東急の沿革(1922〜2025年)
東急の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1922 1-12月 | 創業 | 目黒蒲田電鉄を設立 東急の前身。五島慶太が関東初の郊外電鉄を起業 | 関東における郊外電鉄事業の出発点。阪急電鉄の成功モデルを関東に持ち込んだ | |||
1923 1-12月 | 設備 | 目蒲線が全通 目黒~田園調布~蒲田間が開通。開通直後の関東大震災で郊外移住が増加し沿線人口が拡大 | 関東大震災が郊外電鉄の需要を一気に押し上げた | |||
1928 1-12月 | M&A | 田園都市株式会社を合併 渋沢栄一が設立した田園都市の事業と田園調布の土地を取得 | 田園調布ブランドと不動産開発のノウハウを獲得し、鉄道と不動産の一体経営の基盤を得た | |||
1932 1-12月 | 設備 | 東横線が全通 渋谷~田園調布~横浜~桜木町間 | 東京と横浜を結ぶ基幹路線として東急の収益基盤を確立した | |||
1934 1-12月 | M&A | 池上電気鉄道を合併 | ||||
1939 1-12月 | M&A | 東京横浜電鉄を合併し商号変更 目黒蒲田電鉄が東京横浜電鉄を合併 | ||||
1942 1-12月 | M&A | 京浜電気鉄道・小田急電鉄を合併、東京急行電鉄に商号変更 戦時統合により「大東急」を形成 | 関東の主要私鉄を統合した「大東急」時代の始まり。戦後に各社が再独立する | |||
1944 1-12月 | M&A | 京王電気軌道を合併 大東急体制の拡大 | ||||
1948 1-12月 | 子会社 | 東横百貨店(現・東急百貨店)を設立 百貨店業を本体から分離 | ||||
| 組織 | 京王・小田急・京急が再独立 会社再編成により3社を設立し事業の一部を譲渡 | 大東急の解体。東急は東横線・目蒲線・田園都市線系統を保持して再出発した | ||||
1949 1-12月 | 上場 | 東京証券取引所に上場 | ||||
1953 1-12月 | 組織 | 五島慶太が多摩田園都市の開発構想を発表 「城西南地区開発趣意書」を周辺自治体に提出し、多摩丘陵の大規模宅地開発を開始 | 半世紀にわたる多摩田園都市開発の起点。55地区・総面積3,204ヘクタールに及ぶ開発計画 | |||
| 子会社 | 東急不動産を設立 不動産販売業・遊園業・広告業を本体から譲受 | 不動産事業の分社化。後に東急不動産ホールディングスの中核となる | ||||
1962 1-12月 | 設備 | 多摩田園都市の最初の区画整理事業(野川地区)完成 | ||||
1966 1-12月 | 設備 | 田園都市線、溝の口~長津田間開通 | 多摩田園都市への鉄道アクセスが実現し、沿線の宅地開発が本格化した | |||
1969 1-12月 | 設備 | 玉川線(渋谷~二子玉川園)廃止 路面電車を廃止 | 後の新玉川線(地下鉄直通対応の新線)建設の前提となった | |||
FY78 1978/3 | 設備 | 新玉川線(渋谷~二子玉川園)開通 玉川線の代替として地下鉄直通対応の新線を建設 | 渋谷と田園都市線を直結し、沿線から都心への通勤ルートを完成させた | |||
FY80 1980/3 | 設備 | 田園都市線・新玉川線・営団半蔵門線の全列車直通運転開始 大井町~二子玉川園間を大井町線に名称変更 | 渋谷を経由して都心部へ直通するルートが完成し、田園都市線沿線の価値が大幅に向上した | |||
FY85 1985/3 | 設備 | 田園都市線、つきみ野~中央林間間開通 田園都市線が全通 | 五島慶太が1953年に構想した多摩田園都市の鉄道インフラが完成した | |||
FY92 1992/3 | 組織 | 自動車事業を東急バスに譲渡 バス事業を分社化 | ||||
FY95 1995/3 | 業績 | バブル崩壊で特別損失429億円を計上 リゾート・百貨店事業の苦境 | 五島家の影響力が薄まり、経営再建のきっかけとなった | |||
FY01 2001/3 | 設備 | 目蒲線を目黒線と東急多摩川線に系統分割 | 目黒線は南北線・三田線との直通運転を開始し、都心への新たなアクセスを提供した | |||
FY03 2003/3 | 組織 | 日本エアシステムが日本航空グループと経営統合 旧東亜国内航空の航空事業からの撤退 | ||||
| 設備 | 田園都市線、半蔵門線経由で東武伊勢崎線と相互直通運転開始 | 広域ネットワークの拡大 | ||||
FY04 2004/3 | 設備 | 東横線、みなとみらい線との相互直通運転開始 横浜~桜木町間の営業を終了し、みなとみらい線に接続 | 東横線の横浜方面の接続先をみなとみらい地区に変更し、沿線の価値構造を再編した | |||
FY12 2012/3 | 設備 | 渋谷ヒカリエ竣工 旧東急文化会館跡地を再開発 | 渋谷再開発の第1弾。東横線渋谷駅の地下化と連動した再開発の起点 | |||
| 子会社 | ベカメックス東急がベトナムで投資許可取得 ベトナム・ビンズン省での都市開発事業 | 海外での田園都市型開発モデルの展開を開始した | ||||
FY13 2013/3 | 設備 | 東横線と副都心線の相互直通運転開始 東横線渋谷駅を地下化し、副都心線・東武東上線・西武線と直通 | 渋谷駅の地上跡地が生まれ、渋谷スクランブルスクエア等の再開発用地となった | |||
FY14 2014/3 | 組織 | 東急不動産ホールディングスを設立 東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブルの3社が共同株式移転 | グループの不動産事業を持株会社体制に再編した | |||
FY16 2016/3 | 子会社 | 仙台国際空港の運営権を取得 東急前田豊通グループとして空港運営事業に参入 | ||||
FY19 2019/3 | 設備 | 渋谷ストリーム竣工 渋谷駅南街区プロジェクト。東横線渋谷駅からの旧地上軌道跡地を活用 | Googleの日本法人等がテナントとして入居し、渋谷のIT企業集積を加速した | |||
FY20 2020/3 | 組織 | 商号を東京急行電鉄から東急に変更 | 鉄道事業の分社化と合わせ、持株会社型の経営体制に移行した | |||
| 組織 | 鉄軌道業を東急電鉄に会社分割 鉄道事業を子会社に移管し、東急本体は持株会社に移行 | 鉄道と不動産・生活サービスの事業リスクを分離した | ||||
| 設備 | 渋谷スクランブルスクエア第I期(東棟)開業 渋谷駅街区開発計画1期工事 | 渋谷駅直上の大型オフィス・商業施設として渋谷再開発の象徴的物件 | ||||
FY21 2021/3 | 業績 | コロナ禍で純損失559億円を計上 交通・ホテル事業が大幅赤字 | 交通事業260億円の赤字、ホテル事業312億円の赤字を計上した | |||
2023 1-12月 | 設備 | 東急新横浜線(日吉~新横浜)開通 相鉄新横浜線との相互直通運転を開始 | 東急線から新幹線への直通アクセスが実現した | |||
2025 1-12月 | 経営計画 | 渋谷3大再開発プロジェクトの投資額を6,000億円に上方修正 Shibuya Upper West Project、スクランブルスクエア中央棟・西棟、宮益坂地区再開発 | 建築費高騰を受けつつも渋谷再開発を堅持する方針を明確にした |
- 目黒蒲田電鉄を設立
東急の前身。五島慶太が関東初の郊外電鉄を起業
関東における郊外電鉄事業の出発点。阪急電鉄の成功モデルを関東に持ち込んだ - 目蒲線が全通
目黒~田園調布~蒲田間が開通。開通直後の関東大震災で郊外移住が増加し沿線人口が拡大
関東大震災が郊外電鉄の需要を一気に押し上げた - 田園都市株式会社を合併
渋沢栄一が設立した田園都市の事業と田園調布の土地を取得
田園調布ブランドと不動産開発のノウハウを獲得し、鉄道と不動産の一体経営の基盤を得た - 東横線が全通
渋谷~田園調布~横浜~桜木町間
東京と横浜を結ぶ基幹路線として東急の収益基盤を確立した - 池上電気鉄道を合併
- 東京横浜電鉄を合併し商号変更
目黒蒲田電鉄が東京横浜電鉄を合併
- 京浜電気鉄道・小田急電鉄を合併、東京急行電鉄に商号変更
戦時統合により「大東急」を形成
関東の主要私鉄を統合した「大東急」時代の始まり。戦後に各社が再独立する - 京王電気軌道を合併
大東急体制の拡大
- 東横百貨店(現・東急百貨店)を設立
百貨店業を本体から分離
- 京王・小田急・京急が再独立
会社再編成により3社を設立し事業の一部を譲渡
大東急の解体。東急は東横線・目蒲線・田園都市線系統を保持して再出発した - 東京証券取引所に上場
- 五島慶太が多摩田園都市の開発構想を発表
「城西南地区開発趣意書」を周辺自治体に提出し、多摩丘陵の大規模宅地開発を開始
半世紀にわたる多摩田園都市開発の起点。55地区・総面積3,204ヘクタールに及ぶ開発計画 - 東急不動産を設立
不動産販売業・遊園業・広告業を本体から譲受
不動産事業の分社化。後に東急不動産ホールディングスの中核となる - 多摩田園都市の最初の区画整理事業(野川地区)完成
- 田園都市線、溝の口~長津田間開通多摩田園都市への鉄道アクセスが実現し、沿線の宅地開発が本格化した
- 玉川線(渋谷~二子玉川園)廃止
路面電車を廃止
後の新玉川線(地下鉄直通対応の新線)建設の前提となった - 新玉川線(渋谷~二子玉川園)開通
玉川線の代替として地下鉄直通対応の新線を建設
渋谷と田園都市線を直結し、沿線から都心への通勤ルートを完成させた - 田園都市線・新玉川線・営団半蔵門線の全列車直通運転開始
大井町~二子玉川園間を大井町線に名称変更
渋谷を経由して都心部へ直通するルートが完成し、田園都市線沿線の価値が大幅に向上した - 田園都市線、つきみ野~中央林間間開通
田園都市線が全通
五島慶太が1953年に構想した多摩田園都市の鉄道インフラが完成した - 自動車事業を東急バスに譲渡
バス事業を分社化
- バブル崩壊で特別損失429億円を計上
リゾート・百貨店事業の苦境
五島家の影響力が薄まり、経営再建のきっかけとなった - 目蒲線を目黒線と東急多摩川線に系統分割目黒線は南北線・三田線との直通運転を開始し、都心への新たなアクセスを提供した
- 日本エアシステムが日本航空グループと経営統合
旧東亜国内航空の航空事業からの撤退
- 田園都市線、半蔵門線経由で東武伊勢崎線と相互直通運転開始広域ネットワークの拡大
- 東横線、みなとみらい線との相互直通運転開始
横浜~桜木町間の営業を終了し、みなとみらい線に接続
東横線の横浜方面の接続先をみなとみらい地区に変更し、沿線の価値構造を再編した - 渋谷ヒカリエ竣工
旧東急文化会館跡地を再開発
渋谷再開発の第1弾。東横線渋谷駅の地下化と連動した再開発の起点 - ベカメックス東急がベトナムで投資許可取得
ベトナム・ビンズン省での都市開発事業
海外での田園都市型開発モデルの展開を開始した - 東横線と副都心線の相互直通運転開始
東横線渋谷駅を地下化し、副都心線・東武東上線・西武線と直通
渋谷駅の地上跡地が生まれ、渋谷スクランブルスクエア等の再開発用地となった - 東急不動産ホールディングスを設立
東急不動産・東急コミュニティー・東急リバブルの3社が共同株式移転
グループの不動産事業を持株会社体制に再編した - 仙台国際空港の運営権を取得
東急前田豊通グループとして空港運営事業に参入
- 渋谷ストリーム竣工
渋谷駅南街区プロジェクト。東横線渋谷駅からの旧地上軌道跡地を活用
Googleの日本法人等がテナントとして入居し、渋谷のIT企業集積を加速した - 商号を東京急行電鉄から東急に変更鉄道事業の分社化と合わせ、持株会社型の経営体制に移行した
- 鉄軌道業を東急電鉄に会社分割
鉄道事業を子会社に移管し、東急本体は持株会社に移行
鉄道と不動産・生活サービスの事業リスクを分離した - 渋谷スクランブルスクエア第I期(東棟)開業
渋谷駅街区開発計画1期工事
渋谷駅直上の大型オフィス・商業施設として渋谷再開発の象徴的物件 - コロナ禍で純損失559億円を計上
交通・ホテル事業が大幅赤字
交通事業260億円の赤字、ホテル事業312億円の赤字を計上した - 東急新横浜線(日吉~新横浜)開通
相鉄新横浜線との相互直通運転を開始
東急線から新幹線への直通アクセスが実現した - 渋谷3大再開発プロジェクトの投資額を6,000億円に上方修正
Shibuya Upper West Project、スクランブルスクエア中央棟・西棟、宮益坂地区再開発
建築費高騰を受けつつも渋谷再開発を堅持する方針を明確にした