長谷工コーポレーション の歴史

更新:

創業

1937年

創業者

長谷川武彦

創業地

兵庫県尼崎市

直近売上高(2026/3)

12,731億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1950年のRC造受注が長谷工の事業DNAになったのか
A 木造請負の地方業者が全国市場へ出る手段を欠いていたからである。1950年に伊藤忠商事から鉄筋コンクリート造の芦屋打出荘アパートを請けたことで、当時扱える業者が乏しかった耐火構造の技術と設備を短期に整えた。用地と顧客を握る商社が仕事を運び、長谷工が施工で応える分業がここで成り立つ。自ら客を取りに歩かず外から持ち込まれる仕事を引き受け、競争入札の場に出ずに稼ぐという同社の原型が、この一件で定まった。後年のマンション特命受注も、この受け身の事業形が源流である。
Q なぜ1996年3月期に1,850億円もの特別損失を一度に出したのか
A 損失を毎年小出しにすれば信用回復が長引き、マンション販売と建築受注に響くと合田耕平社長が判断したからである。1985年以降の「脱マンション」多角化はバブル崩壊で不動産含み損1,600億円・有利子負債1兆3,000億円・株価13円を招いた。合田氏は「毎年赤字を出し続けるのは精神衛生上よくない。一回ドカンと出して翌年から黒字にした方がいい」として、1996年3月期に1,850億円の特別損失を一括計上した。先送りが常だった当時の日本企業のなかで、短期決着こそが受注産業の再建速度を決めると見た選択である。
Q なぜ2010年代以降ストック事業と不動産へ収益源を広げたのか
A マンション新築の特命受注一本では、バブル期の含み損で経営を危うくした記憶が消えないからである。1996年3月期の一括処理を経た長谷工は、累計施工戸数の積み上がりを管理・修繕の需要に変える構造に着目した。1978年設立の長谷工コミュニティを核に管理を広げ、2015年に総合地所などを子会社化して開発を内製化、2022年には私募REITで賃貸運用まで一気通貫を整えた。FY24には不動産・サービスの利益合計421億円が建設535億円に迫り、単一の主戦場に複数の収益柱を育てる成長モデルへ移した

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1937年〜 木造の請負から鉄筋コンクリートへ ── 貸ビル業を併せ持つ工務店

長谷工コーポレーションの業績推移:単体

売上高(億円)
  1. 1937年 長谷川武彦が長谷川工務店を個人創業
  2. 1946年 長谷川工務店を設立
  3. 1946年 大阪出張所を開設
  4. 1950年 鉄筋コンクリート造の芦屋打出荘アパートを受注
  5. 1951年 東京出張所を開設
  6. 1953年 本店を移転
  7. 1957年 貸ビル業を開始

伊藤忠商事のアパート受注が呼んだ耐火構造への設備投資

1937年2月[1]、長谷川武彦氏は兵庫県尼崎市で個人企業の長谷川工務店を興した[2]。木造建築の請負から出発した事業は、1946年8月に神戸出張所の開設とあわせて[3]資本金19万5,000円の株式会社へ改組され、本店は姫路市に置かれた[4]。同年9月に大阪出張所を開き[5]、1949年5月には建設業法の施行にあわせて建設大臣の登録を受けている[6]。1951年2月には東京出張所を開設して関東へ進出している[7]。1953年8月には本店を姫路から大阪出張所跡の所在地へ移す[8]とともに、資本金を1,000万円へ引き上げた[9]

事業の性格を変えたのは、1950年に伊藤忠商事から受注した芦屋打出荘アパート[10]である。鉄筋コンクリート造のこの案件[11]を機に、耐火構造建築に要する設備機械の整備充実を図った[12]。資本金は1956年8月に5,000万円へ増資され[13]、1957年8月には大阪本店第一ビルを竣工させて本格的に貸ビル業を始めている[14]。1963年には東京・渋谷区に長谷川スカイラインビルを完成させて東京支店を移し、あわせて不動産部を新設した[15]。1964年に竣工した長谷川第一〇ビルは、世界で最初の全館鋳鋼管構造として注目を集めた[16]

  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1937年2月 兵庫県尼崎市で個人創業
    • [4]法人設立時の資本金 19万5,000円・本店は姫路市
    • [5]1946年9月 大阪出張所を開設
    • [7]1951年2月 東京出張所を開設し関東へ進出
    • [11]芦屋打出荘アパートは鉄筋コンクリート造
    • [2]創業者は長谷川武彦
    • [3]1946年 神戸出張所の開設とあわせて法人へ改組
    • [8]1953年8月 本店を姫路から大阪へ移転
    • [9]1953年 資本金を1,000万円へ増資
    • [10]1950年 伊藤忠商事から芦屋打出荘アパートを受注
    • [12]受注を機に耐火構造建築の設備機械を整備
    • [14]1957年8月 大阪本店第一ビル竣工とともに貸ビル業を開始
    • [15]1963年 長谷川スカイラインビル完成・東京支店移転・不動産部を新設
    • [16]1964年竣工の長谷川第一〇ビルは世界最初の全館鋳鋼管構造
    • [6]1949年5月 建設業法の施行にあわせ建設大臣の登録
    • [13]1956年8月 資本金を5,000万円へ増資

総合建設業96.2%・貸室業3.8%で迎えた株式公開

1961年、資本金を5,512万5,000円へ増資する際に大阪市場へ株式を公開し[17]、翌1962年3月5日には東京証券取引所市場第二部へ上場した[18]。上場時点の資本金は1億4,000万円[19]、従業員は284名[20]で、1961年11月期の完成工事高は約13億円[21]と、同年5月期の7億円からほぼ倍増[22]していた。事業の内訳は総合建設業96.2%、貸室業3.8%[23]であり、建築工事の受注方法は特命によるものが72.8%、競争によるものが27.2%を占めた[24]。系列的な受注は持たず[25]、手持工事高は約26億円で前期比42%増[26]だった。1965年4月には東京・大阪・名古屋の各市場第一部へ指定替えとなった[27]

    • [17]1961年 資本金5,512万5,000円への増資に際し大阪市場へ株式公開
    • [18]1962年3月5日 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [19]上場時点の資本金 1億4,000万円
    • [20]従業員 284名(1961年11月30日現在)
    • [21]1961年11月期の完成工事高 約13億円
    • [22]1961年5月期の完成工事高 7億円
    • [23]事業内訳 総合建設業96.2%・貸室業3.8%
    • [24]1961年11月期の受注方法別比率 特命72.8%・競争27.2%
    • [25]系列的な受注は無し
    • [26]1961年11月期の手持工事高 約26億円・前期比42%増
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1965年4月 東京・大阪・名古屋の各市場第一部へ指定替え

半期売上高は1958年11月期の2.1億円から1965年5月期の39.6億円へ拡大[28]したが、税引前利益率は1963年5月期の11.1%を頂点に[29]1965年11月期には2.8%まで下がった[30]。売上が19倍近くに伸びる一方で利益率は4分の1に縮み[31]、建築請負の採算は上場前後の数年で振れ幅を広げた。これを下支えしたのが貸ビル業で、1961年11月期の貸室収入は5,200万円と前期比13%の増収[32]となっている。1968年時点では東京と大阪に8棟のビルを保有して貸室業を営み[33]、資本金は12億4,800万円、従業員は527名を数えた[34]

    • [17]1961年 資本金5,512万5,000円への増資に際し大阪市場へ株式公開
    • [33]1968年時点 東京と大阪に8棟のビルを保有し貸室業を営業
    • [34]1968年時点の資本金 12億4,800万円・従業員 527名
    • [18]1962年3月5日 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [19]上場時点の資本金 1億4,000万円
    • [20]従業員 284名(1961年11月30日現在)
    • [21]1961年11月期の完成工事高 約13億円
    • [22]1961年5月期の完成工事高 7億円
    • [23]事業内訳 総合建設業96.2%・貸室業3.8%
    • [24]1961年11月期の受注方法別比率 特命72.8%・競争27.2%
    • [25]系列的な受注は無し
    • [26]1961年11月期の手持工事高 約26億円・前期比42%増
    • [32]1961年11月期の貸室収入 5,200万円・前期比13%増
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1965年4月 東京・大阪・名古屋の各市場第一部へ指定替え
  • 長谷川工務店 会社年鑑
    • [28]半期売上高 1958年11月期2.1億円→1965年5月期39.6億円
    • [29]税引前利益率 1963年5月期11.1%が頂点
    • [30]税引前利益率 1965年11月期2.8%
    • [31]利益率は頂点の4分の1へ縮小

1968年〜 土地を持ち込んで特命で受注する ── マンション専業への転換と規格化

長谷工コーポレーションの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1968年 自社マンション第1号を着工しマンション事業に参入
  2. 1969年 日商岩井と業務提携
  3. 1970年 長谷工不動産を設立
  4. 1970年 本社を移転
  5. 1973年 ハワイに子会社を設立
  6. 1974年 本店を移転
  7. 1988年 長谷工コーポレーション、ホテル・リゾート事業への1,000億円多角化投資 マンション専業の限界にどう向き合うか——「脱マンション」を掲げた長谷工の賭け

商社へ企画を売り込む「土地持ち込み」の成立

マンション事業の始まりは1967年、兵庫県芦屋市で手がけた芦屋松浜ハイツ83戸[35]だった。当時の全国のマンション供給量は2,000戸弱[36]にすぎず、外国人好みのデラックスなスタイルを採り入れた高級物件が主流[37]を占めていた。長谷川工務店が自社マンションの第1号を着工したのは1968年4月[38]で、三井信託銀行との販売提携[39]によるものである。1969年12月には日商岩井と業務提携を結び、商社が持つ用地情報をもとにマンション建設を提案して受注する経路を得た。用地を探し、企画とともに商社などへ売り込んで事業を請け負う土地持ち込みによる特命受注方式[40]が、ここで事業の型として固まった。

1970年2月には分譲を担う長谷工不動産を設立し、同年12月に本社を大阪から東京・渋谷区へ移した[41]。1973年9月にはハワイに現地法人を設けて海外へ出ている。1974年初めには首都圏で民間デベロッパー融資の第1号を出し[42]、購入者の年齢を分析したところ20歳代が初めて最上位に立った[43]。年収200万円から300万円の若い層がマンションの購入者として定着[44]し、1,500万円から1,700万円の物件は立地さえ悪くなければ即日完売か6〜7倍の競争率で売れた[45]。売上高は1971年3月期の110億円から1976年3月期には1,004億円へ[46]、5年で9倍に伸びた。1978年9月には、マンション管理を担う長谷工コミュニティを設立している[47]

規格マンション「コンバス」と粗利益率19%

規模を利益に変えたのは設計の規格化で、長谷川工務店は住宅生産システム「コンバス」に約100種類のパターン[48]を用意し、構造計算などの主要な仕様を絞り込んだ[49]。共通のサッシ、共通のエレベーターを使い、設計をできるだけ画一化する[50]仕組みをつくっている。合田耕平副社長は1980年の講演で[51]、建築業者は個性を重んじる企業だが、それを逆に標準化するよう社員の考え方を変えてきたところが他社との違い[52]であると述べた。同じ図面で施工する下請業者は数を重ねるほど精度を上げ、工期を縮めた[53]。部材はグロスで通常の市価の4割ほどで取得でき[54]、サッシは市価の半分以下となった[55]

一貫体制は財務にも表れ、事業主へ企画をあっせんして契約を予約する段階で前受金を受け取るため、1978年5月期は未成工事受入金734億円に対し支出金329億円[56]と、約400億円の受入超となった[57]。これは負債の26%を占める無利息の資金[58]である。工事の粗利益率は1977年の12.6%から1980年に19.2%まで上がり[59]、10%強にとどまる一般の建設業者[60]との差を広げた。水上芳美社長は1980年の講演で[61]、入札による受注は1件もなく、自社以外の設計は断る形で進めざるを得ない[62]と述べている。1979年度の施工は1万7,200戸[63]で、日本住宅公団の分譲住宅1万5,000戸を上回った[64]

市場内の位置は施工戸数に表れ、1976年に7,781戸、1977年に11,461戸を施工して[65]、国内マンション市場のシェアはそれぞれ15.6%、14.4%を占めた[66]。同じ2年間の全国新設住宅着工は約150万戸[67]で、そのうちマンションが占める割合は3.3%から5.3%へ伸びている[68]。1979年には首都圏で建設された53,772戸のうち10,247戸[69]、近畿圏で建設された24,203戸のうち5,100戸[70]を長谷川工務店が建て、シェアは首都圏19.1%、近畿圏21.3%となった[71]。両圏あわせた1万5,400戸は、同年に日本住宅公団が建てた約3万4,000戸の45%に相当する[72]

用地の先行取得から1,000億円の「脱マンション」へ

1979年、長谷川工務店は営業方針を変え、マンション用地を確保するために約150億円の土地を先行取得[73]した。売上高は1982年3月期に2,043億円、経常利益率は12.9%の頂点に達している[74]。しかし1980年5月期から1985年5月期にかけての住宅不況で業績は直撃を受け[75]、1985年3月期の売上高は1,934億円、経常利益率は5.4%まで落ちた[76]。マンション用地も首都圏で不足気味となっていた[77]。それでも1981年1月には首都圏のマンション施工シェアが約20%に達し[78]、1983年6月には販売受託を担う長谷工アーベストを設立している[79]。1987年8月に合田耕平氏が代表取締役社長へ就任し[80]、1988年5月には新規事業を担当するクリエイティブ事業部を設けて[81]、マンションに次ぐ柱づくりに着手した。

    • [73]1979年 マンション用地を約150億円先行取得
  • 長谷川工務店 会社年鑑
    • [74]1982年3月期の売上高 2,043億円・経常利益率12.9%
    • [76]1985年3月期の売上高 1,934億円・経常利益率5.4%
  • 日経ビジネス 1989年8月14日号「長谷工コーポレーションのホテル、リゾート事業 体当たりで脱マンションに着手」
    • [75]1980年5月期から1985年5月期の住宅不況で業績が直撃
    • [77]首都圏でマンション用地が不足気味
    • [81]1988年5月 新規事業担当のクリエイティブ事業部を設置
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [78]1981年1月 首都圏マンション施工シェア約20%
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [79]1983年6月 販売受託子会社の長谷工アーベストを設立
  • 日経ビジネス 1988年1月18日号「新社長登場 合田耕平氏(長谷川工務店)」
    • [80]1987年8月 合田耕平氏が代表取締役社長に就任

1988年7月、京都御所の西側に京都ブライトンホテルを全額出資で開業した[82]。客室は全183室[83]で、通常のホテルならスイートルームにあたる広さを標準とした。ホテルの名称に長谷工を付けなかった理由について、運営会社の社長を兼ねた菊地幸雄取締役[84]は、土建業者のイメージが付くため[85]と語っている。長野県蓼科では約360万平方メートルの開発に総投資額1,000億円強[86]を、兵庫県淡路島では1991年着工・2003年開発終了予定の事業[87]を計画し、ホテル・リゾート事業全体の投資は1,000億円を突破する見通し[88]となった。同年10月には商号を長谷川工務店から長谷工コーポレーションへ変更している[89]。開業初年度にあたる1989年3月期、京都ブライトンホテルの売上高は目標を約30%上回る23億3,000万円[90]、営業利益は目標の2倍となった[91]

  • 日経ビジネス 1989年8月14日号「長谷工コーポレーションのホテル、リゾート事業 体当たりで脱マンションに着手」
    • [82]1988年7月 京都ブライトンホテルを全額出資で開業
    • [83]京都ブライトンホテルの客室 全183室
    • [84]菊地幸雄取締役が運営会社の社長を兼務し命名意図を語った
    • [85]ホテル名に長谷工を付けなかった理由は土建業者のイメージ
    • [86]蓼科の開発面積 約360万平方メートル・総投資額1,000億円強
    • [87]淡路島の開発は1991年着工・2003年終了予定
    • [88]ホテル・リゾート事業全体の投資は1,000億円突破の見通し
    • [90]1989年3月期の京都ブライトンホテル売上高 23億3,000万円(目標比約30%増)
    • [91]1989年3月期の京都ブライトンホテル営業利益は目標の2倍
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [89]1988年10月 商号を長谷川工務店から長谷工コーポレーションへ変更
    • [73]1979年 マンション用地を約150億円先行取得
  • 長谷川工務店 会社年鑑
    • [74]1982年3月期の売上高 2,043億円・経常利益率12.9%
    • [76]1985年3月期の売上高 1,934億円・経常利益率5.4%
  • 日経ビジネス 1989年8月14日号「長谷工コーポレーションのホテル、リゾート事業 体当たりで脱マンションに着手」
    • [75]1980年5月期から1985年5月期の住宅不況で業績が直撃
    • [77]首都圏でマンション用地が不足気味
    • [81]1988年5月 新規事業担当のクリエイティブ事業部を設置
    • [82]1988年7月 京都ブライトンホテルを全額出資で開業
    • [83]京都ブライトンホテルの客室 全183室
    • [84]菊地幸雄取締役が運営会社の社長を兼務し命名意図を語った
    • [85]ホテル名に長谷工を付けなかった理由は土建業者のイメージ
    • [86]蓼科の開発面積 約360万平方メートル・総投資額1,000億円強
    • [87]淡路島の開発は1991年着工・2003年終了予定
    • [88]ホテル・リゾート事業全体の投資は1,000億円突破の見通し
    • [90]1989年3月期の京都ブライトンホテル売上高 23億3,000万円(目標比約30%増)
    • [91]1989年3月期の京都ブライトンホテル営業利益は目標の2倍
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [78]1981年1月 首都圏マンション施工シェア約20%
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [79]1983年6月 販売受託子会社の長谷工アーベストを設立
    • [89]1988年10月 商号を長谷川工務店から長谷工コーポレーションへ変更
  • 日経ビジネス 1988年1月18日号「新社長登場 合田耕平氏(長谷川工務店)」
    • [80]1987年8月 合田耕平氏が代表取締役社長に就任

1989年〜 1,850億円の一括処理と3,942億円の債権放棄 ── 倒産の淵からの再建

長谷工コーポレーションの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 長谷工システムズを設立
  2. 1992年 不二建設を設立
  3. 1994年 関西支社を移転
  4. 1996年 「毎年赤字より一回ドカンと出す」── 1,850億円特別損失の一括処理 バブル崩壊で膨らんだ不動産含み損に対し、合田耕平社長は分割ではなく一括処理を選んだ
  5. 1999年 嵩聰久が第4代社長に就任
  6. 2001年 HASEKO America, Inc.を設立
  7. 2003年 長谷工アネシスを設立

不動産56%へ傾いた事業構成と5期連続の最終赤字

多角化は事業構成を短期間で塗り替え、不動産部門の売上構成比は5年間で11%から56%へ拡大[92]した。1991年3月期の連結売上高5,209億円[93]は、建設事業3,125億円と不動産事業2,084億円で構成されている[94]。地価はバブル期のピークから4分の1、5分の1へ下落[95]し、半年で300億円値下がりした保有物件[96]もあった。合田耕平社長は1991年[97]、マンション不況はこれから谷底にかかると身構え、建設コストの引き下げを社内に指示する[98]一方、かつて経済性を追求し過ぎて失敗したと多角化の非を認めている[99]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [92]不動産部門の売上構成比 5年間で11%→56%
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [93]1991年3月期の連結売上高 5,209億円
    • [94]1991年3月期の建設事業 3,125億円・不動産事業 2,084億円
  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [95]地価はバブル期のピークから4分の1〜5分の1へ下落
    • [96]半年で300億円値下がりした保有物件
  • 日経ビジネス 1991年11月18日号「マンション不況は谷底へ コスト削減、質の維持で悩む」
    • [97]1991年時点の社長は合田耕平
    • [98]合田社長が建設コストの引き下げを社内に指示
    • [99]合田社長が経済性の追求による失敗を認めた

損失は本業の稼ぎで吸収できる規模を超えた[100]。ここ数年の収益構造は不動産部門の損失を好調な建築部門で補う形[101]になっていたが、建築単価もピーク時の半分に下がり、受注量を倍にしなければ利益が出ない[102]状態となった。連結の当期純損益は1995年3月期のマイナス46億円[103]を皮切りに5期連続の赤字となった[104]。不動産の含み損は1,600億円に達し[105]、有利子負債はピーク時に自己資本の4倍を超える1兆3,000億円へ膨張した[106]。1996年3月期の連結売上高4,950億円に対し、経常損益はマイナス1,180億円[107]だった。

  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [100]損失の規模が本業の利益を超えた
    • [101]不動産部門の損失を建築部門で補う収益構造
    • [102]建築単価はピーク時の半分・受注量を倍にしなければ利益が出ない
  • 長谷工コーポレーション 会社年鑑(連結業績)
    • [103]1995年3月期の連結当期純損益 マイナス46億円
    • [107]1996年3月期の連結売上高 4,950億円・経常損益 マイナス1,180億円
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [104]1995年3月期から5期連続の最終赤字
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [105]不動産含み損 1,600億円
    • [106]有利子負債ピーク 自己資本の4倍超・1兆3,000億円
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [92]不動産部門の売上構成比 5年間で11%→56%
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [93]1991年3月期の連結売上高 5,209億円
    • [94]1991年3月期の建設事業 3,125億円・不動産事業 2,084億円
  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [95]地価はバブル期のピークから4分の1〜5分の1へ下落
    • [96]半年で300億円値下がりした保有物件
    • [100]損失の規模が本業の利益を超えた
    • [101]不動産部門の損失を建築部門で補う収益構造
    • [102]建築単価はピーク時の半分・受注量を倍にしなければ利益が出ない
  • 日経ビジネス 1991年11月18日号「マンション不況は谷底へ コスト削減、質の維持で悩む」
    • [97]1991年時点の社長は合田耕平
    • [98]合田社長が建設コストの引き下げを社内に指示
    • [99]合田社長が経済性の追求による失敗を認めた
  • 長谷工コーポレーション 会社年鑑(連結業績)
    • [103]1995年3月期の連結当期純損益 マイナス46億円
    • [107]1996年3月期の連結売上高 4,950億円・経常損益 マイナス1,180億円
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [104]1995年3月期から5期連続の最終赤字
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [105]不動産含み損 1,600億円
    • [106]有利子負債ピーク 自己資本の4倍超・1兆3,000億円

「一回ドカンと出す」1,850億円の特別損失

合田社長が思い切った再建計画を考え始めたのは1994年12月ごろ[108]からである。貸借対照表の資産を簿価から時価へ直せば[109]、その後さらに下がっても影響は小さいという判断が出発点にあった。外部へ売れない土地は資本金1億円の受け皿会社エイチ・シー土地開発へ時価で移し[110]、同社が不動産を買う資金約1,600億円は大和銀行・三井信託銀行・日本興業銀行など主力行が融資した[111]。東京都港区高輪の土地9,800平方メートルは、取得価格566億円に対し159億円[112]で建設省の外郭団体である民間都市開発推進機構へ売却している[113]。少しずつ処分する方法では100億円単位の赤字が続き、株主にも社員の士気にも響く[114]と合田社長は考えていた。

  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [108]再建計画の検討開始は1994年12月ごろ
    • [109]資産を簿価から時価へ切り替える判断
    • [110]受け皿会社エイチ・シー土地開発は資本金1億円
    • [111]エイチ・シー土地開発の不動産取得資金 約1,600億円を主力行が融資
    • [112]港区高輪の土地9,800平方メートルを取得価格566億円に対し159億円で売却
    • [113]売却先は建設省の外郭団体である民間都市開発推進機構
    • [114]分割処理では100億円単位の赤字が続くと合田社長は判断

1996年3月期、長谷工コーポレーションは不動産含み損1,600億円を含む1,850億円の特別損失を一括計上[115]した。連結の経常損益はマイナス1,180億円、当期純損益はマイナス2,144億円となり[116]、前期の46億円の赤字から損失は40倍を超えた[117]。合田社長は、毎年赤字を出し続けるのは[118]会社にも社員にも精神衛生上よくない、一回ドカンと出して翌年から黒字にした方がいい[119]と判断している。1997年3月期は経常損益マイナス250億円・当期純損益マイナス477億円[120]、1998年3月期は経常利益50億円まで戻したものの、当期純損益はマイナス146億円[121]にとどまった。

  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [115]1996年3月期 特別損失1,850億円を一括計上(不動産含み損1,600億円を含む)
    • [118]1995年時点の社長は合田耕平
    • [119]一括処理を選んだ合田社長の判断
  • 長谷工コーポレーション 会社年鑑(連結業績)
    • [116]1996年3月期の連結当期純損益 マイナス2,144億円
    • [117]前期比で損失は40倍超
    • [120]1997年3月期 経常損益マイナス250億円・当期純損益マイナス477億円
    • [121]1998年3月期 経常利益50億円・当期純損益マイナス146億円
  • 日経ビジネス 1995年11月13日号「敗軍の将、兵を語る 一気に赤字1,850億円 バブル清算し組織再建」
    • [108]再建計画の検討開始は1994年12月ごろ
    • [109]資産を簿価から時価へ切り替える判断
    • [110]受け皿会社エイチ・シー土地開発は資本金1億円
    • [111]エイチ・シー土地開発の不動産取得資金 約1,600億円を主力行が融資
    • [112]港区高輪の土地9,800平方メートルを取得価格566億円に対し159億円で売却
    • [113]売却先は建設省の外郭団体である民間都市開発推進機構
    • [114]分割処理では100億円単位の赤字が続くと合田社長は判断
    • [115]1996年3月期 特別損失1,850億円を一括計上(不動産含み損1,600億円を含む)
    • [118]1995年時点の社長は合田耕平
    • [119]一括処理を選んだ合田社長の判断
  • 長谷工コーポレーション 会社年鑑(連結業績)
    • [116]1996年3月期の連結当期純損益 マイナス2,144億円
    • [117]前期比で損失は40倍超
    • [120]1997年3月期 経常損益マイナス250億円・当期純損益マイナス477億円
    • [121]1998年3月期 経常利益50億円・当期純損益マイナス146億円

完全プロラタ方式の債権放棄と1,428億円の株式化

1998年6月、大和銀行専務だった岩尾崇氏が副社長として送り込まれた[122]。当時のグループ有利子負債は1兆500億円弱[123]、これに対する単体の営業利益は1998年3月期で148億円[124]にすぎず、返済に何年かかるか見通せない状態にあった。同年12月、長谷工は34の取引金融機関に対し、無担保債権を融資シェアに応じて一律48%放棄する完全プロラタ方式で3,942億円の債権放棄を要請した[125]。メイン3行の融資シェアは40%、準メイン行が30%、その他の金融機関があわせて30%[126]という分布で、メインへ負担を寄せることは難しかった。下位行の反発は強く、会社更生法の申請準備も並行して進められた[127]。株価は1998年9月に100円を、次いで50円を割り込み、1999年1月には13円の史上最安値[128]をつけた。

  • 週刊東洋経済 2005年8月27日号「KeyPerson 長谷工コーポレーション社長 岩尾崇」
    • [122]1998年6月 大和銀行専務の岩尾崇氏が副社長に就任
    • [123]当時のグループ有利子負債 1兆500億円弱
    • [124]1998年3月期の単体営業利益 148億円
    • [126]融資シェア メイン3行40%・準メイン30%・その他30%
    • [128]株価は1998年9月に100円・50円を割り込み1999年1月に13円の最安値
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [125]1998年12月 34の金融機関へ一律48%放棄・3,942億円の債権放棄を要請
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「「再生」の軌跡 長谷工コーポレーション 債務免除組で唯一の生還」
    • [127]会社更生法の申請準備を並行

翌1999年、主力行の損失負担を引き上げる修正プロラタ方式へ変更され、法的整理は回避された[129]。再建計画は15年間の枠組みで動き出した[130]が、2001年秋の金融検査マニュアル公表で再建期間の圧縮を迫られ[131]、2002年に中期3カ年計画へ組み替えられた。借入金1,500億円を株式へ転換する債務の株式化を実施[132]し、優先株は1,428億円に達した[133]。自己資本比率は2002年3月期のマイナス22.1%を底にプラスへ戻っている[134]。2004年度は減損会計を1年前倒しで適用し、転換社債300億円と優先株700億円で計1,000億円を調達[135]した。役付役員には3年ほどをかけて全員退任してもらい、オーナー一族は退任と同時に保有株式もすべて提供[136]している。有利子負債はこの6年間で1兆500億円弱から1,841億円へ縮小した[137]。経営体制では1999年6月に嵩聰久氏が社長へ就任し、2005年には岩尾崇氏が社長となった。

  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「「再生」の軌跡 長谷工コーポレーション 債務免除組で唯一の生還」
    • [129]1999年 修正プロラタ方式への変更で法的整理を回避
  • 週刊東洋経済 2005年8月27日号「KeyPerson 長谷工コーポレーション社長 岩尾崇」
    • [130]再建計画は15年間の枠組み
    • [131]2001年秋の金融検査マニュアル公表で再建期間の圧縮を要求された
    • [132]2002年 借入金1,500億円の債務の株式化
    • [133]優先株 1,428億円
    • [135]2004年度 減損会計の1年前倒し適用と転換社債300億円・優先株700億円で計1,000億円を調達
    • [136]役付役員は3年ほどで全員退任・オーナー一族は保有株式も提供
    • [137]有利子負債 6年間で1兆500億円弱から1,841億円へ
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [134]自己資本比率 2002年3月期のマイナス22.1%が底
  • 週刊東洋経済 2005年8月27日号「KeyPerson 長谷工コーポレーション社長 岩尾崇」
    • [122]1998年6月 大和銀行専務の岩尾崇氏が副社長に就任
    • [123]当時のグループ有利子負債 1兆500億円弱
    • [124]1998年3月期の単体営業利益 148億円
    • [126]融資シェア メイン3行40%・準メイン30%・その他30%
    • [128]株価は1998年9月に100円・50円を割り込み1999年1月に13円の最安値
    • [130]再建計画は15年間の枠組み
    • [131]2001年秋の金融検査マニュアル公表で再建期間の圧縮を要求された
    • [132]2002年 借入金1,500億円の債務の株式化
    • [133]優先株 1,428億円
    • [135]2004年度 減損会計の1年前倒し適用と転換社債300億円・優先株700億円で計1,000億円を調達
    • [136]役付役員は3年ほどで全員退任・オーナー一族は保有株式も提供
    • [137]有利子負債 6年間で1兆500億円弱から1,841億円へ
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [125]1998年12月 34の金融機関へ一律48%放棄・3,942億円の債権放棄を要請
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「「再生」の軌跡 長谷工コーポレーション 債務免除組で唯一の生還」
    • [127]会社更生法の申請準備を並行
    • [129]1999年 修正プロラタ方式への変更で法的整理を回避
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [134]自己資本比率 2002年3月期のマイナス22.1%が底

2006年〜 特命受注99.7%とマンション専業 ── 他社が退くほど発注が集まる構造

長谷工コーポレーションの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2006年 長谷工インテックを設立
  2. 2009年 長谷工リフォームを設立
  3. 2010年 大栗育夫が第6代社長に就任
  4. 2013年 生活科学運営を子会社化
  5. 2014年 辻範明が第7代社長に就任
  6. 2015年 総合地所を子会社化
  7. 2025年 海外事業で約230億円の特別損失を計上

粗利益率14.4%を生んだ土地持ち込みの完成形

2007年3月期の連結売上高は7,231億円[138]と大手ゼネコンの約半分にとどまったが、営業利益は645億円に達し、大手トップだった大成建設の576億円を上回った[139]。単独の完工粗利益率は14.4%で、大手4社のうち建設事業で首位にあった鹿島の7.1%[140]に2倍以上の差をつけている。建築工事の特命受注比率は99.7%に達し[141]、清水建設の58.7%や竹中工務店の53.9%を上回った[142]。マンションは短工期で受注金額をたたかれ施工後もクレームが多く儲からない[143]というのが業界の常識で、多くのゼネコンの粗利益率は5%前後[144]にとどまっていた。長谷工は2002年に公共工事から完全に撤退し[145]、その敬遠される領域だけで最も高い利益率を得た。

  • 週刊東洋経済 2008年1月19日号「ゼネコン「現場破壊」高収益の秘密は何か 「長谷工」という生き方」
    • [138]2007年3月期の連結売上高 7,231億円
    • [139]2007年3月期の連結営業利益 645億円・大成建設は576億円
    • [140]2007年3月期の単独完工粗利益率 14.4%・鹿島は7.1%
    • [141]2007年3月期の建築工事特命受注比率 99.7%
    • [142]清水建設の特命受注比率58.7%・竹中工務店53.9%
    • [143]マンション施工は儲からないというのが業界の常識
    • [144]多くのゼネコンの粗利益率は5%前後
    • [145]2002年 公共工事から完全撤退

利益率を支えたのは、事業の入り口にあたる土地情報を自社で握る構造[146]である。首都圏では約100人の営業部隊が年間約1万件の土地情報を集めた[147]。収益性を検討して事業計画の立案まで進むのは全体の2割弱で、実際に計画が実現するのは約200件[148]だった。デベロッパーにとって長谷工は土地情報と事業計画を用意し用地の代行取得まで引き受ける[149]相手で、建築工事の見積もりが多少高くとも計画を断る事業者はほとんどいなかった[150]。標準化された仕様と習熟した協力会社により、設計段階の見積もりと実際の工事費用の誤差は1%程度[151]に収まった。2005年3月期の連結営業利益は470億円で、前期比19%の増益[152]だった。

  • 週刊東洋経済 2008年1月19日号「ゼネコン「現場破壊」高収益の秘密は何か 「長谷工」という生き方」
    • [146]事業の入り口は土地情報にある
    • [147]首都圏の営業部隊 約100人・年間約1万件の土地情報
    • [148]事業計画立案まで進むのは全体の2割弱・実現は約200件
    • [149]土地情報と事業計画を用意し用地の代行取得まで引き受ける
    • [150]見積もりが高くとも計画を断る事業者はほとんど無し
    • [151]設計段階の見積もりと実際の工事費用の誤差 1%程度
  • 週刊東洋経済 2005年8月27日号「KeyPerson 長谷工コーポレーション社長 岩尾崇」
    • [152]2005年3月期の連結営業利益 470億円・前期比19%増

2008年9月以降の世界不況は、最大のマンション需要層である30代後半の勤労者層の可処分所得を直撃し[153]、2008年3月期に7,451億円だった連結売上高は2009年3月期に5,055億円へ落ち[154]、当期純損益は76億円の赤字となった[155]。連結の当期受注高も2009年3月期の3,676億円から2010年3月期には2,450億円へ[156]、次期繰越高は3,054億円から2,350億円へ[157]、いずれも3割前後沈んでいる。岩尾崇社長は2009年[158]、今回の不況は1990年代のバブル崩壊後より状況が厳しい[159]と述べ、社会保障・人口問題研究所の予測では世帯数が2015年でピークアウトするため、首都圏での供給8万戸時代は戻ってこない[160]と語った。

  • 週刊東洋経済 2009年4月11日号「INTERVIEW 岩尾崇 長谷工コーポレーション社長」
    • [153]世界不況が30代後半の勤労者層の可処分所得を直撃
    • [158]2009年時点の社長は岩尾崇
    • [159]今回の不況は1990年代のバブル崩壊後より厳しいと岩尾社長が発言
    • [160]世帯数は2015年でピークアウト・首都圏の供給8万戸時代は戻らない
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [154]連結売上高 2008年3月期7,451億円→2009年3月期5,055億円
    • [155]2009年3月期の連結当期純損益 マイナス76億円
    • [156]当期受注高 2009年3月期3,676億円→2010年3月期2,450億円
    • [157]次期繰越高 3,054億円→2,350億円
  • 週刊東洋経済 2008年1月19日号「ゼネコン「現場破壊」高収益の秘密は何か 「長谷工」という生き方」
    • [138]2007年3月期の連結売上高 7,231億円
    • [139]2007年3月期の連結営業利益 645億円・大成建設は576億円
    • [140]2007年3月期の単独完工粗利益率 14.4%・鹿島は7.1%
    • [141]2007年3月期の建築工事特命受注比率 99.7%
    • [142]清水建設の特命受注比率58.7%・竹中工務店53.9%
    • [143]マンション施工は儲からないというのが業界の常識
    • [144]多くのゼネコンの粗利益率は5%前後
    • [145]2002年 公共工事から完全撤退
    • [146]事業の入り口は土地情報にある
    • [147]首都圏の営業部隊 約100人・年間約1万件の土地情報
    • [148]事業計画立案まで進むのは全体の2割弱・実現は約200件
    • [149]土地情報と事業計画を用意し用地の代行取得まで引き受ける
    • [150]見積もりが高くとも計画を断る事業者はほとんど無し
    • [151]設計段階の見積もりと実際の工事費用の誤差 1%程度
  • 週刊東洋経済 2005年8月27日号「KeyPerson 長谷工コーポレーション社長 岩尾崇」
    • [152]2005年3月期の連結営業利益 470億円・前期比19%増
  • 週刊東洋経済 2009年4月11日号「INTERVIEW 岩尾崇 長谷工コーポレーション社長」
    • [153]世界不況が30代後半の勤労者層の可処分所得を直撃
    • [158]2009年時点の社長は岩尾崇
    • [159]今回の不況は1990年代のバブル崩壊後より厳しいと岩尾社長が発言
    • [160]世帯数は2015年でピークアウト・首都圏の供給8万戸時代は戻らない
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [154]連結売上高 2008年3月期7,451億円→2009年3月期5,055億円
    • [155]2009年3月期の連結当期純損益 マイナス76億円
    • [156]当期受注高 2009年3月期3,676億円→2010年3月期2,450億円
    • [157]次期繰越高 3,054億円→2,350億円

震災後の一極集中と累計70万戸のストック

潮目が変わったのは2011年で、3月の東日本大震災の復興により公共工事の発注量が大幅に増え[161]、ゼネコンが利幅の厚い公共工事へ一斉に流れた。そこへ職人不足が重なってマンションの建設コストが上がり[162]、デベロッパーは事業採算に合うコストで請け負うゼネコンの確保に苦しんだ。同年8月、野村不動産が中間所得層向けの新ブランド「オハナ」を立ち上げ[163]、受注量を確保したい長谷工と共同開発に入った。野村不動産は2012年に首都圏マンション供給ランキングの首位を取り[164]、これを見た大手デベロッパーが一斉に長谷工の指名へ動いた。以前は10%以下だった大手7社からの受注比率は、2014年度に40%まで高まっている[165]

  • 週刊東洋経済 2015年5月15日号「受注シェアは一段と上昇 大手も駆け込む長谷工の施工力」
    • [161]2011年3月 東日本大震災の復興で公共工事の発注量が増加
    • [162]職人不足でマンションの建設コストが上昇
    • [163]2011年8月 野村不動産が新ブランド「オハナ」を投入し長谷工と共同開発
    • [164]2012年 野村不動産が首都圏マンション供給ランキング首位
    • [165]大手7社からの受注比率 10%以下→2014年度40%

2014年度の分譲マンション新築着工戸数は前期比10%減の11万戸[166]へ落ち込む見通しだったが、長谷工の受注高は過去最高を記録し、施工会社別の供給シェアは30%に迫った[167]。仕様の共通化を進める場となったのは1988年から開設している打ち合わせ・展示施設「LIPS」[168]で、大手デベロッパーごとの共通仕様書を1年がかりで作成した[169]。展示される商品はメーカーが違っても価格を同じにそろえ[170]、どれを選んでもコストが変わらない仕組みとしている。2014年2月13日、大栗育夫社長は優先株の消却にめどが立ったとして事実上の再建完了を宣言した[171]。有利子負債はこの時点でピーク時の10分の1以下まで縮んでいた[172]。首都圏の分譲マンション施工シェアは、2008年の20.7%から2017年には34.5%へ上がった[173]

  • 週刊東洋経済 2015年5月15日号「受注シェアは一段と上昇 大手も駆け込む長谷工の施工力」
    • [166]2014年度の分譲マンション新築着工 前期比10%減の11万戸
    • [167]長谷工の受注高は過去最高・施工会社別供給シェアは30%に接近
    • [168]打ち合わせ・展示施設「LIPS」は1988年から開設
    • [169]大手デベロッパーごとの共通仕様書を1年がかりで作成
    • [170]展示商品はメーカーが違っても価格を同一にそろえた
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [171]2014年2月13日 大栗育夫社長が事実上の再建完了を宣言
    • [172]有利子負債はピーク時の10分の1以下
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [173]首都圏分譲マンション施工シェア 2008年20.7%→2017年34.5%

ストック側の整備も同じ時期に進み、2013年10月には有料老人ホームや高齢者住宅の企画・運営を30年以上手がけてきた生活科学運営[174]を子会社化した。2015年5月には総合地所を子会社化している[176]。管理・修繕・仲介・高齢者住宅を束ねる長谷工アネシス[177]の下で、分譲マンション管理は長谷工コミュニティ、大規模修繕とリフォームは2009年4月設立の長谷工リフォーム[178]、賃貸マンションの運営管理は長谷工ライブネットが担う体制となった。累計の施工実績は2014年時点の約55万戸[180]から2018年3月期末には62万戸[181]へ増え、2023年には70万戸を超えた[182]。2022年2月には私募REIT「長谷工レジデンシャルプライベート投資法人」の運用を始めている[183][175][179]

  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [174]生活科学運営は有料老人ホーム・高齢者住宅の企画運営を30年以上手がけた
    • [175]2013年10月 生活科学運営を子会社化
    • [177]サービス関連事業は長谷工アネシスが統轄
    • [179]分譲マンション管理は長谷工コミュニティ・修繕は長谷工リフォーム・賃貸運営管理は長谷工ライブネット
    • [180]累計施工実績 2014年時点で約55万戸
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [176]2015年5月 総合地所を子会社化
    • [178]2009年4月 長谷工リフォームを設立
  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション 社長 辻範明」
    • [181]累計施工実績 2018年3月期末に62万戸
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [182]累計施工実績 2023年に70万戸超
    • [183]2022年2月 私募REIT「長谷工レジデンシャルプライベート投資法人」の運用開始
  • 週刊東洋経済 2015年5月15日号「受注シェアは一段と上昇 大手も駆け込む長谷工の施工力」
    • [161]2011年3月 東日本大震災の復興で公共工事の発注量が増加
    • [162]職人不足でマンションの建設コストが上昇
    • [163]2011年8月 野村不動産が新ブランド「オハナ」を投入し長谷工と共同開発
    • [164]2012年 野村不動産が首都圏マンション供給ランキング首位
    • [165]大手7社からの受注比率 10%以下→2014年度40%
    • [166]2014年度の分譲マンション新築着工 前期比10%減の11万戸
    • [167]長谷工の受注高は過去最高・施工会社別供給シェアは30%に接近
    • [168]打ち合わせ・展示施設「LIPS」は1988年から開設
    • [169]大手デベロッパーごとの共通仕様書を1年がかりで作成
    • [170]展示商品はメーカーが違っても価格を同一にそろえた
  • 週刊東洋経済 2014年6月6日号「長谷工コーポレーション 15年越しの再建が完了 サービス事業に未来託す」
    • [171]2014年2月13日 大栗育夫社長が事実上の再建完了を宣言
    • [172]有利子負債はピーク時の10分の1以下
    • [174]生活科学運営は有料老人ホーム・高齢者住宅の企画運営を30年以上手がけた
    • [175]2013年10月 生活科学運営を子会社化
    • [177]サービス関連事業は長谷工アネシスが統轄
    • [179]分譲マンション管理は長谷工コミュニティ・修繕は長谷工リフォーム・賃貸運営管理は長谷工ライブネット
    • [180]累計施工実績 2014年時点で約55万戸
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [173]首都圏分譲マンション施工シェア 2008年20.7%→2017年34.5%
    • [182]累計施工実績 2023年に70万戸超
    • [183]2022年2月 私募REIT「長谷工レジデンシャルプライベート投資法人」の運用開始
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書【沿革】
    • [176]2015年5月 総合地所を子会社化
    • [178]2009年4月 長谷工リフォームを設立
  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション 社長 辻範明」
    • [181]累計施工実績 2018年3月期末に62万戸

経常利益1,005億円と海外事業の230億円

2018年3月期、連結営業利益は1,008億円、経常利益は1,005億円へ達し[184]、建設関連事業のセグメント利益は912億円となった[185]。自己資本比率は2002年3月期のマイナス22.1%から2019年3月期の47.5%まで戻っている[186]辻範明社長は2018年[187]、足元の業績は出来すぎだと述べ[188]、建設需要が急回復してマンションを手がけるゼネコンが減り競争が落ち着いた[189]点が大きいと語った。かつて掲げた売上高1兆円については、大層な目標を掲げる気はない[190]、社員にもうちは大企業でなく大いなる中小企業だと言い聞かせている[191]と述べている。連結売上高が初めて1兆円を超えたのは、2023年3月期の1兆273億円[192]だった。

  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [184]2018年3月期の連結営業利益 1,008億円・経常利益 1,005億円
    • [186]自己資本比率 2002年3月期-22.1%→2019年3月期47.5%
    • [192]2023年3月期に連結売上高1兆273億円で初の1兆円超え
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [185]2018年3月期の建設関連事業セグメント利益 912億円
  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション 社長 辻範明」
    • [187]2018年時点の社長は辻範明
    • [188]辻社長が足元の業績を出来すぎと評した
    • [189]マンションを手がけるゼネコンが減り競争が落ち着いた
    • [190]辻社長が売上高目標を掲げない方針を語った
    • [191]「大企業でなく大いなる中小企業」と社員に説明

2021年3月期の建設事業受注高4,179億円のうち8割以上を民間分譲マンションが占め[193]、大規模物件では市場に供給される新築の約半分を長谷工が手がけた[194]。建築工事の粗利率は17%で、同業の大半は10%に届かなかった[195]。2020年に社長へ就任した池上一夫[196]は、10年ほど前から進めてきた設計図の3次元化により、生産効率を2割高めることを目標に掲げた[197]。次期繰越高は2015年3月期の3,396億円から2025年3月期の7,479億円へ2.2倍[198]に膨らみ、連結従業員数も2010年3月期の4,384人から8,307人へ増えている[199]。2025年3月期の連結売上高は1兆1,774億円[200]まで伸びたが、海外事業で約230億円の特別損失を計上[201]し、親会社株主に帰属する当期純利益は前期の560億円から344億円へ減った[202]。同期のセグメント利益は建設関連535億円、不動産関連240億円、サービス関連181億円[203]である。

  • 週刊東洋経済 2022年2月12日号「「標準化」で他社を圧倒 「長谷工1強」の実像」
    • [193]2021年3月期の建設事業受注高 4,179億円・8割以上が民間分譲マンション
    • [194]大規模物件は市場供給の約半分を施工
    • [195]2021年3月期の建築工事粗利率 17%・同業の大半は10%未満
  • 週刊東洋経済 2020年9月12日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション社長 池上一夫」
    • [196]2020年 池上一夫氏が第8代社長に就任
    • [197]設計図の3次元化を推進し生産効率2割向上を目標
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [198]次期繰越高 2015年3月期3,396億円→2025年3月期7,479億円
    • [199]連結従業員数 2010年3月期4,384人→2025年3月期8,307人
    • [200]2025年3月期の連結売上高 1兆1,774億円
    • [202]親会社株主に帰属する当期純利益 560億円→344億円
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [201]2025年3月期 海外事業で約230億円の特別損失
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [203]2025年3月期のセグメント利益 建設関連535億円・不動産関連240億円・サービス関連181億円
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [184]2018年3月期の連結営業利益 1,008億円・経常利益 1,005億円
    • [186]自己資本比率 2002年3月期-22.1%→2019年3月期47.5%
    • [192]2023年3月期に連結売上高1兆273億円で初の1兆円超え
    • [198]次期繰越高 2015年3月期3,396億円→2025年3月期7,479億円
    • [199]連結従業員数 2010年3月期4,384人→2025年3月期8,307人
    • [200]2025年3月期の連結売上高 1兆1,774億円
    • [202]親会社株主に帰属する当期純利益 560億円→344億円
  • 長谷工コーポレーション 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [185]2018年3月期の建設関連事業セグメント利益 912億円
    • [203]2025年3月期のセグメント利益 建設関連535億円・不動産関連240億円・サービス関連181億円
  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション 社長 辻範明」
    • [187]2018年時点の社長は辻範明
    • [188]辻社長が足元の業績を出来すぎと評した
    • [189]マンションを手がけるゼネコンが減り競争が落ち着いた
    • [190]辻社長が売上高目標を掲げない方針を語った
    • [191]「大企業でなく大いなる中小企業」と社員に説明
  • 週刊東洋経済 2022年2月12日号「「標準化」で他社を圧倒 「長谷工1強」の実像」
    • [193]2021年3月期の建設事業受注高 4,179億円・8割以上が民間分譲マンション
    • [194]大規模物件は市場供給の約半分を施工
    • [195]2021年3月期の建築工事粗利率 17%・同業の大半は10%未満
  • 週刊東洋経済 2020年9月12日号「トップに直撃 長谷工コーポレーション社長 池上一夫」
    • [196]2020年 池上一夫氏が第8代社長に就任
    • [197]設計図の3次元化を推進し生産効率2割向上を目標
  • 長谷工コーポレーション 公式IR
    • [201]2025年3月期 海外事業で約230億円の特別損失

長谷工コーポレーションの沿革1937〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
長谷川武彦が長谷川工務店を個人創業
長谷川工務店を設立
大阪出張所を開設
鉄筋コンクリート造の芦屋打出荘アパートを受注
東京出張所を開設
本店を移転
貸ビル業を開始
不動産売買業を開始
株式を店頭公開
東京証券取引所市場第二部に上場
東京・名古屋各証券取引所市場第一部へ指定
自社マンション第1号を着工しマンション事業に参入★★
日商岩井と業務提携
長谷工不動産を設立
本社を移転
ハワイに子会社を設立
本店を移転
長谷工コミュニティを設立
首都圏マンションシェアが約20%に到達
長谷工アーベストを設立
合田耕平長谷工ライブネットを設立
合田耕平長谷工コーポレーション、ホテル・リゾート事業への1,000億円多角化投資マンション専業の限界にどう向き合うか——「脱マンション」を掲げた長谷工の賭け 詳細を読む★★★
合田耕平商号を長谷工コーポレーションに変更
合田耕平長谷工システムズを設立
合田耕平不二建設を設立
合田耕平関西支社を移転
合田耕平「毎年赤字より一回ドカンと出す」── 1,850億円特別損失の一括処理バブル崩壊で膨らんだ不動産含み損に対し、合田耕平社長は分割ではなく一括処理を選んだ 詳細を読む★★★
合田耕平嵩聰久が第4代社長に就任
合田耕平HASEKO America, Inc.を設立
合田耕平長谷工アネシスを設立
岩尾崇岩尾崇が第5代社長に就任
岩尾崇長谷工インテックを設立
岩尾崇長谷工リフォームを設立
大栗育夫大栗育夫が第6代社長に就任
大栗育夫生活科学運営を子会社化
辻範明辻範明が第7代社長に就任
辻範明総合地所を子会社化★★
辻範明連結経常利益1,000億円を初めて達成
池上一夫細田工務店を子会社化
池上一夫私募REIT「長谷工レジデンシャルプライベート投資法人」の運用開始
熊野聡海外事業で約230億円の特別損失を計上★★
熊野聡熊野聡が第9代社長に就任
出典・参考

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