積水ハウス の歴史

更新:

創業

1960年

創業者

※積水化学

創業地

大阪府大阪市

直近売上高(2026/1)

41,979億円

長期業績と転換点(1997/1〜2026/1)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1963年に田鍋健氏は代理店制度を廃して直接販売・責任施工へ切り替えたのか
A 住宅という高額で一生に一度の買い物を代理店任せにすれば、顧客と直につながる接点も、現場の品質を確かめる手立ても社外に置いたままになる。プレハブを安物として売らずに済ませるにはその両方を社内へ抱えるほかないと田鍋健氏は見ていた。1963年6月、累積赤字9,000万円の積水ハウス産業の社長に積水化学工業専務から転じた田鍋健氏は、翌10月の商号変更とあわせ販売も施工も自社の社員が担う直接販売・責任施工へ切り替えた。販売コスト増を嫌って他社が避けた方式だったが、品質を単価に映せたことで1964年に黒字へ転じた
Q なぜ2017年にWoodside Homes買収で米国戸建市場へ出たのか
A 国内の新設住宅着工が90万戸台へ落ち込む一方、米国は人口増と住宅不足で年間130万戸超の需要が続き、工業化の遅れた現地の戸建には日本の施工品質や高耐久部材を移す余地があった田鍋健氏が国内で実証したプレハブ高級化を米国へ移し替える戦略であり、積水ハウスは2017年3月にユタ州の戸建ビルダーWoodside Homesを約533億円で完全子会社化し、その実証の場とした。国内市場の成熟を補う柱を、買収先へ技術を移植する手順で築く狙いだった。
Q なぜ2024年にMDC Holdingsを約7,200億円で買ったのか
A Woodside買収から6年でグループ売上の16%を海外で稼ぐ構造に変わり、米国を本業の柱へ引き上げる段階に入った。地域分散と現地経営層の取り込みを重ねた延長で、積水ハウスは2024年4月、コロラド州の大手ビルダーMDC Holdingsを約7,200億円(49.4億米ドル)で完全子会社化し、全米16州で年約1.5万戸を引き渡す体制を得た。米国引渡規模を一気に3倍超へ広げ、2025年にはWoodside・Holt・Chesmarとあわせ4社をSEKISUI HOUSE U.S.へ統合した

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1960年〜 プレハブから住宅産業のリーダーへの道筋

積水ハウスの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1960年 積水ハウス産業を設立
  2. 1961年 滋賀工場を新設、操業開始
  3. 1963年 田鍋健社長による直接販売・責任施工への転換と高級化路線 発足3年で累積赤字を抱えた積水ハウス産業を、田鍋健社長はどう立て直したか
  4. 1963年 積水ハウスに商号変更
  5. 1964年 単年度黒字化を達成
  6. 1976年 「需要は待つな、創れ」——石油危機下の需要創造経営 住宅需要が急減するなか、田鍋健社長は自社ローンと「売り建て」でどう受注を掘り起こしたか
  7. 1978年 全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革 拡大する営業網の官僚化を避けるため、田鍋健社長はなぜ本社の権限を手放したのか

沈没寸前の船を引き受けた田鍋健社長の高級化路線

1960年8月[1]、積水化学工業のハウス事業部を母体として[2]積水ハウス産業が資本金1億円で発足[3]し、初代社長には積水化学工業社長の上野次郎男氏が兼任で就いた[4]。プレハブ住宅の事業化を狙ったが、当時のプレハブは在来工法より割高で内容も見劣りし[5]、売上高は1961年7月期2億6000万円、1963年12億4000万円[6]と伸び悩んだ。1961年の業界解説がプレハブの急成長企業として挙げたのは大和ハウス工業と永大産業[7]であり、発足3年で累積赤字9000万円[8]、不良資産を含めれば実質2億円近い赤字[9]を抱えて社員も意欲を失っていた。1963年6月、積水化学工業専務から転じた田鍋健氏が社長に就任し[10]、「この会社は沈没寸前の船と同じや。しかし私は船長としてこの船と運命を共にする覚悟だ」(田鍋健氏、日経新聞「私の履歴書」)と宣言し、出向社員に積水化学への帰任か、退職金を受け取っての移籍かを選ばせ[12]、従業員の結束を固めた。 [11]

  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年8月 積水ハウス産業が発足
    • [2]積水化学工業のハウス事業部が母体
    • [3]発足時の資本金 1億円
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [4]初代社長は積水化学工業社長の上野次郎男が兼任
    • [5]当時のプレハブは在来工法より割高で内容も劣った
    • [6]売上高 1961年7月期2億6000万円・1963年12億4000万円
    • [10]1963年6月 積水化学工業専務の田鍋健が社長に就任
  • プラスチック材料読本(1961年)
    • [7]1961年時点でプレハブの急成長企業とされたのは大和ハウス工業と永大産業
  • 日本経済新聞「私の履歴書(田鍋健)」(1985年)
    • [8]発足3年で累積赤字9000万円
    • [9]不良資産を含めれば実質2億円近い赤字
    • [11]積水ハウス社長の田鍋健氏による就任時の発言
    • [12]出向社員に積水化学への帰任か移籍かを選ばせた

1963年10月、田鍋社長は社名を積水ハウスへ改め[13]、販売と施工を自社社員が担う直接販売・責任施工方式へ切り替えた[14]。代理店は兼業のため商品の消化に熱が入らず、自社の建築技術やシステムを理解している先も少ない[15]という判断からで、同業他社は販売コストが高くなるとしてこの方式を敬遠した[16]。同時に独身者向け2階建ての「2D型」、エコノミータイプの「E型」、デラックスタイプの「F型」を相次いで発売[17]し、F型で「プレハブは安物」という当時のイメージを覆した[18]。改革は数字に表れ、1964年に単年度黒字化を達成し[19]、翌65年には累積赤字を一掃して初配当に踏み切った[20]。1970年8月に東京・大阪証券取引所市場第二部へ株式を上場[21]し、翌71年6月には第一部へ指定替えとなって[22]、証券市場から資金を調達できるようになった。

  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [13]1963年10月 社名を積水ハウスへ変更
    • [21]1970年8月 東京・大阪証券取引所市場第二部へ上場
    • [22]1971年6月 市場第一部へ指定替え
    • [14]直接販売・責任施工方式への切り替え
    • [15]代理店販売をやめた理由(兼業で消化が進まず建築技術の理解も乏しい)
    • [16]同業他社は販売コスト増を理由に直販を敬遠
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [17]2D型・E型・F型の相次ぐ発売
    • [18]F型が「プレハブは安物」のイメージを払拭
    • [19]1964年 単年度黒字化を達成
    • [20]1965年 累積赤字を一掃し初配当

成長を支えたのは、セールスマンを地域に固定して人的関係を深める営業体制[23]だった。住宅産業のシェアはプレハブ全体で1割にとどまり、65%を地元の工務店が握っていた[24]ため、長期間ひとつの地域を担当させる必要があった。営業所は物流・建設工事・中古住宅の買い入れまで束ねる地域拠点[25]でもあり、1977年末に57カ所だった営業所は1年で67カ所へ増えた[26]。生産面では工場を全国3カ所に集約し、各工場が月産300戸[27]という規模で稼働した。資材はクギ1本に至るまで大量買い付けへ切り替え[28]、「うちのプレハブ住宅で会社の指定外品はガスと水道、電気の資材だけ[29]」(田鍋健氏、日経ビジネス 1979/3/19)と田鍋社長が語る水準まで統一した。直販は競合を見た策ではなく、「住宅という大事な商品を売るのに人まかせにはできん、という私の哲学に従って直販にしたんや[30]」(田鍋健氏、オール大衆 1976/06)という判断から出た方式である。

  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [23]セールスマンを地域に固定する営業体制
    • [24]プレハブは住宅産業の1割・地元工務店が65%
    • [25]営業所は物流・建設工事・中古住宅買い入れの地域拠点
    • [26]営業所は1977年末の57カ所から67カ所へ増加
    • [27]工場は全国3カ所・各工場月産300戸
    • [28]クギ1本に至るまでの大量買い付け
    • [29]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
  • オール大衆 1976年6月号
    • [30]積水ハウス社長の田鍋健氏による直販の動機に関する発言
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年8月 積水ハウス産業が発足
    • [2]積水化学工業のハウス事業部が母体
    • [3]発足時の資本金 1億円
    • [13]1963年10月 社名を積水ハウスへ変更
    • [21]1970年8月 東京・大阪証券取引所市場第二部へ上場
    • [22]1971年6月 市場第一部へ指定替え
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [4]初代社長は積水化学工業社長の上野次郎男が兼任
    • [5]当時のプレハブは在来工法より割高で内容も劣った
    • [6]売上高 1961年7月期2億6000万円・1963年12億4000万円
    • [10]1963年6月 積水化学工業専務の田鍋健が社長に就任
    • [17]2D型・E型・F型の相次ぐ発売
    • [18]F型が「プレハブは安物」のイメージを払拭
    • [19]1964年 単年度黒字化を達成
    • [20]1965年 累積赤字を一掃し初配当
  • プラスチック材料読本(1961年)
    • [7]1961年時点でプレハブの急成長企業とされたのは大和ハウス工業と永大産業
  • 日本経済新聞「私の履歴書(田鍋健)」(1985年)
    • [8]発足3年で累積赤字9000万円
    • [9]不良資産を含めれば実質2億円近い赤字
    • [11]積水ハウス社長の田鍋健氏による就任時の発言
    • [12]出向社員に積水化学への帰任か移籍かを選ばせた
    • [14]直接販売・責任施工方式への切り替え
    • [15]代理店販売をやめた理由(兼業で消化が進まず建築技術の理解も乏しい)
    • [16]同業他社は販売コスト増を理由に直販を敬遠
  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [23]セールスマンを地域に固定する営業体制
    • [24]プレハブは住宅産業の1割・地元工務店が65%
    • [25]営業所は物流・建設工事・中古住宅買い入れの地域拠点
    • [26]営業所は1977年末の57カ所から67カ所へ増加
    • [27]工場は全国3カ所・各工場月産300戸
    • [28]クギ1本に至るまでの大量買い付け
    • [29]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
  • オール大衆 1976年6月号
    • [30]積水ハウス社長の田鍋健氏による直販の動機に関する発言

需要は待つな、創れ ── 自社ローンと売り建て方式

1973年11月の石油危機以降、プレハブ住宅の建設戸数は1973年のピーク20万戸台から1975年に15万戸へ急減[31]し、高度成長の末期に参入したカネボウや大林ハウジングが撤退・戦線縮小へ追い込まれる[32]なか、積水ハウスは逆に受注を広げた[33]。金融引き締めで住宅ローンが細ると、銀行との提携ローンに加えて業界初の自社ローンを創設[34]し、資金調達のパイプを地方銀行・相互銀行から信用金庫まで広げ、株式市場では時価発行増資で資金を集めた[35]。住宅資材の価格が軒並み暴騰するなかでも値上げ幅を15%と同業平均30%の半分に抑え[36]、修正を迫る役員を「資材価格はすぐに落ち着くから、今の価格で十分もうかるんや[37]」(田鍋健氏、日経ビジネス 1979/3/19)と退けた。安く、しかもローンが付く条件が受注を集め、大和ハウス工業以下の他社に大きく差をつけた[38]

  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [31]プレハブ住宅の建設戸数 1973年ピーク20万戸台→1975年15万戸
    • [32]カネボウ・大林ハウジングの撤退・戦線縮小
    • [33]石油危機下でも受注を拡大
    • [34]業界初の自社ローンの創設
    • [35]資金調達を地方銀行・相互銀行・信用金庫へ拡大し時価発行増資も実施
    • [36]値上げ幅15%(同業平均30%の半分)
    • [37]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [38]大和ハウス工業以下の他社に差をつけた

1975年後半には住宅ローン資金が金融緩和で潤沢になった一方、安くて良質の宅地が得られないという土地不足が販売のネックとして浮かんだ[39]。積水ハウスは大手デベロッパーから造成地を一括して買い取り、土地を安く提供したうえで上物を自社で受注する方式[40]を編み出し、従来の建て売りに対して「売り建て方式」と呼んだ[41]。1979年1月期末の土地保有高は995億円[42]で、1年間で990億円を購入し725億円を販売した[43]。土地販売の粗利益率は売上の10.1%[44]にとどまり、購入資金の金利を考えると若干の赤字を覚悟する水準だったが、「本業の住宅が売れれば、会社全体でみれば十分にもうかります[45]」(田鍋健氏、日経ビジネス 1979/3/19)という読みで押し切った。1976年3月には中古住宅の売買仲介を担う積和不動産を大阪に設立[46]し、都市部の住宅購入希望者の約半分を占める買い換え需要[47]を新築の受注へつないだ。

  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [39]1975年後半に土地不足が販売のネックとなった
    • [40]造成地を一括購入し上物を自社で受注する方式
    • [41]建て売りに対する呼称が「売り建て方式」
    • [42]1979年1月期末の土地保有高 995億円
    • [43]1年間の土地購入990億円・販売725億円
    • [44]土地販売の粗利益率 売上の10.1%
    • [45]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [47]都市部の住宅購入希望者の約半分が買い換え需要
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [46]1976年3月 中古住宅仲介の積和不動産を大阪に設立

需要創造の積み重ねは業績に表れ、1979年1月期は売上高3,040億円[48]・経常利益207億円を計上して[49]、1964年以来15年連続の増収増益となった[50]。経常利益は1978年3月期に110億円だった大成建設を抜き[51]、最大手である鹿島建設の265億円に迫った[52]。田鍋社長は「うちはプレハブ会社から脱け出し、大手の建設会社に仲間入りした[53]」(田鍋健氏、日経ビジネス 1979/3/19)と語り、前年には大手ゼネコンを下請けに使ったマンションの建設・販売[54]にも踏み込んでいた。1970年代の積極経営は自己資本比率と売上高純金利負担率を一時的に悪化させた[55]。全住宅産業に占めるシェアはなお2%程度にとどまり[56]、田鍋社長は「7〜8%のシェアを取りたい[57]」(田鍋健氏、日経ビジネス 1979/3/19)と、未開拓の北海道・東北への営業所展開と関連業界への進出[58]を次の課題に挙げた。

  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [48]1979年1月期 売上高3,040億円
    • [49]1979年1月期 経常利益207億円
    • [50]1964年以来15年連続の増収増益
    • [51]大成建設の経常利益は1978年3月期110億円
    • [52]鹿島建設の経常利益 265億円
    • [53]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [54]大手ゼネコンを下請けに使ったマンションの建設・販売
    • [55]積極経営で自己資本比率と売上高純金利負担率が悪化
    • [56]全住宅産業に占めるシェアは2%程度
    • [57]積水ハウス社長の田鍋健氏によるシェア目標に関する発言
    • [58]北海道・東北への営業所展開と関連業界への進出が次の課題
  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [31]プレハブ住宅の建設戸数 1973年ピーク20万戸台→1975年15万戸
    • [32]カネボウ・大林ハウジングの撤退・戦線縮小
    • [33]石油危機下でも受注を拡大
    • [34]業界初の自社ローンの創設
    • [35]資金調達を地方銀行・相互銀行・信用金庫へ拡大し時価発行増資も実施
    • [36]値上げ幅15%(同業平均30%の半分)
    • [37]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [38]大和ハウス工業以下の他社に差をつけた
    • [39]1975年後半に土地不足が販売のネックとなった
    • [40]造成地を一括購入し上物を自社で受注する方式
    • [41]建て売りに対する呼称が「売り建て方式」
    • [42]1979年1月期末の土地保有高 995億円
    • [43]1年間の土地購入990億円・販売725億円
    • [44]土地販売の粗利益率 売上の10.1%
    • [45]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [47]都市部の住宅購入希望者の約半分が買い換え需要
    • [48]1979年1月期 売上高3,040億円
    • [49]1979年1月期 経常利益207億円
    • [50]1964年以来15年連続の増収増益
    • [51]大成建設の経常利益は1978年3月期110億円
    • [52]鹿島建設の経常利益 265億円
    • [53]積水ハウス社長の田鍋健氏による発言
    • [54]大手ゼネコンを下請けに使ったマンションの建設・販売
    • [55]積極経営で自己資本比率と売上高純金利負担率が悪化
    • [56]全住宅産業に占めるシェアは2%程度
    • [57]積水ハウス社長の田鍋健氏によるシェア目標に関する発言
    • [58]北海道・東北への営業所展開と関連業界への進出が次の課題
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [46]1976年3月 中古住宅仲介の積和不動産を大阪に設立

「家のデパート」── 高級化路線の完成と事業領域の拡大

1970年代後半、積水ハウスは鉄骨系から出発した商品を木質系・コンクリート系・ツーバイフォー工法、さらに一般の注文住宅まで広げた[59]。売上の9割はなお鉄骨系だった[60]が、品ぞろえの厚みは「プレハブのワクを越えた家のデパート化」と業界で呼ばれ[61]、消費者の嗜好の多様化に対応する需要発掘を側面から支えた。1戸あたりのプレハブ化率をあえて引き下げ[62]、コスト上昇を承知で自由な設計と間取りを選べるようにした。1971年3月の寄棟型「K型」、同年7月の連棟式テラスハウス「テラス10」、1972年10月の枠組壁工法「M型」[63]と続いた高級タイプの系譜は、1984年発売の高級住宅「イズシリーズ」[64]へ受け継がれ、イズシリーズはプレハブ住宅のイメージを大きく塗り替えた[65]

  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [59]鉄骨系から木質系・コンクリート系・ツーバイフォー・注文住宅へ商品を拡大
    • [60]売上の9割は鉄骨系
    • [61]業界で「家のデパート化」と呼ばれた品ぞろえ
    • [62]プレハブ化率を下げて自由な設計・間取りを可能にした
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [63]K型・テラス10・M型の発売
    • [64]1984年 高級住宅「イズシリーズ」を発売
    • [65]イズシリーズがプレハブ住宅のイメージを塗り替えた

1977年3月、大阪市西区で大規模マンション「グランドメゾン長堀」を分譲して都市開発事業に参入[66]し、以後は各地で分譲マンションを供給した。その集大成が神戸市の事業コンペ「六甲アイランドCITY」第1期都市開発事業[67]で、第1期部分だけで事業費は3,000億円に達した[68]。海外では1971年7月にオランダのシステム・バウ社の株式51.9%を取得[69]してセキスイ・システム・バウ社と改称し、西ドイツを中心に住宅販売を始めた[70]。ただし物流コストなどの事情から住宅建築そのものは撤退し[71]、ドイツでの不動産仲介・賃貸へ切り替えた。1987年には北米の豊富な木材資源と木材加工技術の確保を狙って米国積水ハウスをワシントン州に設立[72]し、自社使用木材の2次加工品の供給を始めた[73]

  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [66]1977年3月 グランドメゾン長堀を分譲し都市開発事業へ参入
    • [67]神戸市「六甲アイランドCITY」第1期都市開発事業
    • [68]六甲アイランドCITY第1期の事業費 3,000億円
    • [69]1971年7月 オランダのシステム・バウ社の株式51.9%を取得
    • [70]セキスイ・システム・バウ社と改称し西ドイツ中心に住宅販売を開始
    • [71]物流コスト等で住宅建築から撤退し不動産仲介・賃貸へ転換
    • [72]1987年 米国積水ハウスをワシントン州に設立
    • [73]自社使用木材の2次加工品の供給を開始
  • 日経ビジネス 1979年3月19日号
    • [59]鉄骨系から木質系・コンクリート系・ツーバイフォー・注文住宅へ商品を拡大
    • [60]売上の9割は鉄骨系
    • [61]業界で「家のデパート化」と呼ばれた品ぞろえ
    • [62]プレハブ化率を下げて自由な設計・間取りを可能にした
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [63]K型・テラス10・M型の発売
    • [64]1984年 高級住宅「イズシリーズ」を発売
    • [65]イズシリーズがプレハブ住宅のイメージを塗り替えた
    • [66]1977年3月 グランドメゾン長堀を分譲し都市開発事業へ参入
    • [67]神戸市「六甲アイランドCITY」第1期都市開発事業
    • [68]六甲アイランドCITY第1期の事業費 3,000億円
    • [69]1971年7月 オランダのシステム・バウ社の株式51.9%を取得
    • [70]セキスイ・システム・バウ社と改称し西ドイツ中心に住宅販売を開始
    • [71]物流コスト等で住宅建築から撤退し不動産仲介・賃貸へ転換
    • [72]1987年 米国積水ハウスをワシントン州に設立
    • [73]自社使用木材の2次加工品の供給を開始

1991年〜 1兆円企業からの構造改革とストック型事業への転換

積水ハウスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 売上高1兆円を達成
  2. 1992年 乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編 「家のデパート化」で28種に膨らんだ商品名を、積水ハウスはどう整理しブランド力を取り戻したか
  3. 1993年 累積住宅販売戸数100万戸を達成
  4. 1995年 積水ハウス木造を吸収合併
  5. 2001年 地域子会社4社を吸収合併
  6. 2001年 ADRの店頭取引を開始
  7. 2010年 初の営業赤字・経常赤字・純損失を計上

住宅業界初の売上高1兆円と累計100万戸

1990年9月、京都府木津町に総合住宅研究所を設置[74]した。翌1991年1月期、積水ハウスは住宅業界で初めて売上高1兆円を達成した[75]。1993年11月には累積住宅販売戸数が住宅業界初の100万戸に到達[76]した。同年、大阪駅北に梅田スカイビルが完成し、本社および大阪北地区の事業所をここへ移転・集約[77]した。1993年時点で操業していた工場は滋賀・関東・山口・静岡・兵庫の5カ所[78]で、全国の営業所網とあわせて中枢拠点が統括した。新設住宅着工戸数は1996年度の163万戸をピークに減り続け[79]、国内市場の縮小が次の経営課題として前面に出た。

  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [74]1990年9月 京都府木津町に総合住宅研究所を設置
    • [75]1991年1月期 住宅業界初の売上高1兆円
    • [76]1993年11月 累積住宅販売戸数100万戸(住宅業界初)
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [77]1993年 梅田スカイビル完成に伴う本社移転・集約
    • [78]1993年時点で操業中の工場は5カ所
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [79]新設住宅着工戸数は1996年度の163万戸がピーク

新設住宅着工戸数は2008年度の約104万戸を最後に100万戸を割り込んだまま[80]となり、消費増税前の駆け込み需要が出た2013年度でも98万戸にとどまった[81]。積水ハウスは1995年8月に大証二部上場の系列会社・積水ハウス木造を[82]合併比率0.6で吸収合併[83]し、注文木造住宅を取り込んで木造住宅専門の事業部を設けた[84]。2001年2月には北陸・四国・山梨・山陰の地域子会社4社を吸収合併[85]し、2005年2月にはリフォーム事業を分社して積水ハウスリフォームを設立[86]した。1996年時点で奥井功社長は[87]「日本はまだ住宅後進国だ。住宅の寿命が短く、20〜25年ぐらいで建て替える人が最も多い」(奥井功氏、日経ビジネス 1996/3/18)と語り、建て替え需要による新築の持続を見込んでいたが、着工の実績はその想定を下回って推移した。 [88]

  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [80]新設住宅着工は2008年度の約104万戸を最後に100万戸割れ
    • [81]2013年度の新設住宅着工は98万戸
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [82]1995年8月 系列の積水ハウス木造を吸収合併
    • [85]2001年2月 地域子会社4社を吸収合併
    • [86]2005年2月 リフォーム事業を分社し積水ハウスリフォームを設立
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [83]合併比率は積水ハウス1に対し積水ハウス木造0.6
    • [84]合併後に木造住宅専門の事業部を設置
  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [87]1996年時点の社長は奥井功
  • 日経ビジネス 1996年3月18日号
    • [88]積水ハウス社長の奥井功氏による発言
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [74]1990年9月 京都府木津町に総合住宅研究所を設置
    • [75]1991年1月期 住宅業界初の売上高1兆円
    • [76]1993年11月 累積住宅販売戸数100万戸(住宅業界初)
    • [83]合併比率は積水ハウス1に対し積水ハウス木造0.6
    • [84]合併後に木造住宅専門の事業部を設置
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [77]1993年 梅田スカイビル完成に伴う本社移転・集約
    • [78]1993年時点で操業中の工場は5カ所
    • [82]1995年8月 系列の積水ハウス木造を吸収合併
    • [85]2001年2月 地域子会社4社を吸収合併
    • [86]2005年2月 リフォーム事業を分社し積水ハウスリフォームを設立
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [79]新設住宅着工戸数は1996年度の163万戸がピーク
    • [80]新設住宅着工は2008年度の約104万戸を最後に100万戸割れ
    • [81]2013年度の新設住宅着工は98万戸
  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [87]1996年時点の社長は奥井功
  • 日経ビジネス 1996年3月18日号
    • [88]積水ハウス社長の奥井功氏による発言

リーマンショック ── 45年間の無赤字記録が途切れた日

リーマンショック後の2010年1月期、売上高は前期比11%減の1兆3,531億円へ落ち込み[89]、営業損益は▲387億円の赤字に転落した[90]。純損失は▲292億円[91]で、1964年の黒字転換以来45年続いた無赤字記録が途切れた[92]。売上総利益率は前期の19.2%から11.6%へ急落し[93]、住宅着工戸数の急減に分譲マンションや都市開発事業の資産評価損が重なる[94]なかで、膨らんだ固定費を吸収できなくなった。和田勇社長は1998年の就任以降[95]、海外展開と都市開発の拡大で売上高を1兆円台後半まで引き上げてきた[96]が、その積極投資が固定費負担として跳ね返った。

  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [89]2010年1月期の売上高 1兆3,531億円(前期比11%減)
    • [90]2010年1月期の営業損益 ▲387億円
    • [91]2010年1月期の純損失 ▲292億円
    • [92]1964年の黒字転換以来45年続いた無赤字記録が途切れた
    • [93]売上総利益率 19.2%→11.6%
    • [94]赤字の要因は着工減と分譲マンション・都市開発事業の資産評価損
    • [96]海外展開と都市開発の拡大で売上高を1兆円台後半へ
  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [95]和田勇は1998年に社長へ就任

翌2011年1月期は売上高1兆4,883億円[97]・営業利益563億円を計上し[98]、赤字は単年で収束した。回復を牽引したのは賃貸住宅事業とリフォーム事業[99]で、景気変動を受けやすい戸建・分譲に対し、賃貸管理フィーやリフォーム工事が業績を下支えした[100]。積水ハウスは2012年度に策定した中期経営計画[101]で、戸建住宅や賃貸住宅などの請負型に加え、賃貸住宅管理やリフォームのストック型、分譲マンションなどの開発型を育てる方針へ改めた[102]阿部俊則社長は「数年前までのような戸建て専業でやっていたら、縮小均衡に陥り、今頃大変なことになっていただろう[103]」(阿部俊則氏、週刊東洋経済 2016/12/17)と述べ、この3本柱を成長の前提に置いた。

  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [97]2011年1月期の売上高 1兆4,883億円
    • [98]2011年1月期の営業利益 563億円
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [99]回復を牽引したのは賃貸住宅事業とリフォーム事業
    • [100]賃貸管理フィーとリフォーム工事が業績を下支え
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [101]2012年度に中期経営計画を策定
    • [102]請負型に加えストック型・開発型を育成する方針
    • [103]積水ハウス社長兼COOの阿部俊則氏による発言
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [89]2010年1月期の売上高 1兆3,531億円(前期比11%減)
    • [90]2010年1月期の営業損益 ▲387億円
    • [91]2010年1月期の純損失 ▲292億円
    • [92]1964年の黒字転換以来45年続いた無赤字記録が途切れた
    • [93]売上総利益率 19.2%→11.6%
    • [94]赤字の要因は着工減と分譲マンション・都市開発事業の資産評価損
    • [96]海外展開と都市開発の拡大で売上高を1兆円台後半へ
    • [97]2011年1月期の売上高 1兆4,883億円
    • [98]2011年1月期の営業利益 563億円
  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [95]和田勇は1998年に社長へ就任
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [99]回復を牽引したのは賃貸住宅事業とリフォーム事業
    • [100]賃貸管理フィーとリフォーム工事が業績を下支え
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [101]2012年度に中期経営計画を策定
    • [102]請負型に加えストック型・開発型を育成する方針
    • [103]積水ハウス社長兼COOの阿部俊則氏による発言

ストック型事業と国際事業が変えた収益構造

FY12からFY16にかけて、不動産フィー事業の売上高は3,939億円から4,691億円へ[104]、セグメント利益は170億円から312億円へ伸びた[105]。賃貸住宅事業の利益も275億円から608億円へ倍増[106]し、戸建住宅の変動を補った。2010年3月には積水ハウス・SIアセットマネジメントを子会社化[107]して不動産ファンド運営に参入し、開発から管理・運用までを自社グループ内に置いた[108]。住宅を建てて売るフロー型に賃貸管理と資産運用という長期の収益源が加わり、田鍋社長が築いた直販・自社施工の枠を越えて、住宅を持ち続ける顧客から継続的に対価を受け取るフィービジネスへ業態が広がった[109]

  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [104]不動産フィー事業の売上高 FY12 3,939億円→FY16 4,691億円
    • [105]不動産フィー事業のセグメント利益 FY12 170億円→FY16 312億円
    • [106]賃貸住宅事業の利益 FY12 275億円→FY16 608億円
    • [109]継続的に対価を受け取るフィービジネスへの業態拡張
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [107]2010年3月 積水ハウス・SIアセットマネジメントを子会社化
    • [108]不動産ファンド運営への参入と開発・管理・運用の一貫化

2008年12月に豪州事業の統括会社を設立[110]してシドニー・メルボルンで分譲住宅を始め[111]、2010年5月にはNorth America Sekisui House, LLCを設立[112]して北米へ拠点を置いた。FY12に548億円だった国際事業の売上高はFY16に1,821億円[113]と3倍以上へ伸び、セグメント利益251億円を計上した[114]。オフィスビルやホテルを手がける都市再開発事業の利益も、FY12の98億円からFY16の234億円へ2倍以上に増えた[115]。同じFY16の連結営業利益は1,841億円と過去最高を更新した[116]。1971年のオランダ進出が物流コストで撤退に終わった[117]のに対し、豪州・北米では現地の分譲から入って事業が続いた。

  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [110]2008年12月 豪州事業の統括会社を設立
    • [111]シドニー・メルボルンで分譲住宅を開始
    • [112]2010年5月 North America Sekisui House, LLCを設立
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [113]国際事業売上高 FY12 548億円→FY16 1,821億円
    • [114]FY16の国際事業セグメント利益 251億円
    • [115]都市再開発事業の利益 FY12 98億円→FY16 234億円
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [116]FY16の連結営業利益 1,841億円(過去最高)
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [117]1971年のオランダ進出は物流コストで撤退
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [104]不動産フィー事業の売上高 FY12 3,939億円→FY16 4,691億円
    • [105]不動産フィー事業のセグメント利益 FY12 170億円→FY16 312億円
    • [106]賃貸住宅事業の利益 FY12 275億円→FY16 608億円
    • [109]継続的に対価を受け取るフィービジネスへの業態拡張
    • [113]国際事業売上高 FY12 548億円→FY16 1,821億円
    • [114]FY16の国際事業セグメント利益 251億円
    • [115]都市再開発事業の利益 FY12 98億円→FY16 234億円
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [107]2010年3月 積水ハウス・SIアセットマネジメントを子会社化
    • [108]不動産ファンド運営への参入と開発・管理・運用の一貫化
    • [110]2008年12月 豪州事業の統括会社を設立
    • [111]シドニー・メルボルンで分譲住宅を開始
    • [112]2010年5月 North America Sekisui House, LLCを設立
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [116]FY16の連結営業利益 1,841億円(過去最高)
  • 日本会社史総覧(1995年、東洋経済新報社)「積水ハウス」の項
    • [117]1971年のオランダ進出は物流コストで撤退

2017年〜 米国7,200億円の賭けと国内事業構造の再編

積水ハウスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2017年 Woodside Homes Company, LLCを完全子会社化
  2. 2017年 地面師詐欺事件で特別損失約55.5億円を計上
  3. 2018年 地面師詐欺事件の責任をめぐる取締役会の内紛と会長・社長の交代 約55億円の被害の責任は誰にあるか——会長による社長解任が、社長の逆転劇に転じた取締役会
  4. 2019年 鳳HD(鴻池組の持株会社)を子会社化
  5. 2020年 積和不動産グループを積水ハウス不動産グループに再編
  6. 2022年 Chesmar Holdings, LLCがChesmar Homes, LLC等を取得

Woodside Homes買収から始まったテクノロジー・トランスファー

2017年3月[118]、積水ハウスは米国ユタ州の戸建住宅ビルダー、Woodside Homes[119]を取得価額約533億円で完全子会社化した[120]。前年度は第3次中期経営計画の最終年度として初の売上高2兆円とROE11.3%を達成[121]しており、4期連続の最高益[122]を背に海外へ資金を振り向けた形になる。国内の新設住宅着工が90万戸台に低迷する[123]一方、米国は人口増と住宅不足により年間130万戸超の需要が続いていた[124]。工業化の遅れた米国の戸建住宅には、日本で培った施工品質管理や高耐久部材、設計技術を移す余地[125]があった。買収と成長投資の財務基盤としては、翌年度にハイブリッド社債1,200億円を発行した[126]

  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [118]2017年3月 Woodside Homesを完全子会社化
    • [119]Woodside Homesは米国ユタ州の戸建住宅ビルダー
    • [120]Woodside Homesの取得価額 約533億円
    • [124]米国は人口増と住宅不足で年間130万戸超の需要
    • [125]工業化の遅れた米国の戸建へ施工品質・高耐久部材・設計技術を移す余地
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2017年3月期・FY17通期)
    • [121]前年度に初の売上高2兆円・ROE11.3%を達成
    • [122]4期連続の最高益
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [123]国内の新設住宅着工は90万戸台
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2018年3月期・FY18通期)
    • [126]ハイブリッド社債1,200億円の発行

阿部俊則社長は2016年時点で[127]、戸建て着工が60万戸を割り込む可能性は高い[128]としつつ、職人が毎年4〜5%の割合で減り、当時40万人の職人が2030年には14万〜15万人まで減る[129]と見ていた。同じ需要に応えるには現在の1.5倍を建てねばならず[130]、工場生産住宅が脚光を浴びる時代が来る[131]という読みが、施工力を軸とする海外展開と地続きにあった。県庁所在地では人口流入で世帯数が増え、住まい方の多様化により賃貸住宅は当面腰折れしない[132]とも判断していた。2021年12月にオレゴン州のHolt Homes[133]、2022年7月にテキサス州のChesmar Homesを取得[134]し、米国西部から南部へ事業エリアを広げた。一方、2018年度は豪州の一部プロジェクトで事業計画の変更に伴う評価損を計上して減収減益となり、減損損失は93億円に達した[135]

  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [127]2016年時点の社長は阿部俊則
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [128]戸建て着工が60万戸を割り込む可能性は高いとの見方
    • [129]職人は毎年4〜5%減・40万人が2030年に14万〜15万人へ
    • [130]同じ需要に応えるには1.5倍の仕事量が必要
    • [131]工場生産住宅が脚光を浴びる時代が来るとの見通し
    • [132]県庁所在地の世帯数増と賃貸住宅は当面腰折れしないとの判断
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [133]2021年12月 オレゴン州のHolt Homesを取得
    • [134]2022年7月 テキサス州のChesmar Homesを取得
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2019年3月期・FY19通期)
    • [135]2018年度は豪州プロジェクトの評価損で減収減益・減損損失93億円

FY23の国際事業売上高は5,110億円[136]となり、連結売上高3兆1,072億円の16%[137]を占めた。Woodside Homes買収から6年で海外がグループ売上の6分の1を担う構造へ変わり、2024年4月には買収総額約7,200億円(49.4億米ドル)[138]でコロラド州の大手ビルダーM.D.C. Holdingsを完全子会社化し[139]、全米16州で年約1.5万戸を引き渡す体制を得た[140]。この買収によりFY24(2025年1月期)の国際事業売上高は1兆2,785億円と前期比約2.5倍へ跳ね[141]、FY12の548億円から13期で約23倍に拡大した[142]。連結売上高も同じ期に4兆円を突破した[143]

  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [136]FY23の国際事業売上高 5,110億円
    • [141]FY24の国際事業売上高 1兆2,785億円(前期比約2.5倍)
    • [142]国際事業売上高はFY12の548億円から13期で約23倍
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [137]FY23の連結売上高 3兆1,072億円
    • [143]FY24に連結売上高4兆円を突破
  • 積水ハウス 有価証券報告書
    • [138]M.D.C. Holdings買収総額 約7,200億円(49.4億米ドル)
    • [139]2024年4月 M.D.C. Holdingsを完全子会社化
    • [140]買収完了後は全米16州で年間約1.5万戸を引き渡す体制
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [118]2017年3月 Woodside Homesを完全子会社化
    • [119]Woodside Homesは米国ユタ州の戸建住宅ビルダー
    • [133]2021年12月 オレゴン州のHolt Homesを取得
    • [134]2022年7月 テキサス州のChesmar Homesを取得
    • [120]Woodside Homesの取得価額 約533億円
    • [124]米国は人口増と住宅不足で年間130万戸超の需要
    • [125]工業化の遅れた米国の戸建へ施工品質・高耐久部材・設計技術を移す余地
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2017年3月期・FY17通期)
    • [121]前年度に初の売上高2兆円・ROE11.3%を達成
    • [122]4期連続の最高益
  • 週刊東洋経済 2016年12月17日号「この人に聞く 積水ハウス 社長兼COO 阿部俊則 戸建て60万戸時代でも負けない体制は整った」
    • [123]国内の新設住宅着工は90万戸台
    • [128]戸建て着工が60万戸を割り込む可能性は高いとの見方
    • [129]職人は毎年4〜5%減・40万人が2030年に14万〜15万人へ
    • [130]同じ需要に応えるには1.5倍の仕事量が必要
    • [131]工場生産住宅が脚光を浴びる時代が来るとの見通し
    • [132]県庁所在地の世帯数増と賃貸住宅は当面腰折れしないとの判断
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2018年3月期・FY18通期)
    • [126]ハイブリッド社債1,200億円の発行
  • 積水ハウス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [127]2016年時点の社長は阿部俊則
  • 積水ハウス 決算説明会資料(2019年3月期・FY19通期)
    • [135]2018年度は豪州プロジェクトの評価損で減収減益・減損損失93億円
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [136]FY23の国際事業売上高 5,110億円
    • [141]FY24の国際事業売上高 1兆2,785億円(前期比約2.5倍)
    • [142]国際事業売上高はFY12の548億円から13期で約23倍
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [137]FY23の連結売上高 3兆1,072億円
    • [143]FY24に連結売上高4兆円を突破
  • 積水ハウス 有価証券報告書
    • [138]M.D.C. Holdings買収総額 約7,200億円(49.4億米ドル)
    • [139]2024年4月 M.D.C. Holdingsを完全子会社化
    • [140]買収完了後は全米16州で年間約1.5万戸を引き渡す体制

ゼネコンを買った住宅メーカー ── 鴻池組子会社化と国内再構築

2017年、東京・品川区西五反田の廃業した老舗旅館の跡地[144]をめぐる取引で、積水ハウスは地主になりすました地面師グループへ63億円を支払い[145]、所有権移転登記が却下されて詐欺が発覚した[146]。被害額は55億円[147]で、FY17に約55.5億円の特別損失を計上した[148]ものの、同期の営業利益1,955億円に対する比率は3%に満たず[149]、決算への影響は限られた。公認会計士や弁護士ら社外監査役・取締役4名で構成する調査対策委員会[150]は、関係者のメールデータの収集と聞き取りを重ねて調査報告書をまとめ、2018年1月24日の取締役会へ提出した[151]。ところが社外へ公表されたのは、同年3月の事件概要と再発防止策に触れる2ページ半のリリースだけだった[152]。この取締役会で和田勇会長が阿部俊則社長の解任動議を提出したところ動議は否決され[153]、逆に和田勇会長が辞任し、阿部社長が会長へ昇格した[154]

  • 週刊東洋経済 2019年10月19日号「積水ハウス地面師事件 『封印された報告書』の全貌」
    • [144]品川区西五反田の旧旅館跡地をめぐる地面師詐欺
    • [145]地面師グループへの支払額 63億円
    • [146]所有権移転登記の却下で詐欺が発覚
    • [147]被害額 55億円
    • [150]社外監査役・取締役4名で構成する調査対策委員会
    • [151]2018年1月24日の取締役会へ調査報告書を提出
    • [152]公表されたのは2ページ半のリリースのみ
    • [153]和田勇会長が阿部俊則社長の解任動議を提出し否決された
    • [154]和田会長が辞任し阿部社長が会長へ昇格
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [148]FY17の特別損失 約55.5億円
    • [149]FY17の営業利益1,955億円に対し特損比率は3%未満

積水ハウスは2016年1月に中堅ゼネコンの鴻池組を持分法適用会社とし[155]、2019年10月には持株会社の鳳ホールディングスを連結子会社化した[156]。鴻池組は2000年代以降に開発事業などで損失が膨らんで財務体質が悪化し、三井住友銀行の支援のもとで資本政策の詰めに入っていた[157]。両社はともに関西に本社を置き、鴻池組の本社が入るビルを共同開発した間柄[158]でもある。取り込んだ建築・土木事業はFY23に売上高2,694億円・セグメント利益129億円[159]を稼ぎ、住宅請負とは異なる需要サイクルを持つ収益源となった。大和ハウス工業も2008年に小田急建設をハウスメーカーとして初めて傘下に収め[160]、2013年にフジタを買収しており[161]、住宅メーカーがゼネコンを取り込む動きは業界に広がった。

  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「中堅ゼネコンの救世主? ゼネコンを次々買収 ハウスメーカーの狙い」
    • [155]2016年1月 中堅ゼネコンの鴻池組を持分法適用会社化
    • [157]鴻池組は開発事業の損失で財務体質が悪化し三井住友銀行の支援下にあった
    • [158]両社は関西に本社を置き鴻池組本社ビルを共同開発した関係
    • [160]大和ハウス工業は2008年に小田急建設をハウスメーカーとして初めて傘下に収めた
    • [161]2013年 大和ハウス工業がフジタを買収
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [156]2019年10月 鳳ホールディングスを連結子会社化
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [159]FY23の建築・土木事業 売上高2,694億円・セグメント利益129億円

国内では2020年2月に積和不動産グループ6社を「積水ハウス不動産」へ商号変更[162]してブランドを統一し、若年層向けの積水ハウスノイエが営業を開始した[163]。戸建住宅事業は富裕層中心の高価格帯を主力とし、FY23の売上高は4,707億円[164]・セグメント利益410億円となった[165]。賃貸・事業用建物事業と賃貸住宅管理事業を合わせたストック関連の利益は1,281億円に達し[166]、同期の連結営業利益2,709億円の半分近くを占めた[167]。請負中心の住宅メーカーから、ストックとフローの両輪で稼ぐ企業グループへ国内の収益構造が組み替わった[168]

  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [162]2020年2月 積和不動産グループ6社を積水ハウス不動産へ商号変更
    • [163]若年層向けの積水ハウスノイエが営業開始
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [164]FY23の戸建住宅事業 売上高4,707億円
    • [165]FY23の戸建住宅事業 セグメント利益410億円
    • [166]FY23のストック関連(賃貸・事業用建物+賃貸住宅管理)利益1,281億円
    • [168]ストックとフローの両輪で稼ぐ収益構造への組み替え
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [167]FY23の連結営業利益 2,709億円
  • 週刊東洋経済 2019年10月19日号「積水ハウス地面師事件 『封印された報告書』の全貌」
    • [144]品川区西五反田の旧旅館跡地をめぐる地面師詐欺
    • [145]地面師グループへの支払額 63億円
    • [146]所有権移転登記の却下で詐欺が発覚
    • [147]被害額 55億円
    • [150]社外監査役・取締役4名で構成する調査対策委員会
    • [151]2018年1月24日の取締役会へ調査報告書を提出
    • [152]公表されたのは2ページ半のリリースのみ
    • [153]和田勇会長が阿部俊則社長の解任動議を提出し否決された
    • [154]和田会長が辞任し阿部社長が会長へ昇格
  • 積水ハウス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [148]FY17の特別損失 約55.5億円
    • [149]FY17の営業利益1,955億円に対し特損比率は3%未満
    • [167]FY23の連結営業利益 2,709億円
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「中堅ゼネコンの救世主? ゼネコンを次々買収 ハウスメーカーの狙い」
    • [155]2016年1月 中堅ゼネコンの鴻池組を持分法適用会社化
    • [157]鴻池組は開発事業の損失で財務体質が悪化し三井住友銀行の支援下にあった
    • [158]両社は関西に本社を置き鴻池組本社ビルを共同開発した関係
    • [160]大和ハウス工業は2008年に小田急建設をハウスメーカーとして初めて傘下に収めた
    • [161]2013年 大和ハウス工業がフジタを買収
  • 積水ハウス 有価証券報告書【沿革】
    • [156]2019年10月 鳳ホールディングスを連結子会社化
    • [162]2020年2月 積和不動産グループ6社を積水ハウス不動産へ商号変更
    • [163]若年層向けの積水ハウスノイエが営業開始
  • 積水ハウス 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [159]FY23の建築・土木事業 売上高2,694億円・セグメント利益129億円
    • [164]FY23の戸建住宅事業 売上高4,707億円
    • [165]FY23の戸建住宅事業 セグメント利益410億円
    • [166]FY23のストック関連(賃貸・事業用建物+賃貸住宅管理)利益1,281億円
    • [168]ストックとフローの両輪で稼ぐ収益構造への組み替え

積水ハウスの沿革1960〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
積水ハウス産業を設立
滋賀工場を新設、操業開始
田鍋健田鍋健社長による直接販売・責任施工への転換と高級化路線発足3年で累積赤字を抱えた積水ハウス産業を、田鍋健社長はどう立て直したか 詳細を読む★★★
田鍋健積水ハウスに商号変更
田鍋健単年度黒字化を達成
田鍋健東京・大阪証券取引所市場第二部に上場
田鍋健システムバウ社の株式51.9%を取得
田鍋健「需要は待つな、創れ」——石油危機下の需要創造経営住宅需要が急減するなか、田鍋健社長は自社ローンと「売り建て」でどう受注を掘り起こしたか 詳細を読む★★★
田鍋健都市開発事業に参入
田鍋健全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革拡大する営業網の官僚化を避けるため、田鍋健社長はなぜ本社の権限を手放したのか 詳細を読む★★★
田鍋健積和不動産を設立(後の九州積和不動産)
田鍋健静岡工場を新設、操業開始
田鍋健高級住宅「イズシリーズ」を発売
田鍋健兵庫工場を新設、操業開始
田鍋健米国積水ハウスをワシントン州に設立
田鍋健総合住宅研究所を新設
田鍋健売上高1兆円を達成
奥井功乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編「家のデパート化」で28種に膨らんだ商品名を、積水ハウスはどう整理しブランド力を取り戻したか 詳細を読む★★★
奥井功累積住宅販売戸数100万戸を達成
奥井功積水ハウス木造を吸収合併
和田勇地域子会社4社を吸収合併
和田勇ADRの店頭取引を開始
和田勇積和不動産グループを完全子会社化
和田勇リフォーム事業を分社化
阿部俊則Sekisui House Australia Holdings PTY LIMITEDを設立
阿部俊則初の営業赤字・経常赤字・純損失を計上★★
阿部俊則North America Sekisui House, LLCを設立
阿部俊則Woodside Homes Company, LLCを完全子会社化★★
阿部俊則地面師詐欺事件で特別損失約55.5億円を計上★★
仲井嘉浩地面師詐欺事件の責任をめぐる取締役会の内紛と会長・社長の交代約55億円の被害の責任は誰にあるか——会長による社長解任が、社長の逆転劇に転じた取締役会 詳細を読む★★★
仲井嘉浩鳳HD(鴻池組の持株会社)を子会社化★★
仲井嘉浩積和不動産グループを積水ハウス不動産グループに再編
仲井嘉浩Chesmar Holdings, LLCがChesmar Homes, LLC等を取得
仲井嘉浩M.D.C. Holdings, Inc.を完全子会社化★★
仲井嘉浩売上高4兆円を突破
出典・参考

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