明治ホールディングスの沿革(1906〜2026年)
明治ホールディングスの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1906 1-12月 | 創業 | 明治製糖を台湾に創立 相馬半治が台湾台南に資本金500万円で設立した明治グループの源流会社。台湾の蔗糖事業を中核に菓子・乳業・食品等の傍系事業を展開し現在の明治製菓・明治乳業の礎を作った | 明治グループの起源。製糖から製菓・乳業への多角化を通じて現在の明治HDの前身を生み出した創業母体 | |||
1916 1-12月 | 創業 | 東京菓子を設立(明治製菓の前身) 濱田録之助が資本金100万円で設立。相馬半治(明治製糖社長)が参画し1924年に明治製菓に改称した | 第一次世界大戦で菓子輸入が途絶したことを機に洋菓子の国産化を目指した国内菓子業の転換点 | |||
1917 1-12月 | 創業 | 極東煉乳を設立(明治乳業の前身) 馬越恭平により設立された乳製品会社。明治製糖の出資を経て1940年に明治乳業に統合・改称 | 明治乳業の歴史的な原点。乳業事業の戦後拡大につながる | |||
1924 1-12月 | ブランド | 明治製菓株式会社に社名変更 東京菓子から改称。相馬半治が会長に就任し実権を握った | 現在の明治ブランドの確立 | |||
1925 1-12月 | 設備 | 川崎工場を建設(明治製菓初の近代的菓子工場) キャラメル・ドロップ・キャンデー・ビスケットの量産を開始 | 国内初の近代的洋菓子量産工場。明治製菓の菓子ブランド確立の拠点 | |||
1926 1-12月 | 製品 | 明治ミルクチョコレートを発売 国内初の本格的ミルクチョコレート。初めて新聞広告を掲載した | チョコレートのロングセラーブランドの誕生。「チョコの明治」の礎となった象徴的製品 | |||
1940 1-12月 | 組織 | 明治乳業を発足 明治製糖の乳業部門分離と極東煉乳の統合により設立。明治製菓の乳製品部門も同社に移管し事業分離を完成 | 明治グループ内の製菓・乳業の役割分担確立 | |||
1945 1-12月 | 業績 | 川崎工場が空襲で全焼・海外資産を喪失 明治製菓の主力工場が空襲で全焼。明治製糖は台湾等の外地資産をすべて失い戦後の再出発を余儀なくされた | グループ全体にとって壊滅的な打撃。戦後の再建の起点 | |||
1946 1-12月 | 製品 | ペニシリンの製造を開始 廃墟の中で戦争末期から取り組んでいたペニシリンの製造を開始。食品製造で培った発酵技術が基盤となった | 発酵技術を転用した薬品事業参入。後に明治製菓の最重要事業へと発展する転換点 | |||
FY50 1950/3 | 製品 | ストレプトマイシンの製造を開始 海外技術導入も組み合わせて薬品事業を本格化 | 薬品事業の第2の柱となる抗菌薬の製造開始 | |||
FY58 1958/3 | 製品 | カナマイシンを発売 梅沢浜夫博士が発見し明治製菓が国産化に成功した国産抗生物質 | 国産抗生物質の先駆的製品。自社研究開発型の薬品事業モデルを確立する契機 | |||
FY64 1964/3 | 設備 | 足柄工場(薬品原末)を開設 東洋一の大型発酵槽を備えた薬品原末製造拠点として建設。抗生物質培養タンク総容量は後に4,500トンと国内最大水準に達した | 原末製造の内製化による薬品事業の競争力確立。製剤だけでなく原末も手がける一貫メーカーとしての地位を確立 | |||
FY68 1968/3 | 製品 | スナック菓子「カール」を発売 スナック菓子という新ジャンルの草分けとなった商品の発売 | スナック菓子市場の創造。菓子業界に新カテゴリーを切り開いた | |||
FY70 1970/3 | 子会社 | 米ボーデンとのアイスクリーム提携を開始 米国ボーデン社との技術提携でアイスクリーム・マーガリン・チーズ事業を開始 | ||||
FY74 1974/3 | 製品 | 明治ブルガリアヨーグルトを発売 ブルガリアから空輸した乳酸菌を使用した本格プレーンヨーグルト。ヨーグルト市場を創造し長期ロングセラーとなった | ヨーグルト文化を日本に定着させた転換点 | |||
FY75 1975/3 | 製品 | きのこの山を発売 チョコレートとビスケットの組み合わせで長期ロングセラーとなった菓子 | 明治を代表するロングセラー菓子ブランドの誕生 | |||
FY80 1980/3 | 業績 | 菓子部門が初の大幅赤字を計上 食料部門が経常損益30億円の欠損。薬品部門61億円の黒字でカバーした。菓子需要の7年連続減少と原料高が主因 | 「菓子の明治」から「薬品の明治」へ事業の重心が移る転換点 | |||
FY81 1981/3 | 製品 | 大型新薬ホスホマイシンを発売 緑膿菌・変性菌に有効な新分野の抗生物質。5年ぶりの大型新薬として月商10億円超を見込んだ | 薬品事業の停滞を打破した新薬。以後の薬品部門成長を牽引 | |||
FY85 1985/3 | 設備 | 明治乳業がヘルスサイエンス研究所(MIH)を開設 生命科学の基礎から応用まで研究する研究所を設立。B型肝炎ワクチン開発・エイズへの取組みなど医薬品進出の基盤となった | 乳業からのバイオ・医薬品研究への展開 | |||
FY89 1989/3 | 製品 | 果汁グミを発売 グミキャンデー市場の草分け的商品として大ヒット | 菓子の新ジャンル創造 | |||
FY91 1991/3 | 組織 | 米ボーデンとの20年間の提携を解消 乳製品輸入自由化を機にボーデン側が主導権取得を要求したことを拒否して提携解消を決断。アイスクリーム(91年8月)・チーズ(92年4月)の順に全面解消 | 海外ブランド依存からの脱却と自社ブランド構築への転換。下請け化要求の拒否という自主性確立の節目 | |||
FY09 2009/3 | 組織 | 明治製菓と明治乳業が経営統合を合意 共同株式移転による共同持株会社設立について合意。統合契約書を締結 | 食品業界の大型統合。売上高1兆円超の食品・医薬コングロマリット誕生への歴史的合意 | |||
FY10 2010/3 | 売上高 11,066億円 | 当期純利益 130億円 | 上場 | 明治ホールディングスを設立・東証一部に上場 明治製菓と明治乳業の共同株式移転により設立。持株会社体制でグループ経営を開始 | 明治グループの統合完成。菓子・食品・乳業・薬品を擁する総合食品持株会社の誕生 | |
| 人事 | 佐藤尚忠が初代社長に就任 明治ホールディングス初代代表取締役社長。「明治ブランドを結集し世界への飛躍を目指す」を掲げ、グループシナジー加速・感染症・中枢神経・ジェネリックの3本柱でスペシャルティファーマを目指すと表明した | 明治HD初代社長として統合後のグループ基盤構築を主導した | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 11,110億円 | 当期純利益 95億円 | ||||
FY12 2012/3 | 売上高 11,092億円 | 当期純利益 68億円 | 組織 | グループ再編完了・明治製菓がMeiji Seikaファルマに改称 明治製菓がMeiji Seikaファルマ株式会社(医薬品専業)に商号変更。明治乳業が株式会社明治に商号変更。フード&ヘルスケア事業を株式会社明治に移管して事業分離完了 | 持株会社体制の最終形。食品(明治)と医薬品(Meiji Seikaファルマ)への機能分離完成 | |
| 子会社 | Meiji America Inc.を設立 北米事業の現地法人を設立し海外展開を強化 | |||||
FY13 2013/3 | 売上高 11,265億円 | 当期純利益 166億円 | 子会社 | 明治雪糕(広州)を設立 中国広州にアイスクリーム事業の現地法人を設立 | ||
FY14 2014/3 | 売上高 11,480億円 | 当期純利益 190億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 11,611億円 | 当期純利益 308億円 | 人事 | 松尾正彦が第2代社長に就任 「会社や経営者の信頼性が一番」をモットーとし、グループ経営の安定継続と中期経営計画の推進を担った | 第2代社長として統合後の成長フェーズを担う | |
| M&A | インドのMedreich Limitedを子会社化 インドの後発医薬品メーカーを買収し医薬品事業の海外展開を本格化。CMO/CDMOとしてグローバル需要に応える基盤となった | インド医薬品市場への進出。医薬品CMO/CDMO事業のグローバル展開の起点 | ||||
FY16 2016/3 | 売上高 12,237億円 | 当期純利益 625億円 | 上場 | 普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施 | ||
FY17 2017/3 | 売上高 12,424億円 | 当期純利益 607億円 | ||||
FY18 2018/3 | 売上高 12,408億円 | 当期純利益 612億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 12,543億円 | 当期純利益 618億円 | 人事 | 川村和夫が第3代社長に就任 「次の100年を見据え、一歩踏み出す」をビジョンに掲げ、ROESG経営(ROEとESGの同時実現)を推進。2020年にグループ長期ビジョン2036を策定した | ROESGを軸とした新たな経営フレームワークを確立した社長 | |
| M&A | KMバイオロジクスを子会社化 ワクチン製造会社のKMバイオロジクスを取得し感染症・ワクチン領域を強化。後にコスタイベ(レプリコンワクチン)開発の拠点となった | 医薬品事業の領域拡大。感染症・ワクチン分野の内製化と後のコスタイベ開発への布石 | ||||
| 子会社 | 明治(中国)投資有限公司を設立 中国事業の統括投資会社を設立 | |||||
FY20 2020/3 | 売上高 12,527億円 | 当期純利益 673億円 | 子会社 | 明治乳業(天津)を設立 中国天津に乳業の現地法人を設立 | ||
FY21 2021/3 | 売上高 11,917億円 | 当期純利益 656億円 | 子会社 | 明治食品(広州)を設立 中国広州に食品事業の現地法人を設立 | ||
FY22 2022/3 | 売上高 10,130億円 | 当期純利益 874億円 | 経営計画 | 2021〜2023年度中期経営計画を策定(ROESG経営) ROEとESGの同時実現「ROESG」を基軸とし、3年間で300億円のESG投資枠を設定。バックキャスティング型の長期ビジョン2036に基づく成長投資を本格化した | ESGと収益性の同時追求という経営フレームワークの制度化 | |
FY23 2023/3 | 売上高 10,621億円 | 当期純利益 694億円 | 上場 | 東証市場区分の見直しによりプライム市場に移行 | ||
| 業績 | 原材料高・エネルギー高が本格的に業績を圧迫 2022年8月第1四半期説明会でR-1が前年比約10%減、LG21約6%減を確認。年間コストアップ100億円超の追加を警告し、価格改定・費用削減での吸収方針を表明 | 円安・物価上昇・プロバイオ需要低迷が重なった業績悪化の始点。食品セグメントの利益が900億円→600億円台に落ち込む転換点 | ||||
FY24 2024/3 | 売上高 11,054億円 | 当期純利益 506億円 | 上場 | 普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施 | ||
| 経営計画 | 2024〜2026年度中期経営計画(26中計)を策定 川村社長が発表した3ヵ年計画。食品営業利益900億円・医薬品400億円・ROE8%超を最終目標に設定。コスタイベ(レプリコンワクチン)をワクチン事業の柱として位置づけ、Medreich拡大・海外食品M&Aも盛り込んだ | 統合後最大規模の成長投資計画。コスタイベを軸にした医薬品拡大と食品の国際化を同時推進するグループ戦略の転換点 | ||||
| 業績 | コスタイベ(レプリコンワクチン)の風評被害が顕在化 SNSでの風評被害により医療機関でのコスタイベ接種率が大幅に低下。業界全体の接種回数が当初計画3,200万回から1,000万回程度に落ち込む見通しとなり、26中計の医薬品戦略の中核が揺らいだ | 国産ワクチンプラットフォーム戦略の最大の挫折。中計の医薬品400億円目標達成が困難になった転換点 | ||||
2025 1-12月 | 業績 | コスタイベの棚卸評価損を計上 接種率の大幅下振れによりコスタイベ在庫の棚卸評価損を計上。FY24純利益は508億円にとどまり、医薬品セグメントの業績が大きく下振れた | ワクチン戦略の失敗が財務数値に直接反映された局面 | |||
| 人事 | 松田克也が第4代社長に就任 「夢を見て、夢を追いかけ、夢を喰う」を信条とし、ROICマネジメント強化・生産統廃合加速・食と医のシナジー創出(売上1,000億円規模の新領域)を掲げた。川村前社長の積み残し課題(食品数量回復・中国事業・コスタイベ)への対処も担う | 統合16年目に初めて大規模な変革を宣言した社長。ジョブ型人事制度・工場閉鎖・事業ポートフォリオ見直しを同時推進 | ||||
| 経営計画 | 四国明治の生産終了とネクストキャリア特別支援を発表 食品の生産体制集約と人員の流動化支援を同時に実施。固定費削減(四国明治閉鎖でネット約10億円効果)とジョブ型人事制度導入により組織変革を加速した | 川村時代には踏み込めなかった生産・人事の構造改革が本格始動した転換点 | ||||
2026 1-12月 | 業績 | FY25通期営業利益910億円達成の確度が高まると表明 第3四半期説明会で、中国を除く食品・医薬品が好調に推移し通期910億円達成の確度が高まったと発表。来期(FY26)の営業利益1,000億円(四桁)を目指す方針を示した | 原材料コストアップの一巡と価格改定定着を背景に、食品セグメントが900億円水準への回復軌道に戻りつつあることを確認した節目 |
- 明治製糖を台湾に創立
相馬半治が台湾台南に資本金500万円で設立した明治グループの源流会社。台湾の蔗糖事業を中核に菓子・乳業・食品等の傍系事業を展開し現在の明治製菓・明治乳業の礎を作った
明治グループの起源。製糖から製菓・乳業への多角化を通じて現在の明治HDの前身を生み出した創業母体 - 東京菓子を設立(明治製菓の前身)
濱田録之助が資本金100万円で設立。相馬半治(明治製糖社長)が参画し1924年に明治製菓に改称した
第一次世界大戦で菓子輸入が途絶したことを機に洋菓子の国産化を目指した国内菓子業の転換点 - 極東煉乳を設立(明治乳業の前身)
馬越恭平により設立された乳製品会社。明治製糖の出資を経て1940年に明治乳業に統合・改称
明治乳業の歴史的な原点。乳業事業の戦後拡大につながる - 明治製菓株式会社に社名変更
東京菓子から改称。相馬半治が会長に就任し実権を握った
現在の明治ブランドの確立 - 川崎工場を建設(明治製菓初の近代的菓子工場)
キャラメル・ドロップ・キャンデー・ビスケットの量産を開始
国内初の近代的洋菓子量産工場。明治製菓の菓子ブランド確立の拠点 - 明治ミルクチョコレートを発売
国内初の本格的ミルクチョコレート。初めて新聞広告を掲載した
チョコレートのロングセラーブランドの誕生。「チョコの明治」の礎となった象徴的製品 - 明治乳業を発足
明治製糖の乳業部門分離と極東煉乳の統合により設立。明治製菓の乳製品部門も同社に移管し事業分離を完成
明治グループ内の製菓・乳業の役割分担確立 - 川崎工場が空襲で全焼・海外資産を喪失
明治製菓の主力工場が空襲で全焼。明治製糖は台湾等の外地資産をすべて失い戦後の再出発を余儀なくされた
グループ全体にとって壊滅的な打撃。戦後の再建の起点 - ペニシリンの製造を開始
廃墟の中で戦争末期から取り組んでいたペニシリンの製造を開始。食品製造で培った発酵技術が基盤となった
発酵技術を転用した薬品事業参入。後に明治製菓の最重要事業へと発展する転換点 - ストレプトマイシンの製造を開始
海外技術導入も組み合わせて薬品事業を本格化
薬品事業の第2の柱となる抗菌薬の製造開始 - カナマイシンを発売
梅沢浜夫博士が発見し明治製菓が国産化に成功した国産抗生物質
国産抗生物質の先駆的製品。自社研究開発型の薬品事業モデルを確立する契機 - 足柄工場(薬品原末)を開設
東洋一の大型発酵槽を備えた薬品原末製造拠点として建設。抗生物質培養タンク総容量は後に4,500トンと国内最大水準に達した
原末製造の内製化による薬品事業の競争力確立。製剤だけでなく原末も手がける一貫メーカーとしての地位を確立 - スナック菓子「カール」を発売
スナック菓子という新ジャンルの草分けとなった商品の発売
スナック菓子市場の創造。菓子業界に新カテゴリーを切り開いた - 米ボーデンとのアイスクリーム提携を開始
米国ボーデン社との技術提携でアイスクリーム・マーガリン・チーズ事業を開始
- 明治ブルガリアヨーグルトを発売
ブルガリアから空輸した乳酸菌を使用した本格プレーンヨーグルト。ヨーグルト市場を創造し長期ロングセラーとなった
ヨーグルト文化を日本に定着させた転換点 - きのこの山を発売
チョコレートとビスケットの組み合わせで長期ロングセラーとなった菓子
明治を代表するロングセラー菓子ブランドの誕生 - 菓子部門が初の大幅赤字を計上
食料部門が経常損益30億円の欠損。薬品部門61億円の黒字でカバーした。菓子需要の7年連続減少と原料高が主因
「菓子の明治」から「薬品の明治」へ事業の重心が移る転換点 - 大型新薬ホスホマイシンを発売
緑膿菌・変性菌に有効な新分野の抗生物質。5年ぶりの大型新薬として月商10億円超を見込んだ
薬品事業の停滞を打破した新薬。以後の薬品部門成長を牽引 - 明治乳業がヘルスサイエンス研究所(MIH)を開設
生命科学の基礎から応用まで研究する研究所を設立。B型肝炎ワクチン開発・エイズへの取組みなど医薬品進出の基盤となった
乳業からのバイオ・医薬品研究への展開 - 果汁グミを発売
グミキャンデー市場の草分け的商品として大ヒット
菓子の新ジャンル創造 - 米ボーデンとの20年間の提携を解消
乳製品輸入自由化を機にボーデン側が主導権取得を要求したことを拒否して提携解消を決断。アイスクリーム(91年8月)・チーズ(92年4月)の順に全面解消
海外ブランド依存からの脱却と自社ブランド構築への転換。下請け化要求の拒否という自主性確立の節目 - 明治製菓と明治乳業が経営統合を合意
共同株式移転による共同持株会社設立について合意。統合契約書を締結
食品業界の大型統合。売上高1兆円超の食品・医薬コングロマリット誕生への歴史的合意 - 明治ホールディングスを設立・東証一部に上場
明治製菓と明治乳業の共同株式移転により設立。持株会社体制でグループ経営を開始
明治グループの統合完成。菓子・食品・乳業・薬品を擁する総合食品持株会社の誕生 - 佐藤尚忠が初代社長に就任
明治ホールディングス初代代表取締役社長。「明治ブランドを結集し世界への飛躍を目指す」を掲げ、グループシナジー加速・感染症・中枢神経・ジェネリックの3本柱でスペシャルティファーマを目指すと表明した
明治HD初代社長として統合後のグループ基盤構築を主導した - グループ再編完了・明治製菓がMeiji Seikaファルマに改称
明治製菓がMeiji Seikaファルマ株式会社(医薬品専業)に商号変更。明治乳業が株式会社明治に商号変更。フード&ヘルスケア事業を株式会社明治に移管して事業分離完了
持株会社体制の最終形。食品(明治)と医薬品(Meiji Seikaファルマ)への機能分離完成 - Meiji America Inc.を設立
北米事業の現地法人を設立し海外展開を強化
- 明治雪糕(広州)を設立
中国広州にアイスクリーム事業の現地法人を設立
- 松尾正彦が第2代社長に就任
「会社や経営者の信頼性が一番」をモットーとし、グループ経営の安定継続と中期経営計画の推進を担った
第2代社長として統合後の成長フェーズを担う - インドのMedreich Limitedを子会社化
インドの後発医薬品メーカーを買収し医薬品事業の海外展開を本格化。CMO/CDMOとしてグローバル需要に応える基盤となった
インド医薬品市場への進出。医薬品CMO/CDMO事業のグローバル展開の起点 - 普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施
- 川村和夫が第3代社長に就任
「次の100年を見据え、一歩踏み出す」をビジョンに掲げ、ROESG経営(ROEとESGの同時実現)を推進。2020年にグループ長期ビジョン2036を策定した
ROESGを軸とした新たな経営フレームワークを確立した社長 - KMバイオロジクスを子会社化
ワクチン製造会社のKMバイオロジクスを取得し感染症・ワクチン領域を強化。後にコスタイベ(レプリコンワクチン)開発の拠点となった
医薬品事業の領域拡大。感染症・ワクチン分野の内製化と後のコスタイベ開発への布石 - 明治(中国)投資有限公司を設立
中国事業の統括投資会社を設立
- 明治乳業(天津)を設立
中国天津に乳業の現地法人を設立
- 明治食品(広州)を設立
中国広州に食品事業の現地法人を設立
- 2021〜2023年度中期経営計画を策定(ROESG経営)
ROEとESGの同時実現「ROESG」を基軸とし、3年間で300億円のESG投資枠を設定。バックキャスティング型の長期ビジョン2036に基づく成長投資を本格化した
ESGと収益性の同時追求という経営フレームワークの制度化 - 東証市場区分の見直しによりプライム市場に移行
- 原材料高・エネルギー高が本格的に業績を圧迫
2022年8月第1四半期説明会でR-1が前年比約10%減、LG21約6%減を確認。年間コストアップ100億円超の追加を警告し、価格改定・費用削減での吸収方針を表明
円安・物価上昇・プロバイオ需要低迷が重なった業績悪化の始点。食品セグメントの利益が900億円→600億円台に落ち込む転換点 - 普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施
- 2024〜2026年度中期経営計画(26中計)を策定
川村社長が発表した3ヵ年計画。食品営業利益900億円・医薬品400億円・ROE8%超を最終目標に設定。コスタイベ(レプリコンワクチン)をワクチン事業の柱として位置づけ、Medreich拡大・海外食品M&Aも盛り込んだ
統合後最大規模の成長投資計画。コスタイベを軸にした医薬品拡大と食品の国際化を同時推進するグループ戦略の転換点 - コスタイベ(レプリコンワクチン)の風評被害が顕在化
SNSでの風評被害により医療機関でのコスタイベ接種率が大幅に低下。業界全体の接種回数が当初計画3,200万回から1,000万回程度に落ち込む見通しとなり、26中計の医薬品戦略の中核が揺らいだ
国産ワクチンプラットフォーム戦略の最大の挫折。中計の医薬品400億円目標達成が困難になった転換点 - コスタイベの棚卸評価損を計上
接種率の大幅下振れによりコスタイベ在庫の棚卸評価損を計上。FY24純利益は508億円にとどまり、医薬品セグメントの業績が大きく下振れた
ワクチン戦略の失敗が財務数値に直接反映された局面 - 松田克也が第4代社長に就任
「夢を見て、夢を追いかけ、夢を喰う」を信条とし、ROICマネジメント強化・生産統廃合加速・食と医のシナジー創出(売上1,000億円規模の新領域)を掲げた。川村前社長の積み残し課題(食品数量回復・中国事業・コスタイベ)への対処も担う
統合16年目に初めて大規模な変革を宣言した社長。ジョブ型人事制度・工場閉鎖・事業ポートフォリオ見直しを同時推進 - 四国明治の生産終了とネクストキャリア特別支援を発表
食品の生産体制集約と人員の流動化支援を同時に実施。固定費削減(四国明治閉鎖でネット約10億円効果)とジョブ型人事制度導入により組織変革を加速した
川村時代には踏み込めなかった生産・人事の構造改革が本格始動した転換点 - FY25通期営業利益910億円達成の確度が高まると表明
第3四半期説明会で、中国を除く食品・医薬品が好調に推移し通期910億円達成の確度が高まったと発表。来期(FY26)の営業利益1,000億円(四桁)を目指す方針を示した
原材料コストアップの一巡と価格改定定着を背景に、食品セグメントが900億円水準への回復軌道に戻りつつあることを確認した節目