東武鉄道の沿革(1897〜2024年)
東武鉄道の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1897 1-12月 | 創業 | 東武鉄道株式会社を設立 北関東における鉄道敷設のため設立。初代社長は末延道成 | 東京から北関東を結ぶ私鉄として創業。後に関東最大の路線網を持つ私鉄に成長した | |||
1899 1-12月 | 設備 | 伊勢崎線北千住~久喜間開通、営業開始 東武鉄道の基幹路線である伊勢崎線が営業を開始 | 伊勢崎線は東武鉄道の収益の中核となる路線 | |||
1904 1-12月 | 設備 | 亀戸線開通 | ||||
1905 1-12月 | 人事 | 根津嘉一郎が経営に参画 経営不振の東武鉄道の株式を取得し取締役に就任。利根川架橋など路線拡充により経営を改善 | 根津家による約120年間の経営支配の始まり。根津嘉一郎は「中興の祖」と呼ばれた | |||
1910 1-12月 | 設備 | 伊勢崎線太田~伊勢崎間開通 | ||||
1912 1-12月 | M&A | 佐野鉄道を合併 | 北関東の地方鉄道を吸収し路線網を拡大した | |||
1913 1-12月 | M&A | 太田軽便鉄道の軽便鉄道部を買収 | ||||
1920 1-12月 | M&A | 東上鉄道を合併 東上鉄道株式会社を合併し東上線を取得 | 伊勢崎線系統と東上線系統の2大路線体制が確立した | |||
1929 1-12月 | 組織 | 不動産事業に参入 事業目的に土地建物の売買・賃貸および自動車事業を追加 | 鉄道以外の事業多角化の出発点 | |||
| 設備 | 日光線開通 | 日光への観光路線として東武鉄道のレジャー事業の基盤となった | ||||
1931 1-12月 | 設備 | 浅草~業平橋間開通 浅草雷門(現・浅草)~業平橋(現・とうきょうスカイツリー)間が開通 | 浅草への乗り入れにより都心への接続を実現した | |||
| 設備 | 宇都宮線開通 | |||||
1937 1-12月 | M&A | 上州鉄道を買収 | ||||
1941 1-12月 | 人事 | 2代目根津嘉一郎が社長に就任 初代根津嘉一郎の逝去に伴い就任。1994年まで社長を務めた | 2代目は約53年間にわたり経営トップとして同族経営を維持した | |||
1943 1-12月 | M&A | 下野電気鉄道・越生鉄道を買収 戦時統合により路線網を拡大 | 戦時体制下で北関東の鉄道を統合し路線網を確立した | |||
1944 1-12月 | M&A | 総武鉄道を合併 野田線などを取得 | 現在のアーバンパークラインの基盤となる路線を取得した | |||
FY50 1950/3 | 上場 | 東京証券取引所に上場 | ||||
FY59 1959/3 | 子会社 | 東武宇都宮百貨店を設立 | ||||
FY61 1961/3 | 子会社 | 東武百貨店を設立 | 百貨店事業への本格参入 | |||
| 子会社 | 東武会館(現・東武ストア)を設立 チェーンストア事業を開始 | |||||
FY62 1962/3 | 上場 | 東証第一部に指定 | ||||
FY63 1963/3 | 設備 | 日比谷線との相互乗入れ運転を開始 帝都高速度交通営団日比谷線(北千住~人形町間)と相互乗入れ | 伊勢崎線沿線から都心(銀座・六本木等)へのアクセスが実現し、沿線開発が加速した | |||
| 設備 | 東武百貨店池袋店を開店 池袋西口に開業 | 池袋駅西口の核となるターミナル百貨店 | ||||
FY84 1984/3 | 組織 | 熊谷線廃線 1943年12月開通の熊谷線を廃止 | ||||
FY88 1988/3 | 設備 | 有楽町線との相互乗入れ運転を開始 東上線・和光市経由で有楽町線と相互乗入れ | 東上線沿線から都心へのアクセスが向上した | |||
FY90 1990/3 | M&A | 東武百貨店が米サックス買収を計画(撤回) 買収価格10〜12億ドルを想定したがアラブ系企業が15億ドルで落札 | バブル期の海外進出計画の失敗。オーナー根津家と百貨店経営陣の方針対立が表面化した | |||
FY93 1993/3 | 設備 | 東武百貨店池袋店の増改築完成 売場面積82,963平方メートルに拡大。一時日本最大の売場面積 | 池袋西口の再開発と連動した大型投資であり、西武百貨店への対抗策だった | |||
FY94 1994/3 | 人事 | 2代目根津嘉一郎が社長退任 約53年の在任期間を経て退任 | ||||
FY99 1999/3 | 人事 | 根津嘉澄が社長に就任 | 3世代目の根津家経営者として24年間社長を務めた | |||
FY02 2002/3 | 売上高 6,843億円 | 当期純利益 -711億円 | 組織 | 経営合理化を実施 社員1,500名の子会社転籍と150名の希望退職 | 固定費削減による経営改善策 | |
| 子会社 | 東武バス設立 バス事業を分社化 | |||||
FY03 2003/3 | 売上高 6,855億円 | 当期純利益 105億円 | 設備 | 半蔵門線・東急田園都市線と相互乗入れ開始 押上経由で半蔵門線・東急田園都市線と直通運転 | 伊勢崎線から渋谷・中央林間方面へ直通し、東京南西部との接続を実現した | |
FY04 2004/3 | 売上高 6,647億円 | 当期純利益 130億円 | ||||
FY05 2005/3 | 売上高 6,373億円 | 当期純利益 123億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 6,463億円 | 当期純利益 268億円 | 設備 | JR山手線・宇都宮線と相互乗入れ開始 新宿~栗橋間で直通運転 | ||
FY07 2007/3 | 売上高 6,914億円 | 当期純利益 418億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 6,216億円 | 当期純利益 178億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 6,018億円 | 当期純利益 160億円 | 設備 | 副都心線との相互乗入れ開始 和光市経由で東京メトロ副都心線と相互乗入れ | 東上線から新宿三丁目・渋谷方面へのアクセスが向上 | |
FY10 2010/3 | 売上高 5,793億円 | 当期純利益 139億円 | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 5,571億円 | 当期純利益 131億円 | ||||
FY12 2012/3 | 売上高 5,434億円 | 当期純利益 160億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 5,772億円 | 当期純利益 286億円 | 設備 | 東京スカイツリータウン開業 約44か月の工期を経て開業。総投資額約1,430億円、投資回収期間25年を設定 | レジャー事業の収益を大幅に改善し、東武鉄道の事業構造を変えた | |
| 設備 | 東急東横線・みなとみらい線と相互乗入れ開始 東上線から渋谷・横浜方面への直通運転 | 東上線の広域ネットワーク化が進んだ | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 5,936億円 | 当期純利益 315億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 5,832億円 | 当期純利益 306億円 | ||||
FY16 2016/3 | 売上高 5,743億円 | 当期純利益 272億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 5,688億円 | 当期純利益 361億円 | ||||
FY18 2018/3 | 売上高 5,695億円 | 当期純利益 360億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 6,175億円 | 当期純利益 280億円 | M&A | 東武ストアを完全子会社化 公開買付けにより上場廃止 | ||
FY20 2020/3 | 売上高 6,538億円 | 当期純利益 355億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上高 4,963億円 | 当期純利益 -249億円 | 業績 | コロナ禍で最終赤字に転落 鉄道・流通・レジャーの減収により最終赤字 | 創業以来の危機的な業績悪化。鉄道・レジャー・流通の3事業で赤字を計上した | |
FY22 2022/3 | 売上高 5,060億円 | 当期純利益 134億円 | ||||
FY23 2023/3 | 売上高 6,147億円 | 当期純利益 291億円 | 上場 | 東証プライム市場へ移行 | ||
| 設備 | 東上線から相鉄線への直通運転を開始 新横浜線経由で東上線~相鉄本線・いずみ野線が直通 | 東上線の広域ネットワークがさらに拡大し、神奈川方面への直通が実現した | ||||
FY24 2024/3 | 売上高 6,359億円 | 当期純利益 481億円 | 人事 | 都筑豊が社長に就任(創業家以外から初) 根津嘉澄の後任として就任 | 約120年続いた根津家による経営支配が終了した |
- 東武鉄道株式会社を設立
北関東における鉄道敷設のため設立。初代社長は末延道成
東京から北関東を結ぶ私鉄として創業。後に関東最大の路線網を持つ私鉄に成長した - 伊勢崎線北千住~久喜間開通、営業開始
東武鉄道の基幹路線である伊勢崎線が営業を開始
伊勢崎線は東武鉄道の収益の中核となる路線 - 亀戸線開通
- 根津嘉一郎が経営に参画
経営不振の東武鉄道の株式を取得し取締役に就任。利根川架橋など路線拡充により経営を改善
根津家による約120年間の経営支配の始まり。根津嘉一郎は「中興の祖」と呼ばれた - 伊勢崎線太田~伊勢崎間開通
- 佐野鉄道を合併北関東の地方鉄道を吸収し路線網を拡大した
- 太田軽便鉄道の軽便鉄道部を買収
- 東上鉄道を合併
東上鉄道株式会社を合併し東上線を取得
伊勢崎線系統と東上線系統の2大路線体制が確立した - 不動産事業に参入
事業目的に土地建物の売買・賃貸および自動車事業を追加
鉄道以外の事業多角化の出発点 - 日光線開通日光への観光路線として東武鉄道のレジャー事業の基盤となった
- 浅草~業平橋間開通
浅草雷門(現・浅草)~業平橋(現・とうきょうスカイツリー)間が開通
浅草への乗り入れにより都心への接続を実現した - 宇都宮線開通
- 上州鉄道を買収
- 2代目根津嘉一郎が社長に就任
初代根津嘉一郎の逝去に伴い就任。1994年まで社長を務めた
2代目は約53年間にわたり経営トップとして同族経営を維持した - 下野電気鉄道・越生鉄道を買収
戦時統合により路線網を拡大
戦時体制下で北関東の鉄道を統合し路線網を確立した - 総武鉄道を合併
野田線などを取得
現在のアーバンパークラインの基盤となる路線を取得した - 東京証券取引所に上場
- 東武宇都宮百貨店を設立
- 東武百貨店を設立百貨店事業への本格参入
- 東武会館(現・東武ストア)を設立
チェーンストア事業を開始
- 東証第一部に指定
- 日比谷線との相互乗入れ運転を開始
帝都高速度交通営団日比谷線(北千住~人形町間)と相互乗入れ
伊勢崎線沿線から都心(銀座・六本木等)へのアクセスが実現し、沿線開発が加速した - 東武百貨店池袋店を開店
池袋西口に開業
池袋駅西口の核となるターミナル百貨店 - 熊谷線廃線
1943年12月開通の熊谷線を廃止
- 有楽町線との相互乗入れ運転を開始
東上線・和光市経由で有楽町線と相互乗入れ
東上線沿線から都心へのアクセスが向上した - 東武百貨店が米サックス買収を計画(撤回)
買収価格10〜12億ドルを想定したがアラブ系企業が15億ドルで落札
バブル期の海外進出計画の失敗。オーナー根津家と百貨店経営陣の方針対立が表面化した - 東武百貨店池袋店の増改築完成
売場面積82,963平方メートルに拡大。一時日本最大の売場面積
池袋西口の再開発と連動した大型投資であり、西武百貨店への対抗策だった - 2代目根津嘉一郎が社長退任
約53年の在任期間を経て退任
- 根津嘉澄が社長に就任3世代目の根津家経営者として24年間社長を務めた
- 経営合理化を実施
社員1,500名の子会社転籍と150名の希望退職
固定費削減による経営改善策 - 東武バス設立
バス事業を分社化
- 半蔵門線・東急田園都市線と相互乗入れ開始
押上経由で半蔵門線・東急田園都市線と直通運転
伊勢崎線から渋谷・中央林間方面へ直通し、東京南西部との接続を実現した - JR山手線・宇都宮線と相互乗入れ開始
新宿~栗橋間で直通運転
- 副都心線との相互乗入れ開始
和光市経由で東京メトロ副都心線と相互乗入れ
東上線から新宿三丁目・渋谷方面へのアクセスが向上 - 東京スカイツリータウン開業
約44か月の工期を経て開業。総投資額約1,430億円、投資回収期間25年を設定
レジャー事業の収益を大幅に改善し、東武鉄道の事業構造を変えた - 東急東横線・みなとみらい線と相互乗入れ開始
東上線から渋谷・横浜方面への直通運転
東上線の広域ネットワーク化が進んだ - 東武ストアを完全子会社化
公開買付けにより上場廃止
- コロナ禍で最終赤字に転落
鉄道・流通・レジャーの減収により最終赤字
創業以来の危機的な業績悪化。鉄道・レジャー・流通の3事業で赤字を計上した - 東証プライム市場へ移行
- 東上線から相鉄線への直通運転を開始
新横浜線経由で東上線~相鉄本線・いずみ野線が直通
東上線の広域ネットワークがさらに拡大し、神奈川方面への直通が実現した - 都筑豊が社長に就任(創業家以外から初)
根津嘉澄の後任として就任
約120年続いた根津家による経営支配が終了した
参考文献・出所
有価証券報告書
経済界ウェブ 2023/12/11
東邦経済 1960/6
電気設備学会誌 2012/10
決算説明会 FY24
決算説明会 FY22