【筆者所感】 1960年に積水化学工業のハウス事業部を母体として資本金1億円で発足した積水ハウスは、プレハブが安物と見なされた時代に高級化路線を採用し、直接販売・責任施工方式を導入して親会社依存の体質から脱却した。1963年に社長へ就任した田鍋健は、自社ローンや売り建て方式など需要を自ら創り出す経営を徹底し、業界最長級となる15年連続増収増益を達成した。1970年に東証・大証二部へ上場、翌71年に一部指定替えを実施して財務基盤を強化し、1991年1月期には住宅業界で初めて売上高1兆円に到達して業界首位となった。田鍋が整えた垂直統合モデルは、その後60年にわたり積水ハウスの事業構造を規定し、ストック型事業や海外展開の土台ともなった。
2008年のリーマンショックで創業以来初の赤字に転落した経験から、請負型ビジネスへの依存を見直し、賃貸管理・リフォームなどストック型事業の比重を高めた。不動産フィー事業と賃貸住宅事業は売上・セグメント利益ともほぼ倍増し、景気変動への耐性が増した。2017年以降は米国戸建住宅ビルダーの買収に着手し、2024年にはMDC Holdingsを約49.4億米ドル(約7,200億円)で取得、連結売上高は4兆585億円に達し、国際事業比率は前期の16%から31%へ倍増した。国内で磨いた住宅技術を米国に移植する「テクノロジー・トランスファー」戦略が次の成長を左右する。かつて田鍋健が国内で成功させたプレハブ高級化路線を米国市場で再現できるかが、経営の焦点となっている。
歴史概略
1960年〜1990年プレハブから住宅産業のリーダーへの道筋
沈没寸前の船を引き受けた田鍋健の高級化路線
1960年8月、積水化学工業のハウス事業部を母体として積水ハウス産業が資本金1億円で発足した。プレハブ住宅の事業化を目的としたが、当時のプレハブは在来工法より高価で品質面でも劣るとみなされ、売れ行きは低迷した。発足3年で累積赤字9000万円、不良資産を含めれば実質2億円近い赤字を抱え、社員も意欲を失っていたと田鍋健は後に振り返っている(日経新聞「私の履歴書・田鍋健」)。1963年6月、積水化学工業専務から転じた田鍋は社長就任にあたり「この会社は沈没寸前の船と同じや。しかし私は船長としてこの船と運命を共にする覚悟だ」(田鍋健、日経新聞「私の履歴書」)と宣言し、出向社員に積水化学への帰任か退職金を受け取っての移籍かの選択を迫って従業員の結束を固めた。
田鍋は1963年10月に社名を「積水ハウス」へ改め、販売・施工を自社社員が担う直接販売・責任施工方式を導入した。代理店の兼業では商品の消化が進まず、自社の建築技術への理解も乏しいという認識からの判断で、業界他社が販売コスト増を理由に敬遠した方式である(証券アナリストジャーナル 1972/10、実業の世界 1972/10)。同時にエコノミータイプの「E型」と高級タイプの「F型」を並行投入し、F型でプレハブ=安物の認識に挑んだ。改革の効果はすぐ数字に表れた。1964年に単年度黒字化、翌65年に累積赤字を一掃して初配当に踏み切り、10年弱で赤字子会社から上場企業へと転換し、1970年に東証・大証二部、翌71年には一部指定替えを実施した。
成長を支えたのは、セールスマンを地域に固定して人的関係を深める営業体制と、工場を全国に集約した大量生産・大量仕入れのコスト競争力だった。田鍋は「私は何も営業戦略的に直販があたるやろうと思ってやったワケではないんや。ただ、住宅という大事な商品を売るのに人まかせにはできん、という私の哲学に従って直販にしたんや」(田鍋健、オール大衆 1976/06)と語っており、競合の動向ではなく顧客との直接接点を判断軸に据えた。高品質の住宅を自社で販売し自社で施工する垂直統合モデルは、その後60年にわたり積水ハウスの事業構造として継続し、他社との差別化の源泉となった。
- 有価証券報告書
- 日本会社史総覧 1995/11/1
- 日経新聞 私の履歴書(田鍋健)
- オール大衆 1976/6
- 実業の世界 1972/10
- 証券アナリストジャーナル 1972/10
- 日経ビジネス 1979/3/19
需要は待つな、創れ ── 自社ローンと売り建て方式
1973年の石油ショックで住宅需要は急減し、後発メーカーの撤退が相次いだ。しかし積水ハウスは、市場後退期こそシェアを拡大する機会と位置づけて攻勢に出た。金融引き締めで住宅ローンが縮小すると、業界初の自社ローンを創設し、資金調達のパイプを地方銀行から信用金庫まで広げて顧客の購買力を支える体制を整えた。資材価格の暴騰に対しても値上げ幅を同業平均30%の半分の15%に抑え込んだ。「資材価格はすぐに落ち着くから、今の価格で十分もうかるんや」(田鍋健、日経ビジネス 1979/3/19)という判断が価格競争力の差を生み、市場後退期にもかかわらず積水ハウスのシェアを押し上げた。
1970年代後半、土地不足が住宅販売のボトルネックとなると、デベロッパーから造成地を一括購入して顧客へ安く提供し、住宅は積水ハウスで建てさせる「売り建て方式」を考案した。「ウチはデベロッパーはやらん。あんなリスクはよう負わん」「全国のデベロッパーから買っとる。彼らが造成した宅地の上にウチの住宅を建てて売るわけや。土地は転売してるだけやから儲けはないが、どうせウチは住宅を売るのが目的やから、土地で儲けんでもかまわんのです」(田鍋健、オール大衆 1976/06)と田鍋は説明し、土地での赤字を本業の住宅で取り返す割り切りで臨んだ。1976年には中古住宅仲介の積和不動産を大阪に設立し、住み替え需要を新築受注へつなげる仕組みも用意した。
注文を待つのではなく需要を自ら創り出すこの経営姿勢により、1979年時点で15年連続増収増益を記録し、経常利益は鹿島建設に迫る水準に達した(日経ビジネス 1979/3/19)。田鍋は「うちはプレハブ会社から脱け出し、大手の建設会社に仲間入りした」(田鍋健、日経ビジネス 1979/3/19)と語り、プレハブ専業から住宅業界の主役へと自社の位置を読み替えた。1970年代の積極策は自己資本比率や金利負担率を一時悪化させたが、需要創造に成功し、シェアは大和ハウス工業以下の他社に水をあけ始めた。
- 有価証券報告書
- 日本会社史総覧 1995/11/1
- 日経新聞 私の履歴書(田鍋健)
- オール大衆 1976/6
- 実業の世界 1972/10
- 証券アナリストジャーナル 1972/10
- 日経ビジネス 1979/3/19
「家のデパート」── 高級化路線の完成と事業領域の拡大
1970年代後半から商品ラインナップを短期間で拡充し、鉄骨系に加えて木質系、コンクリート系、ツーバイフォー工法へ広げた。積水ハウスはプレハブの枠を越えて「家のデパート」と呼ばれるまでに業態を拡張し、消費者の嗜好の多様化に応える品揃えが新たな需要を掘り起こした。1984年には高級住宅「イズシリーズ」を発売した。プレハブ住宅のイメージを塗り替えるヒット商品となり、田鍋が掲げた高級化路線を商品として体現した。高級化と多様化の二路線を同時に進めた1970〜80年代の商品戦略によって、積水ハウスは業界内で独自のポジションを獲得し、新築市場の縮小期にも耐える事業基盤を備えた。
事業領域も住宅の周辺に広がった。1977年、大阪市西区でマンション「グランドメゾン長堀」を分譲して都市開発事業に参入し、後に神戸市の六甲アイランドCITY第1期開発では事業費3,000億円のプロジェクトを手がけた。海外でも1971年にオランダのシステム・バウ社の株式51.9%を取得して欧州に進出、1987年には米国ワシントン州に米国積水ハウスを設立し、木材加工品の供給を始めた。戸建住宅の請負から出発した会社が、都市開発と海外にまで事業を広げ、収益源を多層化した。1970〜80年代に種をまいた多角化は、後に国内住宅市場が縮小した時期の業績下支えと、2010年代以降の海外戦略の下地として機能した。
- 有価証券報告書
- 日本会社史総覧 1995/11/1
- 日経新聞 私の履歴書(田鍋健)
- オール大衆 1976/6
- 実業の世界 1972/10
- 証券アナリストジャーナル 1972/10
- 日経ビジネス 1979/3/19
1991年〜2016年1兆円企業からの構造改革とストック型事業への軸足
住宅業界初の売上高1兆円と累計100万戸
1991年1月期、積水ハウスは住宅業界で初めて売上高1兆円を達成した。田鍋改革以来の高級化路線・直販体制・都市開発の拡大が、30年かけて1兆円という数字に結実した。1993年には累積住宅販売戸数が業界初の100万戸に到達し、日本を代表する住宅メーカーとなった。同年、大阪駅北の梅田スカイビル完成に伴い本社を移転・集約し、全国の営業所網と5工場を統括する中枢拠点を構えた。売上高1兆円と累計100万戸の到達は、創業から30年で築いた事業規模を示す数字であり、業界における積水ハウスの位置を確定させた。同時に、新設住宅着工戸数のピークアウトという次の課題が経営の前面に出始めた。
バブル崩壊後、住宅市場は長期低迷に入り、新設住宅着工戸数はピーク時の170万戸超から100万戸を割り込む水準まで縮んだ。積水ハウスは1995年に系列の積水ハウス木造を吸収合併して木造住宅事業を取り込み、2000年代には積和不動産グループの商号統一や地域子会社4社の合併を実施して経営効率を改善した。2005年にリフォーム事業を分社化し、住宅のライフサイクル全体をカバーする事業構造へ転じた。1996年時点で奥井功社長は「日本はまだ住宅後進国だ。住宅の寿命が短く、20〜25年ぐらいで建て替える人が最も多い」(奥井功、日経ビジネス 1996/03/18)と語り、新築依存の継続を見込んでいたが、実際の需要は予想を下回って推移し、フロー型からストック型へのシフトが1990年代後半から動き出した。
- 有価証券報告書
- 日経ビジネス 1996/3/18
リーマンショック ── 45年間の無赤字記録が途切れた日
2008年のリーマンショックは、国内外の住宅産業を直撃した。2010年1月期(FY09)の売上高は前期比11%減の1兆3,531億円に落ち込み、営業損益は▲387億円の赤字に転落した。純損失▲292億円を計上し、1964年の黒字転換以来45年間続いた無赤字記録が途切れた。この赤字は、住宅着工戸数の急減に加え、分譲マンションや都市開発事業の資産評価損が重なった結果である。売上総利益率は前期の19.2%から11.6%へ急落し、膨らんだ固定費を吸収できないことが赤字転落の引き金となった。45年間続いた無赤字記録を途切れさせた経験は、経営陣に事業構造の見直しを迫った。
翌FY10に売上高1兆4,883億円、営業利益563億円を計上して赤字は単年で収束した。回復を牽引したのは賃貸住宅事業とリフォーム事業の安定収益である。景気変動の影響を受けやすい戸建・分譲事業に対し、賃貸管理フィーやリフォーム工事はストック型の収益基盤として業績を下支えした。請負型ビジネスへの過度な依存を見直し、ストック型・フィー型事業の比重を高める方針が、以後のポートフォリオ組み替えの基本線となり、10年以上にわたるストック型強化の出発点となった。
- 有価証券報告書
- 日経ビジネス 1996/3/18
ストック型事業と国際事業が変えた収益構造
リーマンショック後、積水ハウスは事業ポートフォリオの組み替えを加速した。FY12からFY16にかけて不動産フィー事業の売上高は3,939億円から4,691億円へ、セグメント利益は170億円から312億円へ拡大した。賃貸住宅事業の利益も275億円から608億円へ倍増し、戸建住宅の変動を補った。2010年には積水ハウス・SIアセットマネジメントを子会社化して不動産ファンド運営に参入し、開発から管理・運用までの一貫体制を整えた。住宅を建てて売るフロー型ビジネスに加えて、賃貸管理や資産運用という長期収益源を自社グループ内に取り込み、収益の安定性を高めた。
国際事業も並行して拡大した。2008年に豪州事業統括会社を設立してシドニー・メルボルンで分譲住宅を開始し、2010年にNorth America Sekisui House, LLCを設立して北米にも拠点を置き、2010年前後に海外事業の土台を整えた。FY12に548億円だった国際事業の売上高は、FY16に1,821億円へ3倍以上に伸び、セグメント利益251億円を計上した。連結営業利益はFY16に1,841億円と過去最高を更新し、ストック型事業の拡大と並んで海外展開の効果が決算に表れた。ストック型への転換と海外展開の二軸が、国内市場の成熟を補う成長ドライバーとして動き出し、積水ハウスの事業構造は請負中心モデルから姿を変えた。
- 有価証券報告書
- 日経ビジネス 1996/3/18
2017年〜2023年米国7,200億円の賭けと国内事業構造の再編
Woodside Homes買収から始まったテクノロジー・トランスファー
2017年3月、積水ハウスは米国ユタ州の戸建住宅ビルダー、Woodside Homesを完全子会社化した。国内の新設住宅着工戸数が90万戸台に低迷する一方、米国は人口増と慢性的な住宅不足により年間130万戸超の需要が見込めた。加えて、米国の戸建住宅は工業化が進んでおらず、日本で培った施工品質管理・高耐久部材・設計技術を移植する余地があった。積水ハウスはこの「テクノロジー・トランスファー」を成長戦略の核に据え、まずWoodside Homesで実証した。田鍋健が1960年代に国内で実行したプレハブ高級化の手法を海外市場に応用する戦略であり、買収後の経営統合の成否が長期的な企業価値を左右する位置づけになった。
阿部俊則社長は2016年時点で「(注:今後60万戸を割る)可能性は高い」「地方は厳しいというが、県庁所在地は人口流入が続き、世帯数は増えている。住まい方は多様化しており、賃貸住宅が腰折れすることは当面ないと見ている」(阿部俊則、週刊東洋経済 2016/12/17)と国内市場の縮小を見込んでおり、海外への軸足移動はこの認識と整合した。2021年にオレゴン州のHolt Homes、2022年にテキサス州のChesmar Homesを取得し、米国西部から南部へ事業エリアを広げた。連続買収の狙いは、地域分散によるリスク低減と、複数ビルダーを通じた技術移植ノウハウの蓄積・検証である。Woodsideでは日本の設計技術を商品に取り入れた結果、利益率の改善が確認できた。
FY23の国際事業売上高は5,110億円、連結売上高3兆1,072億円の16%を占めるまで伸びた。米国市場への進出は国内住宅市場の成熟を補う柱に育ち、その後のMDC Holdings買収という過去最大級のM&Aへ接続した。買収の連鎖は技術移植戦略の検証段階を超え、米国事業を本業の柱へ位置づける段階に入った。Woodside買収から6年でグループ売上の16%を海外で稼ぐ構造に変わったことが、次のMDC買収を経営判断として可能にした。
- 有価証券報告書
- 週刊東洋経済 2016/12/17
ゼネコンを買った住宅メーカー ── 鴻池組子会社化と国内再構築
海外展開と並行して、国内でも事業構造を変えた。2019年10月、総合建設会社・鴻池組の持株会社を連結子会社化した。住宅メーカーが準大手ゼネコンを傘下に収めるのは業界初であり、鴻池組の建築・土木事業は年間売上高2,500億円超の安定収益源としてグループに加わり、収益基盤の多様化に貢献した。住宅請負事業が景気変動の影響を受けやすいのに対し、公共工事を含む建設事業は異なる需要サイクルを持ち、収益の安定化に寄与した。住宅とゼネコン機能の統合は、大和ハウスによるフジタ買収と並ぶ住宅メーカーの戦略類型であり、住宅産業の構造変化を背景に業界内外の注目を集めた。
国内では2020年に積和不動産グループを「積水ハウス不動産」ブランドに統一し、若年層向けの積水ハウスノイエを発足させて顧客層を広げた。戸建住宅事業は富裕層中心の高価格帯に軸足を置き、FY23の戸建売上は4,707億円・セグメント利益410億円を確保した。賃貸・事業用建物事業と賃貸住宅管理事業を合わせたストック関連の利益は1,281億円に達し、連結営業利益の半分近くを占めるグループ収益の柱に定着した。田鍋健の垂直統合モデルを現代版に更新するかたちで、積水ハウスは請負中心の住宅メーカーからストックとフローの両輪で収益を上げる企業グループへ転じ、国内事業の収益構造を組み替えた。
- 有価証券報告書
- 週刊東洋経済 2016/12/17
直近の動向と展望
7,200億円の買収と4兆円企業への到達
2024年4月、積水ハウスは米国コロラド州の戸建住宅ビルダー、MDC Holdings, Inc.を約49.4億米ドル(約7,200億円)で完全子会社化した。日本の住宅メーカーによる海外M&Aとして過去最大の金額で、年間引渡約1万戸のMDCを加えたことで米国事業の売上は3倍超に膨らんだ。FY24(2025年1月期)の連結売上高は4兆585億円と初の4兆円台を突破し、国際事業の売上構成比は前期の16%から31%へ倍増した。Woodside Homes買収から7年でここまで到達したスピードは、2017年時点の計画を数年前倒しする水準だった。仲井嘉浩CEOは2024年に「手厚い(取得)支援をしていくと話しており、追い風でしかない」(仲井嘉浩、日本経済新聞 2024/12/18)と米国住宅政策への期待を語った。
買収資金は円建て4,182億円とドル建て15.5億ドルのブリッジローンで調達し、2,000億円のハイブリッド社債と10億ドルの米ドル建て社債でパーマネント化を進めた。短期借入を長期の資本性資金に置き換える財務構造の再設計は、買収後のキャッシュフロー安定化に直結する。有利子負債の加重平均金利は約2.8%、年間金利負担は約180億円に達する。D/Eレシオは1.0倍まで上昇しており、格付機関が重視する債務償還年数の管理を含め、財務健全性の早期回復が経営上の最重要課題となっている。7,200億円の買収に伴う財務負担は、積水ハウスの経営史で前例のない水準で、今後数年の経営判断はこの財務負担の軽減を軸に組み立てる必要に迫られている。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24通期
- 決算説明会 FY25-1Q
- 決算説明会 FY25-3Q
- 第7次中計説明会 2026/3
- 日本経済新聞 2024/12/18
- 積水ハウス年頭所感 2026/1/1
米国住宅ローン金利6%台の壁 ── One Company化と中高級路線シフト
MDC統合後の米国住宅市場は、住宅ローン金利6%台の高止まりが続き、購入検討者の様子見姿勢が長引いている。MDCはエントリー層向けスペック住宅の比率が約9割と高く市況悪化の影響を強く受け、FY25には販売用不動産の評価損135億円を計上した。会社はEntry層の土地構成を3年間で40%から20%に引き下げ、Move-up 60%・Elite 20%の中高級路線へ転換する方針を示している。田鍋健が1960年代に国内で実行したプレハブ高級化路線の思想を米国市場で再現する試みであり、日米の住宅市場の構造差を埋める選択となっている。足元の来場者数は堅調で潜在需要も強いが、金利動向が受注回復の主要な変数となっている。
2026年1月から既存ビルダー3社とMDCを統合した「One Company」体制が始動した。日本の施工品質基準を移植する「New 2×4」工法の採用を進め、竣工検査の導入や高耐久部材の採用によって他社との差別化を図っている。第7次中期経営計画は2029年1月期に販売2万戸・営業利益率8.2%を目標に掲げ、米国事業の収益化に向けた道筋を示した。仲井嘉浩CEOは「将来、建物の品質を重視する時代が来た時に優位に立てるよう準備する」(仲井嘉浩、第7次中計説明会 2026/3)と語り、年頭所感では「積水ハウスのテクノロジーをデファクトスタンダードにする」(仲井嘉浩、積水ハウス年頭所感 2026/1/1)と表明した。かつて田鍋健がプレハブ=安物のイメージを高級化路線で覆した構図を、米国市場で再現する試みである。
- 有価証券報告書
- 決算説明会 FY24通期
- 決算説明会 FY25-1Q
- 決算説明会 FY25-3Q
- 第7次中計説明会 2026/3
- 日本経済新聞 2024/12/18
- 積水ハウス年頭所感 2026/1/1