タマホームの創業を決めたのは、安い家をつくる技術ではなく、値段を決める順序だった。原価を積み上げて売価を出すのではなく、買い手が払える坪単価24.8万円を先に置き、その価格で建つ家を設計と調達の側で成立させる。順序を逆さにすると、続くものはすべて従属する。商品は仕様を選ばせない1本になり、店は総合展示場ではなくモデルハウスと事務所とショールームを1カ所に備えたロードサイド型になり、集客はテレビCMとチラシへ寄る。玉木康裕氏が家業の筑後興産で6年かけて確かめたのはこの一式であり、1998年の分離独立は、既存の建設業と混ぜたままでは振り切れない運営を、別会社へ切り出す作業だった。単体売上高が2001年5月期の19億2,600万円から3期で226億円へ伸びたのは、商品が増えたからではなく、同じ1本を売る店が増えたからである。
もっとも、価格を先に置く型は、売る土地が変われば自動では動かない。断熱地域区分は気候条件で全国を8つに割り、区分ごとに断熱材の厚みと開口部の性能を要求する。九州の5・6・7地域向けに作った「大安心の家」のままでは、北関東へも北東北へも北海道へも出られない。タマホームは出店の先端が北へ動くたびに「大安心の家〔愛〕」「大安心の家〔暖〕」、そして「大地の家」を足していった。標準化で安くする会社が、標準を1つに保てないという矛盾を、商品の数で引き受けたことになる。創業10年で150店・連結売上高1,679億円へ届いた速度の裏側には、価格表の外側で増え続けた品番があったとみられる。
1998年6月、玉木康裕氏が48歳で福岡県筑後市にタマホーム株式会社を設立した。前職は地場の建設業・筑後興産株式会社の専務取締役である。原点は1980年、30歳で米国の大学に聴講生として渡り建築事情を学んだ経験にあり、坪単価30万円程度でハイグレードな住宅が建つ現地と日本との価格差に衝撃を受けた。1992年には家業の筑後興産でローコスト住宅を開発し、注文住宅の相場が坪単価50万円以上だった時代に半額の25万円で販売を開始した。1998年の設立は、この部門を家業から分離独立させたものである。創業時の社員は数名、資本金1000万円にとどまり、ゼロからの起業ではなく、6年間のローコスト住宅事業を母体とするスピンオフであった。
設立翌年の2000年1月1日、筑後市久富にモデルハウス1号店を開設し、本格的な販売活動を始めた。価格は設立当初、坪単価24.8万円に据えた。原価を積み上げて値付けするのではなく、顧客が納得する価格を先に置く発想で、玉木康裕氏は『ユニクロのように安くて高品質な家を提供していこう』と量販の狙いを定めた。木造2階建ての注文住宅をパッケージ化して設計工数と材料調達コストを引き下げ、ロードサイドの小型展示場と広告を集客装置に据えた。創業3期目の2002年10月には本社を福岡県福岡市博多区へ移し、売上高は2002年5月期の44億円から2004年5月期の226億円へ2期続けて前期比2倍超のペースで伸ばした。
売る商品は「大安心の家」ひとつに絞られていた。自由設計・オール電化・豊富な設備仕様をひとまとめにし、当時としては画期的な坪単価で提供するという組み立てで、仕様を標準化したぶんの設計工数と調達コストを価格へ回した。掲げた経営方針は『より良いものをより安く 提供することにより 社会に奉仕する』である。店はモデルハウス・事務所・ショールームを1カ所へまとめたロードサイド型の独立型店舗に置き、内覧から仕様決めまでを1店で完結させた。集客はテレビCMとチラシに寄せ、広告で来場者を集めて標準商品を捌く回し方を敷いた。単体売上高は2001年5月期の19億2,600万円から2004年5月期の226億円へ、3期で10倍を超えて伸びた。
2003年9月の福山支店開設を皮切りに、関西(2004年5月加古川支店)・東海(2005年3月豊橋支店)・関東(2005年11月横浜平沼支店)と西から東へ出店網を広げた。2004年6月には大阪府大阪市中央区に大阪本社を、2005年6月には東京都港区に本社を開設し、九州・関西・首都圏の三本社体制をつくった。低価格訴求の量産注文住宅は地方郊外を中心に支持を集め、創業7年の2005年11月に50店を達成した。連結売上高も2005年5月期の463億円から2006年5月期には809億円へ拡大し、玉木康裕氏は当時の公式サイトで『東京に本社を移転し、グループ売上高800億円を達成』と掲げた。福岡から始まった出店戦略は九州・中国・関西・東海を経て関東圏へ届き、創業7年で全国企業への移行を終えた。
東へ延ばしながら、九州の厚みは薄めなかった。2005年11月、宮城県仙台市に50店目となる泉インター支店を開き、同じ月に関東への初出店となる横浜平沼支店を神奈川県横浜市へ開設している。関東に最初の店が立ったのは創業から7年半後で、それまでの出店は福岡から中国・関西・東海へと陸路をたどる順序で進んだ。店はロードサイド型の独立型店舗を中心に置き、全国展開もその形で進めた。用地と建物の先行投資が1店ずつ積み上がる方式である以上、地盤に近いところから埋めるほうが1店あたりの回収は読みやすい。出店の順序を決めていたのは市場の大きさではなく、地盤からの距離だった。
店を出すたびに、住宅以外の商いも同じ動線へ足していった。2002年10月、本社を福岡市博多区へ移すのと同じ月に保険代理業の登録を行い、保険代理業を開始している。注文住宅の買い手はそのまま火災保険の買い手でもあり、契約の場を握る会社が保険を扱えば、1棟あたりの取り分は厚くなる。住宅事業の内側にも、注文住宅の建築請負のほかに外構工事等付帯工事の紹介やプレカットCAD入力・図面作成等の設計支援が抱え込まれた。火災保険等の保険代理業務と注文住宅購入者向けつなぎ融資の取次業務は、のちに金融事業として住宅事業とは別のセグメントへ立つ。1棟の家が動く動線の上へ、どれだけの商いを並べられるか。創業期の事業の広げ方は、その問いで選ばれていた。
2006年12月、千葉県袖ケ浦市に100店目となる袖ケ浦支店を開いた。50店目からわずか13カ月での倍増である。2007年6月には北陸への初出店となる富山空港支店を、2008年10月には青森県おいらせ町に150店目の八戸下田支店を、翌11月には北海道への初出店となる札幌西店を開設し、出店の先端は本州を越えた。連結売上高は2006年5月期の809億円から2007年5月期1,290億円、2008年5月期1,679億円へ2期で2倍に伸びている。ロードサイドの独立型店舗は1店ごとにモデルハウスを建てる方式であり、出店そのものが広告と並ぶ先行投資でもあった。
北へ出るたびに商品を足した。設立当初の商品は断熱地域区分5・6・7地域に対応する「大安心の家」だけで、九州でのみ営業していたあいだはそれで足りていた。営業エリアが北関東・北陸・南東北の4地域へ届くと「大安心の家〔愛〕」を、北東北の3地域へ届くと「大安心の家〔暖〕」を、北海道の1・2地域へは「大地の家」を、のちに沖縄の8地域へは「大安心の家〔沖縄〕」を順に投入した。断熱地域区分は建築物省エネ法が気候条件で全国を8つに割ったもので、区分ごとに断熱材の厚みや開口部の断熱性・気密性能が規定される。標準化した1商品で全国を覆うことはできず、出店網の北上は地域別商品の増設と対になっていた。
急拡大の速度に品質を追いつかせる手立ては、職人の側に置かれた。玉木康裕氏は建築現場に職人の名前を掲示する運用を敷き、誰が建てた家かを施主から見えるようにした。創業以来の考えとして『人間を大切にしない会社が良い家をつくれるはずがない』を掲げ、求人と教育には労力を惜しまなかった。低価格の量産で問われるのは値引きの深さではなく、同じ仕様を同じ品質で何千棟も繰り返せるかどうかである。成長の理由を問われた玉木康裕氏は『何も、変わったことはしていません。もともと、日本の住宅の建築費は高すぎるんです』と答え、人材については『モノづくりは人づくり、人づくりはシステムづくりなのです』と説明した。標準化した商品と広告で集めた需要を職人の層が受け止める形は、創業10年でおおよそ組み上がった。
47都道府県を埋め終えた2011年から、タマホームは成長の言葉を入れ替えざるを得なくなった。出店で面を広げる会社にとって、白地図が尽きることは成長の手段が尽きることに近い。2013年の東京証券取引所第一部への直接上場は、その転換に資本を与えた出来事だった。約70億円の調達で自己資本比率は8.4%から20.3%へ、有利子負債比率は153.5%から55.8%へ動き、借入で店を建ててきた会社が株式市場から資本を取る会社へ移る。ところが上場の翌年に消費税率が上がり、駆け込みと反動が注文住宅の受注棟数を2期で9,905棟から7,409棟へ削った。面を広げた10年ぶんの店は、需要が縮む局面ではそのまま固定費として残っていた。
2015年の中期経営計画が掲げた「面」から「層」へという言い換えは、商品の割り方を2方向へ開くことだった。縦には既存ライン・ハイライン・ベーシックラインという価格帯の3区分、横には各地域に見合った地域限定商品。実際に数を作ったのはこの2つで、平均価格1,000万円前後の規格住宅は試験販売から1年半で累計受注1,000棟に達し、地域限定商品は2018年5月期に37都道府県で6,317棟を受注した。売上高2,000億円超・販売棟数10,150棟という目標には届かなかったが、2期続いた純損失は黒字へ戻った。玉木康裕氏が社長を譲ったのは赤字のただ中ではなく、その戻り方が数字で見えたあとである。
2009年6月、長期優良住宅の普及の促進に関する法律が施行され、認定を受けた住宅の買い手には住宅ローン減税や登録免許税の減免といった特例措置が用意された。タマホームは同じ月、制度へ適合するよう主力の「大安心の家」シリーズへ大幅な改良を施し、「New大安心の家」として販売を始めた。低価格を看板に掲げてきた会社が、国の定めた性能基準の側へ商品を寄せにいった判断である。同年10月には低価格訴求の「元気の家」、2010年11月には都市部の狭小地向け3階建て「New木望の家」を投入した。リーマン・ショック後の市況縮小で単体売上高は2009年5月期の1,817億円から2010年5月期に1,537億円へ落ち、当期純損失28億9,700万円を計上している。
2011年1月、子会社のタマホーム沖縄が那覇市に新都心展示場を開き、47都道府県への出店が完了した。創業から13年で、九州の1県から始めた出店網が国土を覆ったことになる。同年3月には長野県伊那市に200店目となる伊那店を開設した。面を埋め終えた会社が次に手を付けたのは、注文住宅の請負という単一の売り方である。2012年3月、全583区画の大規模分譲プロジェクト「タマスマートタウン茨木」の販売を始め、土地を持たない客へ土地と建物をまとめて渡す経路を開いた。連結売上高は2011年5月期1,489億円から2012年5月期1,696億円へ戻したが、2011年5月期は当期純損失1億7,700万円で、規模の回復と収益の回復は同時には来なかった。
2013年3月、創業15年目で東京証券取引所第一部および福岡証券取引所本則市場へ株式を上場した。二部や新興市場を経ない直接上場である。市場から調達した約70億円は財務の立て直しへ回り、自己資本比率は2012年5月期の8.4%から20.3%へ、有利子負債比率は153.5%から55.8%へ改善した。同年4月には公募増資で資本金を43億1,014万円へ引き上げている。もっとも創業者・玉木康裕氏が個人で発行済株式の36.23%を保有する同族支配は公開後も動かず、2013年5月期の営業利益52億8,600万円・当期純利益26億4,800万円はいずれも当時の過去最高だった。借入で店を建ててきた会社が、株式市場から資本を取る会社へ移った。
2014年4月の消費税率引き上げは、駆け込みと反動をそのまま受注に刻んだ。2014年5月期は9月まで駆け込み需要が発生し、10月以降は反動減で前期比の大幅減少に転じている。注文住宅の受注金額は2013年5月期の1,621億8,800万円から2014年5月期1,544億円、2015年5月期1,310億4,200万円へ、受注棟数は9,905棟から8,919棟、7,409棟へと2期で25%減った。反動減からの回復は鈍く、天候不順による集客減も重なった。加えて連結子会社ジャパンウッドの不適切な取引が発覚してリフォーム事業は受注活動の停止に追い込まれ、2015年5月期の受注は3億700万円と前期の1割まで縮んだ。
損失は店舗の側に出た。2015年5月期の第4四半期、事業構造改革として不採算店舗の除却損および減損損失等10億500万円と、事業改善が見込めない子会社の事業に係る減損損失1億2,700万円を特別損失へ計上した。当期純損失は6億4,100万円である。翌2016年5月期も期首受注残の少なさがそのまま引渡棟数の減少へ直結し、当期純損失4億4,600万円と2期連続の赤字に沈んだ。独立型店舗数は2015年5月期の181店を頂に、2016年5月期175店、2017年5月期170店へ減っている。出店で面を広げた10年が、需要の縮む局面ではそのまま固定費として残っていた。
2015年7月、中期経営計画「タマステップ2018」を公表した。基本方針は『“面”の展開から、“層”の拡大による成長へ』であり、47都道府県を埋め終えた会社が、次は価格帯と顧客層で伸ばすと宣言したことになる。目標は2018年5月期に販売棟数10,150棟・売上高2,000億円超・営業利益率3.5%・ROE15%で、出発点となる2015年5月期の実績は7,564棟・1,495億円・営業利益率1.5%だった。基本戦略は、低価格良質住宅を軸とした注文住宅事業の強化、戸建分譲事業の強化と不動産事業の拡大、リフォームなど住宅周辺事業の強化、組織とガバナンスの改革の4本。商品は既存ライン・ハイライン・ベーシックラインの3区分へ割られた。
3区分のうち実際に数を作ったのはベーシックラインだった。2015年10月、平均価格1,000万円前後の規格住宅を試験的に売り始め、2016年9月に累計受注500棟、2017年1月に企画商品「シフクノいえ」を500棟限定で投入し、2017年3月には累計1,000棟へ届いた。既存ラインでは2016年7月から各地域に見合った「地域限定商品」を九州エリアを皮切りに売り出し、同年11月に中国・東北・関西、2017年2月に首都圏・北陸を加えて全国24県、同年6月には東海を含む31県まで広げた。2016年4月にはZEHへ対応した「大安心の家ZERO」、同年10月に「木麗な家ZEH」を加えている。価格を下げる商品と省エネ性能を上げる商品が、同じ店の棚へ同時に並ぶことになった。
2018年5月期の連結売上高は1,679億円、営業利益46億5,300万円、当期純利益20億4,700万円で、2期の赤字から黒字へ戻した。地域限定商品は37都道府県で6,317棟を受注して前年の1,850棟から3.4倍に伸び、受注は9,386棟、引渡は7,913棟まで回復している。ただし「タマステップ2018」が掲げた売上高2,000億円超・販売棟数10,150棟には届かなかった。回復の形がようやく固まった2018年8月、玉木康裕氏は2015年11月から兼ねてきた社長職を譲って代表取締役会長の専任となり、代表取締役副社長兼COOの玉木伸弥氏が39歳で代表取締役社長に就任した。赤字のただ中ではなく、黒字へ戻したところで渡す順序を創業者は選んだのだろう。
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|---|---|---|---|---|
| 1998〜2008年アメリカで見た価格差から始まった「家のユニクロ化」10年 | 玉木康裕 | 創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 1998年6月、玉木康裕氏が家業の建設会社・筑後興産で6年間温めたローコスト住宅事業を分離独立させ、福岡県筑後市に資本金1000万円・社員数名でタマホーム株式会社を設立した創業判断。ゼロからの起業ではなく、既存の低価格住宅事業を母体とするスピンオフだった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 玉木康裕 | 本社を移転 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 中国地方への初出店となる福山支店を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 関西地方への初出店となる加古川支店を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 東海地方への初出店となる豊橋支店を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 本社を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 関東地方への初出店となる横浜平沼支店を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 100店目となる袖ケ浦支店を開設 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 北海道地区への初出店となる札幌西店を開設 | ★ | ||
| 2009〜2018年47都道府県を閉じて東証一部へ、増税反動減からの「層」の拡大 | 玉木康裕 | 長期優良住宅対応の新商品「New大安心の家」販売開始 | ★★ | |
| 玉木康裕 | 低価格訴求商品「元気の家」の販売を開始 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 都市部向け3階建商品「New木望の家」販売開始 | ★ | ||
| 玉木康裕 | タマホーム沖縄が新都心展示場を開設し47都道府県への出店を完了 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 大規模分譲プロジェクト「タマスマートタウン茨木(全583区画)」販売開始 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 東京証券取引所第一部・福岡証券取引所本則市場へ株式上場 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 資本金を43億1014万円へ増資 | ★ | ||
| 玉木康裕 | 「大安心の家」の外観意匠を向上させた「大安心の家 PREMIUM」販売開始 | ★ | ||
| 玉木康裕 | ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)対応の新商品「大安心の家 ZERO」販売開始 | ★ | ||
| 玉木伸弥 | 創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代 2018年8月、創業者・玉木康裕氏が2015年11月から兼ねてきた社長職を譲って代表取締役会長の専任となり、長男で生え抜き入社の玉木伸弥氏が代表取締役副社長兼COOから代表取締役社長へ昇格した。玉木康裕氏は会長として代表権を残し、代表取締役が会長と社長の2名という体制は変わっていない。創業20年、上場5年の節目での同族第二世代への交代だった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 玉木伸弥 | 連結子会社タマホーム沖縄を吸収合併 | ★ | ||
| 2019〜2026年300店体制から高断熱の大地の家・笑顔の家へ、省エネ性能を競う商品づくり | 玉木伸弥 | 300店目となるひたちなか店を開設 | ★ | |
| 玉木伸弥 | 高断熱仕様の新商品「大地の家」販売開始 | ★ | ||
| 玉木伸弥 | プライム市場へ移行 | ★ | ||
| 玉木伸弥 | 最上位等級「断熱等性能等級5」対応商品販売開始 | ★ | ||
| 玉木伸弥 | 高耐候・高耐久・高断熱・高気密・省エネルギー仕様の新商品「笑顔の家」販売開始 | ★ |
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事実根拠:出所(タマホーム)