沿革年表 1889〜2025年における重要度別の出来事(合計53件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項会社設立 | 間猛馬が間組を創業(門司) 明治22年4月に間猛馬が福岡県門司で個人企業として間組を創業し土木建築の請負に従事。のち本店を下関を経て東京へ移し大型土木を得意とする総合建設業者へ発展 現在の法人(株式会社間組系=安藤・間の存続母体)の直接の起源 | 1889 1-12月 | ||||
日本初のループ線・鹿児島本線大畑〜人吉間が竣工 明治42年に鹿児島本線の大畑〜人吉間(熊本県)で日本初のループ線が竣工。急勾配を克服するループとスイッチバックを組み合わせた山岳鉄道の難工事を完遂した 創業初期から鉄道土木の技術力を示した | 1909 1-12月 | |||||
日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工 明治44年に中国・北朝鮮国境の鴨緑江に架かる鴨緑江橋で日本初の潜函(ニューマチックケーソン)工事が竣工。圧縮空気を用いた橋梁基礎工法を本格適用した 橋梁基礎の先端工法を確立し大型土木の基盤を築いた | 1911 1-12月 | |||||
新規事業 | 電力土木に進出し女子畑水力発電所を受注 明治45年に女子畑水力発電所(大分県)を受注し電力土木へ進出。以降ダム・発電所工事を主力の一つに育て戦前の全国展開につなげた 後年のダム・電源開発事業の起点 | 1912 1-12月 | ||||
組織再編 | 間組を合資会社に改組 大正6年12月に間組を合資会社へ改組(土木系) 個人企業から会社組織への移行 | 1917 1-12月 | ||||
本店を東京へ移転 大正9年に本店を東京へ移転。創業地の門司から下関を経て首都へ拠点を移し全国規模の大型土木を受注する体制を整えた 全国・大型工事への展開拠点を確立 | 1920 1-12月 | |||||
重要事項会社設立 | 株式会社間組を設立 昭和5年12月に資本金50万円で株式会社間組を設立。翌1931年4月に合資会社間組を合併し株式会社へ一本化 土木系の本格的な株式会社化 | 1930 1-12月 | ||||
新規事業 | 地下鉄工事に進出し東京地下鉄道日本橋〜京橋間を受注 昭和6年に東京地下鉄道の日本橋〜京橋間(東京都)を受注し地下鉄工事へ進出。都市土木の新分野を開拓した 都市インフラ・地下構造物へ事業領域を拡大 | 1931 1-12月 | ||||
東宮仮御所が竣工 昭和12年に東宮仮御所(東京都)が竣工。皇室関連の建築を手がけ格式の高い建築でも信任を得た 建築分野での実績と信用を高めた | 1937 1-12月 | |||||
朝鮮・水豊発電所など戦前の大型工事 戦前期に間組はアジア最大の出力70万kWの朝鮮・水豊発電所建設などを手がけ大型土木・ダム工事で全国規模に展開 戦前の大型ダム・発電所工事で土木技術を確立 | 1941 1-12月 | |||||
日本初の海底トンネル・関門トンネル下関工区が竣工 昭和18年に関門トンネルの下関工区(山口県)が竣工。本州と九州を結ぶ日本初の海底鉄道トンネルで潜函以来の水底土木技術を結集した 日本の海底トンネル技術の先駆けとなった | 1943 1-12月 | |||||
経営危機 | 終戦と神部社長による間組再建 終戦で壊滅的打撃を受けた間組を神部社長(中興の祖)が明治神宮仮御殿御造営工事の拝命を皮切りに入間川飛行場など進駐軍工事を請け負って再建 神部社長体制で戦後の経営基盤を確立 | 1945 1-12月 | ||||
明治神宮戦災復興御造営工事が竣工 昭和21年に明治神宮の戦災復興御造営工事(東京都)が竣工。終戦直後に社寺建築の復興を担い戦後再建期の象徴的な工事となった 戦後復興期の事業基盤づくりに寄与 | 1946 1-12月 | |||||
丸山ダム(戦後初のダム工事) 昭和26年に終戦後初のダム工事として木曽川・丸山ダム建設へ着手し電源開発時代の本格化に対応 戦後の電源開発ブームへ参入 | 1951 1-12月 | |||||
佐久間ダム着工(米アトキンソン社と提携) 昭和28年春に当時日本最大の重力式ダム・天竜川佐久間ダムへ着工。米アトキンソン社と技術提携し重機械を駆使して約3年で完成 日本土木史の金字塔。機械化施工を確立 | 1953 1-12月 | |||||
黒部川第四発電所(黒四)に着手 昭和31年6月に世界第2位のアーチダム・黒部川第四発電所工事へ着手し異例の速度で進めて1960年に第一次湛水 戦後最大級の難工事を完遂 | 1956 1-12月 | |||||
井川(日本初の中空重力式)・御母衣ダム 昭和32年に日本初の中空重力式・井川発電所を完成。同年着工の御母衣ロックフィルダムは米アトキンソン社の技術を導入して44か月で完成し1961年に営業発電を開始 多様なダム型式の施工技術を蓄積 | 1957 1-12月 | |||||
名古屋城の復元工事が竣工 昭和34年8月に名古屋城の復元工事が竣工。会津鶴ヶ城など城郭復元でも陣頭指導 大型土木に加え建築・復元工事でも実績 | 1959 1-12月 | |||||
海外進出 | 戦後初の大型海外工事・ダニム第一発電所を受注 昭和35年にベトナムのダニム第一発電所を受注。戦後初の大型海外工事で賠償・経済協力案件を足がかりに海外建設市場へ踏み出した 戦後の海外事業展開の起点 | FY60 1960/9 | 売上高 187億円 | 当期純利益 4億円 | ||
FY61 1961/9 | 売上高 336億円 | 当期純利益 9億円 | ||||
株式上場 | 東京証券取引所市場第二部に上場 昭和37年に東京証券取引所市場第二部へ上場。株式公開で資本市場から資金を調達し高度成長期の受注拡大に備えた 公開企業として資本基盤を強化 | FY62 1962/9 | 売上高 234億円 | 当期純利益 10億円 | ||
伊勢湾台風災害復旧工事が竣工 昭和37年に伊勢湾台風の災害復旧工事(愛知県)が竣工。1959年の甚大な高潮被害からの復旧を担い防災・復旧分野での施工力を示した 公共性の高い災害復旧での実績 | ||||||
黒部ダム(黒部川第四発電所)が竣工 昭和38年に黒部ダム(富山県)が竣工。世紀の大事業と呼ばれた黒部川第四発電所の中核をなすアーチダムで戦後最大級の山岳難工事を完遂した 戦後土木の象徴的プロジェクトを完遂 | FY63 1963/9 | 売上高 403億円 | 当期純利益 18億円 | |||
東海道新幹線・新丹那トンネルが竣工 昭和39年に東海道新幹線の新丹那トンネル(静岡県)が竣工。開業に間に合わせ高速鉄道時代を支える長大トンネル土木を担った 新幹線という国家事業に技術で貢献 | FY64 1964/9 | 売上高 560億円 | 当期純利益 11億円 | |||
FY65 1965/9 | 売上高 469億円 | 当期純利益 7億円 | ||||
完工高で建築が土木を逆転(間組) 昭和41年9月期に間組の完工高に占める建築比率が53%となり初めて土木を上回る。当時の年間完工高は約531億円 土木専業から土木・建築両輪への転換 | FY66 1966/9 | 売上高 589億円 | 当期純利益 7億円 | |||
FY67 1967/9 | 売上高 531億円 | 当期純利益 6億円 | ||||
海外進出 | 海外工事の受注を本格化(間組) 1960年代後半にベトナム発電所・タイの鉄道に続きラオスのナムグム・ダムを受注するなど海外工事へ注力 海外建設市場への進出 | FY68 1968/9 | 売上高 658億円 | 当期純利益 6億円 | ||
伊勢神宮宇治橋の架け替え工事が竣工 昭和44年に伊勢神宮の宇治橋架け替え工事(三重県)が竣工。以降は式年遷宮のご修造の一つとして20年ごとに3回架け替えを担当している 伝統建築・社寺工事での継続的な信任 | FY69 1969/9 | 売上高 747億円 | 当期純利益 9億円 | |||
FY70 1970/9 | 売上高 815億円 | 当期純利益 14億円 | ||||
FY71 1971/9 | 売上高 1,039億円 | 当期純利益 21億円 | ||||
FY72 1972/9 | 売上高 1,225億円 | 当期純利益 29億円 | ||||
FY73 1973/9 | 売上高 1,664億円 | 当期純利益 42億円 | ||||
株式上場 | 東京・大阪・名古屋証券取引所市場第一部に上場 昭和49年に東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場。二部から一部へ昇格し大手建設会社としての地位を確立した 主要市場での評価を確立 | FY74 1974/9 | 売上高 2,268億円 | 当期純利益 32億円 | ||
FY75 1975/9 | 売上高 2,274億円 | 当期純利益 51億円 | ||||
FY76 1976/9 | 売上高 2,261億円 | 当期純利益 41億円 | ||||
FY77 1977/9 | 売上高 2,212億円 | 当期純利益 -58億円 | ||||
FY78 1978/9 | 売上高 2,546億円 | 当期純利益 23億円 | ||||
FY79 1979/9 | 売上高 2,845億円 | 当期純利益 17億円 | ||||
伊藤忠商事東京本社ビルが竣工(第23回BCS賞) 昭和55年に伊藤忠商事東京本社ビル(東京都)が竣工し第23回BCS賞を受賞。大型オフィスビル建築で評価を得た 都市建築での設計・施工力が認知された | FY80 1980/9 | 売上高 3,257億円 | 当期純利益 18億円 | |||
研究開発 | 埼玉県与野市に技術研究所を開設 昭和56年に埼玉県与野市(当時)へ技術研究所を開設。自社の研究開発拠点を整備し施工・耐震などの技術力強化に取り組んだ 自前の技術開発体制を整備 | FY81 1981/9 | 売上高 3,346億円 | 当期純利益 28億円 | ||
明治神宮薪能の奉納協賛を開始 昭和57年に明治神宮薪能の奉納協賛を開始し以降現在まで毎年開催。文化事業を通じた社会貢献を継続している 文化支援を通じた企業ブランドの形成 | FY82 1982/9 | 売上高 3,431億円 | 当期純利益 30億円 | |||
国立能楽堂が竣工(第26回BCS賞) 昭和58年に国立能楽堂(東京都)が竣工し第26回BCS賞を受賞。伝統芸能の専用劇場という高度な意匠・音響性能を要する建築を手がけた 文化施設建築での技術と意匠を示した | FY83 1983/9 | 売上高 3,500億円 | 当期純利益 34億円 | |||
FY84 1984/9 | 売上高 3,624億円 | 当期純利益 37億円 | ||||
日本初の本格的インテリジェントビル・ホンダ青山ビルが竣工(第28回BCS賞) 昭和60年にホンダ青山ビル(東京都)が竣工し第28回BCS賞を受賞。OA・情報通信設備を統合した日本初の本格的インテリジェントビルとして注目された 高度情報化に対応した先進建築の先駆け | FY85 1985/9 | 売上高 3,790億円 | 当期純利益 27億円 | |||
青函トンネル吉岡工区の本坑が貫通 昭和60年に青函トンネルの吉岡工区(北海道)で本坑が貫通。本州と北海道を結ぶ世界有数の長大海底トンネルの難工事に参画した 関門トンネル以来の海底トンネル技術の到達点 | ||||||
FY86 1986/9 | 売上高 3,509億円 | 当期純利益 24億円 | ||||
FY87 1987/9 | 売上高 3,676億円 | 当期純利益 34億円 | ||||
FY88 1988/9 | 売上高 4,453億円 | 当期純利益 39億円 | ||||
創業100周年を迎える 平成元年に創業100周年を迎えた。1889年の門司での創業以来ダム・トンネルなど土木を軸に建築・海外へ事業を広げ業界有数のゼネコンへ成長した 1世紀の歴史を刻む節目 | FY89 1989/9 | 売上高 5,275億円 | 当期純利益 50億円 | |||
ガルガルダム(アルジェリア)と葛西臨海水族園が竣工 平成元年にアルジェリアのガルガルダムと葛西臨海水族園(東京都・第32回BCS賞)が竣工。海外大型土木と国内の話題建築を同時期に手がけた 海外土木と国内建築の両面で実績 | ||||||
呼称をハザマに変更 平成4年に企業の呼称をハザマに変更。創業以来の間組からカタカナ表記へ改めコーポレートアイデンティティを刷新した ブランド刷新による企業イメージの一新 | FY92 1992/9 | |||||
研究開発 | 技術研究所をつくば市へ移転 平成4年に技術研究所を与野市からつくば市へ移転。研究学園都市に拠点を構え研究開発機能を拡充した 研究開発体制の強化 | |||||
味噌川ダムとセランゴール上水道(マレーシア)が竣工 平成6年に味噌川ダム(長野県)とマレーシアのセランゴール上水道が竣工。国内外で得意の水資源・環境分野の実績を重ねた 国内外で水インフラ分野の実績を拡大 | FY94 1994/9 | |||||
東京ビッグサイトが竣工(第38回BCS賞) 平成7年に東京ビッグサイト(東京国際展示場・東京都)が竣工し第38回BCS賞を受賞。逆ピラミッド型の象徴的な大型公共建築を手がけた ランドマーク級の大型建築での実績 | FY95 1995/9 | |||||
世界初の洋上石油備蓄基地・白島と日本初の免震病院・星が浦病院が竣工 平成8年に世界初の洋上石油備蓄基地・白島(福岡県)と日本初の免震病院・星が浦病院(北海道)が竣工。エネルギー備蓄と免震で世界・国内初を達成した 洋上備蓄・免震という先端技術で先駆けた | FY96 1996/9 | |||||
当時世界一の高さ・ペトロナスツインタワーが竣工 平成9年にマレーシアのペトロナスツインタワーが竣工。当時世界一の高さを誇る超高層ツインタワーの一塔を施工した 海外超高層建築での技術力を世界に示した | FY97 1997/9 | |||||
業務提携 | 西武建設株式会社と事業提携 平成13年に西武建設株式会社と事業提携。建設不況下で経営資源の補完と受注基盤の強化を図った 建設不況下での提携による生き残り模索 | FY01 2001/9 | ||||
経営危機 | 旧ハザマ(間組の後身)の経営危機と事業再生 1990年代後半に海外工事の損失と国内不採算案件で財務が悪化した旧ハザマ(株式会社ハザマ)は2002〜2003年に事業再生計画を策定 本体再建が困難となり会社分割へ | FY02 2002/9 | ||||
業務提携 | 新名順一 | 安藤建設株式会社と資本業務提携 平成15年に安藤建設株式会社と資本業務提携を締結。会社分割で再出発したハザマが建築主体の安藤建設と関係を深め2013年の経営統合への布石となった のちの安藤・間誕生に直結する資本提携 | FY03 2003/9 | |||
重要事項組織再編 | 新名順一 | 会社分割で株式会社間組を承継設立し東証一部に上場 平成15年10月1日に旧ハザマ(現商号: 青山管財)の会社分割により建設事業部門の承継会社として株式会社間組を設立し東証一部へ上場。建設業許可・宅建免許も取得 健全な建設事業のみを切り出し歴史的な間組の社名を継承して再出発 | FY04 2004/9 | 売上高 1,403億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 7億円 | |
大洲城天守閣復元工事が竣工 平成16年に大洲城天守閣復元工事(愛媛県)が竣工。復元された木造天守として日本一の高さを実現し国土技術開発賞最優秀賞・ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞した 木造復元建築の技術で最高位の評価 | ||||||
設備投資 | 新名順一 | 本店を虎ノ門へ移転(株式会社間組) 平成17年5月に本店を港区北青山から港区虎ノ門へ移転 業容拡大に伴う拠点移転 | FY05 2005/9 | 売上高 2,253億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 26億円 | |
| 新名順一 | パレンバン空港(インドネシア)が竣工 平成18年にインドネシアのパレンバン空港が竣工。東南アジアの交通インフラ整備に参画し海外での社会基盤建設を継続した 東南アジアでのインフラ事業を継続 | FY06 2006/9 | 売上高 2,305億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 21億円 | ||
| 小野俊雄 | FY07 2007/9 | 売上高 2,372億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 9億円 | |||
| 小野俊雄 | FY08 2008/9 | 売上高 2,210億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8億円 | |||
| 小野俊雄 | FY09 2009/9 | 売上高 2,243億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 10億円 | |||
| 小野俊雄 | FY10 2010/9 | 売上高 1,919億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -17億円 | |||
| 小野俊雄 | FY11 2011/9 | 売上高 1,967億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 16億円 | |||
研究開発 | 野村俊明 | 技術研究所つくば開設20周年記念技術展を開催 平成24年に技術研究所のつくば開設20周年を記念し技術展を開催。免震・環境・土木などの研究開発成果を公開した 研究開発の蓄積を社内外へ発信 | FY12 2012/9 | 売上高 1,820億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 18億円 | |
重要事項組織再編 | 野村俊明 | 株式会社間組を存続会社として安藤建設と合併し安藤・間が発足 平成25年4月1日に株式会社間組を存続会社として安藤建設株式会社と合併し株式会社安藤・間(ブランド名: 安藤ハザマ)が発足。本店を港区赤坂へ移転 土木の間組と建築の安藤建設が統合。間組系が上場・EDINET登録を継承する準大手ゼネコン再編 | FY13 2013/9 | 売上高 1,979億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 23億円 | |
社長交代 | 初代社長に野村俊明氏が就任 合併後の初代社長に野村俊明氏が就任(2013年4月〜2018年3月。旧ハザマ=間組系) 統合期を率いる | |||||
| 野村俊明 | FY14 2014/9 | 売上高 3,712億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 164億円 | |||
| 野村俊明 | FY15 2015/9 | 売上高 3,697億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 72億円 | |||
| 野村俊明 | FY16 2016/9 | 売上高 3,793億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 150億円 | |||
| 福富正人 | FY17 2017/9 | 売上高 4,080億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 263億円 | |||
社長交代 | 福富正人 | 2代社長に福富正人氏が就任 代表取締役社長に福富正人氏が就任(2018年4月〜2023年3月) 建築事業の収益改善期 | FY18 2018/9 | 売上高 3,770億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 239億円 | |
| 福富正人 | FY19 2019/9 | 売上高 3,600億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 89億円 | |||
| 福富正人 | FY20 2020/9 | 売上高 3,781億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 168億円 | |||
| 福富正人 | FY21 2021/9 | 売上高 3,521億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 172億円 | |||
| 国谷一彦 | FY22 2022/9 | 売上高 3,403億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 177億円 | |||
社長交代 | 国谷一彦 | 3代社長に国谷一彦氏が就任 代表取締役社長に国谷一彦氏が就任(旧ハザマ=間組系。土木技術・経営企画) 合併10年目の次世代経営へ移行 | FY23 2023/9 | 売上高 3,721億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 152億円 | |
| 国谷一彦 | FY24 2024/9 | 売上高 3,941億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 139億円 | |||
| 国谷一彦 | FY25 2025/9 | 売上高 4,252億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 264億円 |
- 間猛馬が間組を創業(門司)
明治22年4月に間猛馬が福岡県門司で個人企業として間組を創業し土木建築の請負に従事。のち本店を下関を経て東京へ移し大型土木を得意とする総合建設業者へ発展
現在の法人(株式会社間組系=安藤・間の存続母体)の直接の起源 - 日本初のループ線・鹿児島本線大畑〜人吉間が竣工
明治42年に鹿児島本線の大畑〜人吉間(熊本県)で日本初のループ線が竣工。急勾配を克服するループとスイッチバックを組み合わせた山岳鉄道の難工事を完遂した
創業初期から鉄道土木の技術力を示した - 日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工
明治44年に中国・北朝鮮国境の鴨緑江に架かる鴨緑江橋で日本初の潜函(ニューマチックケーソン)工事が竣工。圧縮空気を用いた橋梁基礎工法を本格適用した
橋梁基礎の先端工法を確立し大型土木の基盤を築いた - 電力土木に進出し女子畑水力発電所を受注
明治45年に女子畑水力発電所(大分県)を受注し電力土木へ進出。以降ダム・発電所工事を主力の一つに育て戦前の全国展開につなげた
後年のダム・電源開発事業の起点 - 間組を合資会社に改組
大正6年12月に間組を合資会社へ改組(土木系)
個人企業から会社組織への移行 - 本店を東京へ移転
大正9年に本店を東京へ移転。創業地の門司から下関を経て首都へ拠点を移し全国規模の大型土木を受注する体制を整えた
全国・大型工事への展開拠点を確立 - 株式会社間組を設立
昭和5年12月に資本金50万円で株式会社間組を設立。翌1931年4月に合資会社間組を合併し株式会社へ一本化
土木系の本格的な株式会社化 - 地下鉄工事に進出し東京地下鉄道日本橋〜京橋間を受注
昭和6年に東京地下鉄道の日本橋〜京橋間(東京都)を受注し地下鉄工事へ進出。都市土木の新分野を開拓した
都市インフラ・地下構造物へ事業領域を拡大 - 東宮仮御所が竣工
昭和12年に東宮仮御所(東京都)が竣工。皇室関連の建築を手がけ格式の高い建築でも信任を得た
建築分野での実績と信用を高めた - 朝鮮・水豊発電所など戦前の大型工事
戦前期に間組はアジア最大の出力70万kWの朝鮮・水豊発電所建設などを手がけ大型土木・ダム工事で全国規模に展開
戦前の大型ダム・発電所工事で土木技術を確立 - 日本初の海底トンネル・関門トンネル下関工区が竣工
昭和18年に関門トンネルの下関工区(山口県)が竣工。本州と九州を結ぶ日本初の海底鉄道トンネルで潜函以来の水底土木技術を結集した
日本の海底トンネル技術の先駆けとなった - 終戦と神部社長による間組再建
終戦で壊滅的打撃を受けた間組を神部社長(中興の祖)が明治神宮仮御殿御造営工事の拝命を皮切りに入間川飛行場など進駐軍工事を請け負って再建
神部社長体制で戦後の経営基盤を確立 - 明治神宮戦災復興御造営工事が竣工
昭和21年に明治神宮の戦災復興御造営工事(東京都)が竣工。終戦直後に社寺建築の復興を担い戦後再建期の象徴的な工事となった
戦後復興期の事業基盤づくりに寄与 - 丸山ダム(戦後初のダム工事)
昭和26年に終戦後初のダム工事として木曽川・丸山ダム建設へ着手し電源開発時代の本格化に対応
戦後の電源開発ブームへ参入 - 佐久間ダム着工(米アトキンソン社と提携)
昭和28年春に当時日本最大の重力式ダム・天竜川佐久間ダムへ着工。米アトキンソン社と技術提携し重機械を駆使して約3年で完成
日本土木史の金字塔。機械化施工を確立 - 黒部川第四発電所(黒四)に着手
昭和31年6月に世界第2位のアーチダム・黒部川第四発電所工事へ着手し異例の速度で進めて1960年に第一次湛水
戦後最大級の難工事を完遂 - 井川(日本初の中空重力式)・御母衣ダム
昭和32年に日本初の中空重力式・井川発電所を完成。同年着工の御母衣ロックフィルダムは米アトキンソン社の技術を導入して44か月で完成し1961年に営業発電を開始
多様なダム型式の施工技術を蓄積 - 名古屋城の復元工事が竣工
昭和34年8月に名古屋城の復元工事が竣工。会津鶴ヶ城など城郭復元でも陣頭指導
大型土木に加え建築・復元工事でも実績 - 戦後初の大型海外工事・ダニム第一発電所を受注
昭和35年にベトナムのダニム第一発電所を受注。戦後初の大型海外工事で賠償・経済協力案件を足がかりに海外建設市場へ踏み出した
戦後の海外事業展開の起点 - 東京証券取引所市場第二部に上場
昭和37年に東京証券取引所市場第二部へ上場。株式公開で資本市場から資金を調達し高度成長期の受注拡大に備えた
公開企業として資本基盤を強化 - 伊勢湾台風災害復旧工事が竣工
昭和37年に伊勢湾台風の災害復旧工事(愛知県)が竣工。1959年の甚大な高潮被害からの復旧を担い防災・復旧分野での施工力を示した
公共性の高い災害復旧での実績 - 黒部ダム(黒部川第四発電所)が竣工
昭和38年に黒部ダム(富山県)が竣工。世紀の大事業と呼ばれた黒部川第四発電所の中核をなすアーチダムで戦後最大級の山岳難工事を完遂した
戦後土木の象徴的プロジェクトを完遂 - 東海道新幹線・新丹那トンネルが竣工
昭和39年に東海道新幹線の新丹那トンネル(静岡県)が竣工。開業に間に合わせ高速鉄道時代を支える長大トンネル土木を担った
新幹線という国家事業に技術で貢献 - 完工高で建築が土木を逆転(間組)
昭和41年9月期に間組の完工高に占める建築比率が53%となり初めて土木を上回る。当時の年間完工高は約531億円
土木専業から土木・建築両輪への転換 - 海外工事の受注を本格化(間組)
1960年代後半にベトナム発電所・タイの鉄道に続きラオスのナムグム・ダムを受注するなど海外工事へ注力
海外建設市場への進出 - 伊勢神宮宇治橋の架け替え工事が竣工
昭和44年に伊勢神宮の宇治橋架け替え工事(三重県)が竣工。以降は式年遷宮のご修造の一つとして20年ごとに3回架け替えを担当している
伝統建築・社寺工事での継続的な信任 - 東京・大阪・名古屋証券取引所市場第一部に上場
昭和49年に東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場。二部から一部へ昇格し大手建設会社としての地位を確立した
主要市場での評価を確立 - 伊藤忠商事東京本社ビルが竣工(第23回BCS賞)
昭和55年に伊藤忠商事東京本社ビル(東京都)が竣工し第23回BCS賞を受賞。大型オフィスビル建築で評価を得た
都市建築での設計・施工力が認知された - 埼玉県与野市に技術研究所を開設
昭和56年に埼玉県与野市(当時)へ技術研究所を開設。自社の研究開発拠点を整備し施工・耐震などの技術力強化に取り組んだ
自前の技術開発体制を整備 - 明治神宮薪能の奉納協賛を開始
昭和57年に明治神宮薪能の奉納協賛を開始し以降現在まで毎年開催。文化事業を通じた社会貢献を継続している
文化支援を通じた企業ブランドの形成 - 国立能楽堂が竣工(第26回BCS賞)
昭和58年に国立能楽堂(東京都)が竣工し第26回BCS賞を受賞。伝統芸能の専用劇場という高度な意匠・音響性能を要する建築を手がけた
文化施設建築での技術と意匠を示した - 日本初の本格的インテリジェントビル・ホンダ青山ビルが竣工(第28回BCS賞)
昭和60年にホンダ青山ビル(東京都)が竣工し第28回BCS賞を受賞。OA・情報通信設備を統合した日本初の本格的インテリジェントビルとして注目された
高度情報化に対応した先進建築の先駆け - 青函トンネル吉岡工区の本坑が貫通
昭和60年に青函トンネルの吉岡工区(北海道)で本坑が貫通。本州と北海道を結ぶ世界有数の長大海底トンネルの難工事に参画した
関門トンネル以来の海底トンネル技術の到達点 - 創業100周年を迎える
平成元年に創業100周年を迎えた。1889年の門司での創業以来ダム・トンネルなど土木を軸に建築・海外へ事業を広げ業界有数のゼネコンへ成長した
1世紀の歴史を刻む節目 - ガルガルダム(アルジェリア)と葛西臨海水族園が竣工
平成元年にアルジェリアのガルガルダムと葛西臨海水族園(東京都・第32回BCS賞)が竣工。海外大型土木と国内の話題建築を同時期に手がけた
海外土木と国内建築の両面で実績 - 呼称をハザマに変更
平成4年に企業の呼称をハザマに変更。創業以来の間組からカタカナ表記へ改めコーポレートアイデンティティを刷新した
ブランド刷新による企業イメージの一新 - 技術研究所をつくば市へ移転
平成4年に技術研究所を与野市からつくば市へ移転。研究学園都市に拠点を構え研究開発機能を拡充した
研究開発体制の強化 - 味噌川ダムとセランゴール上水道(マレーシア)が竣工
平成6年に味噌川ダム(長野県)とマレーシアのセランゴール上水道が竣工。国内外で得意の水資源・環境分野の実績を重ねた
国内外で水インフラ分野の実績を拡大 - 東京ビッグサイトが竣工(第38回BCS賞)
平成7年に東京ビッグサイト(東京国際展示場・東京都)が竣工し第38回BCS賞を受賞。逆ピラミッド型の象徴的な大型公共建築を手がけた
ランドマーク級の大型建築での実績 - 世界初の洋上石油備蓄基地・白島と日本初の免震病院・星が浦病院が竣工
平成8年に世界初の洋上石油備蓄基地・白島(福岡県)と日本初の免震病院・星が浦病院(北海道)が竣工。エネルギー備蓄と免震で世界・国内初を達成した
洋上備蓄・免震という先端技術で先駆けた - 当時世界一の高さ・ペトロナスツインタワーが竣工
平成9年にマレーシアのペトロナスツインタワーが竣工。当時世界一の高さを誇る超高層ツインタワーの一塔を施工した
海外超高層建築での技術力を世界に示した - 西武建設株式会社と事業提携
平成13年に西武建設株式会社と事業提携。建設不況下で経営資源の補完と受注基盤の強化を図った
建設不況下での提携による生き残り模索 - 旧ハザマ(間組の後身)の経営危機と事業再生
1990年代後半に海外工事の損失と国内不採算案件で財務が悪化した旧ハザマ(株式会社ハザマ)は2002〜2003年に事業再生計画を策定
本体再建が困難となり会社分割へ - 安藤建設株式会社と資本業務提携
平成15年に安藤建設株式会社と資本業務提携を締結。会社分割で再出発したハザマが建築主体の安藤建設と関係を深め2013年の経営統合への布石となった
のちの安藤・間誕生に直結する資本提携 - 会社分割で株式会社間組を承継設立し東証一部に上場
平成15年10月1日に旧ハザマ(現商号: 青山管財)の会社分割により建設事業部門の承継会社として株式会社間組を設立し東証一部へ上場。建設業許可・宅建免許も取得
健全な建設事業のみを切り出し歴史的な間組の社名を継承して再出発 - 大洲城天守閣復元工事が竣工
平成16年に大洲城天守閣復元工事(愛媛県)が竣工。復元された木造天守として日本一の高さを実現し国土技術開発賞最優秀賞・ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞した
木造復元建築の技術で最高位の評価 - 本店を虎ノ門へ移転(株式会社間組)
平成17年5月に本店を港区北青山から港区虎ノ門へ移転
業容拡大に伴う拠点移転 - パレンバン空港(インドネシア)が竣工
平成18年にインドネシアのパレンバン空港が竣工。東南アジアの交通インフラ整備に参画し海外での社会基盤建設を継続した
東南アジアでのインフラ事業を継続 - 技術研究所つくば開設20周年記念技術展を開催
平成24年に技術研究所のつくば開設20周年を記念し技術展を開催。免震・環境・土木などの研究開発成果を公開した
研究開発の蓄積を社内外へ発信 - 株式会社間組を存続会社として安藤建設と合併し安藤・間が発足
平成25年4月1日に株式会社間組を存続会社として安藤建設株式会社と合併し株式会社安藤・間(ブランド名: 安藤ハザマ)が発足。本店を港区赤坂へ移転
土木の間組と建築の安藤建設が統合。間組系が上場・EDINET登録を継承する準大手ゼネコン再編 - 初代社長に野村俊明氏が就任
合併後の初代社長に野村俊明氏が就任(2013年4月〜2018年3月。旧ハザマ=間組系)
統合期を率いる - 2代社長に福富正人氏が就任
代表取締役社長に福富正人氏が就任(2018年4月〜2023年3月)
建築事業の収益改善期 - 3代社長に国谷一彦氏が就任
代表取締役社長に国谷一彦氏が就任(旧ハザマ=間組系。土木技術・経営企画)
合併10年目の次世代経営へ移行