清水建設の沿革(1804〜2026年)
清水建設の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1804 1-12月 | 創業 | 清水喜助が江戸神田鍛冶町に大工業を開業 越中富山出身の大工、清水喜助が江戸神田鍛冶町にて大工業を創業。後の清水建設の起源。 | 創業220年超の歴史を持つスーパーゼネコンの起源。民間建築に強い堅実経営の原点。 | |||
1859 1-12月 | 組織 | 横浜開港に伴い横浜店を開設 幕府の諸施設建設のために横浜へ進出。居留地の外国商館建築工事等を通じて西洋建築技術を習得した。 | 横浜開港に伴う海外建築技術の導入拠点を確立し、西洋建築の技術的基盤を構築した。 | |||
1886 1-12月 | 組織 | 技師長制を発足し設計・施工一貫態勢を整備 工学士を招聘して技師長制を発足させ、設計・施工一貫態勢を整備した。 | 近代的な設計・施工一貫体制を確立し、総合建設業者としての組織基盤を構築した。 | |||
1887 1-12月 | 人事 | 渋沢栄一を相談役に迎え民間建築方針を確定 渋沢栄一を相談役に迎え、営業方針を「民間の建築工事」と定めた。以降、店内改革や専属取引業者の組織化等を進めた。 | 渋沢栄一の経営助言のもと民間建築路線を確立。現在に至る「民間建築に強い」という清水建設のDNAの原点。 | |||
1915 1-12月 | 創業 | 合資会社清水組を設立し会社組織に変更 清水同族により資本金100万円をもって合資会社清水組を設立。個人営業から法人化。 | 個人営業から法人組織へ移行し、近代的企業体制の基礎を確立した。 | |||
1928 1-12月 | 子会社 | 合資会社東京鐵骨橋梁製作所(現 日本ファブテック)を設立 本店芝浦鐵工所を合資会社東京鐵骨橋梁製作所として設立。 | ||||
1937 1-12月 | 組織 | 株式会社清水組を設立 株式会社清水組を設立。 | 株式会社化により近代的企業統治体制へ移行し、大規模受注に対応できる体制を整備した。 | |||
| M&A | 合資会社清水組を合併し全国支店網を整備 合資会社清水組を合併。名古屋支店・大阪支店(現 関西支店)・九州支店を開設。 | 法人統合と同時に全国支店網を一挙に整備し、全国規模の建設会社としての事業基盤を確立。 | ||||
1939 1-12月 | 組織 | 北海道支店開設 | ||||
1945 1-12月 | 組織 | 広島支店開設 | ||||
| 組織 | 終戦後本社社屋で業務再開 戦災を免れた本社社屋で終戦翌日の8月18日に業務を再開。当時の社員数は約3500人。 | 戦後復興への迅速な始動。 | ||||
1946 1-12月 | 設備 | 研究室(現技術研究所)を新設 戦後いち早く研究部門を立ち上げ、技術開発体制を構築した。 | 戦後の復興期に研究開発体制を整備し、技術主導型の経営基盤を確立した先駆的取り組み。 | |||
| 組織 | 仙台支店開設(現 東北支店) | |||||
| 組織 | 北陸支店・四国支店開設 | |||||
| 子会社 | 丸喜産業(現 ミルックス)を設立 建設資材等の販売会社として余剰人員対策も兼ねて設立。 | |||||
1947 1-12月 | 子会社 | 第一設備工業を設立 総合設備会社として設立。 | ||||
1948 1-12月 | ブランド | 清水建設株式会社と社名変更 企業再建整備計画に基づき社名を変更。在外資産喪失と戦時補償打ち切りによる損失処理後、11月の増資で初めて外部資本を導入し再建。 | 現社名への改称と外部資本導入により、同族企業から近代的公開企業への転換点となった。 | |||
1954 1-12月 | 組織 | 土木部門を強化 土木部組織の整備拡充と子会社新清土木の吸収合併を行い、土木部門の強化を図った。60年代には総売上高の約2割を土木部門が支えるまでに成長。 | 建築主体から総合工事業者への体制転換を実現した組織改革。 | |||
1961 1-12月 | 上場 | 当社株式を東京店頭市場に公開 資本金を30億円に増資し、株式の一部を公開した。 | 株式公開により資本調達力を飛躍的に強化し、高度成長期の設備投資に対応する財務基盤を確立。 | |||
| 上場 | 東京証券取引所市場第二部に上場 | 東証上場により市場からの信認を獲得。 | ||||
1962 1-12月 | 上場 | 東京証券取引所市場第一部に上場 | 東証一部への指定替えにより、大手建設会社としての市場的地位を確立。 | |||
| 上場 | 名古屋・大阪両証券取引所市場第一部に上場 | |||||
1966 1-12月 | 人事 | 非同族社長の就任 社長の清水康雄が死去し、後任に清水同族以外から初めて吉川清一が就任。以後、非同族社長が続いた。 | 創業家から経営が離れ、専門経営者による企業統治へ移行した画期。 | |||
| 設備 | 量産住宅用PC板製造工場を新設 相模工場を新設。1972年には全国6工場、年間生産能力1万戸の態勢を整備。 | PC住宅の量産体制を構築し、住宅産業への本格参入を実現。 | ||||
1971 1-12月 | 組織 | 不動産取引に関する業務を事業目的に追加 | ||||
1973 1-12月 | 組織 | ブラジル現地法人設立で海外本格進出 石油危機対策として「造注」と海外進出を展開。まずブラジルに現地法人を設立し、東南アジア、中近東、欧米等34カ国に営業網を拡大。 | 石油危機を契機とした海外本格進出の開始。積極経営策への転換点。 | |||
1978 1-12月 | 組織 | EC化(エンジニアリング・コンストラクター化)を決定 設計・施工にとどまず企画から維持保全までプロジェクト全体を請け負う方式で事業領域拡大を図る方針を決定。外国部を解消し海外営業部・海外建設部を設置。 | 総合建設業からエンジニアリング・コンストラクターへの事業領域拡大戦略の転換点。 | |||
1979 1-12月 | 認証 | TQCを本格導入 1983年10月にはデミング賞実施賞を受賞。 | 品質管理の全社導入で業界の品質基準を先導した取り組み。 | |||
1980 1-12月 | 組織 | 横浜支店開設 | ||||
1982 1-12月 | 組織 | EC化に備えるため定款の事業目的を追加 | ||||
1985 1-12月 | 経営計画 | 10年ビジョン「シミズスプリング計画」を策定 建設周辺分野から異業種までの多角化を目指す事業ビジョン。清水不動産(1985年)やシミズリフォーム(1986年)を設立。 | 多角化経営への本格的な戦略転換。建設不況期に将来を見据えた中長期ビジョンを策定。 | |||
1986 1-12月 | 子会社 | シミズリフォーム(現 シミズ・ビルライフケア)を設立 | ||||
1987 1-12月 | 組織 | 千葉支店開設 | ||||
| 組織 | 初の無担保転換社債500億円を発行 急激な資金需要に対処するため総額500億円の無担保転換社債を初めて発行。 | バブル期の建設ブームに対応する資金調達手段の多様化。 | ||||
1988 1-12月 | 子会社 | エスシー・リース・マシーナリ(現 エスシー・マシーナリ)を設立 | ||||
1989 1-12月 | 業績 | 業界トップの業績を回復 バブル期の首都圏大型民間建築ブームを背景に、当社の得意分野が活況を呈し、業界トップの業績を達成した。 | 民間建築に強い当社の競争優位性が最大限発揮された象徴的な時期。 | |||
1990 1-12月 | 組織 | 定款の事業目的を追加 資源エネルギー開発・環境整備等への業容拡大に備えた。 | ||||
1991 1-12月 | 経営計画 | 新長期ビジョン「SHIMZ-21」を策定 バブル崩壊を受け2000年に向けた新ビジョンを策定。前ビジョンの多角化路線を見直し、本業である建設事業を基幹とする事業再構築を企図。 | バブル崩壊後の構造転換として本業回帰路線を明確化した戦略的転換。 | |||
| 組織 | 本店を東京都中央区から港区芝浦に移転 新本社社屋を芝浦に建設し移転。 | 新本社建設は自社の技術力を示すショーケース。 | ||||
1992 1-12月 | 組織 | 東京支店・土木東京支店開設 | ||||
2000 1-12月 | 組織 | 定款の事業目的を追加 エネルギー供給事業・PFI事業等の展開に備え。 | ||||
| 子会社 | 清水総合開発を設立 不動産会社として設立。 | |||||
2006 1-12月 | 組織 | 定款の事業目的を追加 土壌浄化事業・温室効果ガス排出権取引事業等に備え。 | ||||
2009 1-12月 | 組織 | 国際支店開設 | ||||
2010 1-12月 | 業績 | 初の連結純損失を計上 FY09(2010年3月期)に当期純損失68.5億円を計上。リーマンショック後の建設不況により特別損失が拡大。 | 創業以来初の連結純損失であり、リーマンショックが建設業に与えた深刻な影響を示した。 | |||
2012 1-12月 | 組織 | 本店を東京都港区から中央区に移転 | ||||
2014 1-12月 | 組織 | 定款の事業目的を追加 農林水産関連分野の事業展開に備え。 | ||||
2020 1-12月 | 子会社 | シミズ・アメリカ社を設立 北米事業の事業統括法人として設立。 | 海外建設事業の体制強化として北米拠点を法人化。 | |||
| 組織 | 鹿島建設・竹中工務店との技術連携を発表 自動搬送システム(Robo-Carrier)の相互利用等、新規技術の共同開発や既存技術の相互利用を促進。業界全体の生産性向上を目指す。 | 競合スーパーゼネコン3社による異例の技術連携。建設業の人手不足に対する業界横断的対応。 | ||||
2021 1-12月 | 組織 | 土木国際支店開設 | ||||
| 子会社 | 清水建設不動産投資顧問を設立(私募リート組成へ) 私募リートの組成に向けて資産運用会社を設立。2022年秋頃からの運用開始を予定。不動産開発の回転型ビジネスモデルを構築。 | 不動産開発事業を回転型ビジネスへ転換するための基盤整備。 | ||||
2022 1-12月 | M&A | 日本道路を株式公開買付けにより連結子会社化 道路舗装大手の日本道路をTOBにより連結子会社化。グループのインフラ事業基盤を大幅に強化。 | スーパーゼネコンによる道路舗装大手のM&Aであり、建設業界のグループ再編の象徴的事例。 | |||
| 上場 | 東京証券取引所プライム市場・名古屋証券取引所プレミア市場に移行 | |||||
| 設備 | SEP船「BLUE WIND」完成 自社建造の大型SEP船(自己昇降式作業台船)が完成。クレーン最大揚重能力2,500t、最高揚重高さ158mで国内最大級。洋上風力発電施設建設の中核設備。 | 国内最大級のSEP船を自社保有し、洋上風力発電事業への本格参入の基盤を確立した戦略的投資。 | ||||
2023 1-12月 | 組織 | グローバル事業本部を設立 海外事業の統括組織としてグローバル事業本部を新設。 | 海外事業の組織的強化により、グローバル展開を加速する体制を構築。 | |||
| M&A | 丸彦渡辺建設を連結子会社化 北海道の地場ゼネコンである丸彦渡辺建設を株式取得により連結子会社化。 | 地方ゼネコンのM&Aによる地域建設事業の補完戦略。 | ||||
| 設備 | 潮見イノベーションセンター「温故創新の森 NOVARE」開業 越中島の技術研究所が手狭となり、100年後・200年後を見据えたイノベーション拠点として設立。長期ビジョン達成も含めた技術革新の拠点。 | 将来100年を見据えた研究開発拠点の整備であり、技術主導型経営を加速する戦略投資。 | ||||
| 設備 | トーチタワー着工 常盤橋プロジェクトの超高層ビル「Torch Tower」に着工。優先交渉権獲得(2022年3月)から長期間の物価交渉を経て契約。支店と同等の位置付けとなる組織「常盤橋プロジェクト」を新設し全社体制で臨む。 | 国家的再開発プロジェクトの施工を担い、超大型工事への技術的挑戦を体現。 | ||||
2024 1-12月 | 業績 | 初の連結営業損失を計上 FY23(2024年3月期)に営業損失246.8億円を計上。大型建築工事の受注時採算悪化、資材価格高騰、工事損失引当金の大規模計上が重なり、上場来初の営業赤字に転落。 | 上場来初の連結営業赤字であり、大手ゼネコンの収益構造の脆弱性が露呈した歴史的転換点。受注時採算の厳格化へ経営方針を大きく転換する契機となった。 | |||
| 経営計画 | 中期経営計画〈2024-2026〉を策定 FY23の営業赤字を受け、建設事業の収益力回復を最優先課題とする新中計を策定。ROE10%以上、建設事業利益率10%を目標。政策保有株式の縮減、PBR1倍超えを目指す。 | 営業赤字からの反転を図る経営再建計画であり、資本効率改善と本業回帰を同時に推進。 | ||||
| 組織 | 政策保有株式の縮減目標を前倒し 当初2026年度末に連結純資産の20%以下としていた目標を、10%以下に大幅前倒し。PBR1倍割れ解消に向けた資本効率改善策。 | PBR1倍割れを深刻に受け止め、資本効率改善に大きく舵を切った経営判断。 | ||||
2025 1-12月 | 人事 | 新村達也が第10代社長に就任 9年ぶりの社長交代。建築総本部長として受注時採算確保の徹底に取り組んできた新村が社長就任。「建設事業の立て直し」を掲げ原点回帰を宣言。 | 上場来初の営業赤字を経験した後、建設事業の再建を託された新経営体制の発足。 | |||
| 業績 | 連結営業利益が710億円に回復 FY24(2025年3月期)に営業利益710億円を計上し前期の営業赤字から大幅回復。受注時採算の改善と政策保有株式の売却が寄与。 | 受注時採算厳格化の効果が早期に顕在化し、営業赤字からのV字回復を実現。 | ||||
| M&A | 日本道路の完全子会社化を発表 2022年に連結子会社化した日本道路を完全子会社化するためTOBを実施。グループ経営資源の相互活用を迅速化。 | グループ経営の一体化を加速し、インフラ更新需要への対応力を強化する戦略的M&A。 | ||||
| 業績 | データセンター受注が国内1,200億円超に拡大 FY25第3四半期までの国内データセンター受注実績が1,200億円、海外含め1,500億円に到達。半導体・蓄電池工場の大型引合いも継続。 | 建設需要の構造変化を捉え、製造業・データセンター向け受注に重心を移した戦略が奏功。 | ||||
2026 1-12月 | M&A | あおみ建設の完全子会社化を発表 海洋土木に強みを持つあおみ建設を完全子会社化。洋上風力を含む海洋土木全般でシナジーを追求。 | 洋上風力・海洋インフラ分野の施工能力を大幅に補完するM&A。 |
- 清水喜助が江戸神田鍛冶町に大工業を開業
越中富山出身の大工、清水喜助が江戸神田鍛冶町にて大工業を創業。後の清水建設の起源。
創業220年超の歴史を持つスーパーゼネコンの起源。民間建築に強い堅実経営の原点。 - 横浜開港に伴い横浜店を開設
幕府の諸施設建設のために横浜へ進出。居留地の外国商館建築工事等を通じて西洋建築技術を習得した。
横浜開港に伴う海外建築技術の導入拠点を確立し、西洋建築の技術的基盤を構築した。 - 技師長制を発足し設計・施工一貫態勢を整備
工学士を招聘して技師長制を発足させ、設計・施工一貫態勢を整備した。
近代的な設計・施工一貫体制を確立し、総合建設業者としての組織基盤を構築した。 - 渋沢栄一を相談役に迎え民間建築方針を確定
渋沢栄一を相談役に迎え、営業方針を「民間の建築工事」と定めた。以降、店内改革や専属取引業者の組織化等を進めた。
渋沢栄一の経営助言のもと民間建築路線を確立。現在に至る「民間建築に強い」という清水建設のDNAの原点。 - 合資会社清水組を設立し会社組織に変更
清水同族により資本金100万円をもって合資会社清水組を設立。個人営業から法人化。
個人営業から法人組織へ移行し、近代的企業体制の基礎を確立した。 - 合資会社東京鐵骨橋梁製作所(現 日本ファブテック)を設立
本店芝浦鐵工所を合資会社東京鐵骨橋梁製作所として設立。
- 株式会社清水組を設立
株式会社清水組を設立。
株式会社化により近代的企業統治体制へ移行し、大規模受注に対応できる体制を整備した。 - 合資会社清水組を合併し全国支店網を整備
合資会社清水組を合併。名古屋支店・大阪支店(現 関西支店)・九州支店を開設。
法人統合と同時に全国支店網を一挙に整備し、全国規模の建設会社としての事業基盤を確立。 - 北海道支店開設
- 広島支店開設
- 終戦後本社社屋で業務再開
戦災を免れた本社社屋で終戦翌日の8月18日に業務を再開。当時の社員数は約3500人。
戦後復興への迅速な始動。 - 研究室(現技術研究所)を新設
戦後いち早く研究部門を立ち上げ、技術開発体制を構築した。
戦後の復興期に研究開発体制を整備し、技術主導型の経営基盤を確立した先駆的取り組み。 - 仙台支店開設(現 東北支店)
- 北陸支店・四国支店開設
- 丸喜産業(現 ミルックス)を設立
建設資材等の販売会社として余剰人員対策も兼ねて設立。
- 第一設備工業を設立
総合設備会社として設立。
- 清水建設株式会社と社名変更
企業再建整備計画に基づき社名を変更。在外資産喪失と戦時補償打ち切りによる損失処理後、11月の増資で初めて外部資本を導入し再建。
現社名への改称と外部資本導入により、同族企業から近代的公開企業への転換点となった。 - 土木部門を強化
土木部組織の整備拡充と子会社新清土木の吸収合併を行い、土木部門の強化を図った。60年代には総売上高の約2割を土木部門が支えるまでに成長。
建築主体から総合工事業者への体制転換を実現した組織改革。 - 当社株式を東京店頭市場に公開
資本金を30億円に増資し、株式の一部を公開した。
株式公開により資本調達力を飛躍的に強化し、高度成長期の設備投資に対応する財務基盤を確立。 - 東京証券取引所市場第二部に上場東証上場により市場からの信認を獲得。
- 東京証券取引所市場第一部に上場東証一部への指定替えにより、大手建設会社としての市場的地位を確立。
- 名古屋・大阪両証券取引所市場第一部に上場
- 非同族社長の就任
社長の清水康雄が死去し、後任に清水同族以外から初めて吉川清一が就任。以後、非同族社長が続いた。
創業家から経営が離れ、専門経営者による企業統治へ移行した画期。 - 量産住宅用PC板製造工場を新設
相模工場を新設。1972年には全国6工場、年間生産能力1万戸の態勢を整備。
PC住宅の量産体制を構築し、住宅産業への本格参入を実現。 - 不動産取引に関する業務を事業目的に追加
- ブラジル現地法人設立で海外本格進出
石油危機対策として「造注」と海外進出を展開。まずブラジルに現地法人を設立し、東南アジア、中近東、欧米等34カ国に営業網を拡大。
石油危機を契機とした海外本格進出の開始。積極経営策への転換点。 - EC化(エンジニアリング・コンストラクター化)を決定
設計・施工にとどまず企画から維持保全までプロジェクト全体を請け負う方式で事業領域拡大を図る方針を決定。外国部を解消し海外営業部・海外建設部を設置。
総合建設業からエンジニアリング・コンストラクターへの事業領域拡大戦略の転換点。 - TQCを本格導入
1983年10月にはデミング賞実施賞を受賞。
品質管理の全社導入で業界の品質基準を先導した取り組み。 - 横浜支店開設
- EC化に備えるため定款の事業目的を追加
- 10年ビジョン「シミズスプリング計画」を策定
建設周辺分野から異業種までの多角化を目指す事業ビジョン。清水不動産(1985年)やシミズリフォーム(1986年)を設立。
多角化経営への本格的な戦略転換。建設不況期に将来を見据えた中長期ビジョンを策定。 - シミズリフォーム(現 シミズ・ビルライフケア)を設立
- 千葉支店開設
- 初の無担保転換社債500億円を発行
急激な資金需要に対処するため総額500億円の無担保転換社債を初めて発行。
バブル期の建設ブームに対応する資金調達手段の多様化。 - エスシー・リース・マシーナリ(現 エスシー・マシーナリ)を設立
- 業界トップの業績を回復
バブル期の首都圏大型民間建築ブームを背景に、当社の得意分野が活況を呈し、業界トップの業績を達成した。
民間建築に強い当社の競争優位性が最大限発揮された象徴的な時期。 - 定款の事業目的を追加
資源エネルギー開発・環境整備等への業容拡大に備えた。
- 新長期ビジョン「SHIMZ-21」を策定
バブル崩壊を受け2000年に向けた新ビジョンを策定。前ビジョンの多角化路線を見直し、本業である建設事業を基幹とする事業再構築を企図。
バブル崩壊後の構造転換として本業回帰路線を明確化した戦略的転換。 - 本店を東京都中央区から港区芝浦に移転
新本社社屋を芝浦に建設し移転。
新本社建設は自社の技術力を示すショーケース。 - 東京支店・土木東京支店開設
- 定款の事業目的を追加
エネルギー供給事業・PFI事業等の展開に備え。
- 清水総合開発を設立
不動産会社として設立。
- 定款の事業目的を追加
土壌浄化事業・温室効果ガス排出権取引事業等に備え。
- 国際支店開設
- 初の連結純損失を計上
FY09(2010年3月期)に当期純損失68.5億円を計上。リーマンショック後の建設不況により特別損失が拡大。
創業以来初の連結純損失であり、リーマンショックが建設業に与えた深刻な影響を示した。 - 本店を東京都港区から中央区に移転
- 定款の事業目的を追加
農林水産関連分野の事業展開に備え。
- シミズ・アメリカ社を設立
北米事業の事業統括法人として設立。
海外建設事業の体制強化として北米拠点を法人化。 - 鹿島建設・竹中工務店との技術連携を発表
自動搬送システム(Robo-Carrier)の相互利用等、新規技術の共同開発や既存技術の相互利用を促進。業界全体の生産性向上を目指す。
競合スーパーゼネコン3社による異例の技術連携。建設業の人手不足に対する業界横断的対応。 - 土木国際支店開設
- 清水建設不動産投資顧問を設立(私募リート組成へ)
私募リートの組成に向けて資産運用会社を設立。2022年秋頃からの運用開始を予定。不動産開発の回転型ビジネスモデルを構築。
不動産開発事業を回転型ビジネスへ転換するための基盤整備。 - 日本道路を株式公開買付けにより連結子会社化
道路舗装大手の日本道路をTOBにより連結子会社化。グループのインフラ事業基盤を大幅に強化。
スーパーゼネコンによる道路舗装大手のM&Aであり、建設業界のグループ再編の象徴的事例。 - 東京証券取引所プライム市場・名古屋証券取引所プレミア市場に移行
- SEP船「BLUE WIND」完成
自社建造の大型SEP船(自己昇降式作業台船)が完成。クレーン最大揚重能力2,500t、最高揚重高さ158mで国内最大級。洋上風力発電施設建設の中核設備。
国内最大級のSEP船を自社保有し、洋上風力発電事業への本格参入の基盤を確立した戦略的投資。 - グローバル事業本部を設立
海外事業の統括組織としてグローバル事業本部を新設。
海外事業の組織的強化により、グローバル展開を加速する体制を構築。 - 丸彦渡辺建設を連結子会社化
北海道の地場ゼネコンである丸彦渡辺建設を株式取得により連結子会社化。
地方ゼネコンのM&Aによる地域建設事業の補完戦略。 - 潮見イノベーションセンター「温故創新の森 NOVARE」開業
越中島の技術研究所が手狭となり、100年後・200年後を見据えたイノベーション拠点として設立。長期ビジョン達成も含めた技術革新の拠点。
将来100年を見据えた研究開発拠点の整備であり、技術主導型経営を加速する戦略投資。 - トーチタワー着工
常盤橋プロジェクトの超高層ビル「Torch Tower」に着工。優先交渉権獲得(2022年3月)から長期間の物価交渉を経て契約。支店と同等の位置付けとなる組織「常盤橋プロジェクト」を新設し全社体制で臨む。
国家的再開発プロジェクトの施工を担い、超大型工事への技術的挑戦を体現。 - 初の連結営業損失を計上
FY23(2024年3月期)に営業損失246.8億円を計上。大型建築工事の受注時採算悪化、資材価格高騰、工事損失引当金の大規模計上が重なり、上場来初の営業赤字に転落。
上場来初の連結営業赤字であり、大手ゼネコンの収益構造の脆弱性が露呈した歴史的転換点。受注時採算の厳格化へ経営方針を大きく転換する契機となった。 - 中期経営計画〈2024-2026〉を策定
FY23の営業赤字を受け、建設事業の収益力回復を最優先課題とする新中計を策定。ROE10%以上、建設事業利益率10%を目標。政策保有株式の縮減、PBR1倍超えを目指す。
営業赤字からの反転を図る経営再建計画であり、資本効率改善と本業回帰を同時に推進。 - 政策保有株式の縮減目標を前倒し
当初2026年度末に連結純資産の20%以下としていた目標を、10%以下に大幅前倒し。PBR1倍割れ解消に向けた資本効率改善策。
PBR1倍割れを深刻に受け止め、資本効率改善に大きく舵を切った経営判断。 - 新村達也が第10代社長に就任
9年ぶりの社長交代。建築総本部長として受注時採算確保の徹底に取り組んできた新村が社長就任。「建設事業の立て直し」を掲げ原点回帰を宣言。
上場来初の営業赤字を経験した後、建設事業の再建を託された新経営体制の発足。 - 連結営業利益が710億円に回復
FY24(2025年3月期)に営業利益710億円を計上し前期の営業赤字から大幅回復。受注時採算の改善と政策保有株式の売却が寄与。
受注時採算厳格化の効果が早期に顕在化し、営業赤字からのV字回復を実現。 - 日本道路の完全子会社化を発表
2022年に連結子会社化した日本道路を完全子会社化するためTOBを実施。グループ経営資源の相互活用を迅速化。
グループ経営の一体化を加速し、インフラ更新需要への対応力を強化する戦略的M&A。 - データセンター受注が国内1,200億円超に拡大
FY25第3四半期までの国内データセンター受注実績が1,200億円、海外含め1,500億円に到達。半導体・蓄電池工場の大型引合いも継続。
建設需要の構造変化を捉え、製造業・データセンター向け受注に重心を移した戦略が奏功。 - あおみ建設の完全子会社化を発表
海洋土木に強みを持つあおみ建設を完全子会社化。洋上風力を含む海洋土木全般でシナジーを追求。
洋上風力・海洋インフラ分野の施工能力を大幅に補完するM&A。