沿革年表 1899〜2026年における重要度別の出来事(合計27件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
信天堂山田安民薬房を創業。胃腸薬「胃活」を発売
明治23年に胃腸薬「胃活」の製造販売を開始すると共に、信天堂山田安民薬房を創業した。以後、現在に至るまでロート製薬は山田家による同族会社として経営されている。戦前は国内に加えて、上海などの中国大陸にも工場を建設するなど、手広く商売を手掛けた。
1899
1-12月
点眼薬「ロート目薬」を発売
当時、日本眼科学会で主導的な存在であった井上博士が目薬を開発し、ロート製薬が商品化した。ロートの名称は、当時、世界的な眼科医として知られていたドイツ人の「ロート・ムンド博士」に由来する
1909
1-12月
重要事項会社設立
ロート製薬株式会社を設立
歴史的意義yutaka sugiura
1970年時点の株主構成を見ると、創業者・山田輝郎とその5人の息子が合計50.33%を保有し、残りを三菱銀行・住友銀行など銀行群が分散保有する構造であった。法人化と上場を経ても経営権の希薄化を回避できたのは、5人の兄弟に株式を均等に近い比率で配分し、外部資本の受け入れを最小限に抑える設計がなされていたためである。成長のための資本基盤を整えつつ同族支配を維持するこの株主設計は、戦後日本の家族企業における資本政策の典型を示している。
1949
1-12月
胃腸薬「シロン」を発売
歴史的意義yutaka sugiura
1日300万包以上を出荷する胃腸薬を1品種に絞り込み、売上高の27〜29%を広告宣伝費に投下しながらも営業利益率19%前後を維持した点に、ロート製薬の収益構造の原型がある。少品種に絞ることで大量生産による原価低減が可能となり、広告費を1製品に集中させることでブランド認知と市場シェアを同時に獲得する構造であった。この「少品種・大量販売・高広告比率」のモデルは、以後のパンシロンや肌研にも継承されている。
1954
1-12月
FY59
1959/3
売上高
26.04億円
当期純利益
6.01億円
大阪市生野区に本社工場を新設
FY60
1960/3
売上高
28.09億円
当期純利益
5.89億円
FY61
1961/3
売上高
32.29億円
当期純利益
6.89億円
大阪証券取引所第2部に上場
FY62
1962/3
売上高
36.09億円
当期純利益
8.27億円
FY64
1964/3
売上高
42.19億円
当期純利益
7.99億円
東京証券取引所・大阪証券取引所の第1部に指定
FY65
1965/3
売上高
45.33億円
当期純利益
6.36億円
FY66
1966/3
売上高
44.53億円
当期純利益
6.35億円
FY67
1967/3
売上高
40.41億円
当期純利益
5.01億円
FY68
1968/3
売上高
45.86億円
当期純利益
6.25億円
FY69
1969/3
売上高
52.76億円
当期純利益
8.75億円
FY70
1970/3
売上高
59.17億円
当期純利益
10.22億円
FY71
1971/3
売上高
62.59億円
当期純利益
10.96億円
FY72
1972/3
売上高
65.89億円
当期純利益
11.24億円
FY73
1973/3
売上高
63.51億円
当期純利益
10.51億円
FY74
1974/3
売上高
73.43億円
当期純利益
10.53億円
日本ジョセフィンなど3社を買収。化粧品に本格進出
日本ジョセフィン、関西有機化学。モナ化粧品の3社を買収。3社の合計で化粧品の年間売上高は32億円
FY75
1975/3
売上高
76.15億円
当期純利益
11.38億円
重要事項
軟膏メンソレータムの商標使用権を取得
近江兄弟社の倒産に際してロート製薬は会社の救済ではなく、米メンソレータム社から商標使用権のみを取得する形を選んだ。これにより負債20億円と従業員約260名を引き受けることなく、ロイヤリティ7.5%(近江が実質負担していた20%の半分以下)でブランドを獲得した。山田副社長が「30人の人手でやってみせます」と語った通り、自動化によるコスト構造の優位を前提とした参入設計であり、倒産局面でブランド資産だけを切り出すスキームの事例である。
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FY76
1976/3
売上高
84.28億円
当期純利益
10.57億円
FY77
1977/3
売上高
92.32億円
当期純利益
10.63億円
FY78
1978/3
売上高
94.94億円
当期純利益
9.78億円
FY79
1979/3
売上高
109億円
当期純利益
11.43億円
FY80
1980/3
売上高
132億円
当期純利益
15.24億円
FY81
1981/3
売上高
152億円
当期純利益
16.42億円
FY82
1982/3
売上高
157億円
当期純利益
15.04億円
胃腸薬で国内シェア首位陥落
歴史的意義yutaka sugiura
パンシロンは「あらゆる胃の症状に効く総合薬」として市場を支配していたが、1978年に大正製薬がストレス性の胃痛に特化した大正漢方胃腸薬を投入し、発売5年で首位を逆転した。この構図は、成熟市場においてニッチ特化型製品が汎用品を凌駕するパターンを示している。ロート製薬が首位奪還よりも事業ポートフォリオの分散に経営資源を振り向けた判断は、胃腸薬が祖業であることを踏まえると容易ではなかったと推定される。
FY83
1983/3
売上高
150億円
当期純利益
12.61億円
FY84
1984/3
売上高
157億円
当期純利益
12.76億円
FY85
1985/3
売上高
167億円
当期純利益
15.73億円
FY86
1986/3
売上高
160億円
当期純利益
11.42億円
FY87
1987/3
売上高
165億円
当期純利益
11.55億円
FY88
1988/3
売上高
175億円
当期純利益
12.96億円
重要事項企業買収
米国のメンソレータム社を買収
歴史的意義yutaka sugiura
1975年の商標取得から13年、ロート製薬は売上高の7.5%をロイヤリティとして払い続けるか、98億円を投じてブランドの源流企業ごと取得するかという選択に直面した。買収後に経営内容が想定より悪く、2003年には営業権32億円の評価損を計上した。しかし社員500名の企業がグローバルブランドの主権を獲得したことで、中国・東南アジアへの展開が可能となり、ロイヤリティの節約を超える事業裁量を手にした。
FY89
1989/3
売上高
179億円
当期純利益
16.8億円
FY90
1990/3
売上高
192億円
当期純利益
18.4億円
業務提携
中国で現地法人を新設
歴史的意義yutaka sugiura
1991年の中国進出後、ロート製薬は日本価格の約10倍でメンソレータム薬用リップクリームを販売し、2007年時点で中国市場シェア90%を確保した。1996年のアトランタ五輪で中国飛び込みチームのスポンサーとなり金メダル6個の恩恵でブランドを確立した経緯は、外資ブランドの価格プレミアム形成の好例である。中国子会社の売上高はFY2011の124億円からFY2015に329億円へと急成長し、日本を上回る収益性を実現した。
FY91
1991/3
売上高
203億円
当期純利益
16.2億円
FY92
1992/3
売上高
209億円
当期純利益
11.1億円
FY93
1993/3
売上高
196億円
当期純利益
6.1億円
FY94
1994/3
売上高
210億円
当期純利益
8.9億円
FY95
1995/3
売上高
241億円
当期純利益
12.1億円
FY96
1996/3
売上高
283億円
当期純利益
18.5億円
ロート・インドネシアを設立
FY97
1997/3
売上高
352億円
当期純利益
18.5億円
山田邦雄
ロート・メンソレータム・インドネシアを設立
FY98
1998/3
売上高
399億円
当期純利益
21.9億円
ロートUSAを設立
オーチャードパーク市に工場を新設
メンソレータム社の本社及び工場として活用
山田邦雄
山田安邦氏が会長、山田邦雄氏が社長に就任
FY99
1999/3
売上高
416億円
当期純利益
20.2億円
山田邦雄
FY00
2000/3
売上高
557億円
当期純利益
28.7億円
重要事項
山田邦雄
スキンケアに本格投資
「製薬会社がやって成功したことのなかった化粧品参入」を、ロート製薬は皮膚科学の研究知見を機能性訴求に転換する形で実現した。2004年発売の肌研は初年度15億円から6年で出荷額136億円に達し、セルフ化粧品市場で最も売れる化粧水ブランドとなった。百貨店ブランドとは異なる「高機能・低価格」の訴求は、ドラッグストアの出店拡大という流通環境の変化と合致しており、参入時期と販路選択の構造的適合が急成長の背景にある。
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FY01
2001/3
売上高
595億円
当期純利益
33.1億円
山田邦雄
FY02
2002/3
売上高
629億円
当期純利益
22.9億円
山田邦雄
FY03
2003/3
売上高
659億円
当期純利益
-13億円
業務提携
山田邦雄
森下仁丹と戦略的業務提携を締結
FY04
2004/3
売上高
673億円
当期純利益
37.4億円
山田邦雄
FY05
2005/3
売上高
733億円
当期純利益
54.7億円
山田邦雄
FY06
2006/3
売上高
858億円
当期純利益
65億円
山田邦雄
FY07
2007/3
売上高
956億円
当期純利益
66億円
吉野俊昭
FY08
2008/3
売上高
1,081億円
当期純利益
75億円
吉野俊昭
FY09
2009/3
売上高
1,106億円
当期純利益
61億円
吉野俊昭
東南アジアへの生産投資を積極化
歴史的意義yutaka sugiura
1997年のインドネシア第1工場から2012年の第3工場まで、ロート製薬は東南アジアに生産拠点を段階的に構築した。国内生産品の輸出から現地生産へと移行する判断は、為替リスクの低減やリードタイム短縮だけでなく、各国の規制と嗜好への適応を可能にする構造転換であった。しかし山田邦雄会長自身が「アジアの成長が一段落し、パイの奪い合いになる」と認めた通り、追い風が収まった局面で投資回収が問われる段階に入っている。
FY10
2010/3
売上高
1,134億円
当期純利益
77億円
吉野俊昭
FY11
2011/3
売上高
1,154億円
当期純利益
79億円
吉野俊昭
FY12
2012/3
売上高
1,202億円
親会社株主に帰属する当期純利益
81億円
重要事項新規事業
吉野俊昭
再生医療研究企画部を新設し、他家脂肪由来間葉系幹細胞を用いる再生医療へ参入
目薬・スキンケアの大衆薬メーカーが幹細胞治療へ越境。2015年に琉球大学内へ研究拠点を置き、2017年に非代償性肝硬変を対象とするADR-001の治験を新潟大学で開始(日本初)、2018年に塩野義製薬へ国内独占開発・販売を導出した。
薬でなく細胞を治療に用いる先端医療への長期投資。2001年の肌ラボに続く「製薬出自の越境」で、同族企業の独立性を背にした多角化の到達点
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FY13
2013/3
売上高
1,291億円
親会社株主に帰属する当期純利益
80億円
吉野俊昭
やえやまファームの株式を取得
ロート製薬が10%出資していた「やえやまファーム(農業生産法人・沖縄県)」が債務超過に陥ったことを受けて、ロートが救済的買収を決定。株式取得比率を10%から49.9%へ高める形で追加取得を実施。取得原価14億円。買収によってロートは「のれん16億円」を計上するとともに、減損損失を計上した
FY14
2014/3
売上高
1,438億円
親会社株主に帰属する当期純利益
89億円
吉野俊昭
FY15
2015/3
売上高
1,517億円
親会社株主に帰属する当期純利益
86億円
吉野俊昭
国内向け肌ラボの販売額が頭打ちへ
FY2004〜FY2011にかけて「肌ラボ」の販売額は順調に拡大したが、FY2012に販売額の伸びがストップ。以降、肌ラボの年間販売額は100〜120億円前後で推移するようになり、国内需要が一巡へ
FY16
2016/3
売上高
1,670億円
親会社株主に帰属する当期純利益
90億円
重要事項
社外チャレンジワーク制度を開始(社員の副業容認)
2016年当時、日本の上場企業で副業を容認する企業は稀有だったが、ロート製薬は社員からの発案をベースに副業の容認を決定。入社3年目以降の社員について、業務時間外の副業を容認する「社外チャレンジワーク制度」を導入。2016年3月時点の応募者は60名
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吉野俊昭
FY17
2017/3
売上高
1,545億円
親会社株主に帰属する当期純利益
100億円
重要事項
杉本雅史
吉野俊昭氏が急逝
吉野社長が心筋梗塞により67歳で逝去。山田邦雄氏が会長兼社長に就任
FY18
2018/3
売上高
1,717億円
親会社株主に帰属する当期純利益
92億円
杉本雅史
FY19
2019/3
売上高
1,835億円
親会社株主に帰属する当期純利益
97億円
重要事項社長交代
杉本雅史
杉本雅史が社長に就任(初の社外出身社長)
元武田コンシューマーヘルスケア社長の杉本雅史が代表取締役社長に就任。急逝した吉野俊昭の後を継いで会長兼社長に復帰していた山田邦雄は、代表権のある会長へ回った。創業家以外から初めて社長を迎えた。
同族経営120年で初の非創業家トップ。所有(山田家)と執行(外部の専門経営者)を分ける承継設計で、総合ヘルスケア・グローバル戦略の実行体制を整えた
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FY20
2020/3
売上高
1,883億円
親会社株主に帰属する当期純利益
154億円
杉本雅史
FY21
2021/3
売上高
1,812億円
親会社株主に帰属する当期純利益
167億円
杉本雅史
販売促進費を抑制。3期連続で利益率を改善
国内とアジアにおける販売促進費の抑制により全社の営業利益を改善
FY22
2022/3
売上高
1,996億円
親会社株主に帰属する当期純利益
211億円
杉本雅史
FY23
2023/3
売上高
2,386億円
親会社株主に帰属する当期純利益
263億円
杉本雅史
FY24
2024/3
売上高
2,708億円
親会社株主に帰属する当期純利益
309億円
瀬木英俊
FY25
2025/3
売上高
3,086億円
親会社株主に帰属する当期純利益
310億円
FY26
2026/3
売上高
3,437億円
親会社株主に帰属する当期純利益
342億円
  1. 信天堂山田安民薬房を創業。胃腸薬「胃活」を発売

    明治23年に胃腸薬「胃活」の製造販売を開始すると共に、信天堂山田安民薬房を創業した。以後、現在に至るまでロート製薬は山田家による同族会社として経営されている。戦前は国内に加えて、上海などの中国大陸にも工場を建設するなど、手広く商売を手掛けた。

  2. 点眼薬「ロート目薬」を発売

    当時、日本眼科学会で主導的な存在であった井上博士が目薬を開発し、ロート製薬が商品化した。ロートの名称は、当時、世界的な眼科医として知られていたドイツ人の「ロート・ムンド博士」に由来する

  3. 会社設立
    ロート製薬株式会社を設立
    1970年時点の株主構成を見ると、創業者・山田輝郎とその5人の息子が合計50.33%を保有し、残りを三菱銀行・住友銀行など銀行群が分散保有する構造であった。法人化と上場を経ても経営権の希薄化を回避できたのは、5人の兄弟に株式を均等に近い比率で配分し、外部資本の受け入れを最小限に抑える設計がなされていたためである。成長のための資本基盤を整えつつ同族支配を維持するこの株主設計は、戦後日本の家族企業における資本政策の典型を示している。
  4. 胃腸薬「シロン」を発売
    1日300万包以上を出荷する胃腸薬を1品種に絞り込み、売上高の27〜29%を広告宣伝費に投下しながらも営業利益率19%前後を維持した点に、ロート製薬の収益構造の原型がある。少品種に絞ることで大量生産による原価低減が可能となり、広告費を1製品に集中させることでブランド認知と市場シェアを同時に獲得する構造であった。この「少品種・大量販売・高広告比率」のモデルは、以後のパンシロンや肌研にも継承されている。
  5. 大阪市生野区に本社工場を新設
  6. 大阪証券取引所第2部に上場
  7. 東京証券取引所・大阪証券取引所の第1部に指定
  8. 日本ジョセフィンなど3社を買収。化粧品に本格進出

    日本ジョセフィン、関西有機化学。モナ化粧品の3社を買収。3社の合計で化粧品の年間売上高は32億円

  9. 胃腸薬で国内シェア首位陥落
    パンシロンは「あらゆる胃の症状に効く総合薬」として市場を支配していたが、1978年に大正製薬がストレス性の胃痛に特化した大正漢方胃腸薬を投入し、発売5年で首位を逆転した。この構図は、成熟市場においてニッチ特化型製品が汎用品を凌駕するパターンを示している。ロート製薬が首位奪還よりも事業ポートフォリオの分散に経営資源を振り向けた判断は、胃腸薬が祖業であることを踏まえると容易ではなかったと推定される。
  10. 企業買収
    米国のメンソレータム社を買収
    1975年の商標取得から13年、ロート製薬は売上高の7.5%をロイヤリティとして払い続けるか、98億円を投じてブランドの源流企業ごと取得するかという選択に直面した。買収後に経営内容が想定より悪く、2003年には営業権32億円の評価損を計上した。しかし社員500名の企業がグローバルブランドの主権を獲得したことで、中国・東南アジアへの展開が可能となり、ロイヤリティの節約を超える事業裁量を手にした。
  11. 業務提携
    中国で現地法人を新設
    1991年の中国進出後、ロート製薬は日本価格の約10倍でメンソレータム薬用リップクリームを販売し、2007年時点で中国市場シェア90%を確保した。1996年のアトランタ五輪で中国飛び込みチームのスポンサーとなり金メダル6個の恩恵でブランドを確立した経緯は、外資ブランドの価格プレミアム形成の好例である。中国子会社の売上高はFY2011の124億円からFY2015に329億円へと急成長し、日本を上回る収益性を実現した。
  12. ロート・インドネシアを設立
  13. ロート・メンソレータム・インドネシアを設立
  14. ロートUSAを設立
  15. オーチャードパーク市に工場を新設

    メンソレータム社の本社及び工場として活用

  16. 山田安邦氏が会長、山田邦雄氏が社長に就任
  17. 業務提携
    森下仁丹と戦略的業務提携を締結
  18. 東南アジアへの生産投資を積極化
    1997年のインドネシア第1工場から2012年の第3工場まで、ロート製薬は東南アジアに生産拠点を段階的に構築した。国内生産品の輸出から現地生産へと移行する判断は、為替リスクの低減やリードタイム短縮だけでなく、各国の規制と嗜好への適応を可能にする構造転換であった。しかし山田邦雄会長自身が「アジアの成長が一段落し、パイの奪い合いになる」と認めた通り、追い風が収まった局面で投資回収が問われる段階に入っている。
  19. やえやまファームの株式を取得

    ロート製薬が10%出資していた「やえやまファーム(農業生産法人・沖縄県)」が債務超過に陥ったことを受けて、ロートが救済的買収を決定。株式取得比率を10%から49.9%へ高める形で追加取得を実施。取得原価14億円。買収によってロートは「のれん16億円」を計上するとともに、減損損失を計上した

  20. 国内向け肌ラボの販売額が頭打ちへ

    FY2004〜FY2011にかけて「肌ラボ」の販売額は順調に拡大したが、FY2012に販売額の伸びがストップ。以降、肌ラボの年間販売額は100〜120億円前後で推移するようになり、国内需要が一巡へ

  21. 吉野俊昭氏が急逝

    吉野社長が心筋梗塞により67歳で逝去。山田邦雄氏が会長兼社長に就任

  22. 販売促進費を抑制。3期連続で利益率を改善

    国内とアジアにおける販売促進費の抑制により全社の営業利益を改善