
日本アクセスをTOBで取得
食品中間流通
食料セグメントの中流統合
FY07
2007/3
収益
26,472億円
当期純利益
1,770億円
小林栄三
FY08
2008/3
収益
28,612億円
当期純利益
2,185億円
岡藤正広
FY09
2009/3
収益
34,190億円
当社株主に帰属する当期純利益
1,653億円
岡藤正広
FY10
2010/3
収益
34,166億円
当社株主に帰属する当期純利益
1,281億円
社長交代
岡藤正広
岡藤正広氏が代表取締役社長に就任
以後の「非資源シフト」を主導
FY11
2011/3
収益
36,515億円
当社株主に帰属する当期純利益
1,611億円
企業買収
岡藤正広
コロンビア石炭権益20%をドラモンド経由で取得
資源権益の追加
FY12
2012/3
収益
42,710億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,005億円
企業買収
岡藤正広
米ドール・フード・カンパニーから一部の事業を買収
2012年に伊藤忠は米Dole Food Companyから「アジア地区における青果事業(売上12.9億ドル)」と「グローバルにおける加工食品事業(売上12.0億ドル)」の2事業の買収を1596億円で決定した。Dole社が事業継承問題に直面し、株式上場に向けた企業価値向上のため不採算事業の売却を決めたことが背景にある。また伊藤忠がDole社と50年近く前から取引してきた関係も取得理由となった。
食料セグメントの大型M&A
FY13
2013/3
売上高
46,994億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,588億円
岡藤正広
FY14
2014/3
売上高
55,875億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,453億円
重要事項業務提携
岡藤正広
CITIC(中国中信集団)と戦略的業務資本提携を締結
1972年に中国政府から「友好商社」に認定されて以来の関係構築が、43年後のCITICへの6890億円出資という形で結実した。タイのC.P.グループとの合弁を通じた間接的な株式保有スキームを採用したが、CITICの業績悪化により2019年に減損1433億円を計上するに至った。長期的な関係構築が大型投資の機会をもたらす一方で、中国国営企業の業績変動に対する直接的なコントロール手段を持たないという構造的課題が浮かび上がる。
経営判断をよむ →
FY15
2015/3
売上高
55,914億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,005億円
岡藤正広
FY16
2016/3
売上高
50,835億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,403億円
鈴木善久
FY17
2017/3
売上高
48,384億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,522億円
企業買収
鈴木善久
ヤナセをTOBで取得
輸入車販売の最大手
自動車流通セグメントの川下取り込み
FY18
2018/3
売上高
55,100億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,003億円
企業買収
鈴木善久
ユニー・ファミリーマートHDをTOBで取得し連結子会社化
2019年ファミマ吸収合併、2020年完全子会社化、上場廃止
コンビニ業態の完全子会社化。20年超のFM段階買収の到達点
FY19
2019/3
売上高
116,004億円
親会社株主に帰属する当期純利益
5,005億円
石井敬太
FY20
2020/3
売上高
109,829億円
親会社株主に帰属する当期純利益
5,013億円
石井敬太
FY21
2021/3
売上高
103,626億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,014億円
石井敬太
FY22
2022/3
売上高
122,933億円
親会社株主に帰属する当期純利益
8,202億円
石井敬太
東証プライム市場に移行
市場区分見直しに伴う
FY23
2023/3
売上高
139,456億円
親会社株主に帰属する当期純利益
8,005億円
企業買収
日立建機の株式取得
シトラスインベストメント経由
建機セグメントへの本格関与
企業買収
石井敬太
伊藤忠テクノソリューションズを完全子会社化
伊藤忠は非資源部門強化のため、子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の株式38.7%を追加取得し完全子会社化することを決定した。CTCは1974年設立の子会社「伊藤忠データシステム」が出自で、1999年に伊藤忠は保有株の一部を売却して上場させていた。したがって2023年のTOBで完全子会社に戻る形となり、CTCは上場廃止となった。伊藤忠は完全子会社化のため3870億円で株式を取得した。
情報子会社の親子上場解消。非資源部門の収益取り込み強化
FY24
2024/3
売上高
140,299億円
親会社株主に帰属する当期純利益
8,017億円
企業買収
大建工業をTOBで取得し上場廃止
建材子会社化
建材セグメントの完全子会社化
企業買収
石井敬太
デサントをTOBで取得し2025年1月上場廃止
スポーツアパレル
繊維/アパレルセグメントの川下子会社化
FY25
2025/3
売上高
147,242億円
親会社株主に帰属する当期純利益
8,802億円
FY26
2026/3
売上高
148,231億円
親会社株主に帰属する当期純利益
9,003億円
  1. 会社設立
    初代伊藤忠兵衛が麻布類の卸売業を個人創業

    行商から始めた近江商人の出発

    伊藤忠の創業期は、行商から店舗経営、貿易業、綿輸入へと約40年で4度の業態転換を遂げた過程として読み取れる。交通網の発達で行商の介在余地が消失すると店舗を構え、外国商館が独占する貿易に日本人商社として参入し、日清戦争の終結を商機として綿輸入に転じた。各段階での転換は環境変化への受動的な対応ではなく、新たな市場にいち早く参入する能動的な判断であり、とりわけ貿易と綿輸入では先行者として地位を確保している。
  2. 業態転換
    大阪市本町に呉服太物商「紅忠」を開店

    行商から店舗商売への移行

    商品を持って歩く行商から、店舗で商品を待つ業態への構造転換
  3. 新規事業
    「伊藤糸店」を開店し綿糸卸売業を開始

    呉服から綿糸(紡績原料)への業容転換

    後の繊維商社の出発点。輸入綿糸の取扱いで紡績会社への食い込みを図る
  4. 組織再編
    経営近代化のために伊藤忠合名会社を設立

    伊藤家各店を統合

    第一次世界大戦の戦時好況で海外拠点を急拡大した伊藤忠は、終戦後の需要縮小に対応できず赤字に転落し、丸紅の分離と貿易部門の切り離しを余儀なくされた。戦時の特需による利益を恒常的な成長基盤と見なして組織を拡張し、終戦後にその規模を維持できなくなるという構造は、日本の商社がその後も経験するパターンとなる。28歳で代表に就いた2代目伊藤忠兵衛の経営近代化は、好況と不況の双方に晒される形で進行した。
  5. 組織再編
    合名会社を分割し「旧伊藤忠商事」と「伊藤忠商店」を設立

    後者は後の丸紅

    丸紅との分離。伊藤家2系統商社の二元体制が確立
  6. 組織再編
    旧伊藤忠商事・丸紅商店・岸本商店が合併し三興となる

    戦時統制下の集約

    戦時統制下の商社統合
  7. 組織再編
    呉羽紡績・大同貿易と合併し「大建産業」となる

    戦時末期の総合化

    戦時統制下の更なる集約
  8. 会社設立
    過度経済力集中排除法により伊藤忠商事が再発足

    大建産業からの分離

    戦後再出発。現在の伊藤忠商事の法人格起点
  9. 株式上場
    大阪・東京両証券取引所に株式を上場
    株式公開による資金調達基盤の確立
  10. 海外進出
    米国に伊藤忠アメリカ会社を設立

    後に伊藤忠インターナショナルへ

    戦後初の海外現法。北米拠点獲得
  11. 繊維重視の経営方針

    国内の繊維メーカーが苦境に陥りつつあった中で、伊藤忠は線維重視の経営方針を遂行。合併を通じて非繊維を拡大したが、繊維の取り扱いも引き続き重視した。この結果、1960年代を通じて、丸紅と比べて非繊維部門の比率が低いという経営課題を背負った。

  12. 海外進出
    香港に伊藤忠香港会社を設立
    中華圏拠点の確保。後の対中ビジネスの足掛かり
  13. 設備投資
    東京本社新社屋を北青山に竣工

    伊藤忠は歴史的に「繊維商社」として発展してきた経緯から、関西(大阪)に本社機能を置いてたが、非繊維比率の向上に合わせて東京への全面移転を決定。1980年11月に東京・北青山にて自社ビル「伊藤忠商事東京本社ビル」を竣工した。

    本社機能の関西から東京への移転
  14. 事業売却
    東亜石油の株式売却・石油精製から撤退
    1960年代に和製メジャーを志向して東亜石油の株式38.5%を取得した伊藤忠は、オイルショック後の為替・原油価格変動に対応できず、累計損失約1300億円を被って完全撤退に至った。為替ヘッジの不備という管理上の問題に加え、社長の弟が東亜石油代表を務めるというガバナンス上の課題も指摘しうる。越後正一氏が「得意の時に最悪の事をやった」と自省した言葉は、好況期の投資判断が構造的リスクの評価を欠いていたことを示す。
  15. 海外進出
    中国に伊藤忠(中国)集団有限公司を設立

    中国本土事業の本社的存在

    中国本土ビジネスの統括拠点獲得
  16. 企業買収
    ファミリーマートに出資
    伊藤忠がファミリーマートの株式を1998年に29%取得してから連結子会社化に至るまで22年を要しており、段階的に出資比率を引き上げる手法が際立つ。商社が小売業の川下に進出する際、一括取得ではなく段階的な支配権獲得を選んだ点は、小売業の事業特性を理解しながら関与を深めるアプローチと解釈できる。もっとも、セブンイレブンとの収益力格差は縮まっておらず、累計8000億円超の投資に見合うリターンの検証が問われ続ける。
  17. 親子上場
    伊藤忠テクノサイエンス(CTC)を東証一部に上場
    1972年に社員100名・コンピューター経験者数名で発足した情報子会社が、27年後にネットバブル下で時価総額1.1兆円の上場を果たし、その売却益が親会社のバブル期不良資産の清算原資となった。CTCの成長を支えたのは、サンマイクロやシスコといった米ベンチャーの販売権をいち早く獲得するという商社的手法であり、佐武廣夫氏の関係構築が起点となった。上場タイミングが親会社を救うという構造は、計画的というより偶発的なものであった。
  18. 構造改革
    特別損失3950億円を計上・バブル期の不良資産を清算
    2000年3月期に計上された特別損失3950億円はバブル期の不動産投資に起因するものであったが、その処理を可能にしたのは1999年12月のCTC上場によるネットバブル下での株式売却益であった。不動産バブルの負の遺産を、IT分野のバブルがもたらした一時的な高値で相殺するという構図は、意図して設計されたものではなく、二つのバブルの時間差が財務再建に寄与した偶発的な結果であった。
  19. 親子上場
    伊藤忠食品を東証一部に上場
    食料セグメントの川下子会社の上場
  20. 合弁設立
    伊藤忠丸紅鉄鋼を会社分割で設立

    丸紅との鉄鋼事業統合

    商社業界における事業特化型統合の先駆例
  21. 海外進出
    豪州資源開発3社を統合しITOCHU Minerals & Energy of Australiaを発足
    豪州資源権益の集約
  22. 企業買収
    日本アクセスをTOBで取得

    食品中間流通

    食料セグメントの中流統合
  23. 社長交代
    岡藤正広氏が代表取締役社長に就任
    以後の「非資源シフト」を主導
  24. 企業買収
    コロンビア石炭権益20%をドラモンド経由で取得
    資源権益の追加
  25. 企業買収
    米ドール・フード・カンパニーから一部の事業を買収

    2012年に伊藤忠は米Dole Food Companyから「アジア地区における青果事業(売上12.9億ドル)」と「グローバルにおける加工食品事業(売上12.0億ドル)」の2事業の買収を1596億円で決定した。Dole社が事業継承問題に直面し、株式上場に向けた企業価値向上のため不採算事業の売却を決めたことが背景にある。また伊藤忠がDole社と50年近く前から取引してきた関係も取得理由となった。

    食料セグメントの大型M&A
  26. 企業買収
    ヤナセをTOBで取得

    輸入車販売の最大手

    自動車流通セグメントの川下取り込み
  27. 企業買収
    ユニー・ファミリーマートHDをTOBで取得し連結子会社化

    2019年ファミマ吸収合併、2020年完全子会社化、上場廃止

    コンビニ業態の完全子会社化。20年超のFM段階買収の到達点
  28. 東証プライム市場に移行

    市場区分見直しに伴う

  29. 企業買収
    日立建機の株式取得

    シトラスインベストメント経由

    建機セグメントへの本格関与
  30. 企業買収
    伊藤忠テクノソリューションズを完全子会社化

    伊藤忠は非資源部門強化のため、子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の株式38.7%を追加取得し完全子会社化することを決定した。CTCは1974年設立の子会社「伊藤忠データシステム」が出自で、1999年に伊藤忠は保有株の一部を売却して上場させていた。したがって2023年のTOBで完全子会社に戻る形となり、CTCは上場廃止となった。伊藤忠は完全子会社化のため3870億円で株式を取得した。

    情報子会社の親子上場解消。非資源部門の収益取り込み強化
  31. 企業買収
    大建工業をTOBで取得し上場廃止

    建材子会社化

    建材セグメントの完全子会社化
  32. 企業買収
    デサントをTOBで取得し2025年1月上場廃止

    スポーツアパレル

    繊維/アパレルセグメントの川下子会社化