安藤・間 の歴史

更新:

1889年、間猛馬が門司で間組を創業。関門トンネル、佐久間ダム、黒部ダム、青函トンネル、ペトロナスツインタワー、2013年の安藤建設との合併までの沿革と経緯を執筆。

創業

1889年

創業者

安藤米吉・間猛馬

創業地

大阪府堺市

直近売上高(2026/3)

4,396億円

長期業績と転換点(1997〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1889年に間猛馬氏は門司で間組を起こし、土木の名門になれたのか
A 官庁工事を原則一般競争入札に付す会計法の公布が、技術と見積もりで実績を競う余地を開いたためである。1889年、日本鉄道を辞した技術者・間猛馬氏は福岡県門司で間組を創業し、鉄道建設の請負を足がかりとした。土木は1案件が数十億円から数百億円規模に達し、地質と工法の読みが採算を左右する。ゆえに難工事を完遂する施工力そのものが信用となり、間組は次の難工事を呼び込み、1962年9月期の完成工事高では土木が62.4%を占める会社になった
Q なぜ2013年に間組は安藤建設と合併したのか
A 土木に偏った間組は準大手ゼネコンとして単独では規模も価格競争力も足りず、それを建築で補える相手が安藤建設だったためである。2003年の会社分割で健全な建設事業へ再建していた間組は、2003年に締結した安藤建設との資本業務提携を布石に、2013年4月、土木に強い間組を存続会社として建築に強い安藤建設を統合した。合併後のFY13売上高3,712億円は単独のFY12から87.6%増へ広がり、土木で利益率を稼ぎ建築で売上の量を取る相互補完で、独力では届かなかった水準へ事業を引き上げた
Q なぜ2023年に国谷体制は人的資本経営を最優先に据えたのか
A 合併由来の補完が一巡し、案件不足ではなく人材の確保と定着が事業継続そのものを左右するためである。2023年4月に3代目社長へ就いた国谷一彦氏は「建設業界で最も従業員を大切にする会社」を掲げ、若年層離れと現場の高齢化が進むなかで人材確保と定着を事業継続の前提に位置づけた。実際にFY24の連結平均年収はFY18の848万円から1,005万円へ上昇している。2023年に定めた中期経営計画2025も、事業強化と並んで人的資本の価値向上を基本方針に掲げている

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1889年〜 間組の創業と戦後の電源開発――門司からダムの名門へ

安藤・間の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1889年 間猛馬が間組を創業(門司)
  2. 1911年 日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工
  3. 1912年 電力土木事業に参入
  4. 1917年 間組を合資会社に改組
  5. 1953年 佐久間ダム工事での米アトキンソン社との共同企業体結成と機械化施工の導入 人力とモッコの土木か、米国式の機械群か——150メートル級ダムを3年で築く工法をどう選んだか
  6. 1956年 黒部川第四発電所(黒四)に着手
  7. 1960年 戦後初の大型海外工事・ダニム第一発電所を受注

間組の創業と発展――門司に始まる土木の系譜

現在の安藤・間の法人格と上場は、1889年創業の間組[1]を母体として受け継がれている。創業者の間猛馬氏[2]は日本鉄道を辞して独立した技術者[3]で、官庁工事を一般競争入札に付す会計法が公布された1889年4月[4]、福岡県門司で個人企業として間組を創業[5]し、鉄道建設の請負を足がかりに[6]土木建築へ乗り出した。仙石貢氏ら帝国大学出の技術者や郷里高知の士族子弟の支援[7]を受けて受注の裾野を広げ、本店を門司から下関を経て東京へ移し[8]、全国規模で工事を手がける総合建設業者へ育った。1911年には日本初の潜函工事として鴨緑江橋を竣工させ[9]、翌1912年には電力土木事業へ参入した[10]

  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [1]安藤・間の母体は1889年創業の間組
    • [2]間組の創業者 間猛馬
    • [5]創業地は福岡県門司、個人企業として発足
  • 間組百年史 1889-1945(間組, 1989)
    • [3]間猛馬は日本鉄道を辞して独立した技術者
    • [4]創業は官庁工事を一般競争入札に付す会計法が公布された1889年4月
    • [6]創業の足がかりは鉄道建設の請負
    • [7]創業期の支援者は仙石貢ら帝国大学出の技術者と郷里高知の士族子弟
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [8]本店を門司から下関を経て東京へ移転
    • [9]1911年 日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工
    • [10]1912年 電力土木事業へ参入

個人企業として始まった間組は工事規模の拡大に合わせて会社組織を整え、1917年12月に合資会社へ改組[11]したのち、1930年12月に資本金50万円で株式会社間組を設立[12]し、翌1931年4月には合資会社間組を吸収合併して株式会社へ一本化した[13]。同じ1931年には地下鉄工事へ参入[14]し、都市土木へも受注を広げた。資本金は設立時の50万円から1939年7月に300万円、1944年2月に600万円へ積み増した[15]。戦前の大型工事では、アジア最大の出力70万kWを誇った朝鮮・水豊発電所[16]を手がけ、1943年には日本初の海底トンネルである関門トンネルの下関工区を竣工させた[17]

  • 間組百年史 1889-1945(間組, 1989)
    • [11]1917年12月 間組を合資会社へ改組
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]1930年12月 資本金50万円で株式会社間組を設立
    • [16]朝鮮・水豊発電所はアジア最大の出力70万kW
  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
    • [13]1931年4月 合資会社間組を吸収合併し株式会社へ一本化
    • [15]資本金は1939年7月に300万円、1944年2月に600万円
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [14]1931年 地下鉄工事へ参入
    • [17]1943年 日本初の海底トンネル・関門トンネル下関工区が竣工
  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [1]安藤・間の母体は1889年創業の間組
    • [2]間組の創業者 間猛馬
    • [5]創業地は福岡県門司、個人企業として発足
  • 間組百年史 1889-1945(間組, 1989)
    • [3]間猛馬は日本鉄道を辞して独立した技術者
    • [4]創業は官庁工事を一般競争入札に付す会計法が公布された1889年4月
    • [6]創業の足がかりは鉄道建設の請負
    • [7]創業期の支援者は仙石貢ら帝国大学出の技術者と郷里高知の士族子弟
    • [11]1917年12月 間組を合資会社へ改組
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [8]本店を門司から下関を経て東京へ移転
    • [9]1911年 日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工
    • [10]1912年 電力土木事業へ参入
    • [14]1931年 地下鉄工事へ参入
    • [17]1943年 日本初の海底トンネル・関門トンネル下関工区が竣工
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]1930年12月 資本金50万円で株式会社間組を設立
    • [16]朝鮮・水豊発電所はアジア最大の出力70万kW
  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
    • [13]1931年4月 合資会社間組を吸収合併し株式会社へ一本化
    • [15]資本金は1939年7月に300万円、1944年2月に600万円

神部社長と戦後の電源開発――間組を象徴したダム工事

終戦で壊滅的な打撃を受けた間組の再建を率いたのは、のちに中興の祖と呼ばれた神部満之助社長[18]であった。神部社長は明治神宮仮御殿御造営工事の拝命を再建の第一歩とし、入間川飛行場をはじめとする進駐軍工事[19]を次々と請け負って経営を立て直した。間組創立から83年の歴史のうち24年にわたって社長を務め[20]、松永安左衛門氏からは「日本ダム王」と呼ばれた[21]。1951年には戦後初のダム工事として木曽川の丸山ダムへ着手[22]した。神部社長は経営者であると同時に大株主でもあり、1962年9月末には筆頭の昭和実栄203万株に次ぐ162万株を保有していた[23]

  • 経済時代(経済時代社, 1972)
    • [18]神部満之助社長は間組の中興の祖
    • [19]戦後再建の第一歩は明治神宮仮御殿御造営工事の拝命、続いて入間川飛行場など進駐軍工事
    • [20]神部社長の在任は間組創立83年のうち24年
    • [21]松永安左衛門による「日本ダム王」の称号
  • 経済時代(経済時代社, 1954)
    • [22]1951年 戦後初のダム工事として木曽川・丸山ダムへ着手
  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
    • [23]1962年9月末の大株主は昭和実栄203万株・神部満之助162万株

1953年着工の天竜川・佐久間ダムでは、間組は熊谷組と米ガイ・F・アトキンソン社を加えた共同企業体で国際入札に臨み、発電所と堰堤あわせて約85億円で落札した[24]。ワゴンドリルやバッチャープラント、ケーブルクレーン、ダンプトラックなど米国から持ち込んだ機械群[25]を主軸に現場を編成し、在来の技術工法なら10年以上かかるといわれた難工事を3年で仕上げて、当時日本最大の重力式ダムを完成させた[26]。佐久間で組み上げた施工体系はその後の現場へ引き継がれ、1956年6月着手で世界第2位のアーチダムとなった黒部川第四発電所[27]、アトキンソン社の技術を再び導入して44か月で完成した御母衣ロックフィルダム[28]、日本初の中空重力式として1957年10月に完成した井川発電所[29]が続いた。土木にとどまらず、1959年8月竣工の名古屋城復元や会津鶴ヶ城の復元工事でも陣頭指導をとった[30]

  • 有沢広巳監修『日本産業史 2』(日経文庫, 日本経済新聞社, 1994)「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [24]佐久間ダムは間組・熊谷組・アトキンソン社の共同企業体が発電所と堰堤あわせて約85億円で落札
    • [25]導入機械はワゴンドリル・バッチャープラント・ケーブルクレーン・ダンプトラックなど
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [26]在来工法なら10年以上といわれた佐久間ダムを3年で完成、当時日本最大の重力式ダム
    • [27]1956年6月着手の黒部川第四発電所は世界第2位のアーチダム
    • [28]御母衣ロックフィルダムはアトキンソン社の技術を導入し44か月で完成
    • [29]井川発電所は日本初の中空重力式で1957年10月に完成
  • 経済時代(経済時代社, 1972)
    • [30]1959年8月 名古屋城復元工事が竣工、会津鶴ヶ城の復元でも陣頭指導

1962年12月、間組は東京証券取引所市場第二部へ上場[31]した。上場時点では土木工事で業界第3位、建設工事全体で第10位[32]に位置し、1962年9月期の完成工事高は土木が62.4%、建築が37.6%[33]、土木の内訳は水力ダムが48.3%、港湾埋立が12.7%、道路が11.3%を占めた[34]。受注先も電力会社が60.3%、官庁が25.6%[35]と公共・準公共の発注に支えられ、手持工事高は約630億円と前期より20%増えた[36]。受注構成はその後変わり、1966年9月期には完工高に占める建築の比率が53%となって初めて土木を上回り、年間完工高は約531億円に達した[37]。海外でもベトナムの発電所、タイの鉄道、ラオスのナムグム・ダムを受注し[38]、1974年に東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場[39]、1985年には青函トンネル吉岡工区の本坑貫通に携わった[40]

  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
    • [31]1962年12月 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [32]上場時点で土木工事は業界第3位、建設工事全体で第10位(建設省調べ)
    • [33]1962年9月期の完成工事高は土木62.4%・建築37.6%
    • [34]土木の内訳は水力ダム48.3%・港湾埋立12.7%・道路11.3%
    • [35]土木の受注先は電力会社60.3%・官庁25.6%
    • [36]1962年9月期の手持工事高は約630億円、前期比20%増
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [37]1966年9月期 完工高の建築比率53%で初めて土木を上回る、年間完工高は約531億円
    • [38]海外はベトナムの発電所・タイの鉄道・ラオスのナムグム・ダムを受注
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [39]1974年 東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場
    • [40]1985年 青函トンネル吉岡工区の本坑が貫通
  • 経済時代(経済時代社, 1972)
    • [18]神部満之助社長は間組の中興の祖
    • [19]戦後再建の第一歩は明治神宮仮御殿御造営工事の拝命、続いて入間川飛行場など進駐軍工事
    • [20]神部社長の在任は間組創立83年のうち24年
    • [21]松永安左衛門による「日本ダム王」の称号
    • [30]1959年8月 名古屋城復元工事が竣工、会津鶴ヶ城の復元でも陣頭指導
  • 経済時代(経済時代社, 1954)
    • [22]1951年 戦後初のダム工事として木曽川・丸山ダムへ着手
  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
    • [23]1962年9月末の大株主は昭和実栄203万株・神部満之助162万株
    • [31]1962年12月 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [32]上場時点で土木工事は業界第3位、建設工事全体で第10位(建設省調べ)
    • [33]1962年9月期の完成工事高は土木62.4%・建築37.6%
    • [34]土木の内訳は水力ダム48.3%・港湾埋立12.7%・道路11.3%
    • [35]土木の受注先は電力会社60.3%・官庁25.6%
    • [36]1962年9月期の手持工事高は約630億円、前期比20%増
  • 有沢広巳監修『日本産業史 2』(日経文庫, 日本経済新聞社, 1994)「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [24]佐久間ダムは間組・熊谷組・アトキンソン社の共同企業体が発電所と堰堤あわせて約85億円で落札
    • [25]導入機械はワゴンドリル・バッチャープラント・ケーブルクレーン・ダンプトラックなど
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [26]在来工法なら10年以上といわれた佐久間ダムを3年で完成、当時日本最大の重力式ダム
    • [27]1956年6月着手の黒部川第四発電所は世界第2位のアーチダム
    • [28]御母衣ロックフィルダムはアトキンソン社の技術を導入し44か月で完成
    • [29]井川発電所は日本初の中空重力式で1957年10月に完成
    • [37]1966年9月期 完工高の建築比率53%で初めて土木を上回る、年間完工高は約531億円
    • [38]海外はベトナムの発電所・タイの鉄道・ラオスのナムグム・ダムを受注
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [39]1974年 東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場
    • [40]1985年 青函トンネル吉岡工区の本坑が貫通

1990年〜 経営危機と再建――株式会社間組として安藤・間へ

安藤・間の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1992年 呼称をハザマに変更
  2. 1992年 技術研究所を移転
  3. 1995年 東京ビッグサイトが竣工(第38回BCS賞)
  4. 2002年 旧ハザマ(間組の後身)の経営危機と事業再生
  5. 2003年 安藤建設と資本業務提携
  6. 2003年 会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立 本体での再建か、健全な事業だけの切り出しか——46行の同意を条件とした再出発
  7. 2013年 安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足 縮む建設市場で準大手はどう生き残るか——土木の間組と建築の安藤建設をひとつにする統合

債権放棄から会社分割へ――間組の社名を継いだ承継会社

1992年に呼称をハザマへ改めた[41]間組の経営は、バブル期に受注した案件の工事代金が回収できずに悪化した。1992年9月中間期の経常利益は前年同期比41%減の86億円へ落ち込み、未収金の延滞分は400億円[42]にのぼった。最大の延滞債権は大分県のオートポリス関連の建設代金約400億円で、運営会社の日本オートポリスが1992年9月に破産宣告を受けたため、1992年3月期に80億円の貸倒引当金を特別損失へ計上した[43]。同期末の債務保証は2,000億円近くに達し、その大半が関連会社向け[44]であった。本田茂会長は、銀行が融資を決めた事業なら安心と安易に乗ってしまいがちだったと審査の甘さを認めた[45]

  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [41]1992年 呼称をハザマへ変更
  • 日経ビジネス 1993年1月4日号
    • [42]1992年9月中間期の経常利益は前年同期比41%減の86億円、未収金の延滞分400億円
    • [43]最大の延滞債権はオートポリス関連の建設代金約400億円、日本オートポリスは1992年9月に破産宣告、1992年3月期に80億円の貸倒引当金を特別損失計上
    • [44]1992年3月期末の債務保証は2,000億円近く、大半が関連会社向け
    • [45]ハザマ会長の本田茂氏による発言(審査の甘さを認めた)

2000年5月、ハザマは主力4行(第一勧業・三菱信託・日本長期信用・日本債券信用)へ総額1,050億円の債権放棄を要請[46]し、免除額の半分程度をメーンバンクの第一勧銀が負担、不良債権処理として2001年3月期に約1,200億円の特別損失を計上する計画[47]を示した。ただし会見には緊迫感がなく、債権放棄要請に不可欠と考えられる経営責任も明確にされなかった[48]。新再建計画は単独売上高3,600億円・営業利益140億円を目標に、人員を700人削減して2005年3月末までに3,150人体制とし、債務免除益1,050億円で不良資産を処理して連結有利子負債を半減させる[49]内容だった。もっとも計画数値のうち確実なのは債権放棄に伴う処理と人員・経費の削減だけで、得意とする官庁土木工事の縮小が将来の収益力への懸念として残った[50]

  • 日経ビジネス 2000年6月5日号
    • [46]2000年5月 主力4行へ総額1,050億円の債権放棄を要請
    • [47]免除額の半分程度を第一勧銀が負担、2001年3月期に約1,200億円の特別損失を計上する計画
    • [48]会見に緊迫感がなく経営責任も明確にされなかった
  • 週刊東洋経済 2000年9月9日号
    • [49]新再建計画は単独売上高3,600億円・営業利益140億円、700人削減で2005年3月末に3,150人体制、債務免除益1,050億円で連結有利子負債を半減
    • [50]確実なのは債権放棄に伴う処理と人員・経費の削減のみ、官庁土木工事の縮小が収益力への懸念

本体での再建は続かず、2003年1月17日、前期末で2,000億円弱の有利子負債を抱えていたハザマは、資産評価損など約1,100億円の特別損失を計上して当期に1,232億円の連結最終赤字となる見通しを公表した[51]。同時にメーンのみずほコーポレート銀行を含む全取引金融機関46行へ金融支援を要請し、二度目の要請の責任を取って大和文哉社長は退任の意向を示した[52]。新三カ年再建計画の柱は本体を土木・建築を担う建設会社と不動産会社へ簿価で分割することにあり、含み損を抱える不動産は旧法人へ集約して売却を急ぎ、承継する建設会社は債務の株式化で100億円を増資して483億円の有利子負債を引き継ぐ計画だった[53]。2003年10月1日、旧法人(現商号・青山管財株式会社)の会社分割によって建設事業部門の承継会社・株式会社間組が設立され、東京証券取引所市場第一部へ上場して[54]歴史的な「間組」の社名を継いだ。

  • 週刊東洋経済 2003年2月1日号
    • [51]2003年1月17日 約1,100億円の特別損失計上と1,232億円の連結最終赤字見通しを公表
    • [52]全取引金融機関46行へ金融支援を要請、大和文哉社長は退任の意向を表明
    • [53]新三カ年再建計画は建設会社と不動産会社への簿価分割、承継会社は債務株式化で100億円増資し483億円の有利子負債を承継
  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [54]2003年10月1日 会社分割で承継会社・株式会社間組を設立し東証一部へ上場
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
    • [41]1992年 呼称をハザマへ変更
  • 日経ビジネス 1993年1月4日号
    • [42]1992年9月中間期の経常利益は前年同期比41%減の86億円、未収金の延滞分400億円
    • [43]最大の延滞債権はオートポリス関連の建設代金約400億円、日本オートポリスは1992年9月に破産宣告、1992年3月期に80億円の貸倒引当金を特別損失計上
    • [44]1992年3月期末の債務保証は2,000億円近く、大半が関連会社向け
    • [45]ハザマ会長の本田茂氏による発言(審査の甘さを認めた)
  • 日経ビジネス 2000年6月5日号
    • [46]2000年5月 主力4行へ総額1,050億円の債権放棄を要請
    • [47]免除額の半分程度を第一勧銀が負担、2001年3月期に約1,200億円の特別損失を計上する計画
    • [48]会見に緊迫感がなく経営責任も明確にされなかった
  • 週刊東洋経済 2000年9月9日号
    • [49]新再建計画は単独売上高3,600億円・営業利益140億円、700人削減で2005年3月末に3,150人体制、債務免除益1,050億円で連結有利子負債を半減
    • [50]確実なのは債権放棄に伴う処理と人員・経費の削減のみ、官庁土木工事の縮小が収益力への懸念
  • 週刊東洋経済 2003年2月1日号
    • [51]2003年1月17日 約1,100億円の特別損失計上と1,232億円の連結最終赤字見通しを公表
    • [52]全取引金融機関46行へ金融支援を要請、大和文哉社長は退任の意向を表明
    • [53]新三カ年再建計画は建設会社と不動産会社への簿価分割、承継会社は債務株式化で100億円増資し483億円の有利子負債を承継
  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [54]2003年10月1日 会社分割で承継会社・株式会社間組を設立し東証一部へ上場

独力での限界と安藤建設との統合――承継会社の財務が示す合併の必然

承継会社・株式会社間組の連結売上高は、FY03(2004年3月期)の1,403億円からFY06(2007年3月期)の2,372億円までほぼ単調に拡大[55]した。ただし連結経常利益はFY05の56億円、FY06の34億円と伸びを欠き[56]、リーマンショック後のFY09(2010年3月期)には5億円まで縮み、純利益は17億円の赤字へ転じた[57]。合併直前のFY11(2012年3月期)は売上1,820億円、FY12(2013年3月期)は1,979億円[58]で、再建計画が終了時に掲げた売上約2,000億円・経常利益70億円という水準[59]には、FY12の経常利益53億円[60]で届かないまま合併を迎えた。

  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [55]連結売上高 FY03 1,403億円 → FY06 2,372億円
    • [56]連結経常利益 FY05 56億円・FY06 34億円
    • [57]FY09 連結経常利益5億円・純損失17億円
    • [58]連結売上高 FY11 1,820億円・FY12 1,979億円
    • [60]FY12 連結経常利益53億円
  • 週刊東洋経済 2003年2月1日号
    • [59]再建計画の終了時目標は売上約2,000億円・経常利益70億円

2003年に締結した安藤建設との資本業務提携[61]が布石となり、2012年5月24日、間組と安藤建設は2013年4月1日付での合併を発表した[62]。土木に強い間組を存続会社、建築に強い安藤建設を消滅会社とし、安藤建設の普通株式1株にハザマの普通株式0.53株を割り当てる条件で、合計売上高は約3,500億円と上場建設会社で7番目の規模になった[63]。間組は証券コードと東証一部上場の地位を継承したまま、両社の社名を併せ持つ株式会社安藤・間(ブランド名・安藤ハザマ)として発足した[64]。合併後のFY13売上高3,712億円は、存続会社・間組単独のFY12の1,979億円から87.6%増[65]にあたる。

  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [61]2003年 安藤建設と資本業務提携を締結
    • [64]株式会社安藤・間(ブランド名・安藤ハザマ)が発足、証券コードと東証一部上場を継承
  • 日本経済新聞 2012年5月24日
    • [62]2012年5月24日 2013年4月1日付の合併を発表
    • [63]合併比率は安藤建設1株にハザマ0.53株、合計売上高約3,500億円で上場建設会社7番目の規模
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [65]FY13連結売上高3,712億円はFY12の1,979億円から87.6%増
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [55]連結売上高 FY03 1,403億円 → FY06 2,372億円
    • [56]連結経常利益 FY05 56億円・FY06 34億円
    • [57]FY09 連結経常利益5億円・純損失17億円
    • [58]連結売上高 FY11 1,820億円・FY12 1,979億円
    • [60]FY12 連結経常利益53億円
    • [65]FY13連結売上高3,712億円はFY12の1,979億円から87.6%増
  • 週刊東洋経済 2003年2月1日号
    • [59]再建計画の終了時目標は売上約2,000億円・経常利益70億円
  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
    • [61]2003年 安藤建設と資本業務提携を締結
    • [64]株式会社安藤・間(ブランド名・安藤ハザマ)が発足、証券コードと東証一部上場を継承
  • 日本経済新聞 2012年5月24日
    • [62]2012年5月24日 2013年4月1日付の合併を発表
    • [63]合併比率は安藤建設1株にハザマ0.53株、合計売上高約3,500億円で上場建設会社7番目の規模

2013年〜 合併後の安藤・間――再構築から人的資本経営へ

安藤・間の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2013年 安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足 縮む建設市場で準大手はどう生き残るか——土木の間組と建築の安藤建設をひとつにする統合
  2. 2013年 初代社長に野村俊明氏が就任
  3. 2018年 2代社長に福富正人氏が就任
  4. 2023年 3代社長に国谷一彦氏が就任

合併の狙いと融合体制――建築と土木の補完

合併の背景には国内建設市場の縮小があり、国土交通省の調査では建設投資は1996年ごろまで年80兆円前後で推移していたが、2010年には半分の41兆円まで落ち込み[66]、東日本大震災の復興需要でようやく息をつなぐ状況にあった。大手ゼネコンの受注が好調でも下位になるほど厳しく、大手と準大手以下の差は開いていた[67]。安藤建設の野村俊明社長は、建築に強みを持つ安藤と土木に定評のあるハザマは互いにベストパートナーだと述べ、事業規模を広げて需要増が見込めるアジア各国での受注力もつける考えを示した[68]。新会社の経営体制は野村社長が社長、ハザマの小野俊雄社長が会長に就く形で組まれ[69]、存続会社は間組でありながら社長は安藤建設側が担った。

  • J-CASTニュース 2012年6月4日
    • [66]建設投資は1996年ごろの年80兆円前後から2010年に41兆円へ半減
    • [67]大手ゼネコンの受注は好調でも下位ほど厳しく格差が拡大
    • [68]安藤建設社長の野村俊明氏による発言(互いにベストパートナー・アジアでの受注力)
  • 日本経済新聞 2012年5月24日
    • [69]新会社は野村俊明氏が社長、小野俊雄氏が会長

初代社長には安藤建設出身の野村俊明氏が就き、2018年3月までの5年間[70]を務めた。本社機能の重複解消と土木・建築の相互送客が進んだことで、FY16(2017年3月期)には売上高4,079億円・営業利益370億円と合併後の業績ピークを記録した[71]。もっとも収益の偏りは残り、FY16の土木事業の利益率20.1%に対し建築事業は5.5%にとどまった[72]。FY18には特別損失95億円で純利益が88億円へ落ち込み[73]、2018年4月に就任した2代目・福富正人社長[74]は建築事業の利益率改善を最優先課題に据えた。

  • 安藤・間 有価証券報告書(役員の状況)
    • [70]初代社長は安藤建設出身の野村俊明氏、在任はFY12〜FY16
    • [74]2018年4月 2代目社長に福富正人氏が就任
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [71]FY16 売上高4,079億円・営業利益370億円(合併後のピーク)
    • [73]FY18 特別損失95億円・純利益88億円
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [72]FY16 土木事業の利益率20.1%・建築事業5.5%

福富正人社長のもとでFY19〜FY21は営業利益260億円台・純利益170億円前後で推移し[75]、コロナ禍にあっても収益力を保った。建築事業の利益率もFY18の4.4%からFY21の7.5%へ回復[76]した。財務基盤は合併後の10年で改善し、自己資本比率はFY14の23.7%からFY21の47.7%へ倍増、有利子負債は325億円から243億円へ圧縮された[77]。総資産がFY14の2,697億円からFY21の2,953億円へ増えるなかで自己資本が639億円から1,409億円へ積み上がり[78]、合併直後に抱えた財務リスクは薄れた。

  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [75]FY19〜FY21 営業利益260億円台・純利益170億円前後
    • [77]自己資本比率 FY14 23.7% → FY21 47.7%、有利子負債 325億円 → 243億円
    • [78]総資産 FY14 2,697億円 → FY21 2,953億円、自己資本 639億円 → 1,409億円
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [76]建築事業の利益率 FY18 4.4% → FY21 7.5%
  • J-CASTニュース 2012年6月4日
    • [66]建設投資は1996年ごろの年80兆円前後から2010年に41兆円へ半減
    • [67]大手ゼネコンの受注は好調でも下位ほど厳しく格差が拡大
    • [68]安藤建設社長の野村俊明氏による発言(互いにベストパートナー・アジアでの受注力)
  • 日本経済新聞 2012年5月24日
    • [69]新会社は野村俊明氏が社長、小野俊雄氏が会長
  • 安藤・間 有価証券報告書(役員の状況)
    • [70]初代社長は安藤建設出身の野村俊明氏、在任はFY12〜FY16
    • [74]2018年4月 2代目社長に福富正人氏が就任
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [71]FY16 売上高4,079億円・営業利益370億円(合併後のピーク)
    • [73]FY18 特別損失95億円・純利益88億円
    • [75]FY19〜FY21 営業利益260億円台・純利益170億円前後
    • [77]自己資本比率 FY14 23.7% → FY21 47.7%、有利子負債 325億円 → 243億円
    • [78]総資産 FY14 2,697億円 → FY21 2,953億円、自己資本 639億円 → 1,409億円
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [72]FY16 土木事業の利益率20.1%・建築事業5.5%
    • [76]建築事業の利益率 FY18 4.4% → FY21 7.5%

国谷体制と中期経営計画――収益性の回復と人的資本経営

合併から10年のFY22(2023年3月期)は、建設資材価格の急騰と労務費の上昇が採算を圧迫し、営業利益は199億円と前期比25%減へ後退[79]、建築事業の利益率は4.6%まで低下した[80]。2020年2月に策定した長期ビジョン「安藤ハザマVISION2030」のファーストステージにあたる中期経営計画(2021年3月期〜2023年3月期)[81]は、最終年度に経常利益300億円・ROE12%を掲げていた[82]が、コロナ禍で国内建築と海外の事業量が減り、連結経常利益とROEはいずれも目標を下回った[83]。案件不足ではなく既存案件の採算悪化が中心課題となるなか、2023年には次期計画として「中期経営計画2025」を定め、連結経常利益265億円・ROE12%以上・総還元性向70%以上をKPIに据えて、事業強化・人的資本の価値向上・ESG経営の推進を基本方針に置いた[84]

  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [79]FY22 営業利益199億円(前期比25%減)
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [80]FY22 建築事業の利益率4.6%
  • 安藤ハザマ 2020年3月期 決算説明資料
    • [81]2020年2月 長期ビジョン「安藤ハザマVISION2030」と中期経営計画(2021.3期〜2023.3期)を策定
  • 安藤ハザマ 2022年3月期 決算説明資料
    • [82]中期経営計画(2021.3期〜2023.3期)の最終年度目標は経常利益300億円・ROE12%
  • 安藤ハザマ コーポレートレポート2023
    • [83]中期経営計画の連結経常利益とROEは目標未達
    • [84]中期経営計画2025のKPIは連結経常利益265億円・ROE12%以上・総還元性向70%以上、基本方針は事業強化・人的資本の価値向上・ESG経営の推進

2023年4月、合併後3代目の社長として、1988年に旧ハザマへ入社した国谷一彦氏が就任した[85]国谷一彦社長は「建設業界で最も従業員を大切にする会社」を掲げ[86]、若年層離れと現場の高齢化が進むなかで人材確保と定着を事業継続の前提に位置づけ、人的資本経営を重要テーマに据えた。連結従業員数はFY18の3,966名からFY24の3,753名へ漸減する一方、平均年収は848万円から1,005万円へ上昇[87]した。業績はFY23の伸び悩みを経てFY24(2025年3月期)に売上4,251億円・営業利益352億円・純利益264億円[88]とFY16並みへ回復し、建築事業の利益率が合併後初めて2桁の10.3%へ戻ったことが牽引した[89]

  • 安藤・間 有価証券報告書(役員の状況)
    • [85]2023年4月 3代目社長に国谷一彦氏が就任(1988年4月 旧ハザマ入社)
  • 賢者の選択 2024年5月12日
    • [86]安藤ハザマ社長の国谷一彦氏による発言(建設業界で最も従業員を大切にする会社)
  • 安藤・間 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [87]連結従業員数 FY18 3,966名 → FY24 3,753名、平均年収 848万円 → 1,005万円
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(連結財務諸表)
    • [88]FY24 売上4,251億円・営業利益352億円・純利益264億円
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(セグメント情報)
    • [89]FY24 建築事業の利益率10.3%(合併後で初の2桁)

中期経営計画2025の最終年度にあたるFY25(2026年3月期)は、売上4,396億円・営業利益336億円・純利益297億円となり、連結経常利益は333億円[90]とKPIの265億円を上回った[91]。セグメント別の売上は建築が2,623億円、土木が1,409億円、グループ事業が265億円で、利益率は土木11.0%に対し建築9.3%[92]と、合併以来の二極化は縮まった。連結従業員数は3,957名と合併後の最多を更新し、平均年収も1,063万円[93]へ上がった。自己資本は2,083億円まで積み上がり、自己資本比率は50.6%、有利子負債は275億円[94]となった。

  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(連結財務諸表)
    • [90]FY25 売上4,396億円・営業利益336億円・純利益297億円・経常利益333億円
    • [94]FY25 自己資本2,083億円・自己資本比率50.6%・有利子負債275億円
  • 安藤ハザマ コーポレートレポート2023
    • [91]中期経営計画2025のKPI 連結経常利益265億円を上回った
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(セグメント情報)
    • [92]FY25 セグメント売上 建築2,623億円・土木1,409億円・グループ事業265億円、利益率は土木11.0%・建築9.3%
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(従業員の状況)
    • [93]FY25 連結従業員数3,957名・平均年収1,063万円
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [79]FY22 営業利益199億円(前期比25%減)
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [80]FY22 建築事業の利益率4.6%
  • 安藤ハザマ 2020年3月期 決算説明資料
    • [81]2020年2月 長期ビジョン「安藤ハザマVISION2030」と中期経営計画(2021.3期〜2023.3期)を策定
  • 安藤ハザマ 2022年3月期 決算説明資料
    • [82]中期経営計画(2021.3期〜2023.3期)の最終年度目標は経常利益300億円・ROE12%
  • 安藤ハザマ コーポレートレポート2023
    • [83]中期経営計画の連結経常利益とROEは目標未達
    • [84]中期経営計画2025のKPIは連結経常利益265億円・ROE12%以上・総還元性向70%以上、基本方針は事業強化・人的資本の価値向上・ESG経営の推進
    • [91]中期経営計画2025のKPI 連結経常利益265億円を上回った
  • 安藤・間 有価証券報告書(役員の状況)
    • [85]2023年4月 3代目社長に国谷一彦氏が就任(1988年4月 旧ハザマ入社)
  • 賢者の選択 2024年5月12日
    • [86]安藤ハザマ社長の国谷一彦氏による発言(建設業界で最も従業員を大切にする会社)
  • 安藤・間 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [87]連結従業員数 FY18 3,966名 → FY24 3,753名、平均年収 848万円 → 1,005万円
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(連結財務諸表)
    • [88]FY24 売上4,251億円・営業利益352億円・純利益264億円
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(セグメント情報)
    • [89]FY24 建築事業の利益率10.3%(合併後で初の2桁)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(連結財務諸表)
    • [90]FY25 売上4,396億円・営業利益336億円・純利益297億円・経常利益333億円
    • [94]FY25 自己資本2,083億円・自己資本比率50.6%・有利子負債275億円
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(セグメント情報)
    • [92]FY25 セグメント売上 建築2,623億円・土木1,409億円・グループ事業265億円、利益率は土木11.0%・建築9.3%
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(従業員の状況)
    • [93]FY25 連結従業員数3,957名・平均年収1,063万円

安藤・間の沿革1889〜2023年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
間猛馬が間組を創業(門司)
日本初の潜函工事・鴨緑江橋が竣工
電力土木事業に参入
間組を合資会社に改組
本店を移転
間組を設立
地下鉄工事に参入
朝鮮・水豊発電所など戦前の大型工事
日本初の海底トンネル・関門トンネル下関工区が竣工
終戦と神部社長による間組再建
丸山ダム(戦後初のダム工事)
佐久間ダム工事での米アトキンソン社との共同企業体結成と機械化施工の導入人力とモッコの土木か、米国式の機械群か——150メートル級ダムを3年で築く工法をどう選んだか 詳細を読む★★★
黒部川第四発電所(黒四)に着手★★
井川(日本初の中空重力式)・御母衣ダム
名古屋城の復元工事が竣工
戦後初の大型海外工事・ダニム第一発電所を受注★★
東京証券取引所市場第二部に上場
黒部ダム(黒部川第四発電所)が竣工
完工高で建築が土木を逆転(間組)
海外工事の受注を本格化(間組)
東京・大阪・名古屋証券取引所市場第一部に上場
技術研究所を新設
国立能楽堂が竣工(第26回BCS賞)
日本初の本格的インテリジェントビル・ホンダ青山ビルが竣工(第28回BCS賞)
青函トンネル吉岡工区の本坑が貫通
ガルガルダム(アルジェリア)と葛西臨海水族園が竣工
呼称をハザマに変更
技術研究所を移転
東京ビッグサイトが竣工(第38回BCS賞)
世界初の洋上石油備蓄基地・白島と日本初の免震病院・星が浦病院が竣工
当時世界一の高さ・ペトロナスツインタワーが竣工
西武建設と事業提携
旧ハザマ(間組の後身)の経営危機と事業再生★★
新名順一安藤建設と資本業務提携★★
新名順一会社分割による建設事業の切り出しと、承継会社・株式会社間組の設立本体での再建か、健全な事業だけの切り出しか——46行の同意を条件とした再出発 詳細を読む★★★
新名順一本店を虎ノ門へ移転(間組)
野村俊明安藤建設との合併と、間組を存続会社とする株式会社安藤・間の発足縮む建設市場で準大手はどう生き残るか——土木の間組と建築の安藤建設をひとつにする統合 詳細を読む★★★
野村俊明初代社長に野村俊明氏が就任
福富正人2代社長に福富正人氏が就任
国谷一彦3代社長に国谷一彦氏が就任
出典・参考
  • 安藤・間 有価証券報告書【沿革】
  • 間組百年史 1889-1945(間組, 1989)
  • 安藤ハザマ 公式 沿革
  • 企業の歴史 明治百年(経済春秋社, 1968)
  • 証券 1963年15巻1号(新規上場会社紹介 )
  • 経済時代(経済時代社, 1972)
  • 経済時代(経済時代社, 1954)
  • 有沢広巳監修『日本産業史 2』(日経文庫, 日本経済新聞社, 1994)「建設-新工法・新技術相次ぐ」
  • 日経ビジネス 1993年1月4日号
  • 日経ビジネス 2000年6月5日号
  • 週刊東洋経済 2000年9月9日号
  • 週刊東洋経済 2003年2月1日号
  • 安藤・間 有価証券報告書(連結財務諸表)
  • 日本経済新聞 2012年5月24日
  • J-CASTニュース 2012年6月4日
  • 安藤・間 有価証券報告書(役員の状況)
  • 安藤・間 有価証券報告書(セグメント情報)
  • 安藤ハザマ 2020年3月期 決算説明資料
  • 安藤ハザマ 2022年3月期 決算説明資料
  • 安藤ハザマ コーポレートレポート2023
  • 賢者の選択 2024年5月12日
  • 安藤・間 有価証券報告書(従業員の状況)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(連結財務諸表)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第12期(2025年3月期)(セグメント情報)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(連結財務諸表)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(セグメント情報)
  • 安藤・間 有価証券報告書 第13期(2026年3月期)(従業員の状況)

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