コマツの沿革(1921〜2022年)
コマツの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1921 1-12月 | 小松製作所を設立 竹内鉱業から機械部門(小松鉄工所)が独立する形で、1921年に小松製作所が会社設立された。竹内鉱業が鉱山採掘を本業として、九州唐津の「芳谷炭坑」、石川県の「遊泉寺銅山」、茨城県の「茨城無煙炭鉱」を保有していた。鉱山採掘を合理化する中で、機械部門を設置したことが小松製作所の創業経緯であった。独立後の小松製作所は、事業面では鉱山機械・採掘機械に加えて、電気製鋼による電気鋳鋼にも従事しており、機械と鉄鋼の2つの領域で事業展開した。 | |||||
1938 1-12月 | 粟津工場を新設。トラクターを量産 1931年に農林省からの要請でG25型トラクターの製造を開始して産業用車両に参入。1938年にトラック量産のための粟津工場を新設し、満州開拓公社向けに本格販売した。 | |||||
1943 1-12月 | 国産ブルドーザーを試作 戦時中に陸軍および海軍からの要請を受けて、米国で普及していたブルドーザの研究開発を開始。6台を太平洋の激戦地だったアッツ島に搬出したが、海上輸送中に消息不明となった。量産には課題が多く試作車の完成にとどまったが、戦後のコマツが「トラクター(農機)からブルドーザ(建機)」に業態転換するきっかけとなった | |||||
1945 1-12月 | トラクター受注が白紙撤回。経営危機へ 1945年の終戦後、コマツは民需転換を行い、政府の食料増産政策に合わせてトラクターの生産に従事した。ところが、1947年に農林省は占領軍によるガソリン供給休止の方針を受け、トラクターの発注を白紙撤回。コマツは主力事業のトラクターの製造中止を余儀なくされた。このため、工場の従業員は手持ち無沙汰となり、賃上げを求めて大規模ストライキ(100日ストライキ)を実施。過激な左翼が紛れ込んだこともあり、工場運営がストップしてコマツは経営危機に陥った。 | |||||
1947 1-12月 | 河合良成氏が社長就任 労働問題の解決のために、元官僚(農務省出身)の河合良成氏が.小松製作所の社長に就任。河合氏は農務省時代にコマツにトラクター生産を推奨したことから責任を抱き、労働問題の解決に奔走した。なお、1960年代まで河合良成氏は小松製作所の社長を歴任し「労働問題の解決」「砲弾製造から建機製造への転換(1955年〜)」「キャタピラー対策のための品質改善(1961年〜)」といった経営施策を通じて、小松製作所を国内トップの建機メーカーに育て上げた。 | |||||
1949 1-12月 | 米軍向け軍需砲弾の生産を強化 米軍向け砲弾を量産することで工場稼働率を改善。収益を確保してストライキは収束へ | |||||
FY51 1951/12 | 売上高 14.5億円 | 当期純利益 1.25億円 | ||||
FY52 1952/12 | 売上高 19.5億円 | 当期純利益 1.88億円 | ||||
FY53 1953/12 | 売上高 38.7億円 | 当期純利益 2.95億円 | ||||
FY54 1954/12 | 売上高 85.5億円 | 当期純利益 4.97億円 | ||||
FY55 1955/12 | 売上高 113億円 | 当期純利益 5.44億円 | ||||
FY56 1956/12 | 売上高 81.4億円 | 当期純利益 5.43億円 | ブルドーザーの量産投資に注力 | 売上高の72%を占めた砲弾事業を捨てた建機への業態転換 | ||
FY57 1957/12 | 売上高 111億円 | 当期純利益 8.27億円 | ||||
FY58 1958/12 | 売上高 124億円 | 当期純利益 10.4億円 | ||||
FY59 1959/12 | 売上高 165億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
FY60 1960/12 | 売上高 277億円 | 当期純利益 24.5億円 | ||||
FY61 1961/12 | 売上高 443億円 | 当期純利益 40.9億円 | 全社的品質管理を推進 | 政治的阻止を断念し品質改善に一点集中した防衛戦略の設計 | ||
FY62 1962/12 | 売上高 559億円 | 当期純利益 49.9億円 | ||||
FY63 1963/12 | 売上高 606億円 | 当期純利益 42.8億円 | ||||
FY64 1964/12 | 売上高 646億円 | 当期純利益 33.2億円 | ||||
FY65 1965/12 | 売上高 700億円 | 当期純利益 30.3億円 | ||||
FY66 1966/12 | 売上高 793億円 | 当期純利益 37.4億円 | ||||
FY67 1967/12 | 売上高 1,063億円 | 当期純利益 50.6億円 | ||||
FY68 1968/12 | 売上高 1,458億円 | 当期純利益 64.3億円 | alliance | 油圧ショベルの製造に参入 | ブルドーザーの直販網が油圧ショベルの後発逆転を支えた構造 | |
FY69 1969/12 | 売上高 2,076億円 | 当期純利益 96億円 | ||||
FY70 1970/12 | 売上高 2,410億円 | 当期純利益 105億円 | 小松アメリカを設立。海外輸出に注力 | |||
FY71 1971/12 | 売上高 2,139億円 | 当期純利益 65億円 | ||||
FY72 1972/12 | 売上高 2,314億円 | 当期純利益 83億円 | ||||
FY73 1973/12 | 売上高 2,746億円 | 当期純利益 127億円 | ||||
FY74 1974/12 | 売上高 3,146億円 | 当期純利益 141億円 | ||||
FY75 1975/12 | 売上高 3,608億円 | 当期純利益 217億円 | ||||
FY76 1976/12 | 売上高 3,153億円 | 当期純利益 184億円 | ||||
FY77 1977/12 | 売上高 3,534億円 | 当期純利益 144億円 | ||||
FY78 1978/12 | 売上高 3,966億円 | 当期純利益 158億円 | ||||
FY79 1979/12 | 売上高 4,567億円 | 当期純利益 202億円 | ||||
FY80 1980/12 | 売上高 5,048億円 | 当期純利益 227億円 | ||||
FY81 1981/12 | 売上高 5,674億円 | 当期純利益 272億円 | ||||
FY82 1982/12 | 売上高 6,526億円 | 当期純利益 324億円 | ||||
FY83 1983/12 | 売上高 6,113億円 | 当期純利益 306億円 | ||||
FY84 1984/12 | 売上高 5,756億円 | 当期純利益 237億円 | ||||
FY85 1985/12 | 売上高 5,995億円 | 当期純利益 228億円 | ||||
FY86 1986/12 | 売上高 6,050億円 | 当期純利益 135億円 | ||||
FY87 1987/12 | 売上高 5,390億円 | 当期純利益 90.6億円 | 河合会長が能川社長を解任。経営が混乱へ | |||
FY88 1988/12 | 米ドレッサーと合弁設立 | |||||
FY92 1992/12 | 売上高 9,197億円 | 当期純利益 108億円 | ||||
FY93 1993/12 | 売上高 8,699億円 | 当期純利益 30億円 | 脱建機を決定。シリコンウエハーに積極投資 脱建機を掲げてコマツ電子(シリコンウエハー生産)に投資。競合の信越化学に追随できずに苦境へ | |||
FY94 1994/12 | 売上高 8,548億円 | 当期純利益 13億円 | 不採算事業から撤退 | |||
FY95 1995/12 | 売上高 9,189億円 | 当期純利益 102億円 | ||||
FY96 1996/12 | 売上高 9,993億円 | 当期純利益 142億円 | ||||
FY97 1997/12 | 売上高 10,989億円 | 当期純利益 181億円 | ||||
FY98 1998/12 | 売上高 11,040億円 | 当期純利益 192億円 | Komtrax(機械稼働管理システム)を開発 | |||
FY99 1999/12 | 売上高 10,615億円 | 当期純利益 -123億円 | ||||
FY00 2000/12 | 売上高 10,556億円 | 当期純利益 133億円 | ||||
FY01 2001/12 | 売上高 10,963億円 | 当期純利益 69億円 | ||||
FY02 2002/12 | 売上高 10,358億円 | 当期純利益 -806億円 | ||||
FY03 2003/12 | 売上高 10,279億円 | 当期純利益 30億円 | ||||
FY04 2004/12 | 売上高 11,273億円 | 当期純利益 269億円 | ||||
FY05 2005/12 | 売上高 14,348億円 | 当期純利益 590億円 | ||||
FY06 2006/12 | 売上高 17,020億円 | 当期純利益 1,142億円 | ||||
FY07 2007/12 | 売上高 18,933億円 | 当期純利益 1,646億円 | ||||
FY08 2008/12 | 売上高 22,430億円 | 当期純利益 2,087億円 | ||||
FY09 2009/12 | 売上高 20,217億円 | 当期純利益 787億円 | ||||
FY10 2010/12 | 売上高 14,315億円 | 当期純利益 335億円 | ||||
FY11 2011/12 | 売上高 18,431億円 | 当期純利益 1,507億円 | ||||
FY12 2012/12 | 売上高 19,817億円 | 当期純利益 1,670億円 | ||||
FY13 2013/12 | 売上高 18,849億円 | 当期純利益 1,263億円 | ||||
FY14 2014/12 | 売上高 19,536億円 | 当期純利益 1,595億円 | ||||
FY15 2015/12 | 売上高 19,786億円 | 当期純利益 1,540億円 | ||||
FY16 2016/12 | 売上高 18,550億円 | 当期純利益 1,374億円 | ||||
FY17 2017/12 | 売上高 18,029億円 | 当期純利益 1,133億円 | 米ジョイグローバルを買収 米国の鉱山掘削機械メーカーであるジョイグローバル社(従業員数13,400名・2015年時点)の買収を決定。石炭の露天掘りの鉱山機械に強みがあり、コマツは鉱山機械のフルナインナップ化を目論んだ | |||
FY18 2018/12 | 売上高 25,011億円 | 当期純利益 1,964億円 | ||||
FY19 2019/12 | 売上高 27,252億円 | 当期純利益 2,564億円 | ||||
FY20 2020/12 | 売上高 24,448億円 | 当期純利益 1,538億円 | ||||
FY21 2021/12 | 売上高 21,895億円 | 当期純利益 1,062億円 | ||||
FY22 2022/12 | 売上高 28,023億円 | 当期純利益 2,249億円 |
- 小松製作所を設立
竹内鉱業から機械部門(小松鉄工所)が独立する形で、1921年に小松製作所が会社設立された。竹内鉱業が鉱山採掘を本業として、九州唐津の「芳谷炭坑」、石川県の「遊泉寺銅山」、茨城県の「茨城無煙炭鉱」を保有していた。鉱山採掘を合理化する中で、機械部門を設置したことが小松製作所の創業経緯であった。独立後の小松製作所は、事業面では鉱山機械・採掘機械に加えて、電気製鋼による電気鋳鋼にも従事しており、機械と鉄鋼の2つの領域で事業展開した。
- 粟津工場を新設。トラクターを量産
1931年に農林省からの要請でG25型トラクターの製造を開始して産業用車両に参入。1938年にトラック量産のための粟津工場を新設し、満州開拓公社向けに本格販売した。
- 国産ブルドーザーを試作
戦時中に陸軍および海軍からの要請を受けて、米国で普及していたブルドーザの研究開発を開始。6台を太平洋の激戦地だったアッツ島に搬出したが、海上輸送中に消息不明となった。量産には課題が多く試作車の完成にとどまったが、戦後のコマツが「トラクター(農機)からブルドーザ(建機)」に業態転換するきっかけとなった
- トラクター受注が白紙撤回。経営危機へ
1945年の終戦後、コマツは民需転換を行い、政府の食料増産政策に合わせてトラクターの生産に従事した。ところが、1947年に農林省は占領軍によるガソリン供給休止の方針を受け、トラクターの発注を白紙撤回。コマツは主力事業のトラクターの製造中止を余儀なくされた。このため、工場の従業員は手持ち無沙汰となり、賃上げを求めて大規模ストライキ(100日ストライキ)を実施。過激な左翼が紛れ込んだこともあり、工場運営がストップしてコマツは経営危機に陥った。
- 河合良成氏が社長就任
労働問題の解決のために、元官僚(農務省出身)の河合良成氏が.小松製作所の社長に就任。河合氏は農務省時代にコマツにトラクター生産を推奨したことから責任を抱き、労働問題の解決に奔走した。なお、1960年代まで河合良成氏は小松製作所の社長を歴任し「労働問題の解決」「砲弾製造から建機製造への転換(1955年〜)」「キャタピラー対策のための品質改善(1961年〜)」といった経営施策を通じて、小松製作所を国内トップの建機メーカーに育て上げた。
- 米軍向け軍需砲弾の生産を強化
米軍向け砲弾を量産することで工場稼働率を改善。収益を確保してストライキは収束へ
- ブルドーザーの量産投資に注力売上高の72%を占めた砲弾事業を捨てた建機への業態転換
- 全社的品質管理を推進政治的阻止を断念し品質改善に一点集中した防衛戦略の設計
- 油圧ショベルの製造に参入ブルドーザーの直販網が油圧ショベルの後発逆転を支えた構造
- 小松アメリカを設立。海外輸出に注力
- 河合会長が能川社長を解任。経営が混乱へ
- 米ドレッサーと合弁設立
- 脱建機を決定。シリコンウエハーに積極投資
脱建機を掲げてコマツ電子(シリコンウエハー生産)に投資。競合の信越化学に追随できずに苦境へ
- 不採算事業から撤退
- Komtrax(機械稼働管理システム)を開発
- 米ジョイグローバルを買収
米国の鉱山掘削機械メーカーであるジョイグローバル社(従業員数13,400名・2015年時点)の買収を決定。石炭の露天掘りの鉱山機械に強みがあり、コマツは鉱山機械のフルナインナップ化を目論んだ