伊藤忠商事の沿革・歴史的証言
1858年〜2025年
伊藤忠商事の1858年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1858 1-12月 | 会社設立 | 初代伊藤忠兵衛が麻布類の卸売業を個人創業 行商から始めた近江商人の出発 | 行商→店舗→貿易→綿輸入と4段階で業態転換した近江商人の適応構造 | |||
1872 1-12月 | 業態転換 | 大阪市本町に呉服太物商「紅忠」を開店 行商から店舗商売への移行 | 商品を持って歩く行商から、店舗で商品を待つ業態への構造転換 | |||
1893 1-12月 | 新規事業 | 「伊藤糸店」を開店し綿糸卸売業を開始 呉服から綿糸(紡績原料)への業容転換 | 後の繊維商社の出発点。輸入綿糸の取扱いで紡績会社への食い込みを図る | |||
1914 1-12月 | 組織再編 | 経営近代化のために伊藤忠合名会社を設立 伊藤家各店を統合 | 戦時好況で拡張し平時に縮小を強いられた商社の構造的サイクル | |||
1918 1-12月 | 組織再編 | 合名会社を分割し「旧伊藤忠商事」と「伊藤忠商店」を設立 後者は後の丸紅 | 丸紅との分離。伊藤家2系統商社の二元体制が確立 | |||
1941 1-12月 | 組織再編 | 旧伊藤忠商事・丸紅商店・岸本商店が合併し三興となる 戦時統制下の集約 | 戦時統制下の商社統合 | |||
1944 1-12月 | 組織再編 | 呉羽紡績・大同貿易と合併し「大建産業」となる 戦時末期の総合化 | 戦時統制下の更なる集約 | |||
FY50 1950/3 | 会社設立 | 過度経済力集中排除法により伊藤忠商事が再発足 大建産業からの分離 | 戦後再出発。現在の伊藤忠商事の法人格起点 | |||
FY51 1951/3 | 株式上場 | 大阪・東京両証券取引所に株式を上場 | 株式公開による資金調達基盤の確立 | |||
FY52 1952/3 | 海外進出 | 米国に伊藤忠アメリカ会社を設立 後に伊藤忠インターナショナルへ | 戦後初の海外現法。北米拠点獲得 | |||
FY61 1961/3 | 繊維重視の経営方針 国内の繊維メーカーが苦境に陥りつつあった中で、伊藤忠は線維重視の経営方針を遂行。合併を通じて非繊維を拡大したが、繊維の取り扱いも引き続き重視した。この結果、1960年代を通じて、丸紅と比べて非繊維部門の比率が低いという経営課題を背負った。 | |||||
FY66 1966/3 | 新規事業 | 東亜石油の株式取得・採掘から精製の一貫体制を志向 | 繊維商社が「和製メジャー」を志向した非繊維拡大の最大の賭け | |||
FY75 1975/3 | 海外進出 | 香港に伊藤忠香港会社を設立 | 中華圏拠点の確保。後の対中ビジネスの足掛かり | |||
FY76 1976/3 | 売上高 56,306億円 | 当期純利益 -57億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 63,326億円 | 当期純利益 53億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 63,559億円 | 当期純利益 -11億円 | 組織再編 | 安宅産業を救済合併・新日鐵の商権確保 | 「39年の恩を返す」という義理が規定した大手商社の救済合併 | |
FY79 1979/3 | 売上高 65,607億円 | 当期純利益 22億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 88,620億円 | 当期純利益 27億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 107,046億円 | 当期純利益 45億円 | 設備投資 | 東京本社新社屋を北青山に竣工 伊藤忠は歴史的に「繊維商社」として発展してきた経緯から、関西(大阪)に本社機能を置いてたが、非繊維比率の向上に合わせて東京への全面移転を決定。1980年11月に東京・北青山にて自社ビル「伊藤忠商事東京本社ビル」を竣工した。 | 本社機能の関西から東京への重心移動 | |
FY82 1982/3 | 売上高 123,356億円 | 当期純利益 50億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 124,902億円 | 当期純利益 30億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 129,872億円 | 当期純利益 34億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 140,772億円 | 当期純利益 54億円 | 事業売却 | 東亜石油の株式売却・石油精製から撤退 | 「得意の時に最悪の事をやった」と越後正一が自省した石油事業の蹉跌 | |
FY94 1994/3 | 海外進出 | 中国に伊藤忠(中国)集団有限公司を設立 中国本土事業の本社的存在 | 中国本土ビジネスの統括拠点獲得 | |||
FY95 1995/3 | 売上高 134,475億円 | 当期純利益 81億円 | ||||
FY96 1996/3 | 売上高 136,099億円 | 当期純利益 116億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 152,670億円 | 当期純利益 124億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 155,445億円 | 当期純利益 -919億円 | 企業買収 | ファミリーマートに出資 | 22年・累計8000億円超を投じた段階的買収による川下進出の構造 | |
FY99 1999/3 | 売上高 139,005億円 | 当期純利益 -340億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 121,444億円 | 当期純利益 -882億円 | 親子上場 | 伊藤忠テクノサイエンス(CTC)を東証一部に上場 | 情報子会社の27年後の上場益がバブルの負の遺産を清算した逆説 | |
構造改革 | 特別損失3950億円を計上・バブル期の不良資産を清算 | 不動産バブルの損失をネットバブルの上場益で相殺した二重構造 | ||||
FY01 2001/3 | 売上高 121,352億円 | 当期純利益 705億円 | 親子上場 | 伊藤忠食品を東証一部に上場 | 食料セグメントの川下子会社の上場 | |
FY02 2002/3 | 収益 16,881億円 | 当期純利益 301億円 | 合弁設立 | 伊藤忠丸紅鉄鋼を会社分割で設立 丸紅との鉄鋼事業統合 | 商社業界における事業特化型統合の先駆例 | |
FY03 2003/3 | 収益 16,817億円 | 当期純利益 200億円 | ||||
FY04 2004/3 | 収益 17,387億円 | 当期純損益 -319億円 | 海外進出 | 豪州資源開発3社を統合しITOCHU Minerals & Energy of Australiaを発足 | 豪州資源権益の集約 | |
FY05 2005/3 | 収益 19,912億円 | 当期純利益 777億円 | ||||
FY06 2006/3 | 収益 22,182億円 | 当期純利益 1,451億円 | ||||
FY07 2007/3 | 収益 26,472億円 | 当期純利益 1,770億円 | 企業買収 | 日本アクセスをTOBで取得 食品中間流通 | 食料セグメントの中流統合 | |
FY08 2008/3 | 収益 28,612億円 | 当期純利益 2,185億円 | ||||
FY09 2009/3 | 収益 34,190億円 | 当社株主に帰属する当期純利益 1,653億円 | ||||
FY10 2010/3 | 収益 34,166億円 | 当社株主に帰属する当期純利益 1,281億円 | ||||
FY11 2011/3 | 収益 36,515億円 | 当社株主に帰属する当期純利益 1,611億円 | 社長交代 | 岡藤正広氏が代表取締役社長に就任 | 以後の「非資源シフト」を主導 | |
FY12 2012/3 | 収益 42,710億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,005億円 | 企業買収 | コロンビア石炭権益20%をドラモンド経由で取得 | 資源権益の追加 | |
FY13 2013/3 | 売上高 46,994億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,588億円 | 企業買収 | 米ドール・フード・カンパニーから一部の事業を買収 2012年に伊藤忠は米Dole Food Companyから「アジア地区における青果事業(売上12.9億ドル)」と「グローバルにおける加工食品事業(売上12.0億ドル)」の2事業の買収を1596億円で決定した。Dole社が事業継承問題に直面し、株式上場に向けた企業価値向上のため不採算事業の売却を決めたことが背景にある。また伊藤忠がDole社と50年近く前から取引してきた関係も取得理由となった。 | 食料セグメントの大型M&A | |
FY14 2014/3 | 売上高 55,875億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,453億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 55,914億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,005億円 | 業務提携 | CITIC(中国中信集団)と戦略的業務資本提携を締結 | 「友好商社」から43年を経た過去最大の対中投資と減損の帰結 | |
FY16 2016/3 | 売上高 50,835億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,403億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 48,384億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,522億円 | ||||
FY18 2018/3 | 売上高 55,100億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,003億円 | 企業買収 | ヤナセをTOBで取得 輸入車販売の最大手 | 自動車流通セグメントの川下取り込み | |
FY19 2019/3 | 売上高 116,004億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,005億円 | 企業買収 | ユニー・ファミリーマートHDをTOBで取得し連結子会社化 2019年ファミマ吸収合併、2020年完全子会社化、上場廃止 | コンビニ業態の完全子会社化。20年超のFM段階買収の到達点 | |
FY20 2020/3 | 売上高 109,829億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,013億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上高 103,626億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,014億円 | ||||
FY22 2022/3 | 売上高 122,933億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8,202億円 | ||||
FY23 2023/3 | 売上高 139,456億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8,005億円 | 東証プライム市場に移行 市場区分見直しに伴う | |||
企業買収 | 日立建機の株式取得 シトラスインベストメント経由 | 建機セグメントへの本格関与 | ||||
FY24 2024/3 | 売上高 140,299億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8,017億円 | 企業買収 | 伊藤忠テクノソリューションズを完全子会社化 伊藤忠は非資源部門強化のため、子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の株式38.7%を追加取得し完全子会社化することを決定した。CTCは1974年設立の子会社「伊藤忠データシステム」が出自で、1999年に伊藤忠は保有株の一部を売却して上場させていた。したがって2023年のTOBで完全子会社に戻る形となり、CTCは上場廃止となった。伊藤忠は完全子会社化のため3870億円で株式を取得した。 | 情報子会社の親子上場解消。非資源部門の収益取り込み強化 | |
企業買収 | 大建工業をTOBで取得し上場廃止 建材子会社化 | 建材セグメントの完全子会社化 | ||||
FY25 2025/3 | 売上高 147,242億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8,802億円 | 企業買収 | デサントをTOBで取得し2025年1月上場廃止 スポーツアパレル | 繊維/アパレルセグメントの川下子会社化 |
- 初代伊藤忠兵衛が麻布類の卸売業を個人創業
行商から始めた近江商人の出発
行商→店舗→貿易→綿輸入と4段階で業態転換した近江商人の適応構造 - 大阪市本町に呉服太物商「紅忠」を開店
行商から店舗商売への移行
商品を持って歩く行商から、店舗で商品を待つ業態への構造転換 - 「伊藤糸店」を開店し綿糸卸売業を開始
呉服から綿糸(紡績原料)への業容転換
後の繊維商社の出発点。輸入綿糸の取扱いで紡績会社への食い込みを図る - 経営近代化のために伊藤忠合名会社を設立
伊藤家各店を統合
戦時好況で拡張し平時に縮小を強いられた商社の構造的サイクル - 合名会社を分割し「旧伊藤忠商事」と「伊藤忠商店」を設立
後者は後の丸紅
丸紅との分離。伊藤家2系統商社の二元体制が確立 - 旧伊藤忠商事・丸紅商店・岸本商店が合併し三興となる
戦時統制下の集約
戦時統制下の商社統合 - 呉羽紡績・大同貿易と合併し「大建産業」となる
戦時末期の総合化
戦時統制下の更なる集約 - 過度経済力集中排除法により伊藤忠商事が再発足
大建産業からの分離
戦後再出発。現在の伊藤忠商事の法人格起点 - 大阪・東京両証券取引所に株式を上場株式公開による資金調達基盤の確立
- 米国に伊藤忠アメリカ会社を設立
後に伊藤忠インターナショナルへ
戦後初の海外現法。北米拠点獲得 - 繊維重視の経営方針
国内の繊維メーカーが苦境に陥りつつあった中で、伊藤忠は線維重視の経営方針を遂行。合併を通じて非繊維を拡大したが、繊維の取り扱いも引き続き重視した。この結果、1960年代を通じて、丸紅と比べて非繊維部門の比率が低いという経営課題を背負った。
- 東亜石油の株式取得・採掘から精製の一貫体制を志向繊維商社が「和製メジャー」を志向した非繊維拡大の最大の賭け
- 香港に伊藤忠香港会社を設立中華圏拠点の確保。後の対中ビジネスの足掛かり
- 安宅産業を救済合併・新日鐵の商権確保「39年の恩を返す」という義理が規定した大手商社の救済合併
- 東京本社新社屋を北青山に竣工
伊藤忠は歴史的に「繊維商社」として発展してきた経緯から、関西(大阪)に本社機能を置いてたが、非繊維比率の向上に合わせて東京への全面移転を決定。1980年11月に東京・北青山にて自社ビル「伊藤忠商事東京本社ビル」を竣工した。
本社機能の関西から東京への重心移動 - 東亜石油の株式売却・石油精製から撤退「得意の時に最悪の事をやった」と越後正一が自省した石油事業の蹉跌
- 中国に伊藤忠(中国)集団有限公司を設立
中国本土事業の本社的存在
中国本土ビジネスの統括拠点獲得 - ファミリーマートに出資22年・累計8000億円超を投じた段階的買収による川下進出の構造
- 伊藤忠テクノサイエンス(CTC)を東証一部に上場情報子会社の27年後の上場益がバブルの負の遺産を清算した逆説
- 特別損失3950億円を計上・バブル期の不良資産を清算不動産バブルの損失をネットバブルの上場益で相殺した二重構造
- 伊藤忠食品を東証一部に上場食料セグメントの川下子会社の上場
- 伊藤忠丸紅鉄鋼を会社分割で設立
丸紅との鉄鋼事業統合
商社業界における事業特化型統合の先駆例 - 豪州資源開発3社を統合しITOCHU Minerals & Energy of Australiaを発足豪州資源権益の集約
- 日本アクセスをTOBで取得
食品中間流通
食料セグメントの中流統合 - 岡藤正広氏が代表取締役社長に就任以後の「非資源シフト」を主導
- コロンビア石炭権益20%をドラモンド経由で取得資源権益の追加
- 米ドール・フード・カンパニーから一部の事業を買収
2012年に伊藤忠は米Dole Food Companyから「アジア地区における青果事業(売上12.9億ドル)」と「グローバルにおける加工食品事業(売上12.0億ドル)」の2事業の買収を1596億円で決定した。Dole社が事業継承問題に直面し、株式上場に向けた企業価値向上のため不採算事業の売却を決めたことが背景にある。また伊藤忠がDole社と50年近く前から取引してきた関係も取得理由となった。
食料セグメントの大型M&A - CITIC(中国中信集団)と戦略的業務資本提携を締結「友好商社」から43年を経た過去最大の対中投資と減損の帰結
- ヤナセをTOBで取得
輸入車販売の最大手
自動車流通セグメントの川下取り込み - ユニー・ファミリーマートHDをTOBで取得し連結子会社化
2019年ファミマ吸収合併、2020年完全子会社化、上場廃止
コンビニ業態の完全子会社化。20年超のFM段階買収の到達点 - 東証プライム市場に移行
市場区分見直しに伴う
- 日立建機の株式取得
シトラスインベストメント経由
建機セグメントへの本格関与 - 伊藤忠テクノソリューションズを完全子会社化
伊藤忠は非資源部門強化のため、子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の株式38.7%を追加取得し完全子会社化することを決定した。CTCは1974年設立の子会社「伊藤忠データシステム」が出自で、1999年に伊藤忠は保有株の一部を売却して上場させていた。したがって2023年のTOBで完全子会社に戻る形となり、CTCは上場廃止となった。伊藤忠は完全子会社化のため3870億円で株式を取得した。
情報子会社の親子上場解消。非資源部門の収益取り込み強化 - 大建工業をTOBで取得し上場廃止
建材子会社化
建材セグメントの完全子会社化 - デサントをTOBで取得し2025年1月上場廃止
スポーツアパレル
繊維/アパレルセグメントの川下子会社化
歴史的証言
当社が石油産業に本格進出を決めたのは1963年5月で、私としては当然相当な犠牲を覚悟した上のことだった
もし2000万ドルを海に捨てる結果となれば、即座に社長の地位から退く決意を固めていた
ウチの繊維は世界一だ
だまっていても年間約130億円程度の損が出る体質になっているわけだ
1966年夏に東亜石油の当時の社長の頭越しでアラビア石油から38.5%の東亜株を取得、系列化した。主力銀行の住友銀行はこれに反対したが、越後正一社長(当時)が東亜の経営支配を強行した
今後、5年間、年間100億円内外の損失が続くことは避けられない