1998年〜 アメリカで見た価格差から始まった「家のユニクロ化」15年
タマホームの業績推移
- 1998年 タマホームの創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 「日本の住宅は高すぎる」——玉木康裕氏が渡米で得た確信を、いかに全国の注文住宅ブランドへ育てたか
- 2002年 本社を移転
- 2003年 中国地方への初出店となる福山支店を開設
- 2004年 関西地方への初出店となる加古川支店を開設
- 2005年 東海地方への初出店となる豊橋支店を開設
- 2005年 本社を開設
- 2009年 長期優良住宅対応の新商品「New大安心の家」販売開始
「日本の住宅は高すぎる」──筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立
1998年6月、玉木康裕氏が48歳で[1]福岡県筑後市に[2]タマホーム株式会社を設立した[3]。前職は地場の建設業・筑後興産株式会社の専務取締役[4]である。原点は1980年、30歳で米国の大学に聴講生として渡り建築事情を学んだ[5]経験にあり、坪単価30万円程度でハイグレードな住宅[6]が建つ現地と日本との価格差に衝撃を受けた。1992年には家業の筑後興産でローコスト住宅を開発し[7]、注文住宅の相場が坪単価50万円以上だった時代に半額の25万円[8]で販売を始めた。1998年の設立は、この部門を家業から分離独立させた[9]ものである。創業時の社員は数名、資本金1000万円[10]にとどまり、ゼロからの起業ではなく、6年間のローコスト住宅事業を母体とするスピンオフであった。
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [1]創業者は玉木康裕で、設立時48歳だった
- [2]創業地は福岡県筑後市である
- [3]1998年6月にタマホーム株式会社を設立した
- [4]玉木康裕の前職は筑後興産株式会社の専務取締役である
- [10]創業時の資本金は1000万円だった
- タマホーム公式サイト「皆様へ」(Web Archive 2007年7月17日採取)
- [5]玉木康裕は1980年に30歳で米国の大学に聴講生として渡り建築事情を学んだ
- [6]1980年当時の米国の住宅は坪単価30万円程度でハイグレードだった
- [7]1992年に家業の筑後興産でローコスト住宅を開発し坪単価25万円で販売を始めた
- [8]当時の注文住宅の相場は坪単価50万円以上だった
- [9]1998年の設立はローコスト住宅部門を家業から分離独立させたものである
設立翌年の2000年1月1日、筑後市久富にモデルハウス1号店を開設[11]し、本格的な販売活動を始めた。価格は設立当初、坪単価24.8万円に据えた。原価を積み上げて値付けするのではなく、顧客が納得する価格を先に置く発想[12]で、玉木康裕氏は「ユニクロのように安くて高品質な家を提供していこう」と量販の狙いを定めた[13]。木造2階建ての注文住宅をパッケージ化して設計工数と材料調達コストを引き下げ、ロードサイドの小型展示場と広告を集客装置に据えた[14]。創業3期目の2002年10月には本社を福岡県福岡市博多区へ移し[15]、売上高は2001年5月期の19億円から2004年5月期の226億円へ[16]3期連続で前期比2倍超のペースで伸ばした。
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [11]2000年1月1日に筑後市久富にモデルハウス1号店を開設した
- [15]2002年10月に本社を福岡県福岡市博多区へ移転した
- [12]設立当初は原価の積み上げではなく顧客が納得する価格を先に置いた
- [14]玉木康裕氏は広告活動を集客の要に据えた
- [13]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(ユニクロのように安くて高品質な家)
- タマホーム公式サイト 会社概要・業績(Web Archive)
- [16]売上高は2001年5月期の19億円から2004年5月期の226億円へ拡大した
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [1]創業者は玉木康裕で、設立時48歳だった
- [2]創業地は福岡県筑後市である
- [3]1998年6月にタマホーム株式会社を設立した
- [4]玉木康裕の前職は筑後興産株式会社の専務取締役である
- [10]創業時の資本金は1000万円だった
- [11]2000年1月1日に筑後市久富にモデルハウス1号店を開設した
- [15]2002年10月に本社を福岡県福岡市博多区へ移転した
- タマホーム公式サイト「皆様へ」(Web Archive 2007年7月17日採取)
- [5]玉木康裕は1980年に30歳で米国の大学に聴講生として渡り建築事情を学んだ
- [6]1980年当時の米国の住宅は坪単価30万円程度でハイグレードだった
- [7]1992年に家業の筑後興産でローコスト住宅を開発し坪単価25万円で販売を始めた
- [8]当時の注文住宅の相場は坪単価50万円以上だった
- [9]1998年の設立はローコスト住宅部門を家業から分離独立させたものである
- [12]設立当初は原価の積み上げではなく顧客が納得する価格を先に置いた
- [14]玉木康裕氏は広告活動を集客の要に据えた
- [13]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(ユニクロのように安くて高品質な家)
- タマホーム公式サイト 会社概要・業績(Web Archive)
- [16]売上高は2001年5月期の19億円から2004年5月期の226億円へ拡大した
大阪・東京本社の二段ロケット──九州発の全国網完成
2003年9月の福山支店開設[17]を皮切りに、関西(2004年5月加古川支店[18])・東海(2005年3月豊橋支店[19])・関東(2005年11月横浜平沼支店[20])と西から東へ出店網を広げた。2004年6月には大阪府大阪市中央区に大阪本社[21]を、2005年6月には東京都港区に本社を開設[22]し、九州・関西・首都圏の三本社体制をつくった。低価格訴求の量産注文住宅は地方郊外を中心に支持を集め、創業7年の2005年11月に50店を達成[23]した。連結売上高も2005年5月期の463億円から2006年5月期には809億円[24]へ拡大し、玉木康裕氏は当時の公式サイトで「東京に本社を移転し、グループ売上高800億円を達成」と掲げた。福岡から始まった出店戦略は九州・中国・関西・東海を経て関東圏へ届き[25]、創業7年で全国企業への移行を終えた。
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [17]2003年9月に福山支店を開設した(中国地方への初出店)
- [18]2004年5月に加古川支店を開設した(関西への初出店)
- [19]2005年3月に豊橋支店を開設した(東海への初出店)
- [20]2005年11月に横浜平沼支店を開設した(関東への初出店)
- [21]2004年6月に大阪府大阪市中央区に大阪本社を開設した
- [22]2005年6月に東京都港区に本社を開設した
- [23]創業7年の2005年11月に50店を達成した
- タマホーム公式サイト 会社概要・業績(Web Archive)
- [24]連結売上高は2005年5月期の463億円から2006年5月期の809億円へ拡大した
- [25]1998年の福岡から九州・中国・関西・東海へ出店し、2005年に本社を東京へ移して関東圏へ進出した
2006年以降の出店ペースは速く、2006年12月に100店[26]、2008年10月に150店[27]、2011年3月に200店[28]と続き、連結売上高も2007年5月期1,290億円、2008年5月期1,679億円[29]と拡大した。2008年11月には北海道地区への初出店となる札幌西店[30]を開設し、2011年1月にはタマホーム沖縄が新都心展示場を開設して47都道府県への出店を完了[31]した。創業から13年で全都道府県に展示場を構える[32]企業となった。急拡大下の品質維持では職人教育を柱に据え、建築現場に職人の名前を掲示する運用を敷いた[33]。玉木康裕氏は成長の理由を「何も、変わったことはしていません。もともと、日本の住宅の建築費は高すぎるんです」と語り、人材について「求人と教育には労力を惜しみません」「モノづくりは人づくり、人づくりはシステムづくりなのです」と説明した[35]。 [34]
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [26]2006年12月に100店を達成した
- [27]2008年10月に150店を達成した
- [28]2011年3月に200店を達成した
- [30]2008年11月に札幌西店を開設した(北海道への初出店)
- [31]2011年1月にタマホーム沖縄が新都心展示場を開設し47都道府県への出店を完了した
- [32]創業から13年で全国47都道府県に展示場を構える企業となった
- タマホーム公式サイト 会社概要・業績(Web Archive)
- [29]連結売上高は2007年5月期1,290億円・2008年5月期1,679億円へ拡大した
- [33]建築現場に職人の名前を掲示する運用を敷いた
- [34]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(日本の住宅の建築費は高すぎる)
- [35]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(求人と教育・モノづくりは人づくり)
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [17]2003年9月に福山支店を開設した(中国地方への初出店)
- [18]2004年5月に加古川支店を開設した(関西への初出店)
- [19]2005年3月に豊橋支店を開設した(東海への初出店)
- [20]2005年11月に横浜平沼支店を開設した(関東への初出店)
- [21]2004年6月に大阪府大阪市中央区に大阪本社を開設した
- [22]2005年6月に東京都港区に本社を開設した
- [23]創業7年の2005年11月に50店を達成した
- [26]2006年12月に100店を達成した
- [27]2008年10月に150店を達成した
- [28]2011年3月に200店を達成した
- [30]2008年11月に札幌西店を開設した(北海道への初出店)
- [31]2011年1月にタマホーム沖縄が新都心展示場を開設し47都道府県への出店を完了した
- [32]創業から13年で全国47都道府県に展示場を構える企業となった
- タマホーム公式サイト 会社概要・業績(Web Archive)
- [24]連結売上高は2005年5月期の463億円から2006年5月期の809億円へ拡大した
- [29]連結売上高は2007年5月期1,290億円・2008年5月期1,679億円へ拡大した
- [25]1998年の福岡から九州・中国・関西・東海へ出店し、2005年に本社を東京へ移して関東圏へ進出した
- [33]建築現場に職人の名前を掲示する運用を敷いた
- [34]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(日本の住宅の建築費は高すぎる)
- [35]タマホーム代表取締役社長の玉木康裕氏による発言(求人と教育・モノづくりは人づくり)
47都道府県完成と東証一部直接上場、創業15年で売上1,500億円
2009年6月に長期優良住宅対応の主力商品「New大安心の家」を投入[36]し、商品仕様を国の住宅性能表示基準に合わせた高品質化に踏み込んだ。リーマン後の市況縮小で単体売上高は2009年5月期の1,817億円から2010年5月期に1,537億円へ後退[37]した。2009年10月には低価格訴求商品「元気の家」[38]を、2010年11月には都市部向け3階建商品「New木望の家」[39]を投入し、郊外向け量産の一本足から主力・低価格・都市部の3系統へ商品を広げた。2012年3月には583区画の分譲プロジェクト「タマスマートタウン茨木」[40]の販売を開始し、注文住宅に加えて分譲開発を手がけた。
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [36]2009年6月に長期優良住宅対応の主力商品「New大安心の家」を投入した
- [38]2009年10月に低価格訴求商品「元気の家」を投入した
- [39]2010年11月に都市部向け3階建商品「New木望の家」を販売開始した
- [40]2012年3月に583区画の分譲プロジェクト「タマスマートタウン茨木」の販売を開始した
- タマホーム 有価証券報告書(主要な経営指標等の推移)
- [37]単体売上高は2009年5月期の1,817億円から2010年5月期に1,537億円へ後退した
2013年3月、創業15年目で東京証券取引所第一部および福岡証券取引所本則市場へ株式上場[41]した。二部・マザーズを経ない直接上場であり、創業者・玉木康裕氏が個人で発行済株式の36.23%を保有する同族支配[42]のまま公開企業となった。上場時のFY11(2012年5月期)の連結売上高は1,696億円、FY12(2013年5月期)は1,523億円[43]で、年商1,500億円規模で公開市場へ移行した。同年4月には公募増資を実施して資本金を43億1,014万円へ引き上げ[44]、上場と同時に資本基盤も厚くした。
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [41]2013年3月に東京証券取引所第一部および福岡証券取引所本則市場へ上場した(創業15年目)
- [44]2013年4月に公募増資を実施して資本金を43億1,014万円へ引き上げた
- タマホーム 有価証券報告書(大株主の状況)
- [42]上場時、玉木康裕が個人で発行済株式の36.23%を保有する同族支配構造のまま公開企業となった
- タマホーム 有価証券報告書(主要な経営指標等の推移)
- [43]連結売上高はFY11(2012年5月期)1,696億円・FY12(2013年5月期)1,523億円だった
- タマホーム 有価証券報告書【沿革】
- [36]2009年6月に長期優良住宅対応の主力商品「New大安心の家」を投入した
- [38]2009年10月に低価格訴求商品「元気の家」を投入した
- [39]2010年11月に都市部向け3階建商品「New木望の家」を販売開始した
- [40]2012年3月に583区画の分譲プロジェクト「タマスマートタウン茨木」の販売を開始した
- [41]2013年3月に東京証券取引所第一部および福岡証券取引所本則市場へ上場した(創業15年目)
- [44]2013年4月に公募増資を実施して資本金を43億1,014万円へ引き上げた
- タマホーム 有価証券報告書(主要な経営指標等の推移)
- [37]単体売上高は2009年5月期の1,817億円から2010年5月期に1,537億円へ後退した
- [43]連結売上高はFY11(2012年5月期)1,696億円・FY12(2013年5月期)1,523億円だった
- タマホーム 有価証券報告書(大株主の状況)
- [42]上場時、玉木康裕が個人で発行済株式の36.23%を保有する同族支配構造のまま公開企業となった