再生医療への参入と他家脂肪由来幹細胞製剤ADR-001の開発

大衆薬メーカーはなぜ薬でなく細胞に賭けたか——祖業の外へ広げた越境の第二歩

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時期 2013
意思決定者 山田邦雄吉野俊昭 ロート製薬 会長・ロート製薬 社長
論点 事業多角化と先端医療への長期投資
概要
2013年、ロート製薬が再生医療の専門部門を設け、他家の脂肪組織から採る間葉系幹細胞を用いる再生医療へ参入した経営判断。目薬やスキンケアを主力としてきた大衆薬メーカーが、創業家の山田邦雄氏のもとで、薬でなく細胞を治療に用いる先端医療へ研究資源を投じた。
背景
国内では医薬品も化粧品も市場が成熟し、目薬や胃腸薬という祖業の延長だけでは長期の成長を描きにくくなっていた。2001年に肌ラボでスキンケアへ越境した経験が、製薬で培った知見を隣接領域へ広げる素地となっていた。
内容
2013年に再生医療研究企画部を新設して脂肪由来の間葉系幹細胞に的を絞り、2015年に琉球大学内へ研究拠点を置いた。他家脂肪組織由来幹細胞製剤ADR-001を創製し、非代償性肝硬変を最初の対象疾患に定めた。
含意
製薬本流でない中堅が薬から細胞へ越境した長期投資であり、2001年の肌ラボによるスキンケア参入に続く「製薬出自の越境」の系譜に連なる。外部資本に縛られない同族企業であればこそ取り得た息の長い賭けとみることができる。
筆者の見解

薬から細胞へ、製薬会社の越境

この参入の核心は、目薬や化粧水で稼ぐ会社が、棚に並ぶ商品とは時間軸も不確実性もまるで異なる細胞治療へ、あえて資源を割いた点にあったとみることができる。再生医療は、承認までに長い年月と巨額の費用を要し、途中で頓挫する確率も高い。四半期の利益を強く問われる立場であれば、選びにくい領域であった。創業家が経営を主導し、外部資本の短期的な圧力から距離を置けたロートであればこそ、実を結ぶかどうか読み切れない領域に十年単位で研究資源を張り続けられたという面は否めない。

2001年の肌ラボが製薬の処方を化粧品へ広げた越境であったとすれば、2013年の再生医療参入は、薬そのものの外側にある細胞という領域への、より遠い越境であった。目薬から化粧品、化粧品から食・農、そして細胞へと、ロートは祖業の輪郭を少しずつ描き替えてきた。もっとも、ADR-001の実用化はなお臨床の途上にあり、この長期投資が収益の柱として結実するかは本稿の時点で見通せない。大衆薬で築いた土台の上に先端医療を接ぎ木する試みが、次の十年でどれだけの果実を返すのかは、なお開かれた問いである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

成熟した大衆薬市場と、越境への助走

ロート製薬は、目薬のVロートや胃腸薬のパンシロン、2001年に始めたスキンケアの肌ラボを主力とし、薬局・薬店で売る一般用医薬品と化粧品を長く主戦場としてきた。しかし国内では医薬品も化粧品も市場が成熟し、既存カテゴリーの延長で売上を伸ばし続けることは容易でなくなっていた。売上高は2013年3月期で連結1,291億円に達していたものの、目薬と胃腸薬という祖業に頼ったままでは、次の十年の成長をどこに求めるかが問われていた[1]

創業家出身で長く経営を率いてきた山田邦雄氏は、目薬や胃腸薬の枠にとどまらず、事業の裾野を医療や食・農へ広げて総合的な健康企業へ育てる路線を描いていた。同社は上場企業でありながら創業家が株式の相当部分を保有し、四半期ごとの成果に追われずに長い時間軸の投資を選べる立場にあった。成熟した本業の延長ではなく、数年で回収できない領域にあえて資源を割く判断は、この独立した資本構造を背にして初めて取り得るものであった[2]

肌ラボが開いた越境の道

薬から遠い領域への越境には、すでに先例があった。2001年に投入した肌ラボは、製薬で培った成分設計と処方の知見を化粧品へ移し替えた挑戦で、ヒアルロン酸を核にした高保湿化粧水として国内スキンケアの主力ブランドに育っていた。製薬の技術を隣接する市場へ持ち出して当てた成功体験は、次の越境先を薬事の外側に探る自信の土台となった。細胞そのものを治療に用いる再生医療は、その延長線上でロートが選んだ、より遠く、より不確実な標的であった[3]

決断

2013年、再生医療部門の新設

2013年、ロート製薬は再生医療の専門部門を立ち上げ、幹細胞を用いる治療の研究に本格的に踏み込んだ。着目したのは、脂肪組織から採れる間葉系幹細胞であった。間葉系幹細胞はさまざまな細胞へ分化する能力を持ち、多様な薬効が報告されており、採取の負担が比較的小さい脂肪を供給源に選んだ点に、実用化を見据えた設計がうかがえる。目薬の会社が「間葉系幹細胞を用いた再生医療等関連製品とサービスのトップランナー」を掲げた構図は、祖業からの距離の大きさを物語っていた[4]

研究の足場は、本社のある大阪から遠く離れた沖縄にも築かれた。2015年、ロート製薬は琉球大学の構内に再生医療の研究拠点を設け、野口洋文琉球大学教授をセンター長に迎えた。鉄骨2階建て・延べ床面積約812平方メートルの施設で、分化能や効果に優れた沖縄特有の脂肪由来幹細胞を見いだすことを目標に掲げ、無血清・アニマルフリーの培地技術を生かして治療薬の早期実用化を目指した。大学の基礎研究と企業の開発力を一つ屋根の下で結ぶ布陣であった[5]

ADR-001という最初の標的

研究の第一の標的に据えたのが、他家の脂肪組織から作る幹細胞製剤ADR-001であった。患者本人ではなくドナー由来の細胞を使う他家型は、あらかじめ製造して備蓄でき、供給を安定させやすい。対象疾患には、有効な薬物治療が乏しく肝移植以外に選択肢の少ない非代償性肝硬変を選んだ。目薬や化粧水のように棚に並べて売る商品とは異なり、治験を重ねて承認を得るまでに長い年月と多額の費用を要する領域へ、ロートは自ら創った細胞製剤で挑む道を選んだ[6]

結果

治験の開始と、塩野義への導出

参入から4年を経た2017年7月27日、ロート製薬は新潟大学とともに、非代償性肝硬変を対象とするADR-001の治験を新潟大学医歯学総合病院で始めた。肝硬変を対象にした他家脂肪組織由来幹細胞製剤の治験は国内で初めてであり、研究段階の構想が人に投与する臨床の段階へ進んだことを意味していた。以後、対象は肝硬変にとどまらず、重症心不全や腎疾患、肺線維症へと広がり、間葉系幹細胞を軸にした複数のパイプラインが並行して育っていった[7]

開発が臨床へ進むと、ロートは自前で薬事の全てを担うのではなく、外部の製薬企業の力を借りる道を選んだ。2018年9月、塩野義製薬がロート製薬から、肝硬変を対象とするADR-001の国内における独占的な開発・販売のライセンスを取得した。承認申請や販売網を持つ医療用医薬品大手に導出することで、開発の確度と実用化までの速度を高める狙いがうかがえる。大衆薬で築いた資金を先端医療の研究に投じ、実らせる段では専門企業と組むという、身の丈に合わせた進め方であった[8]

出典・参考