沿革年表 1921〜2026年における重要度別の出来事(合計39件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
小松製作所を設立 竹内鉱業から機械部門(小松鉄工所)が独立する形で、1921年に小松製作所が会社設立された。竹内鉱業が鉱山採掘を本業として、九州唐津の「芳谷炭坑」、石川県の「遊泉寺銅山」、茨城県の「茨城無煙炭鉱」を保有していた。鉱山採掘を合理化する中で、機械部門を設置したことが小松製作所の創業経緯であった。独立後の小松製作所は、事業面では鉱山機械・採掘機械に加えて、電気製鋼による電気鋳鋼にも従事しており、機械と鉄鋼の2つの領域で事業展開した。 | FY21 1921/12 | 売上高 0.002億円 | 当期純利益 0億円 | |||
企業買収 | 竹内鉱業㈱より小松電気製鋼所を譲受 | FY22 1922/12 | 売上高 0.004億円 | 当期純利益 -0億円 | ||
FY23 1923/12 | 売上高 0.005億円 | 当期純利益 -0億円 | ||||
FY24 1924/12 | 売上高 0.005億円 | 当期純利益 0億円 | ||||
FY25 1925/12 | 売上高 0.007億円 | 当期純利益 0.001億円 | ||||
FY26 1926/12 | 売上高 0.008億円 | 当期純利益 0億円 | ||||
FY27 1927/12 | 売上高 0.01億円 | 当期純利益 0.001億円 | ||||
FY28 1928/12 | 売上高 0.013億円 | 当期純利益 0.002億円 | ||||
FY29 1929/12 | 売上高 0.013億円 | 当期純利益 0.002億円 | ||||
FY30 1930/12 | 売上高 0.009億円 | 当期純利益 -0億円 | ||||
FY31 1931/12 | 売上高 0.006億円 | 当期純利益 -0.001億円 | ||||
FY32 1932/12 | 売上高 0.01億円 | 当期純利益 0.001億円 | ||||
FY33 1933/12 | 売上高 0.02億円 | 当期純利益 0.003億円 | ||||
FY34 1934/12 | 売上高 0.031億円 | 当期純利益 0.005億円 | ||||
FY35 1935/12 | 売上高 0.035億円 | 当期純利益 0.005億円 | ||||
FY36 1936/12 | 売上高 0.035億円 | 当期純利益 0.007億円 | ||||
FY37 1937/12 | 売上高 0.048億円 | 当期純利益 0.011億円 | ||||
粟津工場を新設。トラクターを量産 1931年に農林省からの要請でG25型トラクターの製造を開始して産業用車両に参入。1938年にトラック量産のための粟津工場を新設し、満州開拓公社向けに本格販売した。 | FY38 1938/12 | 売上高 0.101億円 | 当期純利益 0.017億円 | |||
FY39 1939/12 | 売上高 0.159億円 | 当期純利益 0.026億円 | ||||
FY40 1940/12 | 売上高 0.162億円 | 当期純利益 0.043億円 | ||||
FY41 1941/12 | 売上高 0.228億円 | 当期純利益 0.06億円 | ||||
FY42 1942/12 | 売上高 0.298億円 | 当期純利益 0.066億円 | ||||
国産ブルドーザーを試作 戦時中に陸軍および海軍からの要請を受けて、米国で普及していたブルドーザの研究開発を開始。6台を太平洋の激戦地だったアッツ島に搬出したが、海上輸送中に消息不明となった。量産には課題が多く試作車の完成にとどまったが、戦後のコマツが「トラクター(農機)からブルドーザ(建機)」に業態転換するきっかけとなった | FY43 1943/12 | 売上高 0.341億円 | 当期純利益 0.074億円 | |||
FY44 1944/12 | 売上高 0.451億円 | 当期純利益 0.091億円 | ||||
トラクター受注が白紙撤回。経営危機へ 1945年の終戦後、コマツは民需転換を行い、政府の食料増産政策に合わせてトラクター生産に従事した。ところが1947年に農林省は占領軍によるガソリン供給休止方針を受け、トラクター発注を白紙撤回。よってコマツは主力のトラクター製造中止を余儀なくされた。このため工場従業員は手持ち無沙汰となり、賃上げを求めて大規模ストライキ(100日ストライキ)を実施。過激な左翼が紛れ込んだこともあり、工場運営が止まり経営危機に陥った。 | FY45 1945/12 | 売上高 0.453億円 | 当期純利益 0.022億円 | |||
FY46 1946/12 | 売上高 0.675億円 | 当期純利益 0.013億円 | ||||
河合良成氏が社長就任 労働問題の解決のために、元官僚(農務省出身)の河合良成氏が.小松製作所の社長に就任。河合氏は農務省時代にコマツにトラクター生産を推奨したことから責任を抱き、労働問題の解決に奔走した。なお、1960年代まで河合良成氏は小松製作所の社長を歴任し「労働問題の解決」「砲弾製造から建機製造への転換(1955年〜)」「キャタピラー対策のための品質改善(1961年〜)」といった経営施策を通じて、小松製作所を国内トップの建機メーカーに育て上げた。 | FY47 1947/12 | |||||
重要事項株式上場 | 東京、大阪の両証券取引所に株式を上場 | FY49 1949/12 | 売上高 4.331億円 | 当期純利益 0.012億円 | ||
米軍向け軍需砲弾の生産を強化 米軍向け砲弾を量産することで工場稼働率を改善。収益を確保してストライキは収束へ | ||||||
FY50 1950/12 | 売上高 7.197億円 | 当期純利益 0.267億円 | ||||
FY51 1951/12 | 売上高 14.5億円 | 当期純利益 1.25億円 | ||||
設備投資 | 大阪工場を新設 | FY52 1952/12 | 売上高 19.5億円 | 当期純利益 1.88億円 | ||
組織再編 | 池貝自動車製造㈱を吸収合併し川崎工場とする 中越電化工業㈱を吸収合併し氷見工場とする | |||||
FY53 1953/12 | 売上高 38.7億円 | 当期純利益 2.95億円 | ||||
FY54 1954/12 | 売上高 85.5億円 | 当期純利益 4.97億円 | ||||
FY55 1955/12 | 売上高 113億円 | 当期純利益 5.44億円 | ||||
重要事項 | ブルドーザーの量産投資に注力 歴史的意義yutaka sugiura 売上高の72%を砲弾に依存していた小松製作所が3年間で建設機械中心の収益構造へ転換できた背景には、転換決定の10年前から蓄積されたブルドーザーの開発実績がある。1947年以降に複数機種の設計・製造を継続していたことで、砲弾需要の縮小が確定した段階で即座に量産体制へ移行できる技術的基盤が整っていた。需要消失後に新事業を模索するのではなく、事前の技術蓄積が業態転換の速度と確度を規定した構造である。 | FY56 1956/12 | 売上高 81.4億円 | 当期純利益 5.43億円 | ||
FY57 1957/12 | 売上高 111億円 | 当期純利益 8.27億円 | ||||
FY58 1958/12 | 売上高 124億円 | 当期純利益 10.4億円 | ||||
FY59 1959/12 | 売上高 165億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
FY60 1960/12 | 売上高 277億円 | 当期純利益 24.5億円 | ||||
重要事項 | 全社的品質管理を推進 歴史的意義yutaka sugiura キャタピラー三菱の設立に際し河合良成社長は通産省への政治的阻止を断念し、対抗策を品質改善に一点集中させた。販売網と生産体制では劣位になく、唯一の弱点であった品質に経営資源を集中する判断であった。部品4000点のうち3200点に課題を発見する網羅的な品質調査と、社内の抵抗を押し切ったカミンズ製エンジンの導入により、クレーム発生数を5分の1に削減。限られた資本で巨大企業に対抗する際に、勝負の論点を絞り込む戦略設計の事例である。 | FY61 1961/12 | 売上高 443億円 | 当期純利益 40.9億円 | ||
設備投資 | 小山工場を新設 | FY62 1962/12 | 売上高 559億円 | 当期純利益 49.9億円 | ||
FY63 1963/12 | 売上高 606億円 | 当期純利益 42.8億円 | ||||
FY64 1964/12 | 売上高 646億円 | 当期純利益 33.2億円 | ||||
FY65 1965/12 | 売上高 700億円 | 当期純利益 30.3億円 | ||||
FY66 1966/12 | 売上高 793億円 | 当期純利益 37.4億円 | ||||
FY67 1967/12 | 売上高 1,063億円 | 当期純利益 50.6億円 | ||||
重要事項業務提携 | 油圧ショベルの製造に参入 歴史的意義yutaka sugiura コマツが油圧ショベルに約10年遅れで参入しながら8年で国内首位を獲得できた要因は、技術力よりも販売網の構造的優位にある。国内650カ所の直販拠点はキャタピラー三菱の200カ所、日立建機の350カ所を大きく上回り、ブルドーザーと油圧ショベルの顧客層が重複していたことで既存網がそのまま拡販に機能した。後発企業が先発を逆転する構造として、製品そのものではなく販売チャネルの規模が競争優位を決定した事例である。 | FY68 1968/12 | 売上高 1,458億円 | 当期純利益 64.3億円 | ||
FY69 1969/12 | 売上高 2,076億円 | 当期純利益 96億円 | ||||
小松アメリカを設立。海外輸出に注力 | FY70 1970/12 | 売上高 2,410億円 | 当期純利益 105億円 | |||
FY71 1971/12 | 売上高 2,139億円 | 当期純利益 65億円 | ||||
FY72 1972/12 | 売上高 2,314億円 | 当期純利益 83億円 | ||||
FY73 1973/12 | 売上高 2,746億円 | 当期純利益 127億円 | ||||
FY74 1974/12 | 売上高 3,146億円 | 当期純利益 141億円 | ||||
FY75 1975/12 | 売上高 3,608.53億円 | 当期純利益 217.03億円 | ||||
FY76 1976/12 | 売上高 3,153.67億円 | 当期純利益 184.2億円 | ||||
FY77 1977/12 | 売上高 3,534.23億円 | 当期純利益 144.03億円 | ||||
FY78 1978/12 | 売上高 3,966.57億円 | 当期純利益 158.89億円 | ||||
FY79 1979/12 | 売上高 4,567.71億円 | 当期純利益 202.36億円 | ||||
FY80 1980/12 | 売上高 5,048.52億円 | 当期純利益 227.13億円 | ||||
FY81 1981/12 | 売上高 5,674.32億円 | 当期純利益 272.38億円 | ||||
FY82 1982/12 | 売上高 6,526.46億円 | 当期純利益 324.42億円 | ||||
FY83 1983/12 | 売上高 6,113.64億円 | 当期純利益 306.4億円 | ||||
FY84 1984/12 | 売上高 5,756.18億円 | 当期純利益 237.14億円 | ||||
設備投資 | メカトロニクス、新素材開発等の先端的高度技術研究のための研究所を新設 | FY85 1985/12 | 売上高 5,995億円 | 当期純利益 228億円 | ||
FY86 1986/12 | 売上高 6,050億円 | 当期純利益 135億円 | ||||
河合会長が能川社長を解任。経営が混乱へ | FY87 1987/12 | 売上高 5,390億円 | 当期純利益 90.6億円 | |||
米ドレッサーと合弁設立 | FY88 1988/12 | |||||
FY92 1992/12 | 売上高 9,197億円 | 当期純利益 108億円 | ||||
重要事項 | 脱建機を決定。シリコンウエハーに積極投資 脱建機を掲げてコマツ電子(シリコンウエハー生産)に投資。競合の信越化学に追随できずに苦境へ 経営判断をよむ → | FY93 1993/12 | 売上高 8,699億円 | 当期純利益 30億円 | ||
不採算事業から撤退 | FY94 1994/12 | 売上高 8,548億円 | 当期純利益 13億円 | |||
組織再編 | コマツ産機㈱、コマツ工機㈱(その後、コマツNTC㈱に吸収合併された)を設立し、産業機械に関する営業の一部を譲渡 | |||||
FY95 1995/12 | 売上高 9,189億円 | 当期純利益 102億円 | ||||
FY96 1996/12 | 売上高 9,993億円 | 当期純利益 142億円 | ||||
組織再編 | コマツキャステックス㈱を設立し、同年10月、鋳造事業に関する営業を譲渡 | FY97 1997/12 | 売上高 10,989億円 | 当期純利益 181億円 | ||
Komtrax(機械稼働管理システム)を開発 | FY98 1998/12 | 売上高 11,040億円 | 当期純利益 192億円 | |||
FY99 1999/12 | 売上高 10,615億円 | 当期純利益 -123億円 | ||||
FY00 2000/12 | 売上高 10,556億円 | 当期純利益 133億円 | ||||
重要事項 | 坂根正弘が社長就任。ダントツ経営で構造改革に着手 経営判断をよむ → | FY01 2001/12 | 売上高 10,963億円 | 当期純利益 69億円 | ||
FY02 2002/12 | 売上高 10,358億円 | 当期純利益 -806億円 | ||||
FY03 2003/12 | 売上高 10,279億円 | 当期純利益 30億円 | ||||
FY04 2004/12 | 売上高 11,273億円 | 当期純利益 269億円 | ||||
| 坂根正弘 | FY05 2005/12 | 売上高 14,347億円 | 当期純利益 590億円 | |||
事業売却 | 野路國夫 | コマツ電子金属㈱(現、SUMCO TECHXIV㈱)の発行済株式の過半を㈱SUMCOに譲渡 | FY06 2006/12 | 売上高 17,019億円 | 当期純利益 1,142億円 | |
設備投資 | 野路國夫 | 茨城工場、金沢工場を新設 | FY07 2007/12 | 売上高 18,933億円 | 当期純利益 1,646億円 | |
企業買収 | 小松ゼノア㈱の油圧機器事業を吸収分割により承継 | |||||
組織再編 | 小松フォークリフト㈱が小松ゼノア㈱を吸収合併、コマツユーティリティ㈱に商号変更し、農林機器事業をハスクバーナ・ジャパン㈱(現、ハスクバーナ・ゼノア㈱)に譲渡 | |||||
企業買収 | 野路國夫 | ㈱日平トヤマ(現、コマツNTC㈱)の発行済株式の過半を取得 | FY08 2008/12 | 営業収益 22,430億円 | 当期純利益 2,087億円 | |
企業買収 | ㈱日平トヤマ(現、コマツNTC㈱)を株式交換により完全子会社化 | |||||
組織再編 | 野路國夫 | 日本国内における建設機械の販売・サービス事業を吸収分割によりコマツ東京㈱に承継 | FY09 2009/12 | 売上高 20,217億円 | 当期純利益 868億円 | |
組織再編 | コマツ東京㈱が日本国内の建設機械総販売代理店等12社を吸収合併、コマツ建機販売㈱に商号変更 | |||||
組織再編 | 野路國夫 | 大型プレス機械の製品開発、販売及びサービス事業を吸収分割によりコマツ産機㈱に承継 | FY10 2010/12 | 営業収益 14,315億円 | 当期純利益 412億円 | |
組織再編 | 野路國夫 | コマツユーティリティ㈱を吸収合併 | FY11 2011/12 | 営業収益 18,431億円 | 当期純利益 1,578億円 | |
| 大橋徹二 | FY12 2012/12 | 売上高 19,817億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,670億円 | |||
| 大橋徹二 | FY13 2013/12 | 売上高 18,849億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,263億円 | |||
組織再編 | 大橋徹二 | コマツディーゼル㈱を吸収合併 | FY14 2014/12 | 売上高 19,536億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,595億円 | |
| 大橋徹二 | FY15 2015/12 | 売上高 19,786億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,540億円 | |||
| 大橋徹二 | FY16 2016/12 | 売上高 18,549億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,374億円 | |||
重要事項 | 大橋徹二 | 米ジョイグローバルを買収 米国の鉱山掘削機械メーカーであるジョイグローバル社(従業員数13,400名・2015年時点)の買収を決定。石炭の露天掘りの鉱山機械に強みがあり、コマツは鉱山機械のフルナインナップ化を目論んだ 経営判断をよむ → | FY17 2017/12 | 売上高 18,029億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,133億円 | |
組織再編 | 小川啓之 | コマツ特機㈱を吸収合併 | FY18 2018/12 | 売上高 25,011億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,964億円 | |
組織再編 | コマツ建機販売㈱がコマツレンタル㈱及びコマツリフト㈱を吸収合併、コマツカスタマーサポート㈱に商号変更 | |||||
| 小川啓之 | FY19 2019/12 | 売上高 27,252億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,564億円 | |||
| 小川啓之 | FY20 2020/12 | 売上高 24,448億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,538億円 | |||
| 小川啓之 | FY21 2021/12 | 売上高 21,895億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,062億円 | |||
組織再編 | 小川啓之 | コマツキャブテック㈱を吸収合併 | FY22 2022/12 | 売上高 28,023億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,249億円 | |
| 小川啓之 | FY23 2023/12 | 売上高 35,434億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,263億円 | |||
| 今吉琢也 | FY24 2024/12 | 売上高 38,651億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,934億円 | |||
| 今吉琢也 | FY25 2025/12 | 売上高 41,043億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,396億円 | |||
FY26 2026/12 | 売上高 41,328億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,764億円 |
- 小松製作所を設立
竹内鉱業から機械部門(小松鉄工所)が独立する形で、1921年に小松製作所が会社設立された。竹内鉱業が鉱山採掘を本業として、九州唐津の「芳谷炭坑」、石川県の「遊泉寺銅山」、茨城県の「茨城無煙炭鉱」を保有していた。鉱山採掘を合理化する中で、機械部門を設置したことが小松製作所の創業経緯であった。独立後の小松製作所は、事業面では鉱山機械・採掘機械に加えて、電気製鋼による電気鋳鋼にも従事しており、機械と鉄鋼の2つの領域で事業展開した。
- 竹内鉱業㈱より小松電気製鋼所を譲受
- 粟津工場を新設。トラクターを量産
1931年に農林省からの要請でG25型トラクターの製造を開始して産業用車両に参入。1938年にトラック量産のための粟津工場を新設し、満州開拓公社向けに本格販売した。
- 国産ブルドーザーを試作
戦時中に陸軍および海軍からの要請を受けて、米国で普及していたブルドーザの研究開発を開始。6台を太平洋の激戦地だったアッツ島に搬出したが、海上輸送中に消息不明となった。量産には課題が多く試作車の完成にとどまったが、戦後のコマツが「トラクター(農機)からブルドーザ(建機)」に業態転換するきっかけとなった
- トラクター受注が白紙撤回。経営危機へ
1945年の終戦後、コマツは民需転換を行い、政府の食料増産政策に合わせてトラクター生産に従事した。ところが1947年に農林省は占領軍によるガソリン供給休止方針を受け、トラクター発注を白紙撤回。よってコマツは主力のトラクター製造中止を余儀なくされた。このため工場従業員は手持ち無沙汰となり、賃上げを求めて大規模ストライキ(100日ストライキ)を実施。過激な左翼が紛れ込んだこともあり、工場運営が止まり経営危機に陥った。
- 河合良成氏が社長就任
労働問題の解決のために、元官僚(農務省出身)の河合良成氏が.小松製作所の社長に就任。河合氏は農務省時代にコマツにトラクター生産を推奨したことから責任を抱き、労働問題の解決に奔走した。なお、1960年代まで河合良成氏は小松製作所の社長を歴任し「労働問題の解決」「砲弾製造から建機製造への転換(1955年〜)」「キャタピラー対策のための品質改善(1961年〜)」といった経営施策を通じて、小松製作所を国内トップの建機メーカーに育て上げた。
- 東京、大阪の両証券取引所に株式を上場
- 米軍向け軍需砲弾の生産を強化
米軍向け砲弾を量産することで工場稼働率を改善。収益を確保してストライキは収束へ
- 大阪工場を新設
- 池貝自動車製造㈱を吸収合併し川崎工場とする 中越電化工業㈱を吸収合併し氷見工場とする
- 小山工場を新設
- 小松アメリカを設立。海外輸出に注力
- メカトロニクス、新素材開発等の先端的高度技術研究のための研究所を新設
- 河合会長が能川社長を解任。経営が混乱へ
- 米ドレッサーと合弁設立
- 不採算事業から撤退
- コマツ産機㈱、コマツ工機㈱(その後、コマツNTC㈱に吸収合併された)を設立し、産業機械に関する営業の一部を譲渡
- コマツキャステックス㈱を設立し、同年10月、鋳造事業に関する営業を譲渡
- Komtrax(機械稼働管理システム)を開発
- コマツ電子金属㈱(現、SUMCO TECHXIV㈱)の発行済株式の過半を㈱SUMCOに譲渡
- 茨城工場、金沢工場を新設
- 小松ゼノア㈱の油圧機器事業を吸収分割により承継
- 小松フォークリフト㈱が小松ゼノア㈱を吸収合併、コマツユーティリティ㈱に商号変更し、農林機器事業をハスクバーナ・ジャパン㈱(現、ハスクバーナ・ゼノア㈱)に譲渡
- ㈱日平トヤマ(現、コマツNTC㈱)の発行済株式の過半を取得
- ㈱日平トヤマ(現、コマツNTC㈱)を株式交換により完全子会社化
- 日本国内における建設機械の販売・サービス事業を吸収分割によりコマツ東京㈱に承継
- コマツ東京㈱が日本国内の建設機械総販売代理店等12社を吸収合併、コマツ建機販売㈱に商号変更
- 大型プレス機械の製品開発、販売及びサービス事業を吸収分割によりコマツ産機㈱に承継
- コマツユーティリティ㈱を吸収合併
- コマツディーゼル㈱を吸収合併
- コマツ特機㈱を吸収合併
- コマツ建機販売㈱がコマツレンタル㈱及びコマツリフト㈱を吸収合併、コマツカスタマーサポート㈱に商号変更
- コマツキャブテック㈱を吸収合併